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目次
終焉の鐘 第一話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
「裏社会の帝王だぁ?」
偉そうな椅子に座っている男は報告してきた男を睨みつける。
「ハッそんなやつがわざわざ来るわけねぇだろ。それにそう名乗ってたとしても所詮はただの見栄っ張りだ」
「いえ、その、でもお会いしないというのは──」
「分かぁたよ。会えば良いんだろ?ついでにその見栄っ張りをドカンとイジメ倒してきてやる」
男はそう言い立ち上がる。
【黒手】
男はそう名乗っていた。とある犯罪組織集団のボスであることを誇りに思い、いかなる時も堂々としている男だった。
「この俺様に直接会おうとはえぇ度胸してんなぁ?」
そう言って思いっきりドアを蹴り開けた先にいた椅子に座っている男を見て、黒手は呆然とする。
「あ?裏社会の帝王とか名乗ってるやつが俺に会いにきたって言ってたが、まさかお前か?」
黒手の呆然とした声に椅子に座っていた男は笑顔を見せる。
「そうだが。それが何か?」
「ハハハハッ‼︎お前マジで言ってんのかよ?笑わせてくれんなぁ‼︎お前みたいなガキが裏社会の帝王だって?」
黒手は大笑いしながら馬鹿にしたように男を見る。
「まぁいいぜ?せっかくここまで来たんだからなぁ、用件くらいは聞いてやるよ」
黒手のその言葉に、男を相変わらず笑顔を浮かべたまま口を開く。
「この集団を解散させろ」
短くそう告げた男に、黒手はア?と声を上げる。
「お前なぁ、いくらガキだからと言って手加減はしねぇからな?」
黒手のその言葉に、男は微塵も表情を変えず相変わらず笑顔を浮かべていた。この様子を見て、黒手も流石に不気味に思い始める。
「黒手。俺は最大限に優しく交渉をしようとしている。やろうと思えばこのように話をせず、力ずくでこの組織を解散させることだって可能だ」
「ガキが‼︎いい加減にごっこ遊びは終わりにしろよ───」
躊躇いもなく男に殴りかかった黒手は、握られている自分の手を見て呆然とする。組織のボスでもある自分が、ガキに殴りかかったはずの拳を片手で軽々と止められている。その現実を見つめていた。
「お前っ一体」
「最初から言ってるだろう?裏社会の帝王だ」
男はそう言うと笑顔を浮かべる。
「で?要求は飲んでくれるのかな?」
「クソがッ‼︎お前ら‼︎ガキを殺せ‼︎」
そう命令した黒手によって、出てきた大量の部下を見て、男はやれやれと懐から銃を取り出す。
「全く、交渉というのは難しいね」
瞬殺だった。黒手は目の前で起きた出来事を呆然と見つめている。
「お前、一体────」
「だから最初から何回も言ってるだろう?裏社会の帝王だ」
「まさか────本当にあの闇雲────こんなガキが──?」
「ガキで悪かったね」
男はそう言うと黒手に向かって発砲した。
「全く。最近の奴らは物分かりが悪いものばかりだ」
「君だってその内の1人だろう?」
男の独り言に、返答をした奴がいた。
「あぁ、闇雲。今片付けを終えた所だ」
男の独り言に返答をした男は、闇雲と呼ばれていた。
「仕事が遅いな、紫雲」
闇雲は男を紫雲と呼んだ。
「闇雲は手厳しいですね」
「俺はあくまで君を大切にしているだけだよ紫雲」
「俺も闇雲──悠餓を大切にしているだけなんだけどね?」
終焉の鐘 第二話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第二話 ~名無しのクズ~
---
「一匹…二匹…三匹…四匹…」
暗闇に男の声が響く。
「お前いい加減にしろよ‼︎不気味なんだよ‼︎」
「──?」
「いや、『?』じゃなくてさ、人間なんだから匹で数えんな‼︎」
「なら黒雪くんが数えてよ」
「ハァ⁉︎」
「まずまず僕と君はやるべき仕事が違う。口出ししないでよ」
「今日は共同任務だろうが‼︎」
「そっか」
「七篠お前───」
2人の男性が言い合っている声が響き渡る。
七篠くずと黒雪
2人とも終焉の鐘の構成員の1人だった。
【七篠くず】
・立場:ソルジャー(構成員)
・上司である幹部:Last Project
・青みがかかった銀髪同じ色の瞳
・何事にも無気力でぼんやりしていることが多い
【黒雪】
・立場:ソルジャー(構成員)
・上司である幹部:てこ
・銀髪に黄色の吊り目
・とりあえずうるさい
そんな2人は今日、なぜかたまたま一緒にとある仕事をしに動いていた。
「先に行くね黒雪くん」
「おい七篠‼︎」
黒雪の静止も聞かず、七篠は闇に消える。そしてとある場所に向かった。
「どうも──」
そしてとある屋敷の扉を堂々と開けてそう声を発する。
「お前──何者だ?」
中にいた男のその言葉に、七篠は首を傾げる。
「僕は────何者なんだろう?」
これは別に男を挑発させるための言葉ではなかった。七篠が無意識に出した言葉がそれだった。それに男はカッとなり、七篠に攻撃を仕掛ける。
「──────何をやったんだよ」
黒雪が来た時には既に人は大量に死んでおり、悲惨な状態だった。
「これだから俺はお前と組みたくないんだよ──」
ぼそっと呟いた黒雪は、七篠しかいない屋敷に入り、色々なものを漁る。
「しかし、ヤベェ物持ってたなぁコイツらも」
目的の物を手に入れた黒雪は、足元に転がっている大量な死体を見ながら呟いた。
「地獄傀儡────僕は彼を許さない──だからこそ、この機密兵器は全部回収する必要がある」
七篠は黒雪の手にある物を奪い取ると、調合セットを取り出し成分の分解を始めた。
「俺の仕事なんもねぇじゃん」
ぼそっとそう言いながら黒雪は七篠を見る。
「本当、コイツと共同任務はしたくないな」
そう言って黒雪は七篠を置いて去っていった。
「地獄傀儡────お前だけは絶対に僕が殺す」
七篠は暗い闇でそう呟き、分解し終わった薬を持って終焉の鐘の屋敷に帰った。
狂人王者新メンバー
七篠くず
名無しのクズ
終焉の鐘 第三話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第三話 ~最後の計画~
---
終焉の鐘幹部に収集がかかる。1人の青年は、誰もいない屋敷の集合場所で他のメンバーの集合を待っていた。
「Lastの部下が自分勝手すぎて共同任務が共同任務になってないという愚痴が入ってきた」
そして次に部屋に入ってきた青年にそう声をかけられて振り返る。
【Last Proejct】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・水色にピンクのメッシュの髪水色の瞳
・甘い笑顔を絶やさないイケメン
それが彼の名前だった。
「てこ──それはお前の部下が独特すぎるだけだ」
Lastはそう言うと、入ってきた青年こと、てこにそっけなくそう返す。
【てこ】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・茶色の髪に赤い瞳
・いつも病んでいる
「うるさいおしゃべりなら外でやってくれ───俺は忙しい」
2人がハッと顔を上げると、知らぬ間にそこに座って作業をしている青年が2人を睨みつける。
【氷夜】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・青の髪に白のメッシュの青の吊り目
・誰に対しても辛辣
幹部が全員揃った。それだけでその場の空気は凍りつく。冷たい沈黙が続く中、のんびりとそこに入ってきた青年がいた。3人が軽く目を見開く。そして即座に跪いた。
「あなたが出席とは珍しい───今日は何用ですか孌朱様」
【孌朱】
・立場:コンシリエーレ
・朱色に黒のメッシュの三つ編みに赤い瞳
・感情を読み取れない笑顔を浮かべている
コンシリエーレ──ボスにさえも軽々と物を言える立場の人間。彼は滅多に会議に出席することはなかった。いつもボスと陰で話し合い、それに従ってどこか知らない所で行動する。そんな彼が堂々と部屋に入ってきたのだった。3人は困惑する。
(なにを話せばいいんだ────⁉︎)
先程よりも気まずい空間が流れる中、孌朱はなんも気にしてなさそうに口を開く。
「Last────」
「はい」
そして名前を呼ばれたLat Projectは孌朱に体を向けて目を合わせる。
「七篠の教育がなっていない──以後注意するように。てこ──」
Last Projectにそう告げた後、Last Projectの発言をする隙を与えず、すぐに孌朱はてこを呼ぶ。
「お前の所の黒雪も──だ。馬鹿みたいに2人で張り合ってないでもっとちゃんとした教育をするように」
孌朱はそう言うと発言を許さないとでもいうような笑顔を浮かべて口を閉ざす。作業をしていた氷夜の手は止まっていた。下手したら首が飛ぶこの場面で、流石の彼も緊張している。
「氷夜、お前は全員の教育をもっとしっかりと行え──紫雲、お前はこの愚かな3人の上司だ。気を抜くな」
「御意」
氷夜への注意の後、孌朱が名前を呼んだ人物は、部屋にはいなかった。いなかったように見えた。3人は上から降ってきた声に目を見開く。上の方の棚に腰掛けている青年が1人。幹部の3人は呆然とそれを見つめてから跪いて挨拶をする。
「「「现在也为终焉的钟声响起而感到荣幸」」」
3人の声が綺麗にハモる。ピリッとした空気がその場に流れた。
【紫雲】
・立場:アンダーボス(若頭)
・紫の髪に紫の瞳
・????
謎に包まれている青年だった。いつもどこでなにをしているのかは不明。アンダーボスという立場を持ちながらも何をしているかは誰も知らない。
そんな紫雲に、3人は各々の感情をひた隠す。
「首領がお呼びだ──お前達3人の愚かな行いについて話がある。準備ができた者からついて来い」
冷たく言い放たれたその言葉に、3人は目を見開く。その様子を見て孌朱はふんわりと笑った。
「──正気かい?下手したらこの3人死ぬじゃないか」
「俺は至って本気だ──死ぬならその程度の実力なんだろ?そんな雑魚は|終焉の鐘《うち》にいらない」
冷たい目で見つめてくる紫雲に、3人は笑顔を貼り付けた。
(馬鹿にしやがって────)
3人はそう感じた。彼ら3人は、闇雲を知らない。彼はいつも姿を見せない。終焉の鐘が結成されてから3年──最初から1ミリも変わっていない幹部のメンバー。そんな彼らには、微かな不安と自信がある。そう簡単に、死ぬはずがない。
「それでは失礼────」
孌朱は短くそう言うと、紫雲を飛び越え、天井に隠されていた扉の中に入る。躊躇いもなく。その様子を見てから、紫雲は短く告げた。
「彼を追え──そこで首領が待っている」
紫雲のその言葉に、真っ先に行動したのはLastだった。軽々と孌朱が通った道を追いかける。その目は、とても楽しそうだった。それを見て紫雲は感情のこもってない目で彼を見てから残った2人を見つめる。
「お前らは行かないのか?」
紫雲のその言葉に、2人は無言で孌朱達の後を追う。全員を見送ってから、紫雲は今までの冷たい雰囲気を消し去る。そして苦笑して呟いた。
「悠餓は何を考えてるんだ────」
---
「マジかよ────」
Lastはしばらく進んだ後に目に入った光景を呆然と見つめていた。
「いや──孌朱──屋敷を躊躇いもなく崩壊するとか──お前正気かよ」
先程通ろうとした場所を、孌朱によって破壊された。つまりそれ以上は進めない。Lastのその言葉に、孌朱の楽しそうな笑い声が遠くから聞こえる。
「ハハハッ────いやぁらすとくんも頑張るねぇ────ついつい、いじめてみたくなる。ちなみに教えてあげると、俺は闇雲の顔を知らない」
「ハ──────?」
孌朱の最後の言葉に、Lastの呆然とした声が漏れる。
「俺は少し、疑ってるよ?紫雲がもしかしたら闇雲かもなぁとか?俺は彼の戦い方も何も知らない。嘘しかないこのグループで生き延びるには、らすとくんのその優しさは捨てるべきだ。本当、君は昔から何も変わってないね」
「おい────」
Lastの声は孌朱に届かない。Lastは諦めて他の道を探し出す。その時に、孌朱と同じように破壊して他の幹部が通れないようにしながら──
しかし、彼は孌朱の言ったことが引っかかって仕方がなかった。あのコンシリエーレが闇雲の正体を知らない。それだけが胸にひたすら残る。
「考え事とは、随分余裕だね」
そして新しい道を通って出た部屋に着くと、孌朱にそう声をかけられた。そこには、どうやって行ったのか、紫雲と、頭全体が隠れる仮面を被っている青年がいた。髪色も、瞳の色も、何もわからない。そんな青年を見て、Lastは思う。
(これが────闇雲か)
直感が彼を闇雲だと言っていた。Lastは楽しそうにほくそ笑む。少ししてから、氷夜とてこがやってきた。全員が揃った時に、仮面を被った青年が口を開く。
「大変結構───」
その声は、相手を魅了するような甘い声だった。その声にLastは少しゾッとする。探られてる。そう感じたのだ。
「────ウ゛──ア゛────タスケ゛────」
奥の方から消え入りそうな苦しそう声が聞こえる。闇雲は奥など見向きもせずに幹部3人に話しかけた。
「今度、君たち3人と、俺と孌朱と紫雲とで、共同任務に取り掛かりたいと思ってる」
闇雲から発せられたその言葉に3人は目を見開いた。
「そのためにも、君たちの実力を改めて確認する必要があるのは──わかるよね?」
「──────────────っ⁉︎」
闇雲のその言葉と同時に、てこが腕を抱えて倒れ込む。容赦なく紫雲が腕を切断した。その様子を見てから、Lastは楽しそうに笑う。孌朱が言っていた、下手したら死ぬというのは、こういうことだろう。そう考え、彼はのんびり懐から銃を取り出す。
「3対1だ。負けるはずなどない」
氷夜はそう言うと殺意に満ちた目を紫雲に向ける。てこは切られた腕を痛そうにしながらも立ち上がり、紫雲に銃先を向けた。
---
「紫雲、そこまでだ」
紫雲も、幹部の3人も大分ボロボロになった所で闇雲の静止が入る。
「合格ラインには入ってます」
紫雲はそう言うと、Lastを見てから言った。
「Lastは、特に素晴らしかった」
彼は複雑な感情だった。納得いく戦いができたわけでもないのに褒められる。それが彼にとってはかなりの屈辱だった。
「紫雲、任務の説明をしておいて。幹部の怪我が完治したら任務に取り掛かる。その時は呼んでくれ。僕はこれからゴミの片付けをする必要がある」
闇雲はそう言い残すと、部屋の奥の方に入って行った。苦しそうなうめき声が遠くから聞こえる。
相変わらず、闇雲は謎に包まれていた。
狂人王者
Last Proejct
最後の計画
終焉の鐘 第五話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第五話 ~熟さないレモン~
---
「君、好きな果物は?」
終焉の鐘の屋敷に着いた時、闇雲は月照にそう問いかける。
「────レモン?」
「ならレモンくんだね」
闇雲のその笑顔に、月照はか顔を顰める。
「ハ?」
「君の名前。綺麗な黄色の髪だし、ちょうど良いね。そうだなぁ──例えるなら君はまだ熟していないレモンだ。これから、いろいろな経験を積んで少しずつ成長──熟していく」
闇雲はそう言うと月照──レモンの頭を優しく撫でる。闇雲のその行動にレモンは顔を赤くして反抗する。
「おまっ‼︎僕とお前の年齢そんな変わらないのに子供扱いすんなよ‼︎」
レモンのその反抗的な態度を闇雲は楽しそうに見つめてから氷夜を見て口を開く。
「氷夜、君の所のソルジャーにしよう。世話を頼んだよ」
「俺が──ですか?」
氷夜は少しだけ面倒そうにそう言った。けれど、周りからの引き受けろという強い視線に負けたようにため息を吐く。
「わかりました──。レモンの世話は引き受けます」
氷夜はそう言うと、相変わらず冷たい瞳で全員を見てから身を翻してその場を去って行った。
~1ヶ月後~
「また逃げ出したのか──」
氷夜は誰もいない部屋を見てから溜息を吐き外に出る。
「これで何回目だ──あの問題児が脱走するのは」
面倒だと言いながら氷夜は丁寧に自分の屋敷の側を探す。そしてとある一角に来てから口を開いた。
「そこにいるんだろうレモン。何回逃げ出せば気が済むんだ──」
氷夜のその言葉を聞いた後、隠れているレモンは悲鳴のような声を上げた。
「お前は僕の何も分かってない‼︎結局あの闇雲ってやつに命令されたから仕方なく僕を育ててるんだろ⁉︎」
レモンのその言葉に、氷夜は黙り込む。今まで逃げ出した時は、何も喋らなかったからだ。
「ほら、否定しないんだ‼︎あんたは僕のことを敵だと思ってるんだろ‼︎煤煙兄さんの弟という立場の敵だ。本当は僕のことなんか殺したいんだろう‼︎僕はっ────」
「黙れクソガキ。ごちゃごちゃと我儘言ってないで現実を見ろ」
『クソガキ』そう呼ばれたレモンは黙り込む。
「俺は最初は確かにお前の世話は面倒だった。だが、今は違う。知識もあるし才能もある。この1ヶ月で俺は随分とレモンについて知れたつもりだ。知らないことの方が多いかもしれないが、それでも俺はお前のことを知れた。愛おしいとも思っている。大切だと思ってる」
氷夜はそこまで言うと、レモンの方に歩き出す。
「申し訳ないが、調べさせてもらった。お前がいた孤児院は取り潰されたのだろう?君には幾つかの選択肢があったにも関わらず、裏社会への道を選んだ。なぜだ?」
予想外のことを聞かれたことに驚いたのか、氷夜に無理やり目を合わされたことに驚いたのか、あるいはその両方か、レモンは目を見開く。
「昔──孤児院の子じゃない同学年くらいの2人がいたんだ──とても優しくしてくれた。その2人は、裏社会で生きているらしい。だから僕は、彼らを探すために煤煙兄さんの元に行った」
「寂しかったんだろう?」
氷夜のその言葉に、レモンは泣きそうな顔をする。そして歯を食いしばって答えた。
「僕は寂しくなんか────」
「もっと俺を頼れ」
レモンは呆然と立ち尽くす。氷夜に、抱きしめられたまま。氷夜は、冷たい見かけによらず、暖かかった。その温もりが、レモンを少し安心させる。
「もっと泣いていいんだ。溜め込まないで俺を頼れ。俺はお前をちゃんと愛してるから。ちゃんと縋るんだ」
氷夜はそう言うとレモンを優しく撫でる。その途端、レモンの目から雫が垂れた。ポタポタと、それを拭いながらレモンは言った。
「ごめん────なさい──」
レモンが氷夜に懐いた瞬間だった────
---
「僕は必ず、君たちを見つけてみせる──愛してるから。地獄傀儡と、地獄人形を」
レモンが探している孤児院での友達である2人、それは────
七篠が憎しみを抱いている2人だった────
狂人王者
レモンくん
熟さないレモン
終焉の鐘 第六話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第六話 ~地獄へ堕ちる傀儡と人形~
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『ねぇねぇ、2人の名前なんて言うの?』
『僕?僕は地獄傀儡』
『僕は地獄人形』
『カッコいい名前だね』
『君は?君はなんていうの?』
『僕は孤児だから、名前はないんだ』
『そっか──傀儡、この子に名前をつけてあげようよ』
『そうだなぁ──月のように輝くその綺麗な黄色の髪から【月照】とか?』
『僕の名前──月照──すごい‼︎カッコいい‼︎2人ともありがとう』
『また、今度会おうね』
「──────っ」
紫雲は恐ろしい夢でも見たかのように飛び起きる。
「今度なんて──なかったのにな──────懐かしい夢を見た」
紫雲はそう言うと、のんびり腕を服に通した。
「もう会うことなんてないと思ってたよ────月照。僕は君を傷つけるから、わざと孤児院を取り潰したのに──なんでこう簡単に再会しちゃうんだよレモン」
悲しそうな笑顔を浮かべながら、紫雲は髪をかき上げる。そして溜息をついて部屋を出て行った。
「紫雲、おはよう」
「悠餓──おはよう」
紫雲に悠餓という青年は声をかける。綺麗なオレンジ色の髪の青年だった。彼こそが、変装していないかの闇雲である。
「────また、あの夢見たの?」
悠餓の──闇雲の心配そうな声に紫雲は目を逸らす。
「なんで悠餓は、僕が地獄人形なのに色々してくれるの──?あの、地獄人形なのに」
闇雲は予想外の問いに軽く動揺する。こんなに弱々しい紫雲は、久しぶりだったのだ。
「過去なんて、関係ない。僕は紫雲が大好きだから」
闇雲はそれだけ言うと、これ以上は妙な問いをするなというように笑顔を貼り付ける。紫雲は、何かの怒りをぶつけるように口を開いた。
「僕はいつまで嘘をつき続ければいいの──?七篠は僕と──地獄人形と地獄傀儡を恨んでる。月照──レモンは僕と傀儡を探している‼︎それなのにいつまでも2人に真実を話せていない。2人だけじゃなく、みんなに──。僕がこんなのだから────」
紫雲は今にも泣き出しそうな顔で闇雲を見つめる。
「地獄傀儡は僕のせいで死んだんだ。いつまでみんなを欺けばいい?いつまで嘘をつき続ければいい?いつまで僕は自分を偽ればいい?」
紫雲のその、何かに縋るような、悲鳴のような言葉に、闇雲を静かに紫雲に笑顔を向ける。
「紫雲──君が隠していること、嘘をついていることは、今から僕が言う物以外にあったりするのかな?」
闇雲の冷静なその問いに、紫雲はスッと黙り込む。
「紫雲は地獄人形。紫雲の生まれは共和国の貴族で、地獄傀儡は紫雲の幼馴染。5歳の時、共和国が戦争に巻き込まれて紫雲と地獄傀儡はこの国に逃げ出す。その後、この国で裏社会の人間として色々な犯罪に手を染める。月照──レモンのいた孤児院を潰したのは地獄人形と地獄傀儡。レモンに月照という名を与えたのは地獄傀儡で、それを提案したのは地獄人形。七篠の両親と、その家の使用人を全員殺したのは地獄傀儡。それの手伝いをしたのは地獄人形。その他色々なことをして裏社会で有名になった時、紫雲のせいで地獄傀儡は飛び降り自殺を試みる。そして──紫雲が留守の間に地獄傀儡は死んだ。ビルの上から飛び降りて。紫雲は未だにそのことに責任を感じている。僕が紫雲と出会ったのは傀儡の死から2週間後。紫雲は地獄人形だという正体を知った僕に危機感を覚え、暗殺を試みる。1ヶ月一緒にいるうちに、その殺意は消え去った。今は七篠達を騙すのに罪悪感を抱いている────。そして幹部やソルジャーの前で冷たい雰囲気を出すのもまだ慣れていない」
闇雲はそこまで言うとにっこり微笑んだ。
「こんなところかな?」
紫雲は、数歩後退む。紫雲が教えたことはない細かいことまで完璧に言い当てられた。そして、最初の頃隠していたつもりだった殺意もバレている。紫雲は息を呑み、真っ直ぐ闇雲を見つめた。
「紫雲、この世界は嘘で出来ているんだよ──。僕だって、君に、数えきれないくらいの隠し事をしている。例えば────なんでこんなに君について詳しいのかとかね?裏社会で生き残るにはそれが必要不可欠だ。少なくとも、僕は紫雲の嘘を把握している。僕は君を守れる。だから、安心していいんだよ?」
闇雲はそう言うと、紫雲を力強く抱きしめた。紫雲は、少し躊躇いながらも自分の手を闇雲に回す。
「████████████」
「え──?」
紫雲は最後に闇雲が呟いた言葉に疑問を返す。しかし、闇雲は何もなかったかのように微笑むと紫雲を座るように促した。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」
紫雲は呆然と目の前で笑っている闇雲を見つめていた。
(なぜそれを、知っている────?)
紫雲はその疑問をしまい込み、軽く深呼吸をした。
闇雲を下手に探るのは──危険だ
---
「それじゃあ、今日も闇雲役を頼んだよ?紫雲」
「御意────」
外で行動する時は基本、紫雲が闇雲と名乗って行動する。だからこそ、紫雲は単独で行動し、闇雲は変装せずに一人で行動する。そのせいで、誰も闇雲と紫雲の実力を知らない──
誰も彼らの真実を知らない──
誰も闇雲を知らない──
誰も────
誰も幾つもの国を潰した地獄傀儡と地獄人形の正体を知らない────
誰も地獄傀儡の本当の意志を知らない──────
---
「地獄人形は──俺がしっかり幸せにして上げないと」
誰も“彼”の思惑を知らない──
終焉の鐘 第四話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第四話 ~朱色に染まる~
---
(もはや闇雲は存在しないと考える方が合理的では?)
とある場所で、孌朱はそう考えていた。特別共同任務当日、目の前には幹部が3人揃っている。なのに、紫雲と闇雲がいない。孌朱は微かに苛立ちを隠せていなかった。
孌朱は、闇雲を知らない──
それが彼を焦られる原因の一つだった。なぜか闇雲は姿を見せない。それが突然の共同任務となると、話は変わってくる。
「Last────何か面白い話ない?」
「なんで俺なんだよ──」
「任務中だよ。言葉遣いに気をつけろ」
いくら仲がいいとは言え、いくら昔から関わりがあるとはいえ、今終焉の鐘として行動をしている限り上下関係は守る必要がある。孌朱は退屈凌ぎにLastに話しかけ、心では闇雲のことについて考えていた。そしてふと顔を上げる。
「いつから──そこに隠れてたんだ」
上にある人影を見てそう呟く。紫の髪の青年──紫雲がそこにはいた。
「別に──隠れてなんていないよ?孌朱。僕はただ紫雲の到着を待っているだけ。彼、今日も忙しそうだし」
そして、その言葉を聞いた瞬間ゾッとした。彼は、紫雲じゃない。他の3人も呆然と彼を見つめていた。
「失礼いたしました──闇雲様」
孌朱はそう言うとにっこり笑う。その様子を見て、3人も慌てたように頭を下げる。
「「「在也为终────────」」」
「長ったるい挨拶は嫌いなんだ。口を閉ざせ」
そして挨拶をしようとした瞬間に青年──闇雲に静止される。3人は気まずそうに笑顔を貼り付けた。動揺してない者などいない。全員がマジマジと闇雲を見つめている。紫雲と全く同じ容姿と、全く同じ声の彼を──
「さて、紫雲も来たことだし適当に片付けるか───」
闇雲が笑顔を向ける先には闇雲と全く同じ容姿の紫雲が立っている。
「どっちがどっちかわからないな────」
ぼそっと呟いた孌朱の独り言に、闇雲は反応する。
「そんな物、どちらでも良いだろう?」
「良くないですよ⁉︎」
楽しそうにはにかむ闇雲に、孌朱は速攻で言い返す。「冗談だよ」と楽しそうに笑う闇雲を見て、幹部の3人は思う。
(案外、無邪気に笑うんだな──)
冷酷に人を切り捨てると噂だったため、闇雲の笑顔は予想外の物だったのだ。
「さぁ────じゃあ作戦通りに行こうか。孌朱、任せたよ?」
「御意」
【任務情報】
终焉的钟と敵対している集団【阳炎集团】を全滅させる
彼らが今日取り組む任務はこれだった。孌朱は堂々と中に入っていき、そして発砲する。
「全員殺す」
孌朱が不気味に微笑んで発したその言葉を合図に、戦いは始まった。
「なんだおまえら⁉︎」
阳炎集团のメンバーは動揺しながらも着々と攻撃を仕掛ける。
「Code name【Last Project】──最後の仕上げの時間だ」
Lastはそう言うと、どこからか取り出した爆薬で屋敷を崩壊させる。中から聞こえる沢山のうめき声──中には孌朱もいる。下手したら彼も爆発に巻き込まれて死ぬだろう。ただLastは躊躇いもしなかった。
「さて、紫雲。僕は孌朱の様子を見てくるから君はLast達と一緒に計画を進めててくれ」
闇雲はそう言うとにっこり微笑み炎に包まれた屋敷に入っていく。これは計画には入っていなかった。
「や、闇雲様‼︎流石に炎に包まれてる時に中に入るのは」
「てこ、僕をなめないでほしいな」
てこの静止をあっさりと流し、炎の中に入っていく。
「諦めろ。何を言っても無駄だ」
紫雲のその言葉に、てこは仕方がなさそうに頷くと、紫雲達と一緒に計画を進めに行った。
---
「俺の屋敷に、堂々と侵入してくる馬鹿がいるみたいだな」
屋敷が炎に包まれてる中、焦る様子もなく堂々と立っている男に孌朱は銃を向ける。
「まぁなんだ。折角なんだし昔みたいに仲良くしようぜ?孌朱」
「久しぶりだねぇ【煤煙】君のお気に入りのらすとくんは、君の元にいた時よりもずっと楽しそうだよ?」
男の名前は煤煙といった。彼こそが、阳炎集团のボスであった。
「ん~あの闘うことしか脳にない馬鹿弟子が、か?それはそれは楽しいみたいで良かったよ」
煤煙はなにかを思い出すようにそう言った。
「いやぁ、それにしても、孌朱も出世したなぁ。阳炎集团では若頭だったのに、今はコンシリエーレなんだって?馬鹿弟子は相変わらず幹部やってるみたいだな」
煤煙はそう言うと、のんびり立ち上がり、銃を取り出す。
「ま、俺も簡単に負けてやれねぇわけだわ。申し訳ねぇが、お前殺すわ」
煤煙はそう言うと、突然孌朱に攻撃を仕掛けた。咄嗟のことに反応が少し遅れた孌朱に、綺麗に鉛が命中する。
「相変わらず──動きが早いね。ただ、弱い」
「あ?」
苦しそうにそう言う孌朱は不気味な笑みを浮かべていた。
「Code name【孌朱】──真っ赤に染めて殺し尽くす」
「っ──────」
孌朱が、煤煙との距離を一気に詰めた。そして、孌朱が発砲した鉛が足に命中する。ただ、煤煙は平然と立っていた。負傷した足で、倒れもせずに──
「驚いたか?んまぁ、かなりいてぇなこれ。まぁただの擦り傷だ」
煤煙はそう言うと、少し片足を引きずりながら孌朱に近づく。
「お前の負けだ孌朱。降参しろ。昔みたいに良くしてやる」
こめかみにぐいっと銃口を押しつけられた孌朱は微かに微笑んだ。
(自分は、ここまで弱いんだな)
自分の次のコンシリエーレはらすとくんかな?紫雲にまた迷惑をかけるな
そんなことを考えながら、孌朱はニコニコ笑っていた。ただ、降参とは言わない。
「お前も面倒だな。ま、それなら死ねよ────」
カンっと、何かの金属音が鳴り響いた。
「あぁ────うーん。少し遅かったかなぁ──。もう少し角度を計算できた。後0.05mm北北西に向けてナイフを出してたら完璧に煤煙の心臓に命中したはずなのに──。なんでだろ──なんでズレたんだろ──ねぇ、なんでだと思う?孌朱」
孌朱は目の前に立っている綺麗な笑顔を浮かべた闇雲を見て、今までよりも深い笑顔を浮かべる。何かにホッとしたような、そんな笑顔だった。
「あ、はじめまして。煤煙さん。【终焉的钟】の首領の──────」
笑顔で話し出す闇雲に、煤煙は容赦なく発砲した。
「ちょっとさぁ──自己紹介中に攻撃仕掛けるとかマナーがなってないね」
つまらなそうにそう言った闇雲からは、先程までの人懐っこいキラキラの笑顔は消えており、完全に殺意をむき出しにしている冷たい笑顔を浮かべていた。
「マジで僕、君みたいな人が本当に嫌い」
孌朱は、何が起きたか分からなかった。ただ、煤煙が血を吐き出してその場に倒れたのだけが見えた。何をしたのかは何もわからない。ただただそれを呆然と見つめていた。
「良くも煤煙兄さんをっ──────」
突然聞こえてきた誰かの声に、ハッと振り返ると、銃を持った、紫雲と闇雲と同じくらいの年齢の青年がいた。
「君、名前は?」
「【月照】──孤児だった僕を育ててくれたのは、拾ってくれたのは、全部煤煙兄さんだったのに──‼︎兄さんがいないと僕は1人なのに────‼︎」
闇雲は困ったような顔をしてからその場に銃を捨てる。それに習って、孌朱も武器を全て捨てた。
「君、|終焉の鐘《うち》に来ない?」
「ハ───────?」
彼は終焉の鐘に招かれた──────
狂人王者
孌朱
朱色に染まる
終焉の鐘 第七話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第七話 ~人形を操る傀儡~
---
「君が遅刻なんて珍しいね」
とある屋敷に、1人の青年は入っていく。その中で待ち構えていた青年はそう言うと笑った。
「いや、まぁ──色々あった物でして」
入ってきた青年はそう呟くと、近くの席に腰掛ける。綺麗な黒髪の青年だった。黒髪から覗く綺麗な目はオレンジ色で、相手を引き込む色をしている。屋敷で待っていたもう1人の青年は、藍色の髪をしていた。
【地獄|偶人《ぐうじん》】
・所属:????
