英国出身の迷ヰ兎
このシリーズは「英国出身の迷ヰ犬」という前のアカウントで書いていた文スト二次創作で張っていた伏線などを頑張って回収しながら書きたかった最終回を目指していく話です((長いわ
注意⚠︎
・文スト二次創作
・小説ネタバレあり
・オリキャラ多数
・オリジナルストーリーのみ
・伏線を全部回収できるわけがない((
・英国出身の迷ヰ犬と少し設定違うかも
───
収録章
プロローグ
一章「望まぬ再会」
二章「殺すか、殺されるか」
三章「二つの虚像」
四章「全世界放送」
間章「迷ヰ兎ノ軌跡」〜エピローグはこちら↓
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目次
プロローグ
少女の死から始まる物語。
--- 大戦末期。 ---
ロリーナ「ルイスはどう死にたい?」
どこかの戦場。
そこで作戦待機中のロリーナはそんなことを呟いた
ルイス「……ねぇ、ロリーナ」
ロリーナ「なに?」
ルイス「“暇だからなんか話して”って云ったよね、僕」
そうだね、と少女は欠伸をする。
ルイス「話題おかしくない?」
ロリーナ「まぁ、戦場で話す内容ではないよね」
ルイス「じゃあ何故、今、この瞬間に話そうと思った」
ロリーナ「特に理由はないよ」
眠いのか、目を擦りながらロリーナは云う。
ロリーナ「ただ、いつ死ぬか分からないこの状況で理想の死を迎えられるとは限らないから、出来ることは叶えてあげようかと」
ロリーナを見て、空を見上げ、ルイスはため息を吐く。
まだ作戦開始の狼煙は上がっていない。
そして今、この場所には二人以外おらず、こんな会話をしていけない理由はない。
少年は暫く考えてから呟く。
ルイス「……まぁ、暇だから付き合うけどさ」
ロリーナ「ありがと!」
ルイス「で、そんな話をしようと思った君はどう死にたいんだい?」
ロリーナ「……考えてなかった」
ルイス「おい」
ロリーナ「嘘だよ。聞かれると思って考えてある」
まるで小悪魔のような笑みを浮かべるロリーナ。
ルイスは、何度目か判らないため息をついた。
ルイス「それで、君の理想は?」
ロリーナ「“大切な人達に見守られて死ぬ”」
少し瞠目してから、ルイスは優しく笑った。
ルイス「ロリーナっぽいね」
ロリーナ「でしょ!」
ルイス「……一つ質問してもいいかな」
ロリーナ「なに?」
ルイス「僕はその“大切な人達”に入ってる?」
二人の間を冷たい風が通り抜ける。
ロリーナ「……あははっ!」
ルイス「ちょ、なんで笑うんだよ」
ロリーナ「ルイスが面白くて。もしも大切な人じゃなかったら、戦争が終わった後の同居生活について話したりしないよ」
それもそうか、とルイスは隊服の帽子を被り直す。
少し、耳は赤くなっている。
ロリーナ「本当、ルイスって面白いよね。昔で比べて、ずーっと面白い」
ルイス「……褒めてる?」
ロリーナ「褒めてる」
ルイス「なら、まぁ、いいのかな?」
少し疑問は残りながらも、ルイスは納得した。
ロリーナ「それで私の大切な人であるルイス・キャロル君は私の最後を見届けてくれるのかな?」
ロリーナの問いに、ルイスが考え込む。
否、答えは決まっていた。
ルイス「数十年後にね」
ロリーナ「……じゃあ、とりあえず今日を生きないとね」
ルイス「そうしてくれ」
そうルイスが云った瞬間、灰色の空に狼煙が上がる。
ルイスとロリーナは隠れていた茂みから飛び出し、敵へと銃を向けた。
まるで敵に吸い込まれるように、銃弾は額へ被弾していく。
ロリーナ「……ねぇ、ルイス」
銃声の間に、微かに声が聞こえた。
ルイスが振り向くと、ロリーナは静かに笑っている。
ロリーナ「貴方の理想の死は何?」
ルイス「……それは━━」
それから数日後。
ロリーナ・リデルはルイス・キャロルの腕の中で息を引き取った。
殺したのは敵軍の幹部であるレイラとグラム。
レイラはリデルの死亡直後、同班の班長であるキャロルの手によって死亡している。
グラムは当時即座に戦線離脱し、数ヶ月後にキャロル班が対峙。
此方でも逃走を許してしまった。
その後、英国軍と戦闘することはなく、現在の生死は不明となっている。
--- そして、時は現代へ。 ---
一章「望まぬ再会」
1-1「平和な対局」
ルイスside
武装探偵社。
大きな事件もなく平和な日々が続いているからか、僕達は暇を持て余していた。
といっても、していることといえばいつもと変わらないけど。
福沢「王手」
ある者は駄菓子を食べ、
ある者はいちゃつき、
ある者は様々な死体の写真を眺め、
ある者はぐっすり眠り、
ある者は今日も入水したのか湿っている。
仕事がないので、真面目な国木田君や敦君もトランプをしている始末だ。
因みに僕は、社長室で福沢さんと将棋をしている。
チェスとそう変わらない、と聞いていたけど普通に難しい。
そもそもチェスは駒を再利用しない。
福沢「詰将棋などは得意だが、対戦になると全くだな」
ルイス「ちょっとは手を抜いてよ。こっちはほぼ初心者だよ?」
福沢「ルイスなら私程度、すぐに追いついて抜かすことができると思うぞ」
ルイス「本当かなぁ」
こういう時の発言ってあまり信用できないのは僕だけだろうか。
ルイス「にしても、最近は本当に平和だよね」
福沢「何事もないのは良いことだ」
ルイス「ま、それはそうだけど」
僕は窓の外の風景を見て、盤上の駒を見る。
森さんやヴィルヘルムの考え方なら、自身は王将で残りは“歩兵”。
いや、“歩兵”と考えているなら“と金”に成ると考えているということになる。
それなら|兵《ポーン》の方が近いか。
全員等しく駒であり、それ以上でも以下でもない。
ルイス「……。」
謎だな。
人の上に立つ人間じゃなくなった僕が考えることじゃない。
それに、この平和な世の中で想像しているような“もしも”なんてことはそうそう起きない。
でもまぁ本当━━。
ルイス「何も起こらなければ良いけど」
福沢「フラグか?」
ルイス「そうかもね」
僕が小さく笑うと同時に、電話が鳴り響く。
福沢さんが取ると、少しずつ表情に緊張が見えた。
ルイス「……どうかした?」
福沢「特務課からの依頼だ。すぐに資料が届く」
この時の僕は、まだ知らなかった。
ずっと続いていた平和が、こんなすぐに崩れるだなんて。
???「……。」
探偵社から少し離れたビル。
そこである二人が此方を見ていたことなんて、僕は知らない。
視線に込められるのは殺気か、それとも━━。
???「……そう簡単に死ねると思うなよ、ルイス・キャロル」
1-2「舞い込む依頼」
ルイスside
特務課から電話が来て数分後。
福沢さんの指示により、珍しく全員出勤していた社員達は会議室に集められていた。
内容はまだ福沢さんも知らないらしいけど、僕のフラグが回収されたのだろうか。
嫌な予感がずっと消えない。
福沢「……来たな」
福沢さんは立ち上がると、会議室を出た。
数分しても、彼は戻ってこない。
先に特務課の使いと話しているのだろうか。
そんなことを考えていたら、手に封筒を持って戻ってきた。
福沢「依頼自体はただの見回り強化だ」
だが、と福沢さんは封筒の中から資料を取り出して机に置く。
ルイス「……は?」
資料と留められた一つの写真。
それは、僕の頭を真っ白にするには充分すぎた。
顔立ち。
頭髪。
服装。
所持品。
全てに見覚えがある。
与謝野「……これは英国軍、しかも異能部隊の隊服だねぇ」
太宰「ルイスさんの反応から考えるに、この方は━━」
乱歩「死んでいるだろうね。それも戦時中に」
国木田「異能、か。逆にそれ以外が思い浮かばない」
写真に写っていたのは、異能部隊の先輩。
死んだ当時の姿で|この地《ヨコハマ》に立っている。
真っ先に思い浮かんだのは、あの女。
ロリーナを、多くの仲間の命を奪った敵軍幹部のレイラ。
でも、僕が殺したはず。
そして“あの時の僕が殺し損ねた”とも考えにくい。
鏡花「見回りの強化は、これを排除する為?」
福沢「全て肯定、とは云えない。とにかく依頼内容の詳細を共有しようと思う」
そうして、福沢さんが定位置につき会議は始まった。
ずっと胸の鼓動が治らない。
嫌な予感の正体はこれ以外あり得ない。
何故。
たった二文字。
この文字だけが頭の中を回り続けている。
周りの状況など一切頭に入ってこない。
考えられる可能性が一つ増え、消えていく。
そんな繰り返しをしていて、精神がすり減らないわけがなかった。
福沢「━━以上が特務課からの依頼内容だ」
そんな声が聞こえ、ハッとする。
話をほぼ、というか全く聞いてなかった。
福沢「今から手分けしてヨコハマを巡回する。組み方だが……」
仕方ない。
ペアになった人から話を聞くことにしよう。
そんなことを考えながら、僕はひとり天井を見上げるのだった。
1-3「敵対する者」
ルイスside
敦「──という感じで、とりあえず谷崎さんみたいな幻影なのかを確認して欲しいそうです」
ルイス「なるほどね」
僕は敦君と鏡花ちゃんと組まされ、ヨコハマの街を歩いていた。
確かに、幻影ならまだ良い。
問題は本当にあの人だった場合だ。
鏡花「無理はしないで。あまり顔色が良くない」
ルイス「……駄目そうだったらちゃんと云うよ」
鏡花「約束」
ルイス「判ったよ」
小さく笑うと、鏡花ちゃんも優しく笑った。
敦「あの、ルイスさん」
ルイス「どうかした?」
敦「さっきから視線を感じるんですけど……」
僕も集中してみると、確かに視線を感じた。
敦君の虎の力はやはり凄い。
まぁ、鈍っただけかもしれないけど。
敦「どうします?」
ルイス「誘い出す、かな。本当に用があるならついてきてくれる筈だよ」
鏡花「なら、人が少ないところまで案内する」
ルイス「よろしくね」
流石は鏡花ちゃん、と云ったところか。
マフィア時代に叩き込まれたものは、探偵社で役に立つ。
対して、僕はどうだろうか。
先程の視線の件といい、あまり英国軍時代の経験は役立っていない。
戦闘面でも、全盛期に比べれば劣っている。
否、制限しているのか。
人を殺すほどの技術は、この平和な世の中に必要ない。
戦神である僕は、いなくていい。
鏡花「ここら辺で良い?」
ルイス「……そうだね。逃走経路もちゃんとあるし」
もう例の人物に追い付かれてる。
ルイス「君、一体誰に用があるのかな」
???「もちろんアンタだよ、“戦神”ルイス・キャロル」
ルイス「──ッ」
自分でも判るほど動揺している。
理由は簡単。
その男について、僕はよく知っているから。
僕は二人を守るかのように、一歩前へ出る。
ルイス「何故ここにいる」
???「アンタが俺を殺し損ねたから」
そして、と其奴は笑う。
???「俺がアンタを殺すためだ」
敦「それって……!」
???「別に探偵社との全面戦争を望んでるわけじゃない。あの時から俺の目的はお嬢の仇を取ることなだけ」
ルイス「仇を取ったとしてもレイラは戻ってこないのが判らないほど莫迦じゃないだろう、グラム」
僕はなるべく平常心でいるよう心掛けていた。
もしも心の奥底にある本心で動くなら、即座に撃ち殺してる。
グラム「じゃあ聞くが、俺がロリーナを殺したのに笑顔で日々を送っていたらどう思う?」
ルイス「……それは」
グラム「アンタが英国軍を抜けて呑気に探偵ごっこしてるのが、誰でも関係なく敵を殺したのに笑っているのが、まるで過去なんてなかったかのように生きてるのが、全部気に入らねぇ!」
1-4「残された言葉」
ルイスside
ルイス「君の気持ちを完璧に理解できるとも、全く理解できないとも云えない」
僕が自分自身に思ってると云っても過言ではない。
一人でも多くの人を救う。
そう、数年前に決めたが探偵社にいるとできない。
ヨコハマに滞在するべきではない。
判っている。
それでも僕はこの街を選んだ。
ルイス「街を徘徊する死者は君のせいか?」
グラム「さぁ、どうだろうな」
そう、グラムが手を上げたかと思えば異能の光に包み込まれる。
人通りが少ないところ、と裏路地に来ていた僕達。
こんな狭い場所で大剣を振り回すとは、到底思えない。
でも、流石は僕と同じく戦争を五体満足で生き残った男だ。
大剣の操作は細かく、不利な状況のはずだが余裕がある。
ルイス「“ヴォーパルソード”」
異能で作られた剣なら、僕の持つ聖剣で斬れる。
敦君の虎の爪も異能を切り裂くし、鏡花ちゃんも戦闘技術的に問題はない。
グラム「……衰えたな、ルイス・キャロル」
ルイス「どういう意味━━」
鈍い音が、背後から聞こえた。
振り返ると二人の胸から剣先が見えている。
━━ロリーナの体に突き刺さる、巨大な刃。
フラッシュバックする光景。
あの時と二人の姿が重なって見えた。
赤。
あの時と同じく赤が飛び散る。
ルイス「……ッ」
考えるよりも先に、体が動いていた。
ヴォーパルソードは放り捨て、異能空間からごく普通の剣を取り出す。
グラムへ斬り掛かるも、この剣では斬れるわけがない。
グラム「どれだけ善行を重ねようとも、アンタの根本は変わらない。ただの殺人鬼だ」
ルイス「違う!」
グラム「なら何故武器を変えた! 何故仲間を助けず俺へ刃を向ける!」
返す言葉は、見当たらなかった。
此奴は事実しか云ってない。
“想い”と“想い”がぶつかり合い、動けなくなる。
どうするべきかが、判らない。
グラム「……チッ」
赤の女王め、とグラムが吐き捨てる。
振り返ると二人の姿はどこにもなかった。
???「ルイスさーん!」
???「敦! 鏡花! どこにいるんだ!」
遠くから聞こえてくる声に、グラムはため息を吐く。
グラム「時間切れだな。悪いがアンタの死に場所は此処じゃない。三日後、この街の戦場で会おう」
そう言い残すと、グラムは何処かへ消えた。
僕は、完全に一人になってからしゃがみ込む。
腰が抜けた、わけではないと思う。
ただ疲れただけ。
もう、自分にそう言い聞かせるしかなかった。
剣を投げ捨て、換気扇の横に身を丸める。
ルイス「……クソッ」
僕は善人にはなれない。
ただの殺人鬼。
グラムに気付かされた事実だけが、頭の中をずっと巡っていた。
1-6「二人だけの会話」
ルイスside
与謝野「治療はしたし、そのうち目覚めると思うよ」
ルイス「……ありがとう、与謝野さん」
探偵社に戻ってきた僕がいるのは、医務室。
会話から想像がつくように、先程まで敦君と鏡花ちゃんの治療をしてもらっていた。
僕の不注意で、二人に余計な怪我をさせてしまった。
やっぱりグラムの言う通り“衰えた”のだろう。
これは制限なんかじゃない。
ただ単に、守れるほどの力も残っていないだけだ。
ルイス「……どうしたものかな」
福沢「何がだ」
ルイス「あ、福沢さん」
ちょっとね、と僕は立ち上がる。
眠っている二人の横にいたとしても、状況は変わらない。
福沢「知っているか、ルイス」
ルイス「何を?」
福沢「貴君は誤魔化す時に手を腰に添える癖がある」
ルイス「……わぉ」
確かに、僕は左手を腰に添えていた。
よく人のこと見てるんだな、やっぱり。
僕は左手を下げながらため息を吐く。
ルイス「戦場を離れて衰えた。今のままじゃ彼奴に勝てない」
福沢「彼奴?」
この続きは会議で、と僕は医務室を出る。
そして、またため息を吐いた。
衰えた。
そう、改めて声に出すと幾つか気分が下がる。
今のままじゃ勝てない、というのも気分はあまり良くない。
ルイス「……想像の数倍は大変そうだ」
グラムの強さは、よく判っているつもりだ。
戦時中にアーサーとエマの二人で殺すことが出来なかった。
そして、何よりあの戦争で生き残っている。
逃走手段も持っているし、本当に勝てる未来が見えない。
ルイス「アリス」
アリス『何かしら』
ルイス「彼に連絡を取って。少しでも手札を増やすのに越したことはない」
構わないけれど、とアリスは鏡の先で冷たい眼をしていた。
アリス『彼らを戦場に戻すことがどれだけ重罪か、判ってるわよね?』
ルイス「あぁ」
アリス『悪い事は云わない。今回は手を引いてこの街の異能者達に任せた方がいいわ」
ルイス「僕が関わる事で酷くなる未来でも見た?」
アリスは探偵社に入ってから、異能で出来ることが増えた。
鏡を通じて他の場所を見るだけではなく、過去や未来も視れるようになったらしい。
僕は、相変わらず鏡を出したりしまったりしか出来ない。
“不思議の国のアリス”については、特に変化が現れていない。
話を戻そう。
アリス『判らない、と云っておきましょうか。私が視たのは“あの伝言”の場所に行ったところまでよ』
ルイス「……そっか」
アリス『行くのね』
そうアリスに云われた僕は、少し驚く。
でも、すぐに納得した。
僕はアリスで、アリスは僕。
こんなこと、考えなくても判る。
ルイス「僕はもう会議に入るよ。三人のことはよろしく」
1-5「或る理想主義者の回想」
国木田side
探偵社には、携帯以外に連絡を取る方法が幾つかある。
よく使うのはトランシーバーだ。
そして、一番使うことがない緊急事態の連絡方法は──。
国木田「特に異変は見当たらないな」
太宰「そうだねぇ……」
少し移動するか、と俺達が歩き出そうとすると不快な音が響き渡った。
国木田「……この音は」
一番使うことがない緊急事態の連絡方法。
それは、小さな釦だった。
探偵社員は何処かにその釦を付けており、誰かが押すとこのように不快音が鳴り響く。
携帯を確認すると、敦からのコールだと分かる。
俺と太宰は視線を合わせ、小さく頷く。
敦達が見回りしている場所はここからそう遠くない。
彼方の状況は判らないが急いだ方がいい。
俺達は走り始めた。
太宰「ルイスさーん!」
国木田「敦! 鏡花! どこにいるんだ!」
大通りに姿が見えず、裏通りへと入る。
太宰曰く「鏡花ちゃんならこの裏路地に誘い出す筈」らしい。
誘い出すと云うことは、誰かにつけられていたのだろうか。
ルイスさんがいればどうにかなると思うが。
太宰「……っ、これは」
先を行っていた太宰が、曲がり角で足を止める。
微かに香る鉄の匂い。
俺達の視線の先に広がっていたのは座り込むルイスさん。
そして、尋常じゃない量の血だった。
太宰「ルイスさん、一体何があったんですか」
ルイス「……あぁ、太宰君」
ルイスさんの顔は、笑っていた。
ボロボロと涙を流しながら、目に光がない。
血が全く付着していないことから、辺りの出血の元はルイスさんじゃない。
国木田「敦達は……」
???『こっちよ』
ルイスさんの隣に現れた鏡には、アリスさんが映っている。
“こっち”というのは“|異能空間《ワンダーランド》”と云うことだろう。
アリス『此方にいる限り、二人の状態が悪化することはないわ。でも、早めに与謝野先生に見てもらった方がいいでしょうね』
国木田「すぐ連絡します」
太宰「動けますか?」
ルイス「……あぁ」
怪我をしたのは、敦と鏡花。
相手は一体何者なのだろうか。
ルイス「悪いね、それ取ってもらってもいい?」
国木田「ぁ、はい!」
ルイスさんが指差した剣を取る。
いつも使っているナイフじゃない。
本気じゃないと勝てない相手だったのだろうか。
太宰「国木田君」
太宰に声を掛けられ、俺は小さく返事をする。
彼奴の視線が「今考えるべきことではない」と云っている気がした。
1-7「短い会議」
ルイスside
会議室に入れば、もう全員集まっていた。
否、全員ではないか。
敦君と鏡花ちゃんはまだ眠っている。
福沢「話は終わったのか」
ルイス「聞いてた?」
福沢「いや、聞かないようにした」
そう、と僕は空いている席に腰掛ける。
福沢「早速だが、会議を始めるとしよう」
国木田「まずは敦と鏡花のことについてですが……」
ルイス「いいよ、国木田君。僕が進行するから座って」
国木田「え、あ、はい」
僕は立ち上がり、いつもの国木田君の位置に移動する。
ここは、よく皆の顔が見えるな。
ルイス「敦君と鏡花ちゃんのことだけど、与謝野さんのお陰で命に別状はない。因みに犯人は彼だよ」
僕が指を鳴らせば、ある資料が現れる。
谷崎「……グラム?」
ルイス「元軍人。特務課の依頼に関係あるかは判らないけど、とりあえず僕を狙ってたよ」
乱歩「理由は復讐だね」
乱歩の言葉に、笑うことしかできない。
彼ならば、これから僕がすることも読めているのだろう。
そんなことを考えながら、僕は軽くグラムの異能力や当時の状況を説明した。
僕を狙ってたのは間違いない事実。
先程は判らないと云ったけど、絶対彼奴は今回の特務課からの依頼に関係しているだろう。
タイミングが同じすぎる。
太宰「関係があるにしても、ないにしても。同時進行でやっていった方がいいですかね?」
ルイス「いや、グラムは僕個人でどうにかしたい」
乱歩「……やっぱりね」
乱歩は判りやすく溜め息を吐いた。
乱歩「彼処で戦闘を始めなかったのは太宰と国木田が駆け付けたから。どうせ何か云われてるんでしょ」
ルイス「……“三日後、この街の戦場で会おう”」
賢治「この街の戦場って何処でしょうか」
与謝野「欧州じゃないとなると……全く思い浮かばないねぇ」
ルイス「いや、予想はついてるから心配はいらない」
谷崎「そうなんですか?」
まぁ、と僕は窓の外を見た。
太宰君ほどではないけど、僕もそこそこ頭は回る。
それを彼は理解しているから“あんな言い方”をした。
僕の考えが間違っていなければ、彼処だろう。
乱歩「じゃあグラムのことはルイスに任せるってことで」
福沢「良いのか?」
乱歩「大丈夫だよ。ほら、戦いに備えて会議はもう良いよ」
ルイス「……じゃあ、お言葉に甘えて」
死者の徘徊については任せたよ。
それだけ言い残して、僕は会議室を出るのだった。
1-8「或る名探偵は心配」
乱歩side
国木田「では、死者が徘徊している件についての会議を──」
乱歩「あ、お菓子なくなっちゃった」
賢治「じゃあ僕、取ってきますね」
乱歩「自分で行くから良いよ」
そう云い、僕は会議室を出る。
廊下を歩いて事務室に向かうと、まだルイスはいた。
応接間のソファーに座って、目を閉じている。
寝ているのかと思ったけれど僕の足音に反応していた。
起こしたかな。
乱歩「やっぱり一人で行くのはおすすめ出来ないよ」
ルイス「……アリスにも云われたよ」
乱歩「国木田から君を見つけた時の状況を聞いたけど、手に取ったんでしょ?」
人を殺せる剣、と僕はお菓子の入っている棚を開く。
グラムがどんな人物かは、あの日に聞いた話で大体判る。
彼女の仇で、ルイスにとっても復讐の対象。
敦と鏡花ちゃんを傷つけられて剣を取ってしまったのは、同じことを繰り返さない為。
もしかしたら、殺そうとしたのかもしれない。
それでルイスは今──。
乱歩「せめて、あの人達を頼った方がいいと思うよ。もしも他の場所だったとき、足止めしてくれる人がいた方がいいでしょ」
ルイス「優しいね、乱歩は」
ルイスの表情は見えなかった。
でも、異能を使わなくても容易に想像できる。
ルイス「心配しなくても、僕はそう簡単に死なないよ」
乱歩「……それは人としてだろ」
ルイス「皆がよく云う“死ぬな”っていうのは、そういう意味でしょ」
乱歩「一回太宰辺りに殴られて目を覚ました方がいい」
ルイス「僕がまともじゃないみたいに云うね」
ルイスは多分死ぬ。
僕が云ったみたいな“生物的”ではなく、“心”か死んでしまう。
これ以上犠牲者を出さないために、一人だけ傷つく方法を選ぼうとしている。
もう誰も殺さない。
そんな理想を捨ててでも、想いを大切にするルイスは凄いと思う。
けれど、僕には全く理解できなかった。
そこまでして叶える意味はあるのだろうか。
本当に死んだときに、ルイスはあの世で笑えるのだろうか。
ルイス「助言は素直に受け入れるよ。君のことだから全部判ってるんでしょ?」
乱歩「……アリスほどではないけどね」
立ち上がったルイスは、此方を見て笑う。
ルイス「それじゃ、彼処に行ってくることにするよ。そっちのことは任せたからね」
乱歩「“生きて”戻ってこい。僕はもうそれ以上は云わないから」
ルイス「……判ったよ」
1-9「協力する対価」
ルイスside
正直なところ、乱歩にあそこまで云われると思っていなかった。
素直に喜べないのは、無理をすると僕自身も判っているからだろうか。
そんなことを考えながら僕は足を止める。
ルイス「……。」
目の前にある、高い建物。
周りには人影ひとつ無かった。
まぁ、何の用もないのに此処に来る莫迦はいないか。
辺りを見渡し、ため息を吐く。
知り合いの一人でもいれば話が楽に進むのに。
文句を云っても仕方ないので、僕はあの人に連絡することにした。
意外だったのが、ワンコールで出たこと。
もしかして、乱歩が手を回していたのだろうか。
森『どうかしたのかい?』
ルイス「いや、何でもないですよ。今お宅の入口にいるんですけど、迎えに来てくれません?」
森『勝手に入って大丈夫だよ。部下達には君を撃たないように云っているからね。そもそも、討てるわけがない』
はぁ、と僕はもう一度ため息を吐いた。
ルイス「着くまでの時間が勿体ないから、もう説明始めていい?」
森『構わないよ』
それから着くまで、僕はグラムのことについて話した。
多分、森さんは彼奴のことは知っていたのだろう。
あれでも、元軍医だし。
ルイス「そんなこんなで、一応他の場所も張ってほしいんだよね」
森『構わないけれど』
執務室の扉が開くと同時に、森さんは笑った。
森「君は何を払える?」
ニコニコと相変わらず嫌な笑みだな。
そんなことを思いながら、僕はとりあえず電話を切る。
森「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
ルイス「そこそこですよ」
僕が何を払えるか�。
否、何を払わされるか。
大体の予想はついている。
森さんは多分、というか絶対にマフィアへ入ってほしいだろう。
でも、この件が終わったら僕は──。
森「必要な人材は云ってくれたら全員向かわせるよ。本部が手薄になっても、幹部一人は確実にいるからね」
ルイス「それは助かるかな。グラムにただの構成員が勝てるわけないから」
森「足止めぐらいなら出来ると思うよ?」
ルイス「……犠牲は出したくない」
そうだろうね、と森さんは立ち上がって珈琲を淹れ始める。
森「因みに幾つぐらい候補はあるのかね」
ルイス「五つ」
森「じゃあ中也君に紅葉君。あまり人がいない場所があるなら梶井君も良いかもしれないね」
珈琲を受け取り、僕は一口飲む。
流石に睡眠剤とかは入れられてないか。
ルイス「協力の対価は何が良いですか? 多少無理は聞きますよ、此方も大切な部下達を預かるので」
森「マフィア加入」
ルイス「……。」
森「が、良いけれど対価は必要ないよ」
ルイス「……え?」
1-10「共感と理解」
ルイスside
森「グラムの目的は確かに君だろう。しかし、その後の目的は? 万が一ルイス君が負けた場合、マフィアの被害が拡大する恐れがある」
ルイス「どういうこと?」
森さんは一呼吸おき、僕に資料を差し出した。
パッと見ただけでも50人ほどの名前が書かれている。
これは一体──。
森「死者が徘徊するようになって3日。これだけマフィアに被害が出ている」
ルイス「無関係、とは思えないけど……」
森「見て見ぬふりをするのは感心しないよ。もう気づいているのだろう?」
気づいている、か。
森「確かに私もあり得ないと思っている。だが、可能性の一つとして考えておくことは決して無駄ではない」
ルイス「……。」
森「我々も、探偵社も。君だって“この街を愛している”。此方が減りすぎれば均衡が崩れてしまう」
ルイス「この街の均衡を保つことが対価、か」
森「そういうことだよ」
云いたいことは判った。
此方にとっても、相手にとっても悪い条件じゃないようにしてくれたのは感謝だな。
それにしても、“この街を愛している”か。
本当に僕がそう思っているのかは、正直わからない。
でも、壊されるのは気に食わない。
森「そういえば、死者の徘徊については探偵社が対応すると聞いているのだけれど……何故マフィアに来たんだい?」
ルイス「僕が関わらないようにさせた。グラムの目的は僕だからね」
森「……まさか」
ルイス「だからマフィア加入にしないでくれて、本当に助かったよ。そっちも、使い物にならない人材なんていらない」
そうだろう、と僕は笑みを浮かべる。
森さんの表情は何とも云えない。
驚きと、心配。
そして恐怖も混ざっている。
ルイス「あ、逆に使えますかね? 意思を持たない人形ほど扱いやすいものはない」
森「君は本当にそれでいいのかい?」
僕は少し考えて、呟く�。
ルイス「正解とか不正解とか、戦場にはない。何が最善策で、どれが事実になるか。ただそれだけですよ」
森「その意見は共感できるけど、理解したくないね」
ルイス「別に僕は何も求めてませんよ」
森「知っている。しかし、よく探偵社の面々が許したね」
ルイス「許されてませんよ。乱歩には生きて帰るように云われてますし」
森「それでも君はその選択をするのか」
ルイス「僕が過去と決着をつければ全て終わる。そうでしょう?」
森さんは何も云わず、窓の外を眺めた。
森「もう話すことはないかもしれないね」
ルイス「そうですね」
森「……君がいたから、首領の座に私が就いてからもマフィアは、どこの馬の骨か判らない者に解体させられずに済んだ」
ルイス「突然どうし──」
森「ありがとう」
ルイス「──!」
森「出来ることなら、もう一度此処に戻ってきてほしいな」
ルイス「……善処します、|首領《ボス》」
1-11「契りを破る決意」
ルイスside
意外と時が経つのは早く、もう例の日になってしまった。
挨拶は済ませて、墓参りも行った。
ルイス「心残りはない」
ふと、口に出してみる。
でも鏡に映る僕は笑えていなかった。
今から僕は人を殺す。
そう決意したと思っているだけで、実際はそんなことない。
想いは守れても、心は守れない。
生き残ったとしても、僕は死んでるのと変わらなくなる。
森『全班、君に指定された四ヶ所に着いたと連絡が入ったよ』
ルイス「……今どこにいるの? 執務室じゃないよね?」
風で木々が揺れる音が電話越しに聞こえる。
それに、様々な人の声も。
森『私も前線に立っているんだよ。云ってなかったかな?』
ルイス「聞いてない」
森『梶井君が活躍できそうな場所がなかったからね。私が直々に出ているだけだよ』
ルイス「……ま、そっちに現れたらお願いします」
森『マフィア首領の名に懸けて、必ず仕留めるよ』
ルイス「現れたら僕に連絡ください。マフィアは確認するだけでいいです」
森『仕留めるよう伝えちゃった☆』
ルイス「では今すぐ連絡して──」
電話の切れた音が聞こえる。
正直、本当に戦わないでほしかった。
僕のせいで傷付く人が増えるのは良い気分ではない。
関係のない人を巻き込みたくない。
これは、僕が一人で決着をつけるべき問題。
ルイス「……そうだろう」
僕はある場所の前で足を止める。
街から少し離れた森の中。
そこにある廃れた洋館には銃撃戦の跡が残っている。
ルイス「……どこにいるかな」
とりあえず規制線を飛び越えた。
彼奴のことだから奇襲してくる可能性がある。
警戒しないと。
あの日から、グラムは姿を眩ませていた。
防犯カメラや鏡で町中を探すも、手掛かりは無し。
その事や“この街の戦場”から考えるに、この場所なのは間違いない。
間違っていた場合、すぐに移動できるよう鏡は出しておく。
ルイス「……結局ここまで来てしまった」
斜陽差し込む、広い舞踏室。
その中心に立っている人影がひとつ。
ルイス「……?」
彼奴、あんな小さかっただろうか。
???「待っていた」
ルイス「──!?」
背後から聞こえた声に、僕はすぐ鏡を移動させる。
刃と鏡の交わる音が舞踏室に響き渡った。
グラム「屋敷に入ってきた時から見ていたが、一人で来るとは。仲間はどうした?」
ルイス「これは僕の問題だ。巻き込むわけにはいかない」
グラム「あの白髪の男と和服の女は死んだか?」
自分でもあり得ないほどの速度が出た。
腰に携えていた剣を抜き、グラムへ斬りかかる。
短期決戦。
それが僕にとって最善だった。
迷いが生まれる前に過去を、今を斬る。
皆を守れるなら僕は、死んだって構わない。
しかし僕の刃は、決意は、届かなかった。
1-12「繋がる欠片」
ルイスside
グラム「残念だったな、ルイス・キャロル」
舞踏室の中心にいた人影。
其奴の着ていたマントが視界で揺れる。
僕の剣は宙を舞い、遠くの床に転がる音が聞こえた。
グラム「この場所にしたのは幾つか理由がある。まずアンタがこの街で思い入れのある場所」
グラムに届かなかったのは問題じゃない。
防がれる可能性は八割だった。
グラム「次に、規制されて一般人の介入が少ない」
街を徘徊する戦場で死んだ筈の軍人。
四年前に規制された廃れた洋館。
一番あり得ない、そして一番最悪な可能性。
全てのピースが繋がる。
グラム「アンタの敗因はただ一つ」
ルイス「……ッ」
受け身を取るのが遅れて、僕は床を転がる。
流石に骨が折れたりはしないものの、咳き込んでしまった。
グラム「──孤独を選んだことだ」
顔を上げると、グラムの周りには見慣れた服を着た人物が沢山いた。
マントの男のフードが取れ、顔が見える。
褐色の肌に、一つに束ねられた白い髪。
ルイス「今日は一番最高で、最悪な日だ」
グラム「それは何より」
ルイス「久しぶりだね。僕のこと覚えてるかな、ジイドさん」
ジイド「勿論覚えている。だが済まない。自分の意思で身体を動かせなくてな」
判ってる、と僕は“ヴォーパルソード”を取り出す。
ルイス「戦いの末に死んだ皆を引き戻して、本当に申し訳ない。せめて、僕が責任を持って引導を渡すよ」
???「何故貴方が謝るのか、私には理解できないわ」
死者達の奥から、一人の女が歩いてくる。
其奴はグラムの隣に並んだところで、足を止めた。
レイラ「久しぶりね、ルイス・キャロル。私のことを覚えているかしら?」
ルイス「出来ることなら忘れたかったね」
レイラ「酷いわねぇ……」
何故生きているのか。
そんなことは、この際どうだっていい。
今は、ただ斬らないといけない。
ジイドさんを始めとした、彼奴に弄ばれている人達のために。
そして、この街で暮らす人達のために。
ルイス「僕は……!」
本気で踏み込もうとして気が付いた。
足が、手が、震えている。
理由は明白だ。
僕は、もう人を殺したくない。
こうなることは判っていた。
だから僕は短期決戦を望んだ。
ルイス「……動け」
動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け
動けよ、体。
今、動かないでどうする。
これで全て終わりにすると決めたのに。
今の仲間を捨ててでも、過去に決着をつけると決めたのに。
もう、どうしたらいいか、判らない。
1-13「二人の女王」
アリスside
アリス「ルイス……ッ」
状況は判っていた。
ジイドさんが生き返らせられたことも、レイラが生きていたことも。
アリス「……手を出すつもりはなかったのだけれど」
いや、出せない筈だった。
何故なら、私にもルイスのように戦えない理由があるから。
だけど、あの子が無理なら私がやるしかない。
アリス「……久しぶりね、レイラ」
目を閉じて、ゆっくりと開く。
目の前に広がるのは、さっきまでルイスが見ていた光景。
沢山の死者に、唯一の生者であるレイラとグラム。
ルイス『一体何が起こって……』
アリス「貴方がこれ以上傷付く必要はないわ」
ルイス『アリス?』
それにしても、と私は微笑む。
アリス「あの時より老けたわよね、やっぱり」
レイラ「誰かと違って時が止まるわけではないからね」
アリス「……それもそうね」
私は“ヴォーパルソード”を構え、微笑む。
次の瞬間には死者達が半分以上消えた。
グラム「なっ……!?」
正確には消えたわけではない。
私が切り捨てた。
ルイスにとってはもう死んでいるとはいえ、殺すことには変わらない。
意思があるなら尚更ね。
レイラ「流石は“赤の女王”ね」
