_仮にここを、マルチバース世界としよう。
本編軸、つまり本物(オリジナル)はユニバース世界だが、それらが語る物語は多種多様だ。
なら、それが全て一つになった時、どうなるか?
きっと、それは__。
------------------------------------------------キリトリ✂️---------------------------------------------------------------------
総シリーズを通して、全オリジナルキャラクターのイベント内の番外編的なことを書いたものです。本編とは何も関連性はありません。
なので、メタい話をしていたり、シリーズを越えてのキャラクターの絡みがあります。
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目次
静寂の確たる物音
カチ、カチ、カチ。
三回、音が鳴った。
---
「はい、××××書店の|和戸《わと》です」
本の林とも言えるほど、本が並び、客室も並んだインターネットカフェのカウンターの電話が鳴り、それに俺だけが応えた。
『もしもし。春山高校の教師を勤めております、|杉山渡《すぎやまわたる》と申します。|日村修《ひむらおさむ》さんはおりますでしょうか?』
「日村さんですか?お待ち下さい」
固定電話をテーブルにゆっくりと起き、客室の中の〖221B〗と名がある客室の扉をノックした。
「日村さん、電話です、電話!春山高校の_」
言い終わる前にややクリーム色の髪に緑色の瞳をした、どこか英国紳士を彷彿とさせる男性が出てくる。
「杉山渡か、電話を貸してくれ」
「ええ、どうぞ」
テーブルに置いた電話を手に取り、話をする男性の名前は日村修。数年ほど前からこのネカフェに滞在していて半分住居化している。料金などは貰っているが、そのお金が一体どこから出ているのかは全くの不明である。
しばらく電話していたが話がまとまったのか日村が電話を切り、こちらを見た。
まるで、獲物でも見たかのような瞳をしていた。
「|涼《りょう》くん、ちょっとついてきて欲しいところがあるんだが...」
「......なんですか?」
「春山高校だよ、今すぐだ」
「今すぐって、そんな急に...相手方にも迷惑じゃ...?」
「大丈夫だ。良いなら行くぞ」
「いえ、まだ良いとは言って_」
また、言い終わる前に日村が俺の手を握り、言葉を無視して引っ張っていく。
いつもこうだ。店員の手を取って巻き込むスタイル。それが、日村修だ。
---
私立春山高等学校。有数の進学校で、ロボコン等の理系大会の強豪校の一つとされる。
それが、日村などのたかがネットで有名な私立探偵なんてものに頼むなんて変わった話もあるものだ。
「長旅、ご苦労様です。僕は電話でお話しした杉山渡です。よろしくお願いします」
「ああ、どうも...僕は付き添いの和戸涼です。よろしくお願いします」
俺が電話の相手と喋る間、日村は珍しそうに校舎内を探索し、近くにいた女子高生に囲まれていた。
女子高生の瞳はキラキラと輝いているが、反対に日村の瞳は横に泳ぎつつあった。
「...あの方、あのままで大丈夫ですか?」
不意に杉山が口を開いた。
「多分...大丈夫じゃないと思います...」
二人でそう苦笑して杉山が女子高生を注意し、日村を引っ張ってきた。
その後、杉山が「そろそろ本題に入りましょうか」と言って職員室へ案内されることになった。
複数のテーブルがオフィスのように連なり、そこに様々な人が作業をしている。
どれもテストの採点結果について話しているようだった。
「最近、なんだか...」
「やっぱり、そうですよね...」
「見て下さい、いつも0点の野日が!100点ですよ!」
「鈴木先生...僕...もう......採点、したくないです......」
「担当教科の生徒全員分のテストを...たった数人でやれとか...公務員のくせにブラックだ......」
何人かは愚痴を吐いている。公務員職なのだから、しょうがないだろう。
「...それで、そろそろ話を聞いてもいいかな」
職員室に入ってすぐに日村が口を開いた。
杉山が頷いて、職員室の扉を閉める。まるで聞かれたくないことのようだ。
「...見ていただけると分かりやすいのですが...」
そう言ってある生徒の小テストの採点結果を手に取って、こちらへ見せる。
どれも満点が多く非常に優秀な生徒であることが分かるが、他の採用結果も見ると問題は全部で10問あるのに対し、全員の採点結果が百点満点であることだった。
「...これ、問題が全部、数字の答えなんですね...それも、全員が全部一緒...」
「そうなんです。いつも小テストをホームルームで行うんですが...この2-Aだけ全員の回答が一緒なんです」
杉山が困ったように俺の問いに応えた。すぐに日村が呟き、指摘した。
「しかし、小テストで語群から数字の記号で応えるだけだろう?一緒なのは当たり前だ」
「そうですけど...そういうことではないんです。毎度、全ての生徒の答えがまるっきり一緒に答えが合っているんです。誰か一人、間違えたって良いじゃないですか」
「...なるほど?」
ふと日村から目を逸らして杉山を見ると、杉山の顔が真剣な顔になっていた。
「日村さん、僕ら春山高校の教師一同、これを生徒のカンニングだと考えています。ですが、それを立証する証拠がない。その証拠をカンニングの謎と共に探してはくれませんか?」
そう言われた日村の瞳には子供のようにキラキラと輝く、どこか楽しげな光がそこにあった。
---
「●●●大学から参りました、日村修と_」
「和戸涼、です」
ざわざわと二人の来客に騒ぎ立てる高校生。
話し声は波のようにゆっくりと広がり、大きくなっていく。
やがて、その波が収まると一人の男子学生が声を挙げた。
「はい!日村さんと、和戸さんって彼女いるんですかっ?」
嫌な質問をする高校生である。名札を見れば〖佐竹〗とだけある。ハツラツとした声の何とも健康そうな男子だった。隣の席には大人しそうな女子高生が一人。
名札は〖平山〗。教科書を開いて何やら勉強をしている。ホームルーム前の挨拶くらい、真面目に聞いてほしいものである。
