オリキャラちゃん達の短編。
そのうち続編も書く物語もあるかと、その際は別でシリーズを用意する予定。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
千年の鬼ごっこ
月の光が、静かに森の隙間を縫う。
冷たい草の上、ノアはリュカの腕の中で息をしていた。いや、正確には、まだ微かに“している”だけだった。
「……ねえ、リュカ」
その声は、かすれた風のようだった。
だけど、言葉はしっかりと彼に届いた。
「今回も、君を見つけたよ」
リュカは目を伏せた。手のひらで伝わる命の残り火が、もうすぐ消えることを知っていた。
「前より少し……長く一緒にいられたね。……うん、今回は、少しは頑張った気がする」
まぶたが重そうに、何度も瞬く。
それを止めようとするかのように、リュカはその手を強く握った。
「今度も、見つけて……くれるよね……?」
「……もちろんだよ、ノア」
その返事に、彼はほんの少しだけ笑って——
まるで、次の命の約束を信じているかのように、静かに目を閉じた。
それは、何度目かの別れだった。
もう数えるのも億劫になってしまったほどに。
それからの世界は、やけに明るく、そしてやけに冷たかった。
リュカは、町を離れた。
新しい名を名乗り、森の奥の村で、ひっそりと暮らすようになった。
人と関わらず、日々を淡々と繰り返す。
けれど──忘れられなかった。
ふとした光景で、ノアの声が蘇る。
金色の麦畑、花の咲く丘、星を見上げる夜。
「リュカー!」と笑いながら走ってきた声が、幻のように耳を掠めていく。
何も残らない。けれど、何も消えない。
“会いたい”とも、“忘れたい”とも言えず、ただ心だけが少しずつ、すり減っていった。
人は人の声から忘れていき、顔、思い出…そしていずれはその人の全てを忘れてしまうらしい。
人間っていうのは実に不便なものだ。
自分は全て覚えている、何百年、千年前の彼だって鮮明に思い出せる。
…でも今は、今だけは少しだけでも忘れさせて欲しかった。
もはや忘れてしまった方が幾分も楽なのだろう。
大切な人を喪う瞬間は、失った何十年は、何度経っても、酷く心に伸し掛かり、ぽっかりと穴を開けてしまう。
再会は、まるで偶然のような顔をして訪れた。
けれど、リュカは直感した。
止まっていた心臓が、また鼓動し始めたように。
「お兄さん、落としたよ。これ」
市場の真ん中で、リンゴを拾い上げて渡してきた少年。
風のような金髪と、海のような青い瞳、少し幼さの残る笑顔。
「……ノア……」
「お兄さん、なんで僕の名前知っているの?」
心が、ぎゅっと音を立てて揺れる。
記憶はない。けれど、魂だけは変わらずそこにいた。
それは何度目かの、はじまりだった。
ノアは、リュカの家を好んだ。
まるで前からそこに住んでいたように、すっと居場所を見つけてくる。
「リュカの部屋、落ち着くんだよね。……不思議だけど。まるで前から住んでるような気がするんだ!」
何も言えなかった。
リュカはただ、そばにいる時間を受け入れた。
朝に目が合うだけで嬉しかった。
一緒にパンをちぎり、手が触れるだけで満たされた。
林檎を買ってきて、それを丸ごと齧る、お茶目で、元気な彼な顔を見るだけで、
彼が、お気に入りの本を持ってきてそれを読み聞かせてくれるその声が聞くだけで、孤独な時間が癒えたように感じた。
だがその穏やかな時間の奥に、リュカはずっと怯えていた。
——また記憶が戻れば、終わってしまう。
その予感は、日ごとに濃くなっていった。
でも、彼とこのままずっと居たいという気持ちはどうしても抑えきれなかった。
随分と、自分も人間のようになってしまったな
それでも、現実は残酷で、御伽話のようには行かなかった。
それは雨の匂いのする午後だった。
ノアは、窓辺に背をもたせかけながら言った。
「……全部、思い出したよ」
声が震えていた。
けれど、それ以上に、目が澄んでいた。
「君のこと。何度も出会って、忘れて、……それでも毎回、君は僕を見つけてくれたんだ」
リュカは、何も言えなかった。
代わりに彼を抱きしめた。
体温が、すでに低くなっていた。
「ごめんね。……でも、君にまた会えて、嬉しかった」
それが、今世での最後の言葉になった。
リュカの腕の中で、ノアは静かにその生を閉じた。
夜。誰もいない部屋。
窓の外で、星がまたたく。
リュカは、ノアの眠る体にそっと毛布をかけた。
その額に、手を添えて、ぽつり、ぽつりと語りかける。
「……ねえ、ノア」
「今日さ、ふと思い出したんだ。あの日のこと」
「君がさ、眠る前に言ってたよね。
“白雪姫って、ちょっと憧れる”って」
「……君が、その物語の主人公になってどうするのさ」
「リンゴを食べて、眠って、目を閉じて、
そして……起きないまま、僕の腕の中で、また」
「目を閉じる役なんて、君には似合わない。
君は、見つける側だったろう?
