綺麗な表現を求めた短編集。サクッと読めるといいな。
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目次
ちいさなねずみ
ハルは毎日を家の中で過ごしていた。あまり騒がず、一人で過ごしていた。仕方ないと思っていたが、家に一人でいても、どこか遠いところに家があるようだった。
本を読んでいても、アニメを見ていても、すぐに見るのをやめてしまった。いつの間にかすることと言えば、ベッドの中で眠ることだけになっていた。
両親が帰ってきたとき、ハルはやさしく揺すられて起きる。起きたときは頭が痛み、のどがひどくかわいていた。
ぼんやりとした心地が抜けないまま、夕食を食べ、それとなく身体を洗い、部屋で眠る。ハルはほんとうにいつか、自分が言われたようになってしまわないかと、肺が押しつぶされそうだった。
その日、ハルはベッドの中で、夜の声に見つからないように、音を殺して泣いていた。それでも嗚咽は静かにしゃくり上げ、息を殺そうとしても吸う音が大きくなり、ハルはたいへんな思いをした。
毛布のかたまりを作って、ハルは泣いていた。
「ねえ」ふと、布団の中で、父親でも母親でもない、やさしい声がした。声といっしょに、ハルの手に、ふと柔らかくて小さなものが当たる。
ハルは驚いて声をあげそうになったが、声はしーと歯の隙間から息を零す。その息が、ハルの肌にそっと触れた。
ハルが目をこらすと、闇の中にぱっと灯りが灯った。白いねずみが、ランタンを持っていたのだ。
「こんばんは、ぼくはレー。きみは?」
レーと名乗ったねずみに、ハルは自分の名前を言う。
「うんうん、ハルか。ハルって呼んでもいいかな」
おとぎ話のような友達に、ハルは返事を遅らせる。一秒、二秒、三秒……。数を忘れるほどに経っても、レーは何も言わずに待っていた。ハルはこくりと頷く。
「ありがとう、それじゃあハル。突然だけど、きみをいいところに連れて行こう」レーはそう言うと、腰に手を当て、えっへんと胸を張る。
どうやって、とハルがとまどい気味に聞くと、レーはランタンを持って、にっこりと笑う。細めた目がハムスターににている。
「かんたんさ。このランタンにはね、魔法がかかってる。これを使えば、ちょっとした冒険に出られるよ。もちろん、気に入らなければすぐに帰ってこれる」
どうだい、とレーはハルに尋ねる。それを聞いて、ハルはまたしも、ふしぎな気持ちになる。
けれど、その言葉に、ハルはしばらく考えて、ふしぎな気持ちのまま頷いた。レーの顔はぱあっと華やかになり、持っていたランタンをかざす。
「うん、それじゃあさっそく行こっか!」
その光が揺れると、どこからか、鈴の音がきれいに響いた。
チリンチリン。
その音と同時に、ハルの体はベッドから穴に飲み込まれ、落ち始めた。暗闇をすり抜け、ところどころが光っている穴の中を落ち続ける。泣いていたときの何倍の声を張り上げて、叫ぶハル。
「だいじょうぶ! ぼくに任せて!」
ハルを落ち着かせるように声をかけると、レーはくるりと空中で回る。そうしてハルの肩を小さな手でつかむと、そこからハンググライダーが現れた。
現れた取っ手はふしぎとハルの手によくなじみ、握ったとたん、その動かし方もなんとなくわかった。
見上げると、それは帆は真っ白だった。代わりにレーの姿が消えている。レーがこのグライダーになったんだ、とハルはすぐにわかった。
「見て、いい景色!」
上から降ってきたレーの言葉に、ハルは地上を見下ろす。
とてもおおきな桜の樹が、空を突き抜けるほどおおきな樹が、立っていた。
桜の樹は、ふわふわとした色の花をつけながら、空へ川へ、土へ。花びらを落としていた。淡い色の花びらが、やわらかく飛んでいく。まるで手紙を届けているかのようだった。
「どこに届くんだろうね」
レーの言葉に、ハルは考え事をする。
虫かもしれない。とハルは思った。花びらを食べる虫に手紙を書いて、相手に届けているのかもしれない。もしかしたら、ラブレターになるのかも。
