221B室に住み着く死体ごっこ好きのネトゲ廃人。インストールしたゲームはミステリーばかり。
それなのに、何故か彼は現実で起こる様々な事件を解決している。
......俺は、今、それをこの目で確かめようとしている。大丈夫、どんなクレーマーでも3分で終わらせられる俺なら、大丈夫。俺が扉を開けるとー
死体ごっこが趣味なネトゲ廃人とクレーマーを3分で片すネカフェ店員のミステリー物語。
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目次
〖3分でクレーマーを片す店員〗
はじめまして、ABC探偵です。
シリーズを出せる機能があったので、軽く出してみました。
健全モノですが、場面によっては描写がグロテスクかもしれません。
とあるネットゲームカフェの221B室。薄暗い部屋の中でパソコンのキーボードを打つ音だけが響く。
その音を出す手者は、ある一つのwebニュースにて手を止めた。
「遅いッ!!!!!!」
耳をつんざくような恐ろしい怒号。その怒号は俺が受け持った男性の喉から発せられた。
「申し訳ありません、お客様」
「遅いって言ってるだろ!一体、客を何分待たせる気だ!頼んだレアカード一枚ごときを見つけるのにそんなに時間がかかるのか!?」
そう、この男性客...カードゲームのレアカードなるものを本店のネトゲカフェに頼んでいた。だが、購入ではなく紛失したカードを探しているのだ。しかし...そのカードは調べてみると数万円とファンの間で取引されるらしく、そのカードの落とし主を店のチラシで大々的に探しているものだから所謂ところの転売者が現れる。
「お客様、申し訳ありませんが私にはそのカードがどのような形状で、どんな作品のものなのか理解しかねます。失礼ですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「エセモンの“ヒカゾウ”の電気タイプだと言ってるだろ!」
エセモンのヒカゾウねぇ......しかも電気タイプ?変だなぁ、ヒカゾウって水タイプなんだけどなぁ。
「どのような効果ですか?」
「...でっ、電気タイプなんだから相手を麻痺させるに決まってるだろ!」
んなわけねーだろ。水タイプだぞ?電気出したら逆にヒカゾウが麻痺っちまうよ。
「お客様...」
「なんだよ!あのレアカードは俺がこの店で無くしたんだ!このチラシの落とし主ってのは俺だ!いいから、持ってこいよ!あるんだろ!?」
「ええ、ありますよ」
「なら!」
「ですが、貴方はその持ち主ではありません。ヒカゾウのレアカードの効果は周りに水を発生させターン毎に己の体力が回復していく効果です。それにヒカゾウは水タイプなんです。
本当の持ち主なら、カードの効果やキャラのタイプを知っていて当たり前ではありませんか?」
「......チッ」
コイツ、舌打ちしたな。滅びろ、転売ヤー。
「ですので、今回はお引き取りください」
「......くそったれ!!」
この間、約3分。
**********************************************
例の転売ヤーが帰り、俺はエセモンのヒカゾウレアカードを見る。ヒカゾウというキャラは黄色いボディにゾウっぽい見た目をしている為かにわかには電気タイプと間違えられる。
本当のファンはしっかりと水タイプだと答え、何なら効果や良いデッキ編成まで答えられる。ファンというのはそういうものだ。
「あの......お兄さん」
カードから目を離すとカウンターを伺う黒髪の青年がいる。歳は十代半ばだろうか。
「お客様、どうなさいましたか?」
「その、エセモンのヒカゾウのレアカードを探してまして」
「......ヒカゾウのタイプとそのカードの効果をお答え願います」
「えっ...」
露骨に驚いたな。なんだ?転売ヤーか?今日は多いな。
「...ヒカゾウは水タイプで、周りに水を発生させてターン毎にプレイヤーのキャラクタースキル発生ターンを3分の一に下げる代わりに5%で休憩するデメリットとプレイヤーの体力を回復させる効果ですね。
電気タイプとの相性は不利ですけど、炎タイプ相手だと周りに発生させた水で継続ダメージを発揮することもできて、水電気のデッキで組むとめちゃくちゃ強いんですよね。そもそも単体でも強いですよね!もう自分、このカードめちゃくちゃ強くて大好きなんですよ。あと、さらに...」
「いえ、もう十分です。有り難うございます。こちら、ヒカゾウのレアカード〖水浴び〗です」
「あっ、もう良い...え、あ、有り難うございます!」
本当のファン、というのは...こういう青年のことだ。...答えるだけでも3分話してたんじゃないか?
