ハリポタの、歴史に喰われた花たちのお話。
つまり、脇役の女の子たちのお話です。
花=女子 って色んな方面から怒られそうなんだけど、思いつかなかったから仕方ない!
女の子限定なのは、自分が女子だからっていうのと、可愛い子たちが好きだから!(安直)
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目次
1 三色菫
真っ白な布に咲いた、三色菫の噺
戦争が、終わった
その時の光景を
私は
忘れることが
できない
---
私は2階の一室で、日刊預言者新聞を眺めていた。
『新たな魔法大臣 ハーマイオニー・グレンジャー女史』
目立つように光らせられているゴシック体が目にちらつく。
「…もはや嫉妬も湧かねーわ」
口からつい、出てきた言葉はあまりにも惨めで。
自分に乾いた笑いを漏らす。
ふと時計を見ると、もう時間だった。
「…開店、しますか」
私は新聞を放り、椅子から立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
私は、この自分だけの城で笑みを浮かべて客を待つことはしない。呼び子もしない。
挨拶の時だけは口元に薄く笑みを浮かべ、それ以外は何もしない。
聞かれたら答える。そんな接客にも、つく客はいるものだ。
この辛口で無愛想な接客が功を奏し、いつの間にか、ここ『pensée』はそれなりの売り上げを誇る仕立て屋となっていた。
仕立て屋といっても、仕立てだけをするわけではない。既製品からメイク、頼まれた時にはヘアアレンジまでレクチャーするのがこの店だ。
今店内にいるのは、ホグワーツの六年生ほどの女子たち。
楽しげに顔を見合わせながら商品を物色する彼女たちが、いつの間にか自分に重なった。
私たちには、あんなに明るい6年生はなかった。
闇の帝王が復活したという暗い雰囲気の中、あんなに笑い声を上げることなど叶わなかった。
7年生の時も、もちろん。
苦い記憶が蘇る。
そういえば、と私は思った。
(私がおしゃれに目覚めたのはいつからだったかしら)
物心ついた時には、美しいものが身の回りにあって。その頃からおしゃれは身近にあった。
でも、こんなふうに店を持つなんて、考えたことはなかった。
(そうだ、あの時)
もう忘れかけていた記憶を思い出した。
---
「闇の帝王が倒れた…何ということか」
「あなた、どうかしっかりなさって」
「義父上、まずは今後の立ち回りです」
ホグワーツの戦いの次の日、私は屋敷の扉の前でそんな話を聞いた。
私はその話の中には入れない。だからよく盗み聞きをしていた。
私たちは死喰い人では無かったけれど、裕福な純血家系として多額の金銭的な援助を行っていた。
このまま裁判にかけられれば、有罪は確定。他家からの信用は失い、家は落ちぶれ、血は途絶える。そのことを父たちは言っていた。
「…パンジーを嫁がせることもできましょう」
不意にそんな言葉が聞こえてきて、はっと扉を見た。
結婚。その言葉が急に現実味を帯びて私の目の前にやってきた。
嫌だ。
すぐに浮かんだのはそんな思いだった。
前まではそんなこと思わなかったのに。
(結婚なんて、したくない)
私は扉の前から足早に去った。
後日、パーキンソン家は賠償金の支払いを命じられた。
---
選ばれし者の勝利から約半年後
私はホグワーツで学び直すことにした。
学生の間は、結婚の話なんて出ることはない。
たった一年間の猶予だけれど。
それでも、考えるには十分だ。
私はこんな考えを持ち始めていた。
(結婚したくない。なら、お金を稼いで自立すれば良い)
要は家を出てしまえば良いのだ。
(でも、お金を得る手段なんて…)
ぼんやりと自分の机の上に目をやった時、ある考えが頭に閃いた。
数日後のホグワーツの廊下で女子たちは、とある話題で持ちきりだった。
『ねえ、聞いた?』
