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目次
終わりの始まり
それは、世界が音を立てて崩れ落ちる前兆だった。
西暦2048年の夏、東京湾の上空に黒い「穴」が開いた。直径三百メートルを超える闇の渦は、太陽を覆い隠し、空を血のように赤く染めた。
最初は自然現象と考えられた。ニュースキャスターたちは「未確認の大気現象」「時空の乱れ」と言葉を並べたが、誰も本質を理解してはいなかった。
だが、その数時間後――穴から姿を現したものが、人々の常識を一瞬で破壊した。
鉄の鎧を纏い、二本の角を持つ巨人。
全身を黒い毛に覆われ、狼のような頭部を持つ獣人。
羽ばたくだけで暴風を巻き起こす、翼竜の群れ。
銃火器を向ける自衛隊。だが、銃弾は彼らの分厚い皮膚や不可思議な障壁に阻まれ、焼けた鉄屑と化した。戦車の砲撃でさえ、竜の鱗をわずかに砕くのがやっとだった。
人類は初めて知る。
――地球の理が通用しない存在、「モンスター」の到来を。
それから数週間で世界は変わった。都市は火に包まれ、逃げ惑う人々は食い散らかされ、社会は機能を失った。政府も軍も崩壊し、わずかに残った生存者は地下や廃墟に身を潜めて息を繋ぐしかなかった。
神谷ユウは、その惨劇の只中にいた。
高校二年の夏、彼は両親と妹をモンスターの襲撃で失った。
火の海と化した街を走り抜けた時、右腕に熱が走った。皮膚に浮かび上がった光の紋章が盾となり、炎と爪から彼を守った。
生き延びたのは偶然か、あるいはその力ゆえか――ユウ自身にも分からなかった。
ただ一つ、確かなのは。
彼が世界の終焉を、ただ傍観するだけではいられないということだった。
灰の都市
ゲート出現から三年後。
東京は廃墟と化し、かつての高層ビル群は崩れ落ち、街路には草木が侵食を始めていた。
人類は地下や山奥で細々と生き延びるしかなく、わずかな集落が互いに連絡を絶って孤立していた。
ユウはその一つ、「灰の都市」と呼ばれる集落に身を置いていた。
そこは廃ビルを拠点にした避難民の拠点で、元自衛官の男・滝沢が指揮を執り、数十名の人間が身を寄せ合って暮らしていた。
物資は乏しく、常に飢えと恐怖が隣り合わせだった。
ユウは討伐班の一員として、外の世界に出ては物資を集め、迫り来るモンスターから都市を守っていた。
右腕の紋章によって展開できる「障壁」は、仲間にとって命綱だった。
銃弾を弾き、獣の爪を遮り、炎を打ち消す――その力のおかげで何度も仲間は死を免れた。
だが同時に、仲間たちはユウを恐れてもいた。
「人間離れした力を持つ奴」
「ゲートから来た“何か”に選ばれたのかもしれない」
そんな囁きは常に背後にあった。
ある日、索敵任務に出たユウたちは、崩れた高速道路の上で奇妙な光景を目にする。
血に染まった衣服、白銀の髪、そして人間のような少女が倒れていたのだ。
――モンスターの少女。
仲間たちが銃を構える中、少女はか細い声で呟いた。
「……助けて……」
異世界の少女
瓦礫の上で倒れていた少女は、確かに人間のように見えた。
しかし、その瞳は宝石のように透き通る青を宿し、耳はわずかに尖っていた。肌には淡い光を帯びた紋章が刻まれ、ただの人間ではないことを雄弁に語っていた。
「撃て!」
仲間の一人が叫び、銃口を向ける。
だがユウは反射的に障壁を展開し、少女を覆った。
「待て、まだ生きてる!」
「ふざけるな! それはモンスターだ!」
「……俺には、そうは見えない」
