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目次
縁結び屋〜氷の縁結び娘は、初恋に出会う。〜
「ありがとうございました、美氷さん!」
「いえ」
縁結びの氷姫──|兎糸美氷《ういとみひえ》は、縁結びを依頼された男性からのお礼を軽く受け流し、会釈した。
美氷の仕事は、縁結び。
大体は男性から縁結びを依頼され、その男性が縁を結んでもらいたいという女性をいびり、そこで依頼人が「大丈夫ですか」と助け、いい感じになる──というのが今回の仕事だった。
たまに、直感で「ああこの人とは合わなそうだなあ」と思うこともあるが、一応こちらも商売なので、口に出すことはあまりない。
そして、もう一つの稀な仕事──、というかサービスだろうか。
同じような環境で生まれ育ち、纏う空気が似ているふたりがいる。
居るのだとわかる。
そしてその時の美氷は、先ほどしたような仕事をするわけだ。
まあ、そのふたりが結ばれた時は、とんでもなくジト目で見られるわけだが。
(それが、私の宿命だ)
兎糸の家は、全ての能力が使えるわけだが、美氷は物心ついた頃からひとりで、気がつけば縁結び、人と人を結びつけられる能力があった。
さっきの仕事は物理的に縁が結ばれるだろ、と言いたくなるかもしれないが、違う。
美氷の澄んだ縁結びの力がふたりの魂を結びつけ、縁をしっかりと結ぶのだ。
パチン、と指を鳴らす。
美氷の髪が薄い水色になり、そして周りに粉雪が舞い散る。
「流石に水色の髪にこの格好は目立つ、か」
そしてまた、パチンと指を鳴らす。
しかし、何も起こらない。
(うそ…)
いつもなら、神社通りに帰れるはずなのに。
「また仕事を奪ってくれたな、兎糸美氷」
「っ──」
彼の手に持たれていたのは、縁切りの能力の石だった。
縁結びは元々能力がないと使えないが、縁切りは自分に合った能力ならば、石を持つことで縁切りの能力を使うことができる。
しかし、美氷が一番おどろいたのは、
「あのー…あなた、誰ですか?」
「はっ!?」
相手は信じられないとでも言いたいようだが、見たことも会ったこともない。
「名前くらい名乗ってもいいのではございませんか?」
いくらなんでも、美氷を呼び捨てにしたのに、自分は名乗らないなど傲慢だと思う。
「…まあ、簡単に言うとビジネスパートナーになろうとも、ライバルになろうともする存在だ」
(まわりくどい)
名を名乗れと言っているのに、と思った。
「…」
「あー、分かった分かった」
分かったんだったら早く言え。
ここまで激しくツッコミを入れるのは久方ぶりだ。
「俺は雪下拓海(ゆきしたたくみ)。縁切りの石で、縁切りの能力を使える」
雪下、拓海…
頭の中で美氷は彼の名前を繰り返した。
雪下家は確か、兎糸のように先天的な能力は一つもないが、比較的色々な石を扱うことが出来る家系だった気がする。
「…、雪下の方が、私に何の用ですか」
震える声で美氷は言った。
石をたくさん使いこなせるだろう雪下の者が、兎糸の落ちこぼれに何の用だ。
──「この兎糸の落ちこぼれ!縁結びの能力しか持っていないだなんて、全能力持っている兎糸の家紋に泥を塗ったな!」
頭の奥に、キーンと金属音が鳴るような怒声がまた蘇る。
忘れてしまいたいのに、忘れられない、名前も覚えていない人からの罵声。
そんな一つの言葉に苦しめられてる自分が居た。
「おい、みひ…」
「来ないで!」
美氷は耳を塞いだ。
周りには粉雪が吹雪のようにびゅううっと吹いている。
「な…お前、この強い力…」
拓海は何やら呟いているが、その声は吹雪にかき消されていた。
美氷はひとりぼっちだった。
人には会ったことがあったけれど、その大体は自分を罵る兎糸の人だった。
小さな美氷は、人を信じることが出来なくなった。
落ちこぼれという言葉さえも、自分なのだと小さな子どもながらに受け入れなければいけなかった。
私は落ちこぼれだ。
あの時を思い出して、少し顔が赤くなった時だった。
「俺は、お前が落ちこぼれだなんて思えないけどな」
「え?」
こんにちは、九条藍李です!
