本物の善は誰ですか。
本物の悪は誰ですか。
美しいキャンバス、その下には何度も失敗した悪意が残っている。
綺麗事を塗りたくって、古いキャンバスを新品に見えるように繕い続けた。
真っ白いキャンバスに落とされた汚い絵の具のように嫌われる悪意。
ただ、その“汚い”絵の具を綺麗と思う人が少なかっただけの話なのに。
貴方たちに問います。
自分にとっての正義とはなんですか。
希望なんて何もない世界に与えられた、唯一の正義の味方。
悪意を裁き、綺麗事で埋め尽くしていく。
貴方たちに問います。
自分にとっての正義とはなんですか。
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目次
Chapter 1:斗霧芽衣の憂鬱
めんどくさいことは嫌いだ。
「あぁ…めんどくせぇ…」
私──|斗霧 芽衣《とぎり めい》は、学校の何故か寝心地がいい机にぼやきながら突っ伏す。
布団に入るとなかなか眠れないというのに学校の机だとすぐ寝られるのはどうしてだろう。
家に学校の机と先生が欲しい、そんなことを思いながら手元の紙と睨めっこする。
“委員会希望調査票”
正直言って委員会に興味などクソほどない。てか、頭ぶっ壊れてんのかって感じ。
中央委員、生活委員、体育委員、文化委員、保健委員、放送委員、図書委員、飼育委員…
芽衣「うぜぇ…」
去年は一番楽そうな図書委員にしたが、皆考えることは一緒のようで落選。
妥協として入った生活委員は朝の挨拶運動がとんでもなく面倒臭かった記憶がある。
ま、真面目にやってる奴なんて誰1人いないんだけど。
そもそもなぜ委員会が強制なのか。
|従姉妹《いとこ》が中学生の頃は係は強制だけど委員会と部活は強制じゃなかったと聞いた。
この学校も委員会を強制しない形にしてほしい。いっそのこと中央委員にいって生徒会立候補するか?
これを一週間後に必ず提出しろ、と私たちの担任|柴田 佐久郎《しばた さくろう》──通称クソ柴が言っていた。
ちなみにこのクソ柴というあだ名は、クラスメイトの男子が考案したものである。
柴犬みたいな可愛い顔のくせに態度が高圧的。間違いを指摘するとへそを曲げ、仕事をサボることもしばしば。
10年以上前だったら即クビだが、今は違う。
10年前、あの地震から全てが変わってしまった。
いや、正確にはあの地震の後にあった出来事のせいである。
柴田「っち…外が騒がしーな…おい!斗霧!窓みろ!」
このクソほど高圧的な態度にぶん殴ってしまいたくなったが、確かに騒がしい校門前が気になる。
言われるがままに窓を覗くと、校門前に女性がへたり込んでいた。
女性の前にたち塞がるのは、さまざまな生き物が混ざったような容姿をしている化け物──サティロス。
10年前の地震ののち、やっと復興の兆しが見えたと思ったらサティロスの集団発生。
おかげで政府はぐだぐだ。サティロスの影響も相まって町中に転がる死体や怪我人はもはや風景、働き手も少なくなりこの有様である。学校があるのも奇跡なくらいだ。
芽衣「サティロスが校門を塞いでます。」
柴田「そうか!じゃ帰れお前ら!めんどくせぇ、あーあ、魔法少女さんは何やってんだか。」
クソ柴が愚痴り始めたらキリがない。
周りの生徒もカバンを背負い、自主退却。こんな状態で委員会調査票とか、頭ぶっ壊れてんじゃねーのこれ作った教師。
カバンを引っ掴み護身用のナイフを腰に結えると、サティロスだらけの家路を諦め遠回りして進んだ。
めんどくさい。家までは最短距離で帰りたいのに。
今更ながら、本当に憂鬱。
Chapter 2:従姉妹
「ただいま〜」
家の中から返事はしない。そりゃそうだろう、母親はパートで日銭を稼ぎ、夜はスナックの激務だ。
生活するために朝も夜も仕事に飛び回っている母を見ると、無関心で有名な私も流石に申し訳なくなる。
そんな私の気持ちを無視して腹は鳴り続ける。成長期である自分の体が憎らしい。
ちなみに父親は大地震の際に亡くなった。
父親と言っても、酒とタバコと暴力と不倫に溺れたバカだ。正直いなくなってくれて幼心に安心したのを覚えている。
階段を登ると、自分の部屋の襖を勢いよく開ける。
スパァン、といい音がしたそれに満足しながら部屋の中に目をやると、一瞬頭がフリーズした。
「お、はろはろ〜」
そこにいたのは、深緑色のポニーテールに黄色の優しげな吊り目、スーツに身を包んだ長身の女性。
間違いない、北海道に住む従姉妹──|安藤 花《あんどう はな》だ。
いや、気のせいだろ。流石にな?