『あれでしょ? 良いメイクが正規より安く買えるって』
『本当かしらね』
『でも、呆れるわよねぇ。あの“パーキンソン”が此処までするなんて』
『落ちぶれたわねえ』
疑う者、此処ぞとばかりに貶す者、面白がる者。反応は三者三様だが、その根底には、誰もが好奇心と僅かな期待を抱いていた。
(何とでも言いなさいよ。どうせみんな買うんだから)
思惑通り、人目を忍ぶようにして買いに来る生徒たちは多かった。
そんな時。
「ね、ねえ!」
土曜日の午後、廊下で声をかけられた。後ろを振り向くと、ふわふわとした茶金の髪の女子生徒が立っていた。
「わ、私にも、口紅、売ってくれない、か、__な__」
その言葉を受けてじっと彼女の姿に目を走らせる。
ネクタイはハッフルパフ。化粧っ気のない顔、そして言葉遣い……
(ちょっと良いやつ、くらいでいいかな)
品質に当たりをつけ、バッグから3本取り出す。
「はい」
差し出すと、彼女は試してもいいか、と訊いてくる。
(当たり前でしょう。じゃなきゃどうやって選ぶっていうの)
そんな本音を押し留め、私はいいわよ、とだけ言った。
彼女はそのうちの一つ、ローズの色味が気に入ったらしい。
買おうとする彼女を見て、いつのまにか声に出していた。
「ねえ、それ、買うつもり? あんたには似合ってないけど」
相手の反応も見ずに続ける。
そして並べていた3つのうち、他のものを取る。コーラル、と書かれたものだ。
「それよりもこっちの方がいい。高いけど。それだと肌がくすんで見える。──尤も、それで良いのなら構わないけど」
私の言葉に彼女は驚いたように目を見開いた。
私がアドバイスしたことによほど驚いているらしい。私だって驚きだ。
こんな純血かどうかもわからない、おどおどした子に助言するなんて。
彼女は私が勧めたリップを気に入ったらしく、値を聞いてきた。
「2ガリオン。まけは無し。」
そう言うと彼女はすぐに金貨を取り出し、何か言おうと口を開いた。
何を言おうとしているのか察しがついた私は、遮るようにして話した。
「お礼なんていらない。そもそも私、あんたみたいにおどおどしてる奴嫌いなの。堂々としてたらいいのよ──じゃなきゃ、上手くいくデートも上手くいかないってものだわ」
じゃ、と言うふうにひらりと手を振って、私はその場から去った。
後日。
私は談話室で、久しぶりにマニキュアの瓶を開いていた。
塗られた美しい色が乾くのを待っていると、後ろから誰かが飛びついてきた。
「わっ……なんだ、ダフネか」
思わず後ろを振り向いた私の目の前にいたのは、ダフネ・グリーングラス。私の友人だ。
「ハイ、パンジー。噂を流す方から流される方になった気分はどう?」
「煽りならどっか行って」
「んもう、冗談じゃない」
悪戯っぽく笑いながら話しかけてきた彼女に少し呆れる。
全く、このスリザリン寮で表面上だけでもいつも通りなのは彼女だけではないか。
「まあ、でも、噂がやっかみから羨望になってきたのはいいんじゃない?」
「んー、そうかしらねぇ……」
ダフネの言うとおり、最近の噂の内容は少しずつ変わってきた。この前のハッフルパフの女子への対応が誰かに見られていたのだろうか。
(……ま、それを期待されてるならやりますけど)
しかし、ダフネが揶揄い目的のみでやってきたとは思えない。何かしら話したいことでもあるのだろうか。
「で? どうしたのよ」
そう訊くと、ダフネは曖昧に笑った。
「んー進路相談的な? あ、別に話半分で聞いてていいから」
少し照れたように、焦るように言う彼女に溜息をつく。
「なんでまた……私なわけ?スラグホーンとかにしたらいいじゃない」
「え、私の友達だし。それにスラグホーン先生よく分からないからさぁ」
自然に答えた彼女に目を見張る。友達と明確に言われたのは久しぶりだった。
「いいわ、のったげる」
「やったー」
少し上から目線になってしまったのは致し方ないだろう。
