突然ですが皆さんは、「装甲列車」と言う物をご存じでしょうか。一言で言うと「陸の戦艦」です。鉄道の機動力によって鉄路を縦横無尽に動く、まさに一種の「要塞」と定義しうる物です。その様なものが一九四五年の満州に実在したなど思ってもみてくれないでしょう。これは、忘れ去られた物語・・・・・・
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目次
鉄路行き行きて。(一話 電撃戦、全線崩壊。)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
一九四五年、そう聞くと戦後の人はドイツ第三帝国(通称ナチスドイツ)の崩壊、敗色濃厚な太平洋戦線、特攻、無差別な殺戮・・・・その様な地獄の様相を呈していた事を想像する人も多いがここ満州はそのような雰囲気は漂わず、寧ろ日常が続いていた。一九四五年八月八日までは。
ここは満州中部の軍用鉄道操車場。多数の軍用貨車、臨時装甲列車(貨車などを改造した臨時編成の装甲列車。満鉄へのゲリラ攻撃の多さから造られたらしい。こいつで満鉄のパトロールから帰ってくれば何人かが血だらけで帰って来る)が並び壮観の一言に尽きる。その中でもひと際目立つ車両があった。
--- 試製九四式装甲列車 ---
データ
武装:十四年式十糎(㎝)高射砲二門、八八式七糎野戦高射砲二門(こちらは同一車両に背負い式で配置)三十糎探照灯二基、測量儀(砲撃指揮用の物)一式、重機関銃多数
装甲厚:最大二十五ミリ
これは日本陸軍初の、待望の装甲列車である。コイツの建造経緯について話すと、日本軍が大陸進出を果たした時まで遡る必要がある。満州事変以降、大日本帝国陸軍が大陸に進出したときに問題になったのは、帝国陸軍創設以来の主敵であるロシア帝国陸軍・・・・現ソ連軍である。強力な敵にはそれ相応の武装を、という訳で建造された。この手の物は数が揃わないと真価は発揮できないがどういう訳か(理由はお察しください)一編成しか造られなかった。だが、時代は変わりゆく物。世界恐慌から続く不況が世界を蝕み、力なきものは力を求め、力持つものは既得権益を守ろうと摩擦し、火花散る世界に不協和音が響いた。その状況で戦場は対英米方面へと移り変わり、満州防衛用の部隊は一気に引き抜かれ南方へ。残された部隊も砲なし、戦車無しの状況である。東方のソ連軍部隊も対独戦線に引き抜かれたらしいし、こっちと面白い程に状況が似ているらしい。まぁ、満ソ国境は小規模な銃撃戦など日常茶飯事であるから気を引き締めとかねばならない部分もあるが。そんなことを考えつつ、自分の配属された三両目にある十四年式十糎高射砲搭載の火砲車乙を雑巾片手に行っていた。
「ふぅ。砲身の清掃終了。」
砲身に跨って座りながら砲身を磨いている俺に対して下の兵員室を清掃していた分隊長、島田少尉が
「佐竹!終わったなら手伝え!!」
と叫いでいた。因みに佐竹とは自分の苗字である。その叫びに俺はやる気のない返事で応答した。島田少尉について少し説明。島田少尉は、満州事変以来の歴戦の猛者である。無骨な武者の様な見た目に、肩にある傷は少尉が激戦を経験している事を静かに自ら語っていた。陸軍では、「星の数よりメンコ(飯を食った回数)」と言われる程実戦経験者、年長者が位の上の新人を怒鳴ったりするほど実力、年齢至上主義なのでこの人にかかれば少佐程度では口も出せなかったり。だが意外に家族持ちで、その見た目に似合わない程に家族思いである。因みにその家族は満州開拓団としてこちらに来ており、偶に会いに行っているらしい。その優しさは部下にも同じである。よって、皆(自分もだが)から慕われている。
一時間流れ掃除も終わり、朝の事が一息ついた、そんな時であった。
『本日、八月八日・・・ソビエト連邦が日ソ中立条約破棄を宣告、大日本帝国に向けて宣戦布告しました・・・?!ソ連軍は国境を一気に南下、破竹の勢いで進撃している模様です!!』
という放送が静かな操車場に流れた。ソ連が・・・宣戦布告?!