・藍色の髪の藍色の瞳
地獄偶人は屋敷に入ってきた黒髪の青年に微笑む。
「それで、計画は順調なのかな?傀儡──」
【地獄傀儡】────
彼は地獄人形のために自殺した。
そう紫雲は思っていた。
ただその本人は、今この場にしっかりといたのだった。
【地獄|傀儡《くぐつ》】
・所属:????
・黒髪にオレンジの瞳
「それにしても、傀儡。お前数え切れない数の裏社会の住人から反感買ってる自覚ある?お前めちゃくちゃ殺人対象に入ってるよ?」
平然としている傀儡に偶人はそう呆れたように問いかけた。
「まさか。自覚はあるよ?まぁだって所詮みんな雑魚じゃん?全員で一気に襲いかかってきても勝てるだろうし。今はもうないあの共和国で最強と言われた俺だよ?あの闇雲さえも俺に頭を下げた。闇雲は俺と戦って俺に敗れた。そうだろう?なぁ闇雲」
傀儡がそう問いかけて後を向くと、そこには1人の青年、闇雲が立っていた。
「二つ訂正しておこう。僕は君に頭を下げていない。そして僕は君に負けてない」
偶人は呆れたように傀儡を見てから闇雲を席に座らせる。
「感謝してほしいくらいだね。言おうと思えば今にでも紫雲に君達のことを伝えられるのに。今こうして協力してあげている。妙なことを言うなよこの外道」
闇雲はらしくないドス黒い声でそう言うと傀儡が座っている席を蹴飛ばした。そして偉そうに足を組み鼻で笑う。
「傀儡、君自分の立場分かってんの?君は僕に頭を下げた。妙なことはしないでほしいね。じゃないとこうやって、盗聴されてしまうじゃないか」
闇雲はそう言うと銃を取り出し壁を破壊させる。そこから、小さい金属が落ちてきた。機密兵器1003。体に埋め込まれた金属によって盗聴した内容を生で脳内に響かせ記憶させる。そんな機械だった。
「ご協力に感謝するよ」
闇雲は不気味に微笑んでから盗聴器を拾い、そう言って去って行った。
「嵐のような人だな」
傀儡のその言葉に、偶人は溜息を漏らす。
「傀儡いや、空木はなんでこんなことしてんの?」
偶人のその問いに、空木と呼ばれた傀儡は悲しそうに微笑んだ。
「僕は本物の地獄傀儡に逆らえないからだよ」
そう言って、彼も部屋を出て行った。
---
「全く。傀儡って名前も皮肉なもんだな」
「何が言いたい?」
のんびりそう呟く偶人に、闇雲は冷たい目で偶人を睨みつける。
「地獄傀儡──|傀儡《くぐつ》っていうのは、|傀儡《かいらい》──人形とかを操る人のこと。地獄傀儡って名前は、地獄人形とかその他諸々を管理して自分の思うままに動かす。そういう由来なんだろう?」
偶人はそう言って「違うかい?」と闇雲に問いかける。
「僕に聞くな。お前も余計なことばっかりする。面倒だ」
闇雲は静かにそう言うと、浮かべていた笑みをスッと消し去る。その目には、確実に殺意がこもっていた。
「地獄偶人。僕は【地狱的入口】の1人だ。そうだからこそ君達を殺すような真似はしない。ただ、それは僕がご機嫌な時だけだ」
闇雲は冷たい雰囲気で偶人を嘲笑う。
「少なくとも俺を怒らせないことだな」
闇雲のその言葉に、偶人は苦笑する。
「扱い方がわからないお方だ」
終焉の鐘 第八話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第八話 ~真っ黒な雪~
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「黒雪──大丈夫か?」
Lastは自分の屋敷のとある部屋で熱を出して寝込んでいる黒雪にそう問いかける。
「Last──大丈夫────じゃない」
黒雪はそういったかと思うと、沢山の血を吐く。Lastは軽く黒雪の頭を撫でてから部屋を出て行った。Lastが部屋を出て行ったのを確認してから黒雪は隠していた体調を露わにする。どんどん顔色は悪くなり、呼吸が浅くなっていった。
「ダメだ──ダメだダメだダメだ────俺はもっと──Lastの役に──────」
「無理はしない方がいい────」
黒雪の言葉を誰かが遮った。黒雪は呆然とそこに立っていた青年を見つめる。
「Lastに任務の間、少し体調が悪い黒雪を見ていてほしいとお願いされたのだが──少しどころじゃないな」
そういった青年こと、紫雲は部屋に何かを広げ、黒雪の体を触りながら何かを作っていた。そして出来上がった物を黒雪に渡す。
「飲め」
「いやです────‼︎」
黒雪は真っ先にそう言っていた。目の前に突き出されている物は気持ち悪い見た目の液体──もしかしたら個体かもしれない物だ。いくら紫雲が調合したものだと言っても、どうしても飲む気にはなれないものだった。
「見た目はともかく、味と効果は保証する」
「味は保証してくれるんですよね⁉︎今確実に言いましたからね‼︎言質とりましたからね‼︎」
「騒ぐ暇があるなら飲め」
そして無理矢理口に流し込まれた。黒雪はそれを飲み込むと呆然と口を開く。
「美味しい────?」
黒雪が漏らしたその言葉に、紫雲はにっこり微笑んだ。
「ほらな?言っただろう?」
そして紫雲は黒雪の寝ているベッドの隣の椅子に腰掛ける。
「黒雪、お前が眠るまでここにいてやる。今は安静にしていろ」
満面の笑みの紫雲に、黒雪は顔が引き攣っていく。
「あの────アンダーボスで上司のあなたが隣にいる状態でスヤスヤと眠れませんよ──?」
黒雪のその言葉に、紫雲は「ん?」と顔をかしげた。
「もしかして──俺のこと意識してる?」
「ハ──────?」
紫雲のその言葉に、黒雪は心の底から信じられない物を見るような感じに声を出す。なぜその思考に結びつくのだ⁉︎と黒雪は内心かなり焦っていた。自分の上司はとんでもない馬鹿かもしれない──と。
「昔──俺が大好きだった人がよく言っていた。意識している相手が隣にいると、ドキドキして緊張して眠れない──と。彼はいつもそう言って、頬を赤らめながら俺を抱きしめて寝ていた」
紫雲のその言葉に、黒雪は何か楽しそうに質問をする。
「その男性、恋人ですか?」
「なっ────」
ニコニコ笑顔の黒雪に、顔を染める紫雲。誰か他の人が見たら異様な光景だろう。
「恋人────ではないと思う。俺に裏社会で生きていくための全てを教えてくれた同年齢の人のことだ。今は──もういない」
黒雪は申し訳ないことを聞いたなと思いながら、どこか遠くを見つめる紫雲を眺めていた。
「まぁ紫雲様、結構イケメンですしね。男も女も何人も侍らせてそうです」
「お前──────俺は全くイケメンじゃない」
「突っ込むとこそこですか⁉︎」
「────?他に何がある?俺は黒雪の方がイケメンだと思うが」
「この無自覚人たらしめ‼︎覚えとけよ‼︎紫雲様イケメンなんだよ‼︎」
黒雪はそう言うとハハっと笑った。いつも冷たい雰囲気の紫雲だからこそ、冷淡で怖い人だと思っていた誤解が解ける。黒雪は紫雲の優しい眼差しにそっと微笑んだ。
「温かい────」
ぼそっとそう呟いて目を閉じる。紫雲は黒雪が眠りについたのを確認してからそっと部屋を出て行く。
そして外に出た時、ふと思い出したように呟いた。
「自分はイケメンなのか────?」
彼の頬は少し赤い。無自覚人たらしが、自分の顔面偏差値を理解した瞬間だったというのは、また別の話である。
---
「Lastおはよう‼︎」
次の日、黒雪は元気に起き上がり、Lastにそう笑いかける。
「紫雲様って、すごい優しくて少し馬鹿で可愛いくてカッコいいんだね」
そして黒雪のその言葉に、Lastは首を傾げた。
「紫雲様が────優しくて馬鹿で可愛い──?」
理解できないと言いたそうな顔のLastを見て、黒雪は満足する。自分と紫雲の2人だけの秘密。そう思っておくことにした。
「あ、そういえば。氷夜さんの所にきた新しいソルジャーって誰?ボスが名前を付けたんだよね‼︎しかも氷夜さんも気に入ってるとか‼︎めっちゃ会ってみたいんだけど‼︎」
思い出したようにそう言う黒雪に、Lastは苦笑した。
「今日俺は会いにいくつもりだけど──一緒に行くか?多分──というか絶対黒雪とは気が合わないやつだけどな」
Lastのその誘いに、黒雪は笑顔で頷いた。
---
「氷夜兄さん。僕コイツら嫌い」
「Last──俺様今すぐにこのクソガキ殺したいですね──‼︎」
「僕は別に──どうでもいい。てこくん、帰ろうよ。お子様には興味ない。黒雪くんも、レモンくんも、僕にとってはただの他人。勝手に滅んでくれていいよ」
幹部が率いるそれぞれのソルジャーの代表がそれぞれ顔合わせをした結果に、幹部の3人は溜息をついた。
「レモン──この2人は任務で一緒になることも多いだろう。仲良くなっておけ」
「黒雪、だから言っただろう?絶対に気が合わないって」
「七篠。俺も同意見な部分もあるが、滅んでいいとかは良くない。俺が責任を負うことになる──」
それぞれが溜息混じりに説教をするのを、2人遠くから見ている人影がいた。1人は紫雲。もう1人は、変装していない闇雲だった。
「うん。予想通りの仲の悪さだね──。あとは任せたよ紫雲」
「え、ちょ────」
そして闇雲は面倒になったのか笑顔でそう言って去っていく。
「あ‼︎紫雲様だ‼︎」
そして紫雲を見つけて黒雪はブンブンと大きく手を振る。紫雲は軽く顔を引き攣らせた。「黒雪っ──無礼だ。やめろ」というLastの静止を綺麗に無視した黒雪は、紫雲が完全に感情を失った時に浮かべる笑顔を貼り付けている紫雲に走り寄っていく。
「紫雲様‼︎お願いがあるんですけど、七篠とレモンくん消してください」
満面の笑みでそう言う黒雪に、紫雲は助けを求めるように幹部に視線を送らせる。ただ、全員が気まずそうに目を逸らした。黒雪もレモンも紫雲も年齢が近い。「紫雲ならうまくやれるだろうから俺には押し付けるな」というように3人は笑顔で視線を逸らしたのだった。
「首領のせいだ────」
紫雲はそう溜息をついてやけに近い黒雪を引き剥がす。
「やぁ──Lastに氷夜にてこ。俺から視線を逸らすとは──いい度胸してんね?このクソ野郎め──」
「「「え」」」
そして幹部の3人は固まった。紫雲の口調が荒い。「殺される」3人はそう悟った。
「おいLast──どうしてくれるんだ──お前の黒雪が全ての元凶だぞ」
「てこの言う通りだ。Last、お前の責任だな」
「おい、お前ら2人のところのやつらのせいでもあるだろ」
3人は引き攣った笑顔でお互いにそう言い合って目の前でニコニコ笑っている紫雲から少しずつ退く。そこで、紫雲の懐から着信音が鳴る。紫雲はスマホを出して画面を見てから固まった。スーッと空気が冷えていくのがわかる。紫雲は何かに怒っていた。画面を眺めてから電話に出る。
「何のようだ。────っ知らない。────てこ?てこがなんだ。早く要件を言え」
自分の名前が上がったことに、てこは少し驚き、紫雲に釘付けになる。
「──────そうか。ただ、用件を飲む前に確認しておきたいことがある。お前らの首領は誰だ?幹部は誰だ?|終焉の鐘《うち》と敵対したくないなら教えろ」
「教えろって言われましても、困るんですよ」
電話越しではなく、リアルで紫雲に応える物がいた。綺麗な藍色の髪の青年だった。
「ルキア帝国のただのマフィアグループですよ。【地狱的入口】我々のファミリー名です」
「で?お前は?」
「地獄偶人。この名前の形、気になるでしょう?」
偶人のあおるような言葉に反応したのは、紫雲ではなく、七篠だった。
「お前、地獄傀儡の仲間?」
冷たく問いかける七篠を偶人は笑顔でスルーして紫雲に笑顔を向ける。
「紫雲くん、あなたが我々と敵対したいと思っても、闇雲がそれを許さないだろう。我々と闇雲は仲が良い。敵対するのは、終焉の鐘ではなく、あなただけになりますね」
偶人は静かに銃を取り出し、紫雲に銃口を向けながら言った。
「こちらも任務な物でして。てこさんを大人しく引き渡してくれない限り、戦いたくないあなたと戦う必要があるんですよね」
偶人はてこの方を見ながら呟いた。
「てこさんを、正しくはイリアス王国の第3皇子を殺せという任務でしてね。私も失敗という不名誉を背負いたくない人間なので」
偶人は深い笑みを浮かべた。
「とりあえず、邪魔するやつ全員殺しますね」
狂人王者
黒雪
真っ黒な雪
終焉の鐘 第九話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第九話 ~てこの原理~
---
「紫雲様。俺は別に、殺されてもいいです。ここまで、俺の身分を偽って匿ってくださっていたのは確かですし」
てこはそう言うと、紫雲の前に出て偶人と向き合う。
「地獄偶人とやらが俺を殺したいのなら、ご自由にどうぞ。闇雲様がそれを許可したのなら、俺はいらない人物でしょうし」
てこはそう言いながらも、殺意を丸出しにして偶人に銃口を向ける。
「今ここでコイツを消します」
「ハハっそうこないとね」
偶人は楽しそうに銃をくるくる回す。
「てこくん、やめておきなよ。地獄偶人は、おそらく、とても強い」
七篠は心配そうにてこにそう言うが、てこは珍しい笑顔を浮かべて七篠に微笑んだ。
「七篠──お前は絶対に次の幹部になるな──お前にこの立場は身が重い」
「てこっ──────‼︎」
七篠の悲鳴のような叫びは、大きな銃声によってかき消された。
「うわぁ──腕に掠ったなぁ」
偶人はそう言うと、紫雲に笑顔を向ける。
「ご協力ありがとね紫雲くん」
偶人の足元に転がっている死体。紫雲はそれを辛そうに眺めた。
「お礼に1ついいことを教えてあげるよ。地獄傀儡は生きている──それじゃあ」
偶人はそう言ってその場を去っていく。偶人がいなくなるのを見てから、紫雲は真顔で通信機を取り出し、誰かに電話をかける。
「闇雲様。紫雲です。ただいまてこが────」
紫雲が通信を切ると同時に、七篠が紫雲に向けて発砲した。紫雲はそれを綺麗に避け、七篠を見つめる。
「なぜ────なぜてこくんを見殺しにした‼︎紫雲様ならアイツにも勝てたはずなのになぜ──────」
「俺には勝てない」
七篠の声を静かに紫雲がそう言って静止する。紫雲のその言葉に、七篠は「え──」と声を漏らした。
「俺は、終焉の鐘のアンダーボスだ。闇雲様の配下だ。そして彼らは闇雲様と仲が良い。まずまず攻撃することは出来ない。それに──彼は俺のことを知っている。弱みを、握られている」
紫雲のその言葉に、七篠だけでなく、黒雪も、レモンも、氷夜も、Lastも絶句した。
「ねぇ、もしかして──地獄傀儡って、紫雲様の昔の恋人────?」
黒雪のその問いに、紫雲は微笑んだ。
「こないだも言っただろう?恋人ではない」
そう言ったが、紫雲は恋人以外のことを否定しなかった。黒雪には、しっかりと伝わる。紫雲が大切にしていた人なのだと。
「七篠──辛いのは分かる。だけど、堂々としなさい。君が次の幹部だ」
七篠がハッと顔を上げると、そこに1人の青年が立っていた。紫雲は青年の姿を見た瞬間に跪く。それを見たLastと氷夜は察したようにすぐに跪いた。
「闇雲様──なぜ、その姿で」
紫雲は緊張したように問いかける。今まで、3年間幹部にさえ本当の姿を見せなかった闇雲が、変装もしていない姿でそこにいた。
「なぜ?それは僕が君に呼ばれたからだよ紫雲。3年間変わらなかった幹部が動くんだ。のろのろ準備するのも趣味じゃない」
「なぜ──?なぜ闇雲様はあんなやつらと仲が良いのですか──?なぜ闇雲様はてこくんを見殺しに──?なぜ闇雲様はあんな奴らと知り合った──?僕には理由がわからない」
闇雲が話終わると同時に、七篠がそう呟く。声は落ち着いているが、いつもの無気力な感じはなく、何か──力強い何かが宿っていた。しかし、七篠は闇雲と目を合わせた瞬間に固まる。綺麗な笑顔で闇雲は七篠を見つめていた。
「七篠──残念ながら僕は自分のことを探られるのが大嫌いなんだ」
冷たくそう言い捨てた闇雲に、その場にいた全員が固まる。殺気だ。闇雲が隠すつもりもない殺気を出している。
「これ以上俺を探るなら、君の命はないと思え」
闇雲の一人称が変わった。ピリッと冷たい空気が流れる。その気まずい雰囲気も場に、1人の青年はのんびり足を踏み入れた。
「七篠くず──てこのソルジャー1の実力だけど──それ以上に異常な行動が多すぎる。こんなのが幹部とは、頼りないね」
その青年は静かに言い捨てた。七篠は顔を上げて、声を発した人物を見つめる。
「はじめまして七篠くん。コンシリエーレの孌朱です」
孌朱はそう言うと、七篠には興味がないかのように口を閉ざし笑顔を浮かべる。七篠は挨拶をするタイミングを逃したことに少し口を動かしてから下を向く。
「紫雲──生憎僕は弱いやつを幹部にするつもりはない。いつも通りにお願いするよ。あんなので死ぬなら、幹部には必要ない。殺して良い」
「────っ御意」
闇雲に対し、紫雲は何か言いかけたが途中で止め立ち上がり、懐から銃を取り出して七篠に向けた。
「本気で俺を殺しに来い七篠──」
七篠は何かを躊躇っているように、紫雲を見つめた。
「こう言ったら君はどうする?俺は地獄傀儡────だ」
紫雲の言葉と同時に、七篠は動いた。黒雪とレモンには、目に負えないような速さで。
「なっ────」
七篠は、そう声を漏らしその場に膝をつく。渾身の速さで攻撃をしたはずなのに、掠りもしなかった。それどころか、七篠からポタポタと血が垂れている。
「その一瞬で、きっと君は死んでいた。幹部には向いてないな──別を当たる」
闇雲の冷たいその言葉に、七篠は呆然としている。紫雲は静かに銃をしまい、黒雪の方を見た。
「黒雪──俺はお前を幹部に推薦する。お前が決めろ。試験を受けるか受けないか──」
終焉の鐘 第十話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第十話 ~病気~
---
「俺が──幹部?」
黒雪の呆然とした気の抜けた声に紫雲はふっと笑って頷いた。
「断っても良い。ただ、俺はお前を推薦する」
紫雲のその言葉に、黒雪はゆっくりと立ち上がり、Lastの方を見る。
「試験を受けて、良いですか?」
Lastは静かに頷くと黒雪に微笑んだ。
「全力でやってこい」
「はい‼︎」
黒雪は嬉しそうにそう言うと、紫雲に向き直る。
「紫雲様、必ず、勝ちます」
黒雪の力強い言葉に、孌朱は楽しそうにそれを眺めた。紫雲は一瞬、自分の心臓を触ってから銃を取り出す。紫雲のその動きは、黒雪から見たら謎だらけだった。ただ、そんなちっぽけなことをやる気が入った黒雪がきにするわけがない。
「Code name【黒雪】──真っ黒に染め尽くす」
黒雪の目に鋭さが増す。刃のように冷たく光るその目に、紫雲は数歩後退る。黒雪が得意とするのは近距離からの攻撃。それを回避するための行動だった。
「地獄────自虐────自殺────」
紫雲はボソボソとそう呟きながら黒雪の動きを捉える。その途端、黒雪の攻撃が紫雲に届く寸前で綺麗に空振った。体が変だ──黒雪はそう感じる。正しくは体じゃない。脳が変だ。そう感じた。前にいる紫雲が突然にぐにゃりと曲がったような感覚だった。
「自傷────」
「────────っ⁉︎」
突然飛んでくる紫雲の攻撃をスレスレで避けながら、黒雪は歪む目の前を見つめている。
「今の避けれるんだ──流石だよ黒雪」
(見えた)
黒雪はそう感じる。紫雲の動きが少し鈍い。
「黒雪っ────止まれ‼︎」
突然飛んでくる闇雲の声に、黒雪はハッと前を見る。黒雪は何もやっていない。攻撃は掠ってもいない。それなのに、目の前に紫雲は倒れている。
「紫──雲──様──?」
紫雲からの返事はない。目の前で倒れている紫雲は、苦しそうに呼吸をしていた。
「Last、僕の屋敷に戻って倉庫から203の薬を準備しておいてくれ。氷夜はレモンと一緒に自分の屋敷に戻れ。七篠も氷夜についていけ。孌朱、君はこっちを手伝え。黒雪はLastの屋敷から107の薬をもってこい」
手早く指示を出す闇雲に、全員が言われた通りの行動をした。Lastの屋敷に戻り、薬を探している時に、黒雪はふと思い出す。
「107って──────」
黒雪は手にした薬を見て息を呑んだ。これは薬というよりかは毒だった。飲んだら死ぬ──そうLastには教えられてた薬だ。黒雪は少し戸惑いながらもその薬を懐にしまい、元々いた場所に戻って行った。
「闇雲──ここまで来るとかなりキツイですよ?普通に死ぬ気ですか?」
闇雲の隣にいた男に、黒雪は目を見開く。
「地獄偶人──」
偶人は闇雲の隣で孌朱と闇雲と一緒に何かを調合していた。
「黒雪──遅い」
孌朱にそう言われた黒雪はハッとしたように薬を渡す。闇雲は、Lastが持ってきた薬と、闇雲達が調合していた薬を躊躇なく自分の口に流し込む。そして──黒雪が持ってきた薬という名の毒も口に流し込んだ。
「⁉︎」
薬の複錠、それに毒を自分に流し込めば、普通に死ぬ。自殺行為だ。闇雲のそれを止めようとした黒雪を、偶人は軽く抑える。
「大丈夫だ──闇雲は死なない。紫雲は闇雲にとって、数少ない生きる希望だから──今は見守っておいてやれ」
偶人はそう言うと黒雪に微笑む。
「|闇雲《あいつ》の心の闇を、これ以上増やさないで上げてくれ」
すがるようなその偶人の言葉に、黒雪は動きを止める。そして呆然と闇雲を見つめていた。
---
「黒雪」
Lastの屋敷でぼーっとしている黒雪に、Lastは声をかける。
「紫雲様が、お前を呼んでる。闇雲様の屋敷ではなく、紫雲様の屋敷に行くように」
Lastはそう言うと、黒雪に一枚の地図を渡す。その地図を見た時、黒雪は固まった。
「これ──今はもうない共和国じゃ──────」
Lastは静かに頷いた。
「今まで紫雲様だけの屋敷が秘密裏にされていたのは、共和国にあったかららしい。俺も行ったことがない。遠いかもしれないが、なるべく急いで行け」
黒雪は大切に地図を握りしめて外に出る。1時間黒雪は止まることなく走り続けた。そして、ボロボロに崩れている都市に入る。
【レストラ共和国】
平和で発展していた国だった。戦争に巻き込まれるまでは1番の先進国とされており、観光客も多かった。
その国が今では、ただの廃都市になっている。黒雪が共和国に足を踏み入れた時、ふと人を見つける。綺麗な黒髪で、紫の目をしていた。
その容姿は、黒雪でもよく知っている──
「【地獄人形】────?」
荒れ果てた地のとある墓場の上で、青年は立っていた。昔、小学生の殺し屋として知れ渡っていた青年──そんな地獄人形の容姿は裏社会では誰もがよく知っている。かつて、共和国を戦争に巻き込んだ国を全て、地獄傀儡とたった2人で滅ぼした存在だ。
「あぁ、黒雪──来てたのか」
突然声をかけられて、目の前の地獄人形を黒雪は呆然と見つめた。
「ようこそ──突然呼んでしまって申し訳ないね」
「紫雲様──?」
地獄人形こと紫雲は、冷たい雰囲気など微塵もない優しそうな笑顔で黒雪を少し離れた屋敷に招き入れる。屋敷に入った瞬間、黒雪は様々な光景が目に入る。
黒く塗り潰された幼い頃の紫雲の家族との写真──
床に散らばっている地獄傀儡だと思われる人からの大量の手紙──
飾られている幼い頃のトロフィーや賞状──
沢山の戦争中の写真──
そして、とある物を見た黒雪は固まる。
そこにはレストラ共和国の王族のみが持っているはずの共和国の紋章だった。
紫雲の痛々しい過去が脳に流れてくるような感覚になる。
「驚いた──?僕は、自分の本当の名前を知らない──」
ボソッと呟いた紫雲は、黒雪に席に座るように促し、お茶を出す。
「昨日、あの後目が覚めた時、闇雲様と話し合って決めたことだけど、君は明日からLastの代わりとして幹部になる。Lastはてこが率いていた方の幹部になってもらうことにしたから、これからも頑張ってね」
胸ポケットから小さい紙を取り出して黒雪に渡す。終焉の鐘のマークが入った小さな紙。幹部になった印のものだった。
「本当は闇雲様の方から渡すべきなんだけど──昨日毒を飲んだせいで今は少し体調が優れないんだ」
紫雲はそう言うと、静かに話し出す。
「僕はさ、元々病気を持っているんだ。心臓の病気。発作が起きた時は、とある薬という名の毒を飲まないと行けない──しかもそれは、倒れてからだと自分の口で飲めないから毎回闇雲様がああやって自分の体を犠牲にして口移しで無理矢理飲ませてくれてる──」
紫雲は目を細めて黒雪を見つめた。
「黒雪だから──僕は君をここに招待した。君には、僕のことを知って欲しかった。地獄人形という過去を、僕が求めているものを、全て──────君に教えたい」
終焉の鐘 第十一話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第十一話 ~紫の雲~
---
子供は、レストラ共和国の王族だった。
正妻と側室のどちらもが同じ日に跡取りになれる男児を産んだ。
正妻の子は父親である陛下の容姿を全て引き継いだ黒髪にオレンジの瞳の子供。顔立ちは正妻に似ており、まさに跡取りにふさわしい子供だった。
側室の子は陛下よりも微かに薄い黒髪に、陛下にも側室にも似ていない紫の目の子供だった。
人々は側室を疑った。他の男がいたのかと──陛下はどうにか頑張ってその噂を消そうとしたがどうにも出来なかった。側室はひどいいじめにより自ら命を絶つ。
それを嘆いた陛下は、側室の子供を陛下の右腕である貴族に預けた。王族のみが持つことができる紋章を子供に預けて──
そして、側室と仲が良かった正妻は、側室が自殺したと知ると陛下を責めた。そして────
子供を連れてどこかへ消え去った──────
その子供こそが、後の地獄人形こと紫雲と、地獄傀儡だった。
彼らは自分の過去を戦争が起きてから知ることになる。
たまたま仲が良かった幼馴染が異母兄弟で、自分達が王族だということを。しかし、それを知った時にはもう既に遅かった。
共和国は戦争に巻き込まれて崩壊──
その2人は許さなかった。
自分達の国を滅ぼしたことを後悔させるために、彼らは裏社会の人間になる。
「そこの2人──共和国の生き残りか──?」
そして偶然出会った1人の、2人と3・4しか歳が違わない少年──屑洟に出会う。屑洟から様々なことを教わった2人は瞬く間に知られ渡った。幾つもの国を滅ぼした2人組と。
しかし突然、屑洟は姿を消した。2人の師匠でもあり、兄のような存在だった彼は失踪。2人は取り残されてしまう。
その後、地獄傀儡はビルの上から飛び降りた──
地獄人形のためという理由で。
全てが壊れた地獄人形は、一人で自分を責め続ける。闇雲に出会うまで────
真実を知っているのは地獄傀儡と────
屑洟だけだった
---
紫雲の話を聞き終わった黒雪は、目の前で優雅にお茶を飲んでいる紫雲を見つめる。
「俺はまだ──幹部としての実力は低く、Lastや氷夜さんに比べたらとても弱い──七篠よりも弱いかもしれない。それでも、俺はあなたに──紫雲様に、地獄人形に、忠誠を誓います。必ず俺が、あなたの手足となり、必ずあなたを幸せにする──‼︎」
黒雪の力強い言葉に、紫雲は目を見開いてから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう──」
彼のその言葉に、黒雪はフッと微笑む。また、紫雲と黒雪の秘密が出来る。
「それと、黒雪は弱くない──俺のあの攻撃を避けれたのは、黒雪は強い証拠だよ」
そう言った紫雲は立ち上がり、黒雪を優しい瞳で捉える。
「着いてきな──鍛えてあげる」
その言葉に黒雪は嬉しそうに立ち上がった。アンダーボス自ら鍛えてもらえるチャンスなんて滅多にないだろう。黒雪はそのチャンスを逃したくはなかった。
---
「すごい‼︎体が軽いです‼︎」
次の日、訓練場で黒雪は嬉しそうにそう言った。昨日、紫雲のスパルタ指導を受けた甲斐があった──黒雪はそれに安堵する。あんなに鬼畜な訓練をさせておいて成果なしだと流石の黒雪でも泣きたくなる。
嬉しそうにしている黒雪の耳元で、何かの音が鳴った。その音が聞こえた瞬間、2人はスッと冷たい雰囲気を取り戻す。仲間からのSOS用の通信機だ。黒雪は耳に手を当てる。
『黒────雪くん────応戦た──の────む』
かなり離れているためか途切れ途切れの七篠の声に、黒雪は顔を顰めた。七篠は色々あってもかなり優秀だ。
「七篠、聞こえるか?紫雲だ。そちらに幹部は何人いる?」
紫雲のその問いに、しばらくしてから七篠が答える。
「1人で──す──Lastさ──んが────」
その途端ブチって通信が切れた。相当まずそうな状況だ。
「黒雪、行くぞ」
紫雲はそう言うと、自分の頭の上に何かをぶっかけた。かかった所から、みるみる内に髪が紫になっていく。一瞬で、紫雲の髪が染まった。黒雪と紫雲は走り出す。通信が入った方角に向かって住宅地の屋根を飛び回りながら最短距離で進んで行く。
