閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
青林檎
クリスマス・イブの日、私は先日殺された女子高生の資料を眺めながらこう言った。
「ねぇ、やっぱり警察に任せない?」
「私と同い年の同志が殺されたんだよ?信用できない人間どもに任せておけないし」
相変わらず黒夢の人間嫌いには困らせられる。
山中女子高生惨殺事件。
12月20日、16歳の有酒名子が山の中で殺害され、遺体はその場に放置された。
そして彼女は…目の前の人間嫌いと同じ組織「純白の地球を取り戻す会」に所属していた。
「やっぱり思想が強いグループだし、その筋から恨まれてたんじゃないの?警察もその線で調べてると思うし」
「名子は人から恨まれるようなことはしてない」
彼女のその言葉は一応信じられる。目の前の資料は彼女がいかに品行方正で人から好かれやすかったかを表しているからだ。
「交友関係は…恋人が一人、いやまぁ一人じゃなきゃおかしいんだけど」
「この人のことも調べなきゃいけなさそうね」
資料を見るにつれ、私はだんだんなぜ彼女が殺されたのか気になってきた。
「で、彼氏のとこ行く?」
私は少し考えて、首を縦に振った。
ピンポンという軽快な音があたりに響く。
「黒鉄望さんはいらっしゃいますか?」
私はインターホンに話しかける。
「…息子は今アルバイトに行っております」
母親だろうか、インターホンから女性の声が聞こえてきた。
「どこに行っているのでしょうか?」
「…コンビニとしか聞いておりません」
そう言うと、女性はインターホンを切った。
「あれ?!もしもーし!」
私は少し焦るが、面識もない相手にそれほど情報は教えられないのだろうと考え直す。
「どうする?暗狩ちゃん」
「…とりあえず、近くのコンビニを回ってみましょう」
「望さんの写真は持ってる?」
彼女は写真を差し出した。
「だから…キツイって」
私はコンビニを4件回り、なにも収穫がなかったことを悔やむ。
「少し休もっか」
黒夢は明るい声でそう言った。
近くのベンチに座り、私は自販機で買ったコーラを流し込む。
「あと一個回ったら今日はやめにしましょ…」
「そうしよっか」
私と彼女は合意した。
「先輩?なんであなたたちが知ってるんです?」
ヒット。私は内心喜んだ。
「あー、ちょっといろいろありまして」
黒夢は言葉を濁した。
「質問、なんですけど」
「はい」
「12月20日はどこにいました?」
「このコンビニで働いてました」
「望さんに恋人がいたことは知っていますか?」
「はい…」
「名前は?」
「すいません。名前までは…」
「二人の関係は良好でしたか?」
「多分…クリスマスにはデートするって言ってたし」
私はひとまず質問を終える。
「ありがとうございました」
少し経営に協力しようか。私はレジの近くにあるグミを取って買おうとした。
その時だった。
「暗狩ちゃん、あれ見て」
彼女が指さした方向を見た瞬間、私は少し驚いた。
そこには被害者の彼女、黒鉄望がいたからだ。
「あの…事件に関してはもう全部警察に話しました」
彼にそう言われ、私はそのままとぼとぼ帰ろうとする?
