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目次
煽り火の体温
回答
『ゴールデンカムイ』の杉元佐一ですね!承知しました。
杉元といえば、あの「不死身」と呼ばれる荒々しさと、干し柿を食べてニコニコするような可愛らしさのギャップがたまりませんよね。
アシㇼパさんたちと別れ、焚き火を囲んで二人きりになった静かな夜のひと幕をイメージして書きました。
煽り火の体温
「……楓、起きてるか?」
低い声が、パチパチとはぜる焚き火の音に混じった。
毛布にくるまっていた楓が顔を上げると、そこには軍帽を脱ぎ、乱れた髪を火に照らされた杉元がいた。
「杉元さん? どうしたんですか、眠れないの?」
楓が問いかけると、杉元は少し決まり悪そうに頬を掻いた。その手には、いつも持ち歩いている大事な小瓶がある。
「いや……。お前、さっきの戦闘で足を擦りむいてただろ。化膿したら大変だと思ってさ」
彼は楓の隣にどっかと腰を下ろすと、手際よく薬を取り出した。
「平気ですよ」と言おうとした楓だったが、杉元の真剣な眼差しに気圧されて黙ってしまう。
杉元の大きな手が、楓の足首をそっと掴んだ。
戦場を潜り抜けてきた、マメだらけで硬い手。けれど、その指先は驚くほど優しく、傷口をなぞる。
「……痛むか?」
「いえ、全然。杉元さんこそ、肩の傷……また開いたんじゃないですか?」
楓が彼の軍服の合わせに目を向けると、杉元はふっと小さく笑った。その笑顔は、さっきまでの「不死身の杉元」ではなく、どこか幼さの残る、一人の青年としての顔だった。
「俺はいいんだよ。お前が痛い思いをする方が、俺にとってはよっぽど堪える」
不意に、彼の手の力が少しだけ強くなる。
杉元は楓の顔を見ようとせず、焚き火の炎を見つめたまま、独り言のように呟いた。
「俺はさ、楓。……お前には、綺麗なものだけ見ててほしいんだ。こんな血生臭い旅、本当は連れてきたくなかった」
「杉元さん……」
「でも、隣にいないと、もっと不安で堪らないんだ。俺は我儘だな」
自嘲気味に笑う彼の横顔が、火影に揺れる。
楓はたまらず、自由な方の手で、杉元のゴツゴツとした大きな手を握り返した。
「我儘でいいですよ。私は、杉元さんの隣が一番安全だって知ってますから」
一瞬、杉元は驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの、あの溶けるような優しい表情に戻った。
「……ったく。お前には敵わないな」
杉元は楓の手をぎゅっと握りしめると、そのまま引き寄せて、彼女の肩に自分の頭を預けた。
伝わってくる体温が、北海道の冷たい夜の空気を、一瞬で熱く変えていく。
「少しだけ、このままでいさせてくれ。……明日になったら、また『不死身の杉元』に戻るからさ」
焚き火が爆ぜる。
二人の影が雪の上に長く伸びて、ひとつに重なっていた。
看病という名の密着
コタンのチセ(家)の外は、猛烈な吹雪。
パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く中、楓は厚手の毛布に包まって、朦朧とする意識の中で熱い吐息をこぼしていた。
「……ん……、すぎもと、さん……」
「ここだよ。大丈夫だ、楓」
すぐそばで、安心させるような低い声が聞こえる。
楓が薄目を開けると、そこには心配そうに眉を下げて、彼女の額に濡れ手拭いを乗せようとする杉元の姿があった。
「ごめんなさい、私……足手まといに……」
「バカ、何言ってんだ。お前が倒れたら、俺がどれだけ生きた心地がしないか分かってんのか?」
杉元はぶっきらぼうに言いながらも、その手つきは驚くほど丁寧だ。
彼は大きな手で楓の頬に触れ、熱を確かめる。冷えた指先が火照った肌に心地いい。
「これ、アシㇼパさんに教わった薬草の煎じ薬。苦いけど、頑張って飲めるか?」
