突然ですが皆さんは、「装甲列車」と言う物をご存じでしょうか。一言で言うと「陸の戦艦」です。鉄道の機動力によって鉄路を縦横無尽に動く、まさに一種の「要塞」と定義しうる物です。その様なものが一九四五年の満州に実在したなど思ってもみてくれないでしょう。これは、忘れ去られた物語・・・・・・
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目次
鉄路行き行きて。(一話 電撃戦、全線崩壊。)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
一九四五年、そう聞くと戦後の人はドイツ第三帝国(通称ナチスドイツ)の崩壊、敗色濃厚な太平洋戦線、特攻、無差別な殺戮・・・・その様な地獄の様相を呈していた事を想像する人も多いがここ満州はそのような雰囲気は漂わず、寧ろ日常が続いていた。一九四五年八月八日までは。
ここは満州中部の軍用鉄道操車場。多数の軍用貨車、臨時装甲列車(貨車などを改造した臨時編成の装甲列車。満鉄へのゲリラ攻撃の多さから造られたらしい。こいつで満鉄のパトロールから帰ってくれば何人かが血だらけで帰って来る)が並び壮観の一言に尽きる。その中でもひと際目立つ車両があった。
--- 試製九四式装甲列車 ---
データ
武装:十四年式十糎(㎝)高射砲二門、八八式七糎野戦高射砲二門(こちらは同一車両に背負い式で配置)三十糎探照灯二基、測量儀(砲撃指揮用の物)一式、重機関銃多数
装甲厚:最大二十五ミリ
これは日本陸軍初の、待望の装甲列車である。コイツの建造経緯について話すと、日本軍が大陸進出を果たした時まで遡る必要がある。満州事変以降、大日本帝国陸軍が大陸に進出したときに問題になったのは、帝国陸軍創設以来の主敵であるロシア帝国陸軍・・・・現ソ連軍である。強力な敵にはそれ相応の武装を、という訳で建造された。この手の物は数が揃わないと真価は発揮できないがどういう訳か(理由はお察しください)一編成しか造られなかった。だが、時代は変わりゆく物。世界恐慌から続く不況が世界を蝕み、力なきものは力を求め、力持つものは既得権益を守ろうと摩擦し、火花散る世界に不協和音が響いた。その状況で戦場は対英米方面へと移り変わり、満州防衛用の部隊は一気に引き抜かれ南方へ。残された部隊も砲なし、戦車無しの状況である。東方のソ連軍部隊も対独戦線に引き抜かれたらしいし、こっちと面白い程に状況が似ているらしい。まぁ、満ソ国境は小規模な銃撃戦など日常茶飯事であるから気を引き締めとかねばならない部分もあるが。そんなことを考えつつ、自分の配属された三両目にある十四年式十糎高射砲搭載の火砲車乙を雑巾片手に行っていた。
「ふぅ。砲身の清掃終了。」
砲身に跨って座りながら砲身を磨いている俺に対して下の兵員室を清掃していた分隊長、島田少尉が
「佐竹!終わったなら手伝え!!」
と叫いでいた。因みに佐竹とは自分の苗字である。その叫びに俺はやる気のない返事で応答した。島田少尉について少し説明。島田少尉は、満州事変以来の歴戦の猛者である。無骨な武者の様な見た目に、肩にある傷は少尉が激戦を経験している事を静かに自ら語っていた。陸軍では、「星の数よりメンコ(飯を食った回数)」と言われる程実戦経験者、年長者が位の上の新人を怒鳴ったりするほど実力、年齢至上主義なのでこの人にかかれば少佐程度では口も出せなかったり。だが意外に家族持ちで、その見た目に似合わない程に家族思いである。因みにその家族は満州開拓団としてこちらに来ており、偶に会いに行っているらしい。その優しさは部下にも同じである。よって、皆(自分もだが)から慕われている。
一時間流れ掃除も終わり、朝の事が一息ついた、そんな時であった。
『本日、八月八日・・・ソビエト連邦が日ソ中立条約破棄を宣告、大日本帝国に向けて宣戦布告しました・・・?!ソ連軍は国境を一気に南下、破竹の勢いで進撃している模様です!!』
という放送が静かな操車場に流れた。ソ連が・・・宣戦布告?!
