ナツの目的を果たすため
最後のさいごの夏の日々。
※「ナツが来た」の続編となります。
最初に読めばとてもわかりやすいと思います。
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目次
ソーダの瓶は宙返り
7月30日。時刻は昼の1時。
青くすんだ空の下に、どっぷりと大きな入道雲が溜まっている。
だけど駄菓子屋から外へすぐ出ると、かべにかくれていて分からなかった真っ青な海が、かがやきながら姿を現す。
灰色のコンクリートの地面は分厚く、海の上でも人をしっかりと支えていた。
そんな場所でもセミは、お構いなしにさわいでいる。
「海って、きれいだなぁ…。」
そうぼくがつぶやくと、ナツはとなりでおかしそうに笑った。
「何が変なんだよ。」
ぼくがナツにツッコむと、ナツは笑いながら答えた。
「いーや。いつもここ来てんのにさ、今更そう言ってんのがおもしろくってさー。」
ははっと少しかわいた笑いを浮かべつつ、ナツはずいぶんとごきげんそうだった。あの時、だがし屋で話していた時はあんなに顔をくずさないようにひっしになっていたのに。
「そういやナツ、麦わらすっごいボロいけど…すきまの光とか、まぶしくねーの?」
ずっと気になっていたことを聞くと、ナツは答えた。
「いや、まぁあんま気にしてないけどさ、麦わらボロいからって普通光の心配するかよ。」
続けてナツは言った。
「お前のそういうとこ、好きだよ。」
時刻はちょうど1時。長針がてっぺんを指している。アキと僕は、一台だけの扇風機と一緒に、横並びで縁側に座っていた。
「あ〜、あっちぃ…。太陽なんて爆発しちゃえ〜…。」
「そうだなぁ、ウルトラマンにでも頼むか。」
「3分しかはたらけない人にはたのめない気がする…せめてゴジラとか…」
「でもゴジラは空飛べねえぞ?」
「うーん…。なやましい…。」
そんな他愛のない話を続けていると、アキはばっと倒れ、あーと声を上げた。
「こんな時、つめた〜いソーダが飲みたいなぁ…。」
「ソーダねぇ、一本100円だし、ガキの小遣いで買えるかどうか…。」
僕がそういうと、アキがまたばっと起き上がって、驚いたように言った。
「都会ってそんな高いの?ここのだがし屋なら50円だよ?」
「そりゃ駄菓子屋なら…、ん?駄菓子屋?」
僕の中で何かがつっかかった。なにか、大切な事だったはず。
「ゲシ、どうしたの?」
「いや、何でもない。ソーダの話のせいで喉乾いたし、駄菓子屋行きてぇなって。」
「んー。なんかオレも飲みたくなってきた…。」
思い出せない。もしかしたら僕の勘違いかもしれない。でも、なんか、大切なことをやっぱ忘れている気がするし…。
むしゃくしゃに絡まった後のように僕の気持ちがめちゃくちゃになって、なんだかいつもの夏の暑さも、もっと暑く感じる。
ジンジン鳴くセミの声は、チョクに僕の頭にぶつかってくる感じがして、頭がジンジン痛んでくる。
「ゲシ、大丈夫?なんか、顔色が…。」
「ん、大丈夫。駄菓子屋行こーぜ。」
気を紛らわさせたくなって、僕はアキを駄菓子屋に誘った。
ついでに、何か分かりそうな気がして。
ぷかぷかと浮かんだ曖昧な記憶は、いつまで僕にまとわりつくのか。
---
夏休み2日目の明るい朝。オレが布団から出た時、そこに親父がいた。
「親父!」
前に見た時よりも親父は日に焼けていて、顔にカンロクってのが増えている感じがした。
「アキー!元気でいたかぁー!」
親父は玄関からダダッとでかい音を立てながらオレにかけよってきて、オレのそばに来たとたん、すかさずぎゅーっと苦しいほどに抱きしめてきた。
「ゔーっ。おがえり…。」
「あっ、すまない。」
オレが苦しそうな声を出すと、今度はまたオレを離した。
「あら、おかえりなさい。」
かーちゃんが奥から親父の帰りに気づいて、声をかけた。親父もあぁっと言って答えて、かーちゃんにもぎゅーっとした。
「そうだアキ。これ、電話で言ってたやつだ。」
そういうと、親父はオレの手のひらに、ワインの色みたいに赤く光ったスカーフの上に、花びらのふちが金色にかがやいたひまわりのピンをのせた。
「わーっ!ありがとう親父!」
オレは声をいっぱいにしてよろこんだ。
親父はオレの声を聞いて、ワハハと笑った。
…ての感じの思い出がぶわっと、赤いスカーフをまいて、そこに金のひまわりのピンが刺さった少しふるぼけた麦わらを見るとよみがえる。
暑い夏の日差しも、その麦わらは今、金色にかがやきながらオレを守ってくれている。
「アキー、あとどんくらいで駄菓子屋だー?もう海がばっちり見えるんだけど。」
「もうすぐだよー!」
土の地面から、しっかりとしたコンクリートの台の上へ。海沿いのコンクリートの上にはお店がずらーっと並んでいて、つまり商店街だ。
商店街の向かいには船も何もない。ただ少し大きいコンクリートの道がそこそこ広がっているだけ。…まぁ、イーハトーヴに船なんて、なくて良いようなものだけど。
「ここだよー。」
駄菓子屋の中へオレとゲシが入ると、そこに思いもしない人がいた。
「…ナツ…と、トウヤ?」
---
「お、ま、え、らーー!!」
駄菓子屋にふらっと立ち寄ってきた2人組に目線をやると、それはアキとゲシだった。
約束の時間より5時間も遅くやってきた2人に、オレは大きな声を出して怒ったフリをした。
するときょとんとした顔をしてきた。
「んだよその顔ー。まさか"約束"わすれてんのかー?」
「約束…あ。」
オレがそう言うと、ゲシがふと思い出したように言った。アキの方は全然だ。
「やっべ!ナツまじごめん!!」
ゲシはあわてて謝って、それを見たアキもまたあわてて謝った。
「いいよいいよ。ジョーダン。」
オレはヘラヘラと笑って答えた。
ふとトウヤの方を見ると、なんか肩を狭めたように窮屈そうにしていた。
するとトウヤは口をひらく。
「ナツ、アキたちにも教えてやんないの?」
「あっ、そうだった。」
オレはアキたちに、トウヤに言ったことを思い出しながらアキたちにも言った。
友人がいること、約束を守れなかったこと、
また会って謝らないといけないこと、
盆にはここにいれないこと。
「…そうか、オレ、ナツに協力する!」
アキは元気に答えた。だけど、ゲシは、
「僕は協力できない。ごめんね。」
ゲシは少し寂しそうに、そう答えた。
「えっ、ゲシ、なんで?」
アキはゲシにそう問うと、ゲシは答えた。
「僕はまだあったばかりの他人だ。ナツに協力できるのは、仲の良い君たちが良いだろうって思ってさ。だって、僕がいたら邪魔しちゃうだろうし、あと、話の内容とか何にもわからなかったし…。」
するとアキがそれに反論した。
「ゲシは何でもかんでも考えすぎ!あったばかりとか言ってるけどさ、オレたちはもう友達じゃない!てかキカンとかカンケーないし!オレもイマイチ話わかってないけどさ、なんかナツを助けなきゃって思ってさ、協力しようとしただけだしさ!」
ゲシは何かに気づいたようにハッとした。
するとまた、悲しそうな顔を浮かべた。
「だからさ、ゲシ。オレたちと行こうよ。」
気持ちを踏ん張ったように、ゲシは答えた。
「あぁ。」
改めて2人は抱き合った。
「トウヤ、なんか買おうぜ。250円分奢ってやるよ。」
「おごってもらわなくて結構。みんなでソーダ買おうぜ。」
涼しげな青い清涼飲料をみんなで買うと、外に出て、みんなで飲んだ。
炭酸は不慣れだったけど、甘ったるい味のおかげでなんとか飲み干せた。
鼻をつくような空気の塊がぐぐっとくるような気がして、我慢できずにげっぷをすると、ぐぁっととんでもない音が出た。
みんな吹き出して、たくさん笑った。
「足りねー。」
すっからかんのソーダ瓶越しに、太陽がキラキラと輝く。瓶の色が青いからか、真っ青な色で綺麗に輝く。
「キレー…。」
アキも僕につられたのか、ソーダ瓶を両手で支え、光に当てた。
するとスルッとアキの手から、ソーダ瓶が逃げ出した。
「あぁっ!」
空中へ見事に一回転したソーダ瓶は、コンクリートの地面を乗り超えて、そのまま海の中にぽちゃんとおっこちて行った。
それを見たトウヤがすかさずかまをかける。
「あー。アキやってるー。」
「ちっがうし!わざとじゃないしー!」
僕たちは明るい空の下、うるさいセミの声も無視して、4人だけの乾杯を楽しんだ。
風化したペリドット
ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。
色々なセミが飛び回ることなく、涼しい木陰でうるさくないている。
すると突然、耳が誰かにふさがれて、それと同時にさざなみの音が聞こえてきた。
「なんだっ…?」
「しー。リッスンリッスン…。」
ハルにぃがそう言うと、ぼくはだまって音を聞いた。
ゆったりくり返す音は、完全にいっしょでなく、びみょうに違っている。
細やかにただよう旋律は、どんなオーケストラよりも美しく、聴き入ってしまうものだった。
「どうだ?」
「なんか…すごい。」
「だろー?適当に浜辺で拾った貝なんだけどさ、耳に当てるとすごい波の音が聞こえるんだよ。」
ハルにぃはぱっと貝殻をぼくの耳からはがし、冷蔵庫からソーダ瓶を取り出し、一本をぐびぐび飲み始めた。
「ぷはーっ!やっぱこれよー!」
「おっさんみたいだねー。」
「こちとらまだ中学生ですわ!」
「ぼくからしたら十分…ね?」
「トウヤー、それ俺以外のやつにいっちゃダメだぞー。」
「あっ…スミマセン。」
「本当にこの山超えた先にあんのかよ…。」
僕は今、ナツといっしょに何故か山にいる。しかも結構視界が悪くて、差し掛かる光が、まるで宝石の様だった。
どうしてこうも、無理をするのかと思ってしまうが、ナツが言うにはどうやらこの山を超えた先に、村があるらしいのだ。
「オレの記憶が正しけりゃな。」
「そんなんほぼあてになんねーよ!!」
はははと目を瞑らせ、声を出してナツは笑う。
…ここまで来て何もありませんでしたーは勘弁してくれ〜…。
地面のぼーぼーにのびた草とかを踏み分けながら歩いているうちに、だんだんと木々が少なくなっていくような感じがしてきた。
そこには何やら小さな集落があった。
---
「おーすげー。ナツ、お前が言ってたのってここか?」
「いや、ちがうなー…、見たこともないぞ。」
「…まじかぁ。」
古風な家が何十軒か立ち並び、人の気配は感じられないものの、何故か昨日ぐらいまで人がいたような感じがする。
集落の真ん中くらいの場所で川が差し掛かっていて、そのちょうど真ん中くらいにも赤い橋がかかっていた。
「なんだろうな…、ここ。」
「知らないよ、僕イーハトーヴに来たばっかだし、しかもイーハトーヴにずっと住んでる君が知らないって言うんだからさぁ…。」
「うーん…、探検でもしてみるか?」
「するわけないだろ。ほらさっさとここ抜けてお前が言ってた村に…。」
ザッ…、と言う音と共に、どこからともなく小さい子供が目の前に来た。
「「おわーっ!?」」
僕たちが驚いて叫ぶと、子供の方もまた驚いたようで、後ろにどんと尻もちをついた。
