編集者:Novelist and Blue Rose
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目次
「マリーゴールドを君に捧ぐ」一話
表通りの喧騒が遠のいて、また別種の喧騒が渦巻く路地裏。
ここには自分のような世間一般で裏社会の人間と言われる人がたくさん、
驚くほどの数が集まる溜まり場となっているようだ。
先月ニュースで「遊木路地の組人員を一斉検挙することに成功」などと
報道されていたが、本当の闇はこちらの方であり遊木路地のヤクザを何人検挙したとて
この街の治安が改善されることはない。
そんなことも知らない考えの甘い警察や市長に呆れたが
自分たちはまだ見つけられていない、というその事実に安堵もした。
ここに迷い込んできたが最後
金を巻き取られ、ストレス発散の道具として殴り蹴られ
最悪の場合生きては帰れない….それがここの常識である。
「おい!!なぁ、お前ぇ、俺たちと同種じゃないだろ?
おチビちゃんはさっさと帰った方が身のためだぜ…?
そうだ、有り金全部出してから帰ってもらおうか。そうしたら無事に帰してやるよ。
ま、保証は出来ねぇけどな!」
「ちょっとや、やめてくださいお金なんてないです!」
「その社員証、櫻沢のやつだろ?そんな大手ベンチャー企業だったら金なんて余るほどあるんだろ?」
「本当に、無いんです….!」
「だったら財布見してみろや」
わざわざ一般人が来ることもなくはないが、声からするとおそらく迷いこんだんだろう。
可哀想に。
こんなカツアゲの声が聞こえてくるのは日常茶飯事で
一体誰が誰を脅してるのかと目を向けたその瞬間、
指先や脳天まで、全身に血の気が上るのをはっきりと感じた
あれは、恵斗….か?
そう思うより早く、自分でも驚くほどに体が動いた。
気づいたら2人の前へ立ちチンピラの腕を確かな力で握っていた
「なぁ、お前。カツアゲはやめたとか言ってなかったか?
一般人を虐めるのも程々にしとけよ。」
「あ″ぁ?なんだよ、チビに世の中の厳しさを教えてやってる途中だってのに
その見た目して正義屋気取りか?
も・し・か・し・て、大事な大事なオトモダチか?ww」
「いいだろう、そのくらいで。」
「随分とコイツにご執心だなぁ?
まぁいいさ、今日はここまでにしといてやるよ
コイツ|強請《ゆす》ったけど金が一円も出てこなかったし」
ここを縄張りにしているようなチンピラはそういって
俺の腕を振り切り、持っていた恵斗の財布を地面に放り投げて
煙草をふかしながら路地のさらに奥へ消えていった。
「マリーゴールドを君に捧ぐ」二話
「何でこんなところにいる?ここ、治安が悪いって有名だろ?もっと気をつけなきゃ。恵斗、ちっちゃいんだから」
高校生の頃から変わらない恵斗の姿が、この歓楽街の路地裏にはあまりにも似合わない。
「ちっちゃいは余計だけど…。僕だって、こういう場所に来ることくらいあるし!」
昔、恵斗が「榎本くんの体と入れ替わりたい。小さいのが嫌なんだ」と言っていたのを思い出す。あの気持ちは今でも変わっていないんだろうか。
俺の体一つで満足できるなら、いくらでもあげたいくらいだ。
「恵斗も、やっぱり男なんだな。まさか風俗でも行くの?俺さ、ここじゃけっこう顔が利くんだよ。うちの会社がやってる店があってさ、案内してあげようか?なら、サービスするよ」
そんな冗談を言いながらも、胸の奥から塩辛い水が滲んでくる。それが、昔の傷口に触れて、鈍く痛んだ。
