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目次
『魔法使いとスマホ』とは?
初めましての方は、初めまして。
もし私を知っている方は、普通にこんにちは。
一応、自己紹介からしようと思います。
『生きる。』と申します。
まだ短編カフェ様の利用を始めてから二ヶ月ほど(2022/11/16現在)の新入りです。
文章を書くのが下手なので、おかしなところがあったら教えてもらえると幸いです。
この小説(ではない)では、私の連載作品『異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部』の原作となった『魔法使いとスマホ』について、少しばかり語れたらと思っております。
興味がない方は、読まれなくても大丈夫です。
原作『魔法使いとスマホ』を読まれたい場合は、お手数ですが検索などで見つけてください。
それでは、どうぞ。
--- 魔法使いとスマホとは? ---
読み切りシリーズ第二弾として投稿された『魔法使いとスマホ』。
その始まりは「スマホを使って戦う魔法使い」というのは今まで見たことがないような気がする、という私の変な考え。
一作目の『聖夜の奇跡』を投稿し、新作をどうしようかと悩んでいた時に、ふと思いついたアイデアがこうして形になりました。
そして、1ヶ月記念でリクエストを募集したところ『魔法使いとスマホ』の続編ということで連載が決定。
私は馬鹿なので魔法使いが思いつかず、現在募集中です。
多分、暫くやっているのでリクエストを覗いてみてください。
---
--- あらすじ ---
この世界には、
異世界から『魔物』と呼ばれる生き物が
人類を襲いにやってくる。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.--ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
そして、素質のある者たちが
人々を護るために
今日も『スマホ』を片手に命を懸けて戦っている
《物資調達=箒ノ転送ガ完了シマシタ》
《――ノ魔法使イ=作戦開始》
1から魔方陣を描くのは時間が掛かる。
なら見本を手元に置いて、
現場の魔法使いが即座に発動できる環境を。
《探知中=全魔物ノ討伐ヲ確認シマシタ》
《魔物ノ転移ガ完了》
《作戦終了=本部ト通信中デス》
*これは、勇気ある魔法使いたちの物語*
(日記から引用)
---
--- 主な登場人物 ---
赤松 紅葉-AKAMATSU KUREHA
16歳の高校生。
本人曰く「ごく普通の高校」らしいが、偏差値は普通に高い。
自他共に認める完璧人間(容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群)だが、中学のときに色々あったので現在は筆記試験だけ頑張ってる。
朝日 結衣-ASAHI YUI
16歳の高校生。
紅葉とはクラスメイトで、見つけたらすぐに話しかけに行く。
運動神経がよく、様々な運動部から勧誘されるほどの実力者だが、あまり勉強は得意ではないのでいつも補習を受けている。
柊木 奏斗-HIRAGI KANATO
22歳の元ミュージシャン。
魔法部隊に属する『憤怒』の名をもつ24人目の魔法使い。
意外と売れていたミュージシャンなので解散時には全世界が注目し、数年経った現在でも写真やサインを求められる。
---
--- キーワード ---
魔法使い。
その名の通り、魔法を使って魔物と戦う人々。その人数はとても少ない。
魔法部隊。
魔法使いと、彼らをサポートするオペレーターたちの集まり。正式には『異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部』
如何でしたか?
とりあえず、現在開示可能な内容は全て書いたと思います。
気が向いたら本人たちに色々質問してみようと思うので、聞きたいことがあったらコメントとかで教えてください。
それでは、今日も生きる。
第一話「18歳の魔法使い」
魔法使い。
それは架空の、想像上の存在だった。
しかし、数年前から一つの職業としてこの世界にある。
仕事内容は、主に異世界からやってきた生命体──魔物の討伐。
彼らはもちろん『魔法』を使って戦っていた。
魔法は空中に漂う謎の力で、魔法陣を描くと発動される。
謎の力──魔力は普通の人には視ることは出来ない。
どれだけ超人的な頭脳が、身体能力があったとしても魔法使いにはなれないのだ。
魔力を視認し、操る素質や才能を持つ人間はあまりいない。
ここ数年の間に27人しかおらず、現在活動可能な魔法使いは9人のみ。
活動不可能な理由は様々。
しかし、一番多いのはやはり魔物との戦闘で命を落としたから。
「コケーッ!」
話は少し変わり、東京上空。
高く大きな鳴き声が隣県にも響き渡った。
空を飛ぶ、巨大な鶏のような魔物。
その前に箒で飛んでいたのは、たった一人の魔法使い。
白を基調とした軍服のような形をしている仕事着にはマントがついており、裏側の色は得意な魔法を表す。
朱色の髪をもった彼女は、その綺麗な黄緑の瞳で標的をしっかりと捕らえていた。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
私の名前は|赤松紅葉《アカマツ クレハ》。
ごく普通の高校に通う18歳だ。
自分で言うのもおかしいけど容姿端麗で成績優秀、ついでにスポーツ万能とあらゆる面から見て完璧な人間だろう。
でも普通に虫は苦手、というか大嫌いだ。
滅べば良いと思っているけど、態系的には死なれたら困るものがいる。
なので心の底から思ってるわけじゃない。
と、脳内で話している独り言はここまでにしよう。
理由は流石に余裕がなくなってきたから。
私が何をしているか、簡潔に説明するのならば──。
「魔物と戦闘中です」
鼓膜が破れるのではないかと言うほどの鳴き声。
耳を塞いでいると目の前に魔物の手がありまして、箒をうまく操作することで避けられます。
でも、手を離しているので落ちそうになるんですよ。
どうやら静かになったようなので反撃を始めましょう。
「魔方陣展開」
スマホに映った魔方陣を手本に、実際に私が描く。
得意な系統じゃなくても使えるのは、やっぱり嬉しいな。
じゃないと、私の仕事はほぼなかったし。
いや、むしろ何もしないで給料が貰えた方が良かったかもしれない。
「炎魔法、発動」
魔物に設置した魔方陣から、真っ赤に燃え上がる炎が出てくる。
しかし、結局は模倣だから本家より威力は出ない。
だから注意を引き付けるか、ただ怒らせるだけの二択に絞られる。
「絶対後者だね」
魔物の頭にアレが見える気がする。
えっと、何て言うんだろう。
怒ってることが一目で分かるあのマーク。
青筋が浮かぶみたいなさ、赤いやつ。
「別に煽っているつもりはないんだけどな」
『いや、充分煽ってるよ?』
耳にあるイヤホンから声が聞こえてきた。
魔法使いにはそれぞれ一人のオペレーターがついており、通信相手こそ私の相棒。
彼女がいるお陰で、私はこうやって魔物と遊びながら被害を最小限に抑えられる。
『もうすぐ《《憤怒の魔法使い》》が到着するよ』
「……待って、何であの人なの」
「俺じゃ文句かい?」
私が飛行しているところよりも上空から、その声は聞こえた。
げ、と思わず声に出してしまった。
顔をあげるとそこには、一人の橙色の髪をした男が。
