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目次
日曜日の午後
にしんの小説初挑戦です。
死要素あります。そんなにグロくないです。
「遅いよ、楓!20分も待たせるなんて。罰として、今日のパフェは楓の奢りね!」
「20分くらいいいじゃない…。もう。」
変わらない日常。毎週日曜のアフタヌーンティー。親友の華と共に、大好きなパフェと紅茶を食べるのだ。仕事に追われる日々の中、この空間だけが癒しだった。
何気ない当たり前の日常が、どれほど美しいことか。大切な友人が隣にいることが、どれほど幸せなことか。
花びらのように舞い、腕の中にこぼれ落ちる。胸から溢れる赤黒い血が止まらなくて、必死になって抑えて、泣いて、叫んで。
奥の方で騒ぎ声が聞こえる。ノイズばっかり耳に入る。あなたの声は届かなかった。
気づいたら警察や救急車がやってきて、連れて行った。ノイズの犯人も、「華」、あなたも。
静かに、病室から啜り泣きの音が聞こえて。私の耳に響き続けて。あなたの死に際に会えないのを、ひどく悔やんで。
どうして、どうして、どうして…どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
あなたが死ぬ意味なんて…なかったはずなのに。私さえ、庇わなきゃ…そもそも、日曜日のアフタヌーンティーさえなければ…通り魔になんか、襲われなかったはずなのに。
音が聞こえる。
「ねえ、そこのあなた………パフェは好き?」
「………大嫌いよ。」
書いたことなかったのでうまく書けてるか不安…
楽しんでもらえたら嬉しいです。応援コメントは全私が喜びます。
もう空はオレンジ色
お待たせしました。読み切り②出ました。
楽しんでもらえると嬉しいです。
小学校の帰り道、私は片手にピンク色のおさいふを握りしめて駆けていく。
毎週火曜日、行きつけの駄菓子屋でおやつを買って帰るんだ。
友達も一人しかいないけど、私には家族と駄菓子屋のおばあさんと一人きりの友達がいるならそれでいい。そういえば、昨日は「タイムマシンを作ってみたい」って言ってたっけ。あの子とは妙に気が合うんだ。でも、他のクラスメイトたちはいらない。みんな私の言うこと、わかってくれないもの。
「空に浮かぶカニ、星々のダンス…あと、真っ赤なネズミ。あとは何がいい?」
普通のことだもん。私が描きたいもの描いたらみんな、「へんなの」「不思議」って言うの。いいもん。わかってくれなくてもいいもん。
私は駄菓子屋でお絵描きをするよ。
今日も来週も、おんなじことの繰り返し。赤いランドセルをガタガタ揺らして、青い空に囲まれた道を走ってく。
「…あれ?」
ふと、足を止める。
「こんなところに、お店なんてあったっけ?」
そこには見たことない、綺麗なお店が立っていた。どことなく、駄菓子屋に似てるかも。
駄菓子屋に行くはずだったのに、自然と足がそっちに運ばれてく。奥のカウンターには、綺麗なお姉さんが一人立っていた。なんだろ、どこかで見たような。そうでもないような。お母さんの顔の方が見慣れてるかも。
「こんにちは、小さなお客さん。」
お姉さんが話しかけてきた。お店の中を見回すと、いろんな絵が飾ってあった。
透明な帽子、紫色のみかん。北極に住むチーターに、海の中の人間。なんだか、親近感。
どうしよう。ちょっと、欲しいかも。
「何か気になった絵はある?」
お姉さんの方を見て、あ、と声を上げた。お姉さんの後ろに大きな絵…とても素敵な絵が飾ってあった。
「お姉さん、あれは?」
あ〜、と渋い声を上げて、お姉さんは言う。
「ごめんね、お嬢さん。これは売ってないんだぁ。私がちっちゃい時に描いた絵なんだよ。」
へ〜。なんだか妙に引き込まれる不思議な絵。他にはないような色使い。なんか、デジャヴ。
「ね、お嬢さん。多分、君が今持ってる金額じゃあ、ここの絵は買えないかもね…。」
そこらへんに置いてある絵の値札を見たら、私が一年分くらいかけてやっと手の届くような値段が書いてあった。確かに、これは無理だな。
「でもね、お嬢さん、きっとまた会えるから。その時にもう一回、今度はお金いっぱい持ってきてね。そしたらきっと、買えるから。気に入った絵を今のうちに見つけておくんだよ。」
「…うん。ありがとうお姉さん。またね。」
