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目次
偽
僕のお友達がリクエストくれたので書きました〜。
ありがとぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!。
あと、もし君等の想像と違うならごめんよ♡
本の紙の香り——。誰かがページをめくる微かな音。カーテン越しの柔らかな光が、埃を金色に染めて舞わせる。その静けさの中にいると、自分の存在が世界に溶け込んでいくような錯覚に陥った。教室のざわめきとは違う、孤独の中にあるやさしさ。
私にとって、図書室は避難所だった。
けれど、この頃は避難所というより、“唯一の居場所”になりつつあった。
「……あ」
指がすべってページを折ってしまった。
慌てて直そうとしたとき、静かな足音とともに、誰かが近づいてくるのがわかった。
「白崎さん、また同じ本?」
顔を上げると、浅川駿が立っていた。
図書委員長の腕章をつけた彼は、
私にとっては“ただのクラスメイト”というには少しだけ特別な存在だった。
特別といっても、向こうにとっては何でもないことだろう。
ただ、私の胸の中で、彼の言葉や仕草が、どうしようもなく鮮明に残ってしまうだけ。
「……うん。好きだから」
「そうなんだ。落ち着くよね、ここ」
駿は優しく笑って、本棚の整理に戻っていった。
その背中を見ながら、優月は小さく息を吐いた。
——こうして話しかけてくれる人がいる。それだけで、今日は少し、頑張れる気がする。
だが、胸の奥にしまった言葉は、決して口にはできなかった。
《《“あなたの声が、わたしの救いです”》》——なんて。
***
午後の授業は美術だった。私の好きな時間の一つ。
教室の隅、窓際の席に座りながら、彼女は筆を動かす。主題は「静寂」。
白いキャンバスに、淡い青を流し込む。
「優月って、ほんと静かに描くよね」
声をかけてきたのは、望月凪だった。
明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける凪。
でも、私にとってはそれ以上に、たった一人の「親友」だった。
凪がいなければ、きっと私はクラスのどこにも居場所を見つけられなかった。
「……ありがとう」
笑いかけようとしたそのとき、凪がふいに言った。
「ねえ、浅川くんと仲いいの?」
その言葉に、優月の手がぴたりと止まった。
「え……別に、そんなこと……」
「ふーん。じゃあ、何話してたの? 昼休みに図書室で」
その問いは、まるで探りを入れるようだった。
優月は口ごもった。理由が分からなかった。なぜそんなことを聞くのか。
凪の声は明るいけれど、どこかぎこちない。笑顔の裏にある何かが、冷たい空気を連れてくる。
「ただ、本の話を少し……」
「……そう。そっか」
凪はそれだけ言って、笑った。
でもその笑顔は、私のa知っているものとは違った。
その日、帰宅してからも、その表情が頭から離れなかった。
心の奥底に、何かがひっかかる。
言葉にできない小さな違和感。それは、水面に落ちた一滴のインクのように、じわじわと広がっていく。
***
次の日の朝。
教室に入ると、凪がこちらを見ようともせずに、他の子たちと笑っていた。
それ自体はよくあることだった。けれど、その中の一人が、優月を見てふっと笑った。
冷たい視線。何かを含んだ笑い。
そして——凪も、笑っていた。
目が合った瞬間、すっと視線をそらされる。
「あ、……おはよう」
小さく声をかけたが、返事はなかった。
そのとき、優月ははじめて気づく。
何かが、確実に、変わってしまったのだと。
これはこれでよき。
歪
偽の続きだよ
***
朝、教室に入ると空気が冷たく感じる。
机に向かおうとすると、凪と仲の良い子たちがひそひそと何かを話して笑った。
笑い声に悪意があるかどうか、最初は判断できなかった。
でも、優月の胸の内側が少しずつざわつき始める。
「おはよう」
勇気を出して凪に声をかけた。
でも、返ってきたのは沈黙だった。
それどころか、隣の子と顔を見合わせて小さく笑い合う。
——どういうこと?