彼こそ『憤怒』という二つ名をもつ魔法使い──|柊木奏斗《ヒイラギ カナト》。
正直に言って、私はこの人のことが嫌いだ。
「状況は?」
「魔法撃ちまくってるけど怒らせただけ」
「うん、分かりやすい説明ありがとう」
それじゃあ後は先輩に任せたまえ、と箒の上に立った柊木さん。
スマホは一切見ずに魔方陣を描いていく。
そのスピードは私よりもずっと早くて、本家だからか威力も桁違い。
私も攻撃が出来たら。
何度思ったのか分からない願いを忘れようと頭を振る。
「炎魔法、発動」
魔物の真下に現れた魔方陣から、火柱が上がった。
いつも思うけど、どうして魔物はあれだけの高火力でも黒焦げになら無いんだろう。
柊木さんが手加減してるのかな。
それか、魔物自体に耐性があるとか。
私は戦場にいる人物だから、詳しいことは分からないけど。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
そんな音声が聞こえた私は、ハッとした。
気づけば本部のある研究所にいて、仕事着から元の私服へと戻っている。
「珍しく悩み事かい?」
「……別に、柊木さんには関係ないことです」
そう淡々と告げた私は待機場所へと向かう。
私たち魔法使いとオペレーターにはそれぞれ二人で一部屋ずつ用意されており、最低限の家具もある。
キッチンや冷蔵庫も、各部屋に置かれているが小さめ。
なので殆どの人が共同スペースで料理している。
共同スペースにはソファーや、お風呂に繋がる扉が。
お風呂は銭湯ぐらい広いのでゆっくり入れる。
本部で生活できるから家がない、という人は珍しくない。
待機場所で、私もある人物と一緒に暮らしている。
「ただいま……」
電気をつけながら靴を脱ぐ。
部屋の両端に置かれたベッドと棚など。
片方は色々と物が置かれている。
しかし、私の方は私物が全くと言って良いほどない。
学校関連と、最低限の衣服ぐらいだろうか。
机の上に置かれているノートパソコンの電源を入れ、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出す。
今回戦闘した鶏のような魔物について、報告書を書かなければいけない。
「……よし」
私が書ける部分、というか全部入力し終わった。
あとは赤松さんに確認とサインを貰うだけ。
面倒くさいから今回も担当オペレーターを通してやろう。
何がそんなに嫌なのか。
いつもヘラヘラしていて、人のことを一ミリも考えていないから。
さっさと終わらせるために、鍵とスマホだけ持って通信室へと向かうことにした。
途中、何人かすれ違った魔法使いやオペレーターの人たちはみんな安心したような顔をしている。
この仕事は、普通の人より命を落とす可能性がある。
魔物との戦闘はもちろん、魔法使いもオペレーターも休みが不定期。
疲れてしまい、自ら命を絶つ場合も少なくはない。
しかし、私はまだ学生ということであまり任務が回ってこない。
この国には魔法使いが多いということも、一つの理由だと思う。
「あら、赤松さんではありませんか」
「……望月さん」
他国へ応援に言っていた魔法使い──|望月風鈴《モチヅキ カリン》さん。
綺麗な紺色の髪を一本に結んでいる柊木さんと同期の女性。
「お疲れ様です。海外出張はどうでしたか?」
「特に問題はありませんでした。昨日まで南半球にいた影響なのか、こちらの季節が真逆で少し慣れませんけど」
元々、有名大学へ留学予定だったらしいけど辞退したらしい。
理由は魔法使いになる素質があったから。
今の私と同じ18歳──高校生の夏に魔法の才能が開花したそうで、日本に残ることはすぐに決めたと本人が言っていた。
しかし、結局は私たちの中で一番海外出張に行っている。
普通に外国語がペラペラで、コミュニケーションが取りやすいからという理由。
「前回会ったときより、少し大人っぽくなりましたか?」
「そう、なんですかね」
「多分あの馬鹿で苦労してるのでしょう。私も何度沈めてやろうかと」
ははっ、と笑う望月さんの目が笑っていない。
二人は同期である以前に幼馴染。
けど、あまり中が良いようには見えない。
本気で沈めようと、今でも思っているのだろう。
「それじゃあ、報告書を出さないとなのでこの辺で失礼します」
丁寧にお辞儀をしたのに対して、私は小さく礼をする。
通信室へと着くと、様々な音が飛び交っていた。
キーボードで文字を打ったり、魔法使いと連絡を取ったり。
大きなモニターには柊木さんが戦闘している様子が映し出されていた。
さっき帰ってきたばかりなのにもう次の仕事か。
ということは、担当オペレーターの人も忙しいのだろう。
櫻井さん辺りにでも渡して、少し準備をするかな。
次に駆り出される魔法使いは私だろうし。
「此方、魔法戦闘部です。魔物の出現ですか?」
なんかフラグ回収した気がするんだけど。
まぁ、いっか。
「紅葉!」
「すぐに向かうから、永瀬さんに渡しておいて」
「分かった」
駆け寄ってきた私担当のオペレーターに報告書を預ける。
永瀬さん、というのが柊木さんの担当オペレーター。
来た道を戻りながらカードを取り出す。
スマホの上でスライドさせると、白色の魔方陣が浮かび上がる。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
スマホから新しい魔方陣が浮かび上がり、足元へと設置される。
それを踏めば、仕事着に一瞬で着替えることが出来た。
白を基調とした軍服のような形をしたものに、裏地が翡翠色のマント。
地上へと繋がる穴へ辿り着いた私は、箒を一つ手に取る。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
スマホを左手首のケースにセットし、箒で飛ぶ。
真上を見ると、青い空が見えた。
『今、場所を送るね』
目の前に浮かび上がった地図で魔物の場所を確認する。
ここからだと意外に距離がありそうだな。
柊木さんぐらいの速度は出せないけど、少し頑張ってみるか。
「……獣型か」
犬、というよりは狼。
そこそこの大きさだけど、普段相手している魔物と比べると小さめだな。
これぐらいなら、私だけでいけるかもしれない。
スマホに映し出された魔方陣を実際に描く。
「魔方陣展開」
まずは公園とかに移動させて建物の被害を少なくする。
次に魔物に魔法を撃ちまくり、確実に倒す。
「ほら、こっちだよ」
『次の十字路を右に曲がったらずっと真っ直ぐ!』
オペレーターと協力し、最小限の被害で終わらせる。
出来ることなら、被害無し。
その為に誘導してみてるけど上手く行くかな。
「……?」
あと少し、というところで気がついた。
魔法で私に集中させてるけど、まるでダメージが入っていない。
正確に言うなら怪我をしておらず、血なんて一切流れない。
そして、始め見たときより大きくなっている気がする。
まさか攻撃されるほど巨大化、とか。
『紅葉、一旦魔法攻撃を止めて』
「……やっぱり吸収してる?」
公園についた私は箒で上手く魔物の攻撃を避けながら問い掛ける。
こういう変な魔物は、たまにやって来る。
攻撃を受けるほど強くなったり、特定の魔法が効かないなど。
『多分、一般的な魔法が効かないんだと思う。炎、水、風、土。紅葉が今まで試した全部の攻撃魔法を吸収してるね』
「じゃあ残りは補助魔法しかないじゃん」
なら、スマホを見る必要はない。
私は一度深呼吸をする。