緊張が張り詰める中、少女は意識を取り戻した。
「……ここは、地球……なの?」
彼女はかすれた声で自らを「リア」と名乗った。
そして語る――自分は異世界「エルディア王国」の生き残りであること、彼女の世界もゲートによって侵食され、モンスターに滅ぼされつつあることを。
「敵は……あなたたちの敵でもある。私は、その真実を伝えに来た」
仲間たちの疑念は晴れなかった。
しかしユウだけは、彼女の言葉を信じた。
――なぜなら、リアの瞳は妹に似ていたからだ。
襲撃
リアが現れて数日後。
灰の都市は未曾有の襲撃に見舞われた。
空からは翼竜の群れが降下し、地を揺るがす巨人が瓦礫を踏み潰す。
人々の悲鳴と銃声、火の粉と硝煙の匂い。
ユウは障壁を張り続け、仲間を守る。だが数は多すぎた。
絶望が迫る中、リアが両手を組み、魔法を紡ぐ。
「――《光槍(ルミナ・ランス)》!」
空気を裂く光の槍が、竜を貫いた。
そしてその魔力がユウの障壁と共鳴し、蒼白い閃光が街を覆う。
群れを飲み込み、巨人の腕すらも弾き飛ばす力。
「……私とあなたの力……繋がってる……」
リアは愕然とし、ユウを見た。
その戦いの後、灰の都市は半壊。生き残った人々の数は半分以下に減っていた。
共鳴する力
瓦礫の影で休息をとるユウとリア。
リアは自身の紋章を見せ、静かに語った。
「これは……ゲートの鍵。私たちエルディアの一族は、もともとゲートを制御する役目を担っていた。でも、何者かがその力を奪い、世界を繋げた……」
ユウの右腕に浮かぶ紋章は、その欠片だという。
彼の家族が死んだ日に発現したのは、偶然ではなく――ゲートが選んだ「器」だからだ。
「あなたと私が力を合わせれば、ゲートを閉じられるかもしれない。でも……」
リアは言葉を詰まらせる。
「その代償は、あなたの命よ」
ユウは短く息を吐き、笑った。
「構わない。もう失うものはない。守りたいものがあるなら、それでいい」
東京湾ゲート
夜明け。ユウとリアは灰の都市を離れ、東京湾を目指した。
かつて栄華を誇った街は廃墟と化し、海沿いにはモンスターの群れが巣食っていた。
その中心に――漆黒のゲートが、今も口を開けていた。
渦巻く闇の奥からは、異世界の咆哮が響く。
リアが紋章を掲げ、ユウが右腕を差し出す。
両者の力が共鳴し、白い光がゲートを覆った。
だが、その瞬間。
「よく来たな、選ばれし器よ」
闇から姿を現したのは、人の姿をした存在だった。
ゲートを生み出した元凶――かつて人間だった科学者・御堂。
彼は異世界の知識に触れ、不死を求めてゲートを開き、モンスターと融合していた。
「人類は弱すぎる。だから私は選んだ。強者だけが生き残る新たな世界を創るために」
ユウと御堂の戦いは苛烈を極めた。
障壁と魔法、そして闇の力が衝突し、東京湾は光と炎に包まれる。
最後の瞬間、ユウはリアに微笑んだ。
「妹を守れなかった俺に……もう一度、守らせてくれ」
障壁と紋章の光が御堂を飲み込み、同時にゲートを閉ざした。
世界を繋ぐ裂け目は静かに消え――そして、ユウの姿も光に溶けて消えた。
終章
ゲートの消失と共に、モンスターは地上から消え去った。
世界は廃墟のままだが、ようやく人類は再生の一歩を踏み出せるようになった。
リアは一人、東京湾の岸辺に立っていた。
彼女の胸にはユウの紋章が移り、淡く輝いていた。
「……ありがとう。必ず、この世界を……あなたの世界を取り戻す」
風が吹き、瓦礫の街を越えて、新しい朝日が昇る。
それは滅びの後に射す、かすかな希望の光だった。