山中の奥深くにて、一つの村が存在していた。
その村には日村家、梶谷家、神宮寺家、畠中家、八代家の五つの名家が強い権力を握り、それぞれが村民に支持され、何の問題もなく暮らしていた。
そんな中、不可解な変死体や謎の失踪事件など次々と事件が起こり、平和が崩れていく日々が始まった。
貴方はその村の名家の内、一つに雇用されることになり日々を過ごしていくことになる。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
ある村の契機
異譚集楽〖プロローグ〗
冷たい雨が身体の熱を奪っていく。
雨に濡れた冷たい大地を裸足で駆けていく。
痛みが徐々に増していく。
今はただ、逃げなければならない。逃げて、逃げて、逃げて、追ってくる`奴`から逃げなければならない。
呼吸が乱れる。鼓動が激しく高鳴る。足が痛む。恐怖で身体が支配される感覚に陥る。
それでも、振り切れる気配がない。
必死に走って、逃げているのに、どこまでもついてくる。
やがて、身体全体が疲れて、目眩がした。
それが合図だったように濡れた地面に手をついて前に倒れた。
「__かひゅ__...!」
口から空気が洩れた。
そして、背中に何かが刺されるような痛みが走って、じんわりと熱く、暖かくなる。
すぐさまそれが抜かれ、何かが自分の身体から出ていき激しい痛みが広がる。
何度も、何度も、何度もそれが繰り返される。
だんだんと眠たくなり、痛みが引いていき、最後に首に刃が通るような感覚と共に意識が掠れていった。
---
都会の町のある新聞会社のオフィスにて、二人の男性が駄弁っている。
「本当に、行くんですか?」
同僚が聞く。
「ああ、良いネタになりそうだろ?」
「だとしたって、あんな辺鄙な村に取材に行かなくても...」
「良いんだよ、同業の人間もいるから」
「けど、危険じゃないですか?あの村...」
「大丈夫だろ。良いネタ持ってきてやっから、待ってろよ!」
そう男性の一人が言って、駆け足でオフィスから出ていった。
「......本当に、大丈夫なんですか...?」
残された男性が心配そうに独り言を呟いた。
慰める人間はいなかった。
〖某月某日、某村にて〗
青々とした木々の茂るトンネルを通り抜け、車道へ出る。
敢えて白線から踏み外さないように歩いて煙草に火をつけた。
左手に持つ年季の入った高級感のある金色の猫のマークの入ったライターは夏のうだるような暑さに熱を帯び、とても持ってられるものではなかった。
少し歩いた先に黒い長髪に白いシャツを着て灰色っぽいスカートを着用し、白い靴下に黒い靴を合わせた何とも無難な格好した22歳くらいの女性をバス停の近くで見た。
片手をあげ、額の汗を拭って彼女に話しかける。
「中居さん!」
女性に話しかけたのは金色に染まった髪を揺らす青い瞳の男性。これといって外傷も特徴もない普通な人物。
腰にある取材用の手帳の名前欄には、〖|上原慶一《うえはらけいいち》〗とだけある。
一方、女性の手帳には〖|中居百音《なかいももね》〗と記されていた。
バスが到着する音がした。
---
造花、生花を問わず様々な花が飾られた花祭壇の中央に20代中頃のように見える黒髪の女性の写真が飾られている。横の立て札には〖|田中栄子《たなかえいこ》〗と記されていた。
葬式場に線香の臭いが漂い、それが外で香典を受けとる女性の元まで届いた。
女性はなびくような黒髪に青い瞳をして、まるで西洋のメイド服のようなものを着用していた。
うっすらとその女性に香典を手渡す茶髪の男性が嫌そうな顔をした。しかし、その視線は黒い喪服を着たややクリーム色の髪に緑の瞳をした顔立ちだけは英国紳士を彷彿とさせる男性に向けられていた。
「...なんだよ」
「いや、別に?...日村らしいなと思って」
