【自殺を推奨する小説ではありません】←当たり前
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目次
1 - 首吊り
首に|紐《ひも》をかける。後ろで淡く結う。|顎《あご》に紐が触れて、少々くすぐったい。
涙が|頬《ほほ》を伝う感覚がする。
足元の台を蹴った。
---
宙に舞い、堕ちる。
苦しいもがき声が聞こえる。
『———! ———っ、———!!』
『———! ———!! ———!!』
エコーがかかったような声。
濁った殴打音が聞こえる。何かが転がる衝突音に落下音。けたたましい破砕音に顔を|顰《しか》める。
ドン、ドカン、バン、パシャーン、脳の奥で反響する。
誰かが|嘲笑《ちょうしょう》を浮かべている。|歪《ゆが》んだ口元が見える。
誰かが泣いている。手が|腫《は》れるまで、扉を叩いている。———可哀想に、閉じ込められたんだ。
ゴミ箱にぬいぐるみが捨てられている。目はくり抜かれ、耳は引きちぎられ、頭部と|四肢《しし》は引き裂かれ、ひどい有様だ。
宙に浮いている自分の影が見える。
音もなく部屋のドアが開く。
誰かが入ってくる。
じっと、巨大なてるてる坊主を見て、すぐに扉の向こうへ消えた。
---
気がついたら、どこかに寝かされていた。
周りには|覆《おお》い尽くすほどの花が置かれている。
誰かの泣き声がする。
誰かの|啜《すす》り泣きが聞こえる。
———ああ、相変わらず お上手だな。
2 - オーバードーズ
ひとーつめ。
ふたーつめ。
みーっつめ。
よーっつめ。
いつつめ。
むっつめ。
なな、つめ。
やっ……つ、め。
ここの……———
———どれくらい、時間が過ぎたんだろう?
機械のように、バリッと破いてカプセルを取り出す。
機械のように、それを口の中に運ぶ。唇の向こうに消えていく。
機械のように、口の中に水をぶち撒けた。舌に張り付いたカプセルが浮く。
|口蓋《こうがい》にくっついて、気持ち悪い。
———これで、何粒目なんだろう?
ドクン、ドクン、と波打つのを感じる。体が熱い。
視界がぐるぐると反転して、回転する。まるでドラム式洗濯機の中にいるようだ。
鼻に、ツンとした臭いを感じた。
薄黄じみた ドロドロとした液体が、隣に転がっている。
カプセルに手を伸ばす。立ち上がろうとする。———つんのめって倒れた。
手が震える。
曲げろ、伸ばせ、と指示しても、もはや従いそうにない。
ぐるぐると回る視界が止まった。急速に|翳《かげ》っていく。
目の前のカプセルが、コップが、どんどん遠ざかっていく。
ガチャン!とドアが開く音がした。
誰かの悲鳴が高く聞こえる。
私の名前を呼び、叫ぶ声が聞こえる。
嗚呼———
———親ヅラしてんじゃねえよ。
3 - 飛び降り
階段を駆け上って、重い扉に力を込める。
ギイイイ、と音を立てて開いたその先には、痛いほどの青が広がっていた。湿気を帯びた|滑《ぬめ》った風が、頬を叩きつける。
外に出た。
キンキンと|眩《まばゆ》い太陽に、雲一つない青に、今が真っ昼間であることを否応なく思い知らされる。
湿った風が、背中のほうから吹いてきた。それにつられるようにして、ふらふらと歩みを進める。柵に手を掛けた。
見下ろすと、地面が遥か下に見えた。
十階分———都市部にしては高くない、だが人がゆけば確実に死ぬ距離が、私と地面を|隔《へだ》てている。
ガタゴトと音を立てて忙しく行き交う車。車道と歩道の間に植った街路樹。風にあおられて揺れている枝葉。手を繋いで歩くカップル。子の手を引いて歩く母親。少しだけ見える、建物の入り口。窓からひらりと風に舞ったのは、きっと宣伝の紙だ。
柵を握る手が震える。今にも飛び出してしまいそうで———。
歩道から人がいなくなった。
柵と背中合わせにする。
柵を握る手に、力を込める。ぐっと腕を伸ばすと、足が 宙に浮いた。
浮いた体が、柵の上を通過する。
重心が柵の外に出たのを見計らって、|手《いのち》を離した。
空気抵抗を背中に受ける。湿った風がびゅうびゅう吹いている。
