製作:小説集落(むらさきざくら、ふら=ぽっぴん、ルクス、鬼獄雷華、ツクヨミ)
原稿:むらさきざくら、ツクヨミ
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目次
1.Prologue
自分が今、何が楽しくて笑顔を浮かべているのか僕には理解できる。
でも、一人になるとなんであの時の自分は笑えていたのか、どうして今の自分は笑うことができないのか理解できない。
お医者さんに診てもらうと思っても、一人の時の弱い自分を他人の人に見せていいのかと不安が募るばかりで何も行動できぬまま、こんな僕になってしまった。
いつからこうなったのかなんてもう覚えてすらいなくて、高校1年生のときにはもう既にこんな状態だったような気がする。
鬱病なのか、鬱病ではないただの思い込みなのか。
僕はどちらかというと後者だと思っている。僕がこうなってしまったのは僕が弱かっただけだからだ。
一人の時にはいつも声をあげてまるで子供のように泣いた。多く泣いた日は次の日に目尻の方が腫れていることもあるし、声が枯れることもある。
今までの僕が全部全部崩れちゃうんじゃないかな、なんて思ってずっと抱えたまま。全部崩れたら、周りの人に迷惑しかかけないから。
こんなこと、誰にも言えるわけないから。
担当:ツクヨミ
この小説はいつ投稿されるかは不明です、その人の投稿ペース次第です。うちはアットホームな集まりなので、強要はないです。
なので私の番になったら急に一ヶ月とか空いても許してください。一週間程度か以内に投稿できるよう、努力はします。
次回は私ではない人が担当します。
2.目覚め
今日も目覚めが悪い。ここのとこ最近、ずっとそうだ。
賃貸のカーテンから漏れる光を受けて、僕ははあっとため息をついた。
四年前に他界した父の遺影。母は幼い頃浮気して、今はもういない。浮気をしてたら、もう目の前からいなくなったほうがマシなんだけど。
僕にはもう、血縁関係がある人はいない。母は生きてるのかどうかわからない。
だから、僕が死んでも、悲しむ人なんて誰一人いない。いるとしたら、誰か死んだら悲しむお人好しぐらいだ。
もう早く死にたい。辛い。辛い。この寿命を、どこかで、寿命が少なくて苦しむ誰かに分け与えたい。
そう思って泣いた。はあ、また泣いた。1人の時はいつもこうで。母が行ってしまったあの日から、もう泣いていない日はどれぐらいあるんだろう。最近、いつ泣かなかったんだろう。
縄で死のうか。ナイフ?飛び降り?人に迷惑はかけたくないし、苦しんで死にたくない。ニュースも暗いものばっかりだし、子供向けの番組ぐらいしか楽しそうなのがない。
子供の頃はよかった。世界がキラキラしてて、何もかも綺麗で美しい。社会の闇なんて、すこしも見えなかった。今はもう、美しいものなんて全然見つからない。社会は闇にどんどん溶け込んで、それと比例して愛しい子供の姿は減っていく。
この社会も僕も、早く死んだほうがいいのかな___
担当:むらさきざくら
3.揺らぐ、踊る、
鬱々とした気分で家を出て、大学に向かう。
最初こそ沈んでいたけれど、道中で人を見かけるうちに元気になってきた。
僕は慣れた動きで電車に乗る。
空いていた席に座り、テキストを開く。
駅に着くまで、そのまま電車に揺られていた。
---
「おはよう!」
「ぅわ、びっくり……って、怜夏くんか。おはよ!」
「おはよ。珍しいね、この時間にいるなんて」
「いやぁ、今日、係の仕事があってさ……。早起きしてきた!」
みんなと軽く話しているうちに、いつもの調子が戻ってくる。
そうだ__これが、僕なんだ。
---
「課題だったダンスの振り付け、考えてきましたか? ……ではっ、順番に発表しましょう!」
今はダンスの授業中。
先生みんなに呼びかけ、少しザワつく。
確か、僕の番は最後の方に回ってくるはずだ。
しっかり見て、今後に活かせる技術を吸収しなければ。
パチパチパチパチ…
「__良かったわよー! それじゃあ次、柊木さん!」
「はいっ」
……大丈夫、肩の力を抜いて。
♪〜♪〜♪〜