「お、おい…大丈夫かよ…?」
僕がそう聞くと、子供はきょとんとした表情を浮かべた。
「ん。」
子供はいきなり僕たちの方に指を刺した。
「ん…なんだよー…、礼儀がなってないな…。」
「おまえ、ナツ?」
「えっ?」
子供は何故かナツの名前を口に出すと、ナツの方をじっと見つめた。
僕はナツの方に振り返って、また子供の方へ振り返ったりしてお互いを見た。
すると子供の方から近づいてきて、ナツの前へやってきた。
「ナツだ。…ナツかな?」
「んー?誰だよお前。オレはナツだけど…。」
「やっぱりナツだ。こえおんなじ。」
子供はそう言うと嬉しそうに笑って、今度は集落の方をくるりと向いた。
すぅっ…と息を一杯に吸ったと思ったら、
「みんなー!ナツきたよー!」
子供は鼓膜でも破りそうな大声で叫んだ。
「うわうるせ…。」
すると集落の方からぞろぞろと人がやってきた。
「おわわわ…、ナツいつのまにこんだけファン増やしたんだよ…。」
「ファンってなんだよ…オレは知らねーぞ?」
集落からやってきたのは大人だったり子供だったり…若い女性とかおじいちゃんとかもやってきた。
「うたげー!うたげだよー!」
子供がばっとそう言うと、集落の人たちがおー!っと盛り上がっていた。
「ナツー、愛されてんなぁ。よかったじゃねぇか。」
僕がそうかまをかけると、ナツはまだ戸惑ったような顔をしていた。
---
僕とナツは集落の人に連れられるがままに、いつのまにか客のような扱いを受けていた。
ナツはまだタジタジしていて、だけど宴会の主役の扱いを受けていた。
「こんな真昼の中ようきたのぅ…。いつか帰ってくると信じてたぞ…。」
「…?オレ、何かしたか?お前らに…。」
まるで英雄のような扱いを受けているナツを横目に、僕は宴会の食べ物に手を伸ばしかけた。
するといきなりバシッと伸ばした手を押さえつけられた。
「これは食べてはなりませんっ…!」
大きな女性が僕に怒ったように言うと、僕は答えた。
「なんでですかー、こんなにも美味しそうなのに…。」
すると女性は答えた。
「…ナツくんのお友達なのは承知しています…。ですが、これは貴方の様な人間が食べてはいけないのです…申し訳ございません。」
無理やり僕を連れ出しておいて差別はないよ…。と思いつつ、僕はその女の人言うことを守って、食べ物をじっと見つめることにした。
僕はまた女の人に話しかけた。
「あのー、ナツって何かしたんですか?本人あんなにたじろいでるけど…。」
「あ、いえ、特には…。」
「へんなの。」
ナツは何かを話していた様だけど、集落の人たちの話し声にかき消されてわからなかった。
だけどだんだんとナツが馴染んでいることはわかった。
いつのまにか食卓の上はすっからかんになっていた。
「あー、もっと食えばよかった。」
僕がすこし不満げに言うと、女の人がまた反応した。
「だから…なりませんって…。」
---
「ナツは…まだ目的を思い出せんか?」
「うーん、もうちょいな気がするんだよ。…ここのことだって、朧げだけどなんとなく思い出してきたんだよ。」
この集落…いや、村の村長さんと、オレはいっしょに話していた。
何やらオレはここの村に昔いたそうで、ここから旅に出たっきり、帰ってこなかったそうだ。
何年、何十年も…。
「でもオレ、まだ10歳だ。ゲシより年下だし、何十年もっておかしくないか?」
「うーん、やはり記憶が…。」
どうやらオレは記憶喪失らしい。
そのほかにも村長さんは沢山話してくれた。
ここの村はみんな夜型で、真ん中の川で釣りをする人が多くて、ここの村は外の人が滅多に来れるものではないと言うことだった。
暗い外にふと目をやると、紫色に輝く灯籠の中で、まりをついて遊ぶ子供を見た。
「じゃー。もし話が本当なら…オレはずっと旅してるオッサンじゃないか。そんなのやだぞ。」
「いえそう言うわけじゃ…ところで、ご友人にはもう会われたのか?」
村長はオレに聞いた。
「いーや。顔もまだ思い出せなくって。…でもさ、会わないとってずっと思ってるんだ。」
そう言うと、村長が悲しそうに言った。
「そうじゃったか。思い出している最中にすまんの…。」
村長がそう言った途端、突然眠気に襲われた。
意識が朦朧としている中で、村長がボソボソ何かを言っていた。
「……う……ては……ならん…」
ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。
やかましいセミの音が、耳をじわじわ貫く…。
気づいたら森の開けた場所にいた。
「ん…あれ、僕…。」
思い出せない。何か、何かしていたはず…なんだけど。
「おーい。ナツー…。」
起き上がってナツの方を見てみると、なんと言うか、まあ幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「…ナツも寝るんだなー…。」
僕はナツが起きてくれると信じて、ゆったりと二度寝をすることにした。
青春のスピネル
好き…嫌い…好き…嫌い……。
あたしはヒナ。小学2年のオトメ。
今あたしには、想い人がいるの…。
思い出すだけで、ドキドキしちゃうなぁ…。
好き…嫌い…。
「あっ。」
その辺に生えていたコスモスをちぎって占っていると、残りのかべんの枚数が2枚になった。
このままいくと、嫌いになっちゃう…。
「…そうだっ。」
あたしは2枚のかべんをつかんで、同時にちぎった。
よかった、これで好きになったぁ…。
「てちがーう!!」
ちがうわっ、こんなのじゃない!
あたしの思いはこんなのじゃとどかないわ!
「いきなり叫んでどうしたよ、ヒナ。」
おじいちゃんの声にも目をくれず、あたしはそのままばっと外に出た。
「ゆうべには帰るんじゃよー!」
太陽さんさんの暑い日差しに負けるぐらい、あたしの思いは弱くないんだから…!
「今日も暑いですなー。」
おかぁに散々言われた課題をやっと半分まで進めたところ、俺は少し一息ついているところだった。
セミの鳴く声は相変わらずうるさいし、日差しは馬鹿みたいに暑いしで、夏は嫌いだ。
あ、でも夏休みがある点で言うと…やっぱ好きかもしれない。
ソーダを飲もうと冷蔵庫に行ったが、ソーダは一本も入っていなかった。
「ありゃりゃ…。」
すっからかんで寂しくなった中をのぞいて、俺は駄菓子屋に行くことにした。
財布の中は結構ピンチだけど、一応一本分はギリ買えるので大丈夫。
ソーダは俺の生命線といっても過言ではないのでこれはしょうがない。…しょうがないのだ。
外に出て、俺は駄菓子屋の方に一直線に向かった。暑いとかうるさいとか知らねぇ。
ソーダがうまい季節にゃ変わりねぇ…!!
コンクリートの地面の隙間に生えたたくましい雑草を容赦なく踏み潰し、俺はどかどかと向かう。
すると向こうの木の下に、何か話をしている子供を見た。
アキくんと女の子だ。
俺はたまたま通りかかったもんで、思わず声をかけた。
「やぁ。」
「あっ、トウヤのアニキ!久しぶりー!」
「親戚だけどねー。」
アキは嬉しそうに答えてくれた。
隣の女の子はきょとんとしている。
「ヒナは知らなかったっけ。この人トウヤのシンセキなんだよ。」
アキは女の子…ヒナちゃんに俺のことを教えると、ヒナちゃんは口を開いた。
「あ、えと…初めまして、ヒナです…。」
「おー、初めまして。」
ヒナちゃんは照れ臭そうに答えた。可愛らしい女の子だ。
「それじゃ俺は用事があるんで!またね。」
「はーい!」
アキくんの相変わらずの元気な返事を聞いて、俺は少しほっとした。
---
「一本くださーい!」
俺は駄菓子屋でソーダを無事買うことができた。
青く透き通った瓶。まるで宝石の様な炭酸の泡…!俺はこの一杯のためだけに生きているといっても過言ではない…!!
「いつもありがとうねぇ。」
「いやぁ。好きで買ってるんでね〜。」
駄菓子屋のおばちゃんはゆったりした声で話しかけてきた。するとまた、おばちゃんは何かを話してくれた。
「最近思い出したことがあるんじゃが、聞いてくれんかの。」
「いいよ?てか面白そー。」
思い出した話か。
おばちゃんの話はどれもザ不思議という感じで、聞いてて飽きないから好きだ。
おばちゃんは続けて話す。
「えっとねぇ、わしの友達の話なんだけどね。もう70年前にもなる話だからねぇ。」
おばちゃんは続けて話す。
「なんだっけね、確か…"ナツキ"って言う子がいてね。男の子だったんだけどね。みんなその子のことを"ナツ"って言ってたんだけどね。」
「おばちゃーん。その話前にも聞いた気がするー。」
確か夏休みに入ってすぐの事だ。
俺がナツって言う男の子がうちのトウヤの友達になったと言った時、こんな話をしていた。
…気がする。
「覚えとるよ、でもね、ちょっと違う話なのよ。」
「ちょっと違う?」
おばちゃんは続けて話す。
「その子はね、釣りが大好きで、いつも川辺に行っては魚を獲って、家に持ち帰って食べてたんだよ…____。」
ある日、都会から村に疎開に来た人たちがいてね…。その中で気が弱い男の子がいたのよ。食べ物をもらっても、親の人に取られて、ほとんど弟さんのものにされて、こぼれかすみたいなものしか食べれなかったから、どんどん痩せ細っちゃったの。
わしとナツはその子を見かけて何か食べさせようってなってね、わしは野菜を、ナツは魚をその子にあげたのよ。
するとその子は途端に泣き出しちゃって。しかも声をあげて泣くもんだから、わしとナツがいくらなだめてもなかなか泣き止んでくれなかったのよ。
---
「その子は今のわしの夫よ。駄菓子屋を始めたのも夫の思いつきよ。」
「えぇーっ!?まじかよー!」
おばちゃん夫さんいたのかよー!
いつもおばちゃん1人で店番してたから、独り身かと勝手に思っていた…。
いや、失礼だな俺。
「最近じゃ体調を崩しちゃってね。今はわしの実家で過ごしてるよ。電話したら畑仕事に精を出してくれているって嬉しそうにお父様が言うのよ。」
でも、自分が助けた人に結ばれるって、なかなか素敵なロマンスだよなぁ。
俺も、こういうこと起きねえかなー…。
「老人の戯言に耳を向けてくれてありがとうね。」
「あっ、失礼しまーす。」
おばちゃんの話を聞き終えて、俺は外に出る。
真っ青な空は澄んでいて、下の方には真っ白な入道雲がどっしりたまっている。
俺はソーダのキャップを開けて、勢いよくぐびぐび飲んだ。
「ぷはーっ!やっぱこれよー!」
---
「アキくん、好きな子とかいないのー?」
「えぇっ、んーと…。」
オレは今、ヒナからのすっげー質問ゼメにあっている。好きな食べ物とか、夏休みの宿題のこととか…。
とりあえず正直に答えてるけど、今の質問はちょーっと困ってる…。
好きな子…かぁ…?オレはもちろんトウヤだけど…いつも遊んでるし、仲良いし、幼なじみだし。
でも、ゲシも気が合うから好きだ。ゲシはオレより年上で、たよれるって感じで好きだ。
あーでも、ナツも好きだなぁ。夏の間しか会えないのが寂しいけど…いや、もう会えなくなっちゃうのかな…?