戸惑いと困惑。
それが数日続くと、無視されているという現実に、ようやく気づく。
「ねえ、昨日浅川くんとどんな話してたの?」
別の子が唐突に話しかけてきた。
口元には笑みを浮かべながら、目だけが冷たく光っていた。
「え……えっと……本の話を、少し……」
「ふ〜ん……白崎さんってさ、案外積極的なんだね」
その言葉に含まれた棘は、優月の皮膚の下にじわじわと染み込んでくるようだった。
***
昼休み、席に戻ると筆箱がなくなっていた。
机の中にも、ロッカーにも見当たらない。
ふと、教室の隅の方から誰かの笑い声が聞こえる。
——まさか、とは思いたくなかった。
だが、その数分後。
ゴミ箱の中で、自分の筆箱がぐちゃぐちゃになって捨てられているのを見つけた。
手に取ると、中のシャーペンの芯がすべて折られ、消しゴムには鋏で切られたような跡があった。
凪の姿が視界に入る。
こちらを見ていた。そして、すっと目をそらした。
心臓が、ぎゅっと音を立てて縮まるような気がした。
どうして——どうして、こんなことに。
胸の奥に押し込めていた不安が、ひとつ、またひとつと現実の形になっていく。
***
放課後、美術室。
優月は黙々と絵を描いていた。
その日はキャンバスに触れる手が震えていた。
水彩絵の具のパレットが、にじんだように見えるのは、たぶん目の奥が熱かったからだ。
そのとき、凪が入ってきた。
「……ねえ、優月」
名前を呼ばれた。
それだけで胸が跳ねるのは、まだどこかで、元の凪に戻ってくれることを期待しているからかもしれない。
「……なに?」
「ちょっと、話があるの」
ふたりきりの美術室。
キャンバスの匂いと、夕陽の影。
「……あんたさ、浅川くんのこと、好きなの?」
心臓が一瞬止まった気がした。
「……どうして、そんなこと……」
「だってさ、わかるもん。あんな目で見てたら、誰だって気づくって」
凪の声には、怒りと——なにか、悲しさのようなものが混じっていた。
「でもね、私、ずっと浅川くんのこと、好きだったの」
初めて聞く言葉だった。
けれど、それは告白ではなく、宣告だった。
「だから、私の前であの人と話さないで。……お願いだから」
優月の口は開かなかった。
言い返す言葉も、否定する勇気もなかった。
ただ、その瞬間——
目の前の凪が、もう優月の知っている凪ではないように見えた。
いつから、すれ違っていたのだろう。
いつから、凪の中で「親友」が「敵」になってしまったのだろう。
優月の胸の中に、言葉にできない苦しさが渦巻いた。
その夜、枕に顔を埋めて泣いた。
誰にも見せない涙だった。
家族にも、先生にも、浅川くんにも——
誰にも頼れない。
誰にも、言えない。
静かに静かに、世界が歪んでいく音がした。
歪だねぇ
沫
朝、机の中に紙くずが詰められていた。
開けた瞬間、ぐしゃぐしゃに丸められたノートの切れ端がぼろぼろとこぼれ落ちる。開いてみると、そこには太いペンで書かれた言葉。
《ブス》
《調子に乗ってる》
《気持ち悪い》
心臓がドクンと跳ねた。
教室のどこかで笑い声が聞こえる。
凪のグループの一人がこちらをちらりと見て、口元を押さえて笑っていた。
優月は、その手紙を何も言わずに握りしめ、カバンの奥底に押し込んだ。
先生に言おうとも、家族に見せようとも思わなかった。
誰かに話して、それで何かが変わるとは思えなかったから。
***
昼休み。図書室。
優月は、普段よりも早く席についた。教室にいるのが怖かった。
自分の存在が、空気よりも薄くなっていくようなあの空間が。
「白崎さん、こんにちは」
その声に、胸が少しだけあたたかくなった。
浅川駿だった。
本を両手に持って、静かに立っていた。
「あ……こんにちは」
うまく声が出なかった。
でも、駿は気にした様子もなく、いつものように笑った。
「この間言ってた、詩集……これ、読んだことある?」
そう言って差し出されたのは、銀色の表紙に小さな文字でタイトルが書かれた詩集だった。
『光の泡沫(うたかた)』
手に取った瞬間、表紙の手触りが心を包むように優しかった。
「読んだこと……ない。ありがとう」
ページをめくると、ふと気になる一節が目に入る。
『誰にも見えない声を、君はいつも、心の奥で聴いている』
その言葉が、自分のことを指しているような気がした。
駿が、優月の様子をそっと見ていた。
「白崎さん、なんか……元気ないように見える。……大丈夫?」
優月は、首を振った。
言葉にしてしまえば、すべてが壊れてしまいそうだった。
「……なんでもない。ちょっと、疲れてるだけ」
「……そっか。でも、あんまり無理しないでね」
その優しさが、胸に刺さる。
「大丈夫だよ」と言えない自分が、恥ずかしかった。
自分は浅川くんと話している。
きっとまた、あのグループの誰かが、どこかでそれを見ている。
そう思うと、安心と不安が同時に胸に湧きあがった。
***
放課後、靴箱に向かうと、上履きがなくなっていた。
代わりに突っ込まれていたのは、ぼろぼろのスニーカーだった。
赤いペンで大きく《泥棒女》と書かれている。
——あぁ
悟るしかできなくて。
ひざがガクンと崩れそうになった。
靴箱の周囲には人はいない。
けれど、視線だけは感じる。
背後で凪の声が聞こえた。
「……かわいそう。上履き、どこ行っちゃったんだろうね?」
見えない悪意。
けれど、それは確かに凪の口から放たれていた。
「凪……なんで……」
振り返っても、彼女はもう背を向けていた。
歩きながら、グループの子たちと笑い合っている。
視界がぼやけた。
涙が出る直前で、優月はそれを奥に押し込んだ。
泣いたら負けだと思った。
泣いたら、本当に「いじめられてる」と認めることになる気がして。
***
その夜、机の上に置いた詩集を開く。
あのとき、浅川くんが言っていた。
「白崎さんに合ってる気がする」
自分のどこが? と、思ったけれど——
今は、その意味が少しだけ、わかる気がした。
誰にも見えない声。
誰にも届かない叫び。
それでもページをめくる手は止まらなかった。
紙の匂いと、言葉のぬくもりが、唯一の救いのように思えた。