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目次
始まりの大地 ―――歴史はここから始まった
この世界には、『歴史マスター』というものが存在する。
歴史を極め、中学生を歴史の道に誘う案内人。
それが『歴史マスター』だ。
これは、君たちが不思議な旅に出る摩訶不思議な物語。
それは、700万年前。ここから、人類の歴史は始まったのだ。
「やあ、旅人たち。私は「M」。君たちを人類の歴史へと案内しよう。
進化の奇跡、争いの渦、希望と絶望の物語――。
この旅が、未来の君たちの糧となることを、心から願っているよ。
では行こうか。人類が誕生した地、700万年前のアフリカへ。」
Mと名乗った人物が、軽く指を鳴らす。
次の瞬間、君たちの視界は歪み、地面の感覚が消えた。
「さあ、素敵なショーの始まりだよ。」
まるで映画のように、風景が目の前に広がっていく。
乾いた風が肌をかすめ、見渡す限りの荒野。
草木はまばらで、太陽は容赦なく照りつけている。
どこか不安を感じながらも、君たちは辺りを見回す。
「ここが、ずっと昔のアフリカだ。
最初の人類が誕生した場所――つまり、我々の原点さ。」
Mはやや芝居がかった調子で言うと、軽くウインクをした。
「そんな彼らが見られるなんて、貴重な体験だと思わないかい?
ん?不安そうだね。大丈夫。君たちに危害は加えさせないよ。」
その言葉に、君たちはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「おっと。どうしたんだい? ・・・向こうに人がいる?ふふ、お手柄だね。」
Mが視線を向けた先に、確かに何かが動いていた。彼の目が輝く。
「あれこそが、今回のお目当て。さあ、行ってみよう。」
Mが歩き出す。君たちも、その後を追う。
近づくと、その姿がはっきりしてくる。二本の足で立ち、猿のようなシルエット。
「直立二足歩行・・・、僕たち人類の歩き方の原点だよ。
彼らは猿人と呼ばれている。最古の人類のひとつさ。」
人のようで、どこか違う生き物。それを見た君たちは、きっと胸の高鳴りを感じる。
「・・・ロマン、感じるだろ?」
Mの声に、思わず君たちはうなずいた。
「・・・なら、良かった。」
そう言った彼の顔は、とても安堵していた。
カンカンと、何かを打ちつけるような音にMは咄嗟に反応した。
「君たちは幸運だ。人類最初のツールと出会えるのだから。」
音がする方向から、何かが飛び散っているのが見える。
固く、鋭く。それは、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
「打製石器、と呼ばれる人類最初の道具だよ。石と石をぶつけて作っていたんだ。」
多くの猿人がそれを手に持ち、狩りをしている。
「今ならありえないけど、昔はこうやって生活していたんだ。」
そうなんだ、と誰かが言う。
そして、何もかもが整っている現代では、きっとありえないだろうと思う。
「このときの石器は|礫石器《れきせっき》とも呼ばれているね。
|礫《れき》っていうのは、小さい石のことだよ。」
君たちは感心する。打製石器は中学校で習ったが、礫石器というのは初めて聞いた。
「あぁ、君たちはまだ中学3年生か。礫石器は高校で習う人もいるだろうね。」
それにしても、と君たちは思う。
普段は得られない新鮮さや楽しさ、好奇心。それらが湧き出てくる感覚がした。
「楽しんでくれているみたいだね。それが何よりの幸せだよ。」
彼は、心から喜んでそう告げたのだった。
「それでは、次の時代に行こうか。そこで彼らは大幅に進化するんだ。」
視界が歪む、だが君たちの心のなかに不安はない。
新たな知識と体験に思いを馳せながら、君たちは転移する。
君たちの視界が戻ったときに、最初に目に入ったのは赤く燃え盛る火だった。
「僕の結界があるけど、触ると熱いからね。」
Mはそう言い添える。火の近くにいた君たちは、少し後ずさる。
「これが、人類が手にした自然の力。火だよ。」
「火のおかげで、人類は夜にも活動することができた。すごいだろ?」
パチパチと音を出し、火はあたりを照らす。
「最初の頃は、雷などで起きた火を持ち帰っていたらしいよ。
その後に、自ら火を起こすようになったんだ。
ちなみに、火が最初に使われたころは明確にはなっていないよ。