「ちょ、ちょっと!まだ粘ろうよ」
「いいじゃない。彼、かなり被害者を愛してたみたいよ」
ケータイに目立たぬように貼ってあったプリクラとキーホルダーがそれを証明していた。
「でも、愛していたからこそ情がもつれて…なんてこともあり得るんじゃ」
私はもうこの事件に対する興味をなくしていた。
手に持っていたグミを清算しようとした時、声が聞こえた。
「なぁ聞いたか?また万引きだってよ」
「今度は雑誌か…」
万引き?私は男二人の会話につられる。
「あの『足のないバスケ少年』の話が載ってたやつですか」
「そうそれ!」
さっきまで話を聞いていた彼女は彼らの会話に参加した。
「でもあれ痛くないんですかね?」
「え?」
「だって足がないのにラグビーするためには、ボールになるしかないじゃないですか」
「えぇ…相変わらず天然だなぁ」
その会話で、私は完全に好奇心を取り戻す。
「あの!」
「ん?」
「その万引き犯ってどんな格好なんですか?」
「えっ、えーと青い服に黒いズボンで…そこまでわかってるんだけど、その子を何回問い詰めても物証が出てこないんだよ」
「確かに物はなくなってるのに」
「ありがとうございます」
私はスマートフォンを菓子の棚に置く。
「ねぇ、スマホ貸して」
「え?なんで?」
黒夢はわけがわからない顔でこちらを見つめる。
「私、知りたがりなんで」
「…やる気、出てきたみたいだね」
私は買おうとしたグミでスマホを隠し、黒夢のスマホと繋げる。
最近は別のスマホからカメラを確認できるアプリがあるんだ。
私は一度家に帰り、スマホを確認する。
スマホを開いた瞬間、望の後輩は画面から出ていった。
そしてその後、『青い服に黒いズボン』の女性が入ってきた。
彼女は何者かと電話しながら缶詰の棚に近寄り、ものを盗る『ふりをした』。
「あれ、この子なにも盗ってない?」
私はもう一度資料を見る。
凶器はハサミ、どこにでも売ってある品物と書かれていた。
私は犯人を確信する。
「行くよ!黒夢!」
私は彼女と家を飛び出た。
「戻りましたー」
望の後輩の声を遮るように、入店音が鳴り響く。
「ハァハァ…犯人がわかったのね!」
私は頷く。
「有酒さんを殺したのはあなたですね?」
私は休憩から戻ったばかりの彼女を指さした。
「え、な、何を言っているの?」
「万引き犯とグルだったんですね」
「いや、万引き犯自体そもそも存在しなかった」
「万引き犯が盗んだことにして、凶器から犯行がバレないように」
「な、なにを言っているんです?」
「先輩の彼女を殺す理由がないじゃないですか!」
私はその言葉を聞き、にやけた。
「あれ?望さんの恋人の名前は知らないんじゃありませんでしたっけ?」
「それに、あるんでしょ?あなたにしかわからない理由が」
彼女は怒りの表情を見せた。
「あなたは少しだけ他人と違う」
「正直に言ってみてください」
私は彼女に催促する。そして、彼女は諦めた表情を見せた。
「先輩は一人でいる時が一番輝いてるんです。あなたには確かに理解しづらいと思うけど」
「先輩の輝きを邪魔するあの人は許せませんでした」
「だって先輩は…私の太陽なんですから」
彼女は、恋する乙女の顔をしていた。
「しっかし、なんで彼女がおかしいって気づいたの?」
「店員仲間との会話よ」
「サイコパス診断に似たような問題があってね、手足がないラグビー少年に関しては」
「物知りね~」
彼女に褒められて、私は少し嬉しくなった。
人事ファイル No.3
暗狩四折
好きなもの: 紅茶、謎
嫌いなもの: 変態
尋常ではない勘。それが才能。
半炒飯
なんで半チャーハンの二倍盛りを頼むんだ?
一週間に一度、昼と夜に意味のないことをする少年に、私は毎回料理が冷めるまで振り回される。
「お嬢ちゃん、今日は何頼むんだい?」
目の前の40歳くらいの女性が私に注文を聞く。
「えっと、豚肉ステーキと」
私の注文はチリンチリンという音に遮られる。
この音は店のドアについているベルが奏でる音。つまり誰かが入店したサインだ。
私は内心ドキドキしながらドアの方を見る。
そこには、例の少年がいた。
10分後、私の目の前にはチャーハン…いや、半チャーハンの倍盛りを美味しそうに食べる少年がいた。
半チャーハンの値段は300円、チャーハンの値段は430円。
そして倍盛りは…プラス155円。
つまり、普通にチャーハンを頼む方が圧倒的に得なのだ。
私は豚肉ステーキをさっさと平らげる。冷めてから食べるのはもったいないと今日やっと気づいたからだ。
この店の豚肉ステーキは450円。ワンコインでドリンクまで付いてくることを知ってからずっとこの店に通い詰めている。
トマトソースがまた美味しいんだ。家でも作ってみたいんだけどな~。
そんなことを考えていたら…少年が帰ってしまった!