お店にたった10分くらいいただけなのに。もう、何時間もいたみたい。不思議なお店…。
ドアをギィ、と開けた瞬間、いろんなことが頭に入ってきた。
あのお姉さん、私と顔が似てる。それに、なんで持ってた金額を知ってたんだろう。
あのお店は、私が好きな駄菓子屋によく似てる。
あの絵たちは、私が今まで描いてきた絵とそっくり。
なにしろ、あの大きな絵…。私が今度コンクールに出すために描こうと思ってた絵に似てる。と言うか、考えてた下書きとそっくりおんなじだ。
きっと、夢でも見てたのかな。
あ、そうだ、財布忘れたーーーーそう思って後ろを振り向いたら、
そこには、広々とした空き地と、ぽつんと落ちたピンク色のおさいふだけが残ってた。
「ーーまさか。」
ひょい、とピンク色のおさいふを拾い上げると、私は空に囲まれた道を走っていった。
帰ったら、絵を描こう。考えてた、とびっきり素敵な絵を。
もう空は、すっかりオレンジ色に染まっていた。
ちょっと長めに書いてみました。考察とかのファンレターお待ちしてます。
ではまた👋
夕凪パレット夜空色
おまちかねの読み切り3です。
そろそろシリーズものとか書いてみたいのでファンレター待ってます。
キャンバスの上で動く筆。その先には、青がかった黒の絵の具がついている。
生暖かい風が、君と僕の肌を撫でる。
「今日は少し、肌寒いかな」
夏休みに入る前に、一枚描こう。そう言って、君は僕を誘ってくれた。ひまわり畑の奥の原っぱに、キャンバスと絵の具を持って。
「綺麗だね。こんなにたくさんの星を見たのは初めてかも」
そう、君がいう。夕凪色のパレットに、黒と青、藍色を出して混ぜる。チャプ、と音が鳴って、パレットに水が出される。滑らかな夜空色の絵の具をパレットナイフで取って、キャンバスに広げる。
「夏休みに入ったら、あんまり会えなくなるかな」
君がぽつりと言った。その手には、細い筆が握られていた。サッサッと動く筆。でも、どこかぎこちない。その手も、もうすぐ止まる。
夜空に薄く雲を描いてすぐ、君は両手をあげて空を見上げる。
「見て、あれ。たくさんの星が繋がって、まるで夕凪みたいだ。」
その時、冷たい風がふと、止まった。まるで風が君のいうことを聞いたみたいに。
「この夜空はね、大きなパレットなんだよ。たとえこの宇宙が夜空色でも、星が存在する限り、いくらでもいろんな色になれる。あの星たちだって、私がそう思えばオレンジ色に見える。
だって星たちの色は、限りなくあるのだから。」
ああ、そうだね。君のその手が、キャンバスに向かうことはなかった。君のその顔が、変わることはなかった。
このキャンバスの上は僕だけの物語。僕が描いた、いつまでも変わらない物語だ。
「この夜空の絵の下には、オレンジ色を隠してあるんです。たとえ見えなくても、僕がそう思えばオレンジ色はある。」
僕はそう言いながら、仕上げに筆を動かす。夕凪の時のような色のパレットに、青がかった黒の絵の具を乗せて。
雰囲気出すの大変でした。やっぱり難しい😓
星々が永遠に輝きますように
読み切り④です。最近日記ばっかりですまそ
ーーーあっ。流れ星だ!
キラ、と空が光る。「私」は咄嗟に目を瞑って、お願い事を考えた。そういえば、流れ星が光ってる間に願い事を3つ言ったら、それが叶うんだっけ。
ーーーえっと、お母さんの病気…?が、治ります
よーに!
お母さんは、「私」が物心ついてからずっと病気なの。ううん、病気っていうのかな?でもね、お金もないから「私」もお母さんも、ずっと我慢して生きてきたんだよ。お願いしたら、我慢しなくて済むよね?黒いスーツのお兄さんたちも、家に来なくなるよね?
ーーーそれから、おともだちのももちゃんが学校に来ますよーに。
ももちゃんはね、学校でいじめられてからずっと家に閉じこもってるの。一緒に遊んでくれないしね。いじめっ子たち、みんなどこかへ行っちゃったから、もう学校に来てもいいんだけどなぁ。友達、ももちゃんしかいないんだよ。また会いたいなぁ。
ーーーあとあと、私の心の「穴」も、埋まりますよーに!
なんでだかわかんないけどね。お母さんが病気になってからずっと、「私」の心には穴が開いてるらしいの。全然、埋まらないの。でもね、星を見てたらね、少しだけ、穴が小さくなるんだよ。でも、何が欲しいか分からないの。ねぇ、「私」、何が欲しいの?何が足りないの?
