夏休み特別編2025
編集者:天泣
天泣です。
なんだかんだわんだらんだ((
いやぁ、去年ってちゃんとした夏休み企画やってないなーと思いまして。
てことで今年はちゃんとやりまーす。
謎小説の詰め合わせだけど気が向いたら読んでくれ〜
ちな、本編とは無関係かもしれなくもない。
───
episode.1 夢か、現か、幻か
何処かの世界の兎たち
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目次
episode.2
異能と人外の狭間にて。
ルイスside
日本の横浜の、とある場所。
其処でいつも通り鳴り響く爆発音をBGMに歩いていた僕の足取りは軽かった。
何故かと云われたら、僕は即座に答えよう。
「英国人気玩具会社と横浜人気玩具会社がコラボした大きなテディベアが僕を待ってる!!」
ハッとした僕は辺りを見渡す。
良かった、周りに誰も人は居ないよう──。
「……え?」
海辺を歩いていたのが悪かったのだろうか。
普通に落ちた。
いや、正確には落とされた。
「カハッ……!」
異能を発動しようにも、何故か上手く行かない。
焦りで僕自身を送るのが難しいのだろう。
精神が関連してくるのは分かってた。
分かってたけどさ、溺れそうな時にはちゃんと発動してくれませんかねぇ!?
「(あ、ヤバい……意識が……)」
「……アリスもいない今、君は一人だ。心配しなくても《《空き》》は埋めてやるから」
「(空き……?)」
其奴の姿は僕によく似ている。
着衣泳とかやってないから無理なんだけど。
やべぇ、本当に沈むんだけど。
暴れちゃいけないのは分かってるけど、このままじゃ僕の死因が溺死になる。
誰か、助けて──。
---
--- 英国出身の迷ヰ兎 ---
--- 夏休み特別編 ---
--- episode.2 ---
---
アリスside
「……遅い」
ムスッ、と頬を膨らませる私は敦君が淹れてくれた紅茶を飲みながら怒っていた。
何故ならルイスが帰ってこないから。
出掛けるなら、とついでにマカロンを買ってくるように頼んだのに全く気配がない。
もう紅茶冷めちゃったし。
「何かあったんですかね、ルイスさん」
「どうせ目当てのぬいぐるみだけじゃなくて適当に入ったゲームセンターで乱獲してるだけよ。帰ってきたら殴ろうかしら」
アハハ、と苦笑を浮かべる敦君。
それと同時に探偵社の扉が開かれた。
「ただいま〜」
「あ、ルイスさん!」
「ルイス! 一体どこ歩いてたのよ!」
「……ちょっと他に可愛い|子《ぬい》がいて全力で悩んでた」
しかもマカロンを頼んだことを忘れている。
予定通り一発殴っておいた。
「痛た……ごめんね、すぐに買ってくる」
そうして探偵社を出たルイス。
私は敦君に紅茶のおかわりを貰うことにした。
相変わらずルイスは可愛いものが好きね。
私も好きだけど、そこまで酷くはないわよ。
「……ねぇアリスゥ」
カラン、と静かな室内にガラス瓶のビー玉が転がる音が響き渡る。
「どうしたのよ、乱歩」
「いやぁ……。うん、君が何とも思わないなら良いよ」
「……云いたいことがあるのなら、ちゃんと云ってちょうだい」
一息おいてから彼は云う。
「──僕もお菓子ほしかった」
---
ルーシーside
お昼時を過ぎて、うずまきは少し落ち着いてきていた。
本当、大変なのよね。
お客さんが沢山来てくれることは良いんだろうけど。
「……ぁ」
帰ってきたと思ったら、またどっか行くのね。
戦神は日本で随分と変わったみたい。
まぁ、私も同じだけれど。
ここのマスターが拾ってくれなかったら、組合が解散したあと何処で死んでいたか分からないし。
あんな悪事以外でもこの異能が役立てる、なんてね。
戦神も探偵社とマフィアの正反対の組織を行き来してるみたい。
昔よりも戦闘に参加できてるし、赤ノ女王と分かれたことで戦力も二倍。
「……ま、私には関係なけれど」
会計の済んだ机を片していると、扉の開く音が聞こえた。
「いらっしゃいま──」
持っていた布巾を、思わず落としてしまう。
食器じゃなくて良かった、とかいう問題ではない。
何故ここにいるのか。
ただ、今はそれを聞きたいけれど上手く言葉にできない。
「……面倒なことになっていそうだから、あげる」
「あげる、じゃないわよ!?」
何でラブクラフトがびしょ濡れの戦神を抱えているのよ。
さっきビルから出ていかなかったかしら。
包帯の人みたいに入水でもしてきたのかしら。
それにしても色々と疑問が多すぎるわよ。
もうお客さんが誰一人いなかったのが幸いかしら。
「マスター」
「私一人でも大丈夫ですよ」
言葉に甘えさせてもらって、私は異能力を発動した。
🎐🎐🎐🎐🎐
「で、説明してもらっても良い?」
キョトン、としているラブクラフト。
そうだ。
私、殆どこの人と会話してないんだった。
そしてフィッツジェラルドさんの話だと、ただの人じゃないみたいだし──。
「……さっき、海に沈んでたのを助けた」
「え?」
本当に数分のことらしい。
けれど、その時間って探偵社戻ってきたぐらいじゃない。
「私は見ていない。けど、ルイスくんを海に落とした人がいる…らしい」
「はぁ!?」
「不注意、だったのはあるらしい。でも仲間の話だと、ルイスくんに成り代わろうとしている、ようだ」
「……とりあえず貴方が戦神を助けた方法とか、仲間とかの話は置いておくわよ。私が見た戦神は別人ってことでいいのよね?」
「私もすれ違った。けど、アレは中身が違いすぎる」
あぁ、本当に話が難しい。
微妙に噛み合ってない気がするのよね、会話が。
でも今はそれどころじゃない。
「人間、ではない……。人外の類だが、今すぐ問い詰めても上手く流される。それか口封じに消される」
「サラッと怖いこと云わないでよ」
いきなり黙ったラブクラフト。
そっちの方が普通に怖いからやめてもらいたい。
「……流石はルイスくん、と云ったところだろうか。無意識で沈む時に息を止めていたからか、こうやって死んでいない」
「その犯人とやらは、戦神を溺死させるつもりだったのかしら?」
「たぶん」
「いや、多分って──」
「君はただの女中だから、良い感じに動けると思うからルイスくんを預けたい」
最初に“あげる”と云った理由がやっと理解できた。
“面倒なことになっている”という部分も。
「私にどうしろっていうのよ」
「……?」
「その“コテン”って首を傾けるのやめてちょうだい」
分かった、と云っていたけれど絶対理解してないでしょ。
ひとまず解散にしようかと思ったけれど、ラブクラフトは消えそうよね。
「相手が人間じゃないなら、力を貸してもらわないといけないかもしれない。だから何処に行けば会えるかだけ教えて」
「……海」
「いや広いわ」
「水辺ならどこでもすぐに行けるようにしておく。でも、一番いいのは赤レンガ倉庫の海辺」
「……まぁ、私も実際これからどうなるか分からないわよね。なるべくレンガ街へ行くようにするわ」
じゃあ、と異能を解除するとラブクラフトは帰っていった。
私は片付け途中の机を見て、一度腰掛ける。
お客さんがいないから許されることよね。
「ルーシーさん、先程のルイスさんは……?」
「組合の時の知り合いが連れてきた方が本物らしいわ。とりあえずアンの部屋に入れてあるし、何かあったら少し──」
「休みでしたら、申告なしでも大丈夫ですよ。いつも真面目に働いてもらっていますし」
「……ありがとう、マスター」
「とりあえず私達もお昼にしましょうか」
今度こそ机を片付けて、私は賄いを食べることにした。
---
ルイスside
悲しみの海に沈んだ私(?)。
目を開けるのも億劫。
このままどこまでも落ちていき、
誰にも見つけられないのかな((
気がつくと、そこはカラフルな部屋だった。
見覚えがある場所で困惑していると、その部屋の主が現れる。
「やっと目覚めたのね、戦神」
「その呼び方、やめてもらえないかな?」
ふんっ、と顔を逸らした彼女に対して僕は苦笑いしか浮かべられない。
「君が助けてくれたのかい?」
「私じゃないわよ」
「……それなら一体誰が──」
「ラブクラフト」
あー、と僕は目を閉じる。
海に沈んだのなら、彼が助けてくれてもおかしくない。
多分だけど僕が海に落ちたことを仲間がラブクラフトに伝えてくれたのだろう。
「でも、どうして|アンの部屋《この場所》に?」
「うずまきにびしょ濡れで来たから仕方なく此方で保護したの。あ、服は私が着替えさせたわけじゃないわよ」
自分の服を確認して、彼女の方を見る。
ラブクラフトとの体格差を考えれば、彼の服なわけが無い。
そしてルーシーと僕は、そう身長が変わらない。
「……選んだのは君だろう」
「しッ、仕方ないじゃない!? 私がそう都合よくズボンを持ってると思った!?」
「後で請求すれば良いじゃないか」
あ、と彼女は全く気が付かなかったのか申し訳なさそうな顔をしている。
思い浮かばなかったのなら、仕方がない。
とりあえずワンダーランドに行ってちゃんとした服でも──。
「どうかしたの?」
「……ない」
「何よ」
「ワンダーランドに、行けない……?」
「、、、はぁ!?」
いや、本当に何でだろう。
異能空間にいるのが悪いのかな。
でも“不思議の国のアリス”はモノを出し入れする能力。
僕自身を送るよりも、服を持ってくる方が可能性としては成功率が高いと思うんだけど。
「とりあえずスカートは嫌だなぁ……」
「ちょっと待ってて。すぐにユ●ク○とかで買ってくるから」
彼女はいなくなり、一人アンの部屋に取り残される。
🎐🎐🎐🎐🎐
にしても、僕が溺れた時のことが気になるな。
僕は海へ落とされた。
それに──
『……アリスもいない今、君は一人だ。心配しなくても空きは埋めてやるから』
──だったかな。
何処で恨みを買ったかは数え切れないぐらいある。
「空きを埋める、ねぇ……」
変装が得意なのだろうか。
でも薄れゆく意識で見た彼の姿は僕とは似ていた。
というか例の彼について何も聞けてないや。
それと助けてもらったお礼、何が良いかなぁ。
「ほら、買ってきたわよ」
「早かったね」
「あのっ! 肌着とかはどれが良いか分からなかったから文句云わないでよねっ!」
云わないよ、と僕は着替える。
うん、流石と云ったところだろうか。
服のセンスが良い。
ユニ●ロとか云ってたけど、普通にお洒落なお店で買ってきたでしょ。
「……それで、今はどういう状態なわけ?」
「私も詳しくは知らないわ。ただ、貴方にそっくりな人が探偵社に出入りしてるぐらいね」
「そっくり……?」
「双子なんじゃないか、ってぐらい似てたわよ。それこそ赤ノ女王が髪を切って貴方の服を着てるのと同じぐらい」
へぇ、と思わず感心する。
結構注意深く見ておいてくれたのかな。
「それと、ラブクラフトが云うには中身は人間じゃないらしいわよ」
「……流石に人外へ喧嘩を売った覚えはないんだけど」
「人間には喧嘩を売った、みたいな言い方やめてくれないかしら?」
「実際に売ったり買ったりしてるからね。恨まれてる覚えもありすぎて誰が犯人か判断がつかない」
「……笑えないんだけど」
「僕も今のは笑うところじゃないと思うよ。せめて苦笑かな?」
とりあえず本人に接触するのが一番早いかな。
「偽物の貴方に会うつもりなら辞めたほうがいいわよ」
「……君、僕の思考でも読めるのかい?」
「ラブクラフトから先に云われていたの。上手く流されるか、口封じで消されるって。だから偽物探しより、情報収集を優先したほうが良いでしょうね」
彼がそう云うなら、言われた通りにしよう。
人外と呼ばれる類のものと戦ったことはあるけど、今回は面倒くさそうだ。
ただの戦闘で済めば楽だったけど、ラブクラフトが忠告するなら真正面からは避けたほうが良い。
「……因みに僕ってどれぐらい寝てた?」
「意識不明を寝てたって表現するのは貴方ぐらいよ……。質問に答えると、一日ぐらいね」
お昼過ぎに海に落とされ、その後ラブクラフトによってうずまきに運ばれた。
そこから丸一日は寝てたということか。
「探偵社の皆は?」
「偽物なんて思ってもいないでしょうね。あの赤ノ女王だって昨日の夕食をうちで一緒に済ませたぐらいだもの」
「もう一人の僕はアリスにも気づかれないぐらい僕と似ているのか……」
「というか、ラブクラフトが貴方を連れてこなかったら私も気づかなかったと思うわ。昨日も普通に異能力は使っていたし」
「なるほど、ね。異能が使えなかったのは其奴に取られているから。このままだと僕の立ち位置が完全に乗っ取られるな」
笑いながら云うと、彼女は引いているようだった。
別に引かなくてたって良いじゃないか。
やっぱり情報収集をしてから行動に移すべきだな。
その為には、まず彼を訪ねないと。
「……僕が表立って行動して相手にバレる、又は接触するのは危険だから協力してもらいたいんだけど──」
「良いわよ、勿論。というかラブクラフトが探偵社やマフィアじゃなくて私を訪ねた時点で、こうなるって予想はついていたもの。マスターには話してあるから、休みもすぐ貰えるわ」
「──流石、用意周到だね」
「万が一の場合は、異能空間に連れ込めば相手もどうしようもないわ。この部屋じゃアンが最強だもの」
微笑むルーシーの後ろでカタカタと音を立てるアン。
普通にホラーなのやめていただきたい。
「で、何処に行けばいいの?」
「まずは相手を知るところから、ってね」
---
ルーシーside
麦わら帽子を被って、サングラスをつける。
それ以外はいつもと変わらない格好だけど、流石に不審者すぎないかしら。
「すみません、お待たせして」
「……私は全然大丈夫よ。というか、本当にいいのかしら? 一応私って組合の一員だったのだけれど」
「あの電話番号は、そう知ってる人がいないので」
どうぞ、と扉が開かれ私は車に乗り込んだ。
何故、特務課の参事官補佐の人とこうして密会のようなことをしているのか。
それは少し前に遡る。
🎐🎐🎐🎐🎐
「──内務省異能特務課!?」
うん、と戦神は私の用意した紙とペンでサラサラと文字を書いていく。
「特務課全体を動かせば、それこそ相手に気付かれかねない。彼ならきっと相手が何者か──いや、正確には過去にも同じことをしていないか調べてくれるはずだよ」
携帯電話は流石に持っていないから、マスターに借りてお店の固定電話から掛けることにした。
そもそも、知らない番号に出てくれるわけない。
駄目だったらどうするつもりなのか、なんて考えていれば三回目のコールが終わる直前にその人は出た。
『……どちら様でしょうか』
「坂口安吾で合ってるかしら? 戦神──ルイス・キャロルの代理で失礼するわ」
『ルイスさんの……!』
電話越しでも驚いているのが分かる。
この番号は中々教えていない、と戦神が云っていたけれど本当なのかしら。
「今、ちょっと色々あって本人が動けないから代理で掛けさせてもらったわ。私はルーシー・M・モンゴメリ。電話番号は探偵社のビル1階の喫茶うずまきよ」
『……ルイスさんが動けないというのは?』
「簡単に云うなら戦神が殺されかけて、彼と瓜二つの何者かがルイス・キャロルとして生活してるのよ」
それから色々と説明して、坂口安吾は現在の戦神の状況を理解してくれたようだった。
「とりあえず戦神の伝言で成り代わりが可能な異能者、又は似た事件がなかったか調べてもらいたいのだけれど」
『すぐに調べます。連絡はこの番号で大丈夫ですか?』
「大丈夫よ。悪いわね、個人携帯を持っていなくて」
『いえ、それは問題ではなくて……。ルイスさんの携帯は今どうなっているのかな、と』
「……本人はワンダーランドに入れてる、って云ってたわよ」
『では、その偽物が持っている可能性が高いですね。やはり連絡はこの番号でしましょう。調べ次第連絡するので、それまでは待機するようルイスさんにお伝え下さい』
「えぇ、分かったわ」
🎐🎐🎐🎐🎐
という感じで、数時間後に電話が来たと思ったら待ち合わせ場所を指定されたのよね。
で、車に乗ると彼は資料を見せてきた。
「結論から申しますと、容姿を寄せる異能というのは日本だけでなく欧州などでも確認できていません」
「じゃあこの資料は──」
「ルイスさんに頼まれていた、もう一つの方です」
ペラペラと捲ってみると、それは未解決事件について書かれているようだった。
ふと目に入った文字を読み上げる。
「ドッペルゲンガー……?」
「昔から自身とよく似た人物がいる、と云う通報や相談が多いんです。僕がマフィアに潜入していた時にもソレはありました」
「……貴方、マフィアに潜入していたの!? 弱そうなのに!?」
「失礼ですね。これでも一応“かつて幾つもの秘密作戦を成功させてきた、対異能犯罪の達人”と呼ばれるぐらいには頑張ってきてますが」
「人は見かけによらないものね」
「さっきから失礼過ぎませんか?」
「いや、貴方だけのことじゃないわよ。戦神も、探偵社の和服少女も。外見に合わない過去や力を持ちすぎなのよ」
はぁ、とため息をつくと彼は自分の手元にも同じ資料を持っているようだった。
「話を戻しますよ」
「えぇ」
「ドッペルゲンガーの見分け方は分かりません。ただ、同時刻に別の場所へもう一人の自分がいる……と、本人はドッペルゲンガーに出会うことが出来ないんです」
「……偽物は本物を避けているの?」
「その可能性が高いですが、ルイスさんのように本物を消そうとしたケースは今回が初めてです」
そもそもドッペルゲンガーの目的も分からない、と。
本当に面倒なことになってきたわね。
人外の類ってラブクラフトも云ってたけれど、それは伝えてなくて良いのかしら。
戦神に口止めされているから、絶対に云わないけれど。
「僕がマフィアにいた時、例の相談してきた黒服が亡くなってから彼のドッペルゲンガーも姿を消しました。もしかしたらドッペルゲンガーは誰かの異能で創られた、ルイスさんとアリスさんのような鏡映しの存在なのではないでしょうか?」
「どうかしらね。とりあえず、明確な殺意を持って海に落とされたらしいわ」
「……それだと別世界の人間という線もありえそうですね」
少し考え込んでいる彼の隣で、私は別のページも読み進めていった。
共通していることは本物が通報・相談しており、本物が死ぬとドッペルゲンガーの姿は消えている。
本物と偽物が対面した場合、本物が原因不明の死を遂げている。
そして、偽物の姿は跡形もなく消えている。
この場合はもう別の人になってる、と考えたほうがよさそうね。
あと、私だけが知ってる情報としては人外の類。
ラブクラフトが教えてくれたことだけど、きっと嘘ではないでしょうね。
戦神は異能も取られている、と云っていたけれど本当なのかしら。
ただ赤ノ女王も気が付かないのは恐ろしい。
記憶なども引き継いでいると考えていいわよね。
「……っ、これは」
彼が見せてきた携帯の画面。
映るのは“ルイス・キャロル”の文字。
「勘付かれたのかしら」
「とりあえず出ます。変に刺激してもいけないので」
スピーカーにして聴いていたけれど、特におかしい場所はない。
探偵社に渡した依頼で不明点があるから聞いただけ。
声も、話し方も。
私が保護している戦神との違いが分からない。
『あ、最後に一つだけ良いかな』
「何でしょうか」
『君、本当に今一人かい?』
思わず私も彼も息を呑んだ。
「……はい、一人ですよ」
『そう、じゃあ僕の見間違いかなぁ──』
ダンッ、と嫌な音が聞こえた。
視線を携帯電話から上げる。
車のボンネットに、携帯片手に乗っていたのは紛れもない“偽物”の戦神。
次の瞬間にはフロントガラスが割られ、破片で少し怪我を負う。
私も彼も、車から降りられた。
直後に爆発したことを考えると、どれだけ危険な状態なのか嫌でも理解する。
「大丈夫ですか!?」
「平気よ。……それよりもアレをどうにかしないといけないんじゃなくて?」
「アレ呼ばわりなんて、酷いじゃないか」
相変わらず、本物との違いは分からない。
ただ、その笑みに冷や汗が流れる。
「安吾くん、彼女は元組合だよ。変な情報に踊らされるなんて、まだまだ半人前じゃないかな」
「……そうですね」
「ちょっと……!」
「──貴方は半人前です、ドッペルゲンガー。ルイスさんの記憶や異能を引き継いだところで、あの人には到底及ばない」
「……覚悟は出来てるみたいだね」
武器を取り出したかと思えば、目の前に偽物は居た。
避けるには|異能空間《アンの部屋》に逃げるしかない。
「(でも、その後は……?)」
アンに彼が止められるとは思えない。
本物だって、偽物に勝てるかなんて分からない。
私だけ逃げるわけにも──。
「っ、ルーシーさん……!」
銃声が響き渡る。
痛みはない。
というか、坂口安吾が銃を持っているけど煙は上がっていない。
なら、誰が撃ったのか。
そんなことを考えていると身体が急に後ろへ引かれた。
「うわっ!?」
「あ、転ばないでよね? 今は此処から離れるのが優先だから」
腕を捕まれ、足が絡みそうになりながら走っていく。
何度も転びそうになった。
でも、その度に彼は腕を引っ張り上げて、私のことを操りながら現場から離れていった。
---
安吾side
「何故、貴方が此処に……?」
「別に君を助けに来たわけじゃないからね。あと腕が落ちたんじゃない? 昔の君ならもっと早く射撃できたでしょ」
彼とよく似た砂色の外套と、包帯が風で揺れた。
「パソコンとにらめっこも程々にしておきなよ、安吾」
「……そう出来たら良いんですけどね」
「それで、うずまきの女中さんと密会なんてどうしたの? 年下が好みなんだっけ?」
「変なことを云わないでください」
「じゃあ年上が良いの?」
「下らないことを話す余裕があるのは分かったので──」
彼女のことを、と云いかけて辞めた。
もう、この場を離れている。
「それで乱歩さんに色々聞いたけど、アレ本当に偽物なの?」
「本物はルーシーさんの異能空間にいます」
「ふーん。まぁ、ルイスさんが何の考えもなく武器を持つわけがないから偽物なのは分かってたけど、安全な場所にいるならいいや」
また僕のものではない銃声が響き渡り、それを弾いた音も聞こえた。