さて、その青年が嬉しそうに帰る姿を見つつお答えしよう。
俺は和戸凉(ワト リョウ)、店長からは3分でクレーマーなどの厄介客を片す凄腕論破王だと......無駄に囃したてられている。
ただ、そんな俺でも片付けられない厄介客がこのネカフェの221B室、アルバイトからはシャーロック・ネトゲ廃人と言われる厄介客......日村修(ヒムラ オサム)がいる。しかしこの客はネカフェに住み着いて約三ヶ月が経つ。今月の料金を払っていないらしく、今回ばかりは俺が料金を押収しなければならない。
「嫌だなぁ...あのお客さん、変わってるんだよな......」
愚痴を溢そうが無駄だ。俺は決心して、221B室の扉のノブに手をかけ、思いっきり開けた。
お疲れ様です。
主人公の話しか今回はありませんが、次回からは例のホームズ視点で続きをあげようかと思います。
読んでいただき有り難うございました
〖221B室のシャーロック・ネトゲ廃人。そして、事件〗
どうも、ABC探偵です。
本話を書く前にある方の戦国小説を読みました。
完成度がとても高くて非常に面白かったです。
感想をここで言っても何も変わりませんので、本編へ。
...怒号。ああ、喧しい。いつもの3分でクレーマーを片すとかいう店員がまたやってる。
和戸涼。精悍な顔つきに美しい黒髪、俗に言う美少年...いや、普通の青年。怒ると口が先に出るのか、いつもの受付で厄介な客を請け負って論破というか、対応をしているところを耳にする。それが、とても喧しい。だからといって私が手を貸す気にはなれない。まぁ、その彼を振り回すのはとても好きなので良いとしよう。
ネカフェの一室ではパソコンの光が唯一の太陽のようなもの。灯りは眩しくて、平穏の部屋を保つには似つかわしくない。そんな部屋の中で上体を起こし、昨日、ドリンクサービスの所で持ってきた紅茶を啜る。このネカフェに住み着い......入って何日経つか。家には顔を暫く見せていない。あの家に帰る気にはならない。しかし、いつまでもここにいても仕方ないという考えが頭に過る。なら、どうするべきか。幸いお金には困っていない。
だが、
「...面倒くさい」
そう、面倒くさい。思わず口に出してしまったが、わざわざここを離れて活動するなど面倒ではないか。だったらここで過ごすのが最善策では?
そうだ、それがいい。それが一番だ。流石、私。良い選択をした。
そう物思いにふけっているとなにやら扉のノブに手をかけるような音がして、
*************************************
俺は決心して、221B室の扉のノブに手をかけ、思いっきり開けた。
バンッと景気の良い音がして見れば、ややクリーム色に薄い緑の瞳、かなり顔の整った若い男性が驚いたような顔をして突っ立っていた。
日村修(ヒムラ オサム)。この客の顔はかなりの美形で風貌だけはどこぞの英国紳士的な顔つきをしている。しかしこの男、イケメンだが、ものすごく面倒な性格だ。
「......なぁ、なんだ、急に!ノックぐらいしたって...!」
「すみません、お客様。料金の受け取りがまだでして」
「料金?ああ...後で持っていくよ」
今欲しいんですけど。...本当に手間がかかる。
俺は呆れて扉を閉めようとしたが、充電のついているパソコンのデスクトップに載ったある記事が目についた。
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〖赤髪続出!?赤城駅周辺にて謎の集団発生〗
今日日、3月14日に赤城駅周辺に赤い髪の人々が老若男女問わず集団の行列として滞在している。
昨日も滞在していたと近隣住民は駅に問い合わせており、現状は謎に包まれている。
記者は例の集団と接触し、調査を試みた。下記はその取材から得た情報である。
・集団は赤城駅周辺付近のある事務所の儲け話を目的としている。
・集団は意図してできたものではなく、赤髪が地毛である人々が集まって自然に発生した。
・その儲け話は赤髪が地毛である者限定で行うことができるが、とても簡単な儲け話で一年続ければ何百万も儲けることができるらしい。
・例の事務所は〖Lie〗という事務所名。
記者は事務所に取材を試みたが、不可能であった。事務所は赤髪が地毛であることに非常に重点を置いているとのことだ。
また、近隣には金融関係の施設が多く、渋滞や騒動が広がる可能性が高い。警察には迅速な対応を願うところである。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「赤、髪......?」
「なんだ、気になるのか」
「あ、いえ...」
「気になるんだろう?」
なんだ、コイツは。
「気になるよな」
............。
「...はい」
「無理もない。赤髪と聞くと赤毛連合を思い出すよな。良い着眼点だ、涼くん」
この客はそういう客だ。シャーロック・ホームズが好きなのかこういった話をよくする。赤髪と聞いて赤毛連合を思い出すのは理解しがたいが、まだ良い。まだ、いつもよりはマシだ。
「そりゃ、どうも。それでは、料金の方をお待ちしておりますね」
「...?......何言ってるんだ?行くんだろう?」
行く?