__「わ、キレ〜イ……!」「柊木さん、流石ね」「今の見た? 凄!」__
踊り切る。大丈夫。
♪〜♪〜♪〜
僕は無我夢中で踊った。終わった後の拍手で、やっと力が抜ける。
「ふぅ……ありがとう、ございましたっ!!」
大学の雰囲気がチンプンカンプンで……想像と勢いで書き上げました。
実際と大きく違っていたらすみません、これが私の想像力の限界です。
担当:ふら=ぽっぴん
4.期待の中に。
今日も全て上手くいった。
いつも通り。これがいつも通りだ。
そう自分の中、口にも出せない独り言を呟き繰り返した。まるで、緊張している自分を勇気づけるように。
電車の中、一人ではない空間。だから声に出せないし、泣くことも出来ない。
今日は勢い余って3〜5限まで授業を入れてしまった。そして更にそこから、教授に呼び止められ21時まで練習する羽目になった。
だから、電車の中は仕事や学校帰りの人も少なくガラガラだった。
窓から差し込まれる月の元に広がるそこそこ都会な土地の夜景、今の僕には美しいと思うことができない。
美しいと思うことができないその夜景を見ながら、僕は静かに呼吸を整えていた。
その電車の中で揺られながら。
--- * ---
「はっ……ふっ……、ふ……」
深呼吸を繰り返しても、呼吸が出来ている心地がしない。苦しくて、壊れてしまいそう。
鬱病なんかじゃない。
僕があまりに弱いだけだ。弱過ぎるだけだ。
家だけが、僕の居場所だ。
家なら、一人だったら、好きに泣いてしまっていい。
なんで自ら、大学へ行ったんだろ…そんな思いで、また涙があふれでてきた。
別に僕がいなくなってもいい。
でも、それで今まで積み上げてきてしまったもの、全て崩れたとしたら、僕は__周りの人は___。
___踊っていたときを思い出す。
微かに聞こえた、あの称賛の声。無我夢中で踊った。確かに疲れはしたけど、あのとき、嫌な気分には全くなっていなかった。
「もっと頑張れるんじゃない?」
誰だったっけ、こんなこと言った人。父だっけ、どうだったっけ。
周りからの期待。それこそが、今の僕の『負のエネルギー』をつくっているのに。今、もうあんなこと言った人とはつながっていない。失敗したら、全部、全部、すべてがなくなってしまう。
___また、踊りたい。全力を出し切りたい。
そんな気持ちが少しあることを、僕は否めなかった。
製作:むらさきざくら、ツクヨミ
5.仮面の内側
「はは…」
あれ…?僕は今…笑っているのか?
それとも…泣いている?
「わかんないな…w」
今、自分は周りからどう見えてるのか。うまく取り繕えているのか。
「苦しい…」
…?なんで苦しいって言った?
これが自分。みんなの求める自分。
それで、終わり。
「すごい!お前はすごい子だ!」
…やめて
「将来は絶対にエリートになるぞ!」
っ…やめて
「こんなこともできないのか?」
っ…やめてってば!
「かわいそw」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだッッ!!
「うっ…うあっ…ぐ、っ…ポロッ」
「僕は…」
積み上げてきたものが壊れるのが嫌だ
周りから見放されるのが嫌だ
失望されたり、悪口を言われたりするのが嫌だ
「僕がもっと強くならなければッッ…!」
「僕が…弱いから…!」
きっと、エリートだとか、優秀だとかなんとか言って
勝手に死んだ父さんのことなんか、“見捨てたい”と心の隅で思っているんだと思う
でも…でもっ!その“呪い”はずっと僕にひっついて離れない
「ヒューッ…ヒューッ…」
僕の喉の奥から変な音が出る
ああ、息が苦しい…辛い…死にたい…
でも…
「死んだらどうなる…っ?」
もしかしたら…僕のことなんか誰も気にも止めないかもしれない
僕の積み上げてきたこと全てが…消えてしまうかもしれない
「嫌だ…、っ!」
いっそ…死んでやり直してしまおうか
全て…今まで僕がいたということも忘れて…っ
「…眠れない」
…いつからこんなことになってしまったのだろうか
薬がないと眠れない、一人で孤独に泣く…
いつか…この仮面を外せる日が来るのだろうか。
短いですけどごめんなさいっ!
