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目次
1 婚約破棄
「シェイが、婚約破棄したですって?」
私はショックで顔を青ざめていた。
今日の朝、父上から呼び出しを受け、「シェイとミリアーナの婚約破棄が決まった」と言われたのだ。
「ああ、そうだ」
「そんなはず……ないわ」
私は胸の前で小さく手を握る。
だって、あんなに優しくしてくれたじゃない。
いろいろなところに連れて行ってもらって、婚約指輪だってくれたじゃない!
「シェイも、了承しているの……?」
「シェイが決めた」
「そんなはずないわ!」
私は父上の言葉にかっとなり、声を荒げる。
「お嬢様」
隣で見ていたお付きのメイド、リリが私の背中をなでる。
「……確かに、シェイは望んでいなかったかもしれない」
「なら、なぜ!?」
「お嬢様」
ついついかっとなってしまう私をなだめながらリリは目を伏せる。
「……私たちがお前たちの婚約の解消を望んだからだ」
「……っ!」
どういうこと?!
ぐわんと頭に衝撃が走り立っていられなくなる。
そんな姿を見て父上はあざ笑うかのように付け足した。
「確かに、シェイはお前のことをよく愛していた」
「父上が決めたの? シェイのお義父様は!?」
「ああ、彼も望んでいた」
なんで、という言葉がのどにせまる。
でも、私はわかっていた。
私の家、フラーゼ家は最も王族に近い血筋の公爵家だった。
そして、シェイの家は二番目に近い血筋。
つまり、私の父上は私が王妃になることを望んでいて、シェイの父上は今の王家の長女、イザベラを婚約者にしようとしている。
「……そんなっ……!」
私は目の淵に涙を浮かべたまま父上の部屋を出た。
2 胸の痛み
バタン!
私は勢いよく自分の部屋のドアを閉めると、ベッドの上に横になった。
結局、結婚できなかったし、甘い時間も大して過ごしていないし。
何も考えずに寝ていたけれど、ここで二人で寝ていた時は幸せな時間だったんだろう。
つつー、と鼻のほうに涙が垂れていく。
その時、コンコン、とドアが叩かれ誰かが部屋の中に入ってくる。
「お嬢様」
リリは私の頭の方に座ると持ってきたお盆を膝の上において、目を伏せながら言った。
「主の」
「父上の話はあまりしてほしくないの」
私がそう言うと彼女はベッドに近くに椅子を置き、その上にお菓子や果物や飲み物が置いてあるお盆を置く。
私がむくっと起き上がるとリリはそっと私の肩に毛布をかけてくれた。
そして、穏やかな声で言った。
「お嬢様、ご気分はいかがですか? 少しでも、お菓子を召し上がれば気が紛れるかと……」
私は視線を落とし、お盆の上に整然と並べられたお菓子や果物を見る。
リリの思いやりが伝わってきて、少しだけ心がやわらぐのを感じた。
「ありがとう、リリ。……でも、まだ胸が苦しいの」
私がそう答えると、リリは私の手をそっと握った。
「お嬢様、私はずっとおそばにいます。たとえ皆が背を向けても、私だけは、お嬢様の味方です」
その言葉に、ぽたりと涙がこぼれ落ちる。リリの優しさに、どれだけ救われてきたことか。
「……ねえ、リリ。私はシェイにとって、何だったのかしら」
リリは答えに迷うように視線を揺らしたが、やがて静かに言った。
「それを決められるのは、きっとシェイ様ご自身です。でも――お嬢様がシェイ様を大切に思っていたこと、それは誰よりも深く、強かったと思います」
私はただ、うなずくことしかできなかった。
3 優しすぎるわ
「……ねえ、リリ。私、これからどうしたらいいのかしら」
リリは少しの間だけ黙り、そっと私の髪を撫でながら微笑んだ。
「お嬢様が何を望むのか、ゆっくり考えればよろしいかと。焦る必要はございませんわ」
「でも……このままじゃ、気持ちのやり場がなくて……」
「ですからこそ、お嬢様にふさわしい未来を、ご自身の手で選んでいただきたいのです」
その言葉はまるで、重たい霧の中に差し込む一筋の光のようだった。