「やぁやぁ──来るのが遅いじゃないか紫雲様──黒雪くんも一緒か。ちょうど良いね」
あたり一面が燃え盛るそこには既に、応戦に来たと思われる氷夜と孌朱がいた。
「Lastは──っ⁉︎」
黒雪のその声に、孌朱は視線を後にやる。
「よく耐えた物だ──たまたま七篠とらすとが合流出来てたのが幸か不幸か──」
孌朱のその言葉に、黒雪は息を呑む。まさかと思った。そんなわけない──と。
「まだ息はしている。七篠を庇いながら一人で敵を半壊させたんだ。そりゃあ大怪我をする」
黒雪はまだ息はあるとわかり、少し安心したようにため息をついた。そして、目の前にいる独特な服装をした男に視線を向ける。
「あっれぇ──困ったなぁ?紫雲くんは攻撃すんなって言われてるんだよねぇ?なんか、傀儡様がなんちゃらかんちゃらとか──?あれ、なんだっけ?まぁどーでもいっかぁ」
男はそう言うと笑顔を浮かべた。
「はじめましてー?【地獄のマリオネット】って言いまぁす。あれだね、地狱的入口のいちおー幹部やってまぁす」
マリオネットはそう言うと、攻撃はせずにニコニコしている。
「そうそう──誰だっけ、あぁ──らすとくん?だっけぇ?彼さぁ凄いよねーあの煤煙でさえ一人倒すのに手こずった僕たちのところのソルジャーを半壊させたんだよー?本当に来た時びっくりしちゃった‼︎だって怪我一つしてないんだもん──ただ恐ろしいくらい体力使ったんだろうねぇー。僕と戦った時にはもう弱かったなぁ」
お互い攻撃はしかけなかった。
「コンシリエーレのその赤い髪の人──君も凄かったなぁ──だってさぁ上から誰かが降ってきたって思ったら、躊躇なく爆薬投げ飛ばしてきてさぁ、しかも煙が上がってて周り見えないはずなのに10人以上も銃殺しちゃうしさぁ」
「本当──殺すのが勿体ないくらいの化け物揃────」
「地獄────自虐────自殺────」
マリオネットの言葉を遮るように、紫雲はそう口を開いた。その言葉に、マリオネットは呆然としている。
「自傷────他殺────虐待────」
紫雲が言葉を続けるにつれ、マリオネットは顔を顰めていった。
「地狱的入口────欢迎来到地狱」
黒雪の時にはわざと最後まで唱えなかったその言葉。紫雲がそれを良い終わり、不気味に笑った時には、ポタポタと血を垂らしマリオネットは膝から崩れ落ちていた。
「地獄のマリオネットって言ったかな──俺は今すごく怒っているんだ」
紫雲の殺意がこもったその言葉に、マリオネットは顔を顰める。
「なぜ────?なぜお前がその言葉を知っている⁉︎」
恐怖で歪んだ顔でマリオネットはそう叫んだ。
「その言葉を最後まで言えるわけがない‼︎それなのになぜお前はそれを──その言葉は────────」
紫雲はマリオネットの最後の言葉まで待たない。躊躇いもなく発砲をした。そしてマリオネットの懐から通信機を取り出すと、冷たい声で言い捨てる。
「ما هو الغرض على الأرض؟ لماذا تعرف دمى الجحيم؟ لماذا دمى الجحيم على قيد الحياة؟ أخبرني بكل أهدافك. قتلت ماريونيت الجحيم.」
紫雲はため息をついて身を翻す。Lastの手当てを素早く終わらせてから、一言も喋らずにどこかに消えていった。
彼は、誰よりも孤独だった────
終焉の鐘 第十二話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第十二話 ~地獄に住むクズ~
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「んー本当に死んでるな──」
藍色の髪の青年、地獄偶人は倒れているマリオネットを覗き込んでそう呟いた。
「まったく。これだから幹部という名の下っ端は面倒だ」
偶人は懐から液体の入った小さな瓶を取り出す。
「折角だし、この試作品試してみっよかな」
そしてそれをマリオネットの口に無理矢理流し込んだ。
「ん゛ん゛」
苦しそうな呻き声と同時に、マリオネットが目を開ける。
「偶人様…?」
「おはよう?マリオネットくん」
マリオネットは急いで体を起こして叫ぶ。
「あの紫雲くんって何者なんですか⁉︎なぜ、あの禁句を使っているんですか⁉︎あの禁句は、傀儡様の血が流れている人しか扱えない‼︎普通の人がただ唱えるだけじゃ、使えない‼︎傀儡様の血が流れているのは、傀儡様本人と、傀儡様から少し血をもらった偶人様、あなただけのはずなのに‼︎」
マリオネットのその言葉に、偶人はにっこりと笑った。そして何も言わずにマリオネットに背を向けその場を去ろうとする。
「あ、そうだ。マリオネットくん。その薬、死んだ人を生き返らせる薬でさ、まだ試作品なんだ。完璧じゃないから、もうすぐ君死ぬだろうね」
楽しそうにそう告げて偶人は去っていく。そして少し離れた所で待っていた青年に声をかけた。
「最近、紫雲くんがお気に入りを見つけたそうだねぇ闇雲」
壁にもたれかかるように立っている闇雲に、偶人は楽しそうに告げた。
「ほら、誰だっけ?黒雪──くん?紫雲くんが幹部に推薦するとか、かなりのお気に入りだよね。やけに仲も良さそうだし、相当黒雪くんを気に入っ──────」
偶人の言葉を遮るように闇雲は建物の壁を思いっきり殴った。あと少し力を入れれば壁が壊れるくらいのヒビが入る。偶人はニコニコ笑顔でそれを見てから笑顔が引き攣っていく。
「いや、冗談だよ?」
闇雲は何も言わない。ただ無言で偶人を見つめている。
「僕は黒雪が嫌いだ。今、嫌いになった。お前のせいで」
「なんて暴論だ」と偶人は笑いながら呟いた。
「闇雲も昔はもっと可愛かったのになぁ」
偶人のその懐かしむような言葉に、闇雲は顔を下に向ける。そして辛そうに声を絞り出した。
「そんなの、自分でもわかってる」
偶人はマジマジと闇雲を見てから口を開く。
「ただ、勘違いしないでね?紫雲は俺の物だ。紫雲もお前も、俺のだ」
偶人の冷たい言葉に、闇雲は静かに頷いた。
「素直な子は大好きだよ」
偶人はそう言って闇雲を優しい笑顔で撫でてから笑った。
「闇雲はそのままで良いんだ────」
不気味に微笑む偶人を、闇雲は感情のこもっていない目で見つめてからその場を去る。誰もいなくなったその場所で、偶人は懐中時計を取り出す。その中には、紫雲の──地獄人形の写真が入っていた。
「大丈夫だよ紫雲──俺が必ず君を幸せにするから────ね」
偶人は大切そうに懐中時計をしまってから歩き出す。
「君は俺の物だ。黒雪くんなんかに渡さない」
偶人は黒雪の写真をビリビリに破いてから楽しそうに微笑んだ。
---
「もう動いて大丈夫なんですか?」
とある病室にて、Lastは目の前で足を組んで座って本を読んでいる紫雲にそう声をかける。
「あぁ──君のおかげで助かった。七篠を庇いながら戦うのはかなり大変だったはず。よくやってくれた」
紫雲はそう言うと、探るようにLastを見つめる。
「Last──君はこれから七篠の上司になるけど、うまくやっていけそうか?」
紫雲のその問いに、Lastは微かに微笑んで頷いた。
「七篠もいいやつですし、黒雪になら自分のソルジャーを全員任せられそうなので」
Lastはそう言うと、立ち上がる。
「気づいてますか?」
紫雲は静かに頷いて窓の外に目をやる。
「30──いや、40くらいいるな」
紫雲はそう言って、懐から銃を取り出す。
「手短に片付ける──後方を頼んだ」
紫雲はそう言うと、躊躇いもなく病室の窓から飛び降りる。
「ここ───5階だよ──?」
Lastはそう呟きながらも紫雲と同じように飛び降りる。飛び降りながら視界に入った敵に少し発砲をしながらLastと紫雲は着地した。
「────戦うまでもない雑魚だな」
紫雲はそう言うと、懐からもう一つ銃を取り出し発砲した。瞬殺──周りにいた敵は一人を残して全員いなくなる。残った一人──指揮をとっていた男は震えながら数歩後退る。
「お──おかしい‼︎話が違う‼︎話が違うじゃないか傀儡様‼︎」
男は叫びながら紫雲とLastに銃口を向けた。
「傀儡様────?それは地獄傀儡のことか?」
紫雲のその問いに、男は頷く。
「あぁ‼︎そうだ‼︎あの傀儡様だ‼︎お前らはあの傀儡様に命を狙われているんだ‼︎あの最強の傀儡様に──‼︎もっと恐ろ‼︎お前らはすぐに傀儡様に殺されるんだっ──────‼︎」
男の言葉に、紫雲はスーッと何かが引いていくのが分かった。怒りか、憎しみか、悲しみか──。
「地獄傀儡は、本当に生きているのか──?彼は、俺の目の前で死んだはずじゃ──」
紫雲のその言葉に男は嘲笑した。
「ハッ──殺したとでも言いたいのか?しっかりと彼は生きているんだよ‼︎残念だったな‼︎」
「よかった────」
「ハ?」
男が紫雲を怒らせるために言った言葉に、紫雲は心からの声を出す。その言葉に、男は呆然とする。
「良かった──本当によかった────」
男は奇妙なものを見るような目で紫雲を見つめていた。それはLastもだった。何か、心配するような、探るような視線で紫雲を見つめている。
「これでようやく死ねる────」
「──────?」
紫雲の言葉に、Lastは首を傾げた。彼は紫雲の過去を知らない。それは彼だけでなく、今目の前にいる男も。だからこそ、紫雲の感情を読み取ることは出来なかった。ただ、紫雲がやろうとしていることだけは見て分かった。自分の心臓に銃口を向ける紫雲を見て、すぐにLastはそれを理解する。男も紫雲の行動を呆然と眺めていた。
「やめろっ──────‼︎」
Lastの声と同時に、高々と発砲音が鳴り響いた。
「ギリギリセーフって──所かな」
紫雲が発砲した鉛を、自分の手で受け止めた青年は、手から溢れる血を何事もなかったかのようにしながら微笑んだ。
「勝手に死なないでくれよ───俺はまだ、君としっかり話せてないのに────」
受け止めた青年こと、黒い髪にオレンジの瞳の彼────地獄傀儡は、そう言うと紫雲を優しく抱きしめた。紫雲は呆然と地獄傀儡を見て呟いた。
「傀儡──いや、誰だ、お前」
傀儡の笑顔が綺麗に凍りつく。
「俺の知っている地獄傀儡じゃない──本物がいないなら、まだ死ねない──か」
紫雲はボソボソ呟くと、地獄傀儡と名乗る男を見つめる。そしてのんびり口を開いた。
「生かしてくれたことは感謝する」
そう言うと、呆然としているLastを連れて終焉の鐘の屋敷に帰っていった。
終焉の鐘 第十三話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
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中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第十三話 ~探すべき物~
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「なぜ勝手に死のうとするんだ‼︎」
終焉の鐘の屋敷で、闇雲の罵声が響いた。周りには幹部のLast、氷夜、黒雪と、コンシリエーレの孌朱。そして紫雲がいる。幹部会議──そこで紫雲はこないだの襲撃のことを話した瞬間に、闇雲の罵声が響いたのだった。
「なぜ──?それは俺があの時死にたいって思ったからです」
悪びれもせず淡々とそう答える紫雲に、闇雲は軽く顔を顰めた。
「紫雲──闇雲様の気持ちは考えないのか──?」
そして孌朱は気まずそうにそう口を開いた。紫雲は孌朱を軽く見てから呟く。
「考えてますよ──これでも。ただ、考えるのと、行動するのは違います」
紫雲はそう言って冷たい目で孌朱を見つめる。説得は無理だと悟った孌朱はため息をついて口を閉ざし、相変わらずの笑顔を浮かべた。
「紫雲、僕にとって君は、本当に大切な人なんだ──自分の命に変えてでも守りたい。それなのに、勝手に死なれると困る」
悲しそうに言う闇雲を、紫雲は感情のこもってない目で見つめた。
「それ、俺の人生に関係あります?あなたが勝手にそう思うだけで、俺からしたら所詮ただの言葉。それを信じる意味もないし、そのために自分の人生を曲げる必要もない。まずまず最初に約束したはずだ。俺は地獄傀儡が見つかり次第死ぬつもりだ──と。今更つまらない言葉を並べて俺を生かそうとするな──この外道」
その言葉に反応したのは、闇雲ではなく、孌朱と氷夜だった。
「闇雲様を外道扱いなど──いくら紫雲様でも俺は怒ります」
「氷夜と同じく──俺も気に食わない」
2人はそう言うと、紫雲に銃口を向ける。今すぐにでも発砲してきそうな勢いだった。Lastと黒雪は、それを呆然と見つめている。
「すみません闇雲様──俺はあなたを信用するのが難しくなった。地獄偶人とあなたの関係、彼らとあなたの関係、ここ最近の事件に関連してないとは思えない。たまには真実を教えてよ、悠餓」
紫雲は悲しそうにそう言うと、自分を嘲笑うような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、出来ないなら──さようなら」
紫雲はそう言うと、身を翻して部屋を出て行った。
「追いますか──?」
氷夜の言葉を、闇雲は無視した。ただ呆然と、紫雲が出て行った扉を眺めている。何か、とても悲しそうに。
「何が、いけなかったんだろう──紫雲のことは誰よりも──知っているつもりだったのに」
闇雲が漏らしたその言葉に、4人は気まずそうに俯いた。かける言葉が見つからない。そんな中、黒雪は静かに口を開く。
「何がダメだったかなんて、自分で考えてくださいよ。紫雲様は、一人で沢山の闇を抱えていた。いつも、それをわざと作る冷たい雰囲気で隠して無理に笑って──そんな生活を3年間も続けてたら、そりゃあ、ああなりますよ」
黒雪のその言葉を聞いた闇雲は、冷たい目で睨んでいる黒雪を呆然と見つめた。
「俺は紫雲様について行きます。俺が忠誠を誓う相手はあなたじゃない──紫雲様だ。Lastには、数えきれないくらいお世話になって、まだ恩も返しきれていないけど──それでも俺は、紫雲様に忠誠を誓います。彼について行きます」
お世話になりました。それだけ言って頭を下げ、黒雪は走って紫雲を追いかける。
どれだけ走ったのだろうか──
黒雪の恐ろしいくらいの体力も無くなりそうなくらい走った後、黒雪は目の前に見つけた人を見て、心からホッとする。
「紫雲様────」
予想外の声に驚いた紫雲は、振り返り、呆然と黒雪を見つめた。
「俺は──紫雲様に忠誠を誓ったので」
そう言ってニッと笑う黒雪に、紫雲はフッと噴き出した。
「ありがとう────」
嬉しそうにそう言う紫雲に、綺麗な夕日が降り注ぐ。その場所から見た夕日は、絶景だった。
「綺麗ですね──ここ」
黒雪のその言葉に、紫雲は笑顔で頷く。
「昔──良く傀儡と見に来ていたんだ──ここにいると、心が落ち着く」
そう言って紫雲は綺麗な笑顔を浮かべた。
「これからどうする?黒雪」
紫雲の問いに、黒雪は笑顔で応えた。
「一緒に旅でもしますか──?」
紫雲と黒雪は、どこか別の国へ旅に出る。
紫雲の探すべき物を、見つけ出すために────
終焉の鐘 第十四話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第十四話 ~別れを決意する兄弟~
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「今日一緒に、出かけないかい?」
「二人で──ですか?」
「そ。ディナー、奢るよ」
終焉の鐘の屋敷の外で、2人の青年は約束を交わす。孌朱とLast。昔から関わりがある2人だった。
「わかりました。行きましょう孌朱さ────」
「今はプライベートだ。様はいらない」
孌朱はそう言ってにっこり微笑むと、Lastと一緒に高級そうなレストランに入る。そして小部屋を貸切にしてもらい、そこに入って行った。
「で、君はどうするんだい?らすと」
ドリンクを飲みながら孌朱はニコニコ笑顔でLastにそう問いかける。Lastは特に何も答えなかった。何かを探るように、孌朱を見つめる。
「思い返せば俺さ、お前のこと嫌いだったな」
突然のその言葉にLastは目を見開く。
「だってさ、急に煤煙がLastを連れてきて、『今日からお前の弟だ。世話をしてやれ』とか言い出すんだよ?一つしか年違わないのにさ。面倒だったし。弟なんていらないって思ってたし」
孌朱は心底面倒そうにそう呟くと、フッと微笑んだ。
「けど──今は違う。俺がLastを愛してたみたいに、君も黒雪を愛してるんだろう?自分と同じ、貧困街で育って、自分と同じような扱いを受けてる黒雪をどうしても助けたかった。だから、今も黒雪のことを大切にしている。そうなんだろう?」
孌朱の言葉に、Lastは頷いた。そして、静かに口を開く。
「俺は、黒雪を──紫雲様を追いかける。なぜか、紫雲様についていくべきだ──と本能が言っているんだ」
Lastのその言葉に、孌朱は安心したように微笑む。そして少しだけ悲しそうに呟いた。
「兄としての、微かな夢なんだけどさ、こっちに残ろうとは、思わないの?」
孌朱の言葉に、Lastは首を振る。そして強い瞳で孌朱を見つめた。
「俺は、俺が信じる道を進んでみたい。それが、孌朱と離れる道だったとしても。今回は、孌朱に任せっきりじゃなくて、自分の意志で進んでいきたい」
Lastの言葉を聞き終わると、孌朱はあぁぁと声を漏らした。
「結局俺は君に一度も兄って呼ばれなかったな」
「孌朱は孌朱ですから」
楽しそうな会話が続く。途中で料理が届いた後も、2人は楽しそうに会話をした。
「ねぇLast──今度会う時、またこうやって話せたら良いね。けど、もし次会う時にお互いが敵だったとしたら──」
孌朱はふんわり微笑んでLastの頭を撫でる。
「敬意を込めて正々堂々お互いを殺し合おう」
孌朱のその言葉に、Lastは軽く目を見開いてから、微笑む。
「はい────兄さん」
Lastのその言葉に、孌朱は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、行ってきます」
レストランを出て、Lastは孌朱と別れる。1人残った孌朱は綺麗な笑顔を浮かべた。
「また幹部を育てないといけない──な」
のんびり歩き出した孌朱は、とある声に足を止める。闇雲の声だった。
「どうしよう──僕は紫雲のことはしっかりわかってるつもりだったのに──。僕は彼がいないと生きている意味がないのに──僕はっ──」
孌朱は建物の影からそっと様子を伺う。闇雲のその、珍しい弱気な声に、呆然とした。そして、闇雲と一緒にいた青年は優しく微笑む。
「大丈夫だよ──俺が君を愛してるから──俺が君も紫雲もしっかり愛してるから。生きてる意味がないなんて言わないで?俺が探し出してあげる」
「地獄偶人──っ」
孌朱はボソッと呟く。顔は見れないが、声で偶人だと孌朱はわかった。闇雲は偶人に懐いている様子だった。孌朱は衝撃の情景に苦笑いをした。
「大丈夫だよ地獄傀儡──俺は君が闇雲って名乗っていても、傀儡って名乗っていても、どっちにしても愛してるから」
「────────っ⁉︎」
孌朱は驚きのあまりに声にならない声を出す。そして逃げるようにその場を去って行った。
「とんでもないものを、見てしまった」
闇雲がひたすら隠していた秘密を孌朱はあっさりと知ってしまう。
「何用だい?」
そして、後ろから感じる微かな殺意に反応して振り向く。そこには、冷たい瞳で孌朱を見据えている偶人と闇雲がいた。
「盗み聞きされたのに最後ようやく気づいて、逃げたやつを追ったら君の所のコンシリエーレじゃないか──どうする?闇雲」
そして後ろで同じように冷たい瞳を向けてくる闇雲に偶人は話を振った。孌朱は苦笑をしながら降参と手を挙げる。
「いやぁ、考えてみてくださいよ。俺はそこまで馬鹿じゃない。氷夜とかに闇雲様の今回のことを言っても、きっと誰も信じない。それどころか、秘密を漏らした物として俺はあなた方に殺される。そんな自殺行為はしませんって」
ニコニコ笑顔でそう言った孌朱は跪き、闇雲に目を向ける。
「俺はあなたに、忠誠を誓ってますから──ね?」
闇雲は面倒そうに孌朱を見てから去って行く。その姿を眺めていた偶人はのんびり口を開いた。
「随分と、君は信頼されているんですね」
嫉妬のような物を感じられる声でそういった偶人は、闇雲と反対の方向に進んでいった──
終焉の鐘 第十五話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
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第十五話 ~氷の降る夜~
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その日は珍しく、大雪だった。
もうすぐ、紫雲が失踪してから1年が経つ2月のとある日、氷夜は1人大きなため息を吐く。
幹部の人間が、クズすぎる
紫雲の代わりとしてアンダーボスに上がった氷夜の後を継いだのは、レモン。てこの代わりを継いだのは結局七篠。そして、Lastの所を継いだ青年に、大きな問題があった。
「会話ができない──」
氷夜はまた大きくため息を吐く。Lastの所を継いだ新しい幹部こと、狛犬おなさは、最近、闇雲の隠し子という名を持ち始めた。
闇雲が影でこっそり鍛え上げていた青年──
それがおなさだった。黒とピンクのメッシュの髪に、吊り目気味のピンクの瞳。そんな彼に、氷夜は毎日悩まされる。
闇雲が育てていただけあり、実力は申し分ない。ただ、終焉の鐘に正式に入ってから1日で幹部の座に着いたことに嫉妬している輩も多い。それだけでなく、彼はとても人を嫌っている。いつも行動は1人でし、合同任務は全て断る。そんな青年だった。
そして氷夜は、たまにこう思うのだ。
“自分が闇雲の所に残ったのは正しかったのか──”と
氷夜はのんびりと大雪の中歩き出した。そこで。1人の青年とすれ違いふと足を止める。
「紫雲様──?」
そんなわけはないと、自分の目を疑った。後姿を見てみるも、紫雲らしき人はいない。何かの見間違い──そう考えた氷夜だったが、彼は方向を変え、今しがたすれ違った人物を追いかける。そしてその人物は、人気がないところに来てから振り返って笑った。
「尾行が下手だよ──?氷夜」
無邪気に笑うその人物は、雰囲気こそは全く違うが、氷夜は確信する。
この人は、紫雲様だ──と。
「さて──それじゃあ、そろそろ蹂躙を始めようか」
不気味に笑う紫雲に、氷夜は恐ろしいくらいの寒気を感じる。彼は、微かに微笑んだ────
---
「闇雲様、お客さまです」
幹部会議の日、氷夜はそう言うと、静かに闇雲に銃口を向けた。咄嗟にレモンと七篠とおなさは反応し、銃口を向け返す。
「相変わらず不気味ですね‼︎」
「お久しぶりです闇雲様」
そして後ろから現れた2人に、レモンと七篠は目を見開く。黒雪とLastが、そこにはいた。闇雲から冷たい殺意が感じられる。それを見て、孌朱は仕方なさそうに銃を取り出し、闇雲に向けた。
「闇雲様──俺は、自分の首領と、愛してやまない弟。どちらを裏切るかと言われたら、この選択をします」
闇雲に向けて冷たい瞳を向けた孌朱。現状、数的には氷夜側が有利になる。
「それが本気なら、遠慮なく僕は君たちを殺すよ」
闇雲は無表情のままそう言った。
「今、現状で──僕にはいくつかの選択肢があると思うんだ」
突然、上から声が響く。そこには、地獄人形としての姿をした紫雲がいた。闇雲はそれを見て軽く目を見開く。
「一つ目──裏社会の帝王には敵わないと諦めて降参し、そっち側に戻る」
不気味に微笑み、紫雲は続ける。
「二つ目──必至に抵抗し、君に無理やり抑え込まれる」
紫雲は静かに下に着地すると、楽しそうに微笑んだ。
「残りのやつはなんだと思う──?地獄傀儡」
紫雲のその言葉に、闇雲と七篠は動揺する。七篠は今にも殺しに行きそうな表情で闇雲を見つめた。
「他の選択肢なんて──存在しない」
「そっか。屑洟兄さんでしょ?傀儡が仲良くしている地獄偶人は。卑怯な物だよね。僕には自殺したと見せかけて2人でコソコソ仲良くするって」
紫雲はいつもの冷たい雰囲気などは微塵も感じられない独特な雰囲気で笑った。
「君が裏社会の帝王って名乗れるのは──今日までだ傀儡」
気づいた時には、闇雲の髪の色は変わっている。正しく言えば元に戻っている。黒髪の、オレンジの瞳。地獄傀儡の姿になっていた。
「【地獄人形】──全てを捻り潰し地獄に堕とす」
「【地獄傀儡】──全てを操り殺し地獄に堕とす」
2人の声は不気味に被った。Lastたちは呆然とそれを見つめる。見えなかった。2人の動きが見えないのだ。無慈悲な発砲音が鳴り響く。気づいた時には、紫雲は床に押し倒された状態で笑顔で闇雲に銃を向け、闇雲は紫雲を押し倒した状態で無表情で紫雲に銃を向けた。
「どうした──?結局最後になったら発砲出来ないの?」
紫雲の煽るような声に、闇雲は引き金に力を込める。
「「っ────────」」
2人の苦しそうな声は同時に聞こえ、お互いが遠くに弾き飛ばされた。どちらの心臓からもたれる体力の血。2人は同タイミングで発砲した。
「少し来るのが遅かったのかな──?」
紫雲と闇雲の意識がなくなったところで、1人の青年がその場に現れる。地獄偶人と、地獄傀儡の姿をした、一度紫雲とLastに接触している1人の青年だった。
「空木。傀儡にこれを飲ませておいて。人形は俺の部屋に。傀儡はどこでもいい」
偶人は空木という青年にそう声をかけると、紫雲に口移しで何らかの液体を飲ませる。偶人が飲んでいるところから見るに、毒物ではない。そうみんなは判断する。
「さて。俺はそこまで暇じゃあない物でね。さっさと片付けよっかな」
偶人は静かに妙な形をした紙を取り出す。そしてそれをヒラヒラと振った。
「【地獄偶人】──全てを探り尽し地獄に堕とす」
偶人の不気味な声と同時に、氷夜は今までに感じたことのない痛みに襲われる。
「っ⁉︎」
視界がぐらりと揺れるのがわかり、その場に倒れ込んだ。周りを見ると、他の面々も同じような状況だった。
「うーんまだ納得いかないなぁ。もう少し一撃で死ぬように改造した方が使いやすいかなぁ?あーけどなぁんーどうしよ」
ぶつぶつそう呟く不気味な偶人を氷夜は重くなる瞼を必死に開けて睨みつけた。
「ん、なんで氷夜くん気絶してないの?」
そして偶人と目が合う。氷夜は嘲笑うような笑顔を浮かべた。そして何も言わずにそっと目を閉じる。
「あー思い出した。氷夜くんか。そっかそっか。あの氷夜くんか」
偶人は1人で納得すると、気絶した氷夜を足で軽く蹴り飛ばす。
「まぁどうでもいいか」
偶人は笑顔でそう呟くと、その場を去っていった。
終焉の鐘 第十六話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第十六話 ~恋心という名の鎖~
---
「ど、こ」
苦しそうに顔を顰めてから、紫雲はのんびり起き上がる。視界に入ったのは綺麗に整頓された広い部屋。紫雲はため息を吐く。
「屑洟兄さんの屋敷か」
紫雲はそうわかると、ベッドから出て窓を開ける。
「ここからなら、出られるか」
「もう少しのんびりしていきなよ」
そして、窓から外に出ようと思った瞬間、近くで声が聞こえた。
「屑洟兄さん──」
部屋には紫雲ともう1人。地獄偶人がいた。偶人は大切そうに紫雲の体に触れる。
「|地獄傀儡《アイツ》に撃たれた場所、痛くない?」
偶人はそう問うと、優しく紫雲を抱きしめた。
「ようやく──ようやく君を思う存分触れる」
偶人はそう言い、優しい手で紫雲のあちこちを触る。その偶人の行動に、紫雲は顔を顰めた。
「何、急に」
そして紫雲は偶人としっかり目を合わせた瞬間、ゾッとする。今までにみたことがないような、複雑な目だった。
「俺はね、ずっと君と一緒にいたいんだ──だからさ、ちょっとくらいの制限は仕方ないよね?」
偶人はそう言うと、バラバラと沢山の尋常じゃない道具を取り出す。それを見た紫雲は、徐々に顔を引き攣らせていった。
「屑洟兄さん────?」
縋るようなその声に、偶人は笑顔を向ける。それに、紫雲は首を振った。
「本気か?正気か?僕が大好きな屑洟兄さんは、そんなことはしない」
紫雲のその言葉に、偶人は笑顔を曇らせる。
「俺はさ、君さえいればそれで良いんだ。正直、地狱的入口のソルジャーも、幹部も、空木も、傀儡も誰もいらない。この世界だって、君がいればそれで良いんだ。きっと傀儡はそのことに恐怖を覚えたんだろうね。彼は俺のこの感情に気づいちゃったから。だからわざと、俺と取り引きをしたんだよ。本当、馬鹿だよね」