補助魔法というのは、その名の通り支えたり助ける魔法のこと。
私が得意な魔法も、補助魔法に入る。
ダメージが入っていないのなら、使っても別に効果はない。
「……魔方陣展開」
公園全体を包み込む、翡翠色をした大きな魔方陣。
もちろん魔物は私の魔法の範囲内で、もう逃れることは出来ない。
私は『慈悲』の二つ名をもつ魔法使い。
そもそも慈悲とは、あわれみや情けのこと。
しかし、仏教では『苦しみを抜いて喜びを与えてやりたい』という心を表す。
「回復魔法、発動」
これが私の魔法。
戦闘向きではなく、前例のないこの力は世界各地で必要とされている。
しかし、この魔法は想像よりもずっと扱いが難しい。
他の魔法より何倍も集中力が必要で、魔方陣の形が複雑すぎる。
一番の難点は、自身に魔法を使うことが出来ないところ。
『魔物の死亡を確認……』
そんな声がイヤホンから聞こえてきた。
攻撃魔法ではなく、回復魔法でダメージを受ける魔物。
もしかしたら物理攻撃も効果があったかもしれないけど、もう確かめることは出来ない。
戦闘データは正直不十分だけど、まぁいいか。
《探知中=新タナ魔物ノ存在ヲ探知シマシタ》
《異世界ノ門ガ開クマデ=残リ10秒》
今まで、こんなアナウンスを聞いたことがない。
何が起こっているのか通信室に確認しようとしたけど、何故か繋がらない。
「一体何が起こって……!?」
そんな私の声を遮るよう、カウントダウンは始まる。
《残リ5秒……4……3……2……1……》
「此方No.27、赤松紅葉! 応答願います!」
《0》
ふと、視界が全体的に暗くなった。
顔を上げると、青空に大きな穴が開いていた。
そこから落ちてきたのは、巨大な蝶。
しかも、何故か全体が燃えていた。
とりあえず、下を向いて深呼吸をしよう。
そしてもう一度、ゆっくりと顔を上げることにした。
「──うん」
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。
虫は本当に苦手だって冒頭にちゃんと説明したよね、私。
待って、それがフラグだったのかもしれない。
私の魔法はさっきの魔物みたいに通用するはずがなく、他の魔法も威力が弱い。
つまり戦っても勝機はなく、他の魔法使いが来るまで耐えられる自信がない。
どちらにしろ、私はもうここで死ぬ運命なんだ。
あの蝶の炎で焼かれてしまうんだろう。
今すぐ逃げたら敵対されないかもしれない。
それでも私は──。
「戦わないわけには行かないんだよ……!」
この街は生まれ育った場所でも、何でもない。
けど誰かがここで生まれ育ち、また誰かはここで働いている。
そんな場所を守るために、私は魔法使いになった。
技術の進歩で私も戦えるようになったとき、本当に嬉しかったことを今でも鮮明に思い出せる。
「……あっついなぁ」
炎を纏っているからだろう。
羽根が動く度に熱風が街を駆け抜ける。
火は吸収される可能性が高い。
爆発は魔法を蝶に設置しないと周りに被害が出るので却下。
水は普通に考えて相性がいいはず。
氷は溶けるけど、多少は役立つかもしれない。
風は街へ被害が出るかも。
風化は私が使ってもあまり効果はない。
土は温度によっては燃えてしまい、溶けた場合はこれも街に被害が出る。
岩と金属系も同じかな。
雷は多分、近くの電柱に落ちて停電させてしまうのがオチ。
光はライト代わりにしかならないのでパス。
闇は視界を奪えるけど、近づかないと魔方陣を設置できないので却下。
呪いも同じく却下。
結界や障壁は自身を守るために上手く活用しよう。
回復は自分には使えないから全く意味がない。
今、パッと思い付いた魔法の相性を考えてみた。
一瞬だったけど、空中戦になるからといって街への被害を考えるとあまり多くの魔法は使えないことが分かった。
そもそも、自分の魔法以外はすぐに描けないから箒の操作が大切になってくる。
「……やるか」
もう考えている暇はないらしい。
蝶が舞い降りようとしているので簡単な魔法だけ撃って空中に留まらせる。
これで私に敵対したはず。
直視できないのが嫌なハンデだけど、死ぬまで頑張ってみるか。
「慈悲の魔法使い、作戦開始」
気持ちを切り替えるためにそう呟いた私は、すぐに次の魔法を準備し始めた。
---
場所は変わり、魔法部隊本部の通信室。
紅葉の戦っている様子が大きなモニターに映しだされいた。
「異世界の門が開くのをアナウンスすることが初めて成功したのは良いけど、なんで紅葉ちゃんと連絡が取れなくなるのかな」
トントン、と机を指で叩きながら女性は呟く。
彼女は通信室の最高責任者にして、オペレーターたちをまとめる──|櫻井真冬《サクライ マフユ》。
紅葉が先程聞いたアナウンスは『ゲート予告』というもの。
研究を重ねられていた異世界について。
その中でも門が開くタイミングを予測し、魔物が現れる場所と時間を魔法使いやオペレーターに予告する。
密かに研究が重ねられていたため、まだ研究者たちと櫻井にしか共有されていなかった。
つまり、現場の人間には何一つ伝えられていない。
それが現場の混乱に繋がったことにも、櫻井はイラついていた。
「さ、櫻井さん。柊木さんが帰還しました」
「柊木くんが?」
振り返ると、報告通り柊木がそこに立っている。
作戦終了を選択しているのか、仕事着をもう着ていない。
任務が終わっている場合、普通なら出動中の魔法使いが現場に向かう。
休暇中の魔法使いが呼ばれるケースもあるが、柊木が箒を壊しまくっているのと魔法属性の相性があまり良くないせいで出動出来ない。
「|永瀬《相棒》から状況は聞いた。《《アイツ》》が帰ってきてんだろ」
すぐに誰を指しているか理解した櫻井は立ち上がる。
それと同時に、待機場所と通信室を繋ぐ扉が開かれた。
「Ms.Sakurai, Mr.Hiiragi, it's been a while. Need the power of my sidekick?」
綺麗な英語が通信室に響き渡る。
それは、その場にいた全員の視線を集めた。
金髪のツインテールと青い瞳が特徴的な少女と、紺色の髪の女性がそこにいた。
「改めて、久しぶりね。私の相棒の力が必要かしら?」
「ソフィアちゃん、それに風鈴ちゃんも……」
「帰国して早々現場に出ることになるとは思いませんでした。けど、出張先に比べたらなんてことないです」
望月と、彼女の担当オペレーター──ソフィアがそこに立っていた。
出張先は魔法使いが一人しかいない国で、他国と連携することで何とか魔物を倒せているところ。
休みなんてなく、殆ど現場に駆り出されていた。
「相変わらず敬語が似合わねぇな、風鈴」
「貴方は箒をまた壊したらしいですね。そろそろ学んだらいいのに、この馬鹿」
うるせ、と柊木は舌打ちをした。
それと同時にソフィアは永瀬の座っていた場所へと、少し楽しそうに歩いていく。
「Mr.永瀬、コードを繋いでもらえるかしら」
「わ、分かりました!」
出張の多い望月の担当オペレーターということで、ソフィアには通信室に自身のパソコンを置いていなかった。
その為、魔法部隊の用意した特殊なタブレットを代わりにしている。
コードを繋ぐように頼んだのは、情報の共有がタブレットではされないからだ。
普通のオペレーターが使うパソコンのように、他の魔法使いが担当している案件の情報もリアルタイムで更新されていかない。
そこは難点だが、先程も説明した通りソフィアの扱うタブレットは特殊だ。
インターネットではなく、タブレット内で魔力を通信用に変換したもので連絡を取り合う。
