人間らしい正義のカタチ
編集者:すい
本物の善は誰ですか。
本物の悪は誰ですか。
美しいキャンバス、その下には何度も失敗した悪意が残っている。
綺麗事を塗りたくって、古いキャンバスを新品に見えるように繕い続けた。
真っ白いキャンバスに落とされた汚い絵の具のように嫌われる悪意。
ただ、その“汚い”絵の具を綺麗と思う人が少なかっただけの話なのに。
貴方たちに問います。
自分にとっての正義とはなんですか。
希望なんて何もない世界に与えられた、唯一の正義の味方。
悪意を裁き、綺麗事で埋め尽くしていく。
貴方たちに問います。
自分にとっての正義とはなんですか。
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目次
Chapter 1:斗霧芽衣の憂鬱
めんどくさいことは嫌いだ。
「あぁ…めんどくせぇ…」
私──|斗霧 芽衣《とぎり めい》は、学校の何故か寝心地がいい机にぼやきながら突っ伏す。
布団に入るとなかなか眠れないというのに学校の机だとすぐ寝られるのはどうしてだろう。
家に学校の机と先生が欲しい、そんなことを思いながら手元の紙と睨めっこする。
“委員会希望調査票”
正直言って委員会に興味などクソほどない。てか、頭ぶっ壊れてんのかって感じ。
中央委員、生活委員、体育委員、文化委員、保健委員、放送委員、図書委員、飼育委員…
芽衣「うぜぇ…」
去年は一番楽そうな図書委員にしたが、皆考えることは一緒のようで落選。
妥協として入った生活委員は朝の挨拶運動がとんでもなく面倒臭かった記憶がある。
ま、真面目にやってる奴なんて誰1人いないんだけど。
そもそもなぜ委員会が強制なのか。
|従姉妹《いとこ》が中学生の頃は係は強制だけど委員会と部活は強制じゃなかったと聞いた。
この学校も委員会を強制しない形にしてほしい。いっそのこと中央委員にいって生徒会立候補するか?
これを一週間後に必ず提出しろ、と私たちの担任|柴田 佐久郎《しばた さくろう》──通称クソ柴が言っていた。
ちなみにこのクソ柴というあだ名は、クラスメイトの男子が考案したものである。
柴犬みたいな可愛い顔のくせに態度が高圧的。間違いを指摘するとへそを曲げ、仕事をサボることもしばしば。
10年以上前だったら即クビだが、今は違う。
10年前、あの地震から全てが変わってしまった。
いや、正確にはあの地震の後にあった出来事のせいである。
柴田「っち…外が騒がしーな…おい!斗霧!窓みろ!」
このクソほど高圧的な態度にぶん殴ってしまいたくなったが、確かに騒がしい校門前が気になる。
言われるがままに窓を覗くと、校門前に女性がへたり込んでいた。
女性の前にたち塞がるのは、さまざまな生き物が混ざったような容姿をしている化け物──サティロス。
10年前の地震ののち、やっと復興の兆しが見えたと思ったらサティロスの集団発生。
おかげで政府はぐだぐだ。サティロスの影響も相まって町中に転がる死体や怪我人はもはや風景、働き手も少なくなりこの有様である。学校があるのも奇跡なくらいだ。
芽衣「サティロスが校門を塞いでます。」
柴田「そうか!じゃ帰れお前ら!めんどくせぇ、あーあ、魔法少女さんは何やってんだか。」
クソ柴が愚痴り始めたらキリがない。
周りの生徒もカバンを背負い、自主退却。こんな状態で委員会調査票とか、頭ぶっ壊れてんじゃねーのこれ作った教師。
カバンを引っ掴み護身用のナイフを腰に結えると、サティロスだらけの家路を諦め遠回りして進んだ。
めんどくさい。家までは最短距離で帰りたいのに。
今更ながら、本当に憂鬱。
Chapter 2:従姉妹
「ただいま〜」
家の中から返事はしない。そりゃそうだろう、母親はパートで日銭を稼ぎ、夜はスナックの激務だ。
生活するために朝も夜も仕事に飛び回っている母を見ると、無関心で有名な私も流石に申し訳なくなる。
そんな私の気持ちを無視して腹は鳴り続ける。成長期である自分の体が憎らしい。
ちなみに父親は大地震の際に亡くなった。
父親と言っても、酒とタバコと暴力と不倫に溺れたバカだ。正直いなくなってくれて幼心に安心したのを覚えている。
階段を登ると、自分の部屋の襖を勢いよく開ける。
スパァン、といい音がしたそれに満足しながら部屋の中に目をやると、一瞬頭がフリーズした。
「お、はろはろ〜」
そこにいたのは、深緑色のポニーテールに黄色の優しげな吊り目、スーツに身を包んだ長身の女性。
間違いない、北海道に住む従姉妹──|安藤 花《あんどう はな》だ。
いや、気のせいだろ。流石にな?
もう一度襖を閉めると、深呼吸を2回して襖を開ける。
花「よっ!芽衣!」
芽衣「帰れ」
花「酷くない??」
てかなんでここにいる。鍵しまってただろ。
花「まぁまぁ落ち着いてぇ、鞄下ろして、飴ちゃんいる?」
芽衣「要らん。てかどうやって入った。」
花「もろもろ説明するからとりあえず座って〜」
鞄を下ろされ、ついでに身長チェックをされ、放り投げられたペシャンコの座布団に座る。いや、これ一応私のなんだけど。
花「いつもだったら酒飲んだくれてるだけだけど、今日は仕事できたの。はいこれ名刺。」
先ほどとは打って変わって丁寧に渡されたのは、黒地に金の文字が浮かぶ洗練された印象の名刺だった。
渡されたことのない物に戸惑い、え、と間の抜けた声を出す。
芽衣「魔法少女育成事務所…スカウト課、安藤花…」
冷静になって文字を読むと、聞いたことのある名前が脳みそに入ってくる。
魔法少女──10年前、サティロスの大量発生が起こった時、どこからともなく現れた奇術を使う少女…というところくらいなら知っている。
彼女らは奇術を使いサティロスを退治し、そのおかげで一時サティロスが減ったことがあった。
花「ま、そういうこと。私、魔法少女育成事務所──そのまんまだけど、魔法少女を育てたり素質のある人を探したりっていう仕事をしてんのね。」
芽衣「はぁ…ってか、仕事ってどういうこと?お母さんなら仕事でいないけど。」
花は3秒ほどきょとんとしたかと思うと、まだわからないのと言わんばかりにため息をついた。
花「だ〜か〜ら!|少女《・・》って言ったでしょ!私がスカウトしにきたのは斗霧芽衣、あんたよ!」
芽衣「は?」
Chapter 3:トレインジャック
話を聞くに、どうやら私には魔法少女の適性があるようだ。
魔力探知が…とか魔力の適性が…とかなんとか言っていたが、めんどくさいことと難しいことは嫌いだ。あまり覚えていない。
結論から言うと、花は私を魔法少女にスカウトしにきたそうだ。
急に魔法少女とか言われてもよくわからないし、めんどくさそうだしなる気はない。
とりあえずその日はお帰りいただこうとしたが、『また明日くるね☆』と言って引かなかったので外出することにした。
ちなみに学校は土曜日なので休みだ。サボろうと思えばサボれるし、第一叱られないので毎日学校に行っている私はなかなか偉いんじゃないか?