加速度を乗せて、宙を舞う。
甘美なまでの解放感を、ここまで来て、一抹の恐怖を。
叫び声が聞こえる。目を|瞑《つむ》った。
地面から打撃音がする。
私は何も聞こえない。
ひしゃげた頭部が映される。
私は何も見えていない。
肉体がバラバラになったという。
私は何も感じない。
血の匂いが辺りを埋め尽くす。
私は何も感じない。
血の味を感じた。ふわりと上品な味だった。
———ああ、なんて美味なのだろう。
4 - 腹部刺創
辺りはシンとしている。もう夜も更けたんだ。
こっそり部屋を抜け出して、キッチンに入る。
灯りを点ける。そうしないと探すにも探せない。
「みーつけた。」
誰にも悟られないように、小さく呟いた。でも、その声は 静まり返った空間に反射して響き渡る。
手に取ったそれは、灯りの|下《もと》に鈍く|煌《きら》めいた。
灯りを消す。暗闇に包まれ、一寸先も見えない。
灯りはないはずなのに、それはずっと輝き続けている。|獰猛《どうもう》な|鈍銀《にぶぎん》が、その存在を主張している。
暗闇で何も見えないはずなのに、それはキッチンの姿を映していた。
壁にもたれた。
私は上を向いている。
首の付け根を、手で押さえた。あちこちにその手を|這《は》わせ、脈を探す。
———顎のすぐ下に、それはあった。
ドクンドクンとした感覚が、|生《いのち》を訴えている。
———すぐに絶ち切るよ。文字通りの意味でね。
鈍銀を、そこに当てる。チクッとした。ひんやりとした感覚が、神経を伝って脳に届く。
ひゅっと息を吸った。
それを握る手に力を込める。———
———何も音は聞こえない。
ビリビリとした痛みが、走った気がする。
噴き出す血が、暗闇の中に見えた気がする。
血の匂いを鼻で感じた。でも、それが脳に届くことはない。
———暗闇と静けさの中に、生臭い匂いは 溶けていく。
5 - 餓死
お腹が空いた。
という感覚があったのは、もうずっと前の話。
---
|濁《にご》りだした瞳で、部屋を、見回す。
誰も、いない。あたしだけ。
プウーンと、|忌《い》まわしい、音がする。
ぐるぐるぐるぐる、何かが飛んでる。
一、二、三、四。ああ、たくさん。
|蠢《うごめ》いてるな。いるみたい。
最後に、ゴミ出したの、いつだっけ。
あれ、これは、いったい、何?
そうだ、あたしの腕だ。あたしの足だ。
茶色で、ぬるぬるしてて、気持ち悪い。
最後に、風呂入ったの、いつだっけ。
細くて細くて、骨が浮き出て、枝みたい。
肉は、とっくに、無機物に。
消えた、のかな? 分かんないや。
最後に、食べたの、いつだっけ。
口の中に、感覚は無い。
---
———ああ、眠たいな。
ゆらゆらゆらゆら、何かが揺れる。
そうだ、ここは、夢の中。
ふわふわ、浮いてる、あれは何?
皮の張り付いた、|骸骨《がいこつ》がいるよ。
たくさんたくさん、|集《たか》っているよ。
召し上がれ、あたしのからだ。
召し上がれ、|醜《みにく》いあんたに。
死を望むように、飛び回るあんたに。
ここは誰にも、見つからないよ。
召し上がれ、あんたの|餌《え》となれ。
6 - 轢死
パァー…ンと、汽笛が鳴る。
私の体が宙に浮いた。思いっきり飛び込むんだ。
キキーと、偽善の音が鳴る。
ワンテンポ遅れて、誰かの悲鳴。
通過電車だった。速度など落ちない。
今更、ブレーキなんてかけても遅い。
地面に叩きつけられるより早く。
|鈍《にぶ》い音とともに、私の体は もう一度宙に浮いた。
まるでボールみたいだ。
音のない世界だった。
体が線路の枕木に叩きつけられた。
バウンドする前に、私の瞳に車輪が映った。
ぶちぶちという音をたてて、|四肢《しし》が引きちぎられていく。
その痛みを感じる前に、血肉を巻き上げる車輪が 私の首を踏みつけた。
首と胴は泣き別れ、私の魂は肉体から抜け出て空に浮く。
---
ほんの一瞬のことだった。
誰かの悲鳴が聞こえる。
|嗚咽《おえつ》と|嘔吐《おうと》の音が聞こえる。
———私、そんなにひどい状態だった?