もう一度襖を閉めると、深呼吸を2回して襖を開ける。
花「よっ!芽衣!」
芽衣「帰れ」
花「酷くない??」
てかなんでここにいる。鍵しまってただろ。
花「まぁまぁ落ち着いてぇ、鞄下ろして、飴ちゃんいる?」
芽衣「要らん。てかどうやって入った。」
花「もろもろ説明するからとりあえず座って〜」
鞄を下ろされ、ついでに身長チェックをされ、放り投げられたペシャンコの座布団に座る。いや、これ一応私のなんだけど。
花「いつもだったら酒飲んだくれてるだけだけど、今日は仕事できたの。はいこれ名刺。」
先ほどとは打って変わって丁寧に渡されたのは、黒地に金の文字が浮かぶ洗練された印象の名刺だった。
渡されたことのない物に戸惑い、え、と間の抜けた声を出す。
芽衣「魔法少女育成事務所…スカウト課、安藤花…」
冷静になって文字を読むと、聞いたことのある名前が脳みそに入ってくる。
魔法少女──10年前、サティロスの大量発生が起こった時、どこからともなく現れた奇術を使う少女…というところくらいなら知っている。
彼女らは奇術を使いサティロスを退治し、そのおかげで一時サティロスが減ったことがあった。
花「ま、そういうこと。私、魔法少女育成事務所──そのまんまだけど、魔法少女を育てたり素質のある人を探したりっていう仕事をしてんのね。」
芽衣「はぁ…ってか、仕事ってどういうこと?お母さんなら仕事でいないけど。」
花は3秒ほどきょとんとしたかと思うと、まだわからないのと言わんばかりにため息をついた。
花「だ〜か〜ら!|少女《・・》って言ったでしょ!私がスカウトしにきたのは斗霧芽衣、あんたよ!」
芽衣「は?」
Chapter 3:トレインジャック
話を聞くに、どうやら私には魔法少女の適性があるようだ。
魔力探知が…とか魔力の適性が…とかなんとか言っていたが、めんどくさいことと難しいことは嫌いだ。あまり覚えていない。
結論から言うと、花は私を魔法少女にスカウトしにきたそうだ。
急に魔法少女とか言われてもよくわからないし、めんどくさそうだしなる気はない。
とりあえずその日はお帰りいただこうとしたが、『また明日くるね☆』と言って引かなかったので外出することにした。
ちなみに学校は土曜日なので休みだ。サボろうと思えばサボれるし、第一叱られないので毎日学校に行っている私はなかなか偉いんじゃないか?
いつ事故るかもわからない電車に揺られながら、ぼぉっと昨日の出来事を思い出す。
『魔法少女になれば、通常の時からどこかの能力が5倍ほどになる。魔法だって使えるし、なんならこの世界を変えることだってできるんだよ!』
ふと、微笑みながら告げた花の声が脳裏に浮かぶ。
魔法を使える、とかこの世界を変えられる、とか魅力的な提案はたくさんあった。命をかけるかもと言われたが、今更命なんか惜しくない。
昨日お土産と言って腕に巻きつけられた腕時計には、うすい緑色の変わった宝石がはめ込まれている。
手を窓につけると、その宝石は外の光を反射してチカチカ輝いた。
いつだったか、ピクニックの時に見た木漏れ日によく似ている。
キキィ、と音がして電車が急停止する。
突然の出来事に車内からは悲鳴が上がり、私は吹っ飛ばされて地面に叩き込まれた。
芽衣「痛……っ!」
私が乗っている車両は最後尾の車両。
不運なことに、空いている窓からタコのような化物──サティロスの一種が這い上がってくる。
車内から上がる悲鳴と同時に、逃げ出す人と腰を抜かして逃げられない人に分かれる。
前の方の車両に逃げようと人の波が一気に移動し出す。
150cm無い私の身長だと周りが全く見えず、このまま逃げるのは現実的ではない。
『うわぁぁぁぁん!!!!!!!』
どこからか聞こえた泣き声に目をやると、5歳くらいの少年がサティロスの触手に捕まっていた。
このままじゃあの子は確定で食われる。
『|圭介《けいすけ》!!!!!どこ!?圭介!!!!!』
前の方から女性の声が聞こえる。きっとあの少年の母親だろう。
ママぁ、と泣き叫ぶ少年をみて、考える前に体が動いた。
ベルトで腰に巻いたナイフケースから護身用のナイフを取り出す。