「それで、一応何になりたいのよ」
「一応が余計だね。……えーと、実は」
自分から切り出したにも関わらず口籠もる彼女を急かす。
「何よ、早く言いなさいよ」
そうすると、ダフネは少しだけ睨むように、呆れないでよ、と前置きをした。
「|慰師《ヒーラー》に、なりたくて……」
少し顔を俯かせながら話した彼女に首を傾げる。
「それなら尚更スラグホーンに言いなさいよ」
どうして言わないのか、と言いたげな私の目線から逃れるように、ダフネは目を逸らした。
数秒後、観念したように彼女が話し出す。
「……失礼かもなんだけれど、スラグホーンと一緒なの一年間だけだったし。不安じゃない?」
その裏にある真意を読み取って、私はそれに肯定の意を示した。
きっと、彼女はあの人が死んでいなければ良かったのに、と言う言葉を飲み込んだのだ。
先の戦いで、私達は多くのものを失った。
平和の代償は大きい。
お金は勿論、地位、時間、自由……そして何より、人だ。
私達の寮監も、失われた一人だった。
暗く、厳しい人だったが、どのスリザリン生からも信頼されていた。
その性格からかもしれないし、優秀さや地位からかもしれない。
とにかく、OWLやNEWTを控える私達にとって、それが失われたことは大きな不安材料だった。
おそらく、このダフネにとっても。
もう2、3年前の話になる。私が5年生の頃の進路相談のときだった。
『ミス・パーキンソンは、如何なりたいのか』
何に、ではなく、如何。あのとき初めて、私は将来を真剣に考えた。
何になりたいか分からないという私に、先生はさぞ困った筈だ。
だから、あんな質問をした。
言葉に詰まった私を、先生は鼻で笑った。
『何もないのか。これは、由々しき事ですな。そんな状態でOWLを受けることができるのかね』
ムッとした私に素知らぬ顔をして、先生は続けた。
『だが、どんな将来も良薬であり麻薬……兎に角、2年後にそのようなことがないことを願いますな。』
そこまで言うと、帰るように、と告げ、次の人物を呼んだ。
今から思えば、あの先生はスリザリンに、死喰い人の中にいたくせに一度も家系的な話をしなかった。あの先生は、たとえ私が闇祓いになりたいと言ったとしても普通の対応をしたのだろう。それが、何と優しいことなのか。
先生が最後に言った言葉の真意は、未だに分からない。
ふうっと息をつき、ダフネに訊く。
「5年生の時はなんて言われたのよ」
「別に。『では、今の魔法薬の成績を如何にかすることですな。優を取れるように努力しなさい』って言われた。まあ、良は取ったから、可能性はある」
ふーん、という返事をする。そこまで考えているのならアドバイスも何もないと思うのだが。
「他の成績も悪くないんでしょう?」
「それは……そうだけど。でも、そう言う問題じゃないんだよ」
ダフネはそこで俯くと、誰に聞かせるでもなく、ひとりごちた。
「母様が何て言うかなぁ」
「……」
今度はまた私が口籠る番だった。
自分もその方法を模索中なのだから、アドバイスも何も無い。
昔の自分なら、じゃあ結婚しちゃえばいいじゃ無い、と一蹴したのだろうが。
もう、今の私はそんなことを言えなくなっていた。
「じゃあ、どうして|慰者《ヒーラー》になりたいの?」
そう聞くと、彼女は今度は口籠ることなくはっきりと言った。
「人を、救いたいから」
目に光を宿して、きっぱりと言う彼女に、理由を尋ねるのは野暮な気がした。
私もこんなふうになれたらいいのに。
その思いを押し留めた。
---
カラン、カラン
ドアのベルが鳴る音で、ふと私は過去から引き戻された。
ついぼんやりとしてしまっていたらしい。
「いらっしゃいませ」
と言おうとした言葉は、半分も声にならずに消えた。
「……アストリア……」
「……パンジー……」
立っていたのは、私の2年後輩のダフネの妹、そして、ドラコの、妻となったアストリア・グリーングラス……否、アストリア・マルフォイだった。子供もいると、風の噂で耳にした。