「ハァ?!」
皆、目を丸くして顔から血の気が引いた。だが、一時間もすれば皆落ち着きを取り戻していた。「国境の部隊は何とかしているだろう」という憶測が飛んだからだ。対戦車砲もあるし、重火器は少ないと言えども最低限はある事を知っているからだ。だがこの時、電話に出ていた誰かが青ざめた顔をして震えた声で言った。
「奉天の司令部からだ・・。敵は既に国境線を突破して、機甲部隊(戦車部隊)多数の機械化歩兵(トラックなどに乗った部隊)が三百万人で侵攻してきている・・・・・・。国境部の部隊とは連絡が途絶したらしい・・。最後の文言は『怪物の群れが襲ってきた』だそうだ・・・・。」
今度は皆パニックになった。当たり前だ。機甲部隊が三百万、満州の部隊の総力二倍の数である。それに、家族が満ソ国境付近で暮らしている人もいるからだ。無理矢理にでも前線に行こうとする奴、それを引き留めようとする奴、半狂乱の奴、駅舎は兵士でごった返した。俺も動悸がした。それを一括したのは島田軍曹であった。
「ソ連軍だって?!露助がどうした?!司令部から何も言われてねぇんだまだ戦うときじゃねぇんだよ!!いいか、俺らは天皇の軍隊だ。統率を失ってどうする?!いいか、持ち場に戻れ!!」
皆が硬直した。流石実戦経験者の一言だ。皆、緊張感と不安が漂う中、持ち場へ戻った。だがこの数時間後、ある指令が出されたのだった。
ソ連農労赤軍ノ侵攻ヲ受ケ、反撃措置トシテ、当該地所属ノ戦闘車両、部隊ハ出撃シ
侵攻部隊ノ殲滅ヲ指示ス。
宛哈爾浜 軍用操車場
奉天 関東軍司令部
ソ連軍満州侵攻!!主人公たちの運命はいかに?
ちなみに、なぜ装甲列車が一編成しかなかったかと言うと、お金が無かったかららしい。
鉄路行き行きて。(二話 行き行きて戦場へ)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
命令文の通り、出撃した。緊急出動なので隊長の訓示も無く、石炭、水を炭水車にぶち込み、弾薬もありったけ持っていく。皆、覚悟を決めていた。帰って来れぬ事を。食料に酒、飲料水もありったけ持っていく。車庫から入り乱れるように車両が出ていき、整備士たちは出ていく車両に、兵士たちに帽子を振った。笑顔で。編成の終了した装甲列車から出撃していく。全速で。俺も火砲車乙の側面にあるスライド式のドアを開けて、動き始めた列車に飛び乗った。既に島田少尉はそこにいた。
「おせーよ佐竹。」
「すんません。」
「こっちも帽子振るぞ。」
ドアから見えたのは、帽子を振って見送る整備士達であった。白い制服が太陽を反射してキラキラ光っている。因みに、彼らは国鉄や満鉄から徴用された人達だ。戦争が無ければいまごろ車庫の機関車を整備して平和に暮らしていただろう。ああ、彼らを守るのが俺達の責務なのだ。そして、いつか帰って来るぞ、哈爾浜に!!そんな思いを込めて電灯の点いていない暗い車内から緑色の帽子を振った。試製九四式装甲列車の六両目、機関車から石炭の煤煙が立ち、じょじょに速度を速めた。
「帰って・・・来れますかね?」
つい、自分の口から不安が漏れ出てしまった。
「知らん。戻れんかもな。」
「戦闘前から縁起でもない事言わないでくださいよ、島田はん。」
島田少尉の旧友である田代軍曹が突っ込んできた。この人はややひょろっとしているが、何処にでもいそうな近所のお兄さんのような風貌をしている。この人も人が良く、未だに夢を追う、年齢に相反した少年心を抱いた人である。だが、冷静沈着。
「・・・・・・・しかし、露助はどんな連中なんですか?」
