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目次
第1話:十センチの境界線
イーストン魔法学校。選ばれしエリートが集うこの学び舎において、アドラ寮の一室は、今まさに「嵐」に見舞われようとしていた。
「よっしゃあああああ! 今日からここが俺様の城だわな! 薔薇色の学園生活、モテ期到来、カモン女子ィ!!」
扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのは、燃えるような赤髪を逆立てた少年、ドット・バレット。
しかし、彼の絶叫は、部屋の先客と目が合った瞬間に霧散した。
「……うるさい。万死に値するわよ、脳内ガキ」
部屋の中央。冷え切った冬の月のような瞳が、ドットを射抜く。
黒を基調とした制服を隙なく着こなし、右目の下にはアネモネの花を模した、独特な形状のアザ。
少女――アネモネ・ロストは、不快そうに眉を寄せ、手元の魔導書をパタンと閉じた。
「……は? え、待て、女子!? しかもめちゃくちゃクールで可愛いじゃねえか! 神様サンキュー! ついに俺の時代が――」
「……別に、あんたのためにここにいるわけじゃない。手違いか定員の関係か知らないけれど、今日から同室。……それと」
アネモネはツカツカとドットに歩み寄ると、ぐい、と顎を上げて彼を見上げた。……正確には、見下ろそうと背伸びをした。
「私の身長は169センチ。あんたより高いんだから、生意気な口は叩かないことね」
実際には、ドットの視界にある彼女の頭頂部は、彼の鼻先あたりに位置している。
誰が見ても明らかな、あまりにも拙く、そして健気な嘘。
アネモネ・ロスト。その「毒」の魔法ゆえに、実の親からも「不吉」と見捨てられ、独りで生きるために作り上げた、精一杯の虚勢の|城壁《プライド》だった。
普通なら鼻で笑われるか、即座に論破される場面。
けれど、ドット・バレットという男は、普通ではなかった。
「……へぇ! 169センチか! すげえな、モデル並みじゃねえか! さすが俺のルームメイトだわな、最高にクールだぜ!」
ドットは疑うどころか、太陽のような笑顔で親指を立てた。
アネモネは絶句する。これほどまでの「全肯定」を、彼女は16年の人生で一度も受けたことがなかった。
「……脳内ガキどころか、脳内お花畑ね、あんた。……死ねばいいのに」
慌てて顔を背ける。
頬が熱い。毒系魔法使いの彼女が、生まれて初めて「中和できない熱」に当てられた瞬間だった。
「ひでえ! 出会って三秒で死刑宣告!? ……お、そうだ、俺はドット・バレット! お前の名前は?」
「……アネモネ。アネモネ・ロストよ」
彼女が名乗った瞬間、部屋の空気が微かに震えた。
彼女の指先から、無意識に「毒の茨」の先端が顔を覗かせる。近づく者を拒絶する、彼女の防衛本能。
しかし、ドットはその棘を恐れる様子もなく、ずい、と距離を詰めた。
「アネモネか! いい名前じゃねえか! よろしくな、相棒!」
「……っ、近寄らないで。私の魔法、何だか知ってるの? 触れたらただじゃ――」
「知るかよそんなん! お前が俺のダチで、最高にクールな169センチだってこと以外、知る必要ねえだろ!」
ドットの屈託のない笑顔。その「悪意」の欠片もない輝きに、アネモネの魔法はピクリとも反応しない。
毒を吐くことすら許されない、圧倒的な光。
(……なんなのよ、この生き物。調子狂うわ……)
アネモネは、心臓の鼓動がいつもより少しだけ速いことに気づかない振りをしながら、再び椅子に座り直した。
窓の外では、夕陽がアドラ寮を赤く染めている。
「太陽」のような少年と、「月」のように静かな少女。
正反対の二人が綴る、物語。
その幕は、たった十センチの嘘と、それを包み込む全肯定の光によって、今、静かに上がったのだった。
「あ、そうだアネモネ。腹減ってねえか? 隣の部屋のマッシュって奴が、シュークリーム余ってるってよ」
「……別に。万死に値するわよ」
「わはは! 素直じゃねえな! 行くぞ!」
ドットに腕を引かれ、アネモネは初めて「居場所」という名の光の中へ、一歩を踏み出した。
🔚
第2話:目覚めの毒と、太陽の眩しさ
##翌朝、午前六時。
アドラ寮の窓から差し込む朝日は、無情にもアネモネ・ロストの睡眠を打ち切った。
「……ふわぁ。……最悪。同じ部屋に、あんな騒がしいのがいるなんて」
アネモネはベッドから身を起こし、隣のベッドで大の字になって爆睡している赤髪の少年――ドット・バレットを冷ややかに見下ろした。
昨夜、彼はマッシュという男から貰ったシュークリームを「お前の分だ!」と無理やり押し付けてきた。……別に、美味しかったけれど。万死に値するわ。
「……起きなさいよ、脳内ガキ。……別に、ずっと寝ててもいいけれど」
返事はない。ドットは「モテ期……」と、およそ魔法学校の生徒とは思えない締まりのない寝言を漏らしている。
アネモネの眉間に、深い皺が寄った。
「……死ねばいいのに」
彼女はそっと指先をドットの額に向けた。
固有魔法『アネモネ・ヴェノム』。
彼女が放ったのは、殺傷能力のない、ごく微量の「腹痛」を引き起こす毒。彼女なりの、極めて攻撃的なモーニングコールだ。
「――っッッ痛エエエエ!! 腹、腹が捻れるぅぅ!!」
跳ね起きたドットが、布団の上でのた打ち回る。
アネモネは無表情に、鏡の前で身だしなみを整え始めた。
「おはよう。六時よ、169センチの私より遅く起きるなんて、いい度胸ね」
「アネモネ……お前……! 挨拶代わりに毒盛るのやめろって……痛っ、あ、あれ? 治った?」
数秒後、ドットの腹痛は嘘のように消え去った。
これが彼女の「制御」だ。嫌がらせ程度の痛みから、四時間の猶予付きの致命毒まで、彼女の意思一つで決まる。
「……別に。あんたが起きないから、細胞を少し刺激しただけ。……感謝しなさい」
「感謝できるかよ! ……でも、まあ、お前の顔見たら痛みも吹っ飛んだわな! 今日も最高にクールだぜ、アネモネ!」
ドットは腹をさすりながら、ケロリとした顔で笑いかける。
アネモネの手が止まった。
普通なら「気味が悪い」「何をするんだ」と拒絶されるはずの魔法。それを、彼は「おはよう」と同じ熱量で受け入れている。
「……脳内お花畑も、ここまで来ると病気ね」
彼女は動揺を隠すように、脱ぎ捨てられていた厚底の靴を履いた。
これで、彼女は再び「169センチ」の虚勢を纏う。
二人が食堂へ向かうと、そこには既にマッシュとフィンが座っていた。
「あ、おはよう。ドットくん、アネモネさん」
「おはよう。……アネモネさん、今日も高いね。プロテイン、何飲んでるの?」
マッシュが真顔でシュークリームを差し出しながら尋ねる。
アネモネは一瞬、言葉に詰まった。
「……別に。……ただの成長期よ」
「ふーん。僕もそれくらい大きくなりたいな。壁を壊すときに便利そうだし」
「マッシュくん、身長で壁を壊すのはおかしいよ……」
フィンのツッコミをBGMに、アネモネはドットの隣に座った。
周囲の視線が刺さる。「あの毒使いのアネモネが、なぜドットと?」という好奇と畏怖の混じった目。
アネモネは俯き、自分のアザを隠すように髪を弄った。
――その時。
ドットが、テーブルをガツンと叩いた。
「おい、そこらへんの連中! 俺様の連れをジロジロ見てんじゃねえぞ! 見惚れるのは勝手だが、アネモネは俺とマッシュのダチなんだわな! 文句あんのか!」
ドットの威嚇。
それは、アネモネが最も恐れていた「特別視」を、強引に「守るべきもの」へと塗り替える咆哮だった。
「……余計なことしないで。万死に値するわ」
「へへっ、いいんだよ。お前は俺の後ろで、ふんぞり返ってりゃいいの!」
ドットはアネモネの皿に勝手にサラダを盛り付ける。
アネモネは、毒を吐くことすら忘れて、その横顔を盗み見た。
(太陽……。本当に、この男は……)
彼女の心に巣食う「孤独」という名の猛毒が、ドット・バレットというあまりにも眩しい光によって、少しずつ、けれど確実に中和されていく。
しかし、そんな二人の様子を、遠くから冷ややかな目で見つめる影があった。
「毒」を「不吉」と断じる、この世界の歪んだ正義が、彼女を放っておくはずもなかった。
🔚
第3話:毒の茨と、烈火の加護
イーストン魔法学校の外郭、演習場。
本日の授業は「魔力による拘束と無力化」の実技演習だった。
「……最悪。外の空気、乾燥してて肌に悪そう」
アネモネは、169センチ(自称)の視点から周囲を見下ろし、ぶっきらぼうに呟いた。
隣ではドットが「おらぁ! 見ろアネモネ! 俺の魔力、今日も絶好調だわな!」と、無意味に火花を散らしている。
その時、クスクスという嫌な笑い声が聞こえた。
他寮の男子生徒数人が、アネモネの右目の下の「花のアザ」を指さして囁き合っている。
「おい、見ろよ。あれが『ロスト家』の生き残りだろ? 触れるだけで内臓を腐らせるっていう……」
「うわ、不吉だな。あんな毒使い、同じ学校にいてほしくないよな。空気まで腐りそうだ」
アネモネの背筋が、一瞬で凍りついた。
慣れているはずだった。幼少期から、実の親にすら「気味が悪い」と遠ざけられてきた言葉たち。
彼女は無意識に、一歩、ドットから距離を置いた。
(……別に。いつものこと。……私が近くにいたら、この脳内ガキまで汚れてしまう)
アネモネは冷めた瞳で地面を見つめ、自身の魔法『アネモネ・ヴェノム』の触手を指先に凝縮させた。
