私達が暮らす世界とは違う、パラレルワールドの話。
裏社会でも表社会でもその名を知られる便利屋『W』が、結成してから現在までを記した物語。
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目次
とある便利屋の記録⓪
治安が悪いことで知られるこの街で、1人の少年が声をあげた。
それに応えるように、1人、また1人と仲間が集まってくる。
大人になった少年は、静かに言った。
『さあ、戦争をしよう___』
---
登場人物(初登場時の年齢→現在の年齢)
ニックネーム
メンバーになった順番
メンバーとの関係性
ハイル・グルッペン・フューラー(19→30)
グルッペン
便利屋Wを結成した人物。
小波の叔父。
|潮風《しおかぜ》フューラー・|小波《こなみ》(4→15)
こなみん
正式なメンバーになったのは最後。
グルッペンの姪。
|桃瀬豚平《ももせとんぺい》(20→30)
トントン
便利屋Wの書記兼2人目のメンバー。
グルッペンとは中学以来の幼馴染で親友。
|周防舞音《すおうまのん》(17→27)
オスマン
便利屋Wの3人目のメンバー。
グルッペン・一矢とは幼馴染で、雪音の兄。
|周防雪音《すおうゆきね》(14→24)
ゆき
便利屋Wの4人目のメンバー。
舞音の妹で、矢凪の親友。
|竜舌蘭一矢《りゅうぜつらんひとや》(17→27)
ひとらんらん
便利屋Wの5人目のメンバー。
舞音の幼馴染で、矢凪の兄。
|竜舌蘭矢凪《りゅうぜつらんやなぎ》(15→25)
柳
便利屋Wの6人目のメンバー。
一矢の妹で、雪音の親友。
|捏島孝行《こねしまたかゆき》(13→20)
コネシマ
便利屋Wの7人目のメンバー。
グルッペンのネッ友で、蓮の同級生。
|鬱島大《うつしまだい》(14→21)
鬱先生
便利屋Wの8人目のメンバー。
雪音の大学の後輩で、光の先輩。
|紫雲遼《しうんりょう》(22→28)
兄さん
便利屋Wの9人目のメンバー。
翔と綾の兄。
|小野田蓮《おのだれん》(14→20)
シャオロン
便利屋Wの10人目のメンバー。
孝行は中学の同級生。
|天野呂戊太《あまのろぼた》(13→19)
ロボロ
便利屋Wの11人目のメンバー。
蓮とは同じ塾で知り合った。
|紫雲綾《しうんあや》(16→21)
あーや
便利屋Wの12人目のメンバー。
遼の妹で翔の姉。
|鳥井希《とりいのぞむ》(15→20)
ゾム
便利屋Wの13人目のメンバー。
紫雲兄弟とは幼稚園以来の幼馴染。
|神谷晋平《かみやしんぺい》(27→32)
しんぺい神
便利屋Wの14人目のメンバー。
グルッペンの高校の先輩。
|有馬奈緒《ありまなお》(14→18)
直政
便利屋Wの15人目のメンバー。
翔の同級生で晴人の従姉妹。
|英美光《えいみひかる》(16→20)
エーミール
便利屋Wの16人目のメンバー。
大の後輩。
|紫雲翔《しうんしょう》(15→18)
ショッピ
便利屋Wの17人目のメンバー。
奈緒の同級生。
|茅野橙樹《ちのとうき》(15→17)
チーノ
便利屋Wの18人目のメンバー。
晴人の先輩。
|影狼晴人《かげろうはると》(15→16)
レパロウ
便利屋Wの19人目のメンバー。
橙樹の後輩で奈緒の従兄弟。
とある便利屋の記録①
ある雨の日。
治安がそこそこ悪いことで知られるこの街で、葬式が行われていた。
亡くなったのは幸せいっぱいであったはずの夫婦。
ハイル・アンダーソン・フューラー、享年27。
|潮風穂波《しおかぜほなみ》、享年25。
死因はひき逃げだった。犯人はまだ捕まっていない。
アンダーソンには、2人の弟がいた。
それが19歳の三男ハイル・グルッペン・フューラーと、22歳の次男ハイル・ジェームズ・フューラーの2人。
この2人も、葬式に呼ばれていた。
葬式が終わると、遺産相続について話し合いが始まった。
グルッペンとジェームズの親戚は、亡くなった夫婦の遺物を売ったお金を分配するらしい。