「はぁ…本人に直接聞こうかな」
私はそう考えるが、せめてなにか一つでも仮説を立ててから聞くほうがいいだろう。
「お会計495円です~」
私は500円玉を差し出し、5円玉を受け取る。
私はそれを財布に入れようとして…やっぱりやめる。
しょうもないことからヒントを手に入れるドラマの刑事を思い出したからだ。
まぁ、5円玉の穴を眺めたところでなにが思いつくんだという話ではあるが。
◇◇◇
「吐き気してきた…」
私はスマホを確認したことを激しく後悔する。
『腹パン2、3発叩き込みたい』というメッセージのせいだ。
もうこれ訴えたら勝てるだろ。私は気持ち悪いメッセージから目を離すために画面をズームアウトする。
これで少なくとも文字は見えない。
「しっかし、なんでこんな人生なったんだろうな…」
私はこれまでの人生を思い返す。
5歳の頃、水族館に親と行ってイルカに水しぶきの狙い撃ちを食らった思い出。
10歳の頃、身長がクラスで一番低くなり恥ずかしかった思い出。
そして12歳の頃…『あの人』と出会った思い出。
思えばあの人のせいだ。私がここまで下劣なメッセージを喰らうようになったのは。
言うならばあの人は全ての元凶だ。
私をここまでSNSにはまらせたのも、下劣なメッセージを送るフォロワーのおすそ分けをしたのも彼女だった。
彼女との思い出は他にもたくさんある。例えば一緒にコンビニに行った時にお金が足りなくて…。
そういや、なんであの時お金が足りなかったんだろう。
彼女はちゃんとお金を持って生きていたはず…。
その時、私は彼女のミスの理由を思いつく。
「え…ちょっと待ってこれ!」
そしてその理由は、半チャーハン倍盛りの彼にも関係があるものだった。
私は腕時計を確認する。
2時15分。彼が再び店に来るまで少し時間がある。
私はベンチに座ってどうしようか考える。
とりあえずアラームを設定しておこう。私はSNSを見ないようにスマホを操作し、彼が来る6時頃に設定した。
そしてどうしようか考えているうちに…私は眠くなってしまった。
いやいやいや!?外で居眠りとかだめだし。
でも、そう言ってもな…。
そう考えているうちに、私の意識は深く沈んでいった。
◇◇◇
黒い道、暗くなってきた空。
私はその中心に立っている。
私は意味もなくその道を歩く。
道を少し歩くと、『あの人』がいた。
「…あ、絵夢さん、久しぶり」
私は彼女にぎこちない挨拶をする。
彼女はなんて返すのだろうか。私のドキドキを裏切るかのように―――彼女は逃げ去った。
「え、待って!」
私は彼女を大声で呼び止める。
嫌だ。ずっと再会したかったのに。
私は息を短く吸う。
彼女に向かってなにかを言いかけた時…私は目覚めた。
◇◇◇
「アラーム、か」
私は鳴り響くアラームを止め、そのまま店へ直行する。
私は彼にこの仮説をぶつけることを決めた。
「半チャーハンの倍盛り入りましたー!」
店員さんの声をベルで遮りながら、私は店に入る。
「半チャーハンの倍盛り、下さい!」
私は店員さんに注文をする。
少年が私の方を振り返ったことを確認した私は内心ほくそ笑んだ。
10分後、私はお会計をしようとする少年に近寄る。
「お会計」
「500円。ですよね?」
私は店員さんの声を遮る。店員さんは驚きつつ、頷いた。
私は少年に話しかける。
「今、ちょっと時間あるかな?」
私は彼が頷いたことを確認し、そのまま言葉を続ける。
「半チャーハンの倍盛りの値段は455円。でもそれは『税抜き』の話よ」
「消費税の計算を入れると、半チャーハンの倍盛りの値段は500円」
「それに対して、チャーハンの値段は473円」
「つまり、チャーハンをそのまま頼むよりキリがいいんです」
「ここまで正解ですか?」
彼は驚いた顔をしながら頷いた。
「まぁ、なんでキリがいい方がいいのかはわかりませんけどね」
少年は答えた。
「あの、僕のお財布小さいから、あんまり小銭がいっぱいあると入らなくて困っちゃうんです」
「前それでチャックを壊しちゃって」
なるほどな。と私は思った。
そんな中、少年は笑顔でこう言った。
「お姉ちゃんすごいね!名探偵じゃん!」
私は少し誇らしくなる。
「ふふん」
その調子のまま、私は半チャーハンの倍盛りの値段500円を払って店を出た。
◇◇◇
「結局この5円玉使わなかったな~」
私は月に5円玉をかざす。
そのまま財布に入れようとしたとき、なんと私は小銭を落としてしまった!