ーーーそれから、あれも、あとあれも。これも…
穴が開いてると苦しいの。
そうだ、わかったよ。「私」、未来がないんだ。お母さんも、ももちゃんも、大切な人はみーんな、離れてっちゃうものね。お母さんも、近いうちに死んじゃうでしょ。
でもそれは空もおそろい。いつかきっとこの星たちは、消えてなくなっちゃうものね。永遠に生きられる保証なんてないもの。
「私」、知ってるのよ。大切な人がいないと、人って生きられないんでしょ。苦しくなっちゃうんでしょ。そんな「私」なんか、近いうちに死んじゃうんでしょ。未来がないんでしょ。
神さま、どうかお願い。私のお願い事、ちゃーんと叶えてよね。叶えてくれなきゃ、神様なんてもう知らないからね。
ぱっ、と目を開けたら、流れ星はもうなくなって、空には雲がかかってた。1分も経たないうちに、朝日が浮かび上がってきた。
あぁ、ごめんなさい、神さま、ごめんなさい。
流れ星が流れてる間だけだもんね。たくさんお願い事しちゃった。欲張りな「私」をどうか許して。そして星たちよ、どうか「私」の願いを聞いて。
神さま、時間オーバーしちゃったけど、さっきのお願い事、ちゃんと叶えてよね。
70年も、80年も経っても、星たちは、「私」は変わらず輝き続けている。
そっか。未来がなくても、生きていられるよね。輝いていられるの。そもそも未来なんて、誰にも分からないもの。
でもね、「私」もうすぐここからいなくなるかも。天国に引っ越しちゃうかも。
でもきっと、星たちはまだまだ生きていられるよね。いつまでもキラキラ輝いていられるよね。
星と人は似ているもの。自分が輝けば、他の誰かを照らすことができる。それが長い間できるのは、あなたたちだけなんだよ、お星さま。
星だっていつか消える。分かりきったことだけど、ーー人々を照らすことさえもできるのなら、
どうか、
ーーー星々が永遠に輝きますように。
自分で言うのもなんだけど美しい話でしたね。
雪が降る日に想い出のメロディを奏でて
「…本当に、行ってしまわれるのですか?」
白い息を吐いて、琴はそう言った。着物の下で肌がぶるっと震える。真っ白の空を、汽車の黒い煙が塗りつぶす。程なくして、雪がしんしんと降ってきた。
「あぁ。もう後戻りできないからね。…必ず、会いに戻ってくるよ。」
そう言って帽子を被り直し、あの人はふっと笑った。その顔は何処か寂しそうで。息が冷たい空気に紛れ込んで、白く染まる。
まもなくして、汽車は耳障りな音を奏でた。またね、と言わんばかりに、彼は手を振って汽車に乗り込んでいった。
汽車と共に、あの人は遠ざかってゆく。雪が手に当たって冷たいのも忘れて、琴はあの人のことを想う。
なぜ、汽車は彼を連れてゆくのだろう。どうして、私から幸せを奪ってゆくのだろう。嫌だ、行かないで。冷たくて苦しくて、胸をキュゥっと縛りつけるような感情が、一気に押し寄せてくる。
もうちょっと、厚着してくればーーー、この苦しさも、少しは癒えたのだろうか。
何年経ったか、あるいは何年も経ってないのか、彼がいない日々なんて、数える必要もなかった。約束したはずなのに。必ず会いに戻ると。
戦争はもう何日も前に終わって、帰ってきてもおかしくないはずだった。あれからは毎日雪が降り積もって、あの日のことを思い出させる。
「…もう、帰ってこないのね…」
そっと諦めたような顔を浮かべ、冷めたご飯を口に運んだ。味はしなかった。
そっと郵便箱の中を覗き見る。いつもと変わらない日常を繰り返す。何かが欠けた普通の日々。まだ雪はしつこくしんしんと降りづける。
「…寒い」
何年か前。あの時も冷たい雪が降って、寒かった。でも彼が後ろからそっとかけてくれたマフラーが暖かくて、体も心も満ちていくのだ。
ふと、後ろを振り返る。誰もいない。あるのは彼と住んできたはずの小さな家。
カサ、の手の中で紙が音を立てた。何かと思って見ると、
「ピアノコンサート…」
丁度いい。今の凍りついた心に少しでも響くような、そんな音を聴きたいと思った。昔から琴は音楽が好きで、あの人と出会えたのもピアノがあってのことだった。
「行って、みようかしら」
琴はその紙を優しく握りしめて、家の中へ戻っていった。
会場に人々の雑音が響き渡る。そんなノイズはもう琴の耳には届かない、今日はピアノの音だけを聴きに来たから。ふと、眼の中に再会したであろう幸せそうな夫婦が映ると、より一層琴の心は冷たくなっていく。あの人たちの心は暖まって、幸せなんでしょうね。そう思うと、なんとも言えない感情が琴を襲う。
冷たい、冷たい。寒くて、凍えそうだ。ピアノの音が会場に響いても、琴の心には響かなかった。もう、帰ろう…。そう思って席を立とうとした時。見覚えのある顔が、舞台裏から出てきて一礼をする。
「…え?」
その人が弾いた、「戦場のメリークリスマス」。寂しいメロディで、どこか暖かな優しさがこもった綺麗な音色。今までの何よりも、琴の心に響き渡った。いつしか、彼が琴のために弾いてくれた、あの曲。
