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目次
1.ペルソナとの出会い
希望ヶ峰学園に入学する前のこと。
罪木蜜柑にとって、家は安らげる場所ではなかった。
いつも自分は誰かの顔色を窺い、びくびくしながら過ごす日々。
そんな中で、唯一、罪木の心を落ち着かせてくれる時間があった。
それは、母親がテレビゲームをしているのを見ているときだった。
ある日、母親がプレイしていたのは、鮮やかな赤と黒を基調とした、ゲーム。
『ペルソナ5』――それが、罪木が初めて『ペルソナ』と出会った瞬間だった。
画面の中のキャラクターたちは、個性的で、自分の意志をはっきりと持っていた。
活躍する彼らは、現実の自分とはあまりにもかけ離れていて、眩しかった。
街を駆け回り、悪に向かう姿は、罪木の心に『憧れ』という感情を芽生えさせた。
自分も、あんなふうに、自分らしくいられたら……。
そして罪木は、母親がプレイする『ペルソナ』シリーズを追いかけるようになった。
動画で過去作を調べたり、登場人物の解説を読み込んだり。
『ペルソナ』は罪木にとって、現実から逃避できる大切な場所になっていた。
そんなある日、『ペルソナ3 リロード』というリメイクが発売されると知った。
母親もそのゲームを楽しみにしているようだった。
発売日。
母親が買ってきたゲームを前に、罪木は、勇気を振り絞って頼み込んだ。
「あ、あのぅ…わ、私にも…やらせてくれませんか…?」
母親は少し困った顔をして言った。
「ごめんね、蜜柑。このゲーム、セーブデータがひとつしかないのよ。
だから、ママのデータが上書きされちゃうかもしれないから、ダメなの。」
「す、すみません…!生意気なこと言って、ごめんなさい…!」
結局、『ペルソナ3 リロード』をプレイすることはできなかった。
でも、母親が買ってくれていたSwitchには、『ペルソナ3 ポータブル』が。
自分がやりたかった『リロード』とは少し違う、リメイク前の作品だった。
それでも罪木は、そのゲームに夢中になった。
夜、自分の部屋で、薄暗い画面に映る主人公と仲間たち。
不気味なタルタロスを探索し、シャドウと戦う日々。
仲間との絆を深め、自分の中の『ペルソナ』を覚醒させていく物語。
主人公は、罪木がずっと求めていた『居場所』を与えてくれるような気がした。
彼女たちのように、自分の意志で誰かのために戦えるようになるだろうか。
自分の心を、誰かに見せられるようになるだろうか。
『ペルソナ』は、罪木の心に秘められた、もうひとつの『私』だった。
希望ヶ峰学園に入学し、『超高校級の保健委員』と呼ばれるようになる罪木。
しかし、彼女の心の中には、怪盗として活躍する『ペルソナ』の姿が、
そして、夜の闇を歩むもうひとりの『私』が、確かに存在し続けていた。
2.ゴールデン
学園に入学してからも、『ペルソナ』の日々は続いていた。
学園の寮は個室だったため、人目を気にせず自分の時間を過ごすことができた。
母親から借りたSwitchを取り出し、『ペルソナ3 ポータブル』を起動する。
一度クリアしたはずの物語なのに、不思議と新しい発見があった。
「コミュニティ」や、選択肢ひとつひとつが、罪木に温かさをもたらしてくれる。
二周目に入ったのは、単純にゲームを隅々まで楽しみたいという気持ちもあったが、それ以上に、この物語の世界に少しでも長く浸っていたいという、切実な願いがあったからかもしれない。
そんなある日、久しぶりに実家に帰ると、母親が笑顔で言った。
「蜜柑。もう、ママはあまりやらないと思うから、これ、やってみたら?」
差し出されたのは、キラキラと輝く鮮やかな黄色が印象的なパッケージ…
『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』だった。
「えっ、!?いいんですか…?本当に…?あの…わ、私なんかが!」
罪木は驚きと感動で、いつものようにどもりながらも、受け取った。
初めてプレイする、憧れの『ペルソナ4』。
彼女は迷うことなく、主人公の名前を「|罪木《つみき》 |音《おと》」と入力した。
『音』という名前には、自分の声がもっと遠くまで届くように、そして、誰かに耳を傾けてもらえるように、そんなささやかな願いが込められていた。
ゲームを進める前に、罪木はさらに大胆な行動に出る。
「お、お母さん…!よかったら、この本…貸してもらえませんか…?」
それは、分厚い『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』の完璧攻略ガイドブックだった。
少し誇らしげな笑顔で、その攻略本を罪木に手渡してくれた。
それからの罪木は、まるで別人のようにゲームに没頭した。
攻略本を片手に、どの選択肢を選べば「コミュニティ」が効率よく進むのか、どのスキルを継承させれば最強の『ペルソナ』が作れるのか、隅から隅まで研究した。
まるで、自分の人生を懸命に攻略しているかのように。
「誰の教育なんだか…」
ある日、母親がそう呟いたとき、罪木は少しだけ胸が温かくなった。
それは、どこか微笑ましく、愛おしい響きを持っていたからだ。
「えへへ…お母さんの教育、ですか?」
罪木が恐る恐るそう尋ねると、母親は困ったように笑いながら、
「あなたをこんな立派なオタクに育てたのは、ママのせいかもしれないわね」
と答えた。
罪木は初めて、自分の好きなもの誰かに受け入れてもらえたような気がした。
『ペルソナ』の世界は、もうひとりの自分を育んでくれた。
3.推しの存在
『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』のネタバレを含みます。