つまり災害時でも、辺境でも問題なく連絡が取れるのだ。
しかし、変換するために必要な『魔力回路』が量産できないため全体には行き渡っていない。
というよりは現在、作られた回路は箒など他のことへ優先に使われてしまう。
「カリン! 此方は準備OKよ!」
永瀬の席からソフィアは、手を上げて伝える。
それを見た望月はポケットから一枚のカードを取り出した。
「紅葉ちゃんのこと、よろしくな」
「……珍しく素直じゃない」
「分かるんだよ。俺じゃあの子を助けられない」
望月へと箒を向けた柊木は、いつも通り笑っていた。
しかし、その裏に隠れている|悔しさ《本心》が少しだけ見える。
それを見て、望月は表に出さなかったがとても驚いていた。
(《《あの日》》から本心を隠してヘラヘラしていた奏斗が、変わりつつある)
他の人には、いつもと変わらず映っているのだろう。
けれど、幼いときから知っているからこそ分かる些細な変化。
「頼んだぞ、風鈴」
「誰に言ってんの、奏斗」
箒を受け取った望月は入ってきた扉を抜け、駆け足で赤松の元へと向かっていった。
「……気を付けろよ」
その背中に投げ掛けた言葉が、届くことはない。
さーて、と柊木は振り返ってモニターを見た。
画面の先では、巨大な蝶と一人の少女が戦っている。
俺たちが魔法部隊に入った年齢と同じ、十八歳。
それよりずっと前の中学生から、この子はこの世界にいた。
普通の未成年より死が近くにあって、怖い思いも沢山してきただろう。
逃げ出すことも、回復魔法が必要なときまで現場に出ないことも出来たはず。
実際に二年前の夏まで、リーダーがそうするように命令したのもあって全く出動していない。
けれど、この子は強かった。
他の属性の魔法も使えると分かったときに、誰よりも嬉しそうだったことを覚えている。
自身の通う高校に現れたときなんて、誰も現場に向かえないと分かったら変身して戦った。
そして今も、諦めないで戦い続けている。
「……ホント、君は強すぎだよ」
魔法使いとして強いのは、俺や風鈴のような攻撃系魔法が得意な人かもしれない。
けど、紅葉ちゃんの持っているその『諦めない心』や『勇気』には誰も勝つことなんて出来ない。
「絶対に敵にまわしたくないタイプだ」
思わず、そう呟いてしまった。
距離的に風鈴が到着するまでもう暫く時間が掛かるだろう。
その数分を紅葉ちゃんは乗り越えられるだろうか。
俺は今回、ここから応援することしか出来ない。
頑張れ、慈悲の魔法使い。
---
直視はもちろん、視界の端に映るだけでも気持ち悪くなってくる。
そのため反撃をすることが出来ず、防御に全振りするしかない状態をかれこれ数十分やっていた。
「……どうしたものかな」
異常なほどの熱と魔力の感じ方から、魔物の現在地はなんとなく割り出せる。
それにしても早く通信が回復しないかな。
オペレーターと連絡を取れた方がやっぱりやりやすい。
それに応援が来るまでの時間の目安すらわからない状態だと、心が折れそうになる。
焦りから魔法陣を描く集中力がどんどん落ちていく。
頭の回転が熱さでどんどん低下していく。
尋常じゃないほど流れ出る汗で滑ったのか、箒から落ちた。
「赤松さん!」
ピタッ、と腕を捕まれた私は落下が止まる。
ゆっくり顔を上げてみると、黒の仕事着に裏が青いマントが見えた。
「も、ちづきさ……」
「とりあえずそれに乗っていてください!」
足下に展開された魔方陣。
そこへ倒れ込んだ私を心配しながら、望月さんは魔物へと向かった。
幾つも同じ魔方陣が空中に現れ、魔物は混乱している。
私──望月風鈴は|柊木奏斗《あの馬鹿》みたいに強力な魔法で終わらせない。
彼の魔法は、特に緑の多い場所だと二次被害が酷い。
それに比べて私の魔法といえば、時間が掛かるけど確実に仕留める。
どちらがいいのかは、私には判断がつかない。
「魔方陣展開」
私が今まで設置していたものと、比べ物にならないほど大きな魔方陣。
そこから現れた《《水》》はまるで生きているように姿形を変える。
魔物を閉じ込めたことを確認した私は、今まで設置していた魔法をどんどん発動させていく。
どんどん水が魔方陣から溢れ、魔物を閉じ込める水牢へと溜まっていった。
「……オールクリア」
燃えていた羽が完全に消火されている。
スマホからは討伐完了のアナウンスが流れた。
魔法障壁の上で待機してもらっていた赤松さんに目立った傷はない。
あの魔物から放たれる熱の影響で気温が異常に高いから、それでやられているのだろう。
とりあえず草むらに落ちていた、赤松さんの使っていた箒を回収する。
熱と一切休みなしに使われていたことで、回路がダメになっている可能性が高い。
『カリン!』
「これから赤松さんを連れて帰るから、櫻井さんに現在出動中の魔法使いでまわすように伝えといて」
『OK,了解したわ。気を付けて帰ってきてね』
壊れているであろう箒は転移で先に送り、私は彼女を支えながら帰った。
《後悔ノ魔法使イ=作戦終了》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
私服に戻ったことを確認し、医務室へ連れていく。
軽い脱水症状らしく、とりあえず暫くはゆっくり休ませると魔法部隊専属の医者──|勝田美空《カツタ ミク》と言っていた。
30分以上もあの熱いところで休みなく戦っていたのに、それだけで済んだのは奇跡だと思う。
「紅葉!」
部屋の外がドタバタと騒がしいかと思えば、彼女が入ってきた。
赤松さんの担当オペレーターであり、同じ高校に通う友人──|朝日結衣《アサヒ ユイ》さん。
「良かった……私、紅葉が死んじゃうんじゃないかって……」
「……心配かけてごめんね」
幼馴染というのは、本来ならこうあるはずなのだろうか。
私と奏斗も昔はこうだったのに、いつから変わってしまったんだろう。
目が覚めると、見慣れない天井だった。
そういえば医務室で眠ったんだ。
「おや、お目覚めかい?」
カーテンが開く音と共に、そんな声が聞こえてくる。
美空さんに体調の変化はないか聞かれ、特に変なところはなかった。
「起きたばっかで悪いけど、櫻井がアンタと話したいって言ってたよ」
「……まだ帰ってないなら、今からでも大丈夫ですよ」
「お、そうかい? じゃあ呼んでくるね」
机の上のお茶は、好きなの飲んでいいから。
そう告げた美空さんは廊下に出たのか、扉の開閉音が聞こえた。
寝ていたベットの隣を見ると、幾つかペットボトルが並んでいる。
私は近くにあったジャスミン茶を手に取り、一口飲んでから櫻井さんを待つことにした。
それから、数分が経った。
「本当にごめんなさい」
深々と頭を下げられ、私は思わずオロオロとしてしまう。
今回のことは、誰のせいでもなかった。
異世界へのゲートが開くことによって空間が歪んだこと、また魔物から放たれた熱のせいで通信が上手く繋がらない。
本部から現場までの距離が長い。
不運が重なりすぎたのだ。
「謝らないでください。私も、あの街も被害がほとんど無かったんですから」
「それは、そうだけど……」
被害が出ていたら、魔法部隊は叩かれていただろう。
最悪の場合、訴えられていた可能性もある。
不幸中の幸いと考えた方が、気分が楽になる気がした。
櫻井さんも少しだけ表情が穏やかになったように思える。
「ただ、今後も同じようなことが起こるかもしれないから、対策は考えた方がいい。何か意見はある?」
私は頭を悩ませる。
熱の影響を受けない《《特殊な通信》》をどの魔法使いでも使えた方がいい気がした。
