3年に1度、彼らはこの世に誕生する。他の世界での誕生ペースがどうであろうと、この『ストイヒア国』は規則的に生まれてくる。
辺鄙な場所に位置する『ストイヒア国』は、人口が合計118人、どんな国からも認められていない国だ。数年前、そんな小国に奇妙な書物が発見される。
『119人目がこの世に享けた時、必ずや大事が起こるだろう』
118人目が生まれたばかり、タイムリミットはあと3年。
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目次
#1
118人目が生まれた途端、国中は歓喜の声へ包まれ、やがてどよめきへと変わっていった。
『119人目がこの世に享けた時、必ずや大事が起こるだろう』
とある古い図書館。354年という、他の星から見れば短い歴史を持つストイヒア国では、この予言に恐れ慄いていた。終止符を打つなど有り得ない。その図書館は、ストイヒア国が誕生したときからあったものだ。作者は不明、ただ走り書きのようなメモがあったのみだ。
「118人目は、オガネソンというらしい」
「へぇ、118人。もうなのか」
水素と、リチウムは喋り合っていた。城の近くの噴水に腰を掛けていた。さっそく118人目に反応していた。
ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムも喋っていた。
「118人ねぇ」
彼ら7人は、アルカリ・ファミリアというグループだった。
1番はじめに誕生した水素は、最年長の威厳というものは殆どなかった。軽やかな性格ゆえに、少々炎上することも多々あった。だが、みんなスイを愛している。水色のボブヘア、水着の上に着たカーディガンという突飛な服装だ。しかし、みんなそんな感じだ。
3番めに誕生したリチウム。誰よりも軽く、楽観的。ただ、泣くとすべてが終わってしまうのが玉に瑕。情報機器に明るい。銀髪をポニーテールにして、白衣もどきを着ている。
「そうね、すごいわよ」
「あ、ヘリウム」
ヘリウムは、貴族だ。2番目の彼女を呼び捨てにできるのは、水素のみだ。声こそは高いが、落ち着いた性格でどこまでも安定している。あまり交流を好まないところなども、アルカリらとは全く違う。
「だって、最初の頃は大変だったじゃない」
「ま〜、大変だったな」
リチが同情した。
「またその話じゃん」
突っ込まれても、水素とリチウムはあはは、と笑っていた。
「今までの人らとは違うものがあるわ」
オガネソン。彼はヘリと同じ貴族である。しかし、最近貴族ではない疑惑が浮上している、という。オガネについてどう思われているのか、それを調べるためにヘリは色々としているらしかった。
「まあ、それなら疑惑がかけられてもおかしくないわね。だって、あの子は特殊だもの。119人目は誰なのかしら。アルカリ・ファミリアなら、またうるさくなっちゃうわね」
ふふふ、と口に手を当てて、ヘリは上品に笑った。
最近、ヘリは笑うこと、そして喜ぶこと、それを表面上に出すことが増えた。スイはそう感じていた。
#2
噴水のところで喋り合っていると、色々と面白い話題があげられてくる。
「そういえば、わたし、不健康って診断されたんだよ〜。なんでだろ」
「いやあんた、塩取りすぎだからでしょ。減塩しなさいよ減塩を」
ナトリウムが話しているところを、カリウムが突っ込む。
「あ、もう1時だ。わたし、ちょっと出かけるね」
「え、もう1時ー?もうちょいいたらいいのに」
「いや」
冷たいわけではないが、かなり正確なものを好むセシウムが、じゃあと言って立ち去った。買い物だろうか、わからない。
「ねーねー、噴水、綺麗!」
「あ、フラン!当たっちゃ危ないよっ」
「フランッ!!!当たるんじゃねぇぞっ!!!」
「ひっ、ルビお姉ちゃん、こわーいっ」
真っ赤な短髪をふるわせ、ルビはフランを叱る。
アルカリらは、水に触れると爆発してしまう。柔らかく軽い性格だが、水に関しては極度に敏感だ。
「ここは危ないね、やめよう」
唯一平気な水素が言った。噴水から立ち去ろうとしたとき、少女の声が上がった。
「あっ、水素さん…」
「わ、オガネソンじゃん!わたしは1番目の水素」
「オガネソン?君がオガネソンっていうんだ〜、あたしは3番目のリチウム」
色白で、背丈も小さい。当たり前だが、少し感情が震えているように見えた。重たい足取りで、水素らのところまで来た。
「ここにいるのが、わたしたちのアルカリ・ファミリア。別名は第1族っていうんだ。セシウムは今買い物かなんかだけど、それ以外は揃ってるよ」
「は…」
戸惑うオガネソンに、まずはナトリウムが言った。
「わたしはナトリウム。食べることが大好きだが、あいにく水は無理なんだ」
白髪にクリーム色のキッチンエプロンを着ている女が、ナトリウムだ。