「ハァ?!」
皆、目を丸くして顔から血の気が引いた。だが、一時間もすれば皆落ち着きを取り戻していた。「国境の部隊は何とかしているだろう」という憶測が飛んだからだ。対戦車砲もあるし、重火器は少ないと言えども最低限はある事を知っているからだ。だがこの時、電話に出ていた誰かが青ざめた顔をして震えた声で言った。
「奉天の司令部からだ・・。敵は既に国境線を突破して、機甲部隊(戦車部隊)多数の機械化歩兵(トラックなどに乗った部隊)が三百万人で侵攻してきている・・・・・・。国境部の部隊とは連絡が途絶したらしい・・。最後の文言は『怪物の群れが襲ってきた』だそうだ・・・・。」
今度は皆パニックになった。当たり前だ。機甲部隊が三百万、満州の部隊の総力二倍の数である。それに、家族が満ソ国境付近で暮らしている人もいるからだ。無理矢理にでも前線に行こうとする奴、それを引き留めようとする奴、半狂乱の奴、駅舎は兵士でごった返した。俺も動悸がした。それを一括したのは島田軍曹であった。
「ソ連軍だって?!露助がどうした?!司令部から何も言われてねぇんだまだ戦うときじゃねぇんだよ!!いいか、俺らは天皇の軍隊だ。統率を失ってどうする?!いいか、持ち場に戻れ!!」
皆が硬直した。流石実戦経験者の一言だ。皆、緊張感と不安が漂う中、持ち場へ戻った。だがこの数時間後、ある指令が出されたのだった。
ソ連農労赤軍ノ侵攻ヲ受ケ、反撃措置トシテ、当該地所属ノ戦闘車両、部隊ハ出撃シ
侵攻部隊ノ殲滅ヲ指示ス。
宛哈爾浜 軍用操車場
奉天 関東軍司令部
ソ連軍満州侵攻!!主人公たちの運命はいかに?
ちなみに、なぜ装甲列車が一編成しかなかったかと言うと、お金が無かったかららしい。
鉄路行き行きて。(二話 行き行きて戦場へ)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
命令文の通り、出撃した。緊急出動なので隊長の訓示も無く、石炭、水を炭水車にぶち込み、弾薬もありったけ持っていく。皆、覚悟を決めていた。帰って来れぬ事を。食料に酒、飲料水もありったけ持っていく。車庫から入り乱れるように車両が出ていき、整備士たちは出ていく車両に、兵士たちに帽子を振った。笑顔で。編成の終了した装甲列車から出撃していく。全速で。俺も火砲車乙の側面にあるスライド式のドアを開けて、動き始めた列車に飛び乗った。既に島田少尉はそこにいた。
「おせーよ佐竹。」
「すんません。」
「こっちも帽子振るぞ。」
ドアから見えたのは、帽子を振って見送る整備士達であった。白い制服が太陽を反射してキラキラ光っている。因みに、彼らは国鉄や満鉄から徴用された人達だ。戦争が無ければいまごろ車庫の機関車を整備して平和に暮らしていただろう。ああ、彼らを守るのが俺達の責務なのだ。そして、いつか帰って来るぞ、哈爾浜に!!そんな思いを込めて電灯の点いていない暗い車内から緑色の帽子を振った。試製九四式装甲列車の六両目、機関車から石炭の煤煙が立ち、じょじょに速度を速めた。
「帰って・・・来れますかね?」
つい、自分の口から不安が漏れ出てしまった。
「知らん。戻れんかもな。」
「戦闘前から縁起でもない事言わないでくださいよ、島田はん。」
島田少尉の旧友である田代軍曹が突っ込んできた。この人はややひょろっとしているが、何処にでもいそうな近所のお兄さんのような風貌をしている。この人も人が良く、未だに夢を追う、年齢に相反した少年心を抱いた人である。だが、冷静沈着。
「・・・・・・・しかし、露助はどんな連中なんですか?」
俺は、戦う前に少しは敵の事を知っておこうと初の本格的対ソ戦、俗に言う「ノモンハン事件」の戦場にいた島田少尉、田代軍曹に聞いたみた。
島田軍曹は、「そうだなぁ、あの時は戦車だけで突っ込んできたから対戦車砲で吹き飛ばすのが楽だったなぁ。戦車は車内からの視界が悪いから隠蔽された俺達の砲を発見できなかったからだ。だが、恐れも知らず突っ込んでくる様子は怖かった・・・・・。」