「ルイスさんと同じぐらいかな、戦闘能力は」
「……太宰くんまで、僕を偽物呼ばわりするのかい?」
「君はルイスさんのことをもっと知るべきだよ」
太宰くんが触れたが、姿は変わらない。
ただ、異能は使えないのか新しい武器は手元に出せないようだった。
「……。」
此処からでは太宰くんの顔は見えない。
何を考えているのだろう。
どうして、この場所が分かったのだろう。
まぁ、太宰くんは何時でもそうだからこれ以上は考えないことにした。
「安吾」
「……どうかしましたか、太宰くん」
「アレって何者? 変装にしては似過ぎだし、記憶と異能を引き継いでるのはおかしい」
「それは僕達も知りたいですよ」
騒ぎになってきたからか、偽物のルイスさんは逃げた。
とりあえず考えるのは、後始末をしてからにすることにした。
🎐🎐🎐🎐🎐
「……お久しぶりです、福沢社長」
探偵社設立前から拠点としていた晩香堂。
そこで待っていたのは探偵社の社長である福沢社長と──。
「もう遅いよ! お菓子買ってきてくれた!?」
「買ってきてますよ、乱歩さん。無事辿り着けたようで何よりです」
「まぁ、僕にかかれば逃げるのも簡単だからね!」
「……判断が出来なくて足手まといになって、ごめんなさい」
「いえ、無事で何よりです」
表情の暗いルーシーさんに掛ける言葉は、これ以外に見つからなかった。
僕も判断が遅かった。
太宰くんがいなかったら、と考えると嫌な汗が流れる。
「それで、偽物のルイスはどうだったの?」
「面白いぐらい似てましたよ。それこそ、特別な化粧をしたと云ってもおかしくないぐらい。見た目に関しては異能じゃないですね」
太宰くんが説明してくれている間に、僕は燃えてしまった資料の代わりをタブレットに用意していた。
「……ドッペルゲンガー、か」
「どうかしたの、社長」
「いや、日本での事例はこれぐらいしかなくて当然だと思ってな」
なるほど、と太宰くんはルーシーさんに何か頼む。
五人しかいなかった晩香堂に現れたのは、もちろん彼以外ありえない。
「ふぅ……久しぶりに外に出れたよ、屋内だけど。あの空間でアンと遊ぶのも楽しかったけど、そろそろ真面目に動かないとね」
そう肩を回しながら云ったルイスさんに対して、多分僕以外にも思った人がいるだろう。
「(遊んでたのか、この人)」
下らないことは置いておいて、ルイスさんにも話に混ざってもらった。
ドッペルゲンガーとは、自分自身の姿を自分で見る幻覚やその分身のこと。
「……私が知っているドッペルゲンガーなら、太宰が触れたことでルイスの姿から変わらなくてもおかしくはない」
「それは人じゃないからですか?」
「詳しいことは貴君の方が知ってるんじゃないか、ルイス」
「……そうだね」
---
ルイスside
戦時中、そして現在と生きてきて知識量はそこそこあるつもりだ。
そしてドッペルゲンガーのことも多少知っている。
「見たら死ぬとか云われてるけど、正確には目が合った時に寿命を盗ってるんだよね。アレには頭上に寿命が見えているから」
「……それは是非、私の寿命教えて頂きたいね」
「資料にあるドッペルゲンガーについて何か気になることは?」
サーッと目を通して僕は少し考え込む。
本人が原因不明の死を遂げる、か。
寿命が尽きたことによる死だからね。
まぁ、死因不明と云われても仕方がない。
「ドッペルゲンガーはどうして姿を変えると思う?」
「怪盗ルパンみたいに逮捕されるのを防ぐため……とかじゃないかしら?」
「いや、寿命を延ばす為だね」
冷静な声に、僕は微笑む。
「正解だよ、乱歩。アレは死にたくないから対象を殺して、自らの寿命を伸ばしている」
「確か、幼子や贄にされた──生きたかった者達の霊魂の集まりだったか」
「よく知ってますね。こういう都市伝説とかは興味ないかと思ってたんですけど」
「あの、それじゃあルイスさんを殺そうとした理由は……?」
安吾の問いの答えは簡単だ。
「短い寿命を奪いながら多くの人に成り代わって生きていくのと、長い寿命を奪って一人だけ演じて生きていく。簡単なのは後者だろう?」
「……まるでルイスさんの寿命に終わりがない、みたいな言い方をしますね」
「実際そうだから」
爆弾発言に、殆どの人が固まっていた。
まぁ、云ってなかったもんな。
「僕はルイス・キャロル。別世界のアリスで、この世界の人間ではない。年を取らないというのは寿命が無限にあることを示唆するからね」
勿論、重傷を負ったり極度の飢餓状態になれば死ぬ。
溺死させようとしたのは、それが一番速いからなのだろう。
そして、あくまで会話に取り上げていた寿命というのは、何事もなく老化で死んだ場合だ。
僕はどれだけ寿命があるのか、分かっていない。
成長することのないこの身体がいつ朽ちるのか分からない。
それは怖いことだ。
「(──でも、死ぬのは絶対に今じゃない)」
僕より生きたいと願う霊魂たちには悪いが、今の立ち位置は結構気に入っている。
そう易々と渡すわけにはいかない。
「兎に角、アレを成仏させるのは苦労するよ。出来ていないから今もこうやって被害が出ている」
「じゃあどうするのよ。今も異能が使えないなら本物と証明することなんて出来ないし、此処にいる人以外は全員敵と云っても──!」
「どうするつもりだ、ルイス」
社長の言葉に少し圧倒されながらも、僕は人差し指を口元へ運ぶ。
「目には目を、歯には歯を。そして異能者には異能者を」
「まさか貴方……」
「君の予想通りだよ、ルーシー」
人ならざる者には人ならざる者を、ね。
---
ラブクラフトside
「──ということだから、力を貸してくれない? えーっと……ラブポイントだっけ?」
「ラブクラフトよ、探偵さん」
大勢(5名)で押し掛けてきたかと思えば、急に何だこの人達は。
説明は聞いた。
聞いたが、力を貸すのは面倒くさい。
面倒くさいから、彼女に全投げしたのに。
全投げした筈なのに、どうして彼らはここにいる。
「人外には人外、って戦神が云ってたのよ」
「……帰ってもいいだろうか」
「私達だけではどうにか出来そうにない。故に貴君の力を貸していただきたい」
帰ろうとしたら仲間たちが手伝うよう促してきた。
ルイスくんの寿命が尽きれば、次狙われるのは私かもしれない。
いや、確かにそうだが。
「君が被害に合う可能性もあるんじゃあないのかい? ほら、ルイスさんも助けてくれた対価は支払うって云っていたからさ」
まぁ、少しぐらいなら良いだろうか。
---
アリスside
昨日から探偵社はいつもより静かだった。
太宰くんの行方知れずは、もう恒例行事と化している。
また何処かの川を流れているのかしら。
後は心中してくれる美女を探しているとか、拘置所にいるとか。
初めの頃は慌てていた敦くんも、今は一切触れなくなった。
まぁ、他に気になることがあるからなのかもしれないけれど。
「社長と乱歩さん、何処に行ったんでしょうね」
「昨日から連絡も取れてないんですよね? 何か事件に巻き込まれたとか──」
「その心配は要らないぞ、谷崎。明け方に社長から連絡が入っていた。“乱歩と共に暫く社を空けることにしたから任せた”とな」
ふーん、と私も頭の片隅で話を聞く。
その感じだと、どっちか分からないわね。
谷崎くんの言う通り、何かの事件に巻き込まれたりしているのかもしれないし、関わっていること自体を隠したいのかもしれない。
でも乱歩と一緒なら、探偵社設立の二人ではないといけない案件なのかも。
「ルイスはどう思う?」
「……まぁ、連絡があるなら無駄な心配はいらないんじゃないかな」
ただ、太宰くんも乱歩もいないとなると警察が来た時に面倒よね。
正直あの二人が|武装探偵社《この会社》の“探偵”部分だし。
「ルイスさん」
「……。」
「ちょっとルイス、鏡花ちゃんが呼んでるわよ?」
あぁごめん、とルイスは心あらずの状態だった。
何か知ってるのかしら。
だとしたら、私に教えてくれたって良いのに。
「昨日の案件の報告書を確認してたんだけど、文字が途中から変になってる」
「……あぁ、ごめんね。すぐ直すよ」
チラッと見えた資料は鏡花ちゃんの言う通り、途中から日本語ではなかった。
何故かフランス語。
英語なら母国語になるから、まだ分かるのだけれど──。
「マズい……!」
勢いよく立ち上がった国木田くんは、いつもの理想手帳を見つめていた。
「どうかしたんですか?」
「明日は政府の方と会食が入っているんだ。社長はもちろん出席しなければいけないのだが、もしかして忘れているのだろうか?」
「でも社長に限って忘れるなんてこと無いと思うんですけど……」
「とにかく早急に確認を──!」
慌ただしい国木田くんに対して、私の隣にいるルイスは全く興味を示していなかった。
フランス語を日本語に直すのに集中してる、というわけでは無い。
それぐらいは長年付き添えば分かる。
🎐🎐🎐🎐🎐
「アリス、一旦お昼休憩でも行かないかい?」
「貴方の仕事のキリが良いなら構わないけれど」
それじゃあ、と私達はうずまきへと向かった。
何かおかしい。
違和感の正体が掴めないまま、時間だけが過ぎていく。
「そういえばマスター、組合の子はどうしたのかしら? 昨日から見ていない気がするのだけれど」
「働きすぎなので暫くお休みにしてるんですよ」
お休み、ね。
一つ一つ気になるところがあるけれど、一向に点が繋がりそうにない。
気になるところも、大したことじゃないから考えすぎかしら。
でも“昨日から”一斉に動き始めている。
「食後の珈琲です」
「ありがとう」
珈琲に映る私の姿はいつもと変わらない。
「ルイス、国木田くんに半休するから伝えておいて」
「……どうかしたの?」
「大したことじゃないわよ。何かあったら電話してちょうだい」
私は代金を机に置き、店を出た。
---
ルイスside
「ということで作戦会議を始めましょう!!」
「何であんなテンション高いのよ、あの人」
「……済まない」
「まぁ、太宰君は昔から謎なところが、多いので」
「自殺マニアのことなんて誰も理解できないでしょ」
「……帰っていいだろうか」
「待って待って待って待って!」
帰ろうと立ち上がったラブクラフトの腕を掴んで座らせる。
嫌そうな顔をされたが、本当に帰られると困る。
太宰くんに司会を任せたのが間違いだったか。
でも乱歩はやりたがらないし、安吾くんも探偵社ではないから身を引いている。
「まずはドッペルゲンガーのおさらいから。人ならざるもの──人外の類で、まだ生きたかった人々の霊魂の集まりで合ってますか?」
「……合ってるが」
「寿命を奪いたい相手を殺すことで、ドッペルゲンガーは生き延びることが──」
「それは、違う」
ラブクラフトの発言に全員が困惑した。
いや、乱歩はそこまで驚いていないように見える。
「ソレらは、成り代わろうとしない。目がついた人間の姿を借りて、好きなように生きているだけ。相手が|都市伝説のもの《ドッペルゲンガー》だと認識してしまった状態で視線が合うと、寿命を取られる」
「……ルイス、落とした相手をドッペルゲンガーだと思ったか?」
「いや、思ってない。姿が似ているなーぐらい」
それだと、と僕は目頭を押さえて宙を仰ぐ。
「ドッペルゲンガーは基本的に無害な人外?」
「……? 昔からそう。今もたぶん何処かの街で、楽しく生きている」
「あまり驚いていないようですけど、もしかして乱歩さんは犯人がドッペルゲンガーじゃないの気づいていました?」
「確信はなかったけどね」
なら教えてくれ、と心の底から思った。
でも、よく考えたら確かにおかしい所あるよね。
まず本人の死体が出たら成り代わりなんか出来ない。
そして死にたくないのではなく、ドッペルゲンガーは《《生きたい》》という想いで集まった純粋な霊魂たち。
一度寿命を奪えば、その分だけ生きられるのだから無駄に殺しはしない。
というか相手を殺しても意味がない。
ラブクラフトの発言的にドッペルゲンガーという存在が複数いるから、死因不明の遺体は数年に一度あがる。
そもそも相手がドッペルゲンガーを知らなかったら意味ないし。
「それだと、ルイスを殺そうとした者の正体は何なのよ。人外なことは変わりないんでしょう?」
コクン、と頷いたラブクラフト。
そもそも犯人だと思っていたのが違うのならば、どうしたら良いのか本当に分からない。
もしかしなくても詰んでるかな、コレ。
「異能以外にも、不思議な力は存在する。再生に時間が掛かったあの力も、純粋な異能力ではない」
「うげぇ……こんなところで蛞蝓の話が出るなんて」
「なになに、あの素敵帽子くんって只の異能力者じゃないの?」
純粋な異能力、ね。
僕もそれに含まれてるんだろうな。
そんなことを考えていたら、ラブクラフトと目が合った。
「……君は、敵が多すぎ」
「あー、なるほど。そういうことか」
「何か分かったか、ルイス」
「ラブクラフトの話でなんとなーくだけど」
「アレがドッペルゲンガーと似たのは、偶然じゃない。たぶん、異能が盗られたのも。あとは国のせい」
「いやいや、流石に日本のせいにするのは──」
「ちょっと! ラブクラフトに戦神、私達も話に混ぜなさいよ」
「色々話が飛躍してて内容が全くなんですけど……」
「少しは頑張りなよ、安吾」
「太宰の言う通りだな。特務課もこういう仕事あるでしょ? 実際、ドッペルゲンガーは未解決事件だったんだし」
そうだ。
此処には天才が二人いるんだった。
ラブクラフトって言葉が足りないところあるのに、事情を知らなくても分かるって相当でしょ。
その推理力を分けてくれ。
「……乱歩、簡単にまとめてくれ」
「全く、社長の頼みなら仕方ないなぁ!」
嬉しそうだな、乱歩。
「とりあえず皆の共通知識として聞こうと思うんだけど、ルイスって何?」
「何、と聞かれても……」
「じゃあ君! ルイスのことをいつも何と呼んでる?」
「……“戦神”だけれど」
「そう。ルイスは元英国軍異能部隊に所属していて、英国で“戦神”と呼ばれるほどの人物だ。そして、戦場で行われているのは──」
「殺し合いだな。自身の所属する軍が、己が正義だと思っている者たちの争い」
社長の言葉に、乱歩は正解と指差す。
当時、兵隊だった子供はそう多くない。
殺してきた殆どが、僕に殺されたと理解していることだろう。
“戦神”と呼ばれるようになってからは余計に、ね。
「そういえば、“人外に喧嘩を売ったことがない”って前に云っていたわよね?」
「あぁ、確かに云ったね。僕が相手してきたのは全て人間だ」
「此処で思い出して欲しいのは、ドッペルゲンガーは“生きたかったという想いを持った純粋な霊魂”が集まっているということ」
ラブクラフトが云っていた点と点が、線になる。
「つまりルイスの敵が多いというのは、“ルイスに殺された人達”が多いと言い換えることが出来る。そして彼に対する怨恨が、ドッペルゲンガーのように実体を持った」
「……見た目はルイスくんと、そう変わらない。でも本質は黒く、人外の類でも異常」
「では、能力が取られたというのは──」
「ルイスさんを殺すため。それか、実体を持ったことで得た能力じゃないかな」
「最後に云っていた“日本のせい”というのは、正確には“時期”が関係してますか?」
そうだろうね、と乱歩は流石に説明が疲れたのかお菓子を食べ始める。
どうやらルーシーは分からないようだった。
まぁ、普通だったら自分の国の|行事《イベント》しか知らないよな。
「今はお盆で、先祖の霊が現世へ帰ってくるんだよ。それに便乗した、じゃないだろうけど霊が多いことで最後の一押しになったんだと思うよ」
「……ハロウィンとかの方が近い気がするけれど」
「僕もお彼岸の方が近いと思うよ。でもまぁ、基本的にワンダーランドに引きこもってたから。それに──」
夏は、特に戦争を思い出すから。
「それでどうします? 実体があるから触れたり出来ましたけど、人外相手の作戦なんて全く思い浮かばないですよ?」
どうやら、流石の太宰くんでもお手上げらしい。
乱歩は暫く休憩するだろうし、やはり此処は専門家の意見を聞くしかない。
「……視線が痛い」
「何か良い案ないかなって」
「……私じゃなくて、そこの政府の人に聞いたら良い」
「申し訳ないのですが、流石に人外との戦いは記録になくて──」
「もう少しだけ協力してくれないかしら。貴方ぐらいしか頼れる人いないのよ」
「そう、云われても……」
困らせたいわけではないが、このまま成り代わられるわけにはいかない。
「一つ良いか、ルイス」
「社長?」
「貴君の異能力は“不思議の国のアリス”で、モノを収納できるというものだったな?」
急に確認してきたなぁ、と思いながらも肯定する。
何も間違っているところはいない。
まぁ、アリスと分かれて“鏡の国のアリス”が完全に使えなくなってちょっと不便だけど。
「知り合いの持つ異能剣は収納異能を持っていないが、謎の空間から出し入れが出来る。一度“ヴォーパルソード”を試してみたらどうだ?」
「……確かに」
確かDead Appleの時って異能使おうとしてなかったんだよな。
「──来い、ヴォーパルソード」
空間の裂け目から現れたグリップを握り、抜刀するようにまっすぐと抜く。
青白く光る剣は相変わらずらしい。
とりあえずの武器は手に入ったけど、異能戦じゃないとただの鈍器なんだよな。
これ、研いで貰ったらちゃんと切れるようにならないかな。
「流石に異能無効化が効かなかったから厳しいと思いますよ」
「──だよねぇ……」
本当にどうしたものか。
「……可能性としてありえるのは、帽子の彼。たぶん、異能ごと全て消えるけど」
「そもそも異能って戻るのかしら?」
「ウグッ、一番気にしていたことを……!」
「悪かったわね、戦神。でも最悪なことは考えてた方が良いじゃない」
「異能ねぇ…」
眼鏡は取り出さず、乱歩は小さくため息をつく。
多分、何かしら思いついているのだろう。
ただ決定打ではない。
「ラブクラフトさーぁん」
「……?」
「本当に人外ってどうしようもないの?」
「基本的には。ドッペルゲンガーは、寿命が尽きたら死ぬ」
「目的が達成したら死ぬ、とかは?」
「……聞き覚えはない」
ですよねぇ、と太宰くんは椅子に寝転がった。
🎐🎐🎐🎐🎐
少し経ち、相変わらず作戦という作戦は思い浮かばない。
ただただ時間が過ぎていくのに焦りを覚えながらも、進展することはなかった。
福沢さんは一度出かけるらしく、僕以外は眠っている。
「──異能力“不思議の国のアリス”」
やっぱり異能は使えず、ため息も吐き尽くした気がする。
もう何も云えない。
僕はいなかったことにした方が早いんじゃないだろうか。
探偵社は心地よかった。
ヨコハマという街を、そこで暮らす人を。
多分、僕は愛しているのだろう。
でも諦めるしかないのなら、僕はそれを受け入れよう。
元々この世界に存在しない人物だ。
殺した人々によってこの状況になったというのなら、仕方がない。
「──と、割り切れるなら良かったんだけど」
太宰くんに乱歩、社長という武装探偵社。
安吾くんという異能特務課。
ルーシーにラブクラフトという元組合。
「独り言うるさいよ」
「……起こして悪かったね、乱歩」
「別に良いけど」
ふわぁ、と欠伸をしながら彼は紙を広げた。
「諦めるなら新しい戸籍を用意して貰えば良い。でも、君は探偵社にまだ居たい」
「そりゃあ見通されてるよね」
ため息を吐きながら僕は乱歩の隣に並ぼうとする。
広げていた紙は、どうやら地図のようだった。
「アレはルイスに成り代わろうとしている。でも、それが最終目的ではないね」
「……冗談、じゃないか」
「僕達が動き始めた時点で、偽物も勘付いているだろうね」
少し考えて、でも乱歩が云う最終目的は判らなかった。
彼はその頭脳で気がついているのだろうか。
そんなことを考えていたら、もう海に落ちてから2日半ほど経とうとしていることに気がついた。
時の流れは早い。
いや、僕が異能も使えないのに呑気にしているのが悪いのだろう。
「乱歩」
「良いよ」
「……返事が早くないかい?」
「君が頼んでくるのを待っていたからね」
こういうのは普段信じないんだけど、と乱歩は地図を見てある場所を指差した。
「此処に向かうよ、ルイス」
🎐🎐🎐🎐🎐
横浜の或る山の上。
乱歩について行って辿り着いたのは神社だった。
「昔から異能と人外の力は間違われやすかった。そして人外を相手する為の異能力というのは、存在する」
「人外を相手する為の異能力?」
退魔師のようなものだろうか。
日本語で云うと巫女とか。
で、乱歩はどうして知っているのだろう。
「……あら、探偵さん?」
階段を登りきった境内の奥から、そんな声が聞こえた。
「そちらの方は──?」
「ルイス・キャロル。うちで一番の新人だよ」
「あ、自己紹介が遅れました。私は神楽と申します」
ペコッ、とお辞儀をしておく。
年齢は鏡花ちゃんと変わらないぐらいだろうか。
見た目より大人びて見える。
「おじさんは?」
「父はもう動くことが難しく、先日私が引き継ぎました」
「……そっか。じゃあ全部終わったら社長も連れてくるよ」
「はい。そうしていただけると、父も喜ぶと思います」
それでご要件は、と神楽さんの雰囲気が変わる。
穏やかで優しい印象だったけれど、話的に彼女が例の異能力者なのだろうか。
まだ若いのに──。
「ルイスが成り代わろうとしてる霊に海に落とされて殺されかけた。あと異能も取られてる」
「それは大変でしょう。霊の仕業だと分かった理由をお聞きしても?」
「知り合いに人外がいて、殺されかけたところを助けてもらった。彼によれば怨恨の塊らしい」
「……探偵さん、また面白い方が入社しましたね」
「でしょ? とりあえずルイスを殺して終わりじゃないと思うから、此処の力を貸してもらいたいんだけど──」
「もちろん協力させてください。新人さんが困っているのは見逃しておけませんし、人外が相手なら尚更です」
「話が早くて助かるよ。本当はもっと早く来ようと思ったんだけど、誰かさんが僕に助けを求めなかったからさ」
「……何かすみません」
日が沈み始めた頃、ドンッという強い揺れに襲われた。