「あたしはカリウム|こいつ《ナトリウム》、塩分取りすぎだからあたしが調整してるってわけ」
黄色い髪をバナナのように結っている。ガーデニング用の茶色いエプロンは、ナトリウムとの対比のようだ。
「あたしはルビジウム。ま、よろしくな」
燃えるような紅い短髪に、キラキラとしたTシャツと半ズボン。見ての通りの姉御肌だ。
「あたしはー、フランシウムっていうんだー。みんな、幻とか、アルカリ・ファミリアで1番強いっていうのー!よろしくね!」
ピンク色のノースリーブのワンピース。肩には『Fc』と刻み込まれており、靴には割れかけのピンク色の宝石のようなモノ。
「ぼ、僕は、オガネソン。よ、よろしくお願いします」
メガネに黒い短髪。じゃらじゃらと重そうな飾りやローブをつけている姿は、貴族らしい。中性っぽい。
「うん、よろしくね!」
アルカリ・ファミリアの声が重なり響いた。
#3
「んで、ところでさ。君は118番目だろう?予言のこと、知ってるか」
「…なんとなくは、ヘリウムさんから聞きました。僕の次、3年後に誕生する人が、なんか…」
口をつぐんでしまっている。
「殺しとかは嫌だよね…」
「そんな物騒なこと言わないでよ」
---
水素が自宅へ戻ると、ポストに新聞が突っ込まれていた。『ニッケ新聞』という枠の左には、『天才画家が行方不明!?』という見出しがでかでかと。内容は、画家のクロムが行方不明になった、というものだった。色で人々を魅了して、おまけに彼女自身も色んな人と関わる。良い画家だと、世間では言われている。
どういうことなんだろうか。『ニッケ新聞』という枠の隅っこの『何かあったらここまで』と、住所が記されている。責任者の炭素とニッケルの住所だ。あとは、電話番号。
ニッケルに電話をかけると、今は他の対応に追われているらしく、ぷつりと切れてしまった。仕方なく、炭素にかける。
「はいこちら、ニッケ新聞の炭素が応答します。どのようなご要件で?」
「あ、えーと、この『天才画家が行方不明』っていうので」
「クレームなら受け付けないわよ」
「違うよ!あ、わたしは水素です。協力したいなあと」
水素と知ると、あっという間に炭素はびっくりしたように声色を変えた。
「水素さんですか?わあ、申し訳有りません。住所があるので、こちらへ来ていただけませんか?」
「は、はあ…」
水素はまったりする暇もなく、炭素の家へ向かうことにした。
---
炭素の家はぐちゃぐちゃとしており、辛うじて応接間は整頓されていた。白髪に水色のメッシュ、ポニーテールの先は黒黒としている。イアリングやネックレスはダイヤモンド製らしい。浴衣のようなもので、白と水色で統一されている。スカートもどきは丈が短く、水色のズボンが見えていた。顔は美しいが、今はクマがくっきりと見える。
彼女はニッケルにスカウトされたか何かで、印刷を行っている。それは副業だが、最早本業なみに忙しい。炭素の本業は幾つかあり、ダイヤモンドを生産する『炭素ダイヤ』、筆記具を生産する『炭素筆記』がある。
「あの、少し休んだほうが良くない?」
「いえ、新聞社をやると思ったらこれぐらい…。覚悟していたことよ。本当にごめんなさい、6番の分際で、あんな舐めた口きいて。最近、クレームがひどいのよ」
生まれた順に、この世は偉さが決まる。年功序列というやつだ。
「それで、協力って何かしら」
「クロムの行方って、わからないの?」
「…ああ、記事について?まあそうよね。ごめんなさい、ニッケルが取材で、わたしが校閲と印刷なの。あんまりわからないわ。…ああそうだ!新聞なんぞ、少しおやすみしてもいいと思わないかしら?大体、焼き芋の燃料にされるだけなのよ。お願いしますわ、1番様。24番はとうてい逆らえないはずよ」
必死さがうかがえ、「考えとくね」と水素は言った。
「本業のほうが稼げるのよ。『ニッケ新聞』をやめて、インクを『炭素筆記』で売って、クロムに印刷してもらえれば…うん、それがいいわ!そのほうが売上も上げることができるわね。今月末にやめようっと。…それで、クロムの行方ね?」
「うん」
「そうねぇ……あっ、思い当たるのが1人はいるわ」
「え?」
「ヒ素、彼女はすごく怪しいわ」
ヒ素の怪しさは否めなかった。1人で黙々と絵を描く。灰色のボブヘアで、両目が辛うじて見えるほどの長さの前髪。エプロンには『As』と読めるような黄色い絵の具が飛び散っている。
「画家だし、彼女がクロムの才能に嫉妬して、さらったのも頷けるわ」
ただ、クロムとヒ素の画力が五分五分なのは不思議だけれどね____
「なら、まずはヒ素のところへと?ずいぶん安直だね」
「それぐらいのほうがいいわよ。まずは行動しなくちゃ」
早く退職手続きを済ませよう、と炭素はゴミ屋敷の中へと突っ込んでいった。
#4
数十分経ったあと、炭素は疲れ切った様子ででてきた。