「取り引きって、何?」
「『自分の人生を全て捧げる代わりに、地獄人形の自由を保障してください。僕の命は屑洟兄さんが握って良い。その代わり、人形にだけは、絶対に。彼の好きなように生きさせてください』傀儡はそう言って、俺に頭を下げたんだよ。土下座して、本気で懇願して。俺も傀儡は嫌いじゃないからね。一応その条件はのんだよ?プラスして、『地獄人形は俺の物』っていう条件も付け足したけど。仕方ないから、とりあえず失踪したっていうことでしばらくは姿を隠してたんだけどね」
偶人はそこで完全に怒りの目をしている紫雲を嘲笑うように微笑んだ。
「けど、俺考えたんだよ。傀儡を殺しちゃえばさ、取り引きだって、なしになるよねぇ?」
紫雲は、信じられない物を見るように不気味に微笑む偶人を見つめた。
「っそれが、屑洟兄さんの本性ですか?」
紫雲は冷たい、軽蔑するような瞳で偶人を見据える。
「俺は本気でお前を軽蔑するよ地獄偶人」
紫雲のその言葉に、偶人は目を見開く。紫雲が、偶人を屑洟兄さんと呼ぶのをやめ、一人称が俺に戻る。紫雲が、壁を作った証拠だった。
「俺は、君だけは傷つけたくなかったんだけどな」
偶人はそう呟くと、床に散らばっている1つの紙を拾った。
「少しぐらい、調教は必要だよね」
紫雲は咄嗟に目を瞑った。地獄偶人が使う技は、彼が持っている紙を目で捉えてしまった時に発生する。しかし、少しだけ遅かった。紫雲は自分の腕から垂れる血を感情のこもってない目で見てからホッとする。目を瞑ったことにより、偶人が狙っていた場所からは逸れた。
紫雲は、ゆっくりと呼吸をしてから片足を引く。目を瞑ったまま、姿勢を少し低くし懐にしまってあった1つの小さな粉をばら撒いた。
「Code name【楽園】──全てを楽しみ殺し尽くす」
【楽園】──それは紫雲が黒雪とLastと一緒に色々な国を練り歩いていた時に黒雪につけてもらった名前だった。偶人は、見たことが無い紫雲の攻撃に呆然とする。
「……え?」
偶人はポタポタと体から垂れる自分の血に声を漏らす。紫雲も偶人も、1ミリも動いていなかった。紫雲は目を瞑ったままその場に静止しており、偶人は紙を持ったままその場に静止していた…はずだった。しかし現状、偶人は攻撃を受けている。そのことに、偶人は笑顔を浮かべた。
「いいねぇこれ。君の攻撃なら痛くても嬉しいな──だからさ、紫雲も俺の攻撃をもっと味わってよ」
紫雲は目を開き、飛んできた銃弾を避ける。狂っている──紫雲は改めてそう感じた。
「ねぇ、避けないで?逃げないで?大丈夫だよ──痛いのは一瞬だ。それに痛いのが終わったら沢山優しくしてあげるしさ、一回──少しくらい我慢してよ──ね?」
「──────────っ」
偶人の早すぎる銃弾が、紫雲に当たる。紫雲はその場に倒れ伏した。偶人はその様子を見てにっこり笑う。
「反抗はしないでよ?俺だって君が苦しむのは嫌なんだ。なるべく君に傷はつけたくないしね。今から絶対に動くな。下手すれば致命傷になる」
偶人はそう言うと、紫雲に薬を飲ませてから床に散らばっている鎖を手に取る。手にはしっかりと手枷をつけ、足には壁とつなげてある鎖をつける。苦しそうに呼吸する紫雲を嬉しそうに眺めてから偶人は部屋を出て行った。
---
「彼にっ──地獄人形に手は出さないんじゃないのか⁉︎」
偶人は今部屋で起きたことを、紫雲よりも頑丈に拘束されている闇雲に楽しそうに話した。その言葉に、闇雲はそう怒鳴りつける。偶人はそんな闇雲の足に発砲した。
「五月蝿いな──俺の気分次第で君死ぬわけだしさ、もっと大人しく出来ないの?」
闇雲は黙り込んだ。何を言っても無駄だとわかった瞬間、彼はため息を吐いた。そして、隣で同じような状態で拘束されたまま気を失っている氷夜を少し見てから偶人に問いかける。
「氷夜を連れてきた理由は?」
「使えそうだから…かな。空木の師匠の氷夜くんだよ?利用するしかないじゃん?」
【氷夜は空木の師匠】闇雲は、初めて与えられる情報に、心の中で動揺した。どこか、少し技が氷夜に似ていた空木。それだけで関係性に気づくべきだったと闇雲は軽く後悔する。
「あぁそうだ、屑洟兄さん。これは一応言っておくけど。孌朱とおなさ、Last、黒雪、七篠、レモンは必ず真実に辿り着く。いつかこの場所もバレるかもね」
嘲笑する様に言ったその言葉を放った闇雲を、偶人は冷たい目で見つめてから去って行った。
終焉の鐘 第十七話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第十七話 ~監禁~
---
「────っ」
「ほら──ほしいならちゃんと言ってよ。薬、ないと困るんでしょう?」
いつもの発作で呼吸が荒く、顔色も悪い苦しそうな紫雲に、偶人は楽しそうに薬の入った瓶を軽くふる。紫雲は苦しそうに顔を顰めながらも何も言わずに偶人から目を逸らす。
「めんどくさ──」
偶人はそう呟くと、乱暴に瓶の中の薬を紫雲の口に流し込んだ。呼吸が落ち着いてきた紫雲を見てから、偶人は紫雲を押し倒す。紫雲の上に覆い被さるような体制で、偶人は笑顔で紫雲に問いかける。
「紫雲さぁ、何回ヤったことあるの?」
「は──────?」
偶人のその意図の読めない問いに、紫雲は呆けた声を出した。そして、本気で不気味な物を見る目で偶人を見つめる。
「だからぁ、何回女の子とかってセックスしたことがあるの?って聞いてんの。裏社会で生きている身でさぁ、一回も経験ないなんてあり得ないじゃん?」
偶人の言う通りだった。色々な情報を掴んだり、友好関係を結んだりするために。ある程度の立場の裏社会の人間は女を利用する。アンダーボスである紫雲が、それをやったことがないはずがない。
「傀儡…闇雲は7人と、13回くらいだっけな?思ってたより少なくてビックリしたよ。で、君は?」
「そんなわざわざ数えてない──覚えてるのは4人」
紫雲のその答えに、偶人は満足そうに笑顔で頷いた。
「俺はね、結構そういう行為に慣れてるんだけどさぁ、たまには紫雲も、受ける側。やってみたくない?」
偶人はそう言うと、紫雲の服に手を伸ばした。
「ハ?マジで何言ってんの?男同士だよ?」
紫雲のその言葉を、気にもしなかったように偶人は笑顔を深める。紫雲は鎖に繋がれていてもできる範囲で足を振り上げ、偶人のお腹を蹴飛ばした。
「ウッ────」
苦しそうな声を出し、偶人はお腹を抑える。
「何すんの?折角気持ちよくさせてあげようと思ったのに」
「お前とヤるくらいなら傀儡とやりたいね」
いつまでも変わらない紫雲の冷たい態度に、偶人はため息をついた。そして、偶人の手によって少し改造された銃を取り出し、紫雲の腕に発砲する。
「っ‼︎」
鉛が当たった所からの出血はなかった。その分、当たった所からだるくなっていくのがわかる。
「あとどのくらい、調教が必要なのかな?大人しくしていればいいのに」
偶人はそう言うと、躊躇いもなく紫雲のお腹を踏みつける。苦しそうに顔を顰める紫雲を見て、偶人は微かに笑った。
「駄目だよ?俺に反抗したら」
「─────屑洟兄さんはさ、何が目的なの?」
紫雲は悲しそうに目を細める。
「もう──何も理解できない」
紫雲のその言葉に、偶人はハッとしたように目を見開く。そして笑顔を曇らせ呟いた。
「もう、戻れないんだ」
偶人の悲しそうな、辛そうなその顔を見て、紫雲は息を呑む。自分が知らない数年間で、偶人に何があったのか。紫雲にはそれを知る手段がなかった。
「ごめん、兄さん」
紫雲はそう言うと、力一杯に足を振り上げ偶人を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした時に足で偶人から奪い取った銃で手枷を外し、懐の銃を偶人に構えた。
「紫う」
「仮にも遠くの王国で最強を名乗ってたんだ。そこまで弱くはない」
紫雲はそう言うと、引き金に力を込めた。
「俺は、自分の身の為にも、屑洟兄さんを殺すよ」
呆然としている偶人に、紫雲は発砲してから部屋のドアを開けて走り出す。途中ですれ違った、攻撃してきそうな相手を全員殺しながら──
「そんなに走って、どこに行くんですか?」
突然かけられた声に、紫雲は静かに振り向く。
「申し訳ありませんが、偶人様のご命令により、あなたをこの場から出すことは不可能です」
そう言った青年、空木は無表情のまま銃を取り出す。
「誰かと思ったら──こないだ傀儡の姿をしていた偽物か」
紫雲のその言葉に、空木は目を見開く。傀儡として変装していた時の雰囲気は全て消し去っており、声も変えている。それを、一発で見破られたのだ。
「流石、あの地獄人形様ですね──腕がなる」
空木は不気味に微笑んでから一気に紫雲との距離を縮める。紫雲は空木に発砲しなかった。ただ、空木の攻撃を交わしながら観察している。
「氷夜の弟子か────?形が、構えが表面上は変わっているが、細かい所は鮮明に再現されている」
空木は何も答えない。静かに紫雲への攻撃を続ける。
「1ミリも当たってないな。氷夜の教育を最後まで受けてないんじゃないのか?アイツならもっと完璧に教え込むはずだ。何かがあったんだろうな。屑洟兄さんなんかに拾われて、可哀想に」
「黙れっ────────‼︎」
我慢できなくなったかのように、空木が大声を出した。
「ほら、全部図星なんだろう?」
勝ち誇ったように笑顔を浮かべる紫雲に、空木は舌打ちをした──
終焉の鐘 第十八話 第一部完結
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第十八話 ~|永遠《とわ》の別れ~
---
「俺は、あんなクソ野郎よりも強い──あんな師匠よりも────」
「その辺にしておけ──いくらお前でも殺すぞ」
空木の声を遮るように、後から空木のこめかみに銃口を押し付ける人物がいた。
「────────っ師匠」
空木に銃口を押し付けている青年、氷夜は微かに微笑む。そして口を開いた。
「紫雲様、闇雲様が────1番奥の部屋です」
氷夜のその言葉で、紫雲は察したように走り出す。
「傀儡っ──‼︎」
紫雲は扉を蹴り飛ばして入った部屋で声を出す。その部屋では、苦しそうに咳き込みながら倒れている闇雲──地獄傀儡がいた。
「当たり前だよ────いつも君のために毒を飲んできたんだから」
そして、後から聞こえた不気味な声にハッと振り向く。闇雲は重そうな体で立ち上がり、紫雲を守るように前に出た。
「それ、以──上、紫雲に近づくな」
闇雲は苦しそうに銃を目の前の青年に向ける。さっき、紫雲が殺したはずの地獄偶人に向けて──
「ねぇ、紫雲に悠餓──?俺はね、これでも君たちのことは大好きなんだよ」
『殺してしまいたいくらいに』偶人は不気味にそう笑うとのんびりと紫雲たちに歩み寄る。
「この数年間、1日たりとも君たちのことを考えない日はなかった。そんな日はあり得なかった。君たちと出会ったあの日から、俺はずっと君たちの虜だった」
偶人は感情が読み取れない笑顔を浮かべたまま闇雲の目の前まで来たところで立ち止まる。
「酷い話だよね。こんなにも、手を伸ばせば届いてしまう距離にいるのに、いつまで経っても君たちには届かなかった」
「紫雲に打たれた所、結構痛いな」
「俺も人間だよ。悲しくもなる」
「なんで?どうして?っていつも思う」
「俺は君たちみたいに綺麗な心を持ってないんだ」
「自分でも分かってるよ」
「ならどうすればいいの?」
「本当、好きすぎて憎い」
溜めてきたものを全て吐き出すように偶人は笑顔で喋り続けた。一度言葉を区切り、悲しそうに笑う。
「本当に届かないならさ、俺のために死んでよ」
偶人はそう言い、目の前の闇雲を蹴り飛ばす。床に押し付けてから首に手を回し、力を込めた。
「ウッ──屑──洟兄──さん」
闇雲のその声に、偶人は悲しそうに微笑んでから手を緩める。
「お願いだよ、2人とも──俺を殺せ。殺してくれ────」
偶人はそう言うと、懐から小さな紙と鍵を取り出す。そしてそれを紫雲に投げた。
「なるべく早く、その場所に行くように。君たちが知るべきこと、知らない方が良いこと、どんなに辛くても受け入れないといけない全ての真実が分かる」
紫雲は躊躇いながらもそれを拾い、偶人に銃口を向けた。
「屑洟兄さんのことは、本当に大好きです」
「俺もだよ、紫雲、悠餓」
静かな空間に似つかない発砲音が鳴り響く。ドサッと、目の前の偶人が倒れるのを見てから、紫雲はあまりにも静かな闇雲を見る。それを見た瞬間、紫雲は膝から崩れ落ちた。
「嘘────だろ────」
紫雲の瞳から、ポタポタと雫がたれる。
「なぜ────?僕はまだっ──まだ君から何も聞けてない‼︎まだ何も終わってない‼︎まだ何も知らない‼︎まだ昔みたいに、笑い合えてない──────」
息はしてなく、脈もない目の前で倒れている大切な──大切だった2人を見つめて紫雲は力無くうなだれた。
「なんでまた────僕だけが残されるんだよ────」
「紫雲様だけじゃない」
上から降ってきた声に、紫雲は顔を上げる。
「来るのが遅くなってしまってすみません‼︎紫雲様」
そう言って、紫雲を安心させる笑顔を浮かべた黒雪は、紫雲に手を差し伸べる。
「もっと、僕を頼ってください」
黒雪のその言葉に、紫雲は目を見開く。そして、差し出されている手を、のんびりと取った。
「黒雪の言う通りだね。俺たちは君を支える為にいるんだ」
「俺は、あなたにもっと上を向いてほしい」
「珍しく、こいつに同意見だ」
そして、いつのまにかそこにいた孌朱とLast、氷夜もそう声をかける。
「レモンと、七篠と、おなさは──?」
ふと、紫雲はそう問いかける。3人がいない。このメンバーが集まっているなら、いてもおかしくないはずだった。
「七篠とレモンは────地獄偶人の攻撃に耐えられなかった」
直球には言わないLastのその言葉に、紫雲はそっと目を閉じる。また、その2人を巻き込んでしまった。そう後悔する。
「おなさは、行方不明です──。気がついた時にはいなかった」
その言葉に、紫雲はため息を吐いた。
「どうやら、まだまだ面倒なことがたくさん起こりそうだ」
孌朱がそう呟くと、紫雲に微笑みかける。
「これからも、一緒によろしくお願いしますね、紫雲様────いえ、闇雲様」
孌朱のその言葉に、紫雲は軽く微笑んだ。
闇雲という存在は裏社会から消えることはない
たとえその人間が変わったとしても──
終焉の鐘 第一部 総集編
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
中国裏社会の帝王
【闇雲】
彼の率いる|組織犯罪集団《マフィア》
【|终焉的钟《終焉の鐘》】
彼らもまた、
嘘を信じ
嘘を愛し
そして
闇を愛すものだった
---
第一部 ~総集編~
---
「裏社会の帝王だぁ?」
偉そうな椅子に座っている男は報告してきた男を睨みつける。
「ハッそんなやつがわざわざ来るわけねぇだろ。それにそう名乗ってたとしても所詮はただの見栄っ張りだ」
「いえ、その、でもお会いしないというのは──」
「分かぁたよ。会えば良いんだろ?ついでにその見栄っ張りをドカンとイジメ倒してきてやる」
男はそう言い立ち上がる。
【黒手】
男はそう名乗っていた。とある犯罪組織集団のボスであることを誇りに思い、いかなる時も堂々としている男だった。
「この俺様に直接会おうとはえぇ度胸してんなぁ?」
そう言って思いっきりドアを蹴り開けた先にいた椅子に座っている男を見て、黒手は呆然とする。
「あ?裏社会の帝王とか名乗ってるやつが俺に会いにきたって言ってたが、まさかお前か?」
黒手の呆然とした声に椅子に座っていた男は笑顔を見せる。
「そうだが。それが何か?」
「ハハハハッ‼︎お前マジで言ってんのかよ?笑わせてくれんなぁ‼︎お前みたいなガキが裏社会の帝王だって?」
黒手は大笑いしながら馬鹿にしたように男を見る。
「まぁいいぜ?せっかくここまで来たんだからなぁ、用件くらいは聞いてやるよ」
黒手のその言葉に、男を相変わらず笑顔を浮かべたまま口を開く。
「この集団を解散させろ」
短くそう告げた男に、黒手はア?と声を上げる。
「お前なぁ、いくらガキだからと言って手加減はしねぇからな?」
黒手のその言葉に、男は微塵も表情を変えず相変わらず笑顔を浮かべていた。この様子を見て、黒手も流石に不気味に思い始める。
「黒手。俺は最大限に優しく交渉をしようとしている。やろうと思えばこのように話をせず、力ずくでこの組織を解散させることだって可能だ」
「ガキが‼︎いい加減にごっこ遊びは終わりにしろよ───」
躊躇いもなく男に殴りかかった黒手は、握られている自分の手を見て呆然とする。組織のボスでもある自分が、ガキに殴りかかったはずの拳を片手で軽々と止められている。その現実を見つめていた。
「お前っ一体」
「最初から言ってるだろう?裏社会の帝王だ」
男はそう言うと笑顔を浮かべる。
「で?要求は飲んでくれるのかな?」
「クソがッ‼︎お前ら‼︎ガキを殺せ‼︎」
そう命令した黒手によって、出てきた大量の部下を見て、男はやれやれと懐から銃を取り出す。
「全く、交渉というのは難しいね」
瞬殺だった。黒手は目の前で起きた出来事を呆然と見つめている。
「お前、一体────」
「だから最初から何回も言ってるだろう?裏社会の帝王だ」
「まさか────本当にあの闇雲────こんなガキが──?」
「ガキで悪かったね」
男はそう言うと黒手に向かって発砲した。
「全く。最近の奴らは物分かりが悪いものばかりだ」
「君だってその内の1人だろう?」
男の独り言に、返答をした奴がいた。
「あぁ、闇雲。今片付けを終えた所だ」
男の独り言に返答をした男は、闇雲と呼ばれていた。
「仕事が遅いな、紫雲」
闇雲は男を紫雲と呼んだ。
「闇雲は手厳しいですね」
「俺はあくまで君を大切にしているだけだよ紫雲」
「俺も闇雲──悠餓を大切にしているだけなんだけどね?」
◆ ◇ ◆
「一匹…二匹…三匹…四匹…」
暗闇に男の声が響く。
「お前いい加減にしろよ‼︎不気味なんだよ‼︎」
「──?」
「いや、『?』じゃなくてさ、人間なんだから匹で数えんな‼︎」
「なら黒雪くんが数えてよ」
「ハァ⁉︎」
「まずまず僕と君はやるべき仕事が違う。口出ししないでよ」
「今日は共同任務だろうが‼︎」
「そっか」
「七篠お前───」
2人の男性が言い合っている声が響き渡る。
七篠くずと黒雪
2人とも終焉の鐘の構成員の1人だった。
【七篠くず】
・立場:ソルジャー(構成員)
・上司である幹部:てこ
・青みがかかった銀髪同じ色の瞳
・何事にも無気力でぼんやりしていることが多い
【黒雪】
・立場:ソルジャー(構成員)
・上司である幹部:Last Project
・銀髪に黄色の吊り目
・とりあえずうるさい
そんな2人は今日、なぜかたまたま一緒にとある仕事をしに動いていた。
「先に行くね黒雪くん」
「おい七篠‼︎」
黒雪の静止も聞かず、七篠は闇に消える。そしてとある場所に向かった。
「どうも──」
そしてとある屋敷の扉を堂々と開けてそう声を発する。
「お前──何者だ?」
中にいた男のその言葉に、七篠は首を傾げる。
「僕は────何者なんだろう?」
これは別に男を挑発させるための言葉ではなかった。七篠が無意識に出した言葉がそれだった。それに男はカッとなり、七篠に攻撃を仕掛ける。
「──────何をやったんだよ」
黒雪が来た時には既に人は大量に死んでおり、悲惨な状態だった。
「これだから俺はお前と組みたくないんだよ──」
ぼそっと呟いた黒雪は、七篠しかいない屋敷に入り、色々なものを漁る。
「しかし、ヤベェ物持ってたなぁコイツらも」
目的の物を手に入れた黒雪は、足元に転がっている大量な死体を見ながら呟いた。
「地獄傀儡────僕は彼を許さない──だからこそ、この機密兵器は全部回収する必要がある」
七篠は黒雪の手にある物を奪い取ると、調合セットを取り出し成分の分解を始めた。
「俺の仕事なんもねぇじゃん」
ぼそっとそう言いながら黒雪は七篠を見る。
「本当、コイツと共同任務はしたくないな」
そう言って黒雪は七篠を置いて去っていった。
「地獄傀儡────お前だけは絶対に僕が殺す」
七篠は暗い闇でそう呟き、分解し終わった薬を持って終焉の鐘の屋敷に帰った。
◆ ◇ ◆
終焉の鐘幹部に収集がかかる。1人の青年は、誰もいない屋敷の集合場所で他のメンバーの集合を待っていた。
「Lastの部下が自分勝手すぎて共同任務が共同任務になってないという愚痴が入ってきた」
そして次に部屋に入ってきた青年にそう声をかけられて振り返る。
【Last Proejct】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・水色にピンクのメッシュの髪水色の瞳
・甘い笑顔を絶やさないイケメン
それが彼の名前だった。
「てこ──それはお前の部下が独特すぎるだけだ」
Lastはそう言うと、入ってきた青年こと、てこにそっけなくそう返す。
【てこ】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・茶色の髪に赤い瞳
・いつも病んでいる
「うるさいおしゃべりなら外でやってくれ───俺は忙しい」
2人がハッと顔を上げると、知らぬ間にそこに座って作業をしている青年が2人を睨みつける。
【氷夜】
・立場:カポ・レジーム(幹部)
・青の髪に白のメッシュの青の吊り目
・誰に対しても辛辣
幹部が全員揃った。それだけでその場の空気は凍りつく。冷たい沈黙が続く中、のんびりとそこに入ってきた青年がいた。3人が軽く目を見開く。そして即座に跪いた。
「あなたが出席とは珍しい───今日は何用ですか孌朱様」
【孌朱】
・立場:コンシリエーレ
・朱色に黒のメッシュの三つ編みに赤い瞳
・感情を読み取れない笑顔を浮かべている
コンシリエーレ──ボスにさえも軽々と物を言える立場の人間。彼は滅多に会議に出席することはなかった。いつもボスと陰で話し合い、それに従ってどこか知らない所で行動する。そんな彼が堂々と部屋に入ってきたのだった。3人は困惑する。
(なにを話せばいいんだ────⁉︎)
先程よりも気まずい空間が流れる中、孌朱はなんも気にしてなさそうに口を開く。
「Last────」
「はい」
そして名前を呼ばれたLat Projectは孌朱に体を向けて目を合わせる。
「黒雪の教育がなっていない──以後注意するように。てこ──」
Last Projectにそう告げた後、Last Projectの発言をする隙を与えず、すぐに孌朱はてこを呼ぶ。
「お前の所の七篠も──だ。馬鹿みたいに2人で張り合ってないでもっとちゃんとした教育をするように」
孌朱はそう言うと発言を許さないとでもいうような笑顔を浮かべて口を閉ざす。作業をしていた氷夜の手は止まっていた。下手したら首が飛ぶこの場面で、流石の彼も緊張している。
「氷夜、お前は彼の教育をもっとしっかりと行え──紫雲、お前はこの愚かな3人の上司だ。気を抜くな」
「御意」
氷夜への注意の後、孌朱が名前を呼んだ人物は、部屋にはいなかった。いなかったように見えた。3人は上から降ってきた声に目を見開く。上の方の棚に腰掛けている青年が1人。幹部の3人は呆然とそれを見つめてから跪いて挨拶をする。
「「「现在也为终焉的钟声响起而感到荣幸」」」
3人の声が綺麗にハモる。ピリッとした空気がその場に流れた。
【紫雲】
・立場:アンダーボス(若頭)
・紫の髪に紫の瞳
・????
謎に包まれている青年だった。いつもどこでなにをしているのかは不明。アンダーボスという立場を持ちながらも何をしているかは誰も知らない。
そんな紫雲に、3人は各々の感情をひた隠す。
「首領がお呼びだ──お前達3人の愚かな行いについて話がある。準備ができた者からついて来い」
冷たく言い放たれたその言葉に、3人は目を見開く。その様子を見て孌朱はふんわりと笑った。
「──正気かい?下手したらこの3人死ぬじゃないか」
「俺は至って本気だ──死ぬならその程度の実力なんだろ?そんな雑魚は|終焉の鐘《うち》にいらない」
冷たい目で見つめてくる紫雲に、3人は笑顔を貼り付けた。
(馬鹿にしやがって────)
3人はそう感じた。彼ら3人は、闇雲を知らない。彼はいつも姿を見せない。終焉の鐘が結成されてから3年──最初から1ミリも変わっていない幹部のメンバー。そんな彼らには、微かな不安と自信がある。そう簡単に、死ぬはずがない。
「それでは失礼────」
孌朱は短くそう言うと、紫雲を飛び越え、天井に隠されていた扉の中に入る。躊躇いもなく。その様子を見てから、紫雲は短く告げた。
「彼を追え──そこで首領が待っている」
紫雲のその言葉に、真っ先に行動したのはLastだった。軽々と孌朱が通った道を追いかける。その目は、とても楽しそうだった。それを見て紫雲は感情のこもってない目で彼を見てから残った2人を見つめる。
「お前らは行かないのか?」
紫雲のその言葉に、2人は無言で孌朱達の後を追う。全員を見送ってから、紫雲は今までの冷たい雰囲気を消し去る。そして苦笑して呟いた。
「悠餓は何を考えてるんだ────」
◆ ◇ ◆
「マジかよ────」
Lastはしばらく進んだ後に目に入った光景を呆然と見つめていた。
「いや──孌朱──屋敷を躊躇いもなく崩壊するとか──お前正気かよ」
先程通ろうとした場所を、孌朱によって破壊された。つまりそれ以上は進めない。Lastのその言葉に、孌朱の楽しそうな笑い声が遠くから聞こえる。
「ハハハッ────いやぁらすとくんも頑張るねぇ────ついつい、いじめてみたくなる。ちなみに教えてあげると、俺は闇雲の顔を知らない」
「ハ──────?」
孌朱の最後の言葉に、Lastの呆然とした声が漏れる。
「俺は少し、疑ってるよ?紫雲がもしかしたら闇雲かもなぁとか?俺は彼の戦い方も何も知らない。嘘しかないこのグループで生き延びるには、らすとくんのその優しさは捨てるべきだ。本当、君は昔から何も変わってないね」
「おい────」
Lastの声は孌朱に届かない。Lastは諦めて他の道を探し出す。その時に、孌朱と同じように破壊して他の幹部が通れないようにしながら──
しかし、彼は孌朱の言ったことが引っかかって仕方がなかった。あのコンシリエーレが闇雲の正体を知らない。それだけが胸にひたすら残る。
「考え事とは、随分余裕だね」
そして新しい道を通って出た部屋に着くと、孌朱にそう声をかけられた。そこには、どうやって行ったのか、紫雲と、頭全体が隠れる仮面を被っている青年がいた。髪色も、瞳の色も、何もわからない。そんな青年を見て、Lastは思う。
(これが────闇雲か)
直感が彼を闇雲だと言っていた。Lastは楽しそうにほくそ笑む。少ししてから、氷夜とてこがやってきた。全員が揃った時に、仮面を被った青年が口を開く。
「大変結構───」
その声は、相手を魅了するような甘い声だった。その声にLastは少しゾッとする。探られてる。そう感じたのだ。
「────ウ゛──ア゛────タスケ゛────」
奥の方から消え入りそうな苦しそう声が聞こえる。闇雲は奥など見向きもせずに幹部3人に話しかけた。
「今度、君たち3人と、俺と孌朱と紫雲とで、共同任務に取り掛かりたいと思ってる」
闇雲から発せられたその言葉に3人は目を見開いた。
「そのためにも、君たちの実力を改めて確認する必要があるのは──わかるよね?」
「──────────────っ⁉︎」
闇雲のその言葉と同時に、てこが腕を抱えて倒れ込む。容赦なく紫雲が腕を切断した。その様子を見てから、Lastは楽しそうに笑う。孌朱が言っていた、下手したら死ぬというのは、こういうことだろう。そう考え、彼はのんびり懐から銃を取り出す。
「3対1だ。負けるはずなどない」
氷夜はそう言うと殺意に満ちた目を紫雲に向ける。てこは切られた腕を痛そうにしながらも立ち上がり、紫雲に銃先を向けた。
◆ ◇ ◆
「紫雲、そこまでだ」
紫雲も、幹部の3人も大分ボロボロになった所で闇雲の静止が入る。
「合格ラインには入ってます」
紫雲はそう言うと、Lastを見てから言った。
「Lastは、特に素晴らしかった」
彼は複雑な感情だった。納得いく戦いができたわけでもないのに褒められる。それが彼にとってはかなりの屈辱だった。
「紫雲、任務の説明をしておいて。幹部の怪我が完治したら任務に取り掛かる。その時は呼んでくれ。僕はこれからゴミの片付けをする必要がある」
闇雲はそう言い残すと、部屋の奥の方に入って行った。苦しそうなうめき声が遠くから聞こえる。
相変わらず、闇雲は謎に包まれていた。
◆ ◇ ◆
(もはや闇雲は存在しないと考える方が合理的では?)
