ナツの帰路

編集者:るるる
ナツの目的を果たすため 最後のさいごの夏の日々。 ※「ナツが来た」の続編となります。  最初に読めばとてもわかりやすいと思います。
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目次

    ソーダの瓶は宙返り

    7月30日。時刻は昼の1時。 青くすんだ空の下に、どっぷりと大きな入道雲が溜まっている。 だけど駄菓子屋から外へすぐ出ると、かべにかくれていて分からなかった真っ青な海が、かがやきながら姿を現す。 灰色のコンクリートの地面は分厚く、海の上でも人をしっかりと支えていた。 そんな場所でもセミは、お構いなしにさわいでいる。 「海って、きれいだなぁ…。」 そうぼくがつぶやくと、ナツはとなりでおかしそうに笑った。 「何が変なんだよ。」 ぼくがナツにツッコむと、ナツは笑いながら答えた。 「いーや。いつもここ来てんのにさ、今更そう言ってんのがおもしろくってさー。」 ははっと少しかわいた笑いを浮かべつつ、ナツはずいぶんとごきげんそうだった。あの時、だがし屋で話していた時はあんなに顔をくずさないようにひっしになっていたのに。 「そういやナツ、麦わらすっごいボロいけど…すきまの光とか、まぶしくねーの?」 ずっと気になっていたことを聞くと、ナツは答えた。 「いや、まぁあんま気にしてないけどさ、麦わらボロいからって普通光の心配するかよ。」 続けてナツは言った。 「お前のそういうとこ、好きだよ。」
    「足りねー。」 すっからかんのソーダ瓶越しに、太陽がキラキラと輝く。瓶の色が青いからか、真っ青な色で綺麗に輝く。 「キレー…。」 アキも僕につられたのか、ソーダ瓶を両手で支え、光に当てた。 するとスルッとアキの手から、ソーダ瓶が逃げ出した。 「あぁっ!」 空中へ見事に一回転したソーダ瓶は、コンクリートの地面を乗り超えて、そのまま海の中にぽちゃんとおっこちて行った。 それを見たトウヤがすかさずかまをかける。 「あー。アキやってるー。」 「ちっがうし!わざとじゃないしー!」 僕たちは明るい空の下、うるさいセミの声も無視して、4人だけの乾杯を楽しんだ。

    風化したペリドット

    ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。 色々なセミが飛び回ることなく、涼しい木陰でうるさくないている。 すると突然、耳が誰かにふさがれて、それと同時にさざなみの音が聞こえてきた。 「なんだっ…?」 「しー。リッスンリッスン…。」 ハルにぃがそう言うと、ぼくはだまって音を聞いた。 ゆったりくり返す音は、完全にいっしょでなく、びみょうに違っている。 細やかにただよう旋律は、どんなオーケストラよりも美しく、聴き入ってしまうものだった。 「どうだ?」 「なんか…すごい。」 「だろー?適当に浜辺で拾った貝なんだけどさ、耳に当てるとすごい波の音が聞こえるんだよ。」 ハルにぃはぱっと貝殻をぼくの耳からはがし、冷蔵庫からソーダ瓶を取り出し、一本をぐびぐび飲み始めた。 「ぷはーっ!やっぱこれよー!」 「おっさんみたいだねー。」 「こちとらまだ中学生ですわ!」 「ぼくからしたら十分…ね?」 「トウヤー、それ俺以外のやつにいっちゃダメだぞー。」 「あっ…スミマセン。」
    ミーンミーン、ジーンジーン、シュワシュワ…。 やかましいセミの音が、耳をじわじわ貫く…。 気づいたら森の開けた場所にいた。 「ん…あれ、僕…。」 思い出せない。何か、何かしていたはず…なんだけど。 「おーい。ナツー…。」 起き上がってナツの方を見てみると、なんと言うか、まあ幸せそうな寝顔を浮かべていた。 「…ナツも寝るんだなー…。」 僕はナツが起きてくれると信じて、ゆったりと二度寝をすることにした。