「......こんな場所に来てまで嫌味か?だったら、とっとと出てってくれ。場の雰囲気を乱すだけだ...故人の弔いにふさわしくない」
受付で喧嘩を始めた二人に隣の女性が香典に記された〖畠中家〗の黒いボールペンで書かれた文字を見て口を開いた。
「秋人様」
急に名前を呼ばれた男性が自分の目の前の男性を少し遮って反応する。
「なんだ?」
「失礼を承知で申し上げますが、香典にボールペンは良くないとされています。それに、故人の弔いの場でこのような話をしては...」
「......ああ、分かった、分かった。田中さんに挨拶だけして出てくよ」
機嫌を損ねたような、呆れたような態度を見せて目の前の男性に少し肩をぶつけ、会場へと進んでいった。肩をぶつけられた男性は少し痛そうに整った顔を歪ませた。
その男性、〖|畠中秋人《はたけなかあきと》〗より後ろでソファに座って少々休憩していたやや白っぽい銀髪に青いイヤリングをした姉弟が少々毒を吐いた。
顔のそばかすが目立つ黒い帽子を被り、黒眼鏡をつけた女性が先に口を開いた。
「...本当に、仲が悪いわよね...修と秋人って...」
一方で、髪の片方を三つ編みにしている以外特徴のない男性が応えた。
「...そうかな...。修さんと、畠中さんって...わりと...」
「わりと?」
「......ううん、何でもないよ。姉さん、落ち着いたなら...そろそろ行こうよ」
男性が女性に手を差し伸べて、ゆっくりと拐うように手を掴んだ。
女性は〖|神宮寺朔《しんぐうじさく》〗、男性は〖|神宮寺大和《しんぐうじやまと》〗。
そして、受付で忙しそうにするのは〖|日村修《ひむらおさむ》〗、〖|優月彩音《ゆうづきあやね》〗である。
---
会場の中で畠中の席に座るのは、俯いて黒髪に緑の瞳の女性と深い海のような青い瞳に水色の髪をした男性、これまた黒髪に黒い瞳をしたやや負けん気の強そうな男性だった。
全員が秋人の姿を目視した瞬間、一瞬だけ視線がずれた。
これも順通りに〖|山村由香里《やまむらゆかり》〗、〖|真宮真央《まみやまお》〗、〖|広竹悠斗《ひろたけゆうと》〗だった。
ただ、悠斗だけはしっかりと秋人を見ていたが_後ろにいた紺に近い青髪の男性の手によってゆっくりと視線を逸らされた。
「なにするんですか?」
「いや...少し、ね」
黒っぽい数珠をじゃらじゃらと鳴らして、軽く笑いながら答える。
「ま、良いじゃない。ほら...秋人だってすぐに出てくだろうし...君らは行かなくて良いの?」
そう言って、数珠を持った手でやんわりと手を合わせ帰宅するところの秋人を指した。
その手が引っ込むと同時に由香里、真央、悠斗の三人が追うように出ていった。
紺に近い青髪の男性の名前は〖|梶谷湊《かじたにみなと》〗。
その後ろに楽しそうにギザついた歯を見せて笑う赤髪を団子状にした橙色の切れ目よりの瞳の男性と黒髪に緑の瞳のはつらつとした男性、下が青くグラデーションのある金髪に青の瞳、こちらもまたギザついた歯だが所々に包帯や眼帯がある女性。
順に〖|茨崎棗《いばらさきなつめ》〗、〖|紀井天気《きのいてんき》〗、〖|夜久月《やくつき》〗という。
---
畠中、梶谷の向かって右の席には〖神宮寺家〗、〖八代家〗の面々が揃っていた。
神宮寺家の当主が畠中家とすれ違いに席に座り前を見た。神宮寺家の従者の席はあったものの、誰もいなかった。何かの火花が散ったような音がした。
八代家の面々は全て揃っているようで、長い黒髪を後ろ手に一結びにした水色の瞳のしっかりしていそうな男性、〖|八代亨《やしろとおる》〗と黒髪が瞳を覆い隠す男性、〖|八代十綾《やしろとあ》〗が座る後ろに三人が座っていた。
赤いメッシュの入った黒髪に黄色の瞳の痩せた男性、双方スーツを着た金髪で青の垂れ目の男性二人。
一人は長い金髪を一結びにし、一人は短い髪をしていた。