担当:鬼獄雷華
6.神様
ふっと意識が戻って、自分がいつの間にか寝ていたことを理解する。
……今日はもう、眠れないと思ったのにな。薬のおかげだ。
いや、今日じゃなくて昨日か……やっぱり今日? よく憶えていない。
ぐるぐると考えながら、のっそりと動き出す。
僕の頭も、僕の今日も。
---
「よく見たらまだ全然早朝だし……やっぱり眠れなかったんだな」
ふと、昨日の夜の自分を思い出す。
「…………はは。全然、変われない、な……僕は。いつもいつも……」
目を細め、天を仰ぐ。
「睡眠薬を大量に飲めば、電車が来たときに飛び出せば、信号を待たずに駆ければ、屋上の柵を越えれば、誰かに執拗に恨まれれば、事故を仕組まれれば、無差別殺人の被害者になれれば、僕は__」
思い浮かんだ言葉を並べだしたら、止まらなくなった。
「僕はもう、死ねていたのかな」
……死にたく、ないんじゃなかったっけな。
死にたくないんだけどな。
これまでのことを、無駄にしたくないんだけどな。
消えたら消えたで、みんなにせせら笑われるんだろうけどな。
「どう、やったら…………」
口から言葉が漏れた。
「どうやったらこの孤独から、呪縛から、逃れられるんですか? ……神様」
そんな風に|希《こいねが》いながらも、学校の準備する手を止められない自分が、何よりも嫌だった。
担当:ふら=ぽっぴん
7.朝の風。
短針は4時前を指していた。
薬を飲んだのに、3時間も眠れないとは思わなかった。
容姿を確認するために、鏡で自分を見た。
そこには目の|隈《くま》と泣いたせいで生まれた赤さの腫れが酷いことになっていた。
これは流石に映画で泣いたなんて嘘じゃ誤魔化せない程酷かった。
だから僕は冷やすためのものと、コンシーラーを用意し、まず腫れを引かせるために目の下にその冷たいものを当てた。
なんで僕はこんな惨めな運命にあるのか、時々分からなくなる。
他の人は僕より辛いはずなのに、なんであんなに、シリウスのように輝いて見えるのだろうか。
起きてから自分がやっていたことを投げ出して何となく、部屋を後にした。
理由はなかった。後付けの理由を考えるなら、朝風に包まれたかった、だろうか。
「………はぁ」
今ここから落ちたらどうなるのかな、なんて結果は経験しなくても分かっているのに。
ただただ怖いだけ、あと半歩が踏み出せないだけ。勇気がない僕が嫌い。何もできない僕が大嫌い。
目から溢れる涙が、僕の体の代わりに何度も何度でも落ちていく。
せっかく腫れを治めようとしたのに、なぁ。なんて自分が泣き始めたくせに、そんな事を思う。
「……あの、」
「大丈夫ですか?」
振り返るとそこには、見知らぬ女性が僕を心配そうに見ていた。
時が止まったみたいだった。
人に僕の涙を見せることなんてなかったから。
この朝早い時間帯なら誰も居ないなんて思っていたから。
「………ぇ…ぁ…な、んでも…」
僕は逃げるように部屋の中へ戻った。
外になんて行かなきゃよかった。なんて、もう戻せぬ過去の僕を恨んだ。
完璧じゃなきゃだめだったのに。
こんな僕が、誰かに言われたらどうしよう。
泣くな、泣くな、と自分に言い聞かせる。
しかし、負の感情は収まることを知らず腹から僕の体を蝕むようだった。仕方ない、僕が悪いんだから。
「………」
鏡に映る自分を見つめながらゆっくりと笑顔を作って、口を開いた。
「……なおさないと、なぁ……」
僕は先程放置した氷とコンシーラーを手に取った。
担当:ルクス、ツクヨミ
8.完璧
「___次、柊木さん」
「あ、はいっ」
大学、昼前。
今日は技能テスト。
課題曲に合わせて踊るだけ。簡単なこと。
昨日だって、1週間前だって、この先だって、出来てなきゃいけないこと。
教授にそう言われ、教授の前へと出てきた。
そして、曲が鳴り始めた。
ゆっくりとした穏やかな初動からサビからは激しく素早い動きが求められる。狂気的な演技が求められる曲である。
手先と足からゆっくり動かして、次に首をグルンと回す。
あ……、違う、ここはもっと弱くゆっくり……、
ここから早くなっていく。どんどん、激しくなっていく。
あ、また…ちがう、こんなんじゃ、ない…、こんなの、こんな、の…ちが、う…、
そのまま、曲が終わった。
耳に入る音は、拍手と教授の声だ。
違う、なんで、なん、で………、?こんなの僕なんかじゃ…、
「 いつも通り 素晴らしい出来ね」
いつも、通り……………、でこんなのが、素晴らしい……の、?