そこまでの攻撃力はないが、あの少年を逃すことはできるだろう。
なぜあの少年を助けたくなったのかはわからない。考えている暇もない。
止まれ止まれと叫ぶ自分の脳を無視して体は動き続ける。
椅子を飛び越え、少年の元へ向かう。
ナイフを両手で構え、力のままに突っ込んだ。
『どりゃぁぁぁぁ!!!!!!!!死ねぇぇぇぇ!!!!!!』
グニっと柔らかい感触がした後、あまりの弾力に吹き飛ばされポールに頭を打ちつける。
じんじん痛む後頭部に眉間を寄せながら、私のナイフが刺さったままのサティロスに向かい合う。
少年は先ほどの衝撃で解放されたが、同じくポールに頭を打って意識が朦朧としているようだ。
近くに横たわっていた少年を抱えると、残っていた体力を足に溜めて前の車両に逃げ出す。
もうこの車両は空っぽになってしまったので移動に苦はない。
だが、あの程度でサティロスが致命傷を負うわけがないのだ。
意味不明な叫び声を上げ、鼓膜が破れそうになる。
完全に怒らせた。
サティロスとの体格差は歴然としており、身長も低く体重・筋力ともに劣っている私など話にならないだろう。
一瞬足がすくみ、心臓の音がおかしい。
とりあえず逃げようと震える全身から体力を搾り出すようにして走っていたが、壁に追い詰められてしまった。
前の車両へのドアを開ければ逃げられるが、そんなことをしたら突進したサティロスの影響で電車が脱線しかねない。
どっちにしろ死ぬなら私1人の犠牲の方がいいに決まってる。
だが、手元には意識を失った少年が。
なれないことやんなきゃよかった。
まぁいいや。そろそろ生きるのもめんどくさくなってきた頃だし。
『芽衣!!!!!!!!よくやったぞ私の妹分兼魔法少女候補!!!!』
聞き覚えのある元気な声と共に、サティロスの侵入経路から飛び蹴りして突っ込んできたのは、まさかの花だった。
その飛び蹴りがサティロスにクリティカルヒット。
狭い電車内で大きなサティロスが吹っ飛ぶのを恐れたのか、威力は控えめだ。
芽衣「花!?なんでここに!」
花「いいから!それより、その腕時計に手をかざして『イマジネーション』って唱えて!」
サティロスを生身で相手にする花の迫力に気押され、少年を抱えたまま腕時計に手をかざす。
芽衣『イマジネーション!!!!』
その瞬間、自分の体が弾けるような感覚がした。
Chapter 4:葉の魔法少女
弾けるようなその感覚に驚き目を瞑ると、面白い格好になっていた。
ロゴ入りのTシャツにデニムのハーフパンツ、カラフルなスニーカーといういたってシンプルな格好だったのが、ネクタイ付きの軍服ロリィタに黒の編み上げブーツというコスプレのような服になっている。
心なしかライムグリーンだった自分の頭髪が、青寄りの深緑に変わっているような気がする。
花「おっけい変身したね!それで戦えるから…っ!武器が──」
余裕がなくなってきた花のもとにダッシュで向かう。
武器とかなんとか言ってたけど、これなら素手でもいけるわ。
大幅にパワーアップした自分の力を拳にこめ、サティロスに叩き込む。
拳が何故か緑色に光り、葉のようなエフェクトを纏った。
ブォン、と音を立てて叩き込んだ拳から、美しい葉のようなものが発生する。
するとその葉によってサティロスは切り刻まれ、先ほどまでの強さが嘘のように消滅した。
花「いや〜、驚いたよ。まさか武器なしで一匹仕留めるとは…」
芽衣「倒せた…」
何故倒せたのかはわからない。そもそも何故服装と髪の色が変わっているのか。
サティロスを倒し冷静になってくると、電車の窓に映る自分の姿に驚愕した。
ローリエカラーにライムグリーンのメッシュが入った派手髪、いつも通りのエバーグリーンの目の色、軍服ロリィタというコスプレのような衣装、相変わらず変わらない不健康なほど白い肌。
芽衣「は…?」
これじゃまるで──
魔法少女、じゃないか。
---
少年を母親の元へ送り届けると、窓から地上に降りて近くの駅まで歩く。
着くまで暇なので、花にこのことについての解説をしてもらった。
どうやらこれは『変身』というらしく、魔法少女のデフォルト姿らしい。
この変身をすることで通常と比べて魔力と体力、そしてどこかの能力が標準値で5倍になるらしい。