あの人、携帯を耳に押しつけて、怒鳴って何をしているんだろう。
———でもさ、
あなたたち、見向きもしなかったでしょう?
私が駅のホームの片隅で泣いていても、
階段の手すりにもたれて|蹲《うずくま》っていても、
見向きもしなかったでしょう?
ああ、でも、それもそうか。
あなたたちにとって、私は知らない人だもんね。
———馬鹿みたいだな。
7 - 溺死
ドブン、と水が踊る音がした。
音のする方を振り返る。
ここの公園には、池がある。
池、と簡単に言うが、深さはそこそこあり、そして広い。幼い子が見れば、湖のように見えるだろう。
だが、ここは奥ばっている。人は滅多に近づかないし、幼い子なら|尚更《なおさら》だ。
柵にもたれて、見下ろした。
ブクブク、と泡立っている。ギンギンと照りつける太陽の光に 反射してきらめき、そして水面に浮かんで消えていく。
水面の下で、何かが|蠢《うごめい》ている。伸ばされた五本が、ふらふらと動いている。
やがて見えなくなった。
水面の下で、何かが揺られている。
---
一日経った。相変わらず、何かが揺られている。
ぶよぶよしているみたいだ。
……あれは顔? まるで、巨像じゃないか。
四日経った。たまに、プカプカと泡が浮かんでいる。
水面に消える瞬間、鼻につくような衝撃を感じ、慌てて池から飛びのいた。
七日経った。呼吸を止めて、|覗《のぞ》き込む。
黒い毛が水面に散らかっている。
十日経った。もう、呼吸を止めても、目がしみるほどの臭いだ。
白い棒が、ゆらゆら揺れている。あれは、骨?
十一日経った。ゴーグルとマスク数枚。
水の中で良かった。露出していたら、これと比でないほどの とんでもない臭いであろう。浮いてこなくてありがたい。
十五日経った。ドロドロに溶けているのが分かる。
触らずとも感じられるほど、水が|粘《ねば》りついているからだ。
十九日経った。久しぶりに覗き込んだ。
もはや、ゴーグルとマスクごときでは太刀打ちできない。
胴体がぶよぶよして溶けている。
|剥《む》き出しになった頭蓋骨に、|苔《こけ》が生えている。
四肢はとっくに、骨だけだ。|藻《も》が張り付いている。
顔という概念は無い。
---
二十日経った。
そういえば。
———コイツは、一体いつ服を脱いだのだろう?
8 - 釜茹で
「さあ、この|釜《かま》の中に入れ」
|彫《ほ》りの深い、真っ赤な顔をした男が あなたにそう命令します。
釜の中には|沸騰《ふっとう》した熱湯がぐつぐつと煮えたぎり、熱気が|漂《ただよ》っています。
あなたは戸惑い、男の顔を見ます。
どうやら、あなたは罪人のようです。
「ええい、さっさと入らんか」
男が|苛《いら》ついたように急かします。
あなたは、言われた通りに釜の中に入ります。
---
あなたの皮膚に、|瞬《またた》く間に無数の水|脹《みずぶく》れが走り、|爛《ただれ》ます。
爛れた皮膚は破裂し、血が吹き出します。
吹き出した血と血の|隙間《すきま》から、肉が|覗《のぞ》いているのが見えます。
肉は熱湯に触れ、固まります。
体中の水分が沸騰し、あなたの体は|膨《ふくら》みます。
あなたは痛みも感じません。
「あはははっ」
あなたは笑います。
「いい湯だねぇ……!」
あなたは笑います。
その瞳は、次第に空洞を映します。
その体は、爛れ、破れ、固まり、原形を留めることなく崩れていきます。
まるで、——— 化け物かのように。
---
それを見て、男は驚いたように目を見開きます。
真っ赤な顔に似つかわしくなく、間抜けたようにポカンと口を開けています。
男は、左手を上げました。
そして、口を開きました。
「もうよい。そなたは———|現世《うつしよ》に|還《かえ》れ」
9 - 銃自殺
一人の少年がいる。
少年は、クローゼットの中を|漁《あさ》っている。何かを見つけたようだ。
---
非合法の武器を少年は手に取る。