黒髪の男性は〖|大川隼人《おおかわはやと》〗、金髪に青い瞳の男性の内、前者は〖アンヴィル・タリー〗、後者は〖スーヴェン・タリー〗と名の兄弟である。
一見、平凡で平和そうな雰囲気だが、当主とその弟の席だけが異様に離れており、何とも気まずそうな雰囲気だった。
---
式中の一番前に横一列になって座るのは〖日村家〗だが、日村修やその妹の姿はなく、神宮寺家と反対に従者のみが席についていた。ただ、二つの席に人の姿はなかった。
淡い桃色の髪に青い瞳をして、瞳の下に黒子のある女性、赤い長髪をポニーテールにしてアーモンドのような形をした緑の瞳の男性とも女性とも似つかない人物、銀や白、灰色に近い髪を後ろに一つで結び水色の瞳をした男性。
女性は〖|佐久間春《さくまはる》〗。中性的な人物は〖|亡忌 真広《なきまひろ》〗。男性は〖|戌亥 蓮《いぬいれん》〗である。
やがて、修と彩音が着席し後から随分とお歳を召した僧侶が入り、ゆっくりだが、よく響く声で念仏を唱え始めた。
---
少し苔むした赤い鳥居をくぐる上品な雰囲気のややクリーム色の髪に緑の瞳の女性。
一歩を歩く度に周りの霧が濃くなるが、構わず進んでいく。
やがて、その女性が神社の本殿に辿り着いた時、一瞬にしてその深い霧は消え失せた。
「......こんにちは」
誰も答えない。
「...こんにちは、日村です」
誰も答えなかった。
「いるんでしょう?大和さんから、お話は聞いていますよね?」
その言葉が境内に響いた時、奥から複数人が近寄る気配があった。女性がその場で振り替えると、音もなくいなかったはずの四人の姿があった。
右から、眉が隠れるほどの前髪にトップを短く襟足を長くしたような髪型に猫目寄りの黄色い瞳の中性染みた人物、〖|葉狐 玖乃《はぎつねくの》〗。白髪に右へ結んだ髪型に身体中が異様に光る男性、〖|冷泉慧香《れいぜいけいか》〗。長髪の髪に縛った跡のある紺や黒、青に近い髪色に真っ黒な瞳をした男性、〖愛知雪名〗。淡い桃色の髪に青緑の瞳をした女性、〖|伊鯉明菜《いこいあきな》〗。
「やっぱり、いるじゃないですか」
その四人に動じもせず笑った女性を〖|日村遥《ひむらはるか》〗と言う。
うだるような夏の暑さはその日中、ずっと続いていた。
棺の中に入った田中栄子の遺体は形は崩れてはいないものの、グジュグジュと異音を立てて泡立ち、火葬されるまで永遠とその音が止むことはなかった。
**あとがき**
ご参加いただいた方々、誠に有り難うございます。
最後の一文につきましては、そこまでですのでPG12となりました。
遺体欠損があればもう少し高めに設定していたと思います。
また、現実において、遺体が熱でドロドロになるのは腐乱死体でもないかぎりあり得ないんじゃないかなと思います。ちゃんと棺に入ってるなら、冷えていそうですし...。
今回で人物の紹介は済んだと思いますが、性別が違う!やちょっと違うところがある!がありましたら、お申しつけ下さい。
流行に疎いもので、よく分からない髪型は少々調べて分かりやすく起こしました。
また、執筆中に気づいたのですが、〖愛知雪名〗のふりがなが不明だったことに気づきました。
アイチユキナ、で合っている、もしくは間違っているのでしたら、作者様にご確認いただけると幸いです。
ファンレターでも設定表に記載されてもかまいませんので、お教えいただけると有難いかぎりです。
本編に置きましては全く進展がない状態ですので、今後を期待して下さると幸いです。
余談ですが、神宮寺家の従者が日村家の葬式にいない理由については嫌がらせでも何でもないです。
設定上の都合です。
また、〖上原慶一〗の絡み台詞追加などは不要です。大抵、当主とその兄弟辺りとの会話があると思われます。仮に例外があったとしても、全て〖上原さん〗統一です。
