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目次
きゅうくらりん 歌詞パロ
「ちゅうやぁー」
「ンだよ、太宰」
私は君の名前を呼ぶのが好きだ
返事が返ってくることを確かめる度に、心が暖かくなる
私はこの感情の名前がよくわからない
少し違うが、似たような感情を、私は他の者にも抱いたことがあった
殺さずのマフィアを貫こうとした彼を思い出す
(似たような、ということは、君も彼のように私の手からいなくなってしまうのかい?)
ああ失うのが辛いな
ふと、そんなことを思った
「? 如何したんだよ?」
気がつくと、目の前に中也がいた
「ううん、何でもない」
笑って見せると、彼はまだ怪しんではいたものの一先ずは置いておいてくれた
何時もはいらないところまで突っ込んで来る癖に、こういう所だけは空気を読む
ねえ、中也。私は君のことが多分、好きなんだ
陽の光を思わせる髪の色も、昊を映した瞳も、悪態をつく唇の端まで
君のその瞳を、手を、哀しみで歪ませてしまったら
君にこんな感情を抱いてしまった罰を受けるから
マフィアなのに、甘さを捨てきれない
そんな君は柔らかくて、離れ難い
腕をそっと背に回す
彼方もおずおずと首に手を回してきて、笑みが溢れた
(いつか罰を受けるから──今は、一緒にいて欲しい)
理由もないけれど、泣きたくなるようなこの感情
暖かいなあ、そんなことを思いながら、私は《《瞼を開いた》》
先程までの情景と感覚は、跡形もなく消え去り、目の前には白と黒の二人の顔があった。
私としたことが。
軽く白昼夢を見ていたようだった。
幸せで、憎悪で殺したくなるほどに贅沢な何処かの私。
さあ、これが今回の目玉。
《《此処の》》私の一世一代の見せ場だ。
意識を失う前、一瞬だけ、何時もより澄みきった空が見えた。
眠り姫です
珍しく恋愛ものかきました。
といっても作品数が少ないので何ともいえませんが
きゅうくらりん聴いてて思ったんですよ、最後のところで。これを。
自分で書いといてなんですが……つったない文だな!!真面で!
では、こんな拙い文を読んでくれたあなたに、幸福が届きますように
感電 歌詞パロ
太中か、双黒か……
つまり、ラブかブロマンスか……
まあどっちでもいけるよね!
という乱暴な結論から生まれております。
この時点で「あ、無理」となった人は、ここまで見た証拠をを虫クンの異能力のように完璧に消してもらって、そっとブラウザバックしてください
(与太話ですが、MIU404良いですよ!アンナチュラルも、ラストマイルも!面白かったなぁ……)
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眼下に光が溢れる街を見下ろす。
何時もは煩いとまで思うこの情景だが、今は相応しい。
血の様に紅い液体で満たされたグラスを揺らし、その官能的な香りを深く吸い込んだ。
特別な時に開けると決めていた此の葡萄酒も、今日は全く惜しくはない。
太宰が消えた。
ポートマフィア五大幹部の一柱にして双黒の片割れ。
マフィアでは太宰が何の痕跡も残していない事に騒然としていたが、当たり前だろう。
あの太宰がそう簡単に尻尾を掴ませる筈が無いのだから。
太宰から解放されたという喜びと、彼奴への祝福を込めてグラスを傾ける。
嬉しさに満ち満ちている筈なのに心の何処かで隙間風が吹いた気がした。
何故? 別に半身を無くした訳でも無いと云うのに。
隙間風にそっと蓋をして、俺はグラスを傾けた。
それから四年が経ち、其の中で俺は五大幹部と成っていた。
俺の生きる場所は今も、此の昏く輝く夜の世界。
光の、薄暮の世界を生きているらしい彼奴の真逆。
時折、此の胸を風が吹きさぶる事がある。
倫理も、肩書きも、世界も、何もかもを取っ払って2人で瓦礫の中笑い合っていた時が懐かしい。
誰にも、其れこそ梶井や広津にでさえ漏らした事は無いが。
たった一瞬の この|思い出《きらめき》を。
食べて、食らい尽くしていたい。
願わくば、二人で。そして|模様《おれ》が消えてしまうまで。
できることなら、きらめきを重ねていたい。
けれど、思い出は引っ張り出さないから思い出なのだ。
記憶の中では、俺たちは相棒として、輝きを失わないままだった。
重力も何も関係ない、光のように駆け抜けて行きたかった。
太宰、手前は如何したかったんだ? なんて。
死んでも訊きたくない。
如何にも苛つきが収まらずに目を瞑る。
疲れているのかも知れない。
今は地下に潜っているばかりだ。
だが、其れとは関係なく、何かが欠落ている様な感覚を覚える。
(当たり前か……)
友人は死に、裏切り、私の隣には誰も居ないのだから。
けれど、何故だかそれだけが理由ではない気もする。
一瞬だけ、不愉快で堪らない男の顔が浮かんだ。
全く、折角マフィアから抜けたと云うのに、彼方の事を考えていては駄目ではないか。
馬鹿みたいだと自嘲し、自分に喝を入れる。
私は友人曰く、幾分か素敵だと云う光の世界で、生きるのだと決めたのだから。
それから四年。
ポートマフィアの地下牢で再会した彼は全く変わって居なかった。
揶揄って、喧嘩を売って、買って。
昔と同じ様な感覚に喜びを覚えた。
昔から、彼と関わっている時は飽きなかった。
此の魔都ヨコハマから、ポートマフィアの肩書きから抜け出せる様な感覚がしたから。
殲滅の時の高揚感、終わった後の安堵、言い争う時の愉しさ。
あの満たされた様な感情は何だったのだろう。
その感情は心臓を、刹那に揺らすもの。
けれど、追いかけて指が触れるその瞬間に、いつも消えていってしまう。
きっと永遠のものが何処かにはあるのだ、と希望を持つのもいいかもしれない。
けれど、そんなのは自分らしくはない。
ただ、夜を振り返りながら。水に浸かりながらいる方が。
何倍も“私”らしい。
けど、この満たされない感情は何なのだろうな。
稲妻の様に生きていたいだけ
手前は、君は、如何したい?
返事はいらない
眠り姫です!
ここまでを読んでくれた貴方に、心からの感謝とここからの注意書きです。
ここから私の妄想です。若干腐ってるかもしれませんが、其のつもりはないです。
もう一度言います。私の妄想です☆
嫌な方はUターンを!
この二人について、本軸でも、CPでも、お互いに「世界で一番嫌いで、気に食わなくて、けれど、自らの唯一無二」だと思っています。
鯖さんは、頭脳派で、計算高く、生に意味を見つけられない人間失格。
蛞蝓さんは、肉体派で、直感的で、とても人間らしい(本人曰く)“模様”
二次創作では、鯖さんは偽善、蛞蝓さんは偽悪と描かれ、そこが気に食わないとされることもしばしばです。
けれど、正反対だからこそ憧れる点や、認められる点もあるのではないか。
それが、私の考え、「世界で一番嫌いで、気に食わなくて、けれど、自らの唯一無二」の理由です。
勿論、似ているところも結構あるのです。
(ここ迄シリアスめいた事を書いてますが、CPでは恋愛ほのぼの系も好きです。というか、ほのぼの系を主に摂取しています。じゃなきゃ糖分が少なくなってしまいます!)
一方、BEAST軸です。
あの中で、鯖さんは蛞蝓さんに何一つ明かすことなく、明確な上下関係と心の距離をそのままに、織田作のために(私の中では自分勝手に分類していますが)自殺しました。
蛞蝓さんは、その後心を壊したかの様な振る舞いをしています。多分。(太宰?誰だ、とか言っていた気がする)
ちなみに、あの世界線でストブリが発生していない説を、私は推しています。
16歳で経験するはずだった出来事たちをすっぽかして成長していったなら、本軸の様な、「殺してしまいたいくらいに嫌いだけれど、躊躇いなく背中を預けられる仲」にはなれないのでは、と思っているので。
(太宰を拾った日をまだ読んでないんですよね。sideBからの話が書けない……)
本軸では、黒時代の間、最終的には地位の差はついていますが、多分変わらずに煽り、喧嘩しあっていたと思います。
喧嘩するほどなんとやらと言いますが、二人の場合は「喧嘩するほど信じてる」のでは、と思います。
デップルとかもそんな風に思っています。(私は、ですよ。私は! ですから!)
さて、ここまで二人の違いと関係についての私の妄想をひたすら書き連ねてきました。
一寸3次元の二人についても書きます。(怒られるかな……)
お二方の初対面は、太宰さんが同人誌、「青い花」の刊行を友人(中原さんも含め)と行うことになり、その祝宴的なものの時です。
中原さんはそれはそれは酒癖が悪かったそうで、その日も太宰さんに絡み始めたそうです。
中「青鯖が空に浮かんだような顔しやがって」
中「お前はなんの花が好きなんだい」
太「……モ、モ、ノ、ハ、ナ、」(泣きかけ)
中「ちっ、だからおめえは!」
その後、太宰さんは中原さんの事を「蛞蝓みたいにてらてらした奴」と拒絶するようになりました。
ちなみに、青い花は結局それきりになりました。
しかし、太宰さんは、中原さんが30歳の若さで亡くなった後、こんな事を云っています。
「死んで見ると、やっぱり中原だ、ねえ。段違いだ。立原は死んで天才ということになっているが、君どう思う? 皆目つまらねえ」
嫌っていた割には才能を認めている、というのが史実なようです。
文ストも、それをモデルにしているのならばそんな感じなのかもしれません。
本編、今後どうなるのでしょう。
125.5話が出たばかりですが、旧双黒やゴゴリにシグマが心配です(2025/10/6)
楽しみです!
Aでもなく Bでもない
ほんのり太中
織太は意識してないです。原作(notアニメ)ぐらい。
・
海に面したベンチの前──『人は、父親が死んだら泣くものだよ』
外交官の家の前──『そうだね、其の通りだ』
偶然通った場所──『一寸傷付いた……』
ぼんやりと散歩した港──『強くなったね』
この声は、物心ついた時には存在していた。
行った覚えのない言葉が、自分の声で、頭の中に響く。
最初は、死のうとしても、死にきれないストレスからくる幻聴かと思ったが。
少々訳が違うらしかった。
気まぐれに通った場所からでさえも聞こえてくるこれは、不可解で仕方がない。
私──太宰治の酸化した世界を、その世界たらしめる不愉快かつ一番の要因。
──嗚呼、まただ。
頭を刺す様な一瞬の痛みの後、自分の声が響く。
『失うわけにはいかない』
『君は僕の犬なのだから』
『生きるなんて行為に、何か意味があると、本気で思っているの?』
(!?)
何が、何が起こった?
そんなことを考える間にも、沢山の声が響く。
こんな風に複数の自分の声が一度に聞こえることなど、これまでは無かった。
そして、何よりの違和感は……
『ねえ、 』
『一寸、 』
抜け落ちた部分があること。
これまでも何度かあったが、こんなにも落丁が多いのは初めてだった。
何かの人の名前。
それは分かる。
たかが名前。されど名前。
其の空の名前は、私の心を惹きつけるには十分すぎるものだった。
---
空の名前を知ってから数週間。
私はまだ、その正体を掴む事ができていなかった。
基本的にはどんなものも少し調べれば分かるものだが、今回は難しいらしい。
ため息を吐きつつ本のページを捲る。
私が読んでいるのは、ある小説だった。
作者は、新進気鋭の若手作家。
ある元暗殺者を取り巻く周囲と、その死を描いたものだ。
デビューしたてだというのに、本屋大賞を獲得した作品でもある。
この本は、少々不思議な構成をしていた。
中には、二つの章が存在する。
出てくるのは同じ人々。
ただし、立ち位置がまるっきり違う。年齢も違う。
まるで、一つの世界のパラレルワールドを描いている様な作品だった。
そして、何故か──
私は、この話を知っている、と思うのだ。
読んだ事がある、とかそんな易しいものではない。
経験した、と思ってしまうのだ。
この本を読み始めて、そしてあの日、一度に大量の声を聞いてから。
私はひどく鮮明で、記憶に残ってしまう夢を見る様になった。
出てくるのはいつも、同じ人々。
私たちがいるのは、いつも同じ場所。
年齢は様々。
最初のうちは訝しみながらも、興味深く感じていた。
けれど、流石に混乱する。
ある時、自分の中で消えていったと感じた温度が、翌日には息をして笑っている。
幼かった人物が、次の夜には壮年になっている。
何より──
夢で死んだはずの自分が、息をしている事。
死ぬシチュエーションは様々だった。
幼い頃に、黒い組織に捕まって死亡。
誰かに、ナイフで胸を突かれて死亡。(自分も相手に刺していたが。)
水の中、静かに沈んでいって死亡。
死亡、死亡、死亡、死亡。
幾つもの死に気が狂いそうになりながらも。
自分の死を見た世界は、死を見たその時から、その世界を見ることは無くなっていって。
気づけば、残りの世界は二つになっていた。
そして、それは何の因果か。
今、ページをめくっている本の世界二つにそっくりな世界だった。
名前が一致しているわけでもない。
だが、その《《世界》》が、そっくりだった。
この不可思議な事象を、究明してくれる人物はいないものか。
──いや、いる。
この、作者。
彼に、聞いてみれば良い。
笑われるかもしれない。けれど、何も行動しないよりかはマシだった。
---
それからまた数週間。
家のポストを覗くと、茶封筒が一つ入っていた。
もしや、と高鳴る胸を押さえながら、宛名のところを見る。
『太宰治様 織田作之助』
あの作者からの返事だった。
私は急いで家の中に入ると、震える手で封筒の口に刃を沿わせる。
畳まれた便箋を開く動作でさえもがもどかしい。
やっとのことで開くことのできた便箋には、規則正しい文字が綴られていた。
『拝啓
金木犀が香る季節となりました。
この度は、お手紙有り難うございました。
私の書いた小説が、誰かの心を動かしたとは。小説家冥利に尽きます。
そして、お手紙の中で告白なさった事柄に関してですが。
私は実のところ、とても驚きました。
まさか、同じ様なことを経験している方がいらっしゃるとは思いませんでしたから。
太宰様は、自分の言った覚えのない言葉が聞こえる、と仰られましたが、私は他人の声が聞こえます。
私にとっては、主に文を書いている時に聞こえてくるものです。
手紙の中で、こんなことを書いても良いものか、と思いますが、実は、私の恥ずかしい初作や、それに連なる話の登場人物たちはその《《声》》の持ち主たちをモデルとしています。
太宰様が、共感を私の初作に得られたのならば、私と太宰様が知る声達は、同じ世界のものなのかもしれません。
しかし、私に分かるのはそれ迄です。
偶然というものは、時に未来を見据えた様なものがあるのですね。
そうこうしているうちにも、また《《声》》が聞こえてきました。
私が生来口下手な性故に、こんなにも短い手紙となり申し訳ありません。
太宰様の今後のご多幸をお祈り申し上げます。 敬具
令和◯◯年◯月◯日 織田作之助
太宰治様』
「……ッ」
心が震えた。
笑わずに、真剣に返してくれたということもだが、何よりもこうやって手紙のやり取りをする事ができた、ということに《《私は》》歓喜していた。
何故こんなことに喜ぶのか、気を抜くと泣いてしまいそうになるのか。
またわからない事が増えてしまった。
嗚呼、また聞こえる。
とうとう家の中でも聞こえる様になったらしい。
『悔しいことに、薄く切って醤油で食べると、ものすごく美味しい』
『君をここに招いたのは──』
全て同じ人物に話しかけているらしい。
『さようなら、──』
『今はそれだけが──少し、悔しい』
この日、私は初めてそれらの世界に出てくる人物の名前を知った。
そして、この日の夢を境に、見聞きする世界は残り一つになった。
---
その日から、私は見聞きする世界の人物たちの名前を知る事ができる様になった。
そして、少しずつ容姿も結びつく様になった。
あの作者が、私の友人であり、最初に知った名前の持ち主であることには心底驚かされた。
けれど、まだ名前のわからない人物が一人いる。
私が最初に気がついた、声の落丁部分の名前の持ち主だった。
薄暮の色の揺れる髪に、昊の色の瞳。
私よりもかなり背が小さくて、粗野で、けれどもどこか優雅な。
『 』『 !』『 ……』『 』『ッ !』
『太宰』『手前ッ……』『太宰!』『ケッ 言ってろ!』『太宰……ッ…』
歩くたびに聞こえてくる。
君は誰?
何処にいる?
君は、私の何だったの?
夜な夜な見る夢はまだ続いている。
聞こえる声も増えている。
あの世界の私は、この世界の私と同じ様に、まだ死んでいない。
死んでいないのなら、まだチャンスは潰えていないという事だ。
(いっそのこと、織田作の様に現実で知る事ができたら、早いかもしれないのだけれど)
落丁に気づかせられてから、私に自殺する気を起こさせない不思議な君は、何者?
落丁が埋められたら、私のこの空虚な気持ちも満ち足りるのか?
応えてくれる人は、まだいない。
end……?
・
眠り姫です
私に問いたい。
短編とは。
力尽きました。
多分この後、コンビニだかキャンパスだかで(入れたら終わらなくなるので入れてませんが、大学生くらいです多分)会って色々あるんだと思います。私は脳が若干腐ってるので、あれですが……。
ほんのり太中と言ったのは、双黒として読むにはだざむの執着が強いかな、と。
タイトルについてですが、これは「太宰を拾った日」のsideA、sideBから持ってきました。
Aでも、Bでも無い、異能の存在しない現代社会、ということで。
side何 何だろ sideX ということにしといてください笑
(2025/9/15あとがき加筆)
ビーストでだざむが「織田作が小説を書いているのはこの世界だけだ」とか何ちゃら言っていましたが、私は、それは「織田作と太宰の道が濃く交わる可能性を秘めた上で」という条件があるように思います。この世界では、小説家といちファンという関係が、友人になることはない。そういう設定で呼んでください。
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からのありがとうを!
文ストワンライ詰(BL)
ワンライ系です。深夜じゃないけど
リハビリするはずだったのに、お題が彼らすぎてリハビリにならなかった。ちなみに全部一発で出たやつ。
・
①芥敦版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
本日のお題は「黒」です。制限時間は60分。(https://shindanmaker.com/719301)
(黒いなぁ)
月もない夜、闇の中へと溶けていく背中を眺めながら思った。
まあ、職業がヨコハマの夜を守るマフィアな上に、異能も「黒獣」とか呼ばれている彼奴なのだから当たり前ではあるのだが。
今日はポートマフィアとの共同任務だった。
作戦の指示をインカム越しに聞きながら背中を彼奴に預けて戦った。
少々厄介な敵がいて、月下獣羅生門を使う羽目になったのだが。
その時に見た彼奴に、一瞬だけ驚いたのだ。
闇の中、少ない明かりに照らされた、真っ白な|寛衣《ブラウス》。
共闘することの増えた今となっては見慣れた光景であった筈なのに、今日だけはそれに目を奪われた。
最近は見ることがなかったからだろうか?
その姿に、数ヶ月前の船上での闘いの姿が重なって。
一瞬だけ、恐怖を感じた。
けれど、その後再開した時の、変化した彼奴を思い出して。
安心したと同時に、最初の言葉が頭に浮かんだのだ。
彼奴は黒い。姿も、異能も、居る場所でさえも夜の中だ。
もしかしたら腹の中まで黒いんじゃないか、とか思うこともある。
彼奴のことを、魂まで黒いんじゃないか、とか云う奴もいるだろう。
彼奴自身でさえもそう云うかもしれない。
けど、僕はそうは思わない。
ここまで言っておいて可笑しいかもしれないが。
けど、彼奴の本質は黒一色では決してないと思うのだ。
それこそ、外套の下が新雪のように真っ白であるように。
顔の横のの毛先が、まるで絹糸のようにきらりと光るように。
彼奴は、人を殺すだけの兵器じゃない。
この数ヶ月で、彼は“人を殺さないこと”を知っているのだから。
僕は、彼奴の優しい面だって知っている。
妹さんのことを話す時に少しだけ柔らかくなる表情。
部下のことを話す時の、ほんの少しの心配。
こんな面を見せる彼奴が、何もかもを闇に堕とした黒な訳がない。
誰がどんなに彼奴を「禍々しい黒色」と云ったとしても、僕はこう云うだろう。
一見黒に見えても、それは白の混ざった、美しい墨色だと。
② 太中は ” 信愛 ” をテーマに ” キスしている ” 作品をつくってみましょう(https://shindanmaker.com/721751)
※映画DEAD APPLE捏造
「一寸、少しは起きたらどうなの」
少しずつ晴れてきた霧の中、そう云って彼を揺さぶってみるが反応はない。
霧が晴れるまではここにいる心算ではあるが、こうも近くで無防備になられると少々障りがある。
(周囲も見えるぐらいにはなってきたなぁ)
風にふわりと揺れたその鉛丹色を撫でる。
その感触に、先刻の空中での出来事を思い出した。
『ああ、信じてたさ。手前のクソ忌々しい程の生命力と悪知恵をな』
仮死状態と云える状態だった私は、彼が私を殴ったことによって(間接的にだが)目覚めた。
彼はそう云ってはいたが、私のことを信じていてくれているのだろう。
実際にそうだし、私がそれを違えたことはないのだから。
けれど、私がその“信愛”以上を抱いていたとしても、それは変わらないのだろうか。
変わらないのならばそれで良い。だが、変わってしまうのならば。
それだけが柄にも無く怖くて、私にしては珍しく、抱え込むなんて真似をしている。
本当なら、私は彼に触れたい。
そうする必要が無くても、ただ、伝えるために触れてみたい。
その碧い目を、自分で満たして欲しい。
その手が愛情を持って触れるものを、私だけにして欲しい。
こんな無防備な姿を、他のものには見せたくない。
死にたがりにしては珍しく、欲まみれだ。
(私らしくないなぁ)
そうだ、この霧の所為にしてしまおう。
殺されかけた所為にしてしまおう。
そうでもないと、この言葉は“私”には到底口に出せないものだから。
「────」
そう云って私はまた、その髪と頬に触れた。
暖かく柔らかなそれをもう少し自分だけのものにしていたいけれど。
(潮時かな)
霧が晴れた。
周囲の惨状が明らかになると同時に、空気もまた、殺伐としたものに戻ってしまったようだった。
私は脚に乗っていた頭をそっと退かすと立ち上がった。
地面にみっともなく横になっている彼の体を塀にもたれかけさせる。
彼はまだ目覚めない。
ほんの少しの出来心だった。
「……」
初めて自分のそれが触れた場所は、滑らかで暖かかった。
当の本人は、自身の鼻に当たった柔らかい感触に気づきもしないだろう。
それで良い。それが良い。取り敢えず、今は。
「いつかは唇にしたいなあ」
その呟きは誰にも拾われることなく消えた。
(愛してるよ)
③芥敦のお題
「っは〜〜〜〜〜〜もうお前嫌い!!!」
この台詞をベースに作成してください。
(https://shindanmaker.com/1179446)
※付き合ってる
※芥川を龍呼びしてる
「龍」
「……」
「龍之介」
「厭だ」
「……芥川」
「ッ……厭だ」
ここまで云ってもしないならば仕方ない。
叱るしかないだろう。
「だぁっっっっっもうっ! ご飯食べろって云ってるだろ!」
彼は僕の大きな声に体を縮こませたものの、スッと目を逸らしただけだった。
話は少し遡る。
最近龍之介は遠方へと出張に向かっていた。
今日はその帰宅日。
仮にも恋人であるのだから会いたいと思うのは当然だろう、と云うことで。
不殺チェックもしつつ、彼のセーフハウスへとやって来たのだが。
痩せている。
どう見ても、痩せている。
否、此奴が痩せているのは元々なのだが、それ以上に細い。
痩せこけていると云うわけではない。だが、食べていないのが丸わかりだ。
そんなこんなで、今僕は恋人を床の上に正座させているのである。
「彼方でどうしてたんだよ! 全然食べてないだろ!? 真逆1日を無花果一個で過ごしたとか云うなよ!?」
そう一気に捲し立てると、ぼそりと「一応ヨーグルトも食べた……」としたの方から聞こえる。
ほう、此奴にしては食べるようになった……じゃなくって!
「それでもカロリーになるもの食べてないじゃないか!」
ヨーグルトと無花果って。
なんだ、此奴。女子高生か?
二十歳の成人男性だろ?
「あ〜っもう! それだからこんなに顔色悪いんだよ! 銀さんや樋口さんたちに心配かけて良いのか!?」
そう云うと、ぐっと言葉を詰まらせて罰の悪い顔をした。
大切な妹や部下の名前を出すと、比較的大人しくなる。
このことは付き合って最初の頃に知った。
(食べさせろって云うのは実は中也さんからも言われてるんだけど……)
上司の名前を出すのは最終兵器でも良さそうだ。
「ご飯は食べないと体力つかないし、頭も働かないんだよ。治る病も治らないし。僕は龍之介に元気でいて欲しい」
そう云うと、罰悪そうに顔を俯かせた。
(効いたか?)
そう思って僕が台所に立ち去ろうとすると、彼が突然口を開いた。
「だ、だが!」
反論する気配を察して僕が睨みを利かせようとすると、此奴は予想もしなかった言葉を口にした。
「味がしないから……」
「味がしない?」
どう云うことだろう。真逆、味覚障害か? だったら危ない。
そうだとしたら与謝野先生に相談しよう、と歩み寄った時、此奴は爆弾を落とした。
「敦が作ったもの以外は味がしない……」
その言葉に数秒間フリーズする。
「っは〜〜〜〜〜〜もうお前嫌い!!!」
そう叫んだ僕は悪くないと思う。
・
どうも眠り姫です!
あとがきつっても書くことあんまないな……
シリーズの方で芥敦がかける気がしなかったため、練習用に書きました。
でも太中も混ざってますけど。
では、読んでくれたあなたに心からの感謝と祝福を!
文ストNLワンライ詰(not BL)
16巻と20巻のネタバレがあります。
ですがそれ以降のネタバレはありません。
NLです
一切腐っていません
①乱与版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負
乱与版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
本日のお題は「居場所」です。制限時間は60分。
https://shindanmaker.com/719301
今日は、あの人の命日だった。
妾に蝶をくれた人。正し過ぎる、と遺した人。
あの人が死んだのは、戦争のせいで、政府のせいで。そして何よりも妾のせいだった。
“死の天使”
周りから見れば妾は|死をもたらす天使《ヘルスケア・シリアルキラー》だったのかもしれない。
否、そうなのだ。
人から死という権利を奪い、精神を死に追い詰めた。
そんな妾は存在する価値すらないと、そう思っていた。
妾は、消えてしまいたかった。
けれど、それは今は全て過去形。
忘れてはいけない。けれど、引き摺られてはならない。
妾の居場所は|武装探偵社《ここ》。あの島ではない。
異能は、記憶は、使役するもの。使役されてはならない。
生きなくてはならない。胸を張って、恥じないように、2度と同じ過ちをしないように。
そしてそれを教えてくれたのは──
「よーさのさん! お菓子買って!」
横で楽しそうに笑う乱歩さんを見る。
妾に、もう一度|蝶《ほこり》をくれた人。|天使《いのう》を必要としないでくれる人。
「ハイハイ、しょうがないねェ」
「やった」
ふんふん、と鼻歌交じりに歩く名探偵。
妾にとっての|止まり花《いばしょ》は、この人だ。
② 立銀のお題
「重ねた傷跡を夢と呼ばせて」
この台詞をベースに作成してください。
https://shindanmaker.com/1179446
兄さんの葬式を行った翌日。
私は首領に呼び出された。
聞けば、黒蜥蜴十人長立原道造は猟犬の間諜だったらしい。
それから、私はどうやって自室に戻ったのか、覚えていない。
真逆。
そう思った。
だって、あんなに子供っぽくて。
だって、あんなに優しくて。
だって、だって。
色んな否定が浮かんだ。けれどもそれは全て、カモフラージュの一言で済ますことができてしまう。
次に出会ったら、殺せ。
私に首領が伝えたということは、そういうことだ。
できるだろうか。
否、できまい。
心ではそう思う。
けれど、私は手練れ。心の震えなど、手には伝わらないように訓練してきた。
きっと、あい見えた時にはその首筋に刃を当てることを躊躇いなくできてしまうだろう。
「っ……っふ……うっ……」
自室でぺたり、と座り込んでしまう。
口から嗚咽が漏れてしまう。
耐えなくては。もう、背に手を当てて支えてくれる人たちはいない。
兄さんは死んだ。
昨日、兄さんの葬儀の後にただただ座り込む私を、優しく抱きしめてくれた人は、間諜だった。
あんなに面白くて、優しくて、そして頼りになったのに。全ては偽りだったのか。
何度も何度も、共に重ねて治してきた傷たちは、全て嘘だったのか。
嘘じゃなくて、夢だったなら。
全て、《《現実に起こったこと》》ではなくて、《《夢現の中で見た幻》》なら。
この胸の苦しさなど、少しも無かったろうに。
「重ねた傷跡を夢と呼ばせて」
そうしたらきっと、胸を締め付けるこれは、共に夢となるから。
床にパタリと、雫が零れた。
どうも眠り姫です!
