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目次
水葬
高1です。初めて小説書きました。お見苦しい所があると思いますが、よろしくお願いします
誰もが「違う」と言おうと、この世の理が「ありえない」と叫ぼうと、私は確信していた。浴槽の中にいるのは、去年の冬に海で死んだ、あの千春だ。
給湯器の電源を入れ忘れた、真夏の午後の日常。水道の蛇口を捻り、ただ水を張ってしまった、ほんの些細な隙間。その冷たい水面に、君は滑り込んできた。
君の肌は、光を吸い込むような独特の質感だった。体表には、アコヤ貝の裏側のような、乳白色のオパールのような鱗がびっしりと生えている。それは美しく、なぞってしまえば指を深く傷つけてしまいそうな、鋭くも柔らかな光沢。鱗の反射が浴槽のタイルに乱れ、水の中で幾重にも屈折して輝いている。長いまつ毛の先に、水滴がひとつぶ。
私はその光景から目を離せなかった。息をするのも忘れていた。
「ん、えっと...」
言葉が喉に張り付く。浴槽の縁に手をかけ、ひざまずく。
「元気にしとった?...って、んなわけないか。ごめんね」声が震える。
君はまぶたを眠そうに動かし、緩慢な動作で目を開けたり閉じたりを繰り返すだけだ。そのガラス玉みたいに静かな瞳は、私を、私の奥底を、全て見透かしているようだった。
「ねえ、千春。うちに...怒ってる?」
私たちは、あの真冬の海辺で激しく喧嘩をした。私が先輩に告白をOKしたことが許せなくて、君は怒り狂って...
私は震える手を伸ばし、千春の濡れた頬に触れようとした。その途端、君は静かに手を上げた。
君は細く、濡れていて、冷たいわけじゃない。放置した生魚のような、妙にぬるい手が、私の頬に触れた。私は安堵した。それは君からの「許し」だと思った。罪を許され、また戻ってきてくれたのだと。
「私たち、いつまでこうしてるんだろうね」
昼休み、屋上の隅。誰も見ていないことを確認してから、千春は私の頭を撫でるのが好きだった。あの仕草は優しかったけれど、私にはいつも、どこか「ごっこ遊び」をしているように感じられた。
「どういう意味?」千春はただ笑って問う。
「だって、私たちは、大人になったら誰かの『お嫁さん』になるんだよ? この関係が本物なわけない。千春にとって、ただの秘密の遊びなんでしょ?」
なんてことは言えなかった
私の不安は、声に出してしまう前にいつも千春の無関心な笑顔で否定された。千春は私を独占したがったが、私たちの未来について話すことは、いつも拒んだ。私たちの「好き」は、世界と繋がっていない。いつか終わる、脆い幻のように感じた。だから、私は、世界が認める形が欲しかった。先輩からの告白。それは、私が「普通の女の子」として愛される証明だと、信じたかった。
そんなことを思い出したのは 君が優しかったはずの手で、私の腕と髪を掴み、想像以上に強い力で浴槽の中に引きずり込んだときだった。
人一人が入るのにも狭いような浴槽に「引きずり込む」なんて、呑気な表現は滑稽だ。だが、本当にそうだった。頭から、胸から、腹から、全身が無理やり水に押し込まれる。
水中の世界は、音を奪った。
目を開けた。そこは浴槽ではなかった。
深い、深い、紺色。冷たさ。
どちらが上か下かもわからない、完全な紺の闇。耳の奥に水が入ったせいで、方向感覚を完全に失った。体が浮き上がろうともがくが、君の腕は力強く、私の体にしがみついている。
出ていくのは泡だけ。
一瞬、頭の中で何かが弾けた。あの日の記憶。
「あんたは私だけのものなのに!なんで嘘をつくの!」
海辺の断崖で、もみ合いになった。
「これは遊びじゃないんだよ、千春!世界は私たちのことを誰も認めないんだよ!なのに、なんで現実を見ないの!」
その時、私は、千春の「永遠に終わらない恋人ごっこ」を拒絶したかった。その感情が、私の腕を突き動かした。
君が水面に落ちたとき、どんなに冷たかっただろう。どんなに苦しかっただろう。今、この冷たさ、この暗さが、君が体験した全てなのだと、体が、細胞が理解した。
君は私を強く抱きしめている。
私はもがき続けた。君から逃れようと、上に、上に、と腕を振り続けた。しかし、まるで真空パックに入れられたように、体は重い。
次第に、抵抗する気力も、酸素も尽きていく。腕の動きが緩慢になり、パニックだった呼吸が、ただの痙攣に変わる。
水中で体を動かせなくなる。
君があの時、海中で無抵抗になったように。
寒さと恐怖の中、私は、意識が遠のく前に、君を抱き返した。
そうだよ、千春。君はやっぱり怒っているよね。そりゃそうだ。
あの日、あの海に君を突き落としたのは、この私だから。
殺そうとしたわけじゃないんだ。不可抗力だった。君が私を君だけのものにしようとしたから、私は、私は...
最後の息が肺から押し出され、紺の闇の中に溶けていく。
君があの真冬の海に落ちたとき、きっと、これくらい寒かったんだろうね。
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翌日 浴槽で溺れた女子中学生Aの遺体が見つかった
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ありがとうございました