しかもその5円玉はスムーズに溝の中に入っていく。
「あー!」
私はつい叫んでしまった。
すると、周りの人がこちらを見つめる。
いや違うんです!私は驚いただけで5円玉くらいで騒いだわけじゃ!
私は弁明しようとした瞬間、ある人物を見つける。
その人物は私が一年前に飽きるほど顔を見合わせた相手で…今日夢に出てきた相手だった。
「え?」
彼女は疑問を抱きながら、私から逃げ出す。
夢の中とおんなじだ。けど、一つだけ夢の中と違う点がある。
「私、今でも知りたがりなんで!」
私は夢で言いかけた言葉を彼女の背中に叫ぶ。
その言葉が届いたかどうかは、わからなかった。
人事ファイル No.5
??? ???
好きなもの: ???
嫌いなもの: ???
四折をSNSの世界に引き込む原因となった少女。
偽証罪
レジからお金を取り出して、財布に入れる。
立派な犯罪だが、悲しいことにこのスリルがやめられないんだ。
ひとまず1万円ほどをポッケないないした後、私は店を出る。
――――今日は何か買おうかな。
私はそう思いながらドアを開ける。そして、その瞬間、私はその場で硬直した。
「七海。やっぱりお前だったか」
――――嘘。
「とりあえず、警察に言っとくから」
――――噓だ噓だ噓だ噓だ!
私は本能のままに、その場にあった包丁をつかんだ。
「うぐっ!?」
その瞬間、彼は崩れ落ちた。
彼の胸から血が滴る。
「ご…ん…ね」
彼の最期の言葉は、私には聞き取れなかった。
私は自分でも驚くほど冷静だった。
ここまでやってしまった以上、やることは一つだろう。
「隠さなきゃ」
◇◇◇
「行方不明、ねぇ」
私――――暗狩四折はショッピングモールのクレープ屋にやって来た。
どうやら店主が行方不明で臨時休業らしい。
普通ならちょっとムスっとするところではあるが、今日はクレープ以上の収穫を手に入れたから気分がいい。
「あの~…手を放してもらえませんかね?」
私は隣にいる女性、梅好 霞の手を握って放さなかった。
「だーめーです!だってこの間は逃げられたんだもん」
「相変わらずだなぁ…四折ちゃん」
薄手のコートを着こなす霞さんは、一年前よりかっこよく見える。
「相変わらずって…」
私はつい子供みたいな態度をとってしまう。
だって霞さんと一年ぶりに会えたんだもん。
そりゃこんなテンションにもなるよね。
「にしても、ちょっと気になるよね」
「何が?」
「だって、ここの店主さんつい昨日まで元気そうにしてたもん」
その言葉を聞いた途端、私の好奇心が跳ねるのを感じた。
「それまじ?」
「まじまじ」
私は胸が高鳴るのを感じた。
――――霞さんとの久しぶりの冒険だ。
「行きましょう!」
私は手をつかんだまま語り掛ける。
「行くってどこへ?!」
「事件解決へ!」
彼女は、呆れたような微笑みを見せた。
どうやら、彼女もそんなに変わってないらしい。
「しっかし、事件解決と言っても何から始めるの?」
「そもそも、まだ事件かどうかすらわからないし」
霞さんは私にそう言うが、私はこれが事件だと言う自信があった。
「私の好奇心が反応してるんです。これは事件な気がする!」
「えぇ…」
彼女は手を上にあげ、わけがわからないというジェスチャーをした。
その直後、彼女は何かを思いついたような顔をした。
「そういやさ、最近SNSやってるの?」
「え?」
「ちょっと見せてよーん」
そのまま、彼女は器用な手つきで私からスマホを奪う。
「あ!ちょっと!」
私は激しく困惑する。
「んー…指紋認証かー…」
どうやらスマホのセキュリティに苦戦しているらしい。
「まったく…貸してください」
私は電源ボタンに指を置き、スマホのロックを解除する。
「もう…霞さんの悪い癖ですよ」
…前にも似たようなことあったよな、そういえば。
確かチョコレートの争奪戦になって、最終的に流血沙汰にまで…流血?