と苦笑して語っていた。
一方の田代軍曹は、「だけど、あんときと戦い方、兵器の性能はここ数年で変わる。だが、こっちの砲があの時と変えられていないには問題だな。こっちの大口径砲も過信は禁物。あの時とは別の敵の認識すべきだ。のう、島田はん。」
「お、そうだな。」
車内に少し笑いが漏れた。笑いが途切れた時、ふと車外へ首を出した。
「うおぉ・・・」
「こりゃ壮観だなぁ。」
「ファ?!」
その声にびっくりして後ろを見上げると、長坂上等兵がいた。彼は帝国大学に通っていた知識人だが、「戦地へ行くのは貧乏人の行くことだ」と言う金持ちたちに蔓延する考えに疑問を持ち、志願して入ったらしい。(実家も典型的な金持ちだったと自身の口から言っていた)近眼のため、かけている丸眼鏡が知識人の雰囲気を彩っている。
俺達の視線にあるのは、装甲列車の大群だ。(本車以外は臨時装甲列車だが。)
「満州中の装甲列車がかき集められましたからね・・・・。」
「そう、だな。心強い・・・・か。」
俺達に手を振ってくる臨時装甲列車の連中がそこにはいた。「ようやく我らの出番だ」という、万遍の笑みで。
「島田、分かってるだろ。なんで皆に言わないんだ?」
田代軍曹が弾薬箱に座って煙草を吸う島田少尉に上から語り掛けた。
「へへ、あの奉天からの命令か?」
「あの意味、分かっているだろ。お前。」
「ああ。奉天の連中は俺達の戦力で三百万人の大軍団を撃破できるはずがないと思っているんだろう。要するに・・・」
「時間稼ぎだろ。」
「そうだ。きっとあいつら主力を連れて朝鮮半島へ逃げ込むだろ。戦略上は正解だが・・・」
「民間人の満蒙開拓団、俺達は見捨てられるんだな。」
「まぁいいさ。戦場でできる限りのことをするのみだ。俺達は。」
変に冷静な島田少尉を見て、長年の友であった田代は不自然に感じていた。
「島田、それだけではあるまいな。俺も例外じゃないが・・・・・家族だろ?」
島田少尉は煙草をまた咥え、特有の臭いのする煙を吐いた。
「満蒙開拓団・・・・それも国境近くの地域に配属されたからな・・・・。どうなったかは知る由もない・・・・・。悲しいな。」
「俺にも煙草くれ。今日買う予定だったのが狂っちまったぜ。」
「ほれ。」
人差指と中指で銜えられた煙草をそそくさととって、火を点けて田代軍曹が煙草を咥えた。外を見てはしゃぐ佐竹軍曹と長坂上等兵を見ながら島田は語った。
「あいつらは・・・・咲く桜だったのが飛んだ早咲きどころか咲く前に枯れるのか・・・。」
「また、縁起でもねぇ事言いやがって島田よ。」
「島田少尉!・・・ゴホ・・・・ゲヘ・・・。煙草吸ってたんですか・・・・煙たいと思ったら。」
「少尉殿、煙草一本くだせぇ。」
「長坂・・・・やだね!!田代に一本あげたんだ!!」
「じゃあなんでくれないんですか?!くださいよ少尉殿!!」
子どもの様に突進してくる長坂に何があろうとも煙草を渡さない気概(すごいね。人の欲って)で島田少尉は箱を渡さない。その時、吹っ飛んだ煙草の箱を俺が拾って銘柄を見ると、あらびっくり。
「これ、うちの農園で作ってるやつですよ!!」
うちの家族は大丈夫かな・・・・・。そんな考え事もよぎったが、まぁ、生存能力が何気に高い親父たちだ。大丈夫だろう。そして今,もう一つ疑問が浮かんだのだが
「煙草って、美味しいの?ただ臭い煙を出す物体としか思えんのだが。」
この時、奪い合っていた二人も動きをピタリとやめ、満場一致で
『美味い!!』
なんでだよ・・・・。
戦闘開始まであと二日。
長坂軍曹が、アメリカ映画の「プラトーン」の主人公に経歴が似ていることについて。やっぱり、金持ちとの隔壁は昔からあるのですね・・・。因みにプラトーンは良い映画ですけどグロに耐性無い人は見るべからず。
次回、最前線へ。