適当に日村の代わりに答えて、クラスの担任である杉山が「それじゃ、小テストするぞ」と言った瞬間に男子高校生からブーイングが起きる。
「決まりは決まりだ、ほらテスト始めるぞ」
「...あの、僕達はどこへ...?」
「和戸さん達は、後ろで見ていてくれますか?」
「ああ、はい...分かりました」
平山がうっすらと動揺して、佐竹の服の裾を弱々しく握るのが見えた。
---
懐かしのチャイム音が鳴り、一斉に紙を捲る音がする。
そのまま鉛筆やシャーペンの音が響くと思いきや、何の音もしなかった。
静寂が続いた。
やがて、シャーペンが走る音がして、カチカチとした音がした。
その途端、他からもシャーペンが走る音がした。
それが何回か繰り返された。
そこから30分後、杉山が終了の合図を出し、一度テスト用紙を回収して職員室へ戻ることになった。
「何か、分かりましたか」
廊下で杉山が先に口を開いた。日村がすぐに応える。
「ああ、なんとなくはね...ところで、その回答用紙もやはり同じ答えなのか?」
「そうですね。今日は歴史の小テストで、今回も語群から答えになる記号の数字を選択する問題だったのですが...回収時に粗方見てみたところ全員が全く同じ回答で、全問正解でした」
「まぁ...そうだろうな」
納得するような顔をして先に歩き始めた日村を追い、後ろにいて杉山がポケットに入っていたと思われるシャーペンを一つ落とした。
引くボタンが床に落ちる瞬間、カチリと音が鳴った。
「......学生の...浅知恵ってやつだな...」
日村の瞳に落ちたシャーペンが映り、深い緑の瞳がキラキラとまた輝いていた。
---
チャイム開始と同時に問題用紙に目を向ける。
問題の答えをすぐに導き出し、いつもの数字の語群からシャーペンを走り出させた。
そこからシャーペンの色を変えるカチカチと言う青や緑のボタンのようなところを2回引く。
すぐさま、周りの生徒が答えを書いた。
いつも通りだ。いつも通りの、はずだった。
「ねぇ、君...ちょっと指導室に来て貰えるかな」
黒髪に黒い瞳をして黒い眼鏡をかけた端正な顔立ちの客人、和戸涼にシャーペンを持った腕を掴まれた。
「な...なんですか?」
「俺...僕には分からないんだけど、日村さんが君を呼んでるんだ...《《佐竹》》くん」
「なんで...僕...?」
何を言うでもなく移動を促す和戸についていくほかなくなったと感じた。
素直に席を立ち、辺りを見渡す。心配そうな顔をした同級生たちと、泣きそうな顔の平山。
終わったと思った。
---
「お、やっと来たな」
杉山と話をしていた日村が俺と佐竹くんに顔を向けた。隣の杉山の顔は真っ青な顔をしている。
もう本当の答え合わせをしたのだろう。
佐竹くんを日村と向かい合わせるように座らせ、俺も近くの椅子へ杉山と共に座った。
「あの...僕は、なんで...連れて来られたんですか?」
怯えるような顔で佐竹くんが歳相応の表情をしている。
すぐに日村が応答した。
「なんで、か。...もう分かってるんじゃないのか?」
「......何の...こと、ですか...?」
「今日の小テストは、きっと皆...満点だろうな」
「.........」
「君のクラスの担当の...杉山先生が言ってたよ。君のクラスはいつも小テストで、皆が百点満点なんだってな。そりゃあ、凄いことだ。中間テストや期末テストで、それを活かせるといいが...数字じゃなきゃ、無理なんだろう?」
「何が...言いたいんですか...」
「そういえば、小テストはいつも数字を記号として、正解を語群から選ぶスタイルだな。とても楽なテストだ。
さて、君のクラスがテストを受けていて思ったんだ。チャイムが鳴ってからはすぐに皆が問題を解くのだから、シャーペンや鉛筆の音が聞こえても良いだろう?
それが、どうだ。全く聞こえてこない。しばらく経って、君からシャーペンが走る音がすると、カチカチとシャーペンを鳴らす音が響く。次に様々な物を書く音がする」
「......それが何の関係が...?」
「関係はかなりしているね。少し調べたんだ。
そのカチカチと言う音...君からシャーペンの音が鳴ると皆が解答用紙を書き始める。つまり、その過程で同級生達に答えを教えてるんじゃないか?」
「仮に、そうだとして...シャーペンの音なんかでどう伝えるって言うんです?」
「そうだな、例えば...ある問題の答えは1で、シャーペンを一回鳴らす。それを周りにシャーペンの音の一回は1、2回は2、三回は3...そういう風に最初から法則を伝えておけば、どんなことにも応用できるな。
誰かが入ってきた人数を伝えたい時、欲しいものをいくつであるか伝えたい時......もしくは、《《テストの答えを伝えたい時》》。」
「......」
「それで...今言ったやり方は正しいかな?」
日村が笑うように佐竹くんを見る。佐竹くんは怯えるような顔から、いつしか申し訳なさそうな、どうにも腑に落ちない顔をしていた。
「...その通りです。とても、とても...正しいです。もはや、正解なぐらいに」
そう言って、観念したかのように笑った。
「それは何よりだ。...君はその知恵もそうだが、相当優秀な生徒なんだろう。そんな生徒がわざわざクラスを巻き込んだカンニングをするとは思えないのだが...理由だけでも、教えてもらえないか?」
その日村の言葉を皮切りに杉山も「先生にも教えてくれ!」と反応した。
佐竹くんは笑い顔を崩さずに、よく通る声ではっきりと喋った。
「...これは、僕だけが悪いんです。どうか、これから出てくる人達には何も言わないであげて下さい。
僕は平山さんと中学の頃から付き合っていたんです。この高校に来たのも、ずっと一緒にいられるためです。
けど、彼女が高校に入ってからの成績はご両親からすると、ひどく悪いもののようで度々勉強を教えていました。
それだけなら、良かったんです。本当に、それだけなら...」
「...何が、あったんだ。先生に話してみなさい」
そう佐竹くんに語りかける杉山。その背中に教師としての在り方を感じた。
「...僕の両親は、正直...学歴主義なんです。それが勉強が苦手な人と付き合ってるなんて知られたら親から大反対されます!