相手を黙らせる程度の毒を放とうとした、その瞬間。
「――おい。今、なんて言った?」
低く、地這うような声。
アネモネが驚いて顔を上げると、そこには、いつものお調子者な顔を捨て、鬼のような形相に変貌したドットが立っていた。
「ひっ、バレット……! 何だよ、事実だろ! その女の魔法は――」
「事実だぁ? ……ああ、事実だな。アネモネの魔法は、お前らみたいなクソの腐った『悪意』にだけ反応する、最高に高潔な魔法だわな!」
ドットの全身から、爆発的な炎が噴き出した。
演習場の気温が、一気に数度跳ね上がる。
「謝れ。今すぐ、アネモネに謝れ。さもねえと、その薄汚え口ごと焼き尽くしてやるぞコラァ!!」
「ど、ドット! やめなよ、減点されちゃうよ!」
慌ててフィンが止めに入るが、ドットの怒りは収まらない。
アネモネは、呆然とその背中を見つめていた。
自分を「汚い」と言った者たちに対し、自分以上に怒り、自分を「高潔」だと叫ぶ男。
「……別に。……いいわよ、ドット。万死に値する奴らなんて、放っておけばいい」
「良くねえよ! 俺が良くねえんだわ! アネモネ、お前は……お前は、俺が認めた世界一クールな相棒なんだよ!」
ドットが振り返り、アネモネの肩を掴んだ。
彼の熱い掌が、アネモネの制服越しに伝わる。
アネモネの毒は、彼には一切、一ミリも作用しない。
「……っ、脳内ガキのくせに、偉そうに……」
アネモネは涙目になりながらも、フイッと顔を背けた。
けれど、その手は静かに、ドットの制服の袖をギュッと握りしめていた。
「……四時間」
「あ? 何がだ?」
「……四時間以内に謝ったら、許してあげなくもないわ。……あんたが、そう言うなら」
アネモネは、自慢の毒の茨を「攻撃」ではなく、ドットを守る「盾」のように周囲に展開した。
毒と炎。
不吉と忌み嫌われた力が、太陽のような光と混ざり合い、美しく演習場を彩った。
遠くでマッシュがシュークリームを頬張りながら、「二人の結婚式、ケーキの代わりに火薬と毒薬を混ぜたら爆発するかな」と、物騒な祝福を呟いていた。
🔚
第4話:不和雷同な心臓と、四時間の猶予
演習場での一件以来、アネモネ・ロストの心臓は、どうにも「万死に値する」ほど調子が悪い。
ドットが自分を「高潔」だと言い切ったあの瞬間から、彼の顔を見るたびに、胸の奥が毒に冒されたように熱くなるのだ。
「……別に。ただの体調不良よ。……そう、きっと風邪の類ね」
寮の部屋。アネモネは169センチ(自称)の矜持を保つため、背筋をピンと伸ばして鏡に向かっていた。
そこへ、当の「熱の源」が鼻歌まじりに帰ってくる。
「おーいアネモネ! マッシュの野郎からシュークリームの新作……『毒消しミント味』とかいう怪しいの貰ったぞ! 一緒に食おうぜ!」
「……っ! 勝手に入ってこないでって言ってるでしょ、脳内ガキ!」
反射的に放った毒の茨が、ドットの足元を掠める。
だが、ドットは「おっと危ねえ!」と笑いながら、当たり前のように彼女のパーソナルスペースへと踏み込んできた。
「なんだよ、まだ怒ってんのか? 昨日の連中なら、マッシュが『間違えて』壁ごと埋めてたから安心しろよ」
「……誰がそんな心配してるのよ。私は、あんたが……あんたが、あんまりにも無防備だから……」
アネモネの声が小さくなる。
ドットはアネモネの隣にドカリと座ると、箱からシュークリームを取り出した。
「ほら、食え。お前、昨日からあんま食ってねえだろ。……お前が倒れたら、俺様の『全肯定』の対象がいなくなって困るんだわな」
「……っ」
不意打ちの言葉に、アネモネの顔が林檎のように赤く染まる。
彼女は震える手でシュークリームを受け取ると、小さな口で齧り付いた。ミントの清涼感が広がるが、顔の熱は引くどころか増していく。
「……四時間」
「あ? またそれか。何が四時間なんだよ」
「……四時間以内に、あんたがその……『脳内ガキ』な発言をやめなかったら、本当に致命毒を盛るわよって意味よ」
それは、彼女なりの照れ隠しであり、甘えだった。
本当は「四時間」なんていらない。今すぐ、彼に「好き」と言ってほしい。……いや、そんな恥ずかしいこと、万死に値する。
「あはは!百年経ってもやめねえぞ!お前を褒めるのは俺様のライフワークだからな!」
「……死ね。本当に死ねばいいのに、あんたなんて」
アネモネは涙目になりながら、ドットの肩にこつんと頭を預けた。
169センチを自称する彼女が、自分より少しだけ背の高い彼の肩に収まる、矛盾した幸福。
その時、ガチャリと扉が開いた。
「二人とも、合同結婚式のパンフレット持ってきたわよぉ!」
「レモンさん、流石に気が早すぎるよ……。あ、ごめん、お邪魔だった?」
暴走するレモンと、苦労性のフィン。その後ろでマッシュが「シュークリーム、もう一個いる?」とマイペースに佇んでいる。
「……っ!! 万死に値するわよ、全員!!」
アネモネは立ち上がり、顔から火が出るほどの勢いで部屋を飛び出した。
その後を、「待てよアネモネー! まだ食い終わってねえだろ!」とドットが追いかけていく。
騒がしい廊下。
アネモネは走りながら、微かに微笑んでいた。
孤独だった少女の傍には、今、太陽のような光と、それを囲む賑やかな仲間たちがいる。
――けれど、幸せな時間は長くは続かない。
次なる「悪意」の足音が、静かに学園の門を叩こうとしていた。
🔚
第5話:『ロスト』の再来と、剥がれた嘘
イーストン校の廊下に、カツカツと不快な靴音が響く。
アネモネはその音を聞いた瞬間、全身の血が逆流するような戦慄を覚えた。
「……あら。あんなに気味が悪い『毒虫』だったのに、随分と立派な制服を着せてもらえたのね。アネモネ」
声をかけてきたのは、豪華な毛皮を纏った中年女性。アネモネの親族であり、幼少期に彼女を「不吉」として納屋に閉じ込めた張本人だった。
「……何しに、来たの。万死に値するわよ、貴方」
アネモネの声が震える。右目の下のアザが、ドクドクと脈打つ。
女性は蔑むような笑みを浮かべ、アネモネを足元からじっくりと眺めた。
「相変わらず、無意味に背筋を伸ばして。……滑稽だわ。本当は自分を誰も愛してくれない、小さくて惨めな子供だとバレるのが怖いのね? だからそんな底の厚い靴を履いて、嘘をついて……」
「やめて……」
「毒で人を遠ざけ、嘘で自分を大きく見せる。名前の通り、貴方は誰からも『見捨てられた(ロスト)』存在なのよ」
アネモネの膝がガクリと折れそうになる。
169cm。その数字は、彼女が自分を保つための唯一の武装。
それが剥がされようとしたその時、廊下の角から猛烈な勢いで「炎」が飛んできた。
「――おい。誰の許可得て、俺様の相棒に講釈垂れてんだよ。あぁ!?」
ドット・バレット。
彼はアネモネの前に割って入ると、親族の女性を睨みつけた。
「あんた、さっきから聞いてりゃ失礼すぎるだろ! アネモネが『毒』だぁ? 『見捨てられた』だぁ? ……笑わせんな。こいつは今、俺が全力で囲い込んでる『俺の特別』なんだわな!」
「何ですって……? こんな不吉な娘と関わるなんて、貴方も頭が――」
「ああ、お花畑だわな! だがな、アネモネの靴が厚かろうが、嘘ついてようが、そんなの関係ねえんだよ!」
ドットは振り返り、震えるアネモネの手を無理やり、けれど優しく握った。
「10センチ分、不安だったんだろ? だったらよ、残りの人生で俺が10メートル分、お前のことを『最高だ』って言い続けて埋めてやるよ!」
「……ドット……」
女性が毒づきながら去っていく中、アネモネはその場にへたり込んだ。
脱げた靴。露わになった、159cmの本当の自分。
「……嘘、ついてたの。私は、あんたよりずっと小さくて、弱くて……」
「知ってるっつーの! 出会った瞬間にわかってたわ!」
「……え?」
ドットは地面に座り込み、彼女と目線を合わせた。
「お前が一生懸命背伸びしてるのが、最高に健気で可愛かったから合わせてただけだ。……159センチのアネモネ。……最高にクールじゃねえか。俺が守るのに、ちょうどいいサイズだわな」
アネモネの目から、初めて「毒」ではない、温かな涙が溢れ出した。
「見捨てられた花」は、太陽の熱によって、ようやく本当の姿で咲き始めたのだ。
「……四時間。……じゃなくて、一生。万死に値するくらい、後悔させてあげるわよ。私を、選んだこと」
「おう! 望むところだわな!」
🔚
第6話:確信犯と、甘い毒の副作用
アドラ寮の朝。
かつてのような「攻撃的な腹痛」ではなく、最近のアネモネがドットを起こす方法は、少しだけ変化していた。
「……起きなさいよ。……別に、ずっと寝顔を見ていたいわけじゃないけれど」
アネモネはドットの頬を、片手でぺちぺちと叩く。
かつての底上げ靴を履かなくなった彼女の視界は、ドットを見上げる位置にある。その事実が、今の彼女には酷く心地よかった。
「んぅ……お、アネモネ……。おはよ……今日も159センチ、最高に可愛いわな……」
「……万死に値するわよ(赤面)」
そんな二人の「甘い毒」が充満した部屋に、無遠慮な足音が近づいてくる。
「あ、おはよう。今日も朝からイチャイチャしてるね。シュークリーム食べる?」
壁……ではなく、ドアから普通に入ってきたマッシュが、平然と言い放つ。
その後ろでは、フィンが顔を真っ青にしながらツッコミを待機させていた。