杉元が楓の背中に腕を回し、上体をそっと抱き起こした。
分厚い胸板の温かさと、彼がいつも身に纏っている、火薬と冬の風が混ざったような匂いが鼻をくすぐる。
「……にがい……」
「一口飲んだら、干し柿やるからさ。な?」
子供をあやすような口調に、楓は思わず小さく笑ってしまう。
なんとか薬を飲み干すと、杉元は満足げに頷き、約束通り小さく切った干し柿を彼女の口元へ運んだ。
「……杉元さん、移っちゃうから、離れてください……」
「俺は不死身だって言っただろ。病気だって、俺の体に入った瞬間に逃げ出すよ」
彼は冗談めかして笑うと、今度は自分も毛布の中に潜り込み、楓を後ろから包み込むように抱きしめた。
「ちょっと、杉元さん!?」
「暴れんな。お前の体、まだ震えてる。体温分けるのが一番早いんだって、キロランケも言ってただろ」
背中から伝わってくる、杉元の強くて確かな心臓の鼓動。
「不死身」の名にふさわしい、圧倒的な生命力の塊に包まれていると、不思議と死の影が遠ざかっていくような気がした。
杉元は楓の耳元で、静かに、けれど熱を帯びた声で囁く。
「楓……お前を失うくらいなら、俺は何度だって地獄から戻ってきてやる。だからさ、早く元気になって、また俺に笑いかけてくれよ」
大きな手が楓の手をぎゅっと握りしめる。
熱に浮かされた夢心地の中で、楓は「この温もりがあれば、どんな冬も越せる」と本気で信じることができた。
乱入者(続き)
杉元が楓を後ろから抱き締め、耳元で甘い誓いを立てていた、その時。
チセの戸が勢いよく開き、雪混じりの寒風と共に**「あの男」**が転がり込んできた。
「おーい杉元おぉ! 刺青の人皮に関するすっげぇ噂を聞きつけ……って、うおっ!?」
雪を払っていた白石が顔を上げると、そこには毛布の中で密着している二人。
一瞬の静寂。
「……あ、あれ? 邪魔した? もしかして今、いいトコだったりした?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる白石。対照的に、杉元の背中からは目に見えるほどのドス黒いオーラが立ち昇っている。
「……白石ィ」
「ヒッ、そんな怖い顔すんなよ! 楓ちゃんも顔真っ赤じゃねぇか。熱があるのか、それとも杉元の熱気に当てられたかぁ〜?」
白石がデリカシーの欠片もなく指を差して笑った瞬間、杉元の手が、枕元に置いてあった三十年式歩兵銃に伸びた。
「楓は風邪なんだよ……。せっかく寝付いたところを、お前のその汚ねぇ声で起こした罪は重いぞ」
「ちょ、待て待て! 銃口向けるな! 冗談だって! 悪かった、俺が悪かったから!!」
「死んで償えッ!!」
杉元が弾丸を込めるガチャンッという乾いた音が響く。
白石は「ギャーーッ!」と情けない悲鳴を上げながら、入ってきたばかりの戸口へと全速力で逃げ出した。
「楓、ちょっと待ってろ。すぐあの脱獄王を雪だるまにして戻ってくるから」
さっきまでの聖母のような優しい微笑みはどこへやら。
杉元は「不死身」の顔で吹雪の中へと飛び出していった。
遠くから、「助けてくれぇアシㇼパさーーん!!」という白石の絶叫が聞こえてくる。
一人残された楓は、ポカンと口を開けたまま、急激に静かになったチセを見つめるしかなかった。
逆襲の火照り
「……ふぅ。これで静かになったな」
軍服についた雪をバサバサと払い落とし、杉元がチセに戻ってきた。その顔は、まるで厄介な害虫を駆除した後のような爽やかな笑顔だ。
「悪いな楓、起こしちまって。あいつは明日まで雪の中に埋めといたから……って、楓?」
杉元が毛布のそばに膝をついた瞬間。
楓は、自分を覗き込もうとした杉元のマフラーを、弱々しい、けれど確かな力でグイッと引き寄せた。
「わっ……!? どうした、楓、まだ熱が――」
不意を突かれ、バランスを崩した杉元の顔が、楓のすぐ目の前まで落ちてくる。