「どこへです?受付ですか?」
「現場」
......なるほど。これは逃げた方が良い。この客の最も厄介な点が始まった。
この客はシャーロック・ネトゲ廃人と言われるほどシャーロック・ホームズが好きで、よく死体ごっこだとかミステリーゲームだとか、そういうミステリーものに惹かれやすい。死体ごっこがそれに分類されるかは別として、そのせいかシャーロック・ホームズなりな行動をして助手のワトスンのように人を連れていく。そこが、かなり厄介だ。正直、扉を開けて実際の事件の死体の真似をしているより質が悪い。断れば良いとは思うが、押しが強い。逃げた方がいいのか大人しく付き添うのがいいのか...。
「......分かりました、行きます。その代わり、後でしっかり料金を支払って下さい」
「それは払うよ。じゃあ、行こうか」
中々勝手な人間だとはつくづく思う。だが、下手に刺激してとやかく言われるよりはマシだろう。
俺は今日はこの厄介客の気が済むまで付き合おうと心に決めた。
お疲れ様です。
例の死体ごっこが登場しませんが、いずれ登場します。ええ、きっとね。
ひとまず、お読みいただき有り難うございました。
〖赤毛連盟と赤毛連合の行列〗
桜も芽吹き始めた昼下がり。そろそろ、お腹が空いてくる頃だろう。
しかし、そんな中でも嬉々として歩くのが日村修、厄介客だ。
「和戸くん、何睨んでるんだ。腹でも減ったのか?」
「...いいえ?何にも?...和戸って呼ばなくて良いので、涼で良いですよ」
「えぇ?私は君の苗字、好きだがね」
......ホームズの助手のワトソン(訳者によってはワトスン)の文字が入ってるからだろ。
「そうですか、ならどっちでもかまいませんよ」
「そうかい?お、見えてきたぞ」
目をやれば、確かに赤毛の集団がある。老若男女様々だが、共通しているのは確かに赤毛。
銀行や百貨店などが建ち並び人通りの多い区画の為、かなり迷惑になっているし端から見ればかなり異様な光景だ。
そんな中でも気にせず日村は例の集団へ話を聞きに行っている。まるで子供だ。
「すみません、ちょっとお話を聞いても?」
「なんだ、君は......」
「まぁ、そう言わずに。この行列は何なんです?見たところ、皆さん赤毛ばっかりですけれど」
「ああ、何か赤毛が地毛のやつの儲け話があるそうだ。なんでも赤毛連盟?と赤毛連合?の二つの団体が別れて同じところでやってるもんだからこんなに大量にいるわけだな」
「へぇ、どこの団体なんです?」
「俺が見たチラシだと、Lieとかいう聞いたことないところだったな。ま、儲け話らしいし聞くのはタダだろ?そんなわけで並んでんだよ、律儀にな」
「なるほど。ところで、どこで働いていらしてるんです?」
「近くで骨董屋をやってる。店はバイトに任してるよ」
「ふむ、そのバイトさん、膝とか土で汚れてたりします?」
「変な事聞くね?汚れてないよ、私は軽度の潔癖症でね。バイトの度に身なりチェックしてるんだ。
それに、バイトに任してるって言っても他にいるからね」
「はぁ、そうなんですね。ありがとうございました」
日村が戻ってきた。少し怪訝そうな顔をして、しかし、その瞳には好奇心を抑えきれない子供のような輝きをたたえていた。
「和戸くん、ちょっと道を叩いてみてくれよ」
「道を叩く?良いですけれど...」
俺は軽めにアスファルトで舗装された道を叩いた。特に、何もない。
「音がやけに響いたりしないか?」
「...しませんよ」
「そうか、つまらないね」
少し、目を伏せて考え込む。そして、次の言葉を発そうとした瞬間、物凄い爆発音が木霊した。
〖翌日にて夢か現か〗
あれは、なんだったのか。
昨日、俺は例の厄介客の世話に付きっきりだった。そのせいで店長には店をほったらかしにするなと厳重注意を喰らったが...その世話で起きたあの爆発音。
あの音がした後、すぐに沢山の悲鳴と救急車や警察のサイレンが聞こえていた。もう、調べている場合ではなかった。俺は日村に向かって叫んだ。でも、いくら叫んでも彼は動かなかった。瓦礫が転がって、炎が建物を包みこんで、人々が逃げ惑う様をその深い緑の瞳に焼きつけるようにして見つめていた。