いつ事故るかもわからない電車に揺られながら、ぼぉっと昨日の出来事を思い出す。
『魔法少女になれば、通常の時からどこかの能力が5倍ほどになる。魔法だって使えるし、なんならこの世界を変えることだってできるんだよ!』
ふと、微笑みながら告げた花の声が脳裏に浮かぶ。
魔法を使える、とかこの世界を変えられる、とか魅力的な提案はたくさんあった。命をかけるかもと言われたが、今更命なんか惜しくない。
昨日お土産と言って腕に巻きつけられた腕時計には、うすい緑色の変わった宝石がはめ込まれている。
手を窓につけると、その宝石は外の光を反射してチカチカ輝いた。
いつだったか、ピクニックの時に見た木漏れ日によく似ている。
キキィ、と音がして電車が急停止する。
突然の出来事に車内からは悲鳴が上がり、私は吹っ飛ばされて地面に叩き込まれた。
芽衣「痛……っ!」
私が乗っている車両は最後尾の車両。
不運なことに、空いている窓からタコのような化物──サティロスの一種が這い上がってくる。
車内から上がる悲鳴と同時に、逃げ出す人と腰を抜かして逃げられない人に分かれる。
前の方の車両に逃げようと人の波が一気に移動し出す。
150cm無い私の身長だと周りが全く見えず、このまま逃げるのは現実的ではない。
『うわぁぁぁぁん!!!!!!!』
どこからか聞こえた泣き声に目をやると、5歳くらいの少年がサティロスの触手に捕まっていた。
このままじゃあの子は確定で食われる。
『|圭介《けいすけ》!!!!!どこ!?圭介!!!!!』
前の方から女性の声が聞こえる。きっとあの少年の母親だろう。
ママぁ、と泣き叫ぶ少年をみて、考える前に体が動いた。
ベルトで腰に巻いたナイフケースから護身用のナイフを取り出す。
そこまでの攻撃力はないが、あの少年を逃すことはできるだろう。
なぜあの少年を助けたくなったのかはわからない。考えている暇もない。
止まれ止まれと叫ぶ自分の脳を無視して体は動き続ける。
椅子を飛び越え、少年の元へ向かう。
ナイフを両手で構え、力のままに突っ込んだ。
『どりゃぁぁぁぁ!!!!!!!!死ねぇぇぇぇ!!!!!!』
グニっと柔らかい感触がした後、あまりの弾力に吹き飛ばされポールに頭を打ちつける。
じんじん痛む後頭部に眉間を寄せながら、私のナイフが刺さったままのサティロスに向かい合う。
少年は先ほどの衝撃で解放されたが、同じくポールに頭を打って意識が朦朧としているようだ。
近くに横たわっていた少年を抱えると、残っていた体力を足に溜めて前の車両に逃げ出す。
もうこの車両は空っぽになってしまったので移動に苦はない。
だが、あの程度でサティロスが致命傷を負うわけがないのだ。
意味不明な叫び声を上げ、鼓膜が破れそうになる。
完全に怒らせた。
サティロスとの体格差は歴然としており、身長も低く体重・筋力ともに劣っている私など話にならないだろう。
一瞬足がすくみ、心臓の音がおかしい。
とりあえず逃げようと震える全身から体力を搾り出すようにして走っていたが、壁に追い詰められてしまった。
前の車両へのドアを開ければ逃げられるが、そんなことをしたら突進したサティロスの影響で電車が脱線しかねない。
どっちにしろ死ぬなら私1人の犠牲の方がいいに決まってる。
だが、手元には意識を失った少年が。
なれないことやんなきゃよかった。
まぁいいや。そろそろ生きるのもめんどくさくなってきた頃だし。
『芽衣!!!!!!!!よくやったぞ私の妹分兼魔法少女候補!!!!』
聞き覚えのある元気な声と共に、サティロスの侵入経路から飛び蹴りして突っ込んできたのは、まさかの花だった。
その飛び蹴りがサティロスにクリティカルヒット。
狭い電車内で大きなサティロスが吹っ飛ぶのを恐れたのか、威力は控えめだ。
芽衣「花!?なんでここに!」
花「いいから!それより、その腕時計に手をかざして『イマジネーション』って唱えて!」
サティロスを生身で相手にする花の迫力に気押され、少年を抱えたまま腕時計に手をかざす。
芽衣『イマジネーション!!!!』
その瞬間、自分の体が弾けるような感覚がした。
Chapter 4:葉の魔法少女
弾けるようなその感覚に驚き目を瞑ると、面白い格好になっていた。
ロゴ入りのTシャツにデニムのハーフパンツ、カラフルなスニーカーといういたってシンプルな格好だったのが、ネクタイ付きの軍服ロリィタに黒の編み上げブーツというコスプレのような服になっている。
心なしかライムグリーンだった自分の頭髪が、青寄りの深緑に変わっているような気がする。
花「おっけい変身したね!それで戦えるから…っ!武器が──」
余裕がなくなってきた花のもとにダッシュで向かう。
武器とかなんとか言ってたけど、これなら素手でもいけるわ。
大幅にパワーアップした自分の力を拳にこめ、サティロスに叩き込む。
拳が何故か緑色に光り、葉のようなエフェクトを纏った。
ブォン、と音を立てて叩き込んだ拳から、美しい葉のようなものが発生する。
するとその葉によってサティロスは切り刻まれ、先ほどまでの強さが嘘のように消滅した。
花「いや〜、驚いたよ。まさか武器なしで一匹仕留めるとは…」
芽衣「倒せた…」
何故倒せたのかはわからない。そもそも何故服装と髪の色が変わっているのか。
サティロスを倒し冷静になってくると、電車の窓に映る自分の姿に驚愕した。
ローリエカラーにライムグリーンのメッシュが入った派手髪、いつも通りのエバーグリーンの目の色、軍服ロリィタというコスプレのような衣装、相変わらず変わらない不健康なほど白い肌。
芽衣「は…?」
これじゃまるで──
魔法少女、じゃないか。
---
少年を母親の元へ送り届けると、窓から地上に降りて近くの駅まで歩く。
着くまで暇なので、花にこのことについての解説をしてもらった。
どうやらこれは『変身』というらしく、魔法少女のデフォルト姿らしい。
この変身をすることで通常と比べて魔力と体力、そしてどこかの能力が標準値で5倍になるらしい。
標準値で、とのことなので磨くことで10倍以上にすることも可能だそう。
そしてそのどこかの能力というのは人によって違うらしく、扱う魔法の性質による得意魔法というのも存在するそうだ。
私の場合5倍になった能力は『筋力』。パワーは大切。
そして私の扱える魔法──それは、葉属性の魔法だそうだ。
花「いやぁ、まさか芽衣が葉属性とはねぇ…」
芽衣「失礼だな、何属性だと思ってたんだよ。」
花「火属性とかそっち系だと思ってたんだよねぇ…」
花がいうには、葉属性は『護り』や『癒し』の能力を得意とする属性であり、攻撃はそこまで強くないらしい。あれで弱いとは他の属性の魔法少女が気になってくる。
芽衣「ねぇ花。魔法少女って他に誰がいるの?」
授業かなんかで聞いたことがある。どの世代の魔法少女にも火、水、雷、風、音、葉の属性分の人数が存在すると。
例外を除いて。
花「いないよ。前の世代の魔法少女はみんな死んだり殺された。ちょうど一週間前にね。」
すっと体の体温が下がる音がする。
花の顔は見えなかった。
花「だから、新しい魔法少女を探してる。ってことで…」
ささっと私の前に出てきた花は、右手を差し出した。
花「斗霧芽衣。君に、魔法少女になって欲しい。」
黄色の形のいい吊り目は、獲物をとらえたライオンのように私を射抜いて離さない。
私としても、ここまでやってしまってはやらないとは言えない。
差し出された花の右手を握り、こう答えた。
芽衣「…ここまできて、嫌って言える根性の人はいないって。」
久しぶりに緩んだ私の表情筋を見て、花は安心したように私の手を握り返した。
花「うし、これからよろしく。芽衣──いや、葉の魔法少女、ミール・リーフェーズ。」
小さな駅の近く、一悶着あったこの日に1人目の魔法少女が誕生した。
Chapter 5:夢解星羅の哀惜
なんで死んじゃったのかな。
まだ高校生の|養女《むすめ》を残して死んじゃうなんてさー。まだ|養親《おや》孝行すらできてないのに。
ぼぉっとしながらそこら辺をぶらつく僕──|夢解 星羅《むかい せいら》は、今すごく困っている。
東京の郊外から都会に出て、また郊外に戻ってはを繰り返しているうちに埼玉まで来てしまった。
ちなみに、所持金は132円。
さっきまでは332円あったが、目の前に現れたアイスショップのクーポンに釣られ200円も使ってしまったのだ。
星羅「はぁ…どうしよー。」
危機感の感じられない間延びした自分の口調を慰めるようにチョコミントアイスを食べる。
ひんやりしたアイスに上乗せされるようにミントの涼しい香りが口の中に広がる。後からくるチョコの甘みも最高だ。
星羅「はぁ、本当にどうしよー。」
路頭に迷ったと言っても過言ではない状況である。
本当に野垂れ死そう。まぁ、それでもいいんだけどさー。
向こうのほうで悲鳴が聞こえる。あぁ、サティロスでも出たかなー。
いっそのことサティロスが始末してくんないかな、この死に損ないのことを。
餓死は辛いだろうし自分で死ぬ勇気もないからなー。できれば心臓を一突きで殺してくれるタイプのサティロスに殺してもらいたいなー。