アリス「貴女の方こそ、“死者の女王”とか呼ばれているじゃない」
まぁ、とレイラは手を口元に添えて笑う。
レイラ「女王同士、仲良くなれなさそうね」
アリス「貴女のせいなのだから、落ち込むのは違うんじゃないかしら?」
レイラ「それは此方の台詞よ。貴女が逃げたせいで、こんなことになってる」
逃げた、ね。
本当は助けられただけ。
でも、多分レイラに私の言葉は届かない。
レイラ「私は死んだのに、何で貴女は生きているの? 普通、二つに耐えられないのに」
アリス「……まさか」
レイラ「ねぇ、別世界を巻き込んだのはどんな気持ち?」
アリス「何故、貴女が“其れ”を知って──!?」
私が問い掛けるよりも先に、目の前に大剣があった。
この際、レイラが“例の件”について知っているのはどうだっていい。
今は、戦わないと。
戦って、勝って、聞き出す。
それが今の私がすべきことの筈。
アリス「……異能自体に戦闘能力はない」
なら、と私はヴォーパルソードを構え直す。
一気に距離を詰めて降参させるのが得策。
誰からどこまで聞いたのかを知れたら、後はルイスの番。
私が死者を斬りながら進むと、すぐにレイラの元へ辿り着いた。
邪魔をされるから、あらかじめグラムは蹴り飛ばしておく。
レイラ「貴女の中で、私は何も変わっていないのね」
1-14「撤退も戦略のひとつ」
アリスside
驚く隙もなかった。
受け身を取るよりも先に蹴りが入り、私は垂直に飛んでいく。
アリス「かはっ……」
壁にぶつかり、床に転がる。
呼吸が乱れ、視界が歪んでいるのが判る。
一体、何が起こったの。
レイラ「うちの国は英国と違って軍に入ってから訓練をして強くなる訳じゃない。異能技師による手術で身体能力を向上させているの」
アリス「この蹴り……アーサーよりも、強いんじゃ……?」
レイラ「手術を受けれるのは軍の幹部だけ。だから私は戦った。一人で鍛えて、戦場で戦って、軍の最強になった」
元の身体能力が高いところに、身体能力向上手術。
それにレイラの異能を考えたら──。
最悪の可能性が浮かんで、嫌な汗が流れる。
レイラ「あの時、戦神に殺された時よりも私は強くなってる。もう誰にも負けない。私が最強よ。貴女よりも、私の方が──!」
アリス「それは……ゴホッ、どうかしらね」
レイラ「……貴女に勝ち目はないわ」
アリス「別にそこを否定したいわけじゃないのよ。私は、この街に来てから様々な異能者を見たわ。そこで、沢山の可能性も見た」
レイラ「だから何だって……」
アリス「貴女の異能は確かに強いわ。でも、最強には程遠い。私はそれを知っている」
グラム「さっきから黙って聞いてたらアンタは──!」
レイラ「グラム、貴方は手を出さない約束よ」
確かにレイラは強い。
でも、異能がなければただの身体能力が高いだけの少女。
この街には、欧州でも前例のない異能無効化を持った|青年《太宰治》がいる。
ルイスは巻き込まないことを望んでいるけれど、やっぱり無理そうね。
これは、私達だけでは解決できない。
アリス「文句はないわね、ルイス」
ルイス『……あぁ』
ルイスの納得が一番の問題だったけど、特に心配いらなかったわね。
さて、と私は鏡を出す。
飛び込もうとすると、鏡が割られた。
アリス「一体何が起こっているの?」
出すなり、破片と化す鏡。
答えを導きだすよりも先に、私は|異能空間《ワンダーランド》へ戻されていた。
アリス「ルイス!?」
確かにルイスなら異能を発動するだけで済む。
でも、あの子は何時まで立っても転移してこなかった。
不思議に思った私は、鏡を通じて外の世界を見る。
ルイス『お前は……お前だけは絶対に許さない』
後で気づいたことだけれど、ルイスは鏡の割れる理由が判っていたんだと思う。
だから自分の手で終わらせるために、私と入れ替わった。
この時の私は、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
もしも外に出たままだったら、死んでいたと思う。
それだけ、私にとっては衝撃的なこと。
ルイスにとっても、多分そう。
何故なら、ルイスの目の前に立っていたのは──。
1-15『望まぬ再会』
ルイスside
アリス『ルイス!?』
頭の中で、そんな声が響いた。
|異能空間《ワンダーランド》で、アリスが鏡を出すと同時に破壊される理由が判った。
判った、けど──。
ルイス「お前は……お前だけは絶対に許さない」
ジイドさんが生き返らせられた時点で、予想は出来ていた。
だからか、僕の中に驚きはない。
ただ、純粋な怒りだけが膨らんでいく。
???「……。」
白い髪が、歩く度に揺れていた。
見慣れた隊服は、僕と違って少し女性らしさがある。
レイラ「アリスじゃないのが本当に残念」
ルイス「僕もアリスも顔は一緒だよ。……残念だけど、僕はそう簡単に絶望しないんだよ」
僕がヴォーパルソードを構えると同時に、その異能が発動された。
踏み込んだ足が滑り、体制が崩れる。
先程までは何ともなかったのに。
やっぱり、その異能も使えて当然だよな。
ルイス「……でも、君と戦うのは今じゃないからね」
異能を発動すると同時に、銃声が響き渡った。
二発。
左肩と右足に銃弾が通り抜ける。
僕は立っていられず、その場にしゃがみこんだ。
???「──ルイスッ!」
ルイス「いや、これは“決められた未来”だから仕方ない。だから謝らないで」
ロリーナ、と僕はなるべく笑みを浮かべる。
今にも泣き出しそうなその姿を見て、苦しそうな表情をするべきではないと察した。
ルイス「──にしても」
流石にこの状況はヤバい。
ただでさえ精神が不安定にされているのに、怪我を負った。
今の状況じゃ転移は難しいだろう。
アリスが鏡を出しても破壊されるし、そもそも助けられる状態じゃない。
絶体絶命。
それ以外に表現できる言葉を私は知らない。
レイラ「流石は“戦場の舞姫”ね!」
グラム「うるさいです、お嬢」
レイラ「勝利を確信して嬉しいのよ」
ルイス「かはっ」
異能手術のせいで、ただの蹴りだけで全部吐きそうになる。
骨が折れてないのがまだ救いか。
レイラ「アリスに代わりなさい。そうすれば貴方は傷つかずに済む」
ルイス「誰が代わるか」
レイラ「……なら仕方ないわね」
この先のことは、あまり言葉にしたくない。
とにかく痛くて辛くて、逃げたくて。
でも、その願いは叶わない。
ロリーナの異能が、僕の異能を制限して逃がさない。
昔はあんなに頼りになったのに、敵になった瞬間これだ。
別に恨んじゃいない。
泣いているし、何より悪いのはレイラだ。
ルイス「……これは死んだな」
1-16「誰ガ為ニ」
ルイスside
レイラ「……つまらないんだけど」
そんな声が、聞こえた。
このまま目を開けなければ終わるのだろうか。
グラム「お嬢、何処に行くんですか?」
レイラ「飽きた」
グラム「飽きたって……」
レイラ「アリスと話せないなら、もう用はない。このまま放っておいても死ぬだろうから、早くヨコハマを壊す」
グラム「……計画を早めるってことですか」
ヨコハマを壊す、計画。
そんなの、絶対に止めなくちゃいけない。
そう思いながらも、僕の体は動かなかった。
足音は、遠ざかっていく。
声も出ない。
ルイス「…………。」
ふと、思い出したことがある。
“理想の死”
それは、遠い昔にロリーナと話したこと。
彼女は覚えているのだろうか。
ルイス「……ま、て……」
レイラ「──!」
ルイス「いかせ、な……ぼく、は……」
壁に手をつきながら僕は立ち上がる。
レイラもグラムも驚いているようだった。
僕の状態は、僕自身がよく判っている。
このまま動けば本当に死ぬ。
三人が去った後に与謝野さんに連絡をすれば、まだ助かったかもしれない。
でも、僕は立ち上がっていた。
ルイス「誰かの為に戦い、誰かの為に死ぬ」
ロリーナ「それ、は……!」
理想の死は、至ってシンプルだった。
ルイス「もしも、君達を止めることと引き換えに命を落としたとしても……」
大切なものを守って死ぬ。
それがあの時、戦場でロリーナに話した“理想の死”だった。
街を、人を。
大切なものが増えたこの世界を守れるなら、僕の|誓い《不殺》が守られないことぐらいどうでもいい。
僕は、この生に──。
ルイス「……悔いはない」
ごめんね、アリス。
僕の勝手な決断で君まで死なせることになる。
アリス『……此方こそごめんなさい。私は、いつも貴方を巻き込んで、貴方ばかり傷つく……ッ』
君のせいじゃない。
でも、もしも同じ場所に行けたら全部話してほしいかな。
僕のことを、そして君自身のことを。
アリス『……えぇ、もちろん』
1-17「或る女王の心境」
レイラside
レイラ「……なんで、」
なんで、あんなに動けるのよ。
グラム「そんなに死にたいなら──ッ」
グラムが戦神を殺そうと動く。
放っておいても死ぬ。
そう判っていても、動かずにはいられない。
ルイス「……君、普通の人間なんだ」
グラム「──!?」
ルイス「てっきり、君もレイラの異能なのかと。良かったね、死ななくて」
レイラ「は……?」
気がつけば、戦神はその手に持っている青白く光る剣をグラムに突きつけていた。
もしもグラムが死者だったら、死んでいた。
レイラ「……速すぎる」
アリスと身体能力は変わらないと思っていた。
でも、考えればすぐに判る。
あの男は、《《アリスが目覚める前から》》“戦神”と呼ばれていた。
物を出し入れするだけ。
ただそれだけの異能なのに、あんな異名をつけられていた。
鏡を使って防御することも出来ず、異能空間に逃げることも出来なかったのに。
レイラ「……ロリーナ!」
ロリーナ「っ……」
こんなところで終われない。
戦神の命はもうすぐ終わるのだから、それまで耐えれば──。
全員「──!?」
突如響き渡る爆発音と、立っていられない程の揺れ。
何が起こったのか、理解が追い付かない。
とりあえず建物が崩れることはなさそうだった。
グラム「何が起こって……!?」
レイラ「仲間……いや、戦神は一人で来た筈……」
出入り口が塞がれた。
本当に、何が起こって──。
???「Ladies and Gentlemen !」
この場に似つかわしい、明るい声が響き渡る。
何度も反響しており、何処にいるかは掴めない。
少しして、戦神が天井を見上げた。
私も気づいた。
その声が“天井”から聞こえていることに。
???「Welcome to the wonderland ! さぁ! 皆様お待ちかねの|お茶会《ショー》が始まりますよ!」
緑のカラースーツを着ている男は、戦神の右前に降り立った。
手にはショー用ではない、本物のナイフが握られている。
???「老若男女関係ない! 今日は死者も交えて遊びましょぉ! It's showtime ! 」
赤のカラースーツを着ている女は、戦神の左前に降り立った。
彼女が指を鳴らすと、巨大な鎌が現れた。
二つの刃は、真っ直ぐ私達へ向けられている。
マッドハッター「やぁ、僕はマッドハッター」
三月ウサギ「三月ウサギだよぉ!」
マッドハッター「準備はいい?」
三月ウサギ「早速始めちゃおうねぇ!」
帽子屋「|さぁ、狂ったショーを始めよう《Now the crazy show begins.》」
1-18「再会と逃走」
ルイスside
帽子屋「|さぁ、狂ったショーを始めよう《Now the crazy show begins.》」
最後の力で動いていた僕は、まるで糸の切れた|操り人形《マリオネット》のように倒れた。
しかし、すぐに支えられて床に当たることはなかった。
マッドハッター「ボロボロじゃないか、ルイス」
三月ウサギ「手伝いに来たよ、ルイスくん」
ルイス「な、んで二人が……!」
マッドハッター「元々アリスに云われてたんだよね。この時間になったら来てほしいって」
アリス、と僕は呼び掛ける。
アリス『……勝ったとしても、負けたとしても。貴方はこの場所から動くことが出来ないと思ったから』
ルイス「……そっか」
もう体に力が入らないし、決着はまだだけどアリスの言うとおりになった。
でも、僕というハンデを背負って戦うのは大変だろう。
出来ることなら早く逃げてもらいたい。
マッドハッター「出来れば、もう会いたくなかった」
ロリーナ「アーサー……エマ……」
マッドハッター「……その名前で呼ばれるのは久しぶりだな」
三月ウサギ「……そうだね」
グラム「感動の再会のところ悪いが、邪魔するなら死んでもらう」
グラムが異能を使い、大剣が背後から迫ってきている。
グラム「──ッ」
三月ウサギ「流石、の一言しか出ないや」
マッドハッター「昔もこうやって、貴方の異能に苦戦してるね」
グラム「苦戦してるようには見えないんだが」
三月ウサギ「私も強くなってるからぁ。まぁ、負けるつもりはないから貴方も頑張ってねぇ」
三月ウサギが触れたことで大剣は小さくなり、音を立てて床に落ちた。
一度でも他人の手が加わると操れなくなるのか。
グラム「お嬢、死者を呼んで今すぐ此奴らを──」
レイラ「退くわよ」
グラム「……は?」
レイラ「今、この瞬間に仕留める必要はないもの。それに、私はアリスを殺したい」
三月ウサギ「そんなこと、させるわけがないよねぇ」
レイラ「あら、何か兎が吠えてるわね」
それじゃあ、とレイラが指を鳴らしたかと思えば軍服の男が現れた。
次の瞬間にはレイラもグラムも、ロリーナも消えた。
転移の異能者だったのか。
僕は立ち上がり、鏡を出す。
|異能空間《ワンダーランド》に行けなくても、鏡を通じての移動なら追える。
急いで探さないと。
この街を、ロリーナを守るために。
三月ウサギ「ぺしっ」
ルイス「あいたっ」
え?
ルイス「……え?」
1-19「ぶつかる想い」
ルイスside
あの、えっと、
ルイス「え?」
マッドハッター「ルイスが困りすぎて“え?”しか云ってないんだけど」
三月ウサギ「ルイスくん! 無理しちゃ駄目だよぉ!」
ルイス「いや、ぇ、早く追わないと」
僕がまた鏡を見ようとすると頭を叩かれる。
ルイス「一応怪我人だよね!?」
三月ウサギ「そうだよぉ!?」
ルイス「じゃあ何で叩くの!?」
マッドハッター「君、このままだと本当に死ぬよ?」
ルイス「……それは」
それは、判っている。
体は無理矢理動かせているけど、正直限界が近い。
一般的な治療を今からしても、後遺症が残るレベル。
今、治療異能者が近くにいない僕の未来には“死”しかない。
ルイス「この命が消えても、僕は大切なものを守りたい」
マッドハッター「僕達の……残される人達の心は大切じゃないと?」
ルイス「ロリーナ達を追えるのは僕だけだ」
三月ウサギ「そうかもしれないけどぉ、今は……」
ルイス「何かあってからじゃ遅いんだよ!」
僕の目には、涙が浮かんでいた。
ルイス「また守れなかったら、目の前で、僕が弱かったから、何も出来なかった……ッ」
マッドハッター「……ルイス、ロリーナを死なせたのは君だけのせいじゃない。今、レイラに利用されているのも」
三月ウサギ「今は休んでよ……! 私は先輩だけじゃなくてルイスも失いたくない!」
ルイス「でもッ──!」
マッドハッター「でも、じゃない。君にとって大切なものを、想いを忘れるな」
ルイス「僕の、想い……」
いつ、どこで、何をしていても。
“想い”は、僕と共にあった。
隊長に、いつか云われたことを思い出す。
マッドハッターの姿が、その時と重なって見えた。
僕は、
僕の想いは、
マッドハッター「君の信じた僕を信じろ」
その一言を聞き終えると同時に、僕は本当に倒れた。
もう、限界はとっくに越えていた。
そして無理やり意識を繋いでいた“間違った想い”も、マッドハッターに消された。
立っていられる理由が無くなったんだと思う。
マッドハッター「……おやすみ、ルイス。今はゆっくり休んでくれ」
???「あ、あのぉ……」
上から聞こえた声に、帽子屋の二人は顔を上げる。
???「た、探偵社に連絡が取れないんですけど……」
三月ウサギ「……何でぇ!?」
マッドハッター「彼らもこの件で動いてるらしいからね。今回、手を借りることは諦めよう」
三月ウサギ「でもぉ、ルイスくんは急がないと死んじゃうんじゃぁ……」
心配しなくていい、とマッドハッターはルイスを抱き上げる。
彼の目は、真っ直ぐ三人目の帽子屋を捉えていた。
マッドハッター「チェシャ猫、僕らを飛ばしてほしい」
チェシャ猫「ど、何処にですか……?」
マッドハッター「僕らの生まれ育ち、命を懸けて守った故郷──」
--- |英国《イギリス》へ ---
二章「殺すか殺されるか」
2-1「兎の目覚め」
ルイスside
病院特有の強い消毒液の匂いで目が覚める。
辺りを見渡してみると、想像とは少し違っていた。
視線の先にあるのはビーカーに、試験管に、顕微鏡。
どちらかというと、理科室や研究所の方が近い気がする。
???「やぁ、気分はどう?」
ルイス「……アーサー」
マッドハッター「出来れば“マッドハッター”の方が嬉しいかな」
ごめん、と僕は体を起こす。
マッドハッターに渡された水を飲んで、深呼吸をする。
あの傷は、もう無くなっている。
まぁ、今もあったら死んでるだろうけど。
ルイス「それにしても、懐かしいね」
この場所は見覚えがある。
僕自身がお世話になったことはないけど、たまに雑談に来ていた。
英国軍、異能部隊の研究室。
ルイス「与謝野さんは忙しかった?」
マッドハッター「そんなところ。そもそもの連絡が取れなかった」
そう、と僕は鏡を出してヨコハマの様子を確認する。
特に変化は見られない。
マッドハッターの話的に三日間眠っていたらしいけど、動きはないのか。
マッドハッター「起きて早々に悪いけど動ける?」
ルイス「……何かあったの?」
マッドハッター「いや、ただの顔合わせだよ。今は三月ウサギが先に行ってる」
ルイス「……何処に」
マッドハッター「|君の世界《ワンダーランド》」
顔合わせ。
そう云われて思い浮かぶのは、《《かつての仲間》》の姿。
一人で解決するつもりだったのに、大勢を巻き込んでしまった。
巻き込んだからには、必ず決着をつけないと。
ルイス「移動するよ」
マッドハッター「あぁ」
僕が指を鳴らすと、クローゼットのエリアへ着いた。
ボロボロだったせいか、病院服になっていたので着替える。
先程の服装のままだと心配させてしまう。
ルイス「どうかした?」
マッドハッター「……相変わらずイケメンだと思って」
ルイス「本当にどうした???」
いや、とマッドハッターが僕を見て笑う。
マッドハッター「本当は、君が起きたことが嬉しくて抱き締めたい」
ルイス「……君、隊長に似てるよね」
マッドハッター「シャルルさんに?」
ルイス「僕を止めてくれたところも、すぐに抱き締めようとするところも」
マッドハッター「……それ誉めてる?」
ルイス「もちろん」
僕が笑うと、マッドハッターは抱き締めてきた。
隊長と違うところを一つだけ云うなら、病み上がりの僕にちゃんと手加減してくれるところ。
あの人、変なところで不器用だからな。
マッドハッター「ルイス」
ルイス「……どうした」
マッドハッター「僕は……俺達は、君を失わなくて本当に安心してる。本当に無理しないでくれ、頼むから、」
僕は少し考えて、悩んで。
そして一言だけ云いながら、彼の背中へ手を回す。
ルイス「判った」
大丈夫。
僕はもう大丈夫だから、泣かないでほしい。
心配かけて悪かった、アーサー。
2-2「或る帽子屋の回想」
マッドハッターside
チェシャ猫の異能で転移して、僕達は英国軍の本拠地へやって来ていた。
僕達の元に、ルイスの姿はない。
マッドハッター「……イライラ」
三月ウサギ「マッドハッター、そんなに怒らないでよぉ」
マッドハッター「逆に君はよく怒らずにいられるね」
ルイスの現在の状況を説明。
そして、|帽子屋《僕達三人》を本拠地に入れていいか。
その話をしてから彼是20分ほど待たされている。
マッドハッター「どうなっているんだ、今の英国軍は」
上に確認するにも、電話とかで良いだろう。
ルイスの状態が止めれているとは云え、チェシャ猫がいなかったらもう死んでいる。
この国は、英雄を見殺しにしようとしてるんだぞ。
マッドハッター「そもそも俺達はまだしも、ルイスは先に入れたって良いだろ」
三月ウサギ「マッドハッター、どんどん悪くなっているよぉ」
チェシャ猫「お、落ち着いてください……」
マッドハッター「……イライラ」
普通に寒い。
雪降ってやがるし。
意味判んねぇ。
本当に何なんだ、一体。
チェシャ猫「……ぁ、誰か来ます」
そうチェシャ猫が振り返るので、僕達もそっちを見る。
低めの位置で一つに結われた赤髪。
まるで夏の青空で輝く太陽のような黄色の瞳。
こんな寒さなのに白衣を来ているあの人の周りには、《《何か》》が飛んでいる。
マッドハッター「コナンさん……!」
コナン「ルイスは?」
三月ウサギ「今は|異能空間《ワンダーランド》にいるよぉ」
コナン「なら死にはしないな。すぐに治療の準備を始めるからお前達も入れ」
マッドハッター「いや、まだ僕達許可が下りて──」
コナン「俺が許す」
マッドハッター「えぇ……」
ほら、とコナンさんは門を開ける。
真っ直ぐ研究室に向かうと、すぐに治療の準備を始めた。
僕達は別室で温かい紅茶を貰う。
コナン「……ふわぁ」
欠伸が聞こえ、僕は顔を上げる。
マッドハッター「コナンさん、ルイスは──!」
コナン「何をどうしたらあんな怪我を負うんだ」
三月ウサギ「そ、それはぁ──」
マッドハッター「レイラの手によりロリーナ・リデルが蘇させられた」
コナン「……。」
マッドハッター「クソッ……意味判らねぇ……」
コナン「とりあえずゆっくり休め。俺はちょっと行ってくるが、この部屋から出るなよ」
2-3「懐かしい顔ぶれ」
ルイスside
自分で作っている異能空間だからか、何処で何が起きているのかは大体判る。
とりあえず、アリスのある場所へ向かうことにした。
ルイス「どーも」
三月ウサギ「ルイスくん!」
駆け寄ってきた三月ウサギを抱え、一回転する。
僕病み上がりなんだけど。
全力で突っ込みすぎじゃないかな。
マッドハッター「懐かしい顔ばっかだな」
確かに、マッドハッターの言う通りだった。
エリアの中心にある丸机には椅子があり、一席を除いた全てが座られている。
三月ウサギ「強力な助っ人登場!」
ルイス「いや……」
隙の見えない“武装探偵社社長”福沢諭吉。
対して欠伸をしている太宰治。
笑みの裏が読めない“ポートマフィア首領”森鴎外。
此方を見て微笑む尾崎紅葉と、手を全力で振るエリス。
何も云わずに此方を見て来る“内務省異能特務課参事官”種田山頭火。
目が合うと一礼した坂口安吾。
多分、てか絶対に僕へ文句を云いたい顔をした“英国軍大将”ヴィルヘルム・グリム。
同じく何か云いたそうなコナン・ドイル。
一つだけあった空席に座った“帽子屋リーダー”マッドハッター。
まだ抱き付いている三月ウサギ。
ルイス「……強力すぎるよ、このメンバーは」
アリス「ほら、貴方も座りなさい」
アリスが立ち上がり、僕に着席するよう促す。
それぞれの代表が座り、後ろに護衛とかが控えている感じか。
三月ウサギがマッドハッターの後ろに立ち、アリスは僕の背後に来た。
アリス「それにしても、ちょうどいいタイミングね。会議を始めるのを見計らって起きたのかしら」
ルイス「そんなこと出来ないよ」
コナン「病人は大人しく寝てろー」
ルイス「そんなこと云わないでください、先輩。僕も話し合いに入れてほしいんですけど」
コナン「俺は医者としてだな……」
???「そう口を尖らせるな、コナン」
少し強い口調であるが、とても優しい声色でその人は云う。
背後から聞こえた声に僕は振り返る
ルイス「……隊長」
シャルル「久しいな、ルイス。少し痩せたか?」
ルイス「まぁ、多少は」
最近ご飯食べてないし、と云えば色々と云われるのは判っていたので声に出さない。
ルイス「君は初めまして、で良いかな?」
チェシャ猫「は、はい……お二人から聞いてると思いますが、チェシャ猫と申します……」
栗色に近い暗めの金髪、朝焼けの空のような橙色の瞳。
勘の良い人は気づいたかもしれないけど、チェシャ猫は《《彼》》だ。
マッドハッターの話を聞いた感じ、どうやら彼はこの世界出身らしい。
つまり、本来なら牢屋にいないといけない。
でも二人が色々と掛け合ったらしく、そもそも死んでいることになっている彼が帽子屋として活動することは可能らしい。
2-4「進まない会議」
ルイスside
そんなこんなで会議は始まった、のだが━━。
森「まずは彼についての説明が欲しいね」
ルイス「あー……」
正直、こんな早く目覚めなければよかったと思った。
種田さんはニコニコしていて説明してくれない。
本人も初対面の人が多くて無言。
え、帰りたい。
福沢「桜月の世界のテニエルではないのだろう?」
ルイス「……チェシャ猫はこの世界の人物です。シヴァを止めるには僕だけでは力不足と考え、彼方を巻き込んだ━━で、良いんだよね?」
チェシャ猫「は、はい……」
太宰「彼方の中也が、君が殺されたところを見たらしいけど?」
チェシャ猫「そ、それは……その……」
マッドハッター「僕が助けた」
マッドハッターが帽子を取り、机へと置く。
マッドハッター「僕の異能はこの場にいる全員が知っているだろう。死ぬ直前に僕が時を止め、預かっていた回復薬を飲ませた」
尾崎「回復薬とな?」
グリム「そこのコナン・ドイルの“技術”だ。以上」
シャルル「そんな目の敵にしなくていいだろう、グリム大将」
グリム「他国のマフィアなど信用できるか」
確かに、ポートマフィアはヨコハマの裏社会代表と云っても過言ではない。
罪も数えきれないほど犯しているし、政府の人間としては信用できなくて当然だ。
グリム「そもそも日本の政府は何故放置している? 異能開業許可証とやらも与えているのだろう?」
種田「マフィアだからと云って完全なる悪ではないからな。ヨコハマの裏社会を牛耳ることはできなくとも、彼らには新たな犯罪の抑止力がある」
グリム「その役目は政府がやれば良いだろう」
種田「では聞きたいのだが、英国では裏社会など無いのか? 路頭に迷う子供達などいないのか?」
グリム「……何が云いたい」
種田「儂はただ質問しただけだ。特に質問などはない」
三月ウサギ「ねぇ、これ放置でいいのぉ?」
マッドハッター「国が違えば考えも違う。というか、裏社会を完全否定されたら僕達の立場も危ういからね」
三月ウサギ「それもそうだねぇ。私達のやることもなくなっちゃうよぉ」
チェシャ猫「な、何故お二人はそんなに冷静なんですか……?」
マッドハッターと三月ウサギは顔を見合わせてから云った。
二人「「慣れ」」
チェシャ猫「な、慣れって……」
ルイス「グリムさんはいつでも文句を云うからね。僕が敵軍の幹部を殺したときだってそうだった」
アリス「“死者を出しすぎだ”とか、こう眉間にシワを寄せて怒ってたわよね」
アリスはギューっと手で眉毛を寄せる。
僕は飲んでいた紅茶を吹きそうになった。
グリム「……ルイス・キャロル」
ルイス「え、いや、あの、」
すみません、と僕は震えながらティーカップを置いた。
2-5「欧州の決断」
ルイスside
やっと会議は本題に入り、僕はあの廃れた洋館であったことを話した。
ある程度アリスから聞いていたのか、特に質問などはない。
シャルル「異能力も健在か」
ルイス「はい」
あの異能の影響で、僕は異能を使えない状態にされた。
一対一なら、まだ勝機はあるだろうか。
そんなことを考えていると、安吾が手を上げる。
安吾「大前提として、英国は手を貸していただけるのでしょうか」
グリム「無理だな」
安吾「……理由をお聞きしても?」
グリム「まず一つ、異能者をそう簡単に日本へ送ることがそもそも難しい。本国の戦力が減ることは望ましくないからな」
そして、とグリムはもう一本指を立てた。
グリム「そして二つ、レイラの率いる不死軍は殺すことが出来ないから敵が減ることがない」
シャルル「話を聞いたところ、レイラ自身も不死者となっている可能性がある。頭を潰すことができない、というのは勝利がないのと同意だ」
グリム「最後に、二つ目のことから協力を要請すると国が消えるぞ」
日本側の人間が動揺するのが判った。
国が消える、というのが普通に驚きなのだろう。
しかし、グリムさんの言う通りだ。
種田「……つまり、儂らの国を滅ぼされたくなかったら自分らでどうにかしろということか」
グリム「話が早くて助かる」
安吾「ちょっと待ってください。不死軍を倒す手立てがないのは此方も同じです」
グリム「そうか」
安吾「そうか、って……!」
太宰「駄目だよ、安吾。そんな言葉じゃ本題に入ってくれない」
安吾「……太宰君?」
太宰君が一歩前に出て、微笑む。
太宰「世界的事件になる可能性があるから、本来なら英国だけではなく欧州が動くべき。ですが、この会議には|英国《貴方達》しか来なかった」
シャルル「……。」
太宰「欧州はもう無理だと判った時点で、国ごと消すつもりなのでしょう? 時計塔の従騎士で管理している“焼却の異能者”の力で」
グリム「……そこまで理解しているとはな。それで、貴様は一体何を云いたい?」
太宰「先程も云いましたよ、本題に入ってもらえないと」
グリム「本題とは」
太宰「欧州で結論が出ているなら会議に参加する理由はない。それに、メンバーがルイスさんが英国軍に所属していた……あ、今も所属しているんでしたか?」
ルイス「一応ね。席はまだ残っているから」
席なんて、いらないのに。
そんなことを考えながら僕は紅茶を飲む。
では言い方を変えましょう、と太宰君は人差し指を立てて英国軍の三人を順番に指差す。
太宰「ルイスさんが戦場に立っていた時代の仲間であった三人がいることは、偶然じゃない」
コナン「……此奴」
太宰「私の予想は簡単です──」
2-6「或る社長の回想」
福沢side
福沢「了解した」
スッ、と鏡が消えて部屋は静寂に包まれる。
アリスからの話は大きく分けて三つだ。
ルイスが重傷の意識不明。
今回の事件の主犯はレイラと云い、敵は普通の方法で倒すことは不可能。
マフィアや日本政府、他国との協力が必要になるため三日後に会議をする。
福沢「……同伴者は2から3名か」
誰を連れてべきか。
否、誰を残すべきか。
福沢「何かあった際の指示役は国木田、戦闘の際は与謝野君がいた方が良い。レイラと退治するのは敦が良いだろうか」
普通の方法じゃ倒すことができない。
五体満足でなくとも動き、異能を使うという。
賢治も残った方がいいだろう。
一般人に被害を出さないためには、谷崎も必要か。
福沢「──悩ましいな」
乱歩「悩む必要ないでしょ」
福沢「……いつから其処にいたのだ、乱歩」
アリスと話してた時から。
そう、乱歩は大福を食べていた。
乱歩「普通に太宰を連れていったら良いと思うよ」
福沢「太宰?」
乱歩「ポートマフィアもいるならただの会議じゃ終わらない。読み合いになるだろうね」
福沢「……では、そうしよう」
乱歩、と私は立ち上がる。
福沢「私がいない間、社を……否、ヨコハマを頼んだ」
乱歩「判ってるよ、福沢さん」
部屋を出て、太宰を会議室に呼び出す。
アリスから聞いたことをそのまま伝えると、太宰は少し考え込んでいた。
福沢「……どうかしたのか」
太宰「大したことではないのですが、欧州の異能組織が殆ど会議に参加しないことが引っ掛かりまして」
福沢「それは私もだ。欧州代表として“時計塔の従騎士”ならまだ判るが、“英国軍”らしいからな」
太宰「英国軍……」
あぁ、と太宰は少ししてから微笑んだ。
太宰「アリスさんは欧州の答えを知っている。でも先に伝えなかったのは、英国軍が参加するから」
福沢「……英国軍には別の目的がある?」
太宰「欧州の答えが“日本ごとレイラを消す”で、伝えることを躊躇っている可能性がありますが……社長のおっしゃった可能性の方が高いですね」
福沢「しかし、別の目的とは……」
太宰「英国軍は私達みたいに|長《トップ》が参加するとは限りませんよ」
太宰の言葉で、大体理解できた。
誰が参加するか判らない会議。
かつてルイスのいた組織。
太宰「……本題にすぐ入ってくれるといいんですけどね」
2-7「元部下の後始末」
ルイスside
太宰「私の予想は簡単です──」
太宰「──貴方達は、英国軍の代表としてこの会議に参加していない」
それは、予想もしていない台詞だった。
確かに英国軍の代表にしては知り合いが多すぎる。
先輩がこんな会議に出ることは中々ない。
“あの女”なら、欧州なら日本ごとレイラを排除しようとする。
改めて考えれば、その結論に至ることは簡単だ。
太宰「どうでしょうか、私の考えは」
ふむ、と隊長は少し考える様子を見せてから微笑む。
シャルル「もう良いんじゃないか、ヴィルヘルム」
グリム「……チッ」
コナン「凄いな、お前。そこまで頭が回る奴、英国軍にも中々いないぞ」
太宰「褒めていただき光栄です」
森「太宰君、いつから気付いていたんだい?」
太宰「逆に森さん、気付いてなかったの?」
落ち込む森さんに、それを見て笑うエリス。
紅葉はため息を吐いていた。
シャルル「試すような真似をして申し訳なかった。私達はそちらの青年の言う通り、英国軍の代表として参加していない」
コナン「異能生命体にされたとしても、彼奴は俺達の仲間だ。てことで俺達三人は個人的に手を貸すことにした」
ルイス「……三人?」
コナン「因みにこれ、グリム大将の案な」
ルイス「……。」
グリム「何が云いたい」
ルイス「ナンデモナイデス」
隊長が案を出したのかと思った。
しかも、三人ということはグリムさんも手を貸してくれるということ。
信じられない、と云うのが正直なところだ。
グリム「……私は元部下の後始末はするべきだと思っただけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
それから一呼吸おき、グリムさんは云う。
グリム「英国軍異能部隊所属ルイス・キャロル」
ルイス「──!」
グリム「軍を出て色々と経験してきたのだろう? 戦神と呼ばれ、勝利へ導いた貴様が私という駒を有効活用しろ」
これ以上の説明は必要か。
そう、彼は僕の目をまっすぐ見ていた。
ルイス「……了解」
僕は背筋を伸ばし、何年ぶりか判らない敬礼をした。
2-8「誰かが呼んだ名前」
ルイスside
マッドハッター「それで、これからどうする」
種田「元々儂らの国ごと消すつもりだったのだから、排除で構わないのだろう?」
グリム「逆に、殺さないと終わらない」
森「しかし、レイラは一度ルイス君が殺したのにも関わらず生きている」
ルイス「それは自身に異能力を発動したからだと思う。レイラは死者を異能生命体にする異能者だから──」
アリス「違うわ」
福沢「……違う、というと?」
僕は、アリスの云っていることが判らなかった。
この可能性以外に思い浮かばない。
シャルル「──別の異能が働いた。そうだろう、アリス」
アリス「……えぇ」
紅葉「別の異能とな?」
太宰「ルイスさんと同じ、ということですか」
ルイス「──僕と……」
それはつまり、異能力を二つ持ってるということ。
アリス「……。」
三月ウサギ「アリスちゃん、大丈夫ぅ?」
アリス「……えぇ、問題ないわ」
安吾「別の異能と云いますと、どのようなものなのでしょうか……」
皆が頭を悩ませる。
僕自身も、特にこれと云って思い浮かんだりはしなかった。
暫くの沈黙。
それを破ったのは──。
ルイス「──不老不死」
アリス「え……」
何故か、僕だった。
ルイス「な、んで……」
|“不老不死”《その言葉》が思い浮かんだ理由が、
|“不老不死”《その言葉》を呟いてしまった理由が、
《《幼いレイラの姿》》が脳裏に浮かんだ理由が、判らない。
ルイス「違う……」
シャルル「……っ、ルイス」
ルイス「この記憶は、あの子は、二人は、僕は、」
僕は──ッ!