…そんなことないよな。何考えてるんだろオレ。
「ねぇー。どうなの?」
「いるよー。3人いる。」
「…えっ、3人も?誰よそいつら。」
いきなりヒナのギョウソウが変わった。
オレは思わずおぉと声に出てしまった。
「トウヤと、ゲシと、ナツだよ!どいつも大切な友だち!」
「…いや!そう言うのじゃなくて!…こう…ほら、…恋愛的に…?」
ヒナはやや顔を赤らめていた。
オレは正直に答えることにした。
「それじゃあ…いないかなー。」
「ずこっ。」
ヒナは何かずっこけたように顔をふせた。
「大丈夫?熱中症?」
オレはヒナの顔をじっと見つめた。ヒナの顔はすげー真っ赤になってる。
「ちょっとごめんな。」
オレはヒナのデコに手を少し乗せた。モウショのせいか、すっげー熱い。
「えっ…えっ…!?」
「熱あるじゃねーか!早く家帰れ!…帰れるか…?」
熱中症はあまくみてはいけない。去年、なかなかに死にかけたしな…。
オレはヒナを支えて、ヒナの家のところまで行くことにした。
「アキくんっ…えと、ありがと…。」
「?別にいいよー。しっかり休んでー。」
オレはヒナを家に届けて、やっぱ暑いので家にそのまま帰ることにした。
そういや、ゲシが昨日からうちに帰ってきてない。…大丈夫かなー…。
「ナツ、そのまま帰してもよかったの?思い出すヒントとかあげるために呼び寄せたんでしょ?」
紫色に輝く灯籠が、村の夜を照らす景色をバックに、妻がわしに問う。
「いいんじゃ。アイツは自分の力で目的を思い出そうとしとる。…それに、邪魔するとここに入れなくなるかもしれんしな。」
「それもそうですね…。」
外で子供が剣道をして遊んでる。
「それはそうとじゃ、この村の中にナツに化けて外に出たやつがいるらしいのぅ。」
「…タローのことですか。」
タローは、村一番のいたずらっ子で、よく誰かに化けて、外にいたずらをする問題児だ。
「タローはここにいるよー!」
でもナツを一番に見つけたのもナツメだし、なかなかに憎めないヤツでもある。
「話は聞いていますよ。…子供が集まるところでわざと捕まえたアジを落として、ナツくんの姿で拾い上げたのでしょう?」
「そーだよ!でもねー、ナツのことしらないこには、タカにみえるようにしたんだ。かしこいでしょ。」
ナツメは自信満々に答える。
「いたずらしてる時点で賢くないですよ!」
「えーっ、ひっどーい。」
タローはぎゃーとわめいて、すぐさまどこかに遊びに行った。
「全く…この子のいたずら好きはいつ治るやら…」
「まぁまぁ。きっと昔には辛い思いをしてきたんだろうし、ほっとこうぞ。」
「父さんは甘すぎですよ。」
木陰の小さな事件簿
____「でね!じーちゃんがそこでね!」
「…うん。」
猛暑日の中、オレはヒナに半ば無理やり連れ出され、ヒナの話をずっと聞かされてる。
あいづちをうてばチョーにっこり。
逆に打たなきゃチョーふきげん。
…さすがにオレでも疲れて来たぞ…
「____でね!…って、アキ?聞いてる?」
ヒナはオレに聞いた。
だけど暑さで限界だったのか、ヒナにひどいことを言ってしまったんだ。
「…うるさい。」
心臓がバクバクした。
「…へ?」
ヒナは突然言われた言葉にあぜんとしていた。
オレは自分でもわからないまま、ハンシャ的に叫んだ。
「うるさいって言ってるの…!」
ヒナはオレの方をじっと見つめた。
「いきなり連れ出されてさ!何かと思えばずっと話してるだけじゃんか!オレ、正直限界だよ!」
ヒナはじっと黙っていた。
だけど、見つめてくる目は赤くて、今にも泣き出しそうだった。
だけど、オレは、もっとひどいことを言ってしまった。
「もう…。」
「もうさ…____。」
…自分でも、なんで言っちゃったのか、
わかんなかった…。
「もうさ、話しかけないで。」
「…で、ぼくのとこに来たワケね。」
ハルにぃの遊びにつきあっていると、アキが突然ぼくを訪ねてやって来た。
やって来たと思えばすげー泣いてるし、どうしようどうしようってすごいブツブツつぶやいていた。
とりあえずハルにぃがアキの口にラムネをぶちこんで、なんとか落ち着かせた。
そして相談を受けて、今に至る。
「んで、仲直りしたいのか?」
ぼくはアキに向けて聞くと、アキはこくりと頷いた。
「なら、フツーに謝ればいいじゃん。」
そう言うと、アキは今度は首をふるふると横に振った。
「だって…話しかけないでって言っちゃったのに…オレから謝ったらさ…勝手だって思われちゃうし……。」
アキはやや涙声で言う。
「うーん、どうしようか…。」
アキはヒナに謝りたい。だけど直接はイヤ。
ギクシャクしててもどかしいし…なんだかイライラする…。
しかもヒナはなぜか男っぽい。…変に意地を張ってるかもだし、そうだと余計に面倒くさい。
うーん…。
セミがジャージャーやらミンミンと鳴いて、今日が猛暑であることを強く感じさせる。
扇風機も首を振ってカタカタと鳴いている。静かでうるさいコンサートの演奏がぼくの耳に響きわたる。
「ん?なんかやってそうだな。」
それをかき消すように、ハルにぃがぼくたちに話しかけて来た。
どこからともなくでてきたソーダをはいっとぼくとナツに渡して来た。
「会議するにはまずは糖分補給だぜー!」
ぐびっ、ぐびっ、と勢いよく飲むハルにぃとアキ。アキはさっきまで泣いていたのが嘘みたいにラッパ飲みをしている。
「ぷはーっ!ありがとう、ハルお兄さん…!」
すっかり元気になったみたいだった。
ハルにぃもアキに遅れて飲み終えて、いいってことよと威勢よく言った。
アキが落ち着いた頃に、アキはもう一度、ぼくに持ちかけた相談をハルにぃにもした。
ハルにぃはうーんとうなっている。
「んー…俺、友達とか出来たこと無いからなぁ。」
そう言いハルにぃは二本めのソーダを飲み始めた。
ぐびっ、ぐびっ、と、悩んでいる割には大きな音を立てて、喉越しが良さそうだ。
するといきなり目を開いて、ソーダから口を離した。
「あ。」
何かを思いついたように、ハルにぃは口を開く…。
「えっ、何か思いついたのか。」
ぼくがそう聞くと、ハルにぃは少し自信なさげに言った。
「…かなりハイリスクだが…。」
---
アキとヒナ、仲直り大作戦…。
作戦はこうだ。
まず、俺とトウヤがヒナにアキの悪口を垂れこむ。
次にアキの悪口で盛り上がったら、俺たちは用があると言って物陰に隠れる。
そしたらアキが来て、ヒナに謝る。そして俺たちがヒナにネタバラシしてハッピーエンドだ。
だけど、もし失敗してヒナが変に意地を張れば、アキも俺もトウヤも、みーんなそろってヒナに嫌われてしまう。
「それでもするか?」
ハルにぃはいつにも増して真剣な眼差しで、ぼくたちに言った。本当に勉強がギリギリの人とは思えない。
するとアキはこくりと頷いて、
「オレ、それでもやるよ…!」
本気のようだった。
「トウヤ、お前はどうする?」
ぼくは迷わず答えた。
「ぼくはもともとヒナに嫌われてからね、別にいいよ。」
こうして、本末転倒になるかもしれない危険な作戦は、実行されることとなった。
…そしてぼくたちは、ヒナの家の前にいる。
「アキ、お前は近くで隠れろ…。」
「う、うん。」
アキはハルにぃの指示通りに、ヒナの家の裏に隠れた。
「トウヤ…行くぞ…!」
「…うむ。」
ピンポーン。
そういえばヒナの家に行くのは初めてだ。
…初めて家に来るのがこれって、どうなのか。
すると扉がガラガラと音を立てて開いた。
出て来たのは優しそうなおじいさんだった。
「どちらさんでしょう?」
力もこもっていない話し方で、おじいさんは言った。
ハルにぃは平気なそぶりで話す。
「俺たち、ヒナちゃんの友達なんですけど、ヒナちゃんいますか?」
そもそも、中学3年生が、小学2年生と友達っていうのも変な話だ。
だけどおじいさんは疑ってくることもなく、待っててくださいと言って、ヒナを呼びにいった。
すると奥から猛ダッシュでヒナがやって来た。
「って、トウヤと…トウヤのお兄さん?じゃない。よく来たわね。」
何故か少しがっかりしているようだった。
それでもヒナは玄関から出て、何して遊ぶ?とやる気満々のようだった。
とりあえず近くの木陰に行って、ヒナに話すことにした。
まずはアキの悪口だ。
「アキってさ、ウザくね?」
「…へ?そうかしら。」
まずはぼくから。内心緊張でドキドキしている。人の悪口なんてあんまり言ったことがなかったし…。
「そうだよ。アイツ、なーんにも先を見ないで突っ走ってくもん。」
いいぞ、ぼく。このまま話せば…
「行動力のカタマリだよな。ウザいけど憎めないしさ、アイツならやれるって信じられるし…。」
ハルにぃがぼくに驚いたような顔をした。ちがう、ぼくはアキを褒めるんじゃなくって、ののしらないと…。
「そうよねそうよねっ!!」
突然ヒナが興奮しだした。
「やっぱりそこがアキくんの魅力っていうかさー!危なっかしくて目が離せないけどー、それでも成し遂げてくれるっていう信頼感がさー!」
ヒナはヒートアップしだして、アキの魅力をどかどかと語り出した。
(おいっ、トウヤ何してんだ!)
ヒナのでかい声に紛れて、ハルにぃがぼくにひそひそと伝える。
ごめんハルにぃ。ぼくに人の悪口を言うってヤツは無理だ…。
「あっ、ごめん!用事があったの忘れてたわ!」
ハルにぃはいきなりばっと立ち上がり、じゃあなー!と言って何処かに行ってしまった。
「ご、ごめんぼくも!呼び出したのにごめんね。」
ぼくもハルにぃにつられて、ばっと立ち上がった。
「ちょっとー!なによー!」
ぼくはヒナを後にして、ハルにぃが待っている物陰に行った。ちょうどヒナの後ろ姿が見える。
あとはアキが来るだけだ。
すると奥の方から、アキがやって来た。
ヒナは急にぴくっとして、丸めていた背をシャキッと伸ばした。暑さのせいか、耳まで真っ赤になっている。
アキは近くに来て、ヒナの前に立った。アキも顔が真っ赤だった。
するとアキは、口を開いた。
---
「あ、あのさ…。」
オレは震える手をぎゅっとにぎって、ヒナに話しかけた。
ヒナのじっと見つめる目が、怖くて仕方ない…。
ど緊張で、ただでさえ今日は猛暑日なのに、余計に暑く感じる。額に汗が伝う感覚がする。
それでも尚セミはのんきにミンミン鳴いて、このぐらいへっちゃらだと言わんばかりにやかましくしていた。
しばらく、の間でも、すっごく長く感じた。
ヒナはオレのことをどう思ってるんだろう、そもそもオレも、ヒナのことを、どう思ってるんだろう…
「…ごめん。」
縛り出た一言は、とても簡潔なものだった。
だけど、何故かさっきよりもすごく緊張してくる。
心臓がバックバクだ…。
だけどそれとはウラハラに、ヒナの答えは予想外のものだった。
「ごっ、ごめんって…なに…?」
…へ?
「あっ、いやっ、えとっ、その…」
あわてて何かいわなきゃと思ってしまい、いみふめーな言葉を話してしまった…。
いったん息を吸って、オレはまた話した。
「…あの時の、オレ、ヒナにひどいこといっちゃったぁ…!」
とたんに涙があふれてきた。
女子にこんな姿見せるの情けねー!情けねーぞオレ!って必死に自分に語りかけても、オレは泣くのをやめなかった。
しかも声をあげて泣いてしまった。情けない…。
「ちょ!ちょっと!大丈夫!?落ち着いて!あたし気にしてないし!」
ヒナにも気を使われてしまって余計に情けない。あー、もうやだぁー…。
「あと!あたしも悪いの!アキくんのこと、なーんにも考えてあげられなかったし…」
ヒナは泣くオレの背中をトントンたたきながら言った。
「…仲直り…できるかな…?」
オレはヒナに言った。
「…うん!しましょ!」
ヒナも元気に答えてくれた。
するとしげみの方からがさっと何かが飛び出して来た。トウヤとハルお兄さんだった。
「よかったなー!アキ!」
ハルお兄さんはオレの背中をバシバシたたいて、
「あはは、よかったな。」
トウヤはただしげみの近くに座って、眺めていた。
「それにしてもなー、まさか褒めるとは思わなかったよ。」
ハルお兄さんは、トウヤに対して言った。
「うるさい、べつにほめるつもりは…」
トウヤは冷たくハルお兄さんに言った。
「ねー、オレのこと、なんて言ったの?」
オレはトウヤに聞いた。だけど、カンケーないとトウヤは言うだけで、教えてくれなかった。
「えっとなー、アキは〜」
「ハルにぃ!だめっ!」
話し始めるハルお兄さんを止めて、トウヤはあわてたように騒いで、ハルお兄さんの足をけっていた。
トウヤ、オレのことなんて言ったんだろー?