「マッシュくん! 『イチャイチャ』とか直球で言っちゃダメだよ! アネモネさんの顔が毒の色みたいに真っ赤だよ!」
「……っ! 別に、そんなんじゃないわよ! こいつが、脳内ガキのくせに、変な寝言を言うから……!」
アネモネは慌てて距離を取るが、寝ぼけたドットが彼女の手首を掴んで引き寄せる。
「いいじゃねえかフィン! 俺とアネモネは、運命のルームメイトなんだわな! なあ、アネモネ!」
「……死ね。今すぐ死んで」
言葉とは裏腹に、アネモネの指先から出たのは、微かにイチゴの香りがする「精神安定の胞子」だった。殺意ゼロ、むしろ愛情100%の副作用。
「これ……もう付き合ってるよね? 告白とかいう段階、飛ばしてるよね?」
フィンの魂の叫びが空虚に響く。
しかし、そんな平和な光景をぶち壊すように、廊下に冷徹な空気が流れた。
「アドラ寮の1年生か。騒がしいな」
現れたのは、3本線のアザを持つ神覚者、レイン・エイムズだった。
彼の鋭い視線が、アネモネに向けられる。
「アネモネ・ロスト。お前の『毒』、先日の演習で見せてもらった。……『悪意にのみ反応する魔法』、それは極めて稀有な資質だ」
「……レイン、先輩……」
アネモネの体が強張る。エリート中のエリートである神覚者が、自分のような「不吉な毒」に何の用があるのか。
すかさず、ドットがアネモネを背中に隠し、レインを睨みつけた。
「おい、神覚者サマがアネモネに何の用だ? こいつを魔法局の道具にしようってんなら、俺様が黙ってねえぞ!」
「……黙れ、赤髪。俺は、彼女の『意志』を聞きに来ただけだ」
レインは一羽のウサギを撫でながら、アネモネを真っ直ぐに見つめた。
「お前の毒は、使い方次第で多くの命を救う。……だが、それには強力な『盾』が必要だ。この騒がしい男が、その盾になれるかどうか……試させてもらうぞ」
神覚者からの事実上の挑戦状。
アネモネはドットの制服の裾をぎゅっと握る。
第7話:神覚者の審判と、折れない盾
アドラ寮の廊下。レイン・エイムズの放つ重圧に、フィンの喉がヒクリと鳴った。
だが、ドット・バレットだけは退かない。アネモネを背中に隠したまま、一歩も引かずにレインを睨みつける。
「試すだぁ? 上等だわな! 神覚者だろうがウサギ好きだろうが、アネモネに指一本触れさせねえぞ!」
「……威勢だけはいいな。だが、言葉より重いのが魔法の世界だ」
レインが杖を軽く振ると、無数の剣が空中に現れた。パルチザン――その鋭利な刃先が、ドットではなく、敢えて背後のアネモネへと向けられる。
「っ……!」
アネモネは身を硬くした。彼女の『毒』は悪意に反応する。だが、目の前の男にあるのは純粋な「義務」と「選別」。彼女の防衛本能である毒の茨は、対象が「無機質な強者」である場合、その鋭さを失ってしまう。
「アネモネ、動くなっ!」
ドットが叫ぶ。レインの剣が、容赦なく放たれた。
ドットは自身の身を盾にするように飛び込み、爆破魔法で迎撃を試みるが、格上の神覚者の魔法は一筋縄ではいかない。剣の一振りがドットの肩を掠め、鮮血が舞った。
「ドット……! もういいわ、私が出る! あんたが傷つく必要なんて――」
「黙ってろっつーの! 『万死に値する』んだろ、俺が傷つくのは!」
ドットは肩を抑えながら、不敵に笑った。その瞳には、恐怖ではなく、狂気すら孕んだ執着が宿っている。
「お前はよ、その毒でいつか誰かを救うんだろ? だったら、お前の手が汚れる前に、俺が全部ぶっ壊してやるよ。俺は『全肯定』の男だ。お前の前を塞ぐモンは、神覚者だろうが運命だろうが、俺様が焼き尽くすんだわな!」
ドットの魔力が膨れ上がる。感情に呼応して、彼の額に浮き出る紋章――。
それを見たレインは、僅かに目を細め、召喚していた剣を消した。
「……フン。暑苦しい男だ」
「……あ? 逃げんのかコラ!」
「試験は終了だ。アネモネ・ロスト。お前の毒は、この『壊れた盾』があれば暴走することはないだろう。……精々、その盾が錆びないよう磨いておくんだな」
レインは翻すと、何食わぬ顔で去っていく。
静まり返る廊下。ドットは「勝ったぞ!」と言わんばかりに鼻を鳴らしたが、すぐに膝から崩れ落ちた。
「ドット!!」
アネモネが駆け寄り、彼を抱き止める。
彼女の手から、治癒を促す微弱な毒が溢れ出した。
「馬鹿ね……本当に脳内ガキ。死んだらどうするのよ。万死に値するわ、本当に……」
「へへ……。泣くなよアネモネ。159センチのくせに、俺よりデカい涙流してんじゃねえよ……」
アネモネの瞳からこぼれた涙が、ドットの頬に落ちる。
神覚者にさえ認めさせた、あまりにも無謀で熱い絆。
だが、ドットは気づいていなかった。アネモネの毒が、彼の傷を癒すと同時に、彼女の心に「絶対にこの男を離さない」という、誰よりも深い執着の毒を回してしまったことに。
「……ドット。もう、四時間なんて猶予はやめるわ」
「え?」
「一生、あんたを私の毒で縛ってあげる。……覚悟しなさいよ」
アドラ寮の片隅で、少女は密かに決意する。
それは、恋よりも重く、呪いよりも甘い、彼女なりの愛の宣誓だった
🔚
第8話:看病の作法と、不治の病(恋)
レイン・エイムズとの私闘から一夜。
ドット・バレットは、アドラ寮の自室で「重病人」としてベッドに横たわっていた。
「……おい、アネモネ。喉が渇いたわな。水、持ってきてくれねえか?」
弱々しい声を出すドット。だが、その顔色はすこぶる良い。擦り傷程度で済んだはずが、彼はここぞとばかりに「看病される権利」を行使していた。
「……別に。あんた、さっきマッシュとスクワットしてなかった? 万死に値するわよ」
アネモネは呆れ果てた顔をしながらも、コップ一杯の水を持ってドットの枕元に立った。
159cm。以前のような底上げ靴を履いていない彼女は、座っているドットと視線がちょうど重なる。
「飲ませてくれよ、アネモネ! 俺様は負傷兵なんだぞ! お前を守った代償なんだわな!」
「……っ、それは、そうだけど……」
アネモネは顔を真っ赤にしながら、震える手でコップをドットの唇に運んだ。
ドットは「ゴクゴク」と美味そうに飲み干すと、さらに調子に乗って口を開ける。
「次は……あー、なんだ。腹減ったな! リンゴとか、剥いて『あーん』してくんねえかな!」
「……死ね。今すぐ毒で内臓から溶かしてあげましょうか?」
「ひでえ! 看病じゃねえのかよ!」
アネモネは文句を言いながらも、ナイフを手に取り、慣れない手つきでリンゴを剥き始めた。
彼女の毒は、悪意には容赦ないが、愛する者には「薬」になる。リンゴの一片に、微かな「疲労回復の胞子」を付着させる。
「……はい。食べなさいよ、脳内ガキ」
「おっ! あーん……モグモグ……。うっめえええ! アネモネ、お前の剥いたリンゴ、世界一だわな!」
太陽のような笑顔。その屈託のなさに、アネモネの胸の奥がキュンと締め付けられる。
彼女は思わず、ドットの額に手を当てた。
「……熱はないみたいね。でも、心臓の音がうるさいわよ。あんた、本当に大丈夫なの?」
「それは……お前が近すぎるからに決まってんだろ! バカアネモネ!」
ドットが顔を真っ赤にして叫ぶ。
その時、ガチャリと扉が開いた。
「失礼するよ。ドットくんの傷に効くプロテインを持ってきたんだ。あ、邪魔だったかな」
マッシュが、無表情にプロテインシェイカーを振りながら立っていた。
その後ろには、必死に壁を隠そうとするフィンと、なぜか婚姻届(のようなもの)を握りしめたレモンがいる。
「もう! 二人きりで何してたの!? 私、合同結婚式の準備で忙しいんだから、抜け駆けは禁止よ!」
「レモンちゃん、まだ結婚の話は早いって……。でも、確かに空気感が……もう夫婦だよね」
外野の騒ぎに、アネモネのキャパシティは限界に達した。
「……全員、万死に値するわよッ!!」
アネモネの手から、瞬間的に「催眠の胞子」が爆発的に放出された。
ドットも含め、部屋にいた全員がその場にバタリと倒れ伏す。
「……はぁ。……本当に、バカばっかり」
静まり返った部屋で、アネモネは眠るドットの髪に、そっと触れた。
彼が自分を肯定してくれたように、自分も彼のすべてを毒で守りたい。
「……一生、四時間なんて待ってあげないんだから。覚悟しなさいよ、ドット」
アネモネの独占欲は、本人の自覚以上に深く、濃く、彼を蝕み始めていた。
🔚
第9話:不吉の再定義と、国家の悪意
看病という名の甘い時間は、一通の漆黒の封筒によって終わりを告げた。
送り主は『魔法局・魔導遺物管理室』。
アネモネ・ロストに届いたのは、協力要請という名の、事実上の強制召喚状だった。
「……何よ、これ。今更、私に何を求めてるの」
食堂。アネモネの手の中で、封筒が震える。
彼女の「毒」は、かつては忌み嫌われた呪いだった。だが、戦争の火種が燻る昨今、その「悪意にのみ反応し、無力化する」という特殊すぎる性質を、魔法局のタカ派が見逃すはずもなかった。
「おい、アネモネ。顔色が悪いぞ。……まさか、俺様の看病で力尽きたか?」
ドットが心配そうに覗き込む。その後ろでは、マッシュが「それ、美味しそうなチョコレートの封筒だね」と見当違いなことを言っている。
「……別に。……ただの、事務連絡よ。万死に値するわ、本当に」
アネモネは咄嗟に手紙を隠した。
彼女は知っていた。ドットにこれを教えれば、彼は間違いなく魔法局を相手に暴れる。そして、彼の輝かしい未来を自分の「毒」で汚してしまうことを、彼女は何よりも恐れていた。
――その日の夜。
