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目次
硝子の街のさよなら
人によっては深いと思う方もいます…
そしたらすいません!!!
## 第一話:輝きを忘れた少女
硝子(がらす)の街、ルミエール。この街の建物はすべて透き通るような水晶でできており、降り注ぐ陽光を反射して、街全体が万華鏡のように色彩を放っていました。
しかし、街の輝き以上に美しいのは、人々の胸元で揺れる**「感情の結晶」**です。
市場へ行けば、値切りに成功して**「薄紅色」**に浮き立つ主婦の結晶や、友人と再会して**「若草色」**に弾ける少年の結晶が、まるでお祭りのイルミネーションのように通りを彩っています。
そんな色彩の濁流の中で、リリィは俯いて歩いていました。
彼女の胸元にあるのは、色も、光も、温度も持たない。
ただの冷たい、**「透明」**な石でした。
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### 静かな断絶
「リリィ、また透明なの?」
幼馴染のテオが、心配そうに覗き込んできました。彼の結晶は、親愛と戸惑いが混ざり合ったような、柔らかな**「菫(すみれ)色」**に揺れています。
「……うん。ごめんね、テオ」
「謝ることじゃないよ。ただ……君が今、何を考えているのか分からないのが、少し寂しいだけだ」
リリィは力なく微笑みました。
かつて、彼女の結晶も鮮やかな**「向日葵色」**に輝いていたはずでした。けれど、一年前のあの日——大好きだった母親が、最期に真っ白な光を放って砕け散ってから、リリィの心は音を立てて凍りついてしまったのです。
### 色のない日常
ルミエールの街において、感情が見えないということは「存在しない」ことと同義でした。
* **学校では:** 先生が「理解できた人は結晶を青く光らせて」と言っても、リリィだけが透明なまま。
* **夕食では:** 父親が「美味しいかい?」と尋ねても、リリィの結晶は無反応。父の胸元には、諦めに似た**「鈍色の翳り」**が浮かびます。
リリィは、自分が街の美しさを汚す「汚れ」のように感じていました。
誰もが心を見せ合って笑っているのに、自分だけが分厚いガラスの壁の向こう側に閉じ込められている。
「私はもう、二度と笑うことも、泣くこともできないのかもしれない」
その夜、リリィは窓辺で独り、月光を透かす自分の結晶を見つめました。
透明な石は、ただ静かに、夜の暗闇を吸い込んでいました。
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調律師の嘘と、冷たい雨
## 第二話:調律師の嘘と、冷たい雨
ルミエールの街の片隅、忘れ去られたような細い路地の奥に、その店はありました。
「感情の調律所」。
そこには、輝きを失った結晶を修復し、再び色を灯すと噂される**調律師・カイル**が住んでいます。
リリィは縋るような思いで、その古びた扉を叩きました。
「お願い……私の結晶を、みんなと同じように光らせて」
### 甘い処方箋
カイルは、琥珀色の瞳を細めてリリィを迎え入れました。彼の胸元の結晶は、感情を読み取らせないように黒い布で覆われていました。
「透明な結晶か。それは珍しい。でも、安心しなさい。**『偽りの雫』**を使えば、君の心に関係なく、結晶に色をつけることができる」
カイルが差し出したのは、小さな小瓶に入った銀色の液体でした。
これを結晶に垂らせば、一時的に偽りの喜びや、偽りの誇りを演じさせることができるといいます。
「これは、君の心を救う魔法じゃない。けれど、街に溶け込むための**『透明な仮面』**にはなる」
リリィは迷わず、その液体を受け取りました。たとえ偽りでもいい。あの、父親の悲しそうな「鈍色の翳り」や、テオの同情に満ちた「菫色」を見るよりは、ずっといいと思ったのです。
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### 偽りの春
翌日、リリィの胸元には、淡い**「桜色」**が灯っていました。
それは、かつて彼女が心から笑っていた時の色にそっくりでした。
「リリィ! 良かった、やっと色が戻ったんだね!」
テオは自分のことのように喜び、彼の結晶は歓喜の**「黄金色」**に激しく脈打ちました。学校の先生も、近所の人々も、「おめでとう、リリィ。やっと仲間入りだね」と彼女を祝福しました。
けれど、リリィの心は、凍りついた湖のように静かなままでした。
周囲が喜べば喜ぶほど、胸元の桜色が鮮やかになればなるほど、彼女の内側の「透明な空虚」は深く、暗く広がっていきました。
### 崩れ始めた均衡
そんなある日のこと、街に冷たい雨が降り出しました。
雨は、硝子の街の色彩を奪い、世界を灰色に染め上げます。
リリィはテオと一緒に雨宿りをしていました。テオは優しくリリィの手を握り、自分の温かな体温を分け与えようとします。
「ねえ、リリィ。君が笑ってくれると、僕の結晶もこんなに温かくなるんだ」
その瞬間、リリィの胸元の「桜色」が、ピリッと音を立てて**黒い斑点**を浮かべました。偽りの液体は、真実の体温に触れると変質してしまう——カイルが言わなかった副作用でした。
「あ……」
リリィは咄嗟に胸元を隠しましたが、テオの目は見逃しませんでした。
「リリィ……? その色、どうしたの? それは、君の本当の気持ちじゃないの……?」
テオの結晶から、喜びの黄金色が急速に失われ、不信と恐怖の**「濁った泥色」**がじわりと滲み出しました。
リリィは逃げ出しました。
降りしきる雨の中、偽りの桜色が泥のように溶け落ち、再び「透明」に戻っていく結晶を握りしめて。
自分には、本物の色を宿す資格なんてない。
偽りですら、誰かを傷つけてしまう。
硝子の街に響くのは、喜びの歌ではなく、誰にも聞こえないリリィの心からの悲鳴だけでした。
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