俺は、戦う前に少しは敵の事を知っておこうと初の本格的対ソ戦、俗に言う「ノモンハン事件」の戦場にいた島田少尉、田代軍曹に聞いたみた。
島田軍曹は、「そうだなぁ、あの時は戦車だけで突っ込んできたから対戦車砲で吹き飛ばすのが楽だったなぁ。戦車は車内からの視界が悪いから隠蔽された俺達の砲を発見できなかったからだ。だが、恐れも知らず突っ込んでくる様子は怖かった・・・・・。」
と苦笑して語っていた。
一方の田代軍曹は、「だけど、あんときと戦い方、兵器の性能はここ数年で変わる。だが、こっちの砲があの時と変えられていないには問題だな。こっちの大口径砲も過信は禁物。あの時とは別の敵の認識すべきだ。のう、島田はん。」
「お、そうだな。」
車内に少し笑いが漏れた。笑いが途切れた時、ふと車外へ首を出した。
「うおぉ・・・」
「こりゃ壮観だなぁ。」
「ファ?!」
その声にびっくりして後ろを見上げると、長坂上等兵がいた。彼は帝国大学に通っていた知識人だが、「戦地へ行くのは貧乏人の行くことだ」と言う金持ちたちに蔓延する考えに疑問を持ち、志願して入ったらしい。(実家も典型的な金持ちだったと自身の口から言っていた)近眼のため、かけている丸眼鏡が知識人の雰囲気を彩っている。
俺達の視線にあるのは、装甲列車の大群だ。(本車以外は臨時装甲列車だが。)
「満州中の装甲列車がかき集められましたからね・・・・。」
「そう、だな。心強い・・・・か。」
俺達に手を振ってくる臨時装甲列車の連中がそこにはいた。「ようやく我らの出番だ」という、万遍の笑みで。
「島田、分かってるだろ。なんで皆に言わないんだ?」
田代軍曹が弾薬箱に座って煙草を吸う島田少尉に上から語り掛けた。
「へへ、あの奉天からの命令か?」
「あの意味、分かっているだろ。お前。」
「ああ。奉天の連中は俺達の戦力で三百万人の大軍団を撃破できるはずがないと思っているんだろう。要するに・・・」
「時間稼ぎだろ。」
「そうだ。きっとあいつら主力を連れて朝鮮半島へ逃げ込むだろ。戦略上は正解だが・・・」
「民間人の満蒙開拓団、俺達は見捨てられるんだな。」
「まぁいいさ。戦場でできる限りのことをするのみだ。俺達は。」
変に冷静な島田少尉を見て、長年の友であった田代は不自然に感じていた。
「島田、それだけではあるまいな。俺も例外じゃないが・・・・・家族だろ?」
島田少尉は煙草をまた咥え、特有の臭いのする煙を吐いた。
「満蒙開拓団・・・・それも国境近くの地域に配属されたからな・・・・。どうなったかは知る由もない・・・・・。悲しいな。」
「俺にも煙草くれ。今日買う予定だったのが狂っちまったぜ。」
「ほれ。」
人差指と中指で銜えられた煙草をそそくさととって、火を点けて田代軍曹が煙草を咥えた。外を見てはしゃぐ佐竹軍曹と長坂上等兵を見ながら島田は語った。
「あいつらは・・・・咲く桜だったのが飛んだ早咲きどころか咲く前に枯れるのか・・・。」
「また、縁起でもねぇ事言いやがって島田よ。」
「島田少尉!・・・ゴホ・・・・ゲヘ・・・。煙草吸ってたんですか・・・・煙たいと思ったら。」
「少尉殿、煙草一本くだせぇ。」
「長坂・・・・やだね!!田代に一本あげたんだ!!」
「じゃあなんでくれないんですか?!くださいよ少尉殿!!」
子どもの様に突進してくる長坂に何があろうとも煙草を渡さない気概(すごいね。人の欲って)で島田少尉は箱を渡さない。その時、吹っ飛んだ煙草の箱を俺が拾って銘柄を見ると、あらびっくり。
「これ、うちの農園で作ってるやつですよ!!」