いろんな説があるんだ。170万年前というものもあれば、20万年前もある。」
ちょっとした解説を挟みながら、Mは暖を取る。
「この時期は寒いからね・・・・、おや?」
Mの視線の先に、何かが動いたのが確認できるだろう。
「見えるかな? あそこにいるのが原人だ。」
君たちは、Mが指差す方向を見る。先程の猿人とはどこか違った生き物がいた。
奇妙な声が聞こえ、その正体を聞くために君たちはMを見る。
「この声のことかな? ここが原人の大きなポイントで、言葉を使うようになった。」
時折聞こえる不思議な声は、原人たちの声らしい。
危険なものではないと知った君たちは、胸を撫で下ろした。
「僕達が、今こうやって話せているのも彼らのおかげなんだよ。」
Mは、とても綺麗な笑顔でそう言った。
「もう遅いから、今日は寝ようか。
ちゃんとベッドはあるから、地べたで寝てみたい人以外は使ってね。」
興奮と探究心を抑えながら、君たちは眠りについた。
君たちは、夢を見た。
地球が少しずつ凍っていく夢。
マンモスなどの、多くの動物が消えていく様。
君たちの中で知識を持っている子なら、ここが氷期の頃の地球であると予想できる。
―――どうして、氷期の夢を見たのか。
―――なぜ、こんなに鮮明な夢を見ることが出来たのか。
それを君たちが知るのは、少しあとのことになりそうだ。
目が覚めると、そこには猿のような人間のような不思議な生物がいた。
「みんなは、『新人』って知ってるかな?」
唐突な質問に、君たちは戸惑う。
「きっと聞いたことくらいはあるんじゃないかな? そして、この人が。」
**『おはよう、元気か?』**
君たちは驚く、何十万年も前の生き物が日本語を使うはずないから。
どうして会話ができるのか。 疑問に思うが、Mはさらっと重要なことを告げた。
「僕の力で、会話ができるようにしたんだ。話してみたいだろう?」
面食らっていた君たちだったが、我に返って質問を浴びせ始めた。
好きな食べ物、マンモスはかっこいいか、何者なのか、など様々だ。
『おいらは、クルミとシカが好きだぞ。』
『マンモスはおっかねぇけど、かっけぇぞ! 一緒に狩り行くか?』
『おいらは、槍使いだぞ。 詳しいことは、そこのお兄さんが教えてくれるはず。』
この時代にもクルミがあるのか、なんて考えながら君たちはMの説明を聞く。
「『新人』っていう分類になるよ。ホモ・サピエンスって聞いたことないかい?」
ホモ・サピエンス、名前がかっこいいから覚えやすい単語の一つ。
きっと、君たちも知っていることだろう。
「新人は、槍みたいな高度な武器を作れるようになったんだ。
・・・・使っているところ、見たいかい?」
もちろん、と君たちは口を揃えて言う。
「そう来なくちゃ。マンモスの狩りを見せてもらおうか。」
『おいらの槍さばき、しっかり見ておくんだぞ!』
解説を挟みながら、外に出る。
ドスンドスン、という音と同時に地面が揺れて新人は目を輝かせる。
『あれが、マンモスだぜ!』
像のような巨体、大きな牙。そこから感じられる迫力。
「これが、マンモス属を代表するケナガマンモス。有名なのは、これじゃないかな。」
近づいただけで感じる圧、これがマンモスの力だ。
『やっぱ、いつ見てもデケェなぁ。』
そう言う彼の手に、槍の姿はない。槍はどこか、という君たちの質問に彼は答える。
『流石に、あんなでかいマンモスに槍を投げるほど上手くないぞ?』
どうやって狩りをするのか、という君たちの疑問に先回りするかのように答えた。
『もしかして、槍投げで倒してると思ってたのか?分厚い皮で防がれるぞ。』
「君たち、あそこを見てごらん。槍が刺さっているのが見えるかな?」
マンモスから少し離れた場所に、たしかに槍が地面に埋まっているのが見える。
槍の先はマンモス側にあり、マンモスを迎え撃つように設置されている。
「マンモスがこっちに突進してきたら、いったいどうなると思う?」
『おいらの槍たちがマンモスを突き刺すぜ。』
「・・・僕は、彼らに聞いたんだけど。まぁ、いいか。人が槍を投げるよりも、
マンモスの突進のほうが強いのはみんな分かると思う。
そのエネルギーを利用して、槍を刺すんだ。」
そのときだった。ドスンドスンと音がして、マンモスがこちらに走ってくる。
そして、バキバキッという音と同時に、マンモスが崩れ落ちた。