それが怖くて、怖くて、俺は叫び続けていた。そして、おそらく逃げ延びたであろう野良猫が炎を纏った瓦礫の一つに圧されて生きたまま焼かれた辺りで彼は、
「...帰ろうか?」
恐怖でしかなかった。いつも堂々としていて、人の話を聞かない自己中だがこんなに狂っていたなんて知らなかった。
次、彼と会った時、何を話せばいいのだろうか。
---
「...ダメだな」
いくら昨日、脳に流し込んだ事件を探しても何も見つからない。
和戸涼の怖じけついたような顔、酷く焼け爛れた猫の死骸、炎に包まれて瓦礫ばかりの崩壊した建物。
それぐらいしかなかった。やはり、関係者に話を訊くのが先決だ。
パソコンのデスクトップからメールへマウスを操作させて、“|鴻ノ池《こうのいけ》”とネームされた人物へ一通のメールを送る。
しばらく、脱出ゲームを遊んでいたが返事は正午ぴったりにきた。
---
情報の伝達がお早いようですね。
こちらもこちらで捜査が少し割れていますので、《《貴重なご意見》》としてお話にお伺いします。
鴻ノ池 詩音
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...|鴻ノ池詩音《コウノイケシオン》。捜査担当刑事の一人、女性検査官である。
相棒である男性は頭が堅くて話にならないがこの|女性《ひと》は私の話をしっかりと聞く。
しかし、信用しきってはならない。彼女は優秀だが、正義感が強く頭脳派だ。下手に口走って、過去を詮索されてはならない。絶対に、敵に回してはいけない。
私はそのメールを確認して、すぐに毛布をとり、眠りについた。
---
「...暇だなぁ」
ベットに寝転がりながら携帯を離して呟く。バイト先のネカフェのシフトは休み。
厄介客の世話をするわけではないし、親からの電話も来ない。
彼女は...いない。大学生の時はいたのだが、卒業間近になって振られた。
「顔は良いけど、その論理的なところが怖い」といった理由だったが、実際は別の男を好きになったからといった身勝手極まりない理由なのだが過ぎた話だ。
少しの間、物思いにふけっていると、電話がきた。知らない番号だ。迷惑電話かと思って出れば、
「涼くん!今から喫茶店に行かないか?」
日村修。何で電話番号知ってるんだ、コイツ。
「はぁ、もしもし...人違いじゃありませんか?」
「何を言ってるんだ?返事がないなら同意と見なすぞ、今から墨田駅付近の喫茶店に来てくれ。
駅付近にいれば、迎えに行く。今すぐだ!」
一方的に喋って、切られた。なんなんだ、本当に。貴方との関わり方について悩んでたのに、悩みごと吹き飛んだじゃないか。
俺は何も聞こえなくなった携帯をポケットに入れ、家を出た。幸い、墨田駅は徒歩10分で着く。
その時の俺は、別になんでもない休日が通常勤務と変わらなくなっただろうと思っていた。
それが覆ったのは例の喫茶店に入ってすぐのことだった。
〖嫌な因縁は惹かれ逢う〗
少々年季が入りつつも、どこか人を寄せつける不思議な雰囲気のお洒落な喫茶店。
からんと鐘の鳴る扉を閉じて、周囲を見渡す。一つのテーブル席に一人の女性と二人の男性が座っていた。その中の男性の一人は見知ったも同然、日村修である。
そのテーブル席へ足を進め、日村の知人だろうか。黒髪に端正な顔立ちをした女性、その隣に黒い髪はボサボサだが、決して不潔ではなく眉目秀麗な顔立ちをした男性がいた。
二人はラフな格好だが、何となく近寄りがたい雰囲気だった。
「...日村さん、そちらのお二人は?」
「ああ、|鴻ノ池詩音《こうのいけしおん》と|桐山亮《きりやまあきら》だよ。二人とも...」
そう言いかけた辺りで、女性が即座に口を開く。
「日村さん」
「あ~...悪いね、気にしないでくれ」
「は、はぁ...」
鴻ノ池詩音。先程の女性だろう...しかし、桐山亮...どこかで、聞いたような?