とある場所で、孌朱はそう考えていた。特別共同任務当日、目の前には幹部が3人揃っている。なのに、紫雲と闇雲がいない。孌朱は微かに苛立ちを隠せていなかった。
孌朱は、闇雲を知らない──
それが彼を焦られる原因の一つだった。なぜか闇雲は姿を見せない。それが突然の共同任務となると、話は変わってくる。
「Last────何か面白い話ない?」
「なんで俺なんだよ──」
「任務中だよ。言葉遣いに気をつけろ」
いくら仲がいいとは言え、いくら昔から関わりがあるとはいえ、今終焉の鐘として行動をしている限り上下関係は守る必要がある。孌朱は退屈凌ぎにLastに話しかけ、心では闇雲のことについて考えていた。そしてふと顔を上げる。
「いつから──そこに隠れてたんだ」
上にある人影を見てそう呟く。紫の髪の青年──紫雲がそこにはいた。
「別に──隠れてなんていないよ?孌朱。僕はただ紫雲の到着を待っているだけ。彼、今日も忙しそうだし」
そして、その言葉を聞いた瞬間ゾッとした。彼は、紫雲じゃない。他の3人も呆然と彼を見つめていた。
「失礼いたしました──闇雲様」
孌朱はそう言うとにっこり笑う。その様子を見て、3人も慌てたように頭を下げる。
「「「在也为终────────」」」
「長ったるい挨拶は嫌いなんだ。口を閉ざせ」
そして挨拶をしようとした瞬間に青年──闇雲に静止される。3人は気まずそうに笑顔を貼り付けた。動揺してない者などいない。全員がマジマジと闇雲を見つめている。紫雲と全く同じ容姿と、全く同じ声の彼を──
「さて、紫雲も来たことだし適当に片付けるか───」
闇雲が笑顔を向ける先には闇雲と全く同じ容姿の紫雲が立っている。
「どっちがどっちかわからないな────」
ぼそっと呟いた孌朱の独り言に、闇雲は反応する。
「そんな物、どちらでも良いだろう?」
「良くないですよ⁉︎」
楽しそうにはにかむ闇雲に、孌朱は速攻で言い返す。「冗談だよ」と楽しそうに笑う闇雲を見て、幹部の3人は思う。
(案外、無邪気に笑うんだな──)
冷酷に人を切り捨てると噂だったため、闇雲の笑顔は予想外の物だったのだ。
「さぁ────じゃあ作戦通りに行こうか。孌朱、任せたよ?」
「御意」
【任務情報】
终焉的钟と敵対している集団【阳炎集团】を全滅させる
彼らが今日取り組む任務はこれだった。孌朱は堂々と中に入っていき、そして発砲する。
「全員殺す」
孌朱が不気味に微笑んで発したその言葉を合図に、戦いは始まった。
「なんだおまえら⁉︎」
阳炎集团のメンバーは動揺しながらも着々と攻撃を仕掛ける。
「Code name【Last Project】──最後の仕上げの時間だ」
Lastはそう言うと、どこからか取り出した爆薬で屋敷を崩壊させる。中から聞こえる沢山のうめき声──中には孌朱もいる。下手したら彼も爆発に巻き込まれて死ぬだろう。ただLastは躊躇いもしなかった。
「さて、紫雲。僕は孌朱の様子を見てくるから君はLast達と一緒に計画を進めててくれ」
闇雲はそう言うとにっこり微笑み炎に包まれた屋敷に入っていく。これは計画には入っていなかった。
「や、闇雲様‼︎流石に炎に包まれてる時に中に入るのは」
「てこ、僕をなめないでほしいな」
てこの静止をあっさりと流し、炎の中に入っていく。
「諦めろ。何を言っても無駄だ」
紫雲のその言葉に、てこは仕方がなさそうに頷くと、紫雲達と一緒に計画を進めに行った。
◆ ◇ ◆
「俺の屋敷に、堂々と侵入してくる馬鹿がいるみたいだな」
屋敷が炎に包まれてる中、焦る様子もなく堂々と立っている男に孌朱は銃を向ける。
「まぁなんだ。折角なんだし昔みたいに仲良くしようぜ?孌朱」
「久しぶりだねぇ【煤煙】君のお気に入りのらすとくんは、君の元にいた時よりもずっと楽しそうだよ?」
男の名前は煤煙といった。彼こそが、阳炎集团のボスであった。
「ん~あの闘うことしか脳にない馬鹿弟子が、か?それはそれは楽しいみたいで良かったよ」
煤煙はなにかを思い出すようにそう言った。
「いやぁ、それにしても、孌朱も出世したなぁ。阳炎集团では若頭だったのに、今はコンシリエーレなんだって?馬鹿弟子は相変わらず幹部やってるみたいだな」
煤煙はそう言うと、のんびり立ち上がり、銃を取り出す。
「ま、俺も簡単に負けてやれねぇわけだわ。申し訳ねぇが、お前殺すわ」
煤煙はそう言うと、突然孌朱に攻撃を仕掛けた。咄嗟のことに反応が少し遅れた孌朱に、綺麗に鉛が命中する。
「相変わらず──動きが早いね。ただ、弱い」
「あ?」
苦しそうにそう言う孌朱は不気味な笑みを浮かべていた。
「Code name【孌朱】──真っ赤に染めて殺し尽くす」
「っ──────」
孌朱が、煤煙との距離を一気に詰めた。そして、孌朱が発砲した鉛が足に命中する。ただ、煤煙は平然と立っていた。負傷した足で、倒れもせずに──
「驚いたか?んまぁ、かなりいてぇなこれ。まぁただの擦り傷だ」
煤煙はそう言うと、少し片足を引きずりながら孌朱に近づく。
「お前の負けだ孌朱。降参しろ。昔みたいに良くしてやる」
こめかみにぐいっと銃口を押しつけられた孌朱は微かに微笑んだ。
(自分は、ここまで弱いんだな)
自分の次のコンシリエーレはらすとくんかな?紫雲にまた迷惑をかけるな
そんなことを考えながら、孌朱はニコニコ笑っていた。ただ、降参とは言わない。
「お前も面倒だな。ま、それなら死ねよ────」
カンっと、何かの金属音が鳴り響いた。
「あぁ────うーん。少し遅かったかなぁ──。もう少し角度を計算できた。後0.05mm北北西に向けてナイフを出してたら完璧に煤煙の心臓に命中したはずなのに──。なんでだろ──なんでズレたんだろ──ねぇ、なんでだと思う?孌朱」
孌朱は目の前に立っている綺麗な笑顔を浮かべた闇雲を見て、今までよりも深い笑顔を浮かべる。何かにホッとしたような、そんな笑顔だった。
「あ、はじめまして。煤煙さん。【终焉的钟】の首領の──────」
笑顔で話し出す闇雲に、煤煙は容赦なく発砲した。
「ちょっとさぁ──自己紹介中に攻撃仕掛けるとかマナーがなってないね」
つまらなそうにそう言った闇雲からは、先程までの人懐っこいキラキラの笑顔は消えており、完全に殺意をむき出しにしている冷たい笑顔を浮かべていた。
「マジで僕、君みたいな人が本当に嫌い」
孌朱は、何が起きたか分からなかった。ただ、煤煙が血を吐き出してその場に倒れたのだけが見えた。何をしたのかは何もわからない。ただただそれを呆然と見つめていた。
「良くも煤煙兄さんをっ──────」
突然聞こえてきた誰かの声に、ハッと振り返ると、銃を持った、紫雲と闇雲と同じくらいの年齢の青年がいた。
「君、名前は?」
「【月照】──孤児だった僕を育ててくれたのは、拾ってくれたのは、全部煤煙兄さんだったのに──‼︎兄さんがいないと僕は1人なのに────‼︎」
闇雲は困ったような顔をしてからその場に銃を捨てる。それに習って、孌朱も武器を全て捨てた。
「君、|終焉の鐘《うち》に来ない?」
「ハ───────?」
彼は終焉の鐘に招かれた──────
◆ ◇ ◆
「君、好きな果物は?」
終焉の鐘の屋敷に着いた時、闇雲は月照にそう問いかける。
「────レモン?」
「ならレモンくんだね」
闇雲のその笑顔に、月照はか顔を顰める。
「ハ?」
「君の名前。綺麗な黄色の髪だし、ちょうど良いね。そうだなぁ──例えるなら君はまだ熟していないレモンだ。これから、いろいろな経験を積んで少しずつ成長──熟していく」
闇雲はそう言うと月照──レモンの頭を優しく撫でる。闇雲のその行動にレモンは顔を赤くして反抗する。
「おまっ‼︎僕とお前の年齢そんな変わらないのに子供扱いすんなよ‼︎」
レモンのその反抗的な態度を闇雲は楽しそうに見つめてから氷夜を見て口を開く。
「氷夜、君の所のソルジャーにしよう。世話を頼んだよ」
「俺が──ですか?」
氷夜は少しだけ面倒そうにそう言った。けれど、周りからの引き受けろという強い視線に負けたようにため息を吐く。
「わかりました──。レモンの世話は引き受けます」
氷夜はそう言うと、相変わらず冷たい瞳で全員を見てから身を翻してその場を去って行った。
~1ヶ月後~
「また逃げ出したのか──」
氷夜は誰もいない部屋を見てから溜息を吐き外に出る。
「これで何回目だ──あの問題児が脱走するのは」
面倒だと言いながら氷夜は丁寧に自分の屋敷の側を探す。そしてとある一角に来てから口を開いた。
「そこにいるんだろうレモン。何回逃げ出せば気が済むんだ──」
氷夜のその言葉を聞いた後、隠れているレモンは悲鳴のような声を上げた。
「お前は僕の何も分かってない‼︎結局あの闇雲ってやつに命令されたから仕方なく僕を育ててるんだろ⁉︎」
レモンのその言葉に、氷夜は黙り込む。今まで逃げ出した時は、何も喋らなかったからだ。
「ほら、否定しないんだ‼︎あんたは僕のことを敵だと思ってるんだろ‼︎煤煙兄さんの弟という立場の敵だ。本当は僕のことなんか殺したいんだろう‼︎僕はっ────」
「黙れクソガキ。ごちゃごちゃと我儘言ってないで現実を見ろ」
『クソガキ』そう呼ばれたレモンは黙り込む。
「俺は最初は確かにお前の世話は面倒だった。だが、今は違う。知識もあるし才能もある。この1ヶ月で俺は随分とレモンについて知れたつもりだ。知らないことの方が多いかもしれないが、それでも俺はお前のことを知れた。愛おしいとも思っている。大切だと思ってる」
氷夜はそこまで言うと、レモンの方に歩き出す。
「申し訳ないが、調べさせてもらった。お前がいた孤児院は取り潰されたのだろう?君には幾つかの選択肢があったにも関わらず、裏社会への道を選んだ。なぜだ?」
予想外のことを聞かれたことに驚いたのか、氷夜に無理やり目を合わされたことに驚いたのか、あるいはその両方か、レモンは目を見開く。
「昔──孤児院の子じゃない同学年くらいの2人がいたんだ──とても優しくしてくれた。その2人は、裏社会で生きているらしい。だから僕は、彼らを探すために煤煙兄さんの元に行った」
「寂しかったんだろう?」
氷夜のその言葉に、レモンは泣きそうな顔をする。そして歯を食いしばって答えた。
「僕は寂しくなんか────」
「もっと俺を頼れ」
レモンは呆然と立ち尽くす。氷夜に、抱きしめられたまま。氷夜は、冷たい見かけによらず、暖かかった。その温もりが、レモンを少し安心させる。
「もっと泣いていいんだ。溜め込まないで俺を頼れ。俺はお前をちゃんと愛してるから。ちゃんと縋るんだ」
氷夜はそう言うとレモンを優しく撫でる。その途端、レモンの目から雫が垂れた。ポタポタと、それを拭いながらレモンは言った。
「ごめん────なさい──」
レモンが氷夜に懐いた瞬間だった────
◆ ◇ ◆
「僕は必ず、君たちを見つけてみせる──愛してるから。地獄傀儡と、地獄人形を」
レモンが探している孤児院での友達である2人、それは────
七篠が憎しみを抱いている2人だった────
◆ ◇ ◆
『ねぇねぇ、2人の名前なんて言うの?』
『僕?僕は地獄傀儡』
『僕は地獄人形』
『カッコいい名前だね』
『君は?君はなんていうの?』
『僕は孤児だから、名前はないんだ』
『そっか──傀儡、この子に名前をつけてあげようよ』
『そうだなぁ──月のように輝くその綺麗な黄色の髪から【月照】とか?』
『僕の名前──月照──すごい‼︎カッコいい‼︎2人ともありがとう』
『また、今度会おうね』
「──────っ」
紫雲は恐ろしい夢でも見たかのように飛び起きる。
「今度なんて──なかったのにな──────懐かしい夢を見た」
紫雲はそう言うと、のんびり腕を服に通した。
「もう会うことなんてないと思ってたよ────月照。僕は君を傷つけるから、わざと孤児院を取り潰したのに──なんでこう簡単に再会しちゃうんだよレモン」
悲しそうな笑顔を浮かべながら、紫雲は髪をかき上げる。そして溜息をついて部屋を出て行った。
「紫雲、おはよう」
「悠餓──おはよう」
紫雲に悠餓という青年は声をかける。綺麗なオレンジ色の髪の青年だった。彼こそが、変装していないかの闇雲である。
「────また、あの夢見たの?」
悠餓の──闇雲の心配そうな声に紫雲は目を逸らす。
「なんで悠餓は、僕が地獄人形なのに色々してくれるの──?あの、地獄人形なのに」
闇雲は予想外の問いに軽く動揺する。こんなに弱々しい紫雲は、久しぶりだったのだ。
「過去なんて、関係ない。僕は紫雲が大好きだから」
闇雲はそれだけ言うと、これ以上は妙な問いをするなというように笑顔を貼り付ける。紫雲は、何かの怒りをぶつけるように口を開いた。
「僕はいつまで嘘をつき続ければいいの──?七篠は僕と──地獄人形と地獄傀儡を恨んでる。月照──レモンは僕と傀儡を探している‼︎それなのにいつまでも2人に真実を話せていない。2人だけじゃなく、みんなに──。僕がこんなのだから────」
紫雲は今にも泣き出しそうな顔で闇雲を見つめる。
「地獄傀儡は僕のせいで死んだんだ。いつまでみんなを欺けばいい?いつまで嘘をつき続ければいい?いつまで僕は自分を偽ればいい?」
紫雲のその、何かに縋るような、悲鳴のような言葉に、闇雲を静かに紫雲に笑顔を向ける。
「紫雲──君が隠していること、嘘をついていることは、今から僕が言う物以外にあったりするのかな?」
闇雲の冷静なその問いに、紫雲はスッと黙り込む。
「紫雲は地獄人形。紫雲の生まれは共和国の貴族で、地獄傀儡は紫雲の幼馴染。5歳の時、共和国が戦争に巻き込まれて紫雲と地獄傀儡はこの国に逃げ出す。その後、この国で裏社会の人間として色々な犯罪に手を染める。月照──レモンのいた孤児院を潰したのは地獄人形と地獄傀儡。レモンに月照という名を与えたのは地獄傀儡で、それを提案したのは地獄人形。七篠の両親と、その家の使用人を全員殺したのは地獄傀儡。それの手伝いをしたのは地獄人形。その他色々なことをして裏社会で有名になった時、紫雲のせいで地獄傀儡は飛び降り自殺を試みる。そして──紫雲が留守の間に地獄傀儡は死んだ。ビルの上から飛び降りて。紫雲は未だにそのことに責任を感じている。僕が紫雲と出会ったのは傀儡の死から2週間後。紫雲は地獄人形だという正体を知った僕に危機感を覚え、暗殺を試みる。1ヶ月一緒にいるうちに、その殺意は消え去った。今は七篠達を騙すのに罪悪感を抱いている────。そして幹部やソルジャーの前で冷たい雰囲気を出すのもまだ慣れていない」
闇雲はそこまで言うとにっこり微笑んだ。
「こんなところかな?」
紫雲は、数歩後退む。紫雲が教えたことはない細かいことまで完璧に言い当てられた。そして、最初の頃隠していたつもりだった殺意もバレている。紫雲は息を呑み、真っ直ぐ闇雲を見つめた。
「紫雲、この世界は嘘で出来ているんだよ──。僕だって、君に数えきれないくらいの隠し事をしている。例えば────なんでこんなに君について詳しいのかとかね?裏社会で生き残るにはそれが必要不可欠だ。少なくとも、僕は紫雲の嘘を把握している。僕は君を守れる。だから、安心していいんだよ?」
闇雲はそう言うと、紫雲を力強く抱きしめた。紫雲は、少し躊躇いながらも自分の手を闇雲に回す。
「████████████」
「え──?」
紫雲は最後に闇雲が呟いた言葉に疑問を返す。しかし、闇雲は何もなかったかのように微笑むと紫雲を座るように促した。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」
紫雲は呆然と目の前で笑っている闇雲を見つめていた。
(なぜそれを、知っている────?)
紫雲はその疑問をしまい込み、軽く深呼吸をした。
闇雲を下手に探るのは──危険だ
◆ ◇ ◆
「それじゃあ、今日も闇雲役を頼んだよ?紫雲」
「御意────」
外で行動する時は基本、紫雲が闇雲と名乗って行動する。だからこそ、紫雲は単独で行動し、闇雲は変装せずに一人で行動する。そのせいで、誰も闇雲と紫雲の実力を知らない──
誰も彼らの真実を知らない──
誰も闇雲を知らない──
誰も────
誰も幾つもの国を潰した地獄傀儡と地獄人形の正体を知らない────
誰も地獄傀儡の本当の意志を知らない──────
「地獄人形は──俺がしっかり幸せにして上げないと」
誰も“彼”の思惑を知らない──
第七話~人形を操る傀儡~
「君が遅刻なんて珍しいね」
とある屋敷に、1人の青年は入っていく。その中で待ち構えていた青年はそう言うと笑った。
「いや、まぁ──色々あった物でして」
入ってきた青年はそう呟くと、近くの席に腰掛ける。綺麗な黒髪の青年だった。黒髪から覗く綺麗な目はオレンジ色で、相手を引き込む色をしている。屋敷で待っていたもう1人の青年は、藍色の髪をしていた。
【地獄|偶人《ぐうじん》】
・所属:????
・藍色の髪の藍色の瞳
地獄偶人は屋敷に入ってきた黒髪の青年に微笑む。
「それで、計画は順調なのかな?傀儡──」
【地獄傀儡】────
彼は地獄人形のために自殺した。
そう紫雲は思っていた。
ただその本人は、今この場にしっかりといたのだった。
【地獄|傀儡《くぐつ》】
・所属:????
・黒髪にオレンジの瞳
「それにしても、傀儡。お前数え切れない数の裏社会の住人から反感買ってる自覚ある?お前めちゃくちゃ殺人対象に入ってるよ?」
平然としている傀儡に偶人はそう呆れたように問いかけた。
「まさか。自覚はあるよ?まぁだって所詮みんな雑魚じゃん?全員で一気に襲いかかってきても勝てるだろうし。今はもうないあの共和国で最強と言われた俺だよ?あの闇雲さえも俺に頭を下げた。闇雲は俺と戦って俺に敗れた。そうだろう?なぁ闇雲」
傀儡がそう問いかけて後を向くと、そこには1人の青年、闇雲が立っていた。
「二つ訂正しておこう。僕は君に頭を下げていない。そして僕は君に負けてない」
偶人は呆れたように傀儡を見てから闇雲を席に座らせる。
「感謝してほしいくらいだね。言おうと思えば今にでも紫雲に君達のことを伝えられるのに。今こうして協力してあげている。妙なことを言うなよこの外道」
闇雲はらしくないドス黒い声でそう言うと傀儡が座っている席を蹴飛ばした。そして偉そうに足を組み鼻で笑う。
「傀儡、君自分の立場分かってんの?君は僕に頭を下げた。妙なことはしないでほしいね。じゃないとこうやって、盗聴されてしまうじゃないか」
闇雲はそう言うと銃を取り出し壁を破壊させる。そこから、小さい金属が落ちてきた。機密兵器1003。体に埋め込まれた金属によって盗聴した内容を生で脳内に響かせ記憶させる。そんな機械だった。
「ご協力に感謝するよ」
闇雲は不気味に微笑んでから盗聴器を拾い、そう言って去って行った。
「嵐のような人だな」
傀儡のその言葉に、偶人は溜息を漏らす。
「傀儡いや、空木はなんでこんなことしてんの?」
偶人のその問いに、空木と呼ばれた傀儡は悲しそうに微笑んだ。
「僕は本物の地獄傀儡に逆らえないからだよ」
そう言って、彼も部屋を出て行った。
◆ ◇ ◆
「全く。傀儡って名前も皮肉なもんだな」
「何が言いたい?」
のんびりそう呟く偶人に、闇雲は冷たい目で偶人を睨みつける。
「地獄傀儡──|傀儡《くぐつ》っていうのは、|傀儡《かいらい》──人形とかを操る人のこと。地獄傀儡って名前は、地獄人形とかその他諸々を管理して自分の思うままに動かす。そういう由来なんだろう?」
偶人はそう言って「違うかい?」と闇雲に問いかける。
「僕に聞くな。お前も余計なことばっかりする。面倒だ」
闇雲は静かにそう言うと、浮かべていた笑みをスッと消し去る。その目には、確実に殺意がこもっていた。
「地獄偶人。僕は【地狱的入口】の1人だ。そうだからこそ君達を殺すような真似はしない。ただ、それは僕がご機嫌な時だけだ」
闇雲は冷たい雰囲気で偶人を嘲笑う。
「少なくとも俺を怒らせないことだな」
闇雲のその言葉に、偶人は苦笑する。
「扱い方がわからないお方だ」
◆ ◇ ◆
「黒雪──大丈夫か?」
Lastは自分の屋敷のとある部屋で熱を出して寝込んでいる黒雪にそう問いかける。
「Last──大丈夫────じゃない」
黒雪はそういったかと思うと、沢山の血を吐く。Lastは軽く黒雪の頭を撫でてから部屋を出て行った。Lastが部屋を出て行ったのを確認してから黒雪は隠していた体調を露わにする。どんどん顔色は悪くなり、呼吸が浅くなっていった。
「ダメだ──ダメだダメだダメだ────俺はもっと──Lastの役に──────」
「無理はしない方がいい────」
黒雪の言葉を誰かが遮った。黒雪は呆然とそこに立っていた青年を見つめる。
「Lastに任務の間、少し体調が悪い黒雪を見ていてほしいとお願いされたのだが──少しどころじゃないな」
そういった青年こと、紫雲は部屋に何かを広げ、黒雪の体を触りながら何かを作っていた。そして出来上がった物を黒雪に渡す。
「飲め」
「いやです────‼︎」
黒雪は真っ先にそう言っていた。目の前に突き出されている物は気持ち悪い見た目の液体──もしかしたら個体かもしれない物だ。いくら紫雲が調合したものだと言っても、どうしても飲む気にはなれないものだった。
「見た目はともかく、味と効果は保証する」
「味は保証してくれるんですよね⁉︎今確実に言いましたからね‼︎言質とりましたからね‼︎」
「騒ぐ暇があるなら飲め」
そして無理矢理口に流し込まれた。黒雪はそれを飲み込むと呆然と口を開く。
「美味しい────?」
黒雪が漏らしたその言葉に、紫雲はにっこり微笑んだ。
「ほらな?言っただろう?」
そして紫雲は黒雪の寝ているベッドの隣の椅子に腰掛ける。
「黒雪、お前が眠るまでここにいてやる。今は安静にしていろ」
満面の笑みの紫雲に、黒雪は顔が引き攣っていく。
「あの────アンダーボスで上司のあなたが隣にいる状態でスヤスヤと眠れませんよ──?」
黒雪のその言葉に、紫雲は「ん?」と顔をかしげた。
「もしかして──俺のこと意識してる?」
「ハ──────?」
紫雲のその言葉に、黒雪は心の底から信じられない物を見るような感じに声を出す。なぜその思考に結びつくのだ⁉︎と黒雪は内心かなり焦っていた。自分の上司はとんでもない馬鹿かもしれない──と。
「昔──俺が大好きだった人がよく言っていた。意識している相手が隣にいると、ドキドキして緊張して眠れない──と。彼はいつもそう言って、頬を赤らめながら俺を抱きしめて寝ていた」
紫雲のその言葉に、黒雪は何か楽しそうに質問をする。
「その男性、恋人ですか?」
「なっ────」
ニコニコ笑顔の黒雪に、顔を染める紫雲。誰か他の人が見たら異様な光景だろう。
「恋人────ではないと思う。俺に裏社会で生きていくための全てを教えてくれた同年齢の人のことだ。今は──もういない」
黒雪は申し訳ないことを聞いたなと思いながら、どこか遠くを見つめる紫雲を眺めていた。
「まぁ紫雲様、結構イケメンですしね。男も女も何人も侍らせてそうです」
「お前──────俺は全くイケメンじゃない」
「突っ込むとこそこですか⁉︎」
「────?他に何がある?俺は黒雪の方がイケメンだと思うが」
「この無自覚人たらしめ‼︎覚えとけよ‼︎紫雲様イケメンなんだよ‼︎」
黒雪はそう言うとハハっと笑った。いつも冷たい雰囲気の紫雲だからこそ、冷淡で怖い人だと思っていた誤解が解ける。黒雪は紫雲の優しい眼差しにそっと微笑んだ。
「温かい────」
ぼそっとそう呟いて目を閉じる。紫雲は黒雪が眠りについたのを確認してからそっと部屋を出て行く。
そして外に出た時、ふと思い出したように呟いた。
「自分はイケメンなのか────?」
彼の頬は少し赤い。無自覚人たらしが、自分の顔面偏差値を理解した瞬間だったというのは、また別の話である。
◆ ◇ ◆
「Lastおはよう‼︎」
次の日、黒雪は元気に起き上がり、Lastにそう笑いかける。
「紫雲様って、すごい優しくて少し馬鹿で可愛いくてカッコいいんだね」
そして黒雪のその言葉に、Lastは首を傾げた。
「紫雲様が────優しくて馬鹿で可愛い──?」
理解できないと言いたそうな顔のLastを見て、黒雪は満足する。自分と紫雲の2人だけの秘密。そう思っておくことにした。
「あ、そういえば。氷夜さんの所にきた新しいソルジャーって誰?ボスが名前を付けたんだよね‼︎しかも氷夜さんも気に入ってるとか‼︎めっちゃ会ってみたいんだけど‼︎」
思い出したようにそう言う黒雪に、Lastは苦笑した。
「今日俺は会いにいくつもりだけど──一緒に行くか?多分──というか絶対黒雪とは気が合わないやつだけどな」
Lastのその誘いに、黒雪は笑顔で頷いた。
◆ ◇ ◆
「氷夜兄さん。僕コイツら嫌い」
「Last──俺様今すぐにこのクソガキ殺したいですね──‼︎」
「僕は別に──どうでもいい。てこくん、帰ろうよ。お子様には興味ない。黒雪くんも、レモンくんも、僕にとってはただの他人。勝手に滅んでくれていいよ」
幹部が率いるそれぞれのソルジャーの代表がそれぞれ顔合わせをした結果に、幹部の3人は溜息をついた。
「レモン──この2人は任務で一緒になることも多いだろう。仲良くなっておけ」
「黒雪、だから言っただろう?絶対に気が合わないって」
「七篠。俺も同意見な部分もあるが、滅んでいいとかは良くない。俺が責任を負うことになる──」
それぞれが溜息混じりに説教をするのを、2人遠くから見ている人影がいた。1人は紫雲。もう1人は、変装していない闇雲だった。
「うん。予想通りの仲の悪さだね──。あとは任せたよ紫雲」
「え、ちょ────」
そして闇雲は面倒になったのか笑顔でそう言って去っていく。
「あ‼︎紫雲様だ‼︎」
そして紫雲を見つけて黒雪はブンブンと大きく手を振る。紫雲は軽く顔を引き攣らせた。「黒雪っ──無礼だ。やめろ」というLastの静止を綺麗に無視した黒雪は、紫雲が完全に感情を失った時に浮かべる笑顔を貼り付けている紫雲に走り寄っていく。
「紫雲様‼︎お願いがあるんですけど、七篠とレモンくん消してください」
満面の笑みでそう言う黒雪に、紫雲は助けを求めるように幹部に視線を送らせる。ただ、全員が気まずそうに目を逸らした。黒雪もレモンも紫雲も年齢が近い。「紫雲ならうまくやれるだろうから俺には押し付けるな」というように3人は笑顔で視線を逸らしたのだった。
「首領のせいだ────」
紫雲はそう溜息をついてやけに近い黒雪を引き剥がす。
「やぁ──Lastに氷夜にてこ。俺から視線を逸らすとは──いい度胸してんね?このクソ野郎め──」
「「「え」」」
そして幹部の3人は固まった。紫雲の口調が荒い。「殺される」3人はそう悟った。
「おいLast──どうしてくれるんだ──お前の黒雪が全ての元凶だぞ」
「てこの言う通りだ。Last、お前の責任だな」
「おい、お前ら2人のところのやつらのせいでもあるだろ」
3人は引き攣った笑顔でお互いにそう言い合って目の前でニコニコ笑っている紫雲から少しずつ退く。そこで、紫雲の懐から着信音が鳴る。紫雲はスマホを出して画面を見てから固まった。スーッと空気が冷えていくのがわかる。紫雲は何かに怒っていた。画面を眺めてから電話に出る。
「何のようだ。────っ知らない。────てこ?てこがなんだ。早く要件を言え」
自分の名前が上がったことに、てこは少し驚き、紫雲に釘付けになる。
「──────そうか。ただ、用件を飲む前に確認しておきたいことがある。お前らの首領は誰だ?幹部は誰だ?|終焉の鐘《うち》と敵対したくないなら教えろ」
「教えろって言われましても、困るんですよ」
電話越しではなく、リアルで紫雲に応える物がいた。綺麗な藍色の髪の青年だった。
「ルキア帝国のただのマフィアグループですよ。【地狱的入口】我々のファミリー名です」
「で?お前は?」
「地獄偶人。この名前の形、気になるでしょう?」
偶人のあおるような言葉に反応したのは、紫雲ではなく、七篠だった。
「お前、地獄傀儡の仲間?」
冷たく問いかける七篠を偶人は笑顔でスルーして紫雲に笑顔を向ける。
「紫雲くん、あなたが我々と敵対したいと思っても、闇雲がそれを許さないだろう。我々と闇雲は仲が良い。敵対するのは、終焉の鐘ではなく、あなただけになりますね」
偶人は静かに銃を取り出し、紫雲に銃口を向けながら言った。
「こちらも任務な物でして。てこさんを大人しく引き渡してくれない限り、戦いたくないあなたと戦う必要があるんですよね」
偶人はてこの方を見ながら呟いた。
「てこさんを、正しくはイリアス王国の第3皇子を殺せという任務でしてね。私も失敗という不名誉を背負いたくない人間なので」
偶人は深い笑みを浮かべた。
「とりあえず、邪魔するやつ全員殺しますね」
◆ ◇ ◆
「紫雲様。俺は別に、殺されてもいいです。ここまで、俺の身分を偽って匿ってくださっていたのは確かですし」
てこはそう言うと、紫雲の前に出て偶人と向き合う。
「地獄偶人とやらが俺を殺したいのなら、ご自由にどうぞ。闇雲様がそれを許可したのなら、俺はいらない人物でしょうし」
てこはそう言いながらも、殺意を丸出しにして偶人に銃口を向ける。
「今ここでコイツを消します」
「ハハっそうこないとね」
偶人は楽しそうに銃をくるくる回す。
「てこくん、やめておきなよ。地獄偶人は、おそらく、とても強い」
七篠は心配そうにてこにそう言うが、てこは珍しい笑顔を浮かべて七篠に微笑んだ。
「七篠──お前は絶対に次の幹部になるな──お前にこの立場は身が重い」
「てこっ──────‼︎」
七篠の悲鳴のような叫びは、大きな銃声によってかき消された。
「うわぁ──腕に掠ったなぁ」
偶人はそう言うと、紫雲に笑顔を向ける。
「ご協力ありがとね紫雲くん」
偶人の足元に転がっている死体。紫雲はそれを辛そうに眺めた。
「お礼に1ついいことを教えてあげるよ。地獄傀儡は生きている──それじゃあ」
偶人はそう言ってその場を去っていく。偶人がいなくなるのを見てから、紫雲は真顔で通信機を取り出し、誰かに電話をかける。
「闇雲様。紫雲です。ただいまてこが────」
紫雲が通信を切ると同時に、七篠が紫雲に向けて発砲した。紫雲はそれを綺麗に避け、七篠を見つめる。
「なぜ────なぜてこくんを見殺しにした‼︎紫雲様ならアイツにも勝てたはずなのになぜ──────」
「俺には勝てない」
七篠の声を静かに紫雲がそう言って静止する。紫雲のその言葉に、七篠は「え──」と声を漏らした。
「俺は、終焉の鐘のアンダーボスだ。闇雲様の配下だ。そして彼らは闇雲様と仲が良い。まずまず攻撃することは出来ない。それに──彼は俺のことを知っている。弱みを、握られている」
紫雲のその言葉に、七篠だけでなく、黒雪も、レモンも、氷夜も、Lastも絶句した。
「ねぇ、もしかして──地獄傀儡って、紫雲様の昔の恋人────?」
黒雪のその問いに、紫雲は微笑んだ。
「こないだも言っただろう?恋人ではない」
そう言ったが、紫雲は恋人以外のことを否定しなかった。黒雪には、しっかりと伝わる。紫雲が大切にしていた人なのだと。
「七篠──辛いのは分かる。だけど、堂々としなさい。君が次の幹部だ」
七篠がハッと顔を上げると、そこに1人の青年が立っていた。紫雲は青年の姿を見た瞬間に跪く。それを見たLastと氷夜は察したようにすぐに跪いた。
「闇雲様──なぜ、その姿で」
紫雲は緊張したように問いかける。今まで、3年間幹部にさえ本当の姿を見せなかった闇雲が、変装もしていない姿でそこにいた。
「なぜ?それは僕が君に呼ばれたからだよ紫雲。3年間変わらなかった幹部が動くんだ。のろのろ準備するのも趣味じゃない」