槍は折れたが、ダメージを与えるのには十分すぎる。
『おいらたちは、こうやって狩りをしてるんだ!』
それと同時に、君たちの視界がぼやける。
「・・・・・。もう時間が来たみたいだ。」
『そうなのか!? だが、きっとまた会えるぞ! またな!』
少しずつ体が薄くなり、君たちは転移する。
「おはよう、ここは、『氷河期』の中の『間氷期』と呼ばれる時代の地球だ。」
視界が戻ると、見覚えのあるような、大地に草が生い茂る風景が広がっていた。
太陽が昇りはじめ、空気がほんのり温かい。Mが静かに語りかけてくる。
氷河期?という声に、隣の子がつぶやく。
「__氷河期って寒くないの・・・?__」
それに、物知りそうな子が応える。
「たしか、氷河期には『氷期』と『間氷期』があるんだよね?」
Mは、嬉しそうにうなずいた。
「その通り。今は、間氷期っていう『そこまで寒くない時期』だから安心してね。」
そう話すMの指先が、再びふわりと動く。
「さて・・・。今日、君たちを案内する時代は、技術が進歩した時代だ。」
Mが示した先に、小さな村のようなものが見えた。
囲いの中に数頭の動物がいて、人々が何かを地面に埋めたり、掘ったりしている。
「農耕と牧畜。人類が『狩る』から『育てる』生活に移った証だよ。」
農業と言われると、畑に植物が生い茂る情景を想像するだろう。
「そう。今みたいに大規模じゃないけど、小さな畑に豆や麦を植え始めていたんだ。
そして、羊やヤギなどを飼う『牧畜』も始まっていた。
生活の安定――それが文明の土台になったのさ。」
メェーと、羊たちが鳴く。牛が歩き回り、ヤギは草を食べる。
そのとき、少し離れた場所で、なにかをこすり続ける音が聞こえた。
地面の上で、石を丹念に磨いているようだ。
誰かが声を上げると、Mが応じた。
「『磨製石器』さ。今までの石器は『打製石器』といって、
ただ叩いて割っただけのものだったんだけど。
でもこの時代の人たちは、時間をかけて磨いて形を整えたんだ。
より鋭く、より丈夫に――それだけ『道具』が重要になった証拠だよ。」
君たちは、その道具の細かさに驚いた。
まるで、現代のナイフみたいに滑らかで、鋭く見える。
ずっと昔から、現代のもととなるものが生まれていたのだ。
Mはさらに歩き出し、土の中に埋められた器のようなものの前で立ち止まる。
「これは『土器』だよ。食べ物を煮たり、水を蓄えたりするのに使われていたんだ。
今でいう、お皿や鍋などにあたるね。最初は厚くて重かったけど、
だんだんと軽くて薄いものへ進化していく。
縄目の模様がある『縄文土器』なんかは、日本でも有名だね。」
器の中では、何かを煮ているようだった。香ばしい匂いが風にのって広がる。
「狩りをしていた頃は、生で食べることも多かったけど、
火と土器のおかげで、食べ物の選択肢が一気に広がったんだよ。」
生でしか食べられなかったものが、熱を加えたりすることでより美味しくなる。
世界の料理の基盤とも言えるだろう。
「そう。これが『人類の暮らしの転機』なんだ。
食料を蓄え、道具を磨き、仲間と住む。やがて国や文化を生んでいく。」
そして彼は、君たちを見つめて言った。
**「歴史は、教科書の中の文字なんかじゃない。**
**ずっと昔にあった本当の出来事なんだよ。」**
言葉の重みが胸に残った。
「さあ、旅はまだ続く。次に向かうのは、『文字が生まれる』時代だ。」
Mが指を鳴らす。再び視界が歪み始め、君たちは新たな時代へと旅立っていく――。
古代文明、それは歴史を紐解く鍵
視界が戻ると、そこは広大な平原と大きな川の流れる地だった。辺りには人々が集まり、畑を耕し、動物を飼い、道具を使って働いている。
「ここが、人類が『文明』を築き始めた時代――」
Mが語りかける。
「『農耕』と『牧畜』が進み、生活が安定すると、余った食料を持つ人たちが出てくる。そして、その富をもとに、人々の間には身分の差ができていった。力のある者が、弱い者を支配する。そこから『国』が生まれたんだ。」
人々の暮らしが形を持ち始め、集まった村はやがて都市へ、そして『文明』へと変わっていく――。
「『文明』は、だいたい『大きな川』のそばで生まれている。なぜか分かるかい?」
誰かが「水が必要だから?」とつぶやくと、Mは嬉しそうに頷いた。