それで、ちょっとだけでも、小テストだけでも良いから、とにかく彼女の成績を伸ばしたくて、伸ばしたくて...」
「...でも、それがクラス全員がカンニングする理由にはならないだろ」
「それは...そうです。でも、僕が彼女を手伝っていることが誰かからバレてしまって...そこから、次へ次へと一緒にカンニングする生徒が増えていったんです...」
平山という彼女を助けたかったのは事実だろう。しかし、クラスメイト全員がカンニングする流れになったのは他人の楽なことに目がない性のような気がする。
しょうがないことではある。しかし、カンニングをした、手伝ったという事実は変わらない。
佐竹くんが俯き、嗚咽が漏らす。
仮に彼が彼女と似たような人間なら、苦労せず全うに協力できたのだろうか?
---
「...案外、つまらなかったな」
帰りのバスに乗りながら日村が怪訝そうな顔をしていた。
「つまらないって...しょうがないじゃないですか、高校生が考えることですよ?」
諭すように俺が言葉を返した。
あの話の後、佐竹くんは校長と面談し、全てを話した。
とあるクラスの全員がカンニングをした、という事実にそれはそれは驚いたそうだが、理由を聞くと平山に特別指導支援を勧め、佐竹くんには今以上に学びを深めることを諭したらしい。
他のクラスメイトはというと親には連絡しなかったそうだが、このようなことがないよう厳重注意とテストでの警戒や注意を強化したらしい。
どっちにしろ、校長が融通の利く人物だったことに感謝するばかりだ。
そう物思いにふけって、日村を見る。
大欠伸をして眠そうにする日村に「着いたら起こしますから、寝ていて良いですよ」と言った。
日村がすぐに顔を窓に向けて瞼を閉じた。
窓の外には、綺麗な橙色の夕焼けが湖の水面に反射して、美しく輝いていた。
本文文字数:5593文字
【オールシリーズマルチバース】
8月5日が私の誕生日なので、暇だから書いてみたオリキャラ作品内のクロスオーバー的なものです。
本編のキャラクター達とは何も関連性がなく、あくまで〖もしもの話〗から派生した別世界です。
そして、世界は創られた。
---
聞き覚えのある声で、瞼を開けた。
見たこともないサイバーパンクな世界のカフェらしきところで笑う|和戸《相棒》くんがすぐに目に入った。
「...君は......和戸涼か...?...ここは...どこだ...?」
「なに寝惚けてるんですか、日村さん。
〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗のセカンドワシントンに行きたいって言い出したのは貴方じゃないですか」
「CP...なんだって?...セカンドワシントン?......アメリカの首都は確かにワシントンだが...」
「ええ、でもここはそこから10年以上も_」
「10年?今は何年だ?」
「俺達の世界なら、202×年ですけど...」
「今、君...10年以上って...」
「だから、それは〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗の年代ですって」
「はぁ?」
「どうしたんですか、日村さん。まるで、初めて《《ここ》》に来たみたいな話をして...」
当たり前のようにそう語る和戸の方が頭でも打ったのではないかと探ってしまう。
しばらく話を聞けば、ここは様々な世界の中の一つの中にある世界だという。
所謂ところのマルチバースとかそういう別世界的なものなのだろうと、結論づけても納得がいかないのは珍しく現実味を帯びない話だからだろうか。
しかし、この目の前にいる和戸涼が本物であるのは変わらないようだ。
「...ええと、それで...その〖ABC探偵〗とやらの作品内の全シリーズのキャラクターの世界が繋がって、共存しているのが現状だと?」
「ですね。でも、その様子だと...今の日村さんって、“本編軸の日村さん”ですよね?」
「本編軸の私?」
「はい。こっちの...えっと...“ユニバースの日村”が本編軸の日村さんで、“マルチバースの日村”がここの時間軸の日村さんです。
僕の“ユニバースの僕”もいますよ。本編軸の世界に戻る時に全部忘れてしまうだけで、皆が皆、それぞれにいるんです」
「それは、つまり...私の世界の方の、ユニバースの和戸涼もここへ来たことがあると?」
「そうなりますね。俺...僕のユニバースの方も、わりと驚いていたと僕の方の日村さんから聞きました」
「聞いていた?...君らの方でマルチバースの私が戻っても記憶は消えないのか?」
「ええ、消えませんよ。本編と番外編は違いますから...。
そのおかげで、本編の結末とは打って変わって幸せになっていたり、性格は変わらないものの、外見や関係が変わっている方も中にはいらっしゃいますよ」
「ふむ...では、ユニバースの私がここにいる理由と、その時の本編はどうなってるんだ?」
「その間の本編は確か、時間が止まっていたような気がします。ユニバースの人がこのマルチバース世界に呼ばれる原因はちょっと分からないんです。
でも、〖新シリーズ〗とやらが始まるとマルチバースの人が何人か増えるんですよ。
この〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗も最近できたんです、Vさんとかサイバーヒューマンが凄くカッコいいんですよ」
「...なるほど。ところで、その〖ABC探偵〗というのはいないのか?」
「残念ながら、僕も見たことないんです。
単に姿を見せないだけなのか、そもそも存在しないのか...。
前に〖代理の🍤ちゃん〗という話を風の噂で聞いたんですけど、すぐにその噂も消えたので“いない”と断定していいかと」
「いない?仮にそうだとして、その〖ABC探偵〗というのはどこが初出なんだ?」
「僕が生まれた時に、〖ネカフェのシャーロック・ネトゲ廃人〗の作者欄に〖ABC探偵〗とあって、
〖鏡逢わせの不思議の国〗や〖異譚集楽〗、〖地獄労働ショッピング〗、さっき話した〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗も同様だったのでこれが所謂、親なんだと思っています。
でも、〖地獄労働ショッピング〗は親ってより、地の文だ!...とボロクソ言ってましたね」
「その、地獄労働ショッピング?の人々は何か知ってそうだな」
「ああ、いや、そうでもないんです。
どうやらその地の文が〖ABC探偵〗であるのは確定だそうなんですが、
それぞれが短気だとか、愛がないとか、女の子が好き過ぎるとか...
そういった部分的な印象しか持ち合わせていないんです」
「...とりあえず、存在そのものが不確定な、そこそこ知能を有した生物ってのは分かるな...」
「まぁ...そうなりますね。それで、日村さん。どこか行きたいところはありますか?」
「あ~...欲を言うなら_」
パッと浮かんだ欲を言おうと声に出そうとしたところで、不意に後ろから声をかけられる。
振り向くと、黒髪に黒い瞳をして、近未来的な格好をした若く元気そうな男性だが、足辺りなど所々が
角ばっているような気がする。しかし、何か人のようで、人ではないような中間がある。
その近くに脚へすり寄るようにして小汚ない痩せっぽっちの猫が座るようにして隣に立っていた。
「オサム!リョウと一緒か、久々に見るな」
急に男性に英語で捲し立てられたような気がしたが、すぐにそれが日本語で聞こえてくる。
言語の壁は薄くなっているようで、まるで話せと言われているような気分だった。
「えっと...君は......その、誰だ?」
「君、忘れん坊過ぎやしないかい?猫と人は違うはずだよ?」
猫が喋った。いや、それよりも知らない男性に話しかけられていることに注目すべきなのだろうか。
こちらが少し考え込んでいることに気づいたのか、代わりに和戸くんが口を開いた。
「...どうも、ダイナさんと...Vさん、ですよね。相方の方はどちらに?」
「レイズか?ああ...|ラム《カクテル》と朝っぱらからいないよ。どこか...そうだな、喫茶店にでもいるんだろ。
こっちじゃ、古い喫茶店なんて見ないからな」
「はぁ、なるほど...今の日村さんはあっちの日村さんでして、それで事情が分からないんです」
「ああ...ユニバースのオサムか...じゃあ、今度こっちのオサムと話をしとくよ」
そう笑って足元の嫌がる猫を抱え、こちらへ手を振り去っていく。
辺りを見回すとVのような格好した若者がいる。あの男性はここが元の人物なんだろうか。
「それで、日村さん。行きたいところはありますか?」
再び聞き返した和戸くんに応答するべく、ゆっくりと口を開いた。
---
「日村さんって、どこの日村さんもここに行きたがるんですよね」
「私は何人もいるのか?」
「派生の方のマルチバースな日村さんなら、何人か。
刑事さんをやってたり、誰かの恋人だったりする日村さんを既に見てきましたよ。
流石に増殖とかはなかったですけれど」
「それは...凄いな」
他人事のような感想を言って、目の前に広がるネットカフェの221B室を見た。
薄暗い証明に使い慣れたパソコン。自分の実家より遥かに安心できる場所だった。
その場所の隅に座ろうとして、不意に扉を叩かれる。
後ろの和戸くんも振り返ったのを見る辺り、彼ではないようだ。
目を細めて見る先に白髪に水色の瞳をして白い紐束のピアスをした一見、ガラの悪そうな端正な男が現れる。
「あ、いた。日村さん...でしたよね?青っぽい紺色の髪の人が呼んでましたよ」
「え?あぁ...有り難う」
青っぽい紺色の髪の人。梶谷湊だろうか。和戸くん以外に分かる人間がいたことに嬉しがるべきだが、そうでもない。
白髪の男性がぶかぶかとした黄色いコートに似た服を少し揺らして言伝が以上なのかすぐに目の前から姿を消した。
「...今のは?」
「翔君です。空知、翔...僕の従弟の同僚です」
「君の繋がりは広いな...?」
「日村さんの妹さんだって、そこの■■じゃないですか」
「は?」
「あれ...規制が......あの、日村さん、今何の事件を追ってますか?」
「...赤毛連盟だか連合だか...そんな感じだが...」
「なるほど。そこまでですか」
「何がなるほど...なんだ」
「いえ、その...本編軸は本編軸でも、ストーリー?の進み具合によってキャラクターの認識が違うみたいで...それをぼかす為に先程のような変な規制が入るんです」