「どうして…。…貴方、貴方なのですか?」
ぽろぽろと涙が溢れる。どうしてこんなところに、そんな疑問よりも、あの人を見つけられたことが何よりも嬉しくて。ピアノの暖かな音色が何よりも凍りついた心を溶かして。
演奏が、コンサートが幕を閉じる頃、琴は誰よりも早く席を立ち、舞台裏へと向かっていった。丁度あの人が、会場から出てきた頃だった。深く降り積もった雪が、琴の行手を邪魔してくる。でもそんな事はどうでもよくて。あの人に会いたい、ただそれだけだった。
あの日の汽車の音が、頭の中にこだまする。苦しくて、悲しくて、冷たかったあの日の別れが、鮮明に思い出される。
「ーーー貴方っ!」
ふわっ、と彼に抱きつく。間違いない。あの人だ。琴が何よりも愛した彼。誰よりも会いたかった彼。
「どうして、今まで…。いや、帰ってからゆっくり話しましょう。よかった…本当に良かった。」
涙を浮かべながら、琴は嬉しそうに彼と話をしようとした。ーーーでも。
「…すみません、私はどうやら戦争で記憶を失ったそうなのです。貴方が誰なのか、私はわからない。けれど、貴方が凄く大事で、守りたい人なのは…分かる気がします。」
あぁ。汽車は、あの人との思い出と記憶を奪っていったようだ。けれどなぜか、割れるはずの琴の心は…暖かい気持ちでいっぱいで。
たとえ貴方が私を忘れたとしても。貴方はここに戻ってきてくれたのだから。
ただそれだけなのに。
ぽたぽたと、降り積もった雪の上に涙が落ちる。それが貴方に出会えた嬉し涙なのか、はたまた貴方が私のことを忘れた悲し涙なのか…それは誰にもわからないけど。
琴の凍りついた心と共に、雪が溶けてゆく。
「…貴方にまた会えて本当に良かった。戻ってきてくれて…ありがとう。」
その日から、雪は止んだらしい。
人は愚かである:
「空とか海とか、くだらない世界に身を任せて、人って愚かなものね。」
ある日の正午を少し過ぎた頃、リマイラは虚空を見つめてぽつりと呟いた。いや、ぽつり、というよりは、まるで誰かを演じるように、感情のこもった声で。
「急に何を言い出すかと思ったら。そうね、確かにそう。珍しいわね、貴方らしくない。」
地面の雑草をわざと音を立てて踏みつけ、友人のフィレンダはそう返した。その音が聞こえて初めて、リマイラは自分が原っぱの真ん中で柵に寄りかかって座っていることに気がついた。小屋の方を見ると、何匹かの羊が目を細めて一心不乱に顎を動かしている。草を食べているのだ。
「あぁ、私、こんな所にいたの。変ねぇ、ついさっきランチを食べ終わったばかりなのに。」
「貴方って、そういうところがあるのよ。」
そうフィレンダが言い終わるより先に、くすっと小さな笑いを浮かべて、リマイラは空を見上げる。まるで全てを知り尽くしているような、赤子でも見つめるような、世界を見下ろすような。そんな目で。
「愚か、そう、人は愚かなものよ。自分の都合のいいように世界の力に頼り続けて。」
澄ました顔で、リマイラはさっきの話を続ける。
「って、こんな話をする私の方が愚かよね。ええ、そうよ。どうせ私も、世界の理の一部に過ぎない。」
フィレンダは静かにリマイラの目を見つめる。こういうところだ。ふらっと何処かへ出て行って、おかしな話をするのだ。誰かに聞いてもらうためでもなく、ただ自分が満足するためだけに、つまらない話をフィレンダの耳へと運ぶ。そういう、静かな友人が欲しかったのだ。ずっと。
「いつか、世界が破滅へと向かう時、その時だわ。その時こそ、人が自立するべき時。でも不思議なものね、どれだけ頑張っても人は世界を変えられないもの。」
そう言ってリマイラは立ち上がり、羊のいる方へ歩き出した。フィレンダはそれを追いかけるように目を動かして、見つめる。自分でもどんな顔をしてるのかわからなかった。それを自覚して、フィレンダは顔をわざとらしく動かす。
「そう、人は本気で世界を変えようとして初めて、自分がどれだけ無力なのか、そんなことに今更気がつくの。」
あら、そういえばお茶を切らしていたわ、と、リマイラは小屋へ駆けていった。フィレンダはゆっくり、柵の方へ歩き、自分の手を見つめる。世界の理、か。確かにその通りだ。私もどうせ。
バッ、と後ろを振り向いた。誰もいない。あるのは羊だけ。
「なんだかさっきから、変ねぇ。とうとう幻聴でも聞くようになったかしら。それとも、誰かがあそこにいるのかしら。」
世界を変えようとして自分の無力さに気づく。
ああ、そういう意味だったのか。
誰もいない草原で、ぽつり誰かが声をあげる。
駄作
雲の上で
辺りには体の芯まで染みる冷たい空気と、無駄に暖かい太陽の光しか届かなかった。
そんな最後の希望さえも、もうすぐ消え去る。雲の中に隠れていく。
「そんなに死にたいの?」
後ろから声が聞こえた。
こんなに高い丘の上で、誰にも気づかれずにに朽ちていくはずだった。
何も知らない優しい人たちも、誰かの為に不幸を選んだ人も、私を助けようとした裏切り者も。
誰も彼も、もう居ない。