まじまじとそれを観察している。
弾を通す大きな穴———銃口を、見つめている。
空洞には、どこまでも暗闇が広がっている。
ゆっくりと少年は口を開けた。|涎《よだれ》が垂れた。
銃口を口の中に入れる。
脳幹を破壊する気だ。
少年が、床の上で|胡座《あぐら》をかいている。
カチカチと、引き金を|弄《もてあそ》んでいる。
少年の瞳がクラクラと揺れている。
まだ思い切って引けないようだ。涎が垂れた。
やがて、少年の瞳が空中の一点を見据えた。
親指が、一気に引き金を引く。
パァン、と天国からの鐘が鳴った。
サイレンサーなど無い。
弾丸が、少年の頭と首の間を|貫《つらぬ》く。
少年は前のめりに倒れ伏した。
|灰白《かいはく》色のガスを吹いた銃口が、口から紅く|零《こぼ》れ落ちる。
---
鼻をつんと刺す鉄の匂いがする。
辺り一面に、華が咲いている。
10 - 死刑
「はろー!」
ピンポーンというインターホンの音で、我に返った。
———ついに、あいつが来たんだ。
最初は何事もないように。茶を出して、菓子を出して、隣に座った。
他愛もない話に終始する。
「ねー、明日提出の宿題終わったぁ? 俺、全然やってないんだけどー」
茶を飲んでいると、隣からあいつが ケラケラと笑いながらそんなことを言ってきた。
———嘘に決まってる。
どうせ、やってるんだろ。一夜漬けでやったとか抜かして、ちゃんと出すんだ。
おふざけ坊主ぶってるところが、大嫌いなんだ。
昔から、そうなんだ。俺がどれだけ|惨《みじ》めな気持ちになるかなんて、どうせ想像したことすらないんだろ。
意識せず、机に置いたコップを強く握った。
「———なあ。」
ふと気になったのか、あいつは不思議そうに俺を見た。
年頃の少年らしく、驚くほどまでに澄んだ瞳。人の悪意も汚れも、何も知らないかのような瞳。
———|虫酸《むしず》が走る。
「お前が俺を家に呼ぶなんて、珍しいよな。どういう風の吹き回し?」
俺は、にいっと口角を持ち上げた。
机の|陰《かげ》に|潜《ひそ》めておいた『あれ』を、そっと出す。
「それはな、」
高々と掲げた。まとまっていたのが|解《ほど》け、細くしなりながら先端が床に落ちる。
「———こういう風の吹き回しだよ。」
どうせ死ぬなら、殺してやる。
---
床には、|虚《うつ》ろな瞳のあいつが転がっている。
ああ、もう、『あいつ』とも呼ばなくていいのか。ただの|肉塊《にくかい》が、床に転がっている。
なにがなんだか分からない、という表情のまま、肉塊は固まって転がっている。
首にはくっきりと跡がついて、そして浮き出ていた。
———次の仕事に入るか。
台所からナイフを持ってくる。
照明に|翳《かざ》すと、きらきらとゆらめいて美しい。
まるで、今の俺を祝福しているかのようだ。
ナイフを振り下ろす。目指すは、ただの肉塊だ。
何度も何度も何度も何度も、振り下ろす。
血は吹き出ることなく、ただ流れている。つまらない。まあ、肉塊はこんなものなのだろう。
ガコン、と何かにぶつかった。———ああ、骨か。
ノコギリも必要みたいだな。めんどくせえ。
家族がいなくてちょうどよかった。今頃は、海外のどっかで豪遊だろう、俺抜きで。
---
ガラガラガラガラ、ドゴン、ガラガラガラガラ、という異音とともに、バラバラになった肉塊は下水に呑み込まれていく。
———お前には、これくらいがお似合いだよ。
さあ、そろそろ仕上げに入ろう。
俺は携帯電話を持ち上げた。緊急通報のボタンを押す。
---
ガチャン、という音が、俺の腕と手の自由を奪う。
物言いたげにこちらを見る警官の目を、俺は真っ直ぐに見返した。
「そう、僕がやったんだ。」
これが本望だったんだよ。
何でこんなことをしたのか、と目の前の人間が唇を動かす。
死ぬ為に罪を犯したんだ、と俺は答える。
警官が、顔を|歪《ゆが》めた。
彼が口を開く。その唇の動きは、どこかゆっくりと見えた。まるで、スローモーションがかかっているかのように。