「じゃあ、見に行ってみよう」レーはそう返事をして、幹へ近づいていく。
どうやって、と尋ねると、レーは「すぐに分かるよ」とくすくす笑った。
ふたりは、桜の幹に近づいていく。すると、座れそうなくらいおおきな枝があちこちに現れた。そこには自分たちと同じくらいの背丈のアゲハチョウが、目を瞑って休んでいた。羽はベッドをおおえそうなくらい、おおきかった。ハルは驚きながら、慎重に枝へ足をおろした。レーは元のねずみのすがたに戻って、ハルの肩の上に乗った。
「こんにちは」レーがアゲハチョウに声をかけると、ゆっくりと背伸びをして、アゲハチョウは二人の方に振り向く。ハルは声が出なかったが、ぺこりと頭を下げた。
アゲハチョウの羽が、ゆったりと開いたり閉じたりをくりかえしている。
「ん? ああ、坊主か。こんにちは」
「チョウチョさん、桜がきれいですね」
「そうだな。ここらで休んでたら、よーく見えるぜ」
「桜って、花びらがすぐに散っちゃいますけど。何かに使ってるんですか?」ふしぎに思っていたことをレーが聞くと、「おうともさ」とアゲハチョウは答える。根本をつかみ、つーっと触って、先の方まで指が滑ると、触角がぴんと跳ねた。
「ラブレター、ってやつさ。オスがメスに贈る、ピンクと白の春のあらし、ってな。ただ——」アゲハチョウじまんの触角が、しゅんと垂れ下がる。
「俺様の場合、相手に直接送ったってびりびりに引き裂かれちまうから、適当に飛ばしてるワケよ」
はっはっは、とアゲハチョウは軽快に笑う。
「ま、適当に飛ばしたって、空っぽさ。じゃなけりゃ、今頃ここはメスのハーレムになって俺様は……って、こんな話、子供の前でするモンじゃねえか」
アゲハチョウはにんまり笑った顔を崩して、二人に向かってひらひらと手を振る。
「てなことで、待ちぼうけだし、そろそろ俺様は帰らせてもらうぜ。じゃあな、坊主ども」
「はい、気を付けて帰ってくださいね」
「おう、気をつけろよ」
アゲハチョウは、しゃべるだけしゃべって、どこかへ飛んで行ってしまう。ハルは、レーが小さな前足を振るのをまねすることが精一杯だった。
「ハルの言う通りだったね!」レーがいたずらっ子のように笑って、レーの肩から飛び出した。そうしてくるりと身体を回すと、今度は飛行機になった。
「さあ、乗って!」
その姿を見て、ハルは息が詰まってしまった。次に行こう、とさそうレーの言葉に、ハルは少しつかれきっていた。
「そっか、ちょっとつかれちゃったか。じゃあ、一回、きみの家にもどろうか」
ハルがうなずくと、レーは飛行機の姿を止めて、チリンチリン、と鈴を鳴らす。ふたりはもう一度、穴に落ちていく。落ちて、落ちて、落ちて。
ぽふりふんわりと、ベッドの上へ、戻ってきた。
たしかにそこはハルの部屋で、ハルは慣れたように布団の中にもぐりこんだ。
「今日はこのまま、休んでる?」
レーのやさしい言葉に、ハルはなんだかちくちくしたものを飲み込んだ気分になった。
どうしたらいいか分からないまま、それでもハルはなにか言葉を探した。
「だいじょうぶ、焦らなくていいよ」
レーの声に、ハルはかっと全身が熱くなる。
だいじょうぶじゃない。
レーがどんな顔をしているのか、見られなかった。
からっぽだから、と。ハルはこぼす。
その瞬間、のどの奥がどうしても熱くなって、息がうまく吸えずに、吐けずに、たまり始めた。
何もしていないのに、何もされていないのに、ふくらんでいく自分の気持ちが、いやになる。それでもどこにも行ってくれず、気持ちがハルのからだに、嫌な痛みをあたえていく。
ハルの耳から、おおきな声が響いた。皿が割れるときよりも、黒板を引っかくよりも耳障りな音がわんわん響いた。それでも、耳のいいはずのレーはいやな顔一つせず、ハルの体をよじ登っていく。小さくてまるい体は、ハルの頭へたどり着いた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」レーの声が聞こえるが、ハルの声は止まなかった。うずくまった胸の中で、ひゅうひゅうと幽霊のような音が鳴る。