「...僕は和戸涼です、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
二人の挨拶が被る。そして、少し気まずそうにして、先に鴻ノ池が桐山へ発言を譲った。
「どうも...。あの、和戸涼さんですよね?◆大学の時の...ああ、僕、桐山亮です。その、あの節は大丈夫でしたか?」
「あの節?何故、こちらの出身大学をご存じなんですか?」
「あ、えっと...その|宮本亜里沙《みやもとありさ》って女性、覚えてますか?」
宮本亜里沙。元カノだ。
「...その、宮本さんとどのようなご関係で?」
「あ~...その、何て言うか...」
少し横に目をやって、髪をかく。ああ、コイツなんだな。あの女がくっついたのって。
古い記憶の中で亜里沙が親しそうに電話で話す“亮くん”との会話が鮮明に甦った。
「だいたい、分かりました。それで?」
「えっ、いえいえいえ!違います!そうじゃないんです!僕も“元”なんです!」
「......は?」
その言葉を聞いて、頭が混乱しないはずがなかった。
「親密な友人に会って、話をするのは良いがそろそろ良いかい?」
その一言が一気に現象へ引き戻した。
夢から醒めたように声の主へ目をやると、不機嫌そうに頬を手で支える日村の姿があった。
桐山もそれに気づいたのか、「また後日、お話しますね」と言った。
そこで鴻ノ池がよく通る声で挨拶をする。
「鴻ノ池詩音です。よろしくお願いします、和戸さん」
「ああ、よろしくお願いします...」
そして、日村に向き直る。
「それで、日村さん。《《貴重なご意見》》をお聞きしてもよろしいですか?」
「う~ん...君の《《一つの物語》》の詳細をくれたらなぁ...」
「あら、用意していないとでも?」
「おや、してないように見えたけどね」
「失敬。では、メールにて《《一つの物語》》の一話を載せておきますね」
「ああ、助かるよ。なら私も《《私なりの意見》》を答えよう...あまり、期待しないでほしいがね」
「珍しいですね」
「情報がないのだから、しょうがない。それとも、涼くんの《《瞳の記憶》》でも提供しようか?」
「結構です。それでは、楽しみにしておきます。桐山、帰りますよ」
「あっ...はい!」
すっと立ち上がった鴻ノ池に対し、桐山が慌ただしく席を離れていく。
その二人と入れ替わるように一人の女性アルバイトが注文を取りに来た。
「...あ」
そんな掠れたような声の言葉が女性アルバイトから放たれる。
「涼くん、どうした?」
日村は二人の退出を見た後、メニューを見ていただけだった為、心配するような声を挙げている。
俺はと言えばその女性アルバイトの顔を見て、口をぽかんと開けていた。
女性は紛れもなく、宮本亜里沙だったからだ。
〖羅列する物語〗
「...|亜里沙《ありさ》...?」
望んでいなかった再会につい、声が裏返る。
宮本亜里沙...元カノとはいうと、軽く声を洩らしてまたすぐに仕事へ戻った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ、アイスコーヒーを一つ。涼くん、君は?」
涼くんと言われて我にかえる。何も決めていない。日村が見ていたメニューをちらりと見て、咄嗟に
「えっ、あ、こっ、ココアで...」
顔が耳まで赤くなるのを感じる。
「...ご注文は以上でよろしいでしょうか」
その言葉を聞いて、日村が頷く。そして、亜里沙も安堵したように「少々お待ち下さい」と言って離れていった。
「ココアなんて、頼むんだな」
「...いえ......」
「てっきり、コーヒーか紅茶だと思っていたが、想定より君は甘党だったらしい」
メニュー表を片付けながら、微笑む日村。
俺は甘党じゃない。ココアなんて、外食で頼んだことない。でも、見て認識したのがココアだけだったのだ。
「そんなことは、ありませんよ」
「へぇ、そうかい」
日村の顔が微笑みというより、ニヤついた表情へ変わる。
「それで...先程の女性は?」
「店員さんのことですか?...別に、何でもないですよ」
「何でもない、と言うわりには会って動揺していたように見えるが?」
「さぁ、気のせいじゃないですかね」
俺はそう言って、首筋に手をやり頭の向きを少し変える。
「...人が嘘をつく時は頭の向きを変えたり、手足を動かすせわしない動きになるそうだ」
「それが、何か?」