「ん、どうした?」
私はほんのりとした違和感を感じた。
「あぁ、大丈夫」
そのまま、私は画面をスクロールする。
その後すぐ、私は違和感の正体を知ることになった。
――――なるほどね。
「行くよ!」
私は霞さんの手を引き、その場から動く。
「え、ちょ、どこへ?!」
「捜査の準備!」
私はスマートフォンの画面を彼女に見せる。
そこには、トイレの画像と共に文字が並んでいた。
《ブラックライトでトイレを照らしてみたらありえんくらい汚れてて草》
「あ、あの…お客様、何をしているんです?」
私は後ろを振り向く。そこにはクレープ屋の女性店員が立っていた。
胸に付けられた名札には『七海』という文字が並んでいた。
「あーいや。気にしないでください」
彼女は口をあんぐり開けたまま突っ立っていた。
「ん~、おかしいな」
私はブラックライトを使っても、何も出ないことに疑問を感じた。
「なんかミスった?」
作り方は簡単だったからミスとかはないと思うんだけどなー…。
頭の中をグルグル考えが巡る中、私の視界が急に暗くなった。
「え?」
その瞬間、霞さんの声が聞こえた。
「ブラックライトは、周りが暗くないと反応しずらいよ」
「コート貸したげる」
あら恥ずかしい。
「本当、四折ちゃんは昔からそうだからな。いいところまで行くのに凡ミスが多い」
なんか腹立つな。
私はその怒りを抑えつつ、上着をかぶったまま辺りを調べる。
「あ、あの…」
店員さんの声が聞こえるが、私は無視を決め込んだ。
ここまで来たんだ。真実を知らずに帰る手はない。
――――そして、私は『痕跡』を見つけた。
「おっ」
ブラックライトに何かが反応する。おそらく、血痕だろう。
さらに前に進み、血痕を辿っていく。
私は夢中になって血を追った。
一度店外に出て、私はモールに付属しているグラウンドにたどり着く。
ここまで来れば後は大体見当がつく。
私は走り出して、屋外トイレの横にしゃがみ込む。
軽く地面をさすってみると、そこにはクレープ屋の店長がいた。
――――彼は、悲しそうな顔でこと切れていた。
「霞さん!」
私は霞さんにこのことを言おうとする。
ただ――――私は死体を探すのに夢中になりすぎたようだ。
目の前には、さっきの女性店員がハサミを私に突き付けていた。
「しゃべらないで!」
私は目を見開く。
激しい恐怖が私を襲う。が、その恐怖は5秒後にはきれいさっぱりなくなっていた。
「おりゃぁぁぁ!」
「え?!」
霞さんは目の前の店員を投げ飛ばす。
その姿は、まるで神話か何かに出てくる勇者のようだった。
「うっ…あぁ!」
私は倒れ込んだ店員に向かって語り掛ける。
「店長さんを殺したのは、あなたですね。七海さん」
彼女は歯ぎしりをしながら、首を縦に振った。
「あなたに一つだけ質問があるんです」
「…何よ」
彼女は私を睨みつける。
「あの死体…悲しい顔をしてるんです。その理由に心当たりはありませんか?」
「――――え?」
彼女はハッと目を見開いた。
その瞬間、後ろから男性店員が走ってきた。
私は男性店員にも質問をする。
「死体が悲しんでそうな顔をしてるんです」
「理由に、心当たりは?」
彼は困惑したような目をしつつ、何かを察したように答えた。
「あの…七海さんと店長は仲が良かったんです。元々」
「七海さんがレジのお金を取ってたり、そういうことをしないように克服させていきたいと言っていたのですが…」
彼は一呼吸し、言葉を続けた。
「レジのお金が本格的に誤魔化せないほどに少なくなって、それで、店長は七海さんを警察に突き出すことに」
「だから、その顔は、あの…七海さんへの申し訳なさから、だと思います」
私は地面に横たわる女性店員の方を向く。
彼女は私たちに顔を見せないようにしていた。
だが彼女の近くに落ちていた水滴は、どう考えても涙だった。
「しっかし大変なことになったねー」
「ほ、本当にね」
ショッピングモールを出てから、ずっと彼女は何かにおびえていた。
どういう事なんだ?ひょっとして、一年前に私の前から姿を消したことに関係あるのか?