ここまでお読みいただき、有り難うございました。
次もまた、あとがきがあると良いですね。
〖鮮血に彩られた美〗
永遠なんてないよ。
そんなことはない。
永遠はあるよ。
色はないよ。
そんなことはない。
色はあるよ。
希望なんてないよ。
そんなことはない。
希望はあるよ。
死んでもいいよ。
そんなことはない。
死んではダメだよ。
薔薇は咲かないよ。
そんなことはない。
薔薇は咲くはずだよ。
星は輝かないよ。
そんなことはない。
星は輝くよ。
誰もが、誰かを愛することはできないよ。
そんなことはない。
誰もが、誰かを愛することができるはずだ。
愛なんてものはないよ。
そんなことはない。
愛は確かにあるはずだ。
陽は笑わないよ。
そんなことはない。
陽は笑うよ。
月は見えないよ。
そんなことはない。
月は見えるよ。
運命は変えられない。
そんなことはない。
運命は変えられる。
---
蝉の声が響く村を歩く男女。
その二人を畑仕事に勤しむ村民が物珍しそうに見ては視線を外す。
誰一人として、藪な質問を投げかけたりする者はいない。
「...中居さんは、どちらへ取材に行くんですか?」
なんとなく嫌な雰囲気を破るように隣で歩く上原慶一が口を開いた。
「確か...日村家だったと思います。あんまりやる気がなくて、覚えてないんです...」
「へぇ、分かりますよ、その気持ち。僕も初めたては取材よりデスクにいたかったんですよ」
そう言って、愉快そうに笑う慶一。百恵もうっすらと釣られるように笑った。
---
「今から、なんですよね?」
「まぁ...そうだね。急な予定だし、私も外出するからどうにもできないけれど...遥はいるから、頼むよ」
風景に合わない豪邸な屋敷の庭園にて一人の男性が一人の女性と話をしていた。
男性はややクリーム色の髪を指でくるくると巻きながら淹れられた紅茶を啜った後、玄関ゲートの方を見た。
見覚えのない黒髪の女性で、とても質素な格好をしている人が目に入った。
すぐさま、真広が対応のために駆け出していく姿も入った。
その姿を一目見て、大丈夫そうだと判断したのか修が先程、話をしていた春に安堵したような顔を見せた。
「ああ、どうも...××××新聞社から参りました、新聞記者の中居百恵と申します」
そう言った女性に言葉を返して、後ろから迎えた他の従者も挨拶をする様子を去り際に見た。
後ろから楽しそうな会話が耳に入るばかりだった。
---
田舎の小道を進んで、たまに汗を拭う。特に変わった様子も変わることもない小道を一人で歩くのはとても退屈だった。蓮や真広でも連れてくれば良かったとつくづく思う。
蓮は紅茶の趣味が合うだろうし、真広に至っては護身もあるが甘い物で会話が発展するだろうと思ったが、先送りにするとしよう。それに、彩音は担当する事務が多く、とてもじゃないが一緒に出掛けてくれなど頼みづらい。
まぁ、伝言は春に頼んだのだから、何も問題はないだろう。当主一人が帰って来なかろうと、何も問題はないはずである。
しかし、少しばかり退屈凌ぎが欲しいと思えるだけだった。
強い日射しを受けながら、小道を歩いていると八代亨の姿を視認した。片手を挙げて挨拶をすれば、相手もそれを返す。黒髪が少し風に揺れた。
「修か、どこへ行くの?」
右手に持った葉書のようなものをズボンのポケットに入れながら口を開く亨の姿に葬式で十綾と気まずそうにする亨が思い起こされる。
読経が終わり、僧侶が帰った後に食事の為に同席してもらったが兄弟だと言うのに言葉を一切交わさない八代兄弟の姿に遥の姿と十綾の姿の差異が凄まじいと感じたあの日。
だが、人の家庭環境に口を出すのは些か非常識だろう。そう考えて問いに応えるように私も口を開いた。
「湊のところだよ。少し、話があるんだ」