「どうせならみんなと一緒に死にたかった。みんなと一緒に人生を終わりにしたかった」
そうか。そうだった。みんなみんな、死んでしまったのだ。誰かが投げた、あの手榴弾で。
体がバラバラに飛び散って、誰かの泣き声しか聞こえない地獄絵図。
「私があの時気づいていれば…みんな、死ななかったはずなのに…私が…私が!」
崖の方へ、また一歩踏み出す。足元に薄く雲が泳ぐ。冷たい空気が張り付ける。
「君があの時みんなにそのことを伝えても、どうせみんなは信じなかっただろうね。君のせいじゃないよ、あっはは!」
【いつまでそうしているつもり?】
【両親を殺したのは貴方よ!彼らは貴方のことを愛していたのに。】
【何も悪くない人を見殺しにするなんて、なんで卑劣な…】
【彼女は酷い人だ。私が汚れ仕事を引き受けるしかないな】
【結局いつも俺がやる羽目になるんだ。】
【大丈夫か?手を掴んで!】
【あんなの全部嘘さ。あんたへも優しさも、全部】
「どうせなら私が殺してあげようか?」
誰の声かも分からない。そんなことを確かめる気力も湧かなかった。ただその言葉が、私の心に深く響く。
「死にたいのでしょう。だったら生きれば良いのに。そうすればいつか死ねるのに。
それがどうしても嫌なら、私が苦しまないように殺してあげる。貴方の為に。」
ああ、そうか…。生きれば、いいのか。
誰の為に死ぬのかも分からなくなってきた。
最後まで。ずっとずっと先の未来まで。
だったら、貴方の助けはいらないか。
「生きるのか…。そうするか。」
雲の上で、そう私は小さく呟いた。
私は、いつまで生きられるだろうか。
「え?だから、《《最後まで》》、よ。」
そこには誰もいなかった。
スローライズ
iPhoneの通知音を短編小説に…という超絶面白そうな企画の参加作品です。
温かい目で見てください…🫣
暗い暗い海の底へ沈んでいく。
抵抗できないほどの水圧と、「ああ、もういいか」と何処かで感じる諦め。生きる意味を見失うには十分すぎる材料だ。
深く澱んだ、ゴボゴボとした音さえ、耳に届かなくなっていく。意識が途切れ、とうとう何も見えなくなってきた。
あぁ…私はここで死ぬんだな。
その時、小さく、とても小さく、掠れた音が聞こえた。
何処だ。何処から聞こえる?この暗い海の底で、何か音が聞こえるわけがない。
意識を繋いで何とか耐えているうちに、その音はだんだんとはっきりしてきた。
カン、コン、カカコン、コン。
音が鳴るたび、一定の間隔で身に響く。その音はまるで深海の闇を教えてくれるようだった。その証拠に、少しだけ澱んだ音が混ざる。
本当は何の音もならないはずだ。この美しい音も。本当はただの気休めにしかならない。
でも、その音は本当に、動けない体に深く染み渡った。もしここで別の音が鳴っていたら、恐らくすぐに死んでいただろう。それ程までに、この音がまさに求めていたものだったことに気付かされる。
音が彼女を地上まで連れて行ってくれる?そんなわけがない。分かっている。分かっているのだ、それでも…
彼女にとってその音は…ある種「救い」のようなものだった。
カン、コン、カカコン、コン。
カン、コン、カカコン、コン。
カン、コン、カカコン、コン…
むっず。でも楽しかったです。
愛と蛆
注意喚起しましたよ!本当にいいんですね!?
それでも読んでくれる、そんな貴方が好き!
違う。違う違う違う。私はただ、あの子のために…
響き渡る大声は脳の奥底に沈み、不快なこの感情は32秒前に灰になった。
つまりは、もう何も考えられなくなった、ということである。
頭は私の意思に反して眠りにつき、そのくせ二つの目は一心に正面を見つめている。肌の上でだくだくと汗をかいて、それは冷たくなって汚れた服と同化する。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
「彼〜〜て〜〜〜!〜〜、〜〜〜死〜〜〜理由が〜…!」
途切れ途切れに脳が音を拾う。誰かが話をしているようだけど、私には関係ない。関係ないと思いたかった。頭のどこかで、正反対のことを考える自分がいた。
ああ、どうして?どうしてだろうか。
私は「愛」を以てあの子を埋めただけ。ただそれだけじゃないか。
無論、あの子の意思を尊重してのことだ。
あの子は私が産んだのだから、私がどうしようと自由。骨しか残らないなんて、そんなの可哀想だ。勿論これも、私があの子を愛していたから行ったことに決まっている。
脳が、口が、勝手に言葉をあげる。目の前、いや、少し見上げた場所に座っている男は、私の暗く沈んだ顔を見て目を細めているように思えた。
なんだ?今更?私の苦労に知った気になっているとでもいうの?
あの子が死んでしまったことが君たちにバレたら、あの子は跡形もなく焼かれてしまうのでしょう?あはははは!なんて穢れた考え方を持った奴らだ、馬鹿馬鹿しい!君たちは自分の大切な存在が勝手に炎の中に入れられるのが我慢できるというの?少なくとも、私は出来ないね!