わー、やっと一話終わったなあと言うのが心境です!(分かって欲しい)
二話も作る予定なので、またお会いしましょう!
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。②〜初めての二人でのお客様〜
九条藍李です!
今回は、拓海が美氷に「落ちこぼれじゃない」と肯定しているシーンから始まります!
「えっ?」
美氷は、耳を塞いでいた手を離し、拓海の方を向いた。
私は、落ちこぼれじゃないの…?
「落ちこぼれって思ってる方がおかしいぞ。どーなってんだ、兎糸の家系ってのは」
まあ全知全能の神様みたいな家系だからしょうがないかー、と拓海はため息をつく。
「わ、私が落ちこぼれじゃないっていう証拠は無いでしょ…」
「ある」
拓海が、煌めく海のような瑠璃色の瞳をこちらに寄せた。
「お前、雪下舐めてるのか?兎糸みたいに先天的な能力を持って生まれてくる子はたかがしれてる。兎糸が石の能力を見極めるのが早いように、雪下は先天的な能力を見極めるのが早い」
(極秘情報喋っちゃっていいのかな?)
一応美氷は「兎糸の人」なのである。
そのような心配は一切していないような拓海は、イタズラっぽく目を細めて言った。
「ここまで極秘情報喋ってやったからな」
「へ?」
「お前、俺の仕事手伝え。縁結びの糸が絡まってたら、直してやるからさ」
にやっと笑ってる拓海とは裏腹に、美氷は反りがまったく合わなそうな拓海を見て、頭を抱えた。
だけど、少しだけ大丈夫だと安心した。
根拠がない安心だった。
ー翌日
「あ、あの…縁結び屋って…ここ、ですか?」
「あ、は、はい」
向日葵色のワンピースがよく似合う茶髪の女性だった。どちらかと言うと、恋する乙女と分かりにくいような、静かな雰囲気をまとっている。
失礼だが、誰かが好き、という感じはない。
「誰かが好きっていう雰囲気はないなー」
(黙れい)
美氷はお客の見えないところで思いっきり拓海を蹴った。
「った…」
言い出しっぺは拓海のくせに、と美氷は苦笑い、いや腹黒い笑みに近い笑みを浮かべる。
「あ、あのぅ…」
「失礼いたしました。今日はどのようなご用件でいらしたのですか?」
それとお名前も教えて下さい、と言う。
「わ、私は園田夏美です。え、えっと、好きな人が居るって言ったら、友人がスマホで探してくれて…満足度が五つ星の5.0だったので…」
(うわあ、初々しい)
これは初恋の匂いがする。
「それで、どの方とご縁を結びたいんですか?」
かあっと夏美の顔が赤くなる。
(恋愛経験ないんか、この人)
なかなかの美人なので、恋愛経験やモテ歴はあるのだと思う。(※個人の感想です。)
「こ、この方です…」
夏美が差し出したのは、一人の男の写真だった。
不細工、と言うわけでも無ければ、イケメン、と言うわけでもなかった。
つまり、普通の男である。
と言う前に、
「なんで写真持ってるんですか…?」
「あ、えっと、幼馴染で…」
ほっと息を吐いた。恋する女は怖い。ストーカーでもしたのかと思った。
「じゃあ、行きますか」
「行くか」
「え?へ?」
困惑して状況が分かっていない夏美を置いて、拓海と美氷はスタスタと歩いて行った。
こんにちはあ、九条藍李でっす!(妙にテンション高くてメンゴ)
次回縁結び屋は、拓海と美氷が異例の連携プレーを見せる(ハズ)回なので、お楽しみに!
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。③〜魂の繋がり〜
ぎゃああ!本文が消えたあああ!
えー、今わたくし九条藍李実にばぐっております、ファンレターくだせぇ!
(なんで…?)
