コミュ障が受付嬢なんてムリです!
編集者:遥兎らい
コミュ障のひきこもり、シアン。
彼女は自宅で死亡してしまうが、
異世界に転生した。
路銀も何もなく餓死しかけていたところを、小さな魔術具店に拾われる。
そこでシアンは地獄の訓練を受けさせられ、挙げ句の果てに受付嬢をやらされることとなる。
やがて明らかになるシアンの転生の秘密とは、いったい……?
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目次
プロローグ
期待はしないでください……
薄暗い部屋。
一人の少女が部屋に座り込んでいる。
彼女は真剣な眼差しでその向こうにあるなにかを見つめている。
彼女の手はプラスチックの塊を握りしめ、指はボタンを高速で押している。
やがて、部屋にファンファーレが鳴り響き、彼女は歓喜の声をあげた。
---
「やったあぁぁぁぁぁあ!」
可憐な少女の鈴の音のような声で、しかしその容姿や声に似つかわしくない声量で叫んだこの少女の名は、シアン・日古見。
しかし、そうなるのも無理はない。
シアンは、昨夜から徹夜でプレイしていたステージをようやくクリアしたのだから。
彼女は俗にいうひきこもりである。
シアンは女子中学生であり、容姿もそれなりに整っている。
しかし、彼女にはどうしても学校に行けない理由があった。
シアン・日古見は、コミュ障なのである。
幼い頃より極度の人見知り。成長した今でもそれは改善されておらず、自分から会話を始める勇気もない引っ込み思案。
おかげで学校で気のおけない友人はできず、対人関係に疲れひきこもっているのである。
まあ、ひきこもりになる理由のなかでもよくあるパターンだ。
ちなみにその端正な顔立ちや慎ましやかな性格(と思われていた)から、密かに異性からもてていたが、彼女自身は全く気づいていない。
と、シアンが引っ込み思案になった訳はこんなものだが、とにかく彼女は難しいステージをクリアして浮かれていた。
そんなハイテンションとは裏腹に、シアンの胃がぐうう、と鳴る。
「お、お腹空いた……」
シアンは今さらのように空腹感を感じた。当然だ。丸一日なにも食べていないのだから。途中でポテトチップスなどのスナック菓子をつまむという手もあるが、ゲームに集中しているときになにかを食べるのは、彼女曰く邪道らしい。
買いだめてあるカップラーメンの中から、シーフード味とカレー味の間で手をうろちょろさせ、カレー味を選ぶ。
空腹のあまり痛む腹をぐっと手で押さえつつ
やかんに水を入れ、火力を最大にして沸かす。
激しく「お腹がすいた!」と訴える体を、腹部をポンポンと叩いて懸命になだめながらシアンはコンロの前をうろうろする。
ピィィィ、というやかんの水が沸騰する独特の音がなった瞬間、シアンはやかんに飛び付きひったくるようにして取り、神業ともいえる速さでカップラーメンのふたを開け、お湯を注いでいく。主食がカップラーメンの彼女にとって、常人から見ればとんでもない速さでカップラーメンに熱湯を入れ閉めるまでは普通にできることである。
だが、これからの過程はそうはいかない。空腹の状態で三分もの時間を耐えきる。これは正に苦行だ。
うぅぅぅぅ、と唸りタイマーを横目にじたばたする姿は、他人から見れば少し、いや、かなり滑稽であった。だが、シアン本人は至って真剣だ。それこそ、ゲームをプレイしている時以上に。
だから、それに気付かなかった。
焦げ臭い匂いが、部屋にうっすらと漂う。 シアンは湯を沸かし終えたときに、火を消し忘れていたのだ。
ゆっくりと、だが確実に部屋は燃え始める。シアンはそれに気付かない。
ぴぴぴぴぴ、と呑気なアラームが鳴り響いたときはもう、取り返しが付かないほどに燃えてしまっていた。
アラームに気付き、バッと顔を上げたシアンは、ひどく絶望した顔をし、しかしそれでも消火器に向かって這いずる。
しかし、ただでさえ運動不足の彼女が、丸一日なにも食べていない状態でまともに動けるはずはない。
赤い、紅い炎が部屋を蝕んでいく。
そして、消火器まであと僅か数メートルというところで、近くにあった下の部分が柔く脆い炭と化した漫画棚が崩れ、シアンに降り注いだ。
ごめんなさい、主人公◯にました。
これからは、もっと明るいので!
また見ていただけるとありがたいです。
食べ物を一文無しの我に!
こんにちはー、一話です。
目を覚ますと、そこは蒼い空間だった。
果てしなく続く青。そこには終わりなんて見えない。
……ここ、どこ?
目覚めたばかりでふわふわとした思考の中、私はまずそんなことを考えた。
なによ、これえ!
そんな、子供のような甲高い声が聞こえたと思うと、不意に目の前が真っ白になった。
---
私は、町中にへたりと座り込んでいた。
……え?ここどこ?
きょろきょろと辺りを見回すと、周りの人がぽかんとして私を見ている。
も、もしかして、わ、私、目立ってる!?
目立つことが極度に苦手な私は、とっさに四つん這いで路地に逃げ込む。すると、私を見ていた人が、急に予定を思い出したようにまた歩き始めた。
な、なんだったんだ、一体……。
そして、私は唐突に思い出す。燃える部屋。胃が焼ける激痛。肺を蹂躙する煙。それから、倒れた棚。
ああ、カップラーメン食べたかったな……。
死んだことに対しての感想がこんな感想で、自分にがっかりしてしまう。
そこで、街の様子に私は目をしばたたく。
洋風なのである。レンガ造りの家に、豪華なタペストリー。何より、遠目にだけれど、豪華な、◯ィズニーに出てきそうなお城。
そして、さらに私は目にする。人の指の動きに会わせて宙を動く植木鉢。空飛ぶ絨毯に乗って談笑するマダムたち。店先につながれているペガサス。競技場のようなコートでの、光や炎、水や稲妻の撃ち合い。
「嘘、でしょ……」
思わず漏れてしまう声。それほどに衝撃的な事実。間違いない。ここは……。
異世界だ。
---
一日後。私は飢えていた。
いきなり異世界に転生した私は、当然一文無し。
どうやらこの世界には孤児がたくさんいるようで、いちいち恵んでくれる人はいない。
よって、今死にそう。いや、まだ死にはしないんだろうけど。
なぜか冷静な頭の片隅でそんなことを考える。
ああ、手当たり次第にお菓子を食べられていたあの頃が懐かしい……。
「お前、『精霊持ち』か?」
ふぇ?だ、誰この男の人……。
顔はぼやけてわからないが、背丈は……私と、同じくらい?
「なんでこんなスラムに、『精霊持ち』がいる」
えっと、ちょっと意味がわからないんですけど?
だがしかし、声を出すほどの気力も残されておらずなにも言えない。というかこの人、怪しすぎない?
「とにかく、お前は利用できる。来い」
え?り、利用?待って、ちょっと怖すぎるんですけどぉ!?
だが抵抗虚しく、私はずるずると引きずられていく。
声も出せないほど体力がなくなっているお前が抵抗できないだろうという突っ込みは無しで願いたい。
ちょ、ちょっと、これからどうなっちゃうのぉ!?
主人公いきなりピンチです。
人前だと緊張しますよね
コミュ障の宿命ですね。
変な男性にずるずると引っ張られ、連れていかれたのはレンガ造りの小さな建物。
建物に着くと、フランスパンのようなパンをもらい、私は一心不乱に食べた。だがしかし、今考えると、他の人の前であんなにがっつくなど、はしたないと思われていないか気が気ではない。
頼むから本当に、普段からあんなだとは思わないでくださいお願いします……。
もしそんな風に思われていたら私はもう生きていけない。
それから、連れていかれるときに遠慮容赦なく引っ張るものだから、今お尻の辺りがじんじん痛んでいる。おまけに、周りの人からじろじろと見られ、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。人前に長く出ていない私がなんとか発狂しなかっただけでも褒めてほしい。全く、仮にも女の子なんだから、もう少し丁寧に扱ってほしいと思う。
まあ、こんな陰キャな私を女の子として扱わなくても、不自然ではないけれど。
誰が陰キャよ!
きんと、頭の中でまたあの蒼い世界で聴こえた声がした。
……というか、なにこれ!?頭の中で声がするとか、聞いたことないんだけど……。
そこではっとする。もしかしてこれは、二重人格とやらではないだろうか。だとしたら、この変な声にも説明がつく。
何が変な声よ!
また来た。にしても、私の第二人格はずいぶんうるさくて高圧的……。
そこではっとした。もしこの二重人格が表に現れてしまえば、私は変な女と思われてしまうのではないか。
……それだけは絶対に駄目だ!ひきこもろう、そうしよう!
と、自分の中で固く決意を固めていたとき、あの人がやってきた。身長は同じくらい。くりくりの目、やや丸みを帯びた輪郭で顔は整っている。
そう、この人なんと中学生くらいの見た目なのだ。
満腹になって目が冴えてきたときに驚いてしまい、平身低頭平謝りしたのは言うまでもない。
「落ち着いてきたか、精霊持ち」
「ええと店長、この子が例の……?」
「そうだ」
続いて、大学生くらいの若い美人さんも入ってきた。姉弟のようにも見えるが、「店長」とあの人を呼んでいるので多分そうではない。
「で、精霊持ち。名前はなんだ?」
は、話を振られたっ!
「こ、こここここんにちはご無沙汰しておりますっ!私の名前はシアン・ひ……」
そこではっとする。ここはファンタジーな世界だ。名前はカタカナが定石だろう。そんなところで日本語の名字なんて言ったらどうなるか。
破滅である。
「いえいえいえ!私の名前はシアンですっ!ふ、不束者ですがっ、よろしくお願いしますっ!」
そこまで言って二人の顔を見ると、二人はぽかんとしていた。
も、もしかして、年齢とかも言うべきだったんだろうか。それか、名字がないとおかしいとか?
自分の言ったことを反芻していると、「ご無沙汰しております」やら「不束者ですがよろしくお願いします」やら、とんでもない言葉を言っていたことに気付く。
「わあぁぁぁぁぁあ!わ、忘れてください!お願いします!今の言葉を永久に忘れ去ってください!」
赤面しながらそう言うと、やっと二人の石化が解け、リアクションを返す。
「あ、ああ……」
「あ、はい、了解です……」
その反応は絶対気にしてるやつですよね!
心の中で絶叫していると、「店長」と呼ばれていた方がなにかごてごてとした装飾が着いた棒を取り出す。
「まあ、それはともかくだな……。この棒を握って魔力を流してみろ」
ま、まりょく?なにそれ?
「ま、魔力とは何でしょう……?」
私の言葉に、二人とも信じられないと言わんばかりにこちらを凝視する。
……あ、もう駄目だ。消えよう。
「まじか……。記憶ないのか……」
「じゃあ、店長のスキルを使う他ないのでは?」
「……あれ、疲れるんだがな。無理矢理引っ張り出すなら余計に。だがまあ、それしかないか……」
絶望にうちひしがれていると、二人がまた訳のわからない単語を言い始める。
……無理矢理引っ張り出すって何?もしや、魂を抜かれる?それか、生きたまま臓物を引きずり出される……?
ぞっとしていると、「店長」が私の伸ばしっぱなしでぼさぼさな髪の毛をぎゅっとつかむ。
……あれ、髪色が……銀色?
自分の髪色にぽかんとしていると、突如その髪の毛が青色に発光する。とっさに目を閉じてしまう。
「な、なにこれっ!?」
あのアニメ声が頭の中で……否、直接耳に届いた。
……え?
目を開けると。
三頭身で、蒼い髪で、水色に光る羽を生やした……妖精のようなものが、いた。
……なにこれ?
精霊さん登場。
自己紹介合戦
「なによ、これ!体ちっちゃい!」
目の前でキーキーわめく小さなものを、ひたすら目を瞬かせながら見る。
いやまじで何なの?
「よう、精霊。蒼く光ったってことは、お前は……ナーヴァカリアの化身か。それで?魂を融合した目的はなんだ?」
「知らないわよ、そんなの!急にどっかから魂が飛んできて、合体させられちゃったんだもの!」
「は?なんだよそれ?」
目の前で行われる異世界トークに頭がついていかない。
えーと、店長さんがいっていることから考えると、このおちびちゃんが精霊ってこと?ていうかナーヴァカリアって何?魂を融合?合体?なにそれ!?
「いいいい一旦落ち着いて情報を整理しましょう。店長さんも精霊さんも落ち着いてください!」
「いやお前が一番落ち着けよ」
店長が呆れながら言う。
「というか!さっきから質問責めだけど、あんたたちも自己紹介くらいしたらどうなの!?」
「ああそうだったな……。俺はエドワール・シャルダンだ。エドワールでいい」
店長がさもどうでもいいといった様子で言う。
「私はクレアといいます。よろしくお願いしますね」
女の人がにっこりと微笑みながら言う。
ああ、淑女がまぶしい……。後光が……。
「シャルダン、ね……。ふーん、なるほどね。『裏切り者の一族』か……」
う、裏切り者一族?
その言葉を意に介した様子もなく、エドワールは再び問いかける。
「で?お前の名前はなんだ?『精霊』だと、呼びづらい」
「……あんた、本当に裏切り者の一族なの?……まあ、いいわ。もし嘘なら、本能で感じるはずだし。シャルダン家にだったら、話していい。……あたしの名前はシャネル。大地の創造神、位列第一位の精霊よ。」
「いっ……!?」
エドワールが、今日初めて驚きの表情を見せる。
位列一位って、相当すごいやつだよね……?
私はこの後の平穏な生活に一抹の不安を感じた。
「……確かに、それだけ強ければ、リスクを冒してまで同調する必要はなさそうだ。適正のある魂で良かったな。だが……だとしたらなぜ、こうやって同調されている?」
「……一つだけ、可能性があるわ。」
「なんだ?」
私はもはや、思考を放棄して、脳内で好きなアニメを放映していた。
「魂っていうのはね、いわば魔力の塊よ。だから、強い魔力に影響される性質がある。でも、それほどに強大な魔力を使える存在は、普通ザウゼガーズ王族以外にはいない。そして王族は、魂を操るなんて酔狂な真似はしない。でも……そんなことをする物好きで、強大な魔力の持ち主が、一人だけいる」
「まさか……」
エドワールが息を呑む。
「そう。魔族の王……」
このあとの言葉に、私は一気に現実に引き戻されることになる。
「魔王よ」
この世界には闇があるようで
久しぶりの更新であります。
ま、マオウって言った?