だいじょうぶと言われても、なにがだいじょうぶなのか、とんと見当もつかなかった。
「きみは空っぽなんかじゃないよ」
レーの小さな手が、ハルの頭をやさしくなでていく。ハルは涙がとまらなかった。
ハルの頭に体を横たわらせて、レーはそっと抱きしめる。レーの体温は伝わらなかったが、ふわふわとした毛の感触が、かわりに伝わる。
「これはないしょなんだけど」
声がほんの少しやんだところで、レーは指を口の前に立てて、ひみつを零した。
「今まで旅をしてきたところは、きみの心の中なんだ」
レーの明かしたひみつに、ハルは目を見開く。
「見たことないところで、びっくりしたよね。でも、これはきみが体験してきたことだったり、気持ちだったり、こんなところがあればいいな。って、そういう心の世界なんだ。――きみの心の中は、今だって、こんなにたくさんのことがあるんだよ」同時に、やっぱりと気が付いた。
「外の世界につながると、ここの景色はいっぱい、いっぱい。いろんなものが増える。ゲームでも、物語でも、きれいな景色とか、おいしいものも。いいにおいのものも、ふわふわのものも。たくさんたくさん、集めてほしいんだ。傷つくものがあるかもしれない。いやなものが増えたなって思っても、それは疲れて、きらきらしたものが隠れてるからさ。そうなったら、つらくなったら休んでもいい。難しいものがあったら、もう少しおとなになって読めばいいんだよ」
ゲームでも、と、ハルは途切れ途切れにたずねる。
「そうさ」レーはハルの手の上で、にっこり笑う。
なんでも、素敵なものはぜんぶ、ここにためていけばいい。
「でも、ごはんを食べないと、動けなくなるよね。けがをしてたら、痛くてうごけないよね。だから」
たくさん泣いて、やすんで。元気が出たら、いっしょに——。
レーの声がかすれると同時に、ハルの目が開いた。
目が覚めると、レーは姿を消していた。おそらく、レーは……夢の世界に住んでいるからだ。夢の世界だったから、レーはしゃべることができたのだろう。
夢の世界のねずみ。そう考えて、ハルはくすっと笑う。
それから。ハルはたくさん泣いた。レーの言う通り、たくさん泣いた。
枕をぬらして、髪をぬらして、パジャマをぬらして、ハルは泣いた。いつの間にか、声を出して泣いていた。鼻水まで出てしまうくらい、泣いた。
たくさんたくさん泣いたあと、ハルは袖で涙をごしごし拭った。何本か、長い目のひげが抜けた。ティッシュで涙をごしごし拭くと、水が恋しくなって、ゆっくりと扉を開いた。
オレンジの日差しが窓から入っているのが見えた。窓を少し開けると、冷たい風といっしょに、明るくなった街が見える。ハルの髪がそよそよと揺れて、パジャマのボタンといっしょにきらめいて。
その冷たい風の中に、真っ白な飛行機が飛んでいた。
窓を閉めると、ハルはいそいでリビングに向かった。驚いているのもおかまいなしに、手を引いて、歩いて行く。
いそいで、いそいで。カラメル色の日が沈まないうちに。
影とぼくが重なる日
熱が出そうなほどひどいにおいがしたことを、よく覚えている。うなされるみたいなもののにおい。明度をよく下げたようなキツさを持っているぼくは、そう間もなく、筆で塗られたみたいに、底抜けに明るく、うるさく重なる。
あの時よく食べていた、唐揚げの味を覚えている。母さんが詰めてくれたものだ。醤油の効いたやわらかいそれが非常に美味だ。ぼくはタイルのひんやりした冷房室の中で、それを食べる。白い陶器の椅子もやはりひんやりしていて、ぼくがいかにいかほどのものだったのかを、よく表している。
そこが全てではない、だとか。閉じ込められていることが、当たり前だと言う。それが馬鹿らしいと思いながらも、小心者の証明者であるから、こんなところで昼餉をつつくのだ。
けれど、見つからないようにしていたというのに、普段は誰もぼくを見つけないというのに。勢力の散らばった火の粉は、いつしかぼくが、こんなところで昼餉を済ませているのを見つけたらしい。