オレはますます気になっていた。
きっとビー玉は割れない
草木ボーボーの生え放題の、ゴツゴツした山道の中…
僕はナツと2人で歩いていた。
ナツが先頭で、僕が後ろだ。
光源も少ないし目の前は真っ暗だし、それに加えて僕は目が悪い。
ナツを見失ったら最後…と言うことで、
ナツからはガッシリ腕を掴まれている。
正直痛いし恥ずかしいんだけど…ナツはなかなか聞いてくれなかった。
「ここら辺から、道が綺麗になってるね。」
さっきまでゴツゴツした岩が散らばっていて、足の踏み場もないような地面だったのに、いつのまにか人が行き来してるような、固くて平べったくて、歩きやすい土の道に変わっていた。
「んー、もうすぐか?」
ナツはいつものようにドカドカと前に進んでいる。
次第に当たりが眩しくなって来た。
「正直オレも覚えてないんだよな、遠い記憶すぎて…」
道は歩きやすくなったものの、両サイドに生えている草木は生え放題で、僕の肌にねちっこく触ってくるから、いつのまにか腕や膝が真っ赤になっていた。
それに比べてナツは…どこにもかいた跡も日焼けもなかった。幽霊みたいで不気味だなぁ。
でも、どうしてナツはこんなにも肌が白いんだ?僕より外で遊んでたはずだし…いや、色白なのかな。
「おっ。なんか見えて来た。」
突然ナツはそう言って、ゆっくり立ち止まった。
木々の間からちらりと見える家々は、人の活気をここからも感じられた。
「多分、ここだ。」
ナツはそう言い、また歩き出して、下り坂を歩いて行った。
「待ってよ、多分ってなんだよ。僕はナツが知ってるって言うからついて来たからさ。違ったら容赦しないよ?」
「だからオレもあんま覚えてないんだって、違ったらすまねぇ。」
「じゃっ、違ったら僕にソーダ一本奢りね。」
「ぐっ…だいぶたけえな…まぁいいよ。」
ずるずる滑る下り坂でこけないように、互いに崖に捕まりながら下っていった。
手が痛い。
下りきると、さっきチラッと見えていた家々がハッキリと見えた。
近くで見るとなんだか古臭くて、壁もみんな汚く見えた。
何故か鼓動が激しくなって来た…
「ゲシ、早速はいるぞっ。」
「まだ心の準備が…えっ!ちょっ、おいっ!?」
だけどなりふり構わずナツは僕の腕を掴んで、だーっと村の中に入っていってしまった。
意外に村には人が沢山いた。みんな驚いたように走り去る僕たちを見てきた。恥ずかしい。
「ほっ、本当にお前の友だちが居るんだよなっ!?」
「いやっ、うーん、多分…。」
「居なかったらタダじゃおかねぇからな!?」
僕はナツに腕を引っ張られたまま、そのまま村の奥にあった神社まで連れ去られた。
村の人たちの目が痛い。
そして、もう帰りたい…
「なんだか懐かしいな、ここ…」
ゲシをひっつけて一直線に向かった先、引き付けられたように神社に着いた。
なんとなく、昔よくここにいた気がする。
鳥居は白っぽい石で苔むしていて、石畳の道はデコボコしてて、こっちも苔むしている。
本殿は小さくて、前にポツンと賽銭箱が置いてあるだけだった。
「ここに、ナツの友人がいるのか?」
ゲシは不思議そうに聞いて来た。
「…まぁ、そうかもな…」
「なんなのさー、それ…」
「ふふっ、キミは面白いね、ナツ。」
知らない人の声がした。
びびって振り向くと、丸メガネをかけた、オレと同じぐらいの、髪が短く切り揃えられた男の子がいた。
「うおわぁっ…えっとぉ…?」
誰だろう…誰…?
「ひどいなぁ、もう忘れたのかい。ぼく、キミのこと好きだったのに。」
「…ナツ、これが…友だち…か?」
「いや…覚えが…ない。」
男の子はそう聞くとがっかりしたようにして、とたんにへらへらと笑った。
「ぼくねー、トシだよ。トシ。ナツくんのトモダチさーっ。」
オレの方にトシは駆け寄って、がばっと抱きついてきた。
何が何だかわからない。
「こーんなにステキなトモダチのぼくを覚えてないだなんて、ひっどいや。キミから先に言ってくれたんじゃないか、ト・モ・ダ・チ。って。」
トシは今度はまた離れて、本殿の方に走っていった。
「カミサマに願い事をしよーう!」
いきなりトシが叫んだ。
「いきなり何言ってんだ…?」
オレは突然すぎて、つい言葉が漏れた。
「ここのカミサマは賽銭いらずで願いを叶えてくれるのだ!だから、キミたちの願いを叶えよう!ってわけ!」
トシは長々と話す。
「そしてキミたちの欲望を満たして!シアワセになろってわけさっ!サイコーだろ?なぁ?ナツ。」
「なぜオレに聞く…」
「なにがしたいんだ…?」
ゲシも引いてる。
突然、妙なことを言い出したと思えば、トシは俺たちの腕を力強く掴んで、本殿の方まで連れ出して来た。
「さあさあさあ両手を合わせて願い事をするんだ!」
「んえっ、おっ、おう…?」
「あっ、僕も?」
トシの勢いに押されて、オレたちは手を合わせた。
じーっと瞼が重くなってく。このままじゃ、寝てしまいそうだった。
引き返せない…?いやいや、何を言う、オレ…。
そんなわけ、ないだろ?願いが本当に叶うなんて、そんなわけ____。
---
「起きろー、ナツ。」
「3年生の初めの授業寝ちゃうなんて、ナツってねぼすけさんだなー!」
トウヤの声、と、アキの声、だ…
ここは?いや、オレは?どこなんだ?
授業?じゃあここは学校か?よく見ると、オレの見たことのない…床が真っ白い。その上黒板に変なのが張り付いてる。
窓が金属に囲まれてる。トウヤもナツも、みょうちくりんな物を持ってる。みんな、持ってる…
「どうした?ナツ。大丈夫か?」
「うー、いや、大丈夫。オレ平気だよ。」
にしてもここは何処だ?本当に学校か?
本当に、オレの"願い"が叶ったのか?
「まあ、授業始まるぞ。」
机の中には、数冊の本があった。
教科書みたいだ。表紙がかたい。
国語の教科書をめくってみた。どの話もおとぎばなしみたいだ。
「変だ、な…」
キーンコーンカーンコーン…といきなり鐘が鳴った。
「みなさん、席についてー。」
それとほぼ同時ぐらいに、先生みたいなおばさんが皆んなに呼びかけた。
「さぁ、国語の授業を始めますよ。当番、号令。」
起立、礼、着席。
するとおばさん先生は授業を始めたようだった。
緑のヘンな黒板に字をカタカタと書いて、漢字とか、物語とか、いろいろ言っていた。
いつのまにか終わっていた。なんだか楽しい。
「ふぃー、疲れた…」
「アキー、次は算数だぞ。」
「頑張ろうな、アキ!」
オレが憧れてたものって、こんなに楽しいのか…!
---
「掛け算わかんねーよ!」
アキはそう言い、駄々をこねていた。
「んなこと言うなよ…おい、ナツ。ヘルプ。」
「あいよー。」
アキがつまづいていたところは、5×2だった。
初級のド初級だ。つまづくほうがむずいだろ、これ。
「5個ずつ入れられた爆弾が、2箱あるんだ。それを合わせると?」
「5個と、5個…10個?」
「あったり〜、よくできました〜。」
オレはアキの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「それにしても爆弾って…他にいい例えねぇのかよ…」
「いやー、なぜか爆弾がしっくり来てさー…」
「…バイオレンス野郎め。」
バイっ…?何かは知らないが、アキが無事にわかってくれて良かった。
すっかり日が落ちている。
「あーっ!もう6時だ!ごめん!わざわざオレの補習に付き合ってくれて…」
「いいよ、オレたち"友だち"だろ?」
トウヤはそう言い、へらへらと笑った。
そういや、友だちって…
オレにも、大切な____…いや、気のせいだ。
「明日は寝るなよー。」
「言われんでもわかっとーよ!」
オレはトウヤたちと別れた。
明日が、楽しみで仕方なかった。
でも、どうしてだろうか。
オレの家…どこだろ。
「や。ナツ。元気そうだったね。どうだい?」
メガネをかけた、短い髪の男の子が話しかけて来た。
「どうだいって…てか、お前誰だよ、てか、なんでオレの…」
「トシだよ。二度も忘れられるなんて、ぼくちょっとショック。」
トシ。
思い出した。
オレはトシに願いを叶えてみようって言われて、そして、ここに…。
「あ、ゲシくんはなんともないよ。彼はキミにとって、どうでもいい存在みたいだから。」
「そんなわけない!」
「勝手に決めつけるな、だろ?」
トシはギロリとこちらを睨みつけて来た。
「ぼくねぇ、キミとサシで話したかったの。だから、キミをここに来させた。」
トシは続けて話す。
夕方の空が、さらに真っ赤に染まってきた。
「ついでにキミの願い事も叶えてあげたの。ちょっとしたサービスだよ。」
どうして、オレなんかに。
何処かで、オレたち…
「…あの時の…」
オレは思い出した。
乾いた空の下、黄金色の麦畑の中に、誰かがいた。
その子はオレを見るなり、こう言い放ったんだ。…オレが見えるって。
オレと一緒に遊んでくれたんだ。
すると、こう言ったんだ。
「ぼくは神様だ。」
るるるです。
普段こういう感じであとがきにメッセージとか全然しませんが、予告という感じで失礼します。
次回は、前編、後編というカタチになります。
それだけです。どうぞよろしく。
るるるでした。
くるり、時もどし (前編)
若木が、草花がさかさか生えている場所に、一般の川が走っている。
チョロチョロした水の音だけが静かに聞こえる。誰にも秘密の、オレだけの場所だ。
8月に入ると、やっぱ夏が来たって感じがする。
夏は好きだ。だって、オレの名前とお揃いだから。
オレは川で泳ぐ魚を、一匹ずつ網ですくって、バケツにドカドカ入れていった。
オイハギみたいな大きさのやつもいれば、ほんっとうにミミズみたいな大きさのやつもいる。
今のニホンの嫌なことなんか、魚を獲ってると自然と忘れられる。オレはただひたすら、ピチピチとはねる魚を獲っていた。
気づいた頃には遅かった。
川の流れがだんだんと早くなって来てるのはわかってた。だけど、こんなに土砂降りになるとは思わなかった。
川の真ん中で、オレはただ立ち尽くしていた。
「こっから歩いたら…あぁ……」
夏の天気は気まぐれだ。
わかっていたのに、どうして、
とにかく、早く帰ろ____。
足を前に出した途端、ツルッと体ごと持ってかれた。バシャーンと大きな音が鳴ったと思えば、気がつけば水の中だった。
ゴポ、ゴポポ…
呼吸ができない。
上がろうと必死にもがいても沈むだけでダメだった。
いずれ川の激流に乗せられて、オレは硬い岩石に思っきし頭をぶつけた。水の中でも、はっきりゴンッと聞こえた。
気づけば水の中が赤くなっている。
オレは、そのまま死んだ。
「死んでも案外退屈しねーんだな。」
村の真ん中でどかっと寝そべってみた。
誰も気にすることもなく、誰かがオレを踏んできても、全然痛くないどころか、すり抜けたようだった。
すぐ横で、男と女がきゃいきゃい遊んでいる。
男の方はジュン、女はハナ。
どっちもオレの大切なダチだ。
今はダチと遊べないことが退屈で仕方がないけれど…
1人遊びはし慣れてるし、あの時だって、アイツらはわざとオレをハブってきた。
ムカつくけど、殴れない。殴ってもどうせすり抜けるし。
祟ることなんかも考えたが、難しいことはよくわからなかった。
でも、本当は殺したくない。それは本心。
「でも、ヒマだなぁ。」
子供達の遊び声が、痛いほど耳に通る。
…あ、そういや、今日ってジュンがこっから出ていく日だっけ。
あーあ、絶対見送るって言っちゃったよ。オレ、情けねー。
ほんと…情けねーな。
「チャウネン、何処に行っちゃうの…?」
ハナがジュンに聞いていた。
そういや、行き先とか言われてなかった。
何処いくんだろ、アイツ。
「銀河町。ここからあんまり離れてないらしいけど。会えるのは、1年後ぐらいかな。」
銀河町といえば、もともとオレが住んでいた町だ。学校もあるし、商店街も海もある。
だけど、あまりいい思い出はない。
「あら、私、寂しいな…」
ハナはジュンの話を聞いてがっかりしていた。
「がっかりすんな。てか、別に会えなくなるわけチャウネン。来年の盆には来るから。」
ジュンもハナを励ますように話した。
どーせ見えんけど、見送ってやらんこともないな。
「ナツキ様が特別に見送ってやろう。」
返事はなかった。
---
「行ってらっしゃい。」
「チャウネン、ちゃんと来年来てね。絶対!」
村の子供達に見送られながら、ジュンとその家族達は、銀河町に向けて歩いて行った。
「チャウネンー!私!あなたに言いたいことがあるのー!!」
ハナが大声で叫んだ。
ジュンは立ち止まり、ハナの方をじっと見た。
「あなたを好きになりましたー!!」
ハナの目からはたくさんの涙がこぼれていた。
「こちらこそだよー!!」
ジュンも叫んだ。微かにジュンの声が涙ぐんでいた。
皆んなが拍手する中、気づくとオレも手を叩いていた。
体はもうすっかり冷たいのに、目頭が熱くなっていた。
すっかりチャウネンたちの姿は消えてしまっていた。ハナは同じ場所で、ずっと遠くを見つめて、手を振っていた。
「オレも、あんなことやれたらなー。」
オレは村のハズレの方に行った。
ただ村にいるのがなんとなく辛くなって、気づけばほったらかされた麦畑にいた。
草木がボーボーで、日に当たると少し光って見えた。