私は実はこの二つのNL(HL)が好きなんです
私は多分、一個の世界でカプを作ると、それ以外も欲しくなるんですよね……
最初は太中、そこから芥敦、乱与、立銀、ホーミチェ。実は織安も好きです。
まあそれはさておいて。
太中・芥敦短編集と銘打っておいて、NLってどうなのよ!
題名にしっかり入れていますので、どうかそこは目を瞑ってください……
ここまで読んでくれたあなたに、心からのありがとうを!
文スト数年後妄想
ト書き(台本風)です
メモ書きの集大成みたいなものです
かなりの妄想の産物です
キスも何もしていませんが、性的関係をチラッと匂わせる描写が最後の方にちょこっと、少しだけ出てきます。(ハグ程度)
それでも良い方は、どうぞ。
また、縦書きでも見れるようにしています。
・
太中 太宰の旅立ち
中也の家。
夕食をせびる太宰に、中也がキレながら用意する。
中也「ん」
太宰「わー! パスタ?」
中也「残さず食えよ。……味の素はかけんじゃねェ」
二人にしては珍しく、穏やかな時間。
夕食も消え、太宰がソファに寝そべっている。
その傍で中也が本を読んでいる。
突然、太宰が口を開く。
中也、目を本からあげ、本をテーブルの上に置く。
太宰「四年前、ちゃんと『行ってきます』聞いてくれてありがとうね」
中也「……」
中也、その話か、と思い視線を外す。
中也「車の爆破はやりすぎだろ」
太宰「ごっめーん、つい!」
中也「つい、で済む話じゃねェッ!」
てへぺろ、とあざとい表情で返す太宰。
中也はそれを半目開きで睨むと、そっぽを向く。
中也「……『ただいま』にも返してやったろ」
再開した時の地下牢での《《仕込み》》のことだ。
そっぽを向いているが、少し恥ずかしそう。
太宰、それを見て微笑む。
太宰「(微笑)そうだね」
沈黙。
太宰が緊張したように、手を握ったり開いたりしている。
中也、気づいているが何も言わない。
結局言おうとしていたことは言わずに、違うことを言う。
太宰「ねえ」
中也「何だ」
太宰「これからだって。『行ってきます』ちゃんと聞いてね」
中也「……おう」
その日はいつも通り。
何となく夜が更け、いつもと同じような過ごし方をする。
数日後。朝。
中也、サイドテーブルに置かれた高そうな箱が目に入る。
自分が置いた記憶はない。
人を呼んだ記憶もない。
警戒しながらもそれを手に取り、開ける。
中也「ははっ……(まじか)」
呆れた笑いだが、表情は嬉しそう。
箱の中には、真新しいチョーカーが入っていた。
プラチナ色のバックルに施された装飾が美しい。
中也、大切そうにそっと触れる。箱の底にはメモがある。
メモ『À bientôt.』
中也「(苦笑)また会うのかよ…………(小さく笑って)Bon voyage.」
---
芥敦 不殺の約束
どこかのひらけた土地。戦闘の後が色濃く残る。
敦「このままだと死ぬよ? 僕も、お前も」
芥川「……」
二人とも、すでにぼろぼろ。元から瀕死に近い。
芥川は羅生門を敦の首筋に当てている。
対して、敦は爪を芥川の喉元に当てている。
敦「……芥川」
芥川「僕は……この時を待ち望んできた」
敦、静かに頷いて。
敦「そうだな」
芥川「この羅生門に命を下せば、貴様を亡き者にできる」
敦「ああ。多分、僕の爪よりもお前のほうが早いだろうからな」
淡々と返す敦。ゆっくりと爪を下ろす。
敦を見て芥川は苦しげに眉を寄せる。
芥川「だが、何故僕はこの羅生門を動かせぬ!?」
敦、静かに芥川に目を合わせる。
芥川「此処で貴様を倒せば、己が強いという何よりの証拠に……! 太宰さんに認められる何よりの……! っ……!」
焦燥感を滲ませるが、やはり芥川は羅生門を動かせない。
苛立ったのか一度羅生門を引き、一気に当てようとする。
だが、それも寸前で無意識に止めてしまう。
敦「……」
芥川「……何故……僕はこうも弱いのか」
芥川、俯いて独り言のように呟く。
敦、それにやっと口を開く。
敦「弱くない」
芥川、俯いていた顔を上げる。
敦「お前は、弱くない。この僕がいうんだから、間違いない」
芥川「だがっ! 現に僕は貴様を殺せていない!」
敦「それが、弱くない証拠だ」
芥川、驚いたように敦を見る。
此処ではじめて、本当の意味で目が合う。
芥川は敦の目にびくりと肩を揺らす。
敦「人を無闇に殺すことじゃないことを、知ってるんだ。殺すことを、躊躇うように……って、なんか上から目線だな」
敦、軽く笑う。芥川、毒気を抜かれたように呆然とする。
敦「提案があるんだ」
芥川、敦に目で問いかける。
敦「不殺の約束を、改めよう。六ヶ月じゃなくて、どちらかが死ぬまで。どちらかが瀕死の状況になったら、とどめを刺しに行く。どうだ?」
芥川「(困惑して)……」
敦、その反応に慌てる。
敦「別にこれがずっとの契約じゃなくって良い。そうだ! 毎年此処にきて変えていこう。その時の僕らに会うように」
少しの間沈黙が流れる。
敦、緊張した面持ちで芥川を見る。
芥川「(呆れたように)貴様らしい愚かさだな。……だが、よい」
芥川、羅生門を消す。
敦、首から消えた緊迫感に呆気に取られる。
芥川「その契約、受けてたとう」
芥川、いつも通りの余裕ある風体で敦を見る。
敦「(吹き出して)何でそんな上から何だよ! ……わかった、相棒」
芥川「(ジト目で)やはり破棄したくなってきた……」
敦「何で!?」
二人一緒に歩いて行く。
---
一、二年後 探偵社の小さな騒ぎ
乱歩「ねー、国木田。テレビ借りて良い?」
国木田「良いですが……。どうされました?」
乱歩「ちょっと面白いものが見れそうだからさ!」
乱歩、テレビをつけて、目当てのものを流す。
テレビ「紛争地やテロ予告のあった都市にいつのまにか現れては、人と未来を救い、消えて行く……ネットではBlackと呼ばれ、ファンも続出する謎の人物。……クローズアップNow。今日は、Blackと呼ばれる謎の人物に、迫ります」
有名なテレビ局の特集。
ナレーションとともに、どこかの停戦地の映像が映る。
テレビ「此処は〇〇国〇〇地方。つい二ヶ月前まで、紛争の続いていた地域です」
ゆっくりとテレビの中のカメラが動く。
瓦礫や、子供たちを映す。
風景はかなりの惨状だが、子供達の表情は何故か明るい。
その時、テレビが何かを映しだし、乱歩が笑い出す。
乱歩「ぶっ! あはっあははは! んふふふ」
笑いが止まらない、と言った様子でソファに寝転ぶ乱歩。
何度も同じ場所を再生する。
それが気になり、与謝野もテレビを覗く。
与謝野「どうしたんだい乱歩さ……ふは! こりゃさいっこうだ! あははは」
与謝野も腹を抱えて笑い転げる。
古参二人の有様に、他の探偵社員たちもテレビに群がる。
ぱりん、という音がする。
国木田がメガネを破って、ふらりと床に倒れてしまった。
そんな社長の有様を気にもとめない社員たち。
全員あっけに取られている。
乱歩によって、同じ場所が再生されているテレビ。
見たものの反応はさまざまだ。
潤一郎「……へっ!?」
ナオミ「まぁっ!」
賢治「あっ!」
鏡花「……うわぁ……(信じられないものを見る目)」
敦「……えぇえっ!?」
テレビには画面端の気づくか気づかないかのところ。
そこにギャルピをして笑う太宰の姿が映っていた。
敦「……太宰さん……(あなた何やってるんですか……)」
その時、足音もなく後ろから声が聞こえる。
太宰「呼んだ?」
一同、声のした方をハッと見る。
玄関前に、スーツケースを引く太宰の姿があった。
太宰「あ、それこの前のじゃないか! BHKの撮影してるなぁって思ったからポーズをとっていたのだよ! 驚いたかい?」
目をキラキラとさせて見詰める太宰。
その胸ぐらを、復活した国木田が掴む。
国木田「太宰ッ! 貴様!」
太宰「痛いよぉ国木田くん。あ、間違えた。国木田しゃ・ちょ・う!」
語尾にハートマークのつきそうな勢いでいう太宰。
国木田が胸ぐらを掴んだまま揺さぶる。
その仲裁に敦が慌てて入る。
敦「お、おお落ち着いてください!」
国木田がハッとしたように太宰を離す。
太宰「(敦をみとめて)敦くん! 大きくなったね」
左手を嬉しそうに振って挨拶する太宰。
それを横から見ていた鏡花が、その左手に目を止める。
鏡花「あなた……結婚したの?」
そう言われて、敦が太宰の左手を見る。
左手の薬指に、プラチナリングが収められていた。
装飾が美しい。
国木田「なっ! 貴様、現地で結婚したのか!?」
慌てたようにいうが国木田。
太宰は手を振って否定する。
太宰「まさか! 現地で色々あるから、既婚者ってことにしてしまおうと思って買っただけだよ」
けたけたと笑う太宰。嘘っぽい。
他の社員も太宰に群がり、質問を始める。
質問というか尋問。
皆、太宰自身の出来事よりも指輪の方に興味津々だ。
太宰「よしっ、じゃあ賭けをしようか!」
一同「賭け?」
太宰「この指輪のもう一人の主を当てられた人に、今日の昼食を奢ってあげよう! 勿論際限なくとは言えないけれどね」
敦「やっぱりお相手いるんじゃないですか」
太宰「わからないよ? 私が嘘をついて賭けを始めようとしているのかもしれない」
ニコニコと笑う太宰。
太宰「さあ、挙げてって?」
一気にみんなから声が上がる。
昼食を奢る、と言われたため、みんな目の色を変える。
敦「依頼人の娘」
太宰「違う」
潤一郎「女優」
太宰「違う」
賢治「喫茶の給仕の方!」
太宰「違う」
鏡花「旅客機添乗員」
太宰「違う」
国木田「旅人」
太宰「違う」
敦「作家」
太宰「違う」
潤一郎「企業の社長」
太宰「違う」
ナオミ「ホステス」
太宰「違うけど……私はそういうタイプに見えるのかい?」
ナオミ「ええ」
太宰「ええー……」
傷ついた、という太宰に、会話の流れが一瞬止まる。
その時、与謝野が爆弾を落とす。
与謝野「森医師」
一同「は?」
空気が固まる。
惚けた面持ちの一同の中でも、太宰が一番ひどい。
太宰「え与謝野女医あの本気で言ってます? あのロリコン? 無理です生理的に無理です無理無理」
此処までを一気に言った。本気で嫌がっている。
鳥肌が立ったのか腕をさすっている。
与謝野「冗談だよ。冗句の積りだったんだが……正直そこまで嫌がるとは思わなかった」
若干引いた様子で眺める与謝野。
ずっと静かな乱歩に気づき、太宰が声をかける。
太宰「良いんですか? 乱歩さん」
乱歩「別に興味がないからな。そもそも僕が入ったら一瞬で当てられるけど、良いの?」
乱歩がニヤリと太宰の方を見る。
太宰「おっと、遠慮しときます」
へらりと笑いながら両手をあげ、降参の意を示す太宰。
それに満足そうな顔をする乱歩。
乱歩が手を叩く。
乱歩「ほらほら、もうすぐ依頼人きちゃうんじゃない? 太宰も。用があるんじゃないの?」
一同「はあい」
太宰「(苦笑)乱歩さんは変わりませんねぇ……」
乱歩「いや? 僕も変わったよ? 与謝野さんに糖質制限始められた」
太宰「おやまあ」
乱歩は、もう用はないというように戻っていく。
敦、太宰に近づくが、声をかけることを躊躇う。
太宰、左手に視線を落とすと、顔を上げる。
太宰「じゃあねー! あ、私はもう少しヨコハマにいるから!」
そう言ってドアを開けて去っていく太宰。
敦「嵐だった……」
---
一、二年後 ポートマフィアの小さな会話
ポートマフィアの首領室。
芥川が任務の報告に現れる。
芥川がノックをする。
中也「入って良いぞ」
芥川「失礼します」
中に入ると中也が机につき、書類仕事をこなしている。
中也「お、芥川か。報告書だろ? お疲れ」
芥川「いえ、当然のことをしたまで」
中也が、芥川から渡された報告書を読む。
中也「……ん、良い結果だ。何より、標的を殺さずに吐かせたのが良い。……不殺の掟だろ? よくやってるな」
中也が芥川に小さく笑いかける。
芥川が少し恥ずかしそうに目を逸らす。
芥川「敦の言うこと成すことは突飛なものばかりです……話は変わりますが、首領」
中也「なんだ?」
芥川、ポケットから携帯を取り出す。
芥川「敦からこんな動画が送られてきたのですが……」
そう言って中也に見せる。
見せているのは、先の番組の太宰が映っていた場面。
中也、それを見て呆れ返った顔をする。
中也「……(心底呆れて)彼奴、何してんだ……」
芥川「この後、太宰さんが探偵社に帰ってきたそうで。そう言えば、首領も太宰さんから土産を送られていますよね」
芥川、そう言って首領室の隅の方を見る。
そこには置き場に困って放って置かれた土産の山がある。
おかしな人形、色使いのおかしい何かの壺……。
世界各地の変なものをまとめたような感じ。
中也「……あれに触れないでくれ。俺だってあれを視界に入れないようにしてんだ……」
視界に入っただけで苛つく、と頭を掻きながら言う中也。
芥川「ご愁傷様です……。先ほどの話ですが、その後、太宰さんの指にされたリングの話になったそうで」
中也「はあ……?」
芥川「お相手が誰なのかと言う話になったのですが、誰一人として当てられず」
中也「……」
芥川「して、首領。どなただと思われますか?」
中也「そうくると思ったよ! 俺に訊くんじゃねェ!」
大きな反応を見せる中也。対して芥川はいつも通りだ。
芥川「僕も、作家などではないか、と返事をしたのですが違うとの答えが返ってきました」
中也「勤務中に何でメッセージのやり取りしてんだ手前ら」
中也、呆れたように言う。
芥川「だから言ったでしょう。彼奴……敦の行動は突飛だと」
中也「いや手前が無視しろよ」
芥川「それが難しいもので」
芥川、無表情で答えるが中也に突っ込まれる。
中也、ため息をつくと芥川に口を開く。
中也「(ため息)下がって良いぞ。よくやったな。作戦に入った部下たちにもそう伝えておいてくれ」
芥川「承知」
芥川、一礼して首領室を出る。
中也以外誰もいない部屋。
中也、無意識にチョーカーのバックルに触れる。
五大幹部時代とは違うチョーカー。
あの時の、『行ってきます』の代わりのものだ。
中也、呆れや期待などの混ざったため息をつく。
中也「……はぁ」
---
太中 夜の一幕
中也、セーフハウスのうちの一つにつく。
鍵を開けようとする中也。
だが、オートロックが開いていることに気づく。
中也「……まさか」
中也、そのままドアを開ける。
太宰「あ、お疲れー。流石はマフィアの首領。残業してたの?」
リビングのテーブルで太宰がワインを開けていた。
色味からして、年代物のワインを開けている。
ワインのラベルは、ロマネ。
中也「手ッ前! 俺の秘蔵のワイン開けてんじゃねェ! この不法侵入者!」
太宰を殴ろうと中也が踏み出すが、防がれる。
太宰「当たらないよー、そんなんじゃ。と言うか首領になっても脳筋のままなの? 姐さんやヴェルレーヌさんに迷惑かけてない?」
中也「余計なお世話だッ」
イライラとしながら台所で手早く手を洗う。
玄関近くにはスーツケースが放って置かれている。
挨拶回りを終えた、その足で来た、と言うふうだ。
太宰「吊れないなぁ、君と私の仲じゃない」
中也「どんな仲だよ」
太宰「(少し考えて)……さあ?」
中也「分かんねェなら言うなよ」
中也、悪態をつきながら、下準備をした牛肉を出す。
数分後には美味しそうなつまみが出来上がっていた。
太宰「お、仕事が早い。牛肉の煮込み?」
中也「もともとロマネは今日飲もうとしてたんだよ。ったく、人のワイン取りやがって」
太宰「蛞蝓にはこんな良いワイン勿体無いよ」
中也「ンだと!?」
昔のように悪態をつく二人。
一、二年会っていなかった空気など感じさせない。
数時間後、太宰が中也からグラスを取る。
太宰「そろそろ止めないと明日に響くよ。君弱いじゃない」
中也「ぐっ……(何も言えない)」
ボトルは空になっている。
中也の目がアルコールで少し潤んでいる。
太宰「君ねぇ……それ他の人の前でやってたりしないよね」
中也「は? 何がだよ」
太宰「……なんでもない。あ、私またすぐにヨコハマ出るから」
中也「……そうか」
目を閉じる中也。手に顎を乗せ、リラックスしている。
それを眺める太宰。
太宰、ふいに口を開く。
太宰「こういうのでも良いの?」
中也「何が」
太宰「私たちの関係」
その言葉に中也が目を開けて太宰を見る。
太宰はいつになく静か。
中也「手前が世界を見たいんだろ」
太宰「……うん」
中也「(笑みを浮かべて)なら良いじゃねェか」
その言葉に数秒間押し黙る太宰。
数秒後、中也に寄りかかる。
太宰「そっか。そうだね」
中也「……」
中也、黙って腕を太宰の肩に回す。
その瞬間、中也の体が反転する。
太宰が、してやったり、と言うように笑っている。
中也は、自らの上に乗る太宰を見上げた。
太宰「さて、どうせなら世の恋人がするようなことをしても良いんじゃないかい?」
中也「……リビングじゃねェなら考えてやる」
挑発するように笑って、太宰の首に手を回す中也。
太宰「(少し拗ねたように)可愛くないなァ、もう」
窓の外には、月が上がっている。
・
眠り姫です
妄想してたらなんか……こんなんができてました……
妄想の段階だったのでト書きです
補足を入れると、太宰さんは“ヨコハマに縛られずに織田作の言葉を守ること”“他の世界のあり方を知ること”を目指し、世界を飛び回っています(こんなふうに変わってたらいいなーと言う希望的観測から)
Blackの正体が太宰さんです
なんか誰かに読んで欲しくなった
いつか小説にする、かも
メーベル 太中
(笑えない)
『私たちも変わってしまった』
なんて、どの口が言うのだか。
自分で彼を手放したのに、あの頃が懐かしい、だなんて。
『敵は消滅した。もう休め』
そう言って掴んだ左手の感触が。
『ちゃんと、拠点まで送り届けろ、よ』
そう言って叩かれた胸の痛みが。
少しずつ心を侵食する。
何度も何度も胸の虚しさを誤魔化し乍ら、共に組んでは離れている。
(莫迦だなぁ、私)
織田作を理由にしても、森さんが図ったことだとしても、何も変わりはしないと云うのに。
そんなことを考え乍ら見上げた空は、水の向こうで曇り、暗く。
私は水音を上げながら身を起こすと、何かを振り払うように頭を振った。
髪から舞った水滴が川に落ちる。
私が陸へ上がり、再び眠ったような川に、私は一瞥をくれると帰路についた。
(おやすみ)
だから
この虚しさに向き合うのは闇が明けてから。
朝日を見るまでは蓋をしていたい。
こうやってぽっかりと空いた穴に詰め物をして目を瞑る。
(寂しい)
ふと浮かんだこんな言葉に深い意味などは無いから。
どうか目を瞑って。体を丸めて。
(経た時間ってだけなんだろ)
この四年間、人肌恋しさを何度感じただろう。
何故寒いのか。
其れは時のせい。
どこか噛み合わない自問自答を繰り返しながら、今日も夜を迎える。
『そんな君が大好きだよ』
昔彼奴が口にした言葉を思い出す。
あの頃はひたすらに彼奴が憎らしかったと云うのに。
(分かってるよ)
大した意味などないと。
でも、その“好き”にでも縋っていないとこの寒さが纏わり付いて離れない。
『変わらないね、君』
その言葉にも自分は揺れてしまうのに。
自分を置いて行ったのは。
何故?
この寒さを誤魔化してしまうのは彼奴の言葉が怖いから。
彼奴が自分を嫌いなのは分かりきっているのに、都合の良い部分だけを切り取ってしまいそうで。
否、“嫌い”という感情こそが繋ぎ止める何かのようで。
マフィアにいた彼奴に、最後に会った時。
彼奴は珍しく煙草を燻らせていた。
口をつけるわけでもなく、火の点いた煙草を見つめ続けていた。
『何してんだよ』
『別に』
そんな彼奴に俺は声をかけた。
けれど何も答えなかった。
『またね』
最後に彼奴はそう言った。
彼奴が持った火が、遠く、遠くなっていく。
その次の日、彼奴は去り、車は爆破され、俺は葡萄酒を空けた。
この虚しさの意味に、真剣に応えるにはもう余りに時が経ち過ぎた。
そう思って俺は目を瞑る。
ただただ、目の前の敵を考えていた蒼い時代。
いつだか其れは林檎の様に紅く染まって。
いつの間にか黒く。
この覚束ない想いばかりが募って、|支《つか》えて。
嗚呼、どうしようもない。
だから
彼と、彼奴と、向き合うのは昊が白んでから。
そればかりを思って今日も目を瞑る。
『何故なら私たちは運命の──』
あの後、私は何を言おうとした?
あの後、彼奴は何を言おうとした?
どんなに蓋をしても溢れてきてしまう問を、もう一度仕舞って。
そうすれば、触れられそうな程にその存在を主張する虚しさが、寂しさが残った。
・
眠り姫です!
最近バルーンにハマりにハマっています(紫:遅くね?)うっさい。
なかでもこのメーベル、そしてレディーレやveil、パメラは太中に似合い過ぎていないか!? となりまして
曲パロを公開した次第です
他の曲もしたいなー
では、この辺で
読んでくれたあなたに、心からの祝福を!
SS詰め(notBL)
びーすと注意 すとぶり注意
・
①
ああ、いらっしゃい。君も来たんだね。
此処はいいところだろう? とても快適だ! そう思わないかい?
紅茶はいる? 珈琲の方が良いかい?
ん? ああ、此処では望めばあらかたのものは手に入るのだよ!
ふふ、君の言いたいことはよくわかる。
けれどそれは無理な願いだよ。
さて、私は君に言いたいことが一つある。
あの世界には勿論彼奴がいる。
それ如きで世界を救えた?
笑わせるな。
大きな失態だ。
人の幸いを考えた?
冗談じゃない。
なら、彼は? 彼の行動は?
今の彼は大きな危険分子だ。
そう思うだろう?
ねえ、死んだ“私”。
(何処かの太宰さんと獣軸の太宰さんの話)
②
対象に含まれていた成分
1 ジクロロコバルト(II)Cobalt dichloride 0.00
2 重クロム酸ニナトリウムニ水和物 Sodium dichromate dehydrate 0.00
3 五酸化ニヒ素 Diarsenic pentaoxide 0.00
4 三酸化ニヒ素 Diarsenic trioxide 0.00
5 ひ酸水素鉛 Lead hydrogen arsenate 0.00
:
:
:
248 炭素 carbon 0.00
よって、対象に炭素、もとい《《炭素の同位体》》は含まれている痕跡は無い。
XXXX/XX/XX XX研究所
--- この度の結果について ---
---|⬛︎ ⬛︎ ⬛︎《・・・・・・》 様 ---
この度の結果について、此方がご意向に添えたことを研究者一同願っております。
XX研究所
(誰かが何処かの中也さんが人間では無い可能性を手に入れてしまった話)
とりあえず2個。
眠り姫です!
なんか暗いね!
気分が沈んでいるのか、私?
此処まで読んでくれたあなたに、心からのありがとうを!
ではではー!
ビタァ・ストレェト・ティタイム
キャラメルカヌレ クルミの香ばしさと、ざくざくとした食感がアクセント
ティラミス ほろ苦い珈琲に隠された、こってりとしたチーズを味わって
マシュマロ 丁寧に作られた、後味の濃厚な白色のお菓子
チョコレイトクッキー 濃厚なチョコレイトを、クッキー生地に閉じ込めました
マドレエヌ レモンではない、苦味と甘さのある柑橘の香りが、口に入れた瞬間に広がります
マカロン ころりとした形とクリイムに挟まれた、甘いジャムは如何?
