惚れっぽい男女の美形双子十四歳と、その兄平均的十六歳苦労人。
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目次
プロローグ 惚れっぽい双子
この街には、有名な双子がいた。
リュウトは、艶やかな黒髪を短く切った美形男子。
双子の妹のサラは、黒髪を長く伸ばして垂らしている美形女子。
十四歳の二人は、そっくりな顔をしていて瓜二つの美形、男女の双子である。
この双子であるが⋯⋯実に惚れっぽい。
好きになったら性別も年齢も関係ないというおまけ付き。
双子の二歳年上、十六歳の長男である歩夢は、いつも惚れっぽい双子に手を焼いている。
その一幕を見てみよう。
---
「! っっっっっっっっっ、美! 美! 顔もだけど心がぁぁぁぁぁぁあああああ! い、ま! 僕は惚れた! 佐藤さんに胸をズキューンってされた。佐藤さん、佐藤さんはなんて優しいんだ! 誰かが出しっぱなしにして忘れていた水道を止めてあげるなんて! 間違いない。佐藤さんは天がこの地に遣わしたまごうことなき大天使!」
リュウトが佐藤さんの前で頬を染めてうっとりしている。
本来、こんな美形に見つめられたら、照れたって良さそうなものだが。
佐藤さんは遠い目をした。この双子が惚れっぽいことは、みんなが知っている。
うっかり付き合えば、翌日には別の人に惚れた双子に振られる結果となる。
「⋯⋯ごめんなさい」
佐藤さんは断った。するとリュウトは目を見開き、悲しそうに唇を振るわせると、その後泣きながら走り去った。
---
一方、その頃。
サラが両手を合わせて唇に指を添えていた。
「鈴木くんって本当に素敵。サラ、気づいてなかったぁ。鉛筆を落としたサラに、拾ってくれるなんて神すぎる! サラもう、胸が苦しいっ。鈴木くんみたいな身も心も男前に拾われちゃった鉛筆⋯⋯一生の宝物にしなきゃ。ね、え? サラの彼氏になって?」
「無理です、すみません」
男鈴木の決断は早かった。一日でも双子と付き合うと老若男女に嫉妬されるのは常識である。
「うっ⋯⋯」
麗しい顔に、ポロリと一筋の涙をこぼしてから、それを手の甲で拭い、サラは走り去った。
胸は痛んでも、これは仕方のないことだというのが、鈴木も周囲も共通の認識だ。
---
「「うわぁぁぁぁああああああんんんんん」」
高校から早く帰宅していた歩夢は、泣きながら帰ってきた双子の弟妹達を見て、困ったように笑う。
「ほら、二人とも。今日のおやつは、ガトーショコラを用意したから」
料理上手の兄歩夢の言葉に、二人は少し気を取り直した顔をする。
これは、比較的良くある加納家の日常だ。たまに泣きすぎて帰ってこない双子のどちらかを、歩夢は探しにも行ったりする。
歩夢の苦労は尽きない。なお双子は美形だが、歩夢は極々平均的な男子である。
---
果たして双子は、明日は誰に惚れるのだろうか?
