〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗
編集者:ABC探偵
世界はある企業の発展により技術的に大きく進歩し、人間が自らの身体を改造するサイバーヒューマンとそのままの人間として生きるオールドヒューマンに別れた。
主人公(通名:V)はある事情から追われる身になり、様々な人間が名を馳せる“セカンドニューヨーク”にて殺人や窃盗、あるいは正義を背負い無所属の傭兵として活躍していた。
そんな中、一つのオーダーを受けた先に世界が大きく発展した要因の企業(オリオン)の〖人格プログラム(クルーラー)〗を盗み出すことに成功したが、紆余曲折の結果、人格プログラムのチップコードを自分の脳内に入れることになる。
その途端、激しい激痛に襲われ目が覚めると自分のプログラムの中に10年前に単身爆破テロとしてレジェンドになった〖レイズ・シルバー〗がもう一人の自分として入っていた。
その現象の元となったクルーラーを取り出す為、余命5ヶ月の中、サイバーヒューマン組織〖アーデン〗と手を組むことになる。
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目次
〖伝説の孵化〗
prologue _V_
空を貫かんばかりにそびえ立つ〖オリオン〗の本社。
空もネオンの光も反射するガラス張りのタワーの前に険しい顔をした男性が二人で警備にあたっていた。
「...いつ見ても、凄いもんだな...圧巻の景色だよ、このビル...」
「ビルも良いが、このインプラントも凄いよな...確か、目からレーザーが出るとかそんなのもあったよな?」
「ああ、あった、あった。お前、何にしたんだよ?俺、あのレジェンドに憧れて手から火が出るインプラントを入れたんだ」
「良いじゃん!俺は...」
男性の一人が言葉を紡ごうとして口をつぐんだ。
もう一人が「どうした?」と聞いてその男性の視線の先を見る。
そして、瞳に映るのは黒髪に鋭い目つきをした黒い瞳の男性だった。
---
20xx年、アメリカ合衆国に本社を構えていた〖オリオン〗という世界的に有名な企業は、〖インプラント〗と名のつく人体の能力を大幅に向上させるほか、新たな能力を付与する人工パーツを開発した。
その後、それらは商品として世に出回り、様々な人々が能力の向上、付与を目的に己の身体を改造する事が世界的に流行した。
最終的に人類は、人体にインプラントを埋め込んだ〖サイバーヒューマン〗と人体にインプラントを埋め込まず、そのままの人間として生きる〖オールドヒューマン〗に別れることになった。
それから、約30年の時が流れた現在。
アメリカ合衆国は〖サイバーヒューマン〗の身体能力や知的能力により大いに発展し、3つの州に別れ、〖NEO USA〗の〖セカンドニューヨーク〗、〖ナイトシティ〗、〖ネオワシントン〗となった。
世界中の国々がアメリカ合衆国及び、〖NEO USA〗の変化に驚愕したが、次第に受け入れられつつある。
...それが、俺が生まれる前の話だ。
最近はというと、オリオンは奇妙なプログラムを開発するのに忙しい。
なんでも10年前にオリオン本社で単身爆破テロを起こした奴の人格とやらをプログラムに移行しようとしているらしい。
どうでも良い社内企画だが、その10年前の奴はこの国の〖レジェンド〗だった。
レジェンドはNEO USAでいう伝説とか、英雄とか...とにかく素晴らしく名誉のある肩書きだ。
それを得るやり方はなんでも良い。発展途上国の難民を何百人救ったとか、国と国の戦争を止めたとか...そんな美談じゃなくても、何億も盗みを働いたとか何千人を殺したとか、とびきり凄い語り継がれる武勇伝になるならなんでも良い。
だから、オリオンはその規格外なレジェンドのサイバーヒューマンをプログラムとして起こすのに奮闘している。
ただ、そのやり方には些か不満が募る。
いくら機械のような人間でも、元はれっきとした人間だ。仏教でいう死者の冒涜とやらに反するんじゃないかと思う。
サイバーヒューマン組織の〖アーデン〗、オールドヒューマン組織の〖ルーンレイ〗が何故黙っているのか疑問でしょうがない。
けれど、何にしろ俺はオリオンの現社長、イーオン・オリオンの経営方針が気に入らない。
前社長のイーオンの父親にはよくしてもらっていたが、そろそろ離れるべきだろう。
---
「お...|V《ヴィー》!出勤にしては遅いぞ!走れ!」
鋭い目つきをした細身の男性を少し諭すように口を開く。
「悪い、悪い。でも、もういいんだ」
「もういい?...寝言か?ほら、さっさと走れ!」
「頑固だなぁ...少しくらい...」
「お前、今日で遅刻が何回目だと思ってるんだ!」
「分かったよ...またな」
またな、とまるで別れを惜しむように本社内に入ったV...ヴィル・ビジョンズを見送り、ふとVを先に視認した同僚を見る。
やがて、同僚が震えるような声で言葉を流した。
「なぁ...Vって...いつも、あんなに暗かったか...?」
まるで、何かに怯えるような雰囲気だった。
---
オリオン本社内の無駄にきらびやかに装飾された廊下で足を動かす。
元々、この廊下はもっと質素で親しみがあった。それを現社長が金を用いてキラキラと輝くような成金趣味の廊下に変えてしまった。あの前社長、アルド・オリオンの時代は良かった。
悪趣味な廊下の先の更に悪趣味な扉を開き、社長室へ入る。
「...イーオン社長、お話があります」
偉そうに窓へそっぽを向き、椅子にもたれかかる赤毛の男性に話しかける。
返事はない。もう一度、名前を呼んだ。それでようやく、その男性が振り向いた。
「Vか...わざわざ足を運んできたのか?ご苦労なことだ」
その男性の黄色い瞳がこちらを睨む。こちらも負けじと睨み返した。
「そりゃどうも。本日は貴方に用件がありまして」
「へぇ、V...ヴィル・ビジョンズが?頑なに僕を社長として認めなかった君が?」
「...ええ、でも...今だけは社長として認めないといけないので」
「今だけ、ね。それで?」
「......本日限りで貴方の会社を辞職します」
「...正気か?」
「正気です。こちらに退社届がありますので、受理していただけると幸いです」
イーオンは何も答えない。分かっていたことではあるが、受理してくれないと困る。
俺は懐から退社届を取り出して、イーオンの顔に突きつけた。
それまで眉一つ動かさなかったイーオンが歪んだ笑い顔に変わり、退社届を受け取った。
「V、君が本気なのはよく分かった。でも、君は一応重役だろ。そう易々と手放すわけにもいかないんだが...良いことを考えたよ」
「...なんです?」
「退社祝いだ、鉛弾でも受け取ってくれ」
彼が腰に手を伸ばして、S&W M39のような形状の銃器に手をかけようとした瞬間、警報が鳴った。
「そういえば...誰かが武器やインプラントを使おうとすると、警報が鳴るシステムがあったな...」
イーオンが思い出したように呟いた。そのあまりの無責任さにため息が洩れたが、廊下からたくさんの足音がして、それぞれの武器を持ったサイバーヒューマンが部屋へ押し入ろうとしていた。
「...V、しかたがないから退社届は受理してあげよう。まぁ、逃げれるといいな」
そうイーオンが言った途端に俺の横を銃弾が掠め、後ろの窓が割れる。
既にサイバーヒューマン...元同僚が部屋に入っていた。
足に力を込めて割られた窓に飛び込んで、高さ26階から勢いよく飛び降りる。
後ろで驚いたような声が聞こえた気がした。
---
下に山積みになったゴミ袋をクッションのように身体を投げ出した男性の顔を見た。
昨日、自分...キアリー・パークのクリニックで|jumping《跳躍》のインプラントを入れた客だった。
時間通り、約束された場所の“近く”に到着できたようだ。
「...おい、そろそろ起きろ。追手が来るぞ」
「......申し訳ないんだが...肩、貸してくれるか?」
「インプラントに慣れろとあれほど...」
「しかたないだろ、入れて一日しか経ってないんだ。慣れろって言う方が厳しい」
腰に手をあてて引き上げられる。支えられるようにしてVをクリニックに入れ、インプラントクリニックの扉を閉めた。
「それで、V。上手く辞めれたのか?」
「上手く辞めれたって...よく分かんないな。まぁ、そこそこ?ちょっと着地にミスったぐらいだな」
「だいぶミスったの間違いだろ。あのインプラントは高く飛べることの他に、高いところから着地しても大丈夫なんだぞ。それを入れた本人は上手く着地できずにゴミ山なんぞに身を投げ出したようだが」
「それは...悪かったよ」
バツが悪そうな顔をして足のインプラントを見るVの姿になんとなく初々しさを感じる。
こういったことは初めてだったのだろう。ましてや、それが何十人に追われながらインプラントを使用して逃げるなんてことは初めてには確かに難しい。
黙って、Vのインプラントの損傷を見た。どこかが欠けていたりはしないが、少し負担がいっていることが分かる。
軽く弄って叩くとVが少々呻くような声を挙げた。サイバーヒューマンでも、感覚が鈍くなるインプラントや一時的に痛覚を感じないようにする夢のようなインプラントはあるがVには搭載していない。
そもそも、初めての人間に突然インプラントを3つも入れるなんてことはかなり危険性がある。
インプラント手術専門の新米医師でも知っていることだった。
「...なぁ、キアリー。別にお前の腕や知識を疑ってるわけじゃないが...インプラントって3つ以上いれたら、本当に死ぬのか?」
「最悪、死ぬってだけだ。でも死亡するより、サイバーサイコヒューマンになる可能性のリスクの方が高いな」
「サイバーサイコ...ヒューマン?」
「サイバーサイコでいいぞ、長いからな。
単に入れたインプラントが本人を蝕んで所謂、暴走化する。
その時には理性何てものはなく自我のない機械人形みたいなもんだ。
その暴れ馬鹿が行き着くところが死っていうゴールだな」
「...インプラントを入れたのが、途端に怖くなってきたよ」
「今更だろ。後悔するなら、もっとよく考えろ。...それで、お前はこの先どうするんだ?私としては永遠にお世話になりそう客がついたわけだが」
「...そう、かもな。あのクソみたいな会社も辞めたし...暫くは傭兵仕事になるかな」
「へぇ、黙ってオリオンにいた方が儲かっただろうに」
「酷いな...こっちの心境、分かってるくせに」
「そうだな。それなら退社祝いに飲みにでも行くか」
「お前の奢りで?」
そう言う嬉しそうなVの顔を見て、薄ら笑いを浮かべるほかなかった。
---
ネオン街の光が隣にいるキアリーの紫の髪を照らした。
昼だと言うのにナイトシティは暗く、よく見れば何らかの喧嘩が起こっている。
その奥で複数人が屯するバーに見知った顔を見つけた。
「V、〖カクテル〗だ。アイツも中々くたばらないな」
「ああ...キアリー、お前もだよ」
「さっきまで、くたばり損ねた奴に言われたくないよ」
毒を吐けば毒で返される。そういうところだ。
何を返しても無駄だと分かっているから、黙って見知った顔の緑のような水色に近い髪に黄色のメッシュの入った女性に声をかけた。忙しそうにしているが、問題ないだろう。
「カクテル!いつにもまして、繁盛してるな?」
「ああ、V...その様子だと辞めれたのかい。今日はあのソロの日なんだよ」
「そりゃ良いね。...何のソロ?」
「あ~...あのバカ|伝説《レジェンド》、|レイズ・シルバー《金になった男》だよ」
「|金《ゴールド》になった男?......ああ、単身爆破テロか!」
「そう、アンタが数時間前にいた会社のね。忘れてたのかい?」
「いや...あんまりオリオン関連に興味なくて」
その応えにカクテルことラム、キアリーが同時に吹き出した。
「興味ないって...V、いくらなんでもそれはないだろ」
「別にいいだろ」
「お前な...ラム・ラインブレット、オーダーを頼めるか?」
「いいよ、少し遅くなっても文句言わないでくれよ。手一杯なんだ。何にする?」
「そんじゃ、〖レイズ・シルバー〗で。Vもそれで良いだろう、オリオンを爆破した奴だから気持ち的には最高だろ?」
「...ああ」
その答えを待っていたかのようにカクテルが口を開いた。
「OK、少し待ちな」
「V、私はこれを払ったら帰るよ。お前もオリオンに見つからないように気をつけて帰れよ」
注文した後のキアリーの顔にまた、ネオン街の光が照らされた。
---
ラムやキアリーと別れてクリニック近くに駐車していた自分の車に乗り込んだ。
セカンドニューヨークのニュースが車内に響く。
オリオンが何かを授賞したとか、レジェンドの一人が行動を起こしたとか...当たり障りのない普通のニュース。それが終わると町のPRに移る。聞き取りやすい男の声。幾度となく、出社の前に聞いたことがあった。
[ようこそ、セカンドニューヨークへ!
アンタは何を求めてここへ来た?
商売?喧嘩?住居?それとも、レジェンドになる為?
何だって良い、ここはセカンドニューヨーク!
何でも揃って、何でも出来る!アンタの夢の実現化はここにある!]
「...何でも、ねぇ...大抵がオリオンの監視化みたいなもんなくせに...」
セカンドニューヨーク。世界的にはアメリカの首都ではないが、近年はオリオンの活躍によりネオワシントンより大きく力を持つ州の一つだった。
ただ、州とはいっても国に近い。オリオンの国、と言えば分かりやすいだろう。
セカンドニューヨークの警察はオリオンの癒着によって民営化され、もはや動いていない。
いや、動いてはいるが以前のように機能していない。つまり、無法地帯に近しい。
ナイトシティほどではないが各地で組織による喧嘩が勃発し、その度にオリオンのエリート部隊が箱入れした警察〖デジタルポリス〗及び〖DP〗と共に介入、もしくは後片付けを行う。
俺はそのエリート部隊より更に上の開発部門だったが、開発部門の中では下だった。
重役と言われたら重役だが、イーオンのあの反応からしてそこまで重要ではないのだろう。
もしくは戻ってくると踏んでの反応なのかもしれないが。
[...近年は、サイバーヒューマンの増加が増えまして...はい、はい、そうです。DPは......]
[ネオワシントンのグリティニー大学の......卒業生...オリオンが...]
[......オールドヒューマン団体の...根幹に......]
