夜猫喫茶店という不思議な喫茶店が舞台の小説です。
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目次
夜猫喫茶店
《夜は、好きですか?》
私の目の前にふらっと現れた女性は、そう言う。
「え、まぁ。」
私は戸惑いながらも返事をした。
「そうですか。私、あちらで店を営んでいるのですが。よければいらっしゃいませんか?」
穏やかな声で、私に語りかけてくる。
ちょうど仕事終わりで疲れているし、寄って行くことにした。
「あ…じゃあ、行きます。なんのお店なんですか?」
「喫茶店です、|夜猫喫茶店《よるねこきっさてん》と言います。」
女性の言った喫茶店の名前に、私は驚いた。
きっと、
きっと偶然だ。
夜猫喫茶店。
私が子供の頃に読んでいた小説に出てくる、架空の喫茶店。
その喫茶店に、ずっと憧れていた。
出てくるメニューはどれも魅力的で、ずっと行ってみたいと思っていた。
「お客さま?大丈夫ですか?」
ずっと黙っていた私をみて、女性はそう言った。
「あっ、すみません!少し、考えごとをしていたんです。」
私は咄嗟にそう言った。
「そうですか。よかったです。」
女性はこちらを見て笑う。
「あの、お名前をお伺いしても?」
「あぁ、申し遅れました。私はかぐやと申します。」
女性はかぐやというようだ。
「素敵な名前ですね。私は美月と言います。」
「美月さん、あなたも。素敵な名前ですね。」
かぐやさんは、そう言って笑った。
「夜風が冷たいですね。そろそろお店に入りましょうか。」
---
カランカラン_とドアベルの音が静かな喫茶店に鳴り響く。
「お好きな席にどうぞ。」
喫茶店の中はこぢんまりとしていて、とても居心地が良かった。
「こちら、メニューです。」
メニューには、【惑星のフルーツポンチ】、【夕焼けのオレンジジュース】など、わくわくするような名前がたくさん並んでいた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、じゃあ…淡雪パンケーキをお願いします。」
「私もそれ、好きです。美味しいですよ。では、少々お待ちください。」
「にしても、すごく綺麗なお店だな…」
壁には月の満ち欠けカレンダー、窓ガラスには星が描かれている。
あの本の内容ととても似ている。
「今日は星がよく見えますね。」
カウンターでパンケーキを焼いているかぐやさんが話しかけてくる。
「ええ。そうですね。すごく綺麗です。」
窓から見える空は、きらきらと輝いていた。
---
「お待たせしました。こちら淡雪パンケーキです。」
机にことんと置かれたパンケーキは、とてもふわふわで美味しそうだ。
「そちらのビンに入っている星屑のメープルをかけて頂いてくださいね。」
「いただきます」
星屑のメープルをパンケーキにかけると、きらきらと星が光り輝く。
パンケーキはナイフを少し押し付けた程度で切れてしまうほど、繊細で柔らかかった。
ひとかけら、口に運ぶ。
「…おいしいっ!」
パンケーキは口に入れた瞬間に溶けて無くなっていく。
しかし、口の中に鮮明に味が残る。
そして星屑のメープルは星の食感がとても良く、メープルが甘くて美味しい。
「すごい。こんなに美味しいパンケーキ初めて食べました!」
私が嬉々として言うと、
「それはよかったです。まるで満月みたいでしょう?」
と、かぐやさんは言う。
「はい。パンケーキなのに綺麗な白色でびっくりしましたが、すっごく美味しいです!」
「そんなに褒められると照れますね。あ、そうだ」
「?どうしたんですか?」
「明日も、来ますか?」
かぐやさんはそう聞いた。
「はい。もちろん。」
かぐやさんは嬉しそうな様子だった。
「明日は満月ですね。」
「そうですね。私、満月好きです。」
「実は、満月の日は、特別なメニューがあるんです。」
「そうなんですか?食べてみたいです。」
そんな会話を繰り広げているうちに、もう12時を時計の針が差した。
夜猫喫茶店2
静かな店内に、ドアベルの煌びやかな音色が響く。
「あら、こんばんは、美月さん」
かぐやは材料を混ぜていた手を止め、美月に笑いかけた。
「何を作っているんですか?」
と、美月は尋ねる。
「今夜の特別なメニューです、満月なので」
「昨日美月さんが楽しみそうにしていたので、もう準備しているんです」
かぐやは再び材料を混ぜ始めた。
「うれしいです!あれ、でも…」
「でも?」
かぐやが美月を見つめる。
「もし私が来れなかったらとか、考えなかったんですか?」
かぐやが少し考えた後、こう言った。
「いいえ、特に考えていませんでしたね。
美月さんなら、来てくれると信じていたんです。」
なんだか心が暖かくなった気がした。
かぐやさんは、私のことを信用してくれているんだな、と心の底から思った。
「なんだかあったかくて嬉しそうな顔してますね」
かぐやはにやりと笑った。
「えっ、そ、そんなことないです!」
社会人1年目、初めての照れ隠しかもしれない。
「あら、そうですか?立ち話が長くなってしまいましたね。お好きな席へどうぞ」
「あ、カウンター席座ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