まるで、スライドショーで写真が切り替わるようだ。
頭の中が判らない記憶で溢れて、僕は戸惑うことしかできない。
目の前に広がる景色、
誰かの話し声、
微かに香る花の匂い、
全部、知らない筈なのに鮮明に思い出せる。
「***!」
誰かが呼んでいる。
その名前を、僕は──ッ
--- 異能力 ---
悩みも、胸の苦しみも。
僕の抱えている全てを吹き飛ばすような凛とした鈴の音が、耳元で聞こえた。
コナン「異能力“妖精の到来”」
顔をあげると、僕の周りを妖精が飛んでいる。
穏やかな表情の妖精は、僕と視線を合わせるなり頭の上に座った。
2-9「ある軍医の心境」
コナンside
ルイス「この記憶は、あの子は、二人は、僕は、」
ルイスの様子がおかしいのは、説明するまでもない。
レイラの話をすることは問題なかったが━━。
コナン「隊長、流石にこれはヤバいだろ」
俺や隊長の視線の先。
世界が歪み始め、黒い闇が押し寄せてきていた。
精神状態で異能の状態も左右されることは、異能部隊にいれば常識の一つになる。
異能の使いすぎで倒れたり、狂気に呑まれた奴らの異能が暴走してるのは何度も見てきた。
そんな奴らを救えたこともあれば、救えなかったこともある。
森「流石に逃げたほうがいいですかね」
福沢「何処に逃げるというのだ」
そんな会話が聞こえてくる。
現実と繋げることが可能なのは三名。
ルイスは確実に不可能。
アリスも、ルイスの状態に引っ張られている。
唯一の希望である“チェシャ猫”も、この人数を一気には送れない。
ヴィルヘルム「……コナン・ドイル」
コナン「へいへい」
ヴィルヘルム「何だ、その返事は」
|あの43歳のおっさん《ヴィルヘルム・グリム》は無視して、俺は集中する。
闇は、もうすぐまで迫っている。
シャルル「いけるか」
コナン「もちろんです、隊長」
ヴィルヘルム「私の時と反応違すぎだろ」
コナン「俺、アンタのこと昔から嫌いなもので」
ヴィルヘルム「まぁ、嫌われるようにしてたが」
え、とは思いながらも俺は異能力を発動させる。
コナン「異能力“妖精の到来”」
凛とした鈴の音が辺りに響き渡り、ルイスの頭に妖精は座る。
同時に、闇の侵食は止まった。
コナン「……落ち着いたか」
あの、とルイスは立ち上がろうとする。
コナン「何故“あんなこと”を云ったのか」
ルイス「━━!」
コナン「判らないなら、それで良い」
誰にも、知られたくない過去の一つや二つはある。
それはもちろん━━。
コナン「━━俺だって……」
グッ、と握った拳の力が強くなっていく。
でも今は、あのクソみたいな過去を思い出す時間じゃない。
ルイス「……僕は」
コナン「だーかーらっ! もう良いって云ってんだろ、ルイス」
シャルル「コナンの言う通り、判らないならそれで構わない。今は話せないなら、話したい時に話せば良い」
ルイス「そう、ですか……」
ルイスの表情は相変わらず暗いままだった。
この記憶。
あの子。
二人。
その三つについて、俺は何も判らない。
隊長なら何か判るのだろうか。
2-10「想いと誓いを守る術」
ルイスside
頭に座っていた妖精は、いつの間にか僕の周りを飛び回っていた。
耳の側を飛び抜ける度に鈴の音が聞こえる。
僕は、ひとまず会議を見守ることにした。
シャルル「少しでも隙を作るためには……」
どうやら今は、グラムを排除する方法について話しているらしい。
“不老不死”
僕が云った言葉通りの異能をレイラが持っているのならば、普通に倒すことは不可能。
だから、まずはあの男について。
マッドハッター「何度か対峙したことがあるが、グラムの異能は“大剣を操作する”のみ。異能で作られているからか、“ヴォーパルソード”で斬ると消えた」
太宰「なら、敦君でも対応可能かな」
三月ウサギ「私が小さくしてもぉ、操作は出来なくなったねぇ」
森「他人の手が加わる、か……。其方の女性だけかもね。うちにはそんな異能者いないし」
シャルル「私達も無理だな」
種田「そもそも儂らの異能は戦闘向きじゃないからな」
お茶を飲み、会議を眺める。
今日以上に暇な会議は、多分ない。
ヴィルヘルム「一つ良いか」
紅葉「どうしたのかぇ?」
ヴィルヘルム「今回の戦いで“殺さないと終わらない”とは云ったが……一応、“殺さない”方法はある」
ルイス「……は?」
コナンさんの異能力のおかげだろうか。
僕は思っていたより冷静だった。
いつもより怒っていない。
ヴィルヘルム「|異常《イレギュラー》が発生する可能性はあるものの、ルイスなら殺さないことが可能だ」
安吾「その方法は、一体……!」
アリス「……|異能空間《ワンダーランド》」
ルイス「な、んで“其れ”が今……?」
コナン「レイラもグラムも、亡霊達も。全部逃げ場のない箱庭に閉じ込めれば、それ以上の被害が出ることはない━━って、ことか」
ヴィルヘルム「ルイス・キャロルの“誓い”を守るならそれが一番だ。“想い”も守れるだろう」
殺して止める。
その方法しか思い浮かばなかったのは、視野が狭くなっていたからか。
三月ウサギ「でもぉ、それじゃいつまで経っても操られてる皆は━━ッ」
ヴィルヘルム「何処にも行くことが出来ず、あるかは判らないが魂は現世に縛られる。ルイスが死ぬまでな」
彼処が現世かどうかは判らないが。
そう、ヴィルヘルムさんは小さく呟いた。
2-11『殺すか、殺されるか』
ルイスside
ルイス「……彼等を救わないわけにはいかない」
アリス「でも、それは──」
ルイス「判ってる」
全部救うという、想い。
もう殺さないという、誓い。
僕には、選択できそうになかった。
福沢「すぐに答えを出す必要はない」
ルイス「……福沢さん」
福沢「そもそも貴君が一人で決断するのがおかしいのだ」
シャルル「彼の言う通りだな。確かに“|異能空間《ワンダーランド》”はルイスのものだが、一人で戦うわけではない」
そうだろう、と此方を見て笑った隊長。
シャルル「確か今、ルイスはそちらの組織にいるんだったな」
太宰「はい。ポートマフィアじゃなくて武装探偵社にいますよ」
森「太宰君もルイス君も、マフィアにいてほしいんだけどね」
太宰「絶対戻りません」
ルイス「僕も」
森「えぇ……」
ぴえん、と泣き真似をする森さん。
エリスは相変わらず辛辣だった。
紅葉も頭を抱えている。
シャルル「一つだけ頼み事をしても良いだろうか」
福沢「……頼み事とは?」
シャルル「この件が終わってからも、置いてやってくれ」
福沢さんは少し瞠目する。
そして、優しく笑った。
福沢「勿論」
ふと、僕は思った。
隊長と福沢さんはどこか似ている気がする。
不器用だけど芯がしっかりしていて、部下のことをいつでも考えている。
ルイス「……。」
そんな彼らの下につけた僕は、幸せなんじゃないかな。
ヴィルヘルム「──シャルル・ペロー」
シャルル「……あぁ。脱線させて悪かったな」
種田「部下に関することはちゃんと話しておいた方が良いからな。別に構わへんよ」
森「そうですねぇ……」
森さんは太宰君や安吾君、僕のことを見ながら云った。
とりあえず目は逸らしておいた。
安吾君は咳払いをする。
見てはいないけど、太宰君は相変わらず笑ってる気がする。
コナン「ルイスの決断に俺も文句を云う|心算《つもり》はないが、最終的には──」
三月ウサギ「──殺すか、殺されるか」
全ての視線が、三月ウサギへと集まる。
三月ウサギ「結局過去もぉ、|現在《いま》もぉ、私達には《《それ》》しかないんだねぇ……」
マッドハッター「……っ、エマ、」
エマ「でもね。私、二人の為になら戦えるよ。その先にあるのが地獄でも、私は付いていく」
そう笑ったエマの表情は、穏やかだった。
マッドハッター──否、アーサーはそんな彼女を優しく抱き締める。
エマ「……苦しい」
アーサー「そんな風に、笑わないでくれ……ッ」
2-12「正解の決断」
正直な話をします。
プロットが適当すぎて方向性を結構見失ってる((
ルイスside
ルイス「殺すか、殺されるか……」
三月ウサギの言葉を呟く。
最終的には“それ”しか残されていない。
アリス「ルイス……」
ルイス「大丈夫。大丈夫だよ、アリス」
僕は今、笑えているだろうか。
シャルル「君の中の優先順位を教えてくれ」
コナン「ちょっと隊長、それは──!」
シャルル「一人で背負う必要はない、とは云ったが全体の方針を決めるのは……今回のリーダーは君だ」
ルイス「……っ」
シャルル「君が|異能空間《ワンダーランド》に幽閉することを拒まないなら、私達は全力でサポートする。必ず次の対面時に殺すと云うのなら、君に渡したヴォーパルソードを返してもらう」
ヴォーパルソードを返す。
つまり、本来なら僕が背負うべき罪を隊長が背負うということ。
ルイス「それ、は……」
シャルル「まだ猶予はある」
ヴィルヘルム「そうだな。だが、いつかは決断しないといけないぞ」
どうするのが正解なのだろうか。
ずっと答えが出ない。
僕の、僕達の正解って何なんだ──。
アリス「……一つ、いいかしら」
太宰「どうしたんですか?」
アリス「レイラが動く日……死者軍との全面戦争に一般人を巻き込むわけにはいかない。確実にヨコハマが戦場になるわ」
森「だが、|異能空間《ワンダーランド》に入れることは難しいのだろう?」
ルイス「……。」
種田「儂からはなるべく郊外で、としか云えない。ヨコハマにいる人間全員を逃がすことなど不可能だからな」
アリス「でも……ッ」
森さんからしても、街が荒れることは避けたいはず。
でも、僕のせいで戦場にせざるを得ない。
マッドハッター「チェシャ猫、死者軍を全員《《例の場所》》に送ることは可能?」
チェシャ猫「で、出来なくはないけど……」
三月ウサギ「人数も現れる範囲も分からないのに無理だよぉ。何より現実的じゃないしぃ」
マッドハッター「まぁ、そうか」
マッドハッターは果てない空を見て、ため息をつく。
マッドハッター「……エマ」
三月ウサギ「んー?」
マッドハッター「僕達でレイラの動く日を調整しよう」
2-13「或る帽子屋の心中」
マッドハッターside
僕の発言に、全員が驚きの声を溢す。
福沢「……可能なのか?」
マッドハッター「帽子屋の活動の中で手に入れた繋がりをフル活用すれば、可能かもしれない。あくまで可能性の話だけど」
三月ウサギ「そうだねぇ……調整ってマッドハッターは云ったけどぉ、正確には《《暫く動けないようにする》》かなぁ。上手くいけば、数日間は猶予が生まれるよぉ」
五日──否、三日か。
“たった”三日かもしれないけど、準備するには充分。
シャルル「……武装探偵社、ポートマフィア合計で何人が戦える」
森「黒服も入れたら、そこそこの人数になりますかね」
福沢「森|医師《せんせい》」
森「……。」
そういうことですか、とポートマフィア|首領《ボス》はため息をついた。
森「私や紅葉君。あとは中也君に芥川君……“四名”と云っておきます」
福沢「此方は殆ど“全員”だな」
シャルル「少ないな……そちらは出せないか?」
種田「五名──否、“四名”なら」
マッドハッター「隊長……」
シャルル「本来なら君達の方が判っている筈だが、それは二人にしかできない。ならば、此方が出来ることは全力でやり遂げよう」
隊長がやろうとしていることを、僕は判った。
多分、他の長達も理解していることだろう。
三月ウサギ「政府の人達は知らないけどぉ、探偵社とマフィアは鍛えがいがあると思うよぉ!」
マッドハッター「特にポートマフィアの禍戌とかな」
シャルル「……そうか」
隊長は優しく笑う。
シャルル「アーサー・ラッカム」
マッドハッター「……!」
シャルル「エマ・マッキーン」
三月ウサギ「……っ、隊長」
シャルル「君達の元上司からの“頼み”だ」
立ち上がった隊長は僕達の喉元へ紅い刃を向けた。
僕もエマも、相変わらず反応できない。
シャルル「──死ぬな」
刃が消えると同時に立ち上がる�。
エマも隣に並び、僕達は顔を見合わせた。
僕達は戦争で傷つき、軍を離れた。
その時に《《それ》》も処分するべきだったが、出来ない。
戦場にいた証明。
それを捨てると云うことは、仲間達と過ごした日々までも無かったことにしてしまう気がして。
でも、捨てなくて良かった。
この日の為に僕達は、取っておいたのだと思う。
三月ウサギ「……異能力──」
僕達はカラーハットを取り、リボンに付けていたキーホルダーを外す。
そして宙へ放り投げた。
今だけは必要のないハットも床へと棄てる。
三月ウサギ「──“悪戯少女”」
三月ウサギの異能力は、物の質量を変えるというもの。
戦場では小さくした武器を忍ばせ、必要な時に大きくしていた。
マッドハッター「僕に……」
--- 否、 ---
アーサー「僕達に、“命じて”ください」
エマ「今だけは昔と同じ、貴方の部下です」
サイズが戻された“帽子”と“外套”。
成長したのか、どちらも少し小さく感じる。
エマも同じようだった。
シャルル「……あぁ、そうだな」
隊長の頬に、一筋の涙が伝う。
シャルル「シャルル・ペローが命じる。決して無理をせず、生きて帰ってこい」
僕達は敬礼して、過去一番の返事をした。
2-14「或る帽子屋の悩み」
なんか長い((
エマside
アーサー「じゃあ行こうか」
エマ「そうだね」
私は振り返り、チェシャ猫を抱き締める。
エマ「チェシャ猫はここで待ってて。もしもの時、転移できる異能者はいた方がいい」
チェシャ猫「は、はい……!」
エマ「……ごめんね、一人にして」
抱き締める力が強くなる。
“彼”に会い、この子が苦しむことになるのは判ってる。
だから、置いていかないといけない。
アーサー「じゃあ、僕達は失礼するよ」
アリス「……アーサー、」
アーサー「その先は聞きたくないかな」
アーサーは微笑む。
私もチェシャ猫に別れを告げて、彼の隣に立つ。
アーサー「our queen, we love you forever」
エマ「our king, we will be by your side forever」
視線を向けると、私達の足元に穴が開く。
ルイスに、そしてアリスに伝えたいことは伝えられた。
ヒラヒラと英国軍の外套が上へ靡く。
私達は帽子が取れないようにしっかりと押さえていた。
エマ「……行き先は決まってるの?」
アーサー「まぁ、ね。とりあえず彼処に行けば“彼”が繋いでくれる筈だ」
エマ「私、高いところ苦手なんだけど」
アーサー「|君《エマ》はそうだったね。|彼女《三月ウサギ》は何故大丈夫なんだい?」
エマ「狂ってるから。何も考えず、半分ぐらいは本能で動いてる」
穴の先に光が見え、私達は異能の外へ放り出される。
着地をしながらアーサーは話し掛けてきた。
アーサー「感情を支配している、ようなものかな。君だから出来ることだね」
エマ「貴方も出来るでしょ」
アーサー「君と違って、僕は瞬時に切り替えられないよ」
そんなことを話していると、ドタバタと足音が聞こえてくる。
エマ「もう地上を見なくて良いのは嬉しいけどさ──」
ガチャ、と銃の構える音が背後から聞こえた。
エマ「──これはこれで最悪なんだけど」
警備員「動くな。動けば容赦なく撃つ」
アーサー「意外と警備がしっかりしてるんだね、ここ」
エマ「何処でもしてるでしょ、こういう施設って」
アーサー「だって逃げ場ないじゃん」
エマ「確かに」
喋るな。
そう一言、また背後から聞こえてきた。
動くことも話すことも禁じられ、私達は一体どうしたらいいのか。
警備員「質問に答えろ。関係ないことを話せば撃つ」
喋るなって言われてるし、無視しようかな。
警備員「話さなくても撃つ」
撃たれるの嫌だなぁ。
警備員「事前連絡もなく、何故英国軍が此処にいる?」
アーサー「連絡が入るわけがない」
警備員「何もない場所からどうやって現れた」
アーサー「異能」
警備員がざわつくのが分かる。
流石に異能って云うのは不味かったんじゃないかな、アーサー。
警備員「英国軍異能部隊が一体何の用だ……っ」
アーサー「……莫迦」
アーサーがそう小さく云う頃には、私は警備員の持っていた銃を蹴り上げていた。
そして折れないぐらいに調整して体へと蹴りを入れる。
私達へ話しかけてきていた警備員の長であろう男は、水平に飛ぶ。
他の警備員も其奴に当たって、体制が崩れているようだった。
エマ「質問ばかりでイラついて……つい」
アーサー「つい、じゃないよ」
また話がややこしくなる、とアーサーは小さくため息を吐く。
対して私は、引き金へと掛けられている指が引かれる前に銃を使えなくしていた。
小さくしていた武器を銃口へと投げて、入った瞬間に大きさを変える。
そうすれば、撃っても武器に当たるだけ。
もしかしたら中で暴発するかもしれないけど、どうでも良い。
エマ「一度しか云わない。“銃を下ろせ”、そして“私達に関わるな”」
警備員「そんなこと出来るわけ──っ」
???「全員銃を下ろせ」
私の背後。
警備員とは私とアーサーを挟んで逆側の廊下から、その声は聞こえてきた。
???「その者達をよく見ろ。英国軍の格好をしているが“帽子屋”の二名だ」
警備員「なっ……!?」
???「警備がすまない。防犯カメラでは、顔をきちんと見れていなかったのだろう」
アーサー「別に気にしなくて大丈夫だ」
エマ「……貴方が“支配人”?」
あぁ、と左右で髪の色の違う彼は胸に手を添える。
シグマ「私の名はシグマ。この天空カジノで支配人をしている」
アーサー「ご存知の通り、“帽子屋”のマッドハッターだ」
エマ「三月ウサギ」
シグマ「二人とも、よろしく頼む。では支配人室まで案内しよう」
警備員「応接間ではないのですか?」
シグマ「彼らは私の客だ。心配しなくても、害をもたらす人間ではない」
警備員「は、はぁ……」
理解の追い付いてない警備員達を無視し、私とアーサーはシグマに案内されるまま支配人室へ向かうのだった。
3−1「白のハート」
No side
あれから一日が経過。
ルイス達は二つのグループに別れて活動している。
一つ目はレイラを確実に倒す為の作戦を立てるチーム。
作戦自体は、乱歩がいれば問題ない。
だが、万が一の可能性も視野に入れながら何百もの作戦を立てている。
少しでも情報を増やすために日中は特務課が、夜中はマフィアが街を駆け回ったりしていた。
さて、もう一つのチームはというと──。
シャルル「──遅いな」
完全に死角から、重力操作で速度も尋常ではなかったがシャルルに当たることはない。
太宰「下がれ、中也」
中也「云われなくても判ってるッ!」
斜面を転がるように後退する中也。
珍しく、太宰と共に息が上がっているようだった。
ヴィルヘルム「戦場では休む暇などないぞ」
木々の隙間。
遠く離れた位置で、ヴィルヘルムはそんなことを呟いた。
彼の視線の先には太宰の姿。
中也「太宰!」
銃声が響き渡ったかと思えば、太宰の胸に赤い華が咲く。
森の中では音が反響し、位置を掴めなかった中也。
だが、大体の予想はつけることができた。
太宰のことを諦めて臨戦態勢でいると、背後から枝の折れる音が聞こえた。
即座に音の方へ飛び出すも、そこにはただ《《紅い獣》》がいるのみ。
シャルル「良い反応速度だな」
罠だと気がついてからの中也の行動は速かった。
自身へ後ろ向きの重力を掛けることで退く。
中也の元いた場所の地面から、別の“紅色”が現れる。
舌打ちをしながら次の手を考えていた次の瞬間。
中也「……は……?」
太宰の時と同じ銃声が、中也の真横から聞こえた。
そこにいたのは、勿論ヴィルヘルム・グリム。
二回、三回と同じ音が森に響き渡ったかと思えば、中也も赤く染め上げられていた。
シャルル「ヴィルヘルム!」
まだ引き金を引こうとするヴィルヘルム。
彼の銃を奪いながら、“紅い獣”が走り去る。
シャルル「もう結果は確定しているだろう。無駄撃ちをするな」
ヴィルヘルム「……チッ」
──もう一つのチーム。
ルイス・キャロルをはじめとした20名ほどは、特訓していた。
場所は、遠い過去に滅んだ島国“ヴァイスヘルツ”。
無人島として本来なら英国が管理すべきだが、報酬を望まなかったアーサー・ラッカムとエマ・マッキーンの二人が先日手に入れた。
ここでは、どんな法律も適用されない。
帽子屋が長であり、ルールだ。
何にも縛られないこの地は、ルイス・キャロルの繋いだ異能者達が特訓するにはうってつけだった。
2-15「自分で選んだ道」
ルイスside
二人がレイラの足止めに向かうことになり、僕達は一度解散することになった。
ヨコハマ組を送り、何とも云えない空気が|異能空間《ワンダーランド》に満ちる。
コナン「それで、鍛えるとは云っても何するんだ?」
シャルル「その者の実力にもよるが、苦手部分は諦めて得意分野を伸ばすことになる。私のやり方でな」
げっ、とコナンさんは眉を潜める。
コナン「それ、俺が大忙しになりません?」
シャルル「心配しなくても、今回は何も準備ができていないからな。手加減をせざるをえない」
コナン「戦時中もそうしてもらいたかったです」
シャルル「……私は君達だけでも失わず良かったと思っている」
シャルルさんは笑っていたけど、辛そうに見えた。
空気がまた重くなる。
ヴィルヘルム「なんだ、異能部隊は空気を重くすることが好きなのか?」
ルイス「そんなことはない……と、思いたいですね」
コナン「そこは言い切れよ」
はぁ、とグリムさんはため息をつく。
ヴィルヘルム「欧州が投げ出したのが先だ。俺の権限で多少の無理は通させる」
シャルル「……良いのか」
ヴィルヘルム「俺達三名が動くことも、本来なら許可されずに罰されることだ。忠誠心などはとうの昔に捨てている」
シャルル「それは──」
ヴィルヘルム「これは、俺の意志だ」
アリス、と僕は問い掛ける。
ルイス「僕の意志を……選択を、君はどう思うのかな」
アリス「その答えはいつも云ってきたわ」
--- 私は何があっても味方 ---
ルイス「……そうだね」
君は、いつでもそう言ってくれた。
アリス「二人が作ってくれた時間を、無駄には出来ないわね」
ルイス「だから僕は──」
チェシャ猫「あ、あのぉ……」
ルイス「どうかした?」
チェシャ猫「き、鍛えるっていうのは何処でやる感じですか……?」
アリス「|異能空間《ワンダーランド》で良いんじゃないかしら。わざわざ何処かへ行くの面倒だし」
ヴィルヘルム「こんな何もない平面で戦っても成長しないだろう」
確かに、グリムさんの言う通りだ。
出来ることなら森とか、障害物になるものが沢山ある方がいい。
でも、英国にあの人数を不正入国させるわけには──。
チェシャ猫「し、死者軍を全員送るのは難しいんですけど……人数が確定しているなら良い場所があります……」
三章「二つの虚像」
番外編「三章突入記念特番」
GWは何をしますか?
私は北海道に行きます((
🐰「ということでぇ!」
🎩「どういうこと?」
🐰「三章に入ることになったからぁ、記念特番をやるよぉ!」
🎩「解散」
🐰「集合!」
🎩「僕達、これから|シグマ《支配人》と話すところだったよね?」
🐰「それはそれでぇ、これはこれだよぉ!」
🎩「もう一つ聞きたかったんだけどさ」
🐰「うん」
🎩「今の君、《《そっち》》じゃないでしょ」
🐰「じゃあ早速特番を始めていこうねぇ!」
🎩「会話が成立しないんだけど?」
🐰「何から話していこうかなぁ」
🎩「自己紹介もせずに始めるなよ」
🐰「流石はアーサー。ツッコミが完璧だね!」
🎩「初めて褒められたわ、ツッコミ。とりあえず話が進まないからそのまま普通でいてくれ」
🐰「えぇ…私じゃ分からない人がいるかもしれないじゃん…」
🎩「つまりちゃんと小説を読んでないってことだね」
🐰「やめてアーサー! 読者に喧嘩を売らないで!」
🎩「僕はそこの“兎の絵文字の女”が言っている通り、アーサー・ラッカム。帽子屋では“マッドハッター”として活動している」
🐰「“兎の絵文字の女”って…!」
🎩「早く自己紹介しないと、僕が進行するよ?」
🐰「それは駄目!」
🎩「じゃあ真面目にやってくれ」
🐰「コホン…私はエマ・マッキーン! アーサーと同じく帽子屋として活動していて、二つ名は“三月ウサギ”。よろしくね!」
🎩「で、特番って何するの」
🐰「何も考えてない」
🎩「は?」
🐰「本当は一章と二章のプロットでも紹介しようと思ってたんだけど消えた」
🎩「は?」
🐰「文句は天泣へどうぞ」
🎩「なんで消えるんだよ…」
🐰「どうしようね、これから」
🎩「とりあえず振り返りでもしたらどう?」
🐰「そうだね」
---
🐰「てことで、一章の振り返りからやっていこう!」
🎩「平和なヨコハマに“アレ”が現れたんだったね」
🐰「英国軍異能部隊の服を身に纏う男。私達が入るより前に殉職してる人…だよね、確か」
🎩「あぁ。ルイスの先輩で、コナンさんの同期だったかな」
🐰「もう死んでる人がヨコハマの街中を歩いてるって、結構意味不明な状況だね」
🎩「そうだね。ルイスと同じく、僕も“彼女”の仕業だと思ったと思うよ。彼が殺した筈なのにね」
🐰「探偵社の一員として見回りをしていたルイスの前に現れたのは、“グラム”だった」
🎩「どうやら虎の彼も、和装の少女も。グラムには全く歯が立たなかったらしい」
🐰「それだけ、私達が戦った時よりも強くなっていたんだね」
🎩「一時撤退したグラム。あの男が残したのは━━」
--- 三日後、この街の戦場で会おう ---
🎩「たったその一言のみ」
🐰「ルイスなら理解すると思ったんだろうね。そして、一人で来るということも」
🎩「グラムの予想通り、でいいのかな。ルイスはマフィアに協力を要請して、何箇所か張り込んでもらった。そして自身は、あの洋館へ」
🐰「私達が過去助けた軍人が死んだ、廃れた洋館。数ある戦場の中でグラムがその場所を選んだ理由は、ジイドさんを手駒にする為だったんだと思う」
🎩「ルイスの予想通りグリムが、そして死者が沢山いた」
🐰「そして、そんな死者を率いる死者軍の女王━━“レイラ”も」
🎩「死者を操るレイラを前に、ルイスの体は動かなくなってしまった」
🐰「でも、傍観者でいる予定だったアリスも手を貸して、生きる伝説の二人が圧倒的に優勢」
--- 貴女の中で、私は何も変わっていないのね ---
🎩「…その筈、だったんだけどね」
🐰「以前対峙した時は、レイラ自身が動くことはなかった。だから彼女自身の強さをルイスも、アリスも知らない」
🎩「想像以上の実力に退却しようとする二人。しかし、そう簡単に退くことはできなかった」
🐰「レイラの操る死者軍にあの子が━━“ロリーナ”がいたから」
🎩「彼女の異能の前で手も足も出せないルイスは、そのまま追い詰められていった。嬲られた、と言ってもいいかもしれない」
🐰「でも、ルイスはまだ立ち上がった。大切な居場所を守り切るために」
🎩「次の攻撃で、全てが終わる。ルイスが決着をつけ、そのまま━━死ぬ」
🐰「そんな緊迫した空気を切り裂いたのは━━」
--- Now the crazy show begins ---
--- さぁ、狂ったショーを始めよう ---
🐰「私達だった」
🎩「アリスがこの時間に来るように連絡をくれていたんだ。ルイスが生きていても、死んでいても。僕達に対応して欲しかったんだと思う」
🐰「生きていたから、私達は生かそうとした。気持ちも分かるけど、最優先はルイスだから」
---
🎩「二章が始まって、僕達はまず英国へと来ていた。ルイスの傷の治療をしないといけなかったからね」
🐰「そしたら全然中に入れてくれないの! 酷いよね!?」
🎩「コナンさんがいなかったら、と思うとゾッとするよね」
🐰「治療の済んだルイスが目覚めたのは、あれから三日後だった。その間にアリスとか私とかが色々と手を回していて、ちょうど会議をする日だった」
🎩「ヨコハマにある三つの異能組織、そして帽子屋に英国軍。レイラの話をするには少々欠席者が多い気がするね」
🐰「それもその筈。欧州の決断は日本を地図から消すことだったんだから」
🎩「でも英国軍は━━僕達の大先輩達は、個人的に手を貸してくれることになった」
--- 僕達でレイラの動く日を調整しよう ---
🎩「帽子屋として活動してきた時の|手札《Card》が沢山ある。だから、僕達で足止めをすることにした」
🐰「私達に掛かってるね、アーサー」
🎩「…そうだね」
---
🐰「って、感じかな」
🎩「二章が雑だけど、まぁ良いんじゃない?」
🐰「因みにあと二章で終わる予定だよ」
🎩「え、無理だろ」
🐰「いやぁ…さっきの振り返りでは言わなかったんだけど、これからシャルルさん達の特訓が入るじゃん? それにルイスの過去も足して三章にする予定なんだって」
🎩「一章+二章の話数になりそう」
🐰「私もそう思う」
🎩「三章のタイトルはルイスの過去を考えて付けてるし、入れるしかないんだろうけど…うん、頭悪いだろ」
🐰「ねー」
🎩「まぁ、天泣には頑張ってもらうことにしよう」
🐰「そういえば一章と二章のタイトルを言ってなかったね」
🎩「…そういえば」
--- 一章「望まぬ再会」 ---
--- 二章「殺すか殺されるか」 ---
--- 三章「生きるということ」 ---
--- 四章「最終決戦」 ---
🎩「因みに、四章はそのまんますぎるから帰ると思うよ」
🐰「(仮)ってことだね」
🎩「もしかしたら五章に入るかもしれないし……まぁ、ちょっとプロットが変わりつつあるからオチが変わるかも」
🐰「それヤバくない?」
🎩「うん、めちゃくちゃヤバい。死ぬ予定じゃない人が死ぬかもしれない」
🐰「最悪じゃん!?」
---
🎩「そういえば、読者は僕達を含めたオリキャラ達のこと判ってるのかな」
🐰「…さぁ? 正直なところ天泣も把握できてない子がいるでしょ?」
🎩「本当、どうするつもりなんだろ」
🐰「なんかさ、時系列表みたいなの欲しいよね」
🎩「気が向いたら作るでしょ。気が向いたら」
🐰「大事なことだから二回云ったね」
🎩「完結しないと作れない。ややこしすぎて」
🐰「なんかキャラについて質問とかあったら気軽にコメントしてね!」
🎩「ちゃんと設定が決まってたらすぐに日記とかで答えるよ。決まってなかったら、考えてみる」
🐰「沢山のコメント待ってるよ〜」
🍪「…少し席を外した間に何をしてるんだ、君達は」
🐰「え、三章突入記念特番」
🍪「???」
🎩「エマ、それだけ云っても━━」
🐰「あ、三歳児には判らないか」
🍪「……。」
🎩「エマさん???」
🐰「てか、二回目の登場がこんな場所でいいの?」
🍪「別に良いだろ。初登場が本編ですらないのだから」
🎩「|ゴーゴリ《道化師》とかも、コラボが初登場だったからな」
🐰「それも彼方の世界の人だからね」
🍪「メタいな」
🐰「しょうがないよ。深夜テンションで書いてるんだから」
🎩「いつでも深夜テンションだよね、最近の天泣」
🐰「疲れてるんじゃない?」
🎩「天泣より疲れてる人なんていっぱいいるって」
🍪「話が脱線しすぎじゃないか?」
🎩「大丈夫。これが通常運転だよ」
🍪「そうか」
🐰「でも、そろそろ君と話をしないといけないね」
🎩「これは僕らにしか出来ないこと。だから、よろしく頼むよ」
🍪「…まぁ、私に出来ることは限られているが、全力を尽くそう」
3-1は5/3に投稿予定!
3-2「自分が知らない自分」
ルイスside
時は少し遡り、|異能空間《ワンダーランド》。
僕はチェシャ猫の話を聞いていた。
チェシャ猫「い、一応英国領にはなるんですけど……そ、その……あ、彼処なら不正入国にさせないので……」
ヴィルヘルム「──そういうことか」
どうやらグリムさんは理解したらしい。
シャルル「“ヴァイスヘルツ”、か」
ルイス「それって、あの遠い過去に滅んだ王国……?」
アリス「何故“あの場所”が今頃出てくるのかしら、シャルル」
シャルル「そう睨むな。彼処は今、帽子屋が管理している」
僕とアリスの頭にはてなマークが浮かぶ。
どうやら、つい先日あの二人が受け取らなかった報酬の代わりにあの島を望んだらしい。
チェシャ猫「ぼ、僕が帽子屋に拾われたお陰で固定した拠点を持てるようになって……そ、それで今は開拓してるところなんです……」
アリス「──……そう」
ルイス「アリス」
アリス「何かしら」
ルイス「その感情を抱く理由を、聞きたい」
アリスは苛立っているようにも、怯えているようにも感じられた。
僕のことは誰よりもアリスが知っている。
それが関係してる──と考えるのが普通だろう。
アリス「……全部話すって、云ったものね」
悲しそうな顔をしながら、アリスは微笑んだ。
アリス「後で、私の気持ちがまとまったら説明するわ」
ルイス「……判った」
そんなこんなでヴァイスヘルツに来た僕達。
シャルルさんとグリムさんを相手に、模擬戦形式で特訓していた。
僕はまだしも、ヨコハマ組のことは何も知らないのでとりあえずで戦っている。
因みにさっきまでは双黒が模擬戦をしていた。
結果はまぁ、負けてしまった。
ヨコハマ裏社会最強の二人組でも歯が立たない。
ブランクのせいなのか、二人が強すぎるのか。
2対2の筈なのに、と僕は改めてシャルルさんとヴィルヘルムさんの力を思い知った。
ルイス「おーい、生きてる?」
グリムさんのせいで真っ赤に染まってしまった中也君の頬をペチペチと叩く。
ペイント弾だし、死にはしない。
でもまぁ、生きてるか聞いちゃうよね。
中也「死ぬかと思いました」
ルイス「僕もそうだった」
さて、と太宰君の方を見てみる。
うへぇ、と真っ赤に染まった服をみて顔を歪めているようだった。
二人とも大きな怪我はなさそうで何より。
3-3「或る隊長の心中」
シャルルside
決着が付き、ルイスが中原君の元にいるのが見えた。
私達も話に入ろうかと思ったのだが━━。
シャルル「待て、ヴィルヘルム」
ヴィルヘルム「……何だ」
シャルル「何だ、じゃないだろう。きちんと二人に挨拶を━━」
私を無視したヴィルヘルム。
そのまま森の深くへと姿を消してしまった。
シャルル「すまない。手加減をあまりしなかった上に、ヴィルヘルムがあんな態度で」
中也「気にしないでください」
それにしても、と中原君は子供のように目を輝かせる。
中也「芥川の異能と似ているとは思ったが、全くと云って良いほど戦闘スタイルが違いますね。それに射程が長ぇ」
シャルル「アクタガワ……?」
ルイス「ポートマフィアの禍狗ですよ、シャルルさん」
シャルル「……あぁ、例の」
太宰「ルイスさん、今日はこれで終わりにしますか?」
ルイス「あー、もう日も落ちちゃうし、そうだね。今日は双黒しか無理だったか」
シャルル「流石はヨコハマ裏社会最強のコンビだな。昔のルイス達だったら三戦ぐらいしていたな」
ルイス「それはシャルルさんが手加減せずに僕達の相手をするからで……」
確かに、当時は一切の手加減をしていなかった。
多少の怪我ならコナンがどうにか出来ることもあり、上は早くルイスを戦場に立たせようとしていた。
齢10の子供を戦に出すなど、あってはならないことなのに。
中也「にしても、やっぱりルイスさんの師なだけあるな」
太宰「そういえば中也、怪我したの?」
中也「あ? 何だ急に。まぁ、投げ飛ばされたり蹴りを入れられたりしたから多少は━━」
与謝野「小さな怪我でも侮っちゃあいけないねぇ」
ルイスと共に来ていた女医がそう言うと、中原君は逃走した。
しかし、傷というものは手当てするタイミングが大事だ。
放っておいても良くはならない。
とりあえず私は異能を使い、中原君を捕らえることにした。
与謝野「太宰は森先生のところに行くんだよ」
太宰「……はぁーい」
与謝野「じゃないと心臓を二分ほど止めてから蘇生させるからねぇ」
太宰「行きます」
ルイス「即答だね」
心臓を二分ほど止めてから蘇生させる、とは中々酷い。
そんなことを考えながら、私は中也君を下ろす。
シャルル「すまないが、私は歩いて宿泊所へ向かうことにする。中原君を頼めるか」
ルイス「勿論ですよ」
シャルル「助かる」
先程から、少々視線が鬱陶しい。
私は宿泊所とは真逆の方向へと歩き始めた。
3-4「或る大将の悩み」
ヴィルヘルムside
この歳になって説教されるのは面倒以外の何者でもないから、と森へと逃げる。
暫く彼奴らの様子を見ていると、其奴は此方へと向かってきた。
シャルル「先に戻らなかった理由は何だ?」
無視してやろうかとも思ったが、俺は木から飛び降りる。
こっちに来られた方が鬱陶しい。
ヴィルヘルム「貴様はこれ以上手を汚すことに躊躇いはないのか」
質問返しか、と言いたそうな表情をしているシャルル・ペロー。
シャルル「ない、と断言することは難しいな。正直なところ、自分のことが半分ぐらい判らなくなっている」
ヴィルヘルム「それは“あの日”からか?」
シャルル「……そうだな。私のことの筈なのに他人事に思えたり、考えが矛盾していることが多い」
ヴィルヘルム「そうか」
冷静を装おうとは思うが、なかなか難しい。
俺のせいで変わってしまったと云っても、過言ではないからだ。
シャルル「……最初の質問だが、ルイスの代わりに私がレイラを殺すことが気に食わないのか?」
ワンダーランドにて、シャルル・ペローはこんなことを云った。
『君に渡したヴォーパルソードを返してもらう』
その言葉を聞いてから、何か俺の様子はおかしい。
ヴィルヘルム「気に食わない、か。……確かにそうなのかもしれないな」
俺の発言に、シャルルは目を丸くしていた。
自分で云うのは少々、というか結構おかしいが今のは素直すぎた。
いつもの俺らしくない。
シャルル「ヴィルヘルム━━」
ヴィルヘルム「いつでも貴様はそうだ。自己犠牲について何も思わない。誰かの為ならどんな罪でも一人で背負おうとする」
シャルル「《《皆》》が笑っているところを、私は見たいからな」
ヴィルヘルム「……その中に貴様自身はいなくても良いと」
シャルル「あぁ」
俺は、あまりシャルル・ペローの考え方が好きではない。
一線を引き、大切な者の輪に此奴は入ろうとしない。
自分にはその資格がないと、無意識のうちに自らの足で遠ざかっている。
ヴィルヘルム「……。」
そして、彼奴の云う“皆”には一般人が含まれていない。
自分の知り合い、簡単に云うなら俺やルイス・キャロルを始めとした仲間達しか入っていないのだ。
(……別にそれがおかしいと非難したいわけじゃない)
ただ、シャルル・ペローの“皆”から外れた瞬間に彼奴にとってどうでも良い存在になるのだ。
其奴が死のうと、助けを求めてこようと。
シャルル・ペローの歪んでしまった心には、良心と呼ばれていたものには何も響かない。
シャルル「ヴィルヘルム、明日も早くから戦闘をすることになるだろう。早く宿泊所に戻り━━」
ヴィルヘルム「貴様に云われなくとも分かっている」
優しい言葉を掛けられると、つい過去と重ねてしまう。
俺達の運命が別れた“あの日”のことも、思い出してしまった。
ヴィルヘルム「……チッ」
俺は宿泊所に向かい山を降り始めた。
シャルル「……遅めの反抗期だろうか」
因みに、そんなことをシャルル・ペローが呟いたことなど、俺は知らなかった。
3-6「眠れぬ夜と涙」
ルイスside
どうも、僕は気絶をしないとゆっくりと休むことができないらしい。
一応部屋を振り分けられた僕は、皆と同じようにベットに机に椅子という物凄く殺風景な場所にいた。
いつもならワンダーランドに引きこもるところだけど、アリスと少し距離を置きたかったからちょうど良い。
あれから、アリスとは話せていない。
訓練をしている山と宿泊所を繋ぐのに異能を使わせてもらったりしているけど、顔も見ていない。
アリスの中で覚悟が決まるまで、干渉するつもりはなかった。
この状況でいいのかどうかは、正直分からないけど。
ルイス「……外、行くか」
元々睡眠を取らない僕が、布団に入っても寝れるわけがなかった。
いつも以上に考えてしまうことが多い。
ルイス「……寒くはないかな」
ただ、少し涼しい。
袖を折っていたのを戻すことにした。
まだ夜は明けそうにない。
月が、星が、綺麗だ。
ルイス「……ぁ、れ……?」
一粒、また一粒と涙が地面を濡らしていく。
別に悲しくなんてない。
なのに涙が溢れて止まらない。
ルイス「限界、なのかな……」
今思えば、ここ一週間の間に色々あった。
特務課からの依頼で戦死したはずの先輩がヨコハマに現れたことを知った。
見回り中にグラムに会い、その三日後にはレイラと対峙。
ロリーナにも、会った。
そして三日間も眠っていたんだっけ。
起きてすぐの会議では知らない記憶が蘇ったり、決断できなかったり。
ルイス「本当、人生って判らないや」
こんなところを誰かに見られるわけにはいかない。
どうせ寝ることもできない僕は、山へと向かうことにした。
特訓、なんてものはここ数年やっていない。
感覚を取り戻すためにも、山登りをすることにした。
浜辺から山頂まで全力ダッシュ。
“ヴァイスヘルツ”の名残である城壁とかは、街での戦闘に使えないかな。
軽く準備運動をして、頬を叩く。
ルイス「やるか」
深呼吸をして僕は時計をセットする。
ルイス「よーい、スタート」
3-5「治療と復習」
ルイスside
僕は異能で双黒と与謝野さんを宿泊所まで運び、中也君はそのまま治療へと入った。
大きな怪我はないのに解体される中也君は、うん、その、御愁傷様です。
コナン「にしても、本当に隊長は強いよな。戦時中から全く衰えていないように見える」
森「毎日の鍛練を怠っていないのでしょう」
エリス「リンタロウが毎日続けていることは、お菓子を食べることだけよね」
森「ちょっとエリスちゃん!?」
与謝野「はい、治療は終わりだよ。にしても、手加減はあまりされていないんだろう?」
中也「本気出されたら殺されてるんじゃねぇか、俺達」
太宰「シャルルさんは中距離型にも関わらず、芥川君との大きな違いは体術ができるところだ。それが中也の云っていた“戦闘スタイルの違い”になっている」
中也「大将って方は射撃の精度が物凄く高い。あの距離から太宰の左胸にペイント弾を当てたからな。そして何より異能を使われていない」
軽くホラーだよね、と太宰君は軽く背伸びをする。
二人が分析やら何やらしているのを聞きながら、僕はコナンさんと目を合わせる。
コナン「一つ良いか、双黒」
太宰「どうかしましたか?」
コナン「ルイスが云ってないだけかもしれないが、グリム大将は異能力者じゃないぞ」
僕達の間に無が生まれた。
暫くしてから双黒は驚きの声を上げる。
与謝野さんも少し瞠目している。
対して森さんはそこまで驚いているようには見えなかった。
太宰「え、は、嘘ですよね……?」
中也「異能部隊じゃねぇのか……!?」
ルイス「そこら辺の説明ってちゃんとした事なかったんだっけ」
森「異能部隊は英国軍の中にある部隊の一つで、その長がシャルル・ペロー隊長。そして英国軍の長の一人がヴィルヘルム・グリム大将ではなかったかな?」
コナン「その通りだ」
太宰君と中也君は顔を見合わせ、ため息をつく。
与謝野「何か、欧州は何でも凄いんだねぇ……」
ルイス「そうかな?」
コナン「ま、日本の普通ではないんだろ」
そんなことより、とコナンは欠伸をする。
コナン「さっさと自室に戻りやがれ。俺、もう寝たいんだが」
太宰「あ、すみません」
僕達は医務室を追い出され、それぞれの部屋へと帰ることにした。
3-7「口ずさむメロディ」
ルイスside
気がつけば日は登っていて、携帯に着信が来た。
ルイス「もしもし」
福沢『福沢だ。貴君は今、何処にいるのだ?』
ルイス「山」
福沢『は?』
稀に聞く、福沢さんの本気で困惑した声。
まぁ、僕のせいなんだけど。
事情を説明すると、福沢さんはため息をついた。
福沢『朝食はどうする』
ルイス「宿泊所に戻ることにする。おにぎり?」
福沢『サンドイッチなどもある』
ルイス「手軽に食べれそうでいいね」
すぐ帰る、と僕は電話を切って背伸びをする。
今いるのは山の中腹あたりの、城壁の上。
そこそこに景色がいい。
ルイス「━━にしても」
ずっと気になってるんだよな、彼処。
確実に近いうちに人の手が加えられている。
近い、とは言っても半世紀以上は前だろうけど。
周りと比べて劣化がそこまで酷くない。
ルイス「後で聞いてみるか」
それから僕は歌いながら、山の麓にある宿泊所に向かい始めた。
ルイス「……Alice in wonderland」
How do you get to Wonderland
Over the hill or under land
Or just behind the tree
When clouds go rolling by
They roll away and leave the sky
Where is the land beyond the eye
That people cannot see
Where can it be
Where do the stars go
Where is the crescent moon
They must be somewhere in the sunny afternoon
Alice in Wonderland
Where is the path to Wonderland
Over the hill or here or there
ルイス「I wonder where……♫」
歌に合わせて足を踏み込み、大空へ舞う。
この歌は、いつ知ったんだっけ。
戦場で歌っていたことがあるから、英国軍に来るより前のはず。
ルイス「……僕は、何をしていたんだろうね」
僕が知らない、僕のこと。
それを今すぐにでも聞き出そうとしないのは、僕に勇気がないからか。
ルイス「真実を知る、勇気が」
?「真実を知ったとしても君は君だろう」
♫/メインタイトル〜不思議の国のアリス
3-8「いる筈のない人物」
ルイスside
ルイス「森さん……」
迎えにしてはタイミングが良すぎる。
森「アリス君、とまでは行かずとも君よりは“ルイス・キャロル”について詳しい心算だよ」
ルイス「僕、朝ごはんを食べにきただけなんだけど」
森「少々君と話したくてね、福沢殿の電話から計算して出てきたのだよ」
此方は特に話したいことはないんだけど。
そんなことを考えながらも、“最適解大好きおじさん”が無駄なことをするとは思えない。
森「君、なにか失礼なこと考えていないかい?」
ルイス「最適解大好きおじさんとしか」
森「ナニソレ」
ルイス「森さんのこと」
ぴえん、のような目をしている森さん。
気持ち悪いのは、言うまでもない。
仕方なく、少しだけ付き合ってあげることにした。
森「ある人物から、君の出生について少し教えてもらったのだよ」
ルイス「ある人物?」
海風が僕達の間を通り抜け、山の木々を揺らしていく。
その名を聞いて、僕は驚くことしかできなかった。
声を漏らすこともない。
ただ、疑問が頭に浮かぶばかり。
森「“何故彼が”と聞きたいんだね」
ルイス「──ッ!?」
森「今の君は随分と分かりやすい。いつもこの調子なら話しやすいのだが──」
ルイス「僕の問いを分かっているなら、答えてくれ」
森「……私は構わないのだけれど、君はどう思う?」
森さんの言葉は、僕を通り越して後ろの人物へ掛けられた。
さっきから、僕は驚いてばかりだ。
ルイス「あ、りす……」
アリス「私のことを知らないとルイスを困らせるだけよ」
森「因みに私は君の過去は少ししか知らないよ」
アリス「知ってるのね」
森「これでも軍医だったからね」
はぁ、とアリスはため息を吐いていた。
色々と聞きたいことはある。
でも真っ先にこの質問が出た。
ルイス「どうして、ここにいるの?」
アリス「……それも含めてはじめから、全て話すわ」
その前に、とアリスは僕の手を引いていく。
アリス「朝ごはん、ちゃんと食べましょう」
3-9「犬と兎」
やっべ☆
キャラが不明だよ☆
ルイスside
建物に入って、
食堂を目指して、
端の方の席に座って、
机上のおにぎりへ手を伸ばす。
ルイス「……。」
もぐもぐ、と。
まるでリスのように、頬へ食べ物が溜まっていく。
ルイス「……はぁ」
僕は飲み込み、耳を塞ぐ。
「「えぇ〜!?」」
この場にある殆どが驚きの声を上げていた。
敦「あ、え、アリスさん!?」
鏡花「……本物?」
芥川「僕達が見間違えるとは思えない」
中也「そうだが、いや、あのな、うん、」
太宰「森さん説明してくれる?」
福沢「全員に一から説明をしてくれ、本当に」
賢治「おはようございます!」
与謝野「いやぁ、妾は昨日飲んでないはずなんだけどねぇ……」
紅葉「本当に謎じゃ」
国木田「ルイスさんとアリスさんは片方しか現実では存在できないはずでは……?」
あ、国木田君がちゃんと聞いた。
結構番外編とかで両方現実にいたりするから忘れられてるかもしれない。
だけど、設定的には国木田君の言う通り片方しか存在できない。
ワンダーランドは異能空間というか精神世界というか。
曖昧な場所だから僕とアリスが同時に存在できる。
え、話がメタイ?