その応えに亨の瞼が数回動いたが、すぐに納得するような顔をした。
「ああ...そういえば、見つけたのはそこの雇用された人だったっけ...確か、茨木みたいな名前の...」
「茨崎さんだな。別にその人に用件があるわけではないよ」
「へぇ、てっきり何か聞くのかと...ほら、子供の頃、修が中心みたいなところあったでしょ」
「何年前の話だ......それ、君がここを一回離れる前の話だろう?」
「ああ、中学生の時ね...十綾が専門行きたかったから、それでね。それでも秋人以外の全員が養父みたいなものとしての世話になってたし別にいつでもそうだったよ?」
「養父というか...半分、養祖父みたいなもんだろう...家はそれぞれの家柄ごとに別れてるんだから、結局全員が家を出たようなものだが」
亨が出した情報を補足するように養祖父という言葉を口の中で転がした。
別に秋人の祖父が自分たちの父親というわけではない。それぞれに親はいるが、祖父母は少なく、どれも大抵が共働きで夏休みになると子供の相手が好きだった秋人の祖父が一時期、父のような存在になっていた。久方ぶりに顔を出しに行こうかという考えが過ったが、一年前に事業を秋人に託して亡くなっていたことを思い出し、しみじみと喪失感を感じた。
「まぁ、やりたい事が一緒なのは少ないからね。そういえば神宮寺も出てたね、高校で朔達と一緒になったよ」
「全日制の普通科で?」
「うん。修もそうじゃなかった?」
「いや...飛び級で......海外に行っていた...から、とてもじゃないが...」
「あ...あ~......夏休みとか家にで遥ちゃんしかいなかったのはそういうことか!」
「......長期休みで、どれだけここに帰ってきてたんだ君...」
そう訊けば、そっと目を逸らす亨に幼稚な雰囲気を感じられずにはいられなかった。
---
周りの地面が抉れたり、何か巨大な岩が壁際に置かれた和風の屋敷。その大きさは人が何人と入るのだろうと考えられるほど大きなものだった。
壁に埋め込まれたインターフォンを押して暫く待つと、すぐに柑橘系の匂いが辺りに漂った。
葬式で嗅いだことのある匂いだった。三回ほど、扉をノックして名前を言った。
「日村です、ひ...」
日村修だと名前を言い切る前に扉が大きく開かれる。
黒髪に緑の瞳をやけに輝かせた女性が自分の姿を見て、瞳の輝きを落とし、少々落胆したような顔をした。
その辺りで、食事中に嬉々として遥の傍に座り、やけに話しかけていた天気だと気づく。
遥と自分は似たような顔をしていると思うのだが、何故こうも反応に違いが見られるのか不思議でならない。好みに関しては人によるから、仕方がないことではあるのだろう。
「...日村、修です」
「...遥様は...いらっしゃいますでしょうか?」
「残念ですが、今回は...」
「...お入りください。当主様の元へご案内いたします」
「......どうも、有り難うございます」
古くながらの屋敷の廊下とでも言うのだろうか。
障子と畳、木目の廊下で分けられた空間を進んでいく。途中、松の木などで山や川が表現された庭で洗濯物を干す男性を目にしている中、ちろちろと舌を出す青や紺に近い色味をした赤い瞳の蛇と目があった。
軽く会釈をしてから視点を変え、すぐに戻すと鼻がつきそうなくらいに急接近した棗がいた。
「うわっ...なん、どうしたんです」
「いいえ~...別になにもぉ?」
当主の梶谷湊もそうだが、いまいち何を考えているのか分からない者が凝縮したような家だとよく思う。
遠くの方を見れば珍しく鬱陶しそうな顔をしながら受け答えをする湊と傍で口を開きっぱのように見える月が廊下の奥を歩いて、こちらへ向かってきていた。
隣の棗が子供のようにぶんぶんと手を振って、それが何度か顔に当たりそうになる。
「い...茨崎、さん...手をもう少し...」