「__僕、は…、僕………だっ、て……__」
喉まで出かけたその言葉達を必死に飲み込む。
それを言ってしまえば、完璧にしてきたもの、全部崩れてしまうから。
皆に嫌われちゃうから。
完璧じゃない僕なんて誰にも求められていないから。
「あら、どうしたの?」
教授にそう声をかけられた。
そう、そうだ。僕はまだ一人じゃない。弱いところなんて人には見せられない。
「終わったばっかで息が上がってて、ありがとうございましたって言おうとして…」
だから、笑う。
僕はこれしか知らないから。
人にそう言われたら笑うことしかできないから。
弱い僕なんて自分の中で何回も何回も刺して、殺すしかないから。
「あら、それなら。 無理のない 範囲でね」
教授の顔が晴れ、笑顔になった。
「……っ、……はい、!」
よくわからないけど、苦しい。苦しい、痛い。
こんなんじゃ、…、こんなんじゃ、また昔の出来損ないな僕に逆戻り。
--- * ---
夜、20時30分頃。
次の課題曲も、技能テストの日程も発表された。
次こそは、期待に応えられるようにしないと。
そうじゃなきゃ…、
「怜夏、また練習か」
そう言うと同時に練習室に顔を覗かせたのは、僕の同級生たちだった。
僕と同じ学部の2人だった。
「やっぱ流石だな」
そう同級生である友達が言った。
僕は曲を止めて、その同級生たちが顔をのぞかせる扉の方へと向かった。
「えへへ、そんな事ないよ。もっと頑張らなきゃいけないし」
そう言葉を返した。
こんなんじゃ全然駄目なのに、いつかは流石なんて言われなくなってしまうのに。
「お前がそんな事ないレベルだったら俺たちはどうなんだよ」
「じゃあな、頑張れよ」
言葉を続けていった彼らは、僕1人を残して2人で練習室から去った。
扉が閉められていなかったから扉を閉めるために扉の方へと歩いていった。
廊下を歩いてある時に聞こえてしまった2人の会話を僕に聞かせながら。
「次の技能テストも完璧だろ、あの調子じゃ」
「最大評価じゃなかったらちょっと面白いな」
「面白くねーわ」
「というか、怜夏がダンスで失敗するわけねーだろ」
「ははっ、確かにそうだな。怜夏が失敗するなんてありえない話か」
聞こえてはいけない、聞こえてしまったこと。
笑って。
自分がなにか分からなくなるまで笑って。
ナイフで刺されたみたいに何か、僕の中にある何かが痛くて。
僕しか知らない僕は僕の中で藻掻いているのに、なんで誰も完璧じゃない僕は僕として認めてはくれないの、…?
--- * ---
また、練習室を貸してもらって練習してから帰ってきた。時刻は12時を回っていた。
今日も寝れないのかな、なんて思いながら練習をして疲れ果てた体で階段を登っていった。
あの時に感じた痛みも、消化しきれない名前のない感情もずっとどこかに溜まったまま。
苦しい、そんなの知ってる。
僕は病気にかかってもないのに、僕は大切な人をつい最近亡くしたわけでもないのに、貧血やちょっとした風邪でもない。
なのに何故、なんで、僕はこんなに苦しいの?
