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目次
プロローグ 1日の始まり
ミアレシティの夜が明けようとしています。再開発の工事音もまだ届かない、深い路地裏の奥。傾いた3階建ての屋根裏部屋に、小さな、けれど確かな四つの命がありました。
AM 5:30 お姉ちゃんの目覚め
まだ街が青白い闇に包まれている頃、一番に目を開けたのは長女のつばさでした。
4人が並んで使っているのは、中身が偏って少し硬くなった長い枕がひとつ。そして、つぎはぎだらけで薄くなってしまった古い毛布がたった1枚。
つばさは、自分に掛かっていたわずかな毛布を、隣で眠るしおんの肩にそっと掛け直しました。それから、らことこのみの寝顔を確認して、静かに立ち上がります。
「……よしっ」
小さく気合を入れ、冷たい床を素足で踏んで1階の台所へと向かいます。これが、しっかり者の長女であるつばさの、毎朝のルーティンでした。
AM 6:30 消えかけの火と「いつもの味」
台所には、今にも消えてしまいそうな小さな種火。つばさはその前にしゃがみ込み、大切に、大切に息を吹きかけます。薪も貴重なため、火を大きくすることはできません。
「……おはよう、つばさ」
階段から、目をこすりながらしおんが降りてきました。そのすぐ後ろには、このみがしおんの服を掴んで隠れるように続いています。
「おはよう、しおん。おはよう、このみ。二人ともよく眠れた?」
つばさが優しく微笑むと、最後にらこがドタバタと駆け下りてきました。
「おはよう、つばさ! 今日もいい匂いがするーっ!」
「おはよう、らこ。もう、静かにしないとしおんとこのみがびっくりしちゃうよ」
鉄のお鍋の中で躍るのは、わずかなお米と、たっぷりの水。
4人が生まれてから一度も欠かしたことがない、そして、**これ以外の食べ物を知らない、たったひとつの「ごちそう」**です。
AM 7:00 分け合う優しさ
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
つばさが、欠けたお椀に薄いおかゆをよそっていきます。
「……つばさ。つばさの分、少し少ないよ。私、半分あげる」
しおんが自分のお椀を差し出すと、このみも小さく頷いて、自分のお粥を分けようとしました。
「いいのよ。私はこれだけで力が出るんだから! みんながしっかり食べてくれないと、お仕事できないでしょ?」
つばさは毅然と言って、二人のお椀を押し戻しました。一人2杯分、薄くて白いスープのようなおかゆ。けれど、自分たちの手で火を熾して作ったそれは、彼女たちにとって何よりも温かい宝物でした。
AM 7:30 ミアレの街へ
ボロボロの靴を履き、つばさが扉に手をかけます。
「さあ、みんな! 今日も一日、元気に頑張ろうね。ポケモンセンターへ出発!」
「「「おーっ!!」」」
お腹がいっぱいになる感覚は知らないけれど、隣に大好きな姉妹がいる。
それだけで、4人の足取りは羽が生えたように軽やかでした。
朝日を浴びてキラキラと輝くプリズムタワー。
その足元にある世界一華やかな街へ、路地裏の4姉妹は今日も、しっかり者のつばさを先頭に飛び出していきました。
私たちの日常 制服
2階:お気に入りの場所と、大切なクローゼット
扉を開けて外に出ようとしたその時、三女のらこが慌てて声を上げました。
「待って~~!クローゼットの中にあるポケモンセンターの服着なきゃ!」
その声に、長女のつばさがハッとして足を止めます。
「そうだった!らこ、教えてくれてありがとう。私としたことが、気合が入りすぎて忘れちゃうところだったよ」
つばさは明るく笑いながら、みんなを連れて2階へと引き返しました。
2階の廊下には、壁際に積み上げられたたくさんの古い本があります。それは、しおんとこのみが仕事の合間や休日に何度も読み返している、二人のお気に入りの場所。文字がかすれ、ページが茶色くなった本たちが、静かに4人を迎えます。
その図書コーナーをそっと抜けた突き当たりに、そのクローゼットはありました。
ボロボロの家の中で、そこだけが魔法がかかったように綺麗に磨かれています。つばさがゆっくりと扉を開けると、中には4人分の**「ポケモンセンターの制服」**が、大切に、大切に並んで掛けられていました。
「わあ……何度見ても、やっぱり可愛いねっ!」
らこが目を輝かせて、自分の制服を手に取ります。
「……うん。この服を着ると、自分じゃないみたいに強くなれる気がする」
しおんが丁寧に制服のシワを伸ばすと、このみもしおんの隣で、ピンク色の生地を愛おしそうに撫でました。
魔法の制服に身を包んで
薄いおかゆしか食べたことがなくても、ボロボロの家に住んでいても。
この制服に袖を通すときだけは、彼女たちは「捨てられた子」ではなく、街の人々に頼りにされるプロフェッショナルになれるのです。
「よし! みんな、準備はいい? リボンも曲がってないかな?」
つばさが一人一人の襟元をチェックして、最後に自分の帽子をキリッと被りました。
「しおん、このみ、らこ。今日もミアレのポケモンたちのために、最高の仕事をしようね!」
「「「はいっ!」」」
クローゼットの鏡に映る4人は、さっきまでの「路地裏の女の子」ではありません。
誰よりも優しく、誰よりも輝く、ミアレシティ・ポケモンセンターのスタッフたち。
4人は今度こそ、胸を張って古い家の階段を駆け下りていきました。
私たちの日常 追いかけっこ
「よーし、準備万端! それじゃあみんな、ポケモンセンターまで追いかけっこだ!」