何度も、僕を見つけてくれたじゃないか……」
沈黙がその場を支配する。
「ねえ、もう……起きてよ」
「『またね』って、言ってよ……」
「このままじゃ、僕はずっと鬼にならないじゃないか…。」
リュカはそっと立ち上がる。夜が静かに流れる
「でも、君なら言うんだろうな」
「“続きは、また次の世界で読もうよ”って」
最後にもう一度、リュカは優しく微笑む。
「……おやすみ、ノア。
僕はまた逃げる準備をしておくよ」
「だから、見つけてみせてよ。
また、君から逃げるから」
その言葉が終わったとき、
外でひとつ、星が流れた。
そして、また長い鬼ごっこが始まるのだった。
オリキャラ君第1号2号です!
不老の人外であるリュカ と 輪廻転生を繰り返す少年ノア 。ずっと考えてた関係性ですね。
こんな感じの小説を自由気ままに書いて更新していきます。もし見てる方がいらっしゃれば感想など教えていただけたら!
ではまた次の作品で。
硝煙と指先
夜の街は、雨上がりのせいで少し湿った空気に包まれていた。
ネオンの光が濡れたアスファルトにぼんやりと映り込み、まるで夜空に浮かぶ星のように煌めいている。
街角を流れる冷たい風が、時折ビルの谷間から吹き抜けていく。
そのたびに、カイルの黒い髪がふわりと揺れ、
飄々とした彼の姿に少しの儚さを与えていた。
彼はいつものバーの片隅で、静かにグラスを傾けている。
煙草の煙がゆらゆらと宙に溶けていく様子をぼんやりと見つめながら、
まるで何かを待っているような、そんな雰囲気だった。
しばらくして、扉が静かに開く音がして、ハルが入ってきた。
いつもの鋭い視線は少しだけ疲れているようで、
しかしその歩みは迷いなく、確かな自信に満ちていた。
ハルはカイルの隣に腰掛け、少しの間沈黙が流れた。
「次の情報は?」
カイルは軽く笑い、グラスをテーブルに置く。
「おや、もうそんな時期だったかい?」
彼の声はいつも通り軽やかで、どこかからか笑いを誘うような余裕があった。
ハルは呆れたような溜息を一つつく。
「分かっているからここにあるんだろう?、
まったく、お前の情報はイマイチ胡散臭くて信用ならない。…お前自身もな。」
その言葉に、カイルはくすりと微笑みを浮かべた。
「んでも、そんな信用ならない僕の情報を君は買ってくれるじゃないか。随分素直じゃないなぁ」
「…うるさい。」
「おやおや!、図星だったかな。やっぱり君ってさ、僕のこと結構……おおっと?、その|物騒なモノ《拳銃》しまってくれないかい?」
カイルの横腹には、ぴったりと銃口がくっついており、その銃の引き金にはハルの指が添えられていた。
「お前がそのよく回る口を閉じたら、な。」
「…はいはい。分かりましたよ。ボスサマ。相変わらず喧嘩っ早いコト。」
渋々、といった口調でカイルは黙る。
黙っていれば完璧なんだけどな、とカイルの横顔を見ながらハルは思う。
しばらく、静かな音楽と氷の溶ける音だけが二人の間を満たしていた。
言葉は交わさずとも、互いに慣れきった間合いがそこにはあった。
カイルはようやく口を開く。
「じゃあ、報酬はどうしようか?」
何気ない問いに、ハルは一瞬だけ眉をひそめる。
「金は、もう渡してあるはずだ。」
「あぁ、勿論。律儀なボスサマだからね。こんなしっかり払ってくれるのは君だけだよ。」
そう言って、カイルは指先で空気をすくうように動かした。
「報酬の価値って、金だけじゃないでしょ? 例えば……」
カイルはハルの顎に指を滑らせると、そのままいたずらっぽく微笑んだ。
「ここ、とかでね」
ハルの頬に添えていた指を上に持っていき、
そして唇にあてる。
___その指は、ぴしゃりと跳ね除けられ、ハルはキツくカイルを睨む。
だがその瞳には、またかと呆れの色が滲んでいた。
「にゃっはは、そう睨むなよ、ボス。別に睨まれるのも嫌いじゃないけどさ、
できればベッドの上で――ああっと、冗談冗談」
カチャッ、と銃に実弾を入れる音がする。
そして、その銃口は、横腹ではなく頭に向けられていた。
その様子を見て、カイルは両手をあげて降参のポーズを取る。
そんな軽いやり取りの中。
――チリン。
扉の鈴が鳴った。
けれど、その音は妙に重く、空気を切り裂くような冷たさが伴っていた。
ふたりの会話が止まる。
カウンターの奥、鏡越しに映る男の姿。
濡れたままのコート、伏せた顔からわずかに見える無表情な目。
その男は、まるで吸い込まれるように無言のまま、数歩――中へ。
「……カイル。知ってる顔か?」
ハルが小さく言った。
右手はすでにジャケットの内側へ。
カイルはほんの一拍だけ目を細め、静かに肩をすくめる。
「いつかのお客様、かな。…あぁ!、思い出した。料金踏み倒して嫌だったんだよね〜」
男の手が、コートの内側へ。
ハルの指が、銃の安全装置を外す。
次の瞬間。
――パンッ!