「...それは...変わった規制だな」
「ええ、そうなんです。...日村さん、後ろ_」
和戸くんの言葉が途切れ、視点が私の後ろへ行く。
釣られて視線を動かそうと身体を後ろに回そうとした瞬間にゴツゴツとした手に首を掴まれる。
そのまま耳元で低く野太い声で「お前は誰だ」と囁かれた。
聞き覚えのある声である。
「...湊?」
「なんだ、いつもの修じゃん。何か変な気がしたんだけどなぁ」
いつもの声色で強く掴んでしまったのか、首を撫でられる。
その行為がいやに奇妙に思えた。
「梶谷さん...その日村さんは、ユニバースの日村さんですよ」
「ああ、そうなの?...へぇ、これ...まだ、なんだ」
「まだ?何がだ?」
「ん~...まぁ、その■■してないってこと」
「え?」
「わ...ダメだったか。まぁ頑張って、応援してるからさ」
「...悪意にしか感じられないんだが」
「えー...22歳の方の修は凄い嬉しそうだったよ?」
「そりゃ...■■■■■■からな...これ、私でもなるのか...」
「あはは、何故か知らないけどそうみたいだね。まるで誰かが操ってるみたいだよね」
そう笑う湊の瞳はあの時と同じ陰りを帯びた瞳をしていた。
心底、逃げ出したい気持ちに刈られた。
---
安心できた場所を離れて様々な場所を巡った。
飛び跳ねるキノコの小道、オリオンと名の大きく高いビル、馴染みのある喫茶店、よく分からない山中にある大きなスーパー...そして、当時のままの実家。
何もかもが違和感がなく存在していた。
「なぁ、和戸くん...」
「?...どうしたんですか、日村さん」
「これは、どうやったら帰れるんだ?」
「え...いや...知りませんよ」
「知らないって君...」
「知らないですよ」
当たり前のように言い放つ和戸くんを目の前に皺を寄せる。
ここまで付き添った人物が知らないとは何事だろうか。
額に手を当てて、手の甲をつねってみる。
痛みはない。そういえば、湊に首を掴まれた時も痛みはなかった。
もしかしたら、そう、もしかしたら...。
「死んでみる手も、有りか」
「え...急に自傷でもするんですか?」
「いや、そういうわけでは...痛みを感じないなら、そうする手もよくある話かと。
というか、今までのはどうやって戻ったんだ?」
「勝手にどこか行って、気づいたら戻ってましたよ?」
「相変わらず勝手だな」
「まぁ、試すだけ試してみたら、どうですか?」
「...そうだな」
波の音が聞こえる。近くに海があるようだ。
ふと、後ろを振り返って道の先がぷっつりと途切れていることが分かる。
先程までは気づかなかった。誘われているようだ。
「...和戸くん」
「どうぞ。...これも、夢の一つですから」
「............」
「日村さん、楽しかったですか?」
「...ああ」
他愛もない会話をしながら道の先へ着く。
和戸くんが崖の先に腰を下ろしたのを確認して、降りるようにそこから落ちた。
いやな浮遊感を感じたが、どこか嬉しいような幸せを噛みしめた。
---
--- good for you :) ---
---
見慣れた部屋で目が覚めた。
汗だくで、目から滝のような涙が溢れている。
嫌な思いは何もなく、何故か幸せな気持ちが広がっている。
しかし、
「...そんなに、良い夢なら......覚えていればいいのに...」
口から悲しいような嗚咽が溢れるばかりだった。
のろしてやる!
辺りはすっかり暗くなり、昼の暑さが嘘のようにじんわりと寒くなる夜。
白髪をかきあげて、白い紐が束になったピアスが見える友人。
視線に気づいたのか笑って、隠すように手でこちらの顔を塞ぐようにした。
「やめてよ」とその手をどけて時計を見ると、午後9時である。
そろそろ良い時間だ。友人に時間を伝えると空気を察したのか、すぐに語り始めた。
「前にさ_」
---
前にさ、仕事場でクソ消費者...じゃなかった、お客さんの対応してたんだよ。
ん?あー、僕の働いてるとこ?スーパー、もうすっごい大きなとこ。話、戻すわ。
で、その時対応したお客さんがもう80歳くらいのお爺さんで、すっごい喚くの。
もう、酷いの何のって...僕の職場、ひどい迷惑客のブラックリスト、作ってあるんだよね。
いつも「早くしろ」とか「若いもんはこれだから...」って所謂ところの、老害?そんな感じ。
それで、その爺さん...大抵決まって最後に「のろしてやる!」って言うんだよね。
「呪ってやる!」じゃなくて、「のろしてやる!」なの。
老人だから、発音が上手くいかなくて噛んでるんだろうね。
ただ、その割には他の言葉ははっきり言うわけ。
「ノロマ」とか「漬物石」とかね。それだけ言えたら、「のろしてやる!」もはっきり言えそうだよね。
だから、僕ね...その人に「たまには“ちゃんと呪ってやる!”って言ったらどうなんですか?」って言っちゃったんだよね。
そしたら、その人...凄い笑って、笑って、笑って...気持ち悪いくらい笑い出したんだよね。
だんだん僕も怖くなって、ちょっと柳田...店長さんを呼んで回収してもらったの、その人。
で、結局...その人は最近来なくなったんだよね。
でも「のろしてやる!」って何だと思う?