地震大国だし、たまたまかと思ったが街を見て乱歩が呟く。
「……やっぱり成り代わりが最終目的じゃない」
所々上がる煙。
これじゃまるで、組合の時に発動されたQの異能みたいだ。
このままでは街が壊されてしまう。
皆が愛する、この街が。
それだけは絶対に避けたいことだ。
「──っ、!」
身体はすぐに動こうとしたけど、上手くいかない。
アリスと別行動できるようになってから、鏡の操作を僕は完全に出来なくなった。
昔みたいにモノを出し入れするだけ。
ちゃんと座標を分かっていれば転移異能としての力もあるけど、あまり期待しちゃいけない。
まぁ、|不思議の国のアリス《その異能力》自体が無いわけだけど。
武器のない僕が単身で策もなく行くことを止める為にか、乱歩は僕の手首を掴んでいた。
「探偵さん、準備をしてこようと思ったのですが……一つお聞きしても?」
「何か引っかかった?」
「怨恨の塊にしては、存在が大きすぎます。これでは横浜にいる人間は勿論、無害な人外たちも巻き込まれているかと」
神楽さんの瞳は、真っ直ぐと此方を見据えている。
「一体、どれほどの怨みの対象にされているのですか? ルイスさんが一人で背負うべきものではない」
どれほど、ね。
そんなの聞かれても答えられるわけがなかった。
恨んでいるのは、きっと僕が殺した軍人たちだけではない。
アリスが行方知れずだった分、此方に流れてきたことだろう。
あとは──。
「僕は先の戦争で勝利した国の英雄だ。欧州での知名度は高いし、遺族とかの怨みも集まっていると思うよ。常闇島にもいたこともあるから、お盆で霊たちが子孫に会うより怨念に惹かれたかもね」
「……嫌なことを思い出させてしまいましたね」
「え……?」
「ルイス、めちゃくちゃ顔に出てるから。とりあえず僕は社長に連絡する」
単独行動禁止、と乱歩に念を押されてその場に立ち尽くす。
神楽さんに境内を案内されて進んでいくと、住居があるようだった。
「少し此方でお待ち下さい。私もすぐに準備してきますので」
縁側に腰掛け、辺りを見渡す。
「……涼しい」
山の中で、木陰になるからだろうか。
ずっと流れていた汗は不安からだったのか、夏の暑さからか。
汗は止まり、少し冷静になれた気がした。
でも、今すぐにでも街へ行きたい。
誰かが助けを求めているのなら、手を差し伸ばしたい。
「ルイス」
「……何があった」
乱歩の視線は、細かく揺れている。
何かあったのは明白だ。
「社長に、繋がらない。国木田にもだ。会場に連絡しても駄目で、何かが起きてる」
---
福沢side
通信機器は取り上げられ、外部との連絡を絶たれた。
外から爆発音などが聞こえており、無関係とは考えられない。
ひとまず、目の前にいる人物について考えるべきだろう。
「……社長」
「目の前にいるルイスなら偽者だ」
あまり刺激していけないと思いながらも、どうするか案は浮かばない。
相手は一名。
私の考えが正しければ、彼は怨恨の塊。
太宰が触れることが出来たことから、縄さえどうにかすれば抑えられることだろう。
ただ、下手に動いて政府の重鎮に犠牲が出れば──。
「……ため息しか出ないな」
---
ルイスside
「……一度、探偵社に戻ろう」
え、という小さな声が聞こえた。
探偵社に戻るというのは、中々大変だろう。
だがしかし、今の僕には異能力がない。
それは、戦うことが出来ないことを表している。
ハッキリ云うなら足手まとい。
「何が相手であれ、ヴォーパルソードだけでは戦うことが難しい。探偵社には何かしらの装備ぐらいあるでしょ」
「で、でも探偵社までの道のりだって危険が──!」
「沢山あるだろうね。君を守りながらだと余計に長く感じるかもしれない」
僕は知り合いを、この街で暮らす人を大切に思っていた。
「……この街を愛している。そう、今なら胸を張って言えるよ」
「ルイス……」
「まぁ、君はここで待っていた方が賢明かもしれないけどね。探偵社の頭脳は君だけじゃないし、通信が遮断されているわけではないんだろう?」
「お待たせしました」
少女の声へ視線を向ける。
準備というのは、どうやら武器のことだったらしい。
「……探偵さんが残っても此方としては問題ありません。結界は張ってあるので、外の影響は受けないかと」
「結界、か。何だか凄いね、神社って」
「神のいる社で神社ですから。異能に対してはあまり機能しませんが、人外なら触れた瞬間に不快になるのか寄り付かなくなります」
「へぇ……なら、僕は人外には当てはまらないのか」
「……どういうことでしょうか」
「これでも一応、別世界の人間だから。神とか信じているわけではないけど、ヒトであることは認められているみたいだね」
「探偵さん、また面白い方が入社しましたね。本当に」
まぁ、と乱歩の返事はハッキリとした声ではなかった。
「……それで神楽はどこから聞いてたの?」
「ルイスさんの《《この街を愛している》》からですね。なので探偵さん、良ければ父のことを頼めませんか?」
「……、」
「私達で必ず社長さんも助けてきますので」
「……頼む」
---
No side
「──悪ぃ! そっちに一体行った!」
声を荒げる立原の視線の先には武器を構える銀の姿。
《《それ》》はとても人間に近い何かで、途中から銀の攻撃に慣れ始めたのかダメージが入っている様子がない。
補助に入ろうと拳銃を構えるも、《《それ》》は此方が見えているかのように立ち位置を変えて同士討ちを狙っている。
「クソッ、このままだと銀が──!」
「異能力“落椿”」
「じいさん!」
「ひとまず波は去った、と云えるところだろうか」
珍しく息が上がり、深呼吸を繰り返す広津。
立原と銀も、その部下たちも疲労が溜まっているようだった。
「一体何なんだよ、アレは」
「長年生きていても分からないことはある」
「……急に現れたと思ったら攻撃してきやがって。クソッ、少ない部下も守れなくて何が十人長だよ」
「そう自分を責めるな、立原」
銀も頷いていると、彼女の背後に影が見えた。
すぐに動いたのは立原だった。
まだ拳銃は手元にあり、安全装置も外されている。
ただ、銀の喉元へ伸びる刃のようなものの方がはるかに早く間に合いそうにない。
「……その程度か、黒蜥蜴」
横から現れた黒い獣が、影に喰らいつき壁へ衝突する。
獣のやってきた先──声のする方へ誰もが視線を向けた。
黒く長い外套を身に纏うその人物は、砂埃のせいか口元を手で抑えて小さな咳をする。
「兄さん……!」
駆け寄った銀に、芥川は大丈夫かと小さく声をかける。
問題ないと答えてはいるが、それは戦闘に関してのみだった。
身体の調子はあまり良くないらしい。
ふぅ、と黒蜥蜴が胸を撫で下ろしていると、遠くから一人の女性が駆け寄ってきた。
端末を弄りながら走っているため、何度か転びそうになっている。
本当に顔面から転びそうになった瞬間、女性は黒い獣に咥えられて芥川の元まで連れてこられた。
「僕は転びそうになりながらでも良いから早く来るよう云っていないが」
「す、すみません芥川先輩。でも、あの影人間について分かったことがあって」
「黒い人型だからと影人間とは安直すぎねぇか?」
「べ、別に良いでしょう!?」
下ろされた樋口は相変わらず端末を操作しており、画面を芥川に見せる。
「まず死者や怪我人は、ポートマフィアの傘下企業や構成員を合わせ、千人はとうに超えているかと」
「……影人間は何者だ?」
「その姿からルイス・キャロルが一番近いとされています。ただ、|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》が収納能力なことから全くの別人の可能性があります」
「確かにルイス君と似ているな」
黒い獣が抑えている影人間に近づきながら、広津は煙草に煙をつけた。
主に背格好が、と云った広津の背後に現れた影人間。
「……羅生門」
「ルイス君は身長を気にしていないようだったが、彼は違うようだな」
「確認の仕方が意地悪すぎねぇか、爺さん」
そうか、と広津は特に気にしていないようだった。
「だがハッキリしたのではないか?」
「そうだな。今回の騒動はルイスさんによるものではない。あの人が横浜を潰すと思えない上に、本気ならこの程度では済まない」
ここは任せた、と芥川が離れるのを樋口がついていく。
煙草に火をつけた広津は深く息を吐いた。
「おい銀、ルイスさんの本気って──」
「……考えない方がいい」
🎐🎐🎐🎐🎐
「──考えない方がいい」
でも、と敦が影人間の攻撃を流す。
「ルイスさんが横浜を襲うなんて……やっぱり、僕には考えられない!」
「今は探偵社として、目の前で助けを求める人に手を差し伸べる。貴方が私にそうしてくれたように」
鏡花の言葉に敦は目の前の影人間に集中した。
研ぎ澄まされた白虎の感覚は、戦場で誰よりも強く駆け抜ける。
「谷崎さん!」
「此方は大丈夫だよ、敦君。賢治君も今は避難誘導に回ってもらってる」
「……その、敵のことなんですけど」
「大丈夫。僕達が出来ることをやればいい」
探偵社員として、社の看板を背負っている一人の異能力者として。
敦の心に響いた谷崎の言葉は、決意を新たにさせた。
どうやっても、いつも頼っている先輩たちはいない。
現場にいるのは自分達だけで、入社したての頃とは違う。
「──アリスさん」
空を見上げた谷崎は呟く。
「貴女だけでもいてくださったら、僕が仕切らなくても済んだですけど……」
社長である福沢、そして国木田に太宰に乱歩。
主要メンバーがいない中、東西ヘタレの片方なりに頑張っているのだった。
---
アリスside
私は海辺の公園へ向かい、ベンチに腰掛ける。
そして大きくため息をついて、宙を仰いだ。
「《《どうかしたの》》、ねぇ……」
さっきの会話を思い出して、私は自分を殴りたくなっていた。
ルイスは大抵の場合、了承してから理由を尋ねる。
「大丈夫だけど──どうかした、的な感じね」
はぁ、とため息しか出ない。
何がルイスの理解者よ。
本物と偽物ぐらい見分けられなさい。
じゃないと私は──。
「──私は、あの子に何も返せないじゃない」
何も理解できていない自分に、膝を抱える力が強くなった気がした。
🎐🎐🎐🎐🎐
昨日から一斉に何かが動き始めている。
それは薄々感じていた。
乱歩がはぐらかした何か。
姿を眩ました太宰君。
福沢さんも出掛けているみたいだけれど、無事に国木田君と合流できるのかしら。
「……。」
マスターにもらった珈琲に移る、ルイスの姿。
何処か分からないけれど、隣にいるルイスじゃないのは分かる。
隣にいるのは偽物。
何故ならそこには福沢さんたちの姿があるから。
殺気は抑えなくちゃいけない。
こんなところで殺るわけにはいかないし、こういう時こそ冷静を保たないと行けない。
「ルイス、国木田くんに半休するから伝えておいて」
「……どうかしたの?」
「大したことじゃないわよ。何かあったら電話してちょうだい」
そうして私は代金を机に置き、店を出た。
🎐🎐🎐🎐🎐
「あの判断は間違いじゃないわよねぇ……」
流石に、と何度目か分からないため息を吐く。
「……あれが正解よね」
彼処で戦うべきではない。
そう分かっていても、苛立ちが消えない。
あれがルイス。
あれをルイスと認めた。
あんなものが別の世界の私と疑いもしなかった。
私が莫迦すぎて、阿保すぎて。
本当に苛立ちが止まらない。
物凄く、ただ物凄く自分を殺してしまいたい。
消してしまいたい。
やはりあの場で消してしまうべきだったのだろうか。
あの喫茶を、血で怪我してしまったとしても。
「……ふざけるな」
ルイスを騙った偽物を、今すぐにでも引きずり出そう。
それがいい。
鏡を出した私が行動するよりも前に、地面が揺れた。
爆風に襲われた。
思わず身を縮めるほどの熱気が、横浜の街に広がったのだろう。
冷たい潮風と混ざって気温が程よくなってきた頃、私はやっと顔をあげた。
「──ぁ、」
反応が遅れた。
燃え上がる街を見て、身体はすぐに動いて。
「あ、これアカンやつだ……」
「──っ、危ない!」
鏡を使って落下物を防ぐ。
すぐに女の子を抱えて走ると、タイミング良く鏡が割れた。
落下の衝撃で脆くなっていたところに追い討ちが掛かった、というところかしら。
「あれ……ウチ、生きてる……?」
「生きてるわよ、お嬢さん。ほら、早く行きなさい」
「ありがとな──って、危ない!」
え、私が助けた子がベビーカーを押してる女性を助けようとしてる。
「いやいやいや!? 待ちなさいよ貴方!?」
異能発動は間に合う。
ただ黒い影が女性に向かっている。
応戦するには武器がない。
体術で応戦可能かしら。
というかアレって人なのかしら。
「あーもう! 考えてる時間が勿体無い!!」
「アンタさっきの!? というか何でウチを抱き上げてるの!?」
「いいから黙ってなさい!」
今日スーツで良かった、なんて思ってる暇はない。
「異能力“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”」
「アンタ、異能者なん!?」
「あぁそうよね見えないわよね私もルイスと同じで小さいんだから!!」
片手で抱き上げながら、異能を使って、全力疾走。
うん、やりすぎね。
大変すぎて頭がおかしくなりそうだわ。
「貴方この辺の子?」
「そうやけど……」
「この感じだと地下道は無事な筈よ。お母さんたちを連れて逃げなさい」
「っ、ウチに出来ることは──」
そこで女子の言葉は途切れた。
正確には突き飛ばした。
「──っ、どんな蹴りしてるのよ!」
鏡が割れて腕で受けることになったのだけれど。
それにあの背格好は──と、気にしてる余裕はないわね。
「行きなさい!」
「わ、分かった!」
もう一度きた蹴りを受けるけど、普通に壊れそう。
此処で両腕破壊されるのキツいわよね。
でも、ここまでのダメージを与えてくる人は限られてる。
「真っ黒になったのは新しい趣味──とかじゃないわよね、ルイス」
影としか形容できない。
姿は分かるが、表情などは読めない。
「……答えなさいよ、莫迦」
---
ルイスside
「それで、どうしたらいいの? 今の僕は一般人と大差ないんだけど」
「“朧”が様々な場所にいるのを感じるのですが、誰かが対応しているようなので本体に向かいます」
「……おぼろ?」
「人外の中でも存在が曖昧な──」
ダンッ、と神楽さんは一歩先に出て薙刀を振り上げた。
「目の前にいる影です」
影と呼ばれたそれは僕と同じ姿をしていた。
正確には輪郭などがそう見えるだけであって、他人と云われれば他人にも見える。
真っ黒な闇。
その言葉がよく似合う存在だった。
「……ルイスさん、本当にお強いのですね。初撃を避ける朧は初めてみました」
「朧って弱いの?」
「能力によっては勝てないことはないと思います。基本的には何かの現象や人外から派生した、弱体化した分身のようなものなので」
難しいな、と僕は頭を抱えていた。
「朧に異能無効化は効く?」
「括りとしては人外になります」
「それじゃ、物は試しってことだね」
「ルイスさん!?」
ヴォーパルソードを引き抜いて朧に対面する。
これは僕への怨恨を持った魂たちから派生した奴の下位互換。
僕の戦い方をしそうだし、ヴォーパルソードに気を向かせるか。
「朧は実体こそありますが、完全に無力化するには──!」
斬ろうとした剣を手放して、即座に床スレスレのところまで姿勢を下げる。
何処に目があるかは知らないけど、急に視界から消えたら焦るものだ。
足払いで体制を崩し、同時に手を地面へついて身体を起こしながらヴォーパルソードを手に取る。
「──霊力を纏っていな、ければ…祓うことは、出来ない筈なんですけど……」
「霧散したね」
「……何で祓えるんですか、その剣は」
「あ、祓えてるなら良かった」
ヴォーパルソードは朧ごと地面へと突き刺さった。
言葉のとおり霧散した朧は、特に何かを残したりするわけではない。
「異能剣“ヴォーパルソード”。一応異能無効化の力をもった剣、の筈なんだけどね。普通の人とかは斬れないよ」
「霊力とはまた別の──すみません、予測になりますがソレは“異能”に限らず摩訶不思議な……それこそ、人智を超えたモノを斬ることが出来るのかと」
「へぇ、流石は国宝だね」
「無から現れたことを考えるに、異能剣である可能性も低い──って、国宝なんですかその剣!?」
「英国のね。因みに譲ってもらったものだから正式な所有者じゃないよ」
「……欧州の方って意外と適当だったりします?」
するする、なんて笑いながら僕はヴォーパルソードをしまう。
「さて、と」
朧は僕と同じ思考回路をしているらしい。
急に姿が消えたら足下を見たのがいい証拠だ。
しゃがんだとしたら、そこに相手はいる。
上に飛んだとしても影が相手の位置を知らせてくれる。
「どうやら一般人と大差ない、というのは間違いらしいから頼ってくれていいよ。まぁ、これは僕の問題だけど」
「……背中は任せようかと思います。兎に角、最初に話した通り本体のところへ急ぎましょう」
🎐🎐🎐🎐🎐
神楽さんの足は迷いがなく、本体の位置が分かっているのが用意に想像できた。
それにしても、朧が多い気がする。
進めば進むほど敵数が増えていってるような、そんな気が。
まぁ、近づいているんだと勝手に解釈しておくことにした。
「ルイスさん、後ろの一体お願いします」
「……前に二体見えるけど?」
「仰った通り、私は貴方に背中を預けると決めているので」
そう、と簡単に返事をして切り返す。
確かに一体見えて、まっすぐ僕の方へ向かってきていた。
ヴォーパルソードを構え、すぐ神楽さんの方に行けるよう──なんて思ってた。
だけど、剣を抜く必要すらなかった。
まるで野球ボールのように彼方へ朧が飛んでいく。
「私を置いて何処かにいかないでくれ」
「何それヤンデレ彼女の台詞みたいでウケるんだけど」
カキン、とヴォーパルソードで後ろを見ずに攻撃を防ぐ。
「彼が知り合いの人外だよ、神楽さん」
「はい!!???」
「……その武器、嫌な感じがするのだが」
「あー、やっぱり人外だとそう感じるの? ヴォーパルソードも嫌だ?」
「まだマシと云ったところだろうか」
で、と僕は頭を抱えた。
朧を倒すために普通に“|旧支配者《グレート・オールド・ワン》”を発動しないでいただきたい。
神楽さんの誤解を招く。
「というか、どうして此処に?」
「爆発が起きて寝てる場合じゃないな、って私と一緒に行動してるんですよ」
「……包帯さん」
「久しぶりですね、神楽さん。相変わらず年齢より大人びて見える」
「やっと14歳になりました」
「それはおめでたいね。お祝いに心中とかどうかな?」
「遠慮します」
ニコニコと話してるけど、心中とか云ってるし物騒だな。
「ラブクラフト、とりあえず朧の相手をお願いしても良いかな。太宰君は今回役に立てないから、守りながらになってもらっちゃうけど」
「構わないが……守る必要はない気がする」
「流石に異能無効化が効かないし、武器ないと大変でしょ」
「祓うのは無理でも、彼は朧を圧倒していた。問題ないと思う」
圧倒、ね。
流石は太宰君かな。
神楽さんと知り合いみたいだし、朧について僕よりは詳しいのだろう。
「そういえば安吾君は?」
「政府の彼なら、元の場所に戻って指示を出している筈。ルーシー君は途中まで一緒にいたが、分断させられてしまった」
「……それはマズいな」
アンが朧に何処まで刃が立つのか分からないけど、一人にするのは何かと心配だ。
助けると云っても、何処にいるか不明な彼女を探している暇はない。
「大丈夫ですよ、ルイスさん」
「……太宰君」
「たまに途切れますけど、探偵社の方に向かっているようなので誰かとは合流できるかと」
「相変わらずのGPSかい?」
「社長や乱歩さんを信用していないわけではないんですけど、つい癖で」
そう笑う太宰くんに、僕は少しだけ安堵していた。
彼女は今回、僕を助けてくれた。
異能空間に匿ってくれるだけではなく、安吾君との密会も行ってくれた。
|組合《ギルド》として一度は敵対したけど、今は信用できる人物。
偽物の僕が、彼女の前に現れなければいいんだけど。
「……っ皆さん、朧が集まってきています。多分、ルイスさんのことを狙っているのかと」
「此処は任せてください。お二人は早く偽物の元へ」
「太宰君、マフィアの方に連絡を頼む。出来るだけ要望は叶えるって森さんに伝えておいて」
うげぇ、と顔をしかめた太宰君。
しかし頼んだことはやってくれることだろう。
対価を支払うのは僕自身だ。
ま、偽物に勝てたらの話にはなるけど。
「あぁ、出来れば一般人の前での能力は控えてくれ。安吾君の仕事を減らしたいからね」
「……善処はする」
「その言葉が聞けただけで安心だよ。話が長くなって悪いね、神楽さん」
行こうか。
そう云うと神楽さんは頷いて、また走り出した。
🎐🎐🎐🎐🎐
「此処です」
着いたのはホテルか会社か。
とりあえず階数が結構ありそうなビルだった。
「──危ない」
神楽さんの腕を引いてヴォーパルソードを構える。
目の前にいるのは僕にそっくりな姿をした人物。
彼こそが僕を海に突き落として、成り代わり、この事態を引き起こした怨恨の塊。
[[よく来たネ、ルイス・キャロル]]
「勿論来るさ。にしても君、本当に気持ち悪いね」
[[よく分カラなヰね。マァ、殺されに来て呉タコと感謝するヨ]]
丁寧なお辞儀をしたかと思えば、偽物は指を鳴らす。
ドカン、という音を立ててビルの二階部分から炎と煙が舞い上がる。
[[僕はキミに殺された軍人だ。お前のその顔をヨク覚えテイる。子供かと思ってナメていた俺らも悪ぃが、嬉々としてアタシを殺したその顔は決して忘れらレナい]]
「ルイスさん、真面目に取り合っては──」
[[あぁ、憎すぎる。オレから明日を奪ったこの怨み、ドウ晴らしてくれよーか。それで思いついたんだ。お前に成り代わロウと]]
黒い煙は高く、高く上がっていく。
[[でも、コロして成り代わるだけじゃこの恨みは晴れることナドない。だから記憶を見て、貴方が愛する人達のいる街ごと消し去るコトにした!!]]