「会社って、どう見ても組でしょ。それに、風俗じゃないし」
あえてその言葉には触れず、もう一度尋ねる。
「じゃあ、どこ?送っていくよ。恵斗、すぐ絡まれちゃいそうだしぃ」
そう言うと恵斗は、からかわないでとでも言いたげな表情で俺の方を見る。
その顔は高校生の頃から変わらなくて。この顔が見たくてついからかってしまっていたことを思い出す。
「ネットカフェ。雨漏りがひどくて修理することになってさ。ここを通ると近道なんだよ」
「修理って、どれくらいかかる?」
思わず、これはチャンスかもしれない、なんて思ってしまった。
「明日、業者に見てもらうけど、調べた感じだと、少なくとも二週間はかかりそう」
……でもごめん。許してほしい。ただ俺は、恵斗が好きで、そばにいたいだけ。それの何がいけないんだ。
「それならうち来れば?工事費用とネットカフェ代まで払ってたら大変だろうし、だったら、うちに泊まればいい」
「……やだ」
「え、なんで?」
わりと自然に言えたと思ったのに。うちに来ることに、何のデメリットもないはずなのに。
「だって僕、高校の頃から榎本くんのことが好きだったんだよ。そんなの……気持ち悪いでしょ?」
「……え?」
「あ……ごめん」
言ってからすぐに背を向けて立ち去ろうとする恵斗の腕を、思わず掴んでいた。
「別に、気持ち悪くなんかないか。だから……うちに来ればいい」
「……なんで?そんなの…」
恵斗の目には、涙がにじんでいた。
「俺がただ、と一緒にいたいだけ。ダメ?」
昔付き合ってた女の子は、こういうときの俺の顔に弱かった。恵斗も、そうだったらいいけど――。
「榎本くんがそう言ってくれるなら……お世話になります」
振り返って、ぺこりと頭を下げた恵斗のつむじを、ぼんやりと見つめる。
「こちらこそ、よろしく」
「マリーゴールドを君に捧ぐ」三話
前の席の榎本龍樹は、元から知っていた。
目立つ容姿、男らしい体つき、女遊びの噂が絶えない。
自分とはまるで反対の人間で、少し興味を抱いた。
3年生でなり、席も前後。
初めて近くで見た彼の背中は大きく、少し驚いた。
初めて会話したのは確か、前からプリントを回したとき。
体を動かさず、腕だけでプリント渡そうとする彼から受け取ろうと、腕を伸ばすと、ひらりと交わされる。
何度も手を伸ばすが、ひらり、ひらりと交わされる。
「…榎本くん、」
声変わりしても高い声を出来るだけ低くして声をかける。
そうすると彼はいつものような貼り付けた笑顔で振り返った。
「ごめーん、岡崎くんの反応可愛かったからつい」
「…反応って、見えてないじゃん。榎本くん、後ろに目でもあるの?」
「そうそう。後ろの目でずっと岡崎くんのこと見てんの」
「…え、ちょっと引くんだけど」
「えぇ、引かんでよ。俺は岡崎くんと仲良くなりたいだけ」
今思えばその瞬間、恋に落ちていたのかもしれない。
「ん"…」
懐かしい夢を見た。
いつもと違う天井…そうか。榎本の家に泊まらせてもらったのだ。
普段から出て、部屋に鏡はなかったので、スマホのカメラアプリで少し髪を整え、リビングへの扉を開く。
「おはよ、恵斗。もうご飯食える?」
「…おはよ、榎本くん。うん、もうご飯食べれるよ」
「良かった。じゃあ、顔洗っといで」
「うん、ありがとう」
リビングを出て、洗面所へと向かう。
うぅ、ヤバい。こんな生活を二週間続けるなんて。好きになる以外選択しないじゃん…!