標準値で、とのことなので磨くことで10倍以上にすることも可能だそう。
そしてそのどこかの能力というのは人によって違うらしく、扱う魔法の性質による得意魔法というのも存在するそうだ。
私の場合5倍になった能力は『筋力』。パワーは大切。
そして私の扱える魔法──それは、葉属性の魔法だそうだ。
花「いやぁ、まさか芽衣が葉属性とはねぇ…」
芽衣「失礼だな、何属性だと思ってたんだよ。」
花「火属性とかそっち系だと思ってたんだよねぇ…」
花がいうには、葉属性は『護り』や『癒し』の能力を得意とする属性であり、攻撃はそこまで強くないらしい。あれで弱いとは他の属性の魔法少女が気になってくる。
芽衣「ねぇ花。魔法少女って他に誰がいるの?」
授業かなんかで聞いたことがある。どの世代の魔法少女にも火、水、雷、風、音、葉の属性分の人数が存在すると。
例外を除いて。
花「いないよ。前の世代の魔法少女はみんな死んだり殺された。ちょうど一週間前にね。」
すっと体の体温が下がる音がする。
花の顔は見えなかった。
花「だから、新しい魔法少女を探してる。ってことで…」
ささっと私の前に出てきた花は、右手を差し出した。
花「斗霧芽衣。君に、魔法少女になって欲しい。」
黄色の形のいい吊り目は、獲物をとらえたライオンのように私を射抜いて離さない。
私としても、ここまでやってしまってはやらないとは言えない。
差し出された花の右手を握り、こう答えた。
芽衣「…ここまできて、嫌って言える根性の人はいないって。」
久しぶりに緩んだ私の表情筋を見て、花は安心したように私の手を握り返した。
花「うし、これからよろしく。芽衣──いや、葉の魔法少女、ミール・リーフェーズ。」
小さな駅の近く、一悶着あったこの日に1人目の魔法少女が誕生した。
Prologue:或る歴史と唄う少女
10年前のある日──。
東京を震源地とした大地震が起こってから、様々な生き物が合体したキメラ型モンスター『サティロス』が日本中へ蔓延するのに1ヶ月もかからなかった。
サティロスは人間を捕食し、細胞分裂のような形で増え続けている。
そしてニホンザル程度の知性を持ち、悪や負のオーラを強く放つものに従う習性がある、というのが近年の研究で分かったことだ。
サティロスにより人口は急激に減少し、日本の総人口約一億人が7000万人ほどに減ってしまった。
政府はサティロスのことに追われ、日本の治安は少しずつ悪くなっていく。
違法なはずのカジノが次々と立ち、人身売買や強盗など風景だ。
少ない例だが小・中学生のバイトや就職も黙認されつつある。
そんな混乱の世の中から1年。
ある企業が開発した『マジカルクロック』。
それは、人間でありながら『魔力』という概念が存在する選ばれし少女を強力にするサポートアイテムだ。
変身や魔法、そして大幅に上がった能力を使いこなす少女が、のちに『魔法少女』と呼ばれることになる。
魔法少女らは次々とサティロスを倒していき、廃れ切った世の中に希望の光を与えていく。
そして、サティロスを率いる『幹部』らを倒し、確実にサティロスの数を減らしていった。
だが、その労働環境は過酷としか言いようがない。
救えなかった命を背中に引きずり、自分より幼い、または同じくらいの年頃の格好をした幹部らをもれなく殺す。
初潮も来ているかわからない10代の少女達には辛すぎる仕事だ。
少女らは残酷な死に方をし、時に自分を殺めようとも進み続ける。いや、進まされ続けている。
自らが信じる正義に。世間の目とやらに。
---
『私は、なんのために…!っ…なんで…どうして…』
汚れた歴史だから、無かったことにする。
都合の悪いことだから、見なかったことにする。
少女は叫び続ける。
ずっと、ずっと、届くはずもないのに。
泣いて、泣いて、涙も枯れて。
叫んで、叫んで、喉を潰して。
叩いて、叩いて、自らの腕を壊して。
そして、ついに。
嗤い出してしまった。
楽しそうな、苦しそうな、掠れた声で。
何もかもが枯れてしまい、ついに人間ですらも無くなってしまった彼女は。
ある歌を、小さく小さく口ずさみ始めた。