「……それで生まれたのが朧か」
[[朧は知らないが…、あの影はワタクシの分身。町を壊し続ける。ヒトも建物も、自然だって。すべてケシサルまで]]
「で?」
「……ぇ、?」
ふぅ、と息を吐いた僕は一瞬で偽物の首元にヴォーパルソードを当てていた。
これで殺すことが出来ないのは分かっている。
目の前にいる存在は、そう簡単に祓えるものではない。
「僕を殺すのに失敗しただけでなく、街も人も壊せていない。怨恨の塊ということは全知全能とまではいかなくても、頭は多少いいはずだろう?」
「ルイスさん──!」
「君は軽く考えすぎだ。この街がなんて呼ばれているか知っているか? “魔都”だ。そう簡単に僕も横浜も消せると思うなよ、雑魚が」
[[あァ、その瞳だ。吸い込まれそうな程キレイな翡翠の眼に、金色の髪が僕の焼き付いてる記憶と何一つ違わない。光もなく、笑みを浮かべていたあの時とは、随分と変わってしまったようだが]]
「人は変わるものだ。そして絶望の先に光を見出して歩いていく。君のように怨みでこの世に留まり続けている魂と違ってね」
[[──飽きた]]
カラン、と音が聞こえて僕は足元を見る。
ピンの抜かれた手榴弾が転がっており、もう1秒後には爆発する。
異能を取られているから移動空間に逃げ込むことは出来ない。
アリスと分かれてから“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”も使えない。
死。
話には夢中になりすぎた。
神楽さんに真面目に取り合わないよう云われたのにな。
まぁ、僕が死んだとしても横浜は大丈夫だろう。
この街の人達は強い。
「──“転”」
下から爆発音が聞こえた。
地面から煙が上がっており、対して僕は落ちていく。
「人外の話は真面目に聞かないでほしいですが、私の話は聞いてもらいたいです」
「……悪いね、神楽さん。どうにも頭に血が上りやすいみたいで」
どうにか着地して、僕は神楽さんとそんな会話をした。
今のは神楽さんの異能かな。
そんなことを考えながら、偽物が煙の中から無傷で出てくるのを眺める。
[[知らない顔だ。記憶にナイ。ルイスが知らない人。君は誰。ジャマをしないで。気持ち悪い。消えてくれ]]
「お断りします」
[[それならオレが君を消そう。異能力──]]
「“断”」
[[……使えない。ナゼ。巫山戯るな。誰だオマエは。気持ち悪い。消えろ]]
緑の文字列が浮かび上がる。
僕の異能が発動しようとしていて、発言から神楽さんをワンダーランドに送ろうとしているのは分かった。
でも、神楽さんの『“断”』という一言だけで文字列が霧散していく。
僕も偽物も、驚きが隠せない。
「お断りします、と先程も申した筈です。何度も同じことを言わせないでください」
薙刀を片手に神楽さんは確実に一歩ずつ進んでいった。
[[気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い]]
それは、何に向かって云っているのだろうか。
薙刀なのか、神楽さん自身なのか。
それとも、もっと別の僕には想像できない何か。
[[消えろ消えろ消えろ消えろ!!]]
「…神楽さん──」
「ご心配なく。ルイスさんの異能はきちんと戻して差し上げます」
[[辞めろ、来るな、消えたくない、]]
僕があんな風になるのを、こうやって見ることになるのは不思議な気分だ。
怯えるように、一歩ずつ下がりながら涙を零している。
彼を構成するのは大人の軍人たちだと思っていたのだが、人の顔であまり変なことはしないでもらいたい。
「悪意を持って人間に危害を加える人外は、祓うべき存在。責めるなら、怨恨という感情に呑み込まれて、街を巻き込んだ大騒動を起こしたご自身達を是非」
[[い、嫌だァァァァ!]]
「ルイスさん、暫く頼みます」
「分かったよ」
「……我が名は神楽。神力よ、我が武具へ纏い給え。悪意は地獄へ、異能は元の持ち主へ──」
「あれは……」
黒い霧が偽物へ集い、彼を包み込む。
気がつけば、そこにいるのは姿が幾度も変わる謎の存在。
集まった怨恨の持ち主たちなのだろう。
見知った敵の軍服を来ている男達だけかと思えば、老若男女もいる。
全て、知っている人だ。
忘れることなんて出来ない、この手で殺した──助けられなかった人達だ。
「……っ、!」
コロコロと変わる姿に驚いている暇はなく、僕はソレの攻撃をヴォーパルソードで受けた。
重すぎる。
子供の姿の時でも、異能手術を受けた軍人と変わらない攻撃だ。
「神楽さん!」
少し後ろを確認したが、彼女の姿はない。
それどころか、どんどん圧されていって相当ヤバい。
黒い霧のようなものが僕にまとわりついており、それのせいか力が抜けていく。
視界の隅に蹴りが見えたけど、防げる余裕は全くない。
きっと、蹴りも凄いのだろう。
どれだけ飛ばさせるのか、なんて痛みを覚悟してその後のことを考えていたが、当たることはなかった。
「──この莫迦ルイス! やっと見つけたわよ!」
「アリス……っ!」
鏡が蹴りを受け止める。
直後、鏡は割られたけど勢いが殺されていたこともあり、当たる前に咥えられて壁に当てられていた。
「……影人間を追いかけていたら、最前線に辿り着くとはな」
「芥川先輩! 羅生門が──!」
「抑えていた黒獣を、赤子の手をひねるように破壊するか……!」
「なに油断してるんだ! 芥川!」
僕の元へ向かってきていた彼を、敦くんが取り押さえる。
「僕は油断などしていない!」
「それなら、ちゃんとルイスさんを守って」
「……鏡花か」
「アレの狙いはルイスさんを殺すことだって、社長が云っていたから」
「ルイス・キャロルを──!?」
「樋口、黒蜥蜴を此方へ回してルイスさんを守らせろ」
「は、はい!」
「……探偵社の社長の指示を聞くのは不服だが、僕もルイスさんを死なせたくない」
「黒蜥蜴が来るまでは私と夜叉でどうにかする」
短刀を構える鏡花ちゃんに、いつの間にか現れていた夜叉白雪。
樋口さんは黒蜥蜴に連絡を入れており、五分もしないうちに到着するようだ。
「元上司で悪いけど命令だ、芥川くん。敦くんと共に時間稼ぎを頼む」
「だ、太宰さん……!」
「アレは異能ではない、人外に属するものだ。君達では倒せないが、最強の|手札《カード》はある。でもまだ時間が掛かりそうだから頼んだよ」
複雑そうな顔をしながらも、芥川くんは僕の元に向かおうとする彼を止めに行った。
声がここまで聞こえる訳では無いが、多分敦くんと何か言い合いをしているのだろう。
相棒、と呼ぶには複雑な関係。
でも実力は確かで、全く距離が縮まっている様子はない。
「……ラブクラフトは?」
「“後は君達だけでどうにかなる”とか何とか云って、海に帰りましたよ」
「川とかに飛び込んだのが目に浮かぶよ」
「それよりルイスさん、それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないだろうね」
黒い霧が纏わりついていた部分──というか、ほぼ全身が煤で汚れたみたいに黒く染まっている。
これは普通の治療ではどうにもならない。
勿論、治癒能力でもだ。
Qのように異能力でも存在している、一般的に“呪い”と呼ばれるもの。
「もう少し助けが遅かったら人生終わりだったよ」
「よくヘラヘラと笑いながら云えるわね」
あー、と僕はぎこちなく振り返る。
「“大丈夫じゃない”に、“人生終わり”だなんて……本当、笑えないの分かってる?」
「分かってるよ、アリス」
「太宰君もよ! この呪いはルイスに向けられたものだから良いけれど、普通に下の世代を危険に晒さないの!」
「分かってますって、アリスさん」
「……こんなに“分かってる”が信用できないの初めてだわ」
アリスは座り込み、僕の頬を撫でたかと思えば額を当てた。
あぁ、心配かけすぎたかな。
でもアリスにも呪いが効かなくてよかった。
アレは、本当に僕への怨恨しかない。
全て英雄として語られる僕へ向けられていて、安心した。
---
福沢side
「呪いは進行しているのか、ルイス」
「いや、黒い霧みたいなのに触れてる時だけみたいですけど……社長に国木田くん、一体何があったの?」
ルイスが気になったのは、きっと私と国木田の格好についてだろう。
服の裾の部分が燃えてなくなっていたり、肌も服も灰色に染まっている。
「……先程まであのビルの二階いたんです」
ルイスは国木田が指した場所を見て、私達を見た。
もう一度、同じことをしたかと思えば申し訳なさそうな顔を浮かべている。
私達のいた場所は、敦とマフィアの禍狗の戦っている場所の目の前。
「まさか、アレに会った時の爆発に──」
🎐🎐🎐🎐🎐
ルイスの偽物が消え、代わりに残されたのは遠隔操作型の爆弾。
いつ爆発するか分からない恐怖に混乱する周囲の人間に対し、規模的にはそこまで大きくないと分かっていた私は国木田に異能の許可を出した。
いつも袖口に手帳の頁を仕込んでおり、現れたナイフで自身と私の縄を切ってくれた。
出来るだけ救出し、爆弾から遠ざけていると予想通り小さな規模の爆発が起こった。
窓硝子が割れ、カーペットは燃えているが避難はすぐに完了する筈。
「社長!」
「どうした、国木田」
「階段が火の壁で降りれなくなっており──!」
様子を見てみると、本当に火の壁が出来ていた。
下がることはおろか、上がることも出来ない。
電気が通っていないことからエレベーターも使用できず、私達は完全に閉じ込められた。
「福沢殿! 何とかしてくれ!」
「まだ死にたくない!」
「俺だけでも助けてくれ!」
「私が先よ!」
混乱をどう鎮めようか。
そんなことを考えている時間もあまりない。
階段から避難を考えていたため、背後から爆発で燃えたカーペットの炎が近づいてくる。
「社長……!」
「通信機器は全て取り上げられている。街の様子を考えるに助けが来る可能性は──」
ほぼ無い。
たった四文字だが、続けることは出来なかった。
探偵社の社長として不甲斐ない。
国の重要人物達を此処で死なせるわけには行かないというのに。
「うわぁ!?」
考え込んでいた私の頭を晴らしてくれたのは、そんな驚きの声だった。
「福沢社長に国木田さん! いらっしゃいますか!!」
「その声……まさか海か!?」
「国木田さん……! はい、僕です! 神薙海です!!」
いつもと違い、此方まで火の壁の向こうにいる私達の為に声を張り上げている。
何故、此処にいるのか。
そう問いかけている国木田を制止し、私は声を張り上げた。
「全力でやれ、海。責任は全て私が持つ」
「……はいっ!」
政府の人間達は、探偵社が来たからと何か状況が変わるわけがないと思い込んでいるようだった。
燃え上がる炎に捨て身で突っ込もうとする者を国木田と止めていると、その声が聞こえてきた。
「な、なるべく下がっていてください!!」
声が聞こえると同時に、それは起こった。
初めにしたのは潮の香り。
このビルから少し先のところには港があり、海の匂いは多少するが此処までハッキリとはしない。
そして次に、天井ギリギリまであった炎の壁を奥から水が覆うように流れてきた。
重力というものは下に掛かっていており、基本的にはその常識が覆ることはない。
ただ、異能というものは常識に囚われない。
水は床につくと、そのまま火の壁を徐々に低くしていった。
最終的には炎は全く残らず、階段の下に見えた海が汗を流しながらも笑みを浮かべていた。
「海、そのまま奥の消火も頼めるか」
「はい、福沢社長!」
是が非でも離れなかった近くにいた政府の者が少し濡れたが、注意はしていたので文句は云わせない。
国木田の指示の元、避難は無事に完了して部屋の消火も終わった。
「福沢社長……責任は持つと云ってくださいましたけど、流石に部屋が海水臭いのは──」
「死者を出さずに全員で避難できたのだ。責任を取るつもりではいるが、政府の方も多少は金銭的に援助してくれるだろう」
「そ、そうですかね……」
まだ異能を使っており、気を抜けないながらも海は私の心配までしていた。
とりあえず消火は終わったので、海と共に下へと降りることにした。
そのまま港まで行き、宙に浮いていた海水は海へと帰る。
「──ふふっ、今日も助けてくれてありがとう」
事務員ではあるものの、海の異能はこういう時にとても頼もしい。
水が無ければ何も出来ない、と本人は云う。
だが、水さえあれば何でも出来るということだ。
「そういえば、何故ここに来たんだ? 私達が炎で閉じ込められているのが、この非常事態の中で正確には分かるわけではないだろう?」
「じ、実は乱歩さんから電話が来て」
「……乱歩から?」
「今、神威さんのところにいるらしく……その、例の力で視えたそうで僕に連絡が来たんです」
🎐🎐🎐🎐🎐
「──すぐに助けに行けば良かった。本当に申し訳ない」
「いや、気にするな。私も国木田も、政府の面々も無事だったのだからな」
そうは云っても、ルイスは気にするだろう。
海の携帯を借りて乱歩と連絡を取った感じだと、今回の一件はルイスが責任を感じやすい。
だが、《《俺》》へ恨みを持つ人が引き寄せられた可能性もある。
「社長、神楽さんが──」
「そうか。ルイス、決着がつくぞ」
「……うん、すぐ行くよ」
立ち上がろうとしたルイスだったが、バランスを崩して倒れていた。
すぐにアリスが支えたから良かったものの、こんなところで怪我を負うのは避けたい。
そんなことを考えていると、懐の携帯電話が鳴った。
表示を見ると、相手は乱歩のようだった。
---
ルイスside
「……ぁ、」
神楽さんだ、と一人心の中で呟く。
薙刀に神力というものを纏わせているようだったけれど、結構時間が掛かる儀式のようだ。
儀式というのが正しいのかも、分からないけれど。
でも、薙刀の刃の部分には先程までなかった模様が浮かんでいる。
「全力で押さえ込め! 芥川!」
「云われなくても分かる!!」
あぁ、相変わらず言い合いしてる。
でも色んな人が繋げてくれて、やっと終わるんだ。
始めは海に落とされて、ラブクラフトに助けてもらった。
ルーシーを通じて、安吾君と繋がった。
探偵社で異変に気づいた乱歩が太宰くんと社長を連れてきてくれた。
そして神楽さんに繋がって、終止符が打たれる。
アレの正体が“怨恨の塊”だと知った時は、正直罪滅ぼしは今なんじゃないのかと思った。
元々英国群を抜けて何でも屋として世界各国を巡って人助けを始めたのは、殺した分だけ人を救いたかったから。
そうしないといけないと、思っていたから�。
僕がこの手で殺してきた人や、助けられなかった命に殺されるのは何もおかしくない。
でも、こうやって全てを巻き込んでみて思った。
(あぁ、僕はまだ罪滅ぼしを続けないといけない)
福沢さんの話だと偽物とは云え、僕がこの一連の事件を起こしたと政府は判断するだろう。
そうすれば僕はきっと国際手配される。
異能力で、何処へでも逃げてれてしまうから。
でも、そんなつもりはない。
救える人はもう居ないというなら、僕は残りの時間を牢獄で過ごそう。
周りと違って年齢を重ねられないこの身体で、ゆっくりと生きていけばいい。
即死刑なら、それはそれで受け入れるつもりだけど。
[[い、ヤだぁ……]]
これは本来、僕が決着をつけるべき問題だ。
でも、本体に傷一つつけられないで、呪いも受けた。
人外には敵わない奴がいる。
[[タヒにたくない! 助けてよ! マダ生きたい! あンな子供にコロされるなんて! ふざケルな! 悪魔め! 嘘つき! このカイブツが!]]
あぁ、苦しい。
この苦しみは一生消えない。
「……。」
トンっ、と優しく肩に手が乗る。
振り返ると隣に立っているのはアリスだった。
僕をずっと見てきた、支えてきてくれていたアリス。
「……お願いだから、一人で背負い込まないで」
泣きそうな声に、僕は小さく頷いた。
「迷うならば輪廻の輪まで、彼岸まで。神の社を訪れたのならば導こう」
薙刀を振り上げたその時、乱れていた姿が少年で固定された。
年齢は10歳にも満たないだろう。
[[かぁサンみたいにボクもコロすの? ねぇ、アカネちゃん?]]
ピタッ、と当たる寸前で薙刀が止まったのが分かった�。
遠くにいて表情なんて分からない筈なのに、神楽さんの顔が青ざめていることも。
そして、少年が黒い笑みを浮かべていることも。
「あ…あぁ……っ」
何歩か下がって、神楽さんは薙刀を手放す。
その瞬間、模様が消えて神力というものが失われた気がした。
神楽さんに手を伸ばす少年。
触れさせたらいけないのは分かっていたのに�、呪いのせいか身体が思うように動かない。
代わりに動いたのは、福沢さんだった。
「大丈夫か」
「す、すみませっ……またやり直さないと……私、わたし──!」
「……っ、社長!」
「異能力“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”」
鏡が神楽さんを抱えていた福澤さんごと此方へ転移する。
「済まない、アリス」
「そういうのは要らないわよ。で、どうするのよ」
アレ、と僕達の視線の先には元に戻った彼がいた。
姿が歪み、老若男女へ変わっていく。
あの少年は何だったのだろうか。
それにしても、辺りの空気が変わった。
此処から倒すのは大変な気がする。
神力を溜めるのにまた時間が掛かるし、それぞれ疲労が見える。
「……アリス、もう大丈夫」
「ルイス?」
肩を支えてもらっていたのを離れ、一歩踏み込む。
「莫迦!」
手にはヴォーパルソード。
アレが纏うは黒い霧。
呪いが進行するのは分かってるけど、この刃は届く。
少しでも、少しでも削らないと。
[[わざわざ殺されに来るなんてバカみたい!]]