うちの家族は大丈夫かな・・・・・。そんな考え事もよぎったが、まぁ、生存能力が何気に高い親父たちだ。大丈夫だろう。そして今,もう一つ疑問が浮かんだのだが
「煙草って、美味しいの?ただ臭い煙を出す物体としか思えんのだが。」
この時、奪い合っていた二人も動きをピタリとやめ、満場一致で
『美味い!!』
なんでだよ・・・・。
戦闘開始まであと二日。
長坂軍曹が、アメリカ映画の「プラトーン」の主人公に経歴が似ていることについて。やっぱり、金持ちとの隔壁は昔からあるのですね・・・。因みにプラトーンは良い映画ですけどグロに耐性無い人は見るべからず。
次回、最前線へ。
鉄路行き行きて。(三話 会敵)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
夜、全速で揺れる車内でツヤツヤの白米が野戦用の飯盒に入れられて供された。何年ぶりだろうか。農作物の多くとれる満州だが、供されるのは通常は麦飯、玄米だった。
「マジかよ・・・・・。」
驚きつつ、今にも開けそうな勢いで田代軍曹が飯盒を持っていると、長坂上等兵が反応した。
「皆で開けるんですよ・・・・皆で・・・・・」
長坂がよだれ垂らしてやがる。コイツが一番最初にあけそうな予感。だが、気持ちは分かる。開けてないのに甘い匂いが漂ってるんだもん。ここに漬物が有ったら・・・。
バン!!
後ろの車両からこっちへの移動用の扉を強く開ける音がした。何事かと皆、視線をそっちへ向けると、
「火砲車乙の連中!!おかず忘れてるぞ!!」
彼らの手にあったのは漬物に酒。
「おい、これ俺のだぞ!!」
「取んなよ取んなよ・・・・」
「こんなの速いもん勝ちじゃあ!!」
煙草と同じ争奪戦勃発。俺が中に入っていなし、平等に分配した。だって、早く食べたいもん。分配が終わると、飯盒をワクワクして分隊員で一斉に開けた。白米は美味そうな特有の匂いのする湯気を立たせ、純白の米粒は今まで見たもので最も美しかった。漬物も塩が利いている。酒は焼酎だろうか。皆、ぐびぐび飲んでいる。飯盒は舌で嘗め尽くし、米粒は一つも残さなかった。
---
翌日であった。
ゆらゆら揺れながら外を眺めていた。空は曇っており、雨雲もいくつか見えた。上空の風が強いらしく、雲の流れが速い。そんなことをぼんやり考えていた時である。
ウゥゥン・・・・・
少し高めの静かなエンジン音が耳に入った。音的に水冷発動機っぽいな。
「聞き慣れない発動機の音ですね・・・・。」
満州侵攻を受けて奉天の連中が航空隊でも飛ばしたのか?と思ったが、違った。
「まずいな。」
田代軍曹がこの音に瞬時に反応して立った。
「おいでか。」
島田少尉が続く。その時である。
『敵機襲来!!これは訓練ではない!!繰り返す、これは訓練ではない!!各員戦闘配置に着け!!』
一両目の警戒車へつながる伝声管から響いた。一瞬の静けさの後、皆の目の色が変わった。直ちに俺はドアを閉め、火砲車乙のやや後方にある砲塔の内部に梯子を上って入る。俺は砲座に座り、仰角いっぱい向けた。
「敵機、一時の方向!!距離一万三千!!単機の模様!!」
上部にある測量儀から送られた情報を長坂上等兵が読み上げると、俺は砲を旋回させ、その方向に砲口を向ける。見えた。爆装した機体!!だが、対空砲弾がここにはないので照準を向けるのは意味はなく、何となくやっただけであった。だが、五両目の火砲車丙の背負い式配置の八八式七糎高射砲は対空砲弾を所持しており、対空戦闘可能である。撃つ・・・のか?