通り魔でも来ないかなー、と空を仰ぐ。
向こうのほうから悲鳴が聞こえる。
サティロスが出たのかなー。まぁ、行こうとも思わないけどー。
サティロスの方に僕が行っちゃうと自殺と一緒になっちゃう。自殺は重罪でもれなく地獄っておばあちゃんが言ってたからなー。
星羅「いっそのこと、空が落ちてくればいいのになー」
雲ひとつない快晴を恨めしく思いながら、アイスコーンを頬張り巻いてある紙を捨てた。
一瞬でパリパリと胃に吸収されたそれを体の中で落ち着かせながら、どうにかしようと大通りに出た。
Prologue:或る歴史と唄う少女
10年前のある日──。
東京を震源地とした大地震が起こってから、様々な生き物が合体したキメラ型モンスター『サティロス』が日本中へ蔓延するのに1ヶ月もかからなかった。
サティロスは人間を捕食し、細胞分裂のような形で増え続けている。
そしてニホンザル程度の知性を持ち、悪や負のオーラを強く放つものに従う習性がある、というのが近年の研究で分かったことだ。
サティロスにより人口は急激に減少し、日本の総人口約一億人が7000万人ほどに減ってしまった。
政府はサティロスのことに追われ、日本の治安は少しずつ悪くなっていく。
違法なはずのカジノが次々と立ち、人身売買や強盗など風景だ。
少ない例だが小・中学生のバイトや就職も黙認されつつある。
そんな混乱の世の中から1年。
ある企業が開発した『マジカルクロック』。
それは、人間でありながら『魔力』という概念が存在する選ばれし少女を強力にするサポートアイテムだ。
変身や魔法、そして大幅に上がった能力を使いこなす少女が、のちに『魔法少女』と呼ばれることになる。
魔法少女らは次々とサティロスを倒していき、廃れ切った世の中に希望の光を与えていく。
そして、サティロスを率いる『幹部』らを倒し、確実にサティロスの数を減らしていった。
だが、その労働環境は過酷としか言いようがない。
救えなかった命を背中に引きずり、自分より幼い、または同じくらいの年頃の格好をした幹部らをもれなく殺す。
初潮も来ているかわからない10代の少女達には辛すぎる仕事だ。
少女らは残酷な死に方をし、時に自分を殺めようとも進み続ける。いや、進まされ続けている。
自らが信じる正義に。世間の目とやらに。
---
『私は、なんのために…!っ…なんで…どうして…』
汚れた歴史だから、無かったことにする。
都合の悪いことだから、見なかったことにする。
少女は叫び続ける。
ずっと、ずっと、届くはずもないのに。
泣いて、泣いて、涙も枯れて。
叫んで、叫んで、喉を潰して。
叩いて、叩いて、自らの腕を壊して。
そして、ついに。
嗤い出してしまった。
楽しそうな、苦しそうな、掠れた声で。
何もかもが枯れてしまい、ついに人間ですらも無くなってしまった彼女は。
ある歌を、小さく小さく口ずさみ始めた。
Chapter 6:人を助け助けられ
大通りに出て真っ先に目にしたのは、暴れ回るサティロスだった。
サボテンと大型犬が合体したような見た目のサティロスは、小さな種類だがあらゆるものを吸収し、食い尽くしていた。
大混乱の人々の中、僕はただ嬉しかった。
やっと、終わらせてくれる。
ふらふらとサティロスの方へ向かっていく。
途中、『そっちはサティロスの方向だ!』とか『あんたそっちは逆方向よ!』などと声をかけられたが、この絶好のチャンスを逃すはずがないでしょ。
おばあちゃん、今そっちに行くよ。
サティロスの方へ行くと、近くに20代前半の女性が転んでいることに気がついた。
近くに車椅子があったが、彼女は地面を這いつくばって進んでいる。
介護者の人に先に逃げられたのかな。
ふと、晩年のおばあちゃんの姿が頭によぎる。
おばあちゃんは、足を悪くして車椅子生活になっていた。
星羅「……あー!もう!」
どうせいらない命だ。せっかくなら人のために使ってやろう。
サティロスの方へ向かっていた足を方向転換させ、女性の元へ走る。
これでも短距離走は女子の中で一位だ。
星羅「大丈夫!?」
「っ…!?」
20代前半だと思っていたその女性の顔を見ると、僕とあまり歳は変わらないように見えた。
恐怖と絶望で顔色が悪く、乾いた涙が頬に道を作っている。
その女性をおぶると、サティロスとは反対の方向に走る。
星羅「ふっ…!」
女性は足の力がないため、通常の何倍もの重さがある。
脱力した人間は重い。そんなことは、わかっている。
後ろからサティロスが迫ってくる。
ついでに後ろから小石や瓦礫が降ってきて、当たると死にかねない。
悠長に思考を巡らせていると、後ろに衝撃が来た。
ぐ、と女性が声を漏らす。
首に生暖かいものが伝う。赤黒い液──血だ。
ずしりと、また女性が重くなる。
きっと小石が思いっきり頭に当たったのだろう。
まずい、このままじゃ──。
ズシン、と地面が揺れる。
まずい、また別のサティロスが来た。
今度はゾウと岩が合体したような見た目のサティロスだ。
サティロス2匹に、こちらを睨まれる。
あ、終わった。
身体中にビリビリと走る恐怖。
先ほどまで死にたいとまで思っていたのに、死を目の前にした恐怖で全身が震えている。
震えた手でミントブルーのカーディガンを破き、女性の頭に巻き付ける。
その動作に気を取られて、瓦礫の上に両足を乗せていることに気が付かなかった。
走れない、よろける。
星羅「うわっ!?」
足に力が入らない状態で瓦礫の上を乗り越えようとしたため、足がゴキっと音を立てる。
どうやらひねってしまったようだ。
星羅「くっそ…っ!」
サティロスが派手に地面を揺らしながらこちらに迫ってくる。
私たちを捕食できる距離まで、あと3メートル。
この人だけは、守らないと。
意識がない。
僕にできるだろうか。
僕にそんな力はあるだろうか。
星羅「うるせぇ、関係ねぇぇぇ!!!!!!!!」
女性を肩に担ぎ、授業で何回かやっただけの柔道で投げる。
頭をまた打たないように気を遣いながら投げたので、動きはゆっくりだ。
だが、確実に路地裏に彼女を隠すことができた。
足首が痛む、余裕の顔のサティロスが迫ってくる。
おばあちゃん、ごめん。
ぎゅっと目を瞑る。
あぁ、トドメを刺すのはゾウ型のサティロスか。
どうせなら、心臓グサッとひと突きで殺してくれる奴がよかった。
『もう満腹だろうがお前!!!!!!!!無駄に人殺すなバカァ!!!!!!!!』
街に響く、怒声。
そのあと、県中に響くんじゃないかと思うくらい大きな地響きが聞こえた。
あまりの音に目が裏返りそうになり、その後にきた風圧に吹き飛ばされる。
風圧に飛ばされながら、目を開けた。
サティロスの前に立ちはだかるのは、私より歳が下であろう小柄な少女。
だが、その身長の何倍もあるハルバードを振り回し、扱っている異様な光景が、僕の目に映った。
Chapter 7:あの子は誰
先ほど腹に響くような大声で叫び倒していた少女は、ローリエカラーの艶やかなボブに長めのメッシュ、軍服ロリータを着用した幽霊のような顔色の子だった。
僕より何歳か年下だろう。
あんなに小柄な体で、2mはあるハルバードを自由自在に操り、サティロスを蹴散らしていく。
「大丈夫!?怪我はない!?」
こちらに駆け寄ってきたのは、落ち着いた深い緑の長髪を乱れさせているライオンのような目をした美人だ。
「私、安藤花。大丈夫、サティロスはあの子が倒してくれるわ。」
安藤花──安藤さんは、私の足首を見るとウエストポーチから包帯を取り出して巻き、キンキンに冷えたペットボトルを僕の足に当てる。
星羅「僕は、いいので。あっちに、頭を怪我した車椅子ユーザーの女の人が…」
はっ、はっ、と息が上がり、心臓が暴れ馬の如く動いている。
落ち着いて話したいと思っているのに、話せない。
花「大丈夫。もう救護に向かってるから。落ち着いて。」
背中をさすってくれる安藤さんに安心感を抱きながらも、この状況に危機感を覚える。
花「よし、もう落ち着いた?立てる?」
星羅「はい…」
安藤さんに支えられながら路地裏へ急ぐ。
彼女のウエストポーチから着信音と思しきものがなっている。
だが、話しかける暇もなく路地裏についた。
星羅「安藤さん、電話…」
花「え?着信音、これじゃないけど……!もしかして!」
かざがさとウエストポーチを探ると、透明な宝石が嵌め込まれた腕時計が出てくる。
その腕時計が、ピーッとけたたましい音を立てていた。
花「貴方、ちょっと腕貸してもらえる?」
星羅「わか、りましたー…」
通常運転に戻ってきた語尾に安心しつつも、腕を出すと安藤さんがそれを巻き付ける。
すると、その腕時計がぼんやりと赤色に光った。
花「赤…、か。」
星羅「え?」
何かをボソリと呟いた安藤さんに何事かと聞き返すと、ライオンの様な綺麗な目がこちらを向いた。
花「こんなところでいうのもなんだけど、貴方は魔法少女の特性がある。」
星羅「……は?」
いやいやいや、思わずガチトーンで返してしまったがこれはどういうこと?