けど、魔力回路が不足している。
大体柊木さんのせいだけど、あの人が一番魔物の討伐数が多い。
というよりは、応援に行くことが多いのだ。
箒の扱いが一番上手くて、誰よりも速くで現場に向かう。
よく回路をダメにする以上の貢献を、柊木さんはしていた。
「オペレーターがいない場合の連絡方法、ですかね。それか状況に合わせた魔法使いのみでの対処の仕方を相談した方がいいかと」
「なるほど。次の定例会議で話し合えるように、スケジュールを調整しておくね」
「了解しました」
話が終わると、ある三人が部屋を訪れてきた。
一人は私の担当オペレーターである結衣。
あと二人は私と同じ魔法使いだ。
「赤松さんが起きたと聞いてお見舞いに来ました」
「もう体調は大丈夫そうだね」
望月さんは今回の報告書を書くだけではなく、最終確認を私がすれば提出までしてくれるらしい。
そしてもう一人の魔法使いは、柊木さんだった。
今回、この人のせいで死にかけたと言っても間違いではない。
でも望月さんへと箒を渡してくれたから、私はこうして助かった。
複雑な気持ちを抱いているけど、感謝しないかどうかは別の問題だろう。
私はお礼を伝えて、報告書に目を通し始めた。
「……櫻井さんから聞いていたんですけど、やっぱり不明なんですね」
ゲート予告。
それが、急に流れたアナウンスの正体。
今まで決して予測できなかった魔物の襲来を知ることが出来ると、被害が減る可能性がある。
有効な魔法属性なども分かれば、もっといい。
でも、急に成功した意味が分からなかった。
「とりあえず、もう少し研究を重ねて実用化を目指すらしいよ。さっき櫻井さんが教えてくれた」
ふわぁ、と欠伸をしながら柊木さんは言う。
そういえば今は何時なんだろうか。
時計を見てみると、夜中の11時を過ぎた頃だった。
望月さんから渡された報告書には、作戦終了時核は14時と書かれている。
10時間、とまではいかないけど少し眠りすぎた。
結衣と柊木さんは夜明け前から起きていることもあり、流石に眠いのだろう。
「確認しました。提出まで任せてしまい、すいません」
「気にしないでください。それじゃあ、私はこの辺で」
「俺も帰ろうかな。流石に仮眠とらないといざって時に動けないからね」
どうやら部屋に戻ってもいいらしく、私も待機室に向かうことにした。
柊木さんと望月さんはやっぱり仲が良くないのか、よく分からないけど言い争いしている。
「いいね、幼馴染って」
「……柊木さんみたいな人だと大変そうだけどね」
結衣と雑談しながら廊下を歩く。
正直、私には今も交流がある昔からの知り合いはいない。
連絡先も知らないし、別に自分から関わろうとは思わなかった。
特に中学の人たちとは会いたくない。
「……ッ」
脳裏をよぎる、あまり良いとは言えない思い出。
軽く握っていた拳の力が、だんだんと強くなっていくのが分かった。
この湧き上がる感情は──。
「紅葉ちゃん?」
「……どうしたんですか、柊木さん」
いつもより少し反応が遅れたのが、自分でも分かる。
咄嗟に作った表情は、絶対にうまく笑えていないだろう。
運がいいのか、悪いのか。
私の顔は、多分だけど柊木さんにしか見えていない。
望月さんと結衣は少し先を歩いて、二人で話している。
「無理はするなよ」
やっぱり、私はこの人のことが嫌いだ。
いつもヘラヘラしていて、人のことを一ミリも考えていない。
でも、たまに本心を見抜かれている感じがする。
柊木さんの言葉は、他の人に言われた時よりも胸が締め付けられる感覚があった。
理由は、全く分からない。
---
次回予告。
魔法部隊の本部に舞い込んできた新しい魔物の情報。
主人公である赤松紅葉はすぐさま変身を済ませて現場に急行した。
しかし、なんと魔物が現れた場所は自身の通っていた中高一貫校で──!?
思い出したくない中学の頃の記憶。
どうしても過去が絡みつき、仕事に支障が出てしまう。
異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部。
第二話「慈悲の心」
--- 続 ---
魔法部隊-通信
『魔法部隊-通信』
紅葉たち“魔法使い”や“魔法部隊”に関する情報をお届けする場。作者からの補足と捉えてもらって構わない。
『魔法』
ごく僅かな人間が使うことの出来る不思議な力。現在は魔物と戦うために必要不可欠であり、各国で日々研究がされている。
『魔法陣』
魔法を発動するために不可欠なもの。空中にある魔力を使って描くことができ、属性によって色が変わる。
『魔法使いの服』
仕事着や隊服とも呼ばれる魔法部隊の服は、得意な魔法によって色が分けられている。
黒_攻撃魔法/炎や水など、魔物への攻撃に使われる属性が多い
白_補助魔法/回復や障壁を始めとした、戦闘時の補助として使われる属性が多い
また、マントの裏地は得意とする魔法を表す色となっている。
翡翠_回復/慈悲の魔法使い
深紅_炎/憤怒の魔法使い
群青_水/後悔の魔法使い
第二話「慈悲の心」
ジリリリリ。
そんな音が聞こえた私はゆっくりと寝返りを打つ。
手をバタバタと動かしながらスマホを探してみるけど、全く見つからない。
「……ちぇ」
仕方なく体を起こして、ふわぁと体を伸ばす。
まだスマホの目覚ましは鳴り続けているというのに、同室の彼女は起きる気配がない。
あまり朝が得意じゃないもんな、|紅葉《くれは》。
私は目覚ましを止めて洗面台に向かう。
そして洗顔や歯磨きを済ませて戻ってくると、常夜灯では無くなっていた。
「……結衣」
「珍しいじゃん、こんなに早く起きるなんて」
おはよう、って冷蔵庫から水を出して渡す。
私はパソコンを起動して、今日の放課後にやる予定の仕事を少しでも進めたい。
時刻は七時前。
三十分後に本部を出るなら本当に少ししか出来ないな。
でも、紅葉を起こす任務がないだけマシだよね。
「朝ごはん……」
「あー、そう言えば買い出しに行けてないんだった」
共同スペースに行くしかないよな。
パソコンを閉じて、私は制服に着替えることにする。
二度寝する前に紅葉も着替えさせて、学生鞄を持った私たちは部屋を出た。
少し歩いていくとテレビの音が聞こえてくる。
誰かがもう共同スペースにいるのだろう。
「おっはよー!」
朝からハイテンションな声が響き渡った。
この人はどうしてこう、いつもテンションが高いのだろうか。
「おはようございまーす」
適当に返事をした私は柊木さんの隣に紅葉を座らせ、キッチンへと向かう。
お米は昨日の残りがあって、冷蔵庫を見てみると卵があった。
私も紅葉も、生卵は得意じゃないから何かしら加熱しないといけない。
フライパンは洗ってあるから、さっさと作っちゃおう。
「……よし」
小さな器に卵を五つ割ってかき混ぜる。
そこに少しだけ砂糖を入れて、甘めに仕上げるのが私──朝日結衣流。
混ぜ終わったら専用のフライパンへと油を注ぎ、全体に伸ばしていった。
ゆっくり卵を流し込み、プツプツしたら巻いていく。
「紅葉、早く食べて学校行くよ~」
「うーん……」
自分で起きたかと思えば、やっぱり二度寝しちゃうか。
どうにか紅葉に食べさせていると、柊木さんも何故か卵焼きを食べていた。
まぁ、その予定で卵を五つ使ったから別にいいけど。
代わりに洗い物は任せよう。
もうそろそろ出たいけど、紅葉が半分寝てる……。
「二人とも間に合う?」
「大丈夫、だと思いたいです」
「……随分と変わったよね、紅葉ちゃん」
確かに、柊木さんの言うとおりだ。