アネモネは寮を抜け出し、指定された中庭へと向かった。
そこには、冷徹な眼鏡をかけた魔法局の役人が、数人の護衛を連れて待っていた。
「アネモネ・ロスト。貴女の力は、国の盾となるべきものです。その『毒』を人工的に抽出させなさい。協力すれば、貴女の『ロスト(喪失)』という不名誉な家名も浄化してあげましょう」
「……お断りよ。私の魔法は、誰かを傷つけるための道具じゃないわ」
「ほう、随分と生意気だ。あの赤髪の少年とつるんで、自分が『普通の人間』になれたとでも思っているのか? 貴女は毒だ。毒は、隔離され、利用されるのが正しい在り方だ」
役人が合図を出すと、魔法の拘束具がアネモネを襲う。
アネモネは反射的に毒の茨を展開しようとしたが、足元から伸びた影が彼女の動きを封じた。
「っ……離しなさい! 万死に……値するわよ……!」
「無駄だ。これは対毒使い用の魔具――」
その言葉を遮ったのは、夜闇を切り裂くような爆発音だった。
「――おらぁ!! 誰が誰を隔離するってぇ!? 耳が腐ってんのか、それとも脳みそが沸騰してんのか!?」
燃え盛る炎を纏い、ドット・バレットが空から降ってきた。
その隣には、シュークリームを片手に、壁を壊して現れたマッシュの姿もある。
「ドット……! なんで……」
「隠し事なんて、俺様には通用しねえんだわな! お前の『毒』が国の宝だか何だか知らねえが、アネモネは俺様の『一生分の宝』なんだよ! 汚ねえ手で触んじゃねえぞ、コラァ!!」
ドットの額に、怒りによって紋章が浮かび上がる。
アネモネの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「……バカ。……本当に、バカね。四時間どころか、一生かかっても……返しきれないじゃない」
「返す必要なんてねえ! 黙って俺の後ろで守られてろ!」
魔法局という巨大な壁に対し、一歩も引かずに炎を散らすドット。
🔚
第10話:太陽の火花、毒の守護
魔法局の役人が放った黒い影の拘束が、アネモネの四肢を締め上げる。
「ぐっ……、離しなさい……!」
「無駄だと言っただろう。この魔具は対象の魔力循環を逆流させる。抵抗すればするほど、貴女の毒は貴女自身を蝕むことになる」
役人が冷酷に告げた瞬間、ドットの怒りが爆発した。
「……そんな理屈、俺様の炎で焼き切ってやるわな! エクスプロボム!!」
猛烈な爆風が役人たちを襲う。しかし、魔法局の精鋭護衛たちは冷静に障壁を展開し、ドットの攻撃をいなしていく。
「ドット・バレット、及びマッシュ・バーンデッド。国家公務執行妨害により、即刻拘束する」
「……あ、これ、僕も入ってるんだ。なら仕方ないね」
マッシュが淡々と、超高速の拳で護衛の一人を地面に埋める。だが、アネモネを拘束する影の魔具だけは、物理的な攻撃ではビクともしない。
「アネモネ!!」
ドットが焦燥に駆られ、影の結界へ素手で飛び込もうとする。
「来るな! ドット、あんたまで……っ!」
アネモネは歯を食いしばった。自分が弱いために、自分を「全肯定」してくれた唯一の光が傷ついていく。その事実が、彼女の心にある「不吉な毒」を、かつてないほど激しく沸騰させた。
(……見捨てられたままでいいわけない。私は、この人の盾になるって決めたのよ!)
その瞬間、彼女の右目の下のアネモネの紋章が、禍々しくも美しい紫の光を放った。
「――咲きなさい、『|アネモネ・エンブレス《守護の毒茨》』!!」
ドゴォォォン!!
アネモネの体から溢れ出したのは、侵食する毒ではなく、悪意を「拒絶」し、仲間を「守る」ための巨大な茨の檻だった。影の拘束具が、内側から膨れ上がったアネモネの魔力によって粉々に砕け散る。
「何っ!? 毒を防御に転換したというのか!?」
自由になったアネモネは、そのままドットの背中にそっと手を置いた。
「……四時間の猶予は、もう終わり。私の毒で、あんたをブーストしてあげる。……耐えなさいよ、脳内ガキ」
アネモネの毒がドットの魔力に溶け込み、彼の炎が「紫炎」へと変色する。
「――っ、力が溢れてくるぜ! 最高だわな、アネモネ!!」
二人の叫びが重なる。
「『|火炎毒獄《フレア・ヴェノム》』!!」
ドットの放つ超火力の爆ぜる炎に、アネモネの「悪意のみを追尾する毒」が宿る。それは魔法局の役人たちが張った防壁を、悪意の濃度を検知して容易く貫通し、彼らを一瞬で無力化させた。
静まり返る中庭。倒れた役人たちを見下ろし、ドットは肩で息をしながら、アネモネに向かってニカッと笑った。
「やったな、アネモネ! 俺たちの合体技、世界一クールだったぞ!」
「……別に。……あんたの出力がバカみたいに高いから、調整が大変だっただけよ」
アネモネはそう言ってフイッと顔を背けたが、その頬は隠しきれないほど赤く、そして少しだけ誇らしげに微笑んでいた。
「……ねえ、ドット」
「あ?」
「……助けてくれて、ありがとう。……大好きよ(小声)」
「え!? 今なんて言った!? 最後の方、聞こえなかったわな!」
「万死に値するわ! 二度と言わないから!」
夜の学園に、二人の騒がしい声が響く。
魔法局との衝突は、これが始まりに過ぎない。しかし、毒と炎を合わせ、本当の「相棒」となった二人を阻めるものは、もうこの世界には存在しないようにも思えた。
🔚
第11話:耳鳴りの正体と、毒の中和
魔法局との衝突から一夜。アドラ寮の朝は、いつも以上に騒々しかった。
「おいアネモネ! 昨日の最後、なんて言ったんだわな!? 『ダイ』までは聞こえたんだが、その先が爆発音でかき消されたんだよ!」
ドットが朝食のテーブルを叩きながら、アネモネに詰め寄る。
アネモネは極めて冷静な手つきで紅茶を啜り、159cmの視線からドットを冷ややかに一瞥した。
「……別に。……『大バカ』って言ったのよ。万死に値するわ、その難聴っぷり」
「嘘つけ! あの時の顔、絶対そんなんじゃなかっただろ! もっとこう、聖母のような、全肯定の女神みたいな……!」
「……死ね。今すぐその脳内お花畑を毒の茨で刈り取ってあげる」
アネモネの頬は、紅茶の熱さのせいではなく、隠しきれないほど赤く染まっている。
隣ではマッシュが「『大好き』って言ってたよね、アネモネさん。シュークリームの詰め合わせくらい、はっきりと」と、無自覚な追い込みをかける。
「マッシュくん! それは言っちゃダメなやつ! 空気を読んで! 毒が充満し始めてるから!」
フィンが必死に空気を入れ替えようと窓を開ける。
「……っ!! 全員、一時間以内に気絶させてあげるわ……!」
アネモネの指先から、甘い香りのする「強制睡眠の胞子」が漏れ出す。だが、ドットはその煙を払いのけることもせず、ぐい、とアネモネの顔を自分の方へ向けた。
「……アネモネ。俺はよ、お前がなんて言ったか、本当は分かってんだわな」
「……え」
ドットの瞳が、いつになく真剣にアネモネを射抜く。
アネモネの心臓が、毒の鼓動よりも速く跳ねる。
「お前が俺を信じてくれてるってこと。……俺、世界一の幸せ者だわな。だからよ、お前がちゃんと言いたくなるまで、俺が百倍返しで『好きだ』って言い続けてやるよ!」
「……っ、……ばか……」
アネモネは視線を泳がせ、震える声で呟いた。
あんなに孤独を恐れていた自分が、今は一秒でも長く、この男の側にいたいと願っている。
その時、食堂に一羽のフクロウが飛び込んできた。
足に結ばれていたのは、学園長ウォールバークからの親書。
『アネモネ・ロスト、及びドット・バレット。魔法局の一件、表向きは不問とする。……だが、君たちの力は既に、闇の世界の住人たちの目にも触れてしまったようだ。……近々行われる「親善試合」には、十分注意したまえ』
平和な日常の裏側で、次なる影が動き出していた。
アネモネの「毒」を兵器ではなく、「愛の証」として守り抜くための戦いが、再び始まろうとしている。
「……ドット。……四時間」
「あ? また猶予か?」
「……四時間以内に、もっと強い盾になりなさい。……じゃないと、私が守ってあげられなくなるでしょ」
「おう! 任せとけ! 俺様は世界一の『アネモネ専用・全肯定シールド』だわな!」
二人の笑い声が、朝の食堂に響き渡る。
恋の毒は、もう誰にも中和できないほど、深く深く回っていた。
🔚
第12話:毒と氷、鏡写しの孤独
イーストン魔法学校の正門。親善試合のために他校から招かれた生徒たちが、続々と足を踏み入れていた。
その中でも、ひときわ異彩を放つ一団があった。セント・アルズ魔法学校の精鋭たち。その中心に立つ銀髪の少年――シリル・スノーが、出迎えたアドラ寮の面々を、感情の失せた瞳で見据える。
「……君か。不吉な『ロスト』の生き残りは」
シリルの周囲の空気が、一瞬で凍りついた。彼の魔法は『永久凍土(エターナル・ゼロ)』。アネモネの毒と同じく、周囲から「冷酷」と疎まれてきた力。
「……別に。万死に値するわよ、いきなり失礼ね」
アネモネは159cmの視線から、精一杯の刺を込めて言い返した。だが、シリルは冷笑を浮かべ、彼女の足元に視線を落とす。
「毒を隠すために、偽りの盾の後ろに隠れているのか? 無駄だよ。君のような『異物』は、孤独の中でこそ美しく咲くものだ。……偽りの温もりに浸る今の君は、ただの薄汚れた雑草に過ぎない」
アネモネの指先が、微かに震えた。
自分の内側にある「毒」への嫌悪感。それを最も冷酷な形で指摘された。
「――おい、氷点下野郎。今、なんて言った?」