「いや、僕は死なない。負けるのは君だよ」
---
ルーシーside
「ちょ、ちょっと!? どうなってるのよコレ!?」
影が消えて音のする方へ向かっていたら、戦神が何かと戦っている。
「成り代わりは辞めたらしい。唯一、アレを倒せるのは神楽だけだが──」
「ごめんなさいごめんなさい……!」
「乱歩に状況は伝えたが、どうしたらいいのかはまだ……」
「そんなこと云ってたら戦神が死ぬわよ!」
「分かってる!」
奥から聞こえた声に、思わず肩を揺らす。
戦神よりも明るい声だ。
「分かってるけど、私達じゃ……ただの異能者じゃ敵わないのよ……っ」
その小さな叫びが、どれだけ戦神を心配しているのかを教えてくれた。
そして、勝ち目はなくてただの時間稼ぎにしかならないことも。
『人外には人外を、ね』
ふと、戦神の言葉が頭によぎった。
ラブクラフトなら、どうにか出来るかもしれない。
でも居場所なんてわからない。
最前線に来ても、私に出来ることなんてなかった。
見てることしか出来ないなんて──。
「──っ、そんなのお断りよ!」
近くに港はある。
彼は用があるなら海に来るよう云っていた。
仲間とやらが、今も近くにいるのかもしれない。
どれだけ時間がかかっても構わない。
ただ、こんなところでルイス・キャロルを死なせてはいけない。
私の心が、そう云っている。
「ラブクラフト!」
叫び声は吸い込まれるように消えた。
波音に掻き消され、届かないのかもしれない。
喉がやられても、私は何度だって叫んでやるわよ。
命を懸けて戦ってる戦神に比べたら、喉が潰れるのなんて全く問題ない。
「ラブクラフト! 助けてちょうだい!! お願いだから、戦神を──ッ」
ゴホッ、と喉が痛む。
でも此処で諦める訳にはいかない。
「らぶ、くらふと……っ!」
「……そんなに声を張り上げるのはオススメしない」
「っ、貴女は、?」
「通りがかった一般人とでも思ってくれ」
銀色の髪に、英国よりの英語で話しかけられた。
少なくとも日本出身ではない。
フードで顔も見えにくい。
「探し人がいるのか?」
「えぇ、まぁ……」
「──少しばかりだが、私も力になろう」
手を、と女性は手を差し出してきた。
「異能力“灯台へ”」
文字列が浮かび上がると、一直線に伸びていった。
地平線に近い場所。
そこで止まったかと思えば、女性は手を緩めてフードを外した。
「……探し人は海中にいるのか」
「そう、よ……でも、この声が届いていないなら……」
「君、高いところは平気か?」
「えっ、あ、大丈夫だけれど……」
「なら失礼するよ」
抱えられたかと思えば、近くのビルの間をわずかな凹凸を使って登っていく。
振り落とされないか心配だったけれど、ちゃんとビルの屋上に着いた。
「あ、あの……」
そう声をかけたが、女性は電話をしているようだった。
相手が分からないけれど、多分仲は良くない。
でも、信頼しているような──そんな気はした。
「待たせて済まなかったな。人づてになるが、必ず探し人は君の前に連れてこよう」
「……貴女、何者なの」
「云っただろう? 私のことは、ただの通りがかった一般人と思ってくれ」
余計な詮索はするな。
そう云われている気がした。
---
ルイスside
「うーん」
そんな声を出しながら、僕は相変わらず偽物と戦っていた。
トンッ、と跳ねれば着地を狙ってくる。
ヴォーパルソードに拒絶とまではいかないものの、嫌な反応はしているから効果はあるのだろう。
ただ、一番の問題は僕の呪いの進行度だ。
さっきから徐々に力が入らなくなっている。
落としそうになったヴォーパルソードを一度片付け、手元に持ってくるので対応してるけど──。
「流石に増援が欲しいところかな」
「なら、私が手伝おう」
「うわっ!?」
急に掴まれたかと思えば宙に投げ出されていた。
待って、今の感じだと着地難しいんだけど。
「異能力──」
ふと地上を見ると、羅生門がすべり台になっていた。
そして敦くんに支えられて共に滑っていく。
にしても、結構投げられてたんだな。
あんなに地上の状況が分かると思ってなかったし。
「はぁ……。本当に間に合ってよかった!」
「……君が呼んできてくれたのか」
「私だけじゃないけれど、とりあえず生きてて安心したわ」
「君だけじゃないって……」
「ただの通りすがりの英国人だよ。英雄として負けるな、ルイス」
その声は、と振り返った時には背中にしか見えなかった。
「あと、探偵社の人にも手伝ってもらったわ」
「まだ僕の出番あると思ってなくて、他の場所行ってたんですけど──ルイスさんのお役に立てて何よりです」
「……海くん」
「とりあえずゆっくりしなよ、ルイス」
乱歩に帽子を乗っけられ、やっと焦りが消えた気がした。
呪いもギリギリと云ったところだろうか。
というか、僕のことを投げたのはラブクラフトだよね。
今も一部だけ変化させて戦っている。
それで乱歩の隣にいるのは──。
「茜、呪いの進行を止めてあげなさい」
「お父さん、私……っ」
「心配しなくとも、腕は鈍っていない筈だ。福沢、サポートを頼む」
「あぁ」
足の悪そうな、社長と年齢が変わらなさそうな男性。
いつの間にか神楽さんの薙刀は彼の手元にある。
「こんなこと、本来ならあり得ないが──」
空気が、変わった──?
---
福沢side
「乱歩?」
『社長、急いで! 茜じゃアレは倒せないっておじさんが……!』
『おじさんって呼ぶな、ガキ』
「とりあえず、此方でどうにかするから切るぞ」
そんな電話があり、私は茜を助けることが出来た。
やはり未来視というのは強い。
そして、乱歩が此処まで蒼空を連れてきてくれた。
いや、今は“蒼空”ではないな。
「我が名は神威。神力よ、我が武具へ纏い給え。悪意は地獄へ、異能は元の持ち主へ還りたまえ」
薙刀の刃が模様が浮かぶ。
茜より断然早いのは、慣れているからなのだろう。
「[来るナぁ!!!!]」
ルイスに向けられた呪いは他人を侵食しない。
その為、攻撃を流しているが難しい。
守りながらというのは大変だが、護衛は慣れている。
「迷うならば輪廻の輪まで、彼岸まで。神の社を訪れたのならば導こう」
もう退いた方がいいな。
「──今こそ、魂が在るべき姿へ戻る時」
「[やメろォォォ!!!]」
薙刀が振り下ろされ、ルイスの姿で二つに切り裂かれた。
朧と同じように、影も霧散する。
異能と人外。
この一件はこれでおしまいだろう。
---
ルイスside
「呪いの進行は止まりましたが、その……」
「ありがとう、神楽さん」
ほぼ全身に広がっていた呪いは止まっている。
身体も自由に、とはいかなくても動く。
「彼方も片付きそうだ、ルイス」
「……ラブクラフト」
「呪いも暫くすれば──」
ドクン、と波打つ感覚がした。
熱い。
身体中が燃えているような、あの戦場にいるような感覚。
「[やっ、ぱりオマエは許せナイ……!]」
「っ、蒼空!」
「予想よりも魂が多い。そして未練が大きい魂が──」
「[死ね、死ねっ、死んでしまえ、オマエのような奴が生きて言い訳ネェだろうが、]」
「うぐっ、あ"ぁ……」
「っ、呪いの進行が止められない……!」
「嫌だっ、ルイス! しっかりして!」
苦しい。
アリスの声が、みんなの声が遠い。
ただ、憎悪の声だけが響く。
頭にガンガンと、内側から響いている。
---
---
---
---
---
「……__ん__、あ?」
知ってる天井だ。
探偵社の、医務室の天井。
「随分と長い昼寝だったのではないか、ルイス」
「何日?」
「二週間だ」
「……それはまぁ、長い昼寝だね。八月も終わりだ」
お盆が終わったら、すぐに秋が来る。
「えーっと、どうなった感じ?」
「蒼空によれば、今回は一応解決したらしい。来年も起こる可能性はある」
「……出てった方がいいのかな」
「止められるのは分かっているだろう」
うん、と頷く。
髪をかきあげて膝を抱える。
悩み事が消えない。
僕がいなかったら起きなかった事件がある。
どれだけ迷惑をかけてるのかは、分かってるつもりだ。
「異能はどうだ」
指を鳴らせば、携帯電話が手元に来た。
本当に二週間経っているらしい。
「貴君も行くか?」
「……何処へ?」
「今回世話になった者のいる場所だ。今朝目覚めたと、茜から連絡があってな」
「茜……?」
「……知っている呼び方にするのなら、《《神楽》》だ」
🎐🎐🎐🎐🎐
カレンダー的には、夏も終わりを迎えている筈なのに相変わらずの暑さだった。
長い長い階段を上がりきった先、瞳が映したのは見たことのある鳥居と社。
汗が止まらない僕を見てか、先にいた乱歩が駆け寄ってくる。
「……大丈夫?」
「問題ないよ。体力を取り戻すのに丁度いい」
「あ、社長さんに探偵さん……」
それに、と彼女は僕の方を見てから少し目を伏せた。
「久しぶりだね、神楽さん。あれ、茜さんの方がいいんだっけ?」
「どちらでも大丈夫だ」
彼女の奥に見えたのは、あの時の男性だ。
多分名前は──。
「神威さんか、蒼空さんですよね」
「……良く覚えていたな、ルイス」
「まぁ、元々の記憶力もあるけど、二つ呼び名があるのは珍しいなって」
「神の力を借りるのに継承者は男なら“神威”、女なら“神楽”と名乗る」
だが、と男性は手を差し出す。
「神代蒼空だ。娘の真名は茜と云う」
「ルイス・キャロルです」
「それにしても蒼空、今朝目覚めたと聞いたが動いても大丈夫なのか?」
「大丈夫、と虚勢を張る必要はないな。奥に案内しよう」
そうして僕達は居住地へ通された。
見た目は歴史を感じるが、水道や電気は整っている。
居間に通され、社長と乱歩と三人で待つ。
「──待たせたな」
冷たい麦茶を貰い、少しだけ飲む。
風鈴の音が心地よい。
「体調はどうだ?」
「電話でも云ったように、反動で私まで寝込んだだけだ。見舞いに来なくてもいいのに」
「社長は相変わらず心配性だよね」
「……知り合いが二人も目覚めなければ心配するだろう。二週間だぞ?」
「《《たった二週間》》だろう。昔は月単位で目覚めなかったのに比べればマシだろう」
「そうやって貴君はまた──」
中年の言い争いを眺めていると、乱歩が目の前に饅頭を持ってきた。
「食べろと?」
「何も食べてないじゃん」
「……アレは異能なの?」
「無視しないでよ」
「霊力とか神力とか……そっち方面には詳しくないけど、今の蒼空さんからは微かにしか感じない」
「云ってたでしょ、継承したって。あの力は人外との戦闘に特化した能力。代々引き継がれてきたものなんだよ」
「引き継がれてきた、ねぇ……」
『こんなこと、本来ならあり得ないが──』
「あれは、茜さんから蒼空さんに力を戻したってことか」
「ん、私達の力に興味があるのか?」
「有るか無いかと聞かれたら、まぁ」
言い争いは終わったのか、蒼空さんも社長も此方を見ている。
興味があるのは事実だ。
しかし、受け継がれてきたということは何か秘匿するものがある可能性が高い。
無理やり話させようとか、そういうつもりは一ミリもなかった。
ただ、世界を巡ったことがある僕にとっても未知の存在で、子供のように心がワクワクしている。
「ガキからどれぐらい聞いてる?」
「だーかーら! ガキって呼ばないでよ!」
「人外に対抗するための力、とは最初に聞いてます。異能と区別が付かなかった時代から戦ってるって」
「そう、私の祖父の──もっと上の先祖からこの力は継承されている。簡単に云うなら異能力だが、その根元には霊術がある」
「……異能力者だけではなく、霊力使いがいるということですか?」
「理解が早いな、ルイス。我々が昼と夜の間に存在するように、彼らは人間の人外の間に立って日常へ踏み込みすぎないようにしている」
なるほど。
言葉の意味を理解するのは簡単だけど、実際はもっと難しいんだろうな。
そんなことを考えていると麦茶を飲みきった乱歩が、勝手にお代わりを貰いに台所へ向かっていた。
いつもの光景なのか二人はツッコミを入れない。
「朧はただの霊術でも祓うことが出来るが、今回の敵は神の力を刃に──私や茜は薙刀に込めないと難しい。数人掛かりで勝てるか微妙なところだな」
「……難しいね、なんか」
「正直、私も全ては理解できていない」
「僕は分かったけどね!」
乱歩、と変なところから声が出る。
麦茶片手に、少し前から話を聞いていたのだろう。
それに、彼なら理解するのに僕より時間が必要ない。
「そういえば、僕の呪いって結局──」
「完全には消えていないな。君に向けられた怨恨も、同じようにな」
「怨恨が消えないのは分かってるよ。で、呪いの詳細は?」
「君がどれだけ感じているかは分からないが、身体能力の低下が一番大きいのではないか?」
「そうですね。戦闘中も思ってましたけど、いつもなら避けれる攻撃が少し当たりました」
「……少し、か。この新人はどうなってるんだ、福沢」
「ルイスは色々と特殊だからな」
特殊って言い方ひどいなぁ。
「あ、ついでに一寸だけ物を持つのが大変かも。あの時、剣を握るの精一杯だったし」
「その割には激しい戦闘だったけどね~」
「ラブクラフトが来るまでの時間稼ぎのつもりだったよ。トラウマはそう簡単に克服できないでしょ」
「……気づいたか」
「気づくよ。詳しいことまでは分からないけどね」
僕へ向けられた怨恨に混ざった、茜さんへの怨恨。
あの中にロリーナがいなかったのは喜んでいいところ、なのかな。
終わったことを引きずるのは良くないと分かってる。
でも、考えてしまう。
僕が奪った命に殺されるなら、それが僕の運命。
ただ、これからも生きていく。
色々なものを背負って、長い人生をこれからも。
---
No side
「……何をしにきた?」
ひょこ、と海面から顔を出すラブクラフト。
彼が見つめていた先には、海岸に座ってたこ焼きを食べている少年がいた。
「ん、君も食べるかなーって」
「私の本当の姿を知って云っているのか?」
「共食いじゃないでしょ、君はタコじゃないし」
はむっ、と熱いながらも食べ進めたルイスは空になった容器を袋にしまった。
「いや、ちゃんと用はあるんだよ? 君に感謝を伝えないといけないから」
魚の餌を差し出すと、一応ラブクラフトは受けとる。
そしてルイスの隣に腰掛けた。
とても不思議そうに顔を覗き込まれ、少し肩をすくめる。
「そんなに見られたら緊張するんだけど」
「……済まない」
「まぁ、別に構わないよ。君のお陰で僕は溺死せずに済んだし」
それは、と呟いたラブクラフトを止めるようにルイスは立ち上がる。
「ヴォーパルソードについて、まだ知らないことが多い。君たち人外についてもね」
「……必要なら教えるが」
「いいや、大丈夫だよ。これも一種の旅だと思えばいいからね」
「探偵社にいたいのではないのか?」
「そうだね。離れようとしたら止められることも分かってる」
それでも僕は、とルイスは少年らしい笑みを浮かべた。
「旅に出るよ。人間でも、君たちと同じでも。自分を知ることが大事だと思うから」
「……片割れにそれは伝えたのか?」
「これからだよ。社長達にもまだ伝えてない」
背伸びをしながら云うルイスに、ラブクラフトは少し目を細めた。
彼はルイスを見ていない。
不思議そうに首を傾げると、グイッと首根っこを捕まれてルイスの足が浮いた。
「勝手に何処か行かないでちょうだい、ルイス」
「あ、アリス!?」
「この子、連れ帰っていいかしら」
「構わないが少し待ってくれ」
「ラブクラフト!?」
スッ、と海に潜っていったラブクラフトは深海を泳いでいく。
ある箱を見つけると、それをもってルイスとアリスの元へ戻ってきた。
「あら、早いわね」
「その箱は?」
「今回のように私が間に合わない可能性を考えて、渡しておく」
箱を開けると、中にはブレスレットが入っていた。
「わーぉ」
ルイスはブレスレットをつけた瞬間、そんな言葉を溢した。
つけた瞬間に見えるようになった海洋生物たち。
ラブクラフトの周りにいることから、仲間と呼んでいたのは彼らのことだとすぐ理解できた。
存在は何となく知ってたけど、実物って中々の見た目してるな。
「それをつけていれば、この前のような例外を除けば襲われることはないと思う」
「……最高のプレゼントありがとう」
「じゃあ、私は寝る」
「ルイスはちゃんとお話をしましょうね」
「は、はーい……」
引きずられるルイスを見送って、またラブクラフトは深海へ潜っていった。
episode.1
夢か、現か、幻か。
No side
存在するが、存在しない。
一見、矛盾しているようにも見えるが、この表現が正しいのだ。
その組織は確かに《《存在する》》。
依頼達成率は真逆の100%であり、世界各国どこでも活動していた。
達成してきた依頼は雑用から裏社会に関わることまで様々。
しかし、組織側が依頼を選んでいるのも100%という驚異的な数字を叩き出したことに繋がっているのだろう。
《《存在しない》》と云われる理由は単純。
誰もその組織の構成員も、拠点も、何も知らないからだ。
そして近年、組織の噂がパタンと無くなってしまったことも理由である。
まるで、そんな組織など存在しなかったかのように人々の記憶の中にしか情報は残っていない。
どれだけダークウェブに潜ろうが、組織へは辿り着けない。
存在する筈だが、その組織は存在しない。
これはそんな組織が引き起こす物語──の、筈だった。
はい、No sideに割り込む天泣です。
結果から述べると書いているうちに内容変わってきてるから全く意味のない前書きになりました((
でも消すのも勿体ない←謎の勿体ない精神やめろ
それでは20000字ぐらいあるけど、最後まで是非お楽しみください
---
--- 英国出身の迷ヰ兎 ---
--- 夏休み特別編 ---
--- episode.1 ---
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No side
季節は、いつ頃だろうか。
とりあえず夏でも冬でもないことは確定しているだろう。
街を歩く人々の服装は長袖から半袖まで多種多様で、《《コレ》》とした季節を表すことは難しい。
男「……ま、無難にシャツでいいか」
ウォークインクローゼット、と呼ぶには広すぎる空間。
そこで二つの人影が服を選んでいた。
鏡に映るは外の景色。
この“ワンダーランド”からは見えているが、“外の世界”からは見えない──いわゆるマジックミラー状態。
女「ねぇ、もう移動した方がいいと思うのだけれど」
長い金髪が女性の動きにつられて揺れる。
そんな彼女とよく似た顔立ちの男性は、外の景色が映っていない鏡で服装を確認してから返事をする。
男「そういう君こそ、準備は済んでいるの? いつもは君の方が直前になって焦っているじゃあないか」
女「……別に、いつもじゃないでしょう」
男「いや、いつもだね。ほぼ100%の確率で直前に忘れ物がないか、全てチェックを始めるのは誰だろう? ねぇ、心配性の──」
女「うるッさいわねぇ……着替え途中に敵地へ放り込むわよ」
男「それは困るな」
全く困っていなさそうな表情で、ケラケラと男は笑う。
女は溜息を吐きながら服のエリアをあとにした。
🌇🌇🌇🌇🌇🌇🌇
太宰「……寝れない」
国木田「いつもなら寝ているのに珍しいな」
太宰「私だって起きてる時あるからね?」
場面は変わり、武装探偵社。
自称“民の尊敬と探偵社の信頼を一身に浴する男”である太宰は発言通り、自身の机で眠れていなかった。
理由は単純。
起きていなければならないと、第六感が云っているからである。
何故、そんな警鐘を鳴らされなければならないのか。
太宰自身も不思議であった。
ただ、窓から見える景色は平和から程遠い。
太宰「……今夜は忙しくなりそうだねぇ」
国木田「夜に何かあるのか?」
太宰「いやぁ、別に国木田くんが気にするほどのことじゃあないよ」
国木田「それなら独り言など呟くな。仕事の邪魔だ」
太宰「えぇ……」
眼鏡をクイッ、と上げようとした国木田から太宰は奪う。
視野が曖昧になった国木田が取り返そうとしたが、掌は宙を舞うばかり。
当然だ。見えていないのだから。
??「それは僕の真似か、太宰」
国木田の眼鏡をかけて考え込む太宰に、そんな言葉が投げかけられる。
太宰「私は乱歩さんと違いますし、こんな度の強い眼鏡を掛けたところで|何《なぁんに》も変わりませんよ。この疑問が晴れることはありません」
乱歩「だったら僕を頼ったらいい。君も探偵社の一員なんだから」
太宰「……、確かにそうですね」
カチャ、と眼鏡が国木田の机に置かれ、太宰は乱歩が座っている席の目の前に立つ。
太宰「さっきから向かいの建の隙間で色々と物騒なことが起こってそうで」
乱歩「アレはマフィアの黒蜥蜴だね、ぼろぼろになってるけど。敦が来た時に|事前予約《アポイントメント》もなく来て、事務所が荒らされたのが懐かしい。だから国木田が、いつも通り一人で他の階へ謝罪に行ってたね」
チラッ、と太宰は国木田の方を見る。
国木田「あの時の修繕費と謝罪用のお菓子でどれだけ掛かったか……っ」
賢治「国木田さーん、お茶淹れますかー?」
国木田「……頼む」
マフィアの襲撃は予想の範囲内だったとはいえ、このまま謝罪巡りしてたら国木田くん倒れちゃいそう。
そんなことを考えていると、乱歩がカラカラと空になったラムネ瓶の中にあるビー玉を鳴らした。
乱歩「ま、僕のラムネが無事だったし、あの時の話はここまでにしようか」
太宰「……そうですね」
乱歩「アドバイスの前に、いま君がすべきは来客の相手だ」
古そうな音を立て、探偵社の扉が開かれる。
其処に立っていたのは、おそらく外国の血が混ざっている少女。
綺麗な金色の髪は高く一つに結われており、高級感のあるワンピースと綺麗な瞳は燃え盛る紅い色をしている。
???「……|事前予約《アポイントメント》を忘れていたのだけれど、良いかしら?」
太宰「えぇ、此方へどうぞ」
改めて見ても、綺麗な人だと太宰は思った。
そして話し方や振る舞いから、少女ではなく女性と認識する。