「......もう良いだろう、ということだよ」
「...ただ、あの女性との関係性を聞きたいだけですよね?」
「そうとも言うね」
そうとしか言わねぇよ...。
「分かりました、分かりましたよ。ただの元カノです、それだけです!」
それを聞いて日村が「なんだ」と声を洩らして、つまらなさそうに頬杖をついた。
やがて、注文が届いて、何も言葉を交わさず口に飲み物を運んだ。
甘いココアがよりいっそう甘く嫌だと強く感じるのは、この日だけだった。
---
翌日。無論、出勤日である。
茶色のエプロンという制服をつけながら、まだ払ってもらってない料金を取りに221B室の扉を開ける。
そして、目にする日村の死体...ではなく、日村の死体の真似事。
床に白い紐で人の形を作り、その上に型から合うようにして寝転ぶ日村の姿。
初めて見た時は、確か、頭に血糊か何かを塗って血の垂れる位置を見ていた。何かと思って救急箱を取りに行ったあの日が慣れてしまった俺には、どこか懐かしく感じる。
「んー...ん?お、涼くんか」
「どうも。料金を受け取りに来ました」
「ああ、それならテーブルの上にあるよ」
そう言われてテーブルを見る。パソコンのディスプレイにはまた、文章が映し出されていた。
---
日村修様
拝啓
青々とした木々がよく見られる季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。
さて、昨日の喫茶店にてお約束された物語を書き下ろしました。
お目に通していただけると幸いです。
敬具
鴻ノ池詩音
〖某銀行についての記述〗
ご存知の通り、例の銀行は爆発物を用いられたものです。
爆発物は目覚まし時計型のよくあるタイプのものです。
死者10名、重傷者25名、軽傷者36名で爆発の規模はそこまでだったそうですが、複数配置されており、建物の隅に四つ置かれていたとのことでした。
また、他の建物に引火や崩壊などで爆発よりも二次被害が大きかったのが原因とされます。
その他にも例の赤毛の集団で密度が多く、渋滞や道の狭さ等も原因とされます。
〖同時刻の現場付近〗
怪しい男性集団が銀行、近くのアパートにいたなどとの情報が入っていました。
背格好が高く、威圧感があったや拳銃を所持していたと情報があり暴力団関係者ではないかと推測されます。
また、近くの行列を辿った先の“Lie”という組織にて聞き込みをしましたが、儲け話であるの一点張りでした。
〖関与話〗
近頃、行方不明の事件が現場付近にて増えております。調査の際は、十分な警戒をお願いします。
---
「...日村さん、鴻ノ池詩音さんって...」
「ん?ああ...警官だよ」
「は、はぁ...休日に、非番の警官と俺は...」
「いや、君は面白そうだから来てもらっただけ」
そう言って、起き上がりパソコンを見る俺の背中に手を回して、肩をぽんと叩いた。
そして、
「ところで、涼くん。演技をするのは得意かい?」
燃えるような赤髪のウィッグを持って、少し冷や汗を書く俺の顔を覗きこんだ。
〖赤毛の仮面舞踏会〗
まるで密着しているような赤毛を揺らす青年が赤毛ばかりの行列に並んでいる。
その燃えるような赤毛は風に揺れることなく、太陽の光を強く反射していた。
その赤毛を生やした青年は一歩一歩と進む行列を長い時間進んでいき、やがて現代的な建物の『Lie』と看板が掲げられた施設の前に立った。
その施設の扉は自動的に開かれて、恰幅の良い男性が合間見える。
「ようこそ、Lieへ。チラシを見ていらっしゃったんですか?」
「...え?え、ええ、まぁ...そうですね」
「それは有り難うございます。それで、その件についてお話したいのですが...別室へ移動してもよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ご協力、感謝します。それでは、どうぞこちらへ」
その男性に近づかれ、部屋へ促される時、ふんわりと独特な、どこか青臭い甘い香りが鼻を刺した。
---
「貴方の髪の毛は、地毛ですよね?」
不意に、移動中に男性からそんなことを聞かれた。予想通りの質問である。
「ええ、そうですね。でも、仕事の関係上、ワックスで固めることが多いんです」
「へぇ、そうなんですか。通りで硬く、輝いているなと思いました。何のお仕事をされているんですか?」
「...本の、翻訳者ですね」