善意からかもしれないが、ぼくを見つけてくれた人たちは、虫がついているだとか、声の調子だとか。なんと親切なことに、ぼくの気づかないところばかりを指摘してくれた。そういう彼らのことを何と表わすのかを、ぼくは知らない。
ただ、なぜだろう。いつしかぼくは、あの醤油の味付けが分からなくなってしまった。
そういう毎日をくらしていると。今日にまで、ついに今日にまで、さかのぼったことが戻ってくる。
熱が出そうなほどひどいにおいがしたことを、よく覚えている。うなされるみたいなもののにおい。暗いと言う割にはキツいという矛盾した定評が、ぼくにはついている。悪夢じみた耳鳴りを振り払いたくて、ぼくは走っていた。
善意なんかは分からないけど、あまりにも素晴らしい言葉を言われて、高いところへ行きたくなって、吸い込まれたみたいに走っていった。
三階の空き教室までたどり着く。窓のサッシが熱くて、それでも手を引っ込めなかったのを覚えている。
ぼくはそのまま、走り方がずっとおかしかったことを頭にめぐらせながら、ほかにも直すべきところばかりだったことが頭をよぎりながら、ぼくという存在のにくにくしさが露呈されるのを待っていた。
風と光の中がさわやかで、骨ごとすっぱ抜かれそうな気分だ。
影とぼくはそう間もなく、筆で塗られたみたいに、底抜けに明るく、うるさく重なる。
わかりづらい描写になったかなーと思ったので、解説できるところだけ解説します。
まあ、そうですね。簡単に言うと、「学校で便所飯してた『ぼく』がクラスメイトに目をつけられ、精神的に追い詰められた後、飛び降りる」話です。おそらくここまではわかったかと思いますが……。
さて、追い詰められたという割には、「なんと親切なことに、ぼくの気づかないところばかりを指摘してくれた」だとか「あまりにも素晴らしい言葉を言われて」なんて書いてあります。
習作のつもりで書いたので、用法が間違っているかもしれませんが、信頼できない語り手、というやつです。思い込んでいるのか、はたまた言葉では「親切心から指摘してくれた」なんて言いながらも、本当は悪意に気が付いていたのか。それとも、皮肉だったのか。
また、「影とぼくは~うるさく重なる」というのが冒頭と最後にあるのは、もう主人公は飛び降りていて、中間部分が回想だったからです。
最後に飛び降りた先、死がきちんと彼を解体したのか、それとも生きているのか。どちらとも言えない気持ち悪さがありますが、どちらに転んでも苦しい結果になることには変わらないと思います。
異端邪説
異端邪説(いたんじゃせつ):正しくない教えや意見、主張。 正統から外れた邪な説。
シャスティル:魔法生物(マスコット的な)。たれ耳の魔法生物。
エミ:21歳、魔法少女。箒に乗る。
二十一というのは、長く持った方だと思う。
「エミ、あのね」一字一句そうだったのに、お願いごとをする時の声ではなかった。
私の相棒は、その日。迷いと憂いを隠すことなく伝えてきた。彼とは九年間も相棒だったのだ、仕方ない。それも、私が初めて持つパートナーだったから。
「ぼくたち、お別れ、しなきゃいけないんだ」
薄々、気が付いていた。少女なんて歳じゃなくなっていたし、私の中に眠っている戦う力もだんだんと劣ってきたのだ。オンラインゲームみたいなあの格好もきつくなってきた頃だ。むしろ、穏やかな生活に戻れることは。怖い目にあうことがなくなるのは、私にとってなにかと都合が良かった。
そっかとだけ返事を返して、カフェオレを飲む。苦いものは苦手なので蜂蜜入りのものをだ。
「シャスティルが居なくなったら、もう変身できないってこと?」
魔法が使えなくなるのかと聞くのは止めた。依存しているのを、シャスティルは知っているから。
「その前にさ。思い出作りじゃないけど、やりたいことがあるの。いい?」
「うん、もちろん。エミが言うなら」