花「魔法少女は知ってる?」
星羅「まぁ、それなりには。」
花「それになれる。」
星羅「は?」
ドヤ顔で告げられても、何言っているかがわからない。
魔法少女=魔法を使ってサティロスを倒す少女=僕、とはならんでしょー!
ドガシャーン、と音がする。
路地裏から覗くと、先ほど助けてくれた少女の周りを大量のサティロスが囲っていた。
優勢に見えた彼女も息が上がり変な音を立てている。限界だ。
なんとか、助けに行けないかな。
命の恩人だし、捨てようとした命だけど。
足りない頭を捻っていると、ふと妙案が降りてきた。
星羅「安藤さん!その腕時計貸して!」
花「え!?ど、どうぞ…」
星羅「どうやって変身すんの!」
もらったはいいものの、変身の仕方がわからない。
そう、僕が思いついた妙案とは魔法少女になることだ。
少なくとも、この場は潜り抜けられるはず。
花「腕時計に手をかざして、イマジネーションって唱えて!ほら!言ってみて!」
星羅「腕時計に手をかざして、イマジネーションって唱えて!」
花「『イマジネーション』以外いらんわぁ!」
この緊急時にギャグ漫画の様な展開が続いているが、気を取り直し腕時計に手を当てる。
星羅『イマジネーション!!!!!』
体の芯から、燃えるような感覚がした。
Chapter 8:火の魔法少女
事情により長くなりました。お時間のある時にどうぞ。
小さい頃、綺麗な光がシャワー状になって出てくる花火がお気に入りで、触ったことがある。
あの電流が走るようで、肉を焼かれていくあの感覚に、似ていた。
気がつけば、バーガンディーのウルフカットだったはずの髪の毛は少し明るい赤になっており、だいぶ伸びている。相変わらずの癖毛はそのままだ。
緋色のケープ型ジャケットに、セットアップのコルセットロングスカート。
胸元には、黒か赤の中間のような色をしたバラのコサージュが付いている。
魔法少女に、なったんだ。
普段だったらテンションが上がっていたところだが、今はそれどころではない。
花「武器はその腕時計に手をかざして、武器よ出てこい!的なこと思ったら出てくる。足の痛みはあそこにいる葉の魔法少女、ミール・リーフェーズに頼めばなんとかしてくれます。」
だいぶアバウトな説明をする安藤さんだが、今は詳細を語る暇はないだろう。ま、僕も理解できる余裕はないからこれくらいがちょうどいいよねー。
花「頼みます。火の魔法少女、『ロジエ・バンカー』。」
聞き慣れない呼び名に背筋が伸びる思いでサテンでできた履き心地のいいストラップシューズで地面を踏み締める。そして、まだ軽く痛む足首を堪えながらアキレス腱を解放した。
ピストルも笛も鳴らない。でも、行かなきゃ。
僕は夢解星羅じゃない。魔法少女、ロジエ・バンカーだ。
腕時計に手をかざすと、鉄製の持ち手に水牛の筋が貼られたクロスボウが出てきた。
矢は…と思っていると手元に矢形の炎が現れる。
その矢をクロスボウに構え引いて離すと、驚くほど正確にサティロスの心臓部分に命中した。
雄叫びを上げることもなく、サティロスは溶けていく。
だが、どこまでも湧いて出てくるサティロスたち。
ロジエ「ミール・リーフェーズ、大丈夫?」
あの少女──ミール・リーフェーズは、僕を捉えると、呪文をこちらに送った。
ミール「【フィールライフ】。足、治った?」
スゥッと足の痛みが消え、あれだけ痛かったのが嘘みたいだ。
ロジエ「うん。こいつ、倒すよー!」
ミール「わかった。後方から援護する。」
愛らしい容姿の割に無愛想に返事をすると、彼女は僕の3歩後ろまで下がった。
ふは、と声がでる。
さぁ、倍返しだ。サティロスども。
僕がどんな顔をしていたかは知らないが、一瞬こちらをみたミール・リーフェーズが引き気味に目を逸らしたことから概ね想像できるだろう。
ピーナッツを打ち砕くが如く、ぶっ潰すぞー!
---
ミール「づ、がれたぁ…家帰って寝たい…」
ロジエ「そだねぇー…」
サティロスの駆除はあれから2時間ほど続き、普段運動しないタイプであろうミールちゃんは死にかけている。
呼び方が変わってるってー?
そりゃ、2時間共闘してたんだもん。絆も芽生えるでしょー!
ミールちゃんの変身が解けたと同時に、僕の変身もパッと解けた。
土埃まみれののミールちゃんの顔と、綺麗な服がミスマッチで思わず笑ってしまう。
そのことを伝えるとミールちゃんは不服そうに頭を叩いてきた。
星羅「痛いなー、もうー!ミールちゃんったらー!」
「元の格好に戻ったんだから、ミールちゃんはやめろって。」
星羅「えー?可愛いのにー!」
「…はぁ…斗霧芽衣。適当によんで。あんたは?」
星羅「夢解星羅だよー。よろしくねーめいちゃん!」
自然と口角が上がった状態でそう呼びかけると、めいちゃんは『ちゃん、ねぇ…』と微妙な反応を見せた。
花「うっひゃー!だいぶ荒れたねぇー!後処理はこっちでやっておくから、大丈夫。」
星羅「安藤さんー!無事だったー?」
芽衣「安藤さん…?」
めいちゃんの方を見ると、顔が引き攣っている。解釈不一致といった具合だろうか。
花「安藤さん、ねぇ。確かに他人行儀だわぁ…あ、そうだ。これ給料。」
給料なんてあるんだ…と思っていると、目の前に渋沢栄一3枚がこんにちはしてきた。
花「危険手当みたいなもんかな。……これでも足りないくらいなんだけど。」
ごめんね、と言いながら安藤さんは30000円をめいちゃんと僕に渡す。
めいちゃんは普通に受け取ったので、僕も受け取っておいた。
ふと、その万札達に一枚の名刺が挟まっていることに気がついた。
花「あぁ、その名刺。私の連絡先だから。また活躍してもらうと思うし。」
芽衣「えぇ、またやるの?」
星羅「まぁ、ここまできたら後には引けないよねー」
紙を取り出すと、連絡先と住所、メールアドレスを書き込んでいく。
2人に配ると、芽衣もその場で連絡先をくれた。
数年前まではスマホを使えたのだが、今は電話線すら繋がっているか怪しい。
こうやって紙を使ったほうが楽だ。住所も書いたから、手紙も届くはず。
そう、住所。
書いてしまったからには、帰らないとな。
彼女らがこの場所を知っている。それだけで、あの場所──児童養護施設のことを、帰る家として認識できる様になった。
給料をもらったことで電車賃は出た。帰れない理由もない。
そんなことを思いながら、駅に向かって歩いていった。
Chapter 9:悠木瑠音の憧憬
1組の斗霧芽衣といえば、この校内では有名だ。
無気力、無関心、無表情。今までは鋼鉄の表情筋を持つ人として学年内で噂になる程度だったが、なんとその芽衣さんが魔法少女になったのだそう。
本人は自慢するそぶりなど一度も見せず、むしろ目立つことを嫌がっているように見えた。
割と近くの駅であれだけ騒いだんだから、目撃した人もいるだろう。というか私──|悠木 瑠音《ゆうき るね》もその1人だ。
瑠音「はぁ…」
強く頼もしい彼女の姿は憧れと呼ぶのに相応しいものだった。
だが、それに反して私は臆病者だ。
これ以上、誰も、自分自身も失いたくない。
昨日より多くなった、空席。
この状況だから、学校に来ない子も多い。
大半は学校をサボってどこかに出かけているだけだが、たまに帰らぬ人となっていることがある。
今日は、クラスで一番仲のいい子がいない。
無事だと、いいな。
どんよりと暗くなった教室に、数人の声が響く。
すると、教室の扉の方から声がした。
1組の|川西 海都《かわにし かいと》。確か、斗霧芽衣と仲が良かった気がする。
そのクラスの担任で体育教師の柴田佐久郎のあだ名『クソ柴』の考案者でもある。
一番扉の近くにいた私に、彼は声をかけた。
海都「なぁ、悠木。|浅野《あさの》知らね?」
成人男性ほどの低い声で話しかけられ、体のしんがすぅっと冷える。
男の人は嫌いだ。
そして彼の口から聞こえた名前が、自分の一番の友達──|浅野 佳奈《あさの かな》だと言うことに、少しだけ怯えた。
瑠音「佳奈、だったら、今日は多分休みか…早退。」
海都「そうか、珍しいな。」
佳奈は真面目で肝が座っており、私の苦手な男性にも物おじすることなくハキハキと喋る子だ。
人生で一回しか風邪をひいたことのない猛者であり、健康優良児という言葉がぴったりである。
海都「そっか。サンキュ。お前、男嫌いだろ?話しかけてすまん。」
瑠音「なんで知ってんの!?あんた、なんで!?」
あ、まずい。イントネーションが完全に……方言。
不思議な顔をされると思って身を硬くすると、意外にも彼はそこには触れなかった。
海都「佳奈から聞いた。佳奈、俺の彼女だから。…っと…そんじゃ!」
は…?という声を出す前に予鈴が鳴り、川西…くんは教室へ戻って行った。
席に着く、体が震える。
え、ちょっと待って。佳奈、マジなん?