    青春のスピネル

    好き…嫌い…好き…嫌い……。 あたしはヒナ。小学2年のオトメ。 今あたしには、想い人がいるの…。 思い出すだけで、ドキドキしちゃうなぁ…。 好き…嫌い…。 「あっ。」 その辺に生えていたコスモスをちぎって占っていると、残りのかべんの枚数が2枚になった。 このままいくと、嫌いになっちゃう…。 「…そうだっ。」 あたしは2枚のかべんをつかんで、同時にちぎった。 よかった、これで好きになったぁ…。 「てちがーう!!」 ちがうわっ、こんなのじゃない! あたしの思いはこんなのじゃとどかないわ! 「いきなり叫んでどうしたよ、ヒナ。」 おじいちゃんの声にも目をくれず、あたしはそのままばっと外に出た。 「ゆうべには帰るんじゃよー!」 太陽さんさんの暑い日差しに負けるぐらい、あたしの思いは弱くないんだから…!
    「ナツ、そのまま帰してもよかったの?思い出すヒントとかあげるために呼び寄せたんでしょ?」 紫色に輝く灯籠が、村の夜を照らす景色をバックに、妻がわしに問う。 「いいんじゃ。アイツは自分の力で目的を思い出そうとしとる。…それに、邪魔するとここに入れなくなるかもしれんしな。」 「それもそうですね…。」 外で子供が剣道をして遊んでる。 「それはそうとじゃ、この村の中にナツに化けて外に出たやつがいるらしいのぅ。」 「…タローのことですか。」 タローは、村一番のいたずらっ子で、よく誰かに化けて、外にいたずらをする問題児だ。 「タローはここにいるよー!」 でもナツを一番に見つけたのもナツメだし、なかなかに憎めないヤツでもある。 「話は聞いていますよ。…子供が集まるところでわざと捕まえたアジを落として、ナツくんの姿で拾い上げたのでしょう?」 「そーだよ!でもねー、ナツのことしらないこには、タカにみえるようにしたんだ。かしこいでしょ。」 ナツメは自信満々に答える。 「いたずらしてる時点で賢くないですよ!」 「えーっ、ひっどーい。」 タローはぎゃーとわめいて、すぐさまどこかに遊びに行った。 「全く…この子のいたずら好きはいつ治るやら…」 「まぁまぁ。きっと昔には辛い思いをしてきたんだろうし、ほっとこうぞ。」 「父さんは甘すぎですよ。」

    木陰の小さな事件簿

    ____「でね!じーちゃんがそこでね!」 「…うん。」 猛暑日の中、オレはヒナに半ば無理やり連れ出され、ヒナの話をずっと聞かされてる。 あいづちをうてばチョーにっこり。 逆に打たなきゃチョーふきげん。 …さすがにオレでも疲れて来たぞ… 「____でね!…って、アキ?聞いてる?」 ヒナはオレに聞いた。 だけど暑さで限界だったのか、ヒナにひどいことを言ってしまったんだ。 「…うるさい。」 心臓がバクバクした。 「…へ?」 ヒナは突然言われた言葉にあぜんとしていた。 オレは自分でもわからないまま、ハンシャ的に叫んだ。 「うるさいって言ってるの…!」 ヒナはオレの方をじっと見つめた。 「いきなり連れ出されてさ!何かと思えばずっと話してるだけじゃんか!オレ、正直限界だよ!」 ヒナはじっと黙っていた。 だけど、見つめてくる目は赤くて、今にも泣き出しそうだった。 だけど、オレは、もっとひどいことを言ってしまった。 「もう…。」 「もうさ…____。」 …自分でも、なんで言っちゃったのか、 わかんなかった…。 「もうさ、話しかけないで。」
    「それにしてもなー、まさか褒めるとは思わなかったよ。」 ハルお兄さんは、トウヤに対して言った。 「うるさい、べつにほめるつもりは…」 トウヤは冷たくハルお兄さんに言った。 「ねー、オレのこと、なんて言ったの?」 オレはトウヤに聞いた。だけど、カンケーないとトウヤは言うだけで、教えてくれなかった。 「えっとなー、アキは〜」 「ハルにぃ!だめっ!」 話し始めるハルお兄さんを止めて、トウヤはあわてたように騒いで、ハルお兄さんの足をけっていた。 トウヤ、オレのことなんて言ったんだろー? オレはますます気になっていた。