どれもくだらないニュースばかりだった。
ハンドルを握ってシフトレバーをドライブに切り替え、アクセルを踏んだ。
ロック音楽が流れるネオンの街を愛車で走るのは心地が良い。自分で運転しなくても人工知能を搭載している自動車なら自動的に運転してくれるらしいが、自分で運転するのも良いものだろう。
暫く悠々と運転していると遠くから怒鳴り声が聞こえ、「止まれ!」と言われた。
「...なんだ...?」
ブレーキだけを踏み、車を停めるとすぐに発進できるようにアクセルだけを踏める状態にした。
やがて前方の車から若い男性が扉を開けて地面に足をついた直後にその車に別の車がその車目掛けて突っ込んだ。
あまりにも急な展開に驚いていると、今度は後ろから銃声と悲鳴が聞こえた。
その銃声が聞こえた辺りで自分の車の硝子が割れ、銃弾が顔の横を掠めた。
「なんっ、で、俺?!」
車のミラーに目をやると、見覚えのある高級車種と有名企業の名前。そして高そうなパワードスーツに身を包んだ顔馴染みの男性。手に持っているのはベレッタ92FS。グリップをしっかりと持ち安定している。リロードはしていない。おそらく、オリオンである。
「試しに一発目ってことかよ!」
前をしっかりと向き、アクセルを勢いよく踏む。
前方の車に体当たりをかまして逃げるように走り抜けたが、後ろの車もしっかりと追ってきていた。
「あぁ、もう!!どうして大企業様が俺一人を追うんだよ?!抜けたんだから関係ないだろ?!」
ハンドルを右へ左へ切って旋回し曲がりくねった道を選んで巻こうとするがミラーから後ろにいた車の姿が消えることはない。まともに考えたいのに更に後ろからは銃声がする。
焦りが募って何も考えずに勢いよくハンドルを切った。
開けた場所に大量に廃棄された自動車や銃器があり、コンテナが連なり山にもなっている大きな土地。川を挟んだ所に港が見える。
セカンドニューヨークの外れにある|墓場《ゴール》の一つだった。墓場には身寄りのない故人や死刑囚の遺体などが埋まっていたり、保管されていたりする。
極力、通りたくはないが仕方がない。コンテナの山の一つで滑り台のような形に配置された適当なコンテナに車を走らせ、その道がぷっつり途切れた道から車が飛ぶように浮いて、先程見えた港に着陸する。
後ろを見れば、飛んだコンテナの道から追ってきていた車がじっとこちらを見ていた。
---
家に帰って初日はオリオンとのカーチェイスで疲れが溜まっていて、すぐに寝てしまった。
そこからはカクテルのバーで情報収集をしたり、よく知らない奴からのオーダーで人探しや密輸、目標の人物を殺害、救出など色々やった。
基本YESで何でもやっていたつもりだ。
---
依頼を受け、ナイトシティのとある路地にて人を待った。やがて、路地奥から足音がして近くで止まった。
「...お前は...あのヴィネット・シルヴィーだな。俺はヴィル・ビジョンズ、Vだ」
「Vか。僕は君の思ってる有名なV・Rだよ。同じVだね、よろしく頼むよ」
ウェーブのかかった長い茶髪に黄色のメッシュ、濁ったような緑の瞳に眼鏡をかけた男性。一見してみれば女性のようにも見える人物が今回の依頼者だった。
しかし、少し違うのは彼が有名なコーラスの一員だったことで世界的に名を馳せた|伝説《レジェンド》であることだ。
「こちらこそ、よろしく...しかし、凄いな。まさか、こんな有名人から|依頼《オーダー》が来るとは思わなかった」
「そうかな。君の活躍は結構、話題だよ。一人で何でもやってくれる傭兵だって...」
「それは、お偉いさんや組織にとっては都合が良いんだろう。そうでもなければ来ないさ」
「そんな卑屈なこと言わないでよ、報酬はそれなり...いや、かなり多く支払うから」
「...そんなに支払うってことは、難しいのか?」
「そうだね。でも、君には重荷が少し軽いかもしれない」
「...具体的に、どんな内容なんだ?」
神妙な顔をしてヴィネットが俺の手を取ってコーラス隊の一員なだけあって、透き通る良い声で言葉を出した。
「オリオンのクルーラーを、盗み出して欲しい」
「...はぁ?」
クルーラー?なんだ、それ...オリオンの?オリオンの、クルーラー?
あの奇妙なプログラムか?
「...言い間違えだったり...?」
「しないよ。君、オリオンの元社員なんでしょ。今回の依頼は有利に進められるだろうと思ってるんだ」
「随分と...調べてるんだな。そんなに欲しいのか、そのクルーラーとやらが」
「まぁ、そうなるね。それで、どうする?他にもオリオンの元社員はいると思うけど?」
「こんな上手い話を乗らない馬鹿がどこにいるんだ、やらせてもらうさ」
「ありがとう。ところで、オリオンは好き?」
「なんでそんな質問するんだ...?...嫌いだよ。オリオンも、その社長も」
そう答えた時、ヴィネットが何故か嬉しそうに微笑んだ。
握られた手が更に強くなったような気がした。
---
色濃い緑に濁った下水道を進み、赤外線レーザーの通る大きなマンホールで這い蹲った。
「うぇ...臭......いくら単独でやってるとはいえ、まさか今まで逃げてきたところにわざわざ出向くなんて思いもしなかったぞ...」
ゆっくりと当たらないように避けて縦にマンホールを進む、やがてトイレと思わしきところへ着き、そこから出たような形になった。
「...こういったところでマップを表示してくれるようなサポート専門のサイバーヒューマンでもいたらな...オリオン相手じゃ、協力してくれる奴なんていないか...」
幸い、社員だったこともありオリオン社内の構図は把握している。
ヴィネットが睨んだ通り、確かに俺は有利なのかもしれない。
近くを巡回する警備に見つからないように跳躍のインプラントで軽めに跳び、金庫室前に降り立つ。
あまりクルーラーの開発には関わってこなかったが、保存位置だけは知っていた。
クルーラー...ざっと言えば、サイバーヒューマンの人格をプログラムされたチップデータだそうだが、ただのプログラムをヴィネットが何故欲しがるのか理解が出来ない。
「ま、報酬さえ貰えれば関係ないか...」
提示された金額は今の俺からしたら巨万の富だ。それを貰ったらセカンドニューヨークを出て、別のところへトンズラしよう。
その考えが出ていたのかは分からない。金庫室の中に入り、いかにも重要そうな鞄に入った小さなチップの入ったカプセルを手に取る。
その瞬間に上から巨体が降ってきた...というよりは、降りてきたが正しい。
降りてきた巨体は様々なインプラントを積んでいるのか身体中が金属類に埋め尽くされ、かろうじて見えそうな顔も埋もれそうになっている。
内臓までインプラントになっているのではないかと思わせるほどだった。
だが、何より気になるのは_サイバーサイコヒューマン化していないこと。
金属の巨体は特に動かず、じっとこちらを見つめる。これは|医師《ドクター》のキアリーの話だが自我がなくなるということは暴れ続けるということだ。
それが、目の前のサイバーヒューマンはどうだろうか。
「驚いたかい?」
少し忘れつつあった声に目を疑う。
巨体の声ではない。と、するとその奥の見覚えのある男性しかない。
「...イーオン...」
「V、傭兵生活はどう?楽しいかい?」
「...ああ、楽しいよ。お前の傘下に入ってた時よりずっと楽しいね」
「そりゃ何より。ところで、君はどうやってここに入ったのかな」
「なんだ、不法侵入者が素直に教えると思うのか?」
「いや、全然...でも、君が手に持ってるそれ、返して貰えるかな」
「それもやだなぁ......なぁ、イーオン。隣のサイバーヒューマンはなんだ?」
「ん?...ああ、新型の開発プロジェクトの成果だよ。別に大したもんじゃないさ」
「大したもんじゃないって...明らかに三つ以上のインプラントが...」
「...大丈夫だよ、元から|人間《サイバーヒューマン》じゃないから」
イーオンがそう口にして、巨体を叩いた。それが皮切りになって、巨体がインプラントまみれの大きく逞しい腕を振り下ろすと床が崩れて綺麗にイーオンの姿だけが落下間際に見える形になった。
落下直後に見た巨体の顔。赤毛の髪に_
---
空中に身体が投げ出される。振り下ろされた腕の衝撃波が下の層まで響いているのか、足が中々地面につかない。
投げ出された時にクルーラーの入ったカプセルが手から抜け落ちていた。落ちていく中で辺りを見渡すと手が届く範囲に浮いている。手を伸ばしてキャッチした頃に、ふと上を向くとインプラントの巨体の| air blast《衝撃波》が装填された腕が目の前にあった。
---
何も食べていないのか、それとも痩せているのか衝撃波一つで吹っ飛ばされたVを見送る。
下には見事に|hover《浮遊》のインプラントで着陸したアルド・オリオンのクローン体の一つを見た。
実践的にインプラントを複数仕込んだが想定以上に上手くいったようだった。
---
「いっ...あ...」
以前と同様にゴミ山に助けられた。一度、一緒に飛ばされた瓦礫の破片を踏んで吹っ飛ばされた勢いを殺したのが功を奏したようだった。
掌にはクルーラーが固く握られている。どうやら、成功したようだ。
重い足取りで約束された路地へ向かい、何やら屈強な男性と話をしているヴィネットを見た。
「...やぁ、V...テレビは見た?オリオンの西棟の一部が抜けたように壊れたそうだよ。......やったの?」
「いいや......変な奴が馬鹿力でぶっ壊しただけだ。それより、持ってきてやったぞ」
笑うヴィネットにクルーラーを手渡して、眉一つ動かない屈強な男を見る。
特にこれといって特徴のない黒スーツに身を包んだ男性だ。何故いるのか不思議でならない。
「それで、ヴィネット。報酬は...」
「ああ、ちょっと待ってね」
ヴィネットが背中を向けた途端に近くにいた例の屈強な男性がこちらの顔目掛けて拳を飛ばした。
避けれずにもろに喰らって地面に尻もちをつく。
立ち上がろうとする前に路上に更に男性と同じ格好をしたスーツの男達が出てきて後ろから羽交い締めにされた。
「っ、はぁ?!なにすんだ、おい!」
「V...報酬は支払うけど...まだ少しやってもらうことがあって...」
「.........」
「嫌そうな顔、しないでよ。そりゃこんな大金積まれて企業に物盗むだけなんて話が上手すぎるでしょ」
「あぁ?!そうかもな!だったら、とっとと羽交い締めにしてんの外せよ!」
返事はなかった。その場にいる全員が俺だけがおかしいように見えてくる。
ヴィネットがカプセルからクルーラーのデータチップを取り出し、俺の頭辺りにそれを入れようとする。
「おい、待て!オリオンのよく分からない試作品のデータチップなんて入れたら...!」
「入れるまでが依頼だから」
「そんなの聞いて...」
「言ってないからね。でも今聞いたんだから、良いでしょ_」
頭の中でチップが完全に入ったような音がして、すぐに激しい頭痛が襲った。
---
朝日が昇り、鳥の囀りが響く部屋の中で二人の男性が会話している。
「...なぁ、V...そろそろ、俺は行かないと」
「...どこに?」
「オリオンの...そう、社長に吠え面吐かせてやるんだ」
「いつ、帰ってくるの?」
「さぁな...いつ帰ってきても、待てるだろ?」
「どうだろう。あんまり長いと逆に迎えに行くかも」
「へぇ、そりゃ良いな...是非とも迎えに来てほしいもんだ」
---
どこか小規模のオリオン本社のビル。
その中で爆弾を用意する一人の男性。
その男性の肩に赤毛に黄色い瞳をしたややシミの目立つ肌の男性が手をかけた。
直後に用意された爆弾の一つが爆破された。
---
遠くの窓にキノコ雲が映る。手足は動かせず、何やら椅子に拘束されていた。
「綺麗だなぁ、てめえの会社から黒いキノコが生えてるぞ」
「......何故、こんなことを?」
「分かってるくせに、わざわざ聞くのか?それとも長寿過ぎて、全部忘れちまったか?」
「質問に答えていただきたい」
「てめえは自分の会社を爆破された事実より、爆破された理由を気にするのか?変わってんな」
「...誰の...差し金だ?仲間は?組織は?」
「......俺は組織じゃない。誰かの差し金でもない」
「...そうか。お前の爆破で...社員の何人かが亡くなった」
「...それは...哀悼の意を表するよ」
話す相手がこちらに振り向き、目を見開いた。あり得ない、とでも言いたげな表情だった。
「そんな顔をするなよ、俺だって多少の良心はあるんだ」
「信じられないな」
そう呟いて相手がヘルメットのような形状の機械をこちらに被せる。
「なんだこれ...電流でも流すのか?回りくどい殺人方法だな」
「いいや...おそらく、死よりも恐ろしいだろう」
「そりゃ、どうい_」
ピリッとした音を耳の奥で最後に聞いた。
---
赤と青の線だけの空間。
その中で顔だけにモザイクのかかった黄色い線の男性と同様の男性が二人いた。
「...お前......」
「...てめえ...」
お互いに言葉を口にして、
「「誰だ?」」
そうお互いに問いかけた。
---
鳥の囀りが聞こえる路地裏で重い瞼を開けた。
近くには誰もいないが、金の入った黒いバックだけがあった。
ひどい頭痛が頭に響く。頭痛の他にも頭が重く感じたり、手足や腰がヴィネットに裏切られる前より痛く感じる。
「人が...|気絶《クラッシュ》してる間に...何してくれたんだよ...」
壁に手をついて小鹿のようによろよろと立つと、盗まれてはいなかった自分の車にバックと一緒に乗り込んだ。
公道から少し離れたところにあるインプラントクリックへ足を出来るだけ急いだ。
飛び込むようにして入るとカルテを確認していたのか、キアリーが驚いたような顔をした。
「うお...V、ボロボロだな。何したんだ?」
「別に。依頼で、ちょっとヘマしただけだ。...キアリー、もし俺が...オリオンを爆破したって言ったら信じるか?」
「なに、寝ぼけてんだ?もう昼の一時だぞ、寝坊助。寝言を吐いてないで座れ、診てやるから」
「...恩に着る」
椅子に背を預け、顔や足に触られながら口を開いた。
「激しい頭痛と...腰や手足の痛み......あと、頭にインプラントが入ってる」
「頭のインプラント?どこで入れたんだ?」
「...路地裏」
「路地裏?...取引でもしたか?」
「いや、してない。依頼主に無理やり入れられた...オリオンの|人格プログラム《クルーラー》だ」
「なんだ、それ?そっちはお前が詳しいんじゃないのか」
「あんまりだな。|金《ゴールド》になった男をプログラムとしていれてるとしか」
「...よく分からないプログラムだな...まぁ、それも診てみよう」
手が頭の横にしっかりと入ったチップに触れる。抜こうとして引っ張ると激しい痛みが走った。
「っぐ、手...とめ、ろ!」
「...これは抜けないな。しっかり入っているというか...根付いてるというか...」
「植物みたいなこと言うなよ、たかがデータチップだろ!?」
「いや...ただのチップじゃないんだよ。通常の“入れる・搭載・積む”形のインプラントじゃない。これは“本物の寄生型”だ」
「そりゃ、どういう意味だ...?」
「インプラントってのは一般的に入れるものだ。
いつでも取り外し可能だが、三つ以上入れることで侵食が急速に始まり寄生するように脳を蝕んでサイバーサイコヒューマン化を早める。
それが、これはどうだ?明らかに始めから寄生してる。入れた対象者を上から塗り替えるようにしてサイバーサイコヒューマン化ではない何かが侵食してるんだ。
まるで、洗脳みたいにな」
「...その、洗脳の内容は?」
「お前の話通りなら、その|金《ゴールド》になった男じゃないのか?だんだんと蝕んで、人格がそれに変わるんだろう。とんでもなく迷惑なインプラントだ」
「抜く手立ては?」
「ない。仮に頭の中を手術しても無理だろう。しっかりと根を張ってるんだからな...自然と根を弱めてくれれば取れるだろうが...無理なんだろう」
「...その、侵食はどれくらいだ?」
「...もって5ヶ月だな。もっと早くなる可能性もある...V、私にはどうすることもできないが鎮痛剤と、インプラントの侵食を抑える錠剤を処方しておく。
その、あまり言いたくないが...どうしても無理だと思ったら私のところへ来るといい。
激痛で身体を乗っ取られて死ぬくらいなら、身体を乗っ取られないまま楽にしてやる」
「...有り難う、覚えておくよ」
---
ベランダに撒かれたパンくずを鳩が一つずつ嘴で拾い、食べていく。
「...お前は...良いよなぁ......ゆっくりしてて...」
俺の言葉が分かったのか、分かっていないのか鳩が首を傾げた。
『余命5ヶ月って受けて、そんなゆっくりしてられるんだな』
自分以外、誰もいないはずの自宅で知らない男の声がした。
「...誰だ?」
『後ろだ、鈍間。寂しい家だな、煙草でも買ってこいよ。一本だけでいいんだ』
「煙草?んなもんねぇよ。一昨日に使いきっちま_」
『だったら買ってこいよ!』
不意に背中を蹴られたような感覚が襲い、ベランダの柵に身体を打ちつけられる。
鳩が逃げるようにして宙を舞うパンくずと共に飛び去っていった。