『射撃を禁ずる!!繰り返す!!射撃を禁止する!!』
指揮車からの指示が伝声管を伝って聞えてきた。
「何故撃たないんですか?!こっちの測距は正確です!!やるなら今です!!」
それを聞いた長坂上等兵が切羽詰まったように島田少尉に詰め寄った。確かに疑問だ。敵が撃たないとも限らんし。
「撃つなって言われたら撃てないぞ。軍隊において、指示は絶対だ。多分だが、まだ敵機は攻撃態勢に入っていない。多分だが、この曇り空じゃ目標を発見できなかったんだろう。攻撃されなきゃそれが一番望ましい。撃っちまったら砲火でバレるだろ?」
島田少尉はそんな長坂上等兵をいなす。長坂上等兵は何か言いたげであったがいなされてしまった。その後戦闘配置を継続したが、上空を周回したっだけで雲に消えた。
緊張感が残る中、俺は何となく扉を開けて外を眺めた。夕日を反射して光る金色の大地がそこにはあった。満州開拓団が切り開いた畑だろうか。パラパラ漫画の様に次々に変わる景色。見慣れた故郷とは違う景色。何と美しい景色だろう。だが、この列車は確実に戦場へ向かっている。さっきの敵機襲来もそうだが、今、俺達は戦場へ身を投げようとしているのだ。
「何か、安心しますよね・・・・田畑の景色を眺めていると・・・・。」
振り向くとそこには長坂上等兵がいた。
「長坂・・・・。何で『撃て』って詰め寄ったんだ?」
「フフフ・・・・ハハハ・・・・」
「何笑ってんだ?」
笑い顔から急に顔をしぼめた。
「いや、やっぱり聞くんですねって。少し、昔の話をしましょう。俺の家族の経営する工場で働いていた少年がいたんですよ・・・。最初に合った時はこっちを睨んできましたよ。当たり前です。彼はその工場で父親が労災で死んだんです。家族を奪った工場で働かされる屈辱ですよ。でもですよ、子供は子供でした。すっかり仲良くなって、学校で自分が習ったことを彼が休んでいる特に教えていました。彼は学校へ行けてなかったんです。でも、彼は五歳ほど年上でですね、安い給金目当てに予備役に入っていまして・・・・・」
「ノモンハンで死んだのか・・・。」
「だがら露助は一人でも多く地獄に葬ろうって個人的な恨みですよ。」
「そっか。」
後ろから急に押され、誰かに肩を組まれた。
「・・・って島田少尉?!」
「何小声で喋ってんだ?!仲間外れは許さんぞ?!」
「か、関係ない話ですよ!!」
「何か聞かせろー!!」
今日も、うちの分隊は平常運転です。
恨み、怒り、悲しみ、そして復讐。あらゆる思いが交差するとき、そこは既に戦場だった。
鉄路行き行きて。(四話 初陣)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
この装甲列車が死ぬ所が想像できない。こんな重火器が大量に載っていて、島田少尉含む実戦経験豊富な兵員が乗った車両を如何にすれば破壊できるのか。多分、不可能だ。だが、島田少尉は昔言っていた。
「無敵の物など存在しない。無敵の戦艦も弾庫に誘爆すれば一瞬で沈むし、戦車だって野砲で集中砲火を食らわせれば壊れる。この装甲列車だってそうだ。一見、無敵に見える物も決して信じてはいけない。物はいつか壊れる。いいか、物はいつか壊れるんだ。だが、使い方次第で持つものもある。覚えとけよ。」