    きっとビー玉は割れない

    草木ボーボーの生え放題の、ゴツゴツした山道の中… 僕はナツと2人で歩いていた。 ナツが先頭で、僕が後ろだ。 光源も少ないし目の前は真っ暗だし、それに加えて僕は目が悪い。 ナツを見失ったら最後…と言うことで、 ナツからはガッシリ腕を掴まれている。 正直痛いし恥ずかしいんだけど…ナツはなかなか聞いてくれなかった。 「ここら辺から、道が綺麗になってるね。」 さっきまでゴツゴツした岩が散らばっていて、足の踏み場もないような地面だったのに、いつのまにか人が行き来してるような、固くて平べったくて、歩きやすい土の道に変わっていた。 「んー、もうすぐか?」 ナツはいつものようにドカドカと前に進んでいる。 次第に当たりが眩しくなって来た。 「正直オレも覚えてないんだよな、遠い記憶すぎて…」 道は歩きやすくなったものの、両サイドに生えている草木は生え放題で、僕の肌にねちっこく触ってくるから、いつのまにか腕や膝が真っ赤になっていた。 それに比べてナツは…どこにもかいた跡も日焼けもなかった。幽霊みたいで不気味だなぁ。 でも、どうしてナツはこんなにも肌が白いんだ?僕より外で遊んでたはずだし…いや、色白なのかな。 「おっ。なんか見えて来た。」 突然ナツはそう言って、ゆっくり立ち止まった。 木々の間からちらりと見える家々は、人の活気をここからも感じられた。 「多分、ここだ。」 ナツはそう言い、また歩き出して、下り坂を歩いて行った。 「待ってよ、多分ってなんだよ。僕はナツが知ってるって言うからついて来たからさ。違ったら容赦しないよ?」 「だからオレもあんま覚えてないんだって、違ったらすまねぇ。」 「じゃっ、違ったら僕にソーダ一本奢りね。」 「ぐっ…だいぶたけえな…まぁいいよ。」 ずるずる滑る下り坂でこけないように、互いに崖に捕まりながら下っていった。 手が痛い。 下りきると、さっきチラッと見えていた家々がハッキリと見えた。 近くで見るとなんだか古臭くて、壁もみんな汚く見えた。 何故か鼓動が激しくなって来た… 「ゲシ、早速はいるぞっ。」 「まだ心の準備が…えっ!ちょっ、おいっ!?」 だけどなりふり構わずナツは僕の腕を掴んで、だーっと村の中に入っていってしまった。 意外に村には人が沢山いた。みんな驚いたように走り去る僕たちを見てきた。恥ずかしい。 「ほっ、本当にお前の友だちが居るんだよなっ!?」 「いやっ、うーん、多分…。」 「居なかったらタダじゃおかねぇからな!?」 僕はナツに腕を引っ張られたまま、そのまま村の奥にあった神社まで連れ去られた。 村の人たちの目が痛い。 そして、もう帰りたい…
    るるるです。 普段こういう感じであとがきにメッセージとか全然しませんが、予告という感じで失礼します。 次回は、前編、後編というカタチになります。 それだけです。どうぞよろしく。 るるるでした。

    くるり、時もどし (前編)