その辺りでようやく話していた人物の姿を見た。金髪に青い瞳をした黒いサングラスの若い男性。
紛れもなく、|レイズ・シルバー《金になった男》だった。
「っお...本当にデジタルゴーストかよ...」
『俺は死んでない!』
「なに言って...だってお前は_」
いいかけたところで腹を思いっきり蹴られる。ただのチップデータのくせに何故体があるのか分からない。こちらもぶん殴ってやろうと手を振ったものが空を切った。
『...あ?』
握られた拳はレイズ・シルバーの身体を貫通して行き場がなくなる。
『...いや、そんな...まさか...本当に、か...?』
取り乱したいのはこちらも同じだ。
「...レイズ・シルバーだな。通名は、|金《ゴールド》になった男...今はお前が単身爆破テロを起こした時から、10年後だ」
『10年?......そんなに...?おい、俺は本当に...死んでるのか...?』
「ああ...正しくはな...。何故か知らないが、お前はインプラントになって...デジタルゴーストみたいな形で蘇ってんだ」
『インプラント?...俺はただのサイバーヒューマンであって、インプラントじゃない...』
「それは分かってる。俺が今、いれてるクルーラーっていうインプラントが今のお前だ。小さなデータチップになって、俺を_」
説明している間にレイズが頭を触る。それと同期して、俺の手も頭に触れた。
「なんで、同期して...侵食が...」
『侵食?......だったら抜いちまえばいいだろ』
「おい、やめ_」
激しい激痛が響いた。床に倒れて起き上がらない俺をよそにレイズがそのまま何度も|人格プログラム《クルーラー》を抜こうとする。
『あぁ?!なんで、抜けないんだ!クソ!』
やがて諦めたのか腕を垂らしてベッドに腰かけた。
『畜生...出れたと思ったら、俺は死んでるだのインプラントになってるだの...俺は果物に生えたカビかよ...おい、てめえ聞いてんのか。
もう煙草なんかどうでもいい...名前を教えろ』
「っあ...ぐ...ヴィル・ビジョンズ......Vでいい...」
『V?......俺は...レイズ・シルバーだ、Rでもいいが、てめえの反応からして|金《ゴールド》になった男の方が馴染みがありそうだな。
|銀《シルバー》が|金《ゴールド》になったなんて、良いことだな』
そう呟くレイズを見ながら意識がだんだんと薄れていく。
『もう体力の限界か?情けないな、俺の方が...いや、今はいいか。
V、次目覚めた時、お前と俺の立場が反転してるといいな。
俺の方がお前の身体をもっと上手く使えるだろうしな』
嫌な言葉が脳裏にこびりつく中、重い瞼を閉じて意識をゆっくりと手放した。
〖死神の侵食〗
鳥の囀りの五月蝿さに瞼を開けた。
『お?やっと起きたか、V......どうやら、立場は逆転しなかったようだな』
早朝に嫌味を吐くレイズに何かを言う気にもなれず、重い身体を起こしてシャワーを浴びに足を動かした。
『おい、無視かよ?』
「うるさいな...とっとと人の頭ん中から出てけよ、俺の|頭《ハウス》は一人専用なんだよ」
『だったら|頭《ハウス》の壁をぶっ壊して広げればいいだろ』
「頭蓋骨をかち割って死ねって言うのか?!」
『ああ、そうだな...それも楽しそうだ。それで、V...てめえはこれから、どうするつもりだ?』
「どうするもこうするも何も...お前が頭ん中から出ていく術を探すんだよ...」
『へぇ、シェアハウスってのはどうだ?』
「お前と一緒に住むくらいなら、|クルーラー《寄生インプラント》に乗っ取られた方がマシだ、クソッタレ」
ぶっきらぼうに言い放ち、シャワーの蛇口を捻った。生暖かい水が身体を滑る。
いやに懐かしいような、落ち着きがある。やがて、頭の中がすっきりとしていくような感覚で濡れた髪をかきあげた。
---
陽気な音楽がパイプやネオン看板が張り巡らされた町並みを通る。
その中でやけに薄暗い路地の先にインプラントクリニックと肩書きのある鋼鉄の扉を三回、ノックした。
「キアリー、俺だ...」
『|医師《ドクター》か?...へぇ、懐かしい名前だ...よく|ラム《カクテル》と世話になったもんだ』
「...?...キアリーとカクテルを知ってるのか、お前」
『何十年も前にな。カクテルは俺より6歳下だが、アイツは見かけによらず、歳を喰ってるぞ』
「それは...知らなかったな、両方若く見えるもんで...」
『そりゃあ良かったな。最年少君?』
「勘弁してくれ、最年長者様」
---
数分経った頃だろうか。ようやく鋼鉄の扉から陽の光が差し込んだ。
「ああ…V…気分はどうだ?」
挨拶の代わりか、言葉を投げかけながらキアリーが俺の頰を触る。
触れた掌に目立った皺やしみはないものの、ザラつきを感じる手。
顔からして、30代だと思っていたが、40歳なのだろうか。
『残念、37歳だ。惜しかったな…V』
「それぐらいの差異ならあってるだろ」と言い出したい気持ちになったが、口に出してもレイズには聞こえているのだろうし、口に出したところでキアリーに妙な顔をされるだろうと思い、口を閉ざした。
「それで、V…昨晩はどうだった?あの一匹狼……じゃないな、レイズとかいうデジタルゴーストは大人しくしてたか?」
「全然。ソロでレジェンドになっただけはあるな。流石、|レイズ・シルバー《金になった男》だ」
「そりゃ、災難だったな」
キアリーが手を離して建物の中へ入り、一つの錠剤瓶を俺に手渡した。
「…何の薬だ?」
「インプラントの侵食を促進するものだ…具体例には、一時的にインプラントを活性化させ、その効果が切れた後に侵食が早まるものだな。
その寄生インプラントだが、それに使えば数時間は身体をレイズに預けることになるだろうな」
その言葉にレイズが反応し、薬瓶を取ろうとしてその手が貫通した。それを笑ってこちらを振り向いた。
『良い錠剤を処方されたな、V。早速使ってみろよ…てめえの身体が保つか知らないが』
「絶対に嫌だね」と脳内で返し、キアリーへ向き直る。少しよそよそしくキアリーが言葉を絞り出した。
「…その、V…色々と調べたんだが、やっぱり頭のインプラントをどうこうする手立てが見つからなくて…やはり、オリオンに直談判するのが良さそうで…いけるか?」
「無理だろ。あの根腐れ会社に鼠をわざわざ生かすメリットがあるのか?
話をしたところで、死亡のリスクも受け入れてクルーラーを奪い返しに来るのがオチだろ」
「......それも、そうだな......何か伝はないのか?元々オリオンの社員とか...」
「...どうだろうな...わざわざ、あんな大手企業を辞めようってやつがいないのが現状だ。
職場環境はそこそこだし、給料も手当ても良い。けど、社長が終わってる。アルド...前社長の方が良かったな」
「お前はそればかりだな。そんなにあれがいいのか?」
「ああ...最高の義父だったよ」
「義父?...へぇ、なるほど...驚いたな。お前から“お父さん”なんて言葉が出てくるとは思わなかった」
「...っ......そうだな」
後ろから嫌な視線を感じた。おそらく、レイズだろう。
レイズの時代ではアルド・オリオンが社長だった。そのアルドの時代に爆破テロを起こした人物が俺がその養子だと分かれば、嫌な視線を送るのも無理はない。
けれど逆に言えば、今の社長であるイーオンをレイズがどう思っているのかも分からない。
だからと言って、テロリスト野郎の思いを尊重してアルドを悪く言う必要性もない。
レイズが手の甲を向けて中指を立てる。俺はその怒りよりも歓喜が込み上げていた。
頭の中で「ざまぁみろ」と嘲笑った。
---
珍しくダイナーの席に座り、滅多に見る人のいない紙の新聞を広げた。
『まだ生きてるもんだな、紙ってのは...燃えやすい着火剤になるからか?』
横から覗きこむレイズを無視して、情報を探す。
オリオンのことでも、何か良い組織のことでもいい。何か、あってくれ。
『お...V、良いインプラントを仕入れているところがあるぞ。出所先が分からねぇが......質が良すぎるわりに、値段が安いな...黒だろうな』
レイズが指で指した記事にはまだ若い20歳もいっていなさそうな男が写っている。
“黒”というのは、墓地にいる故人か他のサイバーヒューマンから剥ぎ取ったものだろうということだろう。ナイトシティのルヴァン辺りが怪しい組織だろう。ウィッシュウォッチは開発部門時代に何度かハックをしようとしてきていたのを思い出した。
『ルヴァンか。一理あるな。まだ、レベルの低い喧嘩をしてんのかね?』
「...んなのいいから、何か探せよ。10年以上ぶりの新聞なんだろ」
『それほど時が経ってるもんだから、色々見たくなるんだ』
「なら好きなだけ見てろ。俺は別のものを見てるからな」
指の腹で記事の一つ一つをなぞった。
ルーンレイの内乱記事、オリオンの授賞記事、オリオンのインタビュー記事、オリオンの......大抵がオリオンに関する記事で埋め尽くされていた。
レイズもそれに飽々としたのか、いつの間にか持っていたホログラムの煙草の火を記事に写るイーオンの顔で消すように押し込んだ。
『...てめえが養子だって知った時は頭ん中の|クルーラー《クソ企業のブツ》を無理にでも引き抜いてやろうかと思ったが......てめえ、コイツのこと嫌いだろ』
「あー...そうだな」
『......なぁ、身体が保つか分からないが...ぶっ潰しに行こうぜ。このお高く止まった脳天に鉛弾をプレゼントする、なんて...良いサプライズだろ?』
「始めからそのつもりだ、実行済みが傍につくならいいもんだな。しかし...ソロは厳しいんじゃないか?」
『あ?そんなに厳重になってんのか?』
「当たり前だろ、お前のせいだぞ。どこか...そうだな、いい感じの組織...」
『アーデンはどうだ?ほら、サイバーヒューマンしかいないところだ』
「...良さげではあるな。クルーラーに関しても、記憶補助だとか言えば大丈夫だろうから」
『市街には出回ってない物なんだな、これは』
レイズが片手を頭にやり、クルーラーが収まっている位置を小突いた。
俺の手も同期して頭に音が響いていた。
「まぁ...そうなるな。それじゃ、10年弱ぶりの面接といくか...」
新聞とチップを近くの店員に渡し、ダイナーを後にする。
何か注文して腹を満たしておけば良かったと、この時に思った。
---
セカンドニューヨークに建ち並ぶビルの一つの中で、相手の頭の中に履歴書のデータを投げた。
相手がサイバーヒューマンなら、紙やパソコンを通さずに頭の中で電話やメール、共有ができる。
翻訳だったりもできるそうだが機能が多くてあまり覚えていない。
記憶力向上のインプラントでもつければいいが、今となっては必要ないだろう。
アーデン内でデジタルランナー兼、組織加入への受付を担当しているという|グラン・デイトバック《グク》と名の無精髭の男性に自己紹介をする。
「今投げたデータ通りに俺はヴィル・ビジョンズだ、Vでいい」
「Vね...あんた、オリオンの元社員らしいじゃないか。所謂ところのエリート堕ちか?」
「あー...いや、シンプルに夢を追いかけたいだけだ」
「へぇ、そりゃいいな。|伝説《レジェンド》か?」
「まぁ......そんなところだな」
その言葉に肩を震わせるグラン・デイトバック。口元は笑っている。
「何か、おかしいことでも言ったか?」
「いいや...野心的な新入りは好きだ。ただ、似たような奴を思い出しただけでな...ルーンレイにそんな奴がいるんだ、|オリバー・マシュー《オリー》って奴だ。
会ったら言ってくれ、“お前と同じ野心家だ”ってな」
「ああ...分かった」
グクが真っ直ぐな瞳でこちらを見る。どうやらグクに認められたらしい。
軽めに挨拶を返して、組織の内部へ入る。
複数人が話す声がする。それを分かっているのか、お利口に黙っていたレイズが口を開いた。
『組織ってのはどこを見ても、密度が凄いな。一人じゃ何も出来ないってのは重々に理解しているつもりだが...』
「ソロで事件を起こした奴には理解し難いか?」
『......どうだろうな』
噛みついてくるかと思ったが、すぐに引き下がったことに多少の違和感を覚える。
その内、その違和感が胸の中で異様に膨らみ、つい口に出した。
「なぁ、何で朝よりそんなに...こう...協力的なんだ?」
『なんだよ、ダメか?』
「ダメってわけじゃないが、お前...初対面時に蹴ってきただろ」
『あぁ、てめえが「幽霊だ!」ってパニックになってたやつな』
「それはお前の方だろ。それで、理由は?」
『...クルーラーってのはただの寄生インプラントじゃなく、寄生する死神みたいなもんだ。
そうなんだろ?...だから、今の身体に無理されると困るんだよ、一応俺の身体でもあるしな』
「...要は俺の身体をいずれ乗っ取ってやるから、大事にしろってか?」
『そういうこったな』
「絶対、頭から退去させてやるからな...」
憎まれ口を叩いて、複数人の声のする扉を開けた先に四人のサイバーヒューマンの姿があった。
金色のメッシュの入った黒髪に深い緑の瞳の男性と、黒髪に灰色の瞳の長身の男性に、黒いフードをやや深めに被った赤髪の濃いめの青い瞳をした男性、色白な肌に黒髪の危険そうな雰囲気の男性。
その光景に頭の中の|電脳幽霊《デジタルゴースト》が口を挟む。
『見事に野郎ばっかだな。おまけに見てみろ、全員が好戦的なサイバー様ときた。悪かねぇな、V』
流石に大人数で言葉を返すこともできず、脳内で返事を返した。
四人の男性をじっと見て、色々と便利だった顔を向け挨拶をする。
その中で、一番に黒いフードの男が反応した。とても、明るく人懐っこい印象だった。
「やっ!僕はシグマ・エスポワール!えっと〜···“tueur”、って通名さ。
フランス語で"殺し屋"って意味。ま、よろ!」
どことなく軽い男だ。今はただ、そう思うだけだった。
次に気だるげな長身に灰色の瞳をした男が続けて言葉を放つ。
「ルルカ=フィレネットだ。ルカ、とでも呼んでくれ」
かつての同僚を思い出すような頼りやすさのある男だった。
三人目は言葉を話す前に手を差し出され、握手をする形になった。
「オレはローグ・ロン、ローだ」
気前の良い、父親のような安心感があった。
最後に長年の勘、とでもいうのか。危険な感じの雰囲気をした男に挨拶をしようとして、不意に後ろから肩を叩かれる。
驚いて跳ね退けると、やけに笑っているその男が口を開いた。
「僕はヴィーノ。ハーフなんだ〜……キミに毒入れたらどうなるんやろうなぁ…あっは!試したいなあ…試してみたいなあ…♡」
楽しげに言われる“毒”という単語に若干、笑みがひきつった。
挨拶を一応しっかりとしようと、手を出した辺りで後ろからいつの間にか来ていたグクにその手を掴まれ、名前を教えられる。ヴィーノ・スイドク...水毒ヴィーノだそうだ。
掴まれた手を払って、改めて心の警報が鳴りつつあった男に挨拶をした。
組織内のビルの一室にあるベランダに出た。誰もいなくなったことを確認して、頭の中の男の名前を呼んだ。すぐにホログラムの身体がベランダの柵に寄りかかって現れる。
『...ナイトシティにいそうな奴等、ばっかりだったな』
「ああ、でも一人しかいないらしい。頭の良い奴ほど、変人ってわけだろうな」
『へぇ...てめえはどうだ?自分が、変人でない証拠があるのか?グリティニー大学だろ?』
「...最終学歴は、確かにグリティニーだが...何で知ってるんだ?」
『てめえが寝てる時に身体を動かして調べただけだ。家の中に個人情報を目につく場所に置くなよ』
その言葉に住民票や請求書をテーブルの上に置きっぱなしにしていることに気づいた。
家は一応、高層ビルで人は滅多に入らないし、オリオンの社員時代なんかは家に帰ることも少なかった。人目につくわけではないから隠す必要がないと思っていただけだった。
ふと思い出したオリオンの社員時代の中で、直属の上司だった女性が思い起こされる。
苦手だったわけではないが、今の俺を見てどう思っているかはある程度想像がついた。
『......なぁ、その女のこと思い出すのは、やめてくれるか?|オリオン《ド屑企業》の|社員《犬》の話なんか知りたくもない。もっと、こう...楽しい奴はいないのか?』
「楽しい奴...大体が社畜か、変人...ってぐらいだな」
『聞き方が悪かったか?|オリオン《偽善者企業》に|爆破《サプライズ》するような奴だよ、いないのか?』
「......いたら、いたで生きてないだろうさ。今頃、データでも採られてるだろ」
『...なるほど』
「でもな、レイズ_」
“_お前の見立て通り、あそこは真っ黒だ”と言いかけたところで、後ろから声がした。また心の警報が鳴り響いていたが、どこか違っていた。
物凄い勢いで肩を掴まれ、この時代に珍しい|煙管《キセル》が落ちる音がした。
「い...今!レイズって言った?!」
「あ、ああ...」
|tueur《殺し屋》...シグマが掴む手に手をかけながら、口を開いた。
「...レイズを、知ってるのか?」
「レイズ...あぁ、知ってるよ。10年前に単身爆破テロ起こしたヤツだろ?