「その通り! 水は飲み水になるし、農業にも欠かせない。それに、洪水が起きれば土地が豊かになって、作物がよく育つようになる。さあ、最初の文明へ案内しよう。」
次はどんな光景が待ち受けているのか。
そう考えていると、目の前に大きな川が見えた。
「ここはアフリカ、ナイル川のほとり。『エジプト文明』だよ。」
大きな石の建物がそびえ立ち、川沿いには整然とした畑。太陽が燦々と照っている。
「『エジプト』では『太陽暦』が使われていた。太陽の動きをもとにして、1年を365日と考えたんだ。今のカレンダーの原型さ。」
石に刻まれた不思議な記号を指差しながらMが言う。
「これは『象形文字』。絵のような形で言葉や意味を表していたんだ。」
そのとき、巨大な三角形の建物が見える。
「『ピラミッド』だよ。王の墓とされている。信じられない大きさだろう? 数千年前の人間がこれを造ったなんて、ロマンがあるだろう?」
君たちは、目の前に見える歴史の産物を見上げる。
こんなものが昔からあったなんて信じられるだろうか。
場所が変わると、今度は乾いた大地に2本の大きな川が流れていた。『チグリス川』と『ユーフラテス川』である。
「ここは『メソポタミア』。川の間って意味だね。ここでも農耕が発展して、都市ができ、文明が生まれたんだよ。」
空を見上げると、星が瞬いている。
「『|七曜星《しちようせい》』――『太陽』『月』『火星』『水星』『木星』『金星』『土星』の7つが、人々にとって特別な天体だったんだ。」
星が出る時間帯になるまで活動していたことに君たちは驚いた。
「そして、時間を数えるのに『60進法』が使われた。『1分が60秒』『1時間が60分』、今も残っている名残さ。」
川辺に置かれた粘土板に、先が三角の棒で記号が刻まれていく。
「これが『くさび形文字』だ。象形文字に比べて簡単で、粘土にも書ける。でもメソポタミアでは『太陰暦』、つまり月の満ち欠けをもとにしたカレンダーを使っていたよ。」
そして、巨大な石碑の前でMは立ち止まる。
「『ハンムラビ法典』。法律っていうのは、みんなが安心して暮らすためのルール。これは『目には目を、歯には歯を』の考えで有名だけど、力ある者が勝手に支配するのを防ぐ意図もあったんだ。」
君たちは、今あるルールに不満はあるだろうか。
もし、あるとするならそのルールの意図を考えてほしい。
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視界が変わると、整った街並みが現れた。石でできた道、水の流れる水路、区画が整った建物群。
「ここはインダス川流域の『インダス文明』。『モヘンジョダロ』や『ハラッパー』という都市があった。」
人々が道を掃除し、水を運ぶ様子が見える。
君たちは、今では見ることのない光景に目を奪われる。
「でも、この文明はまだまだ分からないことが多い。使っていた文字も、まだ解読できていないんだ。だから『謎の文明』とも言われているよ。」
歴史にも、解明されていないことはある。
本当はどうだったのか、それを考えるのも面白いかもしれない。
「ここは『中国』。『黄河』と『長江』という2つの大きな川が流れている。」
大河のそばで人々が働いている。
「『殷』という国が最初の王朝として知られているよ。青銅器で武器や器を作った時代でもある。さらに、『甲骨文字』っていう占いに使った文字も登場した。」
意味はさっぱり分からないが、骨に刻まれた文字が、その思いを物語っている。
「でも殷は『周』に滅ぼされた。そして周の力も、紀元前8世紀ごろには弱まって、中国全土が争いの時代に入っていく。」
「この時代は『春秋時代』と『戦国時代』。多くの『国』が争い、『鉄製の兵器』や『農具』が使われるようになった。『農業』や『商業』も発展して、人々の暮らしも変わっていく。」
静かな建物の中で、一人の男が子どもたちに語りかけている。
「『孔子』だ。彼は『儒学』という考えを説いた。『親を大切に』『礼を守る』といった道徳の考えが、後の中国に大きな影響を与えたんだ。」
当たり前のことを当たり前にすること。
それが、大切なことであると気づかされる。
「ここは『秦』。『始皇帝』が中国を初めて統一した。文字や長さ・重さ・容積を統一し、『万里の長城』も築いたよ。」
その後、空気が少し穏やかになった。
「『漢』の時代。武帝って人は領土を広げ、交易の道『シルクロード』が開かれた。これによって西の国々とつながるようになり、仏教もインドから伝わってきたんだ。」