出会った頃の紅葉は壁を作って、決して誰にも本心を見せようとしてなかった。
紅葉の過去に関係している、ということは知っているけど詳しいことは知らない。
「昔なら、こんなに人前で気を抜かなかったよ。それこそ敬語の似合わねぇ奴みたいにな」
「貴方こそ気を抜いてないでしょ、現在進行形で」
げ、と振り返った柊木さんの後ろに立っていた人影。
海外出張から先日帰って来た望月さん。
この二人は幼馴染らしいけど、物凄く仲が悪い。
なんでこんなに悪いんだろう。
口喧嘩している二人の先に見えた時計を見て、私は思わず立ち上がる。
「学校!」
現在時刻、七時五十分になるところ。
つまり本部を出る予定の二十分も過ぎている。
始業まで残り一時間を切っている。
完全に遅刻ですね、はい。
もう紅葉は寝ちゃったから一時間目は諦めるしかないんだけど。
私がそんなことを考えながら座ると、声が聞こえた。
「俺のせいで話し込んじゃったからね」
メンゴ、と手を合わせた柊木さん。
本気で殴っても良いのではないのだろうか。
「ふぎゃ!」
げんこつの落ちてきた柊木さんは頭を抱えていた。
痛そうだと思ったのと同時に、ざまぁとも思ったのは仕方がないと思う。
私は紅葉をどうにか起こしていると望月さんの手元で何かが輝いた。
「送ってくよ。今日は出動順位が下の方だからね」
貴女は神か。
思わずそう呟いてしまいそうになった。
感謝を伝えた私は紅葉を背負い、荷物は持ってもらう。
本当にありがたい。
もし、望月さんが海外にいたら絶対に出来なかったことだ。
「シートベルトだけお願いね」
「はい!」
望月さんの車に乗り込んだ私はそう、返事をした。
---
「……眠い」
「あれだけ寝ておいて、そんなこと言う?」
眠いものは眠いのだから仕方がない。
黒板の上にある時計は午前の授業の終わる時刻から、少し過ぎた頃を差し示していた。
昼休みということで、あちこちから人の声が聞こえてくる。
仲良く昼食を取ったり部活動をしたり、それぞれが充実した昼休みを送っていることだろう。
「ほら、とりあえず食べよう?」
今朝望月さんが送ってくれたとき、コンビニに寄って買っていたメロンパン。
このお金も後で払わないとな。
そんなことを考えながら私は黙々と食べるのだった。
午後の授業が始まり、人によっては退屈な数学の授業。
窓側、しかも最後列の席だからかクラスの様子がよく見える。
寝ている人も少しだけいるようだ。
ふわぁ、と私は欠伸をする。
昨日は夜に任務が入ったから、学校だというのに早く寝れなった。
それに、中学の頃の夢を見たのも悪い。
中々寝付けなかったせいで今日の朝はいつも以上に動けず、結衣にも迷惑をかけてしまった。
計算の途中、ふとスマホを見てみると画面が光っている。
「……此方No.27、慈悲の魔法使いです」
『普通に学校の時間なのにごめんね』
いえ、と私は通信相手である櫻井さんに告げた。
最近は望月さんが帰って来たから呼び出しが減ったかと思ったけど、出動順位は別に変わってないんだよな。
因みに今日は勤務中、私、非番の順番で仕事が振り分けられる。
二年前──私が16歳の時は順位が一番低かった。
学業優先、というのがリーダーの考えだったからだ。
「すぐ向かいます」
相変わらず先生もクラスメイトも笑顔で送り出してくれる。
でも、結衣は少しだけムスッとしていた。
私の担当オペレーターとはいえ、学校があるから毎回サポートに入れるわけではない。
卒業したら今までの分も、と結衣はよく言っている。
約束を守るためにも、私は今日も無事に帰ってこなければならない。
「さて、現場の情報は──」
スマホから浮かび上がった地図を見て、一瞬だけ呼吸が止まった。
もう、決して行くことはないと思っていたのに。
『……紅葉ちゃん』
「謝ろうとしているなら、止めてください。別に私は大丈夫なので」
驚きはしたけど、そこに魔物がいるのなら私は向かうのみ。
魔法使いとしての責務を全うする。
もう見る必要のない地図を閉じた私は、現場へ向かうのだった。
---
「……悪いことしたな」
マイクがオフになっていることを確認して、私は小さく呟いた。
それが此処のやり方だったとしても、紅葉ちゃんを向かわせたことは間違いだろう。
非番の誰かに頼んだ方が良かった。
「まさか、紅葉ちゃんの通っていた学校に出るなんてね」
あの子は今、普通の高校に通っている。
しかし、元々は中高一貫校に通っていた。
クラスメイトは全員持ち上がりのはずだし、紅葉ちゃんにとって本当に酷でしかない。
新しい魔物が出たときの為に、もう非番の彼らは動かせない。
戦闘中の誰かが、少しでも早く向かってくれることを願うしかないか。
『現場に到着しまし、た……?』
「どうかしたの?」
『魔物が、人を取り込んでいます』
画面には蔦が生徒たちを捕まえている様子が映されている。
こういう場合は、魔物を傷つけると取り込まれた人も傷つく。
まずは救出が最優先にされるけど、こんなのどうやって助ければいいのだろうか。
「まずは結界で閉じ込めろ」
そう、低い声が聞こえた。
私が横を見ると、そこにはリーダーがいた。
---
『見た感じ、その魔物はまだ誰一人殺していない。何が目的かは知らないが、被害を抑えろ』
あの人の言うとおりだ。
本家には劣るけど、同じ補助魔法だからか結界はそこそこの強度で張れる。
何重かにすれば多少は時間が稼げるよね。
「魔方陣展開」
急いで結界を張ろうとするけど、視界の隅に逃げる学生の姿が映る。
魔法はそのまま、箒を上手く操ることで救い出した。
急いで作業に戻ろうとするが、予想外のことが起こった。
「──紅葉?」
夢で何度も聞いたその声。
パリン、と描いていた魔方陣がガラスのように散った。
キラキラ輝く破片は、まるで雪のように消えていく。
呼吸が止まったような気がする。
上手く息を吸えない。
『紅葉ちゃん!』
蔦が背後に迫っていた。
どうにか避けた私は落ちるように地面へと距離を縮めていく。
ギリギリ止まることは出来たけど、最悪だな。
箒が今すぐにでも壊れそう。
「紅葉! 何で《《まだ》》魔法使いを──!」
パリン、と蔦が簡易的に作った障壁を破ってしまった。
まるで生きているようにうねる蔦は、私たちを捕らえようとしてくる。
取り込まれた人がどうなるか予想がつかないから、今すぐにでも結界を張りたい。
でも今のままだと、彼女たちを中に閉じ込めてしまうことになる。
結界を張り直すまでに必要な時間は五分前後。
それまでに逃がすだけではなく、一人でコイツを相手しなければいけない。
「無視するんじゃないわよ!」
「魔法使いは私たちを守るのが仕事じゃないの!?」
「早くアイツを倒して!」
三人の声が、頭の中で響き渡る。
ただでさえ焦っていることで思考がまとまらないのに、集中出来ない。
目に涙が浮かび、今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
《《あの時》》もそうだった。
中学校入学。
受験はとても大変だったけど、沢山勉強をして無事に合格することが出来た。
同じ学年にはテレビで見ない日は無いほど有名で、万人に愛されているアイドルたちがいた。
もちろん学校でもそれは変わらない。
いつも中心にいて、勉強も運動も出来るし人柄も良かった。
「赤松さん、だったよね」
二年生になって彼女──|上村奈々《ウエムラ ナナ》がリーダーのアイドル三人組と同じクラスになった。