僕、そん時たまたま見ちゃってさ〜...!...すっげぇ憧れてるよ。僕もそんな最ッ高なエンターテイナーになってみてぇよ」
「それは...良い心がけだな。応援するよ」
笑顔を崩さずに当たり障りのないことを言えば、例の単身爆破テロ野郎が聞こえもしないのに口を挟んだ。
『嘘つけ。てめえ、酷い顔してんぞ。そこの子供に言ってやれよ、好奇心は猫をも殺すってな』
出る杭は打たれるとも言うだろうな。シグマの憧れの奴からの助言を口にすることなく、しばらく話を続けて満足そうなシグマの話を切った。
その先で同い年くらいの若い男が目を見開いて立ち尽くし、すぐに片手を差し出して「ヤスヒロ・ウチダ」と名乗った。
なんとも、生き急ぎそうな男性だった。
「あんたもそっち側か?負担が増えるね」
グクがヤスヒロの肩を持って、高らかに笑った。自分もアクションサイバーだと言ってみて、すぐにこの反応だった。苦笑いをしながら、仲間となった組織の人々を見やった。
ローは背中に一時的に飛べる|blade《羽》、左手に小さな弾を発砲する|small cannon《小大砲》。
シグマは手に陰影を操る|les ombres chinoises《影絵》、心臓に寿命を削る代わりに一時的身体を強化する|le montre dé la vie《命の懐中時計》。
ヴィーノ...スーさん、とでも言おうか。彼は目に毒に耐性のある|poison resistance《毒耐性》。
ルルカ...ルカは右腕に物体、物質、感覚等の認識不明なもの...衝撃や傷を手元に引き寄せ、奪ったり返したりできる|Hunt《強奪》、脳にインプラント等、見たことのあるものだけを完全に“模倣”できる|Copy《模倣》。
グクは目にインターネットにある全ての地図を表示する|Map《地図》。
ヤスヒロが必要なのか不明だが、腕に腕力が上昇する|Gorilla Arm《腕力上昇》。
最後に、俺が足に10m程跳べる|jumping《跳躍》と、脳にオリオンの|レイズ・シルバー《金になった男》が入った|クルーラー《寄生する死神》。
揃いも揃ってある意味、満身創痍だと思う。レイズに生前のインプラントを聞けば、右手に炎を放射する|flaming《火炎放射》、左手に格闘技の技を学習した|grappler《グラップラー》だそうだ。
黙って視線を戻し、口を開いた。
「一人でデジタルランナーやクラッシュサイバーってのは、そりゃ負担が大きいだろうな。
尊敬するよ、手伝えることがあったら言ってくれ」
「言うね、手伝って貰うのはそっちのくせに......それじゃ、新人の身体能力の調査でもしようか」
グクの言葉に遠くで話していた他の四人が一斉にこちらを見た気がした。
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若い水色の髪をした派手な男性を見ながら、|オリバー・マシュー《オリー》は今後の行動方針について深く考えていた。
現在のところ、サイバーヒューマンを支援する上で結成されたオールドヒューマンの組織は保護派と、反対派に大きく別れ、言論での戦争が各地で巻き起こっていた。
その内部分裂の原因である反対派の主とするセルゲイ・ケニーが自分の前に出向き、対面している状況にあるものの、お互いに中々動くことがない。
獲物に狙いを定め、焦らすようにお互いがお互いの出方を伺っている。
緑と青の瞳が交差する先で、黒の長髪と瞳の華奢な女性が呟いた。
「...あの......いつまで、睨んでるの......?」
その言葉に睨み合った瞳が我に返り、女性へ視線を向けた。サラ・ウエダ...反対派のうちの|Q《クイーン》だった。
セルゲイが少々申し訳なさそうにして、オリーに向き直り先に口を開いた。
サラが下がった後ろで、桃色の短い髪に青い蝶と猫の飾りがついた白いカチューシャをつけ、瞳孔が猫のように長く開いた黄色の瞳の女性と、額がよく見える青紺の髪に半ズボンから中肉中背の傷まみれな裸足が見える男性、青紺の髪に濃い桃色のメッシュが入り丸い眼鏡をかけた深い青の瞳の女性の三人が何やら言葉を投げ合っていた。
「インプラント…私は歓迎できないかな。身体能力が上がるとはいえ、体に何かを埋め込むのは嫌だし」
「............」
「私は、思いつきで入れたからな...」
その中の保護派である男性、|アリア・アスキス《リア》のみが苛立ったように黙っていた。
オリーがアリアを少し見て、すぐにセルゲイへ視線を向けた。
「それで、何がサイバーヒューマンを反対する理由になるんだ?何をされたってわけじゃないだろ?」
「何かをされたから、反対してると思ってるのか?そう思ってるなら、オリー。お前とは一生解り合えないだろうな」
「解り合おうとしていないような奴と、解り合えるわけないだろ。なんなんだ、一体...あれか?お兄さんが少し_」
オリーが言葉を言い終える前にセルゲイの瞳が睨みをきかせた。少し怯んだオリーを嘲笑って|サラ・ウエダ《Q》、|ラナート・キャッツアイ《キャット》、シータ・エスポワール及び|prédateur《捕食者》を連れて部屋を出て行った。
冷や汗を垂らしたオリーと面倒事が去ったことに満足そうなアリアが部屋の中に残された。
サイバーヒューマンでもオールドヒューマンでもない何かも心の中に残されたままだった。
原子的なものに難色を示した者を笑った顔を抑えるように頭の中で、すっかり変わった兄の姿を思い出した。なんとなく、電子的がすぎるサイバーヒューマンだった。
ひどく退化的や時代に遅れていると評価されるオールドヒューマンの中でサイバーヒューマンは確かに革新的な進化かもしれない。だが、その電脳に一つでもバグや誤算、ウイルスがあれば途端に糸が切れたように身体が動かなくなる。言うなら、機械になると同義だ。
その中で頭が自然な進化のままの|オールドヒューマン《古くからの人間》ではウイルスやバグにかかることはない。原始的な病以外に怯えるものがないのだから、生きる上でどんなに超人的な能力を持つと言っても死ぬリスクが増えるものを生身の身体に埋め込む必要性はない。
近年ではその考え方の人間も増えてきたか、怯えたのか、オリオンの抑止力と言わんばかりに|AI《人工知能》が身体を乗っ取るとかデマを流すオールドヒューマンも存在する。
残念ながら、そんな話は真っ白なフェイクニュースに過ぎず、サイバーヒューマンにそんなバグが起こり得るわけがないのだが...技術力というのは学習型で、もしかしたら起こる未来があるかもしれない。
そうなったのなら、その学習するだけの機械を書き換えて人間に都合が良いようなプログラムにすればいい。危険性は非常に少ない。そのはずである。
「ねぇ、どこに行くの?」
元気で無垢なお嬢様のようだと、個人的に思う女性が思考を遮った。ラナート、だったか。
「...いや、別に。兄のところへ帰るだけだ。機械を称える野心家様も追ってこないから、もう帰っていい」
その言葉に他の二人も口を開いた。
「...何か、大丈夫...?」
「考え事?いいね、話してみなよ、面白そうだ」
その提案を丁寧に断って、急ぐようにして別れる。
まだ...まだ、やることがある。嘘や綺麗事を吐く前に、やらなければならないことがある。
機械が肉の下にない足を動かして綺麗に磨かれたタイルの床を踏みつけるように歩き出した。
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手汗のついた手を払って目の前の五人を瞳に映した。
黒髪に黄色の瞳の焼けたような褐色肌の男性、|ルディ・アラバスタ《黄金蟲》。
手に放電するインプラントの一つ、|electrical discharge《放電》と、腰に金属類が体に付着する|Strong magnets《強力磁石》。
ツインテールをした白髪に濃い赤に近い桃色の瞳に雪のような白肌の女性、|リリー・リアリー《リリリリ》...言いにくいので、リリやリリーとしよう。彼女にはインプラントがない、俗に言うところのオールドヒューマンだった。
白の長髪の両方を黒の大きな紐でくくり、くまの酷い赤い瞳の男性、|ヴィレイド・アルファ《アル》。
首に本人の知識に応じて、水爆弾や溶岩爆弾、時限式爆弾、即時爆弾、フェイクボムなど様々な爆弾を生成できる|bomb-making《爆弾生成》...粋な言い方をすれば、ボムスポナーとも言うだろう。
濃い水色と緑色を混ぜたような長髪に右が黄緑、左が赤色の瞳をした男性、|クラシカ・リミッド《クラリ》。
両目に危機的状況下で生存率の高い行動や方法を光の筋のように可視化する|Expanding escape routes《逃げ道拡大》。口に出してみたことはあるものの、“エクスパンディング・エスケープルート”とは何とも長ったらしい名前だ。
細身の長身の体型で首筋までまとめられた白銀の長髪に水色の氷のように冷たく、同色の瞳。その瞳の片方に無機質な光を帯びている女性、|エレイン=カスティーリャ《アイスピック》。名前を確認した時に、なんとも見事な文字で“Elaine Castilla”、“Icepick”と書かれていたのが印象的だった。
彼女はまず、左目に対象の呼吸、心拍、動作反応まで予測可能な特定波長の温度確認を可能にする視覚補助をする|Frost Sight《フロスト・サイド》と、喉と胸郭部の発生機構に使用者の心拍、足音、呼吸、動作音すら無音化する暗殺、奇襲、逃走のすべてに向いたステルス機能をもつ|Mute Voice《ミュート・ボイス》。両手の指先に、指先から対象の電気系統、脳神経信号を一時的に撹乱するナノサイズの金属スパイクを射出できる|Nano Spike Generator《ナノスパイク・ジェネレータ》。
彼女に関しては、前社長のアルド・オリオンにも一目置かれていたようで《《何故か》》盗まれたクルーラーの上位的な物の開発に携わっていたり、“冷たい完璧な司令塔”との異名や|お人好しな直実《V》の教育を担当した直属の上司であったりする。
我が社としては非常に信頼のおける人物であると言えるが、その分、あの|お人好し馬鹿《V》の評価が彼女の中でどうなっているかは目に見えて分かる。つくづく、敵に回したくない|高嶺の花《サイバーヒューマン》の一人だった。
なんとなく感じる威圧を振り切るようにゆっくりと口を開いた。
「...知っているだろうけど、僕はイーオン・オリオン。堅苦しいのは苦手だから、イーオンでいい。
今すぐにでも本題へ入りたいのだけれど、君達はこれからチームとしてやってもらうから、お互いに挨拶をしてほしい」
命令のような言葉に全員が首を縦に振り、やはり最初に|エレイン《アイスピック》が口を開いた。
本名を名乗った後によく呼ばれる通名を紹介として喋った。
「アイスピックです。…ええ、冷徹に突き刺す、という意味だそうです」
そう終わり、次に人が話す。
「ルディ・アラバスタだ、黄金蟲って呼ばれてる…嫌な通名だよ」
どこかぎこちない男性、
「わたし、リリー!」
いやに素直で、不安定さを感じる女性、
「やあ、みいはアルファ!アルって呼んでね〜」
なんとなく、奇妙な感覚に包まれた男性、
「クラシカ・リミッドって言いまぁす、みんなクラリって呼ぶけど。ま、好きなように呼んでくださいよ〜」
ふわふわとして不正確な自分と似て同じ男性。
全員が挨拶を済ませて、やはりこちらに向き直る。
忠犬を見るような気分でそのまま託される言葉を紡いだ。
「本題へ入るが、クルーラーの紛失、壁の破壊、元社員による不法侵入があったのは分かっていると思う。まぁ、そうだね......これからの指令が何かは分かると思う。
紛失したクルーラーと不法侵入した元社員の捜索をしてほしい。それが今回の指令になるね」
全員が言葉の終わりを待ち、不思議に思ったことを質問する。ルディが先に口を開いた。
「紛失したクルーラーの捜索は分かる...けど、不法侵入者なら|DP《デジタルポリス》案件では?」
「そうかもしれない。でも、これは少し厄介で...不法侵入者がVなんだ、あのお人好しなんだよ」
その言葉にエレインの視線が強くなる。出来るだけ目を合わせないようにして、他に来ると思う質問に言葉を載せていく。手元にあった資料を見ながら口を開いた。
「Vってのが誰か分からないのもいるだろうから...説明すると、正式な名前はヴィル・ビジョンズ。28歳、男性。ネオワシントンのD-002-047地区、高層ビルの建ち並ぶ地区だね。
そこのD-002-047-o-28の14-103在住。出身はネオワシントン、6歳に修道孤児院スタスの元孤児からアルド・オリオンの養子に引き入れ、22歳でグリティニー大学を卒業、22歳半でオリオン入社...ここは省くよ。
で、最終的にここをやめて、ソロの|傭兵《万事屋》として活躍中にここに入ってクルーラーを盗んだわけなんだけど......何らかの手違いで、このお人好しの頭の中にクルーラーが入ってるらしくてね。
生死は正直問わないが、とにかくクルーラーの奪還とVの拘束、殺害、記憶の消去...何でもいい、無力化してくれればかまわない」
紡いだ言葉を区切って、聞き続けた社員を見た。次の瞬間にエレイン以外の全員が一斉に喋り出す。
「それって儲けになるの?」
「わたしは何もできないのに?!」
「それ...ぼく、一人でやるの?一人にするの?」
「ぼくにできますかね、できるといいんですけどね~」
うっすらと頭痛がした。エレインは何も言わずに沈黙したまま指示の発令を待つ。
頭を掻いて、体の良い言葉を舌で転がすように並べ立てた。
「ある程度のボーナスを設けるつもりだから、儲け話の一種ではあるし、常に二人一組で行ってもらう。
また、どんな人材であれ、向き不向きを補うような組み合わせにする。安心して取りかかってほしい。
それと...Vの動向に関しては、DPからの目撃情報、各地の監視カメラ、クルーラー内にあるデータ送信の情報で分かっているから適切なタイミングで行動にうつすだけだ。
ただ、しばらくは、私生活の監視にあたってほしい。それなら、できるだろう?」
全員がそれに頷いた。安堵と達成が、同時に沸き上がった。
開発部門から送られたデータを基に行動範囲を決めつつ、組の編成を行った。
ルディとリリ。|エレイン《アイスピック》と|クラシカ《クラリ》。そして、僕と|ヴィレイド《アル》。
それぞれが|相棒《パートナー》を確認し、最後にもう一人の駒に挨拶をした。
オリオン社の持てる技術力を費やしたアルド・オリオンを模した完全学習、思考型のクローンが25体ほど。
中に内蔵された3つ以上の様々なインプラントを隠すように顔や衣服が肉として装着されたエンドスケルトン。インプラントはそのエンドスケルトン中に搭載され、目、口、耳、首、腹、腕、足、手、背中等と全身にある。
認識しているものでも、
目に対象者の動向を壁などの障害物を貫通して視認する|detection《探知》。