ドットが、アネモネの肩を抱き寄せるようにして前に出た。彼の手から伝わる熱が、シリルの冷気とぶつかって激しい水蒸気を上げる。
「アネモネが雑草だぁ? 笑わせんな。こいつは、俺の隣で最高にクールに咲いてる世界一の花なんだよ! 自分の孤独を他人に押し付けてんじゃねえぞ、このヒョロガキ!」
「……ドット・バレット。熱血バカの加護が、いつまで続くか試させてもらおう。明日の試合、彼女の『毒』が自分自身を焼き尽くす瞬間を楽しみにしているよ」
シリルは冷気を残して去っていった。
アネモネは、ドットの制服をぎゅっと握りしめる。
「……ドット。私、やっぱり……」
「アネモネ。……あんな奴の言葉、全否定だわな!」
ドットはアネモネの両肩を掴み、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「お前は毒じゃない。俺を癒し、俺を熱くさせる、俺にとっての『光』なんだ。明日は見せつけてやろうぜ。お前の茨が、どれだけ温かくて強いかをよ!」
「……っ、……うるさい。脳内ガキのくせに」
アネモネは涙目を隠すように、ドットの胸に顔を埋めた。
159cmの彼女を受け止める、ドットの熱い胸板。
毒と氷、そして炎。
親善試合という名の、信念を懸けた戦いが幕を開ける。
その夜、アネモネは寮の自習室で一人、自身の毒の茨を見つめていた。
シリルに言われた「偽りの温もり」という言葉。それを否定するためには、ドットに守られるだけでなく、ドットを勝利へ導くための「新たな毒」が必要だった。
「……四時間。……いいえ、一分よ」
アネモネは決意を込め、自身の魔力を指先に集中させた。
それは、相手を眠らせるためでも、苦しめるためでもない。
愛する者の限界を突破させるための、究極の「劇薬」。
🔚
第13話:劇薬の覚悟と、氷上の紫炎
親善試合、メインアリーナ。
結界魔法で仕切られたフィールド内は、シリル・スノーの放つ『永久凍土』によって、一瞬にして極寒の処刑場へと変貌していた。
「……無駄だよ。熱も、毒も、分子の運動が止まればただの静止物に過ぎない」
シリルの冷徹な声と共に、巨大な氷の柱がドットとアネモネを襲う。
ドットは爆破魔法で応戦するが、足元から凍りつく氷床に動きを制限され、決定打を欠いていた。
「くそっ、このヒョロガキ……! アネモネ、下がってろ! 俺様がこじ開けてやるわな!」
ドットの背中を見つめ、アネモネは奥歯を噛み締めた。
(……ダメよ。このままじゃ、ドットの炎が消される。……私の毒が、『不吉』で『冷たい』だけのものなら、いっそ使い切ってやるわ)
「……四時間なんて、待たない。……一分よ」
アネモネは自身の腕に、紫に光る鋭い茨の針を突き立てた。
自注型覚醒毒――『アネモネ・イグニッション』。
自身の神経を極限まで活性化させ、魔力を暴走寸前まで引き上げる自傷魔法。
「アネモネ!? てめえ、何してんだ!!」
「……うるさいわね、脳内ガキ。……あんたの炎を、私が加速させてあげるって言ってるのよ」
アネモネの瞳が、毒々しくも美しい紫に発光する。彼女の体から溢れ出した魔力が、シリルの冷気を押し返し、ドットの背中に「茨の翼」として定着した。
「――っ、熱い……! なんだこれ、力が勝手に……!!」
「私の全魔力を、あんたに預けるわ。……一分以内に終わらせなさい。……万死に値するわよ、負けたら」
アネモネの鼻から、一筋の血が流れる。
ドットはその姿を見て、吠えた。
「あああああ! 全肯定だっつってんだろ! お前の覚悟も、その毒も、全部俺が最高の勝利に変えてやるわなああ!!」
ドットの炎が、アネモネの毒と混ざり合い、真っ黒な煙を上げる「黒紫の爆炎」へと進化した。
それはシリルの氷を、溶かすのではなく「蒸発」させていく。
「何……!? 相性が最悪のはずの毒と炎が、なぜ増幅し合っている……!?」
「愛だよ、氷点下野郎!! 『爆毒・太陽黒点(ヴェノム・サンバースト)』!!」
アリーナ全体を震わせる大爆発。
シリルの絶対零度の壁は粉々に砕け散り、爆風と共にアネモネの「浄化の胞子」がフィールドを満たした。
静まり返る会場。
膝をつくシリルの前で、ドットは意識を失いかけたアネモネを、しっかりと抱きとめていた。
「……勝ったぞ、アネモネ。……お前の毒、世界一温かかったわな」
「……バカ。……暑苦しい、わよ……」
アネモネはドットの胸板に顔を埋め、微かに微笑んだ。
159cmの視界から見上げる勝利の空は、毒に冒された視界でも、最高に輝いて見えた。
🔚
第14話:猛毒の代償と、独占の誓い
親善試合の喧騒が遠のいた、保健室。
夕闇が差し込む部屋で、アネモネ・ロストは真っ白なシーツの上で目を覚ました。自傷魔法『アネモネ・イグニッション』による魔力逆流。全身を刺すような痛みが残っている。
「……あ、……。……別に、平気よ。万死に値するわ、この程度の痛み」
強がって身を起こそうとしたアネモネの肩を、強い力が押し止めた。
「……動くな」
聞き慣れた、けれどいつもと違う、低く押し殺した声。
ドット・バレットが、ベッドの脇で椅子に座り、拳を震わせて俯いていた。その顔には、いつもの太陽のような輝きはない。
「ドット……? なによ、不気味ね。脳内ガキらしく、騒げば――」
「笑えねえんだわな!!」
ドットが顔を上げた。その瞳には、怒りと、それ以上に深い「恐怖」が滲んでいた。
「お前……、自分の体に針刺して、魔力を暴走させて……! もしそのまま目覚めなかったらどうするつもりだったんだよ!? 俺が認めた『世界一の花』が、俺を勝たせるために枯れていいわけねえだろ!」
「……だって、あんたが負けるのが嫌だったのよ! 孤独だの雑草だの言われて、黙って見ていられるほど、私はお人好しじゃないわ!」
「俺が負けるのはいい! だが、お前が傷つくのは『全否定』だ!!」
ドットがアネモネの両手を、壊れ物を扱うように、けれど力強く包み込んだ。
「……アネモネ。俺は、お前に守られたいわけじゃねえ。お前を、一生分の毒ごと、俺の炎の中に閉じ込めておきたいんだよ。……自分を粗末にするような魔法、二度と使うな」
アネモネは絶句した。
毒使いの自分を、これほどまでに「失いたくない宝物」として扱う男。
彼女の目から、大粒の涙が溢れ出し、ドットの手の甲を濡らす。
「……バカ。……本当に、バカね。……でも、四時間だけ。……四時間だけ、泣かせて。……その後は、あんたに一生、捕まってあげるから」
159cmの彼女が、ベッドの上でドットの胸に顔を埋める。
ドットは無言で、彼女の細い背中を抱きしめた。
その時、保健室のドアが「物理的に」外れた。
「……あ。ごめん、ノックの力が強すぎた。……ドットくん、これ、傷に効くシュークリーム」
マッシュが、外れたドアを持ったまま無表情に立っていた。後ろではフィンが「マッシュくん! 今は絶対に入っちゃダメな空気だったでしょ!?」と魂の叫びを上げている。
「……っ!! 万死に値するわよ、マッシュ・バーンデッド!!」
アネモネが涙目のまま叫び、枕を投げつける。
ドットは「おいマッシュ! 邪魔すんな、今いいところだったんだわな!」と、いつもの調子で怒鳴り散らした。
騒がしい、いつもの日常。
けれど、アネモネの心には、もう「孤独」の影はなかった。
一方その頃、敗北したシリル・スノーは、自室でアネモネの放った「浄化の胞子」を瓶に詰め、じっと見つめていた。
「……面白い。……あの毒、もっと近くで分析したくなったな」
ドットの嫉妬の火に油を注ぐような、新たな執着の予感。
第15話:十五九センチのシンデレラ
親善試合の怪我も癒えた週末。イーストン魔法学校の城下町は、活気に満ちていた。
アネモネ・ロストは、慣れない「低い視界」に戸惑いながら、ドット・バレットの三歩後ろを歩いていた。
「……別に。……無理に連れ出さなくてもいいって言ってるでしょ。万死に値するわ、この人混み」
今日のアネモネは、かつての厚底靴を履いていない。159cmの、ありのままの身長。
ドットを常に見上げる形になるその視界は、彼女に「守られている」という自覚を強制させ、どうしようもなく頬を熱くさせる。
「がはは! お前、退院祝いに何でも買ってやるっつったろ! ほら、ここだわな!」
ドットが指差したのは、街で一番人気の靴職人の店だった。
アネモネが怪訝な顔をする中、ドットは店主に「一番いいやつ、こいつにぴったりなサイズで!」と威勢よく注文した。
「……ドット? 私、靴なら持ってるわよ。169センチに……」
「バカ。……それは、お前が『嘘』で自分を縛るための靴だろ。俺が贈るのは、お前が『俺の隣』を歩くための靴だわな」
店主に促され、アネモネは椅子に座る。職人が丁寧に彼女の足を採寸していく。
159センチ。サバを読んでいた十センチ分、彼女の足は小さく、華奢だった。
「……恥ずかしいわよ。……こんな、ちっぽけな私……」
「ちっぽけじゃねえ! 最高にジャストサイズだわな!!」
ドットは真っ赤な顔で叫び、店から仕上がったばかりの、アネモネの花が刺繍された上品なフラットシューズを差し出した。
アネモネがそれを履き、立ち上がる。
地面が近い。けれど、隣に立つドットの肩が、驚くほど近くにある。
「……どうかしら。……変じゃない?」
「……おう。……世界一、クールだわな。……いや、可愛いわ」
ドットが照れ隠しに鼻を擦る。アネモネは微かに微笑み、思い切ってドットの太い腕をギュッと抱きしめた。