爆ぜるような銃声。グラスが砕け、バーカウンターの木が抉れた。
「……ッたく」
カイルが舌打ちして、身を低くしながら背後に飛び退く。
足元に飛び散ったガラスを見下ろし、息を吐くように笑う。
「お気に入りの店なんだけどなあ……暴れられちゃ困るんだけどねぇ。」
その台詞と同時に、背中のホルスターから細身のナイフを抜く。
いつの間に仕込んでいたのか、刃には毒のように薄く輝く塗膜が走っていた。
「だからボス、派手にやるならさっさと外に連れてってくれない? ね?」
「言われなくても分かってる」
ハルは銃を構え直し、カウンターを盾に身体を起こす。
弾丸の合間を縫いながら、男の手元を狙って引き金を引いた。
敵の銃が滑り落ち、金属音が響く。
その隙にハルが踏み込むと、カイルは背後から別の敵の気配に気づき――
「後ろ、三歩!」
「ッ――!」
ハルが振り返るより一瞬早く、カイルがナイフを投げ放つ。
刃は正確に敵の腕を裂き、銃を落とさせる。
そのまま、カイルは軽やかにテーブルを飛び越え、床を滑るように移動しながらハルの背中に寄り添う。
「僕は情報屋なんだけどなぁ。……たまには、ね。」
バーの中に空気が張り詰め、緊迫した状況が続く。
先に動いたのは、奇襲してきた男だった。
「ッ、待て!」
___逃亡。
逃すまい、と言うようにハルは後を追う。
そのハルに着いてくようにカイルも走り始める。
夜の街を抜け、廃倉庫へと続く薄暗い道。
腐食した鉄扉の向こう、静かすぎるほどの沈黙があった。
ギイ……
古びた扉を押し開けた瞬間、銃声が跳ねる。
「ッ……!」
ハルは身を沈め、カイルの腕を引いて倉庫の内側へ飛び込む。
鉄骨とコンテナが積まれた無機質な空間。
天井の隙間から射す月光が、斑に埃を照らしていた。
「なるほどねぇ、完全に誘い込まれたわけだ。」
「当たり前だろう。…でも追わないと行けなかった。あの顔、お前が渡した情報の一つにあっただろう。…良いように利用したな?」
「おぉっと、賢いボスサマにはバレちゃった?」
すっとナイフを逆手に構え、倉庫の影へと溶け込む。
「こっちは3人……いや、4人かな。足音がずれてる。囲まれてるねぇ、」
「数で囲んだつもりか。舐められたもんだな……」
ハルの目が冷たく光る。
「ボス、派手にやってもいいって言ったよね?」
「……ああ。殺れ。」
言葉が落ちた瞬間、銃声と鋭いナイフの軌道が夜を裂く。
影から現れた敵に向かって、カイルがナイフを投げる。
相手の喉元に寸前でそれが届く前――背後から撃たれた。
その銃弾を、ハルがすかさず撃ち落とす。
音と光が交錯する。
「お前、動きすぎだ……援護が追いつかない。」
「心配してくれてるの? うわ、照れるなぁ」
「……今度撃つのは敵じゃなくてお前だ。」
「ボスってば照れ隠しが雑だよね、ほんと――」
コン、と鉄パイプを蹴った音が響く。
敵の足音が一気に近づいた。
「……後ろ、任せた。」
「はいはい、頼まれたら断れない性分でね。」
背中合わせになったふたりの間に、言葉はもういらなかった。
動きは自然で、流れるような連携。
銃弾とナイフ、冷静と飄々が交わって、死角を塗り潰す。
倉庫の中、闇のような敵たちを切り裂くその動きは――まるで、ずっと前からそうしていたような息の合い方だった。
敵の身体が崩れ落ち、銃声がようやく途切れた。
夜の静けさが戻った路地に、しばしの沈黙が落ちる。
カイルは地面に転がった銃を蹴りやりながら、肩をすくめた。
「これで全部かな? ……まったく、こっちの足まで汚れるなんて聞いてないよ。」
ハルは応えず、敵の懐を確認しながら手際よく手帳らしきものを抜き取った。
「……この動き。命令系統がある。個人じゃない。組織の匂いがする。」
「へぇ、それは面倒そうだねぇ。」