口に対象者の言葉や声を模倣する|reproductive voice《複製声》。
耳に対象者の言葉を理解して学習する|hearing ability《聴力》。
首に核となる部分を隠す為に一時的に強化する|toughening up《身体強化》。
腹に防御シールドを発生させる生成装置の|defensive wall generation《防御壁生成》。
腕に握力を上昇させる|Gorilla Arm《腕力上昇》。
足に10mほど跳躍力を上昇させる|jumping《跳躍》。
手に刃物や銃器を素早く入れ替えて使用できる|arms trade《武器交換》。
背中に常に飛行できる|Jet pack《ジェットパック》。これは日本製のものだ。
また、脳に|learning device《学習装置》や|memory processing《記憶処理》、|memory saving《記憶保存》とサイバーヒューマンやオールドヒューマンと何ら変わらないように行動、思考できるものがある。
この場合、クローンというよりは新たな人間を作ったと言った方が正しいのだろうか。
どちらにせよ、使える駒が複数体いることに変わりはない。
紹介文を読み上げ、この奇妙な鋼の人間を模した機械の用途を説明し、自分以外の二組に向かって微笑んだ。
機密情報であるからにして、世間が故人を模したクローンをどう思うかはよく分かる。
企業と企業の“良い取引”とやらで話すようにして、商品の説明をしていく。何が利点で、何が欠点かを包み隠さず口にする。信頼とはそう得るものだ。
このクローンは首の少し下、胴体と首の切断境に核が位置し、赤く重いようなものがクローンの|核《コア》となる。核はこれもまた機械の一つではあるが、心臓の形を模して身体全体に無数の電線を血管のように張り巡らせ、身体全体に行き渡るインプラントと電力となる核を繋いでいる。
つまり、核を壊さずとも、特定のインプラントを無効化させることはできるが、核を壊せば全てのインプラントの機能が停止する。
逆に言えば、核が知られるまでは、ちまちまと破壊されるだけの機械的な|肉壁《タンク》となり得る。
それにこのような非人道的な商品はクルーラー同様に世間からはまだ知られていない。
それこそ、開発部門のかなり上位な者や社長でしか知らないだろう。だが、研究や企業というのは厄を招かざるを得ないのかこういったものをよく開発するケースが多い。
例えば、記憶を改ざんするインプラントや感度を高低させるインプラント、一時的に拘束するインプラントなど様々な犯罪目的で使用されるようなものがオリオンの中でもたまにある。
そういったものはひとまず、放置する。そうすると、必ず翌日にはなくなっている。
別に紛失したところで誰も騒ぎはしない。データは既に取ってあるのだから、複製して上位互換のものを開発すればいい。しかし、なくなった例のオリジナルのインプラントは闇市にでも横流しされているのだろう。そうでなければオリオンのインプラント開発の社内情報が漏れることはない。
正直な話、始めにインプラントを開発していたのはオリオンだけだった。それが何故かインプラントの開発手順が漏れ、日本製や中国製、フランス、イギリス、ロシア製などインプラントが輸出輸入の商品として国の貿易商品として出された。これは想定内のことではあるが、予見している時よりもそれが、かなり早かった。
つまり、こういった犯罪行為やスパイ行為を行う人物が社内にいたということになるが、最近はそのようなオリオン社の性能と酷似したインプラントが市場に出回ることは少なくなっていた。
もういなくなったと安堵すればいいのだろう。
しかし、このような説明をして、納得したような社員に社長はこういうべきだろう。
「今すぐに、指示された命令を行動しろ」
あまり命令口調で言わないせいか、声が震えたものの、それでも士気はあがったようだ。
動き始めた社員の後を追って、いつぞやの鼠の尻尾を掴みに足を動かした。
**脇役 要点紹介**
▣アーデン
名前:グラン・デイトバック(グク)
年齢:32
性別:男性
担当位置:アーデン/デジタルランナー
インプラント:マップ(地図を表示)
インプラント部位:目
サイバーヒューマン
名前:ヤスヒロ・ウチダ/内田康宏 (ヤスヒロ)
年齢:28
性別:男性
担当位置:アーデン/クラッシュサイバー
インプラント:ゴリラアーム(腕力上昇)
インプラント部位:腕
サイバーヒューマン
▣ルーンレイ
名前:オリバー・マシュー(オリー)
年齢:33
性別:男性
担当位置:ルーンレイ(サイバーヒューマン保護団体)
オールドヒューマン
名前:セルゲイ・ケニー
年齢:28
性別:男性
担当位置:ルーンレイ(サイバーヒューマン反対団体)
オールドヒューマン
▣オリオン
名前:クローン
年齢:不明
性別:不明
担当位置:オリオン/アクションサイバー
インプラント:???
インプラント部位:全身
オリオン社製サイバークローン(在庫:10~25)
▣その他 脇役(詳細)
▪アルド
アルド・オリオン
オリオンの初代社長でイーオンの父に当たるほか、ヴィルの義父でもある
生前は研究者としての反面が強く、様々な発明を世に出した
▪セグレブ
セグレブ・ケニー
オリオンでクルーラーのシステムエンジニアを務めたサイバーヒューマン
要は設計者だが、最近は様子がおかしく■■をやけに信用している
セルゲイは弟に当たる
▪セルゲイ
セルゲイ・ケニー
オリオンでクルーラーのプログラムのリーダーを務めたオールドヒューマン
現在はルーンレイに所属し、サイバーヒューマン反対派になっている
セグレブは兄に当たる
▣ルヴァン
現在、該当なし
▣ウィッシュウォッチ
現在、該当なし
▣グリティニー大学
現在、該当なし
▣マチェピカ大学
現在、該当なし
▣グランド合唱隊
現在、該当なし
▣ラーニ放送局
現在、該当なし
▣修道孤児院スタス
現在、該当なし
▣DP(デジタルポリス)
現在、該当なし
↓世界観語句 記載
https://tanpen.net/novel/b8deb1f0-970f-4fa4-a3d6-8ff6c0335f2a/
色々と追加、伏せられている部分を進行と同時に記載するつもりです
...色んな人出てくるなぁ...水毒ヴィーノさんだけ、あまり表現しないタイプなんで難航しそうだが...やるだけ、やってみようか。
エレイン=カスティーリャさんに関しては、完璧主義なら文字も綺麗だろう...という偏見です。
謎か一話一話がとんでもなく長くなりますね...恐ろしや...。
そして、なんとなく見づらいんですよね。台詞と文章が一体になっているからだろうね。
まぁ、ええか...よくないか......今更スタイル変えてもどうにもならないし、やめておきましょう。
〖CP047 -NEO USA of LEGENDS- 世界観語句〗
追加等される可能性があります
▪サイバーヒューマン
体内にインプラントを埋め込んだ人間のこと
▪オールドヒューマン
体内にインプラントがない普通の人間のこと
▪サイバーサイコヒューマン
体内にインプラントを三つ以上埋め込み、理性を失って暴走化した人間のこと
最悪の場合、死に至る
インプラントを三つ以上入れた場合、活性化し寄生・侵食が早まる
▪フェイクオールドヒューマン(サイバーヒューマン)
〖ルーンレイ〗の組織内に何故か所属しているサイバーヒューマンのこと
オールドヒューマンには気づかれないが、サイバーヒューマンには気づかれやすい
アクションサイバー、クラッシュサイバー、デジタルランナーとは別物
▪NEO USA
ネオワシントン(首都)、セカンドニューヨーク、ナイトシティと3つの州に別れた元アメリカ合衆国の新たな名前
▪セカンドニューヨーク
オリオン、アーデン、ルーンレイがあるレジェンドが誕生する都会的な憧れの土地
治安はナイトシティより下
▪ナイトシティ
治安が最も悪く、犯罪が多い土地。しかし、組織に入ると人情に厚く歓迎される
▪ネオワシントン
国際的に将来有望な若者が集まる土地。様々な学校がある
方面に長けて優秀な人材が多い
治安は一番良い
▪オリオン
世界を大きく変えた有名企業
クルーラーを開発した企業
▪アーデン
サイバーヒューマンだけで結成された組織
▪ルーンレイ
オールドヒューマンだけで結成された組織
最近は内部分裂が起きている
▪ルヴァン
ナイトシティ内に存在するギャングの一つ
喧嘩は物理的に買う様子が多く見られる
個々として名を挙げたり、組織として名を挙げたりする者もいるが、基本的にはルヴァン内に所属するナイトシティ住民が多い
▪ウィッシュウォッチ
ナイトシティ内に存在するギャングの一つ
喧嘩はデシタルで行うほど保守的な為、ウイルスなどのサイバー攻撃が多い
▪ヴィランジ
NEOUSAを騒がせる犯罪組織の一つ
人身売買、拉致誘拐など数々の悪行を取り仕切るものの、大手企業との事案が最も多くDPの出動が絶えない
▪グリティニー
ネオワシントンに存在する有名な大学の一つ
様々な学部学科が存在し、グリティニー大学卒業後にオリオンへ就職する進路者が多い
▪マチェピカ
ネオワシントンに存在する有名な大学の一つ
変わり者が多いが、様々な学部学科が存在し、進路先も非常に自由である
▪ソロ
一人という意味
▪アクションサイバー
主に戦闘をするサイバーヒューマン(固定)のこと
危険率90%、主に外部の損傷によってクラッシュヒートする可能性が高い
▪クラッシュサイバー
主にアクションサイバーのサポートをするサイバーヒューマンのこと
危険率60%、サポート(戦闘面)のため、外部の損傷によってクラッシュヒートする可能性が高い
オールドヒューマンも可(サポート面)
▪デジタルランナー
主にアクションサイバー、クラッシュサイバーのサポートをするサイバーヒューマン、オールドヒューマンのこと
危険率65%、アクションサイバーとクラッシュサイバーの脳内に一時的に入り、サポート(道案内等)するがウイルスやサイバー攻撃を受けやすいほかサポート時に体温が高温になるため氷水等で冷やさなければならなくなる
▪サイバーヒューマン反対団体
オールドヒューマンによって結成され、ルーンレイ内部でサイバーヒューマンの人体改造を反対する組織
▪サイバーヒューマン保護団体
オールドヒューマンによって結成され、ルーンレイ内部でサイバーヒューマンの人体改造を支援する組織
▪クルーラー
オリオンが開発した人格プログラム。サイバーヒューマンにデータチップ(情報入りのUSB的なもの)を入れると激痛と共に最終的に入れられたサイバーヒューマンを宿主として寄生する
本物の寄生型でレイズ・シルバーの人格が入っている
▪デジタルコフィン
クルーラー内に存在する棺のこと
オリオン社内にも厳重に保管される棺と■■している
▪デジタルゴースト
インプラントの中に稀に入っている前の持ち主やプログラムの記憶の疑念体
プログラム的には人格が搭載されている、もしくは強い念によって形成される
▪V-o28
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■、■■■■■■■■■。
▪レジェンド
皆がなりたいと望む大きな夢。世界的に有名になることを指す
▪レイズ・シルバー
10年前に単身爆破テロを起こしレジェンドになった男性。後にオリオンによってクルーラーの中の人格プログラムになった。脳内にチップを入れたヴィル以外には見えない
▪インプラント
サイバーヒューマンが部分的に入れる能力上昇のパーツ。三つ以上入れるとサイバーサイコヒューマンになる
通常は搭載や入れる形で三つ以上入れなければ危険性低い
▪クラッシュ、クラッシュヒート
クラッシュは気絶、クラッシュヒートは死亡を表す
▪デジタルポリス(DP)
オリオンが癒着し、民営化されたNEO USAの警察
オリオンのエリート部隊が警察として動いているという噂もある
▪デジタルウォール
主にデシタルランナーがインターネットの海に沈む前の最後の防波堤
防波堤を越えると波に呑まれ、現実では廃人化する
▪インターネット空間
蜘蛛の巣のような網で形成され、デシタルウォールを境に安全な地面である陸地と危険なデシタルウォールの先のインターネットの海に別れている
陸地には様々な情報が転がっているが、ウイルスなど危険なスパム広告も大量にある
▪アルド
アルド・オリオン
オリオンの初代社長でイーオンの父に当たるほか、ヴィルの義父でもある
生前は研究者としての反面が強く、様々な発明を世に出した
▪セグレブ
セグレブ・ケニー
オリオンでクルーラーのシステムエンジニアを務めたサイバーヒューマン
要は設計者だが、最近は様子がおかしく■■をやけに信用している
セルゲイは弟に当たる
▪セルゲイ
セルゲイ・ケニー
オリオンでクルーラーのプログラムのリーダーを務めたオールドヒューマン
現在はルーンレイに所属し、サイバーヒューマン反対派になっている
セグレブは兄に当たる
▪AI(人工知能)
オリオンが開発した学習型人工知能で、名前を■■■■と名付けられている
サイバーヒューマンを模倣することができ、インターネット空間内ではデシタルウォールを抜けることができるほど自由な行動力をもつ
また、現実では■■■■■■■■■■■■を操れるのではと陰謀論がある
▪サイバークローン
オリオンがクルーラーの次に進めている企画の一つ
インプラントを3つ以上搭載してもサイバーサイコヒューマンになることはなく、命令を忠実に行う
▪デバッグ
バグを治すこと
デジタルランナー、インプラントドクターでしか行うことができない
▪バグ
サイバーヒューマンの身体的、精神的の怪我のこと
悪質なスパム広告、メール等によるウイルスも該当する
▪傭兵
万事屋のこと
▪グランド合唱隊
NEO USAで有名な合唱隊
メインボーカルの一人が非常に人気を誇る
▪没入型VR
視覚、聴覚、味覚、痛覚など様々な感覚を仮想空間内でも機能できるようになったデータ空間タイプの体験行為
一般的に安全なものが多いが、中には”違法VR“なるものがあり一度見てしまうとヘッドレスに擬似的なロックがかかり、脳を物理的に焼く違法なVRも存在する
▪|墓場《ゴール》
身寄りのない故人や廃棄されたものが眠るコンテナの連なるゴミ処理場
▪ラーニ放送局
ナイトシティではマスゴミと称されるNEO USAの国民的放送局
[ようこそ~...]、[グッモーニング!...]が最初の挨拶として特徴的な番組をもつ
▪修道孤児院スタス
ネオワシントンのやや外れのナイトシティ付近に位置し、オリオンの支援が長く続いている孤児院
養子縁組や清掃活動など、キリスト教を説きつつ、ボランティアなどを行う
▪聖杯(女神の泉)
セカンドニューヨークに位置するラム・ラインブレットが経営する酒場の一つ
組織加入者、会社員、無職など関係なく誰でも家族のように酒を浴び、様々な方面の物語が綴られる