Ⅰ キャラメルカヌレ
「……なに、コレ」
「何って、カヌレだよ」
医務室だからか、白衣姿の森さんに何食わぬ顔で言われる。
僕、太宰治は目の前にコトリ、と置かれた円筒形のお菓子を見た。
ふわりと香るのは香ばしい──キャラメルだろうか。
摘み上げて、すん、と鼻をひくつかせる。
毒の香りはしない。残念だ。
ハア、と僕は溜息を吐く。
森さんは僕に自殺をさせる気が当分無いのだろう。
今日もまた自殺を止められ、治療を受ける羽目になっていた。
「で? お菓子がどうしたって訳? 毒は無さそうだし」
「広津さんから貰ってね。此の前少し遠出して貰っていたから」
エリスちゃんにどうぞ、って渡されてね。
と続けた森さん。
「けれどエリスちゃんは数個食べてお腹一杯なのだよぉ」
「へー」
心底興味が無い。
此の人は油断できない不思議な人だとは思っていたけれど、幼女趣味だとは。
実はついこの間まで知らなかった。
正直引く。
「私みたいなおじさんは数個食べるので一杯でね。太宰くんもどうだい?」
美味しいよ、と付け加えると、自身のデスクの方に向かっていった。
僕は大して食に興味が無い。
と言うか、味がしなくて食えた物ではない。
抑も、自殺志願者が、生ある者の三大欲求を満たしてどうするのだ、という話だ。
もう一度、大きな溜息を吐きかけた所で、扉がガラリと音を立てて開かれる。
「失礼します、首領。姐さんが診てもらえと──」
現れたのは、ちびっ子重力遣い──中原中也だった。
「わぁ、中也じゃないか。安定のちびっ子振りだね」
「ハァ!? 何だと青鯖!」
僕が煽ったことにより、簡単に怒りを露わにする中也。
いつものような口論になるかと思ったが、そうはならなかった。
「こら、二人とも。……中也くん、怪我かい? 見せてご覧」
中也は森さんの言葉なら簡単に聞く。
其の姿はまるで犬だ。
(犬は嫌いなのだけれど)
「あ、の、すみません」
「私は医者だからね。此れも仕事の内さ」
首領直々に手当を受けることに萎縮しているのか感謝と謝罪の混じった言葉を溢す中也。
そういうところも犬っぽいのだ。
尻尾を振る様子に面白くなさを感じながら愛読書を開く。
数頁読み終わった所で、中也の治療は終わった様だった。
帰ろうとした彼を、森さんが呼び止める。
「貰い物のお菓子が其処にあるんだ。カヌレ、と言ってね。一つ如何だい?」
そう言われて、彼は初めてテーブルに目を向けた。
裏社会にしては珍しい、洗練された洋を纏う菓子に興味が湧いたのだろう。
「宜しいのであれば」
断りを入れると、手袋を取って一つ摘む。
口に運ぶと、分かりやすく口元が綻んだ。
「美味しいです。胡桃ですか」
「そうだよ。口に合ったなら良かった」
柔らかい雰囲気で言葉を交わす彼らを尻目に見ながら、摘み上げていた一つを口へ運ぶ。
カリッとした外とは裏腹に、もっちりとした濃厚な中身。其の中身に刻んだ胡桃が入っているらしく、食感に飽きがこない。
(美味しい、ってこういうものなのか)
僕は一人そう思った。
彼の目元が、僅かに緩んでいた事は彼の師しか知らない事だった。
---
Ⅱ ティラミス
ざあざあ、と大袈裟な迄の音をたて乍ら雨が降っている。
僕は、其れをぼんやりと眺めていた。
携帯が震える。
|電子手紙《メール》だ。
準備が整ったらしい。
彼を納骨する場所は、せめてもの贖罪も兼ねて海の見える場所にした。
丁度、墓の前に座った時に、美しい青色が見える様な。
(織田作……)
其の彼のことが頭に浮かんだ。
右目の瞼に、前髪が触れる。
新鮮な感覚だった。
けれど、其の新鮮な風は、吹くたびに寒さを運んでくる。
森さんが、恨めしい。
安吾に、もう笑いかけられない。
何よりも、自分が──一番、許せない。
ふと、昔のことが思い浮かんだ。
ずうっと昔だけれど、エリス嬢が気に入らなかった洋菓子を渡されて。
でも自分だって甘いものが好きでは無いから、中也に横流ししたんだっけ。
美味しそうに食べるのだから、何だか悔しくなって。
自分も食べてみたら案外食べることができて。
ついつい予定よりも多く食べてしまったものだから、軽く口論した気がする。
(中也……)
こんな時、軽く喧嘩でもすれば苦しさが紛れるのに。
彼は今、遠くにへ出張に行っている。
確か今日の午後に帰ってくるはずだった。
(間が悪い)
けれど、こうも思った。
でも、そうして仕舞えば決心が揺らぐかもしれない、と。
ならば、居なくて正解だったのかも知れない。
嗚呼、でもむしゃくしゃする。
そうだ、彼の車に爆弾を仕掛けよう。
居て欲しいのに、居なかった。
聞いて欲しいのに、居なかった。
居なかった其方が悪い。
《《私》》は電子手紙に返信を打つと、執務室を出た。
(あの時食べた、ティラミスが食べたいなぁ)
なんて、想い乍ら。
---
Ⅲ マシュマロ
彼奴が、居なくなった。
出張から帰ってきた午後、首領から聞かされた言葉に俺は言葉を失った。
執務室には、もう誰も居ない。
もう、何も。
序でに車まで爆破されていた。
きっと彼奴だろう。
(あの野郎)
其の行動に、是迄で一番と言って良い程の怒りが湧いた。
全く、新車だったというのに。
けれども、其の行動に込められた意味が痛いほど伝わってきた。
出張に行く前と、帰ってきた後では、拠点内の空気が違っていた。
其の違いは、五大幹部が一人が出奔した、其のことによるものだけでは無かった。
諜報員は、実は此方への間諜だった。
最下級構成員が、敵対組織と相対し、相打ちになった。
嗚呼、と思った。
其の二者の名は、彼奴から、太宰から聞いた覚えのある名前だった。
だから、心から憤ることが出来なかった。
爆破した理由は、俺への憤りであると、分かったから。
声にならなかった、嘆きであると、分かったから。
俺への、祝福を求める挨拶だと、分かったから。
それと同時に、分かってしまったから。
己の心を。
彼奴は裏切り者である筈なのに、裏切ったことに、安堵を感じてしまった。
|マフィア《ここ》になし崩し的にいる理由が無くなったのなら。
彼奴が、薄っぺらい笑いでは無い笑いを、浮かべることが出来るのなら。
良かった。
そう思ってしまったのだ。
嫌だ、嫌だ。
全て綺麗さっぱり忘れてしまいたい。
こんな己の気持ちなんて、知らずにいた方が余程良かった。
知らずにいた頃の方が、もっと素直に、裏切り者を排することが出来たというのに。
今日は首領に直帰の許しを貰った。
車が無い為に、仕方が無く借りた社用車の中で溜息を吐く。
窓硝子を隔てて色褪せた空を見上げた。
宵闇へ向かっていく空に、幾つかの雲が浮かんでいる。
昔、これをマシュマロの様だと、無邪気に言った奴が居た。
嗚呼、矢張り忘れる事は出来ていない。
今日はせめてもの餞別で、葡萄酒を開けよう。
彼奴の、悲しい『いってきます』に、『いってらっしゃい』を返そう。
祝福を込めて、どうか。
---
Ⅳ チョコレイトクッキー
『任せなよ、相棒』
全く、如何して──私はあんな言葉を言ってしまったのだろう。
私はもう、彼の相棒では無いというのに。
私は、はあと溜息を吐いた。
彼と四年ぶりに会ったのは、つい此の間だった。
──あの時は、変わらないと言ったけれど。
変わっていた。
髪は伸び、五大幹部という肩書きが増え、信頼という背負うものが大きくなった。
私も、変わっていた。
砂色の外套を纏い、右目と左目で世界を見、光と親愛の満ちた地に足をつけた。
私も、彼も、変わっていた。
なのに如何して、君はあんなことを言うのだろう。
『手前を信用して汚濁を使ったんだ』
『ちゃんと拠点まで送り届けろ、よ』
もう私は、君を拠点まで送り届ける事は出来ない。
汚濁のダメージで眠りこける君に、悪戯をすることも、手を握ることも私の仕事では無い。
酔い潰れた君を迎えに行くことも、疲労に気づいて遠回しに休ませるのも、私はもう出来ない。
だのに、そんなことを言われたら。
(未練が生まれて仕舞うじゃあないか)
何故、私が返事をしてしまったのか。
そんな理由分かりきっている。
嬉しかったのだ。
未だ君が、私のことを相棒と呼んでくれたことが。
私のことを、忘れてなどいなかったことが。
何よりも。
どんなことよりも。
胸を高鳴らせたのだ。
「太宰」
ふと、隣の人物の声によって私は現実に引き戻された。
「何でしょう、乱歩さん」
そうだ、今は|白鯨《モビーディック》への潜入作戦を考えている所だっけ。
違うことを考えてしまっていた。
(駄目だなぁ)
私は手にした書類に流し目をくれながら乱歩さんの方を向いた。
むぐっ。
突然口に押し込まれたモノの感触に私は目を見張った。
噛むと、ほろほろとした中に、とろりとした甘さが含まれているのがわかる。
チョコレイトクッキーだ。
「お前、最近にかけて疲れてるだろ」
僕に言わせてもらうと、其の状態で作戦計画をしても非効率的なだけだ、と続ける。
全てを見透かしているような其の人を見ながら、クッキーを咀嚼する。
『手前、作戦参謀なら糖分取れよ。頭働いてねえ奴の作戦なんざ御免だ』
そう言って同じように菓子を差し出した彼の姿が浮かんだ。
私は、矢張り。
つん、としていて、何処か素直な君が愛しいのだろう。
出来る事なら。ずっと隣で、見ていたいのだろう。
言う気は更々ないけれど。
──だって、きっと。言っても困らせてしまうだけだから。
「有り難うございます」
其の感謝は、誰に向けたものだったのか。
誰一人として、知る由もない。
---
Ⅴ マドレエヌ
「「あ」」
真逆、こんなところで会うとは。誰が想像しただろう。
否、想像できた筈なのに、しなかったと言うべきか。
ついこの間、ムルソーやら空港やらが一段落ついてヨコハマに帰ってきたばかりだと言うのに。
けれど。
ふらりと入ったバーに密かに想う人が居た、など、有り得るだろうか。
嗚呼、そうとも。
確かに自分は、此奴──太宰に想いを寄せている。
言う事は無いが。
一度言ってしまえば、元とはいえ、相棒関係には必ずひびが入る。
抑も、嫌いな奴から好意を向けられて嬉しい者がいるだろうか。
否、居るわけがない。
そう言う話だ。
其れに、自分は此れを言う事はしないと、四年前に心に決めたのだから。
祝福として、餞別として、開けた葡萄酒と共に。
「チッ……はあ」
俺は舌打ちをすると、其奴の一つ飛ばした席に腰を下ろした。
本当なら葡萄酒が呑みたかったが、今呑んではあの時を思い出してしまいそうで止める。
代わりにウイスキーを頼むと、ことりと小皿が置かれた。
「?」
「マドレエヌです。程よい塩気と甘みが摘みに良いですよ」
小さな貝型の焼き菓子だ。
摘んで口に入れると、良くあるマドレエヌよりも遥かに芳醇な香りがする。
檸檬のような爽やかな香りが無いところを見ると、他の柑橘を使っているらしい。
案外美味しく、口が綻んだのが分かった。
其の時、にゅっと別の腕が伸びてくる。
「なあに、コレ? ……あ、良くあるのと違う」
包帯だらけの此の腕の持ち主は、一つ跳びの席だった筈なのだが。
どうやら態々移動してきたらしい。
「取んな。帰れ」
「えぇ、酷くないかい」
「知るか」
一人酒じゃ詰まらないから話しかけていると言うのに、とかなんとか言っているが、知ったことではない。
今、共に呑んだらあらぬことを口走りそうで恐ろしい。
いつのまにか置かれていたウイスキーのグラスを取って傾ける。
喉を落ちるひんやりとした感覚と共に、芳醇な香りが駆け抜けた。
「わ、此れ良い奴じゃない。流石高給取り」
グラスを置くと横からグラスが掠め取られる。
すん、と香りを嗅いだだけで分かったらしい。
興味を失くしたのか、元の場所にグラスが直される。
と言うか、距離が近くないだろうか。
人と触れることを恐れる此奴が珍しい。
──違うか。昔の此奴が、か。
光の元で暮らし、暗殺や性暴力といった害を、極端に恐れずとも良くなった此奴は。
触れることを厭わなくなったのかも知れない。
自分の知らない面を見たようでざわざわとした気分になる。
そんな思いを流すように、只管グラスを傾け続けていた。
「、 」
「代わりを御所望ですか?」
「……否、いい」
気づけば琥珀色は全て空になっていた。
隣で未だ気配が感じられるところを見ると、黙っているだけで其処に居るらしかった。
(帰るか)
こんなところでは気持ちよく飲めやしない。
財布から札を取り出してカウンターに置くと、立ち上がる。
ドアを開けると、入った時と同じようにドアベルが鳴った。
自分は、入った時と同じように、とは行かなかったが。
「あ、一寸」
後ろから声がしたが気にしない。
元より、自分は其れを気にする立場ではもうなくなったのだから──
「中也、待ってって言っているでしょう」
路地裏の方に足を踏み入れたところで、背後から声が聞こえた。
何故。
其の言葉が頭をめぐる。
自分に此奴を気にかける理由が無いように、此奴にも自分を気にする理由はもう無い筈なのに。
「何故って、気になったから」
疑問の言葉は口から漏れていたらしい。
「……気になるも何も、無いだろ」
疑問が口をついたように、其の怒りも、口をついて出た。
くるりと後ろを振り返る。
「もう関係も切れた“元相棒”の、何が気になるんだ」
其れは、此れ迄に微かに溜まっていた怒りの全てを、代弁した言葉だった。
Q奪還の時、何故相棒として振る舞った?
骸砦の時、何故自分が目覚めるまで待っていてくれた?
ムルソーの時、何故自分を信じてくれた?
「何故、もう何も無い筈の相手に、こうも絡む?」
もう何も無いなら、関わらないでくれ。
関わるたびに、昔しか知らない自分に吐き気がする。
其れでも想いを寄せる自分に嫌気が差す。
嗚呼、惨めだ。
「……何も無いって、如何いう事」
俯いて見えない前から静かな怒気を感じる。
「私は、君と関係が無いというの」
「当たり前だろ!?」
声が掠れる。
其れは、先程のアルコールからか、感情の昂りからか。
分からなかった。
「手前は裏切り者だ。ポートマフィアを抜けた離反者。俺は其のマフィア内での相棒。もう何の関係も無ェ」
自分で発した言葉は、自分をナイフで刺すような痛みを伴った。
一つ一つ、関係を否定するたびに、自分の浅ましさが突きつけられるようで。
「確かに、そうだね。其の公的な繋がりは、もう何も無い」
嗚呼、そうだろうとも。ならさっさと──
「けれど、“あった”事は消えていかない。消えてはくれない」
ひんやりとした指が頬に触れる。
まるで、痺れて動くことができないかのようだ。振り払うことが出来ない。
「先程、如何して絡むのか、と言ったね」
「吐き気がするからだよ。君の行動が、表情と一致しないのが」
其処で一度言葉を切る。
自分は、太宰から目を離せないでいた。
指と同じように冷たい目。
否、触れれば火傷をするようなものが揺らめいているようにも見える。
「知っての通り、私は君が嫌いだ。殺したいくらいにね。けれど君がそんな行動をするのは、君が嫌いという感情以上に腹が立つ」
「……意味が分からねえ」
自分が溢した言葉に、太宰は唇を歪めた。
「分からない、じゃなくて、分かりたくないんじゃ無いの」
ぐっと息が詰まる。
図星だった。けれども、こうも思う。
何だよ、其れ。
ただの逃げにしか聞こえない。自分は怒りを覚え、噛み付く様に言葉を返した。
「なら! 如何云う意味だよ」
「私だって知る訳無い!」
けれど、と続けながら其奴は目線を彷徨わせた。
其れが迷子の子供の様に映る。
其の姿に、いつのまにか怒りは静まっていた。
「君に触れるのは、昔から怖く無い」
ぽつりと、雫が溢れる様に発された言葉に、自分は目を広げさせた。
嬉しいのか、困惑なのか。
自分の感情が分からない。
「其れ、は」
「……勝手に受け取ってよ」
横を向いた事で、微かに朱に染まった耳朶が見えた。
真逆、とは思うも、長年の勘で、其れが偽りでは無さそうなのが分かる。
嗚呼、と心が震えるのを感じた。
(言葉にすりゃあ良いじゃねえか)
危害を加える者ではないと、信じていたと。
触れることに拒否感を覚えない程度には、良いと思っていると。
口にすることを羞恥で躊躇うような事を、想っていると。
口にするのが、怖いと感じていると。
そう思うけれども、言いたいことが確かに伝わったことも事実で。
其奴の頬にも手を伸ばす。
何方からともなく、まるで吸い寄せられるように。
噛み付くように重ねられた其れは、檸檬よりも遥かに甘くて、苦い味がした。
---
Ⅵ マカロン
土台となる生地にクリームを絞って、ジャムを真ん中に。
上からもう一つの生地を重ねる。
そうして何個も何個も作っていっていると、横から声がかかった。
「何作ってるの?」
「マカロン」
出来上がったばかりのものを一つ摘み上げる太宰に言葉を返す。
「珍しいね、お菓子作りなんて」
「此の前の|情人節《バレンタイン》で何個か貰ったからな」
「ふうん」
そう答えると、少し面白く無さそうに太宰が相槌を打った。
其の理由は大体分かるが、敢えて触れないでおこうか。
「……お菓子には、意味があるらしいよ」
ぽつりと溢した言葉に耳を傾ける。
──と言っても、手は動かしたままだが。
「グミは『嫌い』、ドーナツは『好き』、金平糖は『永遠の愛』」
「其れで?」
したり顔をしながら、続きを催促した自分に、太宰も何かを察したらしい。
「嗚呼、もう。知ってるんでしょ?」
半ば投げやりにそう云う太宰。
頭を掻く其の仕草が何処か子供らしく、笑いをこぼす。
「さァて、何のことだか」
笑いながらいった其の言葉に、太宰はむうっと頬を膨らませた。
「人を嫉妬させて楽しいのかい?」
「楽しい」
「酷い!」
太宰も気づいたのだろう。
自分たちも、お互いに|情人節《バレンタイン》の際、菓子を渡したことに。
マカロンが、丁度二で割れる数であることに。
自分が、其の菓子の意味を知っていることに。
最後の一つを完成させ、絞り袋を置いた。
拗ねたままにしておくと後が面倒臭い。
むすっと唇を尖らしたままの恋人に、自分も其れを重ねる。
もう慣れた感触だ。
唇にやってきた感触に、暫く目を瞬かせていた太宰だが、直ぐに其の驚きは消えていった。
目を細めると、くっと腰に手を回して引き寄せられる。
其れは、いつかの時のものよりももっと甘く、深く。
そして、人を捕らえて止まないような中毒性を持っていた。
了
目次書いててお腹すいてきちゃった眠り姫です!
書いた時お腹すいてたんだよ。
あとオムニバスが書きたかった。
何個かn番煎じですが、気にせずに。
……キスしてばっかだな。
目次の意味は、バレンタインとかでよく言うお菓子の意味を取り入れて作りました。
キャラメルカヌレ…キャラメル:側にいると安心する カヌレ:無し
ティラミス…私を元気付けて
マシュマロ…早く忘れたい
チョコレイトクッキー…チョコレイト:好き(告白に対して、これを返す時) クッキー:友達
マドレエヌ…あなたと親密になりたい
マカロン…あなたは特別な人
(レモン…ファーストキスの味)
でした。
私はこう言うのばっかり集めたがるんですよね。
花言葉、石言葉、星言葉、カクテル言葉……
そういうのでタイトルをつけたがる。
今回太中だったから、芥敦とかもしたいなあ。
色んなカプのオムニバスも良いかも。
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からのありがとうを!
定結糸の所在
https://x.com/q_micke/status/1797173074108023225
アイデアをお借りいたしました。
また、始終モブ視点です。モブは絡みません。
服装は、28巻付録と発表されているのを参考に。
私には、糸が見える。
突然何を言うのかと思われるかもしれないが、事実だ。
例えば彼処にいる人の、携帯電話を持つ左の小指。
そこに赤色の糸が巻き付いている。
ウェイトレスさんにも、学生服を着た女子にも。
どこへ続いているのか知れない糸が、静かに巻き付いている。
この可笑しな体質は、小さな頃からのものだった。
『お母さん、小指の赤色なあに?』
『……?』
お喋りが出来るようになってからされた質問の中で、一番衝撃的だったわ、と母は言っていた。
目の病気か、と急いで病院に連れて行き、言われた言葉は、『異能』
人智を超え、先の大戦の根幹を担った力。
この魔都ヨコハマでは、珍しいが見かけないこともない、そんなものだった。
異能名『|月下《つきした》の|赤縄《せきじょう》』
自分以外の人の運命の相手が、赤い糸で結ばれて見える──そんな異能だ。
我ながら下世話な異能を授かったものである。
(あの子は、苺──幸せだ。あの子は薔薇……波瀾万丈ね)
勿論、赤にだって色々ある。
大人になって、何組かの夫婦やカップルと仲良くなるうちに学んだのが、色の意味だ。
苺色なら、幸福や尊重。
薔薇色なら、熱烈。
真紅なら、特別──と言うように。
(これまでに会った中で一番大変だったのは──薔薇色かしら)
私は珈琲を飲みながら思った。
片方からのアプローチが怖いほどで、もう片方が照れ隠しに逃げて……正直瞼が下がった。
リア充、末長く爆発していなさい。
(異能を活かした職になんて就くもんじゃなかったなぁ)
恋愛相談所なんていう職業になったものだから、生まれてこの方、彼氏ができても長く続いた試しがない。
そんなに彼女に引かなくても宜しかろうに。
はあーあ、と溜息をついてパスタに手を伸ばす。
今日は休日。
珍しく街に出て、買い物にカフェと満喫していた。
大きな窓で、往来がよく見えるこの席が、此のカフェのお気に入りの場所である。
そんな時。
「……? んん?」
窓越しに、気になるものを見つけた。
若い……男、性だろうか。
長めの金盞花色の髪に、細い脚が目立つ黒い洋袴。
かなり小柄で、中性的な空気を纏っている。多分、成人。
服装は粗野な雰囲気なのだけれど、身のこなしが何処か優雅な──て、違う。
糸だ。
その小指に巻き付いた糸は、見たことのない色をしていた。
紫というには赤みが強く、純粋な赤よりも宵闇を孕んだ、そんな色。
(気になる……っ)
その糸は激しく揺れていた。
少なくとも、このヨコハマにいて、かなり大きく移動しているのだろう。
同じ色なのだから周りを見ればわかる……
其処迄思って、私は目を剥いた。
赤い糸は、相手へと続いていく其の途中で、消えていた。
(……え、)
赤い糸は、切れることがない。
相手が死のうとも、外国にいようとも。
それに、あれは“切れた”というよりも“消えた”
見えなくなっている、というのが正しい。
途中から、空気に溶けていっているように見える。
(なんで……?)
異常さに目を細める。
其の金盞花さんは、そんなことは露知らず、電柱に寄りかかって携帯を弄っていた。
左小指に、行先不明の赤い糸が揺れている。
おお、あの姿勢はイケメンだけが許される仕草──だから、其処じゃなくて。
首を捻る。
周りの人を見ても、赤い糸に異常はない。
私に異常が起こったわけでは無さそうなのだが……?
「すみません」
突然声を掛けられ、肩を揺らす。
振り返ると、困ったような表情で店員さんが立っていた。
ちらり、と携帯の時刻表示を見ると、入店からかなりの時間が経っている。
「! わ、えっと、すみません! お会計お願いします」
「畏まりました」
我ながら飛んだ迷惑を掛けてしまっていた。
少々焦りながら店を出る。
じりじりと肌を焼くように、晩夏の陽が照っている。
却説、どうしようか……と周囲を見ると、先ほどの金盞花さんを発見した。
すたすたと何処かを目的地に歩いている。
赤い糸は人に紛れて見えないが、半分消えたままなのだろう。
矢張り、気になる。
もし、相手が事件に巻き込まれたりしているのだとしたら──
何より、相手がどんな人なのか一目見たい。
昼食代を払ったばかりの財布の中身を気にしながら、私は人波に紛れて、金盞花色を追いかけ始めた。
---
金盞花さんは、不思議な人だった。
先程まで何やら待ち合わせでもしていそうだったのに、予定などないかのように寄り道を繰り返す。
一つ目、古本屋。
二つ目、パン屋。
三つ目、洋装店──
という風に。
慎ましい性格のようで、必要以上のものは買わない主義のようだ。
かなりの店へ入ったというのに、両手には二つほどの紙袋しか下がっていない。
不思議だ。
けれど、其れを少し遠くから眺めている私はそれ以上だろう。
通報されないことを祈るばかりだ。
最後の店から数分歩いたとき。
金盞花さんが、はたと立ち止まった。
視線の先には、公園。
小さな子供が泣いている。
どうやら、あの大きな木に風船が引っかかってしまったようだった。
(ああー、これは……)
ぎゃん泣きだが、どうしようもない。
木登りが得意な人がいればなんとかなるだろうが……。
金盞花さんもそう思ったのか、微妙な顔をして目を背ける。
が、はあーっと大きな溜息をついて頭を掻くと、子供の方へ走って行った。
「え、」
思わず声が漏れる。
私は目の前の光景に驚きを隠せずにいた。
ふわり、と浮かぶ金盞花さん。
微かな赤い光が、其の体を包んでいる。
異能力だ。
髪が風にはためくのを、帽子で押さえつつ木の方へ動く。
引っかかっていた紐を、いとも容易く手にすると、其の儘なんてことないように着地した。
風船を手に駆けてきた小柄なお兄さんに、子供は笑みを溢す。
親が何度も礼をするのを笑って止めながら、金盞花さんは公園を出て行った。
其れを、私は隠れることもせずに見続けていた。
金盞花さんは、大層なお人好しらしいことが、よく分かった。
(……一層、赤い糸の先が気になる……!)
まだ、其の小指の先は不明だ。
私は決意を新たにしながら、後ろをそっとついて行った。
(しかし、どんな人なのかしら)
粗野ながら、かなりお人好しで、イケメンで、知識人なお洒落さん。
そんな彼のお相手は、どんな女性だろうか。
(否、女性とは限らないな)
自分の無意識の固定観念に嘆息する。
(あー、気になるぁ、今日会える気もするんだけれど……)
其の時。
再び金盞花さんが立ち止まった。
今いるのは川近くの土手。
マルシェが開かれている通りだ。
何か良いものでも見つけたのだろうか──否、それにしては反応がおかしい。
わなわなと手を震えさせ、店とは逆の方向を見ている。
川だ。
(川……?)
釣られて私も目を向ける。
市場とは対照的に、人も少なく、普通の川に見えるが……え。
私は、目を疑った。
同時に、金盞花さんが川へ走っていく。
河川敷に荷物を置くと、其の儘──
「えぇえ!?」
──飛び込んだ。
嘘だろ、おい。
金盞花色が、水を吸って橙色になる。
金盞花さんは、私が目を疑った原因である、水面から突き出た足を引っ掴んで泳いでいった。
足の持ち主に、金盞花さんが吠えている。
よく聞こえないけれど、『またか』や、『迷惑かけやがって』などが途切れ途切れに聞こえる。
(足の人、前科があるんだ……)
しかも金盞花さんの言い振りだと、故意。
意味不明だ。
真逆、足の人が赤い糸の持ち主とかじゃなきゃ良いけれど。
左小指は水に浸かっていて此処からでは見えなかった。
私は二人を少し遠くから眺める。
完全に不審者だな、と思うが。
気になるのだ、仕方ない。
そう思ううちに、二人は橋の下に着いたようだった。
私は見つからないように、橋の上へ急ぐ。
乱れた息を整える内に、下から声が聞こえた。
「手前、何してやがる」
此れは、金盞花さんの方だろう。
先程途切れながら聞こえた声色、其の儘だ。
「また君かい? 全く、何でそんなに助けるかなぁ……」
耳馴染みの良いテノールボイスに、はっと息を呑む。
先程の足の人──男性のようだ。
二人は会話を続けている。
「大体手前は仕事だろうが。またあの眼鏡の奴に迷惑掛けてんのか?」
「眼鏡の奴? ──あ、国木田くんか。……え、なんか問題ある?」
「大有りだろ!?」
テノールさんは中々に破天荒な方らしい。
国木田さんとかいう人の胃が心配になる。
「ていうか、私も今日は休みなんだけど」
「……」
あ、金盞花さん黙っちゃった。
拗ねたような口調で喋り続けるテノールさんの声に、私は察する。
(……この二人は、お互いが寄り掛かれる場所なのだな)
と。
「全く、慰謝料代わりになんかくれても良いんじゃないのー?」
「くっ……」
戯れるように会話を続ける声が、下から聞こえる。
陽光が水面に反射していた。
ちらりと、下に二人の姿が見える。
金盞花色の髪が水を吸って橙色になった彼と、その隣で不敵に笑う黒い髪の長身の男性。
濡れた髪をかきあげる腕は包帯だらけで、其の指には──
(え、 )
糸は、無かった。
「うそ」
思わず、息を呑んだ。
欄干を握る指が、すっと冷たくなる。
疑問符が頭を駆け巡った。
金盞花さんの小指からは、相変わらず糸が伸びている。
其の向きからして、黒髪の男性へと伸びているのは明白だ。
けれど、何度確認しても。
其の指に、赤い糸は結ばれていなかった。
所在なさげに張られた、宵闇を孕む赤色の糸。
(なんで……? 会話からして、この人が、金盞花さんを結んだ唯一の相手でしょう!? こんなに深く、依存的な関係な筈なのに、糸が無い……!?)
そんなこと、有り得ない。
糸は、運命の相手の小指に、例外なく結ばれる。 相手が死んでも、糸はそこに留まる。 異能者であろうと、糸は見える。
(この人たちは、赤い糸の持ち主では、無い──?)
こんな初対面の私でさえもが、「お互いが寄り掛かれる存在」だと直感したというのに。
困惑の中、冷静な私が囁いた。
可能性は、二つ。
一つ目は、糸がこの男性を避けて、別の場所へ繋がっている。この男性は“運命の相手ではない”が、“運命の相手に近い場所にいる”か、“運命の相手と特別な関係”にある可能性。
二つ目は、彼自身、若しくは彼を覆う異能が、『月下の赤縄』による認識を完全に遮断している可能性。
(けれど、無効化、遮断の異能なんて聞いたこともない……)
私は欄干を握り締めた。
橋の下の二人の会話が、再び聞こえてくる。
「ねー、今日泊めてよ。慰謝料はそれで白紙にしてあげるよ?」
「俺の方が慰謝料請求したいわ」
ねえ、と甘い声を出し続ける黒髪の男性。
もう二人の姿は、橋の影に隠れて見えない。
「ね、」
其のテノールを最後に、沈黙が降りた。
僅かに髪を揺らす風と水音、草を踏み締める音。
何かが聞こえたわけではないけれど、其の空気の所為だろうか。
頬に熱が集まるのが分かる。
幾分か経っただろうか。
再び下から声が聞こえるた。
「まさか君が今日休みとはね。まるで運命みたい」
「ンな訳あるか。……風邪ひく前に、とっとと上がれ、太宰」
金盞花さんの口から聞こえた、“太宰”という名前。
(太宰……彼が、あの包帯だらけで、故意に川に飛び込む、糸のない男性……)
運命の糸は、金盞花さんと太宰を結んでいなかった。
しかし、金盞花さんが、彼の小指から伸びる宵闇の糸が。
この太宰という男性を、見えずとも結び、動いているのは明白だった。
可能性は、二つ目が正解だったのだろう。
二人が陰から出る。
小柄な金盞花に寄り添うように立つ太宰が、くるりと振り返った。
「! 、」
ばっちり目が合う。
彼は、気障ったらしく片目を瞑ると、荷物の方へ歩く金盞花さんを追って行った。
其の後ろ姿を見送りながら、私はずるずると蹲る。
太宰の、鳶色に光った宵闇は、確かにあの糸の色だった。
「う、わぁ……」
あの、妖艶さの由縁の、どろりとした其れを触ってしまったようだ。
大人気ない其れに、苦笑いが漏れる。
けれども。
完璧、としか言いようのない二人に、祝福を感じるのも事実だ。
「ふふ」
私は小さく笑いを溢すと、橋を渡って行った。
あの二人に、どうか幸せがあるように、と。
*Fin*
お久しぶりです! 眠り姫です!
また懲りもせず腐ったものを書きました。
最近病にふせっておりまして。
風邪です。インフルではないです。多分コロナでもない。
しかもXの喜劇が、展開定ってるけど乱歩さん描くのむずすぎて止まってる。
やばい。
ということで太中に逃げてきました。
早よ書けっつー話ですよね。
私には毎週更新とかができないのですよ。
できる時にめっちゃ書くタイプ。
いやー、この赤田綾ちゃんと仲良くなれる気がするわ
(誰、セキタアヤって)
え、オリキャラの名前
(知るかいな)
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
2025/11/14 追記
この二人が付き合ってるか。
決めてませんでしたが、恋人でも両片でも、言うのが憚られる関係の方でも、お好みで。
I got you!