こいつに乗っている者として、無敵と言うのは信じたいな。
---
敵機襲来から翌日。敵の侵攻速度的に今日には、敵部隊と戦闘になるだろうと踏んで、朝から戦闘配置に皆付いていた。因みにここは満州北部。既に戦闘区域である。
砲塔内は昼間なのに暗く、窓からの小さな太陽光が唯一の光源であった。外は、珍しく黄砂がやや舞っていた。車内には薄氷の様な不気味とも言える緊張感からくる不思議な静けさに包まれている。腕時計を見ると、午前十時二分。まだ朝か。その時である。一号車の警戒車へ繋がる伝声管から響いた。
『本車から三時の方向、稜線に敵戦車と思わしき影があり!!射撃ヨーイ!!弾種、尖鋭弾。測距開始!!』
薄氷が割れた。敵戦車?!すぐさまその方向の稜線へ砲を回す。自分は双眼鏡に顔を当てるように照準器を覗いた。照準器には、十字架状の照準と、周りには複数の目盛りが。左右には大まかな高さが書かれており、大体どこに砲弾が落ちるかが書かれていた。
「射撃ヨーイ!!弾種、尖鋭弾!!」
砲の旋回が終わると分隊長の島田少尉が指示を出した。
「弾種、尖鋭弾!!」
すぐさま弾薬箱から砲弾の先が赤く塗られた尖鋭弾を田代軍曹が素早く取り出して砲栓を開けて入れた後すぐに閉める。装填完了だ。
「火砲車乙、射撃ヨーイ良し!!」
『火砲車甲、射撃ヨーイ良し!!』
『火砲車丙、一、二番砲射撃ヨーイ良し!!』
複数の伝声管から報告が耳に入った。全門装填良し。後は測距だけ・・・・・
「距離、九千!!目標、三時の方向!!仰角上げ三!!射撃開始ヨーイ!!」
「仰角、上げ三!!」
仰角を右下の目盛りの三に合わせる。見えた。敵車両!!何か・・でかくないか?見えた敵に対して、照準の微調整を行う。砂塵を巻き上げて移動しているが、照準良し。当たる。絶対に。
『てー!!』
その声と共に胸あたりにある引き金を引いた。爆発音と共に車体が地震のように揺れる。余りの爆発音で耳鳴りと揺れによる軽い頭痛と吐き気に襲われた。だが、そんな物にかまっている暇はない。砲弾を目で追う。弾着。目標の戦車の周りに至近弾による砂塵が巻き上げられたが、一発・・・・俺が撃った弾が当たった。確かに。その戦車は正面から装甲をかち割られ、弾薬に誘爆、爆発して吹き飛んだ。脱出の時間は無かった。生存者はいないと思う。ドっと達成感と浮かれた気持ちが顔に浮かび上がったが、敵は安堵の時は与えてくれなかった。
『敵車両、歩兵、た、多数!!各砲、射撃開始!!』
何を騒いでいるのかと、照準器を覗いた。
「はぁ・・・・・?!」
黄砂の隙間から見えたのは何十台、何百台の車両。そこに付随して群がる歩兵。
「な、何だ・・・・・?」
「あれ・・?!」
「どした、長坂!!」
「少尉殿、さっきの砲撃の衝撃のせいで測距儀との配線が切れました!!測距情報が送られません!!」
不安と焦燥が波紋の様に広がる。だが、島田少尉と田代軍曹は冷静だった。
「田代!!次弾榴弾!!歩兵を吹き飛ばすぞ!!」
「りょーかい!!」
田代軍曹がまた弾薬箱から砲弾を出して担ぎ、装填した。
「長坂は配線をいじれ、直るか試して見ろ!!」
「りょーかい!!こんな所で死んでたまりますか!!」
「佐竹、歩兵の多い所に榴弾を撃て!!歩兵の接近を許すな!!」