良いんだよ、たまには。
?「何故探偵社とマフィアはあんなに驚いているんだ?」
?「相変わらず話を聞いていないんですね、鐵腸さん。そして毎回のことですがおにぎりに砂糖を掛けないで貰えますか?」
鐵腸「片方しか存在できない、という意味が判らない。両方存在できているだろう」
?「うるさいんで黙ってください。というか何故私の隣に座っているんですか、貴方は」
鐵腸「知らない者の隣よりは条野の隣の方がいい」
条野「いや、真横ではなくとも良くないですか?」
猟犬の二人は仲が良さそうだな。
?「仲の良いことは善いことだ!」
燁子「隊長♡ 燁子もそう思いまぁす♡」
?「そうかそうか!」
考えていることが一緒でちょっと吃驚。
?「そういえば自己紹介がまだだったな、英国の戦神」
ルイス「……僕?」
?「君以外に誰がいるというのだ?」
ルイス「まさか話しかけられるとは思っていなくてね」
食べようとしていたおにぎりを置き、僕は立ち上がる。
手を差し出し、とりあえず笑っておいた。
ルイス「ルイス。ルイス・キャロルだ」
福地「儂は福地桜痴だ」
燁子「大倉燁子じゃ! ほら、貴様らも自己紹介をしないか!」
鐵腸「末広鐵腸だ」
条野「条野採菊です。よろしくお願いします、ルイスさん」
まさか種田さんの云っていた四人が“猟犬”だとは。
全員がヴァイスヘルツに来てよかったのか、という心配はあるものの協力してくれるのは本当にありがたい。
福地「君とは一度話してみたいと思っていたが、あまり悠長なことをしている暇はないのだろう?」
ルイス「そうですね。今日から本格的に戦闘訓練が始まりますけど……」
福地「必要ない、とは考えていない。猟犬の発足以来、任務の失敗などしたことはないが英国軍と手合わせできる機会などそうないからな」
ルイス「……そう云ってもらえると幾分か気が楽になります」
3-10「少年と少女」
アリスside
アリス「そもそも、もっと前から私とルイスは別に行動できたのよ」
困惑の声が様々なところから上がる。
アリス「探偵社員と認められたことで異能が変化。片方が虚像である必要がなくなったの」
太宰「対になる存在が|異能空間《ワンダーランド》にいなくても問題ない……と、いうことは」
「「異能に縛られる理由がなくなった」」
中也「アリスさんは異能生命体だったってことか?」
アリス「うーん、それがちょっと違うのよね」
まぁ、と私は微笑む。
アリス「今のところは“赤ノ女王”も共に戦場へ立てると思っていてちょうだい」
ここから先は、ルイスが話すか決めることだと思うから。
紅葉「それにしても、二人はよく似ておるのぉ」
アリス「髪型以外は一緒よ。あ、目元もちょっと違うかしら?」
ルイス「僕に聞かないでくれる?」
ルイスは面倒くさそうにしながら立ち上がる。
もう食事は終わっているらしい。
ルイス「部屋で待ってる」
誰も、何も云う間はなかった。
アリス「……悪いわね」
シャルル「謝らなくていい」
ヴィルヘルム「シャルル・ペローの言うとおりだ。貴様のせいではない」
アリス「そう云ってもらえる私は幸せ者ね」
さて、と私は小さく笑う。
あの子へ話す覚悟は決まった。
話してしまえば、知らない頃には戻れない。
アリス「行ってくるわ」
食堂を出て、階段を上がる。
ほの暗い廊下を歩いた突き当たりに、ルイスの部屋はあった。
アリス「失礼するわ」
ルイス「……早かったね」
アリス「これ以上待たせるわけにはいかないもの」
ベットに座っていたルイス。
私は机の下に入れられていた椅子を引いて腰掛ける。
ルイス「君と向き合うことになった時も、そうやって座っていたね」
アリス「そうね。とても懐かしく思うわ」
少しの沈黙の後、口を開いたのはルイスだった。
ルイス「僕は、何だ?」
アリス「……ルイス・キャロル」
ルイス「そうじゃない。“彼”が関わっているのだとすれば、僕は人間と胸を張って云えない」
森さんのせいで、ルイスの中で迷いが生まれた。
私は少しの間、何も答えずにいた。
ルイス「答えてくれ、アリス。僕も《《ヴェルレヱヌ》》と同じ──」
3-11「世界を越える力」
ルイスside
アリス「貴方は人間じゃないわ」
その言葉を聞いた瞬間、何かが割れた気がした。
“何か”が僕の精神なのかどうかは判らない。
ただ、放心状態なのは理解していた。
アリス「──この世界のね」
ルイス「……え……?」
アリス「この世界にルイス・キャロルという人間は存在しない筈だった。でも、貴方は此処にいる」
ルイス「待って、云ってることが──」
アリス「世界を越える力を持っているのはジョン・テニエルだけじゃないのよ」
アリスが指を鳴らすと、見慣れた鏡が現れる。
アリス「様々な組織に所属する少女に、元ポートマフィア2大最年少幹部の女性。元ポートマフィアの最年少裏幹部、ポートマフィア準幹部の偽名少女、組合へ潜入した猟犬隊員……。行こうと思えば私達はいつでも会いに行けるわ」
ルイス「つ、まり……僕は別の世界から──」
アリス「えぇ、私が呼んでしまった」
鏡を消して、アリスは頭を下げる。
僕は理解できていなかった。
でも、これが嘘じゃないことだけは判る。
アリス「貴方は別世界の、平和な世界にいた筈の私。そして私も本物じゃない」
アリスの眼は、悲しみを宿していた。
ルイス「……。」
衝撃の事実に、僕は何も云えずにいた。
僕はこの世界の人間じゃない。
そう理解できて。
でも、まだ困惑したままで。
少しして、僕は小さく呟いた。
ルイス「君のことを、僕のことを教えてくれ」
アリス「……えぇ」
---
昔々、遠い昔のお話。
あるところに一人の少女がいました。
少女には親をいません。
死んだのか、捨てられたのか。
幼い少女は知らず、興味もありません。
広い広い城で、同じく親のいない子供達と変わらない日常を送れていれば十分でした。
城には子供達だけではなく、大人もいます。
白衣を身に纏い、いつも懐には銃を忍ばせている──
そんな、普通ではない大人が子供の倍以上。
城の窓の先にあるのは広大な青い海。
綺麗な海に囲まれた島に、その城は建っていた。
島の名前は“ヴァイスヘルツ”。
現在は滅んでいる、謎多き島国である。
はい。
良い感じに過去編入りそうなところでお知らせです。
三章のタイトル(?)を「生きるということ」から「二つの虚像」に変更します。
元々の方は四章になる…かもしれない。
なんかもう、設定がごちゃごちゃ来てきちゃった☆
やっぱり小説書くの難しいー!!!
それじゃまた!
3-12「独房生活」
少女side
少女「……。」
私は一人、窓の外に広がる海を眺めていた。
足が鎖で繋がれている。
少女「……はぁ」
毎日洗われ、新品のように白いシーツの敷かれたベットに横になる。
照明しかない天井に手を伸ばし、下ろす。
矢張り、ため息が溢れるだけだった。
???「あーりすっ!」
少女「……誰かに聞かれてたらどうするのよ」
???「その時はその時に考えたらいいじゃない」
はぁ、と私はため息を吐く。
少女「私はまだしも、貴女がこうなってしまったら耐えられないのだけれど」
???「私なら大丈夫よ。それに私の方が耐えられないわ」
扉についている配膳窓から彼女は手を入れてくる。
仕方なく、私は扉へと歩いていくことにした。
少女「何それ」
???「今日のおやつ」
少女「……本当に怒られるわよ、1102」
1102「その呼び方をしないで!」
顔は見えないけど、いつも通り頬を膨らませていることだろう。
私と年齢は変わらないのに、どうしてこうも子供らしいのだろうか。
そんなことを考えていると足音が聞こえてきた。
少女「1102、早く手を引いて」
1102「嫌よ! 私は1102じゃないもの!」
少女「~ッ」
早くしないと誰かが来る。
そしたら、この子も独房に入れられてしまう。
少女「それだけは、駄目……ッ」
私は綺麗な布に包まれたクッキーを受け取り、手を押し返す。
少女「もう行って、《《レイラ》》」
1102「……!」
口にクッキーを放り込んで、飲み込む。
水なんてものは無いから、喉が物凄く乾く。
でも、それでも──。
少女「──美味しい」
男性「何をしているのですか、1102」
1102「1126とお喋りしてました!」
男性「全く貴女は……」
レイラは、いつも独房に入れられた子達の元へお菓子を届ける。
私もよく付き添っているが、大人達にはバレていない。
だから、独房に入れられたこともない。
因みに私が独房に入ったのはこれが初めてだ。
女性「いつも云っていますが、独房にいる者は罪を犯しています。反省する時間の邪魔をしないでください」
1102「はーい!」
女性「全く、返事だけはいいわね」
男性「それが1102の特徴だろう」
1126「……。」
大人の云っていることは難しい。
今ぐらいならまだしも、本に載っていない言葉をよく喋る。
私は“ある言葉”について調べようとした結果、独房に入れられた。
いつだって、子供は大人に敵わない。
でも本の中でも、現実でも。
いつだって、子供は大人に反抗する。
男性「兎に角、今日は戻りなさい」
1102「……はぁーい」
またね、とレイラは扉についている格子窓から顔を一瞬覗かせる。
頑張って飛んだんだと思う。
足音は遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。
3-13「秘密と図書室」
1126side
長い独房生活が終わり、私は元の部屋へと戻ることになった。
扉が開き、大人が私の手を取る。
女性「もう一度独房に入れられたくなければ、余計なことをしないように」
1126「……はい」
よく食べ、よく遊び、よく学べ。
そう、大人達はよく云う。
けれども私が“あの言葉”を調べるのは駄目だとも云う。
大人が正しい。
ずっとそう云われて、不信感を抱いたこともなかった。
でも矛盾している。
何か、私達子供が知らないことが━━意図的に隠されていることがある。
それが“あの言葉”に関係していると云うのなら、私は調べ切ってみせる。
絶対に、諦めない。
1102「おかえり〜!」
1126「……ただいま」
1102「今日からまた一緒に遊べるね」
1126「そうだね。でも、長い独房生活で疲れてるから今日は図書室でゆっくりしたいな」
1102「じゃあ図書室行こ!」
城の中にある図書室は、結構な広さがある。
正確な蔵書数は判らないけど、まだ私は全ての本を読み終えられていない。
1126「確かこの辺に……」
あった、と私は一冊の本を取る。
この城で暮らす子供達は元気がいっぱいで、私や1102のように本を読む子はあまりいない。
だからこうやって本に調べたことを挟んでも誰も気づかない。
1102「私、あっちで本読んでるね」
1126「うん」
名前ではなく番号を付けられた子供達。
白衣の下に銃を忍ばせる大人達。
図書館の本も含め、自給自足の生活を送っているとは思えないほど充実した城内の備品。
周りは海に囲まれていて、完全な孤島。
1126「絶対に、外の世界がある」
この場所は、おかしいところが幾つもある。
小説が全て合っていると考えているわけではないけど、違和感が多すぎる。
異常、なのかもしれない。
私が今まで生きてきた世界は、箱庭なのかもしれない。
そして、私が一番気になっているのは“消された本達”についてだ。
初めて読んだのは一年前。
能力というものを使って敵と戦う英雄の小説だった。
一日で読み終わり、次の日にもう一度読もうと思ったら無かった。
大人に聞けば、汚れてしまい捨てたとのこと。
また別の日にも同じように“異能力”が登場した小説が消された。
1126「……。」
少し前に、大人達がこんな話をしていたのを聞いた。
女性『本当に異能力を持っている子がいるのかしら』
男性『さぁ? だが、これだけの子供がいれば一人ぐらいは持っているだろう』
女性『人工異能で二つに増やす、なんて。そもそも一つでも安定するか微妙なところなのに、上は欲張りよね』
男性『おい、上に聞かれていたらどうするんだ』
女性『……悪かったわよ。私達までモルモットにされるのはごめんだもの、気をつけるわ』
男性『子供に聞かれても駄目だからな。本当、気が抜けないなぁ……』
異能力、というのは私達から遮断された情報。
そして人工異能というのは、多分人工的に作った異能力のこと。
ここが何かの実験施設という答えが、少ない情報からでも導き出される。
1126「……私は」
私は、この島から逃げ出したい。
あの後に色々と大人達の言葉を聞いていると一定の年齢━━18歳になると実験体になる。
もしも私達に異能が発現した時に人工異能を確定で植え付けられるよう、日々研究を重ねているという。
私は14歳。
あと四年も猶予があるのか、四年しかないのか。
1126「でも、絶対無理だよな……」
私は天井を見上げ、小さくため息をついた。
3-14「その日は突然やってきた」
1126side
気持ちのいい青空が広がっている。
今日は他の子供達と庭園で鬼ごっこをしていた。
私は1102に連れられ、一緒に鬼から逃げる。
運動神経の良い私達は木の上へ登り、上から皆のことを眺めていた。
私達より幼い子からお姉さんお兄さんまで。
大人数でやる鬼ごっこはとても楽しい。
1102「最近、アリスってずっと考え事してるよね」
1126「……急にどうしたの?」
1102「いつもなら私にすぐ相談してくれたのに、最近はあんまり話してもくれないなーって」
それは、と私は口籠る。
異能力について調べただけで、私は独房に入れられた。
実験のことまで知っているだけじゃなくて、脱走までしようとしていたらどうなるか判らない。
もしかしたら18歳を迎える前に実験が始まる可能性がある。
そんな最悪の可能性に、レイラまで巻き込みたくない。
1102「……私には云えない?」
1126「云えない」
1102「……そっか」
私は、悲しく笑った彼女の顔を一生忘れられない。
1126「レイラ━━」
その瞬間、今まで感じたことのない揺れが私達を襲った。
木に座っていただけの私は後ろへと倒れる。
1102「アリス!」
彼女は、手を伸ばす。
でも私は振り払うことにした。
こんなところで一緒に死ぬわけにはいかない。
私一人で十分だ。
だけど、私がそんなことを考えていることをレイラは知らない。
腕を掴んで、自分の方へ引き寄せる。
でも、二人一緒に落ちていって。
少しでも衝撃に備える為に、私は目を瞑る。
1102「おっと……」
何かの擦れる音が聞こえた。
目を開くと私を抱えながらレイラは木の幹を駆けている。
そのまま踏み込み、近くの植え込みへと飛び込んだ。
少し枝葉で傷が出来たけど、木から落ちるよりは軽傷。
1126「レイラ……」
1102「手分けして皆を避難させよう。今の揺れで土砂災害とか津波が起きるかもしれない」
1126「え、ぁ、……うん、判った」
アリスは待ってて、と森の奥へレイラは姿を眩ませる。
待つ、というのはあの城でだ。
レイラのことだから城を目指すように、見つけた子供達に云うことだろう。
3-15「金色の夜明け」
1126side
急いで城へと戻った私は、中庭に沢山人が集まっていることに気がついた。
城の中にいた子供は全員いるようだった。
私は大人に1102が他の子供達を探しに行ったことを伝える。
いつも通りの身勝手な行動で、もう何も云わなかった。
此処に大人がこんなにいるなら、私も森の中を探して良かったのかもしれない。
でも、待ってると約束した。
1126「……?」
ふと、中庭から城へと視線を移すと建物に誰かがいた。
背格好から大人だと判る。
1126「あれは、誰……?」
気味が悪いぐらい真っ白な服。
たった一つ、思い浮かんだその可能性に冷や汗が流れる。
アレが、あの人が実験体かもしれない。
どうしてこんな場所にいるのかは判らないけど、猛烈に嫌な予感がする。
0822「1126!」
1126「貴方も無事で良かった」
0822「1102が途中まで送ってくれた」
そう、と私は0822の走ってきた森の方を眺める。
レイラはまだ頑張っている。
気になることはあるけど、今は全員の安全を━━。
0822「あ、あれ……!」
0822に指を差されて気がついた。
揺れの影響だろうか。
脆くなっていたガーゴイルの一体が、少しずつ傾いている。
このままでは、落ちて皆のある場所へ落ちる。
もう少し真ん中へ集まるように云おうとした私は気づく。
ガーゴイルが、もう、落下し始めたことに。
今から逃げるように云っても、何名かは逃げるのが間に合わない。
私が助けに行っても、絶対に誰かが死ぬ。
1126「……死ぬ……?」
死ぬことは、もう思い出が増えないということ。
でも、私が足を止める理由にはならなかった。
0822「1126!」
私の番号を呼ぶ声が聞こえる。
守りたい。
その一心で私は走っていた。
伸ばした手の指の隙間から大切な人達が見える。
ガーゴイルは、一秒もしないで彼らに当たることだろう。
1126「……っ!?」
ふと、思い浮かんだその言葉。
知らない筈なのに、とても頭の中で繰り返していて安心する。
生まれた時から、ずっと側にいたような安心感。
まるで子を想う母のように。
大切な物へ向ける温かな視線のように。
私はその言葉を大切に、でも叫ぶように紡いだ。
包み込むのは暖かい金色の光。
いつか見た、夜明けを私は思い出していた。
3-16「或る子供の探し人」
8022side
強い風が、僕達を襲った。
何が起こったのか。
僕は何も判らなかった。
0822「……ッ、1126!」
僕は砂埃が落ち着く前にあの人の名前を呼んだ。
大人「これは━━!」
0822「か、がみ……?」
ガーゴイルを、鏡が受け止めている。
強い風はぶつかった時に起きた。
“|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》”
そう、1126が云った瞬間。
あの鏡が現れてガーゴイルを受け止めた。
1126「と、りあえず……皆いないよね……」
鏡がガーゴイルを乗せたまま、ゆっくりと降りていく。
そして地面に近くなったところで鏡は消えた。
まるで、そこに最初から何もなかったかのように。
それから、全員の安全が確認できた僕達は中庭でゆっくりしていた。
でも、気がついた時には1126の姿はなかった。
あの人が僕達を放っておくことは、今までなかった。
どこにいるのか、僕は建物を探し始める。
中庭じゃないなら中にいる筈。
0822「おーい、1126?」
辺りを見渡しても、誰もいない。
声が返ってくることもない。
1102「わぁ!」
0822「ひゃあ!?」
1102「ちょっと〜、そんなに驚く?」
0822「……何だ、1102か」
何してるの、と1102は僕に話しかけてくる。
1126を探していることを伝えると、1102も一緒に探してくれるようだった。
1102「にしても、1126が大きな鏡を出したって本当なの?」
0822「うん。信じられないけど、僕も見たんだ」
1102「そっかぁ」
廊下を曲がろうとすると、1102が僕の腕を掴んだ。
微かに声が聞こえる。
大人「こらっ、大人しくしなさい!」
1126「嫌だ! あれは私がやったんじゃない!」
曲がろうとした廊下の奥に、二人はいた。
1126「私は実験体になんかならない!」
大人「1126……貴女、それを何処で知って━━」
1126「1126じゃない! 私はアリスだ!」
大人「……ッ、いい加減にしないと━━!」
その時、頭に何かが当てられる。
振り返ろうとした僕は━━。
1102「……0822、?」
3-18「誰も理解できない状況」
“私”side
気がつくと、そこは見慣れない場所だった。
真っ白で何もない。
いつの間にか私の服も変わっている。
男「気がついたか」
私「貴方は……!」
いつの間にか、あの時0822へ銃を向けた男がそこに立っていた。
青年ぐらいだった筈だが年老いて見える。
でも、そんなことは今どうだっていい。
私「レイラは──1102と0822はどうなったの!?」
男「……!?」
私「何か答えて!」
男は、言葉を失っていた。
少しすると何か独り言を呟いているようだった。
断片的に聞こえた言葉達を、私は繰り返す。
私「“あり得ない”って、“記憶が継がれた”ってどういうこと……?」
男「……自分の番号は云えるか。自身で付けた名を」
私「1126。名前はアリスよ」
男「なんということだ……」
彼方ばかり理解して、此方は全く分からない。
そんな私が苛立つのは当然だった。
私「一体なんなの! 何をそんなに貴方は驚いて──!」
男「全て説明するのは構わない。ただ、私にも少し時間をくれ……ッ」
少しして、男は口を開いた。
男「此処は君の暮らしていた城の地下にある研究所だ。もう知っているだろうから隠さないが、研究内容は異能力についてだ」
私「異能力……」
男「君と1102が異能力を持っていると判り、二人とも地下に来た。しかし我々が元々していた実験内容は違う」
元々の実験は、普通の人間に異能力を植え付けるというものらしい。
そして私達に行われていたのは、純粋な異能力者にもう一つの異能を植え付けるというもの。
異能力は元々一人一つのものらしいけど、その制約を破りたかったらしい。
純粋じゃない──アトヅケと男が呼ぶ異能力者はどうやっても一つしか持てなかったらしい。
男「1126と1102。両方に異能力を追加すると、それぞれ反応は違った。1102は異能に耐えられずに死亡」
私「……は?」
男「君は元の異能力“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorwould》”が発動し、別世界から呼んだ君に渡したことで安定した。そして1126は現在そこで植物状態だ」
私「そこって……」
振り返ると、そこにはカプセルのようなものがあった。
中で浮かんでいるのは──。
私「わ、たし……?」
男「その身体は別世界の君だ。でも何故か意識はこの世界の君になっている」
私「待って、理解が追い付かない、」
男「此方だって同じだ」
私「全然同じじゃないわよ!」
3-19「新しい身体」
“私”side
私「この身体が別世界の私で、意識だけは私……? なに云ってるのか全然分からないわよ……」
じゃあ、今の私は誰なの。
男「……昨日まで、その身体の中にいたのは1126ではなかった。それだけは確実だ」
私「どういうこと……?」
男「世界を越えた代償なのか、本来のその身体の持ち主の記憶は私の知っている限り全く存在しない。だから研究所のことしか知らない、ただの少年だ」
男はもう困惑していないようだった。
私に説明しながら情報整理が済んだんだと思う。
男「最後に君の新しい力について教えてあげよう。名は“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”。その空間はどこにあるか分からず、時が止まっている……そんな収納みたいな異能力だ」
それだけ言い残すと、男は何処かへ歩いていった。
足を止めたかと思えば其処には扉があった。
壁と同化していて気がつかなかった。
私「……ぁ」
結局、ほとんど分からなかった。
でもあの人が云っていない情報が一つだけ分かる。
私「あれから何年……いや、何十年経ってるの……?」
それから私は別世界の自分の身体で過ごした。
元の身体はずっと眠っているまま。
あと、新しい異能力は本当に収納みたいな能力だった。
この前の食事で出された温かいスープを入れて、少し後に出してみると温かいまま。
時が止まってるのは本当らしい。
あの男はたまに来ては、私が少年になっていないか確認している。
男「調子はどうだ」
私「相も変わらず1126のアリスでーすよー」
男「この前の検査の結果が出たぞ」
無視かよ、と思いながらも私は男が差し出してきた紙を受け取る。
この身体と私の元の身体はDNAがほぼ一緒だったらしい。
少年から私になったことで何か変化がないか、という検査だったんだけど──。
私「……これ、どういうこと」
検査は私の意識がない状態で行われていた。
そして、検査のあとに研究員達は何も云わなかった。
私「どうして私から血液が採れないの」
男「因みに、君を構成しているのは《《ガラスと銀》》だ」
私「面白い冗談ね」
男「冗談に聞こえるのか?」
私「……いや」
聞こえない。
これが笑えるような冗談じゃないことは分かっている。
ただ、私も混乱していた。
私はガラスと銀──つまり、人間ではないらしい。
3-20「入れ替わり」
男side
男「何をしても君は傷付かなかった。ノコギリまで用意したんだぞ、此方は」
彼女「知らないわよ」
だろうな、と私はため息をつく。
男「色々と仮説は立てられたが……君はどう思う?」
彼女「どうって?」
男「そのままの意味だ。何故、君の身体は《《鏡の素材》》で出来ている? 少年はどこへ消えた?」
彼女「……普通に異能力でしょうね」
彼女の身体は何か起きて植物状態になっている。
そして元々の異能力は“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorwould》”で、鏡を操るというもの。
彼女「別世界の私がどこに消えたのかまでは分からないわ」
男「意識だけなら、二重人格になったと説明がつくんだけどな……」
彼女「二重人格、ね」
また課題が増えた、と私は頭を抱えざるを得ない。
これは彼女だけのケースだと思うが、どうにかして理由を明確にしないと後の研究に響く。
面倒くさい。
彼女「つまり、私を完全に消せば──」
男「……どうした?」
一瞬のことだった。
金色に長かった髪が短くなっており、瞳の色も違う。
男「これは──ッ」
少年「……あれ、チャールズさん?」
どうなっている。
少年「どうしかしたんですか?」
チャールズ「……いや、元気か見に来ただけだ。失礼するよ」
彼女「もう少し話しましょうよ、チャールズさん?」
チャールズ「……!?」
また彼女に戻っている。
一体何をしたというんだ。
彼女「私と彼、二人で一つの身体になってしまったようね。気がついたら何もない真っ暗な空間にいたわ」
チャールズ「……それが異能空間というのか」
彼女「さぁ、知らないわ。でも、あの子は彼処から何も見えていなさそうね」
彼女の云っていることが合っている可能性は高い。
今は人間ではないから、眠っている筈の場所での記憶がある。
そして、その空間で外の様子が分かっている。
彼女「随分と考え込んでいるわね」
チャールズ「……まぁな」
あまりにも考えることが多い。
今は戻るべきか。
彼女「……ねぇ」
チャールズ「何だ」
彼女「彼、もしかして──」
チャールズ「──そうだが」
彼女「……聞きたいのはそれだけよ。それじゃ、ゆっくり考えてきてちょうだい」
その言葉を最後に、私と彼女が再会することはなかった。
たった10分。
10分後にはこの研究室は壊滅させられてしまうことになるのだ。
ある、二人の手によって。
---
「……寒い」
「まぁ、冬の海だからな」
「今すぐ帰って眠りたいのだが──」
「駄目だな。それに心配しなくてもすぐに終わるだろう」
「……ポールが強いからな」
「諜報員としては全然ランボオの方が上だ」
「そんなことはない。今のポールはまだ勝てる可能性があるが、すぐに抜かされる」
「またそんなことを云って──!」
「もう着きそうだ。どうやら例の研究所はあの城の地下にあるらしい」
「……そうか」
3-17「赤は止まることなく」
短めDAY
1126side
バン。
今まで聞いたことがない、頭にまで響く音が遠くで鳴った。
1102「0822!」
その後に聞こえたレイラの叫び声。
大人「待ちなさい!」
大人の制止なんて聞くわけがなく、私は声の聞こえた方へ向かった。
真っ直ぐな廊下を走って、分かれ道の手前で足を止める。
赤。
いつもはない赤が、片方の道から広がっている。
私はゆっくり足を前へ出して、赤の正体を確認した。
1126「……ぁ……」
床に倒れている0822。
必死に名前を呼ぶ1102。
何かを持っている男。
男「……。」
1102「ねぇ、起きてよ、」
男が何かしようとしているのが見えて、私はすぐにその言葉を云う。
これが、あの力を使うための鍵なのは間違いない。
男「……これは」
さっきと同じ音が聞こえたけど、レイラが0822と同じ状態になることはなかった。
私の鏡が、守ったんだ。
そう安心していると、私を捕らえようとしていた女が追い付いた。
女「やっぱり1126は異能力を──!」
男「……1102もだ」
女「え?」
男は、笑っていた。
視線は私に向いていない。
振り返ると、其処には0822が座っていた。
男「0822は私が確実に射殺した。だが彼は生きている」
女「1126は鏡を出すだけの筈だから……!?」
男「良かったな、1126」
男が指を鳴らすと視界が歪んだ。
男「全員仲良く“地下行き”だ」
3-22「ただ恐怖は消えなくて」
“私”side
分かったことは幾つかある。
一つ。私は彼で、彼は私。
二つ。入れ替わるのは身体ごと。
三つ。あの空間で私は異能力を使える。
真っ暗な空間。
彼処で私は鏡を出してみた。
すると、何故か先程まで見ていた景色が映し出された。
音声も聞こえる。
私「……ねぇ、どうして私はずっと眠っているの?」
カプセルに触れてみるも、中から反応はない。
当然よね。
あの身体に私はいない。
私「私が本物かも、分からないけれど」
どうせ数日はチャールズが帰ってくることはない。
仕方ないので私は眠ることにした。
私「……!?」
布団に入った瞬間、ベットが跳ねた。
いや、自分でも云ってることが分からないけれどベットが跳ねたのよ。
私「ちょっと何事よ!?」
扉を叩いてみるも、返答はない。
誰も近くには居ない。
どうしようか迷っていると、ブザーが鳴り響いた。
不快な音。
何か非常事態なのは用意に想像できる。
女「きゃー!?」
男「やめてくれー!?」
誰かいる。
でも、声は遠くから聞こえる。
嫌な音に、私はもう外へ問い掛けることを辞めて布団にくるまった。
いつの間にか、声は全く聞こえなくなった。
地響きもなく静寂に包まれる。
ただ、恐怖は消えなくて。
早く誰かが来るのを待っていた。
どれだけの時間が経ったのだろう。
待っても、待っても、誰も来る気配がない。
というよりは何の気配も感じない。
私「……っ!?」
一人で何も出来ずにいると、扉が開いた。
いや、開いたというか蹴り破られた。
そして次の瞬間、何か嫌な匂いが部屋に入ってくる。
鉄と似た正体が分からないものの匂い。
???「……お前」
私「誰っ……!?」
知らない男が、そこには立っていた。
黒髪の人を背負っていて、二人とも血だらけ。
とりあえず私は鏡を出す。
落ちてくるガーゴイルだって受け止められたのだから、大体の攻撃なら耐えられる筈。
???「お前が“アリス”か?」
私「……!」
???「その反応、どうやら俺の予想は当たっているらしい」
私「答えて! 貴方は誰なの……っ」
ポール「……俺はポール・ヴェルレヱヌ。此処の研究資料を相棒と共に取りにきたのだが━━」
ふむ、と男は悩む。
ぶつぶつ何か云っているようだったけど、聞き取れない。
ポール「……この研究所は壊滅した。研究員は誰一人おらず、資料も何一つ残っていない」
私「それって━━!」
チャールズ、も。
ポール「俺はもう疲れた。だから実験体のお前は見なかったことにする」
3-24「或る異能兵の出会い」
シャルルside
ある日のことだった。
欧州の異能諜報員が“ヴァイスヘルツ”にある研究所を壊滅させたという噂が入ってきた。
そこまでは良いのだが、何故か私は数名の異能者を連れて研究所を探索しなくてはいけなくなった。
どうやら“ヴァイスヘルツ”は英国領になったらしく、実験について欧州諸国で共有されていないものを見つけ出したいらしい。
シャルル「……兵士を回す必要があるとは、到底思えないが」
現在、我が国は他国との戦争中だった。
異能戦争ということで、私のような戦闘要員が抜けるべきではない。
上の命令だから無視することは出来ないが。
兵士「シャルル、もうすぐ着くぞ」
シャルル「……あぁ」
英国のある港から航海すること数時間。
霧の奥に見えた島に私は仲間と上陸した。
そこで私達は目を丸くすることになる。
何故なら、遠くから見えていた城はもう数百年ほど経っていそうなほど廃れていたのだ。
つい先日まで研究が行われていたのはもちろん、人が居たとも到底思えない。
シャルル「……とにかく、少しでも情報を持ち帰るぞ」
仲間の異能兵の一人が、異能を発動すると島の絵が空中に浮かんだ。
彼の能力は地図を作る物で、この島の構造はすぐに判る。
判ったからと云って、何故こんなにも廃れているのかは判らないが。
とりあえず持ってきていたカメラで、少しでも情報収集を進めた。
地図にある地下の入り口は案外すぐに見つかり、島の内部へと足を踏み入れる。
城と同じく、地下も廃れていた。
しかし、上とは違って研究所らしいものがあちこちに置いてある。
兵士「おい、この日記見てみろよ」
ここはどうやら、異能力について研究していたらしい。
そして、二つ持たせるために人体実験も幾度と繰り返している。
シャルル「……この島が急に廃れた理由も判ったな」
兵士「島の内部だけ時の流れが遅くなるなんて、一体どうなってるんだよ」
シャルル「その異能者が欧州異能諜報員に殺されたことで、この島は急激に時を重ねた。上には“ヴァイスヘルツ”は遠い昔に滅んだ王国にしてもらえるよう、私から話を通しておこう」
神やら、贄やら。
様々な呼び方をされていた一人の異能者。
彼女がいたとされる最深部まで一応探索はしないといけない。
建物が崩れたらいけないので、ここからは私一人で探索することにした。
最悪の場合、瓦礫に埋もれても私だけなら異能力で脱出が可能だ。
シャルル「……!?」
仲間と別れて数分。
私は或る部屋で、彼女と出会った。
3-25「私は誰?」
“私”side
あの日から、私は研究所内をウロウロとしていた。
外に出ても何をしたら良いか分からない。
ただ、私は偽物だから死なない。
巻き込んでしまった彼は普通の人間だから、仕方なく私が表に出ている。
餓死とか、笑えないから。
ま、それ以上に彼を帰したかったのはある。
?「……人?」
声が聞こえて、私は勢いよく振り返る。
そこに立っていたのは軍服を着ている大人。
?「報告漏れか? それとも意図して隠されたか━━」
私「……誰」
シャルル「私はシャルル・ペローだ。君はこの研究所の人か?」
私「実験体の方だけどね」
そう私がいうと、その男は申し訳なさそうな顔をしていた。
シャルル「君の名前は?」
私「私は━━」
そこで、思わず言葉を止めた。
本当に私は1126か。
本当に私はアリスか。
答えてくれる人は誰もいない。
答えられる人は誰もいない。
私は、誰なのだろうか。
シャルル「名前はないのか?」
私「……。」
シャルル「君さえ良ければ外へ出ないか? 最低限の衣食住は用意しよう」
小さく頷き、私はその男へと着いていった。
仲間と合流して、船へと乗り込む。
流れで島の外に出たは良いが、何も考えていない。
あの後、カプセルは何故か機能停止しておらず、私は地下の奥深くへと隠した。
もしも男の仲間が研究所を探索しようと、普通は見つけられない。
そういう場所だからだ、彼処は。
シャルル「……君」
私「何かしら」
シャルル「こんなことを聞くのは失礼だが、君は人間か?」
私「……さぁ、判らないわ」
何も。
私「この体はガラスと銀で出来ているのだから」
この人格すら本物か判らない。
私「私は誰?」
誰も知らない。
何か知っていそうな、答えを見つけられそうな|あの人《チャールズ》は死んでしまったから。
3-26「岐路」
“私”side
シャルル「……では、次の任務で会おう」
あれから私は、この男の仲間達と別れて何処かへ向かっていた。
行き先は云われなかったし、聞きたいとも思わない。
シャルル「着いたぞ」
男が扉を開くと、あの独房ぐらいの広さの部屋があった。
最低限の家具しか置かれていない。
ふと、目に付いたのは卓上カレンダー。
私「……え?」
シャルル「どうかしたのか?」
私「このカレンダー、本当に合ってる?」
20XX年。
もしも合っているなら、私の年齢は100歳は余裕で越えている。
シャルル「守護者の影響で、君は歳を取るのが私達──島の外と比べて遅かったのだろう」
私「それをどこで……」
シャルル「チャールズという者の日記に書かれていた」
私「……!」
今、理解した。
チャールズの云っていたことが、やっと分かった。
そして多分、私の姿だけが変わらなかったのはこの身体が人間ではないから。
私「……これから私をどうするつもり」
シャルル「普通に孤児院へと送る。仲間達にもそういう風に伝えて──」
私「貴方、この国の軍人でしょう。そして異能力者」
道中、何度か異能力を使っているところを見た。
仲間の男達も、きっと異能力者なのだろう。
私「私を──否、《《彼》》を入れてほしい」
シャルル「彼?」
私は、全て説明した。
この人なら話してもいい気がした。
シャルル「まさか、そんなことが……」
私「お願い。彼なら普通の人と変わらないから、在籍も出来る筈よ」
シャルル「……君はずっと眠っているつもりか」
まぁ、と私は笑う。
私は表に出るべきではない。
意識だけ彼と入れ替われるならまだ良いかもしれないけれど。
私「それか、私の異能が必要なときに──彼が危ないときに出ることにするわ」
シャルル「そうか」
男は納得したかのようにベットへと座り込んだ。
ずっと立ったままだったのがおかしくはある。
シャルル「……君も同じだな」
私「え……?」
シャルル「これでも私は犯罪者でね。異能を持っているから、と死刑執行されたことにされて異能部隊に入れられている」
軍人として生きていくことの代わりに、刑務所から出られたらしい。
シャルル「この名は私が軍人として生きていくために作られた。過去の俺を知る人は誰もいない。俺自体も、あの日から変わってしまった」
私「……貴方、本当の名前は何と云うの?」
シャルル「ヤーコプだ」
彼は、小さく笑った。
シャルル「《《ヤーコプ・グリム》》。弟の迷惑になるし、あまり他の人には云わないでおいてくれ」
私「……弟?」
シャルル「実は軍の中でも上の地位にいてな。いつか二人きりで話したいものだ」
あの悲しそうな瞳を、私は多分忘れない。
3-27「或る指揮官の思惑」
ヴィルヘルムside
英国軍の中でもそこそこの地位について数年。
ある案をきっかけに着いた席だが、戦場とは違って此処は“死”から遠く離れている。
まぁ、たまに身内が刃を向けたりするが。
ヴィルヘルム「……シャルル・ペロー」
先日“ヴァイスヘルツ”へと探索に行った異能者の一人だ。
彼処は異能力の研究が行われていたらしく、欧州異能諜報員が消したらしい。
一応、英国領になるということでわざわざ異能部隊を送らせたが、結果は微妙。
何故か百年ほど時が経っているらしい。
そのせいで資料はほぼ壊滅。
?「グリム大将、いらっしゃいますか?」
ヴィルヘルム「……入れ」
?「失礼します」