「なぜ──?なぜ闇雲様はあんなやつらと仲が良いのですか──?なぜ闇雲様はてこくんを見殺しに──?なぜ闇雲様はあんな奴らと知り合った──?僕には理由がわからない」
闇雲が話終わると同時に、七篠がそう呟く。声は落ち着いているが、いつもの無気力な感じはなく、何か──力強い何かが宿っていた。しかし、七篠は闇雲と目を合わせた瞬間に固まる。綺麗な笑顔で闇雲は七篠を見つめていた。
「七篠──残念ながら僕は自分のことを探られるのが大嫌いなんだ」
冷たくそう言い捨てた闇雲に、その場にいた全員が固まる。殺気だ。闇雲が隠すつもりもない殺気を出している。
「これ以上俺を探るなら、君の命はないと思え」
闇雲の一人称が変わった。ピリッと冷たい空気が流れる。その気まずい雰囲気も場に、1人の青年はのんびり足を踏み入れた。
「七篠くず──てこのソルジャー1の実力だけど──それ以上に異常な行動が多すぎる。こんなのが幹部とは、頼りないね」
その青年は静かに言い捨てた。七篠は顔を上げて、声を発した人物を見つめる。
「はじめまして七篠くん。コンシリエーレの孌朱です」
孌朱はそう言うと、七篠には興味がないかのように口を閉ざし笑顔を浮かべる。七篠は挨拶をするタイミングを逃したことに少し口を動かしてから下を向く。
「紫雲──生憎僕は弱いやつを幹部にするつもりはない。いつも通りにお願いするよ。あんなので死ぬなら、幹部には必要ない。殺して良い」
「────っ御意」
闇雲に対し、紫雲は何か言いかけたが途中で止め立ち上がり、懐から銃を取り出して七篠に向けた。
「本気で俺を殺しに来い七篠──」
七篠は何かを躊躇っているように、紫雲を見つめた。
「こう言ったら君はどうする?俺は地獄傀儡────だ」
紫雲の言葉と同時に、七篠は動いた。黒雪とレモンには、目に負えないような速さで。
「なっ────」
七篠は、そう声を漏らしその場に膝をつく。渾身の速さで攻撃をしたはずなのに、掠りもしなかった。それどころか、七篠からポタポタと血が垂れている。
「その一瞬で、きっと君は死んでいた。幹部には向いてないな──別を当たる」
闇雲の冷たいその言葉に、七篠は呆然としている。紫雲は静かに銃をしまい、黒雪の方を見た。
「黒雪──俺はお前を幹部に推薦する。お前が決めろ。試験を受けるか受けないか──」
◆ ◇ ◆
「俺が──幹部?」
黒雪の呆然とした気の抜けた声に紫雲はふっと笑って頷いた。
「断っても良い。ただ、俺はお前を推薦する」
紫雲のその言葉に、黒雪はゆっくりと立ち上がり、Lastの方を見る。
「試験を受けて、良いですか?」
Lastは静かに頷くと黒雪に微笑んだ。
「全力でやってこい」
「はい‼︎」
黒雪は嬉しそうにそう言うと、紫雲に向き直る。
「紫雲様、必ず、勝ちます」
黒雪の力強い言葉に、孌朱は楽しそうにそれを眺めた。紫雲は一瞬、自分の心臓を触ってから銃を取り出す。紫雲のその動きは、黒雪から見たら謎だらけだった。ただ、そんなちっぽけなことをやる気が入った黒雪がきにするわけがない。
「Code name【黒雪】──真っ黒に染め尽くす」
黒雪の目に鋭さが増す。刃のように冷たく光るその目に、紫雲は数歩後退る。黒雪が得意とするのは近距離からの攻撃。それを回避するための行動だった。
「地獄────自虐────自殺────」
紫雲はボソボソとそう呟きながら黒雪の動きを捉える。その途端、黒雪の攻撃が紫雲に届く寸前で綺麗に空振った。体が変だ──黒雪はそう感じる。正しくは体じゃない。脳が変だ。そう感じた。前にいる紫雲が突然にぐにゃりと曲がったような感覚だった。
「自傷────」
「────────っ⁉︎」
突然飛んでくる紫雲の攻撃をスレスレで避けながら、黒雪は歪む目の前を見つめている。
「今の避けれるんだ──流石だよ黒雪」
(見えた)
黒雪はそう感じる。紫雲の動きが少し鈍い。
「黒雪っ────止まれ‼︎」
突然飛んでくる闇雲の声に、黒雪はハッと前を見る。黒雪は何もやっていない。攻撃は掠ってもいない。それなのに、目の前に紫雲は倒れている。
「紫──雲──様──?」
紫雲からの返事はない。目の前で倒れている紫雲は、苦しそうに呼吸をしていた。
「Last、僕の屋敷に戻って倉庫から203の薬を準備しておいてくれ。氷夜はレモンと一緒に自分の屋敷に戻れ。七篠も氷夜についていけ。孌朱、君はこっちを手伝え。黒雪はLastの屋敷から107の薬をもってこい」
手早く指示を出す闇雲に、全員が言われた通りの行動をした。Lastの屋敷に戻り、薬を探している時に、黒雪はふと思い出す。
「107って──────」
黒雪は手にした薬を見て息を呑んだ。これは薬というよりかは毒だった。飲んだら死ぬ──そうLastには教えられてた薬だ。黒雪は少し戸惑いながらもその薬を懐にしまい、元々いた場所に戻って行った。
「闇雲──ここまで来るとかなりキツイですよ?普通に死ぬ気ですか?」
闇雲の隣にいた男に、黒雪は目を見開く。
「地獄偶人──」
偶人は闇雲の隣で孌朱と闇雲と一緒に何かを調合していた。
「黒雪──遅い」
孌朱にそう言われた黒雪はハッとしたように薬を渡す。闇雲は、Lastが持ってきた薬と、闇雲達が調合していた薬を躊躇なく自分の口に流し込む。そして──黒雪が持ってきた薬という名の毒も口に流し込んだ。
「⁉︎」
薬の複錠、それに毒を自分に流し込めば、普通に死ぬ。自殺行為だ。闇雲のそれを止めようとした黒雪を、偶人は軽く抑える。
「大丈夫だ──闇雲は死なない。紫雲は闇雲にとって、数少ない生きる希望だから──今は見守っておいてやれ」
偶人はそう言うと黒雪に微笑む。
「|闇雲《あいつ》の心の闇を、これ以上増やさないで上げてくれ」
すがるようなその偶人の言葉に、黒雪は動きを止める。そして呆然と闇雲を見つめていた。
◆ ◇ ◆
「黒雪」
Lastの屋敷でぼーっとしている黒雪に、Lastは声をかける。
「紫雲様が、お前を呼んでる。闇雲様の屋敷ではなく、紫雲様の屋敷に行くように」
Lastはそう言うと、黒雪に一枚の地図を渡す。その地図を見た時、黒雪は固まった。
「これ──今はもうない共和国じゃ──────」
Lastは静かに頷いた。
「今まで紫雲様だけの屋敷が秘密裏にされていたのは、共和国にあったかららしい。俺も行ったことがない。遠いかもしれないが、なるべく急いで行け」
黒雪は大切に地図を握りしめて外に出る。1時間、黒雪は止まることなく走り続けた。そして、ボロボロに崩れている都市に入る。
【レストラ共和国】
平和で発展していた国だった。戦争に巻き込まれるまでは1番の先進国とされており、観光客も多かった。
その国が今では、ただの廃都市になっている。黒雪が共和国に足を踏み入れた時、ふと人を見つける。綺麗な黒髪で、紫の目をしていた。
その容姿は、黒雪でもよく知っている──
「【地獄人形】────?」
荒れ果てた地のとある墓場の上で、青年は立っていた。昔、小学生の殺し屋として知れ渡っていた青年──そんな地獄人形の容姿は裏社会では誰もがよく知っている。かつて、共和国を戦争に巻き込んだ国を全て、地獄傀儡とたった2人で滅ぼした存在だ。
「あぁ、黒雪──来てたのか」
突然声をかけられて、目の前の地獄人形を黒雪は呆然と見つめた。
「ようこそ──突然呼んでしまって申し訳ないね」
「紫雲様──?」
地獄人形こと紫雲は、冷たい雰囲気など微塵もない優しそうな笑顔で黒雪を少し離れた屋敷に招き入れる。屋敷に入った瞬間、黒雪は様々な光景が目に入る。
黒く塗り潰された幼い頃の紫雲の家族との写真──
床に散らばっている地獄傀儡だと思われる人からの大量の手紙──
飾られている幼い頃のトロフィーや賞状──
沢山の戦争中の写真──
そして、とある物を見た黒雪は固まる。
そこにはレストラ共和国の王族のみが持っているはずの共和国の紋章だった。
紫雲の痛々しい過去が脳に流れてくるような感覚になる。
「驚いた──?僕は、自分の本当の名前を知らない──」
ボソッと呟いた紫雲は、黒雪に席に座るように促し、お茶を出す。
「昨日、あの後目が覚めた時、闇雲様と話し合って決めたことだけど、君は明日からLastの代わりとして幹部になる。Lastはてこが率いていた方の幹部になってもらうことにしたから、これからも頑張ってね」
胸ポケットから小さい紙を取り出して黒雪に渡す。終焉の鐘のマークが入った小さな紙。幹部になった印のものだった。
「本当は闇雲様の方から渡すべきなんだけど──昨日毒を飲んだせいで今は少し体調が優れないんだ」
紫雲はそう言うと、静かに話し出す。
「僕はさ、元々病気を持っているんだ。心臓の病気。発作が起きた時は、とある薬という名の毒を飲まないと行けない──しかもそれは、倒れてからだと自分の口で飲めないから毎回闇雲様がああやって自分の体を犠牲にして口移しで無理矢理飲ませてくれてる──」
紫雲は目を細めて黒雪を見つめた。
「黒雪だから──僕は君をここに招待した。君には、僕のことを知って欲しかった。地獄人形という過去を、僕が求めているものを、全て──────君に教えたい」
子供は、レストラ共和国の王族だった。
正妻と側室のどちらもが同じ日に跡取りになれる男児を産んだ。
正妻の子は父親である陛下の容姿を全て引き継いだ黒髪にオレンジの瞳の子供。顔立ちは正妻に似ており、まさに跡取りにふさわしい子供だった。
側室の子は陛下よりも微かに薄い黒髪に、陛下にも側室にも似ていない紫の目の子供だった。
人々は側室を疑った。他の男がいたのかと──陛下はどうにか頑張ってその噂を消そうとしたがどうにも出来なかった。側室はひどいいじめにより自ら命を絶つ。
それを嘆いた陛下は、側室の子供を陛下の右腕である貴族に預けた。王族のみが持つことができる紋章を子供に預けて──
そして、側室と仲が良かった正妻は、側室が自殺したと知ると陛下を責めた。そして────
子供を連れてどこかへ消え去った──────
その子供こそが、後の地獄人形こと紫雲と、地獄傀儡だった。
彼らは自分の過去を戦争が起きてから知ることになる。
たまたま仲が良かった幼馴染が異母兄弟で、自分達が王族だということを。しかし、それを知った時にはもう既に遅かった。
共和国は戦争に巻き込まれて崩壊──
その2人は許さなかった。
自分達の国を滅ぼしたことを後悔させるために、彼らは裏社会の人間になる。
「そこの2人──共和国の生き残りか──?」
そして偶然出会った1人の、2人と3・4しか歳が違わない少年──屑洟に出会う。屑洟から様々なことを教わった2人は瞬く間に知られ渡った。幾つもの国を滅ぼした2人組と。
しかし突然、屑洟は姿を消した。2人の師匠でもあり、兄のような存在だった彼は失踪。2人は取り残されてしまう。
その後、地獄傀儡はビルの上から飛び降りた──
地獄人形のためという理由で。
全てが壊れた地獄人形は、一人で自分を責め続ける。闇雲に出会うまで────
真実を知っているのは地獄傀儡と────
屑洟だけだった
◆ ◇ ◆
紫雲の話を聞き終わった黒雪は、目の前で優雅にお茶を飲んでいる紫雲を見つめる。
「俺はまだ──幹部としての実力は低く、Lastや氷夜さんに比べたらとても弱い──七篠よりも弱いかもしれない。それでも、俺はあなたに──紫雲様に、地獄人形に、忠誠を誓います。必ず俺が、あなたの手足となり、必ずあなたを幸せにする──‼︎」
黒雪の力強い言葉に、紫雲は目を見開いてから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう──」
彼のその言葉に、黒雪はフッと微笑む。また、紫雲と黒雪の秘密が出来る。
「それと、黒雪は弱くない──俺のあの攻撃を避けれたのは、黒雪は強い証拠だよ」
そう言った紫雲は立ち上がり、黒雪を優しい瞳で捉える。
「着いてきな──鍛えてあげる」
その言葉に黒雪は嬉しそうに立ち上がった。アンダーボス自ら鍛えてもらえるチャンスなんて滅多にないだろう。黒雪はそのチャンスを逃したくはなかった。
◆ ◇ ◆
「すごい‼︎体が軽いです‼︎」
次の日、訓練場で黒雪は嬉しそうにそう言った。昨日、紫雲のスパルタ指導を受けた甲斐があった──黒雪はそれに安堵する。あんなに鬼畜な訓練をさせておいて成果なしだと流石の黒雪でも泣きたくなる。
嬉しそうにしている黒雪の耳元で、何かの音が鳴った。その音が聞こえた瞬間、2人はスッと冷たい雰囲気を取り戻す。仲間からのSOS用の通信機だ。黒雪は耳に手を当てる。
『黒────雪くん────応戦た──の────む』
かなり離れているためか途切れ途切れの七篠の声に、黒雪は顔を顰めた。七篠は色々あってもかなり優秀だ。
「七篠、聞こえるか?紫雲だ。そちらに幹部は何人いる?」
紫雲のその問いに、しばらくしてから七篠が答える。
「1人で──す──Lastさ──んが────」
その途端ブチっと通信が切れた。相当まずそうな状況だ。
「黒雪、行くぞ」
紫雲はそう言うと、自分の頭の上に何かをぶっかけた。かかった所から、みるみる内に髪が紫になっていく。一瞬で、紫雲の髪が染まった。黒雪と紫雲は走り出す。通信が入った方角に向かって住宅地の屋根を飛び回りながら最短距離で進んで行く。
「やぁやぁ──来るのが遅いじゃないか紫雲様──黒雪くんも一緒か。ちょうど良いね」
あたり一面が燃え盛るそこには既に、応戦に来たと思われる氷夜と孌朱がいた。
「Lastは──っ⁉︎」
黒雪のその声に、孌朱は視線を後にやる。
「よく耐えた物だ──たまたま七篠とらすとが合流出来てたのが幸か不幸か──」
孌朱のその言葉に、黒雪は息を呑む。まさかと思った。そんなわけない──と。
「まだ息はしている。七篠を庇いながら一人で敵を半壊させたんだ。そりゃあ大怪我をする」
黒雪はまだ息はあるとわかり、少し安心したようにため息をついた。そして、目の前にいる独特な服装をした男に視線を向ける。
「あっれぇ──困ったなぁ?紫雲くんは攻撃すんなって言われてるんだよねぇ?なんか、傀儡様がなんちゃらかんちゃらとか──?あれ、なんだっけ?まぁどーでもいっかぁ」
男はそう言うと笑顔を浮かべた。
「はじめましてー?【地獄のマリオネット】って言いまぁす。あれだね、地狱的入口のいちおー幹部やってまぁす」
マリオネットはそう言うと、攻撃はせずにニコニコしている。
「そうそう──誰だっけ、あぁ──らすとくん?だっけぇ?彼さぁ凄いよねーあの煤煙でさえ一人倒すのに手こずった僕たちのところのソルジャーを半壊させたんだよー?本当に来た時びっくりしちゃった‼︎だって怪我一つしてないんだもん──ただ恐ろしいくらい体力使ったんだろうねぇー。僕と戦った時にはもう弱かったなぁ」
お互い攻撃はしかけなかった。
「コンシリエーレのその赤い髪の人──君も凄かったなぁ──だってさぁ上から誰かが降ってきたって思ったら、躊躇なく爆薬投げ飛ばしてきてさぁ、しかも煙が上がってて周り見えないはずなのに10人以上も銃殺しちゃうしさぁ」
「本当──殺すのが勿体ないくらいの化け物揃────」
「地獄────自虐────自殺────」
マリオネットの言葉を遮るように、紫雲はそう口を開いた。その言葉に、マリオネットは呆然としている。
「自傷────他殺────虐待────」
紫雲が言葉を続けるにつれ、マリオネットは顔を顰めていった。
「地狱的入口────欢迎来到地狱」
黒雪の時にはわざと最後まで唱えなかったその言葉。紫雲がそれを良い終わり、不気味に笑った時には、ポタポタと血を垂らしマリオネットは膝から崩れ落ちていた。
「地獄のマリオネットって言ったかな──俺は今すごく怒っているんだ」
紫雲の殺意がこもったその言葉に、マリオネットは顔を顰める。
「なぜ────?なぜお前がその言葉を知っている⁉︎」
恐怖で歪んだ顔でマリオネットはそう叫んだ。
「その言葉を最後まで言えるわけがない‼︎それなのになぜお前はそれを──その言葉は────────」
紫雲はマリオネットの最後の言葉まで待たない。躊躇いもなく発砲をした。そしてマリオネットの懐から通信機を取り出すと、冷たい声で言い捨てる。
「ما هو الغرض على الأرض؟ لماذا تعرف دمى الجحيم؟ لماذا دمى الجحيم على قيد الحياة؟ أخبرني بكل أهدافك. قتلت ماريونيت الجحيم.」
紫雲はため息をついて身を翻す。Lastの手当てを素早く終わらせてから、一言も喋らずにどこかに消えていった。
彼は、誰よりも孤独だった────
◆ ◇ ◆
「んー本当に死んでるな──」
藍色の髪の青年、地獄偶人は倒れているマリオネットを覗き込んでそう呟いた。
「まったく。これだから幹部という名の下っ端は面倒だ」
偶人は懐から液体の入った小さな瓶を取り出す。
「折角だし、この試作品試してみっよかな」
そしてそれをマリオネットの口に無理矢理流し込んだ。
「ん゛ん゛」
苦しそうな呻き声と同時に、マリオネットが目を開ける。
「偶人様…?」
「おはよう?マリオネットくん」
マリオネットは急いで体を起こして叫ぶ。
「あの紫雲くんって何者なんですか⁉︎なぜ、あの禁句を使っているんですか⁉︎あの禁句は、傀儡様の血が流れている人しか扱えない‼︎普通の人がただ唱えるだけじゃ、使えない‼︎傀儡様の血が流れているのは、傀儡様本人と、傀儡様から少し血をもらった偶人様、あなただけのはずなのに‼︎」
マリオネットのその言葉に、偶人はにっこりと笑った。そして何も言わずにマリオネットに背を向けその場を去ろうとする。
「あ、そうだ。マリオネットくん。その薬、死んだ人を生き返らせる薬でさ、まだ試作品なんだ。完璧じゃないから、もうすぐ君死ぬだろうね」
楽しそうにそう告げて偶人は去っていく。そして少し離れた所で待っていた青年に声をかけた。
「最近、紫雲くんがお気に入りを見つけたそうだねぇ闇雲」
壁にもたれかかるように立っている闇雲に、偶人は楽しそうに告げた。
「ほら、誰だっけ?黒雪──くん?紫雲くんが幹部に推薦するとか、かなりのお気に入りだよね。やけに仲も良さそうだし、相当黒雪くんを気に入っ──────」
偶人の言葉を遮るように闇雲は建物の壁を思いっきり殴った。あと少し力を入れれば壁が壊れるくらいのヒビが入る。偶人はニコニコ笑顔でそれを見てから笑顔が引き攣っていく。
「いや、冗談だよ?」
闇雲は何も言わない。ただ無言で偶人を見つめている。
「僕は黒雪が嫌いだ。今、嫌いになった。お前のせいで」
「なんて暴論だ」と偶人は笑いながら呟いた。
「闇雲も昔はもっと可愛かったのになぁ」
偶人のその懐かしむような言葉に、闇雲は顔を下に向ける。そして辛そうに声を絞り出した。
「そんなの、自分でもわかってる」
偶人はマジマジと闇雲を見てから口を開く。
「ただ、勘違いしないでね?紫雲は俺の物だ。紫雲もお前も、俺のだ」
偶人の冷たい言葉に、闇雲は静かに頷いた。
「素直な子は大好きだよ」
偶人はそう言って闇雲を優しい笑顔で撫でてから笑った。
「闇雲はそのままで良いんだ────」
不気味に微笑む偶人を、闇雲は感情のこもっていない目で見つめてからその場を去る。誰もいなくなったその場所で、偶人は懐中時計を取り出す。その中には、紫雲の──地獄人形の写真が入っていた。
「大丈夫だよ紫雲──俺が必ず君を幸せにするから────ね」
偶人は大切そうに懐中時計をしまってから歩き出す。
「君は俺の物だ。黒雪くんなんかに渡さない」
偶人は黒雪の写真をビリビリに破いてから楽しそうに微笑んだ。
◆ ◇ ◆
「もう動いて大丈夫なんですか?」
とある病室にて、Lastは目の前で足を組んで座って本を読んでいる紫雲にそう声をかける。
「あぁ──君のおかげで助かった。七篠を庇いながら戦うのはかなり大変だったはず。よくやってくれた」
紫雲はそう言うと、探るようにLastを見つめる。
「Last──君はこれから七篠の上司になるけど、うまくやっていけそうか?」
紫雲のその問いに、Lastは微かに微笑んで頷いた。
「七篠もいいやつですし、黒雪になら自分のソルジャーを全員任せられそうなので」
Lastはそう言うと、立ち上がる。
「気づいてますか?」
紫雲は静かに頷いて窓の外に目をやる。
「30──いや、40くらいいるな」
紫雲はそう言って、懐から銃を取り出す。
「手短に片付ける──後方を頼んだ」
紫雲はそう言うと、躊躇いもなく病室の窓から飛び降りる。
「ここ───5階だよ──?」
Lastはそう呟きながらも紫雲と同じように飛び降りる。飛び降りながら視界に入った敵に少し発砲をしながらLastと紫雲は着地した。
「────戦うまでもない雑魚だな」
紫雲はそう言うと、懐からもう一つ銃を取り出し発砲した。瞬殺──周りにいた敵は一人を残して全員いなくなる。残った一人──指揮をとっていた男は震えながら数歩後退る。
「お──おかしい‼︎話が違う‼︎話が違うじゃないか傀儡様‼︎」
男は叫びながら紫雲とLastに銃口を向けた。
「傀儡様────?それは地獄傀儡のことか?」
紫雲のその問いに、男は頷く。
「あぁ‼︎そうだ‼︎あの傀儡様だ‼︎お前らはあの傀儡様に命を狙われているんだ‼︎あの最強の傀儡様に──‼︎もっと恐ろ‼︎お前らはすぐに傀儡様に殺されるんだっ──────‼︎」
男の言葉に、紫雲はスーッと何かが引いていくのが分かった。怒りか、憎しみか、悲しみか──。
「地獄傀儡は、本当に生きているのか──?彼は、俺の目の前で死んだはずじゃ──」
紫雲のその言葉に男は嘲笑した。
「ハッ──殺したとでも言いたいのか?しっかりと彼は生きているんだよ‼︎残念だったな‼︎」
「よかった────」
「ハ?」
男が紫雲を怒らせるために言った言葉に、紫雲は心からの声を出す。その言葉に、男は呆然とする。
「良かった──本当によかった────」
男は奇妙なものを見るような目で紫雲を見つめていた。それはLastもだった。何か、心配するような、探るような視線で紫雲を見つめている。
「これでようやく死ねる────」
「──────?」
紫雲の言葉に、Lastは首を傾げた。彼は紫雲の過去を知らない。それは彼だけでなく、今目の前にいる男も。だからこそ、紫雲の感情を読み取ることは出来なかった。ただ、紫雲がやろうとしていることだけは見て分かった。自分の心臓に銃口を向ける紫雲を見て、すぐにLastはそれを理解する。男も紫雲の行動を呆然と眺めていた。
「やめろっ──────‼︎」
Lastの声と同時に、高々と発砲音が鳴り響いた。
「ギリギリセーフって──所かな」
紫雲が発砲した鉛を、自分の手で受け止めた青年は、手から溢れる血を何事もなかったかのようにしながら微笑んだ。
「勝手に死なないでくれよ───俺はまだ、君としっかり話せてないのに────」
受け止めた青年こと、黒い髪にオレンジの瞳の彼────地獄傀儡は、そう言うと紫雲を優しく抱きしめた。紫雲は呆然と地獄傀儡を見て呟いた。
「傀儡──いや、誰だ、お前」
傀儡の笑顔が綺麗に凍りつく。
「俺の知っている地獄傀儡じゃない──本物がいないなら、まだ死ねない──か」
紫雲はボソボソ呟くと、地獄傀儡と名乗る男を見つめる。そしてのんびり口を開いた。
「生かしてくれたことは感謝する」
そう言うと、呆然としているLastを連れて終焉の鐘の屋敷に帰っていった。
◆ ◇ ◆
「なぜ勝手に死のうとするんだ‼︎」
終焉の鐘の屋敷で、闇雲の罵声が響いた。周りには幹部のLast、氷夜、黒雪と、コンシリエーレの孌朱。そして紫雲がいる。幹部会議──そこで紫雲はこないだの襲撃のことを話した瞬間に、闇雲の罵声が響いたのだった。
「なぜ──?それは俺があの時死にたいって思ったからです」
悪びれもせず淡々とそう答える紫雲に、闇雲は軽く顔を顰めた。
「紫雲──闇雲様の気持ちは考えないのか──?」
そして孌朱は気まずそうにそう口を開いた。紫雲は孌朱を軽く見てから呟く。
「考えてますよ──これでも。ただ、考えるのと、行動するのは違います」
紫雲はそう言って冷たい目で孌朱を見つめる。説得は無理だと悟った孌朱はため息をついて口を閉ざし、相変わらずの笑顔を浮かべた。
「紫雲、僕にとって君は、本当に大切な人なんだ──自分の命に変えてでも守りたい。それなのに、勝手に死なれると困る」
悲しそうに言う闇雲を、紫雲は感情のこもってない目で見つめた。
「それ、俺の人生に関係あります?あなたが勝手にそう思うだけで、俺からしたら所詮ただの言葉。それを信じる意味もないし、そのために自分の人生を曲げる必要もない。まずまず最初に約束したはずだ。俺は地獄傀儡が見つかり次第死ぬつもりだ──と。今更つまらない言葉を並べて俺を生かそうとするな──この外道」
その言葉に反応したのは、闇雲ではなく、孌朱と氷夜だった。
「闇雲様を外道扱いなど──いくら紫雲様でも俺は怒ります」
「氷夜と同じく──俺も気に食わない」
2人はそう言うと、紫雲に銃口を向ける。今すぐにでも発砲してきそうな勢いだった。Lastと黒雪は、それを呆然と見つめている。
「すみません闇雲様──俺はあなたを信用するのが難しくなった。地獄偶人とあなたの関係、彼らとあなたの関係、ここ最近の事件に関連してないとは思えない。たまには真実を教えてよ、悠餓」
紫雲は悲しそうにそう言うと、自分を嘲笑うような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、出来ないなら──さようなら」
紫雲はそう言うと、身を翻して部屋を出て行った。
「追いますか──?」
氷夜の言葉を、闇雲は無視した。ただ呆然と、紫雲が出て行った扉を眺めている。何か、とても悲しそうに。
「何が、いけなかったんだろう──紫雲のことは誰よりも──知っているつもりだったのに」
闇雲が漏らしたその言葉に、4人は気まずそうに俯いた。かける言葉が見つからない。そんな中、黒雪は静かに口を開く。
「何がダメだったかなんて、自分で考えてくださいよ。紫雲様は、一人で沢山の闇を抱えていた。いつも、それをわざと作る冷たい雰囲気で隠して無理に笑って──そんな生活を3年間も続けてたら、そりゃあ、ああなりますよ」
黒雪のその言葉を聞いた闇雲は、冷たい目で睨んでいる黒雪を呆然と見つめた。
「俺は紫雲様について行きます。俺が忠誠を誓う相手はあなたじゃない──紫雲様だ。Lastには、数えきれないくらいお世話になって、まだ恩も返しきれていないけど──それでも俺は、紫雲様に忠誠を誓います。彼について行きます」
お世話になりました。それだけ言って頭を下げ、黒雪は走って紫雲を追いかける。
どれだけ走ったのだろうか──
黒雪の恐ろしいくらいの体力も無くなりそうなくらい走った後、黒雪は目の前に見つけた人を見て、心からホッとする。
「紫雲様────」
予想外の声に驚いた紫雲は、振り返り、呆然と黒雪を見つめた。
「俺は──紫雲様に忠誠を誓ったので」
そう言ってニッと笑う黒雪に、紫雲はフッと噴き出した。
「ありがとう────」
嬉しそうにそう言う紫雲に、綺麗な夕日が降り注ぐ。その場所から見た夕日は、絶景だった。
「綺麗ですね──ここ」
黒雪のその言葉に、紫雲は笑顔で頷く。
「昔──良く傀儡と見に来ていたんだ──ここにいると、心が落ち着く」
そう言って紫雲は綺麗な笑顔を浮かべた。
「これからどうする?黒雪」
紫雲の問いに、黒雪は笑顔で応えた。
「一緒に旅でもしますか──?」
紫雲と黒雪は、どこか別の国へ旅に出る。
紫雲の探すべき物を、見つけ出すために────
◆ ◇ ◆
「今日一緒に、出かけないかい?」
「二人で──ですか?」
「そ。ディナー、奢るよ」
終焉の鐘の屋敷の外で、2人の青年は約束を交わす。孌朱とLast。昔から関わりがある2人だった。
「わかりました。行きましょう孌朱さ────」
「今はプライベートだ。様はいらない」
孌朱はそう言ってにっこり微笑むと、Lastと一緒に高級そうなレストランに入る。そして小部屋を貸切にしてもらい、そこに入って行った。
「で、君はどうするんだい?らすと」
ドリンクを飲みながら孌朱はニコニコ笑顔でLastにそう問いかける。Lastは特に何も答えなかった。何かを探るように、孌朱を見つめる。
「思い返せば俺さ、お前のこと嫌いだったな」
突然のその言葉にLastは目を見開く。
「だってさ、急に煤煙がLastを連れてきて、『今日からお前の弟だ。世話をしてやれ』とか言い出すんだよ?一つしか年違わないのにさ。面倒だったし。弟なんていらないって思ってたし」
孌朱は心底面倒そうにそう呟くと、フッと微笑んだ。
「けど──今は違う。俺がLastを愛してたみたいに、君も黒雪を愛してるんだろう?自分と同じ、貧困街で育って、自分と同じような扱いを受けてる黒雪をどうしても助けたかった。だから、今も黒雪のことを大切にしている。そうなんだろう?」
孌朱の言葉に、Lastは頷いた。そして、静かに口を開く。
「俺は、黒雪を──紫雲様を追いかける。なぜか、紫雲様についていくべきだ──と本能が言っているんだ」
Lastのその言葉に、孌朱は安心したように微笑む。そして少しだけ悲しそうに呟いた。
「兄としての、微かな夢なんだけどさ、こっちに残ろうとは、思わないの?」
孌朱の言葉に、Lastは首を振る。そして強い瞳で孌朱を見つめた。
「俺は、俺が信じる道を進んでみたい。それが、孌朱と離れる道だったとしても。今回は、孌朱に任せっきりじゃなくて、自分の意志で進んでいきたい」
Lastの言葉を聞き終わると、孌朱はあぁぁと声を漏らした。
「結局俺は君に一度も兄って呼ばれなかったな」
「孌朱は孌朱ですから」
楽しそうな会話が続く。途中で料理が届いた後も、2人は楽しそうに会話をした。
「ねぇLast──今度会う時、またこうやって話せたら良いね。けど、もし次会う時にお互いが敵だったとしたら──」
孌朱はふんわり微笑んでLastの頭を撫でる。
「敬意を込めて正々堂々お互いを殺し合おう」
孌朱のその言葉に、Lastは軽く目を見開いてから、微笑む。
「はい────兄さん」
Lastのその言葉に、孌朱は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、行ってきます」
レストランを出て、Lastは孌朱と別れる。1人残った孌朱は綺麗な笑顔を浮かべた。
「また幹部を育てないといけない──な」
のんびり歩き出した孌朱は、とある声に足を止める。闇雲の声だった。
「どうしよう──僕は紫雲のことはしっかりわかってるつもりだったのに──。僕は彼がいないと生きている意味がないのに──僕はっ──」
孌朱は建物の影からそっと様子を伺う。闇雲のその、珍しい弱気な声に、呆然とした。そして、闇雲と一緒にいた青年は優しく微笑む。
「大丈夫だよ──俺が君を愛してるから──俺が君も紫雲もしっかり愛してるから。生きてる意味がないなんて言わないで?俺が探し出してあげる」
「地獄偶人──っ」
孌朱はボソッと呟く。顔は見れないが、声で偶人だと孌朱はわかった。闇雲は偶人に懐いている様子だった。孌朱は衝撃の情景に苦笑いをした。
「大丈夫だよ地獄傀儡──俺は君が闇雲って名乗っていても、傀儡って名乗っていても、どっちにしても愛してるから」
「────────っ⁉︎」
孌朱は驚きのあまりに声にならない声を出す。そして逃げるようにその場を去って行った。
「とんでもないものを、見てしまった」
闇雲がひたすら隠していた秘密を孌朱はあっさりと知ってしまう。
「何用だい?」
そして、後ろから感じる微かな殺意に反応して振り向く。そこには、冷たい瞳で孌朱を見据えている偶人と闇雲がいた。