いつの間にか青春してんじゃねぇかおい。
今にもそう叫び出したい気持ちを抑えながら授業を上の空で受けることになったのは言うまでもない。
Chapter 10:不審者撃退
瑠音「…お札なし…小銭は………834円。……これ、1ヶ月持つかな…」
私は1人、公園のブランコの上で頭を抱えていた。
私には親がいない。いるのは妹と、児童養護施設の数少ない職員たちだ。
自分の分の食費や生活費は政府の補助金から出ていたが、ついこの前食費の支給が減った。
減っただけで支給されてはいるが、食事は質素なものとなり育ち盛り食べ盛りの中高生たちは自分のお小遣いから夜食を買ってきている。
夕飯がご飯と味噌汁とおかず一品って…江戸時代じゃないんだから…
江戸時代の方が豪華だったんじゃないかと思うほどの食事に何度ため息をついたことか。
瑠音「これじゃ、私もアルバイトするしかないよなぁ…」
小中学生のバイトは法律違反だ。わかってはいるが…どうしようもないんだよなぁ…
むしろ捕まった方がいい生活できるんじゃないか?
『そこの君、バイトをお探しかい?』
瑠音「え、え、あ、はい。」
後ろからいかにも怪しげなおじさんが近づいてくる。
なんだこの人…
「それなら、僕の店で働いてみないか?1ヶ月で10万円以上稼げるよ!衣食住も保証するし…」
怪しい。めちゃくちゃ怪しい。
え、何?怖いんだけど…
瑠音「いや、遠慮、して、おきます!」
「そう言わずにさぁ〜、君は寝てりゃいいんだから〜」
…寝る……金持ちそうなおじさん…
…は???
一瞬フリーズした頭が一気に覚醒し、こいつはやばいと働き始める。
ちょっと待って、こいつうちに水商売させようと思っとるでしょ!?
いや、確証はない。けどこいつは怪しい。
瑠音「うちお腹すいとるんで!スーパー行っていいすか!?」
半ギレ状態で近くのスーパーに駆け出そうとするが、腕をガシッと掴まれる。
「まぁまぁ、そう言わずに〜」
にこやかな表情だが、うちの腕を掴んだ少しシミのある手は血管が浮き出るほど力が入っている。
「君だったら、お客さんも気に入ってもらえると思うんだよね〜ほら、こんなに綺麗な髪と目…大丈夫!君なら指名もいっぱい──」
瑠音「は、離してください!!!!!」
爽やかな翠色のハーフツインテール、黒と黄色の宝石のようなオッドアイ。
確かに私の容姿は珍しい。だが、絶対こういうことはしたくない。
『ちょっとちょっとー!何やってんのー!』
間延びした声が、公園に響く。その人の口調は焦りを帯びているように感じた。
公園の入り口からやってきたのは、黒に近い赤の癖毛をウルフカットにして、全身ネオンスタイルの……男性?
喉仏を注視すると、膨らんでいない。女性だ。
うちの手を掴んでいたおじさんは舌打ちすると、手を離してどこかへ走って行った。
「だ、大丈夫ー!?なんか今、絡まれてたけどー、ナンパー?えー?…え?」
瑠音「あ、りがとう…ございます…」
慌ててこちらにやってきたその女性を見る。
心配そうな切れ長の目をみていると、涙が溢れ出てきた。
「え、大丈夫…じゃないよねー!うんー、ちょっとこっちおいで!あー、僕は夢解 星羅…お前はー?」
瑠音「悠木…瑠音、です…」
星羅「そっかーそっかー、うん…怖かったねー。もう大丈夫、僕が蹴散らしてあげるよー。」
ビーナッツ並みに。と黒い笑顔を見せた星羅さん。
『はぁっ…はぁっ…ぜぇ…ひゅっ…せ、星羅ぁ…俺、運動不足なんだけど…』
星羅「あー、ごめーん。でも、一応魔法少女勧誘係でしょー?」
「うるせーやい!」
続いてやってきた男性の容姿に、ど肝を抜かれたというべきか。
私は、喋ることができなくなった。
Chapter 11:施設の卒園生
瑠音「……|八幡 駿介《やはた しゅんすけ》さん、ですか?」
星羅「えー!なんでこいつの名前知ってんのー?」
やっとのことで絞り出した一言は、星羅さんの間延びした声にかき消された。
だが聞こえたのか、男性──八幡仮とでもしておくか──は目を見開き私を指差して『あー!!!!!』と大声をあげた。
「もしかして…瑠音ちゃん?めっちゃ久しぶりじゃね!?」
瑠音「…お久しぶり、です。」
八幡仮、いやもう仮はなくていいか。
八幡さんは私のいる施設『東京若森学院』に去年度までおり、退所年齢になったので卒園という形をとった1人だ。
私は男性があまり得意ではないので世話を焼いてもらった経験は少ないが、妹がお世話になっていた。
まだ小学2年生の甘え盛り、八幡さんを兄通り越して父のように慕っていたのを覚えている。
そのたび私はしょうもない嫉妬に駆られ、それを紛らわすために一心不乱に宿題をこなしていた。
19歳になった八幡さんの雰囲気がだいぶ変わって見えたのは、真っ黒だった髪を茶色に染めたからだろうか。
だが、前髪からのぞく隈のつきやすい二重のくっきりした垂れ目と運動音痴は変わらない。
星羅「えー、えー、まじびっくり!」
心底驚いたと言わんばかりに綺麗な切れ目を目一杯開く星羅さん。
だが、その瞬間、八幡さんのボストンバックから『ピーっ』!!!!!とけたたましい音が聞こえる。目覚まし時計みたいだ。
駿介「……え?」
星羅「はい??」
2人は顔を見合わせ、八幡さんはボストンバックから何かを取り出そうともたついている。
しびれを切らしたのか星羅さんがボストンバックを奪い取ると、音の正体と思われる腕時計型の何かが出てきた。
星羅「…これって…」
駿介「え、でも…星羅以外の魔法少女、って…」
2人の顔が一斉にこちらを向く。
どこぞのホラーゲームですかと言わんばかりの勢いで振り向かれたため、唇から『ひっ…!』と情けない声が漏れる。
星羅「…ちょぉ〜っと、腕貸してもらえるかな?悠木瑠音〜?」
いや、唐突なフルネーム呼び捨ては怖いって!
そう叫び出しそうになりながらもお得意の人見知りを発揮してしまい、されるがままに腕時計?を装着された。
すると、その腕時計の中心部分の宝石?が青色に変化した。
とても古い記憶だ。
新しい父と母に連れて行ってもらった海の、水面に似ている。
あの頃、まだ妹は生まれていなかった。
うっとりとそれを見つめていると、八幡さんがまた騒ぎ出し、土下座を始めた。
瑠音「え!?ちょ!?」
駿介「瑠音ちゃん!!!!!信じられないと思うけど、君は魔法少女になれる!!!!!!!!お願いだぁぁぁぁ!!!!!人助けだと思って、魔法少女になってくださいぃぃぃ!!!!!!!!」
いや、はい???