理由がないのなら、僕がここで止まっていい理由にはならないのに。
まだ部屋を向かう階段を登っていたのに。
涙が目から溢れていた。大粒で、多くて、動けなくて、呼吸も何もかもしづらくて。
「、朝の……」
階段を下りてきた、涙で視界がぼやける中でも視認できた見覚えのある人。
彼女には、泣いている姿ばかり見られる運命でもあるのだろうか。
逃げ出した。
しかし、あっさり手首を掴まれた。
それほど強い力ではなかったが、疲れている僕を引き留めるなら十分な力だった。
「………大丈夫?」
騒音問題でも起こしてしまったか、それ以外に何か怒られるか、そんな考えが|過《よぎ》った。
「え…、…?」
予想とは違う言葉、優しい言葉。
僕がかけられたことなんてない、初めての言葉。
その言葉に思わず、声を漏らした。
「朝見た時からずっと泣いてたよね、私こう見えても精神科志望だから、」
「こんな知らない人に話すの怖いと思うんだけど……少し話、聞かせてくれない?」
彼女は続けてそう言った。
想像より長くなった。
スクロールお疲れ様です。
担当:ツクヨミ
9.及第点。
言われるがまま、その人の部屋へと入ってしまった。小学校の先生に、知らない人にはついていくなってよく言われたのになぁ。
そのまま、椅子に座るように言われて僕は椅子に座った。
僕が座った前にお茶とお茶菓子を出してくれて、その人は僕の前に座って口を開いた。
「名前、言ってなかったよね」
「私は|露崎 静佳《つゆさき せいか》、君は?」
綺麗な名前だなぁ、なんて呑気に思った。
漢字までは知らないけれど綺麗な漢字を書くんだろうな、なんて。
「ぇ……っと…、|柊木 怜夏《ひいらぎ れいか》です……」
「ふふっ、怜夏くんか」
僕の不甲斐ない声ですら優しく包み込んでくれて、優しく笑ってくれた。
「早速申し訳ないんだけどさ、さっき手首、異様に細かったよね」
「ごめんだけど……ちょっと袖まくるよ」
そこに露呈したのは、脂肪なんてなくて骨が目立つだけの腕。
「ぇ……っぁ…、」
戸惑う僕に優しく声をかけてくれながら、どんどん話を進行させる静佳さん。
「一日何食食べられてる?」
「一食……、しか食べれなくて…」
いつからだっけなぁ……、…食べれなくなったの。
これ以上食べると嘔吐物が口から出そうになって、苦しかった。油物なんて特に。
金銭面は楽にはなったけど、結局こんな痩せ細って不健康になっていくだけ。
「そうだよね…」
少しの間沈黙が生まれた後、静佳さんが口を開いた。
「……何でも話していいよ。誰にも言わないから」
僕のこんな腕も、こんな弱いところも、泣き虫で臆病なところを見ても何も言わずにただ受け止めてくれた。
「ほんとに…?、……なにも、……っ…だれにも、いいませんか、?」
だから、気持ちが高ぶってしまった。
身の上話を求められることなんてなかったから。
「何もかも完璧な僕」じゃなくて、「人間である僕」として、扱われることが初めてで嬉しかったから。
「私の君の約束ね。ね、小指出して」
言われるがまま、小指を出した。
静佳さんの小指と絡まり合い、静佳さんが優しく自分の腕を振った。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指きった」
幼稚なこと。すぐ破れてしまうような薄氷のような少しつついたら壊れてしまうそうな約束。
でも、次の瞬間には声を上げて泣いていた。
--- * ---
あの日から鳴り止むことを知らない、ノイズみたいなお母さんとお父さんの怒号。
浮気だ、離婚だ、なんてお互いを罵りあったり殴り合ったり。
まだ物心がついたばかりの頃には仲が良かったはずなのに、何があったのかなんて僕は知らなかった。
怖くてリビングには行けなかった。
僕の部屋のクローゼットに閉じこもって、そのノイズが鳴り止む時まで一人震えていた。