「ごめんなさい、やっぱり後にするわ。取り敢えず…いきなりヒ素のところへ行くのはよしたほうがいいわよね?」
「ああ…近隣住民とかは?」
「なるほど。あと、あのアパート。えーと…あの…『ランタン・アパート』」
118人が住むには、一軒家で十分だ。
だが、ふたつだけアパートがある。そのひとつが、『ランタン・アパート』。管理人兼大家はランタンだ。
「なら、わたしはそっちに行くね」
「わたしは近くに行ってくるわ」
じゃあ、と言葉を交わした。
---
5階だての灰色のアパート。3つの部屋がひとつの階におさまっている、小規模なものだ。
1階の1番左。管理室兼ランタンの部屋だ。『101 ランタン』の表札を確認して、水素はノックした。
返事がなかった。
ごんごんごんっ、と強くノックすると、奥から「はいはぁい…」とドアが開いた。
「こんにちは」
「こん…ってうわぁあ、水素さん!ごめんなさいっ、隣のセリウムかと思って…それで、なんでしょうか?」
黒いだぼだぼのワンピースには、不自然なぐらいに大きなフード。顔の半分は、それですっぽりとおさまっていた。灰色と茶色が混じった色合いの前髪と、同じ色の瞳と眼鏡。
「クロムが行方不明になった事件のこと。ほら、今朝の『ニッケ新聞』」
「へえ…ごめんなさい、わたし、新聞はとらないんです。ネットニュース派で…」
「何か知りません?」
「全くです。なんでわたし?」
「たくさん人がいるので、ここ。情報網があると睨んだんです」
「…ごめんなさいっ、もう帰ってくださいっ」
「え、なんで?」
動揺する水素の前のドアが、だんだんと閉まっていった。
「怖いんですっ…お願いですっ!!警察みたい」
「け、警察…?」
「どっか行ってくださいっ!!」
顔がフードですっぽりと覆いかぶさった。
「…わかりました」
状況が飲み込めない水素の前、ランタンは強硬手段に出た。後ろにぶら下げている、レーザーをぶかぶかの手で手にしていた。
「これでも?」
「っひゃああ!?ら、ランタンッ、お、落ち着いてっ!」
「なら早くわたしの部屋から去ってください!見られるのは慣れていないんです!アパートの中の住民に話してもいいので、お願いしますぅっ!」
「えっ!?」
「早く!5・4・3…」
「うわ、わあ、ごめんなさぁい!!」
水素は走り出し、そのまま隣の部屋へと駆け込んでいた。ばたん、とランタンのほうでドアが閉まる音がした。
#5
--- 炭素side ---
さて、まずはクロムの周辺でも行くかな。わたしは『3番街』で、きょろきょろと歩き始めた。
3番街は、ストイヒア国で1番広い。わたしが普段住んでいるのは、14番町。ニッケルは3番街の、10の4に住む。新聞配達のときも、3番街だけはいつも迷ってしまう。
クロムは6の4に住んでいるらしい。北の窓で、草原が一望できる。西はバナジウム、東はマンガン、南はモリブデン。そこまでは地図で見て知っている。
ただ、行けるかどうかは全くの別問題だ。地図を片手に歩くのはきつい。
その途端、
「んぎゃっ!」
「うわっ!?」
とぶつかる音がした。
「うわうわうわ!!ごめんなさいっ!ああぁあ、6番さんを…この15番が…」
「いいわよ、別に…」
「ごめんっ!あ、初対面かな?あたしはリン!」
すっきりして、文字通り凛とした名前だ。炭素みたいなダサい名前と違っている。
「リン…わたしは炭素。6番?知ってるの?」
「ほら、『ニッケ新聞』。あたし毎日とってるんだ。だから、編集社欄のとこの顔写真も、チェック済みってわーけ」
「そう…」
白い髪を大きな三つ編みにして、その編み目ひとつひとつに赤色の球体のゴム。エプロンもどきと、ブーツ。全体的に赤・白・黒で統一されていた。
「んで、炭素さんはどーしたのっ?」
「あぁ…道に迷ったの」
「えぇ〜っ!?」
大袈裟にのぞかせた八重歯の奥から、声が出される。でかっ。
「そりゃ大変!でも、あたしに会えたのは幸運だね」
「え?」
「あたしはこう見えて、大工なんだ!」
どこからか持ち出してきた、よくみる骨の感じのおもちゃ?をぶんぶん振り回す。でも、子供がやっつけで回しているのではなく、鮮やかにまわしている。もう忍者みたいだ。
「こいつはあたしの相棒で、これが大工用品なんだ」
「へぇ…道、わかるの?」
「わかるさ。だって、殆どの家を建てたんだからね。近々、オガネソン?とやらの注文も入ったのさ。取り敢えず、誰の家へ?」
「あ〜…マンガンさんの家へ」
「了解っ!」
リンの記憶力は素晴らしく、ひとつも道に迷うことなく、効率的に到着した(らしい)。リン曰く、「これが最短ルートだ!」とのことで、そのわりには屋根とかも使っていた。「あたしの屋根は1億回のぼっても丈夫だから大丈夫さ」と言っていたのだが、真相は不明だ。
「ここがマンガンの家!んじゃ、あとは頑張ってね〜」
緩くも元気な口調で話す彼女を見送り、わたしはインターホンを押した。