つまり、アンダーソンが貯めていた5億の遺産は、グルッペンとジェームズが分配することになるのだ。
しかし、なんと遺言が見つかり、次男のジェームズは生前の使い込みがバレて分配はナシになった。かくして、三男のグルッペンが遺産を受け取ることになったのだ。
そして、アンダーソンと穂波には娘がいた。まだ4歳の小さな女の子である。
娘・|小波《こなみ》はグルッペンに引き取られることになり、親戚もそれに同意。
グルッペンは小波を育てるために、大学の道をやめ、『便利屋W』というよろず屋を始めたのだった。
一年後。
小波「おじちゃん、そとだれかいるー」
グルッペン「なんだ、依頼人か?」
大雨の中、グルッペンが外に出ると、そこに幼馴染の|桃瀬豚平《ももせとんぺい》(あだ名はトントン)がいた。
グルッペン「・・・トン氏?」
豚平「グルッペン・・・?」
グルッペンは慌てて豚平を中に入れ、話を聞いた。
豚平「俺が働いとった会社・・・。脱税しとってん」
グルッペン「それで会社が倒産し、無職になってしまったと・・・」
豚平「別に家族もおらんねんけど、俺が生活していけへんくなるから・・・早よ仕事見つけなやばいんよ」
グルッペン「やったらトン氏、便利屋Wで働いてみぃひん?」
豚平「ええんか⁉︎」
グルッペン「こっちもメンバーが俺1人やから困っとってん」
その時、よたよたと小波が歩いてきて、豚平が座っているソファによじ登ろうとしてきた。豚平の手を掴んでソファの上に立ち、100点満点の笑顔で、
小波「とんち!」
それだけ言った。豚平はその姿を見た途端、あまりの可愛さに悶絶した。
グルッペン「こんなちっさい子を幼稚園に連れて行かなあかんしな」
グルッペンが苦笑いで答えた。
そうして、便利屋Wに2人目のメンバー・豚平がやってきたのだった。
とある便利屋の記録②
|周防雪音《すおうゆきね》と|竜舌蘭矢凪《りゅうぜつらんやなぎ》は親友同士だった。
年は雪音の方が一つ年下だったが、そんなことを気にすることもないほど仲良しだった。
雪音「矢凪ちゃん!双子ごっこやらない?」
矢凪「双子ごっこ?」
雪音「髪型をそっくりにするの!服は・・・ちょっと無理だけど」
矢凪「面白そうだね。やってみようか」
雪音「やったー!」
そんな会話があって以降、2人はハーフアップで過ごすようになった。
雪音は三つ編みハーフアップ、矢凪はストレートハーフアップという違いはあったが。
2人が表立って仲良くできないのは、家庭のせいである。
実は2人の家はヤ◯ザで、しかもお互い敵対組織にいたのだ。雪音も矢凪も兄がおり、どちらも組織の幹部。2人が一緒に遊べるのは、こっそり組織を抜け出した時だけだった。
ところが、とうとう2人に関わりがあることがバレてしまった。
2人は一縷の望みをかけ、便利屋Wに相談してみることにした。
雪音「・・・ってことがあって。このままじゃ私達、親友でいられなくなってしまうんです」
矢凪「これからも雪音とはずっと友達でいたいんです。どうにかできませんか?」
グルッペン「まさか、あいつに妹がおったとはな・・・わかった、この作戦試してみぃ」
グルッペンが伝えた作戦。それは突表紙もないものだったが、2人は最後の希望を信じ、実行に移すことにした。
2人は初めて出会った、海が見える崖の上に来ていた。
もちろん自殺するわけではない。その証拠に、崖に沿ってフェンスが付いている。
雪音「懐かしいね、私達・・・ここで初めて会ったんだっけ」
矢凪「そうだね。あれから3年も経つんだね・・・」
雪音「作戦、成功すればいいんだけど」
矢凪「信じるしかないよ。あの便利屋なら、きっと・・・」
矢凪が言い終わるより早く、沢山の足音が聞こえてきた。
雪音の兄|舞音《まのん》と、矢凪の兄|一矢《ひとや》が、大勢の部下を連れてやってきたのだ。
舞音「雪音!」
一矢「矢凪!」
2人がそれぞれの妹達に近づこうとした瞬間、
カチャッ