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ヨーロッパの青い海のほとり、小高い丘の上に白い建物が立つ。
「ここは古代ギリシャ。アテネやスパルタのような『ポリス』が生まれたよ。」
アテネの広場では、男たちが集まり、政治について話し合っている。
「これが『民主政』の始まり。市民が政治を決めるという考え方が生まれたんだ。」
歩き続けると風景が一変し、戦いと行進の光景が広がる。
「マケドニアのアレクサンドロス大王が、ギリシャを征服し、東へと進んだ。」
「こうして、ギリシャとオリエント―――、つまり西アジアやエジプトの文化が融合して『ヘレニズム文化』が生まれたんだ。」
そして――巨大な石の競技場、『コロッセオ』が見えてきた。
「ここは『ローマ帝国』。最初は共和政だったけど、内乱が続き、帝政になった。長さ、重さ、容積を統一し、道路網や水道、浴場』、闘技場など、現代にもつながる都市の形を整えた。」
夜の星空の下、人々が空を見上げて祈っている。
「自然現象に人間を超えた力を感じるようになったとき、人々は神という存在を信じるようになった。」
Mは優しく語りかける。
「そして、仏教やキリスト教、イスラム教といった、今に続く大きな宗教が誕生したんだ。人々の心に寄り添い、希望を与えるためにね。」
「さあ、ここまでが古代文明の物語。でも、歴史はまだまだ続いていく。」
Mが再び指を鳴らす。視界が揺れ、君たちはまた新たな時代へ――。
日本のかたちと身分の差
視界が再びゆがむ。
足元の感覚が戻ると、そこには美しい海と、緑に覆われた山々が広がっていた。
どこか懐かしさを感じさせる風景。
Mがそっと口を開く。
「ここは……およそ1万年前の日本列島。今と同じ、僕たちが住む国の形ができた頃だ。」
空は高く、潮風がやさしく頬をなでる。
鳥の鳴き声、川のせせらぎ、木の葉のざわめき。まるで自然と一体になったかのような世界。
「この時代、人々はたて穴住居に住んでいたんだ。地面を掘って、屋根をかぶせた簡単な家だけど、集まって暮らす村の始まりだった。」
木の実を拾い、鹿を追い、魚を釣る人々の姿が見える。
どこか素朴で力強い暮らしが、そこにはあった。
「この時代を――縄文時代という。文字はまだないけど、道具や暮らしから多くのことがわかるんだ。」
近くの地面に、見慣れない器が置かれていた。
「縄文土器。縄で模様をつけた、厚くて黒っぽい土器。火にかけて煮炊きするためのものだった。」
器の底が丸く、なんだか重たそうだ。けれど、それが当時の技術の限界であり、また工夫でもあった。
君たちは、縄の文様だから縄文なのか、なんて考えたりする。
「そして、あそこに見えるのが――三内丸山遺跡。縄文時代最大級の村さ。」
巨大な柱が組まれた建物が見える。驚く君たちにMがほほ笑む。
「ね? 1万年前でも、これほどのものを作れたんだ。」
近くには土偶が並び、地面からは貝殻がたくさん出ている。
「これは貝塚。食べ終わった貝殻や骨などを捨てた場所なんだ。縄文人たちの暮らしの跡だよ。」
もしかしたら、ここに来る前に自分たちが踏んだアスファルトの奥には。
人の跡が残されていたのかもしれない。
---
場面が変わり、視界に黄金色の風景が広がった。
ゆらゆらと風に揺れるのは――稲だ。
「これがお米。稲作が、日本に伝わった頃の風景さ。大陸から九州に伝わって、やがて東北まで広がっていったんだ。」
農具を手にした人々が、田んぼを丁寧に耕している。クワと小さな石のようなものを手にしている。
「くわで土を耕し、石包丁で穂を摘み取る。そして、収穫した米は――あれさ。」
Mが指をさすと、木の高床に建てられた倉庫があった。
「高床倉庫。湿気やネズミを防ぐために、床を高くしたんだよ。米は命そのものだったからね。」
Mの声は少し硬くなった。
「米をたくさん持っている人は、力を持つ。逆に持っていない人は・・・従うようになる。」
この時代には、身分の差が生まれていた。
「この頃の時代を――弥生時代という。弥生土器も作られたよ。」
土器は赤茶色で、さっきの縄文土器よりも薄く、軽く、硬そうだった。
「この技術の差が、時代の差でもある。」
遠くに見えるのは、登呂遺跡。その先には、高い柵で囲まれた大きな村――吉野ヶ里遺跡。