オレは迷いもなく寝転がった。
セミの声も届かない、静かな場所だった。
「幽霊になって、変わっちまったかなぁ。」
前まではお祭りみたいな騒ぎが好きだった。
孤独って、こんな悲しいのな。懐かしい。
「あほくせ。」
オレは立ち上がった。
すると遠くに人影が見えた。
誰だろ、いや、錯覚だな。人がいるわけない。
「おーい、オレ、わかるー?」
試しに人影に向かって叫んでみた。
だけど人影は、こっちに向かって歩いて来た。
「えっ、なんか、やば。」
オレは人影から逃れようと、気づけば必死に走っていた。
人影はずっとずぅーと早い。
まずい、追いつく____。
ドサッ。
「もーっ、なんで逃げるのさ。」
人影の正体は、オレぐらいの男の子だった。
丸いメガネをかけていて、髪は短く切り揃えられている。
そして今、オレの上にのしかかって来ている。
抵抗してもびくともしない。馬鹿力にも程があるだろ。
「離してくれーっ、苦しくてたまらねぇよー…」
オレがそういうと、男の子が不思議そうに答えた。
「幽霊なのに?苦しいの?」
半ば面白半分に聞いているような気がする。
「てかあんた何者…」
「そんなことより遊ぼーよ!さっきみたいに追いかけっこしよ。話はその後ー!」
無理やり話題を変えて来た。
なんなんだよ、この不思議くんは…
---
かけっこをしてかれこれ5時間…
幽霊の体でも流石に疲れた。
夕焼け小焼けで。ちょっと体が透けている。
「あはははっ、キミみたいな子は初めてだ。」
男の子は楽しそうに話している。
「ハァ…ハァ…お前…なんなんだょ…」
息が上がってたまらなかったから、オレは地べたにどかっと座った。
「みんなぼくの足が早すぎて、すぐあきらめちゃうんだよねー。あー、足早いのつらいなー。」
「なんなんだよ…ハァ…本当に…ケホッ…」
男の子はずっと走っていても平気そうな顔をしていた。
「あーそうそう、ぼくはトシオねー。トシって呼んで。」
「あ…トシ、よろしくな。」
トシはオレの前に座った。
トシはオレを面白そうに見つめてくる。
「あ…あのさ…」
「あっ、もしかして恥ずかしい?」
「いや…」
あったばかりで変だけど、オレはトシに伝えた。
「ダ…ダチになってくれないか…?オレの…」
「…ダチ?って、なに?」
トシは不思議そうに聞いて来た。
ちょっとドキッとした。
「…友だちのことだよ、だから…オレと…」
「いいよ。面白そうだし。」
「やっぱダメ…って、いいのかっ…!?」
トシはヘラヘラ笑っている。
「それじゃっ、今日からぼくたちはトモダチだ。よろしくね。」
黄金に輝く壮大な麦畑を背にして、トシの顔はとても輝いていた。
「…う、うん…!」
一瞬、少しだけ息をのんでしまった。
---
「そー、実はぼく、神様なんだよね。」
ぎゅっとトシに強く腕を握られて、村のハズレにある神社に連れて行かれていた。
突然、トシがそう言ったのだ。
「ふーん、自惚れてんのか?」
オレはかまをかけるように言った。
だけどトシは起こる気配もなくて、キミがそう思うならそれでいいと言った。
「あー、でも、ひとつだけ願いが叶うとしたら?」
いきなりのトシの質問に、オレはドキッとした。
「うーん、ダチともう一度遊びたいな。」
「そう、子どもらしいね〜。」
「おめーも子どもだろっ。」
いつのまにか神社に着いていた。
「ほらほら、手を合わせて。」
トシはオレの背中を押して、無理やり賽銭箱の前まで行かされた。
「ちょっ、何すんだよ!」
「はーい願ってー!」
抵抗するオレの手をギュッと掴んで、無理やり手を合わされた。
「目を瞑ってー!」
なんだか屈辱的だ。
ギュッと力強く目をつぶり、オレはあの時の質問を思い出した。
願いが叶うとしたら、か…
それなら…
どんな代償でもいいから…
だんだんと瞼が重くなって、いつのまにかオレは眠ってしまっていた。
---
「目が覚めたかい?」
目が覚めると、トシがオレの顔を覗き込んでいた。
背中が冷たい。手にもなんか不思議な感覚がする。
「…あれ…?」
顔が熱い。体も、全身が熱い。
「キミをあの日に戻したんだ。どう?これで信じた?」
あの日って…
「オレが死ぬ前、か…?」
「飲み込みが早くて助かるよ!そう!ぼくが!キミを生き返らせたんだ!」
トシはケラケラ笑って、崇めてと言わんばかりに仁王立ちをして腕を組んでいた。
「あー…やっぱ、神様なんだな、本当に…」
さっきまでの感覚が嘘みたいで、体もずっしりと重たい。
「あっ、大切なことを言わないと。」
トシはオレに手を差し出した。
オレはその手をつたって、よいしょと立った。
「今日の6時までに、ここに戻って来な。もし時間がすぎたら、お前に呪いをかける。」
「うん…って、なんだよ呪いって!」
「戻したんだしそういう約束もアリでしょ?等価交換だよ、等価交換。」
「でもっ、オレ言われてねーよ!んなこと!」
「願いを叶えたのはぼくだよ?」
「ぐっ…」
いきなりそう言われて、オレは怖くなった。
しかも相手が神様だ。
てか、なんだよそれ。願いを叶える前に言ってくれよ!
ふざけてるよ、この神様…
「甘い話には罠がある。そもそもキミは、どんな代償でも受け入れると言っていただろ?」
「ぐっ…ハメられた気分…」
「気を悪くするな。さっ、トモダチに会いに行きな。ぼくはここで待っている。」
でも、オレの目的は…
ダチに会いに行くんだ。
約束さえ守れば、代償なんて気にしなくていいだろ。
「いってきます。」
オレはだっと走った。
くるり、時もどし(後編)
「こいつ、びくともしねぇ!」
デシデシと頭、背中、足、腕を叩いて、蹴られて…
ガキの力だからそんな痛くもなんともねぇ。
オレが動いたら…逆にケガさせてしまうほどに、コイツらは弱い。
「おい!なんで殴られてるのかわかるかっ!」
1人の子どもが話しかけて来た。
理由はわかってる。
なにせ、オレがコイツらが仕掛けていた虫を獲るための罠を潰して、その挙句にでかい虫を逃したからだ。
最悪なことにコイツらはオレのしたことを見ていた。らしい。
ていうか、そこが罠だってわからなかったし、気づかなかった。
「だからわりぃって言ってんだろ。」
「全く反省してねぇ!」
バカ、アホ、言われ慣れた言葉をバーっと浴びせられて、蹴りも殴りも一段と強くなっていった。
気づけば、顔からも鼻血が出て来た。
「…あー、あきた!これに懲りたら反省しろクズ!」
「新参者がしゃしゃんじゃねーぞ!」
捨て台詞を吐いて、ガキどもは帰って行った。
「ほんま、アホらしー。」
オレは、オレの街が空襲で焼けちまうってことで、ここにやって来た。イーハトーヴって言うらしい。
不思議とここに来てから、飛行機も、兵隊も見なくなった。
オレの故郷は今頃、戦火に焼けている頃だろう。
だけど、一番困ったことはただ一つ。
妙に嫌われているってことだけだ。
大人たちはまだ優しい。だけどどこかぎこちない。
問題はガキどもだ。フツーに殴ったり蹴ったりしてくる。
あの時の宴会だって、オレが参加したってだけで理由をつけられて…
「…な、なぁ。大丈夫か…?」
優しそうな声に話しかけられた。
ジュンだ。最近この村に来たやつだ。
だけどオレとは違って、コイツは愛想もいいし、優しいやつだから、来たばかりでもあのガキどもとも仲良く遊べている。
「大丈夫だ。でもオレに話しかけんな。お前まで嫌われちまうぞ?」
オレは答えた。
「ううん、いいよオレ。なにせアンタにオレは助けられたし。あのガキに嫌われても構わないよ。」
「…言うなぁ、お前。」
ジュンは唯一オレと仲良くしてくれるヤツ…
いわゆる、ダチってヤツだ。
ジュンは元々親に愛されてなくて、メシもまともに食わせて貰らえなかったらしい。
そしておこぼれをちょっとあげただけで、こうしてオレに仲良くしてくれた、チョロいヤツだ。
「ところで、さっきはどうして…」
ジュンは聞いて来た。
「オレが悪いんだよ、あいつらの罠を潰して、オレが虫を逃したのが気に食わないんだってさ。気づかなかったさ、だってなーんにも印とかなかったし。」
オレは正直に答えた。
正直、ちょっとキンチョーしてる。
「…バカじゃねぇか、ソイツら。しかも見てたんだろ?オレ、ソイツらがナツキをはめたとしか思えねぇ。」
「…ぷっ。」
「…何がおかしい!」
嬉しくなって、思わず笑いが込み上げてきた。
「いーや!お前が、バカみたいに素直に信じてくれたのが嬉しくってさ。あぁ、全部本当さ。信じてくれたの、お前だけだよ。」
「誰も信じねぇなんて、あいつらバカチャウネン!ほんと、ナツキは優しいヤツだって、見抜けねぇとかバカだ!」
力強く、ジュンは話してくれた。
「オレのこと、「チャウネン」じゃなくて「ジュン」って、ちゃんと呼んでくれるの、ナツキだけだ。オレ、口癖バカにされるの、ほんとは好きチャウネン。だから、オレ、ナツキが繊細で優しいヤツだってわかる。」
「はっ、バカかよ。」
オレはケラケラ笑い飛ばした。
それにつられたのか、ジュンも笑い出してる。
「バカすぎて、お前好きだわ。」
赤い夕焼けの中で、2人は笑い合った。
「ハナー!ジュンー!あーそーぼー!」
体感時間的に、オレはさっき死んだ。
だけどトシっていうヤツ…いや、神様?がオレの願いを叶えてくれて、オレが死んだ日の死ぬ前に戻してくれて、今ここに立っている。
体ってこんな重かったっけ、呼吸ってこんな疲れたっけ、だけど、今までよりもすごく楽しい。
ジメジメした夏の暑さで、肌がじっとり汗ばんできた。
手編みの麦わらはつばの隙間がでかいから、チラチラ光が入って来て眩しくなる。
眩しくて目が眩んでいるうちに、ハナとジュンがこちらに来ていた。
「ええよー。遊びましょー!」
ハナはノリノリで答えてくれた。
「オレも!でもなんでかな、ちょっと久々だー。」
ジュンも快く答えてくれた。
「じゃっ、じゃっ!何して遊ぶっ!?」
こういうのだったんだ、当たり前って…
オレはいつの間にか、盛大にはしゃいでいた。
「鬼ごっこはっ?」
「やだー、私早く走れないもん。」
「じゃ、かくれんぼとかするか!」
かくれんぼっ、いいなぁー!
子どもらしく、オレたちは遊んだ。
---
「もーいーかい?」
ハナの可愛らしい声があたりに響く。
「「もーいーよー」」
茂みの隙間からちらりと見えるハナの探し出そうとしている姿は、辺りを右往左往して駆け回っている。
タッタッタッ、と地面を掻っ切る音が、右から左へ、左からちょっと遠のいて右へ…
「ねーどこー?」
痺れを切らしたのか、ハナは不満げに言う。
すると奥の木々の間から、ジュンが出てきた。
バレないようにハナににじり寄っている。
あからさまな忍足で、オレは笑いを堪えるのに必死だった。
「全然見つからないわーっ、一回大声でも出してよー。」
ハナがぐるぐる探している後ろに、ジュンは巧みに後ろに回ってひっついていた。
「くっ…フフッ。」
笑いかけた息が、狭い茂みの中で反響する。
腹に力を込めて、笑ってしまうからジュンの方は見ないように、だけどつい、気になって見てしまう。
すると、
『ワァッ!!!!』
ハナの後ろにいたジュンが両腕を広げて、突き抜けるような大声で、ハナを驚かせた。
『きゃーーっ!!!』
ハナも尻もちをついて、甲高い声を上げた。
妙に面白くなって、オレも腹から声を出して笑った。
ハナはゆっくり起き上がって、こう言った。
「ふたりとも、みーつけたぁっ!!」
ハッとなった。しまった。
だけど悪い気はしない。笑いが止まらない。
とりあえず、みんなのところへ駆け寄って行った。
「チャウネンーっ、やめてよー!」
ハナは涙を流して笑っていた。
ジュンもバカみたいに笑っている。
オレもつられて、ケラケラ笑っていた。
---
赤い空の下、何度も繰り返し遊んだオレたちは、気づけば疲れ果てて、地面にぐったりとなだれ込んでいた。
どこにいるのかわからないひぐらしとセミの話し声がやかましい。
「あっ、オレ、そろそろ行かなきゃ。」
そう言い、ジュンは急ぐように起き上がって走って行った。
そういえば、あいつ、今日でここを出るんだっけ。
「ハナ、行こうぜ。」
「うん…」
オレはハナに腕を貸して、いっしょにジュンの後をつけて行った。
「お前、ジュンのこと好きだろ。」
オレはふと口に出した。
するとハナはかぁっと顔を赤くして、じっとこちらを見つめてきた。
「なっ、なんでえっ、ナツくん…?」
図星なのか戸惑いなのかわからない反応でも、オレは無意識に応えていた。
「"あの時"お前、好きって言ってただろ?」
オレがそう言うと
「あの時って…何?話した覚えないんだけど。」
ハナは不思議そうに答える。
「ほら、ジュンがこっから出てく時…」
自分でもおかしいことを言っている気がする。
「そんな…あったっけ?でも、それって…今?じゃないの…?」
ハナも違和感を抱いたように答える。
ジュンはここから出ていく。
その時、ハナはジュンに告白する。
なんでそう考えるんだ?オレ…
「あっ、オレ、"約束"思い出したっ。」
オレはさっとハナの近くから離れた。
「ナツくんっ?」
「ごめん!ジュンに想い伝えとけよー!」
オレは答えも聞かずにだっと走り出した。
まずい。今何時だ?