学パロ 太中
「太宰は嘆息した。必ず、かの理想愛づる副会長から逃げなければならぬと決意した。太宰には規律がわからぬ──」
「太宰! 貴様何をぶつぶつ言っている!」
「一寸、国木田くん。大作が台無しじゃないか」
私は、口にしていたモノローグを台無しにした声の方を見た。
外では春らしい陽光が木々に差し込み、昼寝に良さげな木漏れ日を作っている──
──今は朝だけど。
彼処の木は若いから、首を吊れるほどの頑丈さを持ち合わせていないので、サボりくらいにしか使えない。
私は詰まらなさに、また溜息を吐いた。
理想愛づる副会長さんに怒られぬように足だけは動かす。
その副会長さんは私を見やると鼻を鳴らして言った。
「貴様は仕事をしていないも同然なのだから、朝の見廻り程度するべきだ」
「酷いなぁ、全く。そんなにキリキリしてると、足が攣りやすくなるよ?」
「何!? それは本当か!」
「ウソダケド」
「貴様!」
何時ものように揶揄って楽しむ。
高校に入ってから出来た楽しみの一つだ。
以前までの“楽しみ”のない生活では、少しの退屈も恐ろしくなる。
そうこうしているうちに、見るべきポイントは全て終わったようだった。
ぼんやりと窓から外を眺めていると、突然声を掛けられる。
「太宰」
「? 何?」
予定好きな彼のことだから、既に帰っているかと思ったのだが。
どうしたのだろう。
「其方のクラスに今日から転入生が来るそうだ。生徒会としての責任を以て──」
「あー、うん。はーい」
「聞け!」
「聞いてるよぉ」
何だ、そんなことか。
責任感の強い彼らしい注意である。
興味も大して無いので、半分くらい聞いてあとは聞き流した。
返ってくる怒声に間延びした返事を返しながら、窓から身を引く。
(転入生ねえ)
春という始まりの季節には珍しくも何ともない。
私が見たいものはどうせ此処には居ないのだし。
国木田くんを躱しつつ、教室への廊下を歩く。
そのときだった。
私は窓辺に目をやって、捉えたものに刮目する。
「、 」
「? 何かあったか?」
「……いや──」
突然立ち止まった私に、訝しげに国木田くんが声を掛けるが、何でもないと返した。
校門辺りにちらりと見えたあれは、気のせいだろう。
だって──
──あのマリーゴールドを見れることは先ず、無いのだから。
頭を過った其れを振り払いながら、私は再び足を動かした。
──なんて、思っていたけれど。
こんなこと、予想なんてしていなかった。
HRの時間、私は先生の呼んだ苗字に耳を疑う。
ガラリ、と戸を開けて入ってきた転入生の姿に、クラスは騒めいた。
其の容姿故か、雰囲気故か。
興奮したような空気の中、私だけが静かな衝撃の中に居た。
そう。
《《私だけ》》が。
「初めまして。俺の名前は──」
嗚呼、知ってるよ。嫌って言うくらいに。
君の名前は──
「中原中也だ。宜しくな」
そう言って、マリーゴールドは今世も変わらぬ笑みを浮かべた。
---
突然だが、私には所謂前世の記憶、なるものがある。
違う世界を生きる私の記憶があるのだ。
記憶を持ったのは小6の頃。
私は、近くに越してきた大学生、織田作之助と仲良くなった。
育ての親である森さんが医者であったのもあって、一人のことが多かった私にとって最初の友人だった。
彼は文芸サークルに所属していて、今度の学園祭で発行するという文芸雑誌を、嬉しいことに一部貰ったのだが。
彼が書いた小説の一行目を読んだとき、其れは起こった。
見知らぬ世界の、私の一生。
読めなかった小説。
違えた道。
黒い龍と白い虎。
倒すべき魔人。
目にした、圧倒的な力の行く末。
そして私の終わり──。
雪崩が起こるようにして頭へと入ってきた其れらの情報に、私は衝撃を受けた。
そうしてもう一度雑誌に目を落としたとき、私は涙を落としていることを知った。
見たかった名前が、本に刻まれていることが嬉しくて。
懐かしい人と、会えたことが喜ばしくて。
──皆に、会いたくて。
涙が収まった後、私は貪るように小説を読んだ。
彼らしい、天然なお茶目さのある物語は、素敵なものだった。
そして、私は新たな予感を察していた。
織田作と逢えたように、森さんが近くに居たように、また。
皆に逢えるのではないかと。
私には、逢いたい人物がいた。
もう一人の親友でも、大切だった二人の後輩でも、尊敬する上司でもない。
嘗て、隣に立った一人の朱。
マリーゴールド色の髪を持つ、彼に。
私は彼に置いて行かれた。
私は置いて行かれる積もりはさらさらなかった。
けれど、其れは現実となったのだ。
──私が、遅れた所為で。
森さんでさえ、私の所為では無いと繰り返した。
けれど、そんな訳が無い。
私が、敵に足止めされたからと言っても、彼が、既に其の時が近かったとしても。
私のサポートが遅れた故の、犠牲だったことは確かだった。
其れでも、私に責任を追及しなかったのは私を知る由縁だろう。
私を、どうにか死なせないように。
其れを皆、気にしていたことは明らかだった。
(申し訳ない事をしたなぁ)
そんなことしなくたって、私は死なないのに。
『死ぬんじゃ、ねェぞ……太宰。ッハハ……最期の、厭、がらせだ……』
抱き抱えた腕の中でそう笑った彼の子の|呪い《ことば》を踏み躙るなんて、誰が出来ようか。
惚れた弱みというものだ。重すぎるけれど。
私は確かに、彼の子を愛していたと言えるのだろう。
其れを律儀に守って、人として最期を迎えるくらいには。
そうしてやってきた十五歳。
けれど、前世で出会った年になっても、私は逢うことは無かった。
十三歳になって入った中高一貫校で、前世の幾人かに会ったというのに。
其れに失望を覚えながらも、のらりくらりと過ごして現在十七歳。
其の年になって逢おうとは、誰が思っただろう。
「ありがとう、中原さん。じゃあ、そうね。彼処席が空いているから其処にお願い」
「えっ」
担任教師の言った言葉に、私は小さく声を漏らした。
(私の隣なんて聞いてない!)
私の心境など知らず、中也は此方へ歩いてきた。
前世で向けられるはずの無かった、外行の微笑みを向けられ、指先がすっと冷える。
「隣か? 宜しくな」
「──宜しく、中原さん」
嗚呼、矢張り。
君は何も知らないのだね。
---
「中也は部活何処にしたの?」
「帰宅部」
「え、意外。其の小さい背で長距離とか走るのかと」
「あ゛? ……手前は?」
「私? 帰宅だけど、ほら。生徒会に入ってるから」
「うわ、なんかイラつく。ってか手前みたいなのが生徒会出来んのが不思議だわ」
「んふ」
気持ち悪い笑い方すんなよ、と呆れたように中也が言った。
次の授業の教師が教室へ入ってきたことにより、お喋りは止まる。
あのHRから早くも数週間。
良くも悪くも“隣”というステータスのお陰で、私と彼は良く喋る間柄となっていた。
けれど、今の中也が私の中で台頭していく度に、前世の中也が強く、鮮やかになっていくのも事実だった。
例えば、体育で軽やかに走っていったときだとか。
ちょっかいを掛けた後に此方を悔しげに見る目だとか。
そう言ったものが、ふと、彼の子に被さるのだ。
(ほんっと気に食わない。死んでも尚私を絡め取るなんて)
イライラしすぎて、七日間のうちに3回ほど入水しに行ってしまった。
其れもまた、驚きながらも助けた彼にあの子が重なってしまって、悪手だったのだけれど。
私はシャーペンを弄びながら思った。
けれども、私はどうして彼に記憶がないことに、あれ程の衝撃を受けたのだろう。
他の人に対しては、其処迄思わなかったのに。
(否、違うか。私が、期待しすぎていたんだ)
いつまでも私たちは“双つ”だと、思い込んでいた。
嗚呼、馬鹿らしい。全く厭になる。
ちらり、と隣を見ると、中也は真剣な表情で教師の言った言葉を書き写していた。
真面目だ、本当に。
素直で、悪く言えば愚直。
こんなに前とそっくりなのに、記憶は無い。
そんなことを考えてしまう私も厭なものだ。
私は机に突っ伏した。
あの教師なら、煩く言わないタイプだから、寝ても平気だろう。
寝ていようがなんだろうが、テスト点だけは良いのだし。
私は目を瞑った。
隣の人が何やら呆れた視線を送っているようだが、今の私はそんなことを気にしてはいなかった。
---
俺、中原中也には、気になる人物がいた。
其れは、隣の太宰治。
成績だけは良い、自殺嗜好の、生徒会書記長。
女にモテる癖にこっ酷くフリまくる女の敵だ。
……これらの肩書きだけでも変人としか言いようがない。
転入初日、担任の気まぐれで隣になった此奴は、非常に苛つくものの、喋る程度には連むという不思議な関係に至っていた。
けれども、俺が気になるのは其れらの肩書きでは無い。
此奴の目だ。
『中也、って呼んでいい?』
最初に向けられた、細められた瞳。
俺を見る目が、ふとした瞬間に合う目線が。
俺を確かに見ているけれど、俺を通して違うものを見ている。
予感では無い。断言だ。
何故だろう。確信してしまうのだ。
俺を見る時に心を占めるのは、自分ではない誰かなのだと。
じっとりとした、厄介なものは太宰の目線には感じられない。
けれど、まるで子供のような、手に入らない玩具を眺めるようなそんな目をされては、俺はどうしたら良いのだろう。
(そんな目で、見るな)
そんな目をされる度に、ざわざわと落ち着かなくなる。
慣れ親しんだものであるはずなのに、何処か違うものを手にしたような気分になる。
もっと揶揄え。笑え。
物足りない、と心が叫ぶように感じる。
些細な言葉を交わす度に、懐かしさに喘ぎたくなる。
(俺は此奴と会ったことなんて無いはずなんだが)
前のめりになるような焦りと、それを立ち止まらせる重い悔やみのような感情。
全く、何なんだか。
俺は横を眺めた。
机に突っ伏し、腕を枕にして眠っている太宰。
背が微かに上下しているから、眠っていることがわかった。
(此奴の夢には、何が出てくるんだろうな)
其れこそ、俺に重ねる何かが登場するのかもしれない。
関係ない他人に重ねてまで、其の息吹を感じたい人物は、きっと強烈で、大切な人なのだろうから。
其れにもやもやとしたものを感じながら、俺は目をスクリーンに映るスライドに移した。
---
「あ、やだー」
「大雨じゃん、傘ある?」
「無いわ」
「天気予報のばかぁ」
下校時間直前。
気まぐれに起こった土砂降りにクラスはある意味阿鼻叫喚だった。
もう季節は早くも夏。
私の隣も違う人物になった──けれど。
「おわ、凄い雨だな」
「如何しよう。私傘ない」
「ざまぁ」
目の前には相変わらず彼が居た。
(何でだろうなぁ)
精神年齢も肉体年齢に引っ張られるものなのか。
其れとも純粋に離したくないのか。
私たちは未だに共に居た。
私も傘に入れてよー、などと駄弁りながら、頭では違うことを考える。
私が離したくないのは、どちらの中也だろうかと。
今の中也と、前の中也は違う。
死を、血を知らない。
けれど、今の彼も、前の彼も、穢れることのない清さと、真っ直ぐさを持っている。
其れが、余計に前に似通わせるのだ。
彼と話したいと思うたびに、私が誰と話したいのか分からなくなる。
──いっそのこと、彼があの子の記憶を得たのなら。
そう思うたびに嫌気がさす。
私は小6まで、人を遥かに超える頭脳を持っては居たが、其れ以外は普通の子供だった。
……ちょっとだけ、死に興味があったことは認めるけど。
でも確かに、育ての親が某幼女趣味なことは除いて、普通の少年だった。
中也だって、そうなのだ。
親がいて、親戚がいて、自らが人がどうかなんて悩んでいない、一人の少年だ。
これまでの経験があって、今の中也がいる。
其れに、前世という後付けを願うのは、彼に対する冒涜だ。
でも。
(中也に、逢いたい)
(中也に、幸せでいて欲しい)
よくわからない。
あー、水に飛び込んで整理したい。
そう思っていた矢先。
「……一緒に帰るか?」
「へ」
何が。
誰と。
一瞬フリーズしたが、私の言った言葉に対する返答だと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
傘を貸すついでに共に帰らないか、ということか。
(無防備すぎやしないか)
下心ある人に捕まったら如何するつもりなのだ。
否、若干下心ある人がここに居ますが。
……いや、待て。私は誰を心配しているのだろう。
(あー、もう。まどろっこしい!)
頭の中のもう一人の私が自分を叱咤する。
なるようになれ。
「……いいの?」
「おう」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そんなこんなで、私は彼と共に帰路についていた。
勿論のこと、私の方が背が高いので傘を持つのは私だ。
中也はかなり悔しげにしていたけれど、背の違いは残酷である。
彼が持ったら私の腰が疲れて死にそうだ。
帰り始めて最初の方はそれで散々揶揄ったけれど、今はそれも辞めて普通に話している。
簡単な折り畳み傘なので、中也側でない方の肩が少し濡れるが、気にせず歩いた。
「それで、──」
簡単な手振りを交えながら話す中也。
小動物のような行動に、小さく笑いを溢す。
昔からそうだった。
こんな可愛らしいところが好きなのだ。
(──え?)
今、私はなんと思った?
私ははたと立ち止まる。
曲がり角の水たまりに、ぽたりと傘の滴が落ちた。
『昔からそうだった』
『好きなのだ』
(最ッ低……)
矢張り、私は、重ねていたのか。
気持ち悪い。
反吐が出そうだ。
「お、雨上がったな──太宰?」
前へ少し歩いていた中也が振り返る。
「太宰?」
やめて。
そんな純粋な目に、私を映さないで欲しい。
私みたいな、最低な人間を。
「……ごめん」
私には其れしか言うことができなかった。
彼は、押し付けられた傘と謝罪に困惑した表情を見せる。
「どうした? 何かしたか──」
「ごめん」
私、此方だから。
そう絞り出して踵を返す。
私の家は此方の方では無いと言うのに。
今の私には、其の声が震えていなかったかと言うことしか、気にすることができなかった。
---
「あー、チッ」
「中也、どうした?」
「……否、何でも」
と言うか、勝手に部屋に入ってくんなよ、兄貴、と其の人物に返す。
ポール・ヴェルレエヌ。
苗字は違うが、確かに俺の兄だった。
長い金髪を揺らしてくすくすと笑うと、兄はドア付近で立ち止まる。
「弟が何やら思い悩んでいる様だったからな。なに、一つお兄ちゃんに──」
「言うか阿呆」
高二男子に言うには少々幼すぎる言葉に軽口を返しながら、俺はベッドに寝転ぶ。
視界の端で、肩をすくめてドアを閉めた兄の姿を捉えた。
『ごめん』
そう言って目を伏せた彼奴の姿が離れない。
苛立ちと、寂しさと。
様々な感情が剥き出しの姿。
何時ものらりくらりとして、揶揄ってくる彼奴にしては珍しいことだった。
(何なんだ、あれは)
何をぐるぐる考えてやがる。
俺にそんな目を向けるな、と、去る背に言いたくなった。
気まぐれな雨に降られ、びしょ濡れになった傘を思う。
──手前は何を思ったんだ?
何かしたのか、とあの時自分の行動を振り返ったが、彼奴に彼処までの顔をさせる様なことには見覚えが無かった。
(無自覚ならどうしようも無いが……)
せめて、示唆くらいくれても良いのに。
若しかしたら。
──また、俺に“誰か”が重なったのか?
だとしたら。
どうしたら、重ねないでいてくれるのだろう。
どうしたら、あの孤独な背に、寂しさ以外を与えられるだろう。
(分かんねェ)
自分のことも、太宰のことも。
ただ、あの時思ったのは。
(『俺を、置いて行くな』──)
傘を押し付けた指の冷たさを、俺は確かに知っていた。
背に、頬に感じていた。
先ほどの光景がフラッシュバックする。
雨が上がったばかりの、薄暗い中で向けられた背。
其の影が、砂色の外套を纏った背に重なった。
『ごめん。ごめんね、中也』
ああ、そう言って笑っていた。
目に映る言葉は、謝罪の一色。
彼奴は、そんな挨拶を言ったことがなかった──
(待て)
何の話だ? これは。
映画の切り取りの様に、様々な光景が浮かんでは消える。
(違う。置いて逝くなと縋ったのは太宰だった)
俺は、其れに──
──嗚呼、如何して忘れていられたのだろう。
それと同時に、太宰が誰を重ねていたのかを悟った。
『死ぬんじゃ、ねェぞ……太宰。ッハハ……最期の、厭、がらせだ……』
(ごめん)
謝罪の思いが頭を駆け巡る。
俺は、彼奴にどんな酷い呪いを掛けたんだ。
けれど、最後に見た彼奴の顔が、今にも崩れそうな蝋のようで。
(泣くな、前を向いて)
其の一心で、俺は其の呪いを紡いだ。
どうか、此奴が現世に絡め取られたままでいるように、と。
そしてあわよくば──
俺を忘れることがないようにと。
俺と言う存在が、太宰の中で消えることがないように。
結局は、自分のためなのだ。
自分の、身勝手な想いの。
(最低すぎんだろ……)
それを忘れていたことも、そんな事を言ったことも。
最低で、幼稚で。
其の時、ふと思った。
今、彼奴は如何しているだろう。
頭が警鐘を鳴らす。
あの表情は。
消えてゆきそうなあの顔は。
今日の夕方、共に帰ることが決まった時に交わした言葉が思い起こされる。
『嘘、私の家に近い!
私の家は、んー、君の家、近くに川あるでしょ? 彼処の川にすぐ飛び込めるとこ』
あの時は、此奴らしいと呆れつつも笑ったけれど。
今の彼奴は。
(ッ──)
急がなくては。
俺はベッドから飛び起きる。
服は制服のままだったのが救いだ。
部屋を飛び出し、声をかけてくる兄を振り切る。
「中也!?」
「すまねぇ! 少し出掛けてくる!」
ヴェルレエヌが今世は血のつながった兄なのは驚きだが、今は其処に構っている時間はない。
靴を履く時間も勿体無い。
暗い外を急いで駆ける。
行き先は、川。
彼奴には養父がいるそうだが、医者で留守がちなのだと言っていた。
其の肩書きに若干既視感があるのはさておき、彼奴なら。
(飛び込みかねない……ッ)
大雨で増水した川に飛び込めば、いくら彼奴でもただでは済まないだろう。
彼奴があんな顔をする時は、大抵本気で死のうとしていた時だった。
寂しさに、寒さに耐えかねて。
(寒いよな)
俺だって、あの時寒かった。
でもそれ以上に、俺を抱き抱える指が、震える瞳が、凍えていた。
(まだ、許してくれるのなら)
俺は走って行った中に、見知った黒い背を見つける。
水魔に魅入られたような其奴の左手を、強く、強く握った。
「なん、で」
なあ太宰。
一つだけ、我儘を言わせてくれ。
其の瞳に、火を灯させて。
呪いではない言葉で。
どうか。
---
自分の醜さに嫌気がさして、つい、飛び込んでしまおうかと川を見つめていた時。
左手に現れた痛みに私は目を見開いた。
「なん、で」
「太宰」
何で君がここに居るの。
何でそんなに泣きそうなの。
君にそんな顔をさせるのは誰。
様々な問いが浮かんでは消える。
そんな私を、中也は確りと抱き留めた。
「、 」
「済まない。ごめん。ごめんな」
「置いて逝って。呪いを掛けて。忘れて。ごめんな」
其の言葉に私は体を固まらせる。
「ッ君──!」
「思い出したよ、全部な」
真逆。
そう思うも、目の前のマリーゴールドを見て本当なのだと悟る。
目の前の彼は、確かに、“中也”だった。
なぁ太宰、と目の前のマリーゴールドは言う。
驚いて声も出せない私の頬にふれた。
私の目に彼が映る。
彼の目にもまた、私が映った。
「手前は、手前だ。前がどうだろうが、手前は、手前だ」
「ッ何で」
何で、そんなことを言うの。
私は、君を殺したも同然なのに──
私の思いを汲み取ったように、彼は笑った。
全てを払拭するように。
「俺は、太宰に笑っていて欲しいよ」
だって、愛してるからな。
そう言って笑う。
けれど、其の笑みは僅かに陰る。
「だから──」
「忘れない」
続けようとした中也に私は声を被せた。
続く言葉を悟ったから。
死ぬ直前に、死なないようにと願うほど、お人好しな彼が言うことなど分かりきっているから。
そうでなくとも、相棒だもの。
驚く彼に、私は頭を振って続ける。
「君の言葉は呪いかもしれない。けれど、私はそれを受け入れた。だって──」
私だって、愛してるんだから。
私の言葉に、中也は瞳を震わせる。
どこか空虚だった瞳に、光が灯り始める。
「どうしてもって言うなら、私からも呪いを掛けさせてよ。中也」
たった17歳、人生はこれから。
そんな歳でこんなことを言うのは、重すぎるものだと思うけれど。
「私は、君を忘れない。君だって、忘れないで。そして──」
私の、隣にいて。
こんな重さは、私たちにお似合いだ。
(でしょう? 中也)
其の返答は、私に抱きつく重さと暖かさが語っていた。
Fin
眠り姫です。
また性懲りも無く腐ったものを書いたのですが。
学パロにまで手を出したよ……私……
もう末期だ。
pixivで見てたら描きたくなっちゃって。
というか、I got you っていう単語を見て、これが思いついたんですもん。
捕まえた! 私がいる 理解した って意味なんです。
流れがちょっとおかしいので、リメイクして上げ直すかも。
ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
追記
コメントくださっている方、ありがとうございます! 励みになります
コメントの有無に関わらず、気ままに読んでくださると嬉しいです!
キャスケード・ブーケ
〈勿忘草〉
苦しい。
前触れもなく、強烈な吐き気と喉の閉塞感が俺を襲う。
突然のことに思わずくの字に体を折って咳き込んだ。
気持ち悪い。
ふらりと床に膝をつき、口元に手をやる。
それを待ちかねたように、耐えきれなかった咳が喉から漏れた。
「ぐッ──ゲホッ…がッ……ぅ……ぁ……?」
やっと収まった。
急に如何したというのだろう──そう思った俺は、自らの掌を見て絶句した。
「……は、な?」
黒い手袋に散ったのは、小さな小さな、水色の|葩《はなびら》だった。
***
「……花吐き病、だね」
「は?」
突如、俺が花を吐いてから。
俺は首領に診察をしていただいていた。
しかし、その知らされた病は思いもよらぬものだった。
「正式には、嘔吐中枢花被性疾患。……片恋病、とも巷では呼ぶらしいね」
片恋。
「原因は、拗らせた片思いだよ。未だ大丈夫だけれど、いずれは死に至る可能性のある病だ」
それを聞いた時、ふっと心をよぎるものがあった。
黒髪の蓬髪。
砂色の外套。
ぐるぐると巻かれた白い包帯。
懐かしいと、叫びたい。
けれども、そのどれもが、俺には届く筈のないもの。
──嗚呼、此れか。
身の丈に合わない思いで身を滅ぼすなんて、異能で身を滅ぼすよりも滑稽だ。
心の中で自嘲する。
「この病は、体内の組織を花弁に変え、吐き出す。吐くことにもエネルギーはいるし、やがては衰弱する病だよ。完治する方法は、“片思い“を終わらせること」
「……そうですか」
如何して発症したのか、なんて考えるまでもない。
ただ、自分が未練がましいだけの話。
惨めったらしく、思いを消すこともできずに座り込み続けた弊害。
消せることなら消してしまいたい。
けれども、消すこともできないほどに、それは大きく、深く、俺に根付いていた。
失うことが、恐ろしいのだ。
この思いを、彼奴を。
ならば、俺は──
「中也くん」
「君は、強い。けれども、強がりは──否、私が言うことでは無いね」
首領は、全てを見通す瞳を伏せて、寂しげにそう口にした。
***
「中也さん、どうか──」
「気にすんな。未だ仕事は残ってるだろ?」
「中也さんッ!」
仕事を持ってこい、と催促した俺に、部下が苦しげに言った。
「本当に、大丈夫、なんですか?」
「……応」
勿忘草を吐いてから数ヶ月。
俺は見て分かるほどに衰えていた。
チョーカーをつけるたびに、緩くなっていく。
目には隈ができてしまったため、コンシーラーで隠していた。
顔を傾けると、前髪が額を撫でる。
その色は、艶めきを失い、パサついていた。
彼奴が、嫌いじゃ無いと言ってくれていたのに。
「ッ──」
しまった。
包帯だらけの彼奴を思い起こした瞬間に、吐き気が催される。
顔を青くした俺に、慌てたように部下が言った。
「ッ! 一寸スポーツドリンク買ってきます!」
パタン、とドアが閉じる音を認識したと同時に、口から花が溢れた。
吐き出す花は美しく、俺を嘲笑う様に咲き続ける。
『私を忘れないで』
──なんてエゴなのか。
『失われた愛』
──抑も愛なんて与えられなかった癖に。
『はかない恋』
──嗚呼、そうだな。
覚えてしまった花言葉を思う出すたびに苦しくなる。
とんだ独り相撲だ。
如何にかして。
(此れから逃げたい)
そう頭の中で呟いた時には、意識は遠くなっていた。
***
それから、何をしていても花を吐くようになった。
明らかに悪化した俺に、首領は目を瞑って数日間の休暇を出して下さった。
申し訳ない。
せめて、死すまでマフィアに身を捧げようとしていたのに。
けれど、首領はそれを知った上で休暇を出したのだろう。
射座愛の気持ちばかりが生まれてくる。
兎に角、俺は、長い長い時間を持て余していた。
街中を歩いていると、本人を見かけることも、想起してしまうことも増えるから、必然的に外は出歩かなくなる。
家の中のものには、彼奴を思い出させる何かが結びついているから辛くなる。
「ぐっ…ぁ…ガハッ──ゴボッ」
今回はまた、一段と量が多い。
喉が焼けるように痛む。
あ、これはやばい。
視界が白く飛び始めて、初めてそう強く感じる。
『中也ッ!?』
フローリングに倒れた俺の耳に届いたのは、鍵を開けるような音と聞こえない筈のテノールだった。
***
「、 」
暖かい。
ここ数日ろくに感じていなかった、布団の暖かさを感じて目が覚めた。
自分で行った覚えはないと言うのに。
その時、寝台の隣から聞こえてきた声に俺は飛び上がった。
「あ、起きた」
「!? だざっ」
「一寸、寝てなよー」
なんで、太宰がここにいる。
その問いは、太宰によって体ごと寝台に沈められた。
「全く、私が来なかったら如何するつもりだったわけ?」
それに──
と太宰は続ける。
鳶のはずの瞳が黒く塗り潰されている。
白い指は、水色の小花を摘み上げていた。
嫌悪の一瞥を花にくれると、笑って問う。
「この花は誰の?」
誰の。
その問いが、誰が吐いたものか、ではないことくらい、俺にも分かった。
聞いて如何するつもりだろう。
滑稽だと嗤うつもりなのか。
気色悪いと拒絶するのか。
どれだって良い。
どれにしろ、結果は変わりはしないのだから。
「……誰だって良いだろ」
「答えて」
手前はそんな、黒くなっちゃあいけないだろ。
何がそうさせるんだ。
──そんなに、俺が憎いか。
その答えに行き着いたからだろう。
再び、身を焼くような喉の痛みと嘔吐がやってくる。
「! 中也、 」
辞めてくれ。
そんな、優しくなんてするな。
背を摩るその掌が恐ろしい。
その手は二度と、俺を導いてはくれない。
「ゲホッ……かは、ぐァ……ゴボッケホ、げほ」
消えてしまいたい。
こんなことを手前に知られるくらいなら、知られる前に、こうなる前に死にたかった。
「中也……」
気遣わしげに見る太宰に、咳がひとまず止まった俺は言った。
「手前だよ」
「は」
嗚呼、言ってしまった。
軽蔑される。
そんな瞬間的な怯えを体現するように、喉の奥が疼いた。
頭上からは何も聞こえない。
どんな顔をしているだろう。
侮蔑か、嫌悪か──興味をなくした、虚空か。
しかし──なぜ、驚いた反応を見せたのだろう。
こいつに限って知らなかった、など無さそうなのに。
俺は半ば義務的に、そして一種の怖いもの見たさと責任感から、恐る恐る顔を上げた。
「、 」
はっと息を呑んだ。
何で……そんな顔をする?