「お前も着とけ」
「は?」
少し時間を遡りー
「これが、私…?」
夏美は垢抜けた自分を見て、「はぅ」とか「ほぅ」とか言いながら感動している。
普通の縁結び屋や、結婚相談所ならば頑張ってお化粧をするのだろうが、美氷はいつもすっぴんなので、化粧の事は分からない。能力任せだ。
一方拓海は、
「うぐぅ、ぐはぁ…」
なかなか苦戦しているようである。
「どうしたんですか」
「糸が!絡まり過ぎてんだよ!」
夏美とその相手、|鈴木紀久《すずきのりひさ》はなかなか好感を持たれていたようで、拓海は縁結びの糸をほどいたり、違う人と結んだりしているようだ。
(…いいな)
縁結びの能力者のくせに、糸さえも見えない自分とは大違いだな、と美氷は思った。
縁結びの能力者が糸も見えなくてどうする。
「おーい、何感傷に浸ったんだ?」
拓海は悩みなんてなさそうだ。
「…、なんでもありません」
「じゃあ情報くらい言わせろ」
すいませんでした、と美氷は軽く頭を下げる。
「えーと、都シティホテルのパーティで今日は縁結びをする。だが厄介なのがなぁ…」
「どうしました?」
宇宙船で宇宙に行くより面倒くさそうな顔をしている。
「それを主催してるヤツの娘が、俺の婚約者だ」
…コン、ヤク、シャ…?
「えぇ…拓海を好きになってくれる人が居たんですか…?」
それが一番最初の疑問である。
「失敬な!…まあ、家同士の政略結婚だよ。雪下は石との相性が抜群だからな。兎糸の次に政略結婚が多い家だ」
へ〜…(何も分かってない)
「兎糸に居るお前の姉が嫁いだら、兎糸は直系がゼロの状態になるからお前を探しにくるかもな」
(それは嫌)
美氷はもう平穏に生きたい。というか、最初から平穏な道か蔑まれる道しか天は選ばせてくれなかった。人間がどちらを選ぶか、だなんて明確だ。
「…で、パーティの事だが…」
「はい」
「今日はお前が使ってるイジメ方法は使えない。一瞬でつまみ物になるからだし、相手は男だからな…。だから今日は接近戦だ」
そして、ここまで来たと言うわけである。
「縁結びの石って無いんですか?」
「あったらお前の存在価値はもっと下がっちまうだろ」
ごもっともである。
「ま、という訳で着替えとけ。よそ行きの一つ二つあるだろ?」
…あるわけないじゃないですか!
孤児院育ちがそのような物を持っている訳がない。
「…、兎糸、後でどーなるか分かってんな…」
経費が高いのは嫌だーと拓海が叫びながらさっと
黒いカードを取り出す。
「な、なんですか、コレは?」
「ブラックカード。コレ、経費。着物かドレスか、適当に買ってこい」
…ブラックカードで着物かドレス買ってこいって。なかなか、うん。
金持ちだなあ、という他ない。
「えっっとぉ、どの着物とドレスを買えば…?」
はー、と拓海は大きな大きなため息をついた。
「…女は普通にそういうの好きだと思ってた俺が悪かったみたいだな」
「…拓海の周りの人は、みんなそうなんですか?」
おしゃれ好きなのかもしれない。
「…いや、家族も、みんなただ…」
そう言おうとした拓海は、途中で何でも無い、と誤魔化した。
「え?」
「いや、何でも無い。いいから行くぞ」
ーと言うわけで、私は着物かドレスを買いに行くことになりました。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。④〜2人のプチデート〜
えっとこんにちは、九条藍李です!
見てくださってありがとうございます!
頑張ります!
「ていうか、お前もこの色のドレスが欲しいとか無いのかよ?」
「ないです」
物珍しい物を見るような目で、拓海がこちらをじぃっと見てくる。美氷は何も変な事を言っていない。多分。
「じゃあ特に指定がないから、雪下家がよく使ってるところでオーダーメイドするぞ」
「はい」
背筋をぴしっと伸ばして、拓海の横で歩く。
拓海が慣れた足取りで入ったのは、いかにもVIPが使いそうなデパートのような場所だった。
綺麗…
(はっ)
美氷はまた背筋をぴしっと伸ばした。
「ここだ」
そこの店の看板には、『order made』と金色の文字で書かれていた。
「オーダー、メイド…?」
さっきはしれっと言われたから軽く受け流してしまったが、よく考えると雪下家がよく使う店なんで高級じゃないわけがない。
「おーい、店主いるか」
「うん?ああ雪下の若だね?お隣は…?ああ|美桜《みお》ちゃんかい。イメチェンしたねえ」
美桜、ちゃん…?