信じられなかった。あのドラコが、結婚するなんて。
ホグワーツで少なくとも五年間は、私の隣にいた人。
信じられない。
そんな考えを振り払い、アストリアに口を開く。
「あんた、何しにきたのよ。……あと、それダフネのお古? 派手すぎて似合ってないわ」
ここぞとばかりに嫌味を口にしてしまう。それに対してアストリアはくすくすと笑った。
「まあ、ひどいわ!ふふっ、あははっ……ッ」
笑いが障ったのか、咳き込み始めてしまう。
「アストリア!?」
つい、眉を顰めて身をカウンターから乗り出すと、アストリアは手を振った。
「いえ、大丈夫。大丈夫よ……」
どう見ても大丈夫な状態では無いのだが。その言葉を飲み込み、私は尋ねた。
「どうしたのよ……あんた一人な訳?」
「ドラコとスコーピウスは書店よ。少し、無理を言って……」
彼女は少し寂しそうに、切なそうに笑った。
私はその笑みを直視することができずに、目を逸らした。
「服、仕立ててあげるわ」
---
ダフネが|慰者《ヒーラー》を志したきっかけは、アストリアだったそうだ。
アストリアは、グリーングラス家の呪い、血の呪いにかかっており、体が弱く、そして短命だと見込まれていた。
ダフネは、そんな妹を治したかったのだろう。そして、働く彼らに憧れたのだろう。
そんなことを思いながら、アストリアを眺める。
(しかし、まあ、姉に似ていないわ)
昔、開店当初の頃。ダフネの服を仕立てたことがある。
彼女は癖のある長い黒髪に、大きな目、少し厚い唇と、派手な顔立ちをしていた。
そのため濃い色を取り入れても着こなしていたのだが。
対照的に、アストリアは柔らかい顔立ちだった。
うねりのない黒髪に、整っているけれど、はっきり言うと、特に特徴もない顔立ち。
色白で線の細い彼女は、ホグワーツの黒いローブが本当に似合っていなかったのを思い出す。
「本当に黒がいいの? 似合わないけど」
アストリアのサイズを測りながら、再度口にする。
「似合わないのはわかっているけれど……」
そう言ってアストリアは笑った。
まあ、確かに、純血家系の当主の妻だ。黒や緑の服を着ることが多いだろう。
「まあ、分からなくもないけど。本当は薄い色の方が合うわよ。水色とか、ピンクとか」
そう話しながら、頭の中に思い描く。薄く、軽い素材で体型をあまり目立たせないワンピースはどうだろうか。ウエストの切り替えだけ別布で締めて、襟ぐりはフリルカラーにすれば、とても似合うだろう。
そこまで考えてから、そのワンピースの図案を頭から打ち消した。
そんなものを純血の奥様が着たら噂の種になってしまう。
そんなことは望まれていないだろう。
そこからは、私たちは軽い雑談をしながら進めていった。
日が沈む前に、彼女は店を出て行った。
ドラコが店の前に迎えに来ていた。おそらくスコーピウスであろう子供も。
柔らかく微笑むドラコを見て、私はそっと、背を向けた。
数日後、出来上がったドレスを私はそっと包んだ。要望通り、シックな形のブラックドレス。
でも、どうしても合う気がしなくて。
つい作ってしまったライトブルーのロングワンピース。フリルカラーで、ウエストは少し締めた、きっと、彼女に本当に似合うもの。
それも共に包んで、祝福のカードを添える。
ドラコをあんな風に笑わせるようにしてくれた、ダフネに夢を与えた、そして、私にも、過去という贈り物をしてくれた。
『どんな将来も良薬であり麻薬』
そう言ったスネイプ先生が思い出される。
今なら、少し分かる。その言葉の真意が。
どんなことも、過去を一時は忘れさせてくれる。でも、その代わり、思い出さないようにするにはそれにずっと頼っていかなければならない。いつかは目を合わさなければならないが、その踏ん切りはつきにくく、再び頼ってしまう。
そんなことを言いたかったのでしょう?