予想だにしなかった表情に、俺は目を見開いた。
「 」
嘘か。
揶揄いか。
けれどもそれが嘘ではないと分かるのも自分。
つっかえる様なじくじくとした痛みが、そっと拭われる。
寒くはない。
暖かく、柔らかい。
そのことは、新たに吐き出した白銀の芳香が物語っていた。
Fin
---
〈百合〉
「……またか」
私は掌に吐き出したソレをみて、小さくつぶやいた。
滑らかな黒。
悪意の闇を煮詰めた様な、“此の”私に相応しいものだ。
──病は相応しいとは到底いえないものだけれど。
***
嘔吐中枢花被性疾患。通称花吐き病。
片思いを拗らせると発症する、命の危険もある病。
そんな病に、私は罹患していた。
此の病の付き合い初めて、もう長い。
けれどもその長い時間があっても、此の世界の太宰治が罹るには、理解し難いことだった。
首元の紅いストールに目を落とす。
私は首領。
元ポートマフィアの探偵社員ではない。
私は此の世界の織田作を守るために心血を注いできた。
全てを。
けれどもそれは、友人として。
断じて片思いではない。
それに、此のことに関して、私は少々心当たりを持っていた。
朱を纏う狗を思い出す。
けれども私は、そんな“恋”などと言う浮ついたものに時間を使う暇はない。
此の、織田作が小説を書く世界を、それを行うヨコハマを、守るそのことが。
何よりも。
何よりも──
(大切な筈なのに)
なのに、此の病は私にひっそりと忍び寄り、此の世界の“僕”を思い出させようとする。
とうの昔に捨てたものを。
本編の世界の様に浮世を厭い、それでいて謳歌する様な真似は、私はしない。
絶対に。
けれども、その“僕”は言う。
寂しいのでしょう?
引きずり込んででも自分のものにしたいのでしょう?
すれば良い。
君だって“太宰”なのだから──
──と。
嗚呼、全く。
気色が悪い。
私は手の中の黒百合を握りつぶした。
黒いちぎれた花弁が床に落ちる。
花言葉の通りに、恨む様に雄しべが此方を見る。
それを私は無機質に見つめ返した。
***
終わる間際の、不思議な興奮によって世界が遅く感じる。
嗚呼、これで終わる。
それなのに、何故だろう。
何故、今になってこうも胸がつかえるのだろう。
けれども、私はそれを感じない。
感じようとはしない。
横目に、朱い彼が目を見開いて此方を見つめるのが見えた。
けれども、そんなこと知ったことか。
そう思うのに──
“僕”は震える。
ちりりと喉の奥が疼いた。
──こんな時に。
私はそっと目を瞑った。
強い衝撃。
物言わぬ黒の側に、赤く朱く濡れた黒百合が、静かに咲いていた。
Fin
どうも眠り姫です!
キャスケード……滝
受け止めきれずに強く流れ落ちる水と、花と、思いを一緒くたにしてつけました。
花言葉
勿忘草…私を忘れないで
白チューリップ…失われた愛
アネモネ…儚い恋
黒百合…呪い 復讐 愛 恋
赤百合…虚栄心
私、書く分岐世界はBEASTばっかですけど、何気にファミマフィア好きなんですよ?
書かないけど。
そしてBEASTの解像度が低くても文句はNGです。
あの世界の太宰さん、中也さんに関心なんてなくないか? なんてのも、ダメです。
おんなじ人ですから。
少なくとも、途中までは同じ思考回路で生きてる筈なんです、たぶん。
多分15歳くらいまでは。
だったら僕の犬発言だってしてる筈。
忠実メイド発言はしてないぽいけど。
そうだろ!?
って思って。
でも本当は黒百合も中也の予定でした。
なんか書き出したら変わってた……
では、ここまで読んでくれたあなたに、真白のカサブランカを!
此の銀梅花を、
ぺちぺちと頬を叩かれる感触に、私の意識はぼんやりと浮上した。
「……ここは?」
「お、おきた」
突然開けた視界に映ったのは、真っ青な空と、浮かぶ子供。
視界に入った私の手も、ふっくらとした幼子のもの。
しかし、不思議な子供だ。
何故だろう。
何処かで見たことがあるような、ないような。ぼやぼやと霧に包まれているような感じのある子供だ。
「……きいていい?」
「?」
「せなかの、なに?」
何よりも不思議なのは、その背中にすらりと生えた、真白の翼だった。
頭には、薄らと光る輪。
これはまるで──
「はねだよ。てんしだからな」
「てんし、……」
はあ、なるほど。
子供が、お前にもあるぞ、というものだから、背に手を伸ばす。
ふわふわとした感触が指先を掠める。
その感触に、何かが頭を過ぎるが首を傾げる。
何なのだろう。
私は、天使で、生まれた時から天使だというのに。
私が一人眉を寄せていると、目の前の天使は話を続けた。
「てんしのやくわりはな、にんげんをみまもることだよ」
「にん、げん」
「そうだ」
見守る、ねえ。
しかし、ニンゲンとはなんだろう。
「ためしてみるか」
そう言った天使は少し進むと、下を指差した。
其処を肩越しに覗く。
「!」
「な?」
薄く雲のかかった街に、小さくうごめくもの達が見えた。
あれが、人間だ。
そう認識すると同時に、何かが胸を駆け巡る。不思議なものだ。
胸を塞ぐ霧のようなそれに、見て見ぬふりをしながら雲間を見つめ続ける。
「あ……」
突然、そんな声が喉から漏れた。
「どうした?」
そう訝しげな目をした横の天使に目もくれず、私は雲から足を伸ばす。
おい、と背後から掛かった制止の声も気にせずに空へ一歩を踏み切った。
一瞬の浮遊感に心が躍る。
それと同時に、私はある一人の人間の肩に降り立った。
日に煌めく夕焼けの髪に、蒼天を映した瞳。他の人間に比べて小さな体躯の男。
何故だか心惹かれた。
天使は人間には感知できないのだろう。
その人物は気付いた様子もなく、歩を進めていた。
ぶわり、と風が吹いて、その人の髪をはためかせる。
「あぁ、クソ」
案外口が悪いらしい。
彼は悪態をつくと頭に乗せた帽子を手で押さえた。
その動作を見て、何故だかその帽子を剥ぎ取ってしまいたいという思いに駆られる。
趣味の悪い帽子だからだろう。
そう自分自身で落としどころを見つけると、いつのまにか前を歩いていた彼を追った。
---
下へと降りてから、少しばかりの時が経った。
夕日の彼は、マフィアで生きる者だったらしい。
マフィアの中でも随分と位の高い者のようだった。
人を殺すことにも抵抗がない。
その服に染みつくのは硝煙の匂いと、血の匂い。
けれども部下思いで、気さくで、あまり裏社会らしくない。
そして、殺めることに心が痛まない訳でもないのだ。
殺される覚悟を持って殺め、命の重みと吹き飛ぶ軽さを知っているからこそ。
部下の命日を覚えていて、波止場を静かに眺めることも知った。
咳き込む部下に料理を作ることもする。
一寸気障で、優しい。
私はそんな彼を、静かに背から覗いていた。
周りを人が忙しなく歩いていく。
街の中の、こんな光景も慣れたものだ。
「……」
その時、突然彼が立ち止まった。
彼の視線を辿ると、或る店のショーウィンドウに当たった。
薄い硝子に隔てられた先に飾られた砂色の外套。
心惹かれたのだろうかと思うも、ここ数日で知った彼の好みとはかけ離れたものだった。
如何して止まったのだろう。
私は彼の横顔を眺める。
彼はすっと目線を逸らすと、再び歩き出した。
影を湛えて目を伏せた彼の瞳が頭を離れなかった。
(次は何処へ行くのだろう)
私は彼の肩に乗りながらそんなことを思う。
此の頭の中が覗けたらいいのに、と橙の髪に手を伸ばしたが、その手は空を掴むばかり。
矢張り、彼と私との間には覆すことのできない壁があるのだと痛感する。
私はそんな自分に溜息を吐く。
そう思っていると、突然視界が揺れた。
再び彼が立ち止まったらしい。
目の前には、先ほどと同じように空間を隔てる硝子。
先程と違うのは、文字が刻まれていることだった。
その文字を目で追う。
何故だろう。
それはすんなりと頭に入ってきて、唇を静かに震わせた。
「武装、探偵社」
言葉を読み上げた瞬間、入ってはいけないと頭の中で声が響いた。
けれど、私の乗る方の持ち主は抵抗なくその取手を握る。
その中では、誰もが忙しそうに動いていた。
大量のファイルを棚に納めたり、パソコンに向き合ったり。
そのうちの一人なんて、手帳を片手に皆に指示を出しつつ自分自身も手を動かしている。
その中で段ボールを抱えた白髪の青年が此方を見とめた。
「あ、中也さん!」
彼は段ボールを机に置くと此方に駆けてきた。
中也。
やっと知れた夕陽の彼の名を噛み締めるように口元に乗せる。
ずっとぼやけていて、聞こえなかったのだ。
その言葉は存外私に馴染むものだった。
それと同時に頭を内から叩くものを感じたが、素知らぬ振りをする。
「すまねえな、突然押しかけて。忙しいだろ?」
「いえいえ、此方が呼んだんですから……此方こそ」
白髪の彼は申し訳なさげに笑った。
その目の端は擦れたように赤く染まっていて、彼の表情に悲しみを漂わせている。
其れに中也も気がついたのだろう。
優しく目を細めると、手を伸ばして彼の頭に触れた。
そんな中也の仕草に彼は唇を噛むと、少し待ってて下さい、と残して机に向かって行った。
再び此方に向かってきた彼の手には、白い布に包まれた何かがあった。
「どうぞ」
差し出された手元に目をやって、息が詰まった。
ああ、どうして忘れていたのだろう。
中也は其れをそっと手に取って、笑った。
ほんの少しだけ、薄い雲が掛かっていた。
影が差す。
睫毛が光る。
気づけば、私たちがいる場所は一つの墓石の前になっていた。
風に乗って、誰かが供えた線香の香りが鼻をくすぐる。
墓石は、無記名でも、彼の恩師の名でもなく、O.DAZAIと刻まれていた。
私だった。
蒼天に雲が立ち込めて雫が溢れた。
ふるり、と中也が肩を震わす。
硬く握られた手の腱が白く浮き出ていた。
其の手に握られた青い硝子を泪が伝う。
流れた粒たちは、指をなぞり、ぽとりと草に落ちた。
水滴に薄く、彼の戦慄く唇が映る。
握られた其れは、見覚えの有る、無機質な青い玉の嵌ったループタイ。
先程探偵社で、敦くんから受け取っていたものは此れだった。
私が好きだった蒼天の、紛い物。
熱のない、ひやりとした塊。
ねえ、中也。
泣かないで。
ごめんね。
どんなに泣いても、“私”は戻ってこない。
だってほら、今だって、触れようと手を伸ばしても、触れるのは虚しい風だけだ。
ああ全く、どうしてくれよう。
君のせいで、死んだことが少し悲しくなってしまったじゃあないか。
織田作に私の手が届かなかったように、君の手もまた、私に届かなかったのだね。
監獄の時のようには、死した罪の果実の時のようには、いかなかったのだ。
苦しいでしょう。
喉に熱いものが詰まるでしょう。
私は其れを知っている。
其れを君に味わせることが出来るとは、最高の嫌がらせだ。
ああ、けれど。
如何して君は泣いているの?
如何して、昊を曇らせてまで。
如何して、夕陽を濡らしてまで。
如何して、白磁を赤く染めてまで──
、
あぁ──ははっ。そっか。
遅いよ、大遅刻だ。
そんなこと言うなんて、狡いよ。
其れを言うなら、私だって。
そっか……。
……ごめんね。
私には其れを聞くことしかできない。
私には、昊に太陽を戻すことも。
夕陽に風を吹かすことも。
其のまなじりを拭うことも。
──何もできない。
私にできるのは、此の嫌がらせを贈って、傍で笑っていることだけ。
ふ、ふふ。はぁ、どうしよう。
君の泣き虫が移り始めてしまったようだ。
中也。
君はきっと、遅くおいで。
天使に昇るのは、まだ後で良い。
君が来たら、盛大に笑って、嫌がらせをしてあげよう。
その時まで、どうか。
此の嵐の中で生きているんだね。
意地汚く、迷い犬のままで。私の犬のままで。
ふふ──
染みを作らぬ真珠がきらりと光った。
──ざまあみろ。
クリスマスのくせに死ネタ書いてやがるやつは誰だぁ!
私だあ!
と言う訳で眠り姫です。
クリスマスネタから天使連想したら、探偵社創立秘話の天使の劇になって、異能者になって、死につながって、死ネタになってました。
不思議な錬金術ですね。
n番煎じなので、pixivとかで似たような内容があるかもですね。
て言うか多分見たことあるわ、何回か。多分。確か。でも大体ちゅやさんが死んでるイメージがある。
題名は、花言葉と神話です。冥界に関連してる話です。
では、ここまで読んでくれたあなたに、一粒の感謝を!
そして、此の聖なる夜に。
メリークリスマス!
ワンライ『孤月』 太中
自分でなんとなく思いついた単語をルーレットにしてやったワンライ
お題…孤月
かしゃん、と冷たい音がして破片が飛び散った。
シンクの中で鋭い切先を煌めかせる、ワイングラスの成れの果てを見てため息をつく。
今日はどうにも厄日だった。
思えば朝から、仕事で使っていた万年筆が何処かへ転がっていってしまったり、コーヒーを淹れようと思ったらインスタントが切れていたり、不運続きだ。
硝子たちを重力操作で浮かせてビニール袋に包む。
全く、お気に入りだったというに。
ゴミ箱の中に其れを納めて、ふと窓の外が目に入った。
三ツ星と鼓型の星たちが形作るオリオン座近くで、冷たく耀く十三夜。
満月よりもほんの少し欠けたそれは、膨らむことを待ち望むようには到底見えなかった。
まるで、僅かにかき消えた左半身を追い求めているような。
なんとなく物寂しくなって、先ほど納めた硝子の中から細長い破片を浮かび上がらせて摘む。
ひんやりとした空虚の欠片は、耀く不完全にそっと添うた。
(歪だ)
俺はそう思った。
片割れは矢張り無理やり埋めてもどうしようもならない。
埋めても虚しく、虚空を元のもので埋めたいと渇望するだけだ。
渇望し、諦め、けれども胸に蟠る底なし沼から身を引けずに更なる望みを抱こうとする。
そんなことは良くわかっていた。誰よりも、何よりも。
ふっと頭を包帯ぐるぐる巻きの男の姿が掠めたが、目を瞑った。
さっさと硝子を捨ててしまおう。
こういう日は何もせずに早くに眠るに限る。
そう思って俺は手を離した──その時だった。
とん、と肩に触れる感触がして、同時にカン、と軽い音が響く。
硝子が床に落ちたのだ。割れることは無かったようだが。
危ないだろう、と俺はやらかしやがった手の持ち主を振り返ろうと首を捻る。
けれどもその動きは途中で止められた。
「……は?」
首と腰の辺りに回された、硬い布と温かい甘い皮膚の感触に目を白黒させる。
「……おいおい、どうした」
俺はそう言いながら砂色の塊を引き剥がそうと腕に力を込めた。
このタイミングでとは何とも間の悪い。今はできることなら顔も合わせたく無かったというのに。
十三夜を、仮初の半身で埋めたくはないのに。煙のようにどうせ消えてしまうのだから。
そんな思いなどつゆ知らず、其奴はより一層腕のかき抱く力を強めた。
流石に苦しいと背を軽く叩くと、僅かに力は弱まったものの、逃すまいと腕は絡みつかれたままだった。
否、留めておきたいとごねる子供のようでもある。
「だから、太宰、」
「だって」
中也が、と太宰が口を開く。
「連れて行かれそうだったんだもの」
「ハァ? 何にだよ。俺は輝夜姫じゃねェぞ。んなしょうもない──」
「嫌だったんだ」
だって、君は私の犬でしょう。
と、太宰が言った。其の口振はどうにも弱々しく、俺はつい反論を突きつけるのを躊躇ってしまう。
「知ってる? 月には桂男というものがいるらしいよ」
「桂男?」
俺が問うと、太宰は掠れた息を漏らして説明した。
其の掠れた息は、笑おうとしてそう成り切れなかった震えの残骸のようだった。
「月で桂を切る美男子のことさ。月に魅入る人を手招きして連れ去ってしまうんだって」
「はあ……」
言わんとすることが理解できず、吐息ばかりが口元から漏れていく。
俺の返答を聞いているのかいないのか、太宰はぽつりと呟いた。
「君は私だけ映していれば良いの」
「……は、何てこと言いやがる」
無理に決まってんだろ、と吐き捨てた。
大体、捨てたのは其方だろうに。昔から此奴は自己中心的で吐き気がする。
自分ながら、見る目のなさに辟易しそうだ。
「知らないよ、中也の都合なんて。君の目は私で満たしていれば良いの」
全く、俺が何をしたというんだか。
言うと同時に顔を上げて、噛み付くように重ねられた唇を享受しながら思う。
先ほど顔を上げた瞬間に見えた目元には、薄らと隈が刻まれていた。
どうやらまた仕様のないことを考え始めていたらしい。
最近は無かったというのに。
けれども其の機会を此方が利用しているのも事実で。
俺は不確定の甘さを感じながら、孤月同士の息を喰い貪るようにして熱を委ねた。
文スト雑多SS
**『マイ・プレシャス』鷗エリ**
妻、もといエリスちゃんが今日も可愛い。
その溢れ出る思いは口から漏れてしまったようで、じっとりとした目で睨めつけられたが、そんなところも良い。
何て可愛い。何て愛らしい。
「……其処に痺れるッ……」
「憧れませんよ?」
黙って聞いていた太宰くんに、氷の如き冷ややかな目で見られた。
**『この香りは』腐無し 中也視点**
芥川と街中を歩いていたら「太宰さんの香りがします」と言われた。
そんな馬鹿なと思いながら暫く歩いていたら、通りの向かいから「ちっちゃくて黒い何かがいるねぇ」と声がした。
恐怖を感じた。
**『鼻は騙されない』敦と鏡花 鏡花視点**
ボーナスを貰ったので、良い豆府と茶漬けの素を買って帰宅した。
次の休日にでも敦に振舞ってあげようかと考えながら敷居を跨ぐ。
「あれ。鏡花ちゃん、茶漬け買ったの?」
「そうだけど。何故?」
「匂いがした」
恐怖を感じた。
**『カラオケで高得点を出さないと出られない部屋』双黒**
看板を見ながらため息をついた。如何やら隣のちびっ子もそうらしい。
「これは困ったね」
「嗚呼。電子遊戯なら良かったんだが」
「君は色々あるじゃない。ピヨちゃんとか」
「いや手前もな」
う○プリ曲で切り抜けた。
**『カラオケで高得点を出さないと出られない部屋』新双黒+鏡花**
看板の文字に困惑しながら芥川の方を見やる。
「如何しよう。持ち歌あるか?」
「ある訳が無かろう」
「……(挙手)」
「え、鏡花ちゃん、あるの?」
「コクリ」
そうやって流れ出したのは、特徴的なノック音。
「雪だるまつくろうー♪」
豹変っぷりに慄いた。
**『カラオケで高得点を出さないと出られない部屋』乱歩+与謝野**
看板の文字に驚きながら与謝野さんを見る。彼女も同じくだった。
「こりゃあ如何しようかねェ」
「与謝野さん何か持ち曲ある?」
「あるにはあるけど」
「え、あるの?」
プ○キュアだった。見てはいけないものを見た気がする。
**『昼食』太中 学スト太宰視点**
今日の昼食は最悪。
「君が弁当を忘れたせいで私のご飯が購買のパンに…!?…くっ」
「手前のじゃねェし、それだって美味いだろうが…貸せ」
あれ程私の腕を拒んだパン袋がすんなりと開いた。
流石は脳筋。
そのまま言ったら、頭を叩かれた。
**『お弁当』芥敦 学スト敦視点**
弁当を食べていたら芥川が眉根を寄せた。
「貴様、頬に米粒が付いているぞ」
「えぇ嘘。何処ー?」
「此処だ」
摘むとそのまま自分の口に運んだ。
目を見張っていたら首を傾げられた。
いくらお兄ちゃんだからといってもそれは狡い。
**『ねこしっぽ』太中 太宰視点**
猫の尻尾は触ってはいけないらしい。
何でも、其処は彼らの敏感な箇所なのだそうだ。
ふむふむ、成程。
私はご都合にも猫耳と尻尾が生えてしまった相棒を見やる。
「おい、何かあったか?」
「……」
よし。触ろう。
**『とらみみ』芥敦 敦視点**
恥ずかしいことに、恋人の家で携帯を失くしてしまった。
虎の耳を使ってバイブ音を探す。
ガチャリと音がして、携帯探しの手伝いをしてくれていた家主が部屋に入ってきた。
「……」
無言で虎耳をモフられた。連勤だったから疲れてるんだろうなぁ。
**『心遣い』芥敦+銀 芥川視点**
恋人と会っていて帰りが遅くなった。
「おかえりなさい、兄さん」
「ところで探偵社近くに行く用事が有るのだけれど、中島様にどんな菓子折りを持って行ったら良いのかしら」
露見していた。
取り敢えず茶漬けを勧めたら兄さんの土産のものですね、と微笑まれた。
**『この気配は』太中 敦視点**
太宰さんと調査で街中を歩いていたら「ちびっ子マフィアの声がした」と言われた。
真逆と思いながら暫く歩いていたら、向かいから中也さんの姿が見えた。
何時も中也さんを犬だなんだと言っていますが。
犬なのはあなただと思います、太宰さん。
**『免罪符』太中 鏡花視点**
ポートマフィアで出会った人の内にあにさまは居た。
強く、何時も笑顔で、けれどもどこか虚だったあにさま。
今はあの人相手に怒鳴りながらも幸せそうなのが分かる。
良かったと思う。本当に良かった。けれど。
あの人、もとい太宰さんは一発殴っても許される筈。
**『中也は私の犬だもん』太中 国木田視点**
或る日呑みに出掛けたら、マフィア幹部の中原が居た。
既に酔っていたらしく、絡まれ警戒したが、存外話が合った。
翌日太宰に其の話をしたら一日中業務妨害をされた。解せぬ。
敦に話したら、悟った目で労われた。被害者は既に発生していたようだった。
**『ソーシャルディスタンス』太中 中也視点**
太宰が離れてくれない。急遽の出張が入ったせいで互いの休日がずれたのだ。
「非道いよ。今日は私に抱かれたいって言ったじゃないか」
「言ってねえわ。離れろ」
「接吻してくれたら考えてあげる」
仕方ねえなと顔を寄せたらがっちりとホールドされた。遅刻するだろうが!
**『寝起きガチャ』太中 太宰視点**
朝、時間になっても私が起きずにいると、中也は起こしに来てくれる。
大抵布団を剥ぎ取るか鼻を摘むかだけれど、偶に接吻してくれる。
どんな風に起こしてくれるか楽しみで、今日も狸寝入りをする。
あ、小さな足音が聞こえた。
**『反射的なヒント』太中+織田作 太宰視点**
織田作と話していたら唐突に「好きな奴はいるのか」と話題を振られた。
いつも中也がいる右側に反射的に目を向けてしまって、しまった、と思ったけれど、既に手遅れだった。
「ほう、中──」
「黙って待って。せめて安吾には──」
「僕には、何ですか?」
「えっと……」
**『森に汚泥を隠して』太中 太宰視点**
どんなに揶揄う言葉を選んでも、自分の台詞には中也に対する独占欲がにじみ出ているのだと解っている。
屹度敦くんや芥川くん、乱歩さんには露見しているだろうな、と思う。
醜い感情を隠し切れていない己は、傍目にはさぞかし滑稽に見えているに違いない。
**『寒いね、と。』太中 中也視点**
雪のちらつく日、人肌が恋しいなと太宰が呟いた。
戯れを装ってこのまま手を握れば如何なるだろう。
否、此奴のことだから甘言で共寝できる女など幾らでもいるだろうな。
知るか、と言い返して天を見上げる。
空はまだ曇っていた。
**『縋らさせて』太中 中也視点**
首飾りを贈る行為は独占欲の表れなのだそうだ。
その知識を反芻しながら首元に触れる。
指先を硬質な金属と革の感触が掠めた。
置いて行ったくせに、何とも面倒な飼い主なのだろう。
**『吐気の一竓をも』太中 太宰視点**
時々──例えば中也の家に泊まった日──中也を攫って何処かで二人だけで暮らそうかと思うことがある。
そうなれば中也は幸福を感じるだろうか。否、息苦しいに決まっている。
軽やかな夜鳥は人の手には留まってはくれない。
私は何時もそう思って隣の寝息から目を背ける。
**『そんなの知りませんよ!』太中 太宰視点**
任務の関係で中也と泊まらなくてはならないが、手違いで布団が一組しかない。
恨むぞ森さん。今度エリス嬢に森さんが彼女の写真をデレデレで見せてきたと言ってやろう。
詰めれば一緒に布団に入れるのでは、と主張され頭を抱える。
そうだ、安吾に電話しよう。
「安吾ぉー助けてぇー」
**『さあ、誰を選ぶ?』太中 中也視点**
四方から発せられる甘やかなテノールが耳にとどく。
「君は僕の犬だろう!?」15の彼奴だ。
「私の云う事が聞けないのかい?」今度は18歳。
「君は私の相棒じゃないか」22歳。
「君の意見なぞ求めていないよ」左目に包帯を巻いているが、彼奴だ。
其処で飛び起きた。最悪な乙女ゲームだ。
**『足ツボマッサージを会得しないと出られない部屋』太中 太宰視点**
「……あ、……ッん…ッ」
「中也、息吐いて」
「ッふ、は、……ッ」
「……リラックスして」
「……は、ッあ…」
「…………」
足のツボの何処を押しても声を漏らしている。
相当疲れていたのだな、と思う。
思うが。
それはそうとしてこっちの理性が焼き切れそうなのでどうにかして欲しい。
ありがとうございました(*´∀`*)
雪中花のキセキ
星も躊躇う宵闇の下、ぴちゃんと音がした。
其れは次第に頬を冷たく打ち、肩を濡らし始める。
季節外れの叢雨に、自分は小さく舌打ちをして歩を早めた。
けれどもその舌打ちの理由は、気紛れな天に対するものばかりではない。
満足に動けない体。
誉に値しない己。
置いていかれ、先に進まれるばかりの歩み。
其れ等が積み重なった何かが、胸に蟠って据えた臭いを発していた。
強い雨が降ると、何時もは被せている蓋が何のトリガーもなくずり落ちてしまう。
ざぁざぁと耳を削ぐ音に混じって、頭を貫くような痛みが走った。
胸を焼く嘔気を手のひらで抑えながら路地を抜ける。
少しばかり歩いていると、太い幹が視界に映った。
降り注ぐ滴の所為で上方は見れそうにないが、大きい樹木だろう。
雨も幾ばくかは防げそうだと、自分は幹に手をついた。
動くを止めた故が、ぐらりと揺れる視界のまま、茶色の支柱に寄り掛かる。
その瞬間薫った土の匂いに、息を吐き出して目を瞑る。
ふと、随分と昔の声が聞こえた。
『にいさん』
あれは、いつだったか。
未だ己も銀も幼く、貧民街を二人で生き残ることだけを考えていた頃。
『あのはな、きれいね』
『花?』
その時銀が指差したのは、大して珍しくもない白水仙だった。
貧民街の中では食してはいけぬ毒花の代表格だったが、確かにその星形と芳香は、暗い日常では足を止めるに足るものだった。
水仙のことかと問うと、銀はすっと離れてその花を掴んだ。
『、銀!』
『はい』
食べでもするのかと半分焦り、声を大きくした自分に、銀はその右手を差し出して、言った。
『にあってる。ぎんからの、おくりもの』
溝の中で生きる我々にとっては、遠く縁のない“贈り物”。其れに銀は憧れていたのかもしれない。
金品や休養の代わりの、真白の雪中花。
現実世界では花屋でも売らない有りふれた野草は、腐った日常に風をもたらす銀星だった。
またそれから、少し経った後。
自分は黒外套を得、マフィアへ入り、生きる意味を師に求め──。
その師もマフィアを去った、最初の春。
『芥川』
『……中也さん』
荒れ、噛みつくばかりだった|僕《やつがれ》を放って置けなくなったのか、やたら面倒見の良い、師の相棒の方に声をかけられた。
何やかんやでセーフハウスの一つに呼び込まれ、叱咤されながらも食べさせられ、風呂に入らされ。
所謂健康的な生活の一例をほぼ無理矢理に経験させられ、贅沢にも寝台をお貸し頂いた後、中也さんがぽつりと溢した。
『歩かなきゃなんねェよなァ』
月の昇った暗闇を窓の外に望みながら放たれたその“独り言”に、何も言うことができなかった。
あれは正真正銘の独り言だった。
僕に向けたのではない、ただ、己に向けた叱咤激励。
何も返すことなど、出来やしなかった。
それからまた春が来て、此度はエリス様に声をかけられた。
『リュウノスケ!』
『はい、何で御座いましょう』
『はい、どうぞ!』
小さな手に手渡されたのは、丁寧にラッピングされた数枚のクッキー。
自分には不釣り合いなそれに、しばらく視線を彷徨わせていると、エリス様はにこりと笑って仰った。
『ギンと食べて頂戴ね。また今年も、宜しくね!』
『……はい』
些細で、相手からは取り立てて言う程でもない気遣い。
けれども何時もよりもほんの少し、蟠りを薄めることになった微風。
『エリス様に感謝ですね』
口に含んで、心から嬉しそうに笑った銀は幸福を体現したかのようだった。
また少し。
また少し。
そうして重ねた春は、早幾年。
その幾年のうちに、歩みを進め、部下を従え、師と再び見え、強敵を倒し──。
相容れぬ奴と並べる肩を得た。
最早、懐かしいと言う感覚さえ得るようになった其れ等を頭に思い描きながら目を瞑る。
未だざぁざぁと、雨垂れが鼓膜を揺らし続けていた。
どれほど経ったろう。
突然、真綿に包まれたような感覚が体に触れた。
「芥川?」
「……、」
雨音がふっと遠くなり、気配を間近に感じる。
貫く槍が無くなったのと同時に、呼吸がしやすくなった。
瞼を開くと、ビニール傘を掲げた、相容れぬ奴──他でもない人虎が此方を覗き込んでいた。
「お前、そんなところで寝たら風邪引くぞ。そんな趣味でもあるのか?」
「……煩い」
いらないことまで言ってくる口に言い返すと、土を払って立ち上がる。
如何やら背を幹に預けた後、ずるずると地面へ落ちてしまっていたらしい。
「はいはい──って、おい! びしょびしょじゃん!」
其の儘歩き出そうとした自分を、人虎が引き止める。
其奴は、ぱたぱたと走り寄ってくると、透明な傘を此方の頭上へ分け与えた。
「そんな無頓着じゃ銀さんに心配かけるだろ。都合の良いとこまで言ってくれたら送るって」
揺れた白髪から目線を逸らす。案じるように細められた朝焼けを目に映しそうになったからだ。
「要らぬ」
「やだ。だったら着いて行くもんねー」
「“もん”とは何だ、“もん”とは」
減らず口につい言い返しながら歩みを続けると、知らず知らずのうちに大樹の下からも抜け出していた。
「あ」
人虎が突然立ち止まり、素っ頓狂な声を上げながら頭上に見入る。
つい此方も合わせるように視線をたどった。
「梅の花」
目の先にあったのは、溢れるように咲いた梅の花。
紅梅と白梅が寄り添うように、一対になって咲いている。
「綺麗だ。……ああ、そっか、もう春なんだね」
湿気でしっとりとした白い一房が、重さを示しながら揺れる。
「もう僕らが出会ってからも長いのかぁ」
「ふん。貴様は以前より頭の弱い煩いヤツであった」
「うっわ、ひっど。それを言うならお前だって初対面で足を喰い千切ってきたじゃんか」
「当たり前であろう、其方が平和惚であったのだ」
「うーん、否定できない」
梅を見ながら、軽口を交わす。
──否、梅以外を視界に入れぬ様にしていたのだ。
「……歩いてきたんだね」
周りを滴る雫と同じ様に、紛れる様に一言が落ちた。
まるで、小さな子供が、寂しさを悟って泣き止んだ時の|吃逆《しゃっくり》のような一言。
つい、梅から目を逸らしてしまった。
不意に合ってしまった目にせかされる様に、人虎が続きを口にする。
「否、何でもない──ううん、色々、消して来たんだなって。悲しみとか、苦しみとか。あと」
喜びとか。
人虎はその言葉を無理矢理飲み込んだ様だった。
そう言うものだ。
過去にあった勝敗、喜怒哀楽──全てを飲み込んで、若しやすると消えて、歩みを進める。
けれども。
歩むうちに、得たものもある。
僕は傘を握りしめる白い手に手を重ねて、傘を握った。
急に触れた体温に、人虎が目を見開く。
「……送ってくれるのでは無いのか」
口下手な己では、こんな言葉しか口には出来なかった。
此奴の胸にも、蟠った何かがある。
蟠った何かは、いつまでも消えてはくれない。
「っ──はは、うん、そうだね。帰ろっか」
消えない何かがあるのなら。
ならば──
消えない喜びだってあろう。
真白の雪中花を、またこの手に出来た様に。
口にはしなかったそんな言葉を、ふり続ける唄に溶かした。
雫の浮かぶ透明な天井の下、一歩一歩、少しずつ、歩みを進めた。
〈了〉
芥川くん!!!!