矢凪が雪音の喉にナイフを当てがい、雪音が矢凪の頭に銃を突きつけた。
2人の視線は、兄の方を向いていた。
雪音「私と矢凪ちゃんは親友だから。引き離そうとするなら、遠慮なく撃つから」
矢凪「私も。親友でいられないなら、私は容赦なくこのナイフを突き立てるよ」
その場の空気が固まった。
とある便利屋の記録③
2人はお互いに武器を向けたまま、一歩も動かない。
お互いがお互いを人質に取っているような状態だった。
どのくらい時間が経ったのだろうか、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
パトカーから降りてきたのは、グルッペンと豚平だった。
グルッペン「雪音、矢凪。2人ともよく持ち堪えてくれた」
その声で、2人は武器を下ろした。
舞音「あ、あんたは・・・グルちゃん⁉︎」
グルッペン「雪音、矢凪、舞音、一矢。取引をしよう」
一矢「取引って・・・?」
グルッペン「お前達、『便利屋W』のメンバーとなり、働かないか?」
グルッペンは余裕そうな表情で告げた。
舞音「便利屋・・・W?」
豚平「名前のまんまや。いわゆる何でも屋」
小波は豚平に抱えられ、じっと2組の兄妹を眺めていた。
雪音「私入る。こんなとこまっぴらごめんだもん」
矢凪「以下同文。雪音が入るなら私も入る」
グルッペン「さぁ、あとはお前達2人や。どないするん」
2人は顔を見合わせ、返事ができずにいた。
豚平「警察か?それやったら問題ないで。警察はあんたらがヤ◯ザをやめて、俺らの仲間になるんやったら、逮捕せぇへん言いよった」
警察官は淡々とヤ◯ザ達を連行していく。一矢と舞音には目も向けない。
舞音「・・・一矢、いやらんらん。今まで敵対しとって言うのもあれやねんけど・・・。仲直り、せぇへん?」
舞音が差し出したその手を、一矢は握った。
一矢「もちろん。7年越しの仲直り、だね。マンちゃん」
それを見ていたグルッペンはふっと笑い、言った。
グルッペン「それはつまり、便利屋のメンバーになるってことでええんやな?」
舞音・一矢「うん」
グルッペン「そうか。・・・それではこれから、お前達4人は便利屋Wの仲間だ。トン氏、ええな?」
豚平「特に異論はない」
警察は軽く挨拶をし、パトカーに乗ってどこかに行った。
雪音「かっわい〜!ゆきお姉ちゃんだよ〜♡」
小波「ねーね!」
矢凪「この子がグルッペンさんの姪っ子ですか。本当に可愛らしいですね」
グルッペン「今年で5歳になった。結構人懐っこくて助かっているよ」
小波は新しくやってきた4人にもすぐ懐いた。雪音はもうすでにデレッデレである。
雪音「可愛すぎて溶けちゃうよぉ・・・」
舞音「程々にせぇよ・・・?」
舞音は呆れ果てているが、一矢は何が気になったのか、小波の体をじっと眺めている。
豚平「どうしたん、らんらん」
一矢「あ・・・いや、勘違いかも」
一矢が何を思ったのか、グルッペンにはわからなかった。
とある便利屋の記録④
周防兄妹・竜舌蘭兄妹が便利屋に入って、さらに一年が経った。
便利屋はそこそこ繁盛し、かなり安定した収入を得られるようになった。
ここ最近、グルッペンは小波に違和感を感じていた。
と言うのも、実は小波は異様に怪我をする回数が多いのだ。
しかも、小波は怪我をしても泣いたりしない。なんなら気付いてさえいないこともあった。
グルッペン「うーん・・・意味がわからん」
豚平「確か小波、もう6歳やんな?明らか変やって。病院連れて行ったら?」
グルッペン「そうするわ。鈍感すぎるだけ、なんか・・・?」
数日後の休み、グルッペンは小波を病院に連れて行った。
さまざまな検査をしてもらった結果、恐ろしい事実が判明した。
医者「なるほど・・・。小波ちゃんは『|痛覚神経欠損症候群《つうかくしんけいけっそんしょうこうぐん》』・・・通称、痛覚欠損病ですね」
グルッペン「何ですかその病気・・・?」