そんなことされたら、勘違いしちゃう…。
顔を洗い、リビングへ戻ると、榎本が料理をテーブルへと並べているところだった。
「ありがとう。何か手伝えることある?」
「いいの?じゃあ、フォーク取ってー。そこの引き出しん中におんなじの入ってるから」
はーい、と答え引き出しを開くと、箸、フォーク、スプーン、ナイフと綺麗に並べられている。全て2つずつ。
誰かが来たとき用なのだろうか、それとも…。
「…これでいい?」
「うん、ありがとー」
2人で向かい合って椅子に座る。この椅子も…。
「「いただきます」」
朝食は焼いてくれた目玉焼きトーストと、ウインナーとサラダ。
朝からこんなに食べるなんて実家で暮らしていたとき以来だろうか。
「あの…さ。話したいんだけど、時間ある?」
「うん、あるけど。今からじゃ無理?」
「良、いけど…」
「じゃあ今から聞くよ。何?」
昔から変わらない張り付けた笑顔の彼が言った。
「…僕、言ったじゃん。榎本くんのこと好きだ、って」
聞くと、その話か、と言うように頷いた。
「うん」
「、なんで、家入れたの?好きになっても、良い、ってこと?」
昨日の夜からずっと気になっていたこと。言葉に出せて少しスッキリ出来た。
「恵斗が好きになるのは自由だし、良いんじゃない?別に。でも、多分恵斗に好きは返せないよ」
「うん。もちろんそれはわかってる。でも、多分ってことはちょっとぐらいは可能性ある?」
「意地悪な質問。流石いいトコん会社」
「え、会社なんで知ってるの?」
「絡まれてたん見てたから」
「だったらもうちょっと早く助けてよ。結構ちゃんと怖かったんだから。で?答え、教えて?」
さっきまでのどうでもいい会話とは打って変わった表情で口を開いた。
「…かもね。好きになるかも」
「え、ホント!?」
言葉の綾で、可能性なんて1ミリもないと思っていたのに。
「うん。だって、人いつ好きになるかとかわからんし」
「…これからいっぱいアプローチするから!とっとと好きになれ!」
「おぅ。どんとこい」
それから、恵斗からのアプローチの日々は始まった。
ソファの意味がないくらい密着されたり、事あるごとに抱きついてくるのは日常茶飯事で、もう慣れてしまった。
挙句の果てには
「榎本くん、今日何時に帰ってくる?」
「うーん、夜遅くなりそう。てっぺん越えるかもしれんから先寝といて」
「うん、わかった」
と言っていたのにも関わらず、家へ帰ると酒を飲んだであろう恵斗が出迎えてくれた。
キスと一緒に。
「へ、何?」
思わず聞いてしまうと、
「…おかえりのチュー」
と酔いが覚めたのか、元々あまり酔っていなかったのか少し照れた表情で言う。
正直言ってもう好きだし。今すぐにでも自分から抱きしめたい。
だけど、恵斗はベンチャー企業の社員で、自分は極道。
手を伸ばしてしまえば届く彼を、拒まないといけない。それが恵斗の為。そんなものは分かっている。だけど…。伸ばすことが許可されたなら。
「ただいま」
家へ帰ると、いつもは出迎えてくれる恵斗が居ない。23時をまわっているが、まだ外に居るのか。
考えながらリビングへ向かうと、電気もつけずにソファの端っこで体操座りをしている恵斗を見つけた。
「…恵斗?何してんの?」
聞きながら近づいてみると、手に何かを持っているのがわかる。
正面にしゃがみ、それをよく見ると、どこかで見たことがあるような気がする香水だった。
「…これ、何?」
「何って、香水?」
「そうじゃなくて!」
真面目に答えたつもりだったが、恵斗は声を荒げる。
「…これ、誰の?榎本くんのじゃないでしょ」
「えーと、前の前の彼女の?いや、前の前の前だったかも…」
「他のものもその前の前だか前の前の前の彼女のためなの?」
「え?」
言っていることの意味が分からず聞き返す。
「そこに2つずつある箸もフォークもスプーンも!椅子も。全部その子のためにそろえたの?」
「うん、そうだけど。他の子は言わなかったよ?そんな事一言も」
少し面倒臭くなってしまい、苛立ちをぶつけてしまう。
「ごめん。」その一言を音にするより、恵斗が口を開くのが先だった。
「…僕、面倒臭いよね。ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。ずっと前から箸とか気になっては居たけど。今日香水見つけてこうグサっと」
自分が何も気にせず香水を置いていたせいで、恵斗を傷つけてしまったと言うのに。謝りもせず、苛立ちをぶつけるなんて。
とんだ最悪人間だな。尚更一緒になんて居ないほうが良い。
「…俺の方こそごめん。過去の女と比べてたりして。確かに女はそんなこと言わんかったかもだけど、居心地がいいのは断然恵斗だから」
「…ホント?」
「うん、ホント」
「ありがと、」
泣きそうな顔で笑う恵斗を見ると、抱きしめずには居られなかった。
ごめん。でも今回だけ。今回だけだから、許して。