    若木が、草花がさかさか生えている場所に、一般の川が走っている。 チョロチョロした水の音だけが静かに聞こえる。誰にも秘密の、オレだけの場所だ。 8月に入ると、やっぱ夏が来たって感じがする。 夏は好きだ。だって、オレの名前とお揃いだから。 オレは川で泳ぐ魚を、一匹ずつ網ですくって、バケツにドカドカ入れていった。 オイハギみたいな大きさのやつもいれば、ほんっとうにミミズみたいな大きさのやつもいる。 今のニホンの嫌なことなんか、魚を獲ってると自然と忘れられる。オレはただひたすら、ピチピチとはねる魚を獲っていた。 気づいた頃には遅かった。 川の流れがだんだんと早くなって来てるのはわかってた。だけど、こんなに土砂降りになるとは思わなかった。 川の真ん中で、オレはただ立ち尽くしていた。 「こっから歩いたら…あぁ……」 夏の天気は気まぐれだ。 わかっていたのに、どうして、 とにかく、早く帰ろ____。 足を前に出した途端、ツルッと体ごと持ってかれた。バシャーンと大きな音が鳴ったと思えば、気がつけば水の中だった。 ゴポ、ゴポポ… 呼吸ができない。 上がろうと必死にもがいても沈むだけでダメだった。 いずれ川の激流に乗せられて、オレは硬い岩石に思っきし頭をぶつけた。水の中でも、はっきりゴンッと聞こえた。 気づけば水の中が赤くなっている。 オレは、そのまま死んだ。

    くるり、時もどし(後編)

    「こいつ、びくともしねぇ!」 デシデシと頭、背中、足、腕を叩いて、蹴られて… ガキの力だからそんな痛くもなんともねぇ。 オレが動いたら…逆にケガさせてしまうほどに、コイツらは弱い。 「おい!なんで殴られてるのかわかるかっ!」 1人の子どもが話しかけて来た。 理由はわかってる。 なにせ、オレがコイツらが仕掛けていた虫を獲るための罠を潰して、その挙句にでかい虫を逃したからだ。 最悪なことにコイツらはオレのしたことを見ていた。らしい。 ていうか、そこが罠だってわからなかったし、気づかなかった。 「だからわりぃって言ってんだろ。」 「全く反省してねぇ!」 バカ、アホ、言われ慣れた言葉をバーっと浴びせられて、蹴りも殴りも一段と強くなっていった。 気づけば、顔からも鼻血が出て来た。 「…あー、あきた!これに懲りたら反省しろクズ!」 「新参者がしゃしゃんじゃねーぞ!」 捨て台詞を吐いて、ガキどもは帰って行った。 「ほんま、アホらしー。」 オレは、オレの街が空襲で焼けちまうってことで、ここにやって来た。イーハトーヴって言うらしい。 不思議とここに来てから、飛行機も、兵隊も見なくなった。 オレの故郷は今頃、戦火に焼けている頃だろう。 だけど、一番困ったことはただ一つ。 妙に嫌われているってことだけだ。 大人たちはまだ優しい。だけどどこかぎこちない。 問題はガキどもだ。フツーに殴ったり蹴ったりしてくる。 あの時の宴会だって、オレが参加したってだけで理由をつけられて… 「…な、なぁ。大丈夫か…?」 優しそうな声に話しかけられた。 ジュンだ。最近この村に来たやつだ。 だけどオレとは違って、コイツは愛想もいいし、優しいやつだから、来たばかりでもあのガキどもとも仲良く遊べている。 「大丈夫だ。でもオレに話しかけんな。お前まで嫌われちまうぞ?」 オレは答えた。 「ううん、いいよオレ。なにせアンタにオレは助けられたし。あのガキに嫌われても構わないよ。」 「…言うなぁ、お前。」 ジュンは唯一オレと仲良くしてくれるヤツ… いわゆる、ダチってヤツだ。 ジュンは元々親に愛されてなくて、メシもまともに食わせて貰らえなかったらしい。 そしておこぼれをちょっとあげただけで、こうしてオレに仲良くしてくれた、チョロいヤツだ。 「ところで、さっきはどうして…」 ジュンは聞いて来た。 「オレが悪いんだよ、あいつらの罠を潰して、オレが虫を逃したのが気に食わないんだってさ。気づかなかったさ、だってなーんにも印とかなかったし。」 オレは正直に答えた。 正直、ちょっとキンチョーしてる。 「…バカじゃねぇか、ソイツら。しかも見てたんだろ?オレ、ソイツらがナツキをはめたとしか思えねぇ。」 「…ぷっ。」 「…何がおかしい!」 嬉しくなって、思わず笑いが込み上げてきた。 「いーや!お前が、バカみたいに素直に信じてくれたのが嬉しくってさ。あぁ、全部本当さ。信じてくれたの、お前だけだよ。」 「誰も信じねぇなんて、あいつらバカチャウネン!ほんと、ナツキは優しいヤツだって、見抜けねぇとかバカだ!」 力強く、ジュンは話してくれた。 「オレのこと、「チャウネン」じゃなくて「ジュン」って、ちゃんと呼んでくれるの、ナツキだけだ。オレ、口癖バカにされるの、ほんとは好きチャウネン。だから、オレ、ナツキが繊細で優しいヤツだってわかる。」 「はっ、バカかよ。」 オレはケラケラ笑い飛ばした。 それにつられたのか、ジュンも笑い出してる。 「バカすぎて、お前好きだわ。」 赤い夕焼けの中で、2人は笑い合った。