「君、まだ十八になってないだろ。———少年法で、死刑にはならないんだよ。」
11 - 心中
「わあ、早かったんだね。遅れてごめんね」
華やぐような声とともに、パタパタと走ってきたのは彼女だった。
遅れてごめん、という言葉に反して、彼女の声はどこかすっきりしていた。
「いや、大丈夫だよ。俺が早く来すぎただけ」
そう言いながら、欄干にもたれていた手を、自分の隣に立った彼女の前髪に持っていく。
触れると、さらさらと指の隙間から流れていった。
彼女が笑ったのが分かった。その笑顔が、その無邪気さが好きだった。
———この髪に触れるのも、今日で最後。
辺りは真っ暗だ。夜なのだから、当然だけれど。
川を見下ろした。墨のように黒く、底は見えない。
街灯に照らされて、水面は |煌煌《きらきら》と 星のように|瞬《またた》き、消えていく。
それはまるで、———これからの自分たちみたいだ。
欄干に触れていた手に、何か細いものが掛けられる。
見ると、彼女が俺の手に糸を掛けていた。街灯の光で、紅色だと分かる。
これ、ミシン糸なんだ、と彼女は笑った。強度が高いと聞いたことがある。
「だからね。———千切れることも、|解《ほど》けることもないよ。」
どれだけの時間、そこにいたのだろう。
上弦の月は、とっくに沈んでいた。
ねえ、———もう、いかなくちゃ。
彼女がそう言った。どこまでも澄んだその瞳を見つめて、俺はうなずく。
「ああ。ずっと、一緒にいような」
これまでも。今も。これからも。前世でも、現世でも、来世でも。
紅い糸をつけたまま。
紅い糸を繋いだ手を、握り合う。お互いの温もりが、通じ合う。
欄干に乗り、飛び込んだ。彼女の肩を抱える。
欄干から川まで、それほど距離はない。ドブン、と音がして、視界に水面が映った。
黒いのに、街灯に照らされて チカチカと光っている。
流れる川の音が聞こえる。小さな魚が、さわさわと泳ぐ音が聞こえる。
———自分たちの鼓動を、消し去る音。
彼女が微笑んだ。
川の流れで離れないよう、抱きしめる。彼女の腕も回されたのが、背中の感覚で分かった。
彼女の髪が、流されて俺の頬をくすぐる。
彼女の頬に、そっと|接吻《キス》をした。
目の前がチカチカと紅く点滅してきた。あの糸のように、紅く。
もう、肺の中に空気はないみたいだ。
抱きしめていた彼女の鼓動を感じる。できない息遣いを感じる。
彼女が薄く目を開けた。
「愛しているよ」
12 - 爆発
「———突入だ!」
誰かの大声とともに、遠くでガタガタと音が鳴る。
私は背後に控えている仲間二人を振り返った。
警察が突入してきたのだ。皆、そう察したようであった。
私の視線を受けて、一人が部屋の奥に入る。
何をするつもりなのか、言われずとも分かった。
「……これまでか。」
それを見送りながら、残った一人がつぶやく。
そう経たず、奥に行っていた仲間が帰ってきた。
———手のひらより少し大きい、箱を持って。
それを見た私たちは、お互いに視線を交わして微笑みあった。
———何も、間違ったことはしていない。今までも。今も。これからも。
ガタガタドカン!と音がして、武装した男たちが部屋に入ってきた。
「手を上げろ!」
警察だ。
でも、手は上げてやらない。
———止められないくせに。
後ろで、箱を持った仲間が にやりと顔を|歪《ゆが》めたのが分かった。振り返らずとも。
———プチン、と何かが引き抜かれる音がする。小さいのに、それはよく聞こえた。
ついで、ドオ…ン!と間近で|轟《とどろ》く。
白い光が放たれる。
誰かの叫び声が聞こえる、そしてそれは|掻《か》き消える。
鼓動と共に時間が過ぎる。そしてそれらはすぐに止まる。
周りが光の|奔流《ほんりゅう》に呑まれて、跡形もなく消える。
部屋も、建物も、警察も、仲間も、私も———。
後には———誰かの、作り物じみた笑みだけが残されていた。