柔らかいシャスティルの頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細める。マスコットみたいな垂れた耳をもっと垂らして、撫でやすいようにしてくれるのだ。その純粋な目にはもう、罪悪感もなかった。
「それじゃあ」
ベッドから抜け出して、窓を指さして、笑う。
「今からお散歩しない?」
慌てふためくシャスティルをよそに、指先に黄色い光を灯して。空飛ぶ箒を創り出していく。
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「いっぺんさ、夜空を散歩してみたかったんだよねー」
箒に乗せて、シャスティルと一緒に空を飛ぶ。魔法少女の衣装は薄着だけれど、魔力のおかげで寒くはなかった。
きらきら、きらきら。上を見上げれば、珈琲とは違った黒の中に星が混じる。下を見下ろせば灰色の雲の隙間に街が見えて、星より疲れた光が満ちていた。
シャスティルにはきっと、これが綺麗に写っているのだろう。
それらしい会話もなく、空を飛ぶ。冷たい夜風が頬を乾かして、月が風の行方を照らしている。太陽の創り出した光を、鏡みたいに反射して。
「エミ」
「んー?」ふと、シャスティルが私に問いかけてきた。
あえてその顔を見ずに、呑気に答えた。
「……ごめん」
「ふーん」
数か月前に聞いた台詞を、また繰り返す。その重みに、悲しみがぶり返したのだろうなと思った。
「私はへーき。あの時、誰も死なせなかったし。むしろ英雄気分よ」
「エミ……」
シャスティルが、私の頭に強く抱き着いた。
子供みたいに純粋なシャスティルが、これから。ああいった目にあうかもしれないなんて。きっとトラウマものだろう。その傷が癒えてきたとしても、罪悪感はまだ、減らないのかもしれない。
「それにさ、シャスティル」だから私は、嘘をつくことにした。
「新卒になっても社畜になっても中年の上司になっても。ハゲてもババアになっても戦う魔法少女って、それこそ絵面がひどいでしょ」
「……なにそれ」
シャスティルが涙ぐんだまま笑う声が、聞こえる。
「魔法少女、ピュアリィババア。衣装のアップデートなし。普段は老害として煽り運転と蛇行運転を繰り返している」
元気なおばあさまもいるけれど、ここは性格を最悪に付け替えてやる。もちろんこれは、私の未来予想図にすぎないけれど。
「ほんと、なにそれ。ピュアリィって名前、ついてていいの?」
シャスティルの笑い声が、段々と大きくなってきたことに安心した。
「シャスティルが魔法少女の名前は変えれないって言ったじゃないのよ」
「じゃあ、ババアって部分はどうなの」
「たとえ話で分かりやすい通称をつけただけですー」
シャスティルの口が達者になってきたことに腹が立ったので、ぐるぐるぐるぐる、景色を引っ掻き回しながら、病院のベッドまで飛ばしてやった。スピード違反ときりもみ回転を食らいやがれ。
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深夜十二時、窓からベッドに戻る。
変身を解くと、なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。無理をしすぎたのかもしれない。
けれど、シャスティルが元居た場所に帰ってしまう前に、やることがある。
「おーい、シャスティル」
痛む脚に鞭を打ち、引き出しを指で開くと。その中に入れた封筒を、シャスティルに渡した。
中身は妖精の言葉じゃないけれど、頑張って日本語を覚えてくれたから。もしシャスティルの上司とかいう女神が読めなかったとしても、何と書いてあるのかわかってくれるだろう。
「これさ、女神様へのお礼の手紙。届けてくれない?」
「……いいけど」
シャスティルは渡した手紙を、不思議そうに見つめていた。その存在を知らないのは、当然と言えば当然だろう。シャスティルが寝ている間に書いたものだし。
邪悪に笑い出しそうになる口元をどうにか穏やかなものへと変えながら、ベッドによいせと身体を乗せる。