どちらも立派で、どこか力強いような気がした。
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「人々の間には、力を持つ有力者が現れ、やがて王と呼ばれる存在になる。」
君たちは、金色の印を見せられる。
「これは、『漢』から授かった金印。今の福岡あたりにあった|奴国《なこく》の王が使いを送り、もらったんだ。」
さらに視界が変わると、大きな建物が、多くの人々に囲まれていた。その先には女性が見える。
「この人こそ、卑弥呼。多くの国をまとめた邪馬台国の女王さ。中国の『魏』に使いを送り、銅鏡や称号を授かっている。」
「でも――邪馬台国があった場所は、まだ分かっていない。九州説か、近畿説か……それは、君たちが解き明かす謎かもしれないね。」
現代の技術でさえ見つけられない、そんな国。でも、それでいい気がする。
だって―――、こんなにも考えることが面白いのだから。
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空に雲がたなびき、見渡す限りの緑の中に、巨大な鍵穴が見えた。
「これが――古墳。王や豪族の墓さ。特に有名なのは大仙古墳、あの前方後円墳だね。」
その周囲には、不思議な像が並んでいた。
「埴輪だよ。武人、動物、家……たくさんの種類がある。亡くなった人の世界を守るために置かれたんだ。」
Mが静かに語りかける。
「この頃、奈良盆地を中心に、大和政権が力を持つようになった。大王と呼ばれる王が、全国の豪族を従えていたよ。」
「豪族たちは|氏《うじ》という集団を作り、戦や神事に仕えたんだ。」
地図が空に浮かび上がる。そこには、中国と朝鮮半島が映っていた。
「中国は南北朝時代といって2つの国が対立していた。そして朝鮮半島は高句麗・百済・新羅に分かれていた。大和政権は、百済や伽耶に協力し、高句麗や新羅と争ったんだ。」
平和な日本でも、戦っていた時期はある。そう思い知らされた。
「倭の五王と呼ばれる王たちは、中国に何度も使いを送り、国の地位を高めようとした。」
「そして、ここにいるのが――渡来人。大陸からやってきた人々だよ。」
見慣れない服を着た人が、手に不思議な器を持っていた。
「須恵器という焼き物だ。そして――仏教を伝えたのも、彼らなんだ。」
Mがふわりと手を掲げる。空に、仏像の影が浮かぶ。
「さて……日本は、いよいよ国の形を整え始める。天皇の登場、律令の制定、そして飛鳥時代と奈良時代へ――。」
「歴史はつながっている。遠い昔の出来事が、君たちの今に続いているんだ。」
指が鳴らされる。
「さあ、旅は続く。次は――天皇が現れる時代へ。」
風景が揺れ動き、再び時空の扉が開いていく――。
飛鳥時代の始まり
目を開けると、そこは豊かな緑と古代の建物が並ぶ、飛鳥地方――今の奈良県にあたる地だ。
遠くには豪華な塔、仏を祀る堂が立ち並び、どこか神聖な空気が漂っている。
「ここでは、かつて日本の中心に立とうとした二つの勢力――物部氏と蘇我氏が争っていた。
特に大きかったのは『仏教』を巡る考え方の違い。蘇我氏は、昔からの日本の神、物部氏は仏教を推していたね。」
君たちは、甲冑に身を包んだ武人たちが緊迫した顔で睨み合うのを見る。
緊張が張り詰める中、Mが静かに告げた。
「この争いは、やがて蘇我氏が勝利し、物部氏は歴史の表舞台から姿を消した。
それと同時に、新しい希望が現れたんだ――」
そのとき、遠くから一人の青年が現れた。
高貴な装束を身にまとい、静かながらも目に強い意志を宿している。
「彼こそが――聖徳太子。本名は|厩戸皇子《うまやどのおうじ》、
そして|豊聡耳皇子《とよさとみみのおうじ》とも呼ばれた人物。
伝説によれば、十人の話を同時に聞けたとか。名前に耳が入っているから生まれた伝説の一つだ。」
Mがウィンクをすると、君たちの隣で思わず笑いが漏れる。
「太子は、まだ若かった推古天皇の摂政として政治を行い――
蘇我馬子と手を取り合いながら、天皇中心の政治制度づくりに力を注いだ。」
その場面が目の前に映し出される。
宮殿の中、重臣たちが並ぶなか、聖徳太子が穏やかに語りかける。
「冠位十二階――これは、血筋ではなく才能と働きで役職を決める新しい制度だ。
色で位が分かれ、努力する者が報われる世を目指したんだ。」
