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目次
流れ星
お空の上に、一人の天使がおりました。
その天使の背中には、それはそれは美しい羽がございました。
天使が踊った姿は、息を呑むほど優美なものでした。
誰もが見惚れ、羨ましがり、褒め|称《たた》えました。
天使は皆に愛されていました。
天使はいつも笑っていました。
そのたびにその羽は日の光に反射して煌めき、光り輝いておりました。
天使のいるところは、いつだって日の光が暖かく|眩《まばゆ》く照らしていたのです。
その日は、いつもより激しく太陽が照りつけておりました。
天使は、いつものように笑い、踊っておりました。
しかし、その猛烈な日光は天使の美しい羽を焼きつけていきます。
羽は、次第に色|褪《あ》せていきました。
色褪せるごとに、天使は力を失っていきました。
それは、そうでしょう。
———羽は、天使たちの|生命《いのち》の源なのですから。
プス、プス、と音がして、天使は自分の背中を振り向きました。
白い煙が、天使の頬にまとわりつきます。
あの美しかった羽は、煙を出して焦げていくのでした。
ぐらりと体を傾け、天使は倒れそうになりました。
それでも天使は踊り続けます。
青白い腕で、脚で、体で、踊り続けます。
———恐ろしいほどの日光の|下《もと》で、焦げついていく羽を抱えて。
そして、羽は炎を噴いて燃え出しました。
黒い煙が、天使の頬にまとわりつきます。
背中の羽を呑み込んだ炎は、あっという間に天使の体をも呑み込みます。
踊った体勢のまま、天使は|斃《たお》れ伏しました。
炎は天使の羽を焼き尽くし、天使の体を舐め尽くし———
あとには、一粒の光り輝く欠片だけが残されました。
その夜、地の空で、息を呑むほど美しい流れ星が舞ったそうです。
〈後記〉
自分を輝かせていたものに殺されるなんて、皮肉だね。
抱擁
バスに揺られて、うとうとしていた。
隣に座っている彼女の肩にもたれかかって、頭をうずめる。温かい。彼女の髪が頬にかかって、少しくすぐったかった。甘いような、シャンプーの匂いがする。彼女の匂いだ。
バスの中で肩枕は不安定だから、片手でこっそりと彼女の服を握った。
ガタガタ、とバスが十字路を曲がる音と振動を感じた。
ふう、と特別大きい呼吸音が聞こえてくる。
それと同時に、頭を撫でられるような感覚がした。彼女の五指が、自分の髪が揺れるのが、ありありと伝わってくる。
仕方がないねぇ、と呆れ笑いしているのだろう、なんとなく分かった。
カラン、とボタンが点灯する音が聞こえた。
「ほら、そろそろ降りるよ」
彼女が私の頭を|揺《ゆ》り起こした。
「ん……?」
知っている。でも、もう少しだけ。彼女の肩で眠っていたい。もうちょっとだけ、温もりを感じていたい。
ぎゅっと右手を握られた。少し湿っていて、柔らかい手だった。
「ほら、立って」
急かされて、のろのろと席を立った。
「ほんとに、よく寝るねぇ」
バスから降りたあと、彼女はそう笑っていた。
つん、と唇をつぼめて、そっぽを向いてみせる。あはは、と彼女は余計を声を立てて笑っていた。
横目でその笑顔を見る。風に揺られてたなびく前髪。綺麗に形を整えて下がった目尻。細められている瞳。少し紅のさした頬。
花が咲くような、とは このことなのだろう。
バス停から手を繋いで歩いて、駅に着いた。改札に入る。
「じゃあ、ここでバイバイね」
私と彼女は反対方向だから、もうここでお別れだ。
ぎゅっと唇を引き結んで俯く。そのとき、手を引き寄せられた。
その拍子に、思わず彼女に抱きついた。甘いような、シャンプーの匂いがする。彼女の匂いだ。
背中に手を回されて、同じく強く抱きしめられるのが分かった。少し息苦しい。
ドクドクと波打つ拍動を感じる。温かい。泣きそうになるくらい。
彼女の、静かに息する呼吸音が聞こえる。改札前のざわめきが遠ざかっていく。一秒が永遠のように思えた。
そっと髪を撫でられた。バスで寝ていたときみたいだ。
彼女の温もりを感じる。手から、腕から、肩から、背中から。そっと息ついた。
彼女の腕の中にいる。彼女に包まれている。そう思った。
そっと体を離された。たった数秒が、永遠のように感じた。
「またね」
彼女の笑顔に、私は静かに|頷《うなず》いた。
〈後記〉
五感を書くって、難しい。