神様、怒ってるか?
オレ、どうなるんだ?
変な汗が止まらない。
神社の前に着くと、そこにはトシがいた。
短い髪に丸メガネは変わらない。だけど、どこか目は冷ややかになっている。
オレは全てを悟った。
---
「今、ちょうど7時だね。約束の時間は何時だったかな?」
「…」
トシはオレにそう問いかけてきた。
ギロリとした目線は、胸を突き抜けて、ズキズキくる。
背中が寒い。震えが止まらない。
声が出ない。何も考えが浮かばない。
「…ぼくもねぇ、若くして亡くなったキミに、せめてもの救いと思ってね。楽しかったんだろうね。よくわかるよ。」
淡々とトシは話す。少し抑揚のないその声は、オレの恐怖をキッと掻き立てる。
「あぁ。」
自然と涙が溢れてきた。
なんとなくだけど…オレはきっと、死ぬよりももっと、恐ろしいことをされる。そう…感じた。
「キミに同情したよ。痛いほどに。可哀想と思った。だけど今、ぼくはもっと可哀想だと思ったよ。キミは子供だ。だけど運命っていうのは、ザンコク?なものなんだよ。」
トシはまた話し続ける。
「ぼくにも非がある。本当にすまない。でも、本当はさ、約束をしないと、できなかったんだ。神様ってのは、ぜんちぜんのーじゃないんだ…」
「…」
「呪いっていうのはねー…うーん、なんて言うのかな。キミの記憶を預かって、亡霊にする。まぁでも、キミが死んだ日の…えっと、まぁそのくらいの日だけ、キミは生きられる。正直、ぼくは優しすぎるぐらいだよ。」
トシはオレのデコに手をのせた。
「またここに来てみなよ。その時は記憶を返してあげるからさー。」
トシはそう言い、何かの呪文を唱え始めた。
すると一瞬にして、辺りが白く輝いた。
白昼夢をみた蝉
目が覚めたら、オレは賽銭箱の前に突っ立っていた。
手足の感覚がちょっとずつもどっていく。
隣にはゲシがいた。まだ願い事をしているみたいだった。
「ゲシは動かないよー!」
トシがいつもの調子で話す。
「動かないってどう言うことだよ。」
オレはトシに聞いた。
「時間を止めてるってことだよ!まぁ、ちょっと話そうよ。」
トシはオレの後ろに回った。
オレは追うようにくるりと後ろを向いた。
トシはくるっと回ってオレに正面を向ける。
丸メガネはカラッと光っている。
「やっと来てくれたね。待ち侘びたよ。ナツキ。」
トシはゆっくり口を開いた。
「60年も。」
「…ろくじゅう…ねん?」
果てしなく遠く感じた時に、オレは絶句した。
あんなに…経っていたのか。
「キミには実感がなかったかなぁ。まぁ、ぼくもだけどさぁ。」
トシは淡々と話した。
「でも待ってよっ、オレ、子供のままじゃ…」
「大丈夫だよ。キミは幽霊じゃないか。」
トシは話し続ける。
「早くトモダチに会いに行きなよ。」
そう言われた途端、視界が一気にぐらりとした。
立っていられなくって、オレは地面にうなだれた。
「次はメイカイで会おうねー!」
目が覚めるとオレは賽銭箱の前で手を合わせていた。
不思議な感覚がぼんやりとしている。
「願い事…って、トシ…?」
隣にはゲシがいた。トシはいなくなっていた。
「トシは帰ったんじゃねぇの。」
オレは適当にゲシに言った。
「えーっ、もう少し待っていて欲しかったなぁ。」
ゲシは不満そうに言っている。
ゆっくり歩いて、オレたちは神社を後にして、村に出向いた。
「本当の本当に、友達がここにいるんだよね?」
ゲシは疑い深く聞いてくる。
「あぁ。いる。今はどうなってんだかな。」
そう言うと、ゲシは不思議そうな顔をした。
でも…ジュンはどこにいるんだろう。
全く見当はつかない。
もう60年…信じられないけど、ぽっかりと60年という月日が間に生まれてしまっている。
そのままの姿のオレでも、受け入れてくれっかなー。
オレは迷うことなく、ジュンの家だったところに行った。
躊躇いもなくドアを叩く。ゲシは一気に不安そうな顔をして、オレの後ろにぐっと寄ってきた。
奥から物音がしてくる。
「あら、どちらさんですか?」
出てきたのはおばあちゃんだった。
「ジュンくん、いますか?」
オレがそう聞くと、おばあちゃんはニカっと、しわしわな顔で笑った。
するとゆっくりオレに話した。
「息子なら奥にいますよ。珍しいねぇ。息子の名前を知ってるなんてねぇ。」
オレはジュンの家に上がった。
ゲシは躊躇いつつも、おばあちゃんに誘われてゆっくり上がって行った。
長い月日が経っても、家の中も間取りも全く変わっていなかった。
強いて言えば、盆栽が増えているってことだけかな。
おばあちゃんに案内されて、広い居間についた。
「どうぞどうぞ、ゆっくりしてって。」
そう言うとおばあちゃんは居間から出て行った。
すると縁側に、おじさんが座っていた。
おじさんはオレの方を見るや否や、驚いた様に立ち上がった。
オレはちょっとドキッとした。手足がプルプル震えている。
「いい部屋だなー。落ち着く。」
ゲシは呑気に話していた。
---
おばあちゃんはお茶を持ってきて、机の上にトンと置いた。
人数分の湯呑み全部に茶柱が立っていた。
「あたしねー、昔からお茶を淹れると茶柱がよく立つのよー。」
自慢げにおばあちゃんは話している。
あたしは邪魔になるからと、おばあちゃんはどっかに行ってしまった。
急に押しかけてしまったのに、オレは申し訳なくなった。
おじさんはまだ驚いた様な顔でこっちを見ている。
「あ、あの…」
オレが話しかけようとすると、尚更驚いておじさんは目を丸くしてきた。不気味。
「ジュンくん…います…か?」
恐る恐る聞くと、おじさんはぴたっと止まった。
するとおじさんは口を開いた。
「…わかりません。いやもしかしたらいるかもだけど、どう言えばいいものか。」
妙に焦った様におじさんは、口早に話した。
よく見れば、机の上に一枚のハガキが置いてある。
「…ラジオ…?おじさん、これなに?」
オレがそう聞くと、おじさんは答えた。
「ら、ラジオのお便りだよ。よく書いてるんだ。書くとね、MCっていう人が答えてくれるんだよ。」
おじさんは話し続ける。
「昔話ができる友人なんかもういないからさ、こうしてお便りとして書い、て…るんだ。け、結構楽しいよ。」
おじさんは落ち着きのない様子で、目線がチラチラしている。
「さっ、さっきから大丈夫…ですか?」
オレは不安になって聞いた。
「ナ…ツ…。」
おじさんはぼそっと言った。
ぼそっとだったけど、確かに聞こえた。
まだオレは、おじさんに名前を言ってない。それなのに、おじさんはオレの名前を言った。
心臓がバクバクする。
そういやあの日からもう60年。ジュンがオレみたいにあのままな訳がない。
もしかして、もしかしてだけど…
「…ジュン?」
手に込めていた力がすぅっと抜けて、オレはだらしなく座り込んでいた。
---
ちょっと苦いお茶をすすりながら、僕はナツとおじさんを見ていた。
さっきまであんなに気まずそうにしていたのに、一気に打ち明けている。
不気味にさえ感じた。
縁側の外は高い木の板がずらっと柵になって、向かいは見えなかった。代わりに、温かい光が差し込んでいて、確かに空は明るいよと教えてくれているみたいだ。
「いやぁ、幻かと思ったよ。まさかナツだったなんてね。…いや、でも…なんで子供のまま…」
おじさんはナツに話している。
おじさんはどうやら、ナツの言う友人らしい。
でも、"子供のまま"ってどう言うことだよ?
ナツは僕と同じの子供に違いないはず。
所々おかしくっても、元気で、気の合う、大切な友だちだ。
「いやー…えっと…はは。」
ナツは愛想をつかせたように笑っている。
だけど2人は盛り上がって話をしている。
「…話せば長くなるけどさ。」
ナツはおじさんに何かを話そうとしていた。
でも、なんとなくつまらなくて、僕はそっと抜け出した。
「あら?どうしたの?」
おばちゃんが僕に問いかける。
「ちょっと遊びに出かけてきます。」
僕は家の外に出た瞬間、だっと走り出した。
村の家々は小さくて古くさかった。
だけど人はたくさんいた。こんな山の中にあることが嘘みたいにたくさんいる。
どうしてか目頭が熱い。涙が出そうだった。
なぜか誰にも見られたくなくて、僕はひとりになりたかった。
なんでだろう、僕、おかしくなっちゃった。
ナツはきっと僕が邪魔で仕方ないんだろう、きっとそうだ。
なら僕は僕ひとりで帰ろう。
ナツのためだから…ナツが帰れって思ったのがいけないんだ。
僕は悪くない。だから…ひとりで帰るんだ。
だけどここは山の中だ。
ザーザーとざわめく木々たちが道やらを隠してきて、来た道がどこかわからない。
でも、ここにはいたくなかった。
ひっそりと息をひそめて、僕は村じゃない方へと、どんどんと走っていった。
次第に道が荒れてくる。
「友だちなんていらない。もう、いらないよ…」
僕はやっぱり、ひとりが似合うや。
真っ青な空の下で、麦畑に隠れてつぶやいた。
「トウヤー、最近ナツくん?って子とは遊ばないの?」
トウヤを誘ってシューティングゲームをしている時、俺はふと気になって、聞いてみた。
横を見れば、コントローラーを慣れない手つきで触るトウヤがいた。
「…んー、いやぁ、まぁ。」
気難そうに濁すような返事が返ってきた。
チュイチュイーン、とやられた音がすると、トウヤはコントローラーから手を離して、あーっと横になった。
「んー、最近なんかあったの?」
よければ相談にのるよ。と、オレは話した。
だけどトウヤはギクシャクしたように顔にシワをつくり、ゆっくり口を開いて言った。
「…ナツくんって、誰?」
「…へっ?」
俺は驚きの余り声を出して反応した。
トウヤは嘘をつくような子ではない。
一昨日だって、ナツくんのことを俺に進んで話してくれた。
「いやいや、前まであんなに話してくれたやん。いきなり知らないって…」
更にトウヤは不思議そうな顔を浮かべている。
…ナツくんって子が、本当は嘘だったって事…はないはず。俺の勘が言っている。
トウヤは嘘をつかない。イナジマリーフレンドってやつだったとしても、それだとアキくんからの話はどうなるんだろう。
2人で一緒に遊んでいた友だちが嘘だっただなんて、あんまりじゃないか?
「…変な事聞いたな。じゃ、もう一戦な!」
「えーっ、やだよー、つかれたー。」
モヤモヤが晴れないまま、オレはナツともう一回シューティングゲームをした。
ナツくんって子は一体誰なんだ?
いや、そもそも元からいなかった?