私は、2階で星が瞬く空を眺めながら問いかけた。
眠り姫です!
私、実はパンジーちゃん好きなんです。だって7巻で(死の秘宝パート2)「ポッターがあそこにいるじゃない!」という言葉を言う時、きっと彼女は恐怖と自己防衛しか思っていなかったはずなんです。
そこまでの話の中では、気楽にハリロンハーをいじってたのに、ですよ
戦争っていうのが大きく現れているのではないかなーって、思ったり。思わなかったり。
それに、アストリアもです。彼女は、呪いの子では女神のように言われてますけど、あの人、ホグワーツの戦いでスリザリンの子たちと一緒に逃げてますからね??
残ってませんよ??
逃げてんですよ??
そういう人間味もあるはずなので、ローリング女史が短編書いてくれたらいいのになーって思う今日この頃です。(書ききれなかった人の願い)
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの祝福と応援を!
2 月桂樹
薬の香りと白衣を纏う、月桂樹の噺
綺麗な純白の服
幸せそうな笑み
繋がれた手
きらりと光る涙
形容する言葉は似通っているのに、彼女の服はドレス、私の服は白衣。
なぜこうも違うのだろう
---
「パンジー、ちょっと聞いてよ!」
私はあるカフェで友人のパンジーとお茶をしていた。
アフタヌーンティーとは名ばかりの、所謂愚痴大会である。
「はいはい、ダフネ。どうしたの?」
紅茶に口をつけながら尋ねてくる彼女がパンジー。
いやいや聞いているように見えるが、それが彼女の通常であり、照れ隠しでもあることを私は知っている。
私が捲し立てる前で穏やかに笑ったり、一緒になって怒ったりしてくれる彼女は、前と少し変わった。
例えば、その美しく整えられた黒髪を耳にかけ、紅茶を飲む一連の動作。
前はもっと余裕がなかった。
次に、血色。メイクで厚塗りしていた目の下の隈や、肌のくすみがなくなっている。
そして、爪。ネイルで誤魔化していたわずかなひび割れが少なくなっている。
(きっと、精神的に余裕ができたんだろうなぁ)
今よりももっと昔。彼女が縫製からメイクまでのテクニックを身につけて、店を開いた頃はもっと酷かった。
基本的に個人は個人、と割り切るところがある私が心配する程度には。
じっと私が観察していることが気になったのか、何よ、と訝しげな目をする彼女に何でもないわ、と笑った。
つまんだプチフールが、ほんの少し空虚な味に感じられた。
---
私は|慰者《ヒーラー》だ。呪いを解き、外傷を治し、癒しの経過を観察し、薬を煎じる者。
私なりにこの仕事にプライドを持ち、今日も働いている。
まだ、研修が終わって数年しか経っていないが。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
後ろから舌足らずな幼い声が聞こえて振り向くと、少し前に診察した子供が立っていた。
「お姉ちゃんのお陰で治ったよ!」
母親に嗜められながらも言う小さな妖精に、私はどういたしまして、と笑みを返した。
『お姉ちゃん、ありがとう』
あの言葉を言われるのは久しぶりだった。
寝たきりだった妹に、庭の花を持って行った時。
一緒に本を読んだ時。
眠れないと呟く妹とを抱きしめた時。
ホグワーツの写真を見せた時。
言われるたびに、私は嬉しくて、暖かくて。
もっと言って欲しいと思ったことを、今でも覚えている。
そして、それがきっかけで今、私がここにいることも。
妹……アストリアは血の呪いだった。
グリーングラス家に蔓延る呪い。
それは、私には受け継がれず、アストリアに受け継がれた。
私だったらよかったのに。