声で誰か分かってしまった。
今日、ちゃんと対面での報告があることは分かっていたが彼が来るとは。
シャルル「異能部隊所属、シャルル・ペローです」
ヴィルヘルム「……そっちは」
少女「……。」
シャルル「No.1126。研究所で実験体だった少女です」
ヴィルヘルム「……!?」
そんなの、報告書に記されていなかった。
ヴィルヘルム「書き忘れた、というわけでは無さそうだな」
シャルル「……。」
ヴィルヘルム「何か云ったらどうだ」
シャルル・ペローは何も云わない。
流石に説明がほしいと思っていると、少女が口を開く。
少女「私は人間じゃないわ。異能生命体が一番近い表現ね」
ヴィルヘルム「……!」
少女「ヴィルヘルム・グリム──大将にお願いがあります」
ヴィルヘルム「……本当に、シャルル・ペローの善意を無視してまでする願いか?」
少女「いずれ、私達はそうなります」
私達。
その表現に疑問を抱いていると、今度は彼奴が口を開いた。
シャルル「ヴィルヘルム」
ヴィルヘルム「呼び捨てにするな」
シャルル「彼女は私の元で働きたいだけだ。許可してくれ」
ヴィルヘルム「勝手に戦場で拾ってきたことにすればよかっただろう」
シャルル「だが──」
その先、彼奴が云ったことは信用できなかった。
あまりにも非現実的。
まさか本当にあり得るというのだろうか。
人工異能なんて、異世界なんて。
ヴィルヘルム「……そういえば明日、ちょうど新人が来るな」
シャルル「あ、あぁ。そういう話だが──」
ヴィルヘルム「戸籍は此方で用意する。タイミングを合わせたらいい」
シャルル「それって……!」
少女「……感謝するわ」
ヴィルヘルム「その代わり、絶対に問題は起こすなよ」
少女「まぁ、彼は普通の人間だから大丈夫だと思うわ」
あの少女を──アリスを|部下にすれば《見える場所に置けば》、変わるかも知れない。
《《僕達》》の関係が昔に戻るかもしれない。
3-28「唯一残ったモノ」
アリスside
アリス「━━そこからは貴方も知っての通り、私はずっと異能空間で過ごしてたわ」
ルイスは英国軍異能部隊の一員として、戦場に立った。
ルイス「どうしてグリム大将は許可してくれたの?」
アリス「異能を使えることが分かったら召集されていたもの」
それにあの人は━━。
ルイス「アリス……?」
アリス「悪いわね。少し考え事をしていたわ」
そっか、とルイスは窓の外を見た。
広がる海は、昔と同じくずっと先まで広がっている。
ルイス「……ねぇ、アリス。会議の時、二人の子供の姿が見えたんだ」
アリス「子供?」
ルイス「一人は紺色の髪に赤い瞳だからレイラだと思うんだけど━━」
アリス「もう一人はグラムに良く似ていたでしょう?」
ルイス「……僕のことはお見通しか」
戦場でグラムを見た時、真っ先に思い出したのは0822だった。
あの子と、良く似ている。
だからレイラは近くに置いているのかしら。
アリス「それで、私達のことは理解できたと思うけれど……まだ何か聞きたいことはあるかしら?」
ルイス「一つだけ」
意外ね。
もっと色々と聞きたいことがあるのかと思っていたわ。
ルイス「あの曲は、君が知っているから僕も歌えるの?」
私は黙る。
アリス「その問いの答えは“NO”ね」
ルイス「え……?」
アリス「私は貴方が歌うまであの歌は知らなかったし、貴方が誰かから教えてもらったところも見ていないわ」
ルイスの記憶はすべて世界を越えた時に消えてしまった。
私も、多分チャールズもそう考えていたと思う。
アリス「たった一つ。貴方に残った元の世界のものよ」
ルイスは目を丸くして、静かに閉じて、深呼吸をした。
アリス「……ごめんなさい。謝っても許されないことは判っているわ。でも、私のせいで貴方は━━」
ルイス「いいよ」
アリス「え……?」
ルイス「覚えてないものに縋るほど、僕はこの世界を嫌っていない。君のお陰で平和な元の世界では絶対に不可能な、沢山のことを経験できた。出会い、別れ、今日まで生きてきた」
ルイスは私のことを抱きしめる。
何か言おうとしたけど、息だけが零れる。
目から涙が溢れた。
ルイス「謝らなくて良いよ。世界中が君を非難しようと、僕だけは君の味方だ」
アリス「る、いす……」
ルイス「一緒に戦おう。君の大切な家族を必ず止めよう」
人間の体じゃない、今の私でも嬉しさで泣くことは出来るらしい。
4-23『全世界放送』
ご機嫌よう、莫迦で無能な一般人の皆様。
今頃、ある軍の上層部は驚いているんじゃないかしら?
私の名前は“レイラ”。
先の大戦で死んだことにされた、“不老不死”の異能力を持った異能兵よ。
今から私がする話は主に二つね。
或る国が行っていた非人道的実験━━通称“現人神計画”。
そして“戦神”、“赤の女王”と呼ばれた二人の英国軍の英雄と、その関係者について。
異能力って知ってるかしら?
重力を操って空を飛んだり、無から何かを生成したり……。
そんな、常識から外れた摩訶不思議な力。
生まれ持っているのが普通なのだけれど、それを人工的に用意して子供達に植え付けたのが“現人神計画”。
あぁ、“現人神”というのは元々人間の姿で現れた神のことね。
あの実験で何人も犠牲者は出たわ。
そもそも異能とは何なのか、って話からだったんだもの。
そして“現人神計画”で、人工異能を植え付けることは成功したわ。
でも、実験はそこで終わらなかった。
皆さんの記憶にも新しい10数年前の大戦。
兵不足が予想できていた国は、異能を二つ持たせようという実験を始めた。
孤児になった子供たちを集めて、彼らは箱庭で育つ。
異能者ではなければ、普通に異能を植え付けて安定したら戦場へ。
一般人に二つ目の異能を植え付けるのは、絶対に無理だったと資料に残っていたわ。
だから、元々異能力を持っている子供に植え付けるという方針に切り替わった。
でもまぁ、異能力なんて普通の人は知らない。
存在自体が少ないのよ、異能者のね。
そして或る日。
鬼ごっこをするには充分すぎる晴れた日だった。
二人の子供が異能を持っていることが発覚したわ。
普通の子供たちと同じように、二人は異能を植え付けられた。
でも、二つの異能に体が耐えられないのでしょうね。
片方の子供は死んだわ。
正確には死んでは生き返り、死んではまた生き返り。
そうして数年が経ってやっと体が耐えられるようになった。
もう片方の子供は、もう一人の自分を用意して異能を持っているのは一つと錯覚させたわ。
そうして二人とも二つ目の異能を扱えるようになったけれど、研究所は崩壊。
敵国に存在がバレて資料とかも回収されたらしいわ。
あ、その敵国っていうのは私のいた軍じゃないわよ。
とりあえず、これが“現人神計画”についてね。
それじゃ、もう一つの話題に入りましょうか。
“戦神”ルイス・キャロル。
“赤ノ女王”アリス。
二人は“現人神計画”でいう後者の子供。
彼女達は二人で一人で、それぞれの異能も使えるわ。
因みにオリジナルはアリスよ。
でも人間なのはルイス。
ふふっ、なかなかに面白い話よね。
あぁ、或る国というのは英国じゃないわ。
彼女達は英国に保護されたから、英国軍の異能部隊にいることになっただけ。
それで関係者についての話だけれど、異能部隊は元々犯罪者達で構成されていたのよ。
ある死刑囚が異能を持っていて、どうせ死ぬなら戦場で役立ってから死ねって。
これ考えた大将であるヴィルヘルム・グリムって結構褒められているわよね。
ただ、兄を死なせたくなかっただけなのに。
彼の兄はヤーコプ・グリム。
今の名前はシャルル・ペローだったかしら?
百人以上を殺した立派な殺人鬼よ。
その中には実の父親も入っているらしいわ。
因みに、戦場で生き残った犯罪者は他にもいるわ。
暗殺者として裏の世界で名を轟かせていたジョン・H・ワトスン。
今はコナン・ドイルとして英国軍の特別医師をしているわ。
…何故私がここまで詳しいのか?
どうして死んだことにされたのか?
いいわ、答えてあげる。
英国軍については普通にハッキングとか潜入とかで調べた。
ただ、それだけよ。
前半の“現人神計画”については、私が何度も死んだ子供だから。
研究所で資料も崩壊した後で漁ったりしたもの。
国にも残っていたしね。
さて、配信はこの辺にしましょうか。
仲間が打ち切られないように色々と妨害するのに飽きてきたみたいだし。
これを見ているかどうか判らないけれど、私は貴方を殺す為に100人ほどの死者軍を五つも用意したわ。
そう簡単には死なせないから、覚悟していてちょうだい。
それじゃあ、明日会いましょうね。
3-29『二つの虚像』
アリスside
ルイス「とりあえず、一旦整理しても良いかな?」
アリス「えぇ」
この島では研究&実験が行われており、私は例の日までは平和に過ごしていた。
地下へ行って、異能をもう一つ植え付けられた時に“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”でルイスを異世界から呼んでしまった。
植え付けられた“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”はルイスの異能となり、何故か私の身体は植物状態。
ルイス「ん? 今ってアリスの身体はどうなってるんだ?」
アリス「カプセルに入ったままよ。多分あの時に機能停止してるから、人の形なんて保ってはなんていないでしょうけど」
ルイス「……それでいいの?」
アリス「まぁ……私は今、この身体で生きてるもの」
とにかく、私達は本物ではない。
アリス「二つの虚像、ね」
ルイス「……そうだね」
私の今の身体は、昔と同じく人ではない。
“|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》”で作られたガラスで出来た器。
だから、何をしても傷つかない。
ノコギリでも、銃でも全く傷つかないのは面白いわよね。
ルイス「そういえば、レイラの異能は一体何なの?」
アリス「元の異能は“死者を使役する”もの。植え付けられたのは“不老不死”ね」
ルイス「……話を聞いた感じ、レイラの異能は変化している可能性があるかな」
アリス「もう私も良く判らなくなってきているわ」
もう無理、と私はベッドに寝転ぶ。
アリス「……ねぇ、ルイス」
ルイス「何?」
アリス「私にレイラは殺せない。どうしても仲直りしたいと思うのよ」
ルイス「……僕も殺せない」
けど、この役を人に任せるのは違う気がする。
それが私達の考えだった。
ルイス「まだ、時間はある。アーサーとエマが作ってくれたこの時間で、何か方法を見つけよう」
アリス「……えぇ」
ルイスは特訓に混ざるために部屋を出た。
立ち上がり、私は窓を開く。
潮風が優しく頬を撫でた。
アリス「……この海も、私も。何も変わらないわね」
ここ数年、元の身体の様子は見ていない。
もうカプセルは機能停止して、白骨化しているかもしれない。
アリス「まぁ、私はもう充分生きたもの」
この身体が破壊されたときが、私が死ぬときだろう。
アリス「……?」
ふと、何かの割れる音が聞こえた。
何処から聞こえたのか。
探している途中で、私は鏡へと目がいく。
私は、他の人と変わらない容姿をしている。
傷つかないことさえバレなければ、普通に生活していけるぐらいには人間らしい。
アリス「あれ……?」
左の頬。
まるで窓に石が飛んできたかのような。
そんな穴が、私に空いていた。
アリス「……限界なのね」
手を触れると、穴は消えた。
修復されたんでしょうね。
自分の意思ではなく、異能力が勝手に発動している。
アリス「上等よ。私が消えるより前に、終わらせてみせるわ」
四章「全世界放送」
4-1「空は蒼く」
ルイスside
ズサァ、っと斜面を滑り落ちていく。
その後ろを追ってくるのは紅い獣。
攻撃を避けながら山を降りていくと木々の奥に光が見えた。
すぐに足を止め、木の葉を宙へ舞わせる。
それと同時に体制を低くしておくと、僕の後ろにあった木にペイント弾が当たって赤く染まっていた。
下からの気配で転がると、元いた場所から紅い槍が伸びている。
そのまま何度か槍を避けながら転がっていくと、開けた所に出た。
シャルル「──リタイアか?」
立ち上がって気付く。
崖だ。
これは追い詰められたと、普通なら思うだろう。
ルイス「誰が!」
僕は崖のギリギリまで行って《《蒼い剣》》を構える。
シャルル「その剣は異能が斬れるが、空間を喰われたら意味がないぞ」
ルイス「……!?」
シャルル「残念だったな、ルイス」
剣は空中で止められ、一ミリも動かない。
シャルル「君の敗けだ」
動かないなら、と僕は剣の握り方を変えて地を蹴る。
捕らえに来た紅い獣達は、逆立ちした僕の視線の先で標的がいなくて行き場を無くしていた。
シャルル「……だが」
僕の考えはお見通し、か。
上から来ていた獣が口を開いていた。
対応不可能──というわけではなかった僕は、指を鳴らすと同時に鏡を口が閉まらないように出す。
そのまま鏡へと入り、今度こそシャルルさんの云っていた“ヴォーパルソード”を構え──。
シャルル「相変わらず読み合いが大変だな、ルイスとの戦いは」
僕は赤く染まった状態で地面に横になっていた。
対して、座っているシャルルさんの服にも赤はついている。
ルイス「僕のことなんて全部分かってますよね」
シャルル「私は君が“人”になるのを見てきただけだ」
ルイス「そうですね」
結果から云うなら、僕は負けた。
“ヴォーパルソード”でシャルルさんをリタイアさせることは出来たけど、同時に拳銃で撃たれていた。
背中もヴィルヘルムさんの射撃で真っ赤に染まっている。
ルイス「……悔しい」
ヴィルヘルム「死者軍との戦闘は此方の人数から、必然的に多数を相手にしたものになるだろう。二人程度で音を上げていてはどうにもならないぞ」
ルイス「昔ならまだ戦えた」
ヴィルヘルム「今できなければ意味はない」
ルイス「そうだけどさぁ……」
はぁ、と僕は蒼い空へと手を伸ばす。
ルイス「……今のままじゃレイラにこの手は届かない」
4-2「遊びたい年頃」
ルイスside
太宰「いやぁ、惜しかったですね」
ははっ、と笑いながら僕は椅子に座る。
宿泊所の食堂。
そこには鏡があって、先程まで僕が映し出されていた。
今映し出されているのは──。
敦『おい芥川! そっちは敵がいるんだぞ!?』
芥川『敵に背を向けるよう教わっていない!』
敦『あー!? ちょっとは僕の話を聞け!?』
次世代の双黒。
仲の良さは──まぁ、会話を聞いた通りだ。
中也「俺達より早くリタイアしそうですね」
太宰「ま、あの二人ならしょうがない」
ルイス「それで良いのか、引き合わせた本人」
太宰「本当の敵を前にしたときの二人は強いですから」
にこっ、と笑った太宰君。
僕と中也君は顔を合わせて、ため息を吐いた。
実際に二人が協力すれば強い。
協力すれば、だが。
中也「というか、本当に異能者じゃないんだな。身を潜めて狙撃しかしてねぇぞ、彼奴」
太宰「でも、シャルルさんも銃を潜ませているとは思わなかったなぁ……。作戦をちょっと練り直さないと、だね」
ルイス「……勝てそう?」
太宰「まさか。ルイスさんの師に勝てるわけないじゃないですか」
ルイス「えー……」
太宰「でも、片方はリタイアさせてみせますよ」
先程とは変わって、黒い笑みを浮かべている太宰君。
僕もギリギリのところでリタイアさせることができた。
次は確実にリタイアさせたいところ。
?「あの二人に勝つ|心算《つもり》とは。中々面白いことを云うな、お前ら」
ルイス「……貴女は」
燁子「大倉燁子。今朝に紹介し損ねたが、“猟犬”で副隊長をしておる」
にしても、と彼女は鏡を眺める。
燁子「本当に凄い異能だ。もう英国軍に属していなければ猟犬にいてほしいぐらいじゃ」
ルイス「そう云ってもらえるとは光栄だね」
燁子「いっそ、犯罪者になってくれたら遊べるんだが──」
ルイス「遊ぶならアリスにしてもらいたいかな」
アリス「ちょっと? 私を売らないでくれない?」
ルイス「僕が次に犯罪を手を染めたときは、すぐに姿を消しているだろうから」
アリスは、多分死なない。
もしも僕が死んでも、虚像として生き続けることが出来る。
アリス「普通に訓練で本気は出さずに遊びましょうよ」
燁子「……ま、隊長にも今回の一件が終わるまでは問題は起こさぬように云われているからな」
じゃあ早速、と燁子さんはアリスの手を引いていった。
4-4「進展せず」
ルイスside
アリスが連れていかれてから、僕は一人で宿泊所の屋根に乗っていた。
レイラは、きっと殺さないと止まらない。
殺す方法は“ヴォーパルソード”のみ。
何故なら彼女は“不老不死”だから、普通の武器では殺せない。
ルイス「……まぁ、復活までの時間を伸ばすことは出来るだろうけど」
ふと、僕はアーサーとエマのことを思い出した。
レイラの目的が分からないとはいえ、本当に次の手を先送りに出来ているのか。
もしも、彼らまで失ってしまえば僕は━━。
チェシャ猫「あ、あの……」
ルイス「……ッ」
チェシャ猫「きゅ、急に話しかけてすみません……!」
ペコペコと謝るチェシャ猫を見て、僕も頭を下げる。
タイミングが悪いとはいえ、睨みつけてしまった。
ルイス「……こっちこそ悪かったね。それで、何か用かな?」
チェシャ猫「は、はい……! じ、実はお二人から連絡があって━━」
ルイス「━━まさか、天空カジノに行ったとは」
チェシャ猫「こ、ここ二日間に動きが全くなかったのは上手くやってくれてる……ってことですかね……?」
ルイス「《《彼》》は多分、僕と違ってレイラの目的が分かるだろうからね。そういう役は得意だと思うよ」
まぁ、彼自身の目的へ駒を進める可能性もあるわけだけど。
ルイス「とにかく教えてくれてありがとう。乱歩達にも連絡を入れておくことにするよ」
チェシャ猫「こ、このこと……だ、誰にまで伝えましょうか……」
ルイス「とりあえず各組織の長かな。部下に伝えるかは、彼ら次第だ」
チェシャ猫「わ、分かりました……!」
ルイス「アリスは僕から伝えておくよ」
チェシャ猫は異能を使い、誰かの組織の長の元へと向かった。
僕は背伸びをして、電話をかける。
意外にも、彼はワンコールで出てくれた。
ルイス「上手く行ってるみたいだよ、アーサーとエマは」
乱歩『それは良かった。こっちは軽く300ほど作戦は考えれたよ』
でも、と乱歩は少し声のトーンが下がる。
乱歩『どうしても一般人に被害が出る。街にもだ。それを社長は望んでいないだろうから、まだまだ考えてみるよ』
ルイス「僕自身も少し考えてみているんだけど、やっぱり被害が一番の問題だよね……」
なんかもう、ため息も出ない。
4-3「赤ノ女王&血荊ノ女王」
アリスside
アリス「私と戦っても面白いことなんてないわよ」
燁子「それは儂が決めることじゃ!」
えぇ、と私は彼女に手を引かれていく。
燁子「隊長は他国の“戦神”の方が興味があるようだったが、儂は“赤の女王”の方が気になっている」
アリス「……理由を聞いても?」
燁子「アーサー・ラッカムとエマ・マッキーン──帽子屋の二人と比較した時、お前達は《《全く成長していない》》」
アリス「……。」
燁子「儂と似た異能とも考えたが、収納と鏡だから違う。どちらか隠している異能があるのでは?」
流石は猟犬部隊の副隊長。
過去の私達の姿なんて全然残っていない筈だけれど。
アリス「それにしても、簡単に異能力を教えてくれるのね」
燁子「別に隠すようには云われてないからな」
──異能力“魂の喘ぎ”
燁子「だが、“赤の女王”アリス。お前は一体何を隠している?」
アリス「……過去よ。ただ、姿が変わらないのは私達が世界の理に囚われないから」
燁子「全てを話してはもらえないか」
成人女性へと成長した彼女は、早速距離を詰めてきた。
即座に鏡を出して、私は対応する。
燁子「速いな」
アリス「ギリギリだったじゃない」
動き出した時点で鏡を出せたから良かった。
が、回避に専念していたらどうなっていたか分からない。
普通に強い。
戦場で出会わなくて安心している。
燁子「考えている時間など無いぞ!」
速い追撃に一歩下がると、床が脆くなっていた。
私が体重を乗せると同時に抜けてしまい、落下する。
燁子「だ、大丈夫か!?」
これは予期していなかったのか、彼女は上から覗き込む。
瓦礫で足が動かない。
痛みはないものの、もしも本当の身体だったらと想像してしまって、あまり良い気分ではない。
アリス「別に大丈夫よ」
燁子「足が下敷きになってるのにか!?」
アリス「|瓦礫《これ》、持ち上げられる?」
降りてきた彼女は軽々と瓦礫を持ち上げる。
猟犬が受けてきた生体手術は、予想よりも凄いものらしい。
燁子「……!」
アリス「隠してる異能なんて無いわ。私は異能生命体とそう変わらない、ただの虚像よ」
燁子「分身のようなものか」
えぇ、と私は笑う。
私は砂埃を払い、立ち上がった。
アリス「報告義務とかはあると思うけれど、あまり大事にはしないでちょうだい。ルイスから皆に説明したいと思うから」
燁子「ま、儂は《《問題》》と判断しなかったからな」
アリス「ふふっ、優しいわね」
4-5「治癒能力者たち」
ルイスside
電話を切り、アリスへ説明しようとしたけど繋がらない。
あの後、本当に燁子さんと手合わせをしてるのだろうか。
日本の軍人の実力は福地さんしか知らない。
実際に僕が同じ状況に陥ったわけじゃないから、対比させることが出来ないのが少しもどかしい。
猟犬部隊の残り四人は、どんな人なのだろうか。
性格は。
戦闘方法は。
異能力は。
考えるほど、戦神としての過去が顔を覗かせる気がした。
さて、他の面々は各々の長の判断に任せたからどこまで伝わっているか分からない。
まぁ、わざわざ僕から話題にする必要はないと思う。
ルイス「……シャルルさん達にはいつ伝えるんだろ」
食堂に戻ってきた僕は鏡を見る。
現在、戦っているのは猟犬部隊の二名。
確か名前は条野さんと鐵腸さんだっただろうか。
何となく“さん”付けにしたのは良いが、二人の年齢って幾つなんだろう。
絶対に福地さんは上。
燁子さんは分かりにくい。
口調的に年齢が高く見えやすいが、異能がアレだからな。
ルイス「普段の身体の大きさが実年齢の可能性が高そうだ」
そんなことを呟いていると、鏡の先で決着が着いたようだった。
グリムさんが倒されてる。
やっぱり二人抜きは難しいのだろうか。
そもそも僕はロリーナと二人でシャルルさんに挑み、ルールなしで勝てた試しがない。
例えば異能禁止とか、体術のみとか。
???「ふわぁ……よく寝た……」
ルイス「……コナンさん」
コナン「ん、おはよう。朝っぱらからよくやるよなお前ら」
また欠伸をしながらコナンさんは珈琲を淹れる。
ついでに僕の紅茶も用意してくれた。
ルイス「てっきり、僕はコナンさんが全部対応しているのかと思いました」
コナン「そんなことしたら倒れるわ。まぁ、あの女医さんに治療されたくないのは少し理解できるが」
極めて稀少な治癒能力。
ここまで治療方法に差が出るとは、異能というのは相変わらず謎が多い。
知らないだけで、僕と似たような効果の異能もあるのだろうか。
コナン「にしても、本当に手加減しないな。本気は出していないが」
ルイス「僕、戦場以外でシャルルさんの本気を見たくないです」
コナン「俺もだ。女医さんのとこの奴等は全力を出してるのか?」
与謝野「敦とかは次の組み手ではもう出せると思うよ。でもまぁ……太宰のことだけは、未だよく分からないね」
コナン「太宰……あぁ、包帯さんか」
ルイス「あの、コナンさん。さっきから気になってたんですけど、その呼び方どうしたんですか?」
それがな、とコナンさんは少しムスッとする。
コナン「昔と比べて人の名前を覚えられないんだ。特に日本人の名前って分かりにくいだろ? だからか、余計分からなくて」
与謝野「妾は全然そんなことないんだけどねぇ」
ルイス「僕もそこまで気にしたことないけど……」
コナン「……やっぱり年なのかねぇ」
4-6「ダークマター製造機」
ルイスside
ヴィルヘルム「おい」
見て分かるほど不機嫌なグリムさん。
げっ、と声を出して、コナンさんは結構残っていた珈琲を飲み干した。
ヴィルヘルム「こんなところにいたのか、コナン・ドイル」
コナン「あ、大将。怪我するなんて珍しいですね」
ヴィルヘルム「其奴らにやられた」
グリムさんが視線を向けた先には猟犬の二人が。
何か言い争っている。
ヴィルヘルム「というか見てなかったのか?」
コナン「すいません。さっきまで寝ていたもので」
グリムさんのイライラ度が増したのは、云うまでもない。
仕方なさそうに、コナンさんが異能を発動すると妖精が舞った。
多分、医務室まで移動するのが面倒だったんだろう。
妖精は怪我をしている三人の周りを飛び、妖精の粉を直接被ることで傷は塞がっていく。
鐵腸「……凄いな」
条野「これが大戦中、英国軍を支えた異能力ですか」
コナン「そんなに褒めても何も出ないぞ」
与謝野「妾は瀕死じゃないと治せないからねぇ……コナンさんと違って不便だよ」
コナン「俺は瀕死までいくと治せないからなぁ……女医さんは本当にすげぇよ」
ふと、僕は思い出した。
遠い昔に教えてもらった、“妖精の到来”の詳細。
コナン「ルイス」
ルイス「……!」
コナン「お前も女医さんの方が凄いと思うよな?」
与謝野「だから、そんなことないよ。妾が大戦中にしたことといえば──」
コナン「結論。治癒能力を持った俺たち最強☆」
与謝野「……、随分と急だねぇ」
コナン「だって実際そうだろ? 俺達がいなけりゃ救えなかった命があるんだぜ」
実際の異能が何だって良い。
コナンさんはいつだってコナンさんだ。
僕の大切な先輩。
コナン「さーてと、適当に食べ物持って医務室に引きこもるかなー」
ルイス「あ、簡単なものなら僕が用意しますよ」
与謝野「いいや、妾が適当に見繕っていくよ。だからルイスさんはゆっくりしてな。アリスさんと色々話して疲れてるだろう?」
ルイス「そんなことないよ?」
コナン「女医さん、ルイスにはちゃんと云わないと駄目だ」
僕は頭にはてなマークを浮かべる。
コナン「お前は食材を無駄にするダークマター製造機なんだから大人しく座ってろ!」
へぇ、ダークマター製造機──
ルイス「僕が!?」
ヴィルヘルム「何だ、自覚なかったのか」
ルイス「いや、あの……。ゑ???」
コナン「女医さん、サンドイッチとかにしてもらっても良いか? その方が彼奴らが食べやすい」
与謝野「判ったよ」
衝撃の事実に、僕は少し立ち直れそうになかった。
4-7「妖精使ヰ&死ノ天使」
コナンside
医務室に戻ってきた俺は欠伸をする。
結構な時間、睡眠をとったはずだがまだ眠い。
与謝野「はい、サンドイッチを作ってきたよ」
コナン「ありがとな、女医さん」
女医さんはちゃんと朝御飯を食べたらしく、サンドイッチは食べないらしい。
規則正しい生活をしているようで何より。
俺も一応医者なんだし、女医さんみたいにちゃんとしろって話だが。
コナン「……異能力“妖精の到来”」
俺がそう、異能を発動させれば何十もの妖精が姿を表した。
先程、大将達を治療してくれた奴もいる。
コナン「ほら、飯の時間だぞ」
与謝野「それにしても凄い人数だねぇ」
コナン「今は20人いないぐらいかな」
サンドイッチを食べ終わり、俺は与謝野の方を見る。
色々な事件の被害者の写真を見ているようだった。
なかなか状態の酷いものもある。
コナン「──女医さんも軍医だったんだよな」
与謝野「正確には軍医委託生さ。まぁ、結構異能力で治療していたけどね。昔はただの駄菓子屋の店番をしていた」
コナン「俺は軍医の前はただの兵士だったな。ちょうどあの頃は異能部隊が設立された頃で、そっちに回されたんだ」
与謝野「アンタ、戦えるのかい?」
コナン「まぁ、これでも隊長の弟子だからな。でも、異能を使った補助の方が多いな」
“妖精の到来”は、ただの治癒能力ではない。
コナン「薬は毒になる、って云うだろ? 俺は元々暗殺者で、妖精を使って毒殺するのが主な仕事だった」
与謝野「……!」
コナン「治癒能力があることを知ったのは、ルイスが入隊した頃だったな。彼奴と同期のロリーナが教師を目指していて、学のない俺にルイスのついでと云って色々と教えてくれた」
目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。
あの時間はクソみたいな大戦中の数少ない大切な記憶だ。
コナン「そんなこんなで、俺は拠点へと下げられて戦場に立つことはなくなった」
与謝野「……。」
コナン「──あれ、何でこんな話になってるんだ?」
ふわぁ、と何度目か分からない欠伸をして俺は妖精達を帰す。
コナン「ま、全然関係ない話にはなるんだが……治癒能力を持っているのはこの戦い中は一人じゃない。実際の戦場で機動力を持たない俺がどれだけ動けるかは分からないが、あまり一人で背負おうとするなよ」
与謝野「……なら、訓練中も手伝ってほしいねぇ」
コナン「まぁそれは……うん、気が向いたらな」
与謝野「そこは嘘でも“任せとけ”ぐらい云ってほしかったね」
コナン「悪い悪い」
そう、俺は微笑んだ。
珈琲を淹れようと思って女医さんに聞き、二杯分用意する。
コナン「今回限りだがよろしく頼むよ、与謝野さん」
4-8「眼鏡」
ルイスside
ルイス「ダークマター製造機……」
ヴィルヘルム「いつまで引き摺っているのだ、貴様は」
コナンさんに云われたことがショックすぎる。
僕は別にダークマター製造機じゃないもん。
条野「英国の戦神にも苦手なことあるんですね」
鐵腸「条野にもあるのか?」
条野「見ることですね」
鐵腸「……確かに」
ヴィルヘルム「目が見えていなかったのか」
条野「えぇ、まぁ」
貴様と同じだな、とグリムさんは此方を向く。
ルイス「《《まだ》》見えていますが???」
ヴィルヘルム「いずれ見えなくなるのなら変わらないだろう」
条野「ルイス……さんは、目が見えなくなるのですか?」
ルイス「まぁ、そう遠くない未来にね」
鐵腸「理由を聞いてもいいか?」
まさか、掘り下げられるとは思っていなかった。
ただ、別に隠すほどの理由ではない。
ルイス「もう傷はなくなったけど、僕の実力不足で目に傷を負ってね。視力が低下中」
ヴィルヘルム「元々目が悪いのにな」
ルイス「それは云わないで?」
条野「では、今は眼鏡を……?」
鐵腸「否、眼鏡はしていない。コンタクトではないか?」
ルイス「ムリムリムリムリ」
猟犬の二人は頭をかしげる。
ルイス「コンタクトってあれでしょ? 目に直接やるんでしょ? 無理だよ僕怖いよ、絶対失明するって」
ヴィルヘルム「……ヘタレ」
ルイス「誰がヘタレだ」
次の組手があるから、とグリムさんはまた戦闘場所へ戻った。
いや、訂正していけや。
僕は別にヘタレじゃないもん。
バンジージャンプできるし。
条野「……何故、眼鏡をされないのですか?」
ルイス「え、邪魔だから」
鐵腸「見えない方が問題じゃないのか……?」
条野「奇遇ですね、鐵腸さん。久しぶりに貴方と意見が合いましたよ」
ルイス「眼鏡は確かに視界が良くなる。それに目元が多少守られる」
けど、と僕は笑う。
ルイス「戦場に必要なのは技量だよ。どれだけ戦闘で不利な点があっても敵はそんなもの知らないし、知っていても手加減なんてしてくれない」
鐵腸「……必要なのは強さか」
ルイス「強くなければ何も守れないよ。力があっても、技量が付いてこなければ何の意味もない」
条野「ルイスさんと鐵腸さんでは、何故こうも違って聞こえるんでしょうね」
ルイスさんは脳筋っぽくない、と条野さんは呟いていた。
4-9「狂狗&禍狗」
シャルルside
シャルル「……帰ってこない」
日本の軍警。
中でも最強部隊である“猟犬”の二人と戦い、彼らとヴィルヘルムが傷を負った。
コナン君が起きていたらいいが。
流石に、あの程度の怪我を治すためだけに解体されるのは大変そうだ。
シャルル「俺に何か用か? えっと━━」
芥川「ポートマフィアの芥川龍之介だ」
シャルル「あぁ、そうだった」
すまん、と私は切り株から立ち上がる。
シャルル「それで、何の話だったか」
芥川「僕と再戦して頂きたい」
シャルル「別に構わないが……君、一人なのか?」
芥川「人虎の手を借りる必要はない。貴様との一騎打ちを望む」
シャルル「……そうか」
なら、と異能を繰り出すと防がれた。
殺すつもりはないが、当たればそこそこの怪我をさせてしまう。
流石はルイスの弟子か。
喘息なのか咳が多いのは気になるが、戦場では手を抜いてもらえない。
私はそこそこ頑張るだけだ。
殺してはいけない。
芥川「羅生門──!」
シャルル「……っ」
一点集中。
その言葉がよく似合う技だ。
シャルル「でも、残念だったな」
芥川「……!」
シャルル「君の負けだ、最強コンビの片割れ」
芥川「否、僕の勝ちだ!」
私の空間断絶が押し負け、頬を黒い刃がかする。
芥川「避けられた……!?」
シャルル「当たっているから君の勝ちだな」
芥川「……っ、そうか」
時間差で血が流れる。
それを見た彼は異能を解除した。
あくまで訓練。
そう考える者が多い中、彼はいつでも真剣だ。
そのお陰で私自身も少しずつ本気を出せているのだが。
芥川「ごほっ、」
シャルル「だ、大丈夫か?」
芥川「っ、問題ない」
シャルル「……芥川、だったな。君はどうしてその身体で戦う?」
芥川「太宰さんに……師に、認められるためだ」
そうか、と私は微笑む。
シャルル「……素敵だな」
芥川「貴様は何故戦う」
シャルル「私……?」
考えたことがなかった。
昔はこの異能も、弟を喜ばせるだけのものだった。
赤い布を見つけるとぬいぐるみにして、遊び相手にしていたぐらい。
それが今は、こうやって戦いに使っている。
シャルル「……下らない正義の為、だったな」
芥川「……。」
シャルル「初めは全てを救おうとした。困っている者には手を差し伸べ、よくある正義の味方になりたかった」
でも、現実は物語のようにはいかない。
シャルル「今はもう無いが、人工異能を開発する組織があってな。その実験に母と弟が巻き込まれ……組織に彼奴を売った父を、殺した」
芥川「父を……!?」
シャルル「そのまま組織に殴り込んで、弟は助けられた。全員殺したよ、あの場所にいた研究員は。研究で死んだ者たちも俺が殺したことにされたが」
芥川「……よく軍にいられるな。話を聞いた限り、死刑でも軽い気がするが」
シャルル「ははっ、異国のマフィアにそう云われるのは面白いな」
軍にいられるのは、ヴィルヘルムのお陰だ。
異能部隊を作ることになったものの、異能者なんて普通に数が少ない。
そこで、異能者である囚人達を表向きには死んだことにして、新しい戸籍が用意された。
危ない場所への偵察などに優先的に駆り出されたりするが、戦後も軍人としての生活が保障される。
シャルル「……ただ、この制度が出来ても俺は━━“ヤーコプ・グリム”は戻ってこない。現実を知って、罪を犯して。人間らしさが欠けてしまった」
良心を失った。
正義が歪んだ。
言い方なんて幾らでもあるが、やっぱり人間らしさが欠けてしまった。
芥川「……僕は昔、ルイスさんに出会ったことで妹をはじめとした仲間達を守る術を手に入れた」
シャルル「……?」
芥川「“心なき狗”と呼ばれていた僕に、太宰さんは『生きる意味を与えてくれる。』と云ってくださった」
青年は掌を見つめ、私の方を向く。
芥川「きっと、貴様も変わることができる。完璧に昔の状態に戻ることは出来ずとも、何か進歩することができる筈だ」
まさか、私より半分しか生きていない青年にそんなことを云われるとは。
本当に人生は何があるか分からない。
芥川「もう一戦、頼んでも良いだろうか」
シャルル「構わない」
私は今日、久しぶりに人の名を覚えそうだ。
番外編「四章突入記念小説(翠眼編)」
気がつくと其処は、見知らぬ場所だった。
壁一面に飾られている絵画達。
此処は、一体どこなのだろうか。
そんなことを考えても答えがパッと出てくるわけじゃ無いが。
「……本当に何処だよ、此処」
見覚えなどあるはずも無く、ひたすらにこの白い空間を歩いてみることにした。
絵画に飾られているのは、何処かの風景画だろうか。
一瞬だけなら写真に見えるほどの絵に、思わず引き込まれそうになる。
けど、今はゆっくりと絵画を見ている暇はない。
早く帰らないといけない。
「何処に?」
記憶の欠落。
思い出せずにパニックを起こしそうになる。
でも、焦る必要はない。
僕は昔の記憶がないから。
人生の半分ぐらいしか覚えていないから。
ある一定より前の記憶がなくて、困ったことはないけど少し気になる。
あの日より前の僕は、一体何をしていたのだろうか。
「……。」
絵画を眺めながら壁沿いを歩いていると、遠くに人影が見えた。
僕以外に人がいたと云う安心感。
それと同時に味方なのか、という不安に襲われた。
いつでも戦えるように、とは思ったが僕は何もできない。
手によく馴染んだナイフも、拳銃も。
ホルダーは勿論、懐にも見当たらない。
まぁ、普段は異能空間に入れているからな。
こういう時に困るからちゃんと装備しとこうと思っていたのに。
「……ぁ、」
体術ってどれぐらい出来たっけ。
そう思っている僕だったが、すぐにそんな考えは何処か遠くは飛んでいった。
「子供……?」
本を持っている子供が、ジーッと絵画を眺めている。
何処かの城だろうか。
不思議と存在しているような気がした。
「……お兄さん、誰? 新しい先生?」
「僕は先生じゃないよ」
「じゃあ誰?」
上手く会話が出来ていない気がする。
とにかく自己紹介をしないと。
「僕は━━」
「……お兄さん?」
「━━名前、なんだっけ」
何処に帰るべきか判らなかった。
でも、名前まで忘れるなんて。
「私も判らないの。だからこの本の主人公の名前で呼んで」
「アリス……?」
「お兄さんのことは先生でいい?」
「大丈夫だけど……」
「先生はこの絵、どう思う?」
アリスが指差したのは、先程まで彼女が見ていた城の絵画。
よく見ると森の中、というか山の中にあるようだった。
そして、小さく額縁に『weißes Herz』と彫られている。
これはドイツ語だろうか。
「写真みたいで素敵だと思うけど……」
「けど?」
「いや、ここに彫られている文字が気になってね」
彼女の身長では、額縁の上部分に彫られたい文字は見えないようだった。
仕方ないので抱っこしてみると見えたようで、喜んでいる。
「ねぇ先生、『weißes Herz』って何?」
「ドイツ語はちゃんと勉強してないから判らないけど……うん、多分『白のハート』じゃないかな」
「タイトルなのかな」
「そうだと僕も思う。けど、『ハート』要素が判らないんだよね」
白は城壁の色だと思うけど。
何処かにハートが隠されている、とかじゃないだろうし。
「そういえば先生はどこまで覚えてる?」
「……基本的な常識、かな。名前も忘れちゃってるからね」
確かに、とアリスは手を顎に添えて考えているようだった。
僕にもこれぐらいの歳があったはず。
何も覚えてないけど。
「先生」
「どうかした?」
「私、この絵に見覚えがある気がするの」
「……ぇ、」
見覚えがあるということは、見覚えがあるということだよね(???)