楓は潤んだ瞳で彼を見つめ返し、火照った唇を小さく尖らせた。
「……杉元さん。白石さんを追い払うのはいいですけど……」
「……お、おう」
「……私、まだ寒いんです。放っておかれたら、もっと風邪ひいちゃう」
そう言って、楓は杉元の大きな首筋に、熱を持った自分の両手をそっと這わせた。
ヒヤッとする彼の肌に、自分の熱を移すように。
「ッ……!?」
杉元の体が、岩のように硬直した。
戦場では弾丸を潜り抜ける男が、楓の指先ひとつに、まるで毒でも盛られたかのように動けなくなる。
「楓……お前、自分が何してっか分かって……」
「分かってません。病気だから、頭がふわふわしてるんです。……だから、杉元さんが責任とって、もっと温めてください」
楓が少しだけ上目遣いに、彼の耳たぶに唇を近づけて囁く。
杉元の喉仏が、大きく上下に揺れた。
「……降参だ。お前の勝ちだよ」
杉元は観念したように溜息をつくと、今度はさっきよりもずっと深く、逃がさないように楓を抱きしめ直した。
彼の心臓が、耳を押し当てた楓の頬に、白石を追いかけていた時よりも速いテンポで打ち鳴らされているのが分かる。
「風邪が治ったら、覚悟しとけよ? ……今は、おとなしく寝かしつけてやるからさ」
杉元の低い声が、今度は甘い熱となって楓の全身を包み込んだ。
覚悟の代償
翌朝。
小鳥のさえずりと、チセの中に差し込む柔らかな光で楓が目を覚ますと、そこには既に身支度を整えた杉元が座っていた。
「……おはよう。熱、下がったみたいだな」
「あ、杉元さん……。はい、おかげさまで。昨夜は、その、いろいろと……」
昨夜の自分の大胆な「逆襲」を思い出し、楓の顔がみるみるうちに赤くなる。
それを見た杉元は、意地悪そうにニヤリと口角を上げた。
「なんだ、覚えてんのか。……『頭がふわふわしてるから、責任とって温めて』、だっけ?」
「うっ……! そ、それは、病気のせいで……っ」
慌てて毛布を被り直そうとした楓の手を、杉元が素早く、かつ力強く掴み取った。
逃がさない。その瞳には、昨夜の看病モードの優しさとは違う、獲物を狙う猟師のような鋭い熱が宿っている。
「病気のせい、で済ますつもりか? 楓」
杉元は楓の腕を引き寄せ、彼女の体を自分の膝の間に閉じ込めた。
逃げ場のない至近距離。杉元の顔が、ゆっくりと、けれど確実に近づいてくる。
「俺は一晩中、お前のせいで眠れなかったんだぜ。……責任、とってくれるんだろ?」
「すぎもと、さ……ん……んっ」
言いかける口唇を、熱い吐息ごと塞がれた。
昨夜のそれとは比べ物にならないほど深く、執拗な口づけ。
杉元の大きな手が、楓の後頭部を優しく、けれど強く引き寄せ、彼の色に染め上げようとする。
「……はぁ、……楓」
ようやく唇が離れた時、杉元は楓の額に自分の額をこつんと預け、荒い呼吸を整えていた。
彼の頬も、わずかに赤らんでいる。
「これでお相子だ。……でも、次はもう病気のせいになんてさせてやんねぇからな」
杉元は楓の耳たぶを甘噛みするように囁くと、いつものように軍帽を被り直し、照れ隠しのように「よし、飯にすっか!」と立ち上がった。
背中越しに見える彼の耳が真っ赤なのを、楓は見逃さなかった。
聖域侵犯・脱獄王の逆襲(続き)
「……楓、さっきの続き。……いいか?」
杉元の掠れた声が耳元を掠める。
彼の大きな手が楓の腰を引き寄せ、指先が熱を帯びて肌をなぞり始めた、その時。
「あ――っ! 見ーつけたぞ杉元ォォ!!」
バッシャアアン!と、チセの入り口から雪の塊が飛び込んできた。
そこには、全身カチコチに凍りつき、眉毛まで真っ白になった白石が、執念の形相で立っていた。
「てめぇ……! 俺を雪だるまにして放置しやがって! おかげでエライ目にあったじゃねぇか! ……って、またやってんのかお前らッ!!」
杉元の動きがピタリと止まる。
