ある男性の短く長い冒険の物語です。
災害や事故に関して扱っている描写があるので、注意してみてください。
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目次
第一話「手紙」
僕の時間は、2年前のあの日を境に止まっていた。あの日、あの時の何気もない判断一つをいつまでも後悔していた。
2年前、その日は雨の日だった。僕はその日、塾があったんだ。来年から大学生だから、最後の塾だった。みんなとのお別れの日。僕は塾に遅れそうになっていた。そんな大切な日だから家族は僕を塾まで送ろうかと誘ってくれた。僕はそれにじゃあお願い!と返した。幸せだった。そう、幸せだった。あの時までは。
僕たちは塾まで行く途中で事故にあった。医師たちの懸命な治療も虚しく、僕以外みんな死んだ。僕も無事では済まず、片足が義足になった。
僕はその日から2年間、ずっとあの誘いを断らなかった自分を憎んだ。このまま僕は何も変わらない、一切進んでいかない日々を今日も、明日も、明後日も、これからもずっと歩んでいくものだと思っていた。でも、違った。
満員電車から降り、1人だけで誰も待っていない空っぽな家に向かって歩いていた。
玄関を開け、部屋に入る。何もない部屋を見渡す。机の上を見る。そこには、見覚えのない「ポスト」と書かれた小さな木箱があった。それを開けると、手紙が一枚入っていた。
送り主は「大渡彩」宛名は「だれか」
手紙を読むと、どうやらこの箱は大渡彩という人が少し怪しいおじさんから、「この箱に手紙を入れると、誰か君を救ってくれる人と手紙のやり取りができるようになるんだ。」と言われ、当時精神的に困っていた彼女は買ったらしい。手紙の最後には「もし届いていたら返信をこの箱に入れてください」と書いてあった。
僕はこれを嘘だと思ったが、逆にどうしてこの箱がここにあるのかと考えても思いつかない。とりあえず手紙の送り主を信じて、自分の名前が川口陽介であるということと、軽い自己紹介を書いて手紙を箱の中に入れた。
それから僕たちは毎日手紙を送り合った。少しは心が楽になったような気がしていた。
第二話「2つの運命」
それから1年ほど経った。どうやら彼女も自分と同じように家族を亡くしてしまったらしい。僕は幾度となく彼女と励まし合った。彼女と趣味が同じ旅行であったため、そのことで盛り上がったりもした。そんな彼女のことを知っていくたびに、僕は彼女に惹かれていった。
その日もいつものようにいつもの時間でポストを開ける。今日はどんなことが書かれているのか。
しかしそこには予想外の手紙が入っていた。
「助けて」
焦っているのか字が汚かったが、確かに彼女の字だった。
それ以降、手紙は届かなくなった。彼女が何か助けを求めているのかもしれない。僕は彼女を助けにいくために、過去の手紙を読み漁った。
彼女の住んでいる県は知っていたが、そこからの手がかりはかなり少なかった。彼女が言っていた家の近くにある店の話、細かい地元のニュース。しかしそのどんな出来事も時系列に合わない。
調べるためには過去の手紙を見ざるを得なくて、でもそれが辛くて。他愛のない会話一つ一つが事故の前の家族の記憶と重なって。何度も何度も消えてしまおうかと、諦めてしまおうかと思ったが、彼女を助けないといけないとをえるとそんなことできなくて。
彼女を探し始めてからちょうど1年が経った。ようやく彼女の住んでいる集落がわかった。これで助けに行ける。彼女の名前は知っているし、現地に着けばどうにかなるだろう。そう思ったとき、彼女の住む地方で大災害が起こった。それと同時に、僕は彼女が助けを求めている理由と、時系列が合わなかった理由。そして、自分のしなければならないことがわかった。薄々気づいてはいたが、どうやらこの箱は1年前の誰かに向けて手紙を送れるものだということ。そして、彼女はその地震に被災していたこと。そして、僕が彼女を救わなければならないこと。それから僕の旅が始まった。
第三話「昔も今も変わらないこと」
地震の翌日、僕はすぐに彼女の家に向けて車を出した。しかし当然現地に近づくにつれ、地震の影響が強くなっていく。
幹線道路は通行止め。迂回路として案内されている道も通行止め。ボロボロな道を通ってどうにかして彼女が住んでいる集落の近くの大きな街辿り着いたがその頃にはもう深夜。唯一営業していた宿の最後の一部屋にその日は泊まった。学校を無断で休んで家飛び出したため、どうしようかと考えつつも、いや、それはとりあえず彼女を救ってからだと。
泊まった宿は少し高台にあったため津波に流されなかったが、海沿いにあった街の中心は、津波に流され瓦礫まみれ。街には寂しい泣き声となにも妨げられるものがなくなりこの町で唯一元気に吹き荒れる風の音だけが響いていた。
宿で一夜を明かし、僕は最低限の荷物と彼女からの最後の手紙だけを持って朝早くから山あいの彼女が住んでいたであろう集落へと向かった。
正直彼女はもう死んでいるかもしれない。でも、彼女の家で情報を集めて、過去の自分に状況を伝えれば、彼女を助けることにつながるかもしれない。それに、もしかしたら道路が通行不可になって取り残されているから助けてと送られただけかもしれない。
そんなことを考えられたのは、集落に到着するまでだった。
最終話「少しずつ、何度でも。そしてハッピーエンド」
悪路を走り抜き、彼女の住んでいる集落にやってきた。道中車とは一台も出会わなかった。いくら地震に見舞われたとしてもこれはおかしい。どこか嫌な予感がした。
嫌な予感は、的中した。集落のほとんどの建物は瓦礫になり、人っ子一人いなかった。
もしかしたら彼女は生きているかもしれないという一縷の望みはそこでプッツリとたたれた。
もはやどの家が彼女の家かもわからず、必死に瓦礫を掘り起こした。
1時間ほど探した時、大渡という表札が瓦礫に埋もれていたのを見つけた。瓦礫を必死に掘り起こしたが、量が多すぎてなかなか進まない。
「彩さん、彩さん‼︎」僕は必死に叫ぶ。すると、あの箱があった。彼女は最後に手紙を送った。だからきっとこの近くにいる。
僕はさらに探そうとした。そんな時、地鳴りのような音がした。
音がした方を見る。そこは崖になっていた。土砂崩れが起き、土砂がこちらに押し寄せてきていた。
僕はもうまだ助からないと悟り、急いで「助けて」という手紙を書き、あの箱に入れた。
僕は状況が好転したことに安堵し、笑顔になりながら土砂にのまれていった。
満員電車から降り、1人だけで誰も待っていない空っぽな家に向かって歩いていた。
玄関を開け、部屋に入る。何もない部屋を見渡す。机の上を見る。そこには、見覚えのない「ポスト」と書かれた小さな木箱があった。 「なにこれ?」そう言いながら僕は箱を開けた。そこには手紙が一枚入っていた。