「それは素敵な職業ですね。僕も翻訳って、色んな言語が分かるみたいで好きですよ。
ところで、顔立ちは日本のようですけれど、ご両親のどちらかが外国人の方なんですか?」
「両親ともに日本人なんですが、父方の先祖辺りに赤毛の方がいらっしゃったらしくて...多分、遺伝子の突然変異だと思いますね」
「そうなんですね。珍しいものですね」
「ええ、その通りです」
実際、俺の髪は黒だし、赤毛の先祖なんていない。
突然変異なんてそう簡単にあるはずがない。だから、この行列の人の何百人が嘘の赤毛なのは確かだから、疑っているのだろう。
しかし、日村が用意した赤毛のウィッグは頭皮にぴったりとくっついていて、ワックスの影響もあるのか取れる気配がない。おそらく質問されることになるだろうと危惧していた内容もしっかりと答えられたのだから、一先ずは安心だ。
しばらく歩いて、一室へ案内される。二つのパイプ椅子に挟まれるように配置された机に、鉛筆や紙が用意された六畳くらいの一室。
部屋に入って、閉められた扉はとても重く感じた。
そのパイプ椅子の一つに男性が座り、こちらにも座るように促した。
「...失礼します...」
「どうぞ」
椅子をひく音がした後、少し静寂が通り、すぐに過ぎていった。
「ひとまず、お名前をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「...|佐藤亮《さとうあきら》です」
よく分からないところで、「俺の名前は和戸涼です」なんて本名を名乗るわけにはいかない。
それに亮...あの、桐山亮だ。なんとなく、気に入らないから犠牲になってもらおう。
「佐藤亮様ですね。この度は結婚相談所〖Lie〗 へ足を運んで頂き、有り難うございます」
「けっ...結婚相談所ぉ?!」
「ええ、良い反応を有り難うございます。ただし、今回はそのお試しというか...なんというか、プランの試験者になっていただくといった形ですね」
「...えっと、つまり...?」
「弊社は結婚相談所のプランの一つ、カップリングパーティー...所謂、婚活パーティーですね。
それを主に予定して、他の結婚相談所から指定された方々のより良いお相手様を探す手助けをする会社です」
「は、はぁ...」
「それで、その為にはどんな方にも楽しんで頂ける完璧なお膳立てをしなければなりません。
ですから求人募集を婚活パーティーの試験者としての儲け話、と紹介して...その募集した方々を分かりやすいよう、あまり見ない髪色で時給一万円で募集していました」
「......?...それなら、赤毛が地毛かどうかは関係ないのでは...」
「それは思います。ですけど...」
「ですけど?」
「僕にも、分からないんです。僕、先月入ったばかりで理由も分からなくて...」
ぞう言って、顔を曇らせる。それが悲しそうに見えた。体型に合わず、小動物のようだ、とも。
「えっ...え、ああ、そうなんですか」
「そうなんです...。ひとまず、佐藤様。契約書にお名前を記入して頂いても大丈夫ですか?」
どこか申し訳なさそうに紙と鉛筆を手渡してくる男性。これは、記入して良いものだろうか。
怪しさが拭えない事務所だ。ろくなことがない気がするも
「...その、僕...ちょっと、また後日にでも...」
「佐藤様」
「はい?」
「申し訳ありませんが...流石に、嘘ですよね」
男性がそう言った途端、後ろの扉に鍵がかかったような音がした。気づいてそこから逃げたら、何か良くない気がすると肌で感じる。それに悟られないよう、目の前の体型通りの大きな猛獣を見つめて、口を開く。
「嘘?嘘とは、なんですか?」
「あんなに長い行列を並んで、お話をお聞きになって...辞めるというのは些かご理解しがたいです。
ご自分のお気持ちに嘘をつかず、素直にこの儲け話を受け入れるというのが自然ではないですか?」
これは、脅迫だ。儲け話でも、自分の気持ち云々の話じゃない。ただ、どこか怪しい会社の脅迫の契約だ。
「僕は素直ですよ。その話を聞いて、儲けられるというところが何か引っ掛かるんです。時給三万なんて、普通じゃない!なんですか、これ?噂の闇バイトですか?」
「闇バイトだなんて...まさか、正式なアルバイト募集ですよ。3日間のうち6時間で、擬似的な婚活パーティーに参加して、楽しむだけですよ?それで、約18万円の儲けじゃないですか」
「そっ...そんなにあたる時点で、怖いんです!そもそも、何人の募集...」