誕生日おめでとう!!!!!!
ついお誕生日祝いは芥敦にしちゃったけど、本当におめでとう!!
本編の中で、少しずつ、層を重ねるように確実に成長していったあなたが大好きです!
敦との衝突だったり、もしかしたらあった、心を通わせた瞬間だったり。
船上で、自分を犠牲にして敦くんを助け出したり。
太宰さんからの労いの言葉だったり。
銀ちゃんを少なからず家族と大事にしていたり。
そんな素敵な数々は、みんなの胸にいつまでも残っています!
それらがどうか、あなたが胸に抱く花束の一輪一輪となっていますように。
そんな祝福を込めて。
お誕生日、おめでとう!
One Carat of John Doe
青玉 大概でありきたりな話
紫水晶 よくあるお酒の話
青月長石 綺麗な月の話
金緑石 昼と夜が交わる話
金剛石 変わらない話
キッチンカウンターの片隅。
黒革に繋がった小さな文字盤が光を独り乱反射させている。
俺のものではない。言葉も数回しか交わしたことがない人物の、浮世での忘れもの。
其の文字盤は、静かに時刻を固めたまま動かない。
「……行ってきます」
誰に向けてともしれず、電光を落とした部屋で呟いた。
カーテンの隙間から漏れ入る光が眩しい。
太宰が離反して、今夜で丁度一年が経つ。
---
「太宰が、裏切り、ですか」
一年前。
俺が長期の出張から帰ってきた当日。
報告の後、首領に呼び止められ伝えられた内容は、相棒が組織を裏切り出奔したという知らせだった。
予想だにしなかった知らせに思わずぼうっとしていると、首領がこくりと頷いた。
「うん、そうなのだよ。だから、ごめんね。先ず、君の組織に対する貢献はよく解っている。其れでも、君の手引きを勘繰る者たちも少なくなくて──」
其処で少し言葉を切り、申し訳ないと云うように眉を下げる首領を見て察する。
当たり前だ、組織の五大幹部が出奔したとなれば一大事。混乱を収めるには容疑者を作り、ヘイトと安堵を集めることが手っ取り早い。其の生贄に俺が選ばれただけの話だ。
抑も離反を許したのは監督不行き届きと云う見方もある。
寧ろ俺一人で済みそうならば良いものだと、俺は半歩下がって首を垂れた。
「承知致しました。拷問でも懲罰でも、謹んでお受け致します」
「あ、否、そう云うことではなくてね」
慌てたように口にされた訂正に、ふっと顔を上げる。そうすると、此方を見つめる首領と目が合った。
私の言い方が悪かったかぁ、と苦笑している姿に首を傾げる。はて、どう云う意味だろうか。
如何言ったら良いのかな、と目線を彷徨わせる首領に首の角度を深くする。
何処から現れたのか、真紅のスカートを翻し此方へ寄って来たエリス嬢が、非難がましい目で夫を見た後、続きの言葉を引き取った。
「リンタロウが謝ったのはそう云うことじゃないわ。拷問だとか、激務だとか、そう云うものでチュウヤの心を紛らわせることが出来ないことに対してよ」
エリス嬢は其処で言葉を切ると、青藍の瞳を哀しみに浸して此方を見つめた。
何故そんな目で見るのだろう。俺はとうとうあの陰険野郎から解放されて歓喜しか感じていないと云うのに。
抑もなし崩しでマフィアにいた奴が、何かしらなし崩しでない理由を見つけたのだろうから、大きな声では言えないが喜ばしいことだ。
そう考えながらエリス嬢の瞳を見つめ返す。その瞬間に気付く。
違う。此れは哀しみではない。此れは。
「チュウヤは頑張り屋さんだから、ずっと前を見て歩くでしょう? けれどね、一寸くらい足を止めても良いと思うの」
哀しみではない、慈しみの小さな宿主は、白い腕を此方に伸ばす。旋毛の辺りに降りた優しい温度に、自分がやっと、地面に足をつけたように感じた。
「片割れが消えたら、感情を出したって良いのよ」
“片割れ”。通常は、お互いが切っても切り離せない、想い合った関係に使うだろう。
その言葉が今は正しく当てはまるように感じた。──少なくとも、此方からは。
せめて今だけでも、と呟きながらぽんぽんと置かれた掌が、もう終わったから休みな、と俺を掬い上げる温い手にそっくりで。
磨り硝子みたいな目をしないで頂戴、と云う笑みが、時折見せたあの不器用なはにかみに似ていて。
出さなかった感情は歓喜と祝福だけではない。もう二度と戻ってこないであろう相棒の、“元”相棒への喪失感と隠すべき情。
「……ッはい、…有り難う、御座います……」
其の相棒に似た思考をトレスした|彼女《エリス》によって、歓喜で覆い、見ないふりをした風穴を、やっと其の儘に見ることができたのだ。
そんなエリス嬢と俺の対話から数分経った頃。
エリス嬢が俺の元から離れたのを見届けると、首領が口を開いた。
「それとね──」
取り出された物品に、俺は再び瞬きを繰り返した──
---
あの日からもう一年が経った。
車は爆破されており怒りを覚えるわ、祝福をこめてペトリュスを開けるわ。24時間にしては色々と経験した一日。
感慨深いような、そんなことないような。
預かり知らぬところで死なれたら困るが、どうせ太宰の奴ものらりくらり生きてんだろうし。
今日の任務であった殲滅作戦も終了し、まだ硝煙の煙漂う中で溜息を吐く。
終了の報告を部下から聞きながら、ふと胸がざわついた。
ちらりと腕時計を確認しようと左腕を見たとき、あることに気が付いて口の中で舌打ちをする。
全く、何故気が付かなかったのだか。気づいて仕舞えば全てに違和感があるというのに。
其の文字盤は割れていて、動かない。
「中也さん、其の時計……」
「……昔のを間違えて着けてきちまったみたいだな、気にすんな。報告ご苦労さん。直帰で良いぞ」
俺の労いの言葉に小さく礼をして去る部下の背を見送りながら、心の中で付け加えた。
(昔のつっても俺のじゃアないけどな)
黒いベルトの其れは、俺のものではない。
丁度一年前の作戦で一騎打ちの末殉職した、ある末端構成員のものだった。
其の名は織田作之助。
生前は数回しか言葉を交わしたことはない。
だが、時期からしても、其の経歴からしても、太宰の出奔の理由の一部に其の名があることは確かだった。
其の遺品を何故俺が所持しているかと言われれば、一時の気迷いというしかない。
唯、あの日、首領が遺品所持の意思を問うてきた際に思ってしまったのだ。
此の止まった瞬間が、太宰が夜の世界で過ごした最後の瞬間かもしれないと。
実際はどうか判らない。
とうに壊れていたものなのかもしれないし、時計が進んでいるか、もしくは遅れていたかもしれない。けれども。
『あの幽鬼が、自分の道を決めた瞬間かもしれない』『此方の手を離し、“正しい”手を取った瞬間かもしれない』
そんな一縷の可能性に気づいて仕舞えば、もう其の考えは離れてはくれなかった。
穴を荒ぶ風と感じると共に、自分の側に居た最後の瞬間を手にして置きたい、と一瞬でも思ってしまったのは事実だったのだから。
我ながら後ろ向きの女々しい考え方だとは思うが。
そんなこんなで、着けることもなく、直すこともなく、部屋の片隅に保管して──或いは除いて──きた今日。
どんな偶然か、自分のものと誤って着けてきてしまった訳だ。
再び溜息を吐く。
土煙も、硝煙も、血溜まりも関係のなくなったであろう太宰。
今も恐らくは、図太く生きているのであろう太宰。
無理やり光の中にいる彼奴を思い浮かべてみようとしたが、乾笑いが喉から漏れる。自分には想像もできない。
当たり前だ、彼奴が最終的に取った手は俺の手ではないのだから。
俺には、あやふやな最後の瞬間と其れへの懸想しか残されていない。
ふと、風に混じって懐かしい空気を感じた。
暗闇を見上げても、空には墨汁を煮詰めたの如き闇が広がっているばかりだった。
__サファイア──慈しみ・貞節__
---
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真夜中、暗い路地裏に小さな灯をともすバー。
外で雨が降り出した故か、客足も遠のく此の店にみっつの影があった
一つは此の店のバーテンダー。
一つは上背のある男。暗闇の中で其処彼処に巻かれた白い包帯が目立つ美丈夫だ。
一つは小柄な男。カウンターに突っ伏し、既に酔っているように見えた。黒い外套を背に掛け、被っていたのであろう帽子も横に置かれている。
お互いの顔も、目が慣れなければ見えないような薄暗闇の中、バーテンダーのグラスを拭く音ばかりが聞こえていた。
「……糞鯖」
カウンターと体の隙間から発せられた独り言に、もう一人の客が反応する。
「……糞鯖、というのは誰かの渾名かい?」
「あ? 何だ手前」
「唯の居合わせた客の一人さ。何だか悩んでいるように見えたものだから声を掛けたのだけれど、お邪魔だった?」
「……否、そんなことねェよ」
「そう?」
「あんた、彼奴に似てンな」
小柄な影が、カウンターから顔も上げずに言った。恐らく相手の顔を見るつもりも端からないのだろう。
背高な影は、そう言った客をじっと見つめたが、顔を上げるつもりの無い素ぶりを見て視線を戻した。
「……彼奴っていうのは、先刻の鯖さん?」
「嗚呼」
「じゃあ、こういうのは如何? 今だけ、私が例の鯖さんだと思って」
「……。……で?」
「酔って悪態吐くくらいなら、何か言いたいことでも有るんでしょう? 言ってみてよ」
「…………。……あんた変人だな」
「酷いなぁ」
其の言葉を最後に、暫く沈黙が降りた。
鯖の代わりを打診した男はグラスを傾け、小柄な方は未だ突っ伏している。
男のグラスが最初の丁度半分に達した頃、突っ伏したままだった客から声が発せられた。
「絶対死なす」
「……」
「阿呆。無責任野郎。悪徳人間。迷惑かけやがって──」
「え、待って。先刻の続き?」
「……そうだが」
「あ、了承してくれてたんだ」
断られたんだと思った、と呟かれた一言には耳も貸さず、小柄な方が口を開く。
「……置いて行きやがって」
「……。……其れは──」
背高の客がもう一人を見ながら口を開いた。けれども其の一秒後には閉じられ、口元には悪戯げな笑みが浮かぶ。
「一つ質問して良い?」
「あんたは彼奴の代わりじゃねェのかよ。黙っとけ」
「一寸。一寸だけ」
「……はァ。何だ」
「置いて行ったって言ってたけれど、鯖さんは何で置いて行ったんだと思ってるの?」
「そんなん知るかよ。でも──」
小柄な客が自身の髪を弄りながら言った言葉にもう一人は目を丸くすると、ふっと目元を緩めた。
「そう」
「じゃあ、其の鯖さんとやらに会ったら言ってあげて」
「……何をだ」
「其れ位はご自分でどうぞ?」
「……チッ」
背の高い客はご馳走様、とカウンターに金を出すと、引っ掛けてあった外套を手に、其処を後にした。
砂色の其の外套の残像も消え去った頃、ぽつりと、小さく声がした。
「……莫ァ迦」
──『でも、彼奴が彼方を選んだンだから、理由ができたンだから……酷くは責められねェ』
__アメシスト──酔わない・愛情__
---
---
「あーあ、すよすよ寝ちゃって。敵の前でこんな姿晒して良いのかい? 此の駄犬」
ぷにぷにと土埃が付いた頬を突っつくが起きる様子は一切ない。煩わしげに手を払われることもなく、されるがままになっている。
そんな醜態に私は大きくため息をついた。全く、何もしない私を讃え傅いてくれても良いと思う。
まあ、私は寝こける彼を此処に置いていく心算なので、『送り届けるっつったろ!』と怒られるのだろうが。
先程までいた組合の葡萄使いくんもいなくなったことで、此の空き地には今私たち二人とQ以外誰一人として居ない。Qは小屋に寝かしているので、此の場には実質二人だけだ。
湧き上がった悪戯心のまま、赭い髪に指を滑らせる。
一度私の指を嫌がるようにすり抜けた巻き毛は、もう一度潜らせた指を離すまいとでもいうように絡んだ。
其の様子に私は瞼を下げる。何故こうも此のわんちゃんは私を苛つかせることが上手いのだろう。
「……でも、嬉しかったなぁ」
『手前を信じて汚濁を使ったんだ……ちゃんと拠点まで、送り、届けろ、よ……』
残念ながら──私からすると嫌がらせの一環だが──其のお願いの後半は聞き入れることができないけれど。
「裏切った私は、未だ君の手を握っても良いんだね」
まるで変わって居ない。
そう思ったが、其の考えを直ぐに打ち消す。
周りの状況が変化したというのに、其の思いが変わって居ないということは、“以前と変わらないように変えた”ということだ。
其の変化を見過ごしたなんて、と少々もやもやとする。
でもきっと、中也は今も思っているだろう。
『彼奴が彼方を選んだンだから、理由ができたンだから、酷くは責められねェ』
そう言った彼の言葉がリフレインした。
恐らくは彼も、織田作と同じ位、私を理解している。私以上に、理解している。
そうだ、私には理由がある。
「……でも、其れは此処に来た君も同じだ」
昔は、君には理由があって、私には理由がなかった。だから一緒に居られた。
今は違う。君には理由があって、私にも理由がある。だから一緒には居られない。
今日の月が綺麗でも、雨が止まずとも、雪が止まずとも、姫百合が咲こうとも。
其れは変わることのないものだ。
遠くの方で梟のなく声がする。そろそろ帰らなくてはならない。
私は重い足を動かしながら、もう一つの嫌がらせ実行に移る。中也が汚濁中に散らばらせた帽子やら外套やらを集めて完ッ璧に畳んで置けば、さぞ苛立つことだろう。蛞蝓の感情のツボは知り尽くしている。
其の様子を想像して、ふふ、と笑みが浮かんだ。想像でしか見られないのだから其れ位は許して欲しい。
「──却説、と」
満月も頂上を過ぎた。良い加減帰らなくては。
自分をこうして律しないと、帰りたくなくなってしまう。
矢張り、私の血は黒いのだ。光の中は楽しく素敵だが、少しだけ、私には眩しすぎる時がある。勿論私には理由があるから、光から移る心算は無い、けれど。
黒の中にいても白く、黒の中の黒を見ても受け容れる。そんな子といると、離れ難くなってしまうから。
でも。聞こえておらずとも、これだけ置き土産にでもしようか。
「明日の月は綺麗でしょうね」
どちらの意味でも構わない。明日がいつになるかもわからない。
希くば此の耳に、蒼く遠い、あの光の如く届きますように。
__ブルームーンストーン──恋の予感・希望__
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徹夜連勤明け深夜。
玄関ドアを開けた瞬間に感じた違和感と突発的な衝動を押し込む。
考えすぎだ。頭が疲れているのかもしれない。
玄関に脱ぎ散らかされた革靴があろうとも、廊下には小さな水溜りができていようとも。
前に自分が此処に来た時に蹴ったのかもしれないし、何か溢したのかもしれない。
……否、此の靴は自身のものではない上、水は蒸発する。現実逃避にも限界はある。大概にしろ、俺。
いやいや、まだ確証はない。そう首を振って深呼吸をし、リビングの扉を開いた──が。
まあ、詰まり。
「あー、人の家で呑む人様のワインは美味しいなぁー!」
「太宰ッ、手前何で此処にいやがる!? 出てけ不法侵入者!」
煌々と電気のついたリビングのソファに、我が物顔で座っている其奴──太宰から、丁度空になっていたワイングラスをひったくる。
床に面倒臭そうに投げ出された砂色の外套は妙にしっとりとしていて、恐らく入水したその足でやって来たのだろう。
周りに目をやるとキッチン、ベッドルーム、トイレ、バスルーム等々。凡ゆる部屋の電気が点いている。何時からいたのか知らないが、電気代の無駄だ。絶妙に苛つく嫌がらせである。
取り敢えず電気を消そう。話はそれからだ。全く、俺は休みたいだけなのだが。
俺はふう、と溜息を吐いてグラスを置き、脱いだ帽子と外套を片手に廊下へ戻る。
点いた電光を片っ端からOFFに変えてリビングへ戻ってくると、再びワインに手をつけているかと思われた太宰は、何もせずにソファに寝そべっていた。
「おい。此の儘居るつもりなら、取り敢えず外套を掛けろ」
返事が無い。
真逆、ものの数分で眠ったのか、と顔を覗き込むが、生憎狸寝入りの上手い此奴は寝ているのか寝ていないのか見分けがつかなかった。
妙にムカついてその形の良い小鼻を摘む。情けない声と共に、ぱちりと双眸が開いた。
「全く、酷い起こし方過ぎない? 起きてたけど」
「だろうな」
投げやりな返事を返せば、拗ねたようにあーだこーだと言い返される。子供か。俺は寝たいんだ。寝かせてくれ。
シャワーを浴びるのも億劫に感じる。明日でいいか、休みだし。
そう思いながらタイを外す。ちらりとカウンター脇の止まった時計が目に入ったが、今は良いか、と目線を外した。
口元から勝手にふわあ、と欠伸が漏れる。寝るか、寝よう。人は寝ないと死ぬ。仮眠を取るのが先決だ。
結論を出すと、自分の欲求のままに眠る体制に入る。
よろよろと睡眠の場所へ辿り着き、倒れ込む。頭の上付近から、ぐえ、と声がしたのはご愛嬌だ。
「ちょ、君、重、邪魔」
「うるせぇ……」
煩い敷布団に文句を返す。布団は黙っとけ。それか寝台に運べ、魔法絨毯の如く。
「んもー、全く君は……」
そんな声が聞こえたあと、何やら温かなものが腹の辺りへやってくる。下にあった塊が、よいしょ、と左脇へ移動した。ぽん、ぽん、と緩やかな振動が体を伝う。その揺籃歌のリズムに沈み込むように、俺の意識は薄まっていった。もう殆ど無意識下の内だったのだろう。そうに違いない。そうで無いと理由がつかない。
だから屹度、彼れは俺の隠すべき幻想に過ぎないのだ。
「おやすみ、中也」
その声がとても甘やかだったことも、髪を梳く手が柔らかかったことも、恐らくは。
---
「……あ、寝た」
強張りが解けて完全に瞼を下した中也の髪を梳く手を止める。
花瞼の下にはくっきりと黒い翳が刻まれていて、余程疲れていたことを如実に表していた。
完全に意識を手放したその姿を見ながら、私は先ほど見たものを思い出していた。
「本当、可愛いことしてくれるよね」
カウンター脇に無造作に、けれど目につくように置かれた、壊れた腕時計。
あれの持ち主を、私はよく知っていた。
あれを見て中也がどう思ったかなんて、大体察せられる。
(ごめんね)
何も言わずに出ていって、と心の中で呟いた。
(だって、わかんなかったのだもの)
どうすれば佳い人間になれるのか、どう君に言ったら良いのか。その他も色々。
私は寝ている彼を起こさないように、小さく息を吐いた。
白い頬をなぞり、先程されたように鼻を柔く摘む。
直ぐに顔が顰められて、しっし、というように手がゆるゆると払われた。
暫くして元に戻り、安らかな表情を浮かべた彼を見つめる。
少しばかり上体を起こして、赭色の髪が覆う額を掻き分ける。
ほんの一瞬。その場所に、自分の唇を落とした。
些か安直とも言える、直情的な行動。
今此の瞬間だけ、君が夢を見ないことに安堵を覚えた。
「知らなくて良いよ」
そう言って目を瞑りながら。
__アレキサンドライト──秘めた想い・情熱__
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「遊びに行こうよ」だなんて、戯れにも言えない歳になってしまった。
いつかは息苦しく感じていた光の世界にも漸く馴染み、明るい服装も板に着いた。
誰かの言っていたことを借りれば、諸行無常。行く河の流れは絶えず、元の水は帰って来ない。
今風に言えば、全ては変わりゆく。
とは言っても、私は未だに清く元気な明るい自殺に励んでいるけれど。近頃、敦くんの怒り方が有無を言わせない形になり始めたので恐ろしい。
入社したばかりの頃はあんなに素直で弄りがいがあったのになぁ、と思いながら、河につけた足の上に頬杖をつく。絶賛勤労放棄中の身としては、此の儘誰にも見つかりたくはない。
幾分かの湿気を纏った風が、包帯のほつれた端を攫って行った。
白い布切れが水面に落ち、波紋を浮かべる。其れは少しずつ水を吸っていきながらも流れに逆らわず、沈む前に視界の端から消えた。
私も早く、あんな風に常世へ旅立ちたいものだ。誰にも知られず、流るるままに。
却説、私も河に身を委ねることとしようか、と立ち上がって河の中心部へ進む。腰のあたりまでが水に沈み、外套が茶色く染まったのを確認する。今だ、と身を水の中に沈めると、水面を映す視界に光が映った。
夕暮れ時故に、朱に染まったまるい燈。しゅわしゅわと彩る気泡に囲まれた光を眺め、苦しくなってくる呼吸に従って目を瞑ろうとした──が。
その瞬間、光が遮られる。何だ、と瞼をもう一度上げると、光とは違う朱色が水上に見えた。
其の朱色はきらりと一筋一筋に火花を伝わせながら大きくなっていく。その朱色が透明な壁を破った、と思った瞬間、肺を新たな酸素が満たした。
軽く触れた熱と尋常でない圧迫感に、一瞬の困惑を覚える。
暴力的なまでに突然現れた余剰と、比例して感じ始めた圧迫感を押し出すように、げほげほと咽せた。
喉を逆流して、冷たく汚れた臭いのする河水が体外に出て行くのを感じる。
はあ、と大きく息をつくと、ゆっくりと隣に首を回した。
「……もう、何てことしてくれるんだい中也」
「お、生きてたか」
良かったなぁ、と悪い笑みを浮かべた彼に顔を顰める。特にしっとりとした唇から見るに人工呼吸をしてくれたのだろうが、有難迷惑である。接吻だどうだでわーわー言う歳でも無い上、それ以上のこともやるような関係性なら尚更だ。
にやにやと笑う彼は外套を脱ぎ、ベストだけになって河原に座り込んでいた。
「あぁ、もう最悪」
「そりゃアこっちの台詞だ太宰、帰りがけに突き出た足二本を発見しちまった俺の身にもなれよ」
負けじと言い返してくる中也に外方を向きながら外套を脱ぐ。少しずつ力を掛けて絞っていくと、水滴を弾けさせながら水が落ちていった。
横からも同じような水音が聞こえるのを鑑みるに、中也も髪を絞るか何かしているのだろう、と思った。
幾分かマシになった外套に袖を通しながら振り向くと、中也は此方に背を向けていた。
長い赭い髪を絞るために傾けた小首に、つう、と水滴が伝っている。
其の姿に理由もなく苛立ちを覚えて、背後に忍び寄ると、チョーカーの生えた白い首に唇を寄せた。
突然首筋に感じた温度に驚いたのだろう、ぱっと首元を覆うと、素晴らしい速さで中也が振り返った。
「ぎゃあッ──何しやがるッ!?」
「一寸、色気なさ過ぎない? 何だい、『ぎゃあッ』って」
本当に何なの? と眉を顰めながら言えば、煩え、と鉄拳制裁が腹を襲った。痛い。
「全く、驚かせやがって」
そうぶつくさ言いながら、中也がしゃがんで自分の外套を拾った。慣れた手つきで其れを肩に乗せ、帽子を被り直すと立ち上がる。土手に向かって歩き出した彼の耳は、薄らと赤みがかって見えた。
自然と頬が緩む。
私は置いていかれないように、膝の土汚れを払って砂利を蹴った。
「ねぇねぇ、今日の夕飯なに」
「食える前提で聞くなよ。……和食」
「本当!? 私、和食大好きー」
「否、手前の分は無ェし」
全ては変わりゆく、とは言うけれど、此の会話だけは変わらない。
「あ、そうだ。今度何処かに遊びに行こうよ」
「否、子供か。……何処だ」
「え、決めてないけど?」
「行く気無しじゃねェか……」
ほら、君はこうして返してくれる。
右手の隣で、彼の左手首に巻かれた腕時計の秒針がゆっくりと廻っている。私は少し下に位置する彼の姿を見て目を細めた。
透明な此の足跡が、君のものと最後まで交わり行きますように。
__ダイヤモンド──不変・永遠の絆__
髪を弄ぶ風に、暖かい空気を感じる季節となりました。
本気でお久しぶりです。眠り姫です。
リアルの方で忙しかったがために、全く書いておりませんでした。
Xの喜劇は話の筋が混み合って来てしまったがため今整理中です☆
普段、プロットなんてしらねぇッついて来やがれ! って態度で書いて来たのが仇になりました。
話と話を繋げるのって大変なんですね。今更すぎて笑えもしないわ。
そうして腕鳴らしと現実逃避に書いた小説もいつも通り腐ったものです! 通常運転!
コンテストに全然人が来てくれなくて悲しい。
人のオマージュ小説が読みたいだけなんだけど。私の知名度とプロフィールのせい? 腐女子故?
