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目次
『死ニガミ様のお手伝い』一話・ある男の日常
1- 日常
ピピピッ ピピっ
午前6:30を知らせる電子音が無機質な部屋に鳴り響いた
また今日も地獄の1日が始まる。
ベッドから起き上がって
身支度を始める
「えぇ〜っっっとネクタイ、ネクタイ」
いつもの柄のネクタイを首に巻き襟ぐりまで締め上げた
ぼんやりとした頭で思った、少しキツくてこれではまるで首輪じゃないか
もともと服を選ぶのはあまり得意ではなかったから
社会人になるとスーツという戦闘服があると小学生の頃知って
早く社会人になりたいと思っていた
実際、着る服がスーツと決まっているのは楽だった
社会人になって楽なことよりは大変なことの方が多かったが。
俺は会社に、見えない首輪のようなもので
縛られている。
抜け出そうと思ったら容易に抜け出せるが
そうはいかないのが日本のブラック企業の実態であり、
この人間社会の|理《ことわり》である
俺の働いている会社は世間の言う典型的なブラック企業のようなものだろう
しかしうまく法を掻い潜っているのか、こんな酷い企業でさえ違法ではないようだ
パワハラはないものの
残業代はほぼないものと同じだし
上司は大して苦労もせず出世したのか
パソコン作業の大変さをちっとも分かっていない
〝明後日までにプレゼン資料を一から作れ〟などという
難題を押し付けられるのも もう慣れてしまった
所々痛む体を無視し体を伸ばして溜息をつく。
(そうだ、コーヒーを飲まないと)
キッチンに行き引き出しからインスタントコーヒーを取り出す
疲労が溜まった自分を誤魔化すためのコーヒーを淹れて
ごくごくと一気に飲み干した
最初は美味しいという理由で飲んでいたが、
今はもう体に無理をさせるための「カフェイン入りの黒い飲み物」と化している。
病気になろうが、カフェイン依存になろうが
ほぼ壊れているような自分の体は
これ以上壊れても何も変わらない。
エナジードリンクでないだけマシだ、と
言い訳にならない理由を浮かべながら
一気飲みでクラクラしてきた頭に舌打ちをした
そろそろ出なければいけない
鞄を持ってスーツの襟を整え鏡を見る。
目の下は|隈《くま》が染みつき黒くなっている
俺は毎日鏡を見つめて笑顔の練習をしてから出勤する
まだ、作り笑いでも笑えるなら大丈夫という自分への確認だ
さぁ行くぞと玄関の扉を開け
重い重い一歩を踏み出した
『死ニガミ様のお手伝い』二話・今日もまたいつも通り
2-今日もまたいつも通り
会社に入ることが決まった時初めての一人暮らしをすることにした。
今思い返してみれば物件探しをしていた時間が一番余裕があっただろう
最寄り駅は徒歩15分と聞き、遅くも早くもないからまあいいかと
すぐにあの物件を決めた。
今は駅まで早いか遅いかなんて事を気にすることはなく
ノーマル社会人より早く起きて早く会社に向かっている
駅につきカードを読取機に触れホームへの階段を上った。
他の人にぶつかりそうになりながら電車に乗り
通勤電車に揺られ
寝不足のせいか車に酔ったみたいになってしまった
先程飲んだコーヒーが胃から|迫《せ》り|上《あ》がってくる
少しの気持ち悪さと胃液の酢苦さに顔を|顰《しか》める。
胃液が口いっぱいに広がり歯に触れたようで
噛み合わせがキシキシと溶けてきているような音がした
連日残業続きの胃や脇腹がズキズキと痛む
まだ、倒れてはいけない。俺は。
〝今倒れれば大勢の人に迷惑をかける〟
それは本当に俺が思っている事だったのだろうか。
倒れたら目を覚さないから?
そのまま死にそうだから?
余計なお金がかかるから?
どれも違うような気がして納得できなかった
女手一つで育ててくれた母ももう数年前に亡くなった。
学生時代は大して友達もできず社会人になってからできた友人は誰一人としていない
俺は....死んだとて
悲しんでくれる人などいないのだ。
もし今何故君は生きているのかと問われたら自分でもわからない、と返すだろう
壊れていないからまだ死んでいない。
ただそれだけのことである
無理を重ねても完全には壊れない体であると気づいた時
生んでくれた親への感謝と
壊れなければ休めない社会の不満がほぼ同時に襲ってきたことを覚えている。
朝起き、電車に揺られ、仕事をし、帰って寝る。
会社では上司には敬意をはらい、絶対に逆らわず部下には分かりやすく指導をする
どんな職種であれこれが一般的な社会人のすることであろう。
それから我々は一ミリたりとも外にズレてはならない
それが社会の通念であり世間の常識であるからだ
会社がどれだけ黒くとも我々社員は表面のみ取り繕い、
会社の見栄えをよくしなければならないのだ。
取り返しがつかないくらい真っ黒なくせにブラックではないと言い張る上司に
怒りを通り越して呆れが募るばかりである
朝は普通の時間に起き、美味しい朝食を食べ、電車で読書をし、毎日定時に帰る。
そういった社会人になる前の理想像は
4年前、初めて入社した今の会社によって完全に打ち砕かれた。
度重なる残業で胃は疲れ出社するまでの時間も短く、朝食なんて食べれるはずがないので
朝胃に入れるのはせいぜい目を覚ますためのコーヒーぐらいだろう
コーヒーを飲むのはもう、趣味ではなく完全なる義務である
つり革に掴まり揺られて
ぼんやりとスマホの画面を見ていると最寄駅に着いたようだ
|今日《建前上》の仕事の予定が書いてあるカレンダー画面を閉じ電車から降りた。