熱にうなされる妹を見ながら何度思ったことか。
奇跡的にも、ホグワーツに行く頃には呪いは影を潜めて、笑う姿が増えていった。
それでも、彼女は箒にも乗れず、一週間に一度は医務室に通い、不自由だったと思う。
だから私は思ったのだ。
血の呪いでさえも治せるような、|慰者《ヒーラー》になりたいと。
妹がホグワーツに入った頃からぼんやりと抱き始めていた夢が、輪郭を持ち始めたのはあの出来事がきっかけだった。
---
私が四年生の頃。
今思えば、戦争の始まりだったあの|三校対抗試合《トライウィザードトーナメント》があった年だ。
あの年、うちの寮ではダームストラング校と共に食事をとることが多かった。
ダームストラング校では、マグル生まれの者が入学できない。
そのため、純血のものも多かったのだが。
「ねえ、ここ、良いですか」
そう言って私の隣に座ったのは、ブラウンの髪の女子生徒。
「ええ、良いわよ」
その子は私よりも3歳程年上だったが、毎食隣になるおかげで親しくなった。
そんな頃だった。私が妹と家の話をしたのは。
同情を求めるでもなく、ぽろりと口にしたその言葉に彼女は少し驚いたようだった。
その後、母国語で何か捲し立てたようだったが、私の疑問符を浮かべた顔に気づき、英語で再び喋ってくれた。
「わたしも、そうなんです。血の呪い。わたしは、蛇になってしまうのですが」
「蛇に……」
血の呪いには様々な種類がある。妹のように病弱で、早逝する事が定められている者から、動物の器に精神が囚われてしまう者まで。
彼女は、後者の者だったらしい。
「眠るときに勝手に変化してしまう。そのせいで気味悪がられたりもしますし、何より、あの感覚が気持ち悪いです。自分でも、嫌になってしまうぐらい」
「……」
私は、ただ黙って聞いていた。
「このままいけば、私は30になる頃には自主的な変化が難しくなり、40には人間に戻れなくなり、50になる前には完全に蛇になってしまうでしょう」
「私の、この体が恨めしいです。でも……あなたに、色んな人に良かったです」
そう言ってふわりと微笑む彼女には、底無しの諦めが滲んでいた。
血の呪いに苦しむ者は、彼女や妹だけではない。
海を超えた向こうにも、南のさらに南の国にも沢山いるはずだ。
その人々が皆、同じように苦しみ、諦め、それでも生きようとしているのなら?
(この諦めを、取り去りたい。諦め無しで、生きようとして欲しい)
傲慢かも知れないが、そのとき、そう思ったのだ。
そしてそれは、その年のダンスパーティで決意になった。
サリーやチャイナ服、ふわりとしたドレス、タキシード……
その色とりどりの中で、楽しそうな笑みで踊る彼女を見て。
---
だが、今。私はそれを諦めかけていた。
日々、救えた命と手からこぼれ落ちていった命。
自分の確認不足で発見が遅れた疾患から、病院に着いたときにはほぼ手遅れだったもの。
完治して笑顔を見せてくれる人もいれば、憎悪を胸に病院を後にする人もいる。
文句を言うこともできずに永遠の眠りにつく人もいる。
先ほどのように感謝を笑って伝えられる状態で退院できた人がどんなに多くても。
笑顔で退院できなかった人たちが脳裏に張り付いてしまって。
こんな私が、血の呪いを治せるような、「なんでも治せるお慰者さん」になれるのだろうか。
この前のアフタヌーンティーの時。
心が空虚だったのはそのせいだ。
パンジーは職に誇りを持てる人間だ。
もちろん、それが一朝一夕のものとは思っていない。
そこに到達するまでの長い道のりと苦労があったはずだ。
けれど、思ってしまうのだ。
どうして、私は、と。
妹は結婚した。
友は立派だ。
では、私は?