口を大きく開けて大声を出すうちに、汗がだんだんと顔を出さなくなり、私の体が内側から熱くなるのを感じた。目の前は不可解な涙で滲み、もう目の前の男の顔も見えない。周りの人達の姿も見えない。
見えない、見えない、見えない。見ないふりをしてきた。分からない気になっていた。
あの子が死んでから、ずっと一人で頑張ってきたのに。あの子は五日もしないうちに、何処から貰ってきたのか、家の空気を一変させた。
暫くすると傷口には蛆が纏わりつき、傷口を荒らし、匂い…いや、空気はより悪くなった。
そんな姿になっても、私はあの子のためだと思って、必死になって君たちから隠した。もう焼かれるのと変わらないと思う時さえあった。それでも、今までの苦労を思うと、辞めるわけにはいかなかった。
あの子の頬を撫でる。青白い肌は冷たくなって、唇からは完全に水分が抜け、頭には虫の卵が植え付けられて、一年もすれば体を食い破った蝿があたりを飛び回る。
それでも、それでも、あの子のために。愛を以て、あの子のために。あの子を愛しているから、愛しているから…こんなにも、醜い姿でも、私の口角は下がらないのだと思う。
ああ。愛しているよ。×××××。
彼女は最後に愛と蛆を天秤にかけ、まさしく前者で勝利した。
けれど彼女の考えは世間には理解されず、華々しく散った。
彼女のやり方がどうであれ、考え方が間違っているとは一概には言えない。けれど、
世界が綺麗になるなら、それもいいんじゃない?
くう
事故表現があるので、PG12。
もし私が君を裏切ったとして、そこにどんな感情があると思う?
彼女は食べるのが好きだ。お菓子、果物、肉、魚。なんでも食べる。昆虫も、食べる。
そんな彼女を見ていて、一度もつまらないと思ったことはない。これが俗に言う「恋愛感情」なのだと、僕はのちに悟った。
一緒に居ると、僕までどんどん食べるのが好きになる。魚は骨を丁寧に抜いて、刺身にしたり、煮たりする。僕はサーモンが好きだが、彼女はフグが好きだった。高いものだから、あまり食べられることは無かったが、それでも食べられた時の彼女の見せる笑顔は屈託のないものだった。
そんな彼女がある日、夜景の見えるガラス張りのビルのレストランで、こう言ったんだ。僕も君もお金持ちになって、フグも何もかも、簡単に手に入るようになった。ただ、僕が好きなサーモンを食べる機会は減った。
彼女がそんな変なことを言うのなんて初めてだったから、僕は理解するのに数秒かかった。元々そんな人なのだ。
裏切るって、何さ。そんな、アニメみたいな話…。あ、もしかして、別れるとか、浮気とか、そんな話かい?そうだなぁ、罪悪感…かな。似合わない気もする。優越感?達成感?うーん、状況によると思うよ。
そう答えたら、彼女はにっこり笑って、知らない魚の切り身を喰んだ。ナフキンで口をすっと拭いて、小指を唇に乗せて、色気のある顔で目を瞑る。
やっぱり、面白いなあ。
その数日後に、彼女は死んだ。どんな意図があるのかは知らないが、勤め先のビルの屋上から飛び降りたらしい。丁度下でびちゃっと潰れた直ぐ後に車に轢かれて…どのくらいだったっけ。確か、五キロほど引き摺られて行ったと。死体は原型も残っていなかったが、紫色に染まった彼女の唇は綺麗だった。
色んなものを食してきた彼女の口が、羨ましくなった。こんなことを言うのも変だけど、不謹慎だけれど。これも愛故?
違う。僕は、彼女を裏切ったんだな。あの日君が言った言葉の意味がやっとわかって、ゾクっとした。
結局僕らは、愛など知らなかったんだな、って。これを言ってしまうと最初に言った「恋愛感情」のくだりに矛盾が生じてしまうが、まあ、最後まで聞いてくれ。
「食べる」ことが好きな彼女は、僕を食べたかった。彼女が死んで、同時に僕も、彼女を食べたくなってしまった。安いサーモンなんかよりも、血塗れの肉塊になった君がいい。毒を抜いてない詐欺高級店のフグも、もはや眼中にない。
つまり、愛を履き違えた、というわけだ。面倒な言い回しになってしまったが…。愛を知らなかった結果、僕らとしての愛が生まれた、みたいな。そんな感じだ。理解したかい?
結局僕は、彼女を美味しそうだと思ってしまった。それが裏切りさ。
そんな話を同僚にしたら、彼は何も言わずにサッと逃げていってしまった。首に少し冷や汗をかいていた。残念だ…今日は寿司にでも誘おうと思ったんだが。
どんな感情、か…。そう思って、カーソルを動かした。「感情 一覧」と打って検索にかける。二度と使わないような単語ばかりがつらつらと並べられている。
ふむ、この感情を使って説明してみよう。安心、恐怖、嫌悪、軽蔑、緊張、罪悪感、性的興奮、絶望、空虚。キリがないな。それほどまでに、あの時は全ての感情が入り混じっていたのかもしれない。死んだという絶望と、死なせてしまったという罪悪感と、失ってしまった空虚さと、「食」に対する異常な執着への恐怖。そんな感情さえも美味しい食材になるのだから、あの時の自分と彼女に感謝して、今日も何かを食う。
なんも考えずにテキトーに書いてるので、これといった深い意味はありません。好きに考察してね!