ちょっとさ、調べたんだよ。
「のろしてやる」って言葉さ...陰陽師って知ってる?
その陰陽師の言葉でいうところの...`呪い殺してやる`って意味らしい。
それを僕がその爺さんのレジ対応する時にずっと言われ続けられてたって知ると怖いし...。
多分、その爺さん、言葉の意味を分かってて言い続けてたんだと思う。
だから、僕が「たまには“ちゃんと呪ってやる!”って言ったらどうなんですか?」って、言った時、笑っちゃったんだろうね。
ホント、嫌になるよね、接客業って。
---
話終えて、疲れたように笑う友人。
この友人は今までに...どれほど似たような言葉を耳に受けてきたのだろうか。
言葉は鋭利な刃物と言うが、その言葉の本当の意味に気づけているのだろうか。
少なくも、この友人は気づかなかった。
---
--- `**のろしてやる!**` ---
__よくあるタイプの作品です。呪われたりはしません。__
アイスのお墓
あの日、私は過ちを犯した。
犯してはならない事を、ほんの少しの好奇心の中で弄ぶように。
生暖かい風が顔に吹いた。
中央に細い木の棒が突き刺さる形のアイスを食べながら、友人を待った。
やがて、黒く長髪の女の子と短い髪の男の子が手を振りながら僕の肩に手を置いた。
「ごめん、待った?」
「いいや...そんなに。アイスを食べてたから暑さもそんなに感じなかったし、大丈夫」
「えっ、いいな...2つ、残ってる?」
「あるよ。そのつもりで3つ持ってきたから」
僕はひんやりとした袋を短い髪の男の子に手渡し、もう一つを黒く長髪の女の子に手渡した。
ここから、男の子をK、女の子をA、僕をZとして語ろうと思う。
---
「ね、Z...お墓遊びってしたことある?」
「...お墓遊び?」
不意にAがアイスを食べ終わった棒を見ながらそんなことを言った。そして続けて口を開く。
「えっとね...アイスの棒に名前とかを書いて、亡くなった生き物のお墓を作る遊び...知らない?」
知らない。知るわけがない。なんて残酷な遊びなのだろうとこの時は思ったものだ。
「...知らないよ」
「...そっか...」
少し気まずい雰囲気が流れた。その雰囲気を感じとったのかKが急に大声を出した。
「...お、見ろよ、当たり!当たりだ!」
僕を含めAがKに注目し、棒に書かれている「当たり」という文字に釘づけになった。
それを見て先程の空気よりもKの幸運に驚き、お墓遊びなんて残酷なものはすっかり頭から抜けていた。
---
あの話から三日後、やけに近くの公園に野次馬が集っていた。その中で
「なに、してるの?」
友人の二人がその野次馬の中におり、僕は声をかけた。Aは少し青い顔をして野次馬の中央を指した。
そこにはこんもりとした土の中にアイスの棒が一本立っているだけのものがあった。
しかし、アイスの棒には手書きのような蝉の絵が描かれ、土の山の中に一種類の蝉の手足や羽が大量に見える。
背筋が凍るような感覚とお墓遊びというものが頭から沸き上がった。
あまりに異様な光景にふと、Aの顔を見る。相変わらず青い顔をしているが、少しだけ口角があがっているようにも見える。まさか、彼女が?...まるで犯人探しのような考えを急いで切って、その場を後にした。
---
そこから、一週間後、また同じようなものが見つかった。
今度は図書館の裏でアイスの棒にトンボが描かれ、また同じように何匹も土に埋められていた。
この辺りで、例のお墓遊びを誰かがやっているのだと確信に変わった。
手足が千切られ、頭の潰れたパーツだけの蝉、羽を引きちぎられたトンボ。
この2つだけでも恐ろしいものだったが、更にエスカレートしていった。
次は学校の裏山。ほんの少し大きい獲物に変えたのか、アイスの棒には雀が描かれ、羽がもがれて胴体と足が切断されて3羽が埋められていた。
その次が私の家の近くの空き地だった。猫と犬が描かれ、腹が切り裂かれたような形の二匹。これは土が腹の部分だけを隠すように埋められていた。
それを見る度にAの顔が思い浮かんだ。しかし、これを君がやったのかなどと言い出すことはできず、いつものように三人で集まって夏の暑さから逃れる度にアイスを食べていた。
その中であのお墓遊び染みたことについて語ることはあったが、Aは曖昧な返事をするばかりで興味を示しているようには感じなかった。
---
三日ほど経った頃だろうか。
Aが行方不明になった。急いでAの家へ行き、親に話を聞こうと敷地内に入った辺りで花壇で土の山にアイスの棒が刺さったものを見つけた。
棒には赤い猫のような絵が描かれ、近くに菊が供えられていた。
まるで、誰かがAを殺害し、お墓を建てたような考えに襲われた。
棒をよく見ると、〖《《かねこあい》》〗とAの名前が彫られていた。
これは一体どういうことだろうか。赤い猫との関連性がいまいち分からない。
もしや、並び変える?ならこれは何のために建てられたのか。
奇妙な汗が全身の毛穴から出ていくような感覚。気味が悪くなり、敷地内から飛び出してKの家へと向かった。
家に着いてご両親に挨拶をし、Kの自室に入ろうとした。
扉をノックして、声をかける。返事はない。ゆっくりとノブを回す。
案外、軽い力で扉は開いた。開いた先にいつも挟んで話す机の上に四角い箱の半分のようなものに土が山をつくり、柳の描かれたアイスの棒が一本刺さっている。
僕の名前は柳という文字が入る。その名前の頭の柳をとって、柳の絵でも描いたのか?