ハイレベルな学習に付いていくにはしっかりと勉強をしなくてはいけない。
その為、私はあまり彼女たちと関わらなかった。
「紅葉ちゃんって呼んで良い?」
「……大丈夫」
「ありがとう!」
突然に話し掛けられ、下の名前呼び。
最初は驚いたけど、誰にでも同じ接し方だからそこまで気にしてなかった。
「……。」
二年生になった私は魔法使いになる素質があることが分かった。
別に隠しているつもりはなかったけど、自分から話してはいない。
クラスの人たちにバレたのは、以外と早かった。
リーダーが学校側に一応言ったらしく、歴史の教師であった担任からその話を振られた。
現代社会の授業で魔法使いが出てくるのは仕方がない。
「私が魔法使い嫌いなの知ってるよね」
「……まぁ」
テレビでも良く言ってるし、魔法使いを嫌う人は意外といる。
特に対応が遅くて命を落としてしまった被害者の家族。
魔法が使えても、全員を救えるわけではない。
この日をきっかけに、私と話す人はいなくなった。
特に目立ったイジメは行われない。
けど、彼女たちより勉強も運動も出来るようになった。
少しずつ私は孤立していく。
別に悲しくはなかった。
でも思った以上に心は傷ついていた。
「──紅葉?」
ピクッ、と肩が一瞬上がる。
私は顔を上げて、笑顔を作った。
両親を心配させるわけにはいけない。
あの学校に入りたい私のために、今も仕事を頑張ってくれている。
「もし何か困っているなら話してちょうだい」
「大丈夫だよ」
「自分では気づいてないと思うが、顔が暗いぞ?」
そんなことない。
言葉を紡ごうとしても、喉に詰まって声が出なかった。
「……そうだ!」
お母さんが立ち上がって二枚の紙を持ってくる。
職場の人に貰った遊園地のチケット。
もう昔みたいに純粋に楽しめる子供じゃない。
「紅葉さえ良かったら、久しぶりに家族でどうかな?」
でも、魔法使いとして私は休日は前線に立つ予定だ。
魔物もいつ現れるか分からないこの世の中、日々を大切に過ごしたい。
思い出を沢山作りたい。
そう思った私は、次の日曜日に行くことにするのだった。
「……。」
そこまで天気は良くなかった。
でも、この時期にしてはちょうど良い温度で過ごしやすい。
「お化け屋敷!」
「ジェットコースター!」
お母さんとお父さんが何処に行くかで言い争っている。
私的にはどちらも行けば良いと思う。
面倒くさいからホラー要素のある室内のジェットコースターに乗ることにした。
「年甲斐もなく楽しんじゃったわね」
「本当にな」
「二人とも楽しそうで何より」
あ、と両親は顔を見合わせる。
私を元気にするために、と遊園地のチケットをわざわざ仕組んだらしい。
職場の人に貰ったという嘘をついてまで、私のことを一番に考えてくれている。
それがとても嬉しい。
「あ、あのさ」
「ん?」
「……チュロスが食べたい」
少し恥ずかしいけど、二人が嬉しそうだからいいか。
そんなことを考えていると、地面に何かの影が映っていた。
屋台を包み込むほどの巨大な影。
上を見ると、そこには緑色の何かがいた。
ファンタジー小説とかでよく見る、プルプルとしたその姿はまさに《《スライム》》。
「……そんなことを考えている場合じゃない」
「ここで待ってろ、紅葉」
チュロスを買うために並んでいたお母さんの所へ走っていくお父さん。
落下してくるスライム。
通報しようとスマホを取り出している間に全てが同時に進んでいく。
お父さんがお母さんの手を引いて此方へ向かってくる。
間に合うように爪の痕が残るほど、グッと神に願う。
「紅葉!」
逃げろ、というお父さんの声が最後まで聞こえることはなかった。
目の前に緑色の壁が現れて、地面は赤く染まっていく。
「──ぁ」
お母さん、お父さん。
涙がポロポロと溢れて止まらない。
辺りからは悲鳴が上がって頭が痛くなってきた。
『紅葉ちゃん、皆が向かってるから負傷者の手当てを頼める?』
「さ、くらいさん……お母さんと、お父さんが死……」
『──!』
どうしたらいいか、分からない。
思考停止した私に追い討ちを掛けるように上村さんたちが現れて、魔物を倒せと言う。
どうやらロケ中だったらしく、三人とも衣装を着ていた。
「で、出来ない……」
回復しか出来ない私じゃ、魔物退治なんて出来るわけがない。
どんどん責められ、目に涙が浮かぶ。
「戦えないなら、魔法使いなんて辞めなさいよ」
もう、限界だった。
私はその場から逃げ出して、ずっと瓦礫の影に隠れてこの日をやり過ごした。
翌日に教室へ行くと、イジメは酷くなった。
あの後、三人は魔物によって怪我をしたらしい。
学校には来れるが、暫くはアイドルとしての活動は停止。
「……。」
イジメの内容は物が無くなったり、机に花瓶が置かれていたりなど。
よく漫画とか小説とかで見るやつだった。
それから私は中学部を耐え、魔法部隊を理由に全く違う高校へと入学した。
全員、そのまま高等部へと進むので顔を会わせる心配はない。
そう思っていたのにな。
『やっぱり、今からでも他の人を──』
櫻井さんの声が聞こえてくる。
私の返事を聞くことなく、近くにいるであろうオペレーターへと指示を出していた。
現在待機中の魔法使いは何人いるのだろうか。
『赤松』
「……何でしょうか」
『過去を振り返っても構わない。だが、今しなくちゃいけないことは何だ?』
リーダーの言葉に背筋が伸びたような気がした。
私は涙を拭って、深呼吸をする。
そして、しっかりと目の前にいる魔物を目で捉えて告げた。
「魔法使いとしての責務を、全うすることです」
『……上出来だ』
魔方陣を幾つも展開して、結界と避難の準備を始める。
あの三人組は壊れかけの箒に乗せた。
結界の外になるところまで飛ぶようにして、他の人は風魔法で送り届ける。
この魔物は根を張っている可能性がある。
つまり地下まで結界で覆い、地面から外に出ることを防がなければならない。
「スゥ……ハァ……」
後ろから声が聞こえてくる。
でも、余計なことは考えなくて良い。
私は結界を張るなり、次に重ねる結界の準備を始めた。
何重にしても破られるだろうから、一瞬も気を抜くことは出来ない。
『真下からの反応あり。紅葉ちゃん、今すぐ移動して!』
「了解」
数歩下がると、先程いた場所から根が出てきていた。
地上と地下からの攻撃か。
探知のお陰で根の場所は指示が貰えるから、蔦だけに集中しよう。
箒がないと避けるのは大変。
だけど、また壊したら面倒だからこのままやるしかないんだよな。
「……頑張るとしますか」
---
「櫻井、例の物は使えないのか?」
「……無理ね」
《《アレ》》の存在は、まだ魔法使いたちに教えていない。
開発途中なだけではなく、試してすらいないのだから使わせるわけにはいかない。
リスクが高すぎるというのが本音だ。
「今の魔法使いたちは繊細な魔法を使うのが苦手だろう。柊木や望月だってそうだ」
それは、私も分かっていた。
倒すだけならまだしも、あの魔物に取り込まれた人を助けることは不可能に近い。
尊い犠牲、だなんて言って生徒たちを見捨てるのは許されない。
許されないけど、助ける方法が見当たらないのだ。
「アイツは何をしてる」
「私が聞きたいよ、本当に」
私はため息を吐きながら電話を掛ける。
『はーい、木葉でーす』
「おいテメェ、今まで何していやがった」
『え、もちろん神の意思に従い──』
電話に出ようと思った途端、リーダーにマイクを取られてしまった。
とりあえず彼──時風木葉《トキカゼ コノハ》はいつもと変わらないことが分かる。