「……四時間。……四時間だけ、このまま歩いてあげてもいいわよ。……別に、深い意味はないけれど」
「……おう。……一生でも付き合ってやるわな」
幸せな空気。だが、その背後に「冷たい風」が吹いた。
「……見つけたよ。毒の君」
街角から現れたのは、親善試合で敗北したはずのシリル・スノーだった。彼はなぜか、アドラ寮の制服……ではなく、大量の「毒物図鑑」を抱えて立っていた。
「……シリル!? なんでここに……」
「君の毒の成分、あれからずっと分析しているんだが……。愛という不純物が混ざっていて、計算が合わない。……隣にいる赤髪、邪魔だ。彼女を僕の研究室に貸してくれないか?」
「――っッッざっけんな氷点下野郎!! アネモネは俺の専用なんだよ! 一ミリも貸さねえわな!!」
ドットの嫉妬の炎が、せっかくのデートスポットで大爆発する。
アネモネは呆れながらも、新しく贈られた靴で、しっかりとドットの隣に踏み出した。
「……残念ね、シリル。……私の毒は、この脳内ガキにしか効かないように設定してあるの。……万死に値するわよ、邪魔したら」
🔚
第16話:毒花の喪失(ロスト)、太陽の落日
新しい靴を履いて、ドットと歩く帰り道。
夕闇が迫る学園の裏門付近で、その「違和感」は唐突に現れた。
「……冷たい。シリル、またあんたなの? 万死に値するわよ、しつこいのは」
アネモネが振り返る。だが、そこにいたのは銀髪のライバルではなく、漆黒の法衣を纏った魔法局の最精鋭――『魔導監獄・執行官』たちだった。
「アネモネ・ロスト。貴女の体内から検出された『浄化の胞子』は、国家反逆罪に値する禁忌。……及び、軍事機密の私物化とみなす」
「……はぁ!? 何言ってんだわな! こいつはただ、俺様を助けるために――」
「黙れ、下級市民。……執行」
執行官が杖を振るった瞬間、アネモネの足元に巨大な『魔力吸い取りの円陣』が展開された。
アネモネの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「あ、……っ……ドット……」
「アネモネーーーッ!!」
ドットが炎を纏って突っ込むが、執行官の一人が放った「時間停止」の呪呪に、彼の動きが数秒だけ固定される。そのわずかな隙に、アネモネの体は黒い霧の中に消えた。
「……待て……っ、待てよ!! 返せ、アネモネを返せええええ!!」
術が解けたドットが叫ぶが、そこには彼女が脱ぎ捨てられたばかりの、アネモネの花の刺繍が入った新しい靴だけが片方、虚しく転がっていた。
――数時間後。アドラ寮、男子部屋。
ドットは、泥だらけになった彼女の靴を握りしめ、暗い部屋で一人、声を殺して震えていた。
全肯定の太陽が、今、完全に沈もうとしていた。
「……ドットくん。シュークリーム、食べる? ……冷めちゃったけど」
ドアをノックもせずに入ってきたのは、マッシュだった。その後ろには、必死に情報を集めてきたフィンとランスが立っている。
「……マッシュ。……俺、あいつに……『一生捕まってろ』って言ったんだわな……。なのに、一時間も守れなかった……」
「……なら、取り返しに行けばいい。……僕も、あの役人たちの態度は、万死に値すると思うし」
マッシュが淡々と、鉄の棒を飴細工のように曲げて「怒り」を表現する。
ランスが冷静に地図を広げた。
「場所は判明している。北の果て、魔導監獄『タルタロス』。……アネモネの毒を強制的に抽出する装置が完成するまで、残り四時間だ」
ドットの瞳に、再び烈火が宿る。
四時間。
それは彼女がいつも自分に与えていた、慈悲の猶予。
「……四時間。……十分だわな。……アネモネ、待ってろ。今すぐ、その汚ねえ監獄ごと、俺様が焼き尽くしてやる!!」
ドットは彼女の靴を懐にしまい、立ち上がった。
🔚
第17話:四時間の猶予、地獄への進撃
北の果て、魔導監獄『タルタロス』。
吹雪に閉ざされたその要塞を、凄まじい衝撃波が揺らした。
「――おらぁ! そこをどけええ!!」
ドット・バレットの爆破魔法が、監獄の重厚な鉄門を粉々に粉砕する。
背後では、マッシュが巨大な監獄の壁を「重いから」という理由で物理的に引き剥がし、ランスが重力魔法で押し寄せる衛兵たちを地面に叩きつけていた。
「ドット、先に行け。ここは僕たちが止める」
「……借りだわな、マッシュ! 後でシュークリーム千個奢ってやる!」
ドットは振り返らずに、アネモネの魔力を感じ取った地下深くへと駆け出した。
胸の懐には、彼女の「片方の靴」が熱く脈打っている。
一方、監獄の最深部――。
魔力抽出装置に拘束されたアネモネは、青白い顔で虚空を見つめていた。
彼女の腕からは、絶え間なく紫の「毒」が抽出され、試験管に満たされていく。
「……無駄だよ。この監獄から生きて出た者はいない」
装置の陰から現れたのは、なぜか研究員として潜入していたシリル・スノーだった。彼は冷徹に、抽出される毒の成分を記録している。
「……シリル。……あんた、本当に万死に値するわね。……研究のためなら、私の命なんてどうでもいいの?」
「いいや。君が死ぬのは損失だ。……だが、君の『盾』がここに来る確率は、計算上ゼロに近い。彼は今頃、外の防衛線で焼き尽くされているだろう」
その言葉に、アネモネは力なく首を振った。
「……あんたは、分かってない。……あの男は、計算で動くような……脳内ガキじゃないわよ……っ!」
ドォォォォン!!
最深部の隔壁が、内側から溶け落ちるほどの高熱で爆発した。
「――アネモネェェ!! 迎えに来たぞ、この野郎!!」
煤まみれになり、全身に傷を負ったドットが、炎を纏って現れた。
シリルの瞳に、初めて「計算外」への驚愕が宿る。
「……ドット……。バカね、本当に……」
「おう、バカだわな! だが、お前を泣かせる世界なんて、俺様が全部爆破してやるよ!」
ドットはシリルの制止を無視し、魔力抽出装置を素手で掴んだ。装置から放たれる強力な反撃魔法がドットの腕を焼くが、彼は眉一つ動かさない。
「離せ、ドット! その装置に触れたら、あんたの魔力まで吸い取られるわ!」
「吸い取れるもんなら吸ってみろ! 俺の魔力はな、お前への『愛』で無限に湧いてくんだよ!!」
ドットの額に、二本目の紋章が浮き上がる。
怒りと執着が限界を超えた時、太陽の炎は「白色」へと昇華した。
「『白熱爆獄(ホワイト・エクスプロージョン)』!!」
監獄の最深部が、光に包まれる。
🔚
第18話:不吉な花の開花と、太陽の抱擁
ドットの白熱した魔力が、魔力抽出装置を内側から焼き切った。
火花を散らして崩壊する機械から、アネモネの体が自由になる。崩れ落ちる彼女を、ドットはその逞しい腕で、世界で一番大切な宝物を扱うように受け止めた。
「……遅いわよ、脳内ガキ。……万死に値するわ」
「おう、後でいくらでも死んでやるわな! だがその前に、このヒョロガキを片付けさせろ!」
ドットが睨みつける先。シリル・スノーは、抽出されたアネモネの毒が詰まった試験管を手に、冷徹な美貌を歪めていた。
「……計算外だ、ドット・バレット。だが、この抽出された『純粋な悪意への反応毒』に、僕の『永久凍土』を掛け合わせれば、国一つを静止させる兵器になる。……君たちの愛ごときで、科学を止められると思うな」
シリルが試験管を砕き、その魔力を自身の氷に纏わせる。監獄内が絶対零度の吹雪に飲み込まれ、ドットの白い炎さえも凍てつき始めた。
「……ドット。……私の毒を、あんな風に言われるのは……我慢ならないわ」
アネモネが、ドットの胸を借りて立ち上がった。
彼女の瞳には、かつてないほどの静かな怒りが宿っている。
右目の下のアネモネの紋章が、ドクンと鼓動した。
「シリル。あんたが盗んだのは、私の『孤独』の一部だけ。……今の私にあるのは、この男がくれた『熱』なのよ!」
アネモネがドットの手を握りしめる。
彼女の指先から、今まで見たこともない「黄金色の胞子」が溢れ出した。毒がドットの炎と混ざり合い、凍てつく空気を中和していく。
「ドット。……四時間なんていらない。……今、この一秒で、アイツを全否定しなさい!」
「おうっ!! アネモネ、しっかり掴まってろよ!! 『|爆毒・超新星《ヴェノム・スーパーノヴァ》』!!」
アネモネの「浄化」とドットの「熱狂」が一つになり、監獄の最深部を黄金の爆炎が満たした。
シリルの氷は蒸発し、彼が信じていた冷酷な科学は、二人の「理解不能な熱」によって完膚なきまでに打ち砕かれた。
静まり返る瓦礫の山。
膝をつくシリルの前で、ドットは懐から「片方の靴」を取り出し、アネモネの足元にそっと置いた。
「……ほら、シンデレラ。……帰るぞ。俺たちの部屋にな」
アネモネは新しく贈られた靴に足を通し、159cmの視線でドットを見上げた。
そして、今度は誰に言われるでもなく、彼に抱きついた。
「……もう、二度と離さないで。……万死に値するわよ、もし次があったら」
「離すわけねえだろ! お前は俺の、一生分の猛毒なんだからよ!」
監獄が崩壊していく中、マッシュたちが開けた大穴から朝日が差し込む。
🔚
第19話:猛毒の凱旋と、溶けた氷点下
魔導監獄を壊滅させてから数日。アドラ寮の男子部屋は、かつてないほどの「高熱」に包まれていた。
それはドットの爆破魔法のせいではなく――。
「……別に。……あんたが、またどっか行かないように監視してるだけよ。万死に値するわ、その落ち着きのない動き」