1 恋野嵐氏とサラの場合
本日は、曇りだ。サラは鞄を揺らしながら、帰路についている。
何事も無い場合、いつもはリュウトと帰宅しているけれど、今日は何事もあった。リュウトは派手に振られて走り去っていった。追いかける優しさは、サラにはない。
「あら?」
帰宅すると、エントランスに見慣れないスニーカーがあった。
不思議に思ってリビングへと入ると、そこには見たことのない人物が座っていた。
振り返った相手は、赤系の黒髪ウルフカットをしていた。切長の黒い目が、サラを捉える。学ラン姿であるから、兄と同じ高校の人――即ち友達だろう。
「ああ、おかえりサラ。こちらは、恋野。恋野、僕の妹のサラだよ」
歩夢がサラと恋野をそれぞれ紹介する。
「恋野嵐だ、宜しくな」
「宜しくお願いします」
サラは綺麗に笑ってそう言うと、恋野の隣に座った。そこへ歩夢がサイダーとマカロンを運んでくる。他に、ポテトチップスの袋がある。
「サラ、あけるね!」
サラはそう言ってポテトチップスの袋へと手を伸ばした。
しかし――全然あかない。
「っは」
すると笑った恋野が、「貸せ」といってポテトチップスの袋を手に取る。そして一瞬でそれを開封した。サラは目を瞠る。笑顔の恋野が無性に格好良く思えた。
「あ、あの、恋野さん!」
「ん?」
「私、恋野さんが好きになっちゃいました!」
「この一瞬の何処に惚れる要素があったんだよ? ゼロだろ」
「ポテトチップスの袋をあけてくれた!」
「……ほう」
恋野はそれから、目を据わらせた。口元にだけは笑みが浮かんでいる。
「悪いな。俺、好きな奴がいるんだ」
「必ず諦めさせます! 好きな人がいなかったら、付き合ってくれるでしょう?」
「――好きな人がいなかったとしても、お前を好きじゃねぇから」
ドきっぱりとお断りの言葉を放ってから、恋野は歩夢を見た。
「噂通りだな。本当、惚れっぽいんだったか?」
「……そうなんだよね」
歩夢が肩を落としたとき、どんどんサラの綺麗な目には涙が溜まっていった。
今にも走り出そうとした妹の制服を、ガシリと歩夢が掴む。
「ほら、マカロンを食べて気を落ち着けて」
「えーん……振られちゃったよぉぉ」
泣き始めたサラの頭を歩夢が撫でる。兄に慰められ、サラの気分は少し浮上した。
その後は、三人でゲームをした。
「じゃあな」
そして恋野が帰ってから、歩夢がサラの肩に触れた。
「僕はリュウトを探しに行ってくるよ。宿題しててね」
「はぁい」
頷いたサラは、この頃にはもう、先ほど散った恋のことは忘れていたのだった。
2 波風碧嬢とリュウトの場合
今日は、日曜日。
中学校はお休みだ。朝、身支度を調えてリュウトが階下に降りた時、インターフォンが音を響かせた。歩夢がモニターで外を確認している。
「リュウト、牛乳が届いたみたい。受け取ってくれる?」
「はーい」
素直に頷き、リュウトはエントランスへと向かった。
そしてドアを開けると、そこには白いキャスケットをかぶった、黒髪の少女が立っていた。少し巻いているように見えるツインテールをしていて、瞳の色は黄緑色だ。
「牛乳瓶回収に来ました〜!」
控えめながら柔らかな声音で、少女が牛乳瓶の入った箱を差し出す。するとその時、少女の手がリュウトの手に触れた。その瞬間、リュウトはドキリとした。ドクンドクンと動悸が始まる。間違いない、これは恋だ! そう思った時には、手は離れていた。
「あの」
うっとりとして、思わずリュウトは言う。
「名前、なんていうんだっけ?」
「え? ええと……私、波風碧と言います」
「碧か、最高に素敵な名前だね。瞳の色と相まって、まさに牛の暮らす牧場の緑、自然の息吹を感じさせられるような」
「? 何を言っているのかよく分かりません……」
「碧が素敵だってことだよ。どうして牛乳配達員をしているの?」
「実家の手伝いです」
「僕も近い将来、ご両親に挨拶に行かないと」
「どうしてですか?」
「『娘さんを僕に下さい!』ってやらなきゃ」
「……?」
困惑した様子の碧に対し、うっとりしたままの表情でリュウトが一人で盛り上がっている。それからリュウトは牛乳瓶の入った箱をそばの台に置くと、改めて碧を見た。リュウトは、本当に顔だけはいい。その顔に、真剣な色を浮かべる。
「その前に言うことがあった」
「な、なんですか?」
「碧。僕と付き合って下さい!」