たしかに、私は誰かに選ばれるのを待ってばかりいたかもしれない。
「……リリ。私、ちょっとだけ歩きたいわ」
「かしこまりました。支度を整えてまいります」
リリは立ち上がると、手早く外出のための羽織を用意してくれた。私はその間にゆっくりと立ち上がり、鏡の前に立つ。
「私も、愛しているわ」
リリに聞こえないような小さな声で心を込めてそう言った。
もしかしたら、聞こえていたかもしれないけれど、リリは気にかけないでいてくれた。
外に出ると、私たちの婚約破棄のうわさが村中に広がっていた。
「ミリアーナ様よっ!」
「ミリアーナ様!」
「婚約破棄されたの?」
「シェイ様が悪いの?」
子供たちが私たちのところに集まってくる。
親はにっこり微笑んでいる人も少しはいたが、私の心を気遣ってか、「こら」と戻す人が多かった。
「いいんですよ。……あのね、シェイは悪くないわ?」
「そうなの!?」
「ままー、お話聞きたいー!」
私は近くのベンチのところに座ると子供たちが戯れてくる。
「私のお父様が勝手に決めちゃったことなの」
「ミリアーナ様はシェイ様のこと、まだ好き?」
一人の子供が私に質問してくる。
私は少し迷ってからこくりとうなづいた。
「ええ。愛しているわ」
婚約が解消されたのに、と思った親も多かったかもしれない。
でもこんな小さい子たちになら本音を言えると思った。
子供たちは目を丸くしていたが、一人の女の子がにっこりと笑っていった。
「ミリアーナ様みたいにかっこいい人になりたい!」
かっこいいかしら、と少し困りながら私はにっこりとほほ笑んだ。
4 笑ってないわ
私がベンチから立ち上がると、子供たちはわらわらとそれぞれのお店に戻っていった。
「お嬢様はやはり、気がお強いのですね」
「そんなのことはないわ。私、笑えないんだもの」
リリははっとしたような顔をして、ぺこりとお辞儀をする。
「すみませんっ!」
「えっと……どうしたの?」
私はリリを連れて町の中へ入った。
町の中は私の心とは裏腹にワイワイとしていて、気分が少しほぐれる。
こんな時にシェイとか殿下が来たらな、と思うと背筋がぞっとする。
「何か欲しいものとか、ある?」
私がリリに聞くと彼女はほっとしたような顔をして、「はい!」と答えた。
「言いにくいんですけど……」
彼女はそう言って私の耳に口を近づける。
「正直言って、今のメイドと執事の人数じゃ、仕事が終わらないんです。人数が少なすぎて」
「えっ」
メイドと執事はこれでも多いほうなんだけど……。
それでも王宮と比べたら比にもならないわ。
「奴隷でも買うことにしましょう」
なんでもお金で手に入っちゃうから貴族はいいのだけど、嫌なのよね。
私たちが奴隷店に入ると強烈な殺気を感じた。
あら、私たちが助けてあげると言っているのだから少しはおとなしくすればいいのに。
「どうぞ」
犯罪奴隷ではない、貧しくて自分を売っている奴隷の方に行く。
「リリが決めていいわよ」
「え、じゃあ……。この中で家事が得意な人を鑑定させていただきます」
リリがそういうと大半が手を挙げる。
連れて行ってもらいたいだけね。
リリはそれでも懲りずに一人ひとり鑑定していった。
でも私の場合見ればわかる。
一番家事ができそうな人は、私に一番近い手前のエルフの女の子。
水色のストレート髪でちゃんと整えたら絵になりそうだわ。
でも、メイドとしていやっていくには品が足りないし、何より年が低すぎるわ。
目からも強烈な殺気を感じるし……。
リリはこの子が一番使えるとわかってもほかの人を選びそうね。
私は私で勝手に買っちゃおうかしら。
「ねえねえ、あなた、なんていう名前なの?」
私が彼女に話しかけると彼女は小さな声で答えた。
「ネオ」
「ネオっていうのね。苗字は? ないなんて言わせないわよ」
いかにも悪役令嬢の発言だわ。
本当に私、聖女としてやっていけるのかしら。
「ない」
「ないなんて言わせないわよ」
私は暗い笑みを見せる。