そうすると、次はお前だと言われているような感覚に陥る。
汗が止まることを知らず、流れ続ける。
ふらつくようにそれに近づき、アイスの棒に目を凝らす。
〖《《やなぎだぜん》》〗。確かに、僕の名前だ。
不意に後ろから床が軋むような音がした。
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「.........っ......」
私は足元に転がる長い黒髪の男の子を見た。
両足、手足をガムテープで縛られて口元も縄のようなものを噛ませられているのか言葉を発することなく地面に倒れている。
...Aがあんな話をしなければ、こんなことにはならなかった。そう思っているのだろうか。
それでも、あの遊びを始めにしたのは紛れもなく私だ。柳田がここへ来たのも、金子がいなくなったのも全て私だ。
全て、私だ。この後の私は何を思ったか自室を出ようとした。
その扉の先に母がいて、止められてしまったのだから場所を移動するという選択肢を取れば良かったのだ。
金子はまだ見つかっていないし、柳田も話すことはない。
しかし、この幼い時の好奇心というのは恐ろしいもので、彼女を手にかけた感覚は未だに頭から離れない。
だから、
あの日、私は過ちを犯した。
犯してはならない事を、ほんの少しの好奇心の中で弄ぶように。
書きたいところだけを書いたもんだから、ぐちゃぐちゃ
Kの名前に関しては柳田のプロフィールの知人・友人欄の一番下の人です
微睡みの共感覚
「...違法VR?」
キアリー・パークのインプラントクリニックで診察を終え、代金を払おうとしたタイミングで半分かかりつけ医になりつつあったキアリーにそんな言葉を聞いた。
「ああ...V、これはただの|依頼《オーダー》になるが...数あるVRの中でその不良を探してみるだけってのは受けてみるか?もちろん、報酬は払うさ」
「...とりあえず...VRってなんだ?ヴィネット・シルヴィーでは、ないんだろ?」
「そりゃそうだろ。VRってのは、ヘッドレスを頭に装着して、そのヘッドレスに入ってるゲームやデータを仮想空間として...あー、そうだな、二次元的なことが間近で起こるんだ。
まぁ、最近は痛覚や味覚も分かるようにもう一つの現実としての側面の強いVRばっかだな」
「楽しそうだな?」
「ああ、そうだな。やってみるか、V。そこまで危険じゃないはずだ」
「いいぞ、どうせ暇だからな」
そんな受け答えをした辺りで機械が破裂したような音と共に《《頭の中の相棒》》が現れる。
『何が暇だから、だ。てめえ、頭ん中に|クソ企業《オリオン》の|無能インプラント《クルーラー》が入ってんの忘れたのか?』
短い金髪を逆立てて怒る|金《ゴールド》になった男、及びレイズ・シルバーだった。
過去に大手企業であるオリオンを|単身《ソロ》で爆破し、|伝説《レジェンド》になった男。
死んだとされていたが、今や一人の|傭兵《万事屋》の頭の中で生きている。
そうなっている理由はレイズが無能インプラントと罵った今も蝕むクルーラーにあった。
頭の中の幽霊に「忘れてないさ。ただ、ほんのちょっとの気休めだ」と脳内の言葉を口に出さずに答えた。
『へぇ、気休めね...|違法VR《正解》を当てて、どうなっても知らねぇからな』
その時は助けてくれよ、と言いたくはなったが薄い希望だと思って胸の奥底に沈めた。
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『それが、俺が死んでから10年経ったVRか?』
この幽霊は俺よりもVR...仮想空間という代物に興味を示していた。
近くには誰もいない。自分の家なのだから、当たり前ではある。
人の目を気にする必要性がなくなり、脳内での会話を口に出した。
「...らしいな。レイズ、お前の時代にVRはあったか?」
『そりゃ、あったに決まってるだろ。痛覚や快感を感じるような内臓されたデータのビデオを感覚できる、ってのはなかったけどな』
「10年でも色々と変わるもんだな」
『ああ...今でこそ、思い知る』
お前ならそうだろうな。そんな言葉を返さずに重たいヘッドレスを装着する。
普段、汚れた街やネオンに輝く街ばかり映している瞳が暗い闇に放り投げられた。
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花の匂いが鼻腔をくすぐった。
機械化して排気ガスが充満したネオワシントンでは滅多に嗅がない匂いだった。
「...花か...昔、孤児院でようやく花を咲かせたものを嗅いだっきりだったな。
なぁ、レイズ_」
_お前も花の匂いを知っているのか、と聞こうとして振り返る。
誰もいなかった。ここは仮想空間でヘッドレスをつけていない脳内がこの場所を見ることも感じることもないことに気づき、少し気分が悪くなった。
そこには広大な花畑とやけに青い空が広がっているだけだった。
こんな仮想空間を好む夢好きがいるのか。
だったらVRなんて偽物を作らず、機械のような土地の一つでも買って、ぶち壊してこんなところを作ればいいじゃないか。
吐けないため息をついて頭にかかったヘッドレスを外した。
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見慣れた部屋の中にあの花畑にいなかったレイズの姿があった。
やけに不思議そうな顔をしていた。
何も言わないのをいいことにヘッドレスのデータを別のデータに入れ換えて、また装着した。
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今度は何やら甘い香りがした。人工チョコレートや花の香りでもない。
アロマのような、何とも奇妙な匂いだ。なんとなく、嫌な予感がした。
身体は椅子に縛りつけられて動かない。拘束された感覚までも現実とリンクしていることに悪態を吐くほかなかった。
声を出そうとした。くぐもった声しか出なかった。
口元の猿轡まで再現するなんて、やけに凝ったVRだ。
やがて、知らない男が入るなり頭に強い衝撃が走った。
追えない瞳が男の握られた拳を映した。殴られた痛覚はまだ残っている。
直後に腹に強い衝撃が入った。抉るような拳にくぐもったうめき声をあげて映像の行動のまま、椅子から転げ落ちる。
男が笑い、拘束されていた足の縄を懐に入れていたナイフで切った。助けてくれるわけではないだろう。
両足を掴んで引き寄せるようにして身体を動かされる。映像に支配された頭の中で警報が鳴った。
映像の誰かもくぐもった声をあげ、抵抗しようとする。逃げ出せるのか?