「俺の婚約者だ」
「そっ、そうじゃなくてですね…」
何でその美桜という娘は自分と似ているのかと問うている。
「言うべきか…言わんべきか…」
「何をぶつぶつ言っているんだい、若。ひとりごとがデカい男はモテないって知らないかい?」
「ああん?」
…あ、煽り上手いた。
この人なら頭の中に拓海の取扱説明書が完コピされている気がする。
「じゃあ明るい茶髪だから…少しだけ暗い色がいいわね」
「そうかー」
そうか、と言いながらもちゃっかりスマホを見ている拓海に呆れる。本当に顔が悪かったら誰も寄ってこないレベルだと思う。
「…よし、オッケー、採寸までしたし、すぐに届けるよ。だけど美桜ちゃん、前とほぼ変わってなかったねえ。まあ測ったのは一年前のことだけど」
…私、成長期でよかった。
縮んでたりしていたら、どんなことになっていたかわからない。
「えー、お会計五万…」
(高っ!)
おばさんも拓海も、なぜしれっとその金額を言えるのだと今更ながら思った。
「あ、あの…」
「必要経費」
拓海は美氷の思っていた事が分かったのだろうか。すぐさまそう言い放った。
「でっ、でも、やっぱり…」
そう美氷が言おうとした時だった。
拓海が人差し指を美氷の唇に当てた。
「必要経費だって言ってんだろうが」
「うっ…」
そこまで言われると、申し訳なくなって来たので何も言わずに歩くことにした。
ー夜
「…ナッ!?美桜がそちらの店に来ただと!?」
どういうことだ、と一人の男が取り乱している。
「美桜、お前は今日拓海さまと一緒に居たか?」
男は一人の麗しき娘に問いかける。
「いいえ。ゆあのと刺繍をしておりました」
綺麗な声で娘が答えるのと共に、
「…、では、拓海さまが両家の契約を破ったと言うことか…?」
美氷たちは、まだこの大きな事件の渦に気付いていない。
わあ、気になるところで終わりやがったなと思った人いますよね?(自分で言うのかいな)
まあ、次は拓海の婚約者・美桜も出てくるのでお楽しみに!
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。⑤〜拓海の婚約者〜
面倒臭いから書かない!
「ここが都シティホテル、ですか?」
「はい。ここからは自由行動で結構ですよ」
にこやかな態度で拓海がパーティ会場に夏美を入れる。
…これ、本当に拓海?
でも多分、この笑顔の裏では誰をどう動かして誰をどうするか、計算されているのだろう。
「…あ、夏美」
「あっ…鈴木くん?」
早っっっ
「…これ、私達いりました?」
「…すまん、まったくいらなかった」
多分、これは計算外だったと思う。
でも、美氷はなぜか、夏美と紀久の笑顔を見て、羨ましいと思った。羨ましいと思ってしまった。
「意外と早かったですね」
「そうだな」
拓海としてはドレス代の穴埋めのためにいっぱい搾り取りたかったようだ。しかし、二人が勝手にくっ付いてしまったのだから、請求するにも請求出来ない。
「…よし、帰るぞ」
「え?」
「いいから帰るぞ」
きっと拓海ならパーティの美味しいものを全て制覇してしまうだろう、と思うほどの勢いがあったのに。
しかし、拓海が帰るぞ、と言った理由が分かった。
「拓海様」
背後から、拓海の名を呼ぶ声が聞こえた。
静かで、綺麗な声だった。
そして、自分と似た顔を持っていた。
あなたはーー?
紫水晶をあしらった様な目、艶が見られる黒髪、この世の者とは思えない綺麗さだった。
「…あぁ、美桜か」
「ご無沙汰しております」
…美桜、美桜ってどこかで聞いた名前だ…
「…あの、そちらの御女性は?」
「お前には関係ない」
拓海は暗黙に「関わるな」と言っている。
「わたくし、拓海様に一生を尽くせと教わったのです。そのような事は出来ません」
…あっ、拓海の顔がめんどくせぇって言ってる。
というか、なぜ拓海は自分を選んだのだろうか。
縁結びの力を使える、他の男を探せば良かったのに。不倫だとか言われなくて済むだろう。
「では、拓海様は頑固そうなので」
桜色の着物を着た美桜が、少ししゃがんで美氷に視線を合わせた。
「あなたは、どこの暗殺者ですか?」
…は?暗殺、者?