それが、一ヶ月ぐらい続いた。
突然と静かになったある日。
リビングに向かうと、そこに居るのは煙草を片手に持ったお父さんだった。
この家に残ったのは、お父さんと幼すぎる僕と部屋の中にほんのり香るお母さんの香水の匂いを掻き消すお父さんのタバコの匂い。
小学校でも中学校でも、受験に成功しても、テストで高得点を取っても、成績表が殆ど最高評価を取っても、友達と仲良くしても、ダンスに全力を注いでも、容姿を整えたとしても、僕が本気で頑張ったこともお父さんにはそれが当たり前でしかなかった。
「もっと頑張れるんじゃない?」
タバコを片手にお父さんに言われたそんな言葉。
心が締め付けられているみたいだった。それは、歳を重ねるほど強く締め付けてきていた。
僕は頑張ってもこの程度だから、これからもお父さんにとっては及第点でしかない人生を生き続ける。
その度に、僕は壊れていくような感覚に襲われるのに。
完璧にしないと殴られて、蹴られて、怒鳴られて。お父さんは成績表が殆どAでも、その中にある一つのBが気に入らないみたい。
僕が削れるだけでお父さんが笑顔になって、僕を褒めてくれるなら僕はどうなったってよかったのに。
褒めてくれたことなんてなかった。
笑顔を見たことがなかった。
中学3年生なりかけの頃に、33歳だったのお父さんが亡くなった。肺がんだった。
お父さんは喫煙者だったからそれがこの結果を招いてしまったのだろう。
葬式を終えても、火葬を終えても、捨てきれない名前のない感情。
悲しみでも、嬉しさでも、何でもない。心を締め付けて一生離れてくれない。苦しくても。
お父さんの死後、父方のおばあちゃんが引き取ってくれた。
おばあちゃんは60手前なのに30前半と偽証し外で30後半〜65の男を作っては捨てて、遊んでばかり。
おばあちゃんは本当に綺麗な人で、60なのに30だと言えるほどの美魔女だった。
そんなに綺麗な人でも、お金は週1で机に置いていく1000円のみ。
そこから食べ物やスーパー銭湯に行くお金を計算したら、土日はお風呂に入れなくて年齢も小学生だと詐称するしかない、食べ物もあまり食べることはできない。
家は生前のおじいちゃんがローンを返したらしいが、家があるだけ。電気や水道、その他なんかはさも当然のように止められていた。
高校生になった数ヶ月後、家を出て1人暮らしを始めた。
お金は勿論なくて、おばあちゃんの家でバイトを数ヶ月した後に家を出た。
週5〜週6でバイトを入れて、ダンスも頑張って、部活も頑張って、容姿も磨いて、テストも満点で順位も1位。
心も体も壊れた。倒れたこともあった。
でも、完璧にしないと怒れるから、もう痛いのは嫌だから、失望させたくないから。
あんな弱い僕、誰かに見せたら失望されちゃうから。
大学生になっても、金銭面的には少し余裕ができてもバイトは週5は入れている。単位も全て取る。実技テストも手を抜いたことなんてない。
でも、友達にも教授にも他学年の人にもそれは僕にとっての当たり前、それが及第点でしかないんだって。
才能だね、すごいね、なんて言われたら嬉しさよりも、強いものが僕の心を縛り付けてるのに。
いいなぁ、なんてもっと努力してから言ってよ。
もっと出来るんじゃない、なんて具体的にどこを頑張ったらいいのか教えてよ。
なんで僕に全てを投げ出しても、僕が出来なかったらそんなに怒るの?
僕は機械なんじゃないのに。
全て完璧にできる訳じゃないのに。
なんで僕に全てを完璧にしろなんて強要するの?
僕は人間なのに、ただの19歳の人間なのに。
表面だけ見て、なんで|裏面《ぼく》は誰も見ようとはしてくれないの。
--- * ---
話すつもりなんてなかったのに、結局全て話してしまった。
誰かが悪いんじゃないのに。
僕が出来ないのが悪いのに、完璧になれない僕が悪いのに。
こんな僕、死んじゃえば…、?
