僕は平凡な日常が好きだ。 自分に才があるとは言えないけど、友達や家族には恵まれている。 高望みはしない、ただこの日常がずっと続けばいいな。 って思ってたんだけど。 「ん。……」 深夜、何だか体が痛くて眠りから覚めてしまった。 目を擦すって、重たい瞼を開けて辺りを見渡すと、ある事に気づいた。ベットで眠りについたはずなのに、僕は服やの入ったクローゼットっぽいところにいた。だから体が痛かったのだろう。 クローゼットの中の服は今の季節には合わない戦隊モノのパジャマや、胸の辺りに小さく恐竜のワッペンのついた半袖、星が描かれている短パンがハンガーに掛かっていた。どれも幼い男の子が着るものだ。 僕はこの状況を飲み込むことが出来ず、ただ固まるしか出来なかった。 すると数十秒経った頃、静寂だった空間に小さく ギィ と床が軋む音が聞こえた。 正直怖かった。目覚めたらベットで寝ていたはずなのに薄暗いクローゼットにいて、そして奇妙な音を聞いて、平然といられる訳がなかった。 僕は耳を塞いで、体を限界まで丸めて、息を潜めた。でもそれでも小さく床の軋む音が聞こえて、体の震えが止まらなかった。 音はどんどん大きくなっていった。 その音がどんどん近づいているのが分かった。そして、その音がすぐそこまで来ていることも分かってしまった。 一生のお願いだから来ないでくれ。 その願いも虚しく、 ガチャ と扉が開く音が耳を貫いた。 また、ギィ と床が軋む音が聞こえる。そして、その音は確実に僕のいるクローゼットへ向かっている。 僕はかつてないほど息を止めて、音を立てないようにした。 でも、それも無駄だったようだ。 ギィと何度も何度も聞いた音がして、クローゼットに部屋の灯りが差し込む。そして、その音の正体と目が合った。 ？「大丈夫だよ。」 そこには恐ろしい怪物……ではなく制服を着た普通の女の子がいた。 優しい声色だった。 ？「えっ。あっ大丈夫……？泣いてるよ。」 僕は音の正体が想像していた恐ろしい怪物ではなく、普通の女の子だったことに拍子抜けした。それと同時に自分が恐怖で泣いてることに今気づいた。いつから泣いていたのだろう。 僕「えっあっ……。」 ？「ごめんね。怖かった？怖がらせるつもりなんて無かったからごめんね。」 彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出して、僕に差し出した。ハンカチは薄いピンク色で端にくまが刺繍されていた。 僕はそれを手に取った。

ハンカチを手に取った途端、僕は現実に引き戻された。 窓から心地よい風と、日差しが差し込む。今の肌寒い季節にぬくぬく太陽の日に当たるのが気持ちいい。いつも2度寝してしまいそうになる。 「…………。」 重たい瞼を開けると、目の前には天井があった。今度はちゃんと自分の部屋で、ベットの上にいた。 変わりない、いつもの光景だった。 僕は安堵した。 さっきのは夢だったのだろうか。 変な夢を見たなぁと思う。 妙に現実味があって、夢での出来事を鮮明覚えている。 僕はどうしてあんな所にいたのだろうか。あの女の子は誰だったのだろうか。僕は心の中で何度も夢の出来事を反芻していた。 色々思ったことはあるけど、とりあえず起きていない脳を覚ますために顔を洗いに行こうと思った。 僕は重い体を起こして立ち上がった。そして目を擦ったら、自分が夢と同じように泣いていることに気づいた。目から頬のところまで涙でキラキラしている。 ちょっと驚いたけど、ぼーっとしていた僕はそんなに気にとめずに洗面所に向かった。 顔を洗った後はいつもどうり布団をたたんで歯磨きをして、制服に着替えた。 リビングに行くとテーブルの上に朝食が並んでいた。母方の祖父が送ってきた新米と残り物の味噌汁、そして鮭と甘い卵焼き。もう何年もこのセットを食べている気がする。でも不思議と味に飽きたりはしない。 僕は「いただきます」と言って朝食を頬張る。そして毎度のように母と会話を交わす。 「奏汰、そこに弁当置いといたから。」 「うん。」 「今日はお母さん先に仕事に行くね。」 「ん。分かった。」 「絶対に鍵は掛けてね。」 「もちろん。」 淡々と返事をする僕は再度夢のことを考えていた。脳にこびりついて離れないその夢や出てきた女の子が少し奇妙に思えてきた。 僕はちゃんと鍵を掛けて家を出た。 高校へは自転車で通っているので毎朝自転車置き場へ行く。そして最近買ってもらった焦げ茶色の自転車を動かす。 自転車通学は夏は暑くて汗だくになるし、冬は直で顔に冷たい空気が当たって痛いのであまり気に入ってはいない。でも今の少し肌寒いくらいの季節に自転車を漕ぐと爽快だ。 僕が住んでいるところはちょっと郊外に行くと絶景が見られる。僕はそこを通って、絶景を見ながら心地よい風に揺られるのが好きだ。 今日もそうやって学校に向かった。 学校に着き、自転車置き場へ向かうと僕の小学校からの親友、皐が息を切らしながら僕の方へ向かってきた。 「皐どうしたw息切らして。」 「いや！どうしたんやない！遅刻する！マズイ！奏汰お前も早よ！」 「え？はい？」 「今！8時13分!!早よ！」 「ハァァァ!?!?」 時計をチラ見すると確かに針は8時13分を指していた。 「やばいのんびりしすぎたわ。」 「俺8時に起きたわw」 「エグいwはよ起きろw」 「間に合うかこれ」 「階段ダッシュすればギリいけるんやろ」 「キッツ」 「運動しろーー」 「いやでーすゲームしまーす」 「おーいーw」 僕達はダッシュで4階にある教室に向かった。