「え?」
「拓海様にお気に入られ、その隙を突こうとでも思ったのでしょうが、わたくしが居るのにそのような事をさせるわけにはいきません」
「何か勘違いしておられます、美桜様」
「…あら、勘違い、ですと?」
「ええ。まず、私を縁結び屋に選んだのは拓海様です」
美桜は笑顔を絶やさないが、今の顔は笑っていない。
「そして、美桜様が信頼される拓海様は、情報を知るのに優れており、暗殺者など入れるわけがございません」
ぐっと美桜が唇を噛んだ。
分かっている。私がこんな事を言うと言うことは、暗殺者では無いと証明するとともに、
私が愛人か、それに似たものと言うこととも同義だということも。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。〜⑥兎糸の家〜
「では、話はこれくらいに致しましょうか」
作り笑いをしながら美桜が言う。
これで、拓海は両家の契約を破った。
雪下からは、家の名に泥を塗ったと非難される。
兎糸からは、最悪のイメージを抱かれる。
これは、両家への宣戦布告だーー
ゴクリと唾を飲み込む。
涙が溢れてしまいそうだった。
何で、そこまでして拓海は私を守ろうとするの?
「おい、帰るぞ」
美氷は迷わなかった。
拓海があちらを向く。
隙があちらこちらにできる。
そしてその隙の中には、拓海の石が入っているところもあった。
美氷は縁切りの石を手に取った。
「おい、何する気だ」
早速気づいた拓海だが、もう遅い。
「封印」
周りが光り、眩しくなる。
そして、美氷の耳元でチョキン、という音が聞こえた。
これで縁の糸は切れた。
もう拓海の姿は見えない。
縁を切ると言うことは、相手の姿さえも見えない。会うことも出来ない。
相手が透明人間になったような感じだ。
(さようなら)
今までありがとうございました、と心の中でお礼を言う。
そして縁結び屋の口コミには、夏美のコメントが載っていた。
『私の恋もやっと成就して嬉しかったです!あと、受付の女の子と男の子がどっちも美男美女でいい感じだと思うので、応援してあげてください!』
…良い感じ、か。
美氷はまた夏美のコメントを読み返した。
そうだったら良かったのに。
出会う時も、場所も、私の地位も違かったら良かったのに。
私が落ちこぼれじゃなかったら?
私が、普通に兎糸の人間として幸せに生きていたら?
自分を責めた。
私が落ちこぼれじゃなかったらよかったのに。
ーー雪下家
「拓海」
重々しい声で雪下の当主が拓海の名を呼ぶ。
「儂は、お前という孫の祖父が誇らしかった」
…何言ってんだこの爺。|戎森家《えびすもりけ》に一時期乗っ取られそうになったくせに。
心の中で拓海は悪態をついた。
「単刀直入に言う。美桜様の御前に軽々しく現れた女とはどういう関係だ?」
はっ、と拓海は笑った。
「縁結び屋」
「…おい、石を持って来い|あれ《••》をな」
「はっ」
戎森の重臣が純白の光を纏う石を持ってきた。
「嘘ならば闇に、本当ならば純白にーー」
雪下の当主は、石を拓海の頭に乗せた。
色は、灰色になった。
「は、灰色…っ!?」
「この様な色になるという記録は…なかったはずだ…」
「探せ!ありったけの文献をかき集めるんだ!」
大人達がドタバタと動き始める間に、一人の娘が拓海に近づいた。
「拓海様」
「…あぁ、ゆあのか」
「灰色になったのはきっと私のおかげですわ」
胸を張っているゆあのに、拓海は言い放った。
「白と黒を混ぜれば、何色になると思うか?」
ゆあのは口を開かなかった。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。⑦〜君がくれた世界〜
「…ははっ」
無くなって気付くものがある、とはこの事だ。
実際、美氷が居なければ、何か物悲しい。
なぜなのだろう。
美氷と会ったのは、少し前だったはずなのに。
ずっと前から、知っていた様な気がするーー
「拓海様、朝餉は…」
「そこに置いといていい」
きっと当主命令か何かで何が何でも食わせろと言われたのだろう。
だが、爺のメシなんて死んでも食いたく無い。
「拓海様…」
「わたくしが一緒ならば食べられますわよね?」
ゆあのが割って入って来た。なぜそういう結論に行き着くのか理解できない。
が、子供扱いされるのは嫌なので黙々と食べる。
「ほら」
ゆあのが給仕にドヤ顔をして見せる。
給仕は一瞬驚いた様な顔をしたが、
「やはり、ゆあの様は拓海様とお似合いですわ」
と目を輝かせて部屋を出た。
そして部屋に沈黙が降りたが、1番に口を開いたのはゆあのだった。
「…ねぇ、拓海様」
ゆあのの赤い唇が弧を描く。
「あの兎糸の女ではなく、私と縁を結びましょうよ」
(は?)