舞おう……じゃないよね。麻黄……でもないよね。
じゃあ、やっぱり、それって……。
「ま、まままままままままままままままままままままままままままままままままままままま!?」
「なにしてんだ、お前」
エドワールが呆れた表情を見せる。
「あの、いや、だって、マオウってあの魔王ですよね?そんなの、₩]$×÷^;="#&#&!?」
「なに言ってんだ、お前」
混乱しすぎて最後の方が変な宇宙語になってしまった。
「まあ確かに、あいつならあり得るな。人間を弟子にしたり、気まぐれで一国を滅ぼしたりするやつだからな……」
「そうね、理由は分からないけど……」
あのすみませんエドワールさん、今聞き捨てならない言葉が聞こえましたよ?人間を弟子にするのはともかく、後半なんですか?
恐ろしすぎる……。
「あの、エドワールさん、えーっと、引きこもっていいですか?」
私はこのまま引きこもってできるだけ死ぬ確率をできるだけ低くした余生を過ごすことにした。
「却下だ」
「ダメよ」
「だめですね」
そんな私の思いは通じず、エドワール、シャネル、クレアに三者三様に、しかし即座に否定される。
「そ、そんなっ!」
「当たり前だ。しかし、まあ……面倒だが、魔王を直接問いただすしかないな」
……へ?
「あたし、魔王に会ったことあるわよ」
「だったら心強いですね!」
……うん?
「だが準備と建前が必要だな……身分をばらすわけにはいかない」
「まあ、確かにそうね……」
「じゃあ、この子を利用したらどうでしょう?」
三人が一斉にこっちを向いた。
……はい?
「え、えっと、利用とはなんでしょう?魔王と会ったことがあるってなんですか?建前とはなんでしょう?なんでそんなのがいるんですか?そもそも魔王相手にそんな問いただしたりして、こ、殺されないんですか?そもそも貴方たちは一体何者なんですかぁ!?」
今までの疑問がどんどん頭のなかに溢れていく。
ぼむ。
私の頭が爆発した。
「まあ、確かにこいつには色々と説明しなきゃな……」
「そうね。しかもこの子、『転生者』らしいし……」
「転生者?なんだそれ?」
「ああ、これは地上の人は知らないんだったわね。転生者っていうのは、この世界の二柱の神以外が作った世界から魂が飛んできた人たちよ。……ああ、二柱、なんていうのも烏滸がましいわね。あいつ、何にもしてないもの」
「仮にも神なんだがな……」
私の頭がショートしている間にも異世界トークは続いていく。
「王家よかはましだぞ?」
……王家よかまし?
「でも、詳しく説明したらこの子も命を狙われますよ?」
……はい?
「まあ、王家に知れたら存在を抹消されるだろうな……」
……ぷえ?
「じゃあ、そういうことにしましょう。とりあえず、そのときが来たら話しますからね」
待って待って、今とても不穏な言葉がぽんぽん飛び交っていたんだけど……?
「それまでは関わらない方が身のためですよ?」
クレアさんにおっとりと、しかしきっぱりと言われる。
「は、はいいいいっ!」
こ、怖いよぉぉぉぉぉお!
カクカクと壊れたロボットのように頷く。
でも、このまま関わらなければ平穏な生活が送れるのでは……?
「うーん、でもそのときのためにしごいておいたほうがいいな……クレア、できるか?」
……へ?
「分かりました。……存分に鍛えてあげますからね!」
クレアさんが私に天女のように微笑む。
だがその微笑みは、私には魔神の笑みに見えた。
しかし、これから待ち受けているであろうしごきを断る術など私は持ち合わせていない。
「……はい……」
さらば平穏な生活。
初実践だ魔法!
「あぁぁあぁぁぁあ!」
「さっきより受け身がうまくなってきたじゃありませんか!さあ、どんどん練習しましょう!」
「……は、はいぃ……」
容赦なく吹っ飛ばされる私。笑顔でにこにこ微笑みながら私を吹っ飛ばすクレアさん。
「何この状況?」って思った人、安心してください。私も訳が分かりません。
「剣術の前に、まず体さばきを学びましょう」と言われたところまではまだ分かる。
しかし、体さばきの練習がただただ投げられ吹っ飛ばされるというものなのは納得いかない。
「とりゃっ!」
「わあぁぁぁぁぁぁあぁあ!」
今も綺麗な一本背負いをお見舞いされた。
「おーおー、やってるなぁ」
「頑張りなさいよー」
エドワールとシャネルがやってくる。
「た、助けてくださいぃ!」
「「無理」」
声を揃えて否定され、私は絶望のどん底に叩き落とされる。
そんなぁ……。
「ほら、次行きますよー!ちゃんと受け身とってくださいねー!」
「ふぁい……」
---
そんなこんなで、夕方。
「……」
「よく頑張りましたね!」
ピコンピコンと、体力ゲージが減っていくようすが思い浮かぶ。
ただいま私、瀕死状態。
「明日は剣術の基礎を学びましょう!その次は徒手格闘術を勉強して、魔法とかも練習し……」
待ってクレアさん、とどめ刺さないで。
「まあとりあえず、ごはんを食べましょう!」
「はい……」
晩ごはんはパスタっぽい食べ物だった。
モグモグとそれを食みながら、ぼんやりと考える。
これも美味しいんだけど、ファーストフードが懐かしいな……ハンバーガーにポテトに……。
ピコーン!
ポテトから連想してポテチを思い出す。
「く、クレアさん!」
「なんですか?」
「ポテトチップスって知ってますか?」
「なんですか、それ?」
クレアさんは眉を寄せてこっちを怪訝そうに見た。
や、やっぱりないんだ……。
「美味しいんだけどなぁ……」
キラーン。
三人が一斉に目を光らせた。
「ちょっと失礼するわよ!」
「わ、ちょ……」
シャネルがスルリと私の体のなかに入っていく。
……ゆ、幽霊みたいだ……。
ちょっと、誰が幽霊よ!
キンキン声でシャネルが反論する。
そんなことより、そのポテトチップスってやつを創造してみなさい!スキルは入ってるはずよ!私がアシストするから!
そ、創造?なんですかそれ?
ああもう、これだから転生者は……!材料は何!?
じゃ、じゃがいもと油です……。
すると、シャネルが体からにゅっと顔だけ突き出して叫ぶ。
「カヤシ芋と油を用意して!」
「はい」
と言いキッチンに向かうクレアさん。一瞬でカヤシ芋らしき物と油を手に戻ってくる。
カヤシ芋ってなんだろ?ジャガイモのことかな?
そうよ!名前が違うだけで違うところはないわ!じゃあ、カヤシ芋と油に手をかざして力ませて!それから、そのポテトチップスっていうやつの見た目や食感、味をしっかりイメージして!
言われた通りに私は食材に手をかざして、訳も分からないまま手に力を込める。そして、ポテチのひたすら薄い見た目、少ししょっぱい味、さくっとした食感を思い浮かべる。
ぱあっと目の前が光って。
光が止むと、そこには山積みのポテチがあった。
……なぜに?
1ヶ月後、生きているかな?
目の前にはさくさくのポテチ。
どうやってこんなものを作ったかって、芋と油に手をかざしてぐっと力み、ポテチのイメージをしただけ。
いや、ホントになんで?
魔法よ、ま、ほ、う!あたしの……というよりあの方のオリジナルスキル、「|創造《クリエイティブ》」。材料と魔力とイメージさえあれば、思いどおりの物を作れるわ!
頭の中で、シャネルが説明する。
だがしかし、私の頭が異世界ルールについていけない。
「えっとちょっと待ってください、つまり今私がしたのは魔法?ま、魔力って?オリジナルスキル?それ、なんですか?私にそんな力ありませんよ!?」
あのねぇ……あたしと貴女は魂が融合してるの。だから、片方ができることはもう片方にもできる!
「な、なるほど……?」
貴女絶対分かってないわよね。
……はい、仰る通りでございます。
「クレア!」
ふぁっ!?
にゅっと、シャネルが急に私の体から顔を突き出した。
「明日から戦闘訓練に加えて、魔術訓練も行いましょ!魔術訓練ではあたしも参加するわ!」
……え?
ちょっと、ちょっと待って?
嫌な予感しかしないよ!?
「さあ、覚悟しときなさいよ?」
「明日も頑張りましょうね!えっと、大体1ヶ月後に試験を行います。それまでファイトです!」
……試験を行うのは、1ヶ月後に私が生きてたらでお願いします。
歴代最高の短さです!
日古見日誌 その一
金木月 十四日
エドワールさんに言われて、日記を書くことになった。「証拠は多いに越したことはない」だそうで。……いや、怖いから!
金木月 十五日
今日もひたすらひたすら稽古稽古。最近は受け身から徒手格闘術に入った。うう、剣術はまだまだ遠そうだ……。
金木月 十六日
魔術訓練がスパルタです。ひたすら食べ物を作らされる日々……シャネルさん、それ貴女が食べたいだけでは!?……あ、ちょ、待って日記を見ないで下さいシャネルさん、止めてください訓練増やさないで!
金木月 十七日
今さらだけど、一ヶ月は三十日らしい。なので、一年は毎年360日らしい。閏年とかなくて分かりやすいね!三十日かぁ……耐えられるかな?
金木月 十八日
今日はエドワールさん特別授業。魔術は、魔素……魔力の元素のようなものを体に取り込んで魔力にし、それをイメージによって具現化するものらしい。人によって使える魔術は違って、努力して得られるノーマルスキル、生まれつきのオリジナルスキルがあるらしい。
……うん、ぜんぜん分かんない。
金木月 十九日
クレアさんの授業で、身体強化というのをしました。魔力を全身に纏わせるだけ。あら簡単!
……な、わけない!
全身力んでるような状態でめっちゃ疲れるし、イメージがつかない。何とかオーラみたいなイメージでやることは出来たけど、身体強化してるのがバレバレになるって言われた。これが初歩って、嘘でしょ?
金木月 二十日
今日で七日目。そう言えば、週とかってあるのかな?と思い、聞いてみました。どうやら、十日が一週間で、一ヶ月は三週間らしい。
金木月 二十一日
なんと!秋桜月……来月になったら、町にいけるらしい。実に楽しみである。
金木月 二十二日
最近は身体強化の練習ばっかり。でも、オーラじゃなくて血液に魔力を巡らせるイメージで身体強化したら、及第点をもらえた!後は威力の調節と発動スピードだって。
金木月 二十三日
あ、あっという間に一週間……今日は休みだって!クレアさんが休みくれた!神!……あれ?学校って、七日に二回休みなかったっけ?感覚麻痺してる?ねえ、誰か教えて?
全三回あります。
薬屋のひとりごと十三巻に影響受けました。
日古見日誌 そのニ
金木月 二十四日
休みも一日だけ。なんとなく、月曜日の朝のような気分がする。あー……訓練憂鬱だー。
金木月 二十五日
やっと、身体強化OKもらえた。でも明日からすぐ剣術にはいるって。詰め込み訓練はきついよー!
金木月 二十六日
剣術きっつい!木刀で訓練してるんだけど、ひたすら素振りばっかし……クレアさん曰く、こういう継続が大事らしいけど、めっちゃ疲れるし、達成感がないんだよー!
金木月 二十七日
魔法の訓練、攻撃魔法に入りました。まず、ノーマルスキルっていうのを取得するらしい。まずは火魔法だって。炎系の魔物と戦わせられまくる……待って、その魔物どこからつれてきてるの?
金木月 二十八日
ふー、やっとテストまで半分……半分!?まずいってまずいって、全然剣術も魔術もできてないんだが!?どうしよう!?このままだと地獄が終わらないよ!?
金木月 二十九日
魔物は、お店にある魔物から取れる魔石?っていうのからシャネルさんが作ってるらしい。私にはまだまだ難しすぎるレベルの魔術らしい。……うぅ、頑張ります。なので課題を増やさないで下さい。いくらうまく出来てないからって、それくらいにして下さいよぉ……。
金木月 三十日
あー、今月も今日で終わりかー。今さらだけど、金木月はあっちで言う九月の事だって。来月、十月は秋桜月。
秋桜月 一日
新しい月が始まった。うん、マジでどうしよう。魔法はようやくもうすぐスキル取得、剣術は今だ素振りばっかだよ?
秋桜月 二日
やっと、やっとノーマルスキル取得した!やったぜ!ノーマルスキル、『|爆炎《フレイムボム》』だって。ためしに撃ってみたら、地面にクレーター出来た。ホントすごい。シャネル先生、ありがとうございます!そして、私偉い!……ごめんなさいごめんなさい、マジで調子乗りました許してください!
秋桜月 三日
今日は町に遊びに行った。町は改めて見るととても広い。やっぱりそこらじゅうで魔法が使用されていて、日常の一部みたいな感じがする。ところでシャネルさんはなぜかお留守番。クレアさんもなぜか時々気分悪そうに舌打ちをしているときがあった。こ、怖いですって……。
町に行ってまずしたことは、お洋服を買うこと。下着と白いワンピースしか着てなかったからね、私。ところでそれは|こっち《異世界》に転移するとき、シャネルさんが作ってくれたらしい。いきなり合体させられた上に転移させられて訳分からなかったみたいだけど、さすがに裸はまずいと思ったらしい。……マジナイスです。
買ったのは水色っぽいワンピース。なんかフリフリしててプリキュ◯っぽい。……でも、こんなの絶対、似合ってない!帰ってからシャネルさんに「これ、プ◯キュアっぽくないですか?」と聞いたら、この世界ではどっかの伯爵家の管轄地でキュアなんたらさんが活躍してるらしい。それが王都でも流行ってるそうで。
もしや、私と同じであっちの世界から、しかも日本から転移させられた人では……!?なーんて、こんな数奇な運命を辿る人なんて、私くらいしかいないと思うし、ただの偶然だと思うけどね。
日古見日誌 その三
秋桜月 四日
今日やったことは、スキルの応用。ノーマルスキル『|爆炎《フレイムボム》』を取得した私だけど、今出来るのはそのまま撃つことくらい。だから、形状変化とか、威力の調節を練習するらしい。
で、これがすごくムズい。
イメージすることは長年のオタク生活の賜物で出来るんだけど、それに身体がついていかない。イメージ+魔力の調節が肝だけど、これが難しい。単体だと出来るんだけどなぁ……。まあ……頑張ろ。
秋桜月 五日
今日も変わらずスキルの応用。今日必死に練習して、何とか『|爆炎《フレイムボム》』の威力調節と簡単な形状変化は出来るようになってきた。でも、難しい形状変化はまだできない。
例えば、本来はおっきい火球を放って爆発させる|技《スキル》……書いてて怖くなってきたよ。まあ、とにかくそんな|技《スキル》なんだけど、火球は小さく、でも爆発の規模は大きくして気づきにくくするとか、逆に大きいけどあまり爆発させずに騙すとかは出来るんだけど、|爆炎《フレイムボム》を身体に巻き付けるとかは出来ない。
炎だから、実体があるというイメージが上手く出来ないのだ。でも、シャネルからマグマみたいなイメージで考えればいい、と言われたので明日はそれで頑張ってみる。
秋桜月 六日
やった!炎のかたちを自由に操れるようになった!『|爆炎《フレイムボム》』の免許皆伝をもらいました!え、ちょっと待って、これからすぐ水魔法の取得訓練?詰め込みすぎじゃないですか?ちょっとは悦に浸らせてくださいよぉぉぉぉ!