医者「名前の通り、痛覚神経の一部が欠損している病気です。かかった人ってかなり珍しくて、奇病の一つと言われているんです。小波ちゃんの場合、手足の先に行くにつれて、痛覚神経がどんどん薄くなっていってますね」
グルッペン「それって、手足の痛みを感じひんってことですか・・・⁉︎」
医者「そういうことです。別の方から痛覚神経を移植するか、IPS細胞を植え付けるしかありませんね・・・。どちらにせよ、とんでもなく高額になることは確実でしょう」
グルッペン「このままやと、娘は・・・っ、小波はどうなるんですか⁉︎」
医者「内臓や脳がある部分の痛覚は正常ですので、死ぬことは無いと思います。ですが・・・最悪の場合手足を失ってしまうかもしれません」
グルッペン「・・・そう、ですか・・・っ」
医者「とにかく、今は小波ちゃんに手術は危険ですのでできません。なるべく怪我をしないよう、気をつける他ありませんね・・・」
グルッペン「わかり、ました。ありがとうございます」
帰り道、グルッペンは小波に尋ねた。
グルッペン「なぁ小波、最近よく怪我して帰ってくるけど、何ともないん?」
小波「うん、ぜんぜんいたくないんだもん」
グルッペン「そうか・・・。小波、明日から幼稚園の先生にお前が怪我せえへんよう、見てもらおう思ってんねん。このままやと大変なことになる」
小波「いいよ、せんせーとおはなしするのもたのしいし」
グルッペン「すまんな小波・・・。ありがとう」
グルッペンは幼稚園の担当教諭に連絡をし、一連のことを伝えた。教諭は快く承諾してくれた。
とある便利屋の記録⑤
幼稚園の教諭に頼んで以降、小波が怪我をする回数は減った。
一矢に「どうして気付いたのか」と聞いてみると、一矢曰く、
一矢「妹が小さかった時の動きと、小波ちゃんの動きがちょっと違うように感じたんです。妹は歩くたびにちょっと怖がってましたから」
ということである。
更に一年が経ち、小波は小学生になった。
矢凪は雪音との間に距離を感じていた。
話しかけようとすると驚いて飛び上がる、たまに目を逸らされる、態度がよそよそしい。
気づかない筈がない。
矢凪「私のこと嫌いになった・・・とかではなさそうだよね。避けられてる感じでもない。うーん・・・あっ」
考え込んでいた時、矢凪はある一つの可能性に辿り着き、雪音を探しに行った。
矢凪「雪音!」
雪音「ひょえっ⁉︎や、矢凪ちゃんどうしたの⁉︎」
矢凪「何か悩んでるんじゃないの」
雪音「え⁉︎い、いやいや!そんなことな___」
矢凪「兄さんのことでしょ。違う?」
雪音は口をつぐみ、へなへなとその場に座り込んで泣き出してしまった。
矢凪「すぐ相談してくれればよかったのに。私の兄さんが好きなんでしょ?」
雪音「だってぇ・・・絶対怒ると思ったんだもん・・・」
矢凪「親友なのに怒るわけないじゃん。雪音が幸せになってくれればいいんだよ」
雪音「矢凪ちゃぁぁぁん・・・」
雪音の背中をさすりながら、矢凪はふと考えた。
“兄さんと雪音が結婚したら、私は雪音の姉になる。そうなったら私はどれだけ幸せだろう”と。
矢凪(流石に早まり過ぎかなぁ)
雪音「ごめんね、年甲斐もなく泣いちゃって。話聞いてくれてありがとう」
矢凪「ずっと言ってんじゃん、親友だって。いつでも頼りなよ?」
雪音「うん!また後でね!」
廊下をぱたぱたと走り去って行く雪音。それを見ていた矢凪は、後ろを見やって声をかけた。
矢凪「だってさ、兄さん。いるんでしょ?」
返事はない。矢凪はツカツカとそこに歩み寄り、一矢の姿を捉えた。
矢凪「よかったじゃん、モテて。兄さん、前から初恋の人だって言ってたもんね?」
一矢「恥ずかしいからやめてくれぇ・・・」
一矢の顔はトマトの如く真っ赤であった。
矢凪「さっさと告って付き合えばいいじゃない。取られても知らないよ?」
一矢「わかってる・・・わかってるんだけどさ・・・」
矢凪はダメだこりゃ、というように首を振り、またツカツカとどこかに歩いて行った。
一矢の元を去る時も、矢凪が2人の結婚式を妄想してニヤけていたのは、誰も知らない。