ふざけているのかと思ったが、まったくふざけてはいないようだった。
「…馬鹿を言うな。雪下と兎糸の婚約は何のためにあったと思ってーー」
「表だけでの仲良し、を目指す為ですよ」
ゆあのも一応戎森の娘、頭がいい。
「昔、石で強かった雪下と先天的能力で強かった兎糸はずっと戦っておりましてよ」
そしてゆあのはとどめをさした。
「雪下と戎森が縁を結べば、あのこうまんちきな美桜という娘も倒せますゆえ」
呼吸をするのを忘れてしまうほど衝撃的な言葉だった。
ーー一方
「え…?」
「久しぶりだな、美氷」
それは、忘れていたつもりだった両親の顔だった。
「なんのご用件でござい、ますか…?」
「分かっているだろう」
嫌な笑みを浮かべる父親。
当たり前でしょう、とでも言うようにこちらを見る母親。
「拓海様と美桜の、縁を結んでくれ」
「一生離れないように、ね」
魂が一生離れないようにーー?
それは、男女どちら側にも負担をかける結び方だ。
しかも、今回は父母だけが縁を結びたいと希望しているだけで、拓海と美桜はそれを望んでいるのか分からない。
(もし、拓海がそれを望んで、いた、なら…?)
震えが止まらない。
「あぁ、お前はもしや心当たりがあるのか?」
「…何についてでございましょうか」
「拓海様をたぶらかしたという、美桜と顔の似た娘のことに決まっているでは無いか」
美氷はごくりと唾を飲んだ。そして心の中で深呼吸をした。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。⑧〜縁結びの糸〜
「なんで私がお姉様と拓海…様の縁を結ばねばならないのですか!?」
美氷はいつの間にか叫んでいた。
(あ…お姉様って…)
自分で言っていて、今気づいた。
ーー「美氷、私たち、離れても一緒だよね?」
そう、美桜、兎糸美桜は、
私の姉、だったのである。
「ほう、思い出していたのか」
「…思い出していない方が良かったのでは無いですか?落ちこぼれなのですから…」
母親の方が膨れっ面をする。ぶりっ子趣味でもあるのだろうか。
「…まあ、拓海様と縁を繋がせたら、すぐに記憶を断ち切ってしまえば良いでは無いか。美氷、行くぞ。|暁美《あけみ》、美氷を兎糸の家紋の着物に着替えさせろ」
「はい、旦那様」
暁美ーー、美氷の母親は、丁寧に、しかし雑に薄い桜色の着物を美氷に着せた。
そして、
「あんたは落ちこぼれなんだから、自分の立場をわきまえなさいよ」
と、美氷の耳元で囁いた。
ーー雪下本家
(うわぁ…でかいなあ…)
さすが石界最強雪下総本家、お屋敷がすごく大きかった。
「チッ…親父の遺言が無ければ雪下など…」
と父親は歯を食いしばっているが、無視する。
「お姉さまはーー」
バシッ
暁美に頬を叩かれた。
「美桜が落ちこぼれの姉なだなんて、恥をかくことになります。美桜様と呼ぶのですよ」
「…美桜様は、どちらのお車にいらっしゃるのですか?」
「もう拓海様の所にいるそうです。雪下の重臣の家出身で、美桜と仲が良いゆあの、という侍女と一緒にいるのですって」
まあ、あなたには知る由もないけれど、と暁美に鼻で笑われた。
(じゃあ言うなや)
「早くお降りなさい」
ガタッ
美氷は渋々車から出た。そして、暁美の後ろをちょこちょこと着いていった。
「これはこれは兎糸のお方。どのようなご用件でして?」
「…知っているはずだ。通せ」
父親が封、と書かれた紙を念力で破ってみせる。
「…兎糸の当主でお間違いないようですね。どうぞ」
キイィ、と扉が開き、下には部屋があった。
「あなた…あの…」
妹、だったのね、と美桜がふっと笑った。
あの時の笑顔のような作り笑いではなく、少し安心した様な笑い方だった。
「貴女が兎糸美氷様ですね?戎森ゆあのと申します」
…何だろう、私、嫌われてる気がする。
女の勘、ってやつかな、と私は深く気にしなかった。
「本日は、若いお二人の縁を結んでいただきたくーー」
(でも…)
そう、縁結びは人の姿が見えないとできない。
だけど、そこで美氷は拓海の思惑に気づいた。