と、いう訳で、今日は半分操作訓練、半分水系魔物を倒しまくった。疲れたぁ……。
秋桜月 七日
今日は初めて真剣を持たせてもらえた。でも……素の身体能力だと重くて持てん!け、剣ってこんな重かったんだね……。私の身体強化はまだまだだから、両立はムズい。体幹は昔からいいんだけどなぁ……。はぁ、明日は身体強化のおさらいだって、一日中。きっつぅ……。
秋桜月 八日
ぜ、全身ブッチブチ……。もう動けません……な、なので明日は休みに……ア、ゴメンナサイ……せ、せめて魔法の訓練にしてください……。動かないやつ……。
地力を鍛えるのと、身体強化を鍛えるのの両立ということで、身体強化した状態で筋トレさせられた……。魔力は一日たてば回復するけど、身体はそうはいかない。
なので、明日は休みに……。え、回復魔法?シャネルさん、そんなの使えるの?いや、ありがたいんですけど……。休めないのかぁ……あ、すみませんなんでもないです!
秋桜月 九日
身体強化は昨日の地獄の訓練のお陰もあり、パーフェクトに限りなく近くなった。さて、今日は何をするかというと……。
武器の生成だ。
わぁー、物騒だぁ。日本じゃ一生、縁がなかった響きー。
と言っても、材料は自分の魔力らしい。要は、魔力を別のかたちにして実体化させるのだ。材料の調達もいらないし、慣れれば好きなときにパッと作れて荷物を削れるらしい。
なんとなく、粘土のようなイメージでやってみる。
結論、超難しい。
剣を作るんだけど、大事なのは生成するスピードと、武器の威力、つまりは切れ味。
剣なんてものに現代社会ではとんと馴染みがないのだ。当たり前だが。
明日は一日中剣に触れてイメージを固める訓練だって。
秋桜月 十日
剣、怖い!
いやほんとに、クレアさん剣術上手い。まだまだ下手っぴな私でも、次元が違うって分かるのよ。たださ……。
鉄は切れなくない!?
クレアさんが魔力で作った剣を振ったらさ、鉄の塊がスパーンと。本当の本当。マジ。
魔力をイメージで洗練させて、とんでもない硬さにさせて、さらに切れ味を増すとこんな感じになるらしい。普通の剣なら、魔力をまとわせることで威力が増すんだけど、魔力が材料なのでもともとその効果あり。折れても再生できる。さらにスキルの効果も付与できる。例えば私の『|爆炎《フレイムボム》』だったら刀燃えるし、当たったら爆発する。
チートか!?
秋桜月 十一日
何とか速く剣を作れるようにはなった……。それに、硬さや再生、スキル効果付与も集中すれば出来るようになったよ。でも、それらはまだ一瞬では作れない。
イメージを固定することが肝要……つまりは大事なのは慣れだ。うーん、テストまで今日を入れないであと三日……うん、無理そうだね……。
秋桜月 十二日
しばらく剣術ばっかりだった分、早朝から深夜まで水魔物を倒させられたよ……へとへと。でも、お陰で新スキルをゲットした。ノーマルスキル、『|水流《ウォーターウェーブ》』だ。というか、この世界のスキル名、安直すぎじゃ……?あ、やばい睡魔が……寝落ちしそう……ここら辺で終わりにしときます。ていうか、試験明後日……やばい……。
秋桜月 十三日
ノーマルスキル『|水流《ウォーターウェーブ》』は、読んで字のごとく水の流れを操る技だ。発動すると、水が竜巻のような渦状で現れる。それを自由に操れるのだ。一応今日は休みだが、練習してある程度操れるようにした。水の量を増幅したり、錬度を上げたり。なお、水は空気中の魔素から生成されているらしい。前、エドワールさんが魔素とかいうことを言っていた記憶がうっすらとある。
あとは……明日の試験に向けての秘策を用意した。私は日本人ではあるけれど、父親がアメリカ人でなおかつ|アレ《・・》のマニアだったお陰である程度ソレの知識はある。一応何度か練習して、すぐ作れるようにはなった。使い方はやったことあるから知ってるしね。シャネルに作戦を話したら、「……貴女、相当イカれてるわね」と言われた。心外である……と言いたいところだが、正直自分でも頭おかしいと思う。
……こっちに来る前の私だったらやらなかっただろうな、絶対。
よーし、頑張るぞ!
たたかいのまえに……
いよいよ、来てしまった。
この時が……。
正直に言おう、彼女に自信は全くない。
しかし、それでも少しばかりの安寧を得るために彼女は戦うのだ。
さあ、両者が挨拶をするぞ。
「よろしくお願いしますね、シアンさん」
クレアは相変わらず落ち着き払って優雅にお辞儀をする。格下相手であろうと、たかが訓練であろうと、礼儀は欠かさないのだ。
「よ、よよよよよよよよよよよよよよよよよよろいく、あ、あ、あ、あ、あ、噛んだ、あ、あ、あぁ、よ、よろしくお願いしますっ!」
誰かこの主人公に落ち着きと礼儀をきちんと教えてやってくれ。
噛んだ……!
羞恥心で真っ赤になりながらも、心の大半を占めるものは恐怖である。
シャネルさんが作ったぶっとい鉄の円柱が一瞬でみじん切りになって、バラバラと崩れ落ちる光景がフラッシュバックし、ぞぞぞぞぞ、となる。そして、それに重ねて自分がみじん切りになって……ちょっとこれ以上の描写は止めておこう。グロい。
「あー……まず説明しておくが、この空間は完全に結界で覆われている。もし魔術を打ち込んでも……」
エドワールさんはそう言うやいなや、結界に向けて雷魔法を打ち込んだ。
だが、雷魔法は結界でピタッと止まり、やがてふつっときえた。
なぜ結界があるか分かるかというと、結界が淡い水色をしているからである。
「あたしが張ったからね」
シャネルさんの魔力は水色をしているらしく、シャネルさんが出て来たとき、私の髪の毛が蒼く光ったのも、だかららしい。
「もし怪我をしても心配ない。粉微塵になっても治せるからな」
「ひゃっ……!」
思わず奇声を上げてしまうと、エドワール、シャネル、クレアの三人からこいつ何言ってんだという変な目で見られる。
だがしかし当たり前……いや、私が変なのか?そうなのか?三人が思っていることは、もしや当たり前……?異世界では普通なのか……?いや、日本でも普通だったっけ……?
思考の迷宮にとらわれつつあるところで、いやいや違う!違う!と思い直す。
「でも……いたいのは嫌です……」
火災のなかで散々な目に遭いながら死んでいったお前が何言っているんだ、と思うかもしれないが、あの時は空腹だったのだ。それよりもお腹がかつてなく痛かったのだ。
「あぁ、問題ないぞ。お前痛みを感じないし不死身だからな」
は?
「は?」
思ったことをそのまま声に出す。
「あれ、言ってなかったか?俺たちは不完全な魔素から出来ていて、少しずつ劣化していくが精霊は洗練された魔素である魔力の塊だから年を取らないんだ。精神体だから身体がなくなってもまた作ればいいしな。だから痛覚もいらない」
なんと、不死身チートである。おまけに痛くもない。
「なので、安心してやりあいましょう!あ、私は専用の人形に魔力を込めて作った魔力体で戦うので、こっちの心配はいらないですよ」
さらりと物騒なことを言ってのけたクレアさんに、魔力体ってなんですか、という疑問と、きれいな顔して何言ってるんですか、という疑問を込めて振り返り、
とんでもないことに気づいた。
「ク……クレアさん」
恐る恐る尋ねる。
「肉体も、その、全盛期には、ならない?」
「?はい、そうですよ。ところで何で私に聞くんですか?」
モデルさんめいたすらりとした身長。軽く見積もって、170cmくらいはあろうか。
どことは言わないが……この手垢がベタベタについた表現で気づいている人は多いだろうが、そこも立派に盛り上がっている。どれくらいかというと……聞いても虚しくなるだけだ、とだけ言っておく。
健康が心配になるくらいほっそりしたウエスト。とはいえ、かつての自分より全然健康そのものな暮らしをしていることはこの一ヶ月余りで知っていた。何をしたらそんなに細くなるのか、気になって仕方がない。
また、綺麗に波打った腰まであるエメラルドにキラキラと輝く頭髪、足の付け根から始まり間接辺りできゅっと締まる太もも、女神と言われても納得できる恐ろしく整った顔、その他各所各所がエレガントで風格のある美貌を造っていた。
対して。
中学二年生、身長も普通。しばらく測っていないが、たぶん150cmほど。
顔の造形も、まだまだ子供。もちもちとしたほっぺた、丸みのある目。中学生になっていながら、童顔を脱出する気配が見えない。さらにさらに、ネガティブな雰囲気をまとっているという自負がある。
思春期まっただ中、どこもかしこも発展途上。
それが、もう成長しない。
上げてから落とされたため、絶望もひとしおだった。絶望を濃縮したドリンクを飲まされた気分になった。
「おい、始めるぞ?」
……それだけではない。
私はいまから、この体格的に圧倒的な差があるこの人と、実力も、そしておそらく場数も雲泥の差があるこの人と、金属すら切り刻んでみせるこの人と、戦わなければならないのだ。
さっき飲まされた絶望ドリンクをさらに煮詰めた釜茹で地獄に、とっぷりと、どっぷりと、頭まで浸された気がした。
次戦うとか言っといてしてないですね、すみません。
いよいよバトります
私の意識放棄は、シャネルさんに身体の中に入られてとんでもない大声で叫ばれるまで続いた。
今、テストが始まろうとしている。
さて、ひとつ問おう。
正攻法で、私がクレアさんに勝てるか?
答えは否だ。
だから、私はとある戦略を用意した。これが通用するかどうかで、これからの生活が決まる。
そこで、エドワールさんが話しかけてきた。
「おい、さっき言い忘れたが、急所を攻撃されると死にはしないが気絶するから気を付けろよ」
……つまり、そこを攻撃されたら負けだということ。
私は緊迫感を高めてフィールドの中に入った。
「試合開始!」
今、エドワールさんのその声が轟いた。
ちゃき、と剣を鞘から抜く音がして__
一拍遅れてクレアさんが袈裟斬りの要領で右上から左下に振り下ろし始め__
クレアさんはその足を曲げ、力を貯めて__
その瞬間、私は右脇を締めて左肩を上げ、ぐっと耐える姿勢に入った。手元に意識を全部集中させた。そして、全身に身体強化を発動する。この一ヶ月で、私の身体強化は一人前レベルになっていた。
なんとか、その一の太刀を受け止めた。
だが気は抜かない。
しかし、
そこで、
左脇腹に、
鮮烈な、
衝撃が、
走り、
気がつくと、私は結界に右半身を預けてへたり込んでいた。
あれ?
何がどうなった?
えっと、私は、クレアさんの、剣を、受け止めて、それから、それから……。
思考がショックでパーになる。スローになる。なにがなんだか、わからなくなる。だめだ。はやくじょうきょうをりかいして、たいせいをたてなおさなければ。
だが、それを待ってくれるほど敵は親切ではない。
霞む視界の中で、剣を振りかぶり鬼気迫るほどの勢いで突っ込んでくるクレアさんが見えた。
それは。
それは、反射的な行動だった。
私は、素早く右手を上げ、そして振り下ろし、地面に叩きつけた。
余談だが……反射的にそんな行動を出来るということは、私も晴れて異世界の住民になったのかもしれなかった。
上段に構えられ、私を頭から真っ二つにするべく閃いた刃は、しかし、ついぞ私を切り裂くことはなかった。
阻まれたのだ。その、水色の障壁に。
即ち、結界に。
私は、とっさに地面についている結界を変化させ、新たな壁を作ったのだ。私とシャネルさんの魔力が全く同一だから出来た芸当である。
クレアさんは、一瞬だけ結界を睨むと、なんとか破れないかと考えたのだろう、連撃を放ち始めた。
私は自分に向けられたギィン、ギィンという音に恐れおののき怯えすくみつつ、それでもイメージは崩さなかった。
埒が明かないと悟ったのか、クレアさんは20連撃ほどしたところで剣を下ろした。
そして、剣を構え、こちらをつぶさに見つめ始めた。
結界越しではこちらも攻撃できない。なので、いつか来るはずの結界が解除される時を待っているのだ。
しかし、好都合だった。
まず、私はそういうイメージをもって結界を黒く染めた。
それを作るのを見せないためだ。
そして、それを作り始めた。
一発逆転の奥の手を。最強で、奇抜で、しかし、とてつもなく、例えようのないほど、残忍なそれを。
五分くらいたっただろうか。と、言っても、当人たちには一時間ぐらいの時間だ。
クレアは、じっと待った。待ち続けた。機を待った。
そして、その時はやってきた。
黒い壁に、ぽっかりと穴が空いた。
おそらくはあの穴から剣を投げるなり、魔法を打つなりして攻撃するのだろう。あちらはいくつでも剣を作れるのだから。
そう考え、それより先に相手を制するために穴に向かって突撃する。飛んでくる剣、魔法もさばけるように自らの剣を構えながら。
__だが。
ぞくりとした。ぶわっと鳥肌が立ち、嫌な予感を感じた。そして、そのせいだろうか、認識がやたらゆっくりになった。
同時に。
穴の奥、その暗闇が光を放った。
そして、ほんの、本当にほんの僅かな後に、こんな音がした。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド__
私は、マシンガンを撃っていた。
私のお父さんはアメリカ人のガンマニアで、実銃も撃ったりしていた。
私もアメリカに行ったときに銃を触ったり、お父さんの講釈を長々と聞かされたりした。正直少しうんざりしていた。
まさか、それに感謝する日が来るとは。
今、私が撃っているのはミニミ。アメリカ製の軽機関銃である。身体強化をした上で銃座を作って固定し、伏せ撃ちをしているので、なんとか扱えている。音がうるさいので、イヤーマフを装着した状態で、排出された空薬莢がうず高く積まれていくのを横目に見ていた。
しかし、さすがに撃ち続けたため銃身が熱くなってきたかもしれない。
それに……クレアさんが、いや、その魔力体がどうなっているか確認したいという思いもあった。
私は一旦射撃をやめた。
さっき聞いたところによると、いくら攻撃されても本体には影響がないらしいが心配なものは心配だ。
黒い結界に空いた、割りと大きい穴を右目で覗き込んだ。
右目に違和感が走った。
「……っ!」
とっさに引いて右目を押さえる。
右目を開けようとすると、違和感が強まった。別に痛くはなかったが、気持ち悪いのでやめた。
追撃が迫った。
「わ、と、わ、わ、ちゃ、ちょ、ま、え、わ、」
ひっきりなしに穴からつき出される剣。奇声を上げながら変な姿勢でかわす私。
穴の向こうのクレアさんは必死の形相だった。驚いたことに、スキルか何かを使ったのだろうか、五体満足だった。しかし、どうやらそれでは防ぎきれなかったらしい。身体のところどころに銃弾が刺さっていた。
そして、
決定的な瞬間がやってきた。やってきてしまった。
一閃が、私の胸を貫いた。ちょうど真ん中だった。
胸焼けするような、変な感覚がした。
やばい。急所をやられたら、気絶するって、さっき……。
その言葉が嘘ではなかったことが証明された。剣を抜かれると同時に意識がぐわんぐわんと歪み始め、さっきまでとは比にならない気持ち悪さが起こって、ひと揺らぎごとに意識が少しずつ刈り飛ばされていく。
やけくそだった。
私は、もう一度引き金を絞った。
船酔いのような感覚に加えて振動が体を揺らし、言葉で言い表せないくらいの気持ち悪さが体を襲った。マシンガンは固定していて押さえなくてもいいので、左手で口を押さえて吐かないようにした。
しかし、透明なシールドがクレアさんの前に出現する。体全体をおおえるほどではないが、さっきはこのスキルで防いだようだ。
待てよ__スキル?