潤んだ双眸が、私に向けられている。
どうか、振り返らずに行ってほしい。背中を向けて寝た意味を、シャスティルは分かってくれたのだろう。気配が、窓辺まで動いたのが分かった。
「じゃ。お休み、シャスティル」
「……うん。ありがとう、エミ」
重い腕を持ち上げて、ひらひら手を振ると、窓の開く音がした。それから、あの小さな手で。丁寧に閉める音も。
——まるで空気が薄れていくみたいに、シャスティルが離れていくのが分かる。私の鼓動が、だんだん冷たくなっていくのが分かる。普段はあることに気が付かないみたいに、心の底から依存しきっていたのが、身体を通して伝わってくる。
魔力は身体の中に残っていても、シャスティルがいなければ、私は魔法を使えない。打ち消していた傷と呪いの痛みが、空気に睡眠剤が混じったみたいに、意識を遠のかせていく。
私に痛手を負わせた奴の名前なんて知らないが、あの仮面だけは覚えている。
その下に、忌々しいまでの怨恨が刻まれていることも。
魔法というのは、必ず術者の感情が籠っているものだ。ことに呪いは、その傾向が強く出る。シャスティルがそう言っていたけれど、術者の記憶が読めるなんて言っていなかったから、きっと例外的なことだったんだろう。もし伝えていれば混乱させていたかも。
呪いのせいになんてしない。けど、呪いのせいであいつがやっていることが、段々と見えてきたから。
女神とやらが、ただの気まぐれに、あの術者たちの生きる世界を滅ぼしているだとか。捕虜に仲間の生き血を飲ませているだとか。私たちが女神を疑わないのは、シャスティルたち精霊に、疑わないように加護を与えているからだとか。
それから、私が。私が魔法少女の解約を言い渡されたのは。呪いのせいで、「真実」に気が付いてしまったからだとか。
「英雄気分」。そう言って庇ったのは、女神にとって都合のいい、うら若き生物兵器たちだった。
なんだかおかしくなってきて、笑みが零れる。
——まあ、シャスティルのことだ。手紙なんて、どうせ渡さないだろうし、どころかその前に中身を読んで捨ててしまうかもしれない。
私がひねくれものだって、一番に知っているから。シャスティルはちゃんと、純粋なまま生きていける。
『地獄に落ちろ』
だからたぶん、私一人だけが、地獄に堕ちれる。
下着の中のうにょ
「ひぃっ……! あ、あんた、何考えてんの……っ!?」
べろっ、と股座を触手に舐られると、それだけで異物感とは違った感覚、官能的な感触が少女の体を駆け巡った。腰を引くものの、完全に下着まで入り込んだ触手から逃れられるはずもなく、強く群れの中へ引き込まれると、ねちねちと濃度の高い水音を立ててガーネットの秘部が快楽に浸され始める。
「変態! バカッ、バカーーーッ!! っん、あぁっ……ほん、と、……ぜ、ぜったい、おぼえときなさいっ……~っ!♡」
形をなぞるようなやさしい愛撫を施される度、太腿が震える。
饒舌なガーネットを黙らせるように、言葉を奪うように陰核の周囲をぐりぐりと押しつぶされると、その緩い刺激だけでも羞恥が煽られる。
脚を閉じスカートを押さえてベッドの上で悶え狂うも、お構いなしに愛撫は続く。
「ぅ、あ……はーっ……はーっ……♡」
にち、にゅち、ぬ゛るるるっ……♡
魔の手は陰核へと狙いを定めたようだ。
緩慢な動きで、周囲から静かに舐め上げていく。声を抑えることで意識がいっぱいいっぱいであるガーネットは、鋭くもか弱い態度を崩してしまう。
だが、焦れったさすら感じる愛撫に眉を潜めながらも、ガーネットは決して快楽を乞うような真似はしなかった。」
「ぁ、あ……あっ……。ん、はあ……っ♡ あ゛♡」
すりすり、しこしこ……♡
硬度を持った陰核に狙いを絞って、甘く強弱をつけた快感を触手は与え続ける。
弱めて、意識の緩んだところに付け入るように強めて。時折キスすらも贈って、恋人のように蕩けさせていく。