そうなれば、みんな救われるのになぁ。
「もういいんだよ」
「当たり前になるのは怖いよね。怖くて、怖くて、仕方がないよね」
泣いているのか、少し震えていた声。
僕に寄り添ってくれるような、優しくて温かい言葉と口調。
「………ぇ、?」
予想もしなかった言葉に、思わず口からそんな声が漏れ出てしまった。
怜夏くんに幸あれ。
担当:ツクヨミ
裏話。
怜夏くんの親の離婚の理由は
母親→夜の街に出かけて何度も男を作る、つまりは浮気。ホスト狂い。ヴィーガン。家ではヒステリックで、気に入らないことがあると子供(怜夏くん)に暴力を振るう。専業主婦だが、家事は全て子供(怜夏くん)に押しつける始末。
父親→会社の新入社員の女性と何度も関係を作る、つまりは浮気。煙草、酒、ギャンブルに依存症。金を溶かしている。母親や子供(怜夏くん)、特に子供(怜夏くん)に何度も暴力を振るう。
10.それだけで
「人に言われる人生じゃないんだよ、君の人生なんだ。」
静佳さんは僕の手を包み込むと、笑ってそう言った。
優しくしてくれたのに、僕は少し否定したくなった。
「…っでも、僕は…そんな…それだけで…いろんなことから逃げてきたんです…。」
自分と向き合うこと
人を信じること
誰かに、こんなふうに打ち明けること。
「うーん、でも君は悪くない。」
「へ?」
「それは君のせいじゃない。誰だってね、そういうことは怖いから逃げようと思うんだ。それは、悪いことじゃなくて普通のことなんだよ。」
友達、親に何を言われたかだとかそういうことを結局心の中で自分のせいにしていた。
そっちの方が楽だったから。
静佳さんに言われて、初めて気づいた。
涙が止まらない。
「ありがとうございます。」
アパートのドアを開け、振り返って軽く会釈をした。
「…いつでもおいで」
何も言わずに頷くと静佳さんの家のドアを閉めた。
わああ、なんかちょっと方向性変えちゃった…!?
あわわ…おれやっちゃったかも
担当:瑠澄都(るすと)
11.普通
静佳さんに出会って、1ヶ月程度が経った。
どんな些細なことだろうと、毎度毎度親身になって僕が話疲れるほど話を聞いてくれる。
久しぶりに明日なんかこなければいいのに、と思わずにいられる日々が続いていた。
でも、ずっとこんな日が続けばいいのに、って思う度に歩んできた日々が少しずつ壊れてしまう。
この幸せが崩れかけのジェンガみたいに積み重ねられていることを知ったから、幸せなことは長くは続かないんだって僕が教えてくれた。
だから僕は結局、昔の僕に逆戻りしてしまうんだって。僕ってそういう運命なんだって。
静佳さんと何でも話すって約束したのになぁ。
--- * ---
眩しい光が目の中に入り込んできた。
そこは練習室だった。
練習してたんだった、僕。
昨日も一昨日も、寝れなかったからかなぁ、なんて言い訳を考えた。どれぐらい寝てたんだろう。
座って眠っていた体を起き上がらせて、流れっぱなしの課題曲を止めた。
人の気配がして扉の方を見ると、そこには友達が何も言わぬまま立っていた。
「どうしたの?」
友達は何か言いたそうにしていたからその場から友達に聞こえるように声をかけた。
「…なんかお前さ、普通だね。怜夏じゃないみたい」
何か、大切な何かが壊れていった。
そうだ。学校で寝るのなんておかしい、テストで最大評価が取れないのもおかしい。
おかしいことなんだよ、怜夏。
「へへ……、ちょっと眠くてさ」
生半可な言い訳なんて誰も求めないの、完璧じゃないと僕は壊されていくだけ。
こんなんなら、誰にも認めてもらえないよ。
誰にも僕だと思って貰えないよ。
立ち上がって、授業が行われる部屋に向かった。