「お前の出番だ。さっさと準備しやがれ」
『了解』
ハァ、とリーダーはため息を吐いた。
殆どが彼の言うことを素直に聞くのに対し、木葉くんは自由人。
魔法使いとしての自覚が足りない。
というよりは、世界を守ることに興味がない。
「赤松、暫くしたら時風が向かう」
---
「時風──って、木葉さんが!?」
『あぁ。それまで耐えられるか』
あの木葉さんが来るなんて、何時ぶりだろうか。
私は高い高い植物型の魔物を見上げながら返事をした。
「もちろんです」
結界を私がどんどん張り直していることに気がついたのか、結界を破るのが面倒になったのか。
魔物は私を狙って蔦や根を伸ばしてくる。
箒がないから魔法で補助しているけど、体力の限界が近づいてきているのが分かった。
先程までなら簡単に避けれた攻撃もかすってきており、動きが遅くなっているのだろう。
「……ツラいな」
木葉さんが現在どこにいるのか。
それによって私が耐えなくてはいけない時間が変わってくる。
早く来てくれると良いけど、もし地球の裏側とかにいたらと考えると絶望しかない。
『紅葉ちゃん、背後に反応あるよ!』
「え、嘘でしょ?」
横から来た蔦を避けるのに下がってしまった。
伸びてきた根に足を掴まれる。
そして魔物の中へと取り込まれそうになっていた。
ヤバい、とは思いながらも魔法の準備をしている間に取り込まれるのがオチだ。
中で暴発でもすれば被害が半端じゃない。
「間一髪、ってところかな?」
耳元から声が聞こえたかと思えば、私は落下していた。
地面まであと少し、というところで謎の浮遊感に襲われる。
目の前にいたはずの魔物は、もうただの植物へと化していた。
取り込まれてた人たちもゆっくりと地面へ下ろされている。
「君はやはり、神に愛されているのではないか?」
トン、と木葉さんは私の目の前に着地した。
攻撃を表す黒と、風を表す若草色の隊服が風で揺れる。
「私がすぐ近くにいたこともそうだが、君は色々と運が良い気がする」
「そう、なんですかね」
「とりあえず結界を解いて、この植物型を本部に送ろうではないか」
《探知中=全魔物ノ討伐ヲ確認シマシタ》
《魔物ノ転移ガ完了》
《本部ト通信中デス…本部ト通信中デス…》
『お疲れ様、二人とも』
「本当に疲れました」
私は木葉さんから差し出された手を借りながら立ち上がる。
校庭、ということもあり隊服がとても汚れた。
払っているうちに、被害の報告が終わったらしい。
『紅葉ちゃんは学校に戻る?』
「そうですね。もう授業は終わってますけど、荷物が置いたままなので」
『時風、お前はさっさと本部に来い』
「行かないとダメですか?」
相変わらず木葉さんは自由人だな。
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「……紅葉」
私はゆっくりと、声のした方を振り返る。
そこには上村さんたちがいた。
今すぐにでも帰ってよかったけど、私は覚悟を決めた。
「私は、この仕事を辞めないよ。時の流れと共に魔法技術は発展して、色んな魔法を使えるようになった」
「そんなの見れば分かるわよ」
何とも言えない空気が暫くの間この空間を支配した。
少しすると、上村さんが口を開く。
「私は魔法使いが今でも嫌い。でも、今日はありがと」
その一言で何か救われた気がした。
でも、この傷が癒えることは決してない。
私は特に返事をせず、木葉さんのところへ行くのだった。
「そういえば君、箒はどうしたんだい?」
「……。」
学校からここまで箒で飛んできたけど故障した。
そして、現在財布も定期も何も持っていない。
電車に乗って帰ることも出来ないってことだよね。
もしかしなくても、詰んでいるのではないのだろうか。
「あれ、もう終わっちゃった?」
空からそんな声が聞こえて来た。
見上げると、そこには黒と深紅の魔法使いが。
「珍しいじゃん、木葉くんがいるなんて」
「どうも」
「……無いな」
今、私の中で一つ思い浮かんだものがある。
でも柊木さんにだけは、絶対に話したくない。
後で、というより今すぐ馬鹿にしてくるような気がする。
前回箒が壊したときだって一週間は弄ってきたし、今だってたまに弄られてる。
「なーにが無いの?」
「何でもないです。さっさと帰ったらどうですか?」
私は今すぐにでも帰らそうとする。
でも、木葉さんが止めた。
そして洗いざらい話してしまったのだった。
「木葉くんはこれからどうするの?」
「神の導く方へ──」
『帰ってこい』
「……ハーイ」
状況を理解したのか、柊木さんは私の方を見て苦笑いを浮かべていた。
「それじゃ、送ってあげるよ」
「……え?」
一瞬、なんて言ったか分からなかった。
あの柊木さんが全く弄らず、しかも送ってくれるって?
「流石に泣くよ?」
声に出ていたらしく、木葉さんは笑いを堪えていた。
柊木さんと言えば相手のことなど関係なしに弄り倒す悪魔のような人。
なのに、学校まで送ってくれるという。
驚くのは仕方がないと思う。
「ほら、乗りなよ」
箒に乗った柊木さんが手を差し出す。
私は手を取った。
---
キャー、と歓声が辺りに響き渡った。
六時間目は体育で、今日はフットサルをしている。
チームの人数が少ないから観戦の人たちは普通に楽しんでいた。
「よっしゃ!」
相手チームはとても防御が上手くて、中々点が入らなかった。
でも、最後の最後でシュートが決まって安心した。
もし紅葉があのチームにいたら、私は一点も入れられなかったかもしれない。
そんなことを考えている間に授業の終わりを告げるチャイムがなり、私は更衣室へと向かった。
「紅葉、荷物を取りに戻ってくるよね?」
放課後になり、私は一人教室で宿題をしていた。
本部に帰っていたらどうしようかと考えていると、窓がノックされる。
スマホから顔をあげると、そこには紅葉と柊木さんがいた。
とりあえず中に入れて今回の任務についての話を聞くことにする。
現場は紅葉が通っていた中高一貫校。
中学時代のことをあまり話したがらない紅葉だけど、任務については話してくれた。
「そういえば私、まだ時風木葉さんには会ったことがないな……」
放浪者であり、唯一オペレーターのついていない魔法使い。
リーダーの言うことも殆ど無視する、ある意味最強の人という噂だけは知っている。
「まぁ、今日も紅葉が無事に帰ってきてくれたから良かった」
「……木葉さんが居なかったら、もう会えなかったかもね」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」
私が頬を膨らませていると、柊木さんが窓から飛び立とうとしていた。
珍しく箒は壊れていない。
「それじゃあ、一足先に戻っているね」
「お気をつけて!」
そう手を振って見送り、私たちも電車で帰ることにした。
---
次回予告。
過去と決着がついたのか、少し表情の明るくなった主人公である赤松紅葉。
その様子を見た朝日結衣もいつも以上に笑っている。
二人が本部へ戻ると、正座させられている時風木葉の姿が真っ先に目に入った。
どうやらリーダーに怒られているらしく──?
今回、情報が殆どない彼の正体も明かされる。
異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部。
第三話「魔法部隊の長」
魔法部隊-通信
『慈悲の魔法使い』
回復魔法を使う赤松紅葉を表す。隊服は白を基調とし、翡翠色が入ったもの。中学生の時から本部に住んでおり、最年少の魔法使いだ。