たまの自慰行為にしか知りえない少女と、快楽を引き出すことに長けた魔物。その優劣などとうに決まっているようなもので、極上の快楽に侵されたガーネットはじわじわと余裕を奪われていく。
「ん、あぁっ……♡」
ちうぅっ♡ と強くクリトリスが吸い付かれ、絶頂が一つ近付く。潜めていた眉を解いて快楽を味わう。
楽しんで、いる。
もう抵抗は諦めたのだろう、スカートを押さえていた手は枕をぎゅっと握りしめ、ガーネットは欲するように腰を揺らめかせている。
(あとすこし……あとすこし……♡)快楽に素直な心の声がぼんやりと浮かんだ瞬間——。
「え……」
触手の動きが、止まった。
ひくん、ひくん、と。行き場を失った疼きが切なく留まる。
「あ……あっ……や、やだ、やだやだっ、やめてっ、やめなさ、……やめてよ!!♡ ン゛ーーッ♡♡」
絶頂感が薄れた途端、愛撫が再開され始めた。
ぐちぐち、ぬ゛るっ、しこしこしこしこしこ♡
反抗する言葉を塞ぐように激しい凌辱が襲い掛かる。いやだいやだと首を振り、下着を剥ぎ取ろうとするものの、触手にかけられた呪いが許さない。
二度目の果てはいとも簡単に近づき、緊張を手放そうとするが——。
「あ、あっ……ま、た……も、イヤ……。ん゛っ、う゛うぅっ♡♡」ぴたり。触手の動きが止まった。
その思惑に、魂胆に、ガーネットは恐ろしい予感を引き当てる。
まともになりかけた、青ざめた思考を溶かすかのように、ほくそ笑む悪魔は、今一度姫君を踊りに誘った。誘う微笑とは裏腹に、繋がれた指を解く術など、どこにも。
——何度も、何度も何度も何度も。
執拗に、必要以上に、哀れなまでに。人の身体で施していれば違えてあふれ出て居たであろうエクスタシーは、完璧な、そして残虐な侵略と調教によって一度たりとも零れない。
快楽のリフレイン。絶頂の波のリフレイン。三度目も、四度目も、五度目も……もう十と七度目だっただろうか?
もはや分からない。もう何もわからない。一撫でだけで、たった一度のキスだけで、もう。予感の境目すらも分からない。
「ぐすっ……も、やめ……やめて……おねがいよ……」
短くなる絶頂の感覚、募る寸止めの回数。長引く休息という名のお預けの拷問。すっかり心を折られた少女は、魔物に、言葉すら介さない魔物に向かって額を擦り付け始めた。
「ぅあ、も、もう、……お願い、イ、イかせてっ……♡ イかせなさいよぉっ♡♡」
息も絶え絶えになったまま、涙を流しながら、少女は小さな声で懇願した。再び眉を固く結び、息を荒げながらめちゃくちゃに腰を振り立てていく。
これほど残虐な遊びにからかわれているというのに、屈服の言葉を吐いた途端、濡れそぼった子宮が収縮した。
その声を聞き届けたと、心得たと言わんばかりに、触手は、魔物は——。
「っあ♡ あ、あ゛♡ はあぁあっ♡」
トゲの残った言葉であったが、褒美と言わんばかりに愛撫が激しくなった。
薄っすらと瞳から光をぼやけさせながら、与えられる快楽に震える。それは今までとは、加減を伴う行為とはまったくもって違う、むしろ絶頂を強制する支配的な行為だった。
下着の中からくぐもって聞こえるねちっこく淫靡な水音にすら耳を傾け、ガーネットは確実に絶頂まで押し上げられる行為に溺れていく。ようやく訪れた解放の時に、少女は許された安堵と恍惚の表情を浮かべている。
「イく、イくイくイく……イ、っんーーーッ♡♡」
じっくりと快感を高められ、焦らされ、敏感となったクリトリスを。捕食され、クリトリスをちゅうっ♡ とやさしくついばまれ。皮の中にすら入り込んで舐られ、擦られ、たべられて。
ガーネットは、初めて他の存在から与えられる快楽に溺れた。
今まで積もりに積もっていた熱を一気に解き放ち、あまりに長く濃密なエクスタシーを迎える。ひくん、ひくん……と、陰唇ごと性器が蠢く。
その合間も絶頂が長く続くように、されど苦しくないように触手は陰核を愛撫する。恋人を導くような手引きに身を委ね、ガーネットの腰は無意識下に揺らめいていた。
(なに、これ……すっごくきもちいい……♡)
ぼんやりと浮かんだ思考を否定する理性もなくすほどに。