尚、店舗内での喧嘩や殺人、乱交、誘いは御法度
▪インプラントクリニック(イーザ)
セカンドニューヨークに位置するキアリー・パークが経営するインプラント専門のクリニック
セカンドニューヨーク内で最も白く、信頼性と親密度が高い個人経営店
▪ダイナー ランチタイム
セカンドニューヨークに位置する一般的な飲食店
NEO USAにて約160店舗ほど存在し、お子様も利用できるほどの価格の安さで親しまれる
新聞の貸し借りや簡単なボードゲーム等ができる
裏メニューが存在するが、そもそも知る者は少ない
▪ローズ劇場
セカンドニューヨークに位置する劇場の中で最も人気な劇場
ミュージカルや演奏会、合唱会など様々なイベントが豊富に公開、公演されている
▪ドールハウス
ナイトシティに位置する風俗店
ドールは生身のサイバーヒューマン、オールドヒューマンで様々なプレイを行う
▪ドールリカバリー
ドールの処置、処理を行うヴードゥー・ジャックの個人経営クリニック
処理をされたドールの行方は不明なケースが多い
〖大鳥の餌〗
少し重たげなヘッドレスが頭を締める感覚がなくなった頃に、瞼を開けた。
まるでゲームのデフォルト空間のような白いタイル状の床に障壁と言うのか分からない壁が周りを囲み、その小さな箱庭に転々と白いタイル状の塔のような障害物が立っている。
「……VR?…だったか、これで良いんだよな?」
そんな独り言を視界の四隅で可視化されたチャットを見ながら呟いた。
没入型VR。確か、視覚、聴覚、味覚、痛覚など様々な感覚を仮想空間内でも機能できるようになったデータ空間タイプの体験行為を行える代物で、一般的に安全なものが多いが、中には”違法VR“なるものがあり一度見てしまうとヘッドレスに擬似的なロックがかかり、脳を物理的に焼く違法なVRも存在するといった一時期、社会問題として犯罪組織の手法の一つにあった。
それがアーデンの身体能力調査、言わば新人のテストのようなものでデフォルトの仮想空間の中でデータを取るといったものだった。
デフォルトの状態で売っているVRなら、中にデータはないのだから技量さえあれば自由に弄れる。
アーデンのまとめ役のような役割をもったグク…グラン・デイトバックからはこのVRはマルチプレイ対応であるから、他のメンバーとの腕試しとしてプレイしてみて欲しいとの話をされた。
それを「嫌だ」なんて断る理由もないが、|富の巣窟《オリオン》の社員時代にVRゲーム開発部のデバッグを任された思い出が浮かび上がったものだ。
あまりゲームはしないし、VRもそこまで詳しいわけではないが実際、プレイしてみるとデフォルト…つまり、何も形成されていない土地の世界は現実世界と何ら変わらず、目は遠くを見渡せるし、手足も口も自由に動く。
おまけについているインプラントもリンクしているようで足に少しの重みと、頭に痛みを感じる。
だんだんとその痛みが激しくなり、胸の鼓動が激しくなる。
そのままタイル状の床に両手をついて倒れ込んだ途端、胃へ喉から上がるように焼けるほど熱く、ひどく酸っぱいものがせり上がり口から飛び出るようにして吐き出す。
吐き出したそれはタイル状の床には描写されず、現実世界へそのままのようだった。
割れるような痛みは暫く暴れ回って、チャットにグクの心配するような言葉が述べられた。
『おい、V…なに吐いてんだよ』
そのやけに低く刺さるような声により一層、頭の痛みが激しくなる。
頭の中の|電脳幽霊《デジタルゴースト》はVRにまで出てこれるのか。
デフォルトの視界では、どこにクルーラーの侵攻を抑える薬があるのか探すことができず、ただひたすらに耐えることしかできない。
『……ああ、現実世界の目じゃないもんだから何も分からないのか?…俺からしちゃ、てめえが頭にバカデカい機械をつけてることしか分からねぇんだよな』
見えているなら助けてくれ、などと頼もうにもできなくなくなり痛みが引くまで床に突っ伏し続ける。
そうしていると、やがて痛みが引いていき、頭の中がすっきりとしたように解放される。
『…楽になったんなら、とっととやれよ』
声だけが聞こえるレイズに舌打ちして、視界の中のチャットから音声へ接続する。
接続した次の瞬間、聞き覚えのある男性達の声が心配したように頭の中へ響いた。
一人は心配そうに。一人は楽しそうに。一人は興奮したように。一人は、何も言わなかった。まるで早くしろと急かされているようだった。
「V?V、大丈夫か?」
「大丈夫そう?戦える?」
「あっはははは!いいね、さっきのキミの声!」
「………」
痛みの柔いだ頭を少し抑えて、額の汗を拭った。
持ち物はリンクしていないようで、あくまで身体の能力だけのようだった。
少し疲れた瞳で改めて広がった世界の端にヴィーノの姿が見えて、優しそうな笑顔のまま、こちらへ手を振った。
『返事すんな、持ってかれるぞ』
「何にだよ…」
『サイコパス野郎のペースだよ。元エリート様の甘ちゃんには分からねぇか?』
「…勝手に言ってろよ、ドヤ街野郎」
レイズの一言目が聞こえる寸前にグクの声が頭の中に響いた。
「V?誰と話してるんだ?ヴィーノか?……まぁ、何でもいい。やってもらうことの説明をするぞ。
やることを簡単に言えば身体能力調査だな。ただ、普通の調査やテストじゃない。そこの荒くれ…じゃなかった、メンバーと軽く手合わせしてみてくれ。
ついてるVRは色々と感覚も共有するし、そこそこ痛い思いもするだろうが…まぁ組織ってのはそういうもんだ。慣れてもらわなきゃ、使えない駒は捨てられるだけだ」
「へぇ、所謂ところの捨て駒か?」
「あー…そうだな。でも安心しろ。俺はそこまで薄情じゃない。そうだろ?
だから、そう…そうだな、少〜しだけハンデをやるよ。
ルカだけ初動を十秒遅れて行動するようにさせてるのと、スーさんが使う毒を数秒だけ反応が鈍くなるような毒に入れ替えてる。本人は納得してないがな。
それと、このVRは安物で影まで作り込まれてない。
だからシグマの“影絵”も使えない」
「…ハンデが多くないか?」
「好戦的な奴が多過ぎるからだよ。使えそうな玩具をすぐに壊されちゃ、俺だって困るんだ。
じゃ、このイカれた|テスト《クソゲー》の話だが…本テストの制限時間は10分。クリア条件は誰か最低、一人でもダウンさせることと、制限時間の五分以上まで生き延びること。
で、ダウンに必要な|条件《ライフ》は三回、攻撃を当てること。やり方は何でもいい。
頭の上にキュートなハートマークが3つ浮かんでるはずだ、それが全部真っ黒になったら終わり。
要はリアリティのあるFPSゲームだ、簡単だろ?」
「…かもな。前に始める前からバッチリ狙ってるスーさんがいなけりゃ簡単だったな」
「へぇ、お前って運が悪いんだな。ちゃんとロザリオで祈ってんのか?」
「そりゃあ、昔はそこそこ。最近はしてないが」
「ダメじゃねぇか。諦めて毒喰らっとけ、V」
「最悪なプレイだな…武器とかは?」
「今、表示する。お前がそれを掴んだらゲームスタートだ。楽しめよ」
そうグクが言った瞬間にどこかアニメチックな黒い斧が現れる。
手にもった感触は現実と何ら変わらず、重みも感じる。
斧を掴んだまま振り向いて、掴んだ時に聞こえた足音を頼りに振り被ると、しっかりと振った斧を避けたヴィーノが楽しそうな顔をして立っていた。
空を切った斧を見てそんな顔をするヴィーノに俺の顔が引き攣るのを感じた。
『てめえ馬鹿だろ、逃げろよ』
身体かインプラントか、どちらかがようやく適合したのか仮想空間にレイズの姿が見える。
その反吐が出そうな現状に舌打ちをして、横で笑うヴィーノに背を向けてデフォルトの壁をした塔へ身を潜めようとして始めからそこにいたローグの“小大砲”から出た弾をもろに喰らった。
「そんな簡単に……大丈夫かよ…」
「余計なお世話だ!」
簡単に喰らった俺を心配そうにしたローグの足に蹴りを入れて、転んだ身体の頭に斧を振り被る。
肉が潰れたような感覚を感じながら斧を一気に引き抜き、後ろで首に針を刺そうとしていたヴィーノの腹を殴って、倒れたままのローグと項垂れたヴィーノと距離を取って時間を確認する。
--- 【07:53】 ---
残り2分。これで、飛ぶ必要はなくなった。
起き上がったローグに斧をぶん投げようとして、閃光のようなものが目に映り手が急激に熱くなり、指が数本吹き飛んだような痛みに襲われる。
驚いて目を見張るとシグマのコルトパイソン357マグナムが親指でハンマーを起こされ、両手でしっかりと持ったシグマの手にトリガーが引かれている。
マグナムの銃口は微かに白い煙が立ち昇っており、指先の激しい痛みと同期して中々消えることがない。
「……V、前見なよ」
シグマの声に促されるまま、前を向くとルルカが床に落ちた斧を“強奪”で拾っている。
遠くでシグマが狙いを定めているのが横で見えた。
「ああ、クソ…マジかよ?ルカ、返してくれたりしないか?」
「素直に“どうぞ”なんて言うと思うか?」
「……だよな」
残り1分。
斧を拾ったルルカがそのまま突っ込んでくるのを足を引っ掛けて、シグマから飛んだ弾丸の盾に身体を持ち上げる。
『はっ、ひでぇな…てめえ、そんなやり方しかできないのか?』
「…お前の大嫌いな|企業様《オリオン》で学んだんだよ。
欲しいもんはどんな手を使ってでも奪え、ってな」
『そりゃ珍しく良い学びだな。より|屑企業《オリオン》の醜悪さが際立った』
ルルカの頭上のハートを見るが、三分の二しか削れておらず、厳しいことが分かる。
床に落ちた斧を拾ったと同時にルルカの身体をシグマの方向へ投げて、斧をヴィーノとローグの方へ投げた。
投げた両方がぶつかる音とタイムが止まる音が同時に響いた。
--- 【04:50】 ---
---
「悪いな、盾になってもらって」
そんな言葉をこちらを睨む灰色の瞳へ許しを乞うように投げた。
「本当に悪いと思ってるのか?」
「……ごめん」
ルルカはそこそこ、先程の行動を根に持っているようでそのまま刺すような視線が離れない。
軽く笑顔を返して、最終的に点を取ることに利用されたローグに手を差し出す。
隣のヴィーノは横を抜けてルルカの方へ駆け出していった。
「ロー、立てるか?」
「…ああ…おめでとう、V。まさか、がっつり標的にされるとは思わなかった。顔の方は大丈夫か?」
「大丈夫だ、有り難う」
差し出した手を掴んだローグを一気に引き上げ、背中を叩く。
「…今度、飲みに行くか?どこがいい?」
「争った後にそれか…そうだな、|女神の泉《聖杯》でいいか?」
「ああ、空いている時に言ってくれ」
そうやって会話が終わった後に仮想空間からローグが最初に消えた。
そこからヴィーノ、ルルカが消えて、最後にシグマが口を開いた。
「お疲れ様、V。何か手助けしたような形になっていたけど、良かった?」
「全然良い。最近、注意散漫になりやすいんだ。助かったよ」
「それは…嫌味?」
「いや?単なる感謝だよ。ところで、マグナムしか使ってなかったが、インプラントは?身体強化のできるインプラントがあっただろ?」
「身体能力強化のこと?使いたくないんだよね〜…あんまり」
「……そうか。悪いことを聞いたかな。お疲れ様、シグマ」
「大丈夫。グクが呼んでたから、行ってやれよ」
伝言を聞いた直後に視界の中がひどく歪んで、現実世界へ引き戻される。
頭を締めつけられる感覚も戻り、目の前に胃液だけが混じった小さな吐瀉物だけが足元に寝転んでいた。
---
カウチのソファで煙草を吹かすグクに次いで、ポケットを探りハートボックスを開いた。
中にはカートンとすらも呼べない空っぽの箱。そういえば、買い足していなかった。
『おい、まさか煙草を買ってなかったのか?用意が悪いな』
グクの隣にレイズが豪快に座り、出る煙を吸うように手で扇ぐ。
何も見えないグクはレイズを押しのけることなく、乾いた唇から言葉を流した。
「なんて言えばいいか……合格だ、おめでとうと言いたいんだが…」
「へぇ、リーダーが素直にチームメイトを褒めないなんてあるんだな」
「褒めたいは褒めたいさ。ただな、V…あんたの戦い方には…少し、怖さを感じたんだ。まるで……そうだな、他人を蹴落とすようなやり方っていうのか?そういうの、組織っていう家族の一つではあまりして欲しくなくてな」
「……あー…そりゃ、悪かった。どうにも…ソロでやってきた癖が抜けないもんで…」
「…いや…悪いやり方とは、一概には分類できないんだよ。元お国のお抱え企業のエリートなら尚更だ。彼処は誰も彼も蹴落として、上へ上へ登り詰めなきゃ生きていけない。痛いほど分かるさ」
「それは…有り難いな。それで、話は?説教だけを垂れるのなら、そろそろ帰るぞ」
「説教?何も頭ごなしに叱ってなんかいないだろ」
「へぇ…じゃあ、なんだ?応援の言葉か?」
グクが持っている煙草の火を灰皿へ潰すように消して、色の濁った歯を見せて笑った。
「応援…まぁ、似たようなもんだな。V、アーデンは色んな奴等の集まりだ。例え、どんな奴が入ったって拒みはしないし、ある程度自由にさせてる。けど、そんな自由な組織にも一定の絆ってものがある」
「説教じゃなく、仲良しごっこの話か?結局のところ、何が聞きたいんだ?」
「……あんたの過去について、もう少しだけ知っておきたい。頼めるか?」
「虚言を交えてなら」
「真実だけを、言ってほしい」
「…出会って数時間しか経ってないのにか?」
「そうだな。でもな、V。信用や信頼はそう得るもんだ。知ってるだろ?」
確かに、そうだ。
口説くようにしてグクがそのまま言葉を続けた。
「あんたの小さな頃でいい。スタスの、修道孤児院スタスの話を」
「……………」
「ヴィル」
名前を改めて呼ばれた。俺は諦めて口から絞り出すように呼応の返事をして、軽く《《嘘を交えながら》》昔話をした。できるだけ、あの偽善が悪いように。
「親の顔は覚えてない。覚えてないというか、そもそも認知すらしてない。
誰が親だって聞かれたら、迷わずアルド・オリオンだって答える。それくらいの人格者だ。
一応、戸籍上はネオワシントンだが、実際はナイトシティの何処かだろう。
何処かすら分からないのは、物事ついた時には既に修道孤児院スタスとかいう養子縁組のできる孤児院とキリストを祀るクソ喰らえな修道院にいたからだ。
要するに、孤児院に捨てられた赤子だったわけだ」
「その捨てられた赤子は産毛も抜けてない状態で、冷たい吹雪の吹いた寒空の下でスタスの玄関ゲート前に薄汚い毛布に包まれて、適当に放り捨てられてた。
すぐに近くを通りかかったシスターに見つからなきゃ、危うく凍死するところだった…なんて元の両親が聞いたら喜ぶだろうな。
そんなところに放置するような奴だ、元から殺す気だったんだろう。
その赤子に見つけたシスターは去年亡くなったナイトシティの子供の名前をつけたそうだ。
何でもかなり仲が良かったらしい。どうせ身代わりにでもして、心に空いた穴を埋めようとでもしてたんだろ。
苗字は知らないな。神父が適当につけたんじゃないか?