「えっ」
碧は驚いた。今日も眩しいリュウトの声を理解すると、少しずつドキドキしてしまう。
「で、も、急に、そんな……」
「急じゃない。運命だ!」
「え、えっと……」
「付き合っている内に、きっと碧も僕を好きになる!」
どこからその自信が来るのかは不明だったが、碧は逡巡してから、小さく頷いた。
「いいですよ」
「!!」
「付き合っても……いいです」
「ありがとう碧!」
こうして、二人は付き合うことになったのである。リュウトは感極まって飛び跳ねた。
「碧。次はいつ会える?」
「中学校一緒だし……月曜日に、一緒にお弁当食べます?」
「そうだね。じゃあ中庭のベンチで待ってる」
うんうんとリュウトが頷いた。
一つの約束が、ここに生まれた。それからふと思いついて、碧が笑う。
「牛乳には疲労回復の効果があるんです。これ、あげます。サービス。」
その微笑は、リュウトから見ると神々しかった。
---
さて、その後碧は次の配達先へと向かった。
リュウトは午後、塾へと行った。
そして塾で、『リュウトくん、消しゴム落としたわよ』と言われて拾われた優しさに稲妻のような衝撃を受けた。
「僕……あなたのことが……」
「まぁ、見る目があるのね。私は三年の見上というの。遊び相手にしてあげてもいいわ。気が向いたら学校で、またね」
---
翌、月曜日。
お弁当を食べる約束をしていたので、碧は中庭へと向かった。
するとリュウトが来ていた。
「リュウトくん、これ」
碧は、個人的に購入して持ってきた牛乳を手にする。しかしリュウトは俯いたままだ。なにか深い悩みにぶつかり思いあぐねいているような顔だ。
「どうかしたの?」
優しげな碧の声に、リュウトは意を決したように顔を上げる。
その時だった。
「あら、リュウトくん」
「!! 見上先輩!」
「私と遊ぶ気になったかしら?」
「……っ、えっと」
「あら、カノジョさん? 私は別に浮気相手でも気にしないわ。じゃあね」
くすりと妖艶に笑って、見上先輩は立ち去った。リュウトは顔面蒼白だ。
碧は唖然とする。
「リュウトくん……」
「……はい」
「……どういうこと?」
「……その」
「……」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が横たわる。だが、すぐに意を決した様子でリュウトが言う。
「ごめんよ! 僕は君と運命の恋に堕ちたその日の夜に、別の最愛を見つけてしまったんだぁああああ!」
「つまり浮気したって事よね!?」
「待ってくれ、でも続きを聞いて欲し――」
声を上げたリュウトを、芯の強そうな瞳で碧が見る。
「あなたなんて……一生牛の乳でも吸ってなさいよっ!」
悲しさ、嫉妬。様々な感情がごちゃ混ぜになる。唇に力を込めて、碧はリュウトを睨めつける。しかし怒りよりも悲しみの色が本当に濃い。
バシャリと音がし、リュウトの顔に牛乳がかかる。これは、リュウトにあげようと思って、碧が家から自分で購入して持ってきた品だ。
「!」
顔に牛乳がかかったと理解した時、リュウトが唇を震わせた。
「違うんだ……僕は今まで思い直したことなんてなくて、新しい恋を見つけたらずっと前へと進んできたんだけど……でも……碧のことは本当に……」
「言い訳です?」
「っ、ああ、もう――うえぇえええええええんん、振られたあぁぁぁああああ!」
ベンチから立ち上がったリュウトが走り出した。
どんどんその姿は遠ざかっていき、まだ昼休みだが、校門から走り去った。
それを見送り、涙を拭った碧は、はぁっと息をつく。
「もうリュウトくんのことなんて、忘れよう。忘れたいのに……うううぅ……」
やけになった碧は、その後牛乳をがぶのみした。
---
走って帰ってきたリュウトが、リビングで体育座りをしていると、今日はテストのため早く帰宅した歩夢が首を傾げた。
「また振られたの?」
「……そうだけど、そうじゃないんだ」
「うん?」
「……いつもは振られても気にならないんだけど」
「うん」
「……やりなおしたい」
弟の口から飛び出した始めたの語彙に、歩夢は目を丸くした。
「そう。じゃあ、謝っておいで。誠実に、ね?」
「……」
「後悔、しないように。リュウトになら、きっとできるよ」
優しい兄に諭されて、リュウトは立ち上がった。
「うん。行ってくるよ。待ってろよぉぉぉぉ!」