楓の肩に顔を埋めたまま、彼は数秒間、沈黙した。……その背中から、昨夜の比ではない、噴火寸前の火山のような殺気が立ち昇る。
「……白石」
「ヒッ、その地獄の底から響くような声やめろよ! 怖ぇんだよ!」
「お前、今……。俺がどんな気持ちで、どれだけ我慢して、ようやくここまで漕ぎ着けたか……分かってんのか?」
ゆっくりと立ち上がった杉元の顔は、半分影に覆われ、瞳だけが爛々と輝いている。
まさに、戦場で鬼神と化した「不死身の杉元」そのもの。
「あ、いや、俺はただ、お前のマキリを借りようと思って……。ほら、服が凍っちゃって……」
「マキリなら今、お前のケツに刺してやるよ。」
「ギャアアア!! 楓ちゃん助けてぇ!! 杉元が本気(ガチ)だ! 殺される、今度こそアイヌの神(カムイ)の元へ送られる!!」
杉元は凄まじい踏み込みで白石の襟首を掴むと、そのままチセの壁を突き破らんばかりの勢いで、彼を外へと引きずり出していった。
「杉元さん、待って! 殺しちゃダメですって!」
楓の制止も虚しく、外からは「待て! タイム! タイムだって杉元ォ!」という白石の悲鳴と、**「うるせぇ、今すぐ網走まで投げてやる!」**という杉元の咆哮が、冬の空に虚しく響き渡るのだった。
脱獄王の余計な置き土産(続き)
「……ハァ、ハァ……。ったく、あいつ……今度見かけたら本当に串刺しにしてやる……」
雪の中で白石をボコボコ(愛の鞭?)にして戻ってきた杉元は、肩で息をしながらチセの床にどっかりと座り込んだ。
せっかくの甘い雰囲気を台無しにされ、軍帽を目深に被り直して不機嫌を隠さない。
「杉元さん、お疲れ様です……。あ、何か落ちてますよ?」
楓が指差した先。白石が引きずり出される際に懐からこぼれ落ちたらしい、小さな紙包みが転がっていた。
「あ? なんだこれ……白石の野郎、ガラクタばっかり持ち歩きやがって」
杉元が忌々しげにその包みを拾い上げ、中身を確認する。
そこに入っていたのは、透き通った琥珀色の、なんの変哲もない数粒の**「飴」**だった。
「……飴? なんだ、あいつにしては普通なもん持って……」
だが、包み紙の裏に殴り書きされた文字を見た瞬間、杉元の動きが止まった。
『樺太の薬売り直伝! 情熱が止まらない “夜の御守り” 飴。一粒でヒンナヒンナ(意味深)』
「…………っ!?」
杉元の顔が、一瞬で茹で上がったように真っ赤になった。
彼は慌ててその紙を握りつぶし、背後の雪の中へ放り投げようとする。
「杉元さん? 何て書いてあったんですか?」
「な、なんでもねぇ! ただの……ただの、体に悪い毒飴だ! 捨ててくる!」
「えっ、でも白石さんが持ってたなら、美味しいものかも……」
楓が純粋な好奇心でその飴に手を伸ばそうとした時。
杉元がガシッと彼女の手首を掴み、そのまま床へと押し倒した。
「……ダメだ。これ以上、俺を煽るなよ、楓」
その瞳は、白石を追いかけていた時の怒りではなく、もっと濃密で、逃げ場のない熱を孕んでいる。
「白石の野郎のせいで、俺の我慢はもう限界なんだ。……こんな『薬』に頼らなくたって、俺はお前を離すつもりねぇからな」
握りつぶされた飴の包みが、床に虚しく転がる。
杉元は楓の首筋に顔を埋め、深く、熱い吐息を吹きかけた。
「……今度こそ、誰も来ねぇよ。……いいな?」
琥珀色の暴走(続き)
「……っ、この飴、変な匂いしやがって……」
杉元は忌々しげに、床に転がった包み紙を睨みつけた。だが、その指先には、うっかり口に含んでしまった一粒の飴が転がっている。
「ペッしろ、杉元さん! 毒かもしれないんでしょ!?」
楓が慌てて彼の顔を覗き込むが、杉元はゴクンと喉を鳴らして、それを飲み込んでしまった。
「……あ。……飲んじゃった」
「……あ。……あー……」
沈黙が流れる。
一秒、二秒。