ま、ええわ。
ではこの辺で。
ここまで見てくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
眠り姫
春の夜の夢
性被害についての描写がありますので、お気をつけください。心を鬼にして書きました。読む側は桃太郎にしてお読みください。今回、やりたいことを詰め込んだせいで過去最長です。そして、しばらくネタが切れる気がします。けど良いです。ついでに私も何が描きたかったんだかわからなくなってまいりました。
中原中也には、数個、嫌悪するものがある。
某元相棒は勿論として、責任から逃げる者、生半可に|マフィア《かぞく》に手を出す者。そして──。
「……中也や」
自分がよく慕う、花の如き柔らかな声が耳に届いたが、咄嗟に言葉を返すことができなかった。
鉄の酸化する臭いと、この目で確認した、悲惨で目も当てられないような女の姿。真っ赤な液体の滲む胎とは裏腹に、安らかな笑みを浮かべる女の顔。
石牢に滴る水音でさえも跳ねるのを躊躇うような静寂と空気の中で吐き出された声にかける言葉を、俺は持ち合わせて居なかった。
姐さんが手にした得物から、払われることもなく白刃を伝う血糊の持ち主は、彼女の女中の一人だった。
俺がマフィアに加入する以前から姐さんの下につく構成員であった彼女は、それはそれは姐さんを慕って居た。今だって、弾けるような笑みを浮かべて姐さんに付き従い、時には剣呑な輝きを宿して警護する姿を脳裏に描くことができる。
けれども、それは描かれるばかりで、もう現実に輪郭をもつことはなかった。
冷たい石床に預けられた頸には、誰のものとも知れぬ輪が刻み込まれている。姐さんが厳重に、慎重に、護って来たはずの彼女の貞操は、最も簡単に何者かに手折られてしまっていた。
事が起こったのは、今から一週間ほど前だった。出張に出る姐さんの代わりに、フロント会社に訪問に行った帰りのことだった。簡単な任務。殲滅の命令も下されて居ない、顔を合わせて親睦を図るだけの任務の筈だった。けれど。
『……? おい!?』
『……中也、くん?』
同じく任務の帰り道であった俺が目にしたのは、見るも無惨に衣服を乱され暴かれ、路地裏に背を預ける姉弟子の姿だった。清楚に結っていた黒髪は乱れ、瞳は熱を潤ませているというのに、表情には恐怖と絶望がありありと張り付いて居た。何より、彼女の周りには咽せ返るような淫靡な匂いが漂っていた。
『ッ手前、真逆』
『……うーん、あは、一寸しくじっちゃった』
そう言って、悲痛な引きつりを浮かべる彼女の頸は、ちぎられたチョーカーと、異質な赤い歯型が錘のように纏わりついていた。その刻印から俺は目を逸らしつつ、姉弟子の肩を担いで地面を蹴る。
重力遣いならではの移動法を使ってまで急いだのは、元々の行き先でもあった本部ビル。その最上階に位置する首領室に、連れて行かなければならなかった。
目にして直ぐに表情を曇らせた首領が口にしたのは、姉弟子が見ず知らずの人物に番にされてしまったであろうこと。発情誘発剤を使われたであろうこと。
──近頃、こんな事件がヨコハマを闊歩していた。
名前なんぞ無い、強いて言うならば『バース事件』としか呼びようの無いもの。
男女の他に、α、β、Ωの性が存在するこの世界。先月ほどから始まったその事件は、胸糞悪いものだった。
悪質な発情誘発剤を使用し、Ωを不同意に搾取するその事件。その魔の手が、偶然にも姉弟子の身にも迫ったのだ。そして、哀しきことに、それはマフィアにとって最初の被害者であった。
「……|私《わっち》は……」
事件を回想していた俺の耳に届いた声によって、現実に引き戻される。
目の前で、いつの間にかしゃがみ込んでいた姐さんの肩は、小刻みに震えていた。俺は知っている。その震えが、悲しみなんていう生易しいものでは無いことを。ふと、右手の平に痛みを感じて視線を落とす。己の拳が、手袋越しにもわかるほどに強く握りしめられていた。
「この子が無念でならぬ」
「……嗚呼」
自らの師である、闇の花は長刀を取り落とすことも、涙を溢すこともしない。体を支えるように床に突いた左手でさえ、慈しんでいた女中に伸ばすことはしない。その髪を撫でて慰めることなど、彼女にとっては冒涜に過ぎないからだ。
『それなら。それならせめて、紅葉さまの手で、私を始末してはくれませんか』
彼女は何も悪く無い。ただの、一人の被害者だった。だった筈だ。
けれども、人一倍師を慕っていた彼女には、その傷は矜持を砕けさせる巨きな生傷と等しい。
紅葉さまに顔向けができない、できるわけがないよ、と虚な瞳で下腹部を握りしめた姉弟子に、俺ができることなど有りもしなかった。
加害者不明の精液で穢された胎を、師が愛用する長刀で貫かれた彼女の最後は、無惨で、無念で。それでも、当人にとってはこの上ない幸せであったことは間違いなかった。胸の前に置いた帽子に力が籠る。型崩れしてしまってはいけない、と、俺は鋭く息を吐いて心を落ち着かせた。
任務失敗による粛清。死因:下腹部からの大量出血による失血死。
書類に刻まれるのは、一行にも満たない、感情も葛藤も含まない冷徹な一言。
俺には、それが口惜しくてならなかった。
「首領殿に伝えておくれ」
「……」
「このバース事件、五大幹部が尾崎紅葉が、苛烈な粛清を求めておるとな」
「……勿論です、姐さん」
姐さんの声色は、最後まで震えることなく、柔らかく、そしてこの上ない怒りを含んだままだった。
石牢を隔てる、分厚い扉を閉める瞬間まで、其れは変わらないままだった。
中原中也が嫌悪するもの。
元相棒。無責任。領域の侵犯。
そしてもう一つは、身勝手な暴力だ。
---
姐さんの意向を伝えてから数日後、再び首領からの呼び出しを受けた。
「失礼致します、首領。中原です」
「嗚呼。入っていいよ」
一礼をして押した重厚な扉の向こうでは、常とは違い、一切の柔らかさもなかった。
いつもなら部屋の隅で寝転び、絵本を読むか絵を描いているエリス嬢でさえ、今日は大人しく首領椅子の縁に腰掛けている。
その面前に俺は近づくと、帽子をとって跪いた。直様掛けられた、『顔を上げなさい』という言葉に従う。目の先にあった小さな白い手が座りながら弄んでいるのは、色とりどりの布切れで作られたお手玉。絵画にもなりそうな可愛らしい構図だが、その感想をすぐさま抱かせないのにはその瞳が関係しているのだろう。凪いだ青玉には、ナイフの鋒のような鋭い光が宿っていた。
「却説、中也くん。先日の粛清の件だが──、一つ。進展があった」
「! 本当ですか!?」
白手袋に包まれた指を組みながら首領が口にした言葉に俺は身を乗り出す。
そんな俺の反応を見て、首領は落ち着きなさい、と顔を傾けた。
見るからに冷静さを欠いていたであろう自分に、はっと我に帰って俯く。
一連の行動を見届け、首領は再び口を開いた。
「使われていた発情誘発剤。それが売買されている可能性のある|招宴《パーティ》の招待状を入手したよ」
其の言葉と共に机の引き出しから出された、二枚のカードを手に取る。
薔薇が金で刻印された、高級感溢れる招待状だ。裏返すと、日時、場所と言った簡単な情報しか書かれていない。他に書かれたものといえば、平服かつ仮面を着けて、という指定と右端に記された数字程度だった。
1枚は、No.51。もう一枚はNo.52と書かれている。
「前々から目は光らせていたのだが、事件後に確証を得てね。申し訳ない」
「いえ、そんな──」
指を擦り合わせながら、目線を落として紡がれた謝罪に、俺は急いで首を振った。首領が謝るようなことではない。
案外強い口調になった否定の言葉に、首領は目を瞬かせると、眉を下げて微笑んだ。
「ありがとう。話は戻るが、君に頼みたい任務がある」
「は。何なりと」
「この招宴に潜入してほしい」
首領はそう言いながら、机に置かれたままだった招待状に指を滑らせた。
「此の招宴は、αを主な客層として設定している“エリート”会合だ。ただ、少々汚い噂も蔓延っていたのだよねぇ。確定しているのは……」
発情誘発剤の取引と、Ω性の不同意性行為だ、という言葉が空気を震わせた。
しゃん、と軽い音がして、エリス嬢の手の内へ吸い込まれなかったお手玉が一つ、床の上に落ちた。金髪が揺れ、椅子の縁からエリス嬢が腰を上げる。その動きを目で追いながら、紅葉くんには猛反対されたし、ヴェルレエヌくんには塵を見るような目で非難されたのだけれど、と付け加えられた。静かに動いて此方を見つめた双眸に、殆ど無意識に口を開く。
「ッ首領、其れは──」
「勿論単独任務ではないよ。誰か適任な人を連れて、二人で向いなさい。……此れは、君の判断能力や戦闘能力を見込んでのお願いだ。できるなら──」
「首領」
弱々しく続いていく、フォローの言葉を遮る。首領が言いたいことは分かっている。蔑ろにしているのではなく、期待しているのだと言いたいのだろう。けれども、俺にとってはどちらでも良かった。
「其の任務、謹んでお受け致します」
使えるものは全て使うべきだ。
改めて最敬礼をとった俺の姿に、首領は柔らかく微笑んだ。
「うん。期待しているよ」
「──っつー話だ。やってくれるよな、芥川」
「……。……はい?」
黒蜥蜴の談話室前でとっ捕まえた芥川は、此奴にしては表情豊かに目を丸くさせた。二、三回薄い瞼を動かして状況を整理したのか、芥川は口を開いた。
「一つ宜しいでしょうか」
「何だ」
「何故|僕《やつがれ》なのですか」
心底嫌そうな顔を前面に出す芥川に噴き出す。普段は基本真面目なのだが、極偶に幼い挙動を見せるのだ。今回持ち掛けた任務は余程琴線に触れたらしい──嫌な方向で。
「戦闘能力とセンスもあるし、的確なアドリブ力もある。今回は仮面をつけることが前提だから、面が割れてる手前でも関係ねェ。充分だろ? 序でに云えば……手前はαだ」
α。
俺が最後に付け加えた要素に、芥川が眉を寄せた。
「……体は貧弱、頭脳に於いても良いとは云えぬ出来損ないですが」
「……誰もそうは思ってないだろうに……」
此奴は自分がαであることを善く思っていない。
頭脳明晰、文武両道の名を欲しいままにする二次性であることが後ろめたい部分もあるのだろう。其の徹底さと気概に、恐れを成すか敬意を払う者が多いと思うというのに。
誰の所業か、自己肯定感が矢鱈と低い遊撃隊隊長は、何か仰いましたか、と首を傾げた。其れに対して、なんでもないと首を振る。
そんな俺の様子を見て、芥川が小さくため息をついた。
「……承知致しました」
目を泳がせながらの其の返答に、今度は此方が瞬きをする番だった。
「え、良いのか?」
「其方が持ち掛けたのでしょう。……元より、彼処まで言われて断る理由は持ち合わせておりませぬ故」
口元を押さえて逸らした横顔の、僅かに覗いた紅みに俺は頬を緩ませた。
心なしか、獰猛な筈の黒獣が嬉しげに尻尾を振る幻覚まで見えた気がする。
「ははッ、そうかそうか!」
「笑わないでください!」
褒められて嬉しい、なんて、うちの禍狗も可愛らしい部分を多分に持ち合わせているらしい。
青白い肌を幾分か紅潮させてむきになっている其奴を見ながら、俺は思った。
---
「ほー、こりゃあ良い所じゃねェか」
「……中也さん、コホッ、お待ち下さッ……けほ」
「あー、悪りィ」
マフィアお抱えの運転手が送ってきたリムジンから、芥川が慌てたように此方へ走ってくる──が。
車酔いでもしたのか足元が覚束なく、流石に俺も足を止めた。
「ッ……其れから、此方、本日の──」
「! おう。持たせて悪いな」
「いえ」
芥川が胸元から取り出したのは、2枚の黒く装飾がなされた仮面。目元を隠す程度のものだが、充分なものだろう。
それを芥川の手から受け取る代わりに、此方も懐からカードを取り出す。先日首領からいただいた招待状2枚だ。そのうちNo.52を芥川に手渡し、No.51の方を胸ポケットに入れる。
「しかし、此処は随分な会場だな。此処を所持しているなんて相当だぜ」
「そうですね」
位置や外見はいわゆる別荘というようなものだが、規模が大きい。見えている限りでも部屋数は多く、取り囲むようにデザインされた庭にはありとあらゆる花が香っている。
建物の白い煉瓦に添うように咲いている紫のライラックは、見ているだけでも華やかな雰囲気を醸し出していた。土地だけに飽き足らず、管理にも金と手間暇をかけているようだった。
ちらりと腕時計に目を向けると、すでに招宴の開宴時刻近くなっている。
「そろそろ行くか」
「解りました」
黒い仮面を目元に重ねると同時に、石畳を革靴が打った。
色とりどりの庭を抜け、エントランスへ足を踏み入れると、温かみのある照明が視界を照らした。思いの外すぐに目が慣れ、天井を見上げてみれば、煌めく瀟洒なシャンデリアがぶら下がっている。このまま真っ直ぐいけば、会場に直通しているのだろう。そこまでさっと目を走らせ、近くに目線を戻す。扉のすぐ横で、一人のスーツ姿の男が立っていた。こいつも同様に仮面をつけている。胸元に刺したライラックと、ナンバーのない白いカードが目を引いた。
「ご機嫌よう」
目を細め、口角を上げてなされた挨拶に此方も笑みを浮かべて対応する。上から下まで舐め回すような視線を感じたが、気のせいだと流すことにした。
「嗚呼、どうも」
「招待状を拝見させていただいても?」
「勿論だ。連れのも頼む」
そう言いながら、親指を隣の芥川の方に向ける。いつもの外套を身に付けず、ジャケットのみの格好のためか、心なしか落ち着かないように見えてしまう。男はそんな様子に少々首を傾げ、俺は弁明を口にする羽目になった。
「少し緊張してるみたいでな、気にしないでやってくれ」
「あぁ、そうでございましたか。どうぞ肩の力を抜いてください」
大きく頷きなく男にカードを渡す。
男は恭しい手つきでカードを手に取ると、裏に返し、また表に返し、と矯めつ眇めつ眺めた。
二、三回、白手袋の手で表面を撫で、また、照明に照らして透かしを見る。
数秒してやっと見聞を終えたのか、口元ににこりと笑みを浮かべると、カードを揃えて其々に手渡した。
「正真正銘、本物だと確認させていただきました。開場時間前ではありますが、すでに始まっているかと思われますので気兼ねせずお入りください」
「嗚呼。ありがとう。えっと──」
「No.1とお呼びください。此の招宴では、立場も名も性も忘れることが目的ですから」
口角を上げながら吐き出される言葉に、白々しいと心底ため息をつきたくなる。
「嗚呼、それから──」
そこまでいうと、男は口元に手を当て、俺の耳に寄せて囁いた。
「酔った場合には休憩する部屋もご用意しておりますので、ご自由にお使い下さい」
それでは、今宵の宴お愉しみ下さいませ。
姿勢を戻し深々と頭を下げた男に礼を返しながら、俺は胸の内で舌打ちを打った。
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大きく開け放たれた両開きの扉を通れば、ここまでの庭ともエントランスとも比べ物にならない華やかさが待ち受けていた。
上座にあるステージの方では演奏家たちがゆったりとしたクラシックを奏で、酒を片手にドレスやスーツに身を包んだ男女が笑みを交わしていた。その胸元には白いカードが光り、目元は仮面、もしくは厚いベールで覆われている店が、どこか異世界を思い起こさせている。点々と置かれた丸テーブルには、幾つかの料理とフラワーアレンジメントが見せつけるように飾られていた。
先ほどの男のように、胸元にライラックを下げたウェイターたちが歩き回っている。手にしているグラスの中に、深い赤色を見つけて手を伸ばしそうになるがぐっと堪えた。流石に早々赤に手を出してはいけない。
「中……51番さん……」
「だぁああ! 未遂だ未遂! いいだろ別に」
咎めるように此方を見つめる芥川に小声で言い返す。名前を言いかけたのは、目を瞑ってやろう。
しばらく壁に背をつけて留まっていれば、ステージ上がゆっくりと暗くなっていく。
ざわざわと客が集中し始めたところで、パッとライトが灯った。
仮面をつけ、短い黒髪をなでつけたスーツの男。
「……あれは……No.1か?」
「そのようですね」
こそり、と言葉を交わす。その間にも、No.1は登壇の礼と拍手を受け、話し出そうとマイクを握っていた。
「紳士淑女の皆様、今宵はご出席いただきありがとうございます。本日もどうか、実りと花が溢れる夜となりますように、心から、お祈り申し上げます。それでは皆様、ご歓談ください!」
最後の言葉で、大きく右手を頭上にあげて礼をする。
(実りと花、ねぇ……)
すん、と目を細める俺などつゆ知らず、客たちはわっと沸く。割れんばかりの拍手を受け、再び暗くなったステージには、数分後には演奏家たちが再び集っていた。
その頃には、客たちも酒を片手に思い思い──否、先ほどよりも酒の香りが濃くなっただろうか──に交流し始めていた。それを眺めながら、俺は背を壁から離す。
「却説、此処からは別行動と行くか」
「承知。インカムは?」
「準備OKだ」
俺はそう返すと、左耳に指を軽くやる。硬く小さな金属質が指に触れた。
「くれぐれも壁の花にはなンなよ」
会場の輪の中心へと歩む視界外で、青い己の外套がひらりと舞った。
端の方、確か来たばかりの時は女を連れていた男に近寄る。
来る途中で取ったシャンパンを片手に、男の肩を叩いた。
「どうも、今晩は」
「! おや、どうも。お一人?」
「さっきまでは二人だったんだがな」
ちらりと胸元に目を走らせると、No.42とある。雰囲気は商社のエリートといったところだろうか。
「それはそれは。君のような人物を放っておくなんて、その人の目は節穴なんじゃないのかい?」
「同性相手にそう口説かれてもなぁ」
「と、いうと──君はαなのかい?」
「そうだが」
「矢張りか! その雰囲気があると思ったよ……」
此奴は存外口が上手い男らしい。手にしたグラスもあまり減っていないところから見ても、酒には強そうだ。
面倒な相手に話しかけたか? と内心冷や汗をかく。
「あんたの方の連れはどうしたんだい?」
「あぁ、彼奴か? 一寸話したげな奴がいたからな、譲ってやった」
「捨てたの間違いじゃねえのか?」
「はは、どうだろうな?」
連れの女に同情する。どうせ遊びだったんだろうが。可哀想なこともあるものだ。
不意に居た堪れなくなり目線を外す。ふと、エントランスの扉の方へ駆けていく姿を見つけた。長い黒髪が特徴的な女だ。どうしたのだろうか。
「どうしたんだい? ええとNo.51、さん?」
「辿々しいねぇ、No.42サン?」
「こうした方が女受けは良いんだよ」
「は、俺ァ女じゃねェぞ? それより俺は初めてなんだが……此処の黒い噂とかって聞いたことあるか?」
突然声を顰めた俺に、No.42が顔をしかめた。そんな反応に俺は慌てる演技をしながら手を振る。
「上司から勧められて来たんだが、こういう場に慣れてなくて。イメージとして裏の印象がないか? 仮面舞踏会、でもあるし」
そう言いながらおれはちらりとステージ側に目を向ける。開けた場所で、男女が何組がダンスのステップを踏んでいるのが見えた。
「まぁそういうイメージはあるよな。此処の支配人も思わせぶりだし。けど──」
多分、お忍び逢引は未だしも、裏取引は無いんじゃないかと思うけどなぁ。
男は続けた。
(一般客には知れていない、か……)
もう少し年嵩の、助平そうなやつを狙った方が良かったか? と今更ながら思う。右手のグラスを傾けると、シュワッとした炭酸が喉を突き抜けた。女性も捕まえた方がいいだろうか……と逡巡していると。
「それよりさ」
とん、と足を軽く蹴られる。否、蹴られるというより、戯れるように触れる、と言った方が正しいか。
「一寸二人だけで飲まない?」
その台詞に思考がフリーズする。
数秒後。
(面倒臭ェ……)
此処までの問答からして引き出せる情報も少なそうだというのに、これ以上時間を食うのはまずい。
そもそもそういう目で見ていない。にも関わらず、相手がグラスを持っていたはずの手は俺の肩に回されている。
「あー、否ァ、えっと」
「どう? 上の階で部屋があるらしいけど」
気まずさと思考時間を稼ぐために、グラスを傾け続ける。3回目ほど経った頃、冷たい液体が流れてこないことに気づく。空になっていた。口元に笑みを浮かべたまま伸ばされる片手に焦りを感じる。
「あ、グラス空──」
「おや、そこな麗人、グラスが空だけれど?」
だが、前から伸ばされた手は呆気なく空を掴んだ。だが右手にはグラスは無い。
シャンパングラスは、後ろから伸ばされた長い手指に取り上げられてしまっていた。長い腕は白いブラウスに覆われている。
「!? お前は!?」
だが、俺はその男の正体なんぞ気になってはいなかった。なんならよく知っている。それ故に、俺の頭を占めているのは疑問と焦りだった。
(何故だ。何故手前が此処に?)
俺の心の声を察したのか、それとも男の声に返答したのか、後ろの人物が口を開く。
「私? 私のことはどうでもいいじゃ無い。というか、どうしたの、No.42さん。この方に何か迫っていたみたいだけれど」
真逆、口に出せないようなことじゃアないよねぇ?