美月は少し赤くなった頬を軽く叩いた。
「そういえば、満月の日限定のメニューってスイーツですか?それとも、メインディッシュ?」
「それは秘密ですよ、テーブルに運ばれてからのお楽しみです。」
カウンター越しに聞こえる調理音が眠気を誘う。
お湯を沸かす音、包丁がまな板と触れ合う音、そして外から聞こえるコオロギの奏でる音。
全てが心地よく感じて、だんだんと瞼が重くなる。
---
「美月さん、おきてください。出来上がりましたよ〜」
かぐやさんの優しい声が頭に響く。
「はっ!すみません、寝てました!」
ビクッと飛び起きる私を見てかぐやさんは笑った。
「相当お疲れだったみたいですね。」
かぐやさんは手に持っているトレーからパフェをゆっくりとおろし、机に置く。
「こちら、夜猫喫茶特製、満月パフェでございます。」
美月は目をキラキラと輝かせた。
煌びやかな星の装飾が施されたパフェグラスの中に、たっぷりのクリームやフルーツが詰まっている。
その上に乗ったアイスクリームは珍しい青色で、まるで夜空のようだ。
そして目を引くのが、アイスクリームの上に刺されているクッキー。
「きれいなクッキー、月みたい」
うっとりとして、つい口から言葉がこぼれた。
「アイスクリームやクッキーは、私の手作りなんです。他では味わえないんですよ」
「そうなんですか?すごいです!綺麗な丸型で、色も素敵な黄色…」
「アイスクリームに金箔が入ってて、星空みたいで綺麗ですね!」
「美月さんは、私の作ったものをすごくほめてくれますね」
かぐやさんは少し照れ笑いしながら、厨房からまた何かを持ってくる。
「そして、こちらがセットのレモンティーです。」
おしゃれなグラスに入った、月を溶かしたような黄色のレモンティー。
中に入っている輪切りレモンが、満月を思わせる。
「満月の夜にぴったりですね」
美月は窓から空を見上げたあと、机に置かれたパフェに目を移す。
「いただきます。」
スプーンでアイスクリームをすくい、口に運ぶ。
アイスクリームはとてもなめらかで、それでいてさっぱりしている。
気になっていた味は、ブルーベリーやラズベリーの甘酸っぱい味だった。
上に乗った大きなクッキーにアイスクリームをつけてかじる。
爽やかなベリーの風味が、クッキーを一段と美味しくしてくれる。
クッキーはそのまま食べても美味しくて、つい笑みが溢れる。
カウンターからのぞくかぐやさんの顔はとても嬉しそうにしていた。
喉が渇いてきたところで、レモンティーを飲む。
クッキーで乾いた喉が一気に潤う。
程よく甘く、酸味が良いアクセントになっている。
紅茶の香りもとても良い。
どんどん食べ進めていると、ふとドアベルが響いた。
「失礼、まだやっているかな?」
---
ドアの奥から現れたのは大人の男性ほどの大きな黒猫だった。
「え……猫!?」
思わず叫んだ。
「おや、可愛い人間のお嬢さんではないか。驚かせてしまったようで、申し訳ない。」
黒猫は深々とお辞儀をした。
「あっ、いえ、大丈夫です。」
美月はびっくりしながらも返事をした。
「猫田さん、こんばんは。」
猫田さんという人物?は猫でありながら二足歩行をしており、トレンチコートまで着ている。
「いつものをいただけるかな?」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
こなれた猫田さんの雰囲気は、どこか紳士的なものを感じさせる。
(「いつもの」ってことは、常連さん?
というか、そもそも何で大きな猫が二足歩行してしゃべってるの!?)
「あの、すみません……」
美月はおそるおそる手を挙げた。
「どうしたんですか?美月さん」
「えっと、その……猫田さんのこと、いろいろ疑問がありまして……」
店内が一瞬、静まり返る。
(あれ、もしかして聞いちゃいけないことだった?)
「あの……」
「「ですよね〜……」」
かぐやさんと猫田さんが揃って言った。
「えっ……?」
「猫田さんはうちの喫茶店の常連さんで、開店した日から来てくださっているんです」
かぐやさんが微笑みながら語り始める。
「猫の姿の理由は……?」
美月が思い切って聞いた。
「猫田さんは化け猫で、普段は人間の姿で暮らしているらしいんです。でも、満月の夜だけはどうしても変身が解けてしまうみたいで……」
「は、化け猫……?」
「満月の夜は、こうしてここで人目を避けさせてもらっているんだ」
猫田さんが静かに説明する。
美月はまだ混乱していたが、なんとか自分を納得させようとしていた。
「ちなみに、猫田さんが特別なわけじゃありません。日本には意外と化け猫が住んでいるんですよ」
「えっ!?」
「日本は妖怪大国だからね。今も化け猫っていうのはちゃんといるものなんだ」
「そ、そうなんですね……」
化け猫の存在や、猫田さんの擬態のことにはとても驚いた。
でもそれ以上に、胸の奥で別の思いが広がっていく。
(本当に、あの本にそっくりだ……)
昨日、初めてこの店に来たときからずっと感じていた。
夜猫喫茶店というお店と化け猫の存在。
「……夢みたいですね」
美月はつぶやいた。
「本当に」
かぐやさんが微笑む。
こんな日が、毎日続けばいいのに。