アネモネ・ロストは、ドットのベッドに当然のような顔で座り、彼の制服の裾をギュッと握って離さない。
監獄で「失う恐怖」を味わった彼女は、今や一分一秒たりともドットのそばを離れようとしない「超重量級の恋煩い」に陥っていた。
「ア、アネモネ……嬉しいんだけどよ、俺様も着替えなきゃいけねえんだわな……。あと、顔が近すぎる……!」
「……死ね。……あんたの心臓の音を聞いてるだけよ。……動いてる、って確認しないと、私の毒が暴走しちゃうんだから」
159cmの視界から見上げる、潤んだ瞳。
ドットは「ぐはぁっ!」と鼻血を抑えて悶絶した。全肯定の太陽も、彼女の直球のデレには防壁が機能しない。
そこへ、空気の読めない「物理」がドアを開ける。
「……あ、おはよう。今日も熱いね。シュークリーム、二人で半分こする?」
マッシュが無表情に現れる。その後ろには、なぜか白目を剥いて倒れているフィンを抱えたランスの姿も。
「……騒がしいな。だが、アネモネ。……お前のその『黄金の胞子』、学園中で噂になっているぞ。神覚者候補としての推薦が来るかもしれん」
「……別に。……私は、この脳内ガキの隣にいられれば、神覚者なんてどうでもいいわ」
サラッと言ってのけたアネモネに、ランスさえも「……重いな」と呟く。
そんな中、窓からひらりと銀髪の影が侵入してきた。
「……計算通りだ。やはり、彼女の毒の純度は、ドット・バレットとの物理的距離に比例して上昇する」
シリル・スノーだった。彼はなぜかアドラ寮の私服に着替え、大量の観測機器を持ち込んでいた。
「――おらぁぁ!! 氷点下野郎! なんで当たり前のように俺たちの部屋に居座ってんだよ!!」
「……研究だよ。僕は、愛という名の未知の猛毒を解明するまで、君たちのストーカー……いや、観測者になることにした」
「死ね!! 永久凍土に埋まってろ!!」
ドットの絶叫と、アネモネの甘い胞子、そしてシリルの不気味な観察日記。
アドラ寮に、平穏(?)な日常が戻ってきた。
しかし、アネモネは気づいていた。
自分の毒が黄金に変わったことで、本当の意味で「魔法界の秩序」を脅かす存在になってしまったことに。
「……ドット」
「あ?」
「……四時間。……四時間だけ、ぎゅっとしてなさい。……じゃないと、私、あんたを毒で溶かして、私の一部にしちゃうかもしれないわよ」
「おう! 溶ける前に、俺の熱でお前を蒸発させてやるわな!!」
🔚
第20話:毒の花嫁と、全肯定の誓い
アドラ寮の多目的ホールは、現在、一人の少女の野望によって「式場」と化していた。
「さあアネモネさん! 合同結婚式の予行演習ですよ! 私とマッシュ様、アネモネさんとドットさんの四人で永遠を誓うんです!」
鼻息を荒くするレモンが持ち込んできたのは、純白のウェディングドレス。
「……っ!! 万死に値するわよレモン! なんで私が、こんなヒラヒラしたものを……!」
アネモネは顔を真っ赤にして拒絶するが、女子たちの連携(とドットを人質に取ったレモンの脅迫)により、着替え室へと押し込まれた。
数十分後。
扉が開くと、そこには「毒使い」の禍々しさなど微塵もない、一輪の清廉な花が立っていた。
サテンの生地に、彼女の魔法を象徴する紫のアネモネが刺繍されたドレス。かつての厚底靴ではなく、ドットから贈られた「159cmの靴」を履いた彼女は、少しだけ心許なげにドットを見上げた。
「……別に。……変なら、今すぐ毒で焼き捨ててくるけれど」
「………………」
ドットは言葉を失っていた。普段のぶっきらぼうな彼女からは想像もつかない、あまりの美しさに、彼の熱血な脳細胞が完全にフリーズしている。
「……おい、赤髪。計算によると、お前の心拍数は現在、通常の三倍だ。このままではショック死するぞ」
シリルが脇で冷静にメモを取る中、ドットはようやく、一歩前へ踏み出した。
「……変なわけねえだろ。……お前、最高だ。世界一クールで、世界一可愛いわな、アネモネ!!」
ドットの「全肯定」がホールに響き渡る。
アネモネは涙目になりながらも、一歩、また一歩と、等身大の自分の足でドットに近づいた。
「……ドット。……四時間。四時間以内に、本当の『言葉』を言いなさいよ。……じゃないと、このドレス、脱いであげないんだから」
アネモネの強がりな宣誓に、ドットは彼女の手を取り、膝をついた。
「四時間も待てるかよ! 俺は、お前の毒も、嘘も、その小さな体も……一生かけて俺のものにするって決めてんだわな!!」
幸せが最高潮に達したその時、ホールの天井が「重力」によって押し潰された。
「――感動的な茶番だ。だが、その『黄金の毒』、国家のために回収させてもらうぞ」
現れたのは、魔法局の最上位個体『零の執行官』。
アネモネとドット、二人の幸せを「悪意」が再び切り裂こうとする。
「……別に。……いいわよ。私のドレスを汚したこと、万死じゃ足りないわ」
アネモネの背後から、黄金の茨が美しく、そして鋭く展開される。
花嫁衣装を纏った「最強の毒使い」と、彼女を全肯定する「炎の騎士」。
🔚
第21話:毒の花嫁(マリッジ・ヴェノム)と、不退転の
轟音と共に崩落した多目的ホールの天井。瓦礫の隙間から現れたのは、魔法局の最上位個体『零の執行官』。その三本線のアザが、不気味な脈動を繰り返していた。
「黄金の毒、アネモネ・ロスト。……及び、イレギュラーな魔力増幅源、ドット・バレット。……抹殺し、その残滓を回収する」
執行官が杖を振るった瞬間、目に見えない「負の感情」の圧力がアネモネを襲う。
だが、アネモネは逃げなかった。純白のドレスを翻し、一歩前へ踏み出す。
「……別に。……あんたの薄汚い魔力、私のドレスに一滴でもついたら……万死に値するわよ」
アネモネの右目の下のアザが、黄金色に輝き、背後から巨大な「黄金の茨」が噴出した。それは毒ではなく、ドットの炎を吸収し、増幅させるための「触媒」だった。
「アネモネ! その格好で戦うなんて、最高にクールだわな!!」
ドットが叫び、アネモネの隣に並び立つ。
執行官の放つ『|重圧の牢獄《グラビティ・プレズン》』。
並の魔法使いなら骨を砕かれるその圧力の中、ドットは不敵に笑い、額に三本目の紋章――『|不退転の感情《アンストッパブル・エモーション》』を浮かび上がらせた。
「おい、死神野郎。……アネモネのドレスに、煤一粒でもつけてみろ。……俺様が、地獄の果てまで追いかけて焼き尽くしてやるわな!!」
ドットの放つ炎が、アネモネの黄金の茨と共鳴し、白銀の炎へと進化する。
二人の魔力が完全に同期し、一つの巨大な「太陽」を形成していく。
「……ドット。……四時間。四時間なんて、もう言わない」
アネモネはドットの背中に、そっと、けれど力強く手を添えた。
「……一秒よ。……一秒で、私のすべてをあんたに預ける。……焼き尽くしなさい、私たちの邪魔をする全てを」
「おうっ!! 『|爆毒・不滅の太陽《エターナル・サンバースト》』!!」
二人の合体魔法が、執行官の闇を飲み込んでいく。
ドレス姿で戦うアネモネは、もはや「不吉の花」ではなく、勝利を導く「女神」のようだった。
それを見守るシリル・スノーは、崩落する壁の陰で、震える手でメモを取っていた。
「……計算不能だ。……愛という猛毒は、死神すらも焼き尽くすというのか……」
一方、別の場所ではマッシュが、崩れかけた天井を片手で支えながら、もう片方の手でシュークリームを食べていた。
「……二人とも、結婚式はもっと頑丈な場所で挙げたほうがいいね」
最終決戦、第1ラウンド。
二人の絆は、国家の最高戦力さえも圧倒し始めていた。
しかし、執行官の影の中から、さらなる「真の黒幕」の気配が立ち上る――。
🔚
第22話:空中の円舞曲(ワルツ)と、黄金の胞子
追い詰められた執行官が、その身を異形の闇へと変えた。
「……理解不能だ。個の感情が、国家の秩序を凌駕するなど……。ならば、この空間ごと『虚無』に帰してやろう」
執行官が放ったのは、触れたものの魔力を強制的にゼロにする暗黒の波動。それがホール全体を飲み込もうとしたその時、ドットがアネモネの腰を力強く抱き寄せた。
「――飛ぶぞ、アネモネ! 俺様から離れるんじゃねえぞ!」
「……っ、言われなくても、あんたを離すわけないでしょ! 脳内ガキ!」
ドットは足元で爆発を起こし、その推進力で空中へと跳ね上がった。
純白のドレスが夜空にひるがえり、アネモネの黄金のアザがかつてないほど激しく明滅する。
「……私の毒は、悪意を喰らって糧にする。……あんたの熱が、私の毒を『希望』に変えるのよ!」
空中。ドットの腕の中で、アネモネが杖を大きく振るった。
『|アネモネ・ヘブンズ・ブレス《黄金の救済》』。
彼女から放たれたのは、毒ではなく、見る者の心を温める黄金の胞子。それが執行官の放つ虚無の闇を、次々と「光」へと中和していく。まるで、夜空に大輪のアネモネが咲き誇るような、幻想的な光景。
「……計算外だ。彼女の魔法は、もはや毒の域を超え、生命そのものの賛歌になっている……」
瓦礫の中からシリルが呆然と見上げる。
「マッシュ、今だわな!!」
ドットの声に、地上で天井を支えていたマッシュが頷く。
「……うん。空気を読んで、一番重いところを投げるね」
マッシュが巨大な柱の残骸を、超高速の投擲で執行官へと放つ。
動きを封じられた執行官に向け、ドットとアネモネは空中で互いの手を固く結んだ。
「行くぞ、アネモネ! これが俺たちの、本当の『全肯定』だ!!」