「三人です」
「三人...?婚活パーティーですよね?」
「はい。でも、他のところからも色々と来ますので」
「でも、約18万円って...」
「美味しい蜜を口につけずに保管しておくつもりですか?」
例えが独特だ。でも、結局、
「ええ、保管しておくつもりです!僕はもう帰りま...」
帰ります、と言いかけた時に日村の要望を思い出した。
〖出来ることなら、内部に潜ってほしい〗
これは演技云々関係なく、本当に欲しい情報なのだと分かっていた。
とらなかったら、あの厄介客が何を言うかは知れている。
なら、
「...参加、します」
「本当ですか?!」
「はい、すみません。あまりにも出来すぎた話だったので...取り乱してしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ!では、こちらにサインして頂いて...」
男性が紙を差し出す。その紙に佐藤と偽名を書いた途端、後ろの扉からカチャンと鍵の開いた音がした。
---
「...あの、日村さん...」
「どうした、涼くん」
「何故、貴方もこちらに...?」
「ああ...面白そうだと、思ったから」
ぶっきらぼうにそう言い放って、婚活パーティー...Lieの事務所の制服に身を包み、せわしなく手を動かして、ワイングラスを拭く手を止めない。
あの行列へ入った日から三日後、指定された日時の会場にて“婚活パーティーの試験者”としての採用が行われ、現に今、その会場で試験会が開かれるのを待っている最中で少々お手洗いにと廊下を歩けば近くに予備されたワイングラスを拭いているところのスタッフとして潜入した日村の姿があった。
「面白そうって、でも...」
「...まぁ、君の話も分からなくはない。一旦、説明しよう」
そう言って、ワイングラスを優しく置いて口を開いた。
「この事務所が主催した婚活パーティー及び、テストは普通じゃない。これは、分かるね?」
「そう、ですね。なんとなく、契約書にサインした時も威圧感がありました」
俺がそう言った途端、日村の目が大きく開かれた。
「...サイン?サイン...ああ、君は...」
落ち込んだような声に自分が何をしでかしてしまったのかと思い、声を挙げた。
「な、なんですか?俺、サインしちゃダメだったんですか?!」
「いや...そういうことではなくてね...。これは君が大丈夫なのが分かるから良いが...」
「ひ、日村さん!ちゃんと説明して下さい!」
「分かってる、分かってるよ...。
ええと、このパーティーはおそらく、暴力団関係だ。この暴力団体が前の爆破事件と関係があるかは定かではない。しかし、爆破された建物は銀行で...ああ、銀行といっても貸金庫のみの銀行らしい」
「貸金庫ですか?金融ではなくて?金融なら爆破された理由がつきますよね?」
「ああ。確かにその通りだよ。でも、貸金庫なのは本当だ。
その爆破した本人は貸金庫の持ち主ではないのは明白で、その本人にとって、その銀行に何か法に触れてでも取り出したい重要なものがあったのは事実なんだが...それが分からないんだよ」
「お...お金、とか?知人の莫大な富とか...?」
「そんなものを貸金庫に入れるくらいなら、普通に銀行に入れるだろう」
「じゃあ、宝石とかですか?」
「貸金庫に入れるぐらいなら、自分で持つのが一番安全じゃないか?」
「う...それも、そうですね。だったら、何なんですか?」
「知らないよ」
知らない!?そこまで否定して、引っ張ったくせに!?
「なんだ、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして。そんなに答えが欲しかったのか」
「...いえ...」
「......ヒントになるか分からないが...貸金庫は必ずしもお金や宝石があるわけではないよ。銃器や医院の患者カルテ何かがあるところもあるそうだ」
「はぁ...つまり...?」
「...ここには普通ではない何かがある、とだけ」
「それは...どうも」
そして、またワイングラスを拭きはじめる日村。そこだけは様になっているのが腹立たしい。
日村の言っていた暴力団関係と思われる婚活パーティーの皮を被ったこのパーティーは、どんな化けの皮を被り、正体は何なのだろう。
そう考えて、綺麗になったワイングラスを見れば、輝く赤毛のヴィッグを着けた自分の姿が鮮明に映し出されていた。