「絵自体にじゃない。私はこの景色を知ってる」
「……つまり、この風景画は現実にある」
額縁に触れ、そっと撫でる。
この風景を僕は知らない。
ただ、アリスが元の場所に帰ることが出来るかもしれない。
「先生の知っている絵を探そう」
「……僕が?」
「絵を見て、私は少しだけ思い出すことが出来た。なら、先生もそうかもしれない」
「確かに、アリスの言う通りかもね」
行こうか、と僕はアリスへ手を差し出す。
意外にも彼女は僕の手を取ってくれた。
「……先生、あれって何?」
「あぁ、観覧車だよ。僕も実際に乗ったことはないけど、あの小さい丸の部分に乗って景色を楽しむらしい」
;'(4#3)さんが教えてくれたまま伝えたけど、分かっただろうか。
僕は戦場で、壊れたものしか見たことがない。
「私、景色がいい場所にいた気がする」
「……僕も、名前を分からないけど誰かを思い出したよ」
「やっぱり絵を見ていった方が良さそう」
アリスの身長では、高い位置のものは見にくい。
なので僕が肩車することにした。
あまり子供と関わることがなかったけど、もしも妹がいたらこんななのだろうか。
#948-(は姉みたいだからな。
「……。」
さっきから少しずつ記憶は戻ってきている。
でも、相変わらず異能力は使えないし、此処から出る方法も判らない。
「あれ……?」
「どうかしたの、先生」
「この絵の人を知ってる気がして……」
「……綺麗な人」
白い髪はあまり長さがない。
紫水晶のような瞳に、僕もアリスも釘付けになる。
また額縁に文字が彫られているのではないかと探してみると、予想通りあった。
「『Storyteller』……?」
「先生、こっちにも文字があるよ」
「日本語……だったかな、確か」
平仮名と漢字で難しいんだよな。
でも、不思議と読み方は分かった。
「……『言葉を紡ぐ者』」
多分『Storyteller』とそう意味は変わらない。
#948-(の異能が確かこんな名前だった気が━━。
「━━ッ、」
その瞬間、僕は頭が割れるかのような酷い頭痛に襲われた。
床に座り込み、必死に頭を抑える。
感情が、記憶が溢れて止まることをしらない。
チラつく光景に思わず口元へ手を持ってきてしまった。
「先生!」
「だ、いじょうぶ……」
気がつくと、服装が変わっている。
元々シャツにベスト、ループタイとシンプルな格好だった。
なのに思い出してから軍服になっている。
身体中に細かい傷があり、服も赤く染まっていた。
「━━帰ら、ないと」
#948-(が死んで、僕は敵へと刃を向けた。
初めてしっかりと抱いた殺意。
僕はあの二人を殺したのだろうか。
そこだけが思い出せない。
未だ使えない異能に苛立ちを覚えながらも、僕は壁に手をついて立ち上がる。
出口を探さないと。
「その傷じゃ死んじゃうよ!」
「大丈夫……僕は、早く戻らないと……」
「ねぇ、先生止まってよ!」
「待っていろ━━」
レイラ。
それが僕の殺すべき人物の名前。
「……レイラ?」
その瞬間、世界が歪んだ。
まともに立っていられないほどの揺れに、思わず倒れ込む。
空間自体が変化しようとしているのか、とにかく冷静になることは出来た。
「危ない!」
そんなアリスの声が聞こえ、僕は彼女の視線の先を見る。
僕の真上、そこには絵画があった。
この揺れで上手く避けれそうにはないし、異能も機能しない。
どうにか防ごうと頭だけ守っていたが、いつまで経っても痛みはない。
「ま、間に合った……!」
「これは!?」
宙に浮かぶ鏡。
落ちてきていた絵画は鏡でズレたのか、僕から遠く離れた場所に落ちている。
「この異能……君はもしかして━━」
確認する暇もなく、今度は彼女へ向かって絵画が落ちてきていた。
気づいていないのか、異能を使う様子はない。
そして、どうやら『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》』は使えないようだ。
僕は彼女の出した鏡に手を掛け、飛び乗る。
安定した足場からなら、いつも通り動くことができるだろう。
絵画の落下速度からアリスに当たる時間を計算して、踏み出す。
空中で足を思いっきり振れば、予想通り絵画に当たった。
絵画は遠くへと飛んでいき、僕はアリスから少し離れたところに着地する。
「先生!」
「怪我は?」
「ない、と思うけど……」
アリスの姿は、先程と変わっていた。
僕と同じように全身血だらけで、服も少しだけ違う気がする。
「……何か、来る」
そうアリスが云った瞬間のことだった。
彼女の見ていた先から『黒』がやってきて、一瞬にして白かった空間は黒に染まる。
絵画も変わり、全て『目』になっていた。
「ねェ、11II7」
背後から聞こえた声に僕達は振り返る。
「きmiのセヰで僕はタヒんだンだ」
「0822……っ」
人の形をした、顔が口しかない化け物がそこにいた。
頭から溢れているのか、泥がずっとその化け物を流れている。
「わ、たしが……私が二人を殺した……?」
「アリス!」
頭から喰われそうになっている彼女を抱えて地面を転がる。
途中でいつの間にか持っていた銃を撃つが、不思議なことに銃弾は表面に当たると吸い込まれるように消えた。
やっぱり化け物じゃないか、アレは。
アリスにどう見えているかは判らないけど、絶対にアレは人間じゃない。
「君か"シねばょかツたのニ、壱12⑦」
「ごめん、なさっ……」
「っ、アリス!」
僕の腕を振り払って、アリスは化け物の方へ向かった。
しかし、僕が追いかけるよりも前に空間が歪む。
そして地面がなくなり、僕もアリスもそこの見えない闇へと落ちていった。
「……!」
どうしようかと辺りを見渡すと、壁に目が幾つもあった。
壁があるなら、と僕はどうにか足をつけて踏み込んだ。
アリスの元まで行くことはでき、彼女を抱えて落ちていく。
「せ、んせい……?」
「うん。そうだよ、アリス」
「私達どうして落ちてるの……!?」
正気に戻った、という言い方でいいんだろうか。
アリスが僕を認識してくれている。
「どうにか君のことは守るから、心配しなくて大丈夫。それより、君の本当の名前もアリスなんじゃないかな?」
「う、うん……」
「僕はルイス、ルイス・キャロルだ。記憶を取り戻して気づいたんだけど、僕は成長した君のことを知っている」
アリスは驚いているようだった。
まぁ、成長した自分のことを知ってたら驚くよね。
僕も昔のアリスって気づいた時はビックリした。
「先生……いや、ルイスさんが知ってる私はどんな人?」
「僕のことを助けてくれたよ」
「じゃあ恩返しできてるってことだね」
「まぁ、僕からしたら恩を返せたことになるんだろうけど」
いつ底があるのか判らないかと思ったが、壁の瞳が途切れているのが見えた。
「……昔のアリスに会えて嬉しかったよ」
そう僕が云うと、水に入ったような感覚があり━━
━━目を覚ますと、見慣れない天井だった。
「……?」
時計が刻を刻む音だけが、静かな室内に響き渡る。
体を起こして辺りを見渡せば、ここが何処か判った。
「━━失礼する」
扉が開いたかと思えば、見知った顔が入ってきた。
そして、僕を見ると彼は一度退室して少しするとまた入ってきた。
シャルル隊長のことだから、どうせ幻覚とか思ったんだろうな。
「……疲れすぎて見えた幻覚かと思った」
予想通りすぎる。
「体調はどうだ」
「そこそこですね。体は別に何ともありません」
機械が付いてるし、生死を彷徨っていたのは容易に想像できる。
僕がヘマをして敵軍に捕らえられ、ロリーナを死なすことになってしまったあの日から、一週間が経ったらしい。
僕が覚えているのは、レイラを殺したところまで。
グラムは逃走したという。
その後、僕とエマは比較的軽症だったアーサーが異能で時の流れを遅くしたことで怪我の進行が遅れ、死なずに済んだ。
「……僕と二人以外は、戦死か」
小さく呟く。
全滅じゃなかったところは不幸中の幸いか。
敵軍の幹部であるレイラも、一応殺したわけだし。
「隊長」
「……何だ」
「僕は戦争も世界も恨みません。もちろん、隊長もです。ただ━━」
僕は隊長の方を見て、小さく云う。
「どれだけ部下を失っても泣かない僕が、許せません」
言い終わると同時に隊長は僕を抱きしめた。
いつもと違って、とても優しい。
ロリーナが死んでも泣けないとか、僕はやっぱり人を辞めているのだろうか。
「おじゃましますぅ」
「……ルイス!?」
あ、と僕は扉の方を見る。
アーサーとエマが驚いていた。
「……軍医に云うのを忘れていたな、君が起きたと」
「まぁ、それだけ動揺していたってことでしょ」
医者を呼ぶために、隊長は退室した。
二人も無理させるわけにはいかないから、と一度帰る。
「……アレは、夢だったのかな」
思い出そうとすればするほど、思い出せなくなる。
少女と様々な絵画を見ていたような、そんな気がする。
特に思い出す必要もない。
そう、僕はもう考えることはやめてコナンさんが来るのを待つことにした。
翠眼編・完
番外編「四章突入記念小説(紅眼編)」
気がつくと其処は、知らない場所だった。
壁一面に飾られている絵。
そして、私の足元に落ちている本。
拾って中を見ていると、知っている小説だった。
女の子が不思議な世界を冒険するお話。
「……。」
それにしても、ここは何処なんだろう。
壁一面にある絵は、どれも本当の景色みたい。
高いところにある絵は見えないけど、何が描かれてるんだろう。
とりあえず辺りを見渡して、出口を探すことにした。
来た時のことを覚えてないし、誰か人がいたら一緒にいたい。
一人は寂しい。
「……でも、何処に帰るんだろう」
何故か思い出せない。
どこから来たのか、私の名前は何か。
いつも一緒にいた人のことも分からない。
困りながら壁沿いを歩いていると、気になる絵を見つけた。
「綺麗」
何故か見覚えのある、お城の絵。
思い出せることがないかなー、と見ていると声が聞こえた。
「子供……?」
私が歩いてきた方とは逆側。
そこに、私と同じ金髪の男の人がいた。
綺麗な緑色の目をしている。
いつか本で見たエメラルドっていう宝石に近い気がする。
「……お兄さん、誰? 新しい先生?」
いつも大人のことを先生と呼ぶから、そう聞いてしまった。
「僕は先生じゃないよ」
「じゃあ誰?」
「僕は━━」
そこで、お兄さんは固まってしまった。
私と同じなのかもしれない。
「……お兄さん?」
「━━名前、なんだっけ」
やっぱりそうだ。
「私も判らないの。だからこの本の主人公の名前で呼んで」
「アリス……?」
「お兄さんのことは先生でいい?」
「大丈夫だけど……」
良いって云われて良かった。
彼処がそうだから、やっぱり先生って呼ぶのが慣れている。
あれ、彼処ってどこだっけ。
ま、いいか。
「先生はこの絵、どう思う?」
そう、私はさっきまで見ていた絵を指差す。
「写真みたいで素敵だと思うけど……」
「けど?」
「いや、ここに彫られている文字が気になってね」
額縁に何か彫られているみたい。
ここからじゃ全く見えないから気づかなかった。
「……!」
先生は私のことを抱っこしてくれたから文字を見ることができた。
見える景色が急に変わって面白い。
こんなに大きくなれるのかな、なんて考えていると先生が私のことを下ろした。
「ねぇ先生、『weißes Herz』って何?」
「ドイツ語はちゃんと勉強してないから判らないけど……うん、多分『白のハート』じゃないかな」
ドイツ語……?
それに『白のハート』……?
「タイトルなのかな」
「そうだと僕も思う。けど、『ハート』要素が判らないんだよね」
お城が白いけど、確かに『ハート』がない。
「そういえば先生はどこまで覚えてる?」
「……基本的な常識、かな。名前も忘れちゃってるからね」
「確かに」
私も名前を思い出せない。
けど、こうやって先生と話したりは出来る。
「先生」
「どうかした?」
「私、この絵に見覚えがある気がするの」
「……ぇ、」
「絵自体にじゃない。私はこの景色を知ってる」
「……つまり、この風景画は現実にある」
先生は額縁に触れ、そっと撫でる。
どこで見たのか思い出せない。
でも、この景色を知っているということは思い出せた。
「先生の知っている絵を探そう」
「……僕が?」
「絵を見て、私は少しだけ思い出すことが出来た。なら、先生もそうかもしれない」
「確かに、アリスの言う通りかもね」
先生は優しく微笑んだかと思うと、手を差し出した。
本を片手で持って手を取ると、何故か少し驚いていた。
あれ、手を繋がない方が良かったのかな。
私の勘違いだったりする?
「……。」
「……。」
何も云われないし、繋いでても良いかな。
そんなことを思いながら歩いていると、一つの絵が気になった。
「……先生、あれって何?」
「あぁ、観覧車だよ。僕も実際に乗ったことはないけど、あの小さい丸の部分に乗って景色を楽しむらしい」
あれ、観覧車。
何かの小説で出てきたけど、流石に挿絵が入ってなくて判らなかったんだよな。
あの丸に人が乗るってことは、きっと大きいんだろうな。
「……。」
景色を楽しむ、か。
確かにあんなに高いところに行ったら何でも小さく見えるだろうな。
「私、景色がいい場所にいた気がする」
「……僕も、名前を分からないけど誰かを思い出したよ」
先生も思い出したってことは━━。
「やっぱり絵を見ていった方が良さそう」
私の身長では、高い位置の絵が見えない。
だから、先生が肩車してくれた。
小さい頃はよくやってもらってた気がする。
今はもう大きくなったからやってもらえらない。
先生すごいな。
「あれ……?」
「どうかしたの、先生」
「この絵の人を知ってる気がして……」
「……綺麗な人」
白色の髪に、紫の瞳。
本当に綺麗な人で、少し憧れる。
私もこれぐらい綺麗になれるかな。
また先生は額縁を確認していて、やっぱり文字が彫られているみたい。
「『Storyteller』……?」
「先生、こっちにも文字があるよ」
私の身長で見えるところにも文字があった。
全く読めないけど。
「日本語……だったかな、確か」
しゃがみ込んだ先生は読めるみたい。
「……『言葉を紡ぐ者』」
どういう意味なんだろう。
「━━ッ、」
その瞬間、先生は床に座り込み、必死に頭を抑える。
「先生!」
「だ、いじょうぶ……」
そう云った先生の服装が、いつの間にか変わっている。
血だらけで、どうみても大丈夫じゃない。
「━━帰ら、ないと」
「その傷じゃ死んじゃうよ!」
「大丈夫……僕は、早く戻らないと……」
「ねぇ、先生止まってよ!」
「待っていろ━━」
「……レイラ?」
レイラ。
そう、先生は云った。
何でその名前を知ってるのかなんて、今はどうでも良い。
ただ全部思い出した。
「私の、帰る場所は……っ」
その瞬間、世界が揺れた。
まともに立っていられないほどの大きな揺れ。
どうにか体勢を低くして揺れが収まるのを待っていると、先生の頭上に絵が見えた。
壁から落ちたのか、先生めがけて落ちていく。
「危ない!」
思い出した私なら、きっと。
心の中で紡いだ言葉に力は応える。
無から生まれた鏡は落ちてきた絵とぶつかり、先生に当たりことはない。
「ま、間に合った……!」
「これは!?」
安心している間も揺れは収まらない。
また絵が落ちてくるかも。
そんなことを考えていると、先生は私の出した鏡に乗っていた。
少しの間、動いていないかと思えば普通じゃ出せない速度で私の方へ飛んできた。
何かにぶつかる音が聞こえたかと思えば、絵が遠くへと飛んでいく。
ズサァ、と音を立てながら先生は着地する。
「先生!」
「怪我は?」
「ない、と思うけど……」
私の姿も、いつの間にか変わっていた。
あの城で来ていた服。
何故か血だらけだけど。
「……何か、来る」
先生の奥。
遠い場所から何か━━『黒』がやってきた。
白かった筈の床や壁が黒へ変わり、絵は全て『目』になっていた。
「ねェ、11II7」
背後から聞こえた声に私は振り返る。
「きmiのセヰで僕はタヒんだンだ」
「0822……っ」
黒髪に、青色の瞳。
あの時大人に撃たれたはずの0822が、そこに立っている。
レイラは何処にいるの。
「わ、たしが……私が二人を殺した……?」
「アリス!」
伸ばしてきた0822の手は、私を掴むことはなかった。
「君か"シねばょかツたのニ、壱12⑦」
「ごめん、なさっ……」
「っ、アリス!」
誰かの手を振り払って、私は0822の手を取ろうとする。
けど、また世界が揺れて足元に穴が空いた。
「嫌っ……!」
死にたくない。
その一心で足掻いていると、誰かに抱えられた。
金髪に、綺麗なエメラルドの瞳。
「せ、んせい……?」
「うん。そうだよ、アリス」
「私達どうして落ちてるの……!?」
「どうにか君のことは守るから、心配しなくて大丈夫。それより、君の本当の名前もアリスなんじゃないかな?」
「う、うん……」
どうして、知っているの?