冗談めかして言いながらも、カイルの目はわずかに険しかった。
冗談と真実、その境界線をわざとぼかすように。
ハルが立ち上がり、煙草に火をつける。
口に咥えたまま短く呟いた。
「次も出るぞ、お前の嫌いな“現場”にな。」
カイルはふっと小さく息を吐き、煙の行方を目で追った。
そして、ぽつりと呟くように言った。
「僕は情報屋。血も硝煙も、誰かの死も、紙と数字で眺める仕事だ。
それなのに――なぜか、君といると現場に出る羽目になる。」
「……嫌なら来るな。」
言い捨てるようなハルの声に、カイルはふっと笑う。
そして、わずかにその瞳に影を落とす。
「嫌だなんて、言ってないよ。」
その声に、ハルは返す言葉を持たなかった。
雨上がりの夜気に、煙草の香りと、微かな火薬の残り香。
ふたりの間に漂うのは、喧騒のあとに残った、熱の残滓だった。
オリキャラくん第3、4号君!
無口なマフィアのボスなハルくん と 飄々としている謎の情報屋カイルくん 。
じつはリュカ&ノアより先に考えてたキャラだったり…。
では次の作品で
燼を抱いて堕ちる
空は沈んでいた。
風は止まり、鳥は鳴かず、森の奥は死んだように不気味な程に静まり返っていた。
その中心に、ただ一つ、石造りの祠があった。朽ち果てながらも、周囲だけは異様なほどに時間が止まっていた。
カロ=シオンの胸に、理由のないざわめきが宿っていた。
目が離せなかった。心が逸っていた。誰かが呼んでいる。
鈴の音が、風もないのに揺れていた。
祠の扉は、封じられていた。
鎖が幾重にも巻かれ、その全てに祈りと呪いが込められている。
人の力では触れることすらできないはずの、神の封印。
けれど、シオンの手が触れた瞬間——
世界が、きしんだ。
空気が反転する。
祠を囲う木々が一斉に揺れ、天が怒れるように曇り始める。
大気が震え、雷のような音が遠くで鳴った。
鎖のひとつが、ぴしりとひび割れた。
それはまるで、神の律法に罅が走ったかのようだった。
だが、シオンの手は離れなかった。
熱い。焼けるように熱い。
皮膚が焼け、骨にまで何かが染み込んでくる。
それでも彼は、両手でその鎖を抱えた。
次の瞬間——祠全体が、紅蓮の光に包まれた。
鎖が爆ぜるように千切れ、祠の奥から灼けるような熱とともに、ひとつの気配が目覚めていく。
炎でも、雷でも、ただの神気でもない。
それは、「秩序を裏切った存在」の、咎の気配だった。
奥に横たわっていた男の身体が、ゆっくりと浮かび上がる。
白髪に赤の筋。
紅い猫の目が、ゆっくりと開いた。
そして——微笑んだ。
「……ああ、目覚めたか。何千年ぶりかな……」
燃えるような声だった。
命を焦がすような、美しさだった。
カロ=シオンの瞳は、その光を見つめていた。
目が離せなかった。ああ、きっと、これは__。
焼かれると知っていて、それでも目を逸らせなかった。
火が消えるように、世界は静けさを取り戻していた。
紅蓮の残滓が揺らめくなかで、メテ=ロウスはゆっくりとシオンを見下ろした。
「……君が、ボクを目覚めさせたんだねぇ」
どこか楽しげに、どこか寂しげに、彼は微笑んだ。
その声は、炎の奥で長いあいだ燃え続けていた熱のように、乾いていた。
「まさかこんな形で出られるとは思ってなかったよ。ずっとねぇ……眠ってるようで、眠れなかった」
メテの手が、ふわりと宙をなぞる。
目に見えぬ炎が空気を撫で、シオンの頬をかすめた。ほんの少し、熱い。
「キミ、名前は?」
「……カロ=シオン」
メテはその名を繰り返すように呟いた。
「シオン、ねぇ。へえ……いい名前。音が軽くて、綺麗だ」
彼は楽しげに笑った。だがその瞳の奥は、やはりずっと、何かが深く沈んでいた。
「どうして……僕を呼んだんだい?」