ただ、それは映像のシナリオにないようで再び腹に強い衝撃が走る。
そのまま脱がされるような感覚があり、次に下に何かが入るような感覚がした。
長く太いが、ペンぐらいの太さ。肉が押し広げられる激痛がその異物が判明する度に与えられる。
痛みよりも背中に走る気味の悪さが勝った。
ただ、それが動き続ける中で柔らかくなった。そうすると、痛みよりも快楽が走る。
シナリオと違って理性の保った頭の中でいやでも与えられる快感に呑まれないように耐え続けた。
何度かくぐもった嬌声をあげた...いや、シナリオに伴ってあげさせられた、というのが正しい。
おかげで理性の保っていた頭の中は気持ちの悪さが大きくなっていた。
その辺りで映像は休憩のようなものを挟んでいて、ヘッドレスを外そうとした。
「...っ...?!」
先程まで簡単に外れたものが全く外れない。外れる気配すらない。
何かロックでもかかっているのか頭に強くしがみついて離れない。
映像の中の男はズボンのベルトに手をかけている。
映像の主人公は全く抵抗しなかった。完全に受け入れている。
男か女か、なんて分からない。どっちにしたって知らないクソ野郎のもんを受け入れる気は絶対にない。
足を掴まれたまま、下の感覚が強くなる。
そのまま考えたくもない異物に突き抜かれるような感覚と嫌な快感、頭の中で火花が散った。
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「...おい......おい、V!」
耳元で怒号のような声がして、ようやく瞼が開いた。
見慣れた部屋にキアリーが安堵したような顔で《《治療》》を行っていた。
「何があった?!お前、ヘッドレスをつけて脳を焼かれる寸前だったんだぞ?!」
「...あー......その、今...ヘッドレスに入ってるのが...|違法VR《ビンゴ》だったらしい...」
「そんなことは分かってる!やけに戻ってこないから来てみたら、
ヘッドレスには強制ロックのかかるウイルスが入ってたり、人体に害を及ぶ悪質な違法VRが入って、それでお前が脳ごと焼かれて廃人になりかけてたり...いくら違法VRを見つけるだけってでも、そこらにあるVRの中でそんな特大に酷いものを選ぶ馬鹿がいるか!」
「んなこと言われたって...単に売ってたものを入れただけだが...」
「入手経路は?!」
「......ナイトシティの......露店...」
「一番ダメなところから!?」
肩を掴まれ激しく揺さぶられる。視界の隅でおかしそうに笑うレイズがホログラムの煙草を吸っている。ふっと青い煙を吹いて口を開いて出てきたのは忠告と好奇心の言葉だった。
『だから言ったんだ、V。|違法VR《正解》を引いても知らないってな。
で?どんな仮想空間だったんだ?
脳が焼かれるほどだ...きっと|泥みたいな夢《素晴らしい夢》だったんだろうな?』
「本当に《《クソ》》みたいな夢だよ。二度と観たくないね」と脳内で返す。
『へぇ...そりゃ視たくないな』
脳内での記憶を見たのかレイズが珍しく賛同した。彼だって好きでもない奴とする気はないらしい。
『誰だってそうだろ』
そう台詞を吐いてレイズが粒子と共に消える。勝手に出てきて、勝手に消える。いつも通りの当たり前だった。
「V、いいか...報酬はそうだな...しばらく診察料は免除してやる、それでいいな。その代わり頻繁に顔を見せろ」
消えたレイズに代わり、キアリーが口を開いていた。
その言葉に違和感がないように返す。
「そんなのでいいのか?そりゃいいな、喜んで受け取るよ」
「喜ぶな。懲りろ、クソガキ」
珍しく暴言だったが、どうにもそれが嬉しいように感じた。
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「別にVも大人だろう?いいじゃないか、それぐらい」
「だとしても、依頼一つで死にかけろなんて頼んでない」
「死にかけ...へぇ、あの|ヴィル・ビジョンズ《V》が?らしくないね」
「ああ...別にアダルトビデオを見たって何も言わない。けどナイトシティからわざわざ物を卸さなくてもいいだろ」
「アンタ、親父臭くなってきたね」
その言葉に何も返せなくなる。歳をとってきたのか、年下をやけに世話する癖になりつつある。
ラム・ラインブレットの酒場で愚痴を溢しているのも、どうにも親父臭く思えてくる。
「...歳を取ると若いのが子供に見えてくるもんさ」
苦し紛れにそう返し、酒を煽った。
意識が混合する底で青い空の下に咲く花畑でも拝んでみたいと、普段、夢にも思わないことを考えた。
とにかく、今は慈愛が喉から手を伸ばす程に欲しかった。