「僕はルイス、ルイス・キャロルだ。記憶を取り戻して気づいたんだけど、僕は成長した君のことを知っている」
未来の私と知り合い。
先生の云っていることは判ったけど、判らない。
「先生……いや、ルイスさんが知ってる私はどんな人?」
「僕のことを助けてくれたよ」
「じゃあ恩返しできてるってことだね」
「まぁ、僕からしたら恩を返せたことになるんだろうけど」
ルイスさんは下を見て、優しく笑う。
「……昔のアリスに会えて嬉しかったよ」
そうあの人が云うと、水に入ったような感覚があって━━
━━気がつくと、そこは見慣れない場所だった。
真っ白で何もない。
いつの間にか私の服も変わっている。
「……アレは、夢だったの?」
知らない先生と様々な絵を見ていた、そんな気がしたけど確信はない。
名前は何だったっけ。
思い出そうとすればするほど、判らなくなっていく。
アレは夢。
無理に思い出す必要はない━━筈。
「気がついたか」
「貴方は……!」
いつの間にか、あの時0822へ銃を向けた男がそこに立っていた。
青年の筈だったが、何故か年老いて見える。
でも、そんなことは今どうだっていい。
「レイラは──1102と0822はどうなったの!?」
「……!?」
「何か答えて!」
男は、言葉を失っていた。
少しすると何か独り言を呟いているようだった。
断片的に聞こえた言葉達を、私は繰り返す。
「“あり得ない”って、“記憶が継がれた”ってどういうこと……?」
男は暫く考えて、口を開いた。
「……自分の番号は云えるか。自身で付けた名を」
「1126。名前はアリスよ」
レイラがつけてくれた、素敵な名前。
「なんということだ……」
彼方ばかり理解して、此方は全く分からない。
そんな私が苛立つのは当然だった。
「一体なんなの! 何をそんなに貴方は驚いて──!」
「全て説明するのは構わない。ただ、私にも少し時間をくれ……ッ」
少しして、男は口を開いた。
その頃にはもう、私の中からあの夢のことなんて忘れられていた。
紅眼編・完
3-21「二人の侵入者」
※注意。
前回もだけど、普通にストブリのネタバレ含みます。
そしてストブリを無くしたので口調とか迷子です。
あと、今回詰め込みすぎてちょっと長いです。
チャールズside
彼女と別れ、私は研究所の廊下を急いで歩いていた。
少年は恐らく彼女の中で眠ってある状態。
入れ替わることが可能ということが判ったのは進歩だが、また謎は増えていく。
チャールズ「……兎に角、彼女は異能を二つ持ちながらも安定している。とりあえずで報告書をまとめなければ」
そんなことを考えていると、一瞬だけ身体が宙に浮いた。
別に跳ねたわけではない。
まるで地震のように床が跳ねたのだ。
チャールズ「まさか敵襲か……!?」
こんな辺鄙な場所、望まず来るはずがない。
本国で研究の情報が漏れたのだろう。
そして此処へ駆り出されるのが一般人なわけがない。
現在外は戦争中という。
そして人工異能の研究に口出しをしてくる可能性が高いのは━━。
研究員「所長!」
チャールズ「何があった」
研究員「し、侵入者です! 二人だけですが、多分異能者で……!」
思わず舌打ちをする。
見たところ、空間操作と重力操作らしい。
チャールズ「……やはり欧州か」
外からの情報でその異能の資料を見た。
兎に角、研究資料を渡すわけにはいかない。
チャールズ「全員戦闘体制を取るように通達だ。別に命を懸けろとは云わないが、その二人にはお帰りいただこう」
研究員「は、はい!」
連絡は任せ、私は急いで個人の研究室へ向かった。
資料に全て目を通し、頭に入っているかを確認する。
私は昔から物覚えだけは良かった。
研究資料は全て引き継ぎの為に残しておきたかったが、仕方がない。
全て燃やし、机上には灰だけが残った。
研究員『報告します! 第一層と第二層が突破されました! 対戦した全員が死亡しており、人工異能についての資料なども回収されているかと━━』
現在私がいるのは第四層。
ここに来るのも時間の問題だろう。
そして、どうやら欧州の諜報員は全員殺すつもりらしい。
多分私も例外ではない。
研究員『ほ、報告します! 何故か侵入者は資料の回収などをせず、真っ直ぐ下層へ向かって降りています!』
チャールズ「真っ直ぐ……?」
まさか、と私は嫌な可能性を考えてしまった。
この島は外と時の流れが違う。
それは、ある異能者の異能が島全体に掛けられているから。
実際、この研究が始まってから200年ほど経つが、初期メンバーである私は40歳ほどしか歳を重ねていない。
ゆっくりと、しかし少しずつ時は流れている。
異能が解除される、又は異能者が殺されればこの島は急激に時を重ねるだろう。
しかも、外部から来た人間はその影響を受けない。
チャールズ「どう、したら……っ」
研究を潰すことが目的なら“彼女”を殺せばいい。
ただ、私には侵入者達を殺すことは出来ない。
仮に彼らが本当に“欧州の諜報員”だったとして、連絡が取れなくなれば次が来るだけだ。
もっと強い、異能力者達が。
チャールズ「━━迷っている暇は、ない」
気がつけば私は走り出していた。
通信機からは銃声や悲鳴が聞こえていたが、そのうち何も音がしなくなった。
チャールズ「つ、いた……」
最深部。
第四層よりもずっと深い場所にある、この島の要。
そこへ到着して、数分後に彼らもやってきた。
???「━━チャールズ・ドジスンだな」
チャールズ「よくここまで来れたな。此処を知っている者で生きているのは、もう私しかいないと思ったが」
帽子の男「この島の資料にあった。研究の資料までは見つからなかったが……」
チャールズ「私の|頭《ココ》に全て入っているからな。見つかるわけがないだろう」
それが、と帽子の男は問い掛けてくる。
侵入者達の方を向いている私の背後で眠っている女性。
カプセルの中に彼女は入っており、仮死状態だ。
厚着の男「無駄な抵抗はしない方がいい。私達は━━」
チャールズ「欧州の諜報員、だろ。そのぐらい上からもらった情報で知っている」
厚着の男「……そうか」
帽子の男「ランボオ。いつも思うが、わざわざ会話をする意味はあるのか?」
ランボオ「そんなことを云うな、ポール。なるべく面倒なことは無くしたい」
とりあえずで銃を放ってみたが、両方塞がれてしまう。
正確には片方は当たる寸前で止めて、もう片方は異能で消したようだったが。
ポール「彼方が望むのだから強制連行でいいだろ」
ポールと呼ばれた男が異能を使ったのか、銃弾は私の方へ飛んできた。
弾は足を貫き、思わず銃を手放す。
ランボオ「気絶させる前に実験体の位置を知りたい」
ポール「そういえば一人も見当たらなかったな」
チャールズ「教える、と……思うか……?」
ランボオ「……どうしたものか」
ポール「この女を殺して、此奴だけ連れ帰ればいいだろう?」
ランボオ「実験体も、と云われているだろう」
痛みで悶えながらも、私は足を抑えていなかった。
私の異能なら、隙を作らことが出来るはずだ。
ランボオ「だが……此処は地下だからか、物凄く寒い。早く帰りたい」
ポール「じゃあ良いだろう」
そうして、私のことは放っておいて“彼女”の元へ向かった。
二人とも私に背を向けたのは好都合だ。
そのまま異能力を発動させて━━。
3-23「幸せを望む」
“私”side
ポール「元人間とはいえ、似た者を殺したくはないからな。この島で大人しく暮らすと良い」
私「待って! 見なかったことって、似た者ってどういうこと……!」
ポール「……俺は人間じゃない。創造主によって異能と人格を与えられた、生命体と呼ぶのも正しいのか判らないものだ」
もう行くぞ、と男は何処か行こうとする。
私は何も分からなくて、着いて行こうとも思わなかった。
ポール「━━アリス」
私「……なに」
ポール「チャールズからお前宛ての手紙だ。それを読めば色々と分かるかもしれないな。あと、部屋の外に出るのはおすすめしない」
手紙を渡すと、今度こそ男は戻ってくることがなかった。
チャールズからの手紙。
こんな匂いがする外に出ようとは思わないけど、とりあえず手紙は読んでみることにした。
私「……アリスへ━━
この手紙は侵入者から逃げながら書いている。
そしてきっと、この手紙を読んでいるということは私は死んでいるだろう。
簡単にこの島の秘密をまとめよう。
この島は、ある異能者によって島の外との流れが違う。
研究所最深部の“彼女”が殺されて、きっとこの島は変化する。
建物は老朽化し、草木が急激に成長するはずだ。
そして君の生年月日も教えておこう。
1865年11月26日生まれ。
これを伝えておけば、君は外へ出た時にきっと理解できるだろう
最後に私が云えたことではないが、幸せになれ。
私「━━フランシスもきっと、そう、望んで」
そこで文章は途切れていた。
判らないことは沢山ある。
でも、そんなことを考えるよりも早く、私は部屋を飛び出していた。
扉は蹴破られていたから、簡単に出られる。
ポールという男が部屋を出て向かったのと反対方向。
出口を目指しているということは、そっちから来たはず。
私は走って、走って、走って。
部屋とは違って数百年経ったかのような廊下を走り続けて。
そうしてようやく、床に転がる白衣を見つけた。
白衣とは云っても白い部分など殆どなく、血で赤黒く染まっている。
私「うっ、あぁ……」
白衣の中は、最後に見たチャールズが来ていた服と白骨。
ただ、私は泣いていた。
この胸に穴が開いたような感覚を私は知らない。
でも、レイラが死んだと聞いた時も同じ感覚がした。
私「……私は、どうしたらいいの」
これが喪失感というのは、ずっと後に知ったことだった。
4-10「集まる頭脳派」
※ストブリキャラ注意(今頃)
ルイスside
ルイス「さて、次は誰かな」
鏡に映る映像を見ていると、また彼がいた。
どうやらグリムさんが戻るまで1対1をしているらしい。
森「おや、また芥川君が挑んでいるのだね」
ルイス「敦君が居なくとも実力はあるけれど……芥川君じゃ、シャルルさんには勝てないよ」
森「流石はルイス君の師と云ったところかな」
ルイス「……どちらかと云うと、父親みたいだけどね」
森「おや、そうなのかい?」
ルイス「森さんなら知ってますよね、僕が何者なのか」
森「……まぁ、ヴェルレヱヌ君から聞いたからね。少しだけれど」
はぁ、と僕は紅茶を一口飲む。
でもまさか、暗殺王が僕のことを知っているとは思わなかったな。
|あの件《暗殺王事件》より前に、面識がありそうだとは思ったけど。
ルイス「……そういえばヴェルレヱヌさんは何をしてるの」
森「普通にゆっくりしてるんじゃないかな? 今は特に育ててもらいたい新人もいないからね」
ルイス「ふーん……」
森「会いたいかい?」
どちらでも、と返しておくことにした。
アリスが知らない僕のことを、何か知っているかもしれないし。
でも、今はレイラのことが優先だから。
太宰「あれ、また芥川君戦ってるんですか?」
森「そうみたいだよ」
太宰「げっ、森さん……」
嫌そうな顔をしながらも、彼は僕の隣に座った。
ルイス「芥川君、随分と楽しそうだね」
太宰「まぁ、似たような異能はそういないでしょうし」
ルイス「君の方がいなさそうだけどね」
太宰「蘭堂さんが“欧州にいない”って云ってましたし、本当にいないんでしょうね」
ふと鏡を見ると、芥川君の黒獣がシャルルさんに届きそうだった。
まぁ、どうしても“届きそう”で終わってしまうわけだけれど。
それにしてもシャルルさん楽しそうだな。
僕もたまには芥川君と戦ってみようか。
ルイス「それで、何か用だったの?」
太宰「別にそこまでではないのですが、ルイスさんとコナンさんの云っていたことが気になって」
ルイス「……昨日の?」
太宰「はい」
森「もしかしてグリム大将についてじゃないかい?」
太宰「えなんで分かるんですか気持ち悪い」
森「一応私もあの場所にいたからね???」
ルイス「……確かに」
森「確かに!?」
あの時(3-4)、医務室にいたような気がしないこともない。
森「本当に異能者じゃないのかい?」
ルイス「……少なくとも僕は知らないよ」
4-11「相棒」
ルイスside
ルイス「それにしても、あの日からまだ五日しか経っていないのか……」
森「私はもう五日、といった感じだけれど」
会議から二日。
アーサーとエマのお陰で魔人君が此方に引き込めた━━と、思う。
だからこうして僕達は訓練が出来ている。
でも、油断はできない。
今、この瞬間だって彼の掌の上で踊らされている可能性があるのだから。
森「そろそろ相手が何かを仕掛けてきそうではないかな?」
???「レイラの性格的に、急に街へ攻撃とかはありえないわ」
ルイス「……アリス」
アリス「最初もグラムを通して日時をわざわざ指定してきたでしょう? そういう人間なの、彼女は」
太宰「やっぱりレイラとアリスさんってお知り合いなんですか?」
アリス「そんなところよ」
疲れたぁ、とアリスは机に伏せる。
そういえば猟犬の彼女と遊んでいたんだった。
ルイス「どうだった? 日本の軍人は」
アリス「聞いてちょうだい! 全く手加減してくれなかったのよ!?」
頬を膨らませながらアリスは語る。
どうやら、瓦礫の下敷きになりかけたらしい。
そりゃあ老朽化も進んでいるだろうから、本気でやりあえば建物も保たない。
アリス「お陰でこの身体には慣れたけれど」
太宰「ずっとルイスさんと一緒の身体だったんですか?」
アリス「えぇ」
森「……ふと思ったのだけれど、髪の長さや瞳の色が変わったのは何故かな」
アリス「知らないわよ、そんなの。何処ぞの駄作者がちゃんと考えてなかっただけでしょ」
ルイス「うん、メタいね」
そんな話をしていると太宰君が席を立った。
どうやら今の相棒と挑んでみるらしい。
森「中也君とは組まないのかい?」
太宰「嫌ですよ、またあの蛞蝓と組むなんて。昨日やった時に今の中也の状態は判ったし、無駄に一緒にいる必要はないので」
アリス「流石は元相棒ね」
太宰「やめてくださいよ……」
はぁ、と太宰君はため息をつきながら国木田君を探しに行った。
森「私も久しぶりに福沢殿へ背中を預けてみようかな」
福沢「貴君が背を預けるのはエリスで充分だろう」
森「……振られてしまいましたね」
ルイス「そういえば二人ともチェシャ猫から状況は聞いた?」
福沢「先程聞いたばかりだ。まだ国木田達には伝えていない」
森「私は結構早い時点で聞いたと思いますよ。中也君には通してある」
4-12「組織を引っ張る者」
ルイスside
アリス「何か分かったの?」
ルイス「二人は天空カジノへ向かったって」
アリス「……なるほどね」
だから様子見が長いのか、とアリスは納得しているようだった。
魔人君がどんな入れ知恵をしているか分からないけど、お願いだから此方が不利にならないようにだけしてほしいな。
福沢「魔人フョードルは、本当に信頼できるのだろうか」
ルイス「さぁ?」
福沢「……。」
ルイス「でも、レイラの目的と若干のズレは生じる筈。そして今回の件の結末も見えている気がする」
森「得する方につく、と云ったところかな。こちら側についてもらえるよう、頑張らないといけないね」
アリス「頑張る、ねぇ……」
アリスは気づいていると思う。
今回の鍵となるのはレイラを倒せる人物がいるかどうか。
正直、僕とアリスは《《殺せない》》。
そして単純な戦闘力で勝る人が限られている。
あの異能手術が厄介すぎだ。
ルイス「負ける気は一ミリもないよ」
アリス「……ルイス」
ルイス「まだ覚悟は決まっていないけど、誰も死なせない。それがあの日の決意━━僕の守るべき想いだ」
森「今回のリーダーがそう云うなら、より味方同士で支え合わないといけませんね。そう思いませんか、福沢殿」
福沢「そうだな、森|医師《せんせい》。私達の古き因縁も、組織の因縁も。全て水に流すことは難しくとも、手を取り合わなければならない」
福地「儂達も勿論協力しよう。その為にこんな異国の地までやってきたんだからな」
福沢「はぁ……。やっと話に入ってきたか、源一郎」
福地「なるべく気配は消していたが、流石だな。それにしても、“リーダー”という響きは良いな」
ルイス「別に僕、リーダーじゃないんだけど」
森「シャルルさんも云っていただろう」
--- 一人で背負う必要はない、とは云ったが全体の方針を決めるのは……今回のリーダーは君だ ---
森「私は━━ポートマフィアは、君のことを信頼しているよ。ねぇ、中也君に紅葉君」
中也「……勿論です、|首領《ボス》」
アリス「日本の戦神といい、気配を消した盗み聞きが得意ねぇ……」
紅葉「ただ会話に入れなかっただけじゃよ。双つの組織の長が話しているのを邪魔するわけにはいかないだろうて」
4-13「幹部は心配性?」
※ストブリ注意
ルイスside
朝食以来だろうか。
だんだん人が集まってきており、食堂が賑やかになっていく。
不思議と、騒がしくは思わなかった。
ルイス「アリス、紅茶いる?」
アリス「貰おうかしら」
僕は立ち上がり、キッチンへ向かう。
紅葉「━━金色夜叉」
ふわっ、と足元がしたかと思えば視界が回転している。
そして金色夜叉に支えられていた。
紅葉「睡眠は大事と何度も云っているじゃろう」
ルイス「取っているよ」
紅葉「嘘じゃな。隈が隠し切れていないぞ」
アリス「実際寝ていないじゃない」
ルイス「ちょっとアリス」
全く、と紅葉は僕を運ぶ。
紅葉「……軽すぎないかえ?」
中也「まぁ、ルイスさんですから」
紅葉「ちゃんと食べさせないと駄目じゃな」
とりあえず、と僕はキッチンとは逆方向にあったソファに寝かせられる。
そして紅葉が逆に紅茶を淹れ始めた。
いつの間にか夜叉が僕に毛布をかけている。
ルイス「あのぉ……」
紅葉「良いから寝ておれ。何かあった時に動けなければ意味がなかろうて」
ルイス「……ハイ」
とりあえず動くのは禁止らしい。
確かに横になってるだけでも違うけどさ━━。
ルイス「━━暇じゃあぁぁぁぁ……」
中也「何ですか、その口調は」
ルイス「いや、寝ようとしても寝れないじゃん?」
中也「疑問形やめてください」
ルイス「紅葉の言う通り、何かあった時に倒れたら意味ないけどさ……暇なんだよね、ホント」
中也「話し相手にならなりますよ」
じゃあ、と僕はソファに座る。
中也君は何かを云おうとして諦めたようだった。
僕はもう横になっているつもりはない。
近くには誰もおらず、彼が話し相手になってくれる。
なら、話題はこれしかない。
ルイス「僕達は人間か、否か」
中也「……俺は兎も角、ルイスさんは普通の人間じゃ?」
ルイス「君と出会った日から━━否、大戦中から全く成長していない」
中也「……!」
ルイス「どうやら僕は別世界の住民らしくてね、普通じゃない。今の感じだと、君がおじいちゃんになってもこの姿のままじゃないかな」
さて、と僕は笑う。
ルイス「決して変わることのない僕を、皆と同じ“人間”という枠に当てはめても良いと思うかい?」
4-14「或る重力使いは断言する」
中也side
ルイス「決して変わることのない僕を、皆と同じ“人間”という枠に当てはめても良いと思うかい?」
ルイスさんは、いつもと変わらず優しい笑みを浮かべている。
何を考えているのか、全く判らない。
太宰ならすぐに理解して、この人のことを考えた言葉を並べられるのだろう。
だが、俺は俺だ。
中也「別世界の住人だろうと、戦神と呼ばれようと。ルイスさんは人間に決まってるじゃないですか」
ルイス「……よく断言できるね」
中也「ルイスさんが断言しない理由の方が判りませんよ」
ルイス「さっきも云ったけど僕は━━」
中也「どんな状況でも想いを諦めずに抗い、自分の手で運命を掴み取る。俺や太宰は……他の奴らも、ルイスさんのことを尊敬してるし信頼してます。表や裏、国を越えた全員が最後まで支えるつもりだ」
ルイスさんは少しだけ瞠目している。
中也「そんなアンタが人間じゃないなんて、おかしいじゃないですか」
ルイス「……ははっ」
小さく笑ったかと思えば、目を閉じて少し天井を見ていた。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
ルイス「僕は、人間なんだね」
そう呟いたルイスさんの表情は、ちゃんと見えなかった。
でも、笑っている気がする。
肩の荷が一つ降りて安心しているような、そんな気がした。
ルイス「……中也君」
中也「何ですか」
ルイス「僕はレイラを殺すことはできない。“不殺”は最も大切な誓いで、前と同じように焦りと勢いで決意することも難しい」
けど、とあの人は俺の方をまっすぐ見た。
ルイス「君達が支えてくれるから、変われるかもしれない」
中也「……きっと変われますよ」
ルイス「そうだと良いなぁ」
紅葉「中也! 何故ルイスを寝かせて置かないんじゃ!」
中也「あ、姐さん……」
すいません、と俺は謝った。
姐さんに怒られるのは久しぶりな気がする。
やっぱり重力操作で無理やり寝かせておけば良かったかな。
ルイス「……中也君」
中也「何ですか」
ルイス「何だか僕、今ならゆっくりと眠れそうだよ」
中也「……そうですか」
ソファに横になったかと思えば、すぐに寝息が聞こえてきた。
俺は毛布を掛けて、とりあえず姐さんに報告しておく。
ちょうど近くにいたアリスさんも、母親のような優しい笑みを浮かべていた。
4-15「私の大切な人」
アリスside
アリス「……。」
ルイスが悪夢を見ずにこうして眠れていることが、奇跡のように感じる。
中也君と何か話していたようだったけれど、流石に内容までは聞こえていない。
ただ、何度も感謝は伝えておいた。
アリス「……ねぇ、ルイス。私達はどうしたら良いのかしら」
レイラを殺すことは出来ない。
和解することも、ほとんど不可能よね。
アリス「でも、誰かに任せるのは━━」
我儘、なのかしら。
私が諦めて、ルイスも説得して。
もう誰かに任せてしまえば、きっと楽になれる。
こんなに考える必要も、苦しむ必要もない。
ルイス「……アリス?」
アリス「起こしちゃったかしら」
ルイス「いや、大丈夫」
よく寝た、とルイスは背伸びをする。
確かにルイスにしてはよく寝たほうよね。
アリス「五時間ぐらい寝てたわよ」
ルイス「……それは凄いね」
アリス「えぇ、本当に凄いわ」
ルイス「特に状況は変わってないかな」
アリス「シャルルさんとヴィルヘルムさん相手に戦える時間が伸びてきてるわよ」
ルイス「……流石だね」
みんな強いからなぁ、とルイスは起き上がる。
今現在、私達以外に食堂は誰もいなかった。
普通に部屋で休んでたり、個人で特訓している人もいる。
面倒だから、鏡も全てしまっていた。
最初のうちは観戦する人がいたのだけれど、もういないんだもの。
ルイス「……ねぇ、アリス」
アリス「何かしら」
ルイス「君はレイラに死んでほしくない?」
私は、ルイスの質問にすぐ答えられなかった。
死んでほしくないか、否か。
二択で簡単かと思えば答えを出すのは難しい。
レイラは大切な人。
あの箱庭で一番仲が良くて、友人でも家族でもない存在。
和解して、また一緒に過ごすことが出来たなら。
そう何度も考えたけれど、それは難しい。
きっと敵意が、私への殺意が消えれば捕らえ次第欧州の管理下に置かれるから。
もしかしたらムルソーに収容されるかもしれない。
そのことを考えてしまうと、私は━━。
アリス「━━答えはYESでありNOね」
ルイス「そっか。……理由を聞いても良いかな?」
アリス「レイラは大切な人よ。友人や家族とはまた違うね。だから死んでほしくない、生きていてほしいの」
でも、と私は視線を落とす。
アリス「大切だからこそ、もう楽にしてあげたい。何度も死んで、何度も生き返るなんて……っ、そんなの私が想像してる何倍も辛いに決まってるわ……!」
途中から、涙が溢れてきた。
分からない。
何が正解なのか、分からない。
レイラ。
私の大切な人。
きっと仲良く一緒に生きていける未来もあった。
でも、もうそれは叶わない願いなのは分かっている。
アリス「これは我儘よ。ただ、私はレイラとちゃんと話し合って、仲直りがしたい。そして彼女に救われてほしい」
4-16「覚悟は決まった」
ルイスside
ルイス「……そっか」
仲直りをして、|死んでほしい《救われてほしい》。
それがアリスの本音。
ルイス「大戦を経験して、僕はもう誰も殺したくないと思った。でも、そんな駄々をこねていられる状況でもないし、今の僕ならきっと乗り越えられる」
アリス「ルイス……」
ルイス「僕の我儘でずっと君を振り回してきた。今度は君の我儘を聞く番だ」
決めたよ、と僕は“ヴォーパルソード”を取り出す。
ルイス「必ず君とレイラを仲直りさせる。そして僕がこの手で全てを終わらせよう」
この剣と大戦を、戦場を共に駆け抜けてきたのは今回の為。
手に馴染む“ヴォーパルソード”を僕はしっかりと構え、深呼吸をする。
アリス「少し、外の空気を吸ってくるわ」
ルイス「……分かった」
僕も、一人になりたかったところだ。
やっぱりアリスは僕のことをよく分かっている。
本当は彼女と同じぐらい理解してあげられる筈なのに、僕は━━。
シャルル「ルイス」
ルイス「……シャルルさん、」
シャルル「盗み聞くつもりはなかったんだが━━覚悟は、決まったようだな」
“ヴォーパルソード”をしまい、僕は背筋を伸ばす。
ルイス「迷惑をかけてすみません。そして、まだまだ迷惑をかけることになると思います」
シャルル「仲直りだったか。……本当にできると思うか?」
ルイス「出来る、と断言できたら良かったんですけどね」
シャルル「……。」
ルイス「未来のことなんて分かりません。でも、僕はアリスのことを信じているので」
シャルル「名探偵に連絡した方がいい。作戦が大きく変わるだろうからな」
はい、と僕は連絡しようとする。
しかし少し気になったことがあった。
ルイス「グリムさんと一緒じゃないんですね」
シャルル「まぁ、私は嫌われているからな。それに包帯の彼と話し込んでいるようだ」
ルイス「……太宰君と?」
多分寝ている間に国木田君とペアを組んで挑んでいる。
何か気になることでもあったのだろうか。
ふと思い出したのは昼間の会話。
ルイス「……頭がいいからなぁ、太宰君は」
シャルル「会議の時も、見抜かれてしまったからな。あれだけの頭脳を持つ彼が何故死を望んでいる?」
ルイス「……シャルルさん━━」
--- 生きるなんて行為に何か価値があると、本気で思ってます? ---
4-17「似た者は惹かれ合う」
ルイスside
シャルル「……それは、彼が云った言葉か?」
ルイス「まぁ、遠い昔に」
シャルル「そうか」
少し悩んだような表情を見せて、シャルルさんは僕の向かいのソファーへ腰掛ける。
シャルル「昔の私なら━━俺ならば『生きていく中で価値を見つけたらいい!』と熱く語っていたのだろうな」
ルイス「……今は?」
シャルル「《《価値などない》》と考えるよ。生きるなんて行為には何一つ価値などない。多くの人間を殺し、父も手にかけ、そんな犯罪者がこうして生きていることが……。いや、これはただの自己否定だ。論点がずれている」
ルイス「難しいですよね。《《生きるなんて行為に価値があるのか》》と《《自分が生きている価値があるのか》》については似ていて異なりますから」
シャルル「彼はいつそんなことを云っていたんだ?」
ルイス「15歳ですね」
シャルル「……天才だな。否、そんな簡単な言葉で表現してはいけないか」
ルイス「彼と同等の頭脳を持った人が近くに何人もいるから怖いですよね、本当」
確かにな、とシャルルさんは笑った。
やっぱり似たもの同士で惹かれ合うのだろうか。
(……僕は誰と惹かれあって此処にいる?)
ふと、そんなことを思ったけれどいつまで経っても答えが出なさそうだから諦めた。
シャルル「……ふむ」
ルイス「シャルルさん?」
シャルル「私が言えたことではないが、いつまで盗み聞いているつもりだ」
ヴィルヘルム「大事な師弟の時間を邪魔するわけにはいかないと思ってな」
そろそろ夕食だぞ、とグリムさんは今朝と同じ席に外套を掛けた。
何となく昨日の時点で座席は決まっており、僕もそろそろ移動した方が良いか。
ヴィルヘルム「最近の若者は恐ろしいな」
ルイス「……それは━━」
僕は問おうとしたけれど、すぐに人が集まり出して夕食の支度が始まった。
昨日は和食だったのに対して、今日の夜は洋食らしい。
特にお腹が空いているわけではないけど、食べないと色々と言われる。
それは面倒なので、僕は少しだけ食べることにした。
4-18「英国軍代表&自殺嗜好者」
ヴィルヘルムside
数刻前。
ある程度訓練は終わり日も沈み始めた。
シャルル・ペローと共に宿泊所へ戻るのは癪なので時間を潰していると、その男は気配を消して歩み寄ってきた。
ヴィルヘルム「何の用だ」
背後にあった木に問いかけるも、返事はない。
ヴィルヘルム「用がないなら行くぞ」
???「あぁ、待ってください。ちゃんと用がありますから」
そんなことを言いながら、男は木影から姿を現した。
太宰治。
元ポートマフィア五大幹部が一人にして、現在は武装探偵社で働いている“異能無効化”を持つ青年。
会議の時には此方の考えを見事に読み、本題に入らされた。
頭の回転が速いのはすぐに判ったが、中々本心が読めない男だ。
今現在も何を考えているのか分からない。
太宰「いやぁ、あれだけ連戦しても疲労ひとつ見えないのは凄いですね。流石は英国軍の責任者の一人といったところでしょうか」
ヴィルヘルム「貴様も知っての通り、私は狙撃がメインであまり動いていない。持ち上げる相手を間違えているぞ」
太宰「それで本題に入るんですけど━━」
此方の話は無視か。
太宰「グリムさんが異能者じゃないというのは本当ですか?」
ヴィルヘルム「……あぁ」
太宰「そうなんですね」
そんなことを聞きたかったのか、この男は。
先程までの印象がガラリと変わりそうだ。
太宰「“敵を欺くにはまず味方から”ということわざ知ってます?」
ヴィルヘルム「“孫子の兵法”だな。あれはなかなか面白かった」
それで、と私は近くの岩へ腰掛けて銃の手入れを始める。
ヴィルヘルム「私が本当は異能者じゃないか、と疑っているんだな」
太宰「えぇ、まぁ」
ヴィルヘルム「……ルイスが云っていただろう、私が異能者ではないと」
太宰「コナンさんからも聞いています」
ヴィルヘルム「じゃあ何故疑う?」
太宰「私は森さんみたいに軍については詳しくないので調べました」
ヴィルヘルム・グリム。
齢43の男性。
裕福な家庭に生まれ、両親と兄の四人家族だった。
大戦中、20代というのにも関わらず大将にまで上り詰めた。
そして現在も英国軍責任者として、その席に身を置いている。
ヴィルヘルム「よく調べたな」
太宰「此処までが表で出た情報です」
ヴィルヘルム「……兄について調べたんだな。私があの地位に就いて何をしたかったのか」
太宰「私みたいな黒い過去なんて出てきませんでしたが、お兄さんを助けるためにあんな制度を作るなんて凄いですね。普通に尊敬しましたよ」
ヴィルヘルム「貴様のような人間がそう簡単に人を尊敬するとは思えないが」
少し彼の方を見ると、光のない笑みを浮かべていた。
真っ黒だな。
父よりもマシに見えるのは、アレが肉親だったからか。
ヴィルヘルム「それで、貴様は何が言いたいんだ。銃の手入れも終わるし、私はそろそろ帰るぞ」
太宰「幼い頃に誘拐されてますよね」
--- 表向きでは ---
太宰「実際は父親に売られてますね、母親と共に」
ヴィルヘルム「……確信に変わったのはそこか」
銃の手入れは終わった。
私は少し考えてから、口を開く。
ヴィルヘルム「私のことを誰かに話したか?」
太宰「いえ」
ヴィルヘルム「なら、そのまま話さないでおけ。俺が異能者ということも、異能の効果も。全てシャルル・ペローしか知らない」
太宰「……ルイスさん達が嘘をついていない気がすると思っていたんですが、実際にそうなんですね」
“敵を欺くにはまず味方から”というのも隠していた理由の一つだ。
ヴィルヘルム「異能は父を、研究所の日々を思い出す。実際、使える効果でもない。何故なら━━」
異能を説明すると、男は笑った。
太宰「あれ、グリムさんの異能だったんですね」
はぁ、と私は思わずため息をつく。
そうだった。
太宰治という男は“異能無効化”の持ち主だった。
太宰「充分使えると思えますけどね。私の知らなかった部分を聞いた感じ」
ヴィルヘルム「……。」
太宰「そんなに睨まなくても、誰にも話しませんよ。ただ何か“お願い”をしたい時にチラつかせるかもしれませんけど」
最低だな、とだけ告げて私は宿泊所へ向かった。
4-19「戦争と平和」
ルイスside
いつも通り眠れないのは変わらず、わざわざ城のような建物に来ていた。
ここが、アリスの育った場所。
探せば地下の研究施設の入り口もあるんだろうけど、何かあったらいけない。
すぐ動けるように、とは思いながらもフラフラと建物に入ったりしていた。
ルイス「〜♫」
この曲は、僕が元いた世界の曲。
そうアリスが教えてくれた。
平和な世界らしいけど、どんな場所だったのかな。
ルイス「何か用かな、福地さん」
福地「用という用はない。ただ、こんな夜中に何処に行くのか気になってな」
ルイス「ただの散歩だよ」
ふぅ、と僕は息を吐いて指を鳴らす。
ルイス「用はないのに小一時間、声も掛けずに尾行するっておかしいでしょ」
福地「言われてみるとそうだな」
やってきたのは勿論|異能空間《ワンダーランド》。
今朝からずっと、何か話したいのかタイミングを見計らっているのには気づいていた。
まぁ、色んな人と話したり寝たりしていてガン無視していたけど。
福地「儂と同じく戦神と呼ばれたルイス・キャロル。君は、戦争をどう思う?」
ルイス「……唐突だね」
戦争、か。
ルイス「殺人が正当化され、正義と正義がぶつかり合う……。うん、ただただ恐ろしいものだよ」
福地「そうか。……儂も“殺す側”として戦争の恐ろしさを知った」
ルイス「“殺す側”、ね」
ふわふわと浮かぶ椅子と机。
多分この人はお茶会って感じじゃないよな、と僕はいつか貰った日本酒を用意する。
ルイス「当時の僕には“戦う”以外の選択肢がなかった。でも、福地さんはそんなことなかったんじゃないの?」
福地「仲間が戦場に立っている中、儂だけ安全な場所にいるわけにはいかない」
ルイス「そっか。それで本題は何?」
福地「……世界平和のためには、何が必要だ」
日本酒を飲みながら、彼は言った。
終わらない平和、なんてありえない。
争いがなくならない限り、そんなものは訪れない。
ただ、福地さんの目を見ていると少し考えてしまう。
ルイス「━━結局軍を動かすのも、意見がぶつかり合うのも国家だ。簡単な話、国家が消滅すれば良い」
福地「……。」
ルイス「国家が消滅しなくとも“各国国軍に直轄司令可能な司令型を認める”みたいな特別条例が追加されるのもいいだろうね。欧州で管理されている異能兵器“|大司令《ワンオーダー》”を使えば簡単だろう」
信用があり、誰もが憧れる世界的な英雄。
それこそ“福地桜痴”が一番持つに相応しい。
ルイス「個人が世界の軍を所有するのは、どうかと思うけどね」
4-20「未来を視る者たち」
ルイスside
福地「……国家消滅、か」
しばらく続いた静寂を破ったのは、そんな一言だった。
こんなのは夢物語だ。
世界的に問題視されるテロが起きることなんてそう無いし、欧州が簡単に|大司令《ワンオーダー》を出すわけがない。
福地「結局、世界平和のための犠牲が必要になるのは変わらんか」
ルイス「……何を視た━━否、知ったかは判らないけど、莫迦なことはやらない方がいいよ」
福地「……!」
ルイス「“百面相の男”も歳を取ったね。僕みたいな莫迦でも何をしようとしているのか判る」
福地「儂の思考を読めている時点で莫迦ではないな」
明るい性格に見えたけど、結構クロだな。
福地「それで、儂が何を考えていると?」
ルイス「“雨御前”の未来予知で知ったずっと先の未来を変えるために、戦争を止めるために計画を立てて━━否、進めているね」
僕に聞いたのは、もっと良い方法がないか知りたかったから。
でも、同じ考えだったのかな。
ルイス「戦争を命じるのは国家だから、凡て消滅しようとする。大量の殺戮を以て平和を成す。正義と悪を同時に行うだなんて━━」
机が斬り飛ばされ、日本酒も床に広がる。
やっぱり、|異能空間《こちら》で話して正解だった。
僕はギリギリのところで剣を避けた。
此処は色々と歪んでいるから“雨御前”で時空を越えることはできない。
福地「流石は儂と同じく戦神の名を貰った男だ。手加減はしたが、普通に避けられてしまうとは」
ルイス「……もう一度だけ云う。莫迦なことはやらない方がいい」
福地「まだ三十も生きていない若人に何が判る」
ルイス「未来」
福地「それは儂もだ」
ルイス「幾つも経由して得た未来じゃない。純粋な未来を鏡は教えてくれる」
鏡を出して、僕はイメージする。
このまま彼が計画を進めた先にある未来を。
ルイス「……!」
途中に見えた未来に、僕はその先を見ることを止めてしまった。
福地「それは……」
ルイス「福地さんが計画を完遂させるよりもずっと前に━━」
--- レイラが無差別異能攻撃をする ---
4-21「或る戦神は重ねる」
福地side
福地「何故レイラが……」
ルイス「そんなの僕を、アリスを表に出させるために決まってるだろ!」
“赤ノ女王”が居ないからなのか、動揺しているからなのか。
映し出されている未来は断片的で、いつ起こるのか予想しにくい。
今は待っていた方がいいか。
ルイス「……居たッ!」
|英国《イギリス》|倫敦《ロンドン》|時計台《ビック・ベン》。
彼方の時計でちょうど12時、正午にレイラがいたのが儂も見えた。
すぐに映像は切り替わってしまったが。
ルイス「今の時間なら日本は朝。乱歩は携帯を充電し忘れることが多い。でも、社で寝泊まりしているだろうから固定電話に掛ければ出るはず。ただ乱歩が無差別異能攻撃の開始日と時刻を当てたとしても止める方法が━━」
福地「落ち着け」
ルイス「……!」
福地「頭の回転が速いのは素晴らしいことだが、焦りは最善の未来を逃すぞ」
青年は鏡をしまい、深呼吸をする。
福地「とりあえず君の言う通り小僧に連絡を取ったら良い。今の儂は“猟犬”として“死者軍の女王”をどうにかする為に来ている。不意打ちなどはしない」
ルイス「……さっきまでの話は無かったことにしよう」
ルイスがそう言うと同時に現実世界へ戻った。
まだまだ日が昇る気配はない。
ルイス「ただ、僕は抗うよ。“大切な者を守ること”が今の僕の最優先事項で、揺るがない想いだ」
福地「……。」
『なあ福沢、何でも願いを一つ叶えると言われたら何を願う?』
『そうだな……俺は親しき人を守る強さを願う。お前は?』
『俺は世界平和を願う!』
福地「━━儂と相容れないのは運命、か」
ルイス「……?」
福地「君なら理解してくれるだろうと……共に戦ってくれると、思っていた。だが、抗うと云うならそれでも良い」
今は、|目の前の敵《死者軍の女王》を。
福地「また後ほど会おう」
そうして儂は宿泊所に戻った。
やはり、ルイス・キャロルは見ておかないといけない存在か。
テロ計画の立案者は魔人だ。
その魔人と全く同じ考えをしていた彼は、莫迦なんかじゃない。
福地「……恐ろしいな」
魔人、小僧、太宰治、ルイス・キャロル。
同じ時代にこれほど高い頭脳を持った人間が揃うとは、本当に恐ろしい。
4-22「鳴り響く電話」
ルイスside
乱歩『整理するよ?』
ルイス「あぁ」
乱歩『一つ目。“|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》”で見た未来でレイラが無差別異能攻撃を行っていた。数ヶ国へ同時に死者軍が現れて世界滅亡みたいな感じ』
ルイス「断片的に見えただけでも日本、英国、米国があったね」
乱歩『ニつ目。自分達で決着をつけることが、レイラを殺す覚悟ができたから此方で考えていた作戦を全て白紙にした』
ルイス「う、うん」
乱歩『三つ目。僕の睡眠を邪魔した』
ルイス「申し訳ありませんでした」
帰ってきたら駄菓子詰め合わせね、と乱歩は電話越しで笑っていた。
乱歩『僕もその映像見たいんだけど』
ルイス「また同じ映像が観れるとは限らないけど……」
乱歩『日付に関する何かが判るかもでしょ。ほら、早く帰ってきて』
そうだった。
僕、異能ですぐに帰れるんだった。
確か探偵社は更衣室に鏡があったはず。
乱歩「おかえり〜! どうせなら社長も連れてきてくれたらよかったのに!」
ルイス「いや、普通に寝てるだろうから━━」
乱歩「早速だけど未来を見せて!」
声色は明るく、上機嫌に見える。
けれども綺麗な緑色の瞳は真っ直ぐと僕を貫いていた。
無差別異能攻撃。
レイラが行おうとしていることを、本気で止めようとしている。
ただ、一つだけ気になることがあった。
何故《《そんなこと》》をしている。
あの時、僕は何処で何をしていた。
乱歩「……。」
僕は、生きているのか?
