1888年 イギリスのロンドンにて“切り裂きジャック”の異名を持つ男がかつて、世間を騒がせていた。
そんな世間を騒がせた男は時代が移り変わる故に忘れ去られていき、数百年とその姿を見なかった。
しかし、正体不明の“切り裂きジャック”は姿形を変えて今も尚も生きていると噂がイギリス中に響き渡る。
人々が再度、混沌と恐怖の渦に呑まれていく中、“切り裂きジャック”を名乗る“不死身の殺人鬼”が黒く美しい羽を広げて、その地へ君臨する。
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目次
✵序幕↹終幕✵
蒸気機関車の煙ばかりの雲は白さを取り戻し、青の中で一際目立っていた。
時代は移り変わる。常に総じて流れていくのだ。
ロンドンは静けさを取り戻して、過去の騒動の痕跡は見られない。
ビルの下、路地の中でホームレスの男性が嗤っている。
小汚い黄色に変色した歯を見せて、金を集る。媚びる。
憐れに思った少女が手を差し伸べた瞬間に男性が彼女の小さな身体を掴んで、小綺麗なドレスを引き千切る。
一瞬の内に少女は血相を変えて叫ぼうとしたが、周りに人はいない。それどころか、誰もがまるで関わりたくないと言わんばかりに足早に騒がしくなった路地を避けていった。
これ幸いと手を早めた男性によって未だ熟し切っていない身体が露わになる。
少女がその痴態に頬を赤らめたと同時に男性の全身が興奮に包まれた。
先程までよりも暴力的になり、本能に従う手つきが悪い報せを察して抵抗する少女の首へかかる。
美しい花の細い茎のような白肌の首筋に指を一本一本添わせて、ゆっくりと確実に抱きしめていった。
頬が赤く紅潮し、息の荒くなる男性と代わって少女の顔色は青く、息も弱々しい姿を晒す。
やがて、小さな身体は若干の痙攣を最後に終わり、小さな命が途絶えたことを物語った。
男性は少女のその最後を見て、更に息を荒くさせては小柄な遺体を貪り始めた。
何が楽しいのか、物好きなホームレスと小柄な遺体の本能的な行為に目を背ける。
何分、趣味ではない。聖書にだって、『遺体と性行為をしろ』だなんて言葉は載っていない。
こんな例えは冒涜でしかないだろう。愚者の言葉を借りるなら、『クソ喰らえ』だ。
今は赤く染まっていない指を重ねて、気障らしく鳴らしてみる。
鏡の破片に|薄茶色《ライトブラウン》の短髪に丸く|黄色《イエロー》の瞳、白肌の耳には|銀《シルバー》の|十字架《ロザリオ》のイヤリングが見える。
|黒《ブラック》のスーツの胸元に|赤《レッド》のネクタイが引かれ、|黒《ブラック》の革靴の格好も悪くはない。
その格好がやがて、後ろの空が暗くなっていく内に鏡の中の自分が歪むように変化していった。
|黒色《ブラック》の牛の骨頭に射した鋭い|赤色《レッド》の瞳を隠すように頭部全体に|白《ホワイト》のベールの飾った鉄格子の鳥籠が覆い、|黒《ブラック》が溶けた光輪が今にも垂れ落ちてきそうだった。
|赤黒い《レッドブラック》ネクタイが|黒色《ブラック》でよれたスーツの前に存在し、白肌に泥のついた裸足がスーツとアンバランスに見える。
銀は|金《ゴールド》の|十字架《ロザリオ》のイヤリングになり、背中に生えた|真っ黒《ダーク》な両翼に輝きを隠されていた。
月が見えるにつれて変わっていく姿にふと、違和感を覚える。
足についた泥を拭き取ることもせずに指を動かすと鏡の破片は宙に舞い、下にいたホームレスの頭へ砕け落ちた。
みすぼらしい男性の誰にも届かない怒号を無視して、ビルの屋上の床に泥を擦りつけた。
泥で|十字架《ロザリオ》と描かれたものは、ゆっくりと時間をかけて乾いていき、そこにいた象徴を刻んだ。
ビルの下では小さな遺体に必死なって腰を振る哀れな男性が一人いるだけだ。
しかし、少女の為ぐらいなら主もお導きになるだろう。
鳴らした指の間に細長く先の鋭い硝子の棒が摘むように現れて、片手で捲った袖から晒した白肌の腕に思いっ切り棒を刺し、泥のついた床へ落とす。
割れた硝子の破片の上に赤い血が腕から流れて落ちていくが、すぐに腕が焼けるような音と微かな痛みともに血は落ちなくなった。
すっかり治ってしまった腕に袖をあげて、隣に置かれた新聞紙に目を通す。
当たり障りのない、普通の話が載っているだけだった。
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--- ―『|Jack・The・Ripper《切り裂きジャック》の帰還』― ---
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そして、|サリエル《切り裂きジャック》の帰還。