太宰「ようこそ、武装探偵社へ。私は太宰治です」
アリス「アリスよ」
太宰「……では早速ですが、アリスさん。ご依頼は──」
アリス「“異能開業許可証”」
太宰「《《それ》》が何がお分かりで?」
アリス「勿論よ。ただ、この組織にあるものを奪い取ろうなんて……そんな野蛮な真似をするつもりはないから安心してちょうだい」
ふふっ、と少女らしい容姿からはあり得ないほど冷静で大人びた笑顔に全員がより一層警戒を強めた。
|前回のこと《ギルドの一件》を知っている。
まだヘリで登場しないだけマシだが、社員達は気を緩めることは出来なかった。
この少女のような人が実際どんな人物なのか、誰も知らないからだ。
太宰「……。」
乱歩「……。」
たった、2人の男を除いて。
太宰「横浜にはもう一つ、“異能開業許可証”を持つ組織がありますが──何故うちに?」
アリス「私は穏便に済ませたいの。戦争なんて手段に入れないし、入れたくもないわ。薄暮の武装探偵社なら、何か情報があるかと思って」
国木田さん、と敦が小さく声を掛ける。
敦「さっきの話だと、マフィアは何処かと争ってるんですよね? それとは関係ないんでしょうか……」
国木田「俺に聞くな」
鏡花「マフィアが彼処までやられているのは珍しい、と思う。それより不思議なことがあるけど」
敦「鏡花ちゃん、不思議なことって?」
鏡花「隙がありすぎる。不思議というか、不自然なところだけど。まるで無機物みたい」
敦は改めてアリスの様子を確認した。
金色の長髪に、燃える炎のような深紅の瞳。
同じ色味をしたワンピースは少女らしさはあるものの、纏っている雰囲気が大人の女性だ。
しかし、これはあくまで《《一般的な感想に過ぎない》》。
敦「(異能力“月下獣”)」
機能を使い、敦も気づいた。
虎の嗅覚は鋭く、ある程度なら判別できるが今、探偵社には新しい匂いがない。
それはつまり、アリスの存在が鏡花の言う通り“無機物”。
又は“異能力”に関わる何かということが裏付けられる。
アリス「──随分と躾のなっていないペットをお飼いのようで」
敦「……!」
太宰「躾できてる、の間違いでは? そもそも《《初対面の相手》》をそう簡単に信用できるものではないでしょう」
アリス「……それもそうね。それでどうしたら例のものは手に入るのかしら」
太宰「確実に貰えるかは分かりませんが、発行している場所と繋げることは可能ですよ」
アリス「あら、簡単に案内してもらえるのね」
太宰「目的をお話しいただけたら、ですけど」
んー、とアリスは唇に人差し指を添えて悩む素振りを見せる。
アリス「|組合《ギルド》と同じく、あった方が動きやすいだけ。私の方がまだ奪おうとしていないんだから優しくないかしら?」
太宰「マフィアには容赦ないのに、まだ善人の振りですか」
敦「それって──!」
アリス「……流石は探偵さんね。昼夜の狭間に存在しているだけあるわ」
太宰「何故、私達には奇襲──というよりは、脅しを掛けないのですか?」
アリス「簡単なことよ。少なくとも貴方以外からは死の気配をあまり感じない。それに《《私は》》穏便にいきたいから」
二人の間に無が生まれた。
周りの社員が口を出すことはなく、静かな空間には外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
太宰「……依頼は“異能開業許可証”を発行してもらいたい、ということで宜しいですか?」
アリス「えぇ、その認識でいいわよ。今のところはね」
含みのある言い方に対して、何か呟いた乱歩。
しかし声は小さく、誰にも届くことなく消えた。
アリス「何かあったら此処に連絡をして」
一つ、机に差し出された名刺。
それを最後に、アリスは丁寧なお辞儀をして去っていった。
見送り一人すら付けさせないその背中は、やはり容姿より年齢が高いことを語っている。
太宰「……乱歩さん」
乱歩「名刺見せて」
太宰が触れることは叶わず、発信器などは付けられなかった。
今、アリスの手掛かりは名刺のみ。
乱歩「どうして特務課に繋げようと思った?」
太宰「……乱歩さんに隠し事はむりですね。私だけがあの人を知っていて、信頼できるので」
乱歩「あの太宰が“信頼”ねぇ」
太宰「詳しい話、必要ならしますが」
乱歩「いや、面倒だからいい。この件は太宰に任せちゃって大丈夫?」
あぁ、と奥の扉から和装の男が姿を現す。
福沢諭吉。
この武装探偵社の社長だ。
福沢「太宰が信頼できるなら良いだろう。それに、特務課以外とも連係も取りやすいはずだ」
太宰「……気づかれてましたか」
裏の読めない依頼人──アリス。
しかし太宰は、民の尊敬は分からないが、探偵社の信頼を一身に浴する男だ。
この決断が間違いだとは、誰も思わない。
太宰はどう依頼を進めるべきか考え、探偵社を出た。
黄昏時。
昼と夜の狭間である曖昧な時を、彼は一人、迷いなく歩みを進めていった。
🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃
辿り着いたのは、この街の裏社会の代表とも云える“ポートマフィア本部の入口前”。
スーツにサングラスと、黒服が多い中に一人、小さな影が混ざっている。
相変わらずチビだな、と太宰が物陰から様子を窺っていると、頬に当たるギリギリにナイフが飛んできた。
同時に太宰のいる物陰へ視線が集まる。
??「一体何のようだ、太宰。手前のことだから大人しく処刑されに来たわけじゃねぇだろ」
一応の為か、小柄な男が黒服が発砲しないよう前線に立ち手を広げている。
流石に本部前とはいえ、戦闘は避けたいのだろう。
太宰「昼間から色々とやっているのを見かけたら、普通に何事か気になるでしょ?」
??「……見たのか?」
太宰「街を歩いてる時に戦闘音が何度か聞こえたよ。あとは探偵社の窓から、ボロボロの黒服が路地裏で休んでるのを少し、ね。だから見たかと問われたら、肯定も否定もできない」
??「もっと簡潔に話せただろ、青鯖」
太宰「因みに私が此処にいるのは、それが気になった社長からの命令とかじゃないよ」
??「……本当に何のようだ?」
太宰「お子様の中也にも判りやすく説明するなら、情報提供だよ。役に立つかは知らないけどね」
中也「誰がお子様だ」
太宰「……。」
中也「なんか云えや」
太宰「……おこちゃまちゅーや」
中也「変わってねぇだろうが!?」
くだらない会話をしている間にも、時は過ぎていく。
最強の|二人組《コンビ》“双黒”として名が知られている太宰と中也を止められる黒服など、この場にはいない。
どうしようかと狼狽える黒服の背後から聞こえたのは、凛とした通る声。
??「部下を困らせるでない、中也」
中也「っ、姐さん!」
紅葉「太宰も、役に立つか分からぬ情報を買うほどマフィアが道化ではないことを知っておろう?」
太宰「まぁ、中也で遊びたかっただけなので。ちゃんと役立つ情報ですよ、紅葉姐さん」
はぁ、と紅葉はため息をつくい。
紅葉「それで、何を求めておる?」
太宰「出来ればだけど、これから行く報復を中止してもらいたいですね」
中也「手前、本気で云ってるのか」
太宰「本気と書いてマジというやつだよ。申し訳ないけど、今のマフィアで彼らに勝てるとは思えない」
中也「……相手を知ってるのか?」
太宰「まぁ、ね。一時期有名になった“帽子屋”のこと覚えてる?」
中也「|マフィア《うち》は特に関わってなかったが、行動的には|探偵社《そっち》みたいな何でも屋じゃねぇか?」
紅葉「いや、先代の時に依頼だけしてみたことがある。ちょうど私が担当したが、返信がなく窓口の男で止まってしまった」
それは知らなかった、と太宰は近くの段差に腰掛ける。
欠伸もしていたが、対立組織の本部前ということもあってか気は抜いていない。
太宰「とにかく、今マフィアに喧嘩を売ってるのは帽子屋で間違いないよ。理由は不明だけど」
中也「というか、手前はなんで帽子屋だと断言できるんだ?」
太宰「……人には知られたくないことの1つや2つあるだろう。中也だって──」
中也「手前、それ以上なにか云えば重力で潰すぞ」
冷たい殺気で満ちる本部前。
紅葉は何度目か分からないため息をついていた。
兎に角、マフィアにとって有益な情報であるのには違いなかった。
依頼を選んでいるとは云え、達成率は100%。
その中には国のトップの護衛だってあった。
帽子屋が護衛につくという噂だけで、刺客が減るほど海外では有名な組織。
構成人数などは不明だが、マフィアがここまで追い詰められるのは久方ぶりだった。
紅葉「これは、鴎外殿に相談かのぉ……」
太宰の求めているものは、現在止められている中也率いる報復がこのまま解散すること。
確かに帽子屋が噂通りの組織なら、報復へ向かえば返り討ちに合うのが目に浮かんだ。
依頼元を叩こうにも、思い浮かぶアテが多すぎる。
太宰「因みにだけど中也」
中也「あ"?」
太宰「そっちには“刺客”的なの来てない?」
中也「……その言い方、探偵社には来たのか」
太宰「まぁ、一応ね。目的は|組合《ギルド》と一緒だって。あとは“異能開業許可証”が欲しいらしいよ」
中也「なら余計に報復はしない、っつーわけにはいかねぇじゃねぇか。そもそもマフィアのメンツに関わる」
太宰「……君等に喧嘩を売ってるのは“死の気配がするから”らしいよ」
中也「なら手前も同じだろ、最年少幹部」
太宰「それ云われた。でも1人じゃ分が悪いとでも思ったのかな? 帰っていったよ、名刺残して」
中也「名刺だぁ?」
懐から出した名刺を太宰は眺める。
ただ名前と電話番号の書かれたシンプルなデザインだ。
太宰「……ん?」
何かに気がついた太宰は、名刺を空へ掲げた。
紙が薄い部分があり、月明かりで文字が透けて見える。
それは異国の人とは思えないほど綺麗な日本語だ。
中也「どうした?」
太宰「いやぁ……想像の何倍も忙しく、面倒なことになりそうだなって思っただけだよ」
🌁🌁🌁🌁🌁🌁🌁
『親愛なる探偵社へ。
誰かはこの仕掛けに気づくと思っていたわ。
何がきっかけか判らないけれど、私には止められない。
例の件は帽子屋として。
個人としては、あの子を救ってほしい。
太宰治に見せれば全て理解してくれるはずよ。
力不足な私を許して。
赤の女王より。』
🌁🌁🌁🌁🌁🌁🌁
太宰「……だから貴女は、探偵社に来たんですね」
?「やぁ、太宰くん」
名刺をしまい、太宰は立ち上がって少し汚れた裾を払う。
?「紅葉君から色々と聞いたよ。相手はあの“帽子屋”だそうだね」
太宰「マフィアのメンツを保つ為には血眼になって探したいところだろうけど、今回ばかりは止めた方が良いよ。壊滅させられたくはないでしょ?」
?「確かにそうだが、やはり何もしないというわけにもいかなくてねぇ……」
ニコッ、と笑うポートマフィア首領“森鴎外”。
その笑みを見て太宰、そして中也も顔を歪めた。
森の近くにいた者なら分かるだろう。
大体、こういう時は突拍子もない事を云うのだ。
それに振り回されてきた双黒は思わず視線を合わせる。
「「中也(太宰)と二人で相手するなんて冗談でしょ(ですよね)!?」」
放った言葉は、多少違いがあるものの殆ど変わらない。
森はそれを見て、もう一度笑うのだった。
森「福沢殿に確認してくるから、少し待っていなさい」
中也「首領! 考え直してください! 太宰は裏切り者ですよ!?」
太宰「|組合《ギルド》戦でも組んだし良いでしょ!? 双黒は敦くんと芥川くんに世代交代したんだから!」
紅葉「大人がみっともなく騒ぐんじゃない」
ゴツン、と双黒の頭に鉄槌が落ちる。
流石は五大幹部で唯一の女性といった所だろうか。
紅葉「全く……」
森「福沢殿に許可が貰えたよ」
太宰「社長!?」
森「変わるかい?」
手元にあった携帯を奪い取るなり、太宰は叫ぶ。
太宰「私に一任するのやっぱり無しにしてくれませんか!!??」
福沢『……貴君なら最も適した対応が可能だろう。そして、つい先程の依頼で国木田や敦は外に出た』
太宰「タイミングゥ……」
中也「首領、これが本当に最適解なんですか?」
森「……長年忠誠を誓っている君なら判るだろう、中也君」
双黒はもうこれ以上は時間の無駄だと感じ、諦めることにした。
太宰「それで、マフィアは何処に向かう予定だったの?」
中也「どうしても相手は俺達を潰したいようだ」
渡されたメッセージカードには座標が示されている。
太宰は其処が赤レンガ倉庫を指していることに気がついた。
太宰「こんな見え透いた罠にハマろうとしてたわけ?」
中也「逃げてきた奴に話を聞けば、急に現れて殺されかけたらしい」
太宰「此方からは接触不可、と。あんまり森さんらしくない判断な気がするのだけど」
中也「……手前が来るのを分かっていたのかもしれねぇな」
太宰「あー、なるほど。私がマフィアを訪れたら双黒を向かわせ、本部の警備に姐さんとかアテれるもんね」
そんなことを話していれば、すぐに約束の場所へ着いた。
太宰「……いないね」
中也「場所は間違ってねぇ筈だが──」
そこで中也の言葉は途切れ、双黒の間に人が現れる。
回避後、すぐに応戦しようとするも距離を取られてしまった。
??「──うっそ〜!? 二人しかいないんだけど!!」
????「それでも、きっと楽しめるよ。あの二人は例の“双黒”だから」
中也「手前らが“帽子屋”で間違いねぇな?」
????「あぁ、此方だけ知っているのはフェアじゃないね」
緑色の帽子を外し、銀髪の男は一礼する。
アーサー「僕はアーサー・ラッカムだ」
エマ「エマ・マッキーンだよ〜!」
太宰「……他の仲間は何処にいるのかな?」
エマ「えっ、ルイスくんとアリスちゃんのこと知ってるの!?」
太宰「なるほど、少なくとも君達二人以外は此処にはいないようだね」
中也「……本部の方か」
アーサー「エマ、喋りすぎだよ」
エマ「テヘッ☆ でも、どうせ殺すんだから変わらないよね〜」
やっぱりか、と太宰はため息をつく。
殺す気がなければ、こんなに面倒くさいことにはなっていない。
エマ「──隙あり」
先程までの楽しげな雰囲気はどこへ行ったのか。
瞬時に距離を詰めてきたエマの攻撃を中也が防ぐ。
外套が重力操作によって強固にされており、エマの大鎌は刃を通さない。
エマ「ひゃっ……!?」
アーサー「っ、エマ!」
それだけでなく、外套を通した重力操作で大鎌に掛かる重力が何倍にもなった。
急いで身を引いたから良かったものの、少しでも遅れていればその華奢な身体に重くのしかかっていたことだろう。
あーあ、とでも云いたげな太宰を他所に、中也はエマとの距離を縮める。
多くのものを介しての重力操作が難しい中也は直接触れようとしたが、アーサーによって掌は宙を舞う。
いや、それだけではなかった。
宙に浮かぶ緑色の文字列。
自身も使うのでよく理解している“異能力が発動している”サイン。
身動きの取れなくなり、焦る中也だったが背後から伸びてきた手のおかげで身体が自由になる。
アーサー「……よく対応できたね」
太宰「出来ますよ、勿論。私は貴方達のことを《《よく知っている》》」
エマ「それはありえないよぉ? だってエマ達は何も情報を残してないもん」
太宰「えぇ、そうですね」
中也「手前……やっぱり何か隠してやがるな?」
太宰「……気づいてたんだ」
はぁ、とため息をつきながら太宰は頭を掻く。
太宰「アーサー・ラッカムに、エマ・マッキーン。どちらも強い異能者だけどタネさえ分かっていれば相手するのは難しくない」
エマ「ブラフ?」
アーサー「さぁ、どうだろうね」
エマ「うーん……ま、双黒さえ倒せたらこの国は終わったようなものでしょ」
太宰「中也、目に見えるものだけを信用してはいけないよ」
中也「あ"? それってどういう──」
カキン、と太宰の方を見ていた中也の耳元でそんな金属音が聞こえた。
太宰が事前に懐から抜いていた彼のナイフを、耳元に用意していたのだ。
そして、中也の足元には先程まではなかった剣が一つ。
太宰「彼女は“モノの物量を変える”能力の持ち主。其処が無だと思っていても、武器が飛んできてる最中かもしれないから気をつけた方が良いよ」
中也「……交戦する前に云えよ」
太宰「誰が待ってるかは分からなかったからね」
エマ「タネが分かったところで──!」
アーサー「ストップ、エマ」
追撃の準備をしているエマを制止したのは、アーサーだった。
アーサー「君、本当に何者? “未来を知る男”にはなれないだろう?」
太宰「あぁ、懐かしい言葉だね。アレは敦くんが成長した良い事件だったよ。ウェルズさんは綺麗な女性だと聞いていたから、お礼も兼ねてぜひランチにでも誘いたかったんだけど──」
アーサー「質問に答えてくれるかな。君はただの双黒の片割れ、異能大国である欧州にもいなかった“異能無効化”の持ち主だろう?」
太宰「私も遠回りなやり方は飽きたからハッキリさせようか」
いつの間にか二人で会話が進んでおり、中也とエマは置いてかれている。
ただ、今動くべきじゃないのは判っていた。
相方が何か策を考えているなら、邪魔をするべきではない。
太宰「帽子屋と呼ばれた君達が今頃になって姿を現したのは“本”が必要になったから。理由は──うん、ルイス・キャロルが変わってしまったからとかじゃないかな?」
アーサー「……。」
太宰「|組合《ギルド》の長が“白紙の文学書”で大切な娘を取り戻す為にヨコハマを訪れたよう、君達は戦争を経験していなかった“可能世界”を求めてやってきた」
エマ「な、んで……っ」
太宰「マフィアを襲ったのは、ルイスさんが“死の気配”を纏う人達を許せなくなってしまったから。“白紙の文学書”を探すのに手っ取り早い方法だから、君達もこうやってメッセージを残して|殺しをしている《彼を手伝っている》」
中也「……巻き込まれたのも良いところだな」
太宰「ま、マフィアなんてそんなものでしょ」
もう話し疲れて近くのコンテナに座った太宰は、何処からか愛読書を取り出す。
月光が入ってくる倉庫には彼が頁を捲る音だけが微かに聞こえる。
誰も動かないかと思ったが、アーサーが静寂を破った。
アーサー「流石は《《鼠》》と同等の頭脳を持った男だ。探偵社でも、きっとその観察眼や思考力を活かしているのだろう」
太宰「まぁ、私より凄い人がいるので本気で考える必要はそう多くないですけど──」
アーサー「それで、君が僕達のことを知っている理由は?」
太宰「……欧州でも前例がない|この力《人間失格》は或る日、異能無効化という特性を利用して特異点を発生させた」
考え込むアーサーに、太宰はわざと話を続けなかった。
少しすると、謎が解けたかのように彼は目を見開く。
アーサー「僕達が行きたい可能世界──いや、数え切れないほどある可能世界と強制的に接続して、外の自分の記憶を手に入れたのか……!」
太宰「此処とは全然違う世界線ですけどね。そもそも貴方たちは三人で“帽子屋”として活動していますし、ルイスさんとアリスさんは別々に行動が出来ない」
エマ「貴方が知ってる世界での“本”の場所を知らないの!? それさえ分かれば、もう、私達がマフィアと敵対する理由もないし──」
太宰「残念ながら、“本体”は見つかってませんね。誰かの脳内には存在するみたいですけど」
エマ「そ、んな……」
太宰「私が貴方たちについて詳しい理由は理解してもらえましたか?」
アーサー「あぁ」
中也「とりあえず本部にでも戻るか? 今の話をルイスとか云う奴にすれば無駄な戦いはしないで済むだろ」
太宰「聞いてなかったの? 今のルイスさんは私達の話は勿論、彼らの話だって耳を傾けてはくれないだろうね」
でも、と太宰はコンテナを降りて出入り口へ向かった。
太宰「本部に戻るのは賛成だよ。流石に報復の為の寄せ集めと幹部一人じゃ大変だろうからね」
中也「寄せ集め、とは云っても芥川とか黒蜥蜴も合流予定だし戦力としては申し分ないと思うが……」
エマ「ルイスとアリスを甘く見ないほうが良い」
急に雰囲気の変わったエマに、中也は足を止めて振り返った。
感情の起伏が激しいのか、笑顔の時と真面目な表情の差が大きくてまるで別人のように見える。
エマ「あの二人は私達より年下だし、見た目も小さい。だけど私達に戦闘を教えた師匠であり、少なくとも貴方より強い」
中也「……手前」
太宰「中也」
中也「何だよ」
太宰「待て。ついでにお手」
中也「誰が狗だ!」
アーサー「戯れるのは良いが、異能無効化の君なら記憶を手入れているから分かるだろう。ルイスの強さは──」
太宰「分かってますよ。でも、正面での戦闘なら中也の方が強いので」
アーサー「先程まで僕やエマに翻弄されていたのにかい?」
中也「喧嘩なら買うぞ、帽子屋」
少し浮かび上がった紅い渦を巻いたような痣に、アーサーとエマは身構えた。
裏社会に長い事いるからか、中也の殺気は熟練者みたいに洗礼されている。
それは先程まで殺気がほぼ無かったことを認知させ、まだ本気じゃなかったことも理解させられる。
中原中也。
双黒の片割れで、重力使い。
紙の上に載っている文字列だけでは、本当の情報は手に入らない。
帽子屋の依頼成功率は100%だったが、苦労していないわけではない。
依頼人の出した情報や、ネットのものは信用があまり出来ない。
それこそ、自分の目で見なくては。
太宰「はぁーい。痣をそう簡単に出さないでよね、中也。別にアーサーさんだって喧嘩を売ってるつもりは無かったんだから」
中也「……チッ」
太宰「まぁ、ルイスさんって中也と同じぐらいチビだけど」
中也「それを本人の前で云って殺されろ。いや、やっぱり俺が殺すから絶対に死ぬんじゃねぇぞ」
雰囲気は戻り、エマは流れる冷や汗を拭いた。
アーサーも帽子を被り直して、小さく息を吐いているようだった。
アーサー「これが双黒、か」
最強と呼ばれるだけある、と喧嘩をしている二人を見て小さな笑みを浮かべた。
🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃
時は少し遡り、ポートマフィア本部前。
紅葉「……とりあえず待機にはしておるが、中也たちは大丈夫じゃろうか」