    白昼夢をみた蝉

    目が覚めたら、オレは賽銭箱の前に突っ立っていた。 手足の感覚がちょっとずつもどっていく。 隣にはゲシがいた。まだ願い事をしているみたいだった。 「ゲシは動かないよー!」 トシがいつもの調子で話す。 「動かないってどう言うことだよ。」 オレはトシに聞いた。 「時間を止めてるってことだよ!まぁ、ちょっと話そうよ。」 トシはオレの後ろに回った。 オレは追うようにくるりと後ろを向いた。 トシはくるっと回ってオレに正面を向ける。 丸メガネはカラッと光っている。 「やっと来てくれたね。待ち侘びたよ。ナツキ。」 トシはゆっくり口を開いた。 「60年も。」 「…ろくじゅう…ねん?」 果てしなく遠く感じた時に、オレは絶句した。 あんなに…経っていたのか。 「キミには実感がなかったかなぁ。まぁ、ぼくもだけどさぁ。」 トシは淡々と話した。 「でも待ってよっ、オレ、子供のままじゃ…」 「大丈夫だよ。キミは幽霊じゃないか。」 トシは話し続ける。 「早くトモダチに会いに行きなよ。」 そう言われた途端、視界が一気にぐらりとした。 立っていられなくって、オレは地面にうなだれた。 「次はメイカイで会おうねー!」
    「トウヤー、最近ナツくん?って子とは遊ばないの?」 トウヤを誘ってシューティングゲームをしている時、俺はふと気になって、聞いてみた。 横を見れば、コントローラーを慣れない手つきで触るトウヤがいた。 「…んー、いやぁ、まぁ。」 気難そうに濁すような返事が返ってきた。 チュイチュイーン、とやられた音がすると、トウヤはコントローラーから手を離して、あーっと横になった。 「んー、最近なんかあったの?」 よければ相談にのるよ。と、オレは話した。 だけどトウヤはギクシャクしたように顔にシワをつくり、ゆっくり口を開いて言った。 「…ナツくんって、誰?」 「…へっ?」 俺は驚きの余り声を出して反応した。 トウヤは嘘をつくような子ではない。 一昨日だって、ナツくんのことを俺に進んで話してくれた。 「いやいや、前まであんなに話してくれたやん。いきなり知らないって…」 更にトウヤは不思議そうな顔を浮かべている。 …ナツくんって子が、本当は嘘だったって事…はないはず。俺の勘が言っている。 トウヤは嘘をつかない。イナジマリーフレンドってやつだったとしても、それだとアキくんからの話はどうなるんだろう。 2人で一緒に遊んでいた友だちが嘘だっただなんて、あんまりじゃないか? 「…変な事聞いたな。じゃ、もう一戦な!」 「えーっ、やだよー、つかれたー。」 モヤモヤが晴れないまま、オレはナツともう一回シューティングゲームをした。 ナツくんって子は一体誰なんだ? いや、そもそも元からいなかった? あるいは____。 チュイチュイーン。 「ハルにぃ、死んでるー。」 もう少しで夏は終わる。 セミがミンミンとうるさく鳴いていた。