乱歩「ルイス」
ルイス「……どうかした?」
乱歩「この映像━━」
乱歩の声を遮るように、僕の携帯が鳴り響く。
ルイス「安吾君?」
乱歩「すぐに出て!」
ルイス「う、うん」
安吾『ルイスさん! 無事繋がって何よりです。今すぐテレビを見ることは可能ですか……!』
乱歩は走り、事務室のテレビを点ける。
普段ならニュースなどが映るが、今は砂嵐が流れていた。
たまに途中、腰掛ける一人の姿が見える。
ルイス「れ、いら……?」
映像の乱れが無くなり、何処かの部屋が映し出される。
画面中央には椅子に座っているレイラ。
安定したことを知ったのか、彼女はゆっくりと立ち上がりお辞儀をした。
レイラ『ご機嫌よう、莫迦で無能な一般人の皆様』
4-24「後悔」
ルイスside
放送が終了した。
沢山の人の力によって隠されてきた真実が━━もう忘れるべき過去が、明かされた。
テレビは元々放送していたニュース番組へと戻り、今起こったことを取り上げている。
流石はメディア。
情報の発信が早いし、的確だ。
ルイス「……。」
どうやら動画配信サイトでも流れていたらしく、わざわざ字幕まで付けていて世界中の人があの放送の内容を理解した。
あっという間にSNSで拡散されていて、最後の“貴方”が誰かの考察がされて居場所の特定が進んでいるようらしい。
乱歩「ルイス……!」
意外と僕は冷静で、このままどうにかなると思っていた。
けれど、そんなことはなかった。
状況を全て理解できたかと思えば、床に座り込んでいる。
ルイス「は、ははっ……」
やっぱり、僕は戦場で死んだ方が良かった。
英雄として人生の幕を閉じた方が良かった。
もう、笑うことしかできない。
安吾『すみません、配信場所の特定は妨害されていて━━』
乱歩「いや、それは仕方がない」
安吾『……! 乱歩君ですか!』
乱歩「とりあえず“ヴァイスヘルツ”にいる皆に連絡を取って。色々あって作戦を一から練り直さなくちゃいけないから━━」
安吾『此方に出来るベストを尽くします』
安吾君の通話が切れると同時に、アリスがやってきた。
床に座り込む僕を見つけると抱きしめてくる。
ルイス「……僕は、何度間違えればいいのかな」
僕があの時殺さなかったから。
レイラへのとどめに“ヴォーパルソード”を使っていたら。
ルイス「ごめ、なさい…、僕のせいで、みんな、皆が不幸に……っ」
アリス「貴方のせいじゃないわ!」
ルイス「決着をつけられなかったからこうして皆を巻き込んでる! 僕のせいだろ!」
アリス「違う! 全部、私のせいなのよ……!」
乱歩「……誰のせいかを話している場合じゃないよ。今、僕達がすべきことはルイスの見た未来を━━この世界を守る為に、最善を尽くすことだ」
とりあえず、と乱歩はワンダーランドに移動するよう僕達に云った。
4-25「猫の手も借りたい」
ルイスside
|異能空間《ワンダーランド》に来てから僕がやったことは、ぬいぐるみの山に埋もれること。
とりあえず落ち着くしかない。
何度もこういう経験をしているからか、数分埋まっていれば落ち着くことはできた。
アリスも僕みたいにこの世界の何処かで一人になっている。
けれども、会議の準備は進んでいた。
前のエリアを使えば良いし、人を呼ぶのはチェシャ猫がやってくれる。
そのお陰でこうして埋まっている間にも会議は進んでおり、乱歩が多分僕の見た未来のことを説明している。
乱歩「あ、もう大丈夫そうだね」
ルイス「うん」
思っていたより会議に参加しているメンバーは多い。
シャルル「ルイス」
ルイス「あ、あの━━!」
シャルル「謝る必要はない。私やコナンのことはいつか明るみになると思っていた」
コナン「そうだ。時期が早まっただけだからお前は気にするな」
シャルルさんは僕を抱きしめた。
溢れそうな涙が流れて、服を濡らす。
ポン、とコナンさんも優しく僕の頭に手を乗せた。
乱歩「……話を戻すけど、日本“横浜”に英国“倫敦”、米国“紐育”の三ヶ所は判っているけど後二つの手掛かりがない」
森「後手に回るのは良くなさそうだから死者軍の現れる場所の目星をつけたいんだけど━━」
輝子「そもそもレイラの云ったことが何処まで信用できるか、というところだな」
確かにそうだ。
100人の死者軍が五つと云っていたけれど、五ヶ所に現れるとは限らない。
福沢「太宰、あの放送で云っていた何処までが本当だと思う?」
太宰「後ろに魔人がいるなら、全て事実を語っていそうですけど……本当に500人も手数があるのか、ってところですかね」
シャルル「英国軍異能部隊だけでも100近くの異能者が大戦で死んでいる」
ヴィルヘルム「それだけではない。10年という縛りはあるものの、情報さえあれば使役できるならば今も手数は増えていると考えた方がいい」
ルイス「……実際、四年前に死んだと風の噂で聞いた|軍人《ジイド》と戦った」
福地「軍人ならば政府で情報が管理されている。全世界放送をするぐらいなのだから、その程度の情報を盗み見るのは簡単だろうな」
安吾「とにかく、あの数字はハッタリじゃないということですね。此方の人数を見ると、圧倒的に手数が足りない……」
森「本当、猫の手も借りたい状況だね」
夏目先生なら、と福沢さんと森さんの声が重なった。
4-26「貸しを返してもらう」
ルイスside
中也「後手に回りたくないのは判るんですけど、今回ばかりはどうしようもない気が……」
コナン「俺も同意だ。どちらかと云うと、もう“どれだけ戦力を集められるか”だろ。俺達だけでどうにかすべき問題じゃなくなったんだから」
確かにコナンさん達の云う通りだ。
レイラの存在は全世界に知れ渡った。
紅葉「横浜は私らが。欧州は|英国軍《そちら》どうにかするとして、とりあえず米国に当てはあるのかえ?」
ヴィルヘルム「……“時計塔の従騎士”は動かないだろうな、確実に。“|組合《ギルド》”はどうなっている?」
種田「解散となっているが、実際どうなっているかは不明だ」
ルイス「ハーマンの人望ならメンバーは集まるだろうね。過去の“組合”は《《ああ》》じゃなかった」
これで現時点で分かっている三ヶ所は大丈夫。
残り二ヶ所が欧州なら無理やりにでも“時計塔の従騎士”を動かせるけど━━。
太宰「中国や露西亜だった場合、ですかね。残りの問題は」
中也「……誰も助けに入れないのか」
ルイス「万事屋の時の“貸し”が多少ある。それに僕本人が国にいなければ動いてくれるさ。さっき太宰君が上げてくれた二つは、両方ともそういう国だからね」
???「君が動かずとも、もう確実に動くようにしたから大丈夫だよ」
そんな声が聞こえ、僕は振り返る。
マッドハッター「あの放送の後、すぐに“時計塔の従騎士”が対応しなさそうな国を回ってきた。軍と異能者は配置するって」
三月ウサギ「色々と情報をくれてはいたけどぉ、あの放送は予想外らしくてさぁ……。本当にごめんねぇ。それと大丈夫……?」
ルイス「うん、大丈夫だよ」
おかえり、と僕が笑うと三月ウサギは抱き締めてきた。
駆け寄ってきた勢いに思わず倒れてしまう。
珍しくマッドハッターも僕を抱き締める。
森「……本当にフョードルが協力してくれているんですねぇ」
福沢「私も未だに信じられない」
国木田「そういえば、放送のことは本当に予想外だったのだろうか」
太宰「絶対に知ってたね。魔人自体、協力関係を結んだとしても信用できない相手だし」
中也「ま、手前も殺されかけたからな。眠り姫がどうのこうの云ってた時の毒って魔人だろ?」
太宰「あの時は果物ナイフで刺されてねぇ……本当に痛かったのだよ? あ、そういえば私の顔を殴ったお礼がまだだった!」
中也「あれは今まで俺にしてきた嫌がらせをやりかえしたとしても、1%にも満たねぇだろうが!」
敦「あぁ、また喧嘩してる……」
芥川「未だに慣れていないのか、愚者め」
敦「慣れたは慣れたけど、こんな時にまで喧嘩するとは思わなかったんだよ。あと愚者って云うな」
4-27「提案」
ルイスside
双黒が喧嘩をしている間も、僕らは床に寝そべっていた。
マッドハッターも三月ウサギも離してくれない。
アリス「そんなこと云って、貴方も嫌じゃないんでしょう?」
ルイス「……アリス」
心配かけたわね、と彼女はしゃがみこむ。
アリス「もう大丈夫よ。相変わらずレイラが何をしたいのかは、判らなかったけれど」
三月ウサギ「そうなんだよぉ!」
マッドハッター「レイラの目的が全く判らないから手の打ちようがない、とフョードルは云っていた」
三月ウサギ「とりあえず信頼を得るところから始めるってぇ」
さて、と僕らが起き上がる頃には双黒の喧嘩が落ち着いていた。
正確には中也君の首元を紅獣が咥え、太宰君はロープでぐるぐる巻きにされていたけど。
福地「とりあえず死者軍に主要国は対応可能ということでいいな?」
マッドハッター「あぁ。……自己紹介がまだだったな。帽子屋のマッドハッターだ」
三月ウサギ「同じく三月ウサギだよぉ! 本物の福地桜痴だぁ! “生きる伝説”! “サムライの国の戦神”!」
福地「がっはっは! “サムライの国の戦神”という呼ばれ方は英国ならではだな」
同じ“戦神”という二つ名ではあるけれど、僕と福地さんでは実績が違う。
人狼やら吸血鬼やら。
幾度も世界の危機を解決して神刀“雨御前”を下賜されている。
彼は、本物の英雄だ。
太宰「ムグムグ」
シャルル「そろそろ縄を解いてやれ、ヴィルヘルム」
ヴィルヘルム「此奴、頭は良いが其奴と合わさると面倒くさいから嫌なんだが」
乱歩「話し合いに太宰はいた方がいい」
ヴィルヘルム「……そうか」
太宰「ゴホン。一つ思ったんですけど、アリスさんはギリギリまで|異能空間《ワンダーランド》に入ってません?」
国木田「おい太宰、今さっき手数が必要という話をしたばかりだろう。帽子屋のお二人のお陰で解決したとはいえ、不死の軍団相手にアリスさんがいないというのは━━」
太宰「まぁ、そうなんだけどね。アリスさんの戦闘能力はルイスさんと同等だし、勿論前線にいてほしい。でも敵は、お二人が別で行動できることを知らないんじゃないですか?」
--- アリスに代わりなさい。 ---
--- そうすれば貴方は傷つかずに済む。 ---
ルイス「……太宰君の言う通りだ。僕らが戦った時点では知らない可能性が高い」
アリス「なら、暫くはこの身体をしまっておいた方が良さそうね。また借りるかもしれないわ」
ルイス「もちろん」
徐々に決まっていく動きに、少し安心してきた。
このメンバーとなら上手くいく。
確信を抱けるほどの安心ではないけれど、やるべきことに集中できそうだ。
4-28「貴重な能力」
アリスside
ねぇ、と私は少し手を挙げる。
アリス「レイラの目的なんだけれど、とりあえずは私を殺すことだと思うの。だから、基本的には私が狙われて━━」
太宰「いや、逆にアリスさんと話す場を作るために周りから消していくでしょうね」
アリス「……!」
ヴィルヘルム「何故そう思う?」
太宰「私ならそう入れ知恵するから」
ルイス「……魔人君か」
確か今、レイラ達の所には魔人君がいるのよね。
確かに彼なら、そんなことを吹き込みそう気もする。
そして実際、世界へ死者軍を放とうとしているもの。
ルイス「大切な仲間が死ねば、僕は崩れるだろうからね。関わりが深ければ深いほど」
アリス「そして私が出ざるを得ない状況が作られる、か……。アーサーとエマのお陰で猶予が出来たけれど、魔人君の知恵が足されるのは少し厄介ね」
敦「あ、あの……こんな言い方は変かもしれないんですけど、真っ先に狙われるかもしれない人っているんですか?」
ルイス「僕の中で別に順位とかはないけど━━」
コナン「決まってんだろ、そんなの」
--- 潰すなら俺から、でしょう? ---
コナン「正確には俺と与謝野さんだけどな。ルイスの想いを優先するなら、敵は俺達を優先で狙う筈だ」
芥川「……治癒能力か」
与謝野「二人きりの時にちょっと話してねぇ……妾もコナンさんも多少なら戦えるし、治療することが出来るから現場にいた方がいいだろう?」
ヴィルヘルム「駄目だ。両方駆り出すわけにはいかない」
コナン「じゃあ与謝野さんは拠点に残ってくれ」
与謝野「……まぁ、そう云う話だったからね」
コナンさんだけ戦場に来る。
それならグリムさんも納得しているようね。
シャルル「……本当にいいのか、コナン。前線に立つと云うことは━━」
コナン「異能は凄いが、便利な道具ではない。使えば疲労は溜まるし、俺と違って瀕死しか治せないなら心身共に大変だろう」
だから、とコナンさんは微笑む。
コナン「……だから、俺が行くんだ」
乱歩「判った。じゃあ与謝野さんは拠点待機にしよう」
コナン「悪いな、名探偵君。俺の我儘で少し予定が狂っただろ」
乱歩「気にしないで大丈夫だよ。ルイスのせいで考えてたのは一旦白紙になったし」
ルイス「いや、本当にごめんって」
ルイスのせい、ね。
つまり乱歩君はルイスが乗り越えることを読めなかった。
まぁ、私も予想していなかったもの。
乱歩「じゃ、ひとまず解散でいっか」
時差凄いし、と乱歩は“ヴァイスヘルツ”にいた人達を見て云った。
4-29「夜空に浮かぶ満月」
詰め込みDAY
No side
福沢「……まだ時差で身体がおかしい気がする」
乱歩「えー、本当に大丈夫?」
“ヴァイスヘルツ”にいた者は朝起きたら謎の放送がされており、急いで会議に入った。
あっという間に時が過ぎた、と思っていたが日本はもう夜になっており体内時計が狂っている。
この調子で戦いなんて出来るのか、聞かれたとしても殆どのものは戦えると答えることだろう。
夜通し戦うよりかは、幾分もマシと思ってしまう。
乱歩「全員帰らせたけど、もしルイスの見た未来から変わって日本時間の零時丁度に襲撃が来たらどうする?」
福沢「どうもしない」
乱歩「社長ならそう云うと思った」
わざわざ社長室に来て、と乱歩は頬を膨らませる。
福沢と乱歩は探偵社の中でたった二人だけ、家ではなく社へ送ってもらった。
何故なら、乱歩の言う通り零時ちょうどに死者軍が街中へ現れようものなら、自身がすぐに駆け付けられる。
福沢はそう考えたのだ。
福沢「……どうなるのだろうな、この戦いは」
場所は変わりポートマフィア首領執務室。
森はいつも以上に巡回を増やすように指示を出し、何か異変が起こればすぐに動けるようにしていた。
エリス「リンタロウが戦場に立つ理由はないんじゃないの?」
森「……確かに最適解ではないよ、エリスちゃん」
実際、英国軍の手解きを受ける必要もなかった。
執務室で仕事をしていた方が良い時間の使い方と云えよう。
しかし、最適解ではないと分かっていても森は“ヴァイスヘルツ”へ行くことを選んだ。
森「実際に戦うのは大戦で亡くなったとはいえ、手練れの戦士達だ。今を生きる|英国軍《彼ら》の手解きを受けられるのは有意義な時間だったよ」
エリス「ふーん……」
森「それに、福沢殿へ背中を任せるのも久しぶりに良いかと思ってね」
エリス「てっきり私はルイスの行く末を見たいかと思っていたわ」
行く末、と森はエリスの言葉を繰り返す。
エリス「ルイスは大戦を生き抜いて、万事屋として活動を続けて。今はユキチのところ━━探偵社にいるじゃない? どうやって過去の因縁にケリをつけるか。そして、この先どう生きていくか」
森「まるでエリスちゃんはルイス君が勝つみたいに云うね」
エリス「リンタロウも知っての通り、私は“セッテイ”されているから貴方の思っていることしか云わないわ」
何か云おうとして、森は諦めたように首を振った。
そして空に浮かぶ月を見ながら、明日を待った。
辻村「結局待ち構えるしかないんですか!?」
特務課の一室に、そんな辻村の声が響き渡った。
他の特務課メンバーも彼女のように表に出しているかは様々だが驚いていた。
種田「“明日”としか情報がないからな。時間は不明なうえ、何時と云われても《《どこの国の時刻》》か判らない」
辻村「た、確かに……」
種田「とりあえず儂らは情報がメインになる。各国との連絡を取りながら、犠牲者をなるべく出さないようにしようか」
はい、という声が部屋に響き渡った。
辻村「……あれ、そういえば先輩は?」
安吾「……はぁ」
安吾は悩んでいた。
この扉を開けるべきか否か、ここ数分悩んでいた。
悩んでは結論に至らずため息を吐く。
そんなことを、何度か繰り返していた。
ある路地裏の、ある地下のバー。
ルイスの報告で《《彼》》がいたということは、そういうことだ。
安吾「━━よしっ」
覚悟の決まった安吾はその扉を開ける。
その店では古いジャズが、微かに流れていた。
階段を降りて、降りて、降りて。
その先に広がるのは柔らかい空気に、絞られた照明。
淡い橙色の光が、壁に並んだ空のボトルを照らす。
年代物のカウンターとスツールは淡い飴色になり、木目が良い風合いに育っている。
安吾「さっきぶりですね、太宰君」
太宰「……。」
安吾「マスター、今日は僕も━━」
そこまで云って、安吾は口を閉じた。
ある二つの席に置かれていた蒸留酒の入ったグラス。
太宰の隣の酒には白いアリッサムの花が添えられており、其処は二人の友人が座っていた席。
置かれている酒も、彼がいつも飲んでいた銘柄の蒸留酒だった。
安吾「……失礼しますね」
一つ空けた席に座ろうとすると、安吾の胸元から銃が抜かれた。
席に座る頃には太宰が銃口を向けている。
太宰「……、」
ほんの一瞬。
一秒にも満たないほどの僅かな隙を安吾は見逃さなかった。
太宰が珍しく、瞠目してから言葉を紡いだのだ。
太宰「よく来たね、安吾。私がここにいるとは限らなかったのに」
驚かせた側になった彼は理由が勿論わかっている。
このように懐から銃を取られることは何度かあった。
だから毎回、弾を抜いてあったのだ。
しかし今日は《《実弾が入っている状態》》。
|安全装置《セーフティ》さえ外せば、いつでも太宰は自身を撃ち殺すことができる。
安吾「……太宰君の方こそ、僕が来ると限らなかったのに用意していただいたんですね。しかもお酒を」
太宰「別に一杯じゃ酔わないでしょ」
安吾「まぁ、そうですけど。車で来てたらどうするんですか」
太宰「飲酒運転で捕まってみたら?」
何とも言えない空気がバーを包み込む。
過去、二人の間にいた途切れた会話を全く違う話題で再開させる友人は、もういない。
マスターも何か云うわけではなく、昔のように微笑みながらグラスを磨いていた。
太宰「……はぁ。これ、返すよ」
銃がカウンターを滑り、安吾の前で止まった。
また、暫くの間どちらも何も発さなかった。
どう話を始めるのか。
久しぶりに思い出の場所で会ったからか、双方言葉が上手く出ないようだ。
からり、とグラスの中の氷がまわる音が静かな店内に響く。
太宰「ルイスさん、戦ったことがあったのかな」
安吾「戦場で有名だったのかと。英国と仏蘭西では日本よりも近いですし」
太宰「……安吾はどう思う━━」
--- 「「織田作(さん)が死者軍にいるか」」 ---
安吾「━━ですよね」
太宰「ミミック事件は特務課が全部証拠を消した。まるで何もなかったかのようにね」
安吾「僕も関わっているのでそれは確かです」
太宰「……織田作に勝てる人間はいないよ」
安吾「僕もそう思います」
あの時だって、と四年前を思い出す。
鞠に塗られた毒は五秒以上経ってから効果を発揮するもの。
そうでなければ彼の異能力で、触れない方が良いと気付かれてしまう。
あの戦闘能力に未来予知は合わせるべきではない。
安吾「織田作さん一人でミミックを壊滅させたようなものですし、もう一ヶ所攻撃場所が増えますかね?」
太宰「使役されていたら、増えるだろうね」
安吾「未来予知の異能者がいない場所に送るでしょうし……」
太宰「誰にも織田作は止められないよ。それこそ欧州の“焼却の異能者”とか“異能兵器”とかで、織田作のいる地域ごと消さないと」
安吾「ルイスさんに太宰君を送ってもらうとか……異能無効化なら効きますよね、きっと」
また沈黙に包まれる。
太宰「私達、どうして織田作を殺す話をしているんだろうね」
安吾「……ルイスさんも、こんな気持ちだったんでしょうか。ロリーナ・リデルを、大切な人を殺さなくてはならないんですから」
太宰「最悪、の一言で片付けられないぐらい不快だ」
グイッ、と二人はグラスの蒸留酒を飲み干す。
ふと視線をズラすと、そんな二人を眺める猫と青年の姿があった。
安吾「……ルイスさん」
ルイス「殺し合いとかしてたらどうしようかと思ったけど、意外と仲良くしてたね」
太宰「いつから居たんですか」
ルイス「最初から見てはいたよ。この場所に来たのは今さっき」
呼ばれちゃって、とルイスは猫を撫でた。
ルイス「死者は普通に戦っても殺せない。レイラと同じで時間が経てば完全回復さ」
安吾「時間稼ぎにしかならない、ということですね」
太宰「もう私の異能が効くかどうかで戦況が変わりすぎる気が……」
ルイス「正直なこと言っても良いかな?」
太宰「……何ですか」
ルイス「死者軍がレイラを倒した後に一緒に消えるとは限らない」
太宰と安吾は顔を見合わせ、ため息をついた。
死者軍に“ヴォーパルソード”は効く。
だから異能無効化も、と考えてはいるが確証がない。
それだけではなく、死者軍の攻撃は止まらない可能性もある。
安吾「詰んでません?」
ルイス「それがね、意外と行けるかもしれないんだよ」
太宰「……白虎ですか。そして空間をも喰らう黒と赤の獣」
ルイス「乱歩と相談して、戦況によってチェシャ猫や僕が移動させる。いちいち不法入国とかは云ってられないから、ヴィルヘルムさんがどうにかしてくれる予定」
安吾「此方でも手は回しておきます」
では、と安吾は立ち上がった。
送るよ、とルイスは鏡を用意する。
ついでに特務課の方へ顔を出しに行くことにした。
バーのマスターも一度裏に入り、店内には太宰と三毛猫の二人きりになる。
カウンターに並ぶは二つの空になったグラスと、花が添えられたグラス。
机に伏せ、太宰は白いアリッサムを眺めた。
目を閉じれば浮かぶ、グラスを持った友人へ問い掛ける。
太宰「……ねぇ、織田作。私は──」
4-30「街並を照らす太陽」
No side
マッドハッター「そうか……まだお昼過ぎなのか」
英国の或る路地裏。
そこに青年達はいた。
三月ウサギ「何か時間が狂うよねぇ。今日は特にあっち行ったりこっち行ったりしたからぁ」
チェシャ猫「お、お疲れ様です……」
マッドハッター「チェシャ猫もお疲れ様。大変だったでしょ、あの人達の相手は」
チェシャ猫「え、あ、いや、お二人に比べたら
全然……」
それにしても、とチェシャ猫は問い掛ける。
チェシャ猫「ど、どうなってるんですかあの人達は……!」
三月ウサギ「あの人達?」
チェシャ猫「英国軍の人達は朝から晩まで誰かしらと戦ってるし探偵社とマフィアはまだシヴァの一件でどんなか判ってたから驚かないけど猟犬とかいう意味わからないぐらい強い人が──」
三月ウサギ「ストップ一旦落ち着こう」
マッドハッター「意外と喋るよね、君」
チェシャ猫「い、意外と……?」
三月ウサギ「いやぁ、私達というか|皆《読者》が知ってるジョン・テニエルはもっと口が悪いしツンデレだからぁ。チェシャ猫は大人しくてオドオドしてるでしょ?」
チェシャ猫「な、なるほど……」
マッドハッター「チェシャ猫、お腹空いてる?」
チェシャ猫「え、えっと……」
その時、誰かのお腹が鳴った。
誰かはすぐに判断がつく。
何故ならこの場には三人しかおらず、顔が真っ赤になっているからだ。
マッドハッター「……そろそろ三月ウサギが限界だと思ってね」
三月ウサギ「う、うぅ……恥ずかしい……」
マッドハッター「話に行ってもクッキーとかのお菓子しかくれないからさ、実際ちゃんとした食事は暫く取ってないんだよね」
チェシャ猫「ほ、本当にお疲れ様です……」
三月ウサギ「もう無理ぃ! お腹空いたぁ! 動けない!」
チェシャ猫「え、えぇ……!?」
マッドハッター「ということだから、何処かすぐ入れるお店探してきてくれない?」
チェシャ猫「わ、判りました……」
チェシャ猫は路地裏を出て人混みに消える。
少しして、アーサーはエマの隣へしゃがみこんだ。
アーサー「明日で世界が滅ぶかもしれないね」
エマ「……そうだね」
アーサー「結局ロリーナと戦うのは彼らじゃなくなっちゃったけど、君は良かったのかい?」
エマ「アリスが決着をつけないとだから、仕方ないでしょ。それより私達のことを考えようよ」
どうする、とアーサーを鋭い視線が突き刺さる。
エマ「直接ロリーナを殺したグラムが相手で、私達はルイスと違う。復讐できるんだよ。それに唯一の生者であるグラムを失ったらレイラに隙が──」
アーサー「エマ」
エマ「……!」
アーサー「復讐は何も生まない。殺したところでレイラが異能で復活させるだけだ」
エマ「じゃあ、アーサーはグラムが生きてても良いの!? また逃がしでもしたら、彼奴は……!」
アーサー「そう、か……」
エマ「……アーサー?」
アーサー「殺したからと云って、復讐は完了しない。失ったものは戻らないから」
つまり、とアーサーは言葉を続けた。
エマは驚いて、何も云えなくて。
ただただ彼の空色の瞳を見つめることしかできなかった。
アーサー「もしも。そんなIFを可能にするのは“アレ”しかない」
二人の間を冷たい風が通り抜けた。
エマ「……終わらせよう」
アーサー「エマ?」
エマ「ルイス達が頑張ってるんだもん。私もそろそろ変わらないとだね」
アーサー「……僕も変わらないとだ」
エマ「全てに決着をつけて、二人で静かに暮らそうよ。昔、星が綺麗な夜に話したみたいにさ」
アーサー「……あぁ、そうだね」
二人は頭上に広がる雲ひとつない青空を見上げた。
同じ頃、彼も妖精達と空を眺めていた。
コナン「……昼間なのに眠いな。時差ボケか?」
ヴァイスヘルツにいたのに、とコナンは欠伸をする。
英国軍本部。
様々な建物があるなか、一般兵士では出入り不可能な特別な塔があった。
その中層にコナン・ドイルの仕事場はある。
コナン「ホント、上手くいくかねぇ……」
昼間で日が高く、日差しは暗い室内に入ってこない。
コナンの表情には影が差しており、一部の妖精が心配そうに肩や頭に腰掛けている。
好物であるスコーンを運ぼうと、窓から遠く離れた机で頑張る妖精もいた。
クイッ、とコナンの服の裾を引っ張った妖精が一人。
彼女のおかげでスコーンが床に落ちることはなかった。
コナン「気持ちだけ受け取っておく。ありがとな、皆」
シャルル「失礼する」
コナン「……あれ、珍しいですね。俺のところに来るなんて」
特に、とコナンはシャルルの奥にいる人影を見る。
シャルル「連れてきた」
ヴィルヘルム「……連行された」
コナン「お二人が来るなら片付けぐらいしとけば良かった」
シャルル「荒れてるな」
コナン「色々と実験してるもんで」
適当なところに座ってください、とコナンは紅茶を入れる。
どこに座るか悩むシャルルの視界に入ってきた妖精が、笑いながら椅子の方へ飛んでいった。
ヴィルヘルム「……何の実験をしてるんだ」
コナン「薬と毒ですよ、もちろん。ちゃんと人様に迷惑は掛けないことなんで心配しないでください」
ヴィルヘルム「“時計塔の従騎士”に目をつけられるようなことはするなよ」
シャルル「そう疑わなくたって良いだろう」
まだ何か言いたげなヴィルヘルムにコナンはため息をついた。
コナン「今は“それ”を読みながら異能について考えてるところですよ」
ヴィルヘルム「……“チャールズの日記”?」
シャルル「ヴァイスヘルツで異能実験を行っていた者の日記なんか出してどうしたんだ」
コナン「ちょっと気になることがあって。異能を植え付ける方法があるなら、その逆もあるんじゃないかって」
ヴィルヘルム「……!」
コナン「ただ、資料がもう二世紀ぐらい前のと同じぐらいボロボロで読むのも大変なんですよね。破れそう」
シャルル「それで、異能を無くす方法はあったのか?」
コナン「結果から云うなら、純粋な異能者は確実に無理でしょうね。そして“アトヅケ”の異能を無くすことも難しい」
シャルル「……そうか」
コナン「ただ、この日記の情報からの情報なんで──」
--- 本人に聞いたら、何か方法があるかも知れませんね ---
4-31「異界で過ごす虚像」
No side
全員を指定された場所に送り届け、|異能空間《ワンダーランド》は静寂に包まれる。
ルイス「……予想していた戦場と大きく変わりそうだね」
アリス「そうね。はじめは何処か──否、ヨコハマで全ての決着をつけると思っていたもの」
ルイス「乱歩もそれで作戦を考えていたっぽいよ」
アリス「それで、貴方はどうするの?」
ルイス「僕はレイラのいる場所に行くよ。彼女の相手が僕の役割だ」
そう、とアリスは振り返る。
ルイス「何処に行くの?」
アリス「少し一人になりたいだけよ。お互い、思うことはあるでしょう?」
ルイスは何も答えなかった。
その内にアリスは見えなくなるところまで歩いて行った。
アリス「思えば、ここに来たのはルイスを認識した時が初めてね」
初めは真っ黒で何もなく、暗闇そのものと表現できる場所だった。
けれど今のワンダーランドは明るく、様々なもので溢れている。
戦闘で避けきれそうに無かった銃弾や瓦礫。
ルイスが集めてきたぬいぐるみに、私の好きな本。
お茶会セット、色んな服、医療機器もある。
アリス「……ルイスに避けられたこともあったわね」
久しぶりに来た“何もないエリア”は、椅子がたった一つあるだけ。
ルイスの行く道を、いつもアリスは鏡で見守っていた。
アリス「あれが|ルイス《あの子》の意志だと云うのなら」
いつもと同じく見守るだけじゃいられない。
ルイスの決意を無駄にしないために、出来ることをする。
共闘は初めてで、少し緊張もしていた。
シャルルさんやグリムさんと少し戦った時は動けていたものの、レイラ相手だと死者軍も加えて何倍の相手をすることになる。
その中に、どれだけ見知った人と戦うことになるか判らない。
アリス「……。」
深呼吸をして、アリスは目の前にある椅子に座る。
アリス「絶対に死なせない」
決して、誰も死なせない。
残り少ない命を懸けて、想いをレイラに届ける。
アリス「……、」
パキッ、とアリスの身体が割れる音が聞こえた。
訓練で少し無理したからだろう、とアリスは目を瞑る。
お願いだから、明日まで待ってほしい。
死ぬのは、全ての決着が着いてから━━。
アリス「……ルイスはルパンに行ったのね」
ジイドがいたから織田もいる可能性は高い。
その場合、誰を当てるべきなのか考えてみるが、答えは浮かばなかった。
乱歩に任せよう、とアリスは宙を仰いだ。
少ししてアリスは勝手に頼んだりしていた服を見に行った。
明日、何を着るべきか。
動きやすいのはもちろん、武器などを仕込みやすい方がいい。
アリスも“不思議の国のアリス”を使えるが、鏡を介さないと難しい。
アリス「ま、普通にロングコートとかで良いわよね」
どうせ血で汚れるのだから。
そんなことを呟いたアリスの表情は、どんな時よりも暗かった。
五章「???????」
詳しくは此方(次の話)へ
https://tanpen.net/novel/c2250c02-b793-4354-b387-32b0f994044a/
番外編「壱周年おめでとわっしょいの会(???)」
天泣
「と、いうことで!」
ルイス
「どういうことかな」
天泣
「**壱周年おめでとわっしょい**の時間だよ☆」
ルイス
「解散」
天泣
「集合」
シーン…
天泣
「異能力“そして誰もいなくなった”ってね」
アガサ
「私の異能でふざけないでいただけます?」
天泣
「わぁ、このアカウントに一回も出てきてない人だ」
アガサ
「私、“あの女”呼ばわりされてますもの」
天泣
「文句はルイス君へ直接お願いします」
アガサ
「貴女でしょう、言わせてるのは」
天泣
「異能力“作者権限”!」
説明しよう。
異能力“作者権限”とは名前の通り《《作者権限で何でもありにするチート能力》》である。
ルイス
「変な異能で僕を呼ばないでくれ」
アリス
「本当よ」
天泣
「いやぁ、壱周年ですよ。一年前の天泣が冬休みの時みたいに毎日投稿してたのが懐かしいったらありゃしない」
ルイス
「物語的には一週間も経ってない不思議」
天泣
「色々あったよね、本当に」
ルイス
「まず僕━━というか、アリスの過去が明らかになったよね」
アリス
「因みに過去編が始まったのは`3-12「独房生活」`(7月19日投稿)で、`3-27「或る指揮官の思惑」`(11月1日投稿) までの十五話で一応完結したわね」
ルイス
「その期間なんと三ヶ月ちょっと」
アリス
「まぁ、週一投稿だとこんなものよね」
天泣
「一番面白いのは二章入る時には何もやらなかったところ」
ルイス
「どこも面白くないが???」
アリス
「三章の時は`番外編「三章突入記念特番」`で、四章の時は`番外編「四章突入記念小説(翠眼編)」`と`番外編「四章突入記念小説(紅眼編)」`だったかしら?」
天泣
「うん、最高に面白い」
ルイス
「だからどこが???」
天泣
「何となくタイトルのところ赤文字にしてるけど見にくいかな?」
ルイス
「目が痛くなりそう」
天泣
「ま、こんなん自己満足でしかないんだから何でもいいか」
ルイス
「聞いた意味は???」
アリス
「落ち着きなさい、ルイス」
ルイス
「帰っていいかな」
アリス
「“作者権限”で呼び戻されるわよ」
ルイス
「……面倒くさ」
天泣
「小ネタじゃないけど、章のタイトルが使われる時は「」が『』になってます」
ルイス
「あ、本当だ」
アリス
「変換間違いじゃなかったのね」
天泣
「変換間違いだと思ってたん?」
アリス
「天泣のことだから。ねぇ?」
ルイス
「それな」
天泣
「私の作ったキャラ達が酷い」
ルイス
「言わせてるのだーれだ」
天泣
「それは言うな」
ルイス
「で、もう帰っていい?」
天泣
「壱周年おめでとわっしょい要素がまだ無いんだけど」
ルイス
「いや、十分あるでしょ」
天泣
「いーや! 全然ないね!」
ルイス
「何だコイツ」
天泣
「やっぱりね、こういう記念系はみんな登場しないとだよね!!」
アリス
「それ、貴女が書くの大変になるだけよ?」
天泣
「やっぱり辞めます!!!」
ルイス
「辞めるの早すぎ」
アリス
「ルイスは好きな話とかある?」
ルイス
「え、僕たちが言うの?」
アリス
「なんか周年らしいことしないといけないのかと思って」
ルイス
「好きな話とか言われても、まだ完結してないんだよ? それに自分の物語に好きも嫌いもないでしょ」
アリス
「私は“〇〇&〇〇”シリーズ好きよ」
説明しよう。
“〇〇&〇〇”シリーズとは1月14日現在までに投稿されている以下の四つである。
`4-3「赤ノ女王&血荊ノ女王」`
`4-7「妖精使ヰ&死ノ天使」`
`4-9「狂狗&禍狗」`
`4-18「英国軍代表&自殺嗜好者」`
簡単に言うなら、
アリス&大倉輝子
コナン・ドイル&与謝野晶子
シャルル・ペロー&芥川龍之介
ヴィルヘルム・グリム&太宰治
という“オリキャラ×原作キャラ”です。
一対一で結構大事なことだったり話してるんで良かったらまた読んでみてください。
天泣
「分かりますかアリスさん!!!!」
アリス
「大切な人たちが仲良くしてるのは嬉しいわ」
ルイス
「僕全く関係ないやつじゃん」
アリス
「確かにそうね」
天泣
「一旦この四人で終わりの予定だけど、もしかしたら“〇〇&〇〇”シリーズはあるかもしれない」
ルイス
「僕ないもんね」
天泣
「いや、君は`4-13「幹部は心配性?」`と`4-14「或る重力使いは断言する」`が“〇〇&〇〇”シリーズに当てはまるでしょ。内容的にも、相手的にも丁度いい」
ルイス
「えー…」
天泣
「マッドハッターとか三月ウサギとか。あとはレイラ側もやりたいよね」
ルイス
「僕は?」
天泣
「しつこい」
ルイス
「異能力“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”」
アリス
「あら、ルイスが可哀想ね」
天泣
「私のせい?」
アリス
「別にそうは言ってないわ。とりあえず私も帰るから、他の人連れてきたらどうかしら?」
天泣
「君はこの小説以外をどれだけの文字数にするつもりだい?」
アリス
「最近全く出番のない帽子屋でも出したらいいじゃない」
天泣
「はーい」
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三月ウサギ
「久しぶりの出番すぎて忘れられてないか不安な三月ウサギだよぉ!」
マッドハッター
「対して全く心配していないマッドハッターだ」
天泣
「お二人とも久しぶりです」
マッドハッター
「最後に出たのは本編だと`2-14「或る帽子屋の悩み」`(4月19日)かな」
天泣
「いや、本当にごめんて」
マッドハッター
「大丈夫。僕は全く怒ってないよ」
三月ウサギ
「私は許さないけどねぇ」
天泣
「大剣構えて満面の笑みを浮かべないでください」
三月ウサギ
「ふふっ、最後に出たのが5月1日に投稿された`番外編「三章突入記念特番」`なことなんて全然怒ってないからねぇ」
天泣
「怒ってない人は大剣をこちらに向けてきまへん」
マッドハッター
「考えてみなよ、天泣。三月ウサギだよ? 元々正常じゃないんだよ?」
天泣
「そういう君もイカれてる設定だからね???」
マッドハッター
「設定とか言うなよ」
三月ウサギ
「私達のこと何ヶ月放置すれば気が済むのかなぁ?」
天泣
「そんな三月ウサギさんに速報です」
三月ウサギ
「ん、なぁに?」
天泣
「書き溜めを確認してきたところ、数話は出番はありませ((わぁお、大剣が飛んできた☆」
三月ウサギ
「どうせ“作者権限”で死なないんだから一回ぐらい良いよねぇ?」
天泣
「駄目です」
三月ウサギ
「お願い♡」
天泣
「そんな可愛く言っても無理なもんは無理!」
三月ウサギ
「よぉし! 覚悟はいいねぇ?」
マッドハッター
「三月ウサギ」
三月ウサギ
「……マッドハッター」
マッドハッター
「数話ということは、四章に出るのは確定しているということだろう。原作キャラなんかもっと放っておかれてるからマシだと思うよ」
天泣
「流石話の通じる男」
三月ウサギ
「ずっと怒っていたからアレなんだけどぉ、結局私達は何をすればいいのぉ?」
天泣
「おすすめの話とかある?」
三月ウサギ
「私達が出るところは全部だよぉ!」
天泣
「いや、もっと範囲を狭めてくれ」
マッドハッター
「やっぱり登場シーンじゃないかな?」
三月ウサギ
「確かにぃ!」
天泣
「というと`1-17「或る女王の心境」`のラストかな」
マッドハッター
「結構いい登場の仕方だったと思うんだけど、|読者《キミ》はどう思ったかな?」
三月ウサギ
「是非コメントしてねぇ!」
天泣
「まさかのコメント催促!?」
マッドハッター
「あとは、そうだね……。うん、ルイスのことをこれからも応援してくれたら嬉しいよ」
三月ウサギ
「目指せ伍周年!」
天泣
「無理だべ!? 弐周年を迎える前に完結or失踪しそうなのに!?」
帽子屋
「「失踪なんか許すわけないでしょ?」」
天泣
「わー、この人たち怖いー」
三月ウサギ
「弐周年で丁度完結したら綺麗だよね」
天泣
「ムズイこと言うなって」
マッドハッター
「とりあえずこの1週間2本投稿をどうにか続けなよ」
天泣
「といっても、四章はほぼ書き終わってるからね。この小説以外が入っているシリーズの100作品目が四章最終話になる予定」
三月ウサギ
「天泣にしては考えてるんだねぇ」
天泣
「一言余計でーす」
マッドハッター
「じゃあ、あとは五章がどうなるかなんだね」
天泣
「書き溜め次第ですな」
マッドハッター
「一回休みに入る可能性もあると」
天泣
「リアル次第としか言えませんな」
三月ウサギ
「四章は予約投稿しておきなよぉ? こんな駄作を読んでる人がいるとは思えないけどねぇ」
天泣
「うん、一言余計だ」
マッドハッター
「さてと、そろそろ僕たちは帰ろうか」
三月ウサギ
「そうだねぇ。にしても、本当にチェシャ猫はいいのぉ?」
天泣
「え、来てるん?」
三月ウサギ
「一応いるよぉ」
チェシャ猫
「あ、あの……ぼ、僕からは特に話したいこととかはありません……どうせサポート役なので表に立ちませんし……」
天泣
「挨拶ぐらいしていけば良いのに」
チェシャ猫
「い、いえ……い、移動手段として僕は帽子屋にいるので……」
マッドハッター
「そんなことはない、と。一応毎回言ってるんだけどなぁ……」
三月ウサギ
「こういうところも可愛いよね!」
マッドハッター
「この調子で他の人たちも呼ぶつもりなのか?」
天泣
「えー……なんか面倒くさくなっちゃった」
チェシャ猫
「そ、それで良いんですか……?」
天泣
「作者権限☆」
チェシャ猫
「つ、強すぎませんか……そ、それ……」
天泣
「にしても帽子屋個性強すぎじゃない?」
マッドハッター
「そうかな」
三月ウサギ
「そんなことないと思うよぉ!」
チェシャ猫
「そ、そうですよ……! べ、別に全員異能者なだけであって……お、おかしなところなんてない、ですよね……?」
天泣
「チェシャ猫が不安になっちゃった」
マッドハッター
「それじゃ僕たちは行くね」
天泣
「あ、うん。またねー」
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天泣
「ゴホン。“そして誰もいなくなりました”とさ」
チャールズ
「そうだな」
天泣
「…君ここにいて良いん?」
チャールズ
「知らん。呼んだのはそっちだ」
天泣
「呼んだ覚えはない」
チャールズ
「えぇ…」
天泣
「てか君、結局何者なん?」
チャールズ
「“ヴァイスヘルツ”の研究所の責任者であり、異能力者であり……一応、⁂⁂⁂⁂の⁂⁂だが?」
天泣
「うわぁ、凄いネタバレだぁ」
チャールズ
「適当に消しておいてくれ」
天泣
「そうしまーす。てか君、結構重要な役だよね。過去編の中では」
チャールズ
「まぁ、研究責任者だからな」
天泣
「アレしか出番ないの可哀想すぎる」
チャールズ
「出番くれ。番外編でも良いから」
天泣
「まぁ、気が向いたらってことで」
チャールズ
「書いてもらえないやつだな、これ」
天泣
「そういう日もあるさ☆」
チャールズ
「てか、ネタバレがあるならこれから登場しないと駄目じゃないか? 伏線全部回収するんだろ?」
天泣
「あとで回収できなかった伏線まとめとかにされるかも」
チャールズ
「……まぁ、そういう日もあるか」
天泣
「死んだる君をどう出せって話なのよな」
チャールズ
「それな」
天泣
「ということで、そろそろ5000文字行くから終わらせたい」
チャールズ
「じゃあ帰るな」
天泣
「おん、またね〜」
そうして天泣はボッチに━━
天泣
「ということで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!」
アリス
「四章も残りわずか。私達、そして皆の行く末をどうか見守ってちょうだい」
ルイス
「君達のコメント一つ一つが、僕達の力になる。だから、応援してくれたら嬉しいな」
天泣
「それじゃまた!」
番外編「五章前にちょっとしたご報告」
おはようこんにちはこんばんは!!!!
暫く更新停止します!!!!
理由は五章に向けて頑張るから!!!!
そして話が丁度シリーズ100話目だから!!!!
てことでね!!!!
うん!!!!
更新が止まるのはこのシリーズの本編だけです!!!!
番外編とかは色々投稿されるかも!!!!
だってフラグと言いますか!!!!
伏線が足りない部分が幾つかあるので!!!!
てことで一旦番外編が続きます!!!!
そしてシリーズが変わります!!!!
題名つけるのがダルい!!!!
だから、とりま「英国出身の迷ヰ兎(2)」で!!!!
文章力なさすぎて何を伝えたいのか分かんねぇよ、というそこの貴方!!!!
とりあえず大事なことは此方!!!!
「本編(五章)の更新は未定。
代わりに“間章”が(火)(金)の21:00に投稿される。
“間章”は物語の核心をつく話が沢山。
先にネタバレがある感じ…?」
ま、気が向いたらコメント下さい!!!!
不明点とかも答えます!!!!
それじゃまた!!!!
間章「迷ヰ兎ノ軌跡」
間章以降は此方↓
https://tanpen.net/novel/series/3781522c-c8c3-4eee-a305-4a1336251051/