「よいしょ、よいしょ！」 元気な声が、山のこだまと響きあう。 飛鳥の里では、今日もたくさんの人が汗を流していた。 大きな木を切り、石を運び、土をならす。ここは、やまとの国の新しい都がつくられる場所だ。 小さな体で木を運ぶのは、アキだ。まだ十歳になったばかりだけど、力持ちのお父さんの背中を見て育ったから、負けず嫌いなんだ。 「アキ、無理するなよ！」 お父さんが笑いながら声をかける。 アキは、この新しい都づくりのお手伝いが大好きだった。 だって、毎日空の色が変わるように、景色がどんどん変わっていくんだから。 この飛鳥の里は、草や木がおいしげる、静かな場所だった。 でも、いまは、日本中からたくさんの人が集まってきて、にぎやかな声が響いている。 大勢の職人さんたちが、見たこともない道具を使って、木を削ったり、石を積み上げたりしている。 「あっちでは、お寺ができるんだって！」 お父さんが指さす方を見ると、これまで見たこともないくらい大きくて、きれいな建物の柱が空に向かって伸びていた。屋根には、まるで宝石みたいにきらきら光る飾りがつけられている。 「すごいね、お父さん！」 アキは目を輝やかせた。こんな大きなお寺が、飛鳥にできるなんて、想像もできなかった。 「そうだな。これは『仏さま』という神様のためのお寺だ。遠い国から伝わってきたんだとさ」 『仏さま』 タケマルは初めて聞く名前だった。 やまとの国には、山や木や川に宿る、たくさんの神様がいる。 でも、この仏さまというのは、なんだか違うらしい。もっと特別なんだって。 「仏さまは、みんなを幸せにしてくれるって、お偉い人たちが言ってたぞ」 お父さんの言葉に、アキはますます興味を持った。 どんな神様なんだろう？ どんなご利益があるんだろう？ アキの心の中では、新しい都の景色と同じくらい、ワクワクする気持ちがどんどん大きくなっていった。 この新しい都で、これからどんなことが始まるんだろう。 まだ小さなアキには、それが日本の歴史の大きな一歩になるなんて、知る由もなかった。

ある日のこと。アキは都づくりの手伝いの帰り道、森の奥からきらきら光るものが見えた気がした。 お父さんには内緒で、こっそりその光のする方へ向かってみた。 光の先には、大きな岩の洞窟があった。 アキがおそるおそる中をのぞくと、そこには、これまで見たこともないような、金色に輝く仏像が置かれていた。 アキは、その美しさに見とれて、しばらく動けなくなった。 その時、洞窟の奥から声がした。 「そこの少年！ 勝手に入ってはいけないよ」 驚いたが振り向くと、そこに立っていたのは、アキと同じくらいの年の少年だった。 その少年は、アキとは違うきれいな布の服を着ていた。 「わ、ごめんなさい……。でも、この仏像、すごくきれいだね！」 少年は少し困った顔をしたけれど、アキの正直な言葉に、ふわりと笑った。 「これは、私が守っている仏像なんだ。私の名前はコト。遠い国から渡ってきた、仏教の教えを広める者の子孫だ」 コトは、漢字の読み書きや、遠い国の言葉も知っている、とても頭の良い少年だった。 コトの話は、アキが知っている世界とはまったく違う、新しくて面白いことばかりだった。 遠い大陸には、文字があって、紙があって、もっともっと大きなお寺があること。 そして、仏さまは、みんなが仲良く、平和に暮らせるように、教えてくれる存在だということ。 アキは、コトと友達になった。 毎日、都づくりの後に、こっそりコトのところへ行って、色々な話を聞いた。 コトは、アキに墨と筆の使い方を教えてくれた。 アキは、初めて書いた自分の名前を見て、感動した。

新しい都づくりは順調に進んでいた。 しかし、ある日、激しい嵐が飛鳥の里を襲った。大雨と強風が何日も続き、せっかく積み上げた石垣や、建てはじめたばかりの柱が倒れてしまった。 「このままでは、都づくりが遅れてしまう……」 お父さんをはじめ、大人たちは皆、困り果てていた。 アキも、コトと一緒に、倒れた柱の山を見て、がっかりした。 その時、コトが言った。 「アキ、お父さんと一緒に、みんなを助けに行こう！ 僕は、この仏像を、もっと安全な場所へ運ぶ手伝いをするよ」 コトはいつもはおとなしいのに、この時ばかりはしっかりとした顔をしていた。 アキは、コトに力強くうなずいた。 アキとお父さん、そして里の人々は、嵐の後の片付けに必死。 壊れた家を直し、流された道具を探した。 コトは、自分の仏像を、お父さんと共に、お寺の建設現場に運び入れた。 みんなが力を合わせることで、都の復興は思ったよりも早く進んだ。そして、この嵐を乗り越えたことで、里の人々の間には、これまで以上に強い絆が生まれた。 アキは、コトが運んだ仏像が、お寺の一番大事な場所に置かれるのを見た。

嵐から数ヶ月後、飛鳥の都は、見違えるほど美しくなった。 大勢の人が協力して作り上げた新しいお寺は、空にそびえ立ち、その屋根は太陽の光を浴びて、きらきらと輝やいていた。 このお寺には、コトが守っていた仏像が、大切に飾られた。 仏さまの教えは、大人たちの間だけでなく、子どもたちの間にも広まっていった。 みんなが平和に、仲良く暮らすことの大切さを、この新しい都で学んでいく。 アキは、今では都づくりの立派な手伝いだ。コトと一緒に、石を運び、木を削る。 文字の勉強も続けている。 いつか、自分も遠い国へ行って、もっとたくさんのことを学びたい、という夢を持つようになった。 飛鳥の都は、まだ始まったばかり。 でも、ここから、やまとの国の新しい未来が作られていく。 アキやコト、そして彼らを取り巻く人々が、力を合わせ、新しい文化を受け入れながら、きらめく歴史の大きな一歩を踏み出していくのだった。 飛鳥編　終