「りょーかい!!」
砲栓を閉める無機質な音が、怒声の中に響く。
「照準良し!!」
五時の方向、目標は輸送トラックおよびその周辺にいる歩兵。手前に着弾させて砲弾の破片でやる。
「てー!!」
引き金を引いた。砲弾が飛び出し、目標へ向かう。砲撃により、次々と土が舞き上がり、黄砂に混じった。
「次弾装填!!次弾、徹甲弾!!目標、敵戦車!!重火器も潰すぞ!!」
「装填よーし!!」
「照準良し!!」
「てー!!」
砲撃の激しさ、正確さに敵の車列が乱れていく。無慈悲な砲弾がまた一つ、着弾した。だが、敵は前進を止めず、それどこか砲撃を避ける為に速度を上げた。双眼鏡で着弾点を見た島田少尉は、
「機動戦を仕掛けてきたな?弾種、徹甲弾!!佐竹、目標、射撃射撃ヨーイ!!」
次々と新たな指示を出していく。
「徹甲弾装填!!」
近づいてきたので、戦車の形状がある程度わかるようになった。こいつはこっちの持っていた戦車とは一味も二味も違う。そいつは砲身は長く、巨大で、国境の部隊の真意が分かった様な気がした。この数年で兵器が変わったのだろうか・・・・。田代軍曹の言うことが現実になったのだ。だが、こっちはどんな時も最善を尽くすまで。目標は最も近い、距離三千まで来やがった中型戦車!!
「照準良し!!」
「撃ーぇ!!」
発砲。又一台、戦車が吹っ飛んだ。十糎砲の威力はやはり伊達ではない。
「命中!!」
「よくやった!!佐竹!!次弾徹甲弾!!」
「島田殿!!直りました!!」
長坂上等兵は達成感あふれる表情でこっちにむいた
「よくやった。さぁ、迎撃するぞ!!次弾装填!!次弾徹甲弾!!戦車を葬るぞ!!」
『了解!!』
会敵・・・・・物量のソ連軍、質の装甲列車軍団、語り継がれぬ戦場の記憶が幕を上げる。
鉄路行き行きて。(五話 帝国装甲列車部隊の天王山)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
「五時の方向!!距離、三千五百二十一!!目標、高速接近中の敵輸送トラック!!」
長坂上等兵の読み上げた方向に砲を向ける。
「榴弾装填!!」
「榴弾ヨーイ!!」
田代軍曹が開けた砲尾に榴弾を押し込む。
「照準良し!!」
照準器の中から見えたのは、歩兵を詰め込んで突っ込んでくるトラック。
「てー!!」
引き金を引いた。射撃の反動により体の芯から揺れる。空気を切り裂く音と共に向かってくる砲弾を見た兵士はそれに恐怖し、気付いた者も気付かぬ者も吹っ飛ばす。そこに慈悲など存在せず。近づけば強力な火砲が、そこからより近づけば機銃によって蜂の巣にされ、逃げればまた砲が火を吹き、敵は逃げ場など与えてくれぬ地獄にいた。だが、異変とも言うべき事態が起きる。
「不味いぞ!!」
島田軍曹が何かを察し、空を見た。
ウゥゥン・・・・
やや高い水冷の静かな音。敵機だ!!それも、この前来た単発機と同じ機種!!
『敵機、三時の方向、距離八千二百!!速度三百キロで接近!!直ちに対空射撃可能な砲は、射撃を開始せよ!!機関出力最大!!回避運動の為に増速する!!』
警戒車の方からも見えたようで、直ちに指令が下った。そしてダメ元で増速による退避を行う。まさか対地支援で呼ばれたか?!