あるいは____。
チュイチュイーン。
「ハルにぃ、死んでるー。」
もう少しで夏は終わる。
セミがミンミンとうるさく鳴いていた。
梅雨から…へ
くすんだ緑の畳の上、小さなちゃぶ台に茶がみっつ。
縁側の向こうは、眩しいほど輝いている。
そして、60年ぶりに会ったダチのジュンと、今そこにいる。
オレより背は高くなって、あの時の木の枝みたいだった腕は、太くたくましくなっていた。
オレの小さな背中がじんわりと冷たくなっていく。
「ナツ、なんでお前は…」
ジュンが問いかけてきた。
「オレ、死んだんだよ。」
迷いもなく答えた。
するとまた驚いた顔をして、ジュンは息を止めた。
目も口も全部かっぴらいて、今にも笑えるものだった。
「うーん…信じてもらえるかな…」
今になって不安になって、オレは声を漏らした。
だけどジュンは、
「なーに言ってんだ。俺がお前を疑う訳がねぇじゃねぇか。」
少し強い口調で返してきた。
「ははっ、今も馬鹿なのは変わんねぇなー。」
今も昔も真っ直ぐでいたジュンに、オレは安堵した。
ジュンはお茶に手を伸ばして、口に運んだ。
淹れたてのお茶は熱かったのか、少ししてズルズルと音をたててすすり始めた。
「だからさ、安心して話せ。」
お茶を持ったままジュンは言った。
「おう。長くなるぜ。」
オレはジュンの方をまっすぐ見て言った。
よく見ると、顔のかしこには、シワやら、アザがたくさんあった。
オレは下を向いた。
ジュンみたいにしわくちゃじゃない小さな手を見つめて、ため息をついた。
力強く手を握った。
「ナツ?うーん、誰だっけなぁ…」
セミがうるさく鳴く昼下がり、オレはトウヤの友だちの、アキくんに聞いていた。
「トウヤがよく話してくれたんだ。麦わらで、坊主で、色白の…」
普段明るいアキくんの顔が、みるみるうちにキュッとなっていく。
暑さのせいか汗が止まらない。
「うーん、ごめん!オレにはわかんないやー。」
「…そっか、突然悪かったな。」
アキくんはバケツを抱えたまま、山の方へと走って行った。
「俺の記憶違い…なわけないはず…」
そう、俺は記憶力だけはある。
かつて俺は"メモリーディスクのハル"と呼ばれた男だ。
…ちょっとダサいけど。
つまり、俺の記憶が間違っているということはそうそうないのだ。
次はヒナちゃんかな。
俺はコンクリートの地面を蹴って走った。
「ナツくん…あれっ、どんな子だっけ…」
ヒナの家に行って、俺はヒナに聞いてみた。
だけどヒナも、アキと同じ様に悩んでいる。
「さかな…あと虫が…うーん。」
「魚と、虫が…?」
今まで聞いてない言葉だ。
よかった。ヒナは覚えている。
「虫が苦手で…魚が好きで…あれっ、あれぇっ…」
ヒナは一気に項垂れて、苦しそうにしだした。
「大丈夫かっ!?」
俺はヒナの背中に手を当てた。
ひどく汗をかいている。しまいにゃ小刻みに震え出した。
「うぅ…」
俺はヒナを支えて、ヒナのおじいちゃんのところに連れて行った。
おじいちゃんは驚いていた。無理もない。
「ごめんなさい!失礼しました!」
俺はヒナの家を後にした。
でも、超重要情報は手に入った。
ナツは実在している。
妖でもなんでもない。
でもひとつ、ひっかかることがある。
…どうして、トウヤたちは、ナツくんを忘れかけているんだ?
友だちなら簡単に忘れられる訳がない。
まるで誰かに化けられたみたいに…
「ナツはねー、いちゃいけなかったんだよー。」
「ひぃいいっ!!!」
突然後ろから声がした。
驚きのあまり、俺は尻餅をついた。
「いてて…」
後ろには誰もいない。
そのかわり、セミの声がミンミンと響いた。
---
「へー…こんなことが…」
オレはジュンに、これまでのことを話し終えた。
ジュンは何故かしみじみとした様な顔でこっちを見てやがる。
「…なんだよ。」
オレが聞くと、ジュンはニヤリと笑った。
「ふふふ、今はオレの方が背が高いねー。」
ジュンはよいこらせと立ち上がった。
突き抜けるように高い背に、オレは悔しくなって、負けじと立ち上がった。
それでも差は半分以上ある。
「いつのまにそんなタッパを…」
オレは背伸びをして、ジュンの肩を力強く抑えた。
「もう60年さ。流石にお前と同じままじゃないよ。」
自分の硬い肩を押さえつけられても、ジュンはものともしていなかった。
「ぐぬぬぬ…あーっ!もう!!」
60年前までは、オレの方が勝ってたのに…
てかさっきから口調が荒いな。
「いつからそういうキャラになったんだよーっ。」
「そりゃお前のせいだよ。」
おもむろにジュンはがばっと抱きついてきた。
「何すんだ…」
「再会のハグ〜。」
ジュンの太い腕が、オレをぎゅっと包んでくる。
心臓が、腕がかすかに震えている。暖かい。
でも、こんなに力強く抱きしめなくてもいいのに。
「苦しんだけど。」
オレは少し怒った。
「バカヤロー、こっちが苦しかったっての。」
ジュンは冗談まじりに言い返してきた。
オレはハッとした。
「…好きにしろ。」
オレはジュンに、ぎゅーっと抱きしめられた。
気づけば、暖かくて、眠たくなっていた。
「あーきたっ。」
ジュンは突然手を離した。
「突然すぎるだろ。ちょっと怖えよ。」
オレは笑い出した。
つられてジュンも笑い出していた。
「おばさーん。ソーダ一本くださーい。」
今日も今日とて暑い日々。
店の外に見える海は、空を映し出して、入道雲はもくもくできていた。
「はい。50円です。」
いつもよく来てくれる、ハルという子から50円を受け取って、レジに入れた。
「おばさん、いつもひとりで大変だね。」
ソーダ瓶を一本手に取った少年が尋ねてきた。
「いいえ。全く大変じゃないよ。むしろ、いろんな子に会えて楽しいね。」
そういうと、ハルはにかっと笑った。
「そういやさー、俺、前にナツって子の話したじゃん?」
ハルは私に尋ねる。
「あー、あの子だろ?麦わらに、坊主に…」
「そう!それ!まさに夏の子供って感じの!」
ハルは突然元気に話し出した。
「ふふっ、あっ、そうそう、そのナツって子で思い出したけど、昔『ナツキ』って子が…」
「おばさーん、その話もう聞いたー。」
ソーダ瓶の蓋を開け、ハルが言う。
「あらら、最近ボケてきたかしら?でも、聞いてって。」
思い出は、思い出したら止まれない。
ハルは、へいへいと言って、私の話に耳を傾けた。
花火のつぼみ
「ナツ、あんときのこと覚えてるか?」
甘酸っぱいみかんみたいに、しわしわの顔を弾けさせるジュン。
ちいさいちゃぶ台をはじっこに追いやって、大きい体であぐらをかいて、だらしなくケラケラとオレたちは笑っていた。
昔話に花を咲かせて、ふと気がついた。
「んでさ、そこから…」
ちらっと後ろを見た。ゲシがいない。
「…ナツ?どうした?」
湯呑みのなかのアツアツのお茶は、今はもう茶柱も折れて冷め切っていた。
だけど、三つある湯呑みのうち、ひとつの湯呑みだけが、カラカラに乾いている。
「おーい。」
もうひとつの大きい座布団は、オレのすぐ横にぽつんと置かれている。置かれているのに、居間の端っこに積まれて片付けられていない。
そこに、誰かがいたみたいに____。
「…ゲシ。」
ゲシがいなくなってる。
「ジュン、わりぃ、ちょっと外行ってくる!」
「お、おう。」
オレはふすまをゆっくり開けた。
すると、目の前のおばちゃんとばったり会った。
「あら?どうしたの?」
おばあちゃんは優しい声色のまま話しかけてくる。
「あー、友達と、遊ぶ…」
「ゲシくんねー。分かったわ。気をつけてね。」
おばあちゃんの横をゆっくり通って、オレは玄関に着くや否や、ぶっきらぼうにくつをはいて、戸を開けて走り出した。
真っ青な空はいつのまにか西陽が薄くモヤをかけていた。
オレは一度止まって、地面を確かめてみた。
足跡みたいな、だけど凸凹している不思議な跡が一直線にできているものを見つけた。
多分、ゲシのものだ。
変な服だし、男のくせにほそくてよえーし、そのくせ面倒くさがりで、髪もぼーぼーで。
ともかく足跡をたどった。
無我になって、とにかくゲシを探した。
うちに、こんなチラシが届いた。
「8/2、人魚浦で夏祭りと花火大会を開催。開催時間は17〜21時。小学生以下のお子様は、親同伴か、保護者の方に許可をもらって来てください。」
絵に描いたような…いや、まんま絵の花火が所々に描かれていて、それ以外は殆ど白紙で、なんだか質素なチラシだった。
「…誰がこれ作ったんだよ、てかいつの間に準備してたんだよ…」
ぼくがぽつりとつぶやくと、おばさんがチラシを見て楽しそうに言った。
「人魚浦って駄菓子屋さんがあるところよね。あそこで見れるなんてロマンチックね〜。トウヤくんも友だちと行くの?あらーっ、青春だわ〜。」
おばさんはひとりで楽しそうにニコニコ笑っている。
すると必死で宿題をしていたハルにぃが
「ここでも花火とか上がるんだな。」
とつぶやいた。なんて失礼な。
ふと時計を見ると、ぴったり4時を指していた。外が少し暗くなっても、構わず騒がしくするセミに内心腹を立てつつも、オレはちょっぴり楽しみになっていた。
…どうせなら、もう少し早く知りたかったけど。
「来年は姉さんと見れるといいなぁ。」
おばさんがポツリとつぶやく。
おばさんが言う姉さんは、ぼくの母さんだ。
おばさんが妹で、母さんが姉。
だけど、母さんはデパートでいきなり陣痛がひどくなって、キュウキョ入院することになってしまったらしい。
「あーっ、終わんねー!止めてぇー!!」
ハルにぃがいきなりがばっと上を向いたと思えば、そのまま勢いよく倒れて仰向けになっていた。
その時にゴンっと音が鳴って、いててと泣いていた。
---
チリリリリ、チリリリリ…
背伸びをすればやっと届く場所にある、うちの黒電話が、珍しく鳴っていた。
かーちゃんがそれに気づいて、皿洗いをしていた手を止めて、タッと駆け寄って行った。
「はい、もしもし。萩ですけれど…」
いつもより高い声でかーちゃんが話している。
「はい、旦那の…はい。どうされました?」
「はい、…はい?、あっ、はい。」
「えっ……はい。…………はい。…大丈夫です。」
だんだんとかーちゃんの声が小さくなって、声もいつもの感じに戻って行っている。
オレは会話が気になって仕方がなかった。
「……えぇ。……………大丈夫、ですよ。」
涙ぐんだような、堪えてるみたいな声だった。
聞いたこともない声に、オレはビクッとした。
いつものかーちゃんじゃない。
オレは怖くて立ち上がれなかった。
「はい、これで……。」
ガチャ。
電話が切れた。
それなのに、かーちゃんは、電話から離れようとしなかった。
「アキ。」
オレは目ん玉が飛び出るぐらいにびっくりして、何も言わないまま、かーちゃんの背中をじっと見つめていた。
見向きもしないで、かーちゃんは冗談みたいに言った。
「父さん、死んだって。」
---
足跡を辿れば、麦畑に続いていた。
ほったらかしにされたもんで、麦はあの時よりもボーボーに汚く生え散らかっていて、足跡はそこで消えていた。
「ゲシー!どこだー!」
腹いっぱいの声でゲシに呼びかけた。
でも、ゲシの声は返ってこなかった。
「もーっ、どこ行ったんだ、あいつ。」
オレは麦畑の中を走って探した。
それらしい所を探しても、どこにも見当たらない。
「こんなだだっ広いところで…無理だろ、流石に…」
オレは当たりを見て、歩いては探した。
だけど、なかなか見当たらなかったので、諦めて別の場所を探そうとした。
するとふとゲシを見つけた。
麦の空いてる場所で、小さくなって、ボサボサの紙は余計に汚くなって、ずぅっと下を向いていた。
「…なぁ、ゲシ。」
オレはゲシに呼びかけた。
うんともすんとも言わず、ゲシはただ同じ姿勢をとり続けていた。
なんでゲシがそこにいるのか、なんとなく分かっていた。
オレはゲシに謝らないといけない。
だけど、どうしてか言葉に詰まっていた。
ゲシは余計にギュッとちぢこまって、小刻みに震え出した。
「ごめん。 …なさい。」
それでもゲシは変わらず下を向いたままだった。
「…ごめんって!」
オレはなんかイライラして、ゲシの腕を無理やり引っ張って、強引におぶった。
「オレさ!ほんとゲシにごめんって思ってるからさぁ!だからさぁ!ほんとに!ごめんなさい!」
背中越しにじわじわと生暖かい空気が入って、空気を乱してくる。
ゲシは声を上げて泣いていた。
「泣き止むまで帰らねーから。そのだせー顔とっとと直せ!」
力強く、ゲシはオレの肩を掴んできた。
胸がザクザク痛くて苦しくなった。
オレは涙を堪えるのに必死になっていた。
オレはゲシをおぶったまま、ゲシをあやすようにして、体力がある限り走り続けた。
「花火大会ですって!おじいちゃん!」
8月に入ってすぐ、今日の夜に夏祭りが開催される…というビックニュースがあたしのもとに吹き込まれて来た!