Chapter 12:水の魔法少女
瑠音「んで、えっと…、要約すると…」
駿介「瑠音ちゃんは魔法少女の素質があるっでいうことでず!!!!!!!!!!」
星羅「わー、土下座しすぎて顔面どろんこー!涙と鼻水で訳わかんなくなってるねー!はいティッシュー!」
駿介「ありがどうございばす…」
あの腕時計がなった瞬間、涙ながらに土下座をしてきた八幡さん。
普通に引いたが、話の内容をまとめると…
人間は13歳という節目の年齢を越すと、『魔力』という概念が生まれるらしい。
その魔力という概念が生まれるタイミングは人それぞれで、13歳の時に魔力が高まる人より星羅さんのように16歳くらいになってから高まる人が多いらしい。私は14歳。早い方だと思うが、まぁ普通だろう。
そしてその魔力が通常よりものすごく高い場合にのみ腕時計は反応し、魔法少女になれる人を選別するのだとか。
ちなみに“少女”というのは女性の方が魔力量が多いのと、20歳を超えると魔力が急激に落ちて普通の人間と変わらなくなるからだ。
男性が魔法少女になる可能性もなくはないらしい。
話を戻すと私はその魔法少女の素質、つまり魔力量が割と多いんだと。
魔法少女の仕事は主にサティロス討伐。それから、サティロスになりやすい人外の駆逐…と言ったところだろうか。
人外というのは人間より前に地球に生息していた生物で、大昔の差別や過酷な環境により数がかなり減ってしまったそう。そして魔力というのはサティロスを惹きつけやすく、人外は人間と比べ物にならないほどの魔力量を持つため駆除対象になっているらしい。
この情報量を一気に頭に詰め込んだ私、結構すごいんじゃないか……なんて、冗談はよしておこう。
瑠音「それで、私が魔法少女に…」
駿介「そう!膨大な魔力量の持ち主ってあんまり見つからなくてさぁ、1000人の社員が探し回ってるんだけど全然見つからないの!……そろそろ見つけないと、俺生活できなくなる…」
そして八幡さんが現在働いている場所、それが『魔力リミット』という大手会社のスカウト課。
魔法少女育成事務所とかっていう全国展開している事務所の社員らしい。
駿介「ここだけの話、めちゃくちゃ給料厳しくてさ…通常給料は手がかりを掴まないと貰えないんだよ…」
星羅「ちなみにいくら?」
駿介「1ヶ月30000円くらいかな…おかげで社員寮生活だよ…」
瑠音「わお……、ちなみに。もし…私が魔法少女になるって言ったら、危険手当とか…出るんですか?」
星羅「出るよ。」
不敵に笑った星羅さんが耳元で囁く。
瑠音「一回のサティロス討伐につき30000円!?」
今の年齢じゃ到底手に入れられないような大金だ。
星羅「結構美味しいよ。大変だけど。」
駿介「その金額に見合ってないほど危険な仕事だ。俺らが一生懸命魔法少女を探しているのも、1ヶ月前に先代の魔法少女が全滅したから。さっき頼んでおいてあれだけど、おすすめはできない。って、俺のボーナス…」
矛盾している八幡さんの言葉に、私の心臓がグルグルと動く。
危険、死ぬかもしれない。
けれど、この状況じゃ明日まで命が持っているかも怪しい。
どうする。どうするんだ、悠木瑠音。
『──さんの意識回復の見込みは厳しいかと』
『延命治療をお願いします…!』
『すみません!大人になったらしっかり返す約束ですから!……足りなかったら、なんでもします!』
──ちゃ─!
───音!
星羅「悠木瑠音!大丈夫!」
瑠音「あ……ご、ごめんなさい!ちょっと、ぼーっとしてて…!」
駿介「…決められない、よな。すまんかった。別の人をあたるわ。」
ダメだ。
ここで、このチャンスを逃しちゃダメだ!
瑠音「…やらせてください。魔法少女。」
駿介「…え…?」
周りが騒がしい。サティロスが出た。
星羅さんの腕時計がなり、一瞬で変身して向かっていく。
炎のような星羅さんの姿を見て、沸いてしまった憧れを抑えられない。
瑠音「魔法少女になります!腕時計、貸してください!」
駿介「…あぁ。腕時計をつけて、『イマジネーション』と唱えて。」
もう、後戻りはできない。
瑠音『イマジネーション!!!!!』
うるさくなっていた心臓を、冷たい何かが包み込んでいく。
溺れそうになって、目を閉じる。
芽衣さんや星羅さんのような、魔法少女に──!!!!!!!
Chapter 13:雷黄空の律動
この憎悪をドラムに叩き込んだら、どんな演奏になるのだろうか。
わたし──|雷黄 空《らいおう そら》は物騒なことを考えながらため息をついた。
空「うわ〜、外出たくねーっ!」
使い古されたベットの上に倒れ込むと、そのタイミングを見計らいましたと言わんばかりに目覚まし時計が音を立てる。
ジリリリリ…と叫ぶそれをしばらく無視していたが、耳が壊れそうになってきたので手を伸ばして時計を止めた。
急に静かになった部屋に、単調な音が響く。
──静かな時になる音、あたし好きなんだよねぇ。
ふと、ずっと聞いていなかった声が頭の中に響く。
頭を振ってそのアルトともソプラノとも、テナーですらない不思議な音程の声を振り払う。
空「……行くか。」
ベットから起き上がるとパーカーのポケットにチューニングキーを入れ、なぜか家にあったメトロノームをいつものカバンに詰めた。
そのまま外に出ると、瓦礫と青空が広がっていた。
この瓦礫を私が世界一憎むサティロスが作ったことにさえ吐き気がする。
日差しを一身に浴びながら、トボトボと人気のない道を歩いて行った。
---
「あ、来た。」
「おっそいわ何やってたんじゃ!!!!!!!!!」
「うっせぇなお前……」
到着したのはゴミがいっぱいに広がる広場だ。うちらは『バンド・レイク』と呼んでいる。
ここでうち含め3人がバンドを組み、不定期で演奏をしている。
空「すまん。寝てた。」
「待ってる人いんだぜ?早く準備ぃぃぃ!!!!!!!!」
バンド内の騒音魔人|鈴原 大和《すずはら やまと》。この声量だからボーカルだと誤解されるが、実は裏で支えるベース担当だ。格好や声量の割に地味だが彼がバンドを支えてくれている。
うちと同じ中3だが、本人は高校に進学する気はないらしい。
10年前は大卒が基本だったが、今は人手不足で高卒でも十分な仕事にありつける。
「大和、黙れ。うるさい。」
大和「いや、お前がシンケーシツすぎるだけだろ!!!!!」
短文で苦情を言うのは音に敏感な|天池 修太《あまいけ しゅうた》。エレキギターが得意なギター担当だが、アコギも割と器用にこなす。秀才だが天才にはなれない器用貧乏である。
うちの一個下の中2。普段はそこまで喋る方ではないが、ギターを持たせると人格が豹変することで有名だ。
「どっちもどっちだよ、何回続けるのこの論争…」
クールな顔立ちに真の通ったアルトの声、彼女こそがボーカルの|音咲 凛《おとさき りん》だ。
このバンド内で最年少になる中1だが、大人顔負けの声量と絶対音感を持っている音楽に好かれた逸材だ。
こんなゴミ置き場にマイクなどあるはずもなく、いつもマイクを使わない状態でパフォーマンスをしている。
弾き語りもいつかしてみたいと言っていて、大和に今アコギを習っているところだ。
空「うし、始めるよ!準備準備!」
そしてわたし、雷黄 空はドラム担当。リズム感には自信がある。
特別優れているわけではないけれど、ドラムは好きだ。
そして、ここに来るお客さんのことも。
小さな子供からくたびれた大人、骨っぽい老人まで老若男女問わずだ。
お客の大体はホームレスかその子供。練習場所を貸していただいているお礼に、不定期でライブをしているのだ。
凛「ライブ、始まります!」
大和「新曲登場しますよぉぉぉぉ!!!!!!!!」
バンド名はない。なぜかというとこの場にいる全員にネーミングセンスがないからだ。
ドラムのチューニングを終えると、椅子に座ってドラムスティックをくるりと回した。
希望のないこの時代に、一筋の希望を灯していけますように。
そう思いながら、始まった一曲目に合わせてドラムの演奏を始めた。
Chapter 14:リクエスト
バンドの演奏後に練習をしていると、女の子が1人近づいてきた。私と同い年くらいかな?