つばさが元気いっぱいに叫んで、ボロボロの家の扉を勢いよく飛び出しました。
「あはは! 負けないよ、つばさ!」
らこが風のようにその後を追いかけます。二人の弾けるような笑い声が、まだ静かな路地裏に響き渡りました。
「……あ、待って。つばさ、らこ、早すぎる……」
しおんが困ったように呟きながらも、その足取りはどこか楽しそうです。
「……しおん、行こう。遅れちゃう」
このみがしおんの手をぎゅっと引いて、二人の背中を追いかけて走り出しました。
ミアレシティの広い石畳。
朝の光に照らされた4姉妹の影が、楽しそうに重なり合いながら、大好きな職場へと向かっていきました。
私たちの日常 職場の朝
ミアレシティのメインストリートに面した、ひときわ大きく輝く建物。
**「ミアレ・ポケモンセンター」**の自動ドアが静かに開くと、朝の冷たい空気が心地よい花の香りに変わりました。
AM 8:00 職場の朝
まだ一般の受付が始まる前の、静かなセンター内。
4人は追いかけっこで少し上がった息を整え、それぞれの持ち場へと向かいます。
「ふぅ……! 1着は私だね! さあ、みんな、開店準備を始めちゃおう!」
つばさは少しだけ乱れた制服を整えると、受付カウンターの裏にあるモニターにスイッチを入れました。画面には、今日の診察予約リストがずらりと並びます。
「つばさ、早いよぉ。次は絶対負けないんだから!」
らこはそう言いながら、バックヤードからポケモンたちのための清潔なタオルを抱えて戻ってきました。
「私は奥のケアルームで、みんなを元気にする準備してくるね!」
裏方で支える「静」の朝
一方、しおんとこのみは、カウンターの奥にある調剤室と診察室へと向かいます。
「……このみ、こっちのシーツ、新しいのに替えておいたよ。掃除、手伝う?」
しおんが棚から薬のボトルを取り出しながら、このみに声をかけます。
「……ありがとう、しおん。私は診察室の機械を拭いておくね。……ほこりがあると、ポケモンたちがくしゃみしちゃうから」
このみは、自分のお気に入りの柔らかい布を手に取り、慣れた手つきでピカピカに磨き始めました。
姉妹の絆とプロの顔
ふと、つばさが妹たちの様子を見守りながら、受付のカウンターを優しく撫でました。
お腹は少し空いているけれど、ここには守るべき命があり、頼りにしてくれる人たちがいます。
「さあ、今日もたくさんのポケモンたちを笑顔にしよう!」
つばさの号令とともに、しおんが薬を整理し、らこがタオルを畳み、このみが床を磨き上げます。
ボロボロの家を出て、魔法の制服を着た4人は、もう誰にも「要らない」なんて言わせない、ミアレシティで一番頼もしいスタッフたちの顔になっていました。
「いらっしゃいませ! ポケモンセンターへようこそ!」
つばさの明るい声がロビーに響き、ミアレの一日が本格的に始まります。
私たちの日常 ミアレガレット 昼は忙しい
ミアレシティの昼下がり。街が一番の活気に包まれるこの時間は、ポケモンセンターも戦場のような忙しさになります。
PM 1:00 戦場のような忙しさ
「いらっしゃいませ! すぐに診察の手配をしますね。大丈夫ですよ、安心してくださいっ!」
つばさの明るい声がロビーに響き渡ります。ひっきりなしに訪れるトレーナーたちの対応をしながら、テキパキと指示を出していきます。
奥のケアルームでは、らこが傷ついたピカチュウを抱えて走り回っていました。
「らこ、そっちの包帯、私が巻くよ!」
「ありがとう、しおん! 助かるーっ!」
しおんは無言で、けれど正確な手つきで薬を調合し、次々と運んできます。
このみも、怯えるポケモンたちの背中をそっと撫でて落ち着かせ、スムーズに診察ができるよう陰ながら支えていました。
PM 2:30 遅めの昼休み
ようやくピークが過ぎ、4人は裏の小さな休憩スペースに集まりました。
テーブルに並ぶのは、朝の残り。お鍋の底に残っていた、冷めて少し固まった**「薄いおかゆ」**です。
「ふぅ……。今日もみんな、お疲れさま! 頑張った後のご飯は最高だねっ!」
つばさは無理に明るく振る舞いながら、冷たいおかゆを口に運びます。
その時、開いた窓から、ふんわりとバターと砂糖の香ばしい匂いが流れ込んできました。
ミアレシティの名物、**「ミアレガレット」**の香りです。
「……くんくん。あ、これ、ガレットの匂いだ。いいなぁ、いつか4人で食べてみたいね!」
らこが空のお椀を抱えながら、窓の外を羨ましそうに眺めます。
すると、このみがしおんの袖をぎゅっと握りながら、つばさを見上げて小さく呟きました。
「……つばさおねえちゃん。あのミアレガレット……1つ100円だって……」
100円。
彼女たちにとっては、何日分ものお米が買える大金です。
一瞬、部屋が静かになりました。
しおんは黙って俯き、つばさは一瞬だけ悲しそうな表情を見せましたが、すぐにいつもの太陽のような笑顔を作りました。
「……そっか、100円か! よーし、決めた! みんなで一生懸命働いて、いつか絶対に、一人1つずつミアレガレットを買って、この屋上で食べよう!」
「本当!? つばさ、約束だよ!」
らこが飛びつき、しおんも少しだけ瞳を輝かせました。
「……うん。約束。100円、4人で400円……。頑張って貯めようね、このみ」
しおんがこのみの手を握ると、このみも「うん……」と力強く頷きました。
冷たいおかゆしか入っていないお腹。
けれど、4人の心は、いつか食べる「100円の幸せ」の香りで、ほんの少しだけ満たされていました。