それが頭に閃いた瞬間、クレアさんが苦痛に顔を歪め、それを確認しないままに私は叫んでいた。
「……起爆っ!」
外伝 彼女のその後
外伝的なものです。
どうしてこうなったのだろう。
彼女は、ずっと考えていた。
どうしてなの? ねえ、どうして? 私はただ必死だっただけ。生きていくのに必死だっただけ。家のために必死だっただけ。あの人のために必死だっただけ。自分のために必死だっただけ。
自分のために、そして周りの大事な人たちのために頑張って何が悪いの? 少しくらい盗みをしたっていいじゃない。生活していけるだけまだましじゃない。なんで? なんでなんでなんでなんで?
ナンで?
家族は誰も働けない。きょうだいはいないけど、没落男爵家の両親は床に臥せってもう何年も動けない。端金で雇った使用人はろくなやつがいない。だからずっと頑張ってきた。
でも、盗みはばれた。ばれてしまった。お金は全部両親の看護に使った。払うものが何もない状態で、借金をするなと言う方が無理だった。
あの、もと仕えてた家の当主は、それに気付いて少しばかり憐憫を含んだ目をした。
でも、それだけだった。
私は最後の望みとして、恋人のところに転がり込んだ。いつも甘い言葉をかけてくれて、仕事の苛立ちで荒みきった私を癒してくれたあの人。
でも、彼は家にはもういなかった。
「ふざけるな。あいつらめ」
こんなきったないスラムでこんな言葉を使っても誰も気にしない。彼女は心のうちをさらけだす。
「くそっ! くそっ! くそっ! あいつめ! あいつめ! あいつめ! 死ね! 死ね! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! あのくそ共が! ふざけるな! 死ね! 死ね! 死んじまえ! ……地獄に堕ちろ!」
ひとしきり吐き出した。
それは、怒気というにはあまりにも殺気を帯びすぎていた。怒気? そんな純粋な思いではなかった。呪詛、怨念、殺意、憤怒、そういったものが一塊になった、そんなことばだった。
「あいつ」が誰を指しているのか、自分でも分からなかった。
自分を捨てた恋人か? 両親を蝕んでいた病魔か? 最低最悪の使用人たちか? 家の親バカくそ当主か? こんなところに追いやられるきっかけを作った能天気伯爵令嬢か? もと女騎士の癖に妙に気の回るメイドか?
それとも……自分か?
時は過ぎる。
苦しみの時間が過ぎる。
雨を飲んで、残飯を食べて、耐えて、耐えて、耐えて、彼女は、限界だった。もう衰弱死寸前だった。
あぁ、でも、これも仕方ないのかもしれない。
彼女は思った。
体のいい理由をつけて盗みを繰り返したことへの、これは報いだ。結局自分には、誰も味方はいない。それはそうだ、人と馴れ合う努力をしてこなかったのだから。
もう、何もかも遅い。そう、これはこの世界に馴染めなかったことへの報いなのだ。
小さい頃から、人と仲良く、協力して、というのが大嫌いだった。なぜだ? 自分で何もかも出来た方がかっこいいではないか。
でも、思い知った。所詮人は、人の助けを借りないと生きていけないのだ。恋人の一人は作ってみせたけれど、所詮全部張りぼてだった。
だから、仕方ないのだ。
彼女は目を閉じた。
しかし。
胸にわだかまりが出来ていた。
なんでなの? 私はもう生きることを諦めたじゃない。例え生きても、もう何にもならない。こんなどうしようもない私が……。
いや。
彼女は、生きたいわけではないのだ。
生きたい訳じゃない、と思っても少しも心が痛まなかった。
彼女は、復讐したいのだ。
あいつらに。見て見ぬふりしたクソ領主に。彼女を捨てたクソ野郎に。正義面したクソ令嬢に。そいつをやけに庇うクソメイドに。
復讐してやる!
そこまで考えたところで、
視界がブラックアウトした。
「始めまして、ですわよね?」
彼女が目を覚ますと、信じられない光景が目の前にあった。
だれもが一度は姿を見たことがあろう方。端的に言ってやんごとなきお人である。
「復讐するのですよね?」
その言葉は、意外なほどにすっと胸に浸透して、彼女はやんごとなきお人相手にも気後れせず「はい」と言えた。
「わたくしたちがあなたの復讐をお手伝いいたしますわ」
虫も殺さないような笑顔で物騒なことを言ったその人に、彼女は問いかける。
「しかし……なぜあなた様がわたくしなんぞの復讐の手助けをしてくださるのです?」
少し緊張がほぐれたことの現れか、彼女は質問する。
「詳細は伏せますけれど……あなたの復讐相手の一部が、わたくしたちの敵になるかもしれないのです」
ぇ、と喉からひきつった声が漏れた。あいつらの誰かが?
「ですから、ね?」
にっこりと笑う顔。しかし、目は全く笑っていなかった。
それで彼女は納得した。
この方は、私を捨て駒にする気なのだ。
詳しいことは伝えず。
自分達の敵と戦わせ。
その後、またぽいと捨てる気なのだ。
それでも。
「はい」
それでも良かった。
捨てられる? それがなんだ。もともと死んでいた身だ。いいだろう、復讐上等。復讐して、その後できっちり死んでやる。
「期待していますね」
建前と陰謀と怨念と覚悟が渦巻いたその空間は、その言葉を最後に消えた。
え? 彼女が誰かって?
本編では明かしません。
私とか甘味、あるいは両方の著作をあさるとみつかるかも?
目覚めばっちり、ではなかった
「知ってる天井だ」
なぜかふとその台詞を思い出して口に出す。オリジナルは「知らない天井だ」なんだけども。元ネタは何なのだろうか、あの台詞。
「何を言ってるんだ、お前は」
……はっ!?
「……へぁぅっ!?」
脳内ではかっこいい……かっこいいかはまだしも、普通の驚き声を出したのだが、実際に口からでた台詞はかなーりみっともないものだった。
「あ、ぇあ、あ、こ、こんにちは?」
「驚きすぎだろ。そしてなんで疑問符ついてるんだ。あと、この場合は「おはようございます」だ」
律儀に全部突っ込んでくれたエドワールさんがあきれぎみに続ける。
「あんな戦法とるなんて、お前イカれてるよ。自爆なんて」
自爆。じばく。ジバク。自分を爆破。つまり、私、粉微塵。
たっぷり三秒はたった。
そして、推定二百デシベルの絶叫が私の喉からほとばしった。
それは中々に、いやかなり、いやとても、いやとんでもなくやばいものだったので、文字起こしするのはやめておく。また、やばい、というのがどっちの意味を持つのかという問いがもしもあったら「愚問だ」と答えておく。
「っ……お前なぁ、俺が近くにいるのを忘れたのか?」
顔をしかめながらエドワールさんが苦々しげに吐き捨てた。
「あ、いや、だって、その、え、あ、あ、そうだ、私の身体、無事なんですか!? こっ、粉微塵に……」
「あぁ、すまん、言い方が悪かったな。んっとな、自爆というより、自爆同然、だ。お前、クレアの戦闘体を爆破したんだ。ジュウ? の、タマがクレアの戦闘体に食い込んでたろ? それを、スキル付与で爆破した」
あーはいそういうことですか。
つ、ま、り?
私が、クレアさんの戦闘体を粉々にしたわけで。
戦闘体は、ぼろっぼろな訳で。
弁償しなきゃな訳で。
「せせせせせ戦闘体のおおおおおお値段、おおおおおいくら万円ですか?」
「落ち着け」
そう言って、ため息を挟んでエドワールさんは言う。
「大金貨二枚分だ」
大金貨二枚がいくらか、というのはプリキュ◯の服を買ったときに教えてもらった。
二千万円である。
シアンのめのまえがまっくらになった。
「あー、落ち着け、落ち着け。大丈夫だ、俺にはな、遺産が……」
「てんちょーっ!」
遺産って誰のですか? と訪ねる前に、クレアさんが飛び込んでくる。
「遺産がすっからかんです!」
部屋の空気がフリーズした。
「あ、ああああ、あ、あ、あ、ああ、ああああああああああああああああああああああ」
「お、おおお、落ち着け」
私だけでなくついにエドワールさんまでいい塩梅に混乱してきた。
「と、とと、とりあえず、会議だ!」
……ん? なんの?
やっとタイトルに近くなって参りましたよ……
ながかった……
話し合い本番であります
「さて、まずいことになった」
至極冷静な顔でエドワールさんは告げた。さっきの焦った顔が嘘のようである。もしかしてこの人、切り替え早い性格なのかな……と思った。
「資金がない」
知ってます。やばいです。
さっきひとしきり驚きすぎたせいで、驚きが薄れてきた。今何を言われても驚かないだろう。それよりあれだ、この状況をどう解決するかが大事である。
「よって店を始める」
え? ……え? えええ? えええええ?
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「うるさいっ! ……うるさいっつってるだろ!」
私の声に被せるようにしてエドワールさんが叫んだが、私には聞こえなかった。そして私が叫び終わった瞬間、エドワールさんはもう一度抗議した。
「お、お前なぁ……」
エドワールさんは私を睨んで、はぁ、と一息つき、それからおほんとわざとらしく咳払いをした。
……待って。そのため息はなんですか? もしや私、「言っても聞かないバカなやつ」扱いされてるんじゃ……。
聞こうと思ったが、コミュ障に当然そんな度胸はない。
なので黙って続きを聞く。
「一応この土地は、「魔術具店」として買っている。今までは前の店主が病気がちというでっち上げでずっと休んでいたが、資金稼ぎのために始めなければいけない」
ふんふん、なるほど。
「全員でやる。もちろんお前もだぞ、シアン」
……ん?
「あの、私、その魔術具とか言うやつ全然知らないんですけど、手伝わなきゃい」
「何言ってる。遺産の四分の一はお前の訓練のために使ったんだぞ。だから手伝え」
私の言葉を遮ってぴしゃりと反論されてしまえば、もう逃げ場はない。
「……はい」
しかし、ここで私の脳裏にひとつの疑問がよぎる。
「あの、お二人すごく強い……と思いますし、そういう、その、傭兵とかでも良かったのでは?」
三人の表情が固まった。
「あ、あの……?」
「シアン」
シャネルさんが言った。厳しい声で。
「詳しいことは言わないわ。あんたもアホじゃないでしょ。……そんなことをしたら、二人の立場が危ういのよ」
……?
十秒くらいをたっぷり使って考えてみる。
しかし、結論は出なかった。
「あの、」
「王家に狙われるから」
私が次いで質問しようとしたとき、シャネルさんがそう言った。
まるで、二人には言わせないようにするために。
「……あ、……なるほど」
なんとなく察することが出来た。
多分二人は、王家に狙われていて、それゆえに強さを駄々漏れにするわけにはいかないのだ。衣装、武器、戦いかた、見た目などからばれてしまうから。
「……あのな、俺も強いからな」
フリーズ後にエドワールさんがようやく放った一言めはそれだった。
「はい?」
「お前、強い「と思う」っつったろ。俺も強いからな!」
拗ねた顔でエドワールさんが言った。
最近意識していないがこの人私以上の童顔である。
そんな人の拗ねた顔。ーーショタコンが発狂しそうであった。
それはさておき。
「……すみませんでした」
私はそう言って謝ったあと、
「それで、私は何をすれば……?」
と尋ねた。
「結論から言いますね」
クレアさんがニコニコしながらとんでもないことを言った。
「受付嬢です」
受付嬢。
それは、店番のようなものであり、レジ店員のようなものであり、接客係のようなものである。
そしてそれらは全て、コミュ力必須の仕事だ。必須どころか、ないと社会的に死ぬレベルに必要だ。
私は大きく息を吸い、一息に叫んだ。魂のシャウトであった。
「ーー絶対、ぜえったい、それだけは勘弁してください! コミュ障に受付嬢なんてムリです!!」
店長「おい、最後のセリフとるなよ」
クレア姐さん「だって私今回の話で全然喋ってないんですもん」
色々教えてもらうのだ!