黒いボブカットにメガネ、制服という地味な出たちだが、このゴミ置き場では十分綺麗な格好である。
「あの、このバンドってオリジナル曲以外にも曲のカバーってしてくれるんですか?」
凛「はい。最近はオリジナルの曲を発表する人も少ないので古い曲になりますが……リクエスト、します?」
「いいんですか?……じゃあ、知ってるか分からないんですけど…あ、ボカロ曲って割と詳しいですか?」
空「まぁうちは割と。凛は?」
凛「結構知ってる。」
大和「俺あんま詳しくねぇな…」
修太「まぁそこそこ。」
そう答えると彼女は曲のリクエストをしてきた。
バックミュージックがかっこいいボカロ曲だ。だいぶ前の曲になるが、うちも聞いたことはある。
凛の方はファンのようで、『え、この人知ってるんですか!?』と興奮状態だ。
大和「……わからん。」
修太「名前聞いたことはあるかな。曲自体はどんなの?」
凛「めちゃめちゃかっこいい。特に楽器がバカかっこいい。」
凛にしては珍しく興奮している。
空「それでは知らないメンバーも多いようなので、また今度のライブ…いつにする?」
修太「再来週くらい、かな。」
大和「まぁそんぐらいだろ!!!!!!よし!俺らにお任せください!」
「ほんと!?ありがとうございます!」
嬉しそうに笑った彼女をゴミ置き場から見送り、練習を開始した。
---
今日は日曜日。
3人とも予定があって来れないとのことなので、今日はうち1人で練習をすることにした。
粗大ゴミとして捨てられていた可哀想ないつものドラムを綺麗に掃除し、チューニングをする。
リクエストされた曲のリズムをひたすら刻んでいると、またあの女の子が現れた。
今度は私服だからか雰囲気が変わって見えた。肩から下げた大きなカバンに引っ張られそうになりながら、ここらへんを彷徨いている。
わたしのことを見つけたのか、こちらに歩いてくる。
カバンがやっぱり重そうだ。
「どうも…すみません、ちょっと調査のためにここに来てまして…」
空「別に構わないと思いますけど…なんの調査ですか?」
「…新しい魔法少女を探してるんです。」
新しい魔法少女──先代の魔法少女は、もう…
空「代替わりしてから、まだ半年も経ってないような…」
「そうなんです。敵の方も段々と強化されていって、1ヶ月前に最後の1人が身罷られました。」
身罷られ……そんな難しい言葉、普段聞かないから脳がフリーズする。
だが、亡くなってしまったということは事実だ。
「それで、ちょっとノルマが厳しいんで探してるって感じですね…」
暑そうに汗を拭う彼女に、紙コップに注いだお茶を出す。
空「どうぞ。ちょっとぬるいですが、このまんまじゃ熱中症で死にますよ!」
「あ、すみません。いただきます…」
彼女がうちに近づいてお茶を受け取った瞬間。
その大きなカバンの奥底から、耳をつんざく音が聞こえた。
「え……え?????」
空「ど、どうかしたんですか?」
狼狽えたわたしを彼女は、驚いたように見つめた。
Chapter 15:憎悪と企み
こちらを見つめたまま彼女は固まり、口だけがぱくぱく動いている。
空「あの…」
「あっ、すみません。あの、その…」
彼女はしどろもどろになりながら息を目一杯吸って、先ほどカバンに背負われていた状態のカバンを開ける。
すぐに出てきたのは、腕時計状の何かだった。本来なら文字盤のあるところに黄色の宝石のようなものがついている。
カバンの中には3つほど同じものが入っているようだが、宝石部分に色がついているものは彼女の手にあるものだけのようだ。
「すみません、少し腕を貸していただいてもいいですか?」
空「え、あ、はい。」
反射で左腕を差し出すと、そこに腕時計?が巻きつけられる。
すると、うちの腕の上でその宝石が模様を変えた。
稲妻のように激しい模様だ。なんとなく左腕がビリビリとする気がする。
台風がやってきた日だったか。
雷鳴が鳴り響き、風が空気を切る音が聞こえ、屋根にはひたすら雨が打ちつける。
その状況の中、うちは──懐かしい人の膝の上で、ずっと泣いていた。
窓越しに見える目が覚めるような稲妻が、自分を切り裂いてしまいそうで怖かった。
暖かい膝と腕の感触も、もうここには残っていない。
「…あの、驚いても構わないんですが…」
空「はぁ?」
「あなたには、雷の魔法少女となる資格があります。」
先ほどは迷ってばかりだった彼女の目線が、しっかりと見える。
全てを見透かされそうなその目線に、わたしは返事をすることも動くこともできなかった。
---
彼女──名刺を見ると|田淵 映美《たぶち えみ》というらしい──は、うちより一つ年上だ。つまり16歳。
サティロスに三つ下の弟を殺され、弟を庇った一つ上の姉が下半身不随になってしまったそう。
怒りのあまり密かにサティロスを退治する魔法少女の真似事をしていたそう。そこで本物の魔法少女に見つかってしまい、魔法少女に関わる仕事にとここを紹介してくれたそうだ。
やはり人手不足のようで、高校に通っている状態でも雇ってくれたらしい。
今回が初めての仕事で、まさか見つかるとは思っていなかったので驚いているとのこと。
映美「…それで、魔法少女になって欲しいんですが…」
空「なるほど…」
映美「あの、こう言っちゃなんなんですけどすごく危険なんです!サティロスと戦ったり人外と戦ったり…お願いしている側の私がいうのもなんですが、おすすめはできません!!!!」
サティロスと、戦う。
田淵さんは、危険だと言っていた。つまり、サティロスと直接的な対峙ができるということ。
これは、滅多にないチャンスだ。
もう命なんて惜しくない。生きることも希望も全部、ずっと前に諦めた。
正義の味方なんてつまらないことはしたくないけれど、サティロスは許せない。
映美「…と、いうわけで…まぁ、どーいうべきか──」
空「やらせてください、魔法少女。」
田淵さんが、また最初の表情へ戻る。
金魚のように口をぱくぱくさせて、硬直してしまった。
映美「それは、どういう…」
空「魔法少女をやりたい、という意味です。田淵さんが話していた注意事項や危険度も理解しました。死ぬかもしれないという可能性も、理解しました。」
映美「…なんで…」
空「なんでもクソも、うちは……サティロスをぶっ飛ばしたいからです。田淵さんの想いも、しっかり担いで魔法少女になりたいです。」
田淵さんの目が、驚いたように揺れる。
言ってしまった。もう後戻りはできない。
映美「ぜひ、お願いします。その腕時計はお持ち帰りください。出動命令が下ったりサティロスが近くにいることを感知してくれます。」
田淵さんは頭を下げて、名刺の下の方にある住所を指差した。
映美「今度その腕時計からアナウンスが流れます。そうしたら、指定された時刻にこの場所に来てください。」
空「わかり、ました。」
魔法少女に、なってしまった──。
Chapter 16:本拠地
空「うわ、すっご…」
「こちらになります。ここからは私も入ることを禁じられていますので、その腕時計を頼ってください。」
思わず感嘆の声を漏らす空に、案内人は冷静にカードを預けた。
空がやってきたのは、数年前魔法少女の魔力をサティロスへの対抗策にした伝説の大手会社『魔力リミット』の本社だ。
だが、その本社はサティロスに見つからないよう巧妙に隠されている。
まずショッピングモールの中に入っている雑貨屋で暗号を伝え、抜け道を通って雑貨屋の裏へ回る。そのままバックヤードに入らせてもらい地下通路を進む。
そして出た先がホテルのフロント、エレベーターのカード認証システムで地下へ下り、迷路を潜り抜けるといった流れだ。
一連の流れが終わり疲労困憊、満身創痍のところへ扉が現れる。
扉に腕時計をかざすと、やっとこさ目当ての場所に辿り着くというわけだ。
自信満々に説明したが、うちもここに来るのは初めてである。
はぁはぁ息を切らしながら扉を開けると、そこにはいたのは4人。思ったよりも少ない。
「あー!やっときた!おそーい!」
一番年上と思わしきバーガンティーの癖毛の少女、いや女性というべきか。
どこか中性的、というか失礼かもしれないが男性的な雰囲気を漂わせている。超イケメンだ。
「新しい魔法少女の子だよねー!確か、エク・ライング!雷属性だっけ?」
空「えっと、本名は雷黄空。15歳、雷属性で合ってるよよろしく。」
「僕は夢解星羅…えーっと…とりあえず16歳!よろしくねー!」
もしかして魔法少女名忘れた?