こうしてリュウトは脱兎のごとし勢いで、家を飛び出した。
そんな月曜日もあった。これは、初めてリュウトが本当の恋をした日の記憶である。
3 御白敬人氏とサラの場合
今日は木曜日。
なにやら兄が走り去っていくのが窓から見えたが、いつものことなので、サラは気にしなかった。そうこうしている内に、昼休みは終わりを告げ、午後は総合学習の時間を使って、今度行われる校外学習の話し合いをすることに決まっていた。
自由な校風なので、行き先の決定から始まる。
だが、誰もしきらない。先生は不在だ。
サラは退屈に思いながら、窓の外を流れる雲を見ていた。
「静粛に!」
すると。
それまであわあわしていた学級委員長の隣に、一人の男子生徒が立った。
クラスメイトの御白敬人だ。
「これじゃあなにも決まらないじゃないか。委員長、あとはボクに任せて座っているといい」
「あ、ありがとう御白くん……!」
助かったというような顔をして、学級委員長は席に着いた。学級委員長は、このクラスではくじ引きで選ばれた。サラはこれまで絡みのなかった敬人をじっと見る。茶色い髪を七三に分けている。その髪質が艶があるからなのか、それとも顔立ちと雰囲気からなのか、とても華やいだ印象を与えるのが、敬人だった。
「まずは、行き先の決定。校外学習として――」
そこから手際よく敬人が仕切り、行き先・校外学習のテーマ・班などが決定していった。それまで退屈だった総合学習の時間だが、皆も楽しそうにやる気を出し、クラスの空気が一変した。こうして、放課後になるまでの間、話し合いは行われ、時間通りに、この日決めるべき事は全て決まって終了した。
その頃には、すっかりサラは敬人に惚れていた。
「ねぇ、敬人くん」
帰り際。
生徒玄関を出ようとした敬人に、サラは追いかけていき声をかけた。
「ん? なんだ?」
「私、敬人が好きになっちゃったの! 私と付き合って!」
「――ハッ、オマエも御白財閥の金目当てなのか?」
呆れたように、吐き捨てるように敬人が言う。するとサラが大きく首を振った。
「ううん。さっきの総合学習の時、凄かったなって思ったの。リーダーシップ、最高。あんなの敬人くんにしか出来ないもの。かっこよかったの!」
「っ、ボクは将来系列企業を束ねる御白財閥の当主になるんだ。だからこれくらいのことなど、お茶の子さいさいじゃないと」
ツンっとして、ぷいっと顔を背けた敬人であるが、褒められて嬉しくないわけではなかった。ただ、根が真面目な敬人としては、何故最初から皆が真面目にやらないのかという苛立ちがないわけでもなかった。
「そうなのね。一緒に帰ってくれる?」
「ボクには送迎の車があるし、運転手も待っている。それより、付き合うというのは本気なのか?」
「ええ、勿論!」
「……別に構わないぞ。ボクにはいけ好かない婚約者がいるんだけどな、彼女との将来は見えない。だから、お試しであれば、婚約者がいるのを前提にしてなら付き合ってもいい」
敬人の言葉に、パァァっとサラの顔が明るくなった。頬に朱を差している。
「これから宜しくお願いします!」
「それで、付き合うとは何をするんだ? ボクが考えていいのか? 一応サラくんの希望を聞こう」
「えっと……あ! お家デートがしたな。今日お兄ちゃんが早く帰ってるはずだから、おやつも用意して貰える日だし」
「ふん。いいだろう」
と、こうして二人は、加納家へと、敬人の家の車で向かった。
中へと入ると、ひょいと歩夢が顔を出した。
「いらっしゃい。ええと――……お友達? 彼氏?」
「敬人くんは、私の彼氏なのよ!」
「……彼氏よりの友達です」
敬人がボソっと言った。歩夢は敬人の言葉の方が正しいような気がしたが、妹の言葉を否定することもせず、リビングに二人を案内した。そしてシフォンケーキに生クリームを添えて、二人に差し出した。紅茶も淹れる。
「美味いな」
「でしょう? お兄ちゃん、本当に上手なの」
「ボクの許婚もこういうのが好きなんだ」
「ふぅん。作ってもらうの?」
「ボクも許婚も、パティシエが作って差し出してくれる立場の人間だ。ただ……ボクの許婚は自分でやるのも好きみたいだ。それを逆に使用人に振る舞ったり。彼女は優しすぎる。財閥のトップの妻としては相応しくない!」
語調を強めた敬人に対し、サラが首を傾げる。