次に映るのは、巻物に書かれた17の条文。
「これは十七条の憲法。今でいう法律とは違って、心構えを説いたものだ。
仏教や儒学の影響を受けながら、天皇の命令に従い、和を尊ぶことが強調されている。」
Mがそっとささやく。
「まるで道徳の授業みたいだけど……これは、日本が国として生きていくための大きな一歩だったんだ。」
その後、聖徳太子は隋に使いを送り、進んだ文化や制度を学ぼうとする。
「遣隋使だね。代表的なのが、小野妹子。
彼は“日出ずる国の天子、日没する国の天子へ”という手紙を送った。
……中国の皇帝が怒ったという話もあるけど、日本が自立した国として名乗りを上げた証でもあるんだ。」
君たちは、日本最初の外交の場面に立ち会っているような気がした。
視界が変わる。今度は、唐の都・長安のような、壮麗な都市が映る。
「時は流れ、隋は滅び、唐が中国を統一した。
唐の力は強大で、日本もまた彼らの文化・制度を取り入れようと遣唐使を送り続けた。」
そのとき、風が騒がしくなる。
「・・・けれど、国内では再び不穏な空気が流れていた。」
画面の中、豪奢な屋敷に座る男の顔が浮かぶ。
「蘇我蝦夷とその子供の入鹿。
蘇我氏の権力が膨れ上がり、誰も逆らえないほどになっていたんだ。」
その裏で動き出す二人の影――
「そこに立ち上がったのが、中大兄皇子と中臣鎌足。
彼らは密かに力を蓄え、ついに――645年、クーデターを起こした。」
君たちの目の前で、燃え上がる蘇我氏の屋敷。人々のざわめき。
パチパチと炎が広がり、人は逃げ惑う。
「これが――大化の改新。
蘇我氏を倒した後、彼らは大胆な政治改革を始めた。」
舞台は新たな都、難波、つまり今の大阪へ。
「そして、日本史上初の元号『大化』が生まれる。国家の始まりを象徴する名前だね。」
さらに、Mの手が空に地図を浮かべる。
「彼らは土地や人民を国家が管理する『公地・公民』の原則を掲げた。
これまで豪族が私有していた土地や人々は、国家のものとなり、
天皇中心の中央集権国家が形づくられていく。」
風が吹く。
その風に乗って、君たちは飛鳥の都を歩き、法隆寺の静けさに耳を澄ませる。
「これは、飛鳥文化。
仏教が広まり、日本の美術や建築が大きく発展した時代でもある。
あの法隆寺は、今でも残っている世界最古の木造建築とされているよ。」
遠くに見える、整った屋根と静かなたたずまい。
風が吹き抜けるたび、仏の教えがささやくように聞こえる。
Mがふと立ち止まる。
「どうだったかな? この時代は、戦いだけじゃない。信念、改革、そして未来のための行動がつまっている。」
「そういう歴史を覚えるのではなく、感じてほしい。」
目を閉じると、君たちの心にさまざまな場面が浮かぶ。
冠の色、古代の寺院、天皇を中心とした政治。
そして、未来へとつながる人々の一歩一歩。
「では行こうか。」
Mが微笑む。
「この先の時代――ついに、日本が律令国家として本格的に歩み出す。」
再び、時空が揺れる。
次なる旅の扉が、静かに開かれたのだった――。
またもや投稿遅れました。
これが日常になっている自分が怖い。
試行錯誤の都づくり
目を開けると、そこは広大な平野と城塞の跡が混ざる、朝鮮半島の風景だった。
「ここは、新羅の時代だよ。」
Mが手を広げ、遠くを指さす。
丘の上には新羅の城がそびえ、武士たちが忙しなく動き回っている。
「新羅は唐と結び、百済や高句麗を滅ぼしたんだ。そして今、半島を統一しようとしている。」
君たちは丘の下に集まる日本の軍を見つめる。
「日本は百済の復興を助けるために軍を送ったんだよ。けれど新羅と唐の連合軍には勝てず、撤退を余儀なくされたんだ。」
空には、兵士たちの槍と旗が翻る様子が見えた。敗北の重苦しい空気が漂う。
視界が揺れ、次の瞬間、君たちは滋賀県の大津、天智天皇の時代に立っていた。
「ここで中大兄皇子が即位し、天智天皇となる。全国の戸籍を整え、国家の基盤を作ったんだ。」
Mが笑顔で指を鳴らすと、農民たちが土地の調査を受け、戸籍に名前が書き込まれる様子が目の前に映る。
やがて、天智天皇の死後。
「さあ、壬申の乱だ。」Mの声に合わせて視界が激しく揺れる。
大友皇子と大海人皇子が軍を率いて対峙する。剣がぶつかる音、馬のひづめが地面を叩く音、兵士たちの叫び声。
勝利したのは大海人皇子。彼は即位し、天武天皇となった。