    梅雨から…へ

    くすんだ緑の畳の上、小さなちゃぶ台に茶がみっつ。 縁側の向こうは、眩しいほど輝いている。 そして、60年ぶりに会ったダチのジュンと、今そこにいる。 オレより背は高くなって、あの時の木の枝みたいだった腕は、太くたくましくなっていた。 オレの小さな背中がじんわりと冷たくなっていく。 「ナツ、なんでお前は…」 ジュンが問いかけてきた。 「オレ、死んだんだよ。」 迷いもなく答えた。 するとまた驚いた顔をして、ジュンは息を止めた。 目も口も全部かっぴらいて、今にも笑えるものだった。 「うーん…信じてもらえるかな…」 今になって不安になって、オレは声を漏らした。 だけどジュンは、 「なーに言ってんだ。俺がお前を疑う訳がねぇじゃねぇか。」 少し強い口調で返してきた。 「ははっ、今も馬鹿なのは変わんねぇなー。」 今も昔も真っ直ぐでいたジュンに、オレは安堵した。 ジュンはお茶に手を伸ばして、口に運んだ。 淹れたてのお茶は熱かったのか、少ししてズルズルと音をたててすすり始めた。 「だからさ、安心して話せ。」 お茶を持ったままジュンは言った。 「おう。長くなるぜ。」 オレはジュンの方をまっすぐ見て言った。 よく見ると、顔のかしこには、シワやら、アザがたくさんあった。 オレは下を向いた。 ジュンみたいにしわくちゃじゃない小さな手を見つめて、ため息をついた。 力強く手を握った。
    「おばさーん。ソーダ一本くださーい。」 今日も今日とて暑い日々。 店の外に見える海は、空を映し出して、入道雲はもくもくできていた。 「はい。50円です。」 いつもよく来てくれる、ハルという子から50円を受け取って、レジに入れた。 「おばさん、いつもひとりで大変だね。」 ソーダ瓶を一本手に取った少年が尋ねてきた。 「いいえ。全く大変じゃないよ。むしろ、いろんな子に会えて楽しいね。」 そういうと、ハルはにかっと笑った。 「そういやさー、俺、前にナツって子の話したじゃん?」 ハルは私に尋ねる。 「あー、あの子だろ?麦わらに、坊主に…」 「そう!それ!まさに夏の子供って感じの!」 ハルは突然元気に話し出した。 「ふふっ、あっ、そうそう、そのナツって子で思い出したけど、昔『ナツキ』って子が…」 「おばさーん、その話もう聞いたー。」 ソーダ瓶の蓋を開け、ハルが言う。 「あらら、最近ボケてきたかしら?でも、聞いてって。」 思い出は、思い出したら止まれない。 ハルは、へいへいと言って、私の話に耳を傾けた。

    花火のつぼみ

    「ナツ、あんときのこと覚えてるか?」 甘酸っぱいみかんみたいに、しわしわの顔を弾けさせるジュン。 ちいさいちゃぶ台をはじっこに追いやって、大きい体であぐらをかいて、だらしなくケラケラとオレたちは笑っていた。 昔話に花を咲かせて、ふと気がついた。 「んでさ、そこから…」 ちらっと後ろを見た。ゲシがいない。 「…ナツ?どうした?」 湯呑みのなかのアツアツのお茶は、今はもう茶柱も折れて冷め切っていた。 だけど、三つある湯呑みのうち、ひとつの湯呑みだけが、カラカラに乾いている。 「おーい。」 もうひとつの大きい座布団は、オレのすぐ横にぽつんと置かれている。置かれているのに、居間の端っこに積まれて片付けられていない。 そこに、誰かがいたみたいに____。 「…ゲシ。」 ゲシがいなくなってる。 「ジュン、わりぃ、ちょっと外行ってくる!」 「お、おう。」 オレはふすまをゆっくり開けた。 すると、目の前のおばちゃんとばったり会った。 「あら?どうしたの?」 おばあちゃんは優しい声色のまま話しかけてくる。 「あー、友達と、遊ぶ…」 「ゲシくんねー。分かったわ。気をつけてね。」 おばあちゃんの横をゆっくり通って、オレは玄関に着くや否や、ぶっきらぼうにくつをはいて、戸を開けて走り出した。 真っ青な空はいつのまにか西陽が薄くモヤをかけていた。 オレは一度止まって、地面を確かめてみた。 足跡みたいな、だけど凸凹している不思議な跡が一直線にできているものを見つけた。 多分、ゲシのものだ。 変な服だし、男のくせにほそくてよえーし、そのくせ面倒くさがりで、髪もぼーぼーで。 ともかく足跡をたどった。 無我になって、とにかくゲシを探した。
    「花火大会ですって!おじいちゃん!」 8月に入ってすぐ、今日の夜に夏祭りが開催される…というビックニュースがあたしのもとに吹き込まれて来た! 都会にいた時にも夏祭りはあったけど、人が多すぎて、思う存分見れなかったからなぁーっ。 今年はアキくんもいるし?夢の花火デートができるってことよねー…! 「あーんっ、花火大会が待ち遠しいわぁ〜っ」 「えらい嬉しそうじゃな。」 「誰だって嬉しいですよ。」