森「大丈夫じゃないかな」
エリス「リンタロー、適当なことを云うのはどうかと思うわよ」
適当じゃないよ〜、と抱き締めようとする森を避けたエリス。
顔面から地面に激突していたが、心配以上に呆れているようだった。
紅葉「何か根拠があるのかえ?」
森「まぁ、太宰くんが何か知っているようだったから。彼はきっと私よりも数手ほど先を見越して動いている筈だよ」
紅葉「……直哉、このみっともない|首領《ボス》にティッシュを渡しておやり」
森「みっともない……」
直哉「大丈夫ですか、?」
森「私ってみっともない……?」
直哉「い、いえ……! そんなことは……」
ティッシュありがとね、と森は鼻血を止めようとする。
森「顔面強打したぐらいだから心配しなくて大丈夫だよ。それに私、お医者さんやってたから」
「「ただの闇医者だった(じゃった)癖に」」
森「エリスちゃん? 紅葉くん? 聞こえてるよ?」
エリス「軍医やってた時だってまともに働いてないじゃない! アキコにばっか治療させて!!」
森「なんか今日いつもより当たりが強くない???」
どう思う、と振られた直哉はオドオドしながらも袋を用意していた。
森は鼻血だけではなく擦り傷も所々あり、消毒も準備して森よりも何倍も医者らしかった。
芥川「──遊撃隊、到着しました」
森「芥川くんもどう思う?」
芥川「話を初めから聞いていたわけではないので答えられま((ゴホッ」
樋口「あぁ!? 無理なさらないでください!?」
芥川に続き、黒蜥蜴も到着して少し本部前が賑やかになる。
立原「──にしても、本当に帽子屋なのか? 都市伝説じゃねぇのかよ」
広津「少なくとも、先代の頃はまだ活動していた。人々の記憶にしか残っていないから都市伝説と思っても仕方ないが」
立原「へぇ……爺さんは会ったことあるのか?」
広津「若い時に見かけたことはある。何処かの国の偉い人物の護衛任務で日本に来ていてな。私が見た帽子屋は金色の髪が太陽の光で綺麗だった」
立原「やっぱ外人は元から綺麗な色していて良いよなぁ」
銀「……(コクリ)」
立原「其処にいる奴も金色の髪が綺麗だよな。てか、あんな男──」
ほんの一瞬で立原の視線の先にいた人物は消えており、いつの間にか彼の背後に小さな人影がいた。
咄嗟に反応した銀が武器を向けるも簡単に避けられ、立原に当たりそうになる。
広津も異能を発動させようとしたが、上手く身体を翻して触れることは叶わない。
男「“死の気配”がする……けど、この感じは──」
言葉の先が読めた立原は、拳銃を取り出して早撃ちをする。
男の背後には仲間もいたが気にしている余裕はなかった。
今こそ黒蜥蜴の十人長としての地位を持っているが、本当は軍警のスパイ。
此処で正体がバレてしまえば帽子屋どころではなくなる。
男「──まぁ、どうでもいいか」
立原「……!」
結果から述べれば、男の後ろにいた黒服にも本人にも弾丸は当たっていない。
鏡が銃弾を全て受け止めて、割れた鏡面は立原の姿が映していた。
芥川「異能力“羅生門”!」
男「……喰われてるけど?」
女「生憎と耐久性を重視してるから、丸ごと取り込まれるのは予定外なのよ!」
その二人は、顔立ちがよく似ていた。
違うのは性別と髪の長さ、後は瞳の色ぐらいだろう。
高い位置で結われた金髪の女は、夕暮れに探偵社へ訪れた時と同じ格好をしている。
アリス「ねぇルイス、本当に──」
ルイス「殺す。“死の気配”を纏っているやつを生かしてはおけない」
アリス「──そう……って、待ちなさいよ!?」
空高く飛んだかと思えば、無から現れた剣を持って着地と同時に周りの黒服を一掃した。
次の瞬間には目の前にいる黒蜥蜴など目にないのか、まっすぐと走り出した。
道中に黒服が障害としていても、いなくても。
全て斬りながら進んでいくルイス。
紅葉「──金色夜叉」
シュッ、と月光で刀の形をなぞるように煌めく。
交わって生まれた火花が小さいのに関わらず、音は辺りに響いた。
紅葉「久しぶりの再会、と思ったが窓口だった者ではないのぉ……彼もこの戦場にいるのかえ?」
ルイス「……。」
紅葉「会話をするつもりがないのは別に良い。じゃが、私も夜叉も、命乞いや遺言を聞く暇など与えないゆえ……覚悟はしておくと良い」
🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃
鏡が幾つも喰われていくのを見ながら、アリスは一定の距離を置くようにしていた。
追いかけているのは芥川。
悪食である羅生門は防御に特化した鏡さえも喰らってしまう。
アリスへ向けた銃撃を防ぎながら、強者の相手をするのは意外と難しい。
芥川「何故反撃をしない」
アリス「普通に考えて反撃する暇なんて──!」
芥川「笑止。貴様は男と違い、手を抜いている。それに僕は強者を見間違えない」
アリス「良いわねその自信! 分けてもらいたいぐらい!!」
キャラ崩壊がぁ、なんて考えながらアリスは相変わらずの逃げに徹していた。
黒獣だけでも手一杯なのに銃撃戦ときた。
普通に考えて一人でマフィアに乗り込むようなもの。
ルイスのように武器がほぼ永久に出せるなら、アリスが作れるのは“鏡”だけ。
どうするべきか考えて、ため息を吐き、また考えて。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にかアリスは攻撃せざるをえない状況に追い込まれていた。
鏡の生成にも時間は掛かり、羅生門の攻撃を真正面から受けるなら防御力を考えて余計に時間を要する。
アリス「(さて、どうしたものかしら……)」
攻撃して何処か黒服の間に隙間を作って体勢を整える、というのが一番良いことはアリスも分かっていた。
しかし、彼女自身は穏便に話を進めたい。
ルイスが殺気を隠さずに紅葉の元へ行ってる時点で、それはもう無理だが。
アリス「……ワンチャンね」
怪我をしない身体──正確には本物の肉体ではないアリス。
羅生門の攻撃の間を潜り抜けるなど、普通なら考えられない。
そんな身体能力を生まれつき持っている人間など、なかなか存在しない。
最悪《《自己修復能力》》でどうにかなる。
腕の一本ぐらいなら、と考えている暇もなく羅生門の攻撃は迫ってくる。
??「はぁーい。そこまでだよ、芥川くん」
芥川「だざっ……!?」
アリス「……ハァァァァァァァ」
太宰「大きなため息ですね、アリスさん」
アリス「わざわざ探偵社に行って保険を張っておいて良かったと思ってるけど、もっと早く来れなかったのかしら……」
太宰「そもそも、メッセージの呼び出し場所が本部から遠いんですよ。加えてアリスさんは逃げまくってるから、追いかけるのが大変で大変で」
アリス「はいはい私が悪かったですよー」
ぷくー、と膨らむ頬を見ながら太宰は微笑む。
遅れて着いたのはアーサーとエマの二名。
二人の仲の良さに不思議そうな二人を見て、アリスはちゃんと説明をすることにした。
アリス「私が可能世界について説明したのは覚えているわよね?」
アーサー「“白紙の文学書”についてもね」
アリス「……私の鏡は未来も見れる。それで知ってしまったのよ、ルイスを助けられないと」
エマ「え……?」
太宰「だから“救ってほしい”なんですか?」
アリスは少し視線を落とす。
アリス「アーサーは、エマは。私達は今のまま次へ進みたい。戦争を経験してない、と“本”に書いたとしてもルイスの哀しみや怒りは消えない」
エマ「……ルイスが元に戻らないってこと、?」
アリス「それに加えて、私が別行動できなくなるでしょうね。もしかしたらルイス・キャロル自体、世界から消えてしまうかもしれない」
アーサー「戻る日付で調整、とかも無理なんだね」
沈黙が続く。
三人とも、何も云えなくなっていた。
唯一の希望は代償があるかもしれない。
全て無くなってしまえば、マフィアと対立しているこの時間さえ無駄になる。
アリス「……ごめんなさい。もっと早く気付けたら良かったのに」
太宰「前もって知ってたわけじゃないんですね」
アリス「知ってたら相談してるし、今日探偵社には行ってないわ」
それもそうか、と太宰は振り返る。
太宰「芥川くん。監視とかつけても良いから絶対に殺すな」
芥川「ですが帽子屋は──!」
太宰「狗なんて嫌いだけど、君は“待て”ぐらい出来るだろう?」
芥川「……っ、判りました」
殺す、ではなく、救う。
そんな風にアリスが表現したのは、自分も死ぬかもしれないからなのだろうか。
そんなことを考えながら太宰は中也の元へ向かった。
先に帽子屋状況を首領へ伝えるようにしていたが、ちゃんと説明できているのだろうか。
森「やぁ、太宰君。中也君から一通り話は聞いたけど、一体どうするつもりかな?」
太宰「どうやら“本”を使っても元のルイスさんに戻らない確率の方が高いみたいで。今は芥川くんの監視下のもと、どうするか話してると思いますよ」
森「そうかい」
太宰「そういえばルイスさんは──」
太宰の問いかけに答えるかのように、爆発音が響き渡った。
檸檬爆弾か、なんて思って視線を向ければボロボロの紅葉と、まだ余裕のありそうなルイスの姿。
幹部として退くわけにも行かず、夜叉と当人の斬撃に巻き込めない。
そして何より、紅葉に銃弾が当たったらと黒服たちが動けていなかった。
太宰「……腑抜けしかいないわけ?」
中也「それが一言目かよ」
太宰「幹部の意地もあるだろうけど、このままだと紅葉さん危ないよ」
森「そういうのは、本人が一番判ってるものだよ」
太宰「ここで捨てるには惜しいと思うんだけど、森さんはそれで良いわけ?」
良いわけがない。
それは誰もが分かっていた。
しかし、紅葉に代わる人材がいないのも事実。
一瞬で交代できなければ、黒服の被害が大きくなる。
ただでさえ、日中から減らされているのに此処でまた減るのは組織としても良くはない。
太宰「……ま、結論は後で聞けば良いか」
出番だよ、と中也の背中を押す太宰。
しかし視線は別の方へ向いていた。
🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃
紅葉「(ここまで追い詰められるのは、いつぶりじゃろうか)」
幹部になって数年。
男尊女卑が激しい時代も夜叉と共に生き抜いた、先代の時代からマフィアだった。
しかし、目の前にいるのは数多もの戦場を駆け抜け、帽子屋としても成果を挙げた同い年の子供のような青年。
書類仕事もあれば交渉や拷問もある。
目の前の彼のようにずっと戦場にいた場合ではない紅葉は、此処が限界だと理解した。
紅葉「(……そう、理解するのは簡単じゃ)」
長年マフィアにいる紅葉からしたら、現在の五大幹部は色々とおかしい。
紅葉の部下であり、荒神をその身体に宿している双黒の片割れ──中原中也。
戦闘は出来ないと何かある度すぐシェルターに駆け込む役立たず──|A《エース》。
地下の訓練所で新人の指導などをしている表だった行動が出来ない──ポール・ヴェルレヱヌ。
先代の死を見届けたかと思えばマフィアを抜けて探偵社にいる最年少幹部──太宰治。
そして、唯一の女性であり殺戮の権化である金色夜叉の使い手──尾崎紅葉。
紅葉「理解して、此処からどうするか……!」
ルイス「っ、」
紅葉「“金色夜叉”! |私《わっち》の邪魔になるものを切り捨てよ!」
爆弾が紅葉に届く前に切り捨てられ、殆ど二人の間の位置で爆発する。
煙の中、うっすらと見えた影へ向かってもう一度爆弾を投げ込み、ルイスは剣を構えていた。
しかし煙が潮風で消えて気付く。
紅葉だと思っていた影は“金色夜叉”であり、本人の姿がない。
ルイスが振り返ると同時に紅葉の刃が、右肩から左脇腹へ届いた。
紅葉「……っ、浅い──!」
右肩はちゃんと入ったものの、紅葉が踏み込むと同時に身体を退かれた。
徐々に浅くなった傷では、ルイスを止めることが出来ない。
剣を振りかぶった姿が、紅葉の朱い瞳に映る。
紅葉「(私の命と引き換えにそこそこ削ることは出来たのではないんじゃろうか)」
走馬灯のように流れていく記憶。
紅の字と呼んでくれた彼と一緒にマフィアを抜けようとしたが、あの人は先代に殺された。
それからマフィアは憎んでいたが、今は心地が良い。
部下にも恵まれ、頼りない首領を五大幹部が一人として支えてきた。
そして、ルイスは“死の気配”がする人物を殺している。
いずれ溺愛している、自身と違って光の世界で生きる鏡花の元へ行くかもしれない。
そこまでの道のりで少しでも足止めできて、重りになれたのなら。
紅葉「……皆、達者でのぉ」
その時、振り下ろされている剣の位置が変わらなくなった。
ルイスは何も変化がない。
紅葉が剣の振り下ろされる速さと同じ速度で影に沈んでいるのだ。
完全な暗闇に覆われ、誰かに引き上げられる。
否、誰なのかは分かっていた。
紅葉「な、おや……?」
直哉「何を…っ、何で勝手に満足して死のうとしてるんですか!」
涙を浮かべる直哉に対して、紅葉は何も云えなかった。
もう助かることはないと思っていた。
自分以外に抑えられる人はいないと思い込んでいた。
死んでも仕方がないと、思った。
太宰「姐さん。貴女は次を思って命を懸けたのかもしれませんけど、残された方の気持ちはよく分かるんじゃないですか?」
太宰に云われるまで、気が付かなかった。
思い出せなかった。
あの人を想って泣き続けていた日々のことを。
太宰「ほら、想っている人がまた増えましたよ」
紅葉「……っ、鏡花や」
鏡花「良かった……生きてて、本当に良かった……っ」
与謝野に治療を頼んだ太宰はその場を離れ、先程まで紅葉がいた場所へ向かう。
本来の世界のルイスを知っているのは自身だけ。
敵対するのはなかなか珍しい世界なのではないだろうか。
そんなことを考えながら歩を進めれば、また爆発音が聞こえてきた。
ルイス「──して」
中也「あ?」
ルイス「どうして此処にいる。アーサーは、エマは……っ」
勘違いが起きているが、説明する暇もなく戦闘は激しくなっていく。
先程までの武器と武器のぶつかり合いではない。
生身の中也がどこまでやれるのか。
正直、太宰も予想がついていなかったが、普段から銃弾を止めたりしていることから武器に弱いと云うわけではない。
爆発は対応可能なのか不明だが。
ルイス「やっぱり“死の気配”が濃い方が躊躇いもない……っ、だからロリーナも──!」
中也「誰だよそれ!?」
太宰「……成程、ね」
どの世界でも|そう《途中離脱》なのか、と太宰は一人納得した。
あとは、どうやって無力化するだけ。
太宰「──その前に決まったか」
アリス「待たせて悪かったわね、太宰くん」
太宰「大丈夫ですよ」
結末は決まった。
太宰「暴れなくて良さそうだよ~!」
中也「じゃあどうするんだよ!!」
太宰「もう少し時間稼ぎよろしく~!」
中也「はぁ!? ──って、危ねぇ!?」
よし、と太宰はアリスの方を見る。
いつの間にか一人増えてるが、面倒だから最初からいたことにしておくことした。
太宰「一応聞いても良いんですか?」
アリス「何かしら」
太宰「自分で決着をつけるので大丈夫なのかな、と」
アリス「……あまり赤ノ女王をナメないことね」
エマ「アリスちゃーん! 準備OKだよー!!」
アーサー「僕も、今日は異能の調子が良いみたいだ」
テニエル「それじゃあ行こうか」
テニエルの作った穴に飛び込む四名。
ルイスの前に出た直後にアーサーが異能を発動して、近くにいたほぼ全員が動けなくなる。
唯一動ける太宰がルイスを除いたメンバー解放し、準備を整える。
ルイス「アーサー……エマ……」
中也「異能力“汚れちまった悲しみに”」
ルイス「っ、」
ルイスも触れられたが、中也の異能力で地面に倒れ込む。
テニエル「……こっちで大丈夫?」
アーサー「マフィアの前でやるからこそ意味がある──はず、だよね?」
太宰「意味ありますよ。一応、マフィアは報復を無駄に大事にしてるので。皆さんがやるのは不満が出ると思いますけど……まぁ、そこは森さんがどうにかするでしょ」
森「え、丸投げ?」
エマ「はい、アリス」
アリス「……ありがとう、エマ」
地面に仰向けになっているルイス。
剣をまっすぐ持ち、跨がったアリス。
胸に剣先が向けられているが、その手は震えている。
手だけではない。
これからどうなるか分からない恐怖で、身体が震えていた。
ルイスとアリスは一心同体、だった。
現在、虚像である異能で作られた器に入っているアリス。
彼が死ぬと、自身はどうなるのか。
ルイス「……殺らないの?」
アリス「、、、」
ルイス「消えたくない? 生きていたい? それとも|この選択《僕を殺すこと》に罪悪感でも抱いてる?」
アリス「、、、、、」
ルイス「怖いなら僕が君にやったみたいに主権を握って、要らないものは端に、見えないところに、決して出られない牢獄に閉じ込めたら良い」
ルイス以外、誰も口を開かない。
彼が何を思ってるのか、誰も分からなかった。
“死の気配”を纏う人間への執着。
どうしてそうなったか太宰と、帽子屋は理解できているだろう。
ルイス「……ねぇ、アリス。これだけ答えてくれないかな」
アリス「何、かしら……」
ルイス「別の世界の僕は、こんなに狂ってなかった?」
この世界線のアリスは“鏡の国のアリス”を、ルイスに使わせていない。
それが何を意味するのか。
普段の“迷ヰ兎”の姿は、この場にいる中だとアリスと太宰しか知らない。
アリス「……えぇ」
そっか、とゆっくりと手を上げたルイス。
重力で動きが取りにくいのに、グッと剣を握った。
手が斬れて、赤い血が剣とルイスの腕を伝う。
ルイス「迷惑懸けて、ごめんね。でも僕は、ロリーナを殺した奴を許せなかった」
アーサー「……ルイス」
ルイス「“死の気配”を纏う奴が全員消えたら、後は僕だけ。でも、君達まで殺せるとは思えなかった。こんな僕を仲間と呼んでくれた皆を殺すなんて、僕には……っ」
エマ「泣かないでよ、ルイス……!」
テニエル「……僕は、ルイスに殺されるなら本望だよ」
ははっ、と声にならない笑い声が静かな夜に消えていく。
ルイス「死ぬのが早くなっただけ。君を不安にさせるのは悪いと思ってるけど、僕は死ぬことは怖くない。君も死なないことを願っているよ、アリス」
アリス「……私達は二人で一人。貴方だけ逝かせはしないわ」
ルイスが手を離すと同時に、まっすぐ剣が上がる。
そのままアリスは剣を胸に突き刺し──。
---
アリスside
アリス「──ッッッッッッ」
飛び起きた私は、寝間着だったのなんて忘れていた。
ベットを降りるなり、髪をグシャグシャにしながらワンダーランドの中を歩き続けた。
今が何時か分からない。
ただ、無駄に早い鼓動と流れる冷や汗をどうにかしたくて。
??「っ、おい! 大丈夫かよ!?」
アリス「違う、あれは別の世界の、でも、私は虚像で、ルイスが死んだら、」
??「アリス!」
グイッと肩を掴まれて振り返る。
涙が溢れて、姿がちゃんと見えない。
アリス「──にたくない」
??「……!」
アリス「死にたくない。違う、生きたくない。ルイスがいない世界なんて、私が巻き込んでしまったのに、あの先は、私が確かに殺して──っ!」
??「落ち着け!」
顔を掴まれ、彼と視線があった。
アリス「……ガブ、?」
ガブ「よし、とりあえず現実なのは分かったな?」
アリス「……ぅ、ん」
むにー、と両頬を引っ張られる。
涙は相変わらず止まることはなく、彼の手を濡らしてしまった。
それを気にしていることがバレているのか、大丈夫だと笑われる。
ガブ「……悪い夢で見たか?」
アリス「いいえ、夢ではないわ。異能の延長線──或る可能世界を視たの」
ガブ「ま、とりあえずルイスは暫く帰ってこないし、お茶でも飲んでゆっくりしようぜ」
場所を変えて、椅子に腰掛ける。
彼は相変わらず優しく声をかけ続けてくれた。
ガブ「にしても、お前が取り乱すなんてよっぽどの悪夢だな」
アリス「……だから悪夢じゃないわよ」
ガブ「いーや、お前が何と云おうと悪夢だ」
アリス「……どうして其処まで否定するのよ。私の異能は知ってるでしょう?」
“鏡の国のアリス”。
それは鏡を創るだけではなく、過去や未来も映す。
何処かの鏡に映っている光景を見ることが出来るし、鏡を通した転移も出来る。
そして、可能世界や並行世界を視ることも。
アリス「だからアレは、何処かの世界線で確かに存在した私達の姿。探偵社から警戒されたのも、羅生門に食べられそうになったのも、私じゃない私が経験してる。そしてルイスを、この手で──っ」
ガブ「お前は優しすぎるんだよ、アリス。何処かの世界線を気にしてたら、さっきみたいに|今《この世界》を見失うぞ」
アリス「……それは」
ガブ「俺がいなかったらどうしてたか、なんて“鏡の国のアリス”で可能世界を見てみないことには分からない。でも、ろくな未来じゃねぇだろうな」
アリス「そう、かもしれないわね」
優しすぎる、ね。
今まで夢に可能世界が出てこなかったし、同化もしたのは初めてだった。
簡単に割り切るのは、難しい。
ガブ「俺らみたいなのはテキトーに生きてたら良いんだよ。難しく考えなくて良い」
アリス「……そう云われてもね」
ガブ「《《僕》》は探偵社で働いてる神宮寺ユイハで、お前はルイスを誰よりも理解してる。それ以上でもそれ以下でもない。どう生きるかは、どんな結末を掴むのかは俺ら次第だろ」
アリス「貴方らしいわね」
ふわぁ、と欠伸をしたガブ。
明日も依頼があって忙しいと云っていたのに、付き合わせてしまった。
私は深呼吸をして微笑む。
アリス「……もう大丈夫。紅茶淹れてくれてありがとう、ガブ」
ガブ「どういたしまして〜」
それじゃ、と姿が見えなくなるまで見送る。
紅茶を飲みきろうとカップを覗くと、自分の姿が映った。
鏡を出してちゃんと見てみると、しっかりと泣いていたのが分かるぐらい目が腫れていた。
アリス「……ははっ」
虚像の筈なのに目が腫れるなんて、おかしいわね。
何処かの世界の兎たち
…やぁ、また会ったね。
ボクかい?