「これが魔術具です! 魔力を送り込むことで作動させられるんですよ」
にこやかにランプっぽいのを見せるクレアさん。クレアさんがそれを持つと、パアッと光った。
「……わぉ……」
文明の利器感がすごい。
私の頭に最初に浮かんだのは、その言葉だった。
ワンタッチーーといっても、エネルギー源は自分なのだがーーのランプなんて、どう考えても電気を元にしたランプを想像せざるを得ない。
ここに来て早一ヶ月ちょいが過ぎているが、やはり私の中には日本の文化が根強く残っているようである。
「えーと、これの原料になっているのはなんの変哲もない木やら金属やらなんですが、この布張りのところの中心にに魔石がはいっているんです」
クレアさんはランプをひっくり返して、つるつるの丸っこい綺麗な石を見せた。その魔石は、暖色系の光を放っている。さらに、眩しくてあまり良く見えないが、石の中になにやら紋章が浮かんでいるではないか。
「この照明の魔術具の場合は、照明の魔石ですね。この紋章、見えますか? ……あ、明かりがついてると良く見えませんよね、すみません。……よし、っと。それで、それが魔石の種類を表しているんです」
説明途中にわざわざ明かりを消しつつクレアさんは丁寧に説明してくれる。
色とか模様とかでなく一定の紋章で判断するというのがいかにもファンタジーである。こういう、日本とは明らかに違う文化を見るとき時、自分が異世界にいるのだということを実感するのである。
例えば、髪の毛を整えるために櫛をといた後、見た目を確認するために鏡を取り出すと銅鏡であったりだとか。
例えば、朝起きるといつの間にかシャネルさんが私の身体から顔と右腕だけ飛び出させていたりだとか。
例えば、クレアさんの料理を横から眺めている時、何の気なしに火の魔法で炎を灯して食材を焼いたりだとか。
例えば、その焼かれている食材が魔法でふわふわ浮いている状態で炙られていたりだとか。
例えば、その食材がキャベツに似た野菜なのだが、その食材の名前がシャケであったりだとか。
とにかくもう、日常が非日常というか、無駄にファンタジックというか、なんというか、みたいな状態なのである。
「ここまでで、質問あります?」
「あ、ないです!」
反射的にそう答える。
私はラノベっ子というわけではない。ゲームしかやっていない。しかも、どちらかというとマリ◯とかカービ◯とかピクミ◯とか王道のやつばっかりしていたので、RPGとかはからっきしだ。なのでファンタジーは良く分からない。ハリー・◯ッターは、詠んだことはあるが文字数の多さにノックアウトした。
なので半分くらいしか理解できなかったが、そこはやはりコミュ障、聞けるわけがないのである。
「ええと、じゃあ続けますね。魔術具には、生活を便利にするという目的があります。でも、攻撃に使うものもしばしばあるので、気を付けてください。閃光の魔術具とかがいい例ですね。扱いにはくれぐれも、十分、くれぐれも注意してくださいね!」
「くれぐれも」を二回も使って注意してくれる。だがしかし、私は余計に不安になっていた。あれである、理科の実験で注意されると逆に緊張感が増してしまうというあれである。
「閃光の魔術具は、あっちで言う閃光弾のことよ。下手したら失明するからね」
ご親切にありがとうございます、シャネルさん。でも逆に怖いです。
「特にあんたは魔力量が多いんだから。魔力込めすぎたら……ふふ」
ご丁寧にありがとうございます、シャネルさん。わざとやってます?
……魔力量?
「私の魔力ってそんな多いんですか?」
「あっきれた。あたりまえでしょ?」
シャネルさんが、呆れたオーラ全開にしながら言う。
「呆れた」と言うにとどまらず、手を腰に当て、呆れ顔をし、ため息をつく様子に私の精神がごりごりと削られていった。
「だって、あたしとあんたは融合してるんだから」
「あー……そういえば、序列だか位列だかが一位とか言ってたような……すごいです……」
「そうよ。ふふん、もっと褒めなさい」
「あのー、そろそろ次の説明を……」
シャネルさんとそんな会話を繰り広げていると、クレアさんが困り顔で割り込んできた。
「わひゃ、すみません!」
「あ、いいんですよ。ちゃんと聞いてくだされば」
クレアさんがニコニコ笑顔で語りかける。
……おかしいな、なんで脅しみたく聞こえるんだろう? いやいや、いくらなんでも失礼だぞ、私。そんなわけ……そんなわけ……あれ、今までの所業を思い出すとそんなわけある気がしてくるな……?
今までの所業。
無理矢理引きずって拉致したり無理矢理地獄の授業を課したり無理矢理テストさせたり無理矢理受付嬢させようとしたり。
結論。……信用ならぬ!
しかしまあ、それに気づいたところでどうにかなるというわけでもなく。
「はい」
私は素直にうなずいて見せた。
「お、やってるか?」
「えーと、これが加熱の魔石、それからこれが冷却の魔石ですね。これらはよく使うので、開発はしないにしても不良品か確かめるために覚えておいた方がいいですよ。これがリストです」
「うぐっ……いっぱいありますね。私暗記系苦手なんですけど……」
「まあぜんぶ覚えなくてもいいですよ。基本的なのは見分けられるようにってことです」
「おーい、来たぞー」
「これが照明の魔石で、これが閃光の魔石です。部屋の照明とかに使うのが照明の魔石で、閃光の魔石はもっと明るくする必要があるときに使います。閃光の魔術具とか……」
「え、ちょ、近づけないでください! 怖いですって!」
「おいこら……」
「シアンさんは、異世界人なんですよね? あっちの世界にあった便利なものとか思い出したら、是非教えてください!」
「あのー、それもしや私研究に引っ張り出されるやつでは……?」
「話を聞けぇー!!」
「うわああああああああああああああああああああああああ!」
「うるっせええええええええええええええええええええええ!」
私の叫び声をエドワールさ……いや、店長が叫んで相殺する。
……が、偶然波長が合ってしまったようで、音はさらに増幅されて私たちの耳に届いた。
「「「ぎゃああああああああ!」」」
三人が転げ回る。のたうち回る。悶え回る。
かなりカオスな光景であった。
「あら、居たんですね店長」
それを一人涼しい顔で眺めるクレアさん。
「お前……俺に気づいてたな……?」
「なんのことでしょう?」
またも涼しい顔で受け流すクレアさん。しかし、あれほど武術を極めているのだ、絶対に気配に気づいていたと思う。
店長に気が付いていたのにどうして言わなかったのか。そして、あの爆音にどうやって耐えたのか。
なぜか私はそれが気になって仕方がないのであった。
結局、私たちが復帰を果たしたのは十分後のことだった。
後日
シアン「あれにどうやって耐えたんですか?」
クレア姐さん「バリア張りました。あれ防音効果もあるので」
万能すぎるバリア。
ちなみにスキル名は、ノーマルスキル「盾(シールド)」です。
コタツアイスは最高。異論は認めん
「あぁー!」
いきなりこんな声から始まってなんだと思うかもしれない。
しかし、しかしだ。
こんな声を出す理由を聞けば、誰しも納得してくれるはずだ。
……はず、だよね?
それは、雨の日のことだった。
「アイスが、食べたいです」
私はふいにそう口にした。
状況に全くあっていないことは重々理解しているつもりだ。
今、私がいるのは異世界。アイスとかはない系の異世界。そして今は魔術具店の開店準備中。めちゃくちゃ慌ただしい。
しかも、今は十一月……こっちで言う牡丹月の初旬。冬の入りかけだ。何をどう考えても、アイスを食べるのに向いている環境とは合っていない。
だが、しかし。
忙しいときほどコタツに入りながら暖房の聞いた部屋でごろごろしながらゆっくりアイスを食べたいというのが人情というものだ! ……いうもの、だよね?
「あいす、ですか?」
「あいす、か?」
「アイス、ですって!?」
三者三様の反応を見せるお三方。
「作りなさい! 食べたいわ!」
ついに本音を出したよこの人……いや、この精霊。
「あいすってなんだ? ……もしや……」
「美味しいんですか!?」
ぎらり。二人の目が光る。
「ええ、とってもね」
口のなかによみがえる甘さを噛み締めたような顔でその言葉を口にし、続いて、勝ち気なこの精霊らしいドヤ顔で続けた。
「口のなかにとけて広がる甘味!」
「「あああああ」」
「暑いときに身体を冷やしてくれる冷たさ!」
「「あああああ」」
「その二つによって生じる特別感!」
「「あああああ!」」
「いやー、あれは至福だったわねぇ」
「「……っあああああ!!」」
何やってるんだこの人たち。
私は冷めた目で三人のコントを傍観していた。
考えてもみてほしい。
ミニサイズの妖精っぽいやつが言葉を発すると、ショタとお姉さんが泣き叫ぶ。
これを異様と言わずしてなんと言う。
と、三人が同時に振り向き、
「シ、ア、ン?」
「シアンさーん?」
「シーアーンー?」
あ、これ、終わった。
私は状況を三単語、性格には四単語だが、で悟った。
そして、冒頭に戻る。
「あぁー!」
外では、雨が轟々と降っていて、中の喧騒は聞こえなかったそうな。
チャララッチャッチャッチャッチャ、チャララッチャッチャッチャッチャ、チャララッチャッチャッチャッチャッチャッチャーン。
さあ始まりました、キュー◯ー3分クッキングならぬ、シアン10秒クッキング。
まず、材料を用意します。
次に、その上に手をかざします。
最後に、アイスを頭の中でイメージします。
出来上がり!
「「「「……あ~~……」」」」
久方ぶりに食べたアイスは、とてもとてもとても美味しかった。
私がイメージしたのは、「雪見だいふく」である。冬に食べるアイスと言えばこれだ。
そしてそして、木材と布と綿を用意してもらって能力で炬燵を作った。急造ゆえにヒーターはないが、冬もまだ本番ではないため十分暖かい。
「なんだこれ……なんだこれ」
勘違いしてはいけない。セリフだけ聞くとただ暖かさに驚いているだけに聞こえるが、実際は骨抜きにされている。
コタツから頭だけ出していて、冬の朝学校に行きたがっていない中学生男子感を全く隠せていない。いや、店長に自覚はないのだから、隠していないが正解か。精神年齢が退行しているな、という私が抱いた感想はたぶん正解だろう。
「ふわぁ…………きもちー」
クレアさんはそれきり黙り込んだ。こっちは店長とは真反対で、姿勢はいいが顔が完全にとろけている。緩みきっている。「ふわぁ」とか、「きもちー」とかいう、いつもなら絶対出さない言葉を出していることからも、リラックスしまくっているのは明白だ。こちらも幼児退行済みか。
「…………」
シャネルさんは小さい身体をいかして完全にすっぽりと入り込んでいる。ずるい。極端な小ささゆえに出来ることだ。私もやりたい。ものすごくやりたい。
様子を見るべくペラリと布団をめくってなかを見てみると、丸まっていた。聴力を強化してみると、すー、すー、という寝息も聞こえてくるではないか。
とりあえず、窒息しないために手のひらにのせてコタツの外に出す。
「なにすんのよー」
しかし即座に起きてまたコタツの中に入り込む。やはりこの人も幼児退行している。絶対にしている。
「……製品化しますか? あの、そしたらもっとあったかいのも作れ」
「「「するー」」」
幼児退行した三人から同時に全く同じの答えが返ってきた。
「……さいですか」
コタツ、商品化決定。
しかし。
しかし、本番はこれからである!
「「「「美味し~い……」」」」
コタツでアイスを食べるのは、夏の暑いときにアイスを食べるのとは別質の充足感がある。
寒いときにしか味わえない贅沢だ。
「なんですか、これぇ……美味しすぎませんかぁ?」
「寒いときにはコタツでアイスを食べると最高なんですよ」
私は苦笑しながら答える。クレアさん、語尾が間延びしていて、精神年齢が下がっているのがより顕著になっている。
シャネルさんもおもむろに言葉を発する。
「ほんとねー。暑いときに食べるのとは全然違うわねぇ……」
その言葉に。
店長とクレアさんの目の色が変わった。
「夏、早く来るといいですね、てんちょー?」
「来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い……」
あはは。……さて、夏までこの二人の理性が持つかなー。
私は泣かば現実逃避気味に考えるのであった。
……正しくは半ばだけど、この際は泣かばでもいいよね?
クレア姐さん「ふわぁ……あったかー」
エドワール店長「そろそろ出るか……。……!?」
シャネル姉貴「な、なんで出られないの……!?」
シアン「それがコタツの魔力ですよ」
この後、全員コタツで寝た。
コタツ作り……のはずだったのに……
あれ……?
最近キャラ崩壊が著しいぞ……
コタツ作り。今日の本題はこれだ。
私が昨日作った、ヒーターがついていないコタツに改良を加えたものいくつかとにらめっこしながら、どうすればいいか考える。
試作品一。暖房の魔石、という穏やかな熱を発するものをそのまま内側にくっつけたもの。被験者、店長。
「ど、どうですか、店長……?」
「あー、あったかいなー。でも、少し暑いか……?」
とろけつつも少し微妙そうな顔をした店長がそう感想を述べる。
「そお? あらしにとってわちょーどいいわよー」
しゅぽんとコタツに入り込んだシャネルさんが、こちらはもう完全にとろっとろにふやけた表情で言う。呂律が回っていないところからも、リラックスしすぎなほどリラックスしているのは明白だ。
これは、人によってはちょうどいいのだろうが、温度調節が課題か。魔力を上手い具合に注いで調節すると言う方法もあるのだが、微調整ができるくらいに魔力の扱いが上手いのはごく一部だそうだ。
試作品二。灼熱の魔石、というとんでもない熱が出るらしい魔石からでる熱を冷房の魔石というひんやりとした冷気が出るらしいもので熱量を抑えたもの。被験者、クレアさん。
「うー……あー……」
あ、ダメだこれ完全に赤ちゃんと化してる。
なんだこれは。なんだこれは。普段の物腰が丁寧すぎる弊害だろうか? いや、にしても普段と違いすぎる。
普段の、キラキラと輝く後光を背負い誰にでも敬語で接し、まあ少しサイコパスな部分は否めないが、そんな淑女のお手本のようなクレアさんと。
今の、あー、とかうー、とかしか発せず顔がゆるっゆるになって後光も消え失せている、ベビーになっちゃったクレアさんの。
この二人が同一人物なんて到底思えない。やはりそこは人間、完璧なんていうのはありえないのだろうか。
だが、このままでは感想が得られない。仕方がないので私が入る。
この試作品のミソは、冷房の魔石をいくつ発動させるかで温度調節が可能なところである。先程も言ったが、魔力の扱いはとても難しい。
魔術具は、なぜか高貴すぎる人には買われないらしいので、どちらかというと庶民向けにする予定らしい。あとはまあ、男爵家とか。
だから、何個も用意することによって
さて、肝心の感想である。感想としては、魔力の消費が激しいな、ということである。当然と言えば当然だ、いくつもの魔石を発動させるのだから。
課題はそんなところである。
今のところの試作品はこの二つだ。
「ううぅー……」
私は盛大に悩んでいた。
庶民の魔力は少ないらしい。少なくとも、私や店長、クレアさんよりかはずっと。だから、魔力の省エネは必須なのだ。
しかし、だがしかし、温度調節も捨てがたい。ハイテク最高。ハイテクは正義。ハイテクじゃないと人生終わる。
『町のアイテム屋、不良品発売!?』
『消費者の感想「手抜きなのでは?笑」』
『魔術具屋の受付嬢、意味のわからない供述を繰り返す』
うん、こうなる。人生終わる。
「うあー。うなー。うがー」
私は頭を抱えて唸り続ける。
せめて。せめて、試作品二の魔力を使う量をもう少し減らせれば……。
もうちょい小さくするとか……あ。砕くとかは、ダメなのかな?