    花火の咲く夜に

    麦畑が黄金色に輝き始めた頃、ナツとゲシはようやく落ち着いたのか、疲れたのか、2人並んで地べたに座り込んでいた。 「ハーッ…落ち着いたかよ、ゲシ…」 ナツが問いかけると、ゲシはコクっとうなづく。 目頭がぼーっと赤く腫れ、服の袖がじんわりそぼ濡れている。 「はやくジュンの所に顔出して帰ろう。」 「…帰っていいの?」 ナツがそう言うと、ゲシが不思議そうに答えた。 「お前をハブっちまったからな、それに、もう夕方だ。」 ナツはサッと立ち上がり、ゲシに腕を貸した。 だけどゲシは腕を借りずに、両腕をのしっと地面をのけて立ち上がった。 ゲシはわかった、という顔をして、歩き出したナツの後ろについて行った。 申し訳なさそうに横にいかけては、すぅっとすぐ後ろに戻って行った。 「ゲシ、ごめんな。」 振り返りもせず、ナツは突然そう言った。 「大丈夫だよ。友だちに会えて良かったね。」 ゲシは柔らかくそう言った。 どんな表情をしていたのか、ナツには怖くて見ることができなかった。 「そうだ。オレ、明日にはここに居れないんだ。」 さっきの怖さを無くすように、ゲシはまた話した。 「そうなんだ。…ちょっと、寂しいや。」 ゲシはまた柔らかく返事をする。 「…ちょっと急ぐぞ!ゲシ!」 「おう。」 ナツは逃げるようにして、まっすぐジュンの家の方へと向かって行った。
    どおおおおおんっ、ひゅるるるうううるるううん。 「うるさいね。」 ぼくがそう言うと、 「音じゃなくて花火見ろよ。」 ハルにぃは呆れたように言った。 一面に咲き続ける花火はキラキラと燃えて、眩むほどに大きく育って、すぅっと消えた。 ぴゅるるるるるるぅぅううん。 激しく素早い音が鳴る。 「今日は楽しかったねー。」 アキはそう言って空を見上げる。 「夏休みはまだあるだろ。」 どぉおおおおおおおん。 心臓にどっと響く大砲みたいな音が全面にわたって、一瞬にして空は真っ赤に染まった。 町を全部覆い隠してしまうほどの花が咲いて、ゆっくりと落ちて行った。 「わぁああああっ!すげー!でけぇー!」 「おっきぃー!」 ハルにぃとアキは一緒に興奮して、あの大きな花火を網膜に焼き付けようとしていた。 すぅうううっと流れ星みたいに落ちていく火の粉が、たまらなく美しい。 「来年も見たいわぁ。」 おばさんはそうしみじみと空を見上げる。 「もっと見ないと損だぞー!」 ハルにぃはそう言ってぼくをそそのかす。 「言われなくともだよ。」 そう言ってぼくらは眩しい空を見上げ続けた。