誤魔化すようにウルトラマリンブルーの美しい切れ目は細められ、そのままうちの周りをぐるぐると回りだす。
「星羅さん、魔法少女名…」
星羅「…うん、忘れたー!何とかバンカーって名前だったのは覚えてるんだけどー。」
「ロジエ・バンカー、じゃないですか…?」
星羅「それそれナイスー!」
星羅が誤魔化していることを指摘し、親切に教えているのは朝方の空のように爽やかな色をしたハーフツインテールの少女だ。こちらは少女と呼んでも差し支えない姿をしている。
「あ、ご、ごめんなさい…!私は悠木瑠音、14歳です。魔法少女名はルカ・エリン。」
140cm代前半だろうか。少し人見知り気味なのか萎縮している。
珍しいオッドアイを不安げに動かしているが、こちらのことを観察しているようにも見えた。
瑠音「あの、めいさんも自己紹介を…って、あれ?」
瑠音の視線を辿っていくと、そこには明るい黄緑色をしたボブカットの少女が眠っていた。
こちらも瑠音と同い年くらいだろうか。美人通り越してイケメンな星羅と可愛らしい容姿をした瑠音と比べると流石に劣るが、色が白い可愛らしい寝顔の少女だ。
「あは…ちょっと寝不足みたいで。あ、私は安藤花。貴方達のマネージャーみたいなものだから、よろしく〜!」
明るくお茶目に笑ったこの女性は、深緑の落ち着いた髪をポニーテールにしている。ライオンのような黄色の目が特徴的だ。
花「あ、この寝てるのは斗霧芽衣。瑠音と同い年で同じ学校、魔法少女名はミール・リーフェーズ。ほら、起きろ!!!!!」
芽衣「んだよ、うるさい…」
眠そうに目を擦ると、表情を変えないままうちのことを尋ねた。
今のところ集まった魔法少女とそのマネージャー・花と共に疑問点について会議し合い、その日は解散した。
---
サティロスの襲撃により上階が派手に破壊された高層ビルの今あるレベルの最上階に、人かどうかも怪しい二人組が立っていた。
いや、1人は鉄骨が剥き出しになったコンクリートに躊躇することなく座っている。
ひゅぉお、と音を立てて通り過ぎる風の音にも臆することなく、だらしなくぼさついた黒髪の女性は喋り出した。
「いや、驚いたね。まさかあんな複雑な経路を使っていたとは。経路を見せてくれたお礼に手榴弾でも投げてこようかね。司令官殿。」
立ち上がった彼女が放った物騒な言葉とは対照的に、可愛らしいたぬきのような耳とふわっとした可愛らしいしっぽがついていた。
本当にたぬきのような愛くるしい顔をしていて、その割にガリガリに痩せた体が不自然だった。
「やめなさい。今は場所が知れた時点で十分…人間に私たちの存在を知らせたからと言って、状況は何も変わらないのだから。」
「そうか。司令官殿がいうなら間違い無いだろうな。」
司令官殿、と呼ばれた女性は邪気の宿った紫色の長髪を風に乗せたまま、たぬきのような女性に近づいた。
その瞬間どこをみているのかわからない紅の瞳が、空を刺すように見つめた。
「…貴方、ついてきていたの?」
「あ〜あ、見つかっちゃった。」
空気の隙間を縫うようにして現れた黄緑のツインテールにリボンのついた少女──女の子と言っても差し支えないほどの年齢だ──は、たぬきのような彼女に近づきこういった。
「ダメじゃん、あんまり暴れ回ったら〜。さっきの郊外での爆破事件、後片付け大変だったんだからね〜」
「そうか。それはすまなかったな。」
「そんなんだから、“エンジンのついた特攻兵器”って言われちゃうんだよ。気をつけなね?」
ツインテールの少女が放った言葉に話しかけられた方は顔をしかめると、『やっぱり貴様性格が悪いな。』とこぼした。
彼女らがこんなところで集まっている理由。魔法少女と呼ばれる正義の味方を秘密裏に“観ていた”のだ。
風すら邪気を帯びそうなこの状況で、涼しい風が邪気を全て取り払って行った。
長くなってしまい本当にすみません!!!!!
実はファンアート問題とか色々ありまして、自主企画に参加していただいた方はこのURL先を読んでもらえませんか?
あ、内容は私の日記で短編カフェ内なのでご安心ください。
https://tanpen.net/blog/4daae12a-6e52-4979-a7d2-5f364cd6a81b/
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Chapter 17:風永灯名の祈願
この願いが、カミサマの目につきますように。
ボク──|風永 灯名《ふうえい ひな》は、11歳の頃から通い続けている神社の賽銭箱の前で手を合わせた。
ずっと願い続けている、この願いをカミサマとやらに叶えてもらうために。
灯名「ふぅ…」
一分ほど経っただろうか。ようやくボクは顔を上げ、吸い付くように合わせられた手を解いた。
もう一度お辞儀をして、神社の鳥居をくぐる。
この神社は、3年前まで神主さん──ボクは|御舟《みふね》さんと呼んでいた──がしっかり管理をしていた。
御舟さんは几帳面な男性で、いつも箒を持ってこの神道を掃除しながらボクの話し相手になってくれていた。
鳥居越しに境内を振り返ると、あの日までは枯葉一つなかった神社の神道はバキバキに割れて面影すらない。
その日は、姉さんの命日だった。
忘れようと思っていた、姉さんの記憶。
それらが一気に蘇ってきて、どうすることもできずこの神社に駆け込んだ。
そこに、御舟さんはいなかった。
代わりに残されていたのは、御舟さんが身につけていた装束の切れ端と、歪んだ金属製のメガネのみだった。
当時小学6年生だったが、彼がどうなってしまったのか察せないはずがなかった。
その記憶を姉さんの記憶ごと振り切るように鳥居に背を向けると、足元に古ぼけたサッカーボールが転がってきた。
灯名「…これは?」
幼稚園から小学校低学年くらいの子が使うような、キャラもののサッカーボール。
ただ、このサッカーボールに違和感を覚えた。
このキャラクターはボクが6歳くらいの頃に流行っていた『レットン』というウサギのキャラクターだ。
ボクと同い年から2つ下くらいの子供しか知らないようなキャラクターだが、一体誰が──。
「お姉さん!あたしのボール、気に入った?」
可愛らしい鈴を転がしたような声がして、その方向を振り向く。
そこにいたのは、焦茶の肩甲骨あたりまで伸びた長髪に、赤い表情のない目の女の子だ。
ボクが中学一年生になった年に制服は廃止されたが、いつか姉さんがきていた中学校の制服に似た格好をしている。
灯名「…あ、ごめん!これ、キミのボール?」
「うん!これ、レットンのボールなの。かわいいでしょ!」
灯名「うん、可愛い……はい、どうぞ。ごめんね、ボール勝手に取っちゃって。じゃあ…」
へへ、と得意げに笑う女の子にボールを渡し、立ち去ろうとする。
もう用事は済んだことだし、家に帰って自習でもするか。
すると、彼女がボクのパーカーの裾を小さい手で捕まえた。
「あのね、あたしミツキっていうの。一緒にあそぼ?」
彼女──いや、ミツキの赤い感情の宿らない目が、じっとこちらを見ていた。
その目が少し潤んでいるように見えて、自習は後回しにすることにした。
Chapter 18:神社への参拝客
ミツキ「ねぇ、お姉さん!次はおままごとしよ?お姉さんはお母さんとお父さん役ね!」
灯名「え、両方の役やるの?まぁ、良いけど…」
結局、ボクは自習をほっぽり出して遊び呆けていた。
小さな子の相手をすることは好きだ。ボクはもう楽しいと感じなくなってしまったことを、思いっきり楽しむ。
自習なんかどうでもいい。どうせ宿題が先生の気まぐれで出るだけだから。
純粋無垢な彼女と遊んでいると、廃れた心が浄化されていく気がした。
灯名「あ、でも…」
装着していた腕時計を見ると、もう5時半だ。
これくらいの年齢の子はもう帰らさなければいけないだろう。
ミツキ「どうしたの?」
灯名「もう5時半だよ?ミツキ、帰らなくて大丈夫?」
するとミツキは無邪気に輝かせた顔をすぅっと引っ込めると、不意を突かれたように固まった半開きの口を動かしこう言った。
ミツキ「あ……うん、帰らなくっちゃ。…お姉さんと遊ぶのが楽しすぎて忘れてたよ〜!じゃあね、お姉さん。また明日来る?来たら遊ぼうね!夕方にいつもいるから〜!」
灯名「え、あ、え、ちょっと!」
彼女はだんだんほぐれてきた表情を盾に先程の雰囲気を誤魔化すと、矢継ぎはやに次の約束を取り付け神社から走って出て行った。
伸ばした手が、届かない。
灯名「なんだったんだ?あの子…」
ボクは行き場を失った手をそのままにしながら、ポカンと鳥居の方を眺めていた。
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その次の日、約束通り夕方に神社に行くと彼女はいなかった。
その代わり、1人の男性が崩れた境内の周りを回っていた。
この神社に来る人なんてボク以外ほぼいない。ミツキのような小さい子はたまに遊び場にしているのを見たが、最近は呪われているだの色んな噂が立ちすぎて人が寄り付かなくなっている。
「うわぁっ!?」
男性は、急に大声を上げた。
灯名「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめん。ちょっと、狐にびっくりして…」
あまり山慣れしていない人なのだろうか。
ここは都心部からはだいぶ外れていて、山の間に街がある。この神社は山の神様をお祀りするから余計山の近くにある。
鹿なんかはしょっちゅういるし、最近は恐ろしいことに熊も降りてくる。美味しいものはないですよ。
ってあれ、狐?
この辺に、狐なんていたっけ?
そんなことを考えながら男性に近づくと、彼が持っていたくたびれたボストンバックからけたたましい音が聞こえた。
思わず耳を塞ぐ。
「いや、え?」
男性と目が合う。
茶髪に隠れて見えなかった隈が濃い目元とは対照的に、その瞳は驚いたように光を反射していた。