特に黒幕(キャベツ)
罪木は攻略本を片手に『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』をプレイしていた。
分厚い攻略本には、あらゆる情報が網羅されている。
罪木は、ゲーム内の時間を無駄にしないよう、ゲームを進めていった。
「攻略本通りに進めれば、完璧な攻略、できますから…!」
それから、彼女の心をとらえて離さない、ある一人の推しがいた。
それは、いつも飄々としていて、頼りない雰囲気を持つ刑事、足立透。
彼は、他のキャラクターとは一線を画していた。
一ただのお調子者で、少しだけ空気が読めない、そんな普通の大人。
しかし、罪木はインターネットでネタバレを漁り、彼のもう一つの顔を知っていた。
表向きの仮面の下に隠された、邪悪で、狡猾で、全てを見下すような「ゲスさ」。
罪木は、そんな彼の二面性に、とてつもなく惹かれた。
「みんな、優しい人だと思ってますよね…全部、うそ…!」
普段、人から嫌われないように、顔色を窺いながら生きている罪木にとって、
足立透という存在は、ある種の憧れであり、心の拠り所だった。
誰にも理解されない、自分の内側に秘めた暗い感情。
それを彼だけは、堂々と、悪びれることもなく晒しているように見えた。
もちろん、彼が犯した罪は許されるものではない。
それでも、罪木の心は彼に強く惹かれた。
「ううっ、私が…!私が足立さんのことを、わ、分かってあげますから…!」
足立が発する一言を、まるで自分へのメッセージのように受け取った。
コミュニティ前には周りをぐるぐる回り、にやける。
足立のイベント、コミュニティを進めるたびに、心臓が大きく脈打った。
罪木は、彼の「人間らしい」ゲスさを、誰よりも理解しているつもりだった。
現実では誰も自分のことなど見てくれない、理解してくれないと思っていた罪木にとって、足立透というキャラクターは、ただのゲームの登場人物ではなく、自分と同じ孤独を抱えた、特別な存在だったのだ。
寮の自室で一人、罪木は『ペルソナ』の世界に浸りながら、
自分の心をかのような足立の姿を、ただひたすらに見つめ続けていた。
4.プレイリスト
寮の自室は、唯一心を解放できる場所だった。
机に向かって課題に取り組むとき、いつもイヤホンをつけていた。
イヤホンから流れてくるのは、動画サイトのプレイリスト。
それは、罪木が作った、『ペルソナ』の手書き動画集だった。
ファンが愛を込めて作ったアニメーション動画。
それらをまとめた、彼女だけの秘密のマイリスト。
画面には、踊ったり、一枚絵だったり…
動画に込められた、愛と熱意が、心をじんわりと温めてくれる。
『女神異聞録』や『罪と罰』、『Q』や『5』をプレイはしていない。
それでも、動画を見ることで、彼女はシリーズを隅々まで知ることができた。
「ううっ…!みんな、こんなに…こんなに『ペルソナ』を愛してるんですね…っ!わ、私も、負けてなんかいられませんから…!」
罪木は、動画を流しながら課題のレポートを書き進めた。
時折、懐かしい『ペルソナ3』の楽曲が流れてくると、彼女は思わず目をつむり、
あの薄暗いタルタロスを仲間たちと歩いた記憶を呼び起こす。
そして、大好きな足立透の動画が流れてくると、笑みをこぼした。
罪木にとって、この手書き動画を流しながらの作業は、単なるBGMではなかった。
まるで、自分の部屋に仲間たちが集まってきてくれたような気持ちになる。
動画の中で軽やかに動き回るキャラクターたちの姿は、罪木の心の中で、
まるで本当の『ペルソナ』のように、孤独と戦うための力を与えてくれていた。
「えへへ…!なんだか、私…今、ペルソナを召喚しているみたいです…!」
誰もいない部屋で、罪木は小さな声で呟いた。
それは、現実では決してできない、けれど心の中ではいつも望んでいる、
もうひとりの自分を呼び出すための呪文だった。
5.勇気
罪木蜜柑はいつもと同じように、学園の校門をくぐった。
しかし、いつもより少しだけ胸を張って歩いているような気がした。
そう、彼女はまっすぐ前を見据えていた。
…そう、イヤホンから流れてくる、『ペルソナ4』のゲーム実況だった。
実況者の声はなく、流れるのはゲーム内の音声だけ。
まるで自分が、主人公の『罪木 音』としてその場に立っているような臨場感。
特に、今は足立透とのコミュニティイベントのシーンが流れていた。
彼のどこか軽薄で、しかし時折、鋭い本質を突くようなセリフ。
そして、その裏に隠された孤独と葛藤。
イヤホンを通して、彼の声が直接、罪木の心に響く。
「な、なんだか…私が、直接足立さんと話しているみたい…!」
罪足立のセリフを、まるで自分だけに向けられた言葉のように感じていた。
それは、現実世界では決して得られない、特別なつながりだった。
「だ、大丈夫ですよ…!私、足立さんのこと…ちゃんと分かってますから…!」
周りの生徒たちに聞こえてしまったら、変な目で見られるだろう。
そう考えると、いつもなら身がすくんでしまう。
しかし、彼の声に励まされているような気がして、罪木は平気だった。
足立との会話は、学園の空気も、視線も、全てが遠いものに感じられた。
まるで、自分が『ペルソナ』を召喚し、心の影と戦っているかのように。
登校中のほんの短い時間だったけれど、彼女は確かに感じた。
『ペルソナ』の世界を通して、自分の弱さと向き合う強さを手に入れていた。
今日という一日を乗り切るための、ほんの少しの勇気。
それは、ゲームが与えてくれた、かけがえのない贈り物だった。
罪木は、耳元で響く足立のセリフを噛み締めながら、今日も一日、
希望ヶ峰学園という名のタルタロスへと足を踏み入れた。