桃源郷で、2人
長い廊下の先には、何があるんだろう。
いつかあの子とそう言って笑っていた気がする。と言いつつ、カラフルなステンドグラスが施された窓の白い家にその子は、いなかった。一体どうして、人生とはこうも難しいものだろうか。差し込む日の光は無常にも彼女の頭を熱く照らした。左半分しか当たっていないのだから、頭の片方だけが、燃えている。
白き波紋も、届かず。私は桃色の景色が見たい。桃源郷へ行きたい。これはあの子…ミレイユと語った夢の端っこ。
またミレイユと会えたら、もう一度あの夢を叶える為にトンネルを潜ろう。誰も知らない秘密の橋を渡り、私達は桃色の海を白いワンピースで駆け抜けるのだ。何度も思い描いてきた。
白い孤児院を出てからミレイユとは離れ離れになってしまった。都会に降りてからというもの、肩にぶつかる他人が、転んだ時の周りの目が、どうにも肌に合わない。やりにくい。私には丘の上の孤児院で子供たちと戯れる方が性に合うのだ…そう考えついてからは早かった。今は思い出の孤児院で働いている。
ミレイユの性格ならば、ここに居ればすぐに再会できると思っていたのに…何故だろう、私はどこか間違えてしまっただろうか?あれからもう十数年が経ち、そろそろミレイユの顔も、声も、忘れてしまいそうで、恐ろしさに身が震える。
ここで大人しくしていれば良かったのかもしれない。
青空のように浮いた気持ちで軽快なステップを踏みしだき、トンネルへと向かう。トンネル、というよりもそれは私とミレイユの間の秘密の合言葉のようなものだ。実際は孤児院の誰も入ったことのない扉だった。職員となった私でさえ。その扉には今まで見ていた景色とは違うものを感じた。心の中のあの扉はこんなにも黒く青かっただろうか?こんなにも寂れていて、まるでここには私しかいないみたいで、気味が悪い。単に年季が入っただけだろうか。それとも、この奥に桃源郷があるなど、所詮子供の夢物語に過ぎないと、半ば諦めていた故の視界なのだろうか。どちらにせよ、好奇心というものは単純なのだ。私はドアノブに手をかけた。
白、というのは染まりやすい。あの時の約束と同じく白いワンピースで来たというのに、扉の先には長い暗い廊下が続いていた。とにかく酷く暗くて、抜けた時には私は黒いワンピースに早変わりしてしまいそう、なんて。
実はミレイユと一度この扉を開けたことがある。その時初めて、この扉の先が廊下であることを知った。それから私たちはこの廊下の先の世界に夢を膨らませてきたのだ。
長い廊下の□□は、何がある□だろ□。
記憶が霞む。早いところ潜り抜けて、この夢を終わらせたい。そうは言っても長い長い廊下だ。ヒタヒタと裸足で踏みしだく廊下はどこかべとべとしてして、私の静かな息遣いさえ奥へ響き渡った。そもそも先などあるのだろうか?
□□廊下□□□は、何□□□んだろ□。
もう何分歩いたのかも分からないが、やがて廊下の先に光が見えてきた。それは桃色…に近い、虹色のような光を放っていて、暗い場所で歩いてきた私の目に差し込み少し痛む。まるで私の名前のよう。オーロラのようだ。
足がどんどん痛みを感じるようになって太ももが爆発しそうだ。光という明確なゴールが見えるのに辿り着けない。重い足取りが深淵のような深い床に吸い込まれ、音さえ私の耳に届かない。だんだん、どんどん、記憶が霞む。私が何者であったかさえ、ぼやけてきた。
□□□□□□□□、□□□□□□□□。
辿り着いた。そこが桃色かも、分からない。
長い廊下の先なんて、知らなくてよかった。
ただ一つ、白色のワンピースで中心に倒れ込むあの日の親友と。ディストピアで、2人。
お久しぶりでした ふと思い浮かんだため!