「あのー、少し聞きたいことが」
「あー? なんだー?」
「なに、しあん? 質問あるにゃら聞くわよー」
「ふにゃら……?」
聞いてるのか少し不安を抱きつつ、質問する。
「魔石を砕いたら、効果とか使う魔力とかはどうなるんですか?」
「あー? なんだって?」
「にゃによシアン。もうすこしはっきりいいなしゃい」
「はにゃる……?」
さすがに少しいらっと来る。仕方がないので、お年寄りに言うみたく、一言一言を区切って質問することにする。
「魔石を。砕いたら。効果とか。使う魔力とかは。どうなるんですか?」
「あー? もういちどいえー」
「きこえにゃいわよ、しあん。いったじゃない」
「へにょれ……」
ダメだこの人たち。
私は天井を仰いだ。この人たちのどうしようもなさに、涙がつうっと頬を流れていったような錯覚を覚えた。
……今度。今度聞こう。そしてコタツは今後禁止にしよう。
本日の結論。コタツ、恐るべし。
シアン「いい加減、出やがれください!」
三人「「「わうっ!?」」」
三人がネタキャラになってきている……まずいぞ……シリアスな過去持ちなのに……特に店長とか……
そして段々容赦がなくなってきつつあるシアン。
ああ、げに苦しき、コタツ作りの道
「魔石を砕いたら、効果はあるんですか?」
「ないな」
復帰を果たした店長に質問したところ、すげなく否定された。
「どうしてですか?」
「あー、これ説明難しいんだよな……。魔石は、それひとつが小さな魔法の発動媒体。砕くとかしたら、発動出来なくなるぞ。……分かったか?」
いまいち分からなかった。ずらずらと言葉を並べ立てられても頭に浸透してこない。
「あっちの世界に、似たようなものなかったか? 確か、カデンとか言ったろ?」
カデン……家電か。
ああ。家電をイメージすれば納得がいった。家電をばらばらに分解して電気を通しても発動しないというようなことだろう。
「う~ん……砕いたら、威力を抑えられると思ったんですけど……」
「ある程度小さい魔石ならあるぞ」
そう言って店長が取り出したのは、今使っている拳大のものより一回り小さなものだった。
「うーん、もうちょい小さいのありますか?」
「希少種でもない限りは、ほとんどないな。少なくともここらにはその大きさがとれる魔物はいない」
「そうですか……」
私はがっくりと肩を落とした。なんということだろう。他のアイデアを探すしかない。
とりあえず、クレアさんに聞いてみる。あの人はコタツに入ってさえいなければ秀才だ。
「あのー、クレアさん。コタツの発動魔力を抑える方法、あります?」
「うーん……変異種の魔石なら、魔力が少なくて威力が強いものもあるかもですが、そういう魔物は得てして強いので高いですよ。魔石は、スキルが結晶化したものというのが通説です」
「なるほど……」
「もっとも、確証はないですけど」
クレアさんは少し眉を下げて笑った。その笑顔もはかなく美しい。本当に、コタツさえなければ完璧な人である。
「他に魔力消費を抑える方法といえば、魔石の数を減らすしかありませんね……力になれなくてごめんなさいね」
「……そうですか……いえ、ありがとうございますっ!」
慌ててお礼を言うも、やはり残念な気持ちは拭えなかった。なんだかんだ言っているが、やはり私もあったかいコタツを楽しみたいのだ。
次は……。
「あれっ? ……シャネルさんは?」
いなかった。ヒントをもらおうとおもっていたのに。弱ったな、と唇をとんがらせる。
まあ、シャネルさんに聞いたところであまり変わらないだろう。だって、クレアさんにだって分からなかったんだから。
一日中考えて疲れた。試作品を創るのに魔力もたくさん使ったし、コタツから三人を引きずり出したし、コタツの試作品のアイデアをたくさん考えたし。
とりあえず、お風呂でも入るか。
この世界のお風呂は、ちゃんと湯船がある。日本と同じで、シャワーを浴びて、体と髪の毛を洗ってから入るのだ。
ただし、お湯を沸かすのは自分でだ。暖房の魔石、あれを使った魔術具で沸かすのだ。まんま給湯器である。
高度に発展した科学は魔法と見分けがつかないとはよく言ったものだ。言い得て妙、とはこのことだろう。
ちゃぽんとお湯に浸かって、ぱしゃぱしゃと顔を洗う。なお、水はノーマルスキルで出した。
水はスキルからの自前なのだし、別にお湯を沸かすのをスキルでやってもいいが、やっぱり便利な道具があるなら使いたい。どれくらいの温度にするかなどをいちいち考えるのと、そんなめんどくさいことを考えず魔力を注ぐだけ、どちらがいいのか。
無理にたとえるなら、一から料理を作るのと、すごく美味しいレトルトを使うのと、どちらがいいか、そんな感じだ。
ふわあとひとつ大きな伸びをして、顔までぶくぶくとお湯に浸かる。あたたかさが全身をくまなく、柔らかく包んだ。ぽこぽこと泡のはじける音まで聞こえてくるようだ。
さて、出るか。シャネルさんも明日になったらひょっこり出てくるだろう。
ざばっと身体を起こし、もう一度顔を洗おうと湯船に手を浸ける。
すると。
ぷくぷくと泡が上がっていた。
なんだこれ、と覗き込むと、それは水色をしていて、ちっちゃくて、なんか半透明のぴらぴらしたものがついてて、
「はっ!? いや、え!? は? は? はぁ? なんでぇ!?」
意味にならない声をあげながら慌ててすくい上げたそれ……もとい、その精霊は、まごうことなきシャネルさんだった。
「あんたねぇ……あたしが入ってるって可能性は考えなかったわけ?」
「誠に申し訳ございませんでした」
「お風呂入るとか、馬鹿?」
「ごめんなさい」
土下座して、その状態のままで謝辞を並べ立てる。
一応説明しておくと、精霊であるシャネルさんと私の魂は、なにがどうしてそうなったかはさっぱり分からないのだが、融合しているらしい。そのせいで私は不老不死の半精霊半人だ。本体は私なのだが、シャネルさんはちびっこ妖精フォルムでいつでも私の身体に出入りできるのである。ちなみにその状態では、念話が可能だ。
どうも、シャネルさんは私の中に入ったまま寝ていらっしゃったらしい。そのせいで念話も出来なくて、私は気付かなかった。
そしてお風呂の中でシャネルさんは私がお風呂に入っていることに気が付かず身体から出たらしい。そしてシャネルさんはそのままガボガボと溺れ……。
今、こうなっているというわけだ。
「ふん……まあ、これくらいにしといてあげるわ。顔を上げなさい」
「ありがとうございます」
恐る恐る顔を上げる。そして、「あのう……」と反応をうかがいつつ話しかける。「なに?」と、普通の反応が帰ってきたので、そのまま聞いた。
「コタツの魔力効率を良くする方法って、思い付きますか……?」
「あんたはどんな方法を考えたわけ? 考えてないわけないでしょうね?」
「魔石を砕いて、使う魔力を少なくしようと……」
「それ、他の二人には聞かなかったの?」
「あ、聞いたんですが、その、砕くのはダメで、レアな魔物からしか魔力が少なくて効果が高いのはないと……」
シャネルさんは小さな首をかしげて、あっさりと言った。
「つくればいいじゃない」
「……は?」
「だぁかぁらぁ、つくればいいじゃない。普通の魔石を材料にしてちょちょいっといじれば出来るわよ」
「……つくれるんですか?」
「そうよ。……って、どうしたの? なんでそんな落ち込むわけ? なに、『私の苦労は一体……』って……」
かくして。
私特性の魔石を使い、コタツは無事に完成したのだった。
クレア姐さん「結局シアンさんばかり作ってますけど、気付いてるんですかね?」
店長「いいんだよやらせとけ。手間省けて楽だろ」
クレア姐さん「確かにそうですね」
めんどくさいことを押し付けられてて、それに気付いてないシアン。
ネガティブモード。そして開店
さて、そんなこんなあってコタツが完成した訳だが。
「足りないな」
店長からのお声はそんなそっけないものだった。
「……はい?」
脳内今までの苦労が、ぷくぷくと泡になってはじけて消えていく。達成感と自信がバカーンと砕け散った。自尊心がひゅるひゅるとしぼんでいく。
「あ、はい、どうせ初心者が作ったものなんて見るに耐えないですよね……」
私はずーんと肩を落として、下を向きながらボソボソと自分に対する呪詛を吐いた。言葉に出すことで、さらに自己嫌悪が加速していく。
「ははは、こんなどーしようもないやつがいっちょまえに自信とか抱いてるなんて馬鹿ですよね。……どうせ私なんて社会の荒波に負けたヒキニートですよ。おトーフメンタル野郎ですよ。ははは……」
いじめだとか、虐待だとか。そういう、仕方がない理由はない。なんなら、低身長、高身長とか、成績が悪かったとか、体や精神が病気であるとか、貧乏であるとか、そういう理由すらない。ハーフではあっても日本人と同じ黒髪黒目だったし、普通に恵まれていた。
私は恵まれていた。普通の、そう、普通の女の子だった。なのに、私は誰もが乗り越えるべきものに負けた。
「そんなやつに限って承認欲求が高いとか、あほらしいですよね。はは、あほらし。こんなコミュ障が人様に認めてもらおう、なんて。はははは……」
「おいちょっとそのネガティブをやめろ」
「ゲームが上手くてソシャゲで認められたって、社会ではなんの役にも立ちませんよ。ゲーマーになろうにも、実況が上手くできなきゃ意味ないです。ちやほやされちゃうのでは!? と思った時代もあったっけなぁ、懐かしいなー」
一呼吸して、ばかみたいですよね、と呟こうとしたところで、
「だあー! 違う! 違え!」
その刹那の間に割って入ることばがあった。発言者は無論店長だ。
その「違う」が指すものはなんだ、と私がきょとんとしていると、ありがたいことにすぐ説明があった。
「機能が足りないんじゃなくてだな! 商品の数が足りないんだ!」
……どういうことだろう?
普通に考えれば分かることなのだが、その時の私は頭が完全ネガティブモードに入っていた。つまるところ自分を否定すること以外に頭がちゃんと回っていなかった。意訳すると、アホになっていた。
「これからどんどん寒くなるから、暖房器具を売り出すんだ。暖房の魔術具とコタツだけじゃ物足りねーだろ? だから、どうせならもうひとつ作ってほしくてな」
アホモードの私のため、わざわざ説明してくれる店長。
「このボイラー領は、基本暑くて年中いつでも炎系の魔石も良くとれるくせに、冬はやたらと寒いんだ。ほんっとうに勘弁してほしいぜ」
頭をガシガシ搔いて唸る店長。
……しかし、それはその通りだ。今は11月だが、かなり寒い。東京の1月がこのくらいだろうというような寒さだ。
ここからもっと寒くなるとすれば、かなりまずい。北海道クラスの寒さではなかろうか。
「それは確かに……必要ですねぇ」
アホモード、もといネガティブモードからようやく正常に戻ってきた私は、うんうんとうなずきながら言った。
「この世界の暖房のための魔術具は、暖房の魔術具くらいしかなくてな。他にないか?」
うーむと考え込む。パッと思い付くのはマフラーや手袋だが、それは魔術具ではないだろう。それらにヒーターを取り付けるとしても、魔石を縫い付ければいいだけである。
ちなみに、暖房の魔術具はヒーターのようなものだ。だから、暖炉やストーブもあまり変わらないからボツ。
さて、他になにか無いものだろうか。
しばし考えること一分。ラッキーなことに、あまり時間をかけることなくよさげなものが閃いた。
それは、持ち運び可能で、ちっちゃくて、オリジナルは使い捨てだが魔術具にすると使い回せて、服の下とかに貼る等して仕込むとすごくあったかいやつ。
そう、それは、
「カイロです!」
「カイロ?」
怪訝そうな顔をしてそのまま問い返す店長。
「んーとですね、その……ちっちゃい袋の中に発熱する粉がつまってるものです。服の下に仕込むとかでも使えます」
使い捨てだとか、振ると暖かくなるとか、そういう説明ははしょった。言ってもたぶんめんどくさくなるだけだろう。私にだってそれくらいの会話スキルはあった。
私にしてはかなり分かりやすい説明が出来ただろう、と満足していると、
「仕込むってどういうことだ? 服に縫い付けておくとかするのか? それだと取れなくないか?」
マシンガン並みの勢いで質問が飛んできた。
しまった、のりで貼りつけるというのは使い捨てならではのアイデアであった。
「あ、その、いや、それは、なんといいますか、えっと、えーと、あの、あー、……」
ひとしきり意味のないことばを発した後、私の口から出たのは、
「……今のは、その、忘れてください」
とまあ、すごく情けないことばであった。
特に紆余曲折なく、カイロは完成した。
ちなみに仕組みとしては、すっごくちっちゃい粉状の魔石をいつくもスキルで造って、袋の中に詰めるだけだ。簡単簡単、らくちんらくちん。ああ、素晴らしきかな、オリジナルスキル「|創造《クリエイティブ》」。
そして、シゴデキ女クレアさんにより、あっという間に開店当日がやってきた。
受付嬢としての仕事のため、色々と用意してもらった。そろばんのようなものやら、もらったお金を収納する箱やら。仕事道具たちだ。
何が一番嬉しかったかって、それは仕事着だった。素朴な白いワンピースに、青色のエプロン。「魔力を少し増幅させる効果がある……らしい」という、インチキっぽい理由で今まで着せられていたプリキュ◯のような服からはもうおさらば。もう絶対、二度と着ない。
「頑張れよ、受付嬢シアン」
「…………無理かもです」
……まあ、服が変わったからって緊張しないわけではないんだけど。
痛んできた胃をさすりながら、私は開いていく扉に開くなという念をひたすらに送り続けるのだった。
シアン「あの、カイロ作りのくだり省きすぎでは?」
遥兎らい「いやその、ヒロアカの映画みて早くゲストキャラの二次創作書きたくなっちゃって……」
店長「おまえヒロアカの二次創作シリーズ途中だよな? しかも全然更新してないよな?」
遥兎らい「……映画の二次創作終わったら書きます」
運が良すぎると心配になりますよね
「来ないですねぇ」
「……あ、……そうですね」
「そういうことは言うなよ」
「そうよ、縁起とか幸先とかわるくなっちゃうでしょうに」
「シャネルさん、そういう日本の言葉どこで仕入れてきたんですか?」
いつも通りの、なんとも穏やかで間の抜けた会話。
いまこのお店が営業しているのにそれが出来ている理由はただ一つ。そう、
「……あ、その、えっと……お客さん来ませんね」
「そうですねぇ」
ただひたすらに客が来なかった。
「まあ、このボイラー領は火炎系の魔石が腐るほど取れるからな。暖房には事欠かない」
「じゃ、なんでそれを目玉商品にしたんですかー!」
叫ばずにいられようか。とにかくお金が必要なのだ。接客するのはとにかく嫌だが、それよりもお金がないと食いっぱぐれてしまう。
……金があればなんでも出来るとは言わないけど、必要最低限はないと困る!