「盗み聞きされたのに最後ようやく気づいて、逃げたやつを追ったら君の所のコンシリエーレじゃないか──どうする?闇雲」
そして後ろで同じように冷たい瞳を向けてくる闇雲に偶人は話を振った。孌朱は苦笑をしながら降参と手を挙げる。
「いやぁ、考えてみてくださいよ。俺はそこまで馬鹿じゃない。氷夜とかに闇雲様の今回のことを言っても、きっと誰も信じない。それどころか、秘密を漏らした物として俺はあなた方に殺される。そんな自殺行為はしませんって」
ニコニコ笑顔でそう言った孌朱は跪き、闇雲に目を向ける。
「俺はあなたに、忠誠を誓ってますから──ね?」
闇雲は面倒そうに孌朱を見てから去って行く。その姿を眺めていた偶人はのんびり口を開いた。
「随分と、君は信頼されているんですね」
嫉妬のような物を感じられる声でそういった偶人は、闇雲と反対の方向に進んでいった──
◆ ◇ ◆
その日は珍しく、大雪だった。
もうすぐ、紫雲が失踪してから1年が経つ2月のとある日、氷夜は1人大きなため息を吐く。
幹部の人間が、クズすぎる
紫雲の代わりとしてアンダーボスに上がった氷夜の後を継いだのは、レモン。てこの代わりを継いだのは結局七篠。そして、Lastの所を継いだ青年に、大きな問題があった。
「会話ができない──」
氷夜はまた大きくため息を吐く。Lastの所を継いだ新しい幹部こと、狛犬おなさは、最近、闇雲の隠し子という名を持ち始めた。
闇雲が影でこっそり鍛え上げていた青年──
それがおなさだった。黒とピンクのメッシュの髪に、吊り目気味のピンクの瞳。そんな彼に、氷夜は毎日悩まされる。
闇雲が育てていただけあり、実力は申し分ない。ただ、終焉の鐘に正式に入ってから1日で幹部の座に着いたことに嫉妬している輩も多い。それだけでなく、彼はとても人を嫌っている。いつも行動は1人でし、合同任務は全て断る。そんな青年だった。
そして氷夜は、たまにこう思うのだ。
“自分が闇雲の所に残ったのは正しかったのか──”と
氷夜はのんびりと大雪の中歩き出した。そこで。1人の青年とすれ違いふと足を止める。
「紫雲様──?」
そんなわけはないと、自分の目を疑った。後姿を見てみるも、紫雲らしき人はいない。何かの見間違い──そう考えた氷夜だったが、彼は方向を変え、今しがたすれ違った人物を追いかける。そしてその人物は、人気がないところに来てから振り返って笑った。
「尾行が下手だよ──?氷夜」
無邪気に笑うその人物は、雰囲気こそは全く違うが、氷夜は確信する。
この人は、紫雲様だ──と。
「さて──それじゃあ、そろそろ蹂躙を始めようか」
不気味に笑う紫雲に、氷夜は恐ろしいくらいの寒気を感じる。彼は、微かに微笑んだ────
◆ ◇ ◆
「闇雲様、お客さまです」
幹部会議の日、氷夜はそう言うと、静かに闇雲に銃口を向けた。咄嗟にレモンと七篠とおなさは反応し、銃口を向け返す。
「相変わらず不気味ですね‼︎」
「お久しぶりです闇雲様」
そして後ろから現れた2人に、レモンと七篠は目を見開く。黒雪とLastが、そこにはいた。闇雲から冷たい殺意が感じられる。それを見て、孌朱は仕方なさそうに銃を取り出し、闇雲に向けた。
「闇雲様──俺は、自分の首領と、愛してやまない弟。どちらを裏切るかと言われたら、この選択をします」
闇雲に向けて冷たい瞳を向けた孌朱。現状、数的には氷夜側が有利になる。
「それが本気なら、遠慮なく僕は君たちを殺すよ」
闇雲は無表情のままそう言った。
「今、現状で──僕にはいくつかの選択肢があると思うんだ」
突然、上から声が響く。そこには、地獄人形としての姿をした紫雲がいた。闇雲はそれを見て軽く目を見開く。
「一つ目──裏社会の帝王には敵わないと諦めて降参し、そっち側に戻る」
不気味に微笑み、紫雲は続ける。
「二つ目──必至に抵抗し、君に無理やり抑え込まれる」
紫雲は静かに下に着地すると、楽しそうに微笑んだ。
「残りのやつはなんだと思う──?地獄傀儡」
紫雲のその言葉に、闇雲と七篠は動揺する。七篠は今にも殺しに行きそうな表情で闇雲を見つめた。
「他の選択肢なんて──存在しない」
「そっか。屑洟兄さんでしょ?傀儡が仲良くしている地獄偶人は。卑怯な物だよね。僕には自殺したと見せかけて2人でコソコソ仲良くするって」
紫雲はいつもの冷たい雰囲気などは微塵も感じられない独特な雰囲気で笑った。
「君が裏社会の帝王って名乗れるのは──今日までだ傀儡」
気づいた時には、闇雲の髪の色は変わっている。正しく言えば元に戻っている。黒髪の、オレンジの瞳。地獄傀儡の姿になっていた。
「【地獄人形】──全てを捻り潰し地獄に堕とす」
「【地獄傀儡】──全てを操り殺し地獄に堕とす」
2人の声は不気味に被った。Lastたちは呆然とそれを見つめる。見えなかった。2人の動きが見えないのだ。無慈悲な発砲音が鳴り響く。気づいた時には、紫雲は床に押し倒された状態で笑顔で闇雲に銃を向け、闇雲は紫雲を押し倒した状態で無表情で紫雲に銃を向けた。
「どうした──?結局最後になったら発砲出来ないの?」
紫雲の煽るような声に、闇雲は引き金に力を込める。
「「っ────────」」
2人の苦しそうな声は同時に聞こえ、お互いが遠くに弾き飛ばされた。どちらの心臓からもたれる体力の血。2人は同タイミングで発砲した。
「少し来るのが遅かったのかな──?」
紫雲と闇雲の意識がなくなったところで、1人の青年がその場に現れる。地獄偶人と、地獄傀儡の姿をした、一度紫雲とLastに接触している1人の青年だった。
「空木。傀儡にこれを飲ませておいて。人形は俺の部屋に。傀儡はどこでもいい」
偶人は空木という青年にそう声をかけると、紫雲に口移しで何らかの液体を飲ませる。偶人が飲んでいるところから見るに、毒物ではない。そうみんなは判断する。
「さて。俺はそこまで暇じゃあない物でね。さっさと片付けよっかな」
偶人は静かに妙な形をした紙を取り出す。そしてそれをヒラヒラと振った。
「【地獄偶人】──全てを探り尽し地獄に堕とす」
偶人の不気味な声と同時に、氷夜は今までに感じたことのない痛みに襲われる。
「っ⁉︎」
視界がぐらりと揺れるのがわかり、その場に倒れ込んだ。周りを見ると、他の面々も同じような状況だった。
「うーんまだ納得いかないなぁ。もう少し一撃で死ぬように改造した方が使いやすいかなぁ?あーけどなぁんーどうしよ」
ぶつぶつそう呟く不気味な偶人を氷夜は重くなる瞼を必死に開けて睨みつけた。
「ん、なんで氷夜くん気絶してないの?」
そして偶人と目が合う。氷夜は嘲笑うような笑顔を浮かべた。そして何も言わずにそっと目を閉じる。
「あー思い出した。氷夜くんか。そっかそっか。あの氷夜くんか」
偶人は1人で納得すると、気絶した氷夜を足で軽く蹴り飛ばす。
「まぁどうでもいいか」
偶人は笑顔でそう呟くと、その場を去っていった。
◆ ◇ ◆
「ど、こ」
苦しそうに顔を顰めてから、紫雲はのんびり起き上がる。視界に入ったのは綺麗に整頓された広い部屋。紫雲はため息を吐く。
「屑洟兄さんの屋敷か」
紫雲はそうわかると、ベッドから出て窓を開ける。
「ここからなら、出られるか」
「もう少しのんびりしていきなよ」
そして、窓から外に出ようと思った瞬間、近くで声が聞こえた。
「屑洟兄さん──」
部屋には紫雲ともう1人。地獄偶人がいた。偶人は大切そうに紫雲の体に触れる。
「|地獄傀儡《アイツ》に撃たれた場所、痛くない?」
偶人はそう問うと、優しく紫雲を抱きしめた。
「ようやく──ようやく君を思う存分触れる」
偶人はそう言い、優しい手で紫雲のあちこちを触る。その偶人の行動に、紫雲は顔を顰めた。
「何、急に」
そして紫雲は偶人としっかり目を合わせた瞬間、ゾッとする。今までにみたことがないような、複雑な目だった。
「俺はね、ずっと君と一緒にいたいんだ──だからさ、ちょっとくらいの制限は仕方ないよね?」
偶人はそう言うと、バラバラと沢山の尋常じゃない道具を取り出す。それを見た紫雲は、徐々に顔を引き攣らせていった。
「屑洟兄さん────?」
縋るようなその声に、偶人は笑顔を向ける。それに、紫雲は首を振った。
「本気か?正気か?僕が大好きな屑洟兄さんは、そんなことはしない」
紫雲のその言葉に、偶人は笑顔を曇らせる。
「俺はさ、君さえいればそれで良いんだ。正直、地狱的入口のソルジャーも、幹部も、空木も、傀儡も誰もいらない。この世界だって、君がいればそれで良いんだ。きっと傀儡はそのことに恐怖を覚えたんだろうね。彼は俺のこの感情に気づいちゃったから。だからわざと、俺と取り引きをしたんだよ。本当、馬鹿だよね」
「取り引きって、何?」
「『自分の人生を全て捧げる代わりに、地獄人形の自由を保障してください。僕の命は屑洟兄さんが握って良い。その代わり、人形にだけは、絶対に。彼の好きなように生きさせてください』傀儡はそう言って、俺に頭を下げたんだよ。土下座して、本気で懇願して。俺も傀儡は嫌いじゃないからね。一応その条件はのんだよ?プラスして、『地獄人形は俺の物』っていう条件も付け足したけど。仕方ないから、とりあえず失踪したっていうことでしばらくは姿を隠してたんだけどね」
偶人はそこで完全に怒りの目をしている紫雲を嘲笑うように微笑んだ。
「けど、俺考えたんだよ。傀儡を殺しちゃえばさ、取り引きだって、なしになるよねぇ?」
紫雲は、信じられない物を見るように不気味に微笑む偶人を見つめた。
「っそれが、屑洟兄さんの本性ですか?」
紫雲は冷たい、軽蔑するような瞳で偶人を見据える。
「俺は本気でお前を軽蔑するよ地獄偶人」
紫雲のその言葉に、偶人は目を見開く。紫雲が、偶人を屑洟兄さんと呼ぶのをやめ、一人称が俺に戻る。紫雲が、壁を作った証拠だった。
「俺は、君だけは傷つけたくなかったんだけどな」
偶人はそう呟くと、床に散らばっている1つの紙を拾った。
「少しぐらい、調教は必要だよね」
紫雲は咄嗟に目を瞑った。地獄偶人が使う技は、彼が持っている紙を目で捉えてしまった時に発生する。しかし、少しだけ遅かった。紫雲は自分の腕から垂れる血を感情のこもってない目で見てからホッとする。目を瞑ったことにより、偶人が狙っていた場所からは逸れた。
紫雲は、ゆっくりと呼吸をしてから片足を引く。目を瞑ったまま、姿勢を少し低くし懐にしまってあった1つの小さな粉をばら撒いた。
「Code name【楽園】──全てを楽しみ殺し尽くす」
【楽園】──それは紫雲が黒雪とLastと一緒に色々な国を練り歩いていた時に黒雪につけてもらった名前だった。偶人は、見たことが無い紫雲の攻撃に呆然とする。
「……え?」
偶人はポタポタと体から垂れる自分の血に声を漏らす。紫雲も偶人も、1ミリも動いていなかった。紫雲は目を瞑ったままその場に静止しており、偶人は紙を持ったままその場に静止していた…はずだった。しかし現状、偶人は攻撃を受けている。そのことに、偶人は笑顔を浮かべた。
「いいねぇこれ。君の攻撃なら痛くても嬉しいな──だからさ、紫雲も俺の攻撃をもっと味わってよ」
紫雲は目を開き、飛んできた銃弾を避ける。狂っている──紫雲は改めてそう感じた。
「ねぇ、避けないで?逃げないで?大丈夫だよ──痛いのは一瞬だ。それに痛いのが終わったら沢山優しくしてあげるしさ、一回──少しくらい我慢してよ──ね?」
「──────────っ」
偶人の早すぎる銃弾が、紫雲に当たる。紫雲はその場に倒れ伏した。偶人はその様子を見てにっこり笑う。
「反抗はしないでよ?俺だって君が苦しむのは嫌なんだ。なるべく君に傷はつけたくないしね。今から絶対に動くな。下手すれば致命傷になる」
偶人はそう言うと、紫雲に薬を飲ませてから床に散らばっている鎖を手に取る。手にはしっかりと手枷をつけ、足には壁とつなげてある鎖をつける。苦しそうに呼吸する紫雲を嬉しそうに眺めてから偶人は部屋を出て行った。
◆ ◇ ◆
「彼にっ──地獄人形に手は出さないんじゃないのか⁉︎」
偶人は今部屋で起きたことを、紫雲よりも頑丈に拘束されている闇雲に楽しそうに話した。その言葉に、闇雲はそう怒鳴りつける。偶人はそんな闇雲の足に発砲した。
「五月蝿いな──俺の気分次第で君死ぬわけだしさ、もっと大人しく出来ないの?」
闇雲は黙り込んだ。何を言っても無駄だとわかった瞬間、彼はため息を吐いた。そして、隣で同じような状態で拘束されたまま気を失っている氷夜を少し見てから偶人に問いかける。
「氷夜を連れてきた理由は?」
「使えそうだから…かな。空木の師匠の氷夜くんだよ?利用するしかないじゃん?」
【氷夜は空木の師匠】闇雲は、初めて与えられる情報に、心の中で動揺した。どこか、少し技が氷夜に似ていた空木。それだけで関係性に気づくべきだったと闇雲は軽く後悔する。
「あぁそうだ、屑洟兄さん。これは一応言っておくけど。孌朱とおなさ、Last、黒雪、七篠、レモンは必ず真実に辿り着く。いつかこの場所もバレるかもね」
嘲笑する様に言ったその言葉を放った闇雲を、偶人は冷たい目で見つめてから去って行った。
◆ ◇ ◆
「────っ」
「ほら──ほしいならちゃんと言ってよ。薬、ないと困るんでしょう?」
いつもの発作で呼吸が荒く、顔色も悪い苦しそうな紫雲に、偶人は楽しそうに薬の入った瓶を軽くふる。紫雲は苦しそうに顔を顰めながらも何も言わずに偶人から目を逸らす。
「めんどくさ──」
偶人はそう呟くと、乱暴に瓶の中の薬を紫雲の口に流し込んだ。呼吸が落ち着いてきた紫雲を見てから、偶人は紫雲を押し倒す。紫雲の上に覆い被さるような体制で、偶人は笑顔で紫雲に問いかける。
「紫雲さぁ、何回ヤったことあるの?」
「は──────?」
偶人のその意図の読めない問いに、紫雲は呆けた声を出した。そして、本気で不気味な物を見る目で偶人を見つめる。
「だからぁ、何回女の子とかってセックスしたことがあるの?って聞いてんの。裏社会で生きている身でさぁ、一回も経験ないなんてあり得ないじゃん?」
偶人の言う通りだった。色々な情報を掴んだり、友好関係を結んだりするために。ある程度の立場の裏社会の人間は女を利用する。アンダーボスである紫雲が、それをやったことがないはずがない。
「傀儡…闇雲は7人と、13回くらいだっけな?思ってたより少なくてビックリしたよ。で、君は?」
「そんなわざわざ数えてない──覚えてるのは4人」
紫雲のその答えに、偶人は満足そうに笑顔で頷いた。
「俺はね、結構そういう行為に慣れてるんだけどさぁ、たまには紫雲も、受ける側。やってみたくない?」
偶人はそう言うと、紫雲の服に手を伸ばした。
「ハ?マジで何言ってんの?男同士だよ?」
紫雲のその言葉を、気にもしなかったように偶人は笑顔を深める。紫雲は鎖に繋がれていてもできる範囲で足を振り上げ、偶人のお腹を蹴飛ばした。
「ウッ────」
苦しそうな声を出し、偶人はお腹を抑える。
「何すんの?折角気持ちよくさせてあげようと思ったのに」
「お前とヤるくらいなら傀儡とやりたいね」
いつまでも変わらない紫雲の冷たい態度に、偶人はため息をついた。そして、偶人の手によって少し改造された銃を取り出し、紫雲の腕に発砲する。
「っ‼︎」
鉛が当たった所からの出血はなかった。その分、当たった所からだるくなっていくのがわかる。
「あとどのくらい、調教が必要なのかな?大人しくしていればいいのに」
偶人はそう言うと、躊躇いもなく紫雲のお腹を踏みつける。苦しそうに顔を顰める紫雲を見て、偶人は微かに笑った。
「駄目だよ?俺に反抗したら」
「─────屑洟兄さんはさ、何が目的なの?」
紫雲は悲しそうに目を細める。
「もう──何も理解できない」
紫雲のその言葉に、偶人はハッとしたように目を見開く。そして笑顔を曇らせ呟いた。
「もう、戻れないんだ」
偶人の悲しそうな、辛そうなその顔を見て、紫雲は息を呑む。自分が知らない数年間で、偶人に何があったのか。紫雲にはそれを知る手段がなかった。
「ごめん、兄さん」
紫雲はそう言うと、力一杯に足を振り上げ偶人を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした時に足で偶人から奪い取った銃で手枷を外し、懐の銃を偶人に構えた。
「紫う」
「仮にも遠くの王国で最強を名乗ってたんだ。そこまで弱くはない」
紫雲はそう言うと、引き金に力を込めた。
「俺は、自分の身の為にも、屑洟兄さんを殺すよ」
呆然としている偶人に、紫雲は発砲してから部屋のドアを開けて走り出す。途中ですれ違った、攻撃してきそうな相手を全員殺しながら──
「そんなに走って、どこに行くんですか?」
突然かけられた声に、紫雲は静かに振り向く。
「申し訳ありませんが、偶人様のご命令により、あなたをこの場から出すことは不可能です」
そう言った青年、空木は無表情のまま銃を取り出す。
「誰かと思ったら──こないだ傀儡の姿をしていた偽物か」
紫雲のその言葉に、空木は目を見開く。傀儡として変装していた時の雰囲気は全て消し去っており、声も変えている。それを、一発で見破られたのだ。
「流石、あの地獄人形様ですね──腕がなる」
空木は不気味に微笑んでから一気に紫雲との距離を縮める。紫雲は空木に発砲しなかった。ただ、空木の攻撃を交わしながら観察している。
「氷夜の弟子か────?形が、構えが表面上は変わっているが、細かい所は鮮明に再現されている」
空木は何も答えない。静かに紫雲への攻撃を続ける。
「1ミリも当たってないな。氷夜の教育を最後まで受けてないんじゃないのか?アイツならもっと完璧に教え込むはずだ。何かがあったんだろうな。屑洟兄さんなんかに拾われて、可哀想に」
「黙れっ────────‼︎」
我慢できなくなったかのように、空木が大声を出した。
「ほら、全部図星なんだろう?」
勝ち誇ったように笑顔を浮かべる紫雲に、空木は舌打ちをした──
◆ ◇ ◆
「俺は、あんなクソ野郎よりも強い──あんな師匠よりも────」
「その辺にしておけ──いくらお前でも殺すぞ」
空木の声を遮るように、後から空木のこめかみに銃口を押し付ける人物がいた。
「────────っ師匠」
空木に銃口を押し付けている青年、氷夜は微かに微笑む。そして口を開いた。
「紫雲様、闇雲様が────1番奥の部屋です」
氷夜のその言葉で、紫雲は察したように走り出す。
「傀儡っ──‼︎」
紫雲は扉を蹴り飛ばして入った部屋で声を出す。その部屋では、苦しそうに咳き込みながら倒れている闇雲──地獄傀儡がいた。
「当たり前だよ────いつも君のために毒を飲んできたんだから」
そして、後から聞こえた不気味な声にハッと振り向く。闇雲は重そうな体で立ち上がり、紫雲を守るように前に出た。
「それ、以──上、紫雲に近づくな」
闇雲は苦しそうに銃を目の前の青年に向ける。さっき、紫雲が殺したはずの地獄偶人に向けて──
「ねぇ、紫雲に悠餓──?俺はね、これでも君たちのことは大好きなんだよ」
『殺してしまいたいくらいに』偶人は不気味にそう笑うとのんびりと紫雲たちに歩み寄る。
「この数年間、1日たりとも君たちのことを考えない日はなかった。そんな日はあり得なかった。君たちと出会ったあの日から、俺はずっと君たちの虜だった」
偶人は感情が読み取れない笑顔を浮かべたまま闇雲の目の前まで来たところで立ち止まる。
「酷い話だよね。こんなにも、手を伸ばせば届いてしまう距離にいるのに、いつまで経っても君たちには届かなかった」
「紫雲に打たれた所、結構痛いな」
「俺も人間だよ。悲しくもなる」
「なんで?どうして?っていつも思う」
「俺は君たちみたいに綺麗な心を持ってないんだ」
「自分でも分かってるよ」
「ならどうすればいいの?」
「本当、好きすぎて憎い」
溜めてきたものを全て吐き出すように偶人は笑顔で喋り続けた。一度言葉を区切り、悲しそうに笑う。
「本当に届かないならさ、俺のために死んでよ」
偶人はそう言い、目の前の闇雲を蹴り飛ばす。床に押し付けてから首に手を回し、力を込めた。
「ウッ──屑──洟兄──さん」
闇雲のその声に、偶人は悲しそうに微笑んでから手を緩める。
「お願いだよ、2人とも──俺を殺せ。殺してくれ────」
偶人はそう言うと、懐から小さな紙と鍵を取り出す。そしてそれを紫雲に投げた。
「なるべく早く、その場所に行くように。君たちが知るべきこと、知らない方が良いこと、どんなに辛くても受け入れないといけない全ての真実が分かる」
紫雲は躊躇いながらもそれを拾い、偶人に銃口を向けた。
「屑洟兄さんのことは、本当に大好きです」
「俺もだよ、紫雲、悠餓」
静かな空間に似つかない発砲音が鳴り響く。ドサッと、目の前の偶人が倒れるのを見てから、紫雲はあまりにも静かな闇雲を見る。それを見た瞬間、紫雲は膝から崩れ落ちた。
「嘘────だろ────」
紫雲の瞳から、ポタポタと雫がたれる。
「なぜ────?僕はまだっ──まだ君から何も聞けてない‼︎まだ何も終わってない‼︎まだ何も知らない‼︎まだ昔みたいに、笑い合えてない──────」
息はしてなく、脈もない目の前で倒れている大切な──大切だった2人を見つめて紫雲は力無くうなだれた。
「なんでまた────僕だけが残されるんだよ────」
「紫雲様だけじゃない」
上から降ってきた声に、紫雲は顔を上げる。
「来るのが遅くなってしまってすみません‼︎紫雲様」
そう言って、紫雲を安心させる笑顔を浮かべた黒雪は、紫雲に手を差し伸べる。
「もっと、僕を頼ってください」
黒雪のその言葉に、紫雲は目を見開く。そして、差し出されている手を、のんびりと取った。
「黒雪の言う通りだね。俺たちは君を支える為にいるんだ」
「俺は、あなたにもっと上を向いてほしい」
「珍しく、こいつに同意見だ」
そして、いつのまにかそこにいた孌朱とLast、氷夜もそう声をかける。
「レモンと、七篠と、おなさは──?」
ふと、紫雲はそう問いかける。3人がいない。このメンバーが集まっているなら、いてもおかしくないはずだった。
「七篠とレモンは────地獄偶人の攻撃に耐えられなかった」
直球には言わないLastのその言葉に、紫雲はそっと目を閉じる。また、その2人を巻き込んでしまった。そう後悔する。
「おなさは、行方不明です──。気がついた時にはいなかった」
その言葉に、紫雲はため息を吐いた。
「どうやら、まだまだ面倒なことがたくさん起こりそうだ」
孌朱がそう呟くと、紫雲に微笑みかける。
「これからも、一緒によろしくお願いしますね、紫雲様────いえ、闇雲様」
孌朱のその言葉に、紫雲は軽く微笑んだ。
闇雲という存在は裏社会から消えることはない
たとえその人間が変わったとしても──
終焉の鐘 第一部終幕 第二部へ…
この世界は、嘘で成り立っている──
まず始めに。
第一部を読んでくださった皆様に、本当に感謝しております。
終焉の鐘第一部完結記念として、隠された伏線なども解説していこうかなと思ってます。
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《1話目のあの男》
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まず第1話。連載開始1話目から人が死ぬという鬼畜な小説になってしまいましてね。はい。まぁですね。黒手っていうのは本当に速攻で殺すつもりで作ったキャラ?なんでwはい((
まぁそれは置いておきまして、【黒手】にお客様がいると呼び出した男。彼はなぜ【黒手】に「でもお会いしないというのは──」と言ったのでしょうか。
首領に使える人なら忠誠で当たり前。きっとただの下っ端なら、そんな首領を否定するようなことは言わないでしょう。何せ言えば首が飛ぶ可能性があるのですから。
つまり、この男はかなり上の役職──ポカ・レジーム、アンダーボス、コンシリエーレのどれかとなります。
そして、気づいた人はいるでしょうか?この男の話し方、終焉の鐘のとある人と似ているんです。
それは終焉の鐘のコンシリエーレである孌朱です。
「え?」と思う方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。孌朱は普段とても軽い口調で会話をします。アンダーボスである紫雲に対してもタメで話したり、仲の良いLastに対してなどは優しいお兄さんを想像させる話し方をします。
ただそれは闇雲に対してはどうでしょうか?
孌朱と闇雲の会話のシーンはほとんどありませんが、それでも少しだけある会話では、孌朱は必ず「自分を卑下し、闇雲を讃え、自分の意見を伝えるが、結局の選択は闇雲に任せる」こういう話し方をしています。
これは終焉の鐘のメンバーの中ではかなり珍しい話し方です。
氷夜、Last、てこは闇雲をかなり目上の人とし、まず話しかけることはありません。
紫雲は自分を下げることしかしません。孌朱のように選択を闇雲に託したり、闇雲を称えたりは全くしない。それが紫雲です。
ここまで言えばなんとなく察した人はいるのでしょうか。
黒手に話しかけた男の正体。
それは孌朱でした。
色々な理由があり、コンシリエーレとして黒手に支え、最終的には紫雲に滅させる。ずる賢い頭脳派の孌朱らしい行動です。
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《機密兵器》
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2話で七篠が黒雪に言い放った言葉、
「地獄傀儡────僕は彼を許さない──だからこそ、この機密兵器は全部回収する必要がある」
これはどういう意味なのか。機密兵器と傀儡は何が関係しているのか。
七篠のこの喋り方だと、機密兵器は傀儡によって作られた物のように感じられます。しかし、その後のシーンで闇雲(傀儡)が仕込まれている機密兵器を回収している場面もあります。ここから読み取るに、機密兵器は傀儡によって作られた物ではないと考えられます。
ならなぜ傀儡は機密兵器を集めているのか
それは第2部でわかっていくかもしれません。
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《幹部会議》
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3話(?)で終焉の鐘の幹部が集まる幹部会議がありました。
なぜそこで普段姿を現さない孌朱が出席したのか。
それは謎に包まれています。幹部の全員も、孌朱が入ってきたことにより固まっています。
コンシリエーレとはそういう存在。
ただその後、闇雲から共同任務についての報告がありました。ぱっと見そのために呼び出されたと思うかもしれませんが、そうではありません。
孌朱は幹部全員に注意をした後、自分より上の立場にいる紫雲に声をかけます。孌朱はわざわざその場で紫雲に言葉をかける必要はありませんでした。
アンダーボスとコンシリエーレという関係であるなら、その場で声をかけなくてもいくらでも声をかけられるのですから。
そこでわざわざ紫雲に声をかけた理由は「自分にも会議に参加させろ」という意味を表しています。
「お前はこの愚かな3人の上司だ。気を抜くな」そう声をかけた孌朱。彼は今日か幹部と闇雲で大事な話をするとなんとなく察していました。そのため、遠回しに紫雲に参加の許可をもらい、会議に参加しようとしていたのです。
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《わざと負ける》
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共同任務で、孌朱は煤煙に殺されそうになっています。ただ、少し疑問に思いませんか?
孌朱はそこまで弱くありません。
実際、煤煙より強いことを表す描写がいくつか出てきています。そんな中、孌朱は平然とニコニコしながら殺されかけています。
彼の目的は何なのか。
ずる賢い孌朱。
それだけで少し想像がつく人がいるのではないのでしょうか。
孌朱はもともと闇雲が孌朱を追って屋敷に入るのを分かっていたため、わざと殺されかけたのです。
闇雲の実力を測るためにわざと殺されかけました。
しかし、ずる賢いのは闇雲も同じ。
鉛がずれたことに対して、闇雲は「なんでだろ──なんでズレたんだろ──ねぇ、なんでだと思う?孌朱」と笑顔で問いかけます。これは孌朱に、「教えるわけがないだろう」と言っているような物です。笑顔の中に隠されている嘘って怖いですね…w
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《地獄偶人の問い》
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地獄偶人は傀儡の姿をしている空木に「なんでこんなことをしているの?」と問いかけています。空木は「本物の傀儡には逆らえない」と言っていますが、空木は地獄偶人の元で働いています。
なぜ地獄偶人は空木にそんな問いをしたのか。
それは地獄偶人も空木が何をしたいのかがわからなかったからです。
なぜか氷夜の元を逃げ、地獄偶人の元に来た空木。彼の真意を探ろうとした問いかけでしたが、空木はそれを見越して真実を隠しました。
実際の理由は何だったのでしょうね…?w
いつか番外編などでかけたら良いなぁと思っております。
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《てこの優しさ》
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終焉の鐘幹部のてこ。
その正体はとある国の第3皇子。
作中での登場は少ないため、性格などが分かりずらい彼ですが、他の幹部に対しては嫌味のような物をネチネチと呟き、普段はあまり喋らない無口なイメージがあるかと思います。
しかし、そんな彼にあの問題児、七篠は懐いています。それはなぜか。
それは七篠がてこの優しさを知っているからです。
てこは地獄偶人と戦う直前に、
「お前は絶対に次の幹部になるな」
と言っています。
彼はもうこの時点で負けるという未来を理解していました。助ける気のない紫雲。紫雲が動こうとしない程の実力の持ち主だと判断できる地獄偶人。これだけでてこは負けを認めました。
周りを観察し、的確な情報を瞬時で分解する。てこの素晴らしい能力です。
そして彼は普通に負けたのでしょうか。
そうではありません。
負けると確定した戦いで、堂々と地獄偶人に攻撃を仕掛けました。
どんな危機的状態でも決して諦めない姿は、まさに幹部の見本でしょう。そして実際、彼は勝てるはずのない地獄偶人の腕に攻撃することに成功しています。
自分の部下の前では決して失態を晒さないその姿、素晴らしいですよね。
そして、てこが七篠に言った「幹部になるな」これはてこが七篠といる間、愛情を注いだ分、そう思ったのでしょう。
幹部という立場になってしまえば、一つの失敗が大きく響き、下手したらすぐに首が飛ぶ。当たる敵も強くなり、生き残る可能性が少なくなる。
そして何よりソルジャー全員をしっかりまとめないといけない。
七篠の自由気ままな性格では、それは難しいのでしょう。
てこは全てを考えた上で、最後に最高の笑顔で七篠に「さようなら」の挨拶をしたのでした。
優しさの詰まった最高の言葉ですね。
彼のような人が本当は国をまとめるべき。
だからこそ身分を偽って…?