人間の証明式
私は人の心を読み取るのが不得意だから、「貴方空気読めないのね」なんて、よく言われた。
仕方のない話だ。普通の人間には備わっている能力だ。けれど私には、どうしても…完全に理解しようとすればするほど、心の奥深くにある「真実」を見透かしてしまうようで怖いの。今日も私はそんな悩みを抱えながら、白いシーツの中に堕ちて眠った。
こんなこと考えてるけど、私だって学生。今日も目覚めては、ぐしゃぐしゃにシワのついたシーツの上で、少し汗を流しながら目を覚ます。朝は弱いのだ。視界が朦朧として、立ち上がると眩む。けど、学校に行かないと。
こんな性格の私にも、2人の友人がいる。スエリとヒメ…あの子達は、私の「理解者」。2人に会えるのなら…そう思うと気が重い登校も自然と足が動いて、私は学校へ向かった。
さあ、机に向かって。ペンを握って。声を出して。「作者の心情を読み取りなさい。」
できるわけがないでしょう?冒頭でも言った。「私は人の心を読み取るのが不得意だから。」
こういう系統の問題は、別に私以外にも苦手な人はいる。でも…考えれば考えるほど、この人が何を考えているのかどんどん分からなくなって…。いくら仮説を立てても、証明できるわけではない。この問題を作った人も、あくまで「推測」で答えを作っているのだ。何人もの学者の仮説が合わさった、誰も知らない思考の真実が、この教科書に込められている。「シュレーディンガーの人間」とも言える。
こんな話を理解してくれるのも、スエリとヒメだけだった。スエリは明るくて、なんでも肯定してくる性格は少々如何なものかと思うが、その性格に助けられてもいる。ヒメは大人しく優しく、自分の話をあまりしたがらない暗い性格だけれど、どこか他人を包み込んでくれるような穏やかな目をしている。2人から私の印象を聞くと、「不思議な人」だと。どういう意味なのかよく分からないが。
2人は私の話を良く聞いてくれる。そんな2人に、私も恩返しをしたい。もし2人が困っていることがあれば助けてあげたい。それが、「普通の人間の思考」だと、私もそれぐらいは知っている。だからこう言ったのだ。
「スエリ、ヒメ。私、貴方達のこと信じてるよ。」
「…どうして、ヒメを殺したの?」
ガラス越しの対面で、私はやつれた顔のスエリを前にして話を始めた。久しぶりの再会だったのに第一声がそれだなんて!そう思いつつも、やはりきちんと説明しておかないと誤解も解けないか。
「あれ…?私、前に説明したよね。ヒメが私に相談してきたからだよ。もう死にたいって。だから私、手伝ったんだよ。」
静寂が肌を包む。スエリの目からこぼれ落ちる涙と、眼球のあたりに集まる皺が、普通の人にとっては「悲しみ」たる証拠らしい。
しかし私には分からない。ヒメの願いを叶えた私に憎しみの目を向ける理由が分からない。厨二病とかではないのだ。おそらく私には生まれた時から、何かが足りなかった。
ベッドに座る。スエリの胸の辺り…心臓の辺りを想像して、そっと掴むように手を天井に向ける。あの時の顔、感情、「心」を…理解しようとしても、結局私は他人なのだから。
どうしてそんな顔で泣いてるの?
私は考えるのをやめた。所詮、人の心を完璧に理解することは…真実を証明することは…不可能だから。「悪魔の証明」だから。
ごめんね。
絞り出した答えも、誰の耳にも届かない。
陰に沈んで 私はまた眠った。
変態
表現が下手なのでそこまでハッキリとしたものはありません!
一眼見ただけじゃ、分からなかった。その蛾が、窓の外にいるのか、もしくは室内にいるのか、なんて。蟲は何となく苦手だったから、目に溶け込むような不気味さに耐えられなくて思わず部屋を飛び出した。
研究室に、先生がいる。私を生かしてくれた先生。私を、「変えてくれた」先生の腕に優しく包み込まれたい。
「カモス、おいで。今日も実験をしよう。」
白い床を駆け出して、少し汚れた白衣に飛び込んで、上を向いて、ちょっと微笑む。そうしたら、先生は笑顔になってくれる。デスクに置かれた珈琲の匂いが充満して鼻につく。先生が、そこに存在している。
私はカモス。生命体。チキチキと鳴いて羽を動かす、蟲は少し苦手。さっきの蛾のような、不気味で気持ち悪い物体は掃除しないと、じゃないと不衛生だ。私と先生のお城は真っ白でいい。赤とピンクと緑が混ざり合った塗り絵が目の裏に焼きつく。増殖する。蟲の多くの眼は複眼なんだって、先生がいつか言ってた気がするけどあんまり聞いてなかった。
手術台は高いから1人じゃ登るのも大変だけど、先生がからだを直してくれるからどんどん簡単になる。苦い珈琲もいつか飲めるようになるかな、でも私は甘い方が好きだな。
そんな、先生との白くて綺麗な夢を願っていれば、痛い針もどうってことない。私のからだに差し込まれるのが先生のピンセットなら耐えられる…けど、もし蟲だったら…って。人間だから、不安なことから目を背けようとしても影はいつだって着いてくる。複眼になって、万華鏡みたいな景色を見ていたら、眩しい蛍光灯の光が届かなくなる。ああ、蟲が…からだのあちこちから、キチキチ音を立てている。駄目だよ、ピンセットの脚は2本なの。要らない脚は捨ててしまえ。
血の海で溺れながら、耳に届く先生と、知らない誰かの声。今はあまり前が見えないのに、耳は眼じゃないのに光が耳える。みえるよ。ああ、からだ中の全てで、白を感じる。
「彼女、元々蛾だったのに、凄いね。本物の人間みたいだ。」
あれ?
どうせ焼かれたら埃になる。ティッシュで拭き取られたら黒に染まっちゃう。珈琲の中じゃ息ができないよ。
ならば変態しよう。蟲じゃない、人間に変態するの。もう一度あなたと溶け合いたい。脚と脚の間からずり落ちる夢みたいにきれい。
ああカモス、私よ。どうか孤独は、蠱毒だけはやめて。白を汚されて仕舞えば、レンガが頭に降ってくる…力なく倒れる、まるで蟲みたい。
てんとう虫の、ゲジゲジの、蝶々の、蚊の、蝿の、カマキリの、バッタの、蜘蛛の、蛾の…
小さな脚はもいで、変態してしまえば…まさに白昼夢みたいだね、って