杉元の顔が、見る間に耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。心臓の鼓動が、隣にいる楓にまでドクドクと伝わってくるほどに。
「杉元さん? 大丈夫!? どこか痛いとか、苦しいとか……」
「……痛くねぇし、苦しくもねぇ」
杉元の声が、これまでに聞いたことがないほど低く、そして熱く掠れた。
彼はガシッと楓の両肩を掴むと、そのままチセの壁際まで彼女を追い詰める。その瞳は、もはや理性の色が風前の灯火だ。
「……ただ、……体が熱すぎて、どうにかなりそうだ」
「っ……!? 杉元さ……ん」
「白石の野郎……ッ。……これ、本当にヤベェ薬だ……」
杉元は荒い呼吸を楓の鎖骨に吹きかけながら、彼女の細い首筋に深く顔を埋めた。
彼の体から発せられる熱量は、まるで焚き火そのもの。重ねられた彼の手が、震えているのが分かる。それは恐怖ではなく、溢れ出しそうな「情熱」を必死に抑え込もうとしている武士の矜持(と理性の限界)だった。
「楓……、俺、もう『不死身』じゃいられねぇ……。……全部、お前のせいだからな」
彼は楓の唇を、今度は「お返し」の時よりもずっと強引に、貪るように奪った。
飴の甘い香りが二人の間に広がり、外の吹雪の音さえ遠ざかっていく。
「……逃がさねぇ。……絶対、離してやんねぇから」
杉元の大きな手が楓の背中に回り、彼女を壊れ物のように、けれど決して拒めない力強さで抱きすくめた。
網走まで飛んで行け!(終)
翌朝。
眩しい朝日がチセの隙間から差し込む中、楓は隣に眠る杉元の腕の中で目を覚ました。
「情熱の飴」の効能か、それともただの本能か……昨夜の杉元は、まさに「不死身」の名に恥じない暴れっぷり(意味深)で、楓は今も体がふわふわと浮いているような心地だった。
「……ん、……楓。おはよう」
杉元が楓の額に優しく口づけを落とした、その時。
「おーーい! 杉元ォ、楓ちゃーん! 生きてるかぁ?」
チセの外から、昨夜の惨劇をこれっぽっちも反省していない、あの軽薄な声が響き渡った。
「……あ、白石さん」
楓が声を上げた瞬間、杉元の顔から甘い表情が消え失せ、代わりに鬼神のごとき形相が張り付いた。
彼は無言で、枕元に転がっていた「白石の脱ぎ捨てた汚いマフラー」を掴み取り、裸足のまま外へと飛び出した。
「おっ、杉元! 昨夜の飴、どうだった? 効いたろ、あれ――」
「白石ィィィィッ!!!」
「ギャアアア! 顔! 顔が怖いよ杉元くん!!」
杉元は逃げ惑う白石の首根っこを、獲物を捕らえるヒグマのような速さで掴み上げた。
「お前……。よくも楓を……俺を、あんな……! 恥ずかしくて楓の顔が見れねぇじゃねぇか!!」
「いいじゃねぇか幸せだったんだろ! お礼を言われてもいいくらいだぜ……って、うわああ! 持ち上げるな! 投げるな! 網走はもういいって!!」
杉元は全身のバネを使い、白石を大きくスイングした。
「不死身の杉元」の全力投球。白石の体は、綺麗な放物線を描いて冬の青空へと消えていく。
「あーーーばーーーしーーーりーーーッ!!(エコー)」
キラリ、と白石のハゲ頭が太陽に反射して光り、彼は森の彼方へと消えていった。
「……ふぅ。これでようやく静かになったな」
戻ってきた杉元は、どこか吹っ切れたような、清々しい笑顔を浮かべていた。
彼は楓の前に跪くと、その小さな手を両手で包み込み、少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「楓。……あの飴がなくても、俺はお前を愛してるから。……これからは、白石の変な土産じゃなくて、俺の言葉だけ信じてくれ」
朝日の下、再びにこやかな「干し柿大好き杉元くん」に戻った彼は、楓を優しく抱きしめるのだった。
(遠くの森から、「助けてー! 誰か助けてーー!」という白石の声が聞こえた気がしたが、二人はそっと耳を塞いだ。)