未来があるように、って。…皮肉なものだ」
長いこと喋って、乾いた唇に手で触れながら、更に言葉を続けた。
「スタスではさっき言った通り、助けてもくれやしないゾンビのキリストを祭って「神の御加護を」とか誓って唱えるんだ。ネオワシントンやセカンドニューヨークになら、オリオンに「永久の繁栄を」とか誓った方が救われる確立は高い。いつだって、従順な犬が欲しいんだよ。
そして_」
「悪い。その、もういい。V、聞いてくれ」
ちょうど、喋っていたところをグクに中断され、乾いた唇から手を外した。
「なんだよ、お前が言えって言ったんだろ」
「展開が多過ぎるんだ。それにもういい…スタスが嫌いになりそうだ」
「ああ…スタスで祈ってたのか?悪いな」
「そうじゃない。ただ、シンプルに…同じ立場の人間として、嫌になりそうなんだ。だから、もう言うな」
「…手のひらの返しが凄いな……他に言うことは?」
「あ?あぁ……そうだな、ダイナーの…“ランチタイム”でちょっと注文を頼まれてくれるか」
「今度はデリバリーか?雑用をするために俺はここにいるんじゃないぞ」
「違う。必要な野暮用だ。いいから、話を通しておくから行ってきてくれ」
苛立ったように声を荒らげて、近くにあった紙にグクはペンを走らせ、こちらへ書いた紙を放り投げる。
紙には“|To have loved and been loved is to know the depths of sorrow.《 会 い し 愛 さ れ 哀 を 知 る 》”とだけ書かれていた。
「それを店内の店員として働いてる売女みたいな桃色の髪の女に言え。それで話はつく」
命令のような言葉に少しの重みと、過去の記憶が足を掴んだような気がした。
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それぞれが様々な色に輝くネオンが敷き詰められた空のように感じられる町中を数発の弾跡の残る車で走り抜けながら、助手席に偉そうに座るレイズが執拗に話しかけてくる。
『で、てめえは歳を喰った|指揮官《リーダー》にビビって雑用をこなしに来たわけだ』
「別にビビってなんかないだろ。上は必要なこと以外、部下に用を頼まない。知ってるだろ」
『へぇ…そりゃ、社員としてか?それとも、兵士として?』
「…兵士?」
『ああ……戦場の経験はないか』
「……俺が生まれたのはお前が生まれる十年以上前だ。お前が爆破テロを起こした時でも、まだ18歳だ」
『はぁ、なるほど…それなら、ロシアとウクライナの戦争や他の紛争が更に過激化してインプラントのおかげで世界が色々と変わったのもギリギリ目の当たりにしてないわけか』
「……もう三十年以上前の話だ、アメリカは過去を振り返らない」
『だとしたって、核戦争や三度目の世界大戦染みた過去は知ってるだろ』
「…ただ……革新的な|軍事的強化《インプラント》で戦争が更に過激化して、汚染地域や貧困街が目立って国そのものに余裕がなくなったって話じゃないか。
それに、今は歴史のお勉強なんかしてる場合じゃない。クルーラーを除去する方法を見つけなきゃならない」
『そこに|新参者《ビギナー》が作りかけの|犬小屋《オリオン》をぶっ壊すのも追加しとけ、ナイーブ野郎』
「ああ、|金槌《トリガー》で|釘打ち《ハッピー》してやるさ。試しにお前だ、|電脳幽霊《デジタルゴースト》!」
そう啖呵を切って荒々しくハンドルを切り、ダイナーの駐車場へ向かってブレーキを踏み込んだ。
急に鳴いたけたたましいブレーキ音が|寄生虫《レイズ》の反論をかき消した。
“ランチタイム”と形造られた赤色のネオン管が輝く下を潜り、煙草とアルコールの匂いが混じった店内で色彩鮮やかな桃色の長髪に腰の細い華奢な女性を見つけた。
女性は、裸足で多少の汚れの目立つ小さな子供からしわくちゃになった紙幣を受け取って、にこやかな笑顔を浮かべている。
その女性に声をかけて、少し小さめな声で「会いし愛され哀を知る」と呟いた。
女性は「来る人が変わったのね」とだけ応えて俺の手を掴んで更に言葉を続けた。
「あたしは、リプルト・リヴリー。ここで貴方を見たのは初めてね、V」
「……俺を知ってるのか」
「ええ、朝に新聞だけ読んで帰った人がいるってオーナーから聞いたの。本題に入っても良いけれど、少し話さない?」
そう微笑んだリプルトの手にはダイナーのメニュー表が差し出されていた。
売女らしさが感じられる商人の眼差しをしていた。
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タロットに描かれた死神の絵が脳裏で笑う。
机に広がった錠剤は散らばっており、横に倒れたコップの水に溶けつつあった。
「…オリー、なにしてる」
半ズボンに傷の見える裸足の|男《リア》が部屋の中で入口付近に立って、声をかけてきていた。
「……ただ…寝ていた。それだけだ」
「寝ているだけで、薬が必要になるのか?」
「…俺は……ルーンレイの奴等が、どうしたいのか分からない。昨日までサイバーヒューマンを支持していたのに、明日になると手のひら返して反対しやがる。
おまけにサイバーヒューマンが危ないだとか、AIが怖いだとか…ありもしない噂を真に受けて…ゆっくりと、セルゲイの横へつくんだ。
そこに、ただサイバーヒューマンが嫌いな奴も、インプラントを中に入れるのが嫌な奴もいるかもしれない」
「…………」
「…リア、お前は…なんでここにいるんだ?何か、目的があるのか?」
「まだ……嫌なものがない…消したいものがないからだよ」
「…どういう意味だ?」
答えの意味を聞き返そうとリアの瞳を見るが、どこか朦朧として焦点が合わないように感じる。
「あ、あぁ、悪い…忘れてくれ……き、気分転換に外で運動でもするか?」
「いらない」
ぶっきらぼうに提案を捨てられ、うっすらと頭痛がした。
そもそも、三十代の男性相手に何をしているのか。
今やるべきなのはルーンレイの問題を片付けることだ。
現在のルーンレイは元々サイバーヒューマンに対して保護的で、決して反対的な側面が強く見られるような人が多かったわけではない。
それが最近になって情報社会の波に呑まれたのか、噂の一つや二つに踊らされるようになった。
つまりはありもしない噂と、元々あった不安からサイバーヒューマンを批判的思考に基づいて考えるオールドヒューマンが増えたわけだ。
まぁ、一人に関しては違うのだろうが…個人的な事情には介入しない方針だ。
「リア、俺は外に行ってくる。じゃあな」
焦点の合わない瞳に目を背けて、リアの横を通った。頭の部分に何か、光ったような気がした。
廊下を歩く音の一つ一つが歓声や拍手の音のように聞こえる。
張り詰めるような緊迫感に苛まれ、足が震えを覚えはじめる。
床に手をついて壁に背中を預けて座り込むような姿勢で落ち着いていると、俯いた視線に白のスカートと黒のタイツが見えた。
「……み、見てない!」
急速に冷えた思考の中で、そう伝えるのがかやっとだった。
勢いよく立ち上がり、目の前に中学生のような女児が立っている。
途端に落胆するような声が自分の口から漏れるのを感じた。
「…………ああ……キャットか……」
キャットと呼んだ女児を見れば幼いながらの身長の差がよく開いて見える。
「なんで、そんなに落ち込んだみたいな顔してるの?」
「大人には色々あるんだよ」
ラナート・キャッツアイこと、ラナートは子供ながらに不思議そうな顔をして、学業に生を費やしながらせっせと“反対派”についた。理由は確か、身体に物を入れるのが嫌だったか。
女性にはよく聞く理由だ。男性はロマンを求めるが、女性は可愛いものや綺麗なものに目がない。
要は魔法のようにファンタジックなユニコーンやプリンセスが好きなわけだ。
そんな理由を抜きにしたって、人体に人工物なんて異物を入れるのは抵抗感があるのだろう。
俺が仮に健やかな身体なら喜んで入れるが、彼女はそうじゃない。好きな物は誰だって違う。
少し痛みの波が来た頭を抑えながら、ラナートへ言葉を投げかける。
別に子供を虐める趣味はない。
「時たまに思うんだが、そこそこ良いところのお嬢さんがなんでこんなところにいるんだ?」
「有名な学校へ入学する過程で、インプラントとオリオンの存在を知ったから。でも、体内にインプラントを入れるのは嫌!」
「へぇ、じゃあサイバーヒューマンに会ったらどうするんだ?」
「普通に話すよ!」
「そりゃ何で?」
「だって、同じ人間なことには変わらないもの!インプラントが入っていても、人間は人間でしょ?」
「あー…そうか、そうだな……」
子供というのは、やはり純粋であるものだ。
痛みが激しくなる頭の中で、死神が鎌を手にかけた気がした。
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ヘルパーから送られる動画に映るもぬけの殻のようになった兄を見て、両手の拳に力がこもるような感覚がした。
|愚者《47》は未だに見つからない。何度、街へ身体を駆り立てても痕跡すら掴めない。
タロットに映る|女教皇《オリオン》は激しく主張し、|魔術師《セグレブ》を嗤う|皇帝《AI》を引きずり降ろす|愚者《V》はいない。
これでは|隠者《セルゲイ》も、|吊るされた男《ヴィネット》も、|悪魔《金になった男》も…誰も救えない。
|世界《アルド》が作り上げた擬似的な息子ですら、救うことはできない。
|月《誰か》は|太陽《イーオン》に照らされるが、一時的なものに過ぎない。
焦燥感と映像の残る頭の中で瞼を閉じた。
「それ、お兄さん?」
聞き覚えのある声に携帯を閉じて、顔も向けずに返事をする。瞼の裏で光が侵食している。
「……ああ、セグレブ・ケニーだ。元々、オリオンの…システムエンジニアだった」
見えない姿から声を頼りにシータだと分かる。少し好奇心の強い、揚々とした声。
「…オリオンのシステムエンジニア?そりゃ凄いね、重役だ」
「重役、重役ね……あそこに何人、システムエンジニアがいると思って………いくらでも換えは利くんだ、働けなくなったら切っちまう。だから…」
「今、無職ってこと?」
「そうなるな…セグレブは近々、浮き足立ったみたいで何を言っても上の空だ。まるで何かに取り憑かれたみたいに上を見る」
「取り憑かれたって、何にさ」
「……“皇帝”」
「皇帝?なに、王様でもいるわけ?」
「いや……例え話だ。今、全てを支配しそうな…“V-o28”の“ゼウス”が“過激的なノアの方舟”に_」
「ちょっと待って、君が凄く面白そうな話をしているのは分かる。けど、ほら…専用用語って言うの?それが、多いよ!」
「………ああ、うん…いや……確かに、そうだな。それに…そもそも、オリオンと無関係なのに知ってるはずないか…」
「…よく分からないけど……それ、今の私が理解できる?」
「いや…全く。Vなら、ヴィルなら……」
「V?あの傭兵?」
「……その、ああ……多分、そのVだ。また後でいいか?」
逃げるようにシータとの話を切って、携帯を弄りつつ、廊下の床を足で勢いよく蹴った。
横を通ったサラが何事かと振り向いたが、特に声もかけずにシータの方へ進んでいった。
しかし、ナイトシティに生きた人だからこそ、シータだからこそ、分かることもあるものだ。
ナイトシティはひどく治安の悪い街で犯罪行為は日常的に起こる。そういったところへ住むのは大抵、孤児やホームレスで行く人間なんかは金のある富豪に雇われて武器を引っ提げた傭兵くらいだ。
だからセカンドニューヨーク暮らしの自分が『最近になって腕の良い傭兵が誰であるか』とか『変なインプラントの頭に入れた独立傭兵の居場所を知っているか』なんて質問には答えられない。
それぐらい傭兵の情報には疎かった。
何しろ傭兵に仕事を頼むことなどしないし、オリオンだってその名前を聞かない。
極一部の人間なら、もしかしたら知っているのかもしれないが…大抵はセカンドニューヨーク出身の方が多い。
学業に励むネオワシントンか、|伝説《レジェンド》を目指すセカンドニューヨークか…はたまた、犯罪が蔓延するナイトシティか……何を選ぶかは人それぞれだろう。
しかし、新天地こそ良い情報があるかもしれない。ここは一つ、ソロで行動するべきだろうか。
ひとまず、希望を探さなければならない。
|愚者《星》が堕ちる前に、取られる前に…手を伸ばさなければならない。
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オリオンという会社は外見や性別、障害、能力などにおいて差別的に見られることはなく、単に能力だけを評価する。
その能力を適材適所に振り分けた仕事から評価し、人それぞれの報酬に応じた額を与える残業を禁止する定時帰宅の会社で、三十年程前にセカンドニューヨークでアルド・オリオンが創設し、長期に渡って武器商の一つとしてインプラント開発会社で最も権力を握り、様々なことを支配下におく会社である。
しかし、どんなに大きく太い会社にも一定の闇というのが存在する。
それがどんな闇だったとしても、黙認するほかない。
だが、それを知らないと言ってはどうだろうか。
仮に、実際に社長の席に座った若者を動かすのは歳を喰った古びた官僚で、社長の席に座る若者は単なるお飾りだとしたら、オリオンという名前の幼い社長の信頼は地に堕ちるだろう。