「……前は、フィバレットだった」
「そう。じゃああなたの名前はネオ・フィバレットね。……よろしく、ネオ」
「私のことを買うの?」
「ええ、そうよ」
私は牢に貼ってある値段表を見てぎょっとする。
「あなた、安いわね」
「子供だし、犯罪奴隷の女と犯罪奴隷の男の娘だから」
「あら、そう」
私は店主から鍵を受け取ると、ガチャリと牢を開ける。
「よろしくねっ……危ないわね」
私が手を出した途端彼女は隠し持っていたナイフで私のことを殺そうとする。
この子、本気だわ。
「お嬢様!」
「こっちは魔法が使えるのよ」
拘束魔法で彼女を捕まえるとナイフを奪い取る。
「んーっ、ん"!」
「あなた、犯罪奴隷になりたいの?」
5 奴隷ちゃん
「あなた、犯罪奴隷になりたいの?」
私が彼女を見下ろしながら言うと、彼女は苦しそうな顔をしながら言った。
「私は……いざと……なったら……暴力を……しろと教育……された」
「あなたの両親はどこにいるの? ちゃんとした教育をしなくちゃ」
私が暗い笑みで首をぱきっと鳴らすとネオは少しおびえた目と、震えた声をしていった。
「それ……でも私は……お父さんとお母さんが好き……犯罪者……だけど」
私が拘束魔法をとくと、彼女は諦めた顔をしてゆっくりと立ち上がった。
牢の中では暗くてわかりにくかったけれど、結構な美形ね。
「それっぽいわ」
私が皮肉を込めて言うと彼女は殺意のこもった目でぎっと私を睨んだ。
リリは私が勝つことを知っていてもなお、こちらのほうを心配そうに見つめている。
彼女は彼女で新しく引き取る奴隷を決めたようだ。
まあ、こっちの家に来たら大体の奴隷の奴隷認証の首輪を取ってあげるんだけどね。
でも、ネオの奴隷認証の首輪を取ったら暴れそうだし、何より彼女の身体に傷をつけてしまうかもしれない。
万が一ネオが私の家から出て行ってほかの奴隷商人などに買われたりしたときには最悪だわ。
「あなたはどこでその高い身体能力を身に着けたの?」
私は店主の方にお金を渡し、ネオに奴隷認証の首輪をつけながら聞いた。
「お母さんもお父さんも何百回も犯罪を犯し、人を殺した人だ。その子供の身体能力が高くても違和感はないでしょ」
「それにしてもすごすぎるわ」
「……小さいころ二人に教えてもらった。私が好きだったのはバク転」
あら、身体能力が高いわりにバク転が好きとかかわいいこと言っちゃうのね。
「本当に私を買うの」
「ええ。…__任務に使えそうだし__」
私は誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
私たちが家に戻り、私の部屋に行くまでの間に、私は父上の姿を見てしまった。
その瞬間この家に私の居場所はないことをふと思い出してしまった。
私もシェイと婚約破棄されるぐらいだったら聖女になんてなりたくないわよ。
6 家から出るか
登場人物
ミリアーナ・フラーゼ:聖女の任務を与えられた公爵令嬢。聖女は王子と婚約しなければならないという法則に従わず、公爵のシェイと婚約をしていたが、父親に二人の婚約を解消された。
シェイ・レッドガルド:ミリアーナの元婚約者。
リアム・アッシュ:アッシュ国の第一王子。
イザベラ・アッシュ:王族アッシュ家の長女。リアムの妹。
「私、全属性魔法を使えるようになりたいのよね」
私は自分の部屋に戻り、リリにそう相談した。
この世界には五大魔法の水、炎、雷、土、風がある。
これは基本の属性で、そこから派生した魔法は、水魔法から派生した魔法の属性は、氷属性魔法、炎属性魔法から派生した魔法は毒属性魔法、そしてその毒属性魔法から派生した魔法が闇属性魔法だ。雷属性魔法から派生したのが、光属性魔法で、闇属性魔法と融合することで魔界と天界ができた。そしてその境目がこの地上だ。それは置いておいて。土属性魔法単体から派生した魔法はなく、風属性魔法と融合することで派生したのは、音属性魔法だ。
つまり、この世界にある魔法の属性は、水、炎、雷、土、風、氷、毒、闇、光、音属性魔法の全10種類だ。