問う声は優しい。でも、返答を試すような響きがあった。
シオンは一瞬、言葉を失った。それでも目を逸らさずに言った。
「わからない。でも……呼ばれた気がしたんだ。ずっと前から、あなたのことを知ってたみたいに」
メテの目が細められる。
「ふぅん。会ったことあったりした?、…前に、火をあげた子かい? それとも……もっと前に旅をした子かい?」
冗談とも、本気ともつかない調子だった。
「……あなたは、誰?」
「ん? 違ったのか。ああ、ごめんごめん。自己紹介、忘れてたねぇ」
メテ=ロウスは、ゆっくりと歩み寄る。
その足音すら熱を孕んで、シオンの皮膚を焼いた。ほんの触れただけで、指先がじり、と熱を持つ。
「——ボクは、かつて神々の頂にいたもの。地に堕とされた堕神さ。名前は……メテ=ロウス。覚えておくといいよ」
くすり、と笑う。
その瞬間、シオンの指が無意識に動いていた。
触れてみたかった。その髪に。肌に。確かに存在するその熱に。
だが、手が届いた瞬間——
指先が燃えた。
「……っ!」
火が走るような痛み。
けれどシオンは手を離さなかった。
「馬鹿だねぇ。触れれば焼けるよ?」
笑いながら、メテ=ロウスはその指をそっとほどこうとした。
だが、シオンはその手を握り返した。
「……わかってる。でも……それでも、触れたかった」
目は、まっすぐに見据えていた。
炎の神に、命を焼かれてでも、近づこうとする眼差し。
メテ=ロウスはふと、目を細めた。
空を仰ぐでもなく、何かを探るように、空気の奥を眺める。
「……始まったねぇ。もう来てる」
小さく呟いたその声に、シオンは顔を向ける。
「どうしたの?」
「見えない? いや、見えなくていいか」
メテは苦笑した。
その目は先ほどまでの軽さがあったが、燃えるような瞳の奥に、確かな警戒が灯っている。
「“上”が、気づいたんだよ。ボクがまた火を灯したってことにねぇ」
空気が微かに揺れている。
まるで、見えない糸が空の向こうからこちらを探っているようだった。
神々の眼差し。祝福と罰を同時に振るう存在の、冷たく沈んだ気配。
「今はまだ、探ってる段階さ。でもね、そう長くはもたない」
メテの声は静かだったが、確かに焦りがあった。
「このままここにいたら、また封印されるか、最悪、燃やされるねぇ。洪水の次は炎かねぇ…?」
「神が、来るってこと……?」
シオンの問いに、メテはにこりと笑った。
「うん。ボクのことも、君のことも。自由にさせておくほど、神々は優しくないからねぇ」
風が、鈴を鳴らした。
その音は、どこか遠くの世界とつながっているような響きだった。
「だから、旅に出よう。逃げるってわけじゃない。……でも、火は止まらない。動いていれば、何かを変えられるかもしれない」
メテ=ロウスは、シオンの方を見た。
「キミはどうする? 神の監視の下に留まるのか、それとも…少し旅をするかい?」
その問いに、シオンは一歩だけ、彼の隣に進み出た。
その瞳に迷いはなかった。
「行くよ。僕は、あなたの傍にいるって決めたから」
紅と金の目が重なる。
それを見て、メテはふっと笑う。
「……ほんと、人っていうのは、愚かで愛しいものだねぇ。」
沈黙が降る。
風が吹いた。木々がざわめき、封印の残骸に鈴の音がひとつ、鳴った。
メテ=ロウスは、目を閉じて、そして笑った。
「……まったく、変わらない。いつの時代も。燃えるような目をして、そう言うんだ」
その声には、どこか嬉しそうな、けれど決して救いのない響きがあった。
「よし。じゃあ行こうか、シオン。旅に出よう。ボクの火が、キミをどこまで焼け残せるか——見てみたい」
彼の羽織が揺れる。
白と赤が舞う。風が、過去を巻き上げて吹き抜ける。
そして、ふたりは歩き出す。
祝福という名の呪いを抱えたまま、まだ見ぬ地上へ。