「……ええ。……万死に値する、この世界を……私たちが愛で塗り替えてあげる!」
二人の魔力が限界を超えて融合し、白銀の炎を纏った黄金の茨が、死神の心臓を真っ直ぐに貫いた。
轟音と共に、執行官の闇が霧散していく。
朝焼けが差し込む中、ドットはアネモネを抱いたまま、ゆっくりと地上へ舞い降りた。
「……勝ったな、アネモネ。……ドレス、少し汚れちまったけどよ」
「……別に。……あんたが無事なら、こんなの何枚でも着直してあげるわよ」
159cmの彼女が、ドットの胸元で微かに微笑む。
だが、安堵したのも束の間。消えゆく執行官の影から、不気味な声が響いた。
『……素晴らしい。……その「黄金の愛」、魔法局の最深部にて、私が直接「収穫」させてもらおう……』
最終決戦の舞台は、ついに魔法局本部へ。
🔚
第23話:断絶の門と、全肯定の鉄槌 魔法界の中枢、魔法局本部。
魔法界の中枢、魔法局本部。その白亜の巨塔は、今、かつてない激震にさらされていた。
「――どけええええ!! 俺様の『最高にクールな花嫁』を、誰が兵器にするって言ったんだわなああ!!」
正面玄関。ドット・バレットの放つ『白熱爆獄』が、魔導防壁を紙屑のように焼き切る。
背後では、マッシュが巨大な柱を「ちょっと重いバット」のように振り回し、迫り来る魔導兵たちを場外ホームランのごとく弾き飛ばしていた。
「……ドットくん、勢いがいいね。シュークリームの食べ過ぎかな」
「……筋肉バカは黙ってろ! アネモネ、しっかり捕まってろよ!!」
ドットの腕の中、アネモネは黄金の茨を盾のように展開し、飛来する呪文を次々と「無力化(中和)」していく。
「……別に。……あんたが、前しか見てないから……私が後ろを守ってあげてるだけよ。万死に値するわ、この警備の数」
159cmの彼女の視界は、今やドットと完全に同期している。
最上階へと続く階段。そこを塞いだのは、かつてアネモネを「不吉」と断じた魔法局の幹部たちだった。
「アネモネ・ロスト……! 貴女は国家の公共物だ! その毒を差し出しなさい! 貴女のような異物に、平穏な未来などあるはずがない!」
「……うるさいわね。……未来なら、もうもらったわ。この脳内ガキに、一生分ね!」
アネモネが指先を弾く。
『|アネモネ・レクイエム《静かなる安息》』。
放たれた黄金の胞子が、幹部たちの「悪意」を直接中和し、彼らの戦意を瞬時に奪い去った。
「……計算通りだ。愛による魔力の増幅率は、現在、魔法局の想定を300%上回っている。……僕も、この『バカげた奇跡』に賭けてみたくなったよ」
影から現れたシリル・スノーが、手に持った観測データを握りつぶし、氷の道を作り出す。
「……シリル! あんた、万死に値するタイミングで来るわね!」
「……研究対象が死んでは困るからね。……さあ、行くがいい。最上階には、この国の『歪んだ正義』の権化が待っている」
シリルの氷の道に乗り、ドットとアネモネは一気に最上階の扉を蹴破った。
そこに座っていたのは、魔法局長官。
彼は、アネモネの「孤独」を吸い上げて作られた巨大な魔導兵器『ロスト・ジャッジメント』を背負い、静かに立ち上がった。
「……来たか。……不吉な花と、それを狂信する少年。……君たちの愛が、この国の秩序を壊すというのなら、その根源から『切除』させてもらおう」
最終決戦、第2ラウンド。
アネモネの「過去の痛み」を具現化した兵器を前に、ドットの炎はどう立ち向かうのか。
🔚
第24話:万死を越えた全肯定(ラブ)、そして黄金の夜明け
魔法局最上階。長官が操る魔導兵器『ロスト・ジャッジメント』が放つのは、アネモネが幼少期に浴びせられた「蔑み」や「拒絶」を魔力に変換した、漆黒の波動だった。
「……っ、やめて……見ないで……!」
アネモネは耳を塞ぎ、その場に膝をついた。黄金の茨が萎れ、ドレスの裾が闇に侵食されていく。兵器から流れるのは、彼女の親や大人たちが放った「不吉な子」「毒虫」という呪いの言葉。
「……無駄だ。彼女の根源は『孤独』。愛を与えれば与えるほど、失う恐怖がその毒を濁らせる。アネモネ・ロスト、お前は独りで死ぬのがお似合いだ」
「――ざっけんなぁぁぁぁッッ!!」
闇を切り裂いたのは、ドットの拳だった。
彼は防御もせず、漆黒の波動の中に突っ込み、アネモネを強く、壊れるほどに抱きしめた。
「ドット……離れて! あんたまで、私の闇に……」
「お前の闇がなんだっつーんだわな! そんなもん、俺様の熱で全部蒸発させてやるよ!!」
ドットの額に三本の紋章が輝き、その全身から白銀を超えた『黄金の爆炎』が吹き出した。
「いいか、アネモネ! お前を『毒虫』と言った奴らは全員、俺が全否定してやる! お前を『不吉』と言った過去も、俺が全部抱きしめて『最高にラッキーだ』って言い換えてやる! お前の人生の全部、俺様が肯定してやるんだよ!!」
ドットの絶叫が、監獄のような最上階を震わせる。
アネモネの瞳に、再び光が宿った。孤独という名の猛毒が、ドットの無償の愛という中和剤によって、世界で最も純粋な魔力へと昇華される。
「……バカ。……本当に、バカね、ドット。……でも、そんなあんたを信じた私の方が、もっとバカだわ」
アネモネが立ち上がる。ドレスから闇が消え、彼女の背後に巨大なアネモネの花が、黄金の光を放って開花した。
「……万死に値するのは、あんたたちの方よ。……人の愛を、孤独で測らないで!」
二人の手が重なる。炎と毒、光と闇を越えた、究極の魔法。
『不滅の全肯定・アネモネ・サンライズ(黄金の日の出)』
最上階が、太陽そのもののような光に包まれた。
長官の歪んだ正義も、孤独の兵器も、その圧倒的な「熱」の前に塵となって消え去る。
静まり返る魔法局。
崩れ落ちた壁の向こうから、朝日が差し込んできた。
ドットは肩で息をしながら、アネモネに向かって、いつものように親指を立てた。
「……勝ったぞ。……世界一、クールな花嫁さん」
「……別に。……あんたが暑苦しすぎるから、闇が逃げ出しただけよ」
アネモネはそう言って、ドットの胸に顔を埋めた。
159cmの彼女の耳に届くのは、力強く、そして少し早まったドットの心臓の音。
それは彼女にとって、どんな魔法よりも尊い、生きている証だった。
「……ドット。……四時間、あげるわ」
「あ? また猶予か?」
「……四時間以内に、正式に『愛してる』って言いなさい。……そしたら、一生あんたの隣にいてあげる」
「――一生どころか、来世まで言い続けてやるわなあああ!!」
朝焼けに染まる二人。
🔚
第25話:不滅の太陽と、黄金のアネモネ
魔法局との決戦から数ヶ月。イーストン魔法学校は、かつてない祝祭の空気に包まれていた。
アドラ寮の中庭。そこには、マッシュが三日三晩かけて積み上げた、前代未聞の「巨大シュークリームタワー」がそびえ立っている。
「……別に。……私は、こんな騒々しいの、万死に値するって言ったのよ」
純白のドレスを再び纏ったアネモネ・ロストは、そう毒づきながらも、手鏡に映る自分の姿を何度も確認していた。
足元には、あの時ドットから贈られた「159cmの靴」。
もう、背伸びをする必要はない。ありのままの自分を愛してくれる「太陽」が、すぐ隣にいるのだから。
「アネモネ! 準備はいいか! 俺は心臓が爆発しそうだわな!!」
真っ赤なタキシード(ドットのこだわり)に身を包んだドット・バレットが、鼻血を拭いながら現れた。
「……うるさいわね。心臓が爆発する前に、私の毒で麻痺させてあげましょうか?」
「へへっ、望むところだわな! お前の毒なら、死ぬまで浴び続けてやるよ!」
二人が歩き出すと、参列した仲間たちから歓声が上がる。
レモンは「合同結婚式ですよー!」と号泣し、フィンは「もう二人だけでやってよ……」と笑いながら祝福の杖を振る。ランスは「アンナの次に綺麗だ」と最大限の賛辞を贈り、マッシュは無表情にシュークリームを口へ運んでいた。
「……計算通りだ。二人の魔力共鳴係数は、幸福度1000%を超えた」
観客席の端で、シリル・スノーが満足げに日記を閉じる。
タワーの前で、ドットがアネモネの手を強く、優しく握った。
「アネモネ。……嘘つきで、毒舌で、小さくて……。俺の人生をめちゃくちゃに明るくした、世界一クールな女。……一生、俺の隣で咲いてろよ」
「……脳内ガキ。……あんたこそ、一生、私の毒から逃げられると思わないことね」
159cmのアネモネが、少しだけつま先立ちをして、ドットの頬に「誓いの毒(キス)」を落とした。
その瞬間、二人の周囲から黄金の胞子と白銀の炎が舞い上がり、空に巨大なアネモネの花を描き出す。
「――全肯定だああああああ!!」
ドットの叫びが学園中に響き渡り、マッシュが積んだタワーがその衝撃でゆっくりと崩れ始めた。
「あ、僕のシュークリームが……」
「マッシュくん! 今はそれどころじゃないでしょ!!」
瓦礫とシュークリームの雨の中、二人は顔を見合わせて笑った。
孤独だった少女は、もうどこにもいない。
毒を愛に変え、嘘を誇りに変えた彼女の隣には、いつまでも沈まない、最高に熱い太陽が輝き続ける。
「……ねえ、ドット」
「あ?」
「……四時間。……四時間おきに、好きって言いなさい。……じゃないと、万死に値するわよ」
「四時間? 短すぎるわな! 一分一秒、死ぬまで叫び続けてやるよ!!」
黄金の花びらが舞う空の下。
毒使いの乙女と、全肯定の騎士の物語は、永遠という名の「日常」へと続いていく。
完