ただの“忘却の果て”にいる──うん、なんだろうね。
でも、ボクはボクだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
にしても、随分と揺れていたね。
あぁ、もちろん地震とかじゃないよ?
ルイスじゃない──此処、本来の世界のボクの心でも云おうか。
実際に心と呼んでいいのかは分からないからね。
ボク達は、人じゃないから。
さて、例の世界とやらの復習でもしようか。
アリスが夢で見た可能世界では、どうやらこの世界との差があるみたいだ。
登場人物を、一度整理してみよう。
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**ルイス(可能世界)**
或ることがきっかけで“死の気配”を纏う者を容赦なく殺している。仲間の前ではケラケラと笑ったりするが、敵の前では一切の躊躇いなく武器を振り回している。最後に見せた涙は迷ヰ兎と変わらない、本来の彼なのだろう。
**アリス(可能世界)**
探偵社を訪れ、太宰の協力を必要とした。迷ヰ兎の記憶はないが、異能力で様々な世界線を知っているのでどうにかルイスを止めようとした。その結果が“本”による現実改変。考え方はどちらかと云うとルイス(迷ヰ兎)寄りで、戦いを出来るだけ避けたい。
**アーサー(可能世界)&エマ(可能世界)**
基本的には迷ヰ兎と変わらないが、戦争後にあまり狂ってはいない。或ることで変わってしまったルイスから離れることも、止めることも出来なかった。ただ許せないのも事実で共に戦う道を選ぶ。しかし、裏ではアリスの案に乗って早く“本”を手に入れる為に“異能開業許可証”を得ようとしていた。
**テニエル(可能世界)**
或る組織で奴隷のように扱われていたが、元英国軍組に拾われてからはアッシーとして使われることもなく好きに生きられている。
**ロリーナ(可能世界)**
“或ること”に深く関わっている人物。戦争で生き残ったが、この世界でも亡くなってしまった。相手は裏社会の人物であり、“死の気配”を纏っていた。
**帽子屋(可能世界ver)**
ルイス、アリス、ロリーナ、アーサー、エマ、テニエルで構成された謎多き組織。依頼達成率は驚異の100%。拠点をワンダーランドとし、テニエルが窓口として依頼を持ってきて全員で選定していた。ロリーナを失ってから、全て狂い始め──……?
**太宰(可能世界)**
自称“民の尊敬と探偵社の信頼を一身に浴する男”。ある日、特異点が起きて迷ヰ兎の記憶を手に入れた。昼間からマフィアが騒がしくしているのを見て、少し察してはいたがアリスが現れてから真面目に動くことにした。
**中也(可能世界)**
ちょっと原作と異能が違う。何かを通じての重力操作が可能だったり、他の世界と比べて感情によって異能が暴走しやすい(痣が浮かびやすい)。本人も気をつけているが、双黒と名を馳せていた時はすぐに太宰が殴って止めていた((
**乱歩(可能世界)**
どの世界でも宇宙一の名探偵。アリスの名刺の仕掛けにすぐに気づいたが、何を云わなかった。“異能開業許可証”を発行してもらいたいというアリスを見て、どうしても止めたい人(ルイス)がいるのを見抜いていながらも伝えなかったのは太宰を信用をしているから。
**紅葉(可能世界)**
五大幹部が一人で、“死の気配”が濃いからとルイスに目をつけられてしまった。直哉を登場させたかったのもあるが、天泣なりに彼女のことを深めてみたかった。実質主人公((
**アリス(迷ヰ兎)**
夢で良かったとは思ったものの、あのようになっていたかもしれないという不安で取り乱した。しかし、ガブのお陰で何か被害が出ることはなかった。
**ガブ(迷ヰ兎)**
最後までアリスが見た夢を悪夢と言い切った人物。自身が普通の人間じゃないのは充分判っていたが、見つめ直すきっかけになった。あの後ルイスに感謝を伝えられたが、しらを切った。
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さて、登場人物はこんなところかな。
色々と酷いねぇ。
設定とかストーリーとか、ぜーんぶが最悪だ。
どの世界でも|彼女《ロリーナ》が死ぬのは、そういう運命なのだろうか。
ルイスは、アリスはどれだけ傷つけば良いのだろう。
~~__`…天泣はどこまで傷つければ気が済むんだか`__~~
キミはそう思わないかい、#親愛なる読者#。
あの最悪な小説をよく読み進めてきたね。
“英国出身の迷ヰ犬”も、“英国出身の迷ヰ兎”も。
全て、巫山戯ている。
…あぁ、悪いね。
ボクの愚痴はこの辺にしようか。
次の物語は《《こう》》ならないといいね。
幸せだけ求めているわけではない。
ただ、ボクが此処にいるのだからルイスは少しでも報われるべきだ。
#親愛なる読者#がボクの発言が分からなくて当然。
いつか分かったとしても、共感は求めていない。
さて、次の物語の予告をしよう。
---
英国軍の治療技術は素晴らしいものだ。
その中でも或る異能兵の治癒能力は──彼は、どんな怪我でも救ってくれる。
彼を見つけるのは簡単だ。
特徴的な赤い髪を見つければ良い。
高い位置で結んでいる赤髪に、マリーゴールドのような黄色い瞳。
その誰からも好かれる性格をしている“コナン・ドイル”は、その異能のせいで英国軍の本部から出られない。
本人も、それを受け入れて本部内という小さな箱庭で自由に生きていた。
──しかし、そんな彼が姿を消した。
疑われるルイス・キャロル。
英国に再来した殺人鬼。
過去と現在が交差した中、|コナン・ドイル《ジョン・H・ワトソン》は何を想うのだろうか。
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また会おう、#親愛なる読者#。
はじめに
このシリーズは、夏休み特別編ということで様々なストーリーを投稿できたらと思っています。
大きく分けて
・平行世界/可能世界
・過去編
・クロスオーバー
・本編に関わるかもしれない物語
の四つです。
どれだけ投稿できるかは分かりませんが、今日の21:00に「episode.1」は予約してます!
是非、時間がある時に読んでください。
投稿できなかった物語は、また別の機会に──。
それじゃまた!
(未定)
ある小説の為に書いた一次創作です。
八百万の神々がいるとされている日本。
神を祀る場所も各地にあり、毎日参拝する人間は少ないが元日をはじめとしたお正月には初詣に訪れる人が多い。
普段は御守の販売や祈祷にお祓いと、神主や巫女と呼ばれる人々の仕事はそれだけではない。
退魔。
その名の通り、魔を退ける仕事だ。
この世には“人外”と呼ばれる人ならざる者が存在する。
人外が人間社会に何か悪影響を及ぼす前に、神主と巫女は彼らとの対話をしなければならない。
そして、もしも未然に防ぐことが出来なかった時は倒す──又は、消さなければならない。
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山の奥深くにある、自然に囲まれた神社。
東の空を紅く染めた太陽は、その神社も暖かい光で照らしていた。
「……朝だ」
参道の落ち葉を集めていた少女は、朝の掃除を止めて箒を蔵へと一度片付けた。
本殿の裏にある住居部分に縁側から入り、キッチンへと向かうといい匂いがしてくる。
トントンと包丁が心地良いリズムを刻んでいるのを聞きながら入ると、少女の父親が朝食の準備をしていた。
「お父さんおはよ!」
「あぁ、おはよう」
茜と呼ばれた少女は手を洗うと、冷蔵庫から卵を二つ取り出して目玉焼きを作り始めた。
父親はちょうど味噌を溶かし終わったところで、炊けた白米を二つの茶碗に盛り付ける。
火に掛けたままの味噌汁も気にしながら、茜は冷蔵庫からベーコンを取り出して卵と共に焼き始める。
鼻歌を歌い、足でリズムを刻んでいると父親が声を掛けた。
「何の曲だい?」
「今日音楽の授業で発表するやつ!」
「茜は母さんに似て歌が上手いから、良い点数が取れるんだろうね」
えへへっ、と笑う茜は父親が用意してくれたお皿に目玉焼きたちを乗せて居間の机へ運ぶ。
居間にはもう箸なども準備しており、父親が味噌汁の入った器を持ってきたことで朝食は揃う。
「それじゃあ食べようか」
「いただきます!」
手を合わせた茜が茶碗を手に取り、白米を口へ運ぶ。
炊きたてのご飯は熱く、火傷しないように食べると米の甘さが口いっぱいに広がって思わず頬に手を添えていた。
幸せそうに微笑む茜の姿に、父親の口元も緩む。
最近料理を手伝うようになってきた茜の目玉焼きは綺麗で、とても良い半熟具合だった。
皿に盛り付けたは良いものの、茜はご飯の上に乗せて一緒に食べてしまう。
ベーコンも一緒について来てしまうため、あまりお皿に乗せた意味が無くなるが本人も父親も気にしていないようだった。
「そういえば、協会の方から受験案内が来ていたよ」
「受験案内……って、もしかして!?」
協会──正式名称は人外共存協会。
名前の通り、人外と共存する為に作られた国公認の組織だが、表向きには存在しない。
人外の存在自体、空想とされているのだから当然と言えば当然の扱いだ。
受験案内というのは退魔師としての力を見る、協会主催の退魔師検定のようなもので筆記試験にと実技とそこそこ大変なテストである。
「帰ってきたら、今日は一緒に人魚のところへ行く予定だったが……いつもより早めに切り上げて訓練の時間を少し多めに取ろうか」
「分かった! 学校が終わったら早めに帰ってくるようにするね」
「……身体強化は使わないんだよ」
「はいはい、分かってるって」
ご馳走様でした、と茜は食器を片付けて学校に行く準備を始めた。
「それじゃあ行ってきます!」
「気をつけるんだよ」
参道を走り、階段を降りていく。
途中、山の下に暮らす人達と挨拶をしながら学校に向かい、友人に出会えば昨日やっていたテレビの話をする。
神代茜、10歳。
或る神社の一人娘で職業“巫女”のことを除けば──普通の小学5年生だ。
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茜side
「最近は不審者が出たりと、色々と物騒だから気を付けて帰れよ~」
はーい、という声が教室に響き渡った。
帰りの会も終わり、みんな急いでランドセルを背負う。
「なぁなぁ、不審者に会ったらどうする?」
「……どうするも何も、すぐ逃げないとでしょ」
「え~、茜ったら面白くねぇの」
ひょいっ、とランドセルを背負った一年の頃からのクラスメイトの昴は頬杖をついた。
「俺は出会ったら倒す!」
「子供か」
「小学5年生なんて子供だろ」
「あ、昴は幼稚園生だった」
おい、と叫ぶ声が聞こえてそそくさと私は教室を出て下駄箱に向かった。
靴を履いている間に昴に追い付かれ�、校門を出ても訂正しろだの何だの騒がしかった。
何で昴と帰り道一緒なんだろう。
「にしても今日、お前足早くないか?」
「急いでるから」
「あれ、“心霊番組”って明日だろ?」
確かに私は毎週金曜日の夕方にやってる心霊番組が好きだ。
実際に人外と話したりしてるけど、作り物じゃないときの放送事故が案外面白い。
「普通にお父さんと約束があるの。だから無理に一緒に帰らなくていいよ」
「たまには早く帰ってもいいかな~」
「……何それ」
「ただの気分だから気にするなって!」
何か、適当に流された気がする。
「あ、母さん!」
駆け出したかと思えば、確かに昴のお母さんがいた。
ちょうど買い物の帰りだったのかな。
これで面倒なのにまとわれなくて済む。
そんなことを考えていると後ろから羽ばたく音が聞こえた。
振り返ると、数えくれないくらいの鴉が私の横を通りすぎていった。
思わず顔を隠していると、違和感を感じる。
「この鴉たち──」
普通じゃない。
ただの動物に何か憑いている、というよりは元から人外。
昴が危ない。
そう思ってまた振り返ると、大男たちが私の行く手を塞いでいた。
「神代の娘、今すぐ違う道から帰れ」
「鴉天狗!?」
大男改め、人外でも妖怪に分類される鴉天狗たち。
普段は鴉の姿で生活しているが、今は元の姿に戻って私を守るように立っていた。
いつの間にか結界も張られていて、私は戸惑うことしか出来ない。
「呑み込まれそうなアレは友人か?」
一人の鴉天狗が抱え上げてくれたかと思えば、昴の母だった筈の何かが彼を取り込んでいた。
「っ、昴!」
「そう暴れるな、神代の娘」
昴の母親じゃなかった。
遠くて“人外”のことに気がつかなかった。
気がついていれば、昴が取り込まれることはなかった。
「そう気を病む必要はない。我らも取り込み始めるまで、ただの人間にしか見えなかった」
「鴉天狗! 昴が、このままじゃ昴が──!」
「我らの結界に境内にいようと、神威なら気がつくことだろう。悪霊を完全に無力化する力は我らにはなく、攻撃しようものなら友人ごと切り刻む可能性が高い」
「っ、なら私がやる!」
肩車してくれていた鴉天狗から飛び降りて、荷物でしかないランドセルは道端に放り投げる。
必要なのは札と筆だけ。
霊力で浮かした札達には何も書かれておらず、左手で持っている筆も墨など付いていない。
身体を巡る霊力を持っている筆へ通せば、墨が染みだして札に書くことが出来る。
「待て、神代の娘。まだ退魔師として認められていないだろう。それに引き継いでいない状態でアレには──」
「ごちゃごちゃ五月蝿い!」
救えない命があることを、私は知っている。
でも昴を助けたい。
ただその一心で私は札に“爆”の文字を書いていた。
「……神代の娘」
「五月蝿い鴉天狗!」
「その悪霊は子供を狙う。母親だったものの魂の“子供と共にいたい”という想いが、“子供を取り込んででも共にいる”という悪意に変わってしまったのだ」
「そ、れって……」
札を使う前に、取り込もうと攻撃がやってきた。
避けることも出来ずに立ち尽くしていると、鴉天狗に抱えられて電柱の上にいた。
「友人の母は、とうの昔に亡くなっているのだろう。人間の弱みに付け込んで──悪意を持って母を演じていた」
「悪意を持ってる時点で祓わなくちゃいけないのは分かってるから!」
「神代の娘、アレの誕生日はいつだ」
「今日、だけど……」
「|10《とお》の童というのは人外にとって特別な意味を持つ。生を受けた日に喰らえば、今よりも何倍も力を得るだろう」
何それ。
その一言しか出てこない。
なら、尚更早く助けないといけない。
「アレは我よりも長寿で、多くの子供を取り込んでいる。でなければ人間にあれほど近くはなれない」
そうなんですねぇ、と叫びながら札を書き終えて投げる。
“爆”の文字の通り爆発したが、あまりダメージは入っていない。
中まで攻撃が通るのは避けたいけど、どうしたら良いんだろう。
“封”も“縛”も、昴が取り込まれる続けるのは変わらない。
「お父さん……!」
涙が浮かびそうになっていると、また羽ばたく音が空から聞こえた。
見上げると一人の若い鴉天狗と、薙刀を持ったお父さんの姿があった。
「済まない、別件の対応をしていた」
「マジで探したんですからね神威さん!」
「だから謝っているだろう」
お父さんは私の手元を見て、悪霊を見た。
「どの術を使った」
「……“爆”」
「鴉天狗、茜のことは頼んだ」
「分かったよ、神威さん」
次の瞬間、お父さんは薙刀を振り上げて昴に当たるギリギリで斬った。
しかし、すぐに回復してしまって触覚のようなもので水平に飛んでいく。
「待つんだ茜!」
「お父さんがっ、お父さんが!!」
「こらっ、暴れんなって──」
「“縛”」
「ちょっ、この術を解け!?」
砂埃の舞う地上へと降りて父親の元へ駆け寄る。
鉄のような匂い。
ピチャ、と水溜りを踏んだような音がした。
辺りがやっと見えるようになって、私が最初に見たのは赤だった。
地面広がっていく血を辿ると、目の前にはお父さんの姿。
足が、血だらけ。
動くことなんて出来ないように見えた。
「お、父さ──」
体の奥底から溢れてきたものを出さないよう、必死に我慢する。
気がつけば黒い羽が目隠しになっている。
「アレは私が倒そう。鴉天狗たちと神社に戻っていなさい」
「嫌だ!」
立つことも出来ないお父さんの代わりに、手から離れていた薙刀を手に取る。
ブワッと風に包まれたかと思えば霊力がどんどん吸われていく。
ある程度すれば収まり、薙刀全体に私の霊力が溜まっているようだった。
「鴉天狗! 茜を止めてくれ!」
お父さんの言葉を無視して私は薙刀を構えた。
練習で使っているよりも何倍も重い。
質量の話じゃない。
今まで倒してきた魂の呪いが一斉に伸し掛かっているような──そんな重さ。
「昴を離して!」
薙刀の刃は届かなかったが、霊力が刃へと具現化して伸びたことで悪霊だけを斬る。
昴にも当たったように見えたけど、無事らしい。
「す、バるゥ……」
「まだ生きて──!」
でも、此処まで弱ってるなら問題ない。
私がトドメを刺した少しあと、後ろから声が聞こえた。
「母さん!」
まだ消滅していないお母さんを騙る悪霊を、昴は抱きしめる。
「迷うならば輪廻の輪まで、彼岸まで。神の社を訪れたのならば導こう」
お父さんの言葉が聞こえたかと思えば、悪霊は完全に消滅した。
「この人殺し!」
「昴……」
「何で母さんを殺した! 今日、一緒にお祝いしようって、ッ約束してたのに……!」
初めて、胸が痛くなった。
昴は本気でこの悪霊をお母さんだと思ってた。
お母さんのいない私には分からない。
でも、お父さんが、目の前で殺されたのだとしたら──。
「人殺し! 母さんを返せよ!」
---
蒼空side
「──茜、今日はどうする」
「行かない」
「……そうか」
朝食を盆ごと置いたことを伝え、私は縁側に向かった。
昴君の母親の遺体に巣食っていた魔は、茜のお陰で祓うことが出来た。
だが、どちらにも傷は深く残った。
神社のことがあるから他の学校に転校、というわけにも行かず茜は不登校になった。
父親と共に、昴君は県外に引っ越したようだが連絡は取っていない。
「蒼空」
「……羽音か」
一羽の鴉が私の隣に座ったかと思えば、喋りだした。
霊力で判断がつくとは云え、いきなり鴉が話し出したら驚く。
せめて鴉天狗の姿になってもらいたい。
「娘さんの調子はどうだ?」
「最悪だな。食事を用意しても全く手を付けていない」
「……あの子の部屋って鍵とか掛けれたか?」
「私の知らないところで付けていなければ、掛けてないだろうな」
「ズカズカ踏み込むのも大事だぞ、蒼空」
「それは父親としてのアドバイスか?」
「私も父親だからな」
鴉の姿で言われても、と思っているといつの間にか羽音は空を飛んでいた。
「来客のようだから失礼する」
「……あぁ」
神代茜‥小学5年生。巫女。今回の件で塞ぎ込む。
神代蒼空/神威‥茜の父。神主。今回の件で歩きにくくなる。
鴉天狗‥普段は鴉に紛れるか山奥で暮らす天狗。
昴‥茜のクラスメイト。引っ越した先では少し元気を取り戻してる。
昴の母‥正確には死んでいる昴の母の身体を乗っ取っている悪霊。
羽音‥蒼空と仲のいい鴉天狗。父親仲間。
“忘却の果て”より
やぁ、#親愛なる読者#。
ほぼ三週間も空いてしまったけれど、ボクのことは覚えていてもらえてるだろうか?
“忘却の果て”にいる、ボクだよ。
名前は相変わらずないから適当に読んでくれて構わないよ。
さてさて、まずは謝罪から入ろうか。
本来はコナン・ドイルの過去を中心とした物語を投稿する予定だったのを覚えているだろうか。
まぁ、色々あってルイス・キャロルが消える物語になってしまったね。
この世界では異能と人外は別物だよ。
だから、クロスオーバーという形で一次創作を作者が書いたと思うんだけど…。
キミは見てくれただろうか?
良かったらそちらも見てくれ。
感想とかをくれたら、作者が喜ぶだろうからね。
今回はそれぞれの説明を考えるのが面倒くさいらしく、質問があればそれに答えていく形にするよ。
今度こそ、コナン・ドイルの物語が投稿されるといいね。
それじゃあまた会おう、#親愛なる読者#。