「それはな、……あー、まあ、コタツは売れるだろ?」
「売れてないから言ってるんじゃないですか!」
口ごもるということは、たぶん、商品化したのはただ自分がコタツに入りたかっただけだ。
うん、まあ、薄々というか、かなりの確信で感じてはいたけども。
何を隠そう私たちは今、コタツでこの会話をしているのだ。もはや依存症である。
「まあ、そうですね……」
「で! す! か! ら! どうするんですかぁ!」
「そ、それはだな……」
店長は口をモゴモゴさせた。
「まあ、とりあえず客を待とう! ……な?」
店長は、反応を伺うように私に顔を向ける。
「いや、でも……」
「な?」
圧。
「はい、そうですね!」
私はにっこり笑顔でいとも簡単に圧に屈した。
約二名から、呆れの意味が込められた視線が飛んでくるが、それで再び奮い立てるようなら私はぼっちをやっていない。ただ双方向からの圧に打ち震えるだけだ。
本日のまとめ。店長の圧は怖い。なんでだ、見た目ショタなのに圧が強すぎるだろう。
とはいえ……今日はたぶんお客さん来ないし、明日になっても解決策なんて浮かぶはずないし……。
『ボイラー家、お抱え魔術具師募集!』
翌日、こんな誌面が町にデカデカと張り出されていた。残り少ない予算での食料の買い出しの真っ最中だった。
「「「嘘……」」」
店長を除く三人の声が揃う。
「……はは、ほら、どうだ。解決策あったろ?」
結果論ですけどね。という反論は心の内だけでしておく。
店長からしても驚きだったのだろう、ちょっと声が震えていた。運が良すぎて逆に心配になるレベルだ。
「なんでだろ……?」
私は首をかしげる。普通、専属って元からいるものではないのか?
「さあな。お貴族様の事情、ってやつだろ」
店長はさほど興味を示さなかった。
しかし私の顔を見て数秒後、やれやれと言うように話し始めた。
……わ、私、そんな不満を顔に出してた?
「敢えて言うなら、雇う余裕が出来たんだろうな。ボイラー家は男爵家だから、領地も少ない。つまり、徴収できる税金も少なかった。とても専属を雇うなんて金のかかることは出来なかったんだろう」
店長は一息ついて、だが、と続けた。
「スキルを発言させたばかりの幼い娘が鍛冶で才能を発揮しているらしい」
つまるところ、うちの領主は娘頼りで金を稼いだということである。
……それでいいの、ボイラー領主!?
呆れるべきか怒るべきか迷う。困窮していたというのは分かったが、それにしてもだ。
「まあ、それは置いておいて、だ。……これはいい機会だと思わないか?」
言わずもがなだ。むしろこれを逃せばこんなチャンスは他にないだろう。
「これに立候補する。準備しておくぞ」
私はこくりと頷いた。
……お金、稼ぐぞ!
シャネル「あんた、変なところで度胸ないのねぇ」
シアン「う。だ、だってそれは遥兎らいが……」
遥兎らい「私、けっこう変なコミュ障なので。その影響ですね。私、割とノリでかいてるので」
店長「おいお前、俺たちをノリでネタキャラ化するんじゃねえ」
シャネルちゃん、はじめてのおるすばん
領主さまのお城に行く当日。
「よし、行くぞ」
「はい」
「はは、はいっ!」
扉の外に出かけていく三人。
三人。
店長と、クレアさんと、私。
「……ちょっと待ちなさいよ……」
「ん?」
「ん? じゃないわよ、シャルダン家! どういう了見であたしを置いていくわけ?」
シャネルさんはガーガーと叫んだ。
「いや、目立つだろ?」
まあそれは確かに。
三頭身の、妖精さんサイズのシャネルさんが飛んでしゃべっているのが、目立たないわけがないのだ。
「でもね! シアンの中に入っていけばいいでしょ?」
「ああ、そうだが……店番も要るだろ? となると、店長の俺、開発者の俺は必要。さらに、あれだ……シアンと俺の外見だと、完全にナメられる」
「あー……」
私は思わず声をあげて納得する。
シャネルさんに「あんたシャルダン家の肩持つようなことするんじゃないわよ」というような、射殺されそうな視線を向けられたが、その通りだ。
悲しいかな私は、精霊であるシャネルさんと魂が融合してしまったために14歳の身体からもう成長しない。
店長は、実年齢は聞く機会を逸してしまってよく知らないが、私より少し高い……かな……? というくらいの身長なのだ。
体格もがっしりしているということはなく、小学生に見間違えられてもおかしくはない。
ごっこ遊びと間違えられて領主の城から摘まみ出されてもおかしくない。
対してクレアさんは大人。身長もとにかく高い。大人の色気に溢れているので、クレアさんがいればごっこ遊びと思われる可能性は減る。
あと、クレアさんは力持ちだ。なぜかとっても、外見に見合わないくらいの怪力だ。なので、コタツをしょってくれている。これはシャネルさんにはできない役目だ。
まあそういうわけで、納得の人選なのだ。
「な、生意気よシャルダン家……!」
「そういうわけだ。諦めろ」
さも興味なさそうに、店長はそっぽ向いてひらひらと手を振った。めんどくさいときのリアクションということが丸分かりだ。
シャネルさんの顔がみるみるうちに紅潮していく。
……まずい。あれ、たぶんキレる直前の顔だ。
「よろしくお願いしますね、シャネルさん」
「あ、あの、えーと、頑張ってくださーい!」
導火線についた火が爆弾に届く前に、私はこんなときでもおしとやかなクレアさんにそそくさとついていく。
「あ、ちょ、待ちな……」
シャネルさんのセリフを遮ってバタンと扉が閉まった数秒後に、アニメ声のわめきが店の前を満たした。
「だ、大丈夫ですかね、あれ……?」
シャネルさんは普通、店の外に届くような声を出す人ではない。基本、ふてぶてしい態度を崩さない。
そんな人があんな子供みたいな大声を出すのはかなり怒っている証拠だ。あんなにわめくのを見たのは、始めて会ったとき以来である。
帰ってきたとき、なんと言うか……。私はぞっとした。
「まあ平気だろ。頑張って八つ当たりいなせよ、シアン」
店長はさも当たり前かのように、「私がシャネルに怒られる」と言った。ごくごく普通に。さらっと。
「……え? ……は?」
私は目をぱちくりとさせる。情報処理が遅れていた。そして情報が追い付くと、街中であることを忘れて一気にまくし立てる。
「ななななんで私がシャネルさんに怒られるんですか? おかしいです! おかしいです!」
「だってあいつ、俺に反論できてなかったろ。つまり、たぶんシアンにその八つ当たりをする」
「え、でも、クレアさんは……あ、そっか……」
言っている最中で私は自分の考えなしさに気づいた。
クレアさんはある意味、八つ当たりに最も向いていない。何を言っても、「そうですねぇ」であるとか、「かもしれないですねぇ」であるとか、のらりくらりと受け流されるに違いない。
あるいは、「あら、じゃあ店長にそれを言っておきますね」みたいに告げ口されるかもしれない。
つまり、クレアさんを狙うのは賢明ではないということだ。
ということは、私を狙うのがいちばんいいということだ。私だって、自分の肝っ玉の小ささはよく分かっている。告げ口とか、絶対に無理だ。
「はぁ……帰ってからの憂鬱が早速できちゃったじゃないですか」
「まあ、合格すればあいつも機嫌直すだろ」
「……本当にいけますかね?」
じわりと不安が心に沁み出す。無理だったら、私たち全員、貧乏確定だ。
「あのコタツとカイロは魔術具の中でも画期的だ。いい虎の子になる」
それでも、やっぱり不安はある。私は気休めに、カバンのなかに入った数個のカイロをゆっくり撫でた。
その頃のシャネル
「あいつら……このあたしを店番させておきながら不合格だったら、※※してやる。それから、※※を※※して、そうね、※※は※※で※※したらいいかもしれないわ。あと、※※を※※させましょ。ふふ、ふふふ、ははははは……!」
大ピンチ。
やっちまったかもしれなくもなくもない
「エドル魔術具店様ですね。では、こちらで身体検査の上、お入りください」
身体検査にも、空港の金属探知機みたいなハイテク魔術具が……というわけではなかった。
普通に、店長は執事さんに、私とクレアさんはメイドさんに下着姿まで剥かれ、身体をぺたぺた触られた。
そして、私たちが入る城は、立派にででーんとそびえるでっかい城……でもなかった。
田舎の方にあるちっちゃい日本のお城くらいの大きさだ。まあ、それでもじゅうぶん大きいのだが。
私たちの住んでいるところが男爵家ということがよく分かる規模だ。
「というか、あの……前々から思ってたんですけど、エドルってなんです?」
「俺の偽名だ。くれぐれも本名で呼ぶなよ。特に、名字はだ」
「私も店以外ではレーアと呼んでください」
「え、ええ!?」
そんなことを急に言われても困る。ぼろが出そうで怖い。そしてそれについて怒られるのがもっと怖い。
「ちなみに私もなんか偽名とかあるんですか?」
「あ、シアンさんはシアンで平気ですよ」
平気なようである。正直、安心だ。
「さあ、いくぞ。本番だ。へまするなよ」
私はごくりと唾を飲み込みつつ、案内された部屋に入った。
中はさすがに割と豪華だった。中世の客間らしい飾り立てた雰囲気がある。
「わ……」
思わず感嘆してしまい店長に睨まれた。
椅子に座っている、たぶん領主様が視線をこっちに向ける。
そして、見るからに奇怪なものを見る目になった。
……まあ、2/3が見た目子供だからね。
「魔術具を出せ」
私はカバンからカイロを取り出し、メイドさんに渡す。クレアさんもコタツを下ろして執事さんに渡した。
何やらいろいろとチェックされたあと、それは領主様の元に運ばれる。
そして、私たちは退出を促された。このあと多分審査をするのだろう。合格を祈る。
……貧乏だけは回避。そして、シャネルさんの怒りも回避。
「エドル魔術具店が合格です」
メイドさんは事務的なことばを私たちに放った。
私は目を見開いた。店長とクレアさんは目を伏せて静かに拳を握る。そして、他の店の人たちは信じられないと目を剥く。
「……嘘をつけ! そんなぽっと出が合格な訳あるか!」
唾を飛ばしながら叫んだのはこの領地での大店の店長らしいおじさんだ。ちなみになぜ知っているかと言えば、さっき自慢げに「うちは大店だから、合格はうちで決まりだな」と話していたからである。
「だいたいなんだ、その格好は! 子供じゃないか!」
店長は動かない。余計な争いを起こす必要はないとかんがえているのだろう。
「なんか言ったらどうだ? ……ああ、そうか! そういうことか!」
青筋を浮かべて顔を真っ赤にするというコントラストが激しい顔色だったおじさんは、勝手に納得顔になって、勝手にまた怒り出した。
「てめえら、金持ちのボンボンだろ! んで、金を積んで専属にしてもらった。違うか!?」
違います。金持ちのボンボンなんかじゃありません。一文無しのぺーぺーです。
私は、急に変な理由付けをして納得したおじさんにぽかーんとする。
しかし、ふいにその顔がまがまがしく歪んだのを私は見逃さなかった。
「ははははは! この悪徳商人め!」
こっちに駆け寄って、つかみかかってきたのだ。私に。ゲスい笑みを浮かべて。
「この俺に逆らうとどうなるか、教えーー」
そこでおじさんのことばは唐突に途切れた。
眉間に、私が放った弾丸が当たっていた。
死んではいない。ただのゴム弾だ。
オリジナルスキル、「|創造《クリエイティブ》」で造った拳銃で放った、これまた私が造った弾丸を当てたのである。
さすがに殺すのはダメなので、ゴム弾をイメージして造ってみた。成功したようで何よりだ。
「がっ」
おじさんはそれだけ発して、動かなくなった。
気絶したのだ。
その様子を見て、周りを見る。
「……え?」
ようやく現状に目がいった。
目を見開いた店の方々。おなじく目を丸くしたメイドさんや執事さん。目を伏せて頭を抱えているのが店長とクレアさん。
「えーと、店長、く……レーアさん」
私は呆然として言った。頭が勝手にことばを紡いだ。
「これ、もしかして、やっちゃった感じですか……?」
その頃のシャネル
「はっ! 今、あいつがなにかやらかした気がする……!」
何が起こったんですか誰か教えて
執事さんやメイドさんは、何が何やら分かっていなさそうな他のお店の人たちを帰らせた。
そして私たちはーー豪華なテーブルに座らせられていた。
…………ん? なんで?
訳が分からなくなりつつも、緊張で勝手に背が伸びてしまう。
「あの、なにがどうしてこんなことに?」
私は店長に小声で問う。本当になぜこうなった?
「尋問だよ。お前がスキルを使ったことについてのな」
……へ?
「普通のやつはオリジナルスキルを持ってない」
……そういえば、そういうことを言ってたような、言ってなかったような?