「天武天皇は、国を強くするために多くの政策を実施した。肉食禁止令もその一つだ。」
都は飛鳥へ戻され、外国に負けない国を目指して整備される。
天武天皇は藤原京の建設を始め、妻の持統天皇が完成させた。碁盤の目のように整った都市計画は、唐の長安を参考にしたものだ。
「このころ、日本は律令国家への準備を進め、国号として『日本』が正式に使われるようになったんだよ。」
701年、ついに大宝律令が完成する。これに基づき、貴族は高い地位と特権を受け、地方豪族は郡司として統治に関わるようになる。
「国は郡に分けられ、全国に国司が派遣された。九州には太宰府、東北には多賀城も置かれたんだ。」
貴族や寺院は農民を使って新しい土地を開墾し、荘園を広げる。公地公民制度は徐々に崩れ、私有地が増えていく。
平城京に都が移り、奈良時代が始まる。
「仏教と唐の影響を受け、天平文化が花開いたんだ。」Mは手を広げ、目の前に巨大な堂塔が現れる。
「ここが、奈良時代の中心地だ。東大寺の大仏は、聖武天皇が国家の安泰を願って建立したんだ。大仏の顔を見てごらん――威厳に満ちているだろ?」
君たちはその巨大さと、金色に輝く穏やかな表情に息を飲む。風が吹くたび、堂内の香が鼻をくすぐり、僧侶の読経が静かに響く。
「そして、全国に建てられた国分寺・国分尼寺も見逃せない。国ごとに寺を作り、仏教の力で国を守ろうとしたんだ。」
Mが歩きながら指をさすと、遠くに整然と並ぶ瓦屋根や朱塗りの柱が視界に入る。僧たちが修行し、読経を行い、地方の人々を導いている姿も見える。
「行基は特別な存在だよ。」Mが声を落として言う。
「彼は民衆に仏教を伝えるだけじゃなく、橋や道路を建設して生活を支えたんだ。実際に歩いてみると、道の整備や橋の設計の工夫がわかるよ。」
目の前には川を渡るための立派な木橋や、山道を切り開いた道が広がっている。人々が行き交い、商人や旅人の活気が感じられる。
Mが正倉院を指さす。
「ここには、聖武天皇が使った道具や楽器が保存されている。木製の道具、絹の衣、金属の装飾品――当時の技術や美意識がそのまま残っているんだ。」
校倉造の倉の陰影が、静かに歴史の重みを伝える。君たちは自然と手を合わせ、当時の人々の努力を想像する。
さらにMは指を上げ、唐招提寺の方を向く。
「鑑真和尚が苦難の末、日本に渡って開いた寺だ。五度の失敗を乗り越えたその意志の強さ。それが日本の仏教文化に大きな影響を与えたんだ。」
君たちは彼の姿を思い浮かべ、船旅や荒波を越えてきた苦労を感じ取る。
文化の発展は建物や制度だけでなく、書物にも現れていた。
Mが巻物を空中に浮かべると、古事記、日本書紀、風土記、万葉集が目の前に現れる。
「古事記は神話や伝承、歴史をまとめたもの。日本書紀は神話から歴史までを体系的に記した記録。風土記は地方の地理や伝承をまとめた地誌。そして万葉集は、当時の人々の心を和歌に詠んだ作品だ。」
ページをめくると、五感で歴史や自然、日常の息遣いまで感じられるような錯覚に陥る。
しかし奈良時代後半、貴族や僧の勢力争いが激化する。
政治が混乱し、都の秩序は揺らいだ。
「そこで桓武天皇が登場する。」
Mは静かに語りかける。
784年、都を長岡京に移したのは、仏教勢力の干渉を避けるため、そして皇統を天武・天智系の間で安定させるためだ。
君たちは長岡京の平地に広がる新しい街並み、碁盤の目状の道路を見下ろす。
さらに10年後、794年。Mが手をかざすと、都は平安京へと変わる。
「ついに平安時代が始まる。山や川を巧みに利用し、碁盤の目のように整えられた都市計画は、唐の長安をモデルにしているんだ。」
風が吹き抜け、都の屋根瓦が光を反射し、四季折々の景色が市街地を彩る。人々の生活、貴族たちの雅やかな暮らし、僧侶の読経の声。全てが調和した空間として目に飛び込む。
Mは微笑みながら振り返る。
「ここから、日本の歴史はさらに大きく動き出す。君たちは、その始まりを目撃したんだよ。」
そこで君たちの意識は途絶えた。
目を開くとふわふわと宙に浮いていて、何にも触ることができない。
そこで君たちが見たのは、血で血を洗う戦争。
大地は廃れ、人々がうめき、兵器の音が響く。
昔の戦争だ、と君たちは気づく。これはきっと世界を震わせた昔の戦い。
どうしてこんな夢を見るのか、と首を捻りながら君たちは目覚める。