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《第2部予告編》
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この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
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これカッコいいですよね‼︎((
ここで出てくる3つの青年
それは全て違う人を表しています。
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《第2部予告編2》
---
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
終焉の鐘 第二部 第一話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第一話 ~レストラ共和国~
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「ハ、、、ハルトラント様っ‼︎」
発展国として知られている帝国、ウェストロリア帝国──
そこの王城で、陛下であるハルトラントの執務室を無礼にも勢いよく開けた人がいた。
「急になんだ──」
ハルトラントのため息混じりの声に、扉を開けた男は口を開く。
「至急、公爵を収集して、客人への用意を────」
男に告げられた言葉に、ハルトラントは目を見開くのだった。
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「突然の訪問、申し訳ございません。ウェストロリア殿」
ニコニコ笑顔で、訪ねてきた客人はお辞儀をした。綺麗な黒髪に紫の瞳────地獄人形としての面影は消している1人の青年と、後ろで執事のように側に立っている銀髪の青年──紫雲と黒雪、改めシウン・リカース・レストラと、コクセツ・ヴィクハウルだった。
ウェストロリアの帝王であるハルトラントとその補佐官を含む公爵家の当主達が集まって、突然訪ねてきた紫雲と黒雪を迎え入れる。
「あらためまして。お初にお目に掛かります。レストラ共和国第1王子のシウン・リカース・レストラと、私の補佐をしているコクセツ・ヴィクハウルです」
胸に手を当て、綺麗な所作で2人はお辞儀をした。その2人を見て、ハルトラントは軽く固まる。紫雲の胸についたレストラ共和国の紋章。それは確実に本物だった。滅びたはずの共和国の王太子がお供1人とたった2人だけでやってくる。それだけでかなり珍しい。
「それで、今日はどんな御用件で?」
ハルトラントの笑顔に、紫雲はふっと微笑み口を開いた。
「レストラ共和国を復活させるにあたっての、ウェストロリア帝国との同盟と、協力をお願いしに参りました」
---
「まだ幼いのに大したものだ──」
ハルトラントは目の前で優雅にお茶を飲んでいる紫雲を見てため息を吐いた。話し合いの結果、かなりの知識を持っている彼に、ハルトラントは協力と同盟を許可した。公爵家のみんなには帰ってもらい、今は紫雲と黒雪、ハルトラントの3人が部屋にいる。
「父上、お呼びでしょうか」
部屋をノックする音と同時に、ドアの奥から声が響く。紫雲はドアのほうを見て不思議そうにハルトラントを見つめた。
「シウン殿に、私の息子を紹介しておこうと思ってな。いつもは国外で色々なことをやっているのだが、最近はウェストロリア帝国で私の補佐をしてくれている」
入っていいぞというハルトラントの声に扉を開けた人物は、紫雲と黒雪の姿を見て固まった。
「え────と、紫雲様?」
青年の困惑気味の声に、ハルトラントは首を傾げる。
「知り合いか?」
「えぇ────それはもう、そうですね」
「1年ぶりだね──ヒョーヤ。最近の調子はどうだい?」
紫雲の言葉に、ヒョーヤこと氷夜は、確実に笑顔が固まっていった────
---
「紫雲様に黒雪は何をやってるんですか⁉︎」
ハルトラントを氷夜が追い出したあと、氷夜はそう問いかける。
「ハハハっドッキリ大成功ってやつ?」
「俺様は紫雲様についてきただけです‼︎」
2人は楽しそうにそう告げる。氷夜は目の前でレストラ共和国の紋章をつけた服を着ている紫雲を見て、全てを察したようにため息を吐いた。
「突然終焉の鐘を各々で自由に行動する様にしたと思ったら──屑洟さんに渡された場所で、辿り着いた真実がそれですか?」
「自分がレストラ共和国の王族なのはずっと知っていたけど──父上の思いを受け継ぐ必要があると、思ったんだ」
紫雲のその言葉に、氷夜は少し息を呑む。そしてふっと微笑んだ。
「何か手伝えることがあったら、教えてくださいね。それにしても──終焉の鐘には王族が多すぎませんか?」
「そうだねぇ────てこに俺に闇雲に氷夜に──黒雪だって立派な貴族だし、孌朱だってきっと貴族が王族だ。おなさも、実は王族だしね」
なんていうグループだと氷夜は呆れる。自分自身もそうだが、身分を隠して行動するにしても王族が多すぎだろう。ここまで来ると怖くなるものだ。
「ところで氷夜、アレはどうだ?」
「順調です」
氷夜の不気味な微笑みに満足したように紫雲は立ち上がる。
「今日は急な訪問で悪かった。ハルトラント殿にも感謝を伝えておいてくれ」
紫雲はそう言うと去っていく。
本当の復讐劇が幕を開ける
終焉の鐘 第二部 第二話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第二話~鐘は鳴らない~
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「いやぁ、あの終焉の鐘も最近は全く名前を聞かなくなったもんだなぁそろそろ滅びたんじゃないですか?首領」
とある屋敷の青年に、1人の青年はそう声をかけた。
「それ、本気で言ってる?そう簡単に姿を消す奴らじゃないと思うんだけど」
首領と呼ばれた青年はそう言って側にいた青年を睨みつけた。
「どちらにしろ、お前まだ見つけられないのか?」
不機嫌そうにそう言った首領と呼ばれた青年は、側にいた青年を蹴り飛ばした。
「早くしろよ」
「そ──そんなこと言われても‼︎孌朱様は見つからないのですよ‼︎」
首領と呼ばれた青年は不機嫌そうに部屋を出て行く。
「やっぱり屑洟にシウンを任せたのは間違いだったか───」
首領と呼ばれた青年は外に出る。
綺麗な朱色の髪の青年だった。
どことなく雰囲気が孌朱に似ている青年。
彼の狙いは紫雲か孌朱か、それとも双方か──
「シウン・リカース・レストラ──何度聞いても素晴らしい名前だ」
Code name【ガラクタ】
それが彼の名前だった。
「折角愚かな父を利用して共和国を戦争に巻き込んで滅ぼしたのに──折角屑洟が紫雲を手に入れたら自分の物にしようと思ってたのに────使い物にならない物ばっかりだな」
そしてガラクタは1人共和国に足を踏み入れる。紫雲達の力によって綺麗に開拓された共和国。
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
---
「──────っ⁉︎」
突然の寒気を感じた孌朱は立ち止まりあたりを見渡す。それらしき人影はなく、とても静かな場所だった。『おかしい』孌朱はそう感じる。静かに懐から銃を出し、違和感の方向へ発砲した。
「うっわ──なんでバレちゃうのかな」
そしてギリギリで避けたかのように1人の男性は姿を現す。独特なマッシュルームヘアの男だった。
「あー孌朱様で当たってるかな?」
男はそう言うと不気味に微笑み銃を孌朱に向ける。
「悪いけど、ガラクタ様の命令であんた拘束させてもらうわ」
男は嬉しそうに笑う。
「これであのガラクタ様に認めてもらえる──‼︎」
孌朱は何か考えるように目の前の男を見つめる。『ガラクタとは誰だ』その考えが孌朱の頭に残る。孌朱が答えに辿り着くより先に、男は攻撃を仕掛けた。孌朱はそれを軽々とかわし、男を地面に叩きつける。
「一つ質問をさせてもらうけど──ガラクタ様って、俺に似てる?」
「あぁ──嫌と言うほど雰囲気が似ているな‼︎」
男のその言葉に孌朱は男を押さえつけていた手を緩めた。そして、絶望の淵に落とされたような顔をする。
「なぜ────なぜなぜなぜなぜ」
孌朱のその言葉を男は気持ち悪い物を見るような目で見てから走りさる。今逃げないと、命はないと考えたからだ。
「おい──待てよ」
ただ、孌朱はそれを逃さない。また男を捕まえては押さえつけ、乱暴に銃をおしつけた。
「ねぇ────なんで?なんでガラクタ様は俺を探してるの?なんで?ねぇなんで?早く答えてよ。イライラする。教えてよ。ねぇなんで?なんで【孌朱】って名前をガラクタ様は知ってるの?なんでなんでなんでなんでなんで」
孌朱が言葉を重ねるごとに、男は顔を顰めて行った。なんだ、コイツ。そう思い始める。あきらかに何かがおかしい。ガラクタに聞いてきた性格から明らかにブレている。男の目の前にいるのは、ただの不気味な男だった。
「なんでって言われても俺も知らねぇよ‼︎」
男の叫んだその言葉に、孌朱はハッとしたように手を離した。
「あ、ごめん。ついつい君に当たっちゃった。ごめんね?」
男は不機嫌そうに孌朱を睨みつける。
「お前、一体なんなん?」
男の言葉に孌朱はんーと首を傾げた。
「闇雲様を愛して止まない人?」
「なんだそれ──」
「君も同じじゃないの?ガラクタ様を愛して止まないんじゃないの?」
孌朱の問いに、男は笑う。
「ハッ──あんなやつを愛して止まないだ?笑えるな。俺はガラクタ様の技が好きなだけだ」
そう言った男に、孌朱は馬鹿にしたように言い放った。
「変なやつ」
「お前が言うなよ⁉︎」
孌朱は笑顔で銃をしまい、押し付けていた男を立ち上がらせた。
「ガラクタ様に伝えて置いてくれ──俺はお前の言うことをよく聞く純情な弟にはなれないと────な」
そう言って去って行く孌朱を男は呆然と見送った。
「弟────?アイツが?ガラクタ様の?────っておい‼︎折角見つけたのに拘束できてなかったら俺が殺されるだろっ‼︎」
────少々馬鹿な男だった。
Code name【Ssk】
とりあえず馬鹿な謎の男だった────
終焉の鐘 第二部 第三話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第三話~終末は続く~
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「で?結局捕らえられなかったと?何、Ssk、お前そんなに死にたいの?」
屋敷で、ガラクタは報告してきたSskにそう問いかける。確実に怒っている。Sskは気まずそうに笑顔を引き攣らせた。
「死にたくねぇよ‼︎」
「ならお前の命をかけてアイツを拘束しろよ」
「分かりまし────って結局俺の命は⁉︎」
騒がしい。ガラクタはそう感じて顔を顰める。
「まぁいいや。次見つけたら絶対捕まえるように。次の失敗は許さない。俺は出掛けてくるから」
ガラクタはそう言って部屋を出て行った。Sskは1人残された部屋で呆然とそれを見送る。
「ねぇ、俺の命は────?」
虚しいその呟きを誰も聞いてはいなかった。
---
「紫雲様ー‼︎なんか紫雲様に面会を頼んでくる妙な野郎がいますけど、どうしますか?」
レストラ共和国の執務室にて、元気そうな黒雪の声が響き渡った。紫雲は顔をあげ、少し考えてから立ち上がる。
「会いに行こう。俺一人で行く」
「え、俺は?」
「黒雪はそこに残ってる書類やっといて」
それはないでしょう‼︎と叫ぶ黒雪を置いて紫雲は部屋を出る。そして、客間に行ってから固まった。
「な────ぜ、」
「久しぶりだね──シウン?シーラン・ブリジャー公爵?」
ニコニコ笑顔で紫雲を出迎えたのは、ガラクタだった。
シーラン・ブリジャー
紫雲が王族としてではなく、ただの貴族として生活していた時の名前だった。それを知っているのは、ほとんどいない。ほとんど戦争で死んでしまった。生き残ってるのは、共和国を戦争に巻き込んだ国の皇子のみ──
「そんなに冷たい目で見ないでくれよ。俺はずっと嬉しかったんだよ?俺に対して優しくしてくれたのは君だけだったからね。本当は、敵国の第2皇子の顔を毎日見るのも辛かったんだろう?孌朱なんていう妙な名前でずっと君に纏わりつく俺の弟のこと、本当は嫌いだったんだろう?」
紫雲は少し後に後退る。どんなに強くても、トラウマという物は消えない。紫雲の脳に嫌というほど刻まれている恐怖は、永遠に残り続ける物だった。
「ねぇシウンさ、俺との約束覚えてる?」
今がそれを果たすときだ──そう言ったガラクタは紫雲の懐から銃を掠め取り、奪った銃を紫雲に向けた。
「今の反応速度は悪くないね。流石だよ紫雲──次は、鉛をちゃんと避けてね────?」
「汚い手で紫雲様に触れるな」
後から、ガラクタを止める声が響く。ガラクタはのんびりと声を発した人物を見た。
「噂の黒雪くんね──紫雲に近くて、気に入らない」
低い声音でそう言ったガラクタに、黒雪はゾッとする。今にでも殺してきそうな勢いだった。
「まぁ、今日はレストラ共和国に挨拶をしに来ただけなんだ。ぜひ、我が国とも仲良くしてほしい物だね」
ガラクタはそう言って去って行った。
裏社会では、1つ、嘘の情報が流れている。
地獄傀儡と地獄人形は、共和国を戦争に巻き込んだ全ての国を滅ぼしたわけではない──
ガラクタがいる、共和国を戦争に巻き込んだ1番の原因となる彼の国だけは、
滅ぼされていなかった。
「紫雲様、大丈夫で────」
そう声をかけた黒雪は息をのむ。今まで、紫雲の色々な表情を見てきた黒雪だったが、この表情を見るのは初めてだった。
今にも泣きそうな、何かに恐れていそうな、それでも憎しみが溢れ出ているような、そんな表情だった。
紫雲は、ガラクタにかなりの恐怖を埋めつけられている。
幼少期の頃のトラウマは、永遠に消えない物だ。
彼の脳内に刻み込まれている、真っ赤な血で染まった大地。
そこで自分が愛していた国の民を全員殺した敵国の軍と、それをまとめていた、自分が仲良くしていた他国の第1皇子が笑っている。
第1皇子は楽しそうに紫雲の方を見て言った。
「おや?生き残りがいるようだ」
やめろ
彼はそう思う。思っても意味のないことにそう願う。彼はただひたすら走った。大切な双子の兄と一緒に。大切な、正妻の息子である悠餓と共に。
ただひたすら走った。
紫雲が兄のように慕っていた皇子が、紫雲が愛していた国を滅ぼした。
その時の民の血、家族の血、楽しそうに微笑む敵国の全員
それが紫雲の頭から消えることは、永遠にないだろう──
終焉の鐘 第二部 幕間1
これはまだ────────
「紫雲、君がレストラ共和国を作り直すにあたって、俺からのお願いが何個かあるんだ」
これはまだ紫雲が、ウェストロリア帝国に行く前のお話
「お願い?君が、俺に?」
紫雲は目の前の青年にそう問いかける。青年は頷いた。そして告げる。
「一つ目は、必ず貴族と平民の身分の差を少なくすること。二つ目は、国民の意見を聞くこと」
青年はいくつか述べていく。そして最後に、耳元で呟いた。
「████████████」
青年のその言葉に、紫雲は目を見開く。そして呆然と目の前の青年を見つめた。
「全て守るよ」
紫雲はそう言うと、楽しそうに微笑んだ。青年はそれを見てから安心したように笑う。
「なら、頑張ってね」
「何かあったらすぐに呼ぶように」そう言い残して青年は去って行った。青年は、静かに夜の街を歩く。
「さぁ────‼︎俺たちの手で全てを潰そう────なぁ紫雲」
青年は不気味に微笑んで1番信頼している人の名前を呼ぶ。
彼らが進める本当の復讐劇は始まったばっかりだった
終焉の鐘 第二部 第四話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
---
第四話~動き出す歯車~
---
「久しぶりだね───」
暗い夜、明かりがついた屋敷で、ガラクタは目の前で感情のこもっていない笑顔を浮かべている孌朱にそう声をかける。
「君の方から来てくれるなんて、嬉しい限りだよ」
くるくると銃を回しながら、ガラクタは孌朱に微笑みかける。
「今日、俺がここに来たのは仮にも自分の兄上である貴方に挨拶をしに来ただけです。全くもって、兄上に協力するつもりはありません」
無表情でそう言う孌朱に、ガラクタは微かに微笑みを浮かべる。
「そっかぁ──そしたら、困ったな。少しの乱暴は許してね?」
そして素早い動きで孌朱に攻撃を仕掛ける。力強く床に押し付けられた孌朱は、不気味に微笑んだ。
「兄上は絶対に、俺たちには勝てない」
そう言って意識を手放した。
---
「昨日から、孌朱様との連絡が取れなくなりました」
レストラ共和国王城執務室にて、1人の青年はそう報告する。
「昨日から───?こちらでも黒雪が昨日から見当たらないんだ」
そして、青年ことLastに話しかけられた紫雲は不思議そうに顔を傾げる。
「一度俺の方から通信機で連絡を入れてみよう」
紫雲はそう言うと、懐から小さな通信機を取り出し、孌朱に通信をかける。
雑音と共に、繋がった通信機をみて、Lastは目を見開いた。何回連絡しても繋がらなかったのが、一発で繋がったのだ。
『あぁ───君、誰?』
そして通信機越しに鳴り響いた声に、紫雲を息を呑む。
“孌朱じゃない”
誰ですか?と小声で尋ねるLastに、紫雲は静かにと意味を込めて指を立てる。
『ん、あぁ、もしかして紫雲?』
ちょうどよかった。という声とともに、紫雲は顔を顰めて呟いた。
「なぜ孌朱の通信機を───」
『明日までに“紫雲1人で”フェリンド帝国まで来い。君の大好きな黒雪くんと、君のことを愛している孌朱がまってるよ』
「まて──────」
紫雲の静止を聞かずに、容赦なく通信は切断される。Lastは通信が切れたのを確認すると、紫雲を心配そうに見つめた。
「誰ですか──なぜ今の男は紫雲様のことを────」
「話すと長くなるから今度話す。俺は今からフェリンド帝国まで行く。何かあったら氷夜と協力して国を回しておいてくれ」
Lastの問いから逃げるように紫雲はそう言うと部屋を出て行った。
---
「わぁ───君なら来てくれると思ってたよレストラ殿」
フェリンド帝国の城に、待ち伏せしていたかのように、綺麗な朱色の髪の青年──ガラクタが紫雲を迎え入れる。
「どういうことだ、ガラクタ────いや、ガーラン・フォン・フェリンド殿?」
綺麗な金色のフェリンド帝国の紋章がついた服を着ているガラクタに、紫雲はそう問いかける。その様子を見て、ガラクタは楽しそうに目を細めた。
「立ち話もアレだろう?中に入れ。歓迎しよう」
ガラクタはそう言うと、丁寧に紫雲を招き入れた。
---
「俺はね、今少し後悔してるんだ。こんな面倒なことになるくらいなら、屑洟なんかに君を任せなければよかったなぁってね」
予想外に出てきた名前に、紫雲は目を見開く。
「なぜ、屑洟兄さんを」
「彼が君たちに依存しているのは知ってたからね。協力してあげてたんだ。しばらく紫雲を味わわせたら、屑洟を殺すかなんかして奪い取ろうかなって。ついでに君の愚兄を処分出来そうだったし」
ガラクタのその言葉に、紫雲は目に鋭い光を宿わせる。
「ふざけんな‼︎屑洟兄さんのことを利用するなんて───それに、ユーガは愚兄じゃない」
紫雲の罵声に、ガラクタはにっこりを微笑む。そして紫雲の腕を無理矢理引っ張り、顔を近づけた。
「君さ、誰にでも優しいのは良いことだけど、その性格は裏社会にも王族にも向いていない」
どす黒いガラクタの声に、紫雲は軽く動揺する。ニコニコの笑顔の奥で、目が笑っていない。冷たい無表情な目で紫雲を見据えていた。
「ユーガ・リラーナ・レストラはただの愚かな男だ。裏社会の帝王だとかいうくだらない名前を持っていたが、所詮それもその程度。結局彼は屑洟よりも弱かった。王族が土下座をして懇願するなど絶対にあってはならない。それを躊躇いもなく行うあの男はただのクズだ。クズで馬鹿でアホで愚かなガキ。そんなガキの弟がお前だ。あんなやつと一緒になるなんてありえない。お前はそんなことになってはならない。あんなやつを王位継承権第1位なんかにしたレストラ共和国なんていう国に、君を留めさせるのは気に食わない」
流れるように出てくる言葉の一つ一つを紫雲は聞き取るにつれて顔を顰めていく。目の前にある、綺麗な朱色の髪から除く鋭く冷たい紫の瞳が、しっかりと紫雲を捉えていた。
「ごめん。ちょっと怖かったかな?」
そして呆然としている紫雲に気づいたガラクタはにっこりといつも通りの微笑みを浮かべた。
「ついてきな。孌朱と黒雪くんに会いにきたんでしょ?」
ガラクタのその言葉に紫雲は頷くと、案内された場所についていく。一つの扉を開けたそこの部屋の光景に、紫雲は息を呑んだ。
一面に広がる血
そこで倒れている大切な人
一気に昔の映像が脳に流れ始める。
「ゥ────ァ────」
紫雲のその口から漏れた言葉に、黒雪を守るように、覆いかぶさるように倒れていた孌朱が反応する。
「紫雲────様?大丈夫です。俺は生きてます。黒雪も生きてます」
消え入りそうな孌朱のその言葉に、紫雲は我に帰ったかのように孌朱を見つめる。そして、不気味に濁った孌朱の目を見て顔を顰めた。
「ガラクタ、どういうことだ────‼︎」
紫雲の罵声に、ガラクタは冷たい目で孌朱を見つめてから言った。
「少し黒雪くんを調教しようって思ったら、いつまで経っても愚弟が黒雪くんを守るから。守れないように、見えないように軽く失明させただけ」
ガラクタはそう言うと、いつからか手に握っていた銃を黒雪に向けながら微笑んだ。
「俺からの最大限の干渉だ紫雲。俺は屑洟みたいに君から全てを奪うつもりなんて全くない。俺との約束を果たしてくれないかい?紫雲。そうすれば、共和国や君の部下に危害は加えない」
「逆は、言わなくてもわかるよね?」そうい言ったガラクタは、黒雪にむけている銃の引き金に力を込める。
「紫雲様────いや、シーラン‼︎ダメだ‼︎絶対ダメだ‼︎あの約束だけは、絶対に、果たしてはいけない‼︎あの約束は──────‼︎」
孌朱は紫雲の昔の名を叫んでから、縋るようにダメだと繰り返す。
「黙れレーリ。次は耳を撃つぞ」
孌朱に向かってガラクタが発砲した鉛は孌朱の腕にあたる。ポタポタと孌朱の腕から血が流れて行くのを見た紫雲は、辛そうに顔を顰めてから口を開いた。
「やめてくれ────それ以上孌朱を傷つけるな───それ以上俺の部下に手を出すな」
「交渉成立で、いいんだね?」
静かに頷く紫雲に、ガラクタは嬉しそうに微笑み、倒れている黒雪を優しく抱き上げるとそれを紫雲にわたす。
「流石に俺も悪魔じゃない。こっちに来るのは明日で良いよ。黒雪くんはちゃんと解放するし、今日は紫雲の好きなように過ごしてね」
「孌朱は──」
「レーリはこの国に残す。危害は加えないから」
「ごめん────レーリ兄様」
誰にも聞き取れないくら小さい声でそう呟いた紫雲は、静かに身を翻し去っていった。
終焉の鐘 第二部 第五話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第五話~すれ違い~
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「氷夜とLastに改めて頼みがある」
夜、黒雪を連れて帰ってきた紫雲を出迎えた2人に、紫雲は真剣な顔つきでそう言った。
「しばらくフェリンド帝国に滞在することになった。詳しいことはあまり話せないが───その間、共和国を任せたい」
突然の報告に、2人は軽く顔を顰めた。
「随分と突然の報告ですね。孌朱はどうなってるんですか?」
「彼も一緒に帝国に滞在する。用事が済めばすぐに戻る」
紫雲はそう言うと、柔らかく2人に微笑みかけた。
「2人になら、国を任せておけると思ってね」
(なんだ、、、その言い方)
氷夜とLastはふと紫雲のその言葉に疑問を覚える
(それではまるで、国に帰ってこないと言っているようなものではないか)
2人の嫌な直感は、2人を焦らせる。
「紫雲様、いつ頃になったら帰ってこれそうなのですか?」
Lastの慎重に問われたその問いに、紫雲は不気味にフッと笑った。そして独特な感情を読み取れる目でLastを見つめてから口を開く。
「何、気にするな。すぐに帰ってくる」
教える気のない紫雲の返答に、Lastを悔しそうに口を閉じる。
「ただ────」
紫雲は悲しそうに目を細めたかと思うと、ポタポタと瞳から雫が零れ落ちてくる。
「紫雲様⁉︎」
「俺はきっと君たちと再会する時には俺の全てが変わってしまっていると思う」
紫雲の言葉に、2人は息を呑んだ。
何が紫雲をそこまで悩ませるのか
それは2人にはわからなかった。それが何よりも悔しく、何よりも悲しい。
「怖いんだ───恐ろしいんだ───アイツの顔を見ると、嫌でも蘇ってくる記憶が怖いんだ」
涙を流す紫雲を見て、2人は唇を噛みしばる。
「何も出来ない自分が、大嫌いなんだ──────」
紫雲はそう言うと、のんびりと立ち上がり、2人に綺麗な笑顔を見せる。
「何かあったら、躊躇わずに俺を殺せ。その方が、俺は楽だ」
呆然としている2人をおいて、紫雲は部屋を出ていった──
---
「なぜ──?ねぇ、なぜシーランは兄上のあんな無茶な約束を果たそうとするんだ‼︎」
フェリンド帝国の敷地に踏み入れた紫雲は、国境の近くにいた孌朱にそう問いかけられる。朱色の髪から除く赤い目は、巧みな技術で作られた義眼だった。紫雲はそれをまじまじと見てから、ため息をつく。
「レーリ兄様は、何もわかっていない。俺たちが置かれている状況を考えてみてくださいよ」
紫雲はそう言うと、冷たく孌朱を睨みつける。
「ずっと、何を考えてましたか?自分たちが戦争に巻き込んで滅ぼした国の王子2人が首領と若頭である終焉の鐘をどう思ってましたか?本当は嘲笑うような気持ちでしたか?」
感情のこもってない目で紫雲は孌朱を見つめながら言葉を続けた。
「俺はあなたを信じていました。ガーラン兄様とは違うと。だからこそ我慢した。まだレーリ兄様と確定したわけではない孌朱のことを我慢した。必死に感情を押し殺して接していた。あなたは何を考えていたのですか?」
「シーラ────」
「俺はあなたが知っているシーラン・ブリジャーじゃない。あなたが知っている紫雲でもない。あなたも僕が知っているレーリ兄様じゃない。僕が知っている孌朱じゃない」
吐き出すように紫雲はそう言うと、孌朱を見つめた。
「俺は今のフェリンド帝国と仲良くする気はない。あなたと僕の間の壁をどかす気もない」
切り捨てるような冷たい言葉に、孌朱は押し黙る。
「お前は、俺の知ってるシーランじゃない」
ボソッと呟いた孌朱の言葉に、紫雲は顔を顰めて口を開く。
「だから何度もそう言って────」
孌朱のことを見た紫雲は、途中で口を閉じる。
「それならもう勝手にしろよ」
冷たく言い捨てられた孌朱のその言葉に、紫雲は呆然とその場に立ち尽くす。紫雲のことを置いて先に行く孌朱の後ろ姿を見た紫雲は、複雑そうな顔で俯いた。
「何をやってんだ──俺は」
終焉の鐘 第二部 第六話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第六話~終わりなき悪夢~
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「おはよう黒雪」
目が覚めた黒雪は、Lastの言葉で体をおこす。部屋を見渡してから不思議そうにLastを見た。
「紫雲様は?」
黒雪のその問いに、Lastは気まずそうに微笑んだ。
「っ‼︎俺のせいだ‼︎俺があの時───あの変な男に捕まらなければ‼︎俺があの時、孌朱様を怪我させなければ‼︎俺が────俺があの時、孌朱様を失明させなければ────」
次々と出てくる自虐の言葉に、Lastは目を見開く。そして黒雪の方を掴んで問いかけた。
「今の話、なんだ?」
Lastは何も知らなかった。知るはずがなかった。
彼の知らないところでどれだけのことが起こっているのか。
起こっていたのか。
知っている限りのことを話しきった黒雪をみて、Lastはため息をついた。予想以上に面倒なことになっている。そう気づいてしまった。
「あのフェリンド帝国の男、Lastのことを知ってるみたいだった──『どうやってLastくんに記憶を取り戻してもろうかな』って」
黒雪のその言葉を聞いたLastは、固まる。
「記憶を────?」
ボソッとつぶやいたLastは冷や汗を流す。何か、大きな事件に巻き込まれそうな予感がしたのだった。
---
「どこまで、本気なんですか?」
暗い部屋で、孌朱はそうガラクタに問いかけた。外の景色から視線を動かし、孌朱をみたガラクタは軽く微笑む。
「いつだって全てが本気だよ」
ガラクタのその答えに、孌朱はガラクタの胸グラを掴み、怒りの表情を見せる。
「シーランは“物”じゃない‼︎兄上の玩具じゃない‼︎」
「そんなの、言われなくてもわかってるよ?レーリ」
ガラクタは不気味に微笑み、孌朱を引き剥がす。
「シウンは勿論“物”なんかじゃない。玩具でもない。ただ俺はずっと──ずっと彼を欲していたんだ。“物”でもなく“玩具”でもなく、1人の人間としてシウンがほしい。だから俺は昔、彼とあんな約束をしたんだよ」
予想外の返事だったのか、孌朱は軽く目を見開く。血の繋がった兄であるガラクタの思考が、何一つ読めなかった。
「レーリ──君だって俺の弟だ。この気持ちは分かるだろう?まぁ君がどんだけ止めようが、逆に君がどんだけ彼を欲しようが、絶対に君に譲ることはないけど」
孌朱は少し押し黙り、冷たい目でガラクタを見つめる。
「Lastを巻き込む必要はないはずだ。なぜわざわざLastにあんな記憶を蘇らせる必要がある?」
ガラクタは孌朱のその問いに、目の鋭さを強めてから口を開いた。
「教える必要はあるかい?レーリは信用できないからね」
---
青年はふっと微笑む。
「運命というのは、いつも美しくいつも恐ろしい」
青年の目の前にいる青年、おなさは冷たい目で目の前の青年を見つめる。その様子に、青年は楽しそうに口を開いた。
「君には地獄がお似合いだと思うんだ」
短く告げたその言葉に、おなさは咄嗟に体を弾き銃を構える。
「どういうことだ───」
おなさのその問いに、青年は「ん?」と首を傾げてからおなさを真っ直ぐに見つめる。
「君は何がしたい?君は何を望んでいる?君に何をあげても無価値だ。それどころか、せっかく与えてあげた【終焉の鐘という居場所】を簡単にすてる──馬鹿だよね」
おなさは、歯を食いしばり、引き金に力を込めた。
「あなた“達”は狂っている‼︎どういうことですか紫雲様‼︎」
おなさのその言葉を聞いた青年は、殺意を露わにする。
「その呼び方をやめろと言っただろう?“紫雲”は今フェリンド帝国にいるんだからさ」
青年はくるくると銃を回してつまらなそうに呟く。そして満面の笑みでおなさに銃を向けた。
「君が死ぬことを許してあげるだけで有難いと思え」
青年はそう告げると、躊躇いなくおなさに発砲した。静かになった部屋で、青年は微笑む。
「いつでも狂ってる───それが俺たちなんだよ」
終焉の鐘 第二部 第七話
この世界は、嘘で成り立っている──
誰もが嘘を並べ
誰もが嘘を信じ
誰もが嘘を愛す
青年は不気味に微笑み笑いかける
青年は不気味に微笑み動き出す
青年は────────
全員の感情が全てを闇へ突き落とす
「所詮ただのレストラ共和国だ──紫雲にはもっと良い場所がお似合いだよ」
朱色の髪の毛を綺麗になびかせ、青年はそう言って微笑んだ。
「兄上は狂っている‼︎」
「孌朱様は俺のせいでっ────」
「なぁLastくん。君、何か忘れてない?」
複雑な関係が、全てを狂わし惑わす──
孌朱は紫雲に告げたとさ。
「それならもう勝手にしろよ」
紫雲は涙を流したとさ。
「何も出来ない自分が、1番嫌いなんだ」
────────────
「ふざけんな」
────────?
「あなた達は狂っている‼︎どういうことですか、紫雲様‼︎」
「兄上は狂っている‼︎」
「どういうことだ────なぜ屑洟兄さんを────」
「屑洟なんていう使えない雑魚は勝手に滅んでくれて助かったよ────全ては君のためなんだ」
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第七話~偽りの果てで~
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「Lastくん。君に会いたかったんだ」
悪夢は、いつでも突然おそいかかる。
Lastは苦しそうに先ほど目の前の男────ガラクタに切り落とされた腕を、口ともう片方の腕で無理やり止血しながら、にこにことほほ笑んでいるガラクタに冷たい瞳を向けた。
ただの巡回のはずだった
急に後ろから、みじんも気づくことができずに襲われたそのときに、対応なんて不可能だった。
そのまま少しの反抗もする間もなく、無慈悲に攻撃をしかけられて今に至る。
それでも必死に銃口を向けてくるLastに、ガラクタは楽しそうに笑った。
「下手に暴れないでくれよ。俺はこれ以上君に傷をつけたくないんだ。“大切な”体だからね」
「何が、言いたい」
そして告げられる、絶対に思い出してはいけないlastの記憶
「は──────────?」
呆然とした顔で目の前のガラクタを眺めるlastに、ガラクタを笑顔を深めてlastの後ろを指さした。
「「俺たちが目指しているものは、すべてが嘘に包まれているんだよ?」」
後ろでにんまりとほほ笑むその男の姿に、lastは悔しそうに、今にでも襲い掛かりそうな顔で歯を食いしばった。
「おまえっ────────」
Lastはそこで一度言葉を止めてから、落ち着いた声で再び口を開く。
「紫雲様は、必ず────俺たちの味方でいてくれるんです。いつでも、
お久しぶりでございます。生きておりまする。約1年ぶりの浮上です。