しかしながら、その社長を操る官僚のやり方にも問題がある。
後ろ盾にいるのはDPの署長やラーニ放送局の会長やプロデューサー、修道孤児院スタスの修道長、NEO USAの大統領クリプトン・ミリティア、有名大学の理事長など…そこまでに政治的にもメディア的にも国際的な部分は強いものの、大きな事柄に目を向けるばかりで、大きな事柄になり得る小さな火種を取り零す可能性が高い。
そういった火種を拾うのが世間では“マスゴミ”と揶揄されるラーニ放送局の下っ端記者だ。
「前にローズ劇場にいたのは、どういうことですか?」
そう下っ端記者の内の一人、一際目立ち活力に溢れた|キャロライン《キャロッツ》・ルーセルが長い金髪に野心的な赤い瞳を刺すように食い込んだ。
「プラベートなご質問にはお答えできません」
そう獣を狩るような眼差しの記者に答えて、前を歩く|ヴァレイド《アル》の背中をやんわりと押した。若干、足の歩みが遅く感じる。
「前、ゆっくりでいいからしっかり歩いて。僕はちゃんといるから」
「…………」
「アル?」
「……お酒の匂いが…するんだけど、いいの…?」
「…良いんだよ」
アルに合わせた歩調で歩みを進めていたが、必然的に記者であるキャロッツもついてくる形になり数十分程を歩いたところで|女神の泉《聖杯》が見えてくる。
ラム・ラインブレットが経営する酒場の一つで、どんな身分の人間でも入れるが、店内での暴動や乱交等は禁止され、比較的に常識のある店だった。
ヴァレイドの鼻を抑えながら店内へ入ると、既にキャロッツの姿はなかった。
代わりに物珍しそうな顔をした常連らしい客と神妙な顔のラムがこちらを見ていた。
「……随分と、また…珍しい客だね」
ラムがカウンターへ招いて、席へ案内する。改めて合った視線がどうにも恐ろしく感じる。
うっすらと感じる威圧感の中で、先に切り出したのはやはりラムだった。
「それで、天下のオリオン様が何の用だい?隣の若い子も見たことがないし」
先手を打たれた質問にヴァレイドがほんの少しの警戒心を含みながら応えた。
「…ヴァレイド・アルファ。みぃのことはアルと呼んでいいよ」
「へぇ、それじゃアルだ。歳は?見たところ、そこの社長様とは違って若いんだろう?」
「…15歳」
「……ふぅん………オリオンってのは、経営難なのかい?こんな小さい子供も雇用するくらい、職場環境が悪いなんて知れて良かったよ」
「いや……その…」
吃ったヴァレイドにラムが笑って、リンゴジュースを渡し、「変なことを聞いて悪かったね」とだけ答えて僕の方へ狙いをつけた。
「……で、どうなの。いつものこと?」
「…官僚がナイトシティで都合の良い子供でも連れてきたんだろう」
「はぁ、なるほど。あくまでも|看板《イーオン》は飾りと」
「そんなことは言っていない」
「…その割には、何も知らないような口ぶりだったじゃないか」
「社長だからって、何でもかんでも出来るわけじゃない。年齢が低い内はどう足掻いたって、上に舐められるさ」
「……ああ、そう。それで、その舐められまくった社長様は部下を引き連れて…何でここに来た?」
「……………」
「言えないのかい?」
「……|お人好し馬鹿《ヴィル・ビジョンズ》を探してる」
「…ああ、あのお人好しね。最近は来ないよ、残念だったね。街中にある監視カメラを辿ればどうだい?」
「監視カメラは個人を探すためにあるものじゃない、犯罪を抑止するためのものだ…だから、分からない」
「そう。それで、他に要件は?」
「………ああ、ええと……」
伝えたいことはあるが、言葉に出すことはできない。
そんな状況に気づいたのか、ラムが紙とペンを差し出した。
「…そこの紙に書きな」
有り難く使わせてもらうとしよう。紙には『アルドについて詳しく知りたい』と書き、ヴァレイドがジュースを飲んでいる内にラムへ紙を手渡した。
手渡された紙を見て、ラムは少しだけ笑って言葉を投げた。
「…イーオン、こんな女に聞いてる時点で……知りたいことの先が真っ暗闇なことは分かってて言ってるのかい」
「元々、そのつもりだった。外面は良いが、内面は…」
「いい。言わなくていい。この死者のことはよく知ってる。でも、世話になったんだろう?」
「……全く。擬似的な兄の方に熱が入ってたよ」
「そりゃ、ひどい……悪いエピソードがまた追加されたよ」
「お役に立てたようで、何より」
「ああ、有り難う。携帯は持ってるかい?番号だけ書いてくれ」
「…助かる」
再度、渡された紙に番号を書いてラムに手渡した。
ふとヴァレイドを見ると不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
コップの中の氷は溶けて、味のしない水だけがコップの中に漂っていた。
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「ねぇ!飽きた!」
そう22歳にもなる女性、|リリー《リリリリ》・リアリー…リリーが手足をバタつかせて不満を体で現した。
「し、しょうがないよ…見張りなんだから見てないと、鬼みたいなエレインに怒られるよ」
険悪な雰囲気の漂う車内の中で、リリと|ルディ《黄金蟲》・アラバスタが車窓の向こうのマンションを監視するように長い時間を過ごしていた。
マンションの一室であるD-002-047-o-28の14-103、謂わばヴィル・ビジョンズの現在の住居であるが、例の居住者は未だに帰ってこない。
「もう突入した方が良いんじゃないの?」
「ダメだ、社長の命令に背くわけにはいかない。何より…」
「儲けにならない?もう、うんざり!いくら待っても|標的《ターゲット》は張り込んだ|場所《エリア》に帰ってこないよ!」
「……だとしたって…いつかは、皆が家に帰るものだろ。だから、Vだって……」
「そのVが!帰ってこない!!!」
「…リリー、言い分は分かる。けど…」
そうルディが口論に油を注ごうとした時、頭の中で着信音が響いた。
コールに出れば、聞き慣れたイーオンからの声がよく響く。
“_……ハロー、ルディ?リリはいる?”
「…ハロー…確かに、ここに。何かあったの?アルが何かした?発作?」
“_いや…何も起きてない。輩にだって絡まれなかった。Vは帰ってきた?”
「帰ってくる気配すらない。おかげでリリーの不満が大爆発しそうだ」
“_ああ…そりゃ大変だね。でも、もうしばらく張っていてくれない?”
「…了解」
了承の言葉を皮切りに通信が途切れ、不満気な顔をしたリリーが「どうだった?」と聞く。
その答えを言った時、リリーがどうだったかなど語るまでもない。
車体が大きく揺れ、男性の悲痛な声が響いた。
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セカンドニューヨークの街を歩きながら、隣で獣を狩るような鋭い瞳ですれ違う人々を見る|エレイン《アイスピック》・カスティーリャの様子を|クラシカ《クラリ》・リミッドを伺っていた。
内心は頼り甲斐のある人と組むことができ、楽ができるという思考に至っていたが、“冷たい完璧な司令塔”の隣にいることは楽よりも辛さや緊張が勝っていた。
「……エレイン、さん」
「何か?」
「その…休憩をしませんか?」
「今は休憩時間外です」
「…でも、こんなやり方でVが見つけられるとも思いません」
「しかし、仮に見つけられたら直ぐに襲うことができます。高所での発見も悪くはないですが、距離がありますし何より簡単に逃げられてしまいます」
「……このやり方も逃げられたりしません?」
「|Frost Sight《フロスト・サイド》がありますので、ご心配なく」
淡々と質問を答える様にむしろ、こちらが異議を説いているのではないかと不安に駆られた。
顔色を伺おうにもエレインの表情は変わることなく、しばらくの間、眉一つすら動かさなかった。
やがて、動かない顔の中で瞳の瞳孔が大きく開かれた。
自然なはずのその動作が、気味悪く感じられる程だった。
「クラリ、ヴィルの車種はO.A.スーブラの黒ですよね?」
「O.A.スーブラ?」
「スポーツカーに似た形状の車種です」
そう言われて目線の資料の元オリオンにいた頃のVの資料に目を通した。
通勤に使う車の車種はO.A.スーブラ黒。ナンバープレートはAYG-473。
「……その通りです。まさかとは思いますが、その車が見えたとか…?」
「そうです」
自信満々に告げられた一言に頭の中がくらりとした。
何も言わず前を歩みを進めるエレインに一言が溢れた。
「…嘘でしょ…」
その一言がエレインの耳に届いても返されることはなく、距離が更に遠くなっただけだった。
セカンドニューヨークの街は相変わらず、人々がすれ違い続けていた。
メインがやはりVなので、どうにも長くなりますね…。
キアリー、ラム等とは絡みがないと思っていたのですが、普通にあるようになってしまいました。
レイズ関連でしかないので、さほど絡まないと思います…。
また、グク(グラン)、オリー(オリバー)は死亡します。ヤスヒロは知りません。
追記:ラナートさんの苗字等の修正
V視点の最後(リプルトの点等)
苗字の件につきましてはご報告有り難うございます。
それと同時に申し訳ありません。
**参加者キャラクタープロフィール(一部)**
名前:クラシカ・リミッド
通名:クラリ
性別:男性
年齢:二十六
性格:
楽するのが好き。とにかく面倒なことは省きたい。
利己主義で、自分に利益があるなら仲間も売るし裏切る。
いつもへらへらしている。
だが根はいい奴、というか臆病なので、そんな大それたことはできない。
軽薄な若者という感じ。
容姿:濃い水色と緑色を混ぜたような長髪に右が黄緑、左が赤色の瞳
一人称:ぼく
二人称:きみ、〜さん
三人称:あのひと、あのひとたち
好きな物:楽な道、甘いもの、酒(弱いけど好き)
嫌いな物:威圧感のある人、怪我すること
サンプルボイス:
「クラシカ・リミッドっていいまぁす、みんなクラリって呼ぶけど、ま、好きなように呼んでくださいよ〜」
「ぼくに任せてくださいよ〜、ま、できたらですけどね」
「うひぇあの人こわぁ…近づかんとこ」
「ぼくは一番楽できる役がいいなぁ…」
インプラント:
エクスパンディング・エスケープルート
日本語で言うと逃げ道拡大。
危機に陥ったとき、一番生存率の高い動き方、方法が見える。
(光の筋みたいな感じで)
インプラントの部位:両目
武器:小さい銃
加入組織:オリオン(敵)
サイバーヒューマンorオールドヒューマンorフェイクオールドヒューマン:
サイバーヒューマン
担当位置:クラッシュサイバー
出身:ナイトシティ
過去:
頭も体力も平均以下で、落ちこぼれとしてみんなにパシられていた。
そのため今はとにかく楽な道、苦労しない道を選びたがる。
治安の悪いところで育ったのでまともな教育を受けていない。
生死:おまかせ
**オリオン**
ルディ&リリ
エレイン&クラシカ
イーオン&ヴィレイド
**地名まとめ**
▪NEO USA
ネオワシントン(首都)、セカンドニューヨーク、ナイトシティと3つの州に別れた元アメリカ合衆国の新たな名前
▪セカンドニューヨーク
オリオン、アーデン、ルーンレイがあるレジェンドが誕生する都会的な憧れの土地
治安はナイトシティより下
▪ナイトシティ
治安が最も悪く、犯罪が多い土地。しかし、組織に入ると人情に厚く歓迎される
▪ネオワシントン
国際的に将来有望な若者が集まる土地。様々な学校がある
方面に長けて優秀な人材が多い
治安は一番良い
**脇役まとめ**
▪グラン・デイトバック (アーデン/デジタルランナー)
▪ヤスヒロ・ウチダ (アーデン/クラッシュサイバー)
▪オリバー・マシュー (ルーンレイ/サイバーヒューマン保護団体)
▪セルゲイ・ケニー (ルーンレイ/サイバーヒューマン反対団体)
▪セグレブ・ケニー (無職/オリオン元社員・システムエンジニア)
▪アルド・オリオン (オリオン/研究者・社長)
▪サイバークローン (オリオン/アクションサイバー)
▪ロキシー・ガーランド (DP(デジタルポリス)/サイバー捜査官)
▪マリア・カトリック (修道孤児院スタス/修道女)
▪キャロライン・ルーセル (ラーニ放送局/記者)
▪メアリー・メレル (ウィッシュウォッチ/リーダー)
▪スペレット・エドガー (ルヴァン/リーダー)
▪セレナーデ・プルーン (グランド合唱隊/ピアニスト)
▪シュヴァリエ・ヴァン (グリティニー大学/インプラントサークル)
▪アリザック・リーブ (マチェピカ大学/インプラントサークル)
▪カルロス・ターペンター (ヴィランジ/リーダー)
▪ラム・ラインブレット (聖杯/個人経営者)
▪キアリー・パーク (インプラントクリニック/医師)
▪ヴィネット・シルヴィー (グランド合唱隊/メインボーカル)
▪ヴードゥー・ジャック (ドールリカバリー/医師)
▪リプルト・リヴリー (ドールハウス/ドール)
▪ノルター・プラシド (ドールハウス/ドール)
▪クリプトン・ミリティア (NEO USA/大統領)
▪カレン・ラック (NEO USA/デジタルランナー)
多いな……語句の方に施設の名前だったりを追加しています