「私は、誰かのことを思って作るって、凄いことだと思うわ。私は作れないけど。お兄ちゃんのお菓子も大好きだし」
「うーん。お菓子作りと紅茶は沼だからね。コアな趣味というか。許婚さんが好きなら、そこまで束縛しなくてもいいんじゃないかな?」
歩夢が苦笑している。
しかし敬人は不服そうだ。
「どうせ俺には理解不能なんだ。歳を取ると分かるのか?」
その時ドアの開く音が響き、リュウトが帰ってきた。
「え? 許婚がいて年上なの? お姉さん? 可愛い?」
「う、うるさい。か、かわ……えっと……」
敬人が口ごもる。照れているようだ。
「ちょっとぉ、サラの彼氏なの!」
「え? サラに彼氏? 見る目ないね!」
頬を膨らませたサラと目を丸くしているリュウト。そこからは、四人での会話となった。主に敬人の許婚の話をしていた。
「ボクと彼女は、家同士が許婚という関係を決めたんだ。ボクが五歳で、彼女は少し年上で、ピアノの発表会が一緒で、そこで初めて会ったんだ。でも、五歳の頃の一歳差って、大きいだろう? ボクは……なんというか……人に後れを取るわけにはいかないのに、気圧されたんだ。ただ話してみたら優しかったんだ。ボクはそういうところが……っ、いいや、気のせいだな」
つらつらと敬人が語る。
「ただ、彼女の父親も政略結婚と思っているようだ。これは彼女が少しかわいそうに……いや! ボクは何も言ってないぞ! 別に彼女が家のための駒にされているだなんて言っていない!」
敬人は以外と思ったことが口から出ていくタイプのようだ。あまり興味の無い様子でリュウトはシフォンケーキを食べ、歩夢はみんなに紅茶のおかわりを淹れる。サラだけが、うんうんと耳を傾けている。
「昨日、ボクは早退しただろう? あれは、御白財閥の後継者として、グループの重鎮達に挨拶をするためだったんだ。その直前、昼食は許婚と食べることになっていた。彼女の父にもボクは挨拶をする予定だったから、彼女もついてきていたんだ」
ティーカップを置き、敬人が長い指を組む。
それを額に当てた。
「そうしたら彼女は……昨日ボクに、無理しないでって言ってくれたんだ。こんなことは初めてだよ……い、いや、惚れたとか断じてそういうわけではない! で、でも……あんな……あんな風にボクを慮ってくれて……優しくて……大人で。ボクよりも大人で。結局ピアノの発表会で会った時から、ボクは彼女より子供のままなんだ。でも、それを認めるのは、ボクのプライドが許さない」
敬人の切実な声に、サラが立ち上がる。そして敬人の隣に立つと、バシンっと肩を叩いた。
「『好きだ』の一言でいいわ」
「なに?」
「『好き』ってきちんと、許婚さんに言えばいいの。他のことは、別に今言わなくてもいいの。でも、ちゃんと『好き』だけは、言ってあげて。声でも、文字でも、なんでもいいから。じゃないと、子供のまんまだよ!」
「っ」
「――サラ、サラは……自分から誰かを振ったことがないけど。けど! 今、振ります! さようなら、敬人くん!!」
サラの言葉に、敬人は目を丸くした。それから、自信ありげな表情を取り戻し、芯の強そうな瞳をサラへと向ける。
「そうだな。サラくんと付き合うのは、やっぱり無理だ! 無理無理、やっぱりボクは彼女のことが好きなんだって気づいた! ありがとう、サラくん! これからも良き友人としてよろしく頼む。円満に、別れよう」
明るい声で敬人が言った。
「ええ。これからも友達で――うう……うわぁぁぁああああん。振ったけど失恋が辛あぁぁぁあああい!」
サラがそのままリビングを飛び出した。
エントランスのドアが、続いてバタンと閉まる音がした。
「彼女にもいずれ、長続きする素晴らしい彼氏が見つかると良いな」
敬人のその声は、とても温かく響いた。
そんな木曜日もあった。
なおこれは、リュウトが牛乳をかけられる、前の週である。
迎えの車で、敬人は帰っていったのだった。
エピローグ ☓☓☓
このようにして。
今日も双子は忙しなく、兄は手を焼いているが……二人とも以前までとはひと味違う。
それぞれ、素敵な出会いをして、成長した。
それが嬉しくて、兄は古風な日記に双子の弟妹達のことを綴る。今日は、……☓☓☓。
その後も加納家の物語は続いていった。
…… 終 ……
ご覧下さりありがとうございました!!
またご参加感謝です。本当にありがとうございました。•*¨*•.¸¸☆