その疑問を持ちながら、私は信号が変わるのを待つ。
その時だった。
――――私は、何者かに押し出された。
「うわぁぁぁ!」
次の瞬間、私の体は強く引き戻される。
霞さんが助けてくれたらしい。
私は心臓の鼓動を抑えられなかった。
「ごめん…ごめんね…」
彼女は絶望した顔で、何かに向かって謝り続けていた。
正直言って、なぜ私が赤信号に突き飛ばされたのか。
その理由が気にならないと言えば嘘になる。
ただ、私はその謎を気にしないことにした。
――――私の大切な人に、何があったのか。
この一年間を紐解いていくことが、何よりも大切だと感じたからだ。
人事ファイル No.9
梅好 霞
好きなもの: 筋トレ
嫌いなもの: 悪人
底抜けに明るい少女。
新生活
「ルービック、キューブ?」
隣のベンチには、キューブに悪戦苦闘する小学生くらいの少女がいた。
『霞さん』
『大丈夫ですか?』
『おーい』
私が車にはねられそうになったあの日から、霞さんはまたしても姿を消した。
当然、SNSのメッセージにも反応がない。
もしかしたら、一人で何とかしようとしてるのかもしれない。
実際、私はどう考えてもなにかの陰謀に巻き込まれている。
けど――――説明もなくどこかへ行くなんて、納得いかない。
自販機のボタンを押しながら、ふと隣を見る。
少女は――――なぜか満足そうな顔をしていた。
ここから見ると『赤い面』……いや、『ピンクの面』以外揃っているようには見えない。
普通より淡い色のそれを握りしめて、彼女は走り出した。
……ルービックキューブ初心者?
少女は一面揃えるのにも苦労するような人間だったのだろうか。
まぁ、その可能性はあるな。
◇◇◇
「四折ちゃん最近暗いね」
「まぁ、そうかもね」
黒夢とボイチャ中、私はふとルービックキューブの少女のことを思い出した。
「ねぇ」
「んー?何?」
私はルービックキューブの彼女について話してみた。
「ほお」
黒夢は興味ありげだ。
「一面揃えるのも一苦労なのかな、私みたいに」
「うーん……そうかもしれないけど、淡い色ってのが気になるな」
ふーん。
「確かに、淡い色のルービックキューブなんて滅多にみないけど……」
「じゃあ、色が関係してるんじゃない?」
彼女が揃えたのは『ピンクの面』、それが関係しているのか?
「あ、ちょうどデモの時間だ」
「デモ?」
「安楽死合法化の」
忘れてたこいつが思想強いってこと。
「じゃ、またねー」
「ばいばーい」
ボイチャを切断し、私は自室を出る。
「学習塾では、受験生たちが正月休みを返上して勉強に励んでいます」
テレビのニュースが耳に入る。
しっかし、正月くらい休めばいいのに。
ま、すでにドロップアウトした私にとっては関係のないことだ。
「この塾では『サクラサケ』を合言葉に」
――――桜?
塾講師のインタビューが流れる中、私は違和感を感じた。
なにか、喉に異物が引っかかったみたいな……
「ピンクじゃなくて、桜……色?」
私はすぐにダウンコートを着た。
もしかしたら、この可能性はあるかもしれない。
私は、すぐに家を飛び出た。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……30分かかった……」
目の前には、ルービックキューブの彼女がいた。
同じ服装、同じ顔。人違いの可能性は少ない。
公園をいくつも巡ってようやく見つけた。
「ねぇ、ちょっと?」
彼女は驚いた顔をする。
「な、なんですか?」
私は息を吸い、彼女と目線を合わせた。
「合格、私も祈ってるよ!」
彼女は明るい表情をした。
「あ、ありがとう……ございます」
そして――――彼女は走って神社から出ていった。
試験に合格した時の電報『サクラサク』。
彼女はそれを知って、『桜色の面』のルービックキューブを買ったのだろう。
兄弟想いのいい子だな。
「さーって、と」
私は冬空の下を歩き出した。
「あ、あの!」
「え?」
私は後ろを振り返る。
そこには――――大学生くらいの青年がいた。