口調だけでも、そいつが口元に笑みを浮かべて話しているのであろうことがわかる。ちらりと振り返ってみれば、No.63、という数字が目を引いた。
其奴に男はぐっと言葉を詰まらせると、だ、だが! と反論するように口を開いた。
「部外者には関係ないだろう! 何より其方が誘惑してきたんだ! αの癖して淫らなΩのように!」
「ハァ?」
言われのない難癖に思わず目を剥く。漏れたがなり混じりの声に、後ろの人物はくすりと笑いを溢すと此方に話しかけてきた。
「彼方の方はそう言っているけれど、あなたはどうなのですか?」
「全く言われがありません。俺は断ろうとしていたと思いますが」
「とのことですけれど?」
まぁ、抑も私は一部始終見ていたんですけどね、と其奴が付け加える。心なしか背後から、ぎらりとした圧がかかったように感じた。
「序でに彼は私と先約があるので」
そう付け加えて仕舞えば、言い負かしたも同然。
商社マンらしくない舌打ちを残し、去っていった背を見送った。
その影が人混みに紛れていったのを確認して、俺は大きくため息をついた。不愉快なことに、後ろの人物も同じタイミングだったらしい。
「全く、飲みすぎては駄目だと言っているでしょう」
俺は苛立ちを覚える頭のまま、後ろを振り返った。
「なんで此処にいやがる──太宰」
俺の空のグラスを手にしたまま、ニコニコと笑うのは、白ブラウスに茶色の外套を羽織った男、太宰治だった。
---
「で──なんで手前が此処にいるんだよ」
「それはこっちの台詞」
「裏地の色、青で合わせて来やがって」
「それは知らないよ」
偶然会ってしまったいけすかない野郎──もとい太宰が、言い返しながらもぐでぐでと横になっているのは、とある個室の寝台の上だった。先程までつけていた仮面は早々に寝台上に投げ出されている。
部屋に入った当初こそ、すごいだのふかふかだの小学生のようにはしゃいでいたが、すでに飽きたようで、今は枕を頭の下に入れてうつ伏せに寝っ転がっている。開始数分も経っていないと言うのに飽き性な奴である。奴の外套の袖に縫い付けられた薔薇が、くしゃくしゃになってしまっていることに気づいて眉を寄せる。
「おい、外套が皺になるだろうが。寄越せ」
「え、脱げって? きゃッ中也のえっち!」
「一ミクロンも思ってねェ事言うな!」
ふざけたことを抜かしながら寝台上を転がりまわる其奴から目を離す。結局、お互いが来ていた外套をハンガーに掛けると、俺は帽子をサイドテーブルに置いた。そこには数本ミネラルウォータが備えられており、ありがたくキャップを開ける。変な匂いもしないし大丈夫だろう。
片手でペットボトルに口をつけながらベッドに腰を下ろす。飲むか、と太宰に差し出せば、飲む、と奪い去っていったので安全性には問題なさそうだ。
「はー、生き返るー」
「手前は其処迄働いてねェだろうが」
「失礼だねェ中也。私も今日は歴とした仕事で来たのだよ?」
どや、と胸を張りながら言う太宰に、少し驚く。このサボり魔が珍しいこともあるものだ。まぁ寝転んだままのドヤ顔なので、全くもって締まりがない。
「へぇ? 誰とだ」
「其方が教えてよ」
「チッ」
「こぉら」
ぶっすーと唇を尖らせながらも嗜めてくる包帯野郎の頭をチョップする。ひ弱な木乃伊は呆気なく枕に沈んだ。
「ッ痛いなぁ、もう。全く、元気なわんちゃんだね、感心感心」
「犬じゃねェっつーの!」
「あーはいはい。まぁそれはさておき。今回の情報は共有すべきだと思うけれど?」
枕から顔を出し、此方を見つめる鳶色に射抜かれる。
いつになく真面目な色を宿したその目に、俺は口を噤んだ。こう言う目をする時は、大抵全力の揶揄いか任務の時と相場が決まっている。今回は話の内容から見ても後者だと確信して良さそうだった。
ちらりと部屋全体に目を走らせる。テレビ、クローゼット、テーブル。先ほど見た時盗聴器等は見受けられなかった。証拠を残されても拙いためだろう。おそらくその方面は大丈夫だ。
俺は、ほっと息を漏らすと向き直る。
「因みに、何故だ」
「君たちが来たのはどうせ、バース事件の調査及び粛清だろう?」
大きくため息をつき、面倒臭そうに太宰が言う。此奴のことだ。事前に知っていた、もしくは推測していたに違いない。
「……嗚呼。そうだが」
「やっぱりね。あの人の考えることなんて解りきってるよ」
その代わり私の考えも筒抜けなんだけど、と付け加える。心底迷惑そうな顔だ。首領に伝えたら太宰くん酷い! と泣き真似をするに違いない。
「俺らはバース事件に頻繁に使われる発情誘発剤と、此処で噂のあるΩの搾取関連についてだが……。探偵社がそうとは思えねえな、大方Ωの中に何処ぞの令嬢でもいたんじゃないか?」
「んー、大体あたり。此処の招宴に入り浸って、帰って来ても上の空、怯えるような素振りを見せるΩの令嬢がいるので調査を頼む、とは言われた」
ごろん、と仰向けになり、手足をぐっと伸ばしながら太宰が言う。その表紙に、胸ポケットからカードが落ちた。
「あ、おい太宰」
拾おうと手を伸ばす。だが、その手は包帯の巻かれた手に阻まれた。ひょいとナンバリングされているカードが摘まれ、太宰の手の内へ戻る。
「ちょっと触らないで。蛞蝓の湿気が移るでしょう」
「ああん!?」
「はーい、どうどう。暴れ馬は大変だ」
「犬か蛞蝓か馬かどれかにしろ青鯖!」
「わあ滑舌が抜群に良いねぇ」
全く、親切にしようとした俺が莫迦だった、と伸ばした右手を振る。ふと、女物のような甘い香りが鼻を掠めた。どうせサボりついでに女でも引っ掛けていたのであろう。女ならば見境なく甘い言葉を囁くαである太宰には、昔から悩まされていたものだ。
不愉快な香りを嗅いだことにため息を漏らしながら、寝台に手をついて太宰の方に顔を向ける。
「んで、気になる点があるんだろ?」
軽口を終わらせ、顔を傾けた俺に太宰は、ぱちぱちと瞬きをすると小さく唸った。
「そうだねぇ。不同意性行為をされたのなら、二度と其処に行かないのが賢明だ。それで脅せることなど、加害側にもないしね」
ただし、と太宰は付け加える。
「それをされていないなら話は別だ」
その言葉に目を細める。
「されてない?」
「そうだ。私が建てた仮説では、おそらく此の招宴の被害者には2種類ある。一つ目は、中也が言った通りのもの。誘発剤を使用しての性被害。そしてもう一つは、誘発剤をばら撒く駒だ。」
「駒?」
太宰の言葉に、はて、と首を傾げる。しかし数秒後、ああ、と手を打った。
「駒というだけなら二次性関係ないしな」
「うん。まぁ、カモフラージュの真っ白なゲストもいるけれどね」
誘発剤は此のヨコハマにおいて、裏社会全体に回るほど広まっている。近頃では、表社会にもちらちらと影を見せているという話だ。沢山の売人、広め役、運び屋がいる。もっと言えば宣伝役として潜入する人間も必要かもしれない。短期間で其処まで広めるとなると、かなり強大な組織と考えるべきだろう。取引で潤ってもいそうだ。
「広めた組織が、此処の招宴に一枚噛んでるっつーことか?」
「そういうこと」
太宰が寝転んだまま、右の人差し指をタクトのように振った。どうせ推論だとしても、此奴の目には事件の全貌が見えているんだろう。指揮者というより魔術師のような其奴から目を逸らす。
「なぁに? 私の鮮やかさと美貌に感動しちゃった?」
「抜かせ」
「酷ぉい」
よっこいせ、と体を寝台から持ち上げる太宰に目を向ける。自然とこちらに伸ばされてきた手は、俺の目元で止まった。
「というかさぁ、いつまでこれ着けてんのさ」
不愉快なんだけど、というように唇を尖らせて、外した俺の仮面を振る。そう言えば着けたままだった。
子供のように拗ねている餓鬼の手から仮面を奪う。最も簡単にそれは俺の手に戻ってきた。
「ぶすくれてんじゃねぇよ、餓鬼」
「ぶすくれてないもん」
「そういうところだ。何でだよ」
「鈍感中也に言われたくありませぇん」
軽口に軽口を返しながら俺も寝台に腰掛ける。
顔を横に向けると、じっと見つめる鳶色と視線が交差した。
「其方は誰がいるんだ?」
「私と、敦くんと、それから鏡花ちゃんだね」
雑談代わりで尋ねた言葉の返答に目を剥く。
「はぁ!? 鏡花だと? 彼奴未だ未成年だろ!」
こんな酒と色が渦巻く宴に連れてきて良いのか、探偵社は意外と黒いのか、と疑う。
そんな俺を差し置いて、太宰は肩をすくめた。
「うちは少数精鋭なのだよ。男で固めるわけには行かない、と思っても、戦闘系の女性社員が少なくてね。与謝野女医は後援だし」
与謝野──というと、黒髪の治癒系異能力者か。組合戦の際は中々にバイオレンスそうなやつだったのを覚えているが、そういうところばかりでも無かった筈である。流石に治癒系を前線に置くのは厳しいだろう。となると未成年でも仕方ないのか……仕方なくない気もするが。
「本当に人手不足なんだな……」
「一寸、憐れむような目で見ないで」
太宰が大袈裟に両手で自分の身を掻き抱く。情けないそぶりに瞼を半分下ろしながら、俺は両手を頭の下で組んだ。
「此方は俺と芥川だけだな」
「へぇ? 意外……とは思ったけど、面が割れてたら何人も連れて行くものじゃないものね。どうせ応援部隊はあるんでしょう?」
「一応な」
「あっそ、ま、知ってたけど」
「……そうだろうよ」
だから言ったんだよ……、とじっとりと太宰を睨む。普通に暴露していたら背信問題だろうが。
「そういえば……」
「? 何だい」
「その令嬢とやらはどういう奴なんだ?」
どう俺が問いかけた時だった。
『太宰さん! 一寸大変です──ちょ、お前退け』
太宰の耳元から声が聞こえた。少しばかり高めな、少年然とした声。その声に俺は心当たりがあった。太宰も勿論思うところがあったらしく、むっと眉を寄せると体を起こして右耳に指を添えた。
「一寸、どうしたの。手間取るならビデオ通話にしてくれない」
『び、ビデオ通話ですか? 一寸待って下さい、今上階の個室にいるんですけど……あぁもう、煩いなぁ! 少し黙れって!』
その少年が言い返している人物に、とてつもない悪い予感を覚える。すると突然、今度は己の左耳から声が聞こえた。びくりと肩を揺らして飛び起きる。
『其方こそ黙れ人虎! 先ず何故貴様が居るのかを答えよ!』
当たってしまった悪い予感に額を抑えた。俺は左耳に触れてインカムのマイクをオンにすると、その先の奴に話しかけた。
「おい、芥川。落ち着け。取り敢えず人虎とビデオ通話を繋げ」
『ですが中也さん……』
「一旦ビデオにしろ。話はそれからだ」
「……承知」
しばらくして、太宰の携帯からバイブ音が鳴る。はーい、とお気楽な返事と共に繋がった画面の向こうには、人虎と芥川が揃って不機嫌そうに映っていた──が、数秒後、その不機嫌は驚きの表情に変わった。
「えぇ! どうして太宰さんと中也さんが一緒にいらっしゃるんですか!?」
「話せば長くなるよ、敦くん」
「あ、良いです」
嬉々として嘘をねじ込んだ話をしようとした言葉は、敢えなく防がれていった。ざまみろ。
ふん、と勝ち誇った笑みを向けていると、むっと顔を顰めて足を蹴られる。全くもって痛くも痒くも無かった。余裕そうな俺に苛立ったのか、太宰は一つため息をこぼすと画面内の人虎に視線を向けた。
「それで、一体どうしたんだい敦くん」
『あ、はい。一つは芥川に会ったということなんですけど、もう一つが──』
芥川に噛みついていた人虎が、太宰の言葉に我に帰る。一度言葉を止め、写真を出してから再び口を開いた。が、俺はその人虎が手にした写真に、目が釘付けになった。この女は──
『尾行していた依頼人の令嬢ですが、会場内から姿を消しました』
「待ってくれ」
『はい?』
画面を見ながら、人虎に手を突き出す。素直な彼は、きょとん、と首を傾げつつも俺の言葉に従った。俺は眉が自然と険しく寄せられて行くのを感じながら、太宰に尋ねる。くらりと目の前の写真が歪んだ。
「これは、本当に件の令嬢なのか」
「うん」
平然と答える声色に、つう、と汗が伝った。
「これは……これは、先日亡くなった、姐さんの女中じゃなくて、か?」
『……!?』
写真に目線もくれず、長い黒髪を揺らす女。その姿は、俺が招宴中に走り去る姿を見た女であり、そして。数日前に亡くなった、あの姉弟子に瓜二つだった。
驚きを隠せないままに、太宰を見やる。動揺する俺に比べ、相手は案外平然としていた。
「うん、違う。何故なら、この容姿に彼女がなったのは同じく数日前からだからだ」
「この容姿になった?」
以前の容姿はこれね、と太宰がスマホ画面をいじる。はい、と目の前に出された女性の姿は、カールした栗色の髪に二重の、姉弟子とは似ても似つかない姿だった。血縁者ということでもなさそうだ。抑も姉弟子は天涯孤独であった筈。
「そう。因みにこの容姿になってから、彼女は真昼のヨコハマ市街に現れていない」
目を細めながら続いたその言葉に、チッと顔を背ける。女の身に起こったことが大体察せられたからだった。降りてきた前髪をかきあげながら問う。
「詰まり、組織の駒に正真正銘取り入れられた、っつーことか」
「せいかーい」
やる気のなさげな褒め言葉を口にする太宰を半眼で見ながら、しかしと考える。何故姉弟子の姿にする必要があったのだろうか。故人そっくりの人間が街に居れば、遠からず足がつくことは見えているというのに。
そんな俺の疑問を汲み取ったのか、太宰が大きく伸びをしながら言った。
「ま、その姉弟子さんの容姿が気に入ったんだろうね、恐らく潜入先が。元々連れて行こうとして、失敗した結果が姉弟子さんの死亡だったんじゃないの」
なんてことでもない、というように澱みなく話された推論に、手を握りしめる。姉弟子の命は兎角弄ばれたということなのだろうか。手の位置にあった白いシーツが、くしゃりと皺になったのを目の端で捉えた。
太宰は俺の方をちらりと見た後、スマホの画面にもう一度向き直る。
「えっと、それで? 令嬢を見失ったって?」
『あ、はい。実は──』
人虎の話をかいつまんで聞けば、おそらく撒かれてしまったらしい。容姿の変化も兼ねて考えると、組織に取り込まれていると考えるのが妥当だろうから、探偵社に助けを求めることもできないのだろう。
なんとなしに同情を覚えた。
「そう……」
横を見てみれば、予想通りとでもいうようになんの驚きもない男の顔が入って苛ついた。そんな横顔を見ながら考える。令嬢が尾行を巻いた、ということは、此処から先で見られてはいけないものでもあるのだろう。普通に考えれば、発情誘発剤の取引と考えるのが自然だろうが……。どうも胸騒ぎがする。
ふむ、と指を唇に当てて考える。数秒して俺は、芥川と口を開いた。
『は』
「俺はその令嬢を探して追うことにする」
『はい?』
太宰が手にした画面の外で、白と黒が二人揃って間抜けに口を開けたのが見えた。仕草や行動がまるでそっくりである。
双子のようなそいつらに吹き出しかけつつも、俺は続けて口を開く。
「多分その令嬢がやってるのは発情誘発剤についてだろう。それなら探偵社が動くよりも俺が動いたほうが早い。協力と行こうぜ。丁度同じ方向の案件な上に、真っ黒な荒事は専門じゃねェだろ?」
何より──。
そう口に出しかけて押し留めた。これは黙っておこう。
「兎に角、俺が動く。鏡花にも伝えておいてくれ」
そこまで言っても、中々首を縦に振らずに顔を見合わせる二人にため息を吐く。実際効率がいいと思うのだが、此処まで反対を受けるとは思っていなかった。もう動くつもりなんだが、と若干悩んでいると、それまでだんまりだった隣が、やっと口を開いた。
「良いんじゃない」
『太宰さん!?』
自らの上司の、真逆のゴーサインに人虎が驚愕を示す。ええでも、とおろおろする姿をみて、此奴は中々優しすぎるな、と胸の内で苦笑した。純粋も純粋、全くもって黒くない。
「そのほうが効率は良いし、勝率あるんでしょう?」
「ああ」
「極小蛞蝓を頼るのはものすごぉく癪だけれど、事件を解決に導くなら安いものだ」
ね、と画面内に同意を求めた一音に、人虎も渋々ながら頷いた。八の字に下がった眉からして、納得しきれていないのがよくわかる。太宰の一言余計な呼び名に一瞬苛ついたが、取り敢えずこの場では耳から流した。
「却説、君たちには後で私から指示を送るよ。招宴会場に戻っておいてね」
『解りました』
芥川の静かな声を最後に電話が切れる。穏便に対話が終わったことに、ふうと息を吐いた。俺も動くか、と街灯を取りに新台から立ち上が──ろうとしたが、すとん、と腰から再び寝台へ落ちた。
首を回せば、俺のシャツを長い指が摘んでいるのは見える。
「おい。放せ」
「……」
もう一度立ち上がってみれば、長い指は裾を掴むことなくシーツに落ちた。どうしたのか、と思いながら、外套をかけていたクローゼットへ近づく。
「ねえ」
外套を肩にかけたところで、突然呼び止められる。一瞬誰に何を言ったのか認識できず、右手をスリットに通したところで体を止めてしまった。
「ねえ」
「……」
「聞いてってば。お宅の芥川くんみたく独断専行ばっかりしないでよね」
新台に背を向けている俺には全く顔が見えないが、何故だかひどく不満げな声色に感じられた。
「手前の所為だろ」
「つれないなぁ。結果オーライでしょ。……手は大丈夫なの?」
「手?」
俺は、太宰が指差した右手をちらりと見る。
(嗚呼……)
ちっと舌打ちをした。置いていた仮面と帽子を身につけてドアノブを握る。
「はいはい、ご心配ありがとさん」
個室の外の、カーペットが敷かれた廊下を歩きながら、俺は再び手を見た。
今度は、目の前に広げ、まじまじと見る。
俺の手には傷など一つもついていなかった。
---
どうしよう。どうしよう。
私はひどく怯えていた。私は、此の悪趣味な招宴の客の一人でありそして、とある組織の一員だった。
頭を抱え、狭まった視界の端で見慣れない黒髪が揺れる。
さらさらとしたそれは、中々私の体には馴染んでくれなかった。
『君は今日から、君ではない。此の組織の駒であり、一人のΩ構成員だ』
まだ栗色だった頃の私の髪を無造作に引っ掴んで言い放った男の顔が忘れられない。
その時のことを思い出し、ふるりと肩が揺れた。
違う。
これは恐怖なんかじゃない。
違う。
違う筈だ。
従わないと。そうでなければ私は殺されてしまう。
先程まで、さりげなく何人かが私に視線をやっていたような気がして、化粧室に駆け込んだけれど、あれはお父様の命を受けた方々だったのかしら、とふと考える。
助けを求められたら良かったのに、と小さくため息をついた。
けれどそんなことをしたら大きな迷惑がかかってしまう。お父様にも、命を受けた方にも。
私が絡め取られた組織が、Ωの蹂躙や、最近噂になっている発情誘発剤を扱う極悪組織なのは入れられてすぐに勘付いた。
でも、従わないと私が蹂躙される立場になってしまう。扱われる立場になってしまう。そんなのにはなりたくない。
私は、備え付けられた鏡に映る女を睨んだ。化粧が崩れて酷い顔になっている。メイクだけでも直してしまおう、とバッグから化粧ポーチを取り出した。ポーチに入れていたナンバーカードが目に入って取り出す。
取り出した途端、甘ったるい香りが鼻に届いて握りつぶしたくなった。それと同時に、今日の私の指令を思い出す。
恐らく他の組織の奴もやり始めた頃だろう。私もやらないわけにはいかない。
私は軽くリップだけ塗り直すと、化粧室を後にした。
会場に戻ろう、とエントランスに足を踏み入れる。扉付近を見ると、今はNo.1はいないようだった。
そのことに少しばかりの安堵を覚えながら会場の扉に近づく。そのとき、喫煙所の扉が僅かに空いていることに気がついた。
「誰かいる……?」
もし一人ならば好都合だ。そしてそれがαならば。
ごくりと無意識に唾を飲み込む。そっとガラス張りの部屋に近づくと、曇ったすりガラスの向こうに、一つ、オレンジ色の塊が見える。人がいるのだ。
私は気配を殺しつつ、背伸びをする。透明なガラス部分から除けば、一人の男がいることがわかった。
赭色の髪、切れ長の瞳、高級そうな服装。
明らかにエリートとわかる外見。これは──
(きっとαだ)
此の人を捕えれば今日の指令は遂行したことになる。私は片手てバッグの中を探る。直ぐに右手を掠めたプラスチックの感触に心臓がどきりと跳ねた。
少しの申し訳なさと安堵、そして意味不明の恐怖を抑えつつ、私はガラスドアを開く。極めて静かに、後ろ手に鍵を回した。私の耳にしか届かないほどに小さな、ガチャリという音が空気を揺らす。
「? あんたも吸いに──!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい!」
入って直ぐに、私はバッグを床に投げ出した。途端に散らばるポーチやハンカチ、カードに男の人が目を丸くしたことがわかる。だが、次に驚いたのはそのせいではなかった。
「な、……この、甘、ッたるいの──まさか、」
私は右手に収めていた注射針を、太腿に思い切り突き刺した。
途端に喫煙室に立ち込めた甘い香りに、男の人が顔を顰めて口元を覆う。だが、その手も直ぐに意味をなさなくなり、その人は抜けた力を補うように壁に背を預けた。ライトを反射させる粒が、額や頬、首筋をつう、と伝っている。
私が自らに刺したのは、発情誘発剤だった。
自分自身もふらふらとしながらも、私はその人の元へ歩み寄る。
熱に浮かされたような瞳のその人を壁際まで追い詰め、その上へ覆い被さった。
「ッてめ……ッく、ぁ」
未だ理性が残っているのか、必死で私を払い除けようとする小柄なその人の手を抑える。
居た堪れない。申し訳ない。端ない。
やりたくない。
けれども私にはそうするしかなかった。
勝手に煮えたぎっていく内側を押し付けるように、その人物の腕を胸に押し付ける。
「……はな、せ…ッ……」
「すみません……お願いします、その手を、私に──」
伸ばして下さい。
私に与えられていた指令は、新たなα顧客の連れ込みだった。
---
「太宰さん……良いんですか?」
「んー? 何がだい」
「中也さんのことですよ!」
オレンジジュースを手にしながら、むうと此方を睨む敦くんを軽く受け流す。
どうせ言いたいのは、あのちびっこマフィア一人に令嬢について任せてしまって良かったのかということだろう。
気遣いしいの此の子らしい、と私は思った。
「大丈夫大丈夫! 何かあってもあのゴリラさ! 抑も何か起こることがあり得ないと思うけどね」
「いやぁ、でも……うーん」
先程電話を切ってから既に数十分経っているというのに、未だに心配している後輩に自然と口角が上がる。
本当に優しい子だ。私は全く心配なぞしないけれど。
そんなことを思っていると、二つほど離れたテーブルの方で、少女がこちらに手を振っているのが見えた。
「あ、鏡花ちゃん!」
黒いワンピースドレスを着こなした彼女に、敦くんが同じく小さく手を振った。微笑ましいその様子に、くすりと笑いをこぼして言う。
「行ってきたらどうだい?」
「え、良いんですか?」
「今の所まだ指示はないからね。少しくらい二人でいても良いんじゃないかな」
私がそう言ってみれば、溌剌とした笑顔で小さく礼を言って去っていった。直ぐに人混みに消えていった白い背中を最後まで見送って、私は振り返った。
「却説──君は誰かな」
「ご同行願いましょうか──No.63、こと太宰元幹部さま」
背中に軽く当てられた硬い質感に、私も小さく両手を上げるしかなかった。
表面上はにこやかに。
そして中では拳銃を押し付けられつつ歩いてやってきた場所は、屋敷の周りを取り囲む庭の隅、小さな小屋の中だった。キィキィと耳障りな音を立ててドアが閉まる。
かびは生えていないが蔦が侵食し、所謂古小屋になってしまっているそこに入るなり、私は壁に押し付けられた。頭上でガチャリと音がするあたり、手錠だかなんだかで高速でもされたのだろう。苛立ちを感じながらも、私はそれを空気に雲散させた。
「ずいぶん手荒な真似をするものだねぇ、No.1さん」
「おや、名前で呼んではくれないのですか? それとも忘れてしまったとでも」
拳銃を消して外すことのないように定めつつ返された言葉に、私はにこにこと笑みを返した。
「えぇー、どうだろう。一寸待ってね、思い出せそうな気もする──」
「早くして下さいよ、僕だって暇じゃないんだ」
口元をぐにゃりと歪めて笑うその男に、私はあぁ、と息を漏らした。
「思い出したよ、君は昔の取引先の重役だね? 確かその時は準幹部だった気がするが、今此の場にいるとは随分出世したものじゃあないか! 感心だよ」
つらつらと思いもしないことを吐き出し笑いを浮かべつつも、私の目は冷え切ったままだった。大抵のものならば息を呑み、思考も止まるであろうその視線を受けながらも、男は気色の悪い笑みを浮かべたままだった。否、これは笑みというべきではない。どちらかというならば、恍惚とした、という方が正しいものだろう。
「元取引先の、しかも元幹部をとっ捕まえて銃で脅すなんて、どういう了見だい? 何が目的だ」
「太宰さん、あなたを拘束しているのは僕だと頭にとどめておいた方がいいのではありませんか?」
「ふふ、成程」
どこか勝ち誇ったような態度を取る男に隠れて苛立ちを募らせる。ここ迄で大体狙いを察した。そういえば、こいつは妙に私への──否、私と中也への崇拝が煩くて煙たかったのだっけ。
気に食わない昔のことを思い出して眉を寄せる。そんな私の行動を、今の状態への苦悶と受け取ったのか、目の前の其奴は更に顔面に愉悦の笑みを浮かべた。
「とても素晴らしい! 強がっても無駄ですよ。既にあなたの体内にはΩのフェロモンと似た作用のものが吸収されている筈です」
「……、Ωの?」
その言葉に、私は興味をそそられた。中也の話では、発情誘発剤だけだった筈だが、まさか他にも薬をばら撒いていたのだろうか。私の興味を、自らの言葉が引いたことに気づいたのか、男は嬉々として私の胸ポケットを指差した。
「そのカードです」
「カード?」
私は目線を左胸にやる。No.63と記された白いカードがポケットからのぞいていた。
「其れ、甘い香りがしませんでしたか? それはΩのフェロモンを人工的に作り出した媚薬成分なのです。あなたの目をも欺けるとは、研究させた甲斐がありました」
そんな作用があったのか、と密かに驚く。少し怪しんではいたが、そこまで危険な物品だとは正直思っていなかった。確かにカードなら、此の会場にいる全員が触れることになる。そう言ったことに使うのなら最適なものだろう、悪趣味だが。私は少し顔を俯かせたまま口を開いた。
「……そこまでして何を?」
男はその問いに数秒間黙り込むと、小さくため息をついて話し出した。
「あなた方を、私の支配下に置きたかったので」
その返答に眉を寄せる。
「そんなこと、何故できると思った?」
「誰しも本能には忠実だからです」
男は私の不機嫌さなどお構いもせずに、近くへにじり寄ってきた。白手袋に覆われた指が首に触れる。
「私は今も覚えています、あなた方に初めて対面した時のことを! 秀麗な目鼻立ち、らしいトップたる風格、もはや美麗なまでの残虐さと徹底さ!」
男の目は薬にでも漬けられたように、現在ではないどこかを見ている。熱に浮かされたように喋り続けるそれに、私は穢らわしいと瞬間的に思った。
「美しい猛獣を見たようでした──解るでしょう? 此の感情が」
「うーん、そうだね。美しい猛獣──解らなくもない」
「そうでしょう!」
熱っぽい目でこちらを見る男に、私は始終冷たい目を返した。
「けれど、それで此処にどう繋がるんだい?」
「猛獣は手なづけたくなるものです。ですがあの頃の私にはその術を持ち合わせていなかった。故に、私は尽力したのです! 誰もが抗えない、二次性ゆえの本能を支配することを!」
「へえ。あっそ。興味ないね」
顔を背けるため首を捻ったが、その頭は力強く押さえつけられた。必然的に目が合う。湿度の高い視線を、気持ち悪いと逸らした。
「先程も言いましたが、今のうちです。今Ωでも連れてくれば、α足るあなたは溺れざるを得ないでしょう。既に中也さんはその手に落ちたとの報告がありますよ?」
「へぇ? 其れは本当かな?」
男が最後に言った言葉に、私はにやりと笑った。どうやら此の男は気づいていないらしい。
今、此の小屋の上空から感じる、重い空気を。
そして数秒後にやってくるであろう、岩の塊を。
「まぁ、いいでしょう。今、あなたに見合う──」
男がそこまでいった時だった。
巨大で重いものが木をぶち破る大きな音と、其れに伴う砂埃が小屋に充満する。
突然の衝撃に男は受け身をとって壁へ吹き飛ばされた。
そんな中で、私は一人、笑いを顔に浮かべている。先程までとは違う、愉しくて仕方がないという笑みを。
「全く、2分の遅刻なんだけど?
──中也」
「五月蝿え、社会不適合者!」
砂埃の中から姿を現したのは、小柄な一人の男、私の相棒だった。どこから持ってきたものか、大きな岩と共に天井を突き破ってきたらしい。私はさっさと手錠を外して駆け寄る。
流石というべきか、衣装にも何の乱れ一つなかった。
「な、何故だ。何故中原中也が此処に!? あれはΩの発情期を受けた筈じゃ……」
壁の隅で此方に震える指を伸ばす男に、私はふっと笑いかけた。隣の中也が大層引いていたので、あまり柔らかい笑みではなかったようだが。
「頭をもっと柔らかくしてご覧よ。Ωのフェロモンは効く人間が殆どだが、効かない人間もいる。その代表的なものは?」
「真逆。真逆! そんなことが──」
ようやっと気づいたらしい男に見せつけるように、私は隣の者の肩を引き寄せる。その拍子に揺れた橙色の柔らかな髪から、蠱惑的な甘い香りが鼻腔をくすぐった。──紛い物のカードなどからは、感じなかった香りを。
恐らく側から見れば、私は熱に浮かされたような目で中也を見つめているのだろう。若しくは捕食者と被食者であろうか。
顔を顰めつつも収まってくれた小柄な其れに何ともいえない優越感を感じながら私は口を開いた。
「双黒が一人、中原中也はΩで、正真正銘私の番だ」
---
鏡花ちゃんと太宰さんの指示を待ちつつ食事を楽しんでいると、突然地鳴りのような轟音が響いた。
びくり、と肩を揺らし、辺りを見回す。ふわりと静かな気配がやってきたかと思えば、いつの間にやら近くに芥川が来ていた。窓の外を見、臨戦体制に入っている。
「狼煙が上がっている」
「え!?」
芥川に釣られて外を見てみれば、庭の隅の方で大きく土埃が上がっているのが見えた。あの感じだと──
「あにさま……」
「然り」
中也さんの名を呟いた鏡花ちゃんに芥川が頷く。如何やら既に連絡を外部に入れていたようで、マフィアの黒服の人たちが一斉に雪崩れ込んできた。
「そういえば」
僕たちは令嬢の確保を急ごう、と動き出す。そのとき、後ろから声が掛かった。
「先程も喫煙所の前で黒髪の女が倒れているのを見かけたが」
恐らく依頼人の令嬢のことだろう。
「感謝する、芥川!」
「ふん、礼には及ばぬ」
僕たちは黒服さんにとばっちりを受けないよう、急いで会場を後にした。化粧室やお手洗い横の喫煙所前に行ってみれば、言われた通り、黒髪の女性が床に伏している。目を瞑って気を失っているが、依頼人のご令嬢で間違いなさそうだった。
気を失っているようだし、担いだほうがいいだろうか、と蹲み込んだが、後ろで鏡花ちゃんが『夜叉白雪』と口にしたのが聞こえる。
僕の代わりに、令嬢を夜叉が抱えていた。
「これなら疲れない」
ぐっとサムズアップをする鏡花ちゃんに、ありがとうと言いながらエントランスへ向かう。このまま外へ出て、社内で待機している国木田さんへ連絡すれば迎えの車を寄越してくれるだろう。そこまで思って、ふと、いつのまにか消えていた先輩のことを思い出した──が、直ぐに何ともいえない心持ちになる。
「ねぇ鏡花ちゃん……」
「何、敦」
「太宰さんの番って……」
「? 正真正銘あにさま」
「デスヨネー……」
前を行く鏡花ちゃんに尋ねれば、何を当たり前のことを、というように返された。
薄々勘付いてはいたけど、今此処にいない状況を目の当たりにしちゃうとなぁ、と頭を掻く。
太宰さんは番の方と一緒に現地解散しました、なんて言ったら国木田さんの眼鏡が無事で済むかわかったものではない。
かといって今から小屋の方に行くと、馬に蹴り上げられそうな気がする。もしかするとこのまま一週間音沙汰無しになりそうな気もするので、少し不安なのだが。
人の発情期事情に首を突っ込むのは野暮だろうが、此処最近の太宰さんの苛つき具合と今日のキラキラ具合からして可能性が高い気もする。
「……はあ……国木田さんになんて報告しよう……」
「正直にいうしか、ない」
「ええ……」
鏡花ちゃんのにべもない返事に肩を落とす。とぼとぼと歩いていると、不意に袖を引かれた。うん? と首を傾げつつ引かれた方を見やる。同じように傾けられた瑠璃色と目があった。
「其れよりも。帰ったら夜食でも食べよう。しっかり食べれてない」
「! うん、そうだね、湯豆府とお茶漬け食べようか」
「うん」
隣の少女と笑い合いながら、僕は報告をするために携帯を耳に当てた。
---
月の光が僅かに注ぐ寝室で、私はぼんやりと隣の人物を眺めていた。
あの招宴後、誘発剤の影響もあったのだろう、直ぐにやってきた中也の発情期に喜んで便乗してから七日間。
流石にほぼ不休での交わりはきついものがあったのか、発情期も落ち着いた今は気を失ったように眠っている。しっとりと艶を含んだ赭色に触れると、シーツの中の椿は小さくみじろぎをした。
可愛らしい仕草に思わず笑みをこぼしたが、ふと、七日前にあの男が言っていたことを思い出した。
「あんな、中也も私も自分のものだとでも思っていた奴がいるなんて」
心底腹立たしかった。
「君は私のものなのにね」
素面の状態の君にいえば、気持ち悪いと一刀両断されるだろうが。
猫のように丸まっているせいで、無防備にさらされている項に触れる。朱みを帯びた噛み跡が、強く甘く、その存在を主張していた。
「私も一寸は自惚れていいのかなぁ」
いつも硬い装甲を崩さない我が番を眺め、その髪をもう一度確かめるように撫でた。
「おやすみ」
また明日。
Happy Birthday! 中也さん!
誕生日に送るとは思えない内容だけど許してね!
いやもう言葉にできないほど愛してます!!
マフィアという家族に、大切な幾人かの人に、そして元相棒に、沢山の愛を伝え、受け止めて、末長く生きることができますように、あなたらしい紅椿をひと枝添えて。
お誕生日、おめでとう!
追伸
「聞いてってば。お宅の芥川くんみたく独断専行ばっかりしないでよね」
「つれないなぁ。結果オーライでしょ。……手は大丈夫なの?」
このセリフ。
実は、“、”を使わず“。”で全て区切っています。また、手には傷がない。
握りしめて苛立ちを堪えてきた中也への気遣いとも取れますが、どうしても“手”を入れたかったとすると。
一文一文の最初の文字を取るとこうなります。
き お つ け て
気をつけて
ちゃんと番に心配を向けていますね
内容はごちゃついてるのでいつか書き直す。