きっと、また縁を結び直したら私はもっと追い込まれる。だが、縁結びの時に姿が見えるよう、両家の当主から、OKをもらうことが出来る。
(もしかして、拓海は、私をーー)
「すいません」
「「なんだ?」」
「私と拓海様は縁を切っておりますゆえ、縁結びが出来ません。縁を結び直す、許可を願います」
「…許そう」
「許す」
「ありがとうございます」
「|結《ゆう》」
拓海が、驚いたような、しかし誇らしそうな顔をしていた。
拓海が美氷に駆け寄った、その時。
「記憶、忘れろ」
ゆあのが後ろにいた。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。⑨〜忘れた君へ〜
ぐらりと前に倒れた。
いや、正確にはゆあのに呪文を唱えられた後、後ろから押された。
…倒れたら…忘れ、るの?…
拓海のことも?小さい時の、微かな思い出も?
**そんなのいやだーー**
泣きたくなった。
だが、術をかけられた体は本当に言う事を聞かなくて、綺麗に前に倒れる。倒れていく。
「美氷!」
拓実が駆けつける時には、少し遅く、美氷はすでに倒れていた。
「ゆあの…お前…」
「分かっております。この娘を殺せばわたくし達の縁は結べないなんて百も承知ですわ」
…くそっ、こいつ、まだそんな事言ってやがる。
拓海は心の中で舌打ちをした。
「だから、奪ってやるのですよ」
「…何を、だ?」
自分でも、声が低くなったのが分かった。
「こいつの能力を、ですよ」
つまりは、縁結びの能力ごと美氷の中から持ち去っていくと言う事だ。
ーーそれはつまりーー
雪下や兎糸の者は、普通の人間と違って“力”が血液の代わりを果たしている。もちろん、血液もあるのだが。
だから力を奪ってしまえば、美氷はただの人形のようになってしまう。
「では、始めますね。うばーー」
「やめろ!」
拓海は美氷の前に立ち、呪符を手に取った。
しかしその呪符は、石の代わりを果たすものではなく、先天的な能力を補助する呪符であった。
「拓海様、あなたーー」
美桜が口を開いた。
「ああ」
「俺は先天的な能力を持ってる。呪符が無い限り、発動できんがな」
「…ふっ」
ゆあのが少しだけ笑った。鼻で笑うような、だが少し悲しいようなそんな笑みだった。
もうゆあのと拓海の力が釣り合うことはないだろう。
「あなたは何故、そんな力を欲しがるのですか?」
問いかけるゆあの。
「ただ、守りたいものを守れるようになりたい、それだけだ」
「その守りたいものの中に、わたくしも入れてはくれませんか?」
「無理だ」
「なんで?どうして?こんな女を守るくせに?私より価値の低いこんな女を守って?何がよろしいのか全く理解できないのですけれど」
拓海はハァ、とため息をつき、ゆあのにくるりと背を向けて美氷を抱きかかえた。
「お前は、分かってない」
そう冷たく言い放った後、拓海は雪下総本家の離れの方に足を進めた。
そして一瞬止まり、
「美桜」
「はっ、はい」
「お前も来い。美氷も一人くらい血縁者が居た方が落ち着くだろ」
「…ええ!」
泣き笑いみたいな表情で美桜は美氷を愛おしそうに見つめた。
さすが姉妹、と思って当たり前のような風景だった。
(だけどな…)
いくら美氷が強くても、記憶はないだろう。
そこら辺が、難しい。
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。⑩〜氷の花〜
十話到達⭐︎いやっふー!(まったくいやっふーな展開じゃ無いけど)
「だ…れ?」
美氷が発した始めの声は、拓海にも受け入れ難かった。
「誰、って、美氷、あなた、し、失礼よ」
美桜も受け入れないようにしている。
冗談だと思った。思いたかった。
しかし、やはり美氷は忘れていたのだ。
「なぁ…美氷…」
生きているだけ、良かったのかもしれない。
だが、いきなり忘れられてもーー
術一つで忘れられたのがすこし哀しかったのかもしれない。自分は、術一つで忘れられるような存在だったのか?