「はい?わたくしめが何かぁ?」
「いや...あの......」
その手が顔に触れかけた途端に棗の腕が強く掴まれる。呆れたような表情を浮かべた湊が棗の腕を掴んで、すぐに笑い手を離した。
「ダメだよ、客人に粗相をしたら」
「...すみませんねぇ...?」
双方、笑ってはいるが棗の感情がどうにも読み取りにくいと感じた。
ふと横を見れば楽しく話す月と天気が瞳に映る。
「月さん、午後から街へ櫛を見に行きましょう!良い装飾品が見つかりますよ!」
「いいよ!行こ行こ!!」
目の前で滅多に見られない威圧感のある湊と対比して、微笑ましいものだった。
客間の一室に通され、改めて湊と対面する。ソファに腰を下ろし、先に湊が口を開いた。
「田中さんのことはお悔やみ申し上げます...と、言いたいんだけど、ちょっと話聞いてくれる?」
開口一番にこれである。体格の良い大和や十綾を浮かべる身体ではあるが、話に土台はない。
「ああ、いいよ。それで、どんな話だ?」
「まず、棗が発見した時の田中栄子の遺体が背中に数ヶ所、首に一ヶ所の傷が何か鋭利なもので切られた、もしくは刺されたのは分かるよね」
「...?...分かるが、それは自警団からも聞かされた話だろう。誰だって知ってるはずだ」
「そうだね。でも、刺殺と出血多量までは出ているけど、その血が化粧みたいに口紅として唇に塗られたり、アイシャドウやチークみたいに塗られたりしてたってのは聞いてないでしょ?」
「...どこで聞いた?」
「棗。第一発見者なら、そりゃそうでしょ。でも、彼が見た時には既に血は黒くなって遺体は冷たく、固かったみたい。多分、修が知らないのは修が初めて見た時には、その化粧は落ちてたんじゃないかな」
「そうかもな。しかし、そんな化粧を...まるで死化粧だな」
「だね。でも一つ気になるのは、それが薄かったのか濃かったのかってこと」
「...どうだったんだ?」
「棗によれば、血はこびりついて薄くもなかったとのことだから...濃かったんじゃないかな」
「つまり、普通の化粧のようだったと?」
「おそらく。死化粧って薄いのが一般的みたいだよ。化粧って言っても死化粧で、見栄えを良くするだけだから通常の目立たせる化粧とは違うと思う」
「...なら、犯行した人物は死化粧をしたことがない人物かつ、女性であると?」
「死化粧がしたことがないってのは当たってると思うよ。でも、この時代だから女性とも限らないんじゃないかな」
「なるほど...それで...」
言葉を続けようと口を開いたが、湊の奥の時計がちょうど五時を指していることに気づく。
軽く話して終わるだろうと思っていたが、いつの間にか一時間が経過していた。
「悪い、そろそろ...」
「え?あぁ...気をつけて帰ってね。近いとは言え、事件が発生して間もないし...」
「分かってる、分かってるよ」
何も分かっていなさそうな無垢な男の姿を見ながら、先程まで話した内容を頭の中で反芻させる。
パタパタと廊下を歩いて離れていく音を聞き、障子の隙間から昼間に鳴いていた蝉とは違う別の声を耳に入れた。
**あとがき**
〖本作の時系列は?〗
最古。
異譚集楽(最古、過去)
↓
(鏡逢わせの不思議の国) 番外編:過去
↓
ネカフェのシャーロック・ネトゲ廃人(同時系列) 現在
地獄労働ショッピング(同時系列)
未来編だけがない感じですね、作成の予定はないです。
別作品の案だけはあるものの、何らかの作品の二番煎じっぽい感じがしてしまうんですねぇ。
上原の方で他キャラクターを入れるつもりだったんですが、次に回そうと思います。
この調子で書いていると三日、四日過ぎて十分から十五分で書いてる短編ばっかりになりそうだったのでひとまず、こちらで区切りをば。
まぁ、結局、別シリーズ投稿してからになるんですがね...。