「こっちは対地射撃を行う!!目標は?!」
未だ冷静を保ち、こっちの任務を全うする島田軍曹に、皆火が点いた。
「目標、五時の方向、距離二千五百十三!!敵重戦車!!」
「徹甲弾装填!!」
NHKのアナウンサーより早口で目標を言い終える長坂上等兵よりも目標を目標を聞きつけて装填した田代軍曹が言い終わるよりも早く装填を完了させる。俺は俺の任務を全うしよう。照準をすぐさま合わせた。だがそこにいたのは、重戦車ではなく固定戦闘室を有していると思われる自走砲。しかもそいつは見たところこっちよりも五十ミリほどでかい砲を有している。コイツは、本物の怪物だ。間違いなく敵の射程外で倒さなくては。
「照準良し!!」
「てー!!」
引き金を引く。照準はやや上面!!直接射撃だ。当たる。
当たった。だが、そいつは無傷である。俺は戦慄した。コイツは間違いなく化け物だ。そして、こいつらは黄砂の中から出てきては次々と突進してくる、亡霊軍団を相手にしているような気分であった。
「当たりましたが、跳ね返されました!!」
「何?!」
「オイ、上!!上!!」
田代軍曹が上を指差した。そこには既に距離を詰めてきた敵機編隊三機。そして当たらぬ対空砲弾。
「次弾、榴弾!!射撃ヨーイ!!」
島田少尉が静かにそう言うと
「榴弾?!」
田代軍曹の動きが止まる。
「やれ!!佐竹、敵機に向てて射撃開始!!測距の連中は無視しろ!!」
時限信管じゃなくって触発信管の榴弾で?!そんな事訓練でもやったことないぞ。だが、やるしかあるまい。爆弾をもろに食らえば、一両は死ぬ。時間的に射撃は一度きり。
「装填良し!!」
仰角五十度。矢の字に並ぶ敵機の右翼の機体を狙う。
「照準良し!!」
「てー!!」
撃った。後は祈るのみ。その一瞬の時、今までにない緊張が走った。
白い閃光はわずかにそれていった。だが、この時奇跡がおこる。火砲車丙の連中が一機に火を吹かせ、編隊が崩れたのだ。
「・・・・次弾榴弾!!目標、敵機!!」
島田少尉が口走ると
「了解・・・!!」
無言の空間に銃砲の音と砲栓を閉める無機質な音が響き渡った。
「照準良し!!」
速度三百五十、距離千八百、仰角いっぱい。俺は必中の確信を持って引き金を引いた。
「てー!!」
当たれ・・・・・・・・。
当った。確かに。主翼を吹き飛ばし、火を吹いて真っ逆さまであった。
「や、やった・・・・・!!」
長坂上等兵が安堵したその時である。それは、爆発音と共に瀬戸物を入れた棚をひっくり返したような音であった。その音と共に地震の様に列車全体が揺れ、物に掴まらねば自らの態勢を維持できないほどであった。
・・・・・・・・・・・・何だ?!
『こちら・・・六号車、時雨桜花中尉・・・・。第六号車・・・・大破・・・・・機関車は破損・・・・・乗員壊滅・・・・・。救援求む・・・・・。』
その後、ズリズリとゆっくり倒れていく音がした。
『第六号車被弾!!直ちに応急処理班迎え!!繰り返す、第六号車被弾!!』
「クソ、やられたか!!」
「しかも機関車、動力源狙ってきましたね。」
これで、この列車は動けぬ的と化した。被害は続く。
鉄板に砲弾の撃ちつける甲高い音と共に紅い何かが見えた。
・・・・・・何が起きたのだろうか。戻りゆく感覚から横たわっているのが分かった。俺は唸りながら周囲を確認するために手を振り回しすと、
「でぇ・・!!」
誰かに当たったらしい。
「畜生・・・・・、点呼・・・・」
意識を取り戻した島田少尉が何か言っている。目を開けるとそこには黒煙が漂い、紅いドロドロの何かが広がっていた。その先は
「島田少尉!!」
島田少尉であった。
「腹に一発食った。動脈だな・・・こりゃあ・・・・」
「長坂、衛生兵呼べ!!」
田代軍曹が目を覚ましたようだ。
「田代、いい。もう・・・。・・・皆、何処かで会おう。」
その時、フッと息絶えたのが分かった。
「クソ・・・・・。」
崩壊は、始まれば留まるところを知らない。