いやいやいや、考えすぎだろと首を横に振っていたら美桜に背中をビンタされた。
「粥よ」
「ありがとう、ございます…」
すっ、と美氷は頭を下げた。
なんとなく、兎糸の従順な娘の様な振る舞いだ。
昔の美桜は、前の美氷に似ていたな、と思った。
もしかしたら、拓海の初恋相手は美氷だったのかもしれない。
“雪下家の次期当主”という名の暗闇に、淡い光を灯してくれた相手は。
その暗闇を青空に変えてくれたのは美氷だったのでは無いだろうか。
(俺は、守りたいものを守れたのか?)
その答えはわからない。
きっとそれは自分にしかわからないのだろう。
だが、拓海は美氷、という人間自体が好きだ。
君が好きだ。
拓海は見た。
氷のように周りからの光を閉ざしていたが、春の光に照らされて少しずつ溶けていく美氷。
氷、とまでは行かないが、周りの大人や人間が信じられなかった拓海。
「美氷」
拓海は美氷にも、隣の美桜にも聞こえない様な声で言った。
「いつかまた、縁を結んでやるから」
縁結び屋 氷の縁結び娘は初恋に出会う。〜11空はただ青〜
氷の人形。
その言葉は今の美氷にぴったりの言葉だった。
美桜が粥を持ってくればにこりと笑って礼をして。拓海が声をかければ笑うだけで。
ーー美氷は。
きっと、孤児院に入るまでもにこにこ笑っていたのだろう。いや、そうでもないと生きていけなかったのだろう。
(…守れなくて、すまん)
後悔した。あのゆあのが何をやらかすかなんて分からないのに、美氷を実質1人で来させるだなんて。
「どうしたのですか?」
美桜が心配そうに拓海の顔をのぞく。
「…いや、何でもない。爺たちが来ないなら何かやってきそうだなと思っただけだ」
必死で言い訳した。
「そうですわね。…正直、私の親も何をしてくるか分かりませんもの」
“私の親”と言う単語だけがとても尖っているように思えた。
拓海の親の記憶は…あまり無い。
父親より石との相性が良かったので、爺や婆に強制的に引き取られた。
ーー「拓海っ!」
泣きくずれる母親。
ーー「やめろ!」
自分と相性の合う少ない石を駆使する父親。
ーー「来るな!邪魔だ!お前らがしっかり石と相性がよかったらこんな事にはなっているわけないのだぞ!そうだ、お前らのせいだ!」
一人、戸惑う拓海。だが、親から引き離されるということが、ようやく分かった。
ーー幼い自分は、何もできない。
拓海は色々考えた結果、その結論に行きついた。
ただ、親に手を振る。
さようなら。
親は次第に小さくなった。が、泣き声は小さくなどならず、逆に大きくなっていった。
(俺の親は、優しかったんだな)
美桜と美氷の、打算と欲にまみれた親を見ていると、必死に自分を守ろうとしてくれたあの親は、きっと拓海を愛してくれていたのだろう。
あの二人は、どこにいるだろうか。
あの二人はまだ、拓海のことを覚えていてくれているだろうか。
「…拓海様のご両親はどのような方でしたの?」
美桜がいきなり言うので、記憶を全て見抜かれたかとでも思ったが、多分違う。
「…優しい、人達だった。最後まで、俺を守ってくれた」
拓海は言った。美桜は優しい顔だった。
「あらまあ、こんな所で何を駄弁っているの?」
そこにはゆあのがいた。