多分、言われている。私はあんまりあの地獄の一ヶ月の記憶がないのだ。
「……で、でも、あの、魔物をたくさん倒してやるやつは、オリジナルスキルじゃないんですよね?」
私の一縷の望みを懸けたことばは、しかし、ぶった斬られた。
「お前がやったみたく、魔物を大量に倒して得るのはノーマルスキル。だが、平民はふつう魔物を倒さない。どちらにせよ、お前は異分子なわけだ」
……やばい。
さっきよりも体感でのやばさが増した。
「……最悪の場合、逃亡だ。武力で脅すこともできるが、それだとひどく恨まれる。無一文の旅だ」
ことばの端々に、苛立ち、怒り、そういうものが含まれているのが分かった。
「…………っ、ごめんなさい……」
「いい。常識をちゃんと教え込んでおかなかったこっちの落ち度だ」
私はなにも答えず、唇を引き縛ってうつむいた。
ややあって。
緊張の食事会がやってくる。
最初に入ってきたのは、さっきも見た領主さまだった。続いてその奥さまと思われる人。奥さまは、赤毛につり上がり気味の目が特徴的な、きつめ美人だった。
そして最後に、とてとてと、八歳くらいの女の子がやってきた。
領主の奥方によく似た、赤い髪の毛が目立つ、将来お母さんに似た美人さんになりそうな子だった。
「……お父様、あの方たちは誰ですか?」
こてんと首をかしげて、問いかける。かわいい仕草だが、品のよさが少し漏れ出ている。
……え? あのちっちゃい子が、件の鍛治が得意な娘さん?
もうちょっと大きい、最低でも十歳くらいをイメージしていたので、まだ年齢一桁の子だとは思っていなかった。驚きである。
「……気にしなくていいよ、シエラ。彼らはね……客人だ」
……違います。これから尋問を受ける人たちです。
ことばを濁した領主さまに、心の中でだけ訂正した。
それにしても、娘さんの前だとかなり口調が柔らかい。口調だけでなく、表情もだ。目元がゆるゆるしている。
……あれ、これだいぶ親バカなのかもしれないぞ?
私の中で、「娘をダシに資産をつくった領主」と「娘バカな目の前の領主」が揺れ動く。
だがすぐに、その顔はスッと緊張の面持ちになる。
「……さて、ボイラー領領主、ニーガン・ボイラーだ。……お前たちは、」
そこで。
突然に。
金属が歪み、撓み、そして。
ひしゃげる音が。
「だ、旦那さま、門が! 見えない何者かによって!」
「なんだ!? 魔物!? 敵襲!?」
「声は何も聞こえません! ただ、爪痕があるので、魔物かと……」
「ならなんで姿が見えないんだよ!?」
「扉は!?」
「破られるのは時間の問題です!」
混乱に陥る城内。召使いや執事が悲鳴混じりの報告をかわす。
私も、店長も、クレアさんも、それに領主さまもその家族も突然のことに呆気にとられる。
だが、
「傾聴! 臨戦態勢です!」
すぐにクレアさんが叫ぶ。
全員がハッとなる。
「非戦闘員は誰です!?」
ただでさえ少ない召使いやメイドの半分以上がおずおずと手を上げる。だが、残りのものはグッと強い眼差しでこちらを見た。どうやら戦闘経験があるらしい。
意外なことに、奥さまは手を上げず、そして、娘ちゃんも手を上げなかった。
……は?
「……え、ちょっと待ってください。……えっと、その。あなたが戦うんですか?」
こくり、と娘ちゃんはうなずいた。
「シエラは我等の中で一、二を争うくらい強いぞ」
さらに耳を疑うような追加情報。
「えええ……?」
「ほら、俺らは後方支援だ。行くぞシアン」
そして、店長は私の耳元でちらりと呟く。
「この際、バレてもいい。だから、最大限に恩を売れよ」
「……バカスカやっていいんですか?」
「いい。これ以上被害が広がると俺たちも危ない」
そして、後ろを振り返らず、全幅の信頼を込めて店長はクレアさんに言った。
「戦闘員の指揮は任せたぞ、レーア。……いや、」
その当たり前かのようなことばに割り込んで領主さまが気色ばむ。
「なっ、なぜ決める! それに、お前たちは結局一体……」
そのつぎの店長のことばに。
時が、止まったかのようだった。
「クレア。……天才剣士、クレア・クデラーニ」
誰も、何も言わなかった。
たちまちに、顔が真っ白になっていた。
「……いいんですね?」
「ああ」
正体をばらしていいのか、ということだろう。それに店長はあっさり肯定した。
「……はい、了解です。……エドワール・シャルダンさま」
もはや城の人たちの顔は白を通り越して青になった。
「なっ、あの……?」という呟き声が聞こえた。
だが、そのシリアスさについていけていないものが一名。
「え、えええ? 店長、クレアさん、どういうことですか?」
そう、私である。
それを口にした瞬間、城内の人たちが信じられないものを見る目で一斉にこちらを見た。
あああああ! なんか、やばいことを聞いてしまったっぽい! 恥ずかしいので時間を戻してください、神様!
「シャルダンの生き残り、決断が早いの」
その様を愉しむかのように薄笑みを浮かべる少女が、あるところにいた。
それにしても領主やら使用人やらの狼狽えようは面白いの、と呟いて、少女は魔物に指示を出す。
「もう少しそこにとどまっておれ。奴らが攻撃し始めたら、派手に暴れ始めるのじゃ」
それだけ言うと、少女は息をつき、目を細め、城内にいるエドワール、クレア、シアンを試すような目付きで眺め始めた。
「お手並み拝見じゃな、シャルダンの生き残りに、クデラーニの姫騎士。そしてーー」
ーー我が実験台。
少女が何を思い、何をその瞳に浮かべてその不必要なまでに感情を殺したことばを発したのか。
それは、伏せられた睫毛で遮られて、見えなかった。
クレアさんに指示された配置に行く途中
シアン「え、えっと、本当になにがどうなってこうなってるんですか? っていうか、その、店長たちは結局一体!? なんで私があんな目で見られなきゃいけなかったんですか!? 魔物見えませんよ、どこですか!?」
店長「あとで説明するから黙れ!」
シアン「え、でも、えええ?」
情報過多のシアン。
忘れられたと思ってたよ、日古見日誌
牡丹月 二十日
結論だけ先に言ってしまえば。
私たちは魔物の群れをーースタンピードを、一時間もかからずに制圧した。
魔物が弱かったのではない。むしろ、姿を消せるという厄介な代物だった。実際、実戦経験があるというメイドさんたちも苦戦気味だった。
それでもなぜそんな簡単に倒せたのかといえば。
店長、そして何よりクレアさんが強すぎたのである。……いちおう、私もそれなりに。
その様子は意訳すると以下の通りである。
ぽんぽんぎらぎらぼんぼんざくざくどしゃぐしゃどしゃぐるぐるべちゃべちゃひゅんひゅんぴかぴかぽんぽんぽんぽんざくざくざくざくぼかんぼかんぼかんぼかんきらきらぴかぴかちゅいーんどごん、ぼむぼむぼむしゃらりーんぴかーんざくざくざくざくざくざくべちゃっべちゃっどちゃっ。
解説をすると。
ぼんぼんやらぼむぼむやらは、私が撃ったグレネードランチャーのことである。
グレネードとは、榴弾のこと。例えば手榴弾は、手で投げて使用する榴弾である。
ランチャーとは、発射用銃器。フォート○イトで、ロケットランチャーがあるだろう。それに似たようなものだ。
つまり、グレネードランチャーとは、榴弾を発射する装置。
手榴弾とは正確性も射程も比べ物にならず、着弾した場所の周囲に破片と爆風を撒き散らす、残虐な武器である。
それを、魔物の鳴き声がしたところに、辺り構わずぼんぼか撃った。
当然撃ったところは半壊だ。
ごめんなさい。
次に、クレアさんである。
ざくざくざくざくとかそういう斬撃の類いのものはクレアさんだ。
あろうことかクレアさんは、魔物の群れのなかに突っ込んでいったのである。
そして、にこりと微笑んで。
次の瞬間には、剣をバッサバッサふるって魔物を皆殺しにした。
……怖い。
考えてもみてほしい。
クレアさんの半径20メートルくらいは魔物で溢れていたのである。
それが。
一瞬にして。
全員魔力の霧になったのである。
べちゃとかぐちゃとかいうのは、……その、それによって生じたものが壁の壁面やらなにやらにくっついた音だ。
城の壁面や石畳は汚れた上に、斬撃のあおりを受けてずたずたである。
……あの、ごめんなさい。
そして、店長。
あまり目立ったことはしていなかったが、影の立役者というか、手助けをしてくれた。
ぴかぴかとかそういうやつは店長の力である。
バフ、と言えば分かるだろうか。
店長が出した光が私にまとわりついた瞬間、明らかにグレネードランチャーの射程が伸びたり、威力が上がったりしたのだ。
サポート向きで地味だが、とても便利で有用な能力である。
そしてそのおかげで、城の破壊は本来の規模を軽く飛び越えて十割増しくらいになっている。
…………本当に本当にごめんなさい。
意外な強さを見せたのはさシエラちゃんだ。
具体的な戦いかたはというと。
ドデカハンマーだ。
身長くらいあるやつ。
……なんで持てるかの理由を考える思考を放棄したから、私はそのあたりあまり覚えてないけど。
あと、何はともあれ、店長はうまく領主さまと交渉をしたらしい。
交渉ったら交渉なのだ。
……店長とふたりきりで部屋に入った十分後に領主さまの顔色がとんでもなく悪くなっていようが、交渉なのだ。
帰宅後
店長「疲れたな」
シアン「店長、あの、さっきいったい領主さまに何を」
クレア姐さん「シアンさん?」
シアン「はい?」
クレア姐さん「知らないほうがいいですよ?」
シアン「ひえっ……、はい」
そして物語は
御用達になったという噂を聞きつけた人が多かったのか。
店は、だんだん繁盛し始めてきた。大幅に黒字である。うはうはである。
そして、数ヵ月……。
一月、こっちで言う梅月のことだった。
「え? きゅあえんぜるのコスプレを作ってほしい、ですか?」
「こすぷれ……?」
しまった、日本でゲーム廃人をしていた頃の名残でつい。
商品を渡しに城に行ったとき、こっそりシエラちゃんから依頼を受けているのである。
「ええっと、それはなんでですか?」
「そ、それは……その、えっと……」
シエラちゃんはもじもじとした。言いたくないようである。
しかし困る。なにに使うかを教えてもらえないと作りようがない。
きゅあえんぜる、とはこっちで流行っている正義のヒーロー、いやヒロインらしい。ロイエル領というところで出るらしい。
キュアというのが頭についている以上、絶対プリキュ○をイメージしていると思う。
最初にそのプリ○ュア的存在のことを聞いたときはそんなわけないと思ったが、まさか、やっぱり、私と同じ転生した人なのだろうか。
一度。
きゅあえんぜるに、会ったことがある。
ここらでは手に入らない素材を取りに行くために、ロイエル領に行ったときのことだ。
『店長、店長! ちょっと後ろに魔物いますよ?』
『あんなの図体がでかいだけの雑魚だろ』
『まあそうなんですけど……頭あたりにサブマシンガンでもやればたぶん行けますかね?』
『わざわざ馬車出るの面倒臭いだろう? ぐれねーど、はどうだ?』
『いいですねぇ』
『目立つじゃないですか!』
どうやって倒すのかみんなで悩む。
そこに颯爽とやってきたのが。
『キュアエンゼル! 参上!』
私たち全員、ぽかーん。
きゅあえんぜると名乗ったその幼女は、魔物相手に果敢に戦った。
最初は苦戦していたようだが、しばらくすると見事倒し、どこかに去っていったのである。
「その、戦えるような感じにしてほしくて! もちろん、かわいく!」
戦える、と、かわいく、のところを強調してシエラちゃんは言う。
「はあ……」
なにに使うか皆目見当がつかないけれど、十分な予算はもらったし、出来に応じていっぱいお金ももらえるという話だし、予算の許す限りがんばろう。
……要はあれだよね、プリキ○アのイメージで作ればいいんだよね?
「あと、これ!」
シエラちゃんは何かを取り出した。
水晶玉のようなものだった。
「……これ、何?」
「閃光の魔術具です!」
曰く、魔力を込めるとその量によって光を出す魔術具だそうだ。
「これを、少ない魔力で一杯の光が出るようにしたいんです!」
「……えっと、何に使うんですか?」
「ええ!? そ、それは……その、さっきの服に関係あるというか……」
でも言いたくはないらしい。
うーん、気をつかってもいいのだろうか。○リキュアに関係あるなら、かわいくしたらいいかもしれない。
「じゃあ、かわいい感じでアレンジしましょうか?」
そう申し出ると、シエラちゃんはパッと顔を明るくした。
「お願いします!」
その時の顔が、なんというか、子犬だった。
今日の一言。シエラちゃんかわいい。
また月日は流れ。
シエラちゃんの髪色に合わせた赤色を基調としたコスプレに、パステルカラーが出るように調節した閃光の魔術具をつくりはじめた、一ヶ月後。
「クレアさん! カイロ入りネックウォーマーとイヤーマフが足りません!」
「はい、
分かりました」
「シャネル、早く持ってこい」
「あたしを顎で使うんじゃないわよシャルダン家!」
新商品の納品に行く日である。
わちゃわちゃしながら荷物を積み終え、御用達の紋がついた馬車に乗る。
そして城につく。
私はベテランの執事さんに問いかける。
「いつも通り、客間で待ってればいいですか?」
しばらくの沈黙。
……私、なんか変だった!?
「……い、いいえ。え、エドル魔術具店さま、客間にお客さまが、来ております」
ベテラン執事さんの声が震えていた。
いつも気丈に慇懃に振る舞う、男爵家つきにしてはとても場馴れした執事さんが。
変なことを言っていたわけではなかったのかという安心と、そこまでなる何かがあったのかという不安が同時に襲い来る。
私は不安になりながらも、店長たちと一緒に客間に入る。
そして。
「こんにちは、エドルさん! シアンさんに、レーアさんも!」
「あ、こんにちは!」
「ほほう。おまえらがあれをつくったのか」
--- リレー小説「異世界で変身ヒロイン!」に続く ---
おそらくこれで本編は最終回です。
見てくださった方々、ありがとうございました!
ちょこちょこ短編などは投稿するので、完結にはまだしません。
これからもシアンの活躍が見たいかた、本編に仕込んだ伏線の正体を知りたいかたはぜひぜひ、リレー小説のほうを!
リレー小説が完結したら、エピローグを書いて完結にする予定です。