そして人間が生まれ持った才能として、スキルがあり、スキルには数えきれないほどの量がある。
今だって新しいスキルが発見されているのかもしれないのだから。
私のスキルは、鑑定スキルと、感情移入のスキルだ。
また、10歳から与えられるスキル、又の名を「ギフト」というものもある。
それは職業のようなもので、私のギフトは「聖女」だった。
「それはいいのではないでしょうか。お嬢様は何の属性の魔法が使えるのです?」
リリにとっさに聞かれ、覚えていなかったっけ、と少し疑問に思う。
「水、炎、雷、土、風……闇、光……だけ」
「新たに光属性魔法が使えるようになったのですね」
覚えてはいたけれど、何を使えるようになったのか聞きたかったのか。
「うん」
「では今お嬢様が使えない魔法属性は、氷、毒、音……ですか」
「うん」
「私の属性は水と音……。では氷魔法は二人で頑張ればできるかもしれませんね!」
「うん」
リリ、ごめんなさい。
あなたの話には何というか|間《ま》がなくて……。
リアクションする暇がないのよ。
リリに手を引かれ私は頷くが儘に庭に出た。
ちゃんとネオもついていて少し感心よ、私。
7 奴隷が優秀すぎる
「音魔法からお教えいたしますね。音魔法は主に振動の魔法です。音魔法を使うときは空気が震えるイメージをします」
空気が震える……ね。
大太鼓を叩いたら蠟燭が消える的なやつかしら。
「魔力の中心部分は心臓です。そこから魔力とともに体の中を振動が通っていく感じです。手の中に魔力を流し込み終わったら、その振動とともに音として魔法を変換します」
う~ん、言いたいことはわかるんだけど、難しいわね。
魔力の中心部分が心臓ってことは知っている。
「魔力とともに体の中を振動が通っていく?」
私が思っていた質問をネオがトンボ返しにする。
「では少し見ていてください」
リリはそういうと、手を胸の前に当てる。
手の中からオレンジ色の光がぽわっとあたりに広がる。
それと同時に温かみのある音楽が私の鼓膜を揺さぶった。
「これは、音魔法の中でも高度な魔法です。自分の魔力を振動に変えて、その振動の種類を変え、音楽を奏でます」
なるほど。
つまり音魔法はすべてイメージってことね。
「じゃあ、真空だったら音魔法は使えないのかしら」
「……どうでしょうね?」
リリは少し含みのある答え方をした。
何よ、ちゃんと教えてくれたっていいじゃない。
「確かに、音は真空では伝わらない。でも魔法だから、イメージだから、どうにかなるのかな」
「魔法をなめちゃだめよ、イメージっていうけど相当難しいわよ」
「……そうなんだ」
リリの話や私の疑問をちゃんと受け取ってまじめに考えてくれていることがネオから伝わってくる。
「でも、正直魔法イコールイメージっていう概念は正しいですよね」
リリはにっこりとほほ笑んだ。
8 頭がいいのかしら
リリの説明からするに、音魔法はイメージとか感覚という点が多いようね。
「やってみるわ」
私は手に力を込める。
イメージ……。
心臓から魔力が出るところまではわかるのよね。
その魔力に振動を足す……。
魔力は細い糸だという仮定があるから、その糸を揺らすイメージでいいのかしら?
振動を細かく、細かくする。
振動が音になるぐらいに。
超音波のイメージをしながら魔力を少しずつ手の方に押し出していく。
**キーン**
「うるさっ」
うるさかったけれど、私の手から超音波が出ているのだから耳を塞げないわ。
魔力をしまい込むとほっと安心感に包まれる。
「超音波でも出そうとした? 蝙蝠でも目指してるの」
「違うわよ」
ネオの皮肉にむっとほおを膨らませる。
ふと、超音波を出そうとしたのなら聞こえるはずないわ、と思った。
……下手くそね。使えたけれど。
「使えたから下手くそなものの、いいではないですか!」
リリがにこにこ笑顔で返す。
ディスらないでほしいわ。
ファンレターありがとうございます!