都会にいた時にも夏祭りはあったけど、人が多すぎて、思う存分見れなかったからなぁーっ。
今年はアキくんもいるし?夢の花火デートができるってことよねー…!
「あーんっ、花火大会が待ち遠しいわぁ〜っ」
「えらい嬉しそうじゃな。」
「誰だって嬉しいですよ。」
花火の咲く夜に
麦畑が黄金色に輝き始めた頃、ナツとゲシはようやく落ち着いたのか、疲れたのか、2人並んで地べたに座り込んでいた。
「ハーッ…落ち着いたかよ、ゲシ…」
ナツが問いかけると、ゲシはコクっとうなづく。
目頭がぼーっと赤く腫れ、服の袖がじんわりそぼ濡れている。
「はやくジュンの所に顔出して帰ろう。」
「…帰っていいの?」
ナツがそう言うと、ゲシが不思議そうに答えた。
「お前をハブっちまったからな、それに、もう夕方だ。」
ナツはサッと立ち上がり、ゲシに腕を貸した。
だけどゲシは腕を借りずに、両腕をのしっと地面をのけて立ち上がった。
ゲシはわかった、という顔をして、歩き出したナツの後ろについて行った。
申し訳なさそうに横にいかけては、すぅっとすぐ後ろに戻って行った。
「ゲシ、ごめんな。」
振り返りもせず、ナツは突然そう言った。
「大丈夫だよ。友だちに会えて良かったね。」
ゲシは柔らかくそう言った。
どんな表情をしていたのか、ナツには怖くて見ることができなかった。
「そうだ。オレ、明日にはここに居れないんだ。」
さっきの怖さを無くすように、ゲシはまた話した。
「そうなんだ。…ちょっと、寂しいや。」
ゲシはまた柔らかく返事をする。
「…ちょっと急ぐぞ!ゲシ!」
「おう。」
ナツは逃げるようにして、まっすぐジュンの家の方へと向かって行った。
「トウヤー!夏祭り行こうぜ!」
ただいま4時30分。夏祭りが始まるまであと30分もある。
「アキー、早くね?」
アキは一丁前にジャラジャラのサイフを首にぶら下げて、体半分ほどある大きな袋も構えていた。
「だって…楽しみだし?」
「もー、うかれすぎだろ…始まるまでうちにいればいいのに。」
「トウヤんち上がっていいの!?」
「ちがう!帰れって言ってんだよ!」
冗談まじりにトウヤは答える。
だけど裏腹に、アキは一瞬暗い顔をして、思い出したかのようにまた笑った。
「じゃ、おじゃましまぁす。」
「だから…ま、いっか。」
アキは丁寧にクツをそろえて、ぼくの家に上がって行った。
いつもぐちゃぐちゃにぬぎすててから上がるのに、今日はバカみたいに大人しい。
少し不思議がっていると、
「あっ、アキくんじゃん。ゲームしよ。」
上がってきたアキにハルにぃがゲームに誘っていた。
「するー!」
アキも元気いっぱいに答えて、だっとゲームの方へ寄って行った。
ところで、ハルにぃはちゃんと宿題をやったのかな。
「ところでさ、ハルにぃ…」
ぼくが気になって聞いた。
「大丈夫だトウヤ。今はそれどころではない…」
遮るようにハルにぃは答える。わかってるくせにおろかだなぁ。
テレビ画面がいっぱいドットになって、2人の人が互いに殴り合っている。
アキの体は激しく動いているのに、ハルにぃは大木みたいにじっとして、慣れた手つきでコントローラをカチカチ触っている。
チュドーン、という音が鳴ったと思えば、さっきまで揺れていたアキの体がピタッと止まった。
「はい!イッポン取ったり!」
ハルにぃが自信に満ちたように言い放った。
「えっ、オレ負けた?」
ゲームに慣れていないのか、アキは不思議そうに言う。
「もう一回!次は絶対勝つ!」
そう言ってアキはハルにぃにリベンジを申し出た。
だけどハルにぃは、そっとコントローラをぼくの手に置いてきた。
「君に俺は10年…いや、100年早いね。先ずはとっちゃんを倒してからだな…」
「勝手に言うな。あととっちゃんやめろ。」
ぼくは手に取ったコントローラのスタートボタンを押して、アキと戦った。
だけどほんの1分ぐらいでアキに倒された。
「あれ?これで勝ったの?」
アキはまた不思議そうに喋る。
「…まぁ、ぼくはハルにぃと違ってゲームしないし…」
「やっぱトウヤはブキヨウだなー。」
「ぐはぁっ。」
突然差し掛かってきた言葉のナイフでぼくはのたっと倒れ込んだ。
「えっ、トウヤ?トウヤー!」
「しっかりしてくれー!」
2人はぼくを囲みながら、肩をバシバシ叩いていた。
「…いたい。」
ただぴこぴこ流れてくるテレビの音が、ぼくは少し嫌いになったのだった…
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「トウヤの母さん美人ー。」
「ぼくの母さんじゃなくてハルにぃのな。」
6時。ぼくたちは少し遅れて祭りの会場に来た。
思いの外ゲームに白熱して、気づけばこのぐらいになっていたからだ。しかたがない。
そして、夏祭りには小学生は保護者同伴じゃないといけない。
アキのお母さんは夏風邪で行けないし、ぼくの母さんは陣痛がひどくなっていま病院にいる。
そして、おばさんが変わって同行してくれることになったのだ。
「ふふっ、息子が2人増えたみたいで楽しいわぁ。」
「俺もー、弟がいるみたいで嬉しいや…」
ハルにぃとおばさんが気持ち悪いほどにしみじみとしている。
アキはそんなことを気にしていないみたいで、のんきに屋台を見て回っている。
「あんまり私から離れんとよー。」
おばさんがそう言うと、アキははーいと返事をした。
ガヤガヤしてにぎやかでうるさい祭りの雰囲気に呑まれかけ、だけど奥へと突き進んでゆくアキを見て、ちょっと不安になって、自我を保ったりした。
「やきそば食べよ!」
アキはそう言ってぼくの腕を持って、やきそばの屋台の前まで連れて行って、列に並んだ。
すると前に、キラキラした着物を来た、なんだか見覚えのある女の子がたっていた。
「オレ、屋台のやきそば楽しみ!」
アキがそう言うと、女の子は声の正体に気づいたのか、くるっと振り返った。
ヒナだ。うさぎのお面を頭にかわいく飾っている。
「アキくん!奇遇ね!」
ヒナは嬉しそうに話しかける。一応ぼくもいるけどね。
「ヒナ!ヒナもお祭り来てたんだー。」
いつもの調子で2人は話している。
「う、うん!おじいちゃんとおばあちゃんと来たの。えへへ…」
ヒナはなにか言いたげにたじたじしている。
ぼくは決心した。
「あっ、ぼくトイレ行ってくるよー。アキー、お金渡すからかっておいてねー。」
そう言ってぼくは無理やりお金をアキに渡す。
「うん!早く戻ってきてよー。」
いつもの調子でアキは話す。
ヒナがこっちを見つめてきて、嬉しそうな顔をして、そっとグッドサインを送ってきた。
ぼくは少し急ぐようにして、トイレの方へと向かった。
トイレは駄菓子屋の隣にあるよろずやの隣の自販機のおくに続く道の向こうに、仮設トイレがポツンと置かれてあるのが見えた。
ガヤガヤの中をくぐり抜けてみれば、一気に静かな世界になった。
そっとトイレを覗いて見ると、そこにはゲシがいた。
「おっ、ゲシじゃん。」
ぼくはゲシに話しかける。
だけどゲシは何も言わず、下を向いたままそこに居座っていた。
「久しぶりだなー。ゲシも祭り来てたの?アキが帰ってこないから心配して…」
そう言いかけると、ゲシは何も言わずにそのままどこかに行ってしまった。
「…冷たいやつ。」
ぼくはそのままトイレの中へと入っていった。
暗いけれどぼんやり赤いちょうちんの光が薄い壁を突き抜けていた。
外からのさわがしい音がこもった音が耳にぼんやり響いてきた。
用を済ませば、仮設トイレからゆっくりと出て行った。
そのまますかさず手洗い場で手を水に流して、ぱっぱと払った。
人混みをかいかぐり、アキと再開した。
「トウヤ!はいこれ。」
そう言いアキはタッパーにたっぷり詰まったおもたい焼きそばを片手でほいっと渡してきた。
「ありがとな。」
そう言ってぼくはそっとアキの隣に座る。
「ヒナは?」
「友だちと回るってー。」
アキはそう言ってズルズルと焼きそばを啜っている。
「そういや…」
ぼくはさっきあった出来事を思い出す。
「うーん?」
「…やっぱなんでもない。」
おぼろげな顔で去って行くゲシの顔を思い出して、ぼくは口が開かなくなった。
誤魔化すようにして焼きそばの蓋を開けて、勢いよく啜った。
「おいし。」
ソースはコッテリしているものの、焼きそばの焼き加減は硬めでモチモチで、ふりかけられた青のりは舌に歯にとってもくっついたけど、それもいいアクセントになった。
「トウヤの口ソースまみれー。」
アキに言われて、ぼくはペロッと口の周りを舐めた。
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クラクラしそうなほどに空が暗くなった頃、ただひとり少年がベンチに深く腰掛けていた。
その少年はあまりにも疲れたみたいで、ずっと下を向いていた。
少し気になって、隣に座ってみた。
見向きもせずただ同じ方を見ている。
「ナツがいなくなって寂しい?」
そう言うと、少年はハッとしてこっちをまじまじと見つめてきた。
「トシ?」
そう呼ばれ私はコクっとうなづく。
「ぼくはねぇ、ほんとは神さまなんだよ。ナツはもともとしんでてね、ともだち?に会いたがってたからね、よみがえらせてあげたの。」
「待って、どう言うこと?トシが神さま?死んだってどう言うことだよ。」
少年は焦った様に問いかける。
「そのままのいみだよ。」
私はそっと答える。
無理やり納得したように、難しい顔をして、少年はこちらに耳を貸す。
「でもねー、ナツはぼくのやくそくをやぶったから、ずぅーっとここにいさせたんだよー。」
意味のわからないという顔をして少年はゆっくりうなづく。
「キミもいつかわすれさせてあげるよ。」
そう言い終えた途端、ひゅるるるるぅっと音が鳴った。
「僕は…いいよ。」
少年は達観したように話す。
「うん。キミはえらいね。」
そう言うと、少年はなんとも言えない様な顔を浮かべた。
「カレの罰を重くしてやってくれ。」
ドンっ、ぱぁあああああん。
重く心臓に響く音が鳴る。あたり一面に大きな火花が飛び散った。
「それじゃあね。ぼくのことはこーがいきんしだよー!」
そう言って私はベンチからひょいっと立ち上がって、ウチへと帰った。
面倒だったけど、これでようやく全員分巡り終わった。
もう2度と同じことをしない様にと、私は思った。
どおおおおおんっ、ひゅるるるうううるるううん。
「うるさいね。」
ぼくがそう言うと、
「音じゃなくて花火見ろよ。」
ハルにぃは呆れたように言った。
一面に咲き続ける花火はキラキラと燃えて、眩むほどに大きく育って、すぅっと消えた。
ぴゅるるるるるるぅぅううん。
激しく素早い音が鳴る。
「今日は楽しかったねー。」
アキはそう言って空を見上げる。
「夏休みはまだあるだろ。」
どぉおおおおおおおん。
心臓にどっと響く大砲みたいな音が全面にわたって、一瞬にして空は真っ赤に染まった。
町を全部覆い隠してしまうほどの花が咲いて、ゆっくりと落ちて行った。
「わぁああああっ!すげー!でけぇー!」
「おっきぃー!」
ハルにぃとアキは一緒に興奮して、あの大きな花火を網膜に焼き付けようとしていた。
すぅうううっと流れ星みたいに落ちていく火の粉が、たまらなく美しい。
「来年も見たいわぁ。」
おばさんはそうしみじみと空を見上げる。
「もっと見ないと損だぞー!」
ハルにぃはそう言ってぼくをそそのかす。
「言われなくともだよ。」
そう言ってぼくらは眩しい空を見上げ続けた。