いつまでもぐじぐじと悩んでばかり。
私だけが、ホグワーツの湖を最後に眺めた時から離れられていない。
私だけが、妹の結婚式で夢を語ったあの場所から離れられていない。
手を伸ばせども、その手は空を掴むばかりで。
嫌になってしまう。
ふうっと息をつくと、「グリーングラス?」と声を掛けられた。
誰だろう、と振り向くと、黒髪を三つ編みにした、同い年ほどの女性が立っていた。
格好からして、見舞だろうか。
「どちら様?」
「私よ。パドマ・パチル。レイブンクローの」
「! ああ!」
思い出した。確か姉がグリフィンドールの双子の片割れだ。
接点はあまりなかったが、ホグワーツ最後の一年間の時、闇の魔術に対する防衛術でペアを何度か組んだ覚えがある。
「久しぶりね。どうしたの?」
「うちの姉の付き添いよ。もしかしたら妊娠してるかも知れなくて。さっきお墨付きを貰ったわ」
「あら! おめでとう」
妊娠か。それはおめでたい。
姉は結婚していたと言うのは初めて耳にしたが。
だが確かに、私たちの年齢からすれば私も結婚していて良い年頃である。下手をすれば子供も。
そんなことを思っていると、パドマはため息をついた。
「ありがとう……全く、結婚してないのに。避妊してたらしいのに、できちゃうって本当なのね…」
「え……?」
「何よ、そんな意外そうな顔して」
よくあることじゃないの?という目を向けられたが、知るわけがない。産婦人科にいたのは初期研修の時だけだったのだから。
「パーバティ、不覚って言ってたけど、嬉しそうだった。困った顔で仕事の引き継ぎしなきゃな、とか言ってるのよ。全く、嫌になっちゃう」
「……」
「もうすぐ自分が担当の事業が終わるんですって。その完成だけ見て、休職するって言ってたわ」
「そう」
ああ、やはり皆、色々あるのだ。成長して、大きくなって。私だけが、やはり取り残されている。視線を落としかけたその時、パドマが言った。
「でもあいつ、パドマも早く良い人見つけたら、なんて言うのよ。人には人の生き方があるって言うのに。人の一生なんて誰にも分からないし、その人のものよ。ね、そう思うでしょ?」
はっとした。人には人の。わかりきっていたことなのに、その意味を本当の意味で捉えたことなどなかった。
これまで、個人個人、十人十色という意味だと思っていた。
でも違うのだ。
人の一生はその人のもの。
それだけじゃない。どう生きるか、どうなるかなんて、今から見通せるはずないのだ。
それに……
「血の呪い」を治したい。
私は今、どんな思いでそれを思っていた?
哀れみ? 救済? それとも夢を叶える為?
馬鹿みたいだ。
そんな上から目線で自分本位のものを、喜んで受け取る人がいるはずがない。
でも、私は助けたい。
だって、その呪いがなければもっと、もっと、生きられるのだ。
私はその可能性を伸ばしたい。
私が最初に思ったのは、そういうことじゃないのか?
必要なのは、その思いと、技術じゃないか。
私はその二つを大きく、深く、そして謙虚に育てていくべきなのではないか。
私は、視線を上げた。
「そうね、ありがとう!」
私は困惑した顔のパドマを置いて、待機室に戻っていった。
窓の外には、美しい月桂樹が茂っていた。
眠り姫です
流れがぐだぐだ……
ちなみに私の中でダフネはカールした黒髪のお姉さんです。
人前では姉御肌の。
さて、次は誰にしようかな。薫衣草か、紅蓮華か。それとも山の娘……?
では、ここまで見てくれたあなたに、心からの祝福を!