励みになります。
うれしっ
9 冒険にでるわよ①
※人が多くなってきたのと、前回の登場人物まとめでリリとネオを記載し忘れたので定期的に更新したいと思います。
登場人物
ミリアーナ・フラーゼ:聖女の任務を与えられた公爵令嬢。聖女は王子と婚約しなければならないという法則に従わず、公爵のシェイと婚約をしていたが、父親に二人の婚約を解消された。
シェイ・レッドガルド:ミリアーナの元婚約者。
リアム・アッシュ:アッシュ国の第一王子。
イザベラ・アッシュ:王族アッシュ家の長女。リアムの妹。
リリ・ミナンティオ:ミリアーナお付きのメイド。小さなころからミリアーナの母親のメイドとして働いていたため、フラーゼ家の主格のメイド。
ネオ・フィバレット:ミリアーナが奴隷市場で買った犯罪奴隷の子供。今は魔力や戦力を抑えられているため、反撃することはなく、ミリアーナの仲間になっている子供のメイド。
まえがきなのに長くなってすみません(._.)!
「そうだ、もう音魔法や氷魔法、毒魔法は使えなくても死にゃあしないから冒険に出ない?」
「なぜそのような発想に至るのでしょうか……?」「なんでそんな考えになったの」
ネオとリリがハモリながらそう言うのでえっと言葉が詰まる。
「シェイとの婚約がなくなったんだから、魔王と結婚しようと思って」
「「はい?」」
リリははぁーっと長い溜息をつきながら目を伏せる。
ちゃんとことばにしてくれないと私みたいな純粋聖女にはわからないわよ。
純粋で……単純で……鈍感だもの。
「私が一番愛していた|男《ひと》が|魔王《ファイナル》だからね」
「シェイ様以上に、ですか?」
リリが怪訝そうな顔をして私に聞く。
「さあ、どうかしらね」
いつもお世話になっております!
これからもよろしくお願いします!
登場人物的にみんなは誰が好きなのかな……?
(素朴な疑問です)
S1 番外編
婚約を解消された朝、空はやけに晴れ渡っていた。
こんなに痛みの伴う結果なのに、雲一つない青空がひどく皮肉だった。
「シェイ様、本当にこれでよろしいのですか?」
執事の声が耳に届いても、シェイは応えずに窓の外を見つめていた。眼下には、風に揺れる花畑。その向こうに、もうすぐ忘れるべき女性――ミリアーナの面影がちらつく。
(俺は……あれほど彼女を愛していたのに)
それでも、王族の血筋に仕える者として、父の意志に背くことは許されない。「イザベラ姫との婚姻は家の繁栄と誇りのため」などという綺麗事の裏で、自分の人生が切り売りされていくような気がして、シェイはひとり部屋に立ち尽くしていた。
だがミリアーナの涙だけは、脳裏から離れない。あのとき、何も告げずに去った自分を、彼女はどれほど恨んだだろう。怒り? 憎しみ? それとも……
「――お嬢様はまだ、あなたを……」
あの家のメイド、リリがそっと言い残した言葉が胸を刺す。ミリアーナは、まだ自分を想ってくれているのか? そうだとしたら、せめて心から詫びるべきだったのではないか?
シェイは、机の上の指輪――彼女に贈った婚約の証に、そっと手を伸ばした。
(愛する者を守れなかった俺が、王族として何を誇れるのだろうか)
シェイを主人公に書いてみました!
バッドエンドでもいいんですけど、ミリアーナたちは結ばれてほしいっていう作者の思いがあるのです。
S2 番外編
もう、ミリアーナが何もしても……。
婚約者だったころには浮気といえた行為も。
もう彼女は俺のものではなくなった。
正直父親の権力を手に入れるために王妃と結婚するなどありえない。
彼女も同じことを考えている…………はず。
新しい王宮の回廊を歩くたびに、過去の記憶がふと蘇る。
手を取り合って未来を語った夜。
風にそよぐ花畑の中、何度も誓った永遠。
すべてが幻だったのか、それとも今もどこかに残っているのか――。
ふと、脳裏に彼女の笑顔が浮かんできた。
ミリアーナはいつでもどんな困難があろうとも乗り越えて見せるだろう。
シェイは足を止め、新しい王宮の石壁にそっと手をあてる。
冷たい感触が現実を思い出させる。
ここはもう、夢を語ったあの場所ではない。
そのとき、遠くから足音が響いた。石畳に反響する軽やかな音。
そのリズムは、かつてよく知っていた誰かの歩み。
「……シェイ」
振り返った先に、ミリアーナがいた。まるで時間だけが逆流したかのように、彼女はあの日と同じ微笑みを浮かべて。
「こんなところで、何をしてるの?」
そこで、すべては途切れた。
夢だったのか。