「人間嫌いの幽霊」シリーズをまとめました。
多分「人間嫌い」という感じはないですが、一気見したいときに使ってください。
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目次
プロローグ
大人は嫌い。自分にとっての最善を押しつけてくるから。
子供も嫌い。本当は脆い癖に、それに気づこうともしないから。
あと、古い人も嫌い。なんでも知っていると思っていて、自分はすごく偉いと思っているような感じだから。まぁ、こじつけかもしれないけどね。
嫌い。嫌い。僕の心には、そんな思いがぐるぐる巡っていた。
いつからなのかは分からないけど、僕が嫌いなのは「人間」だってことを知った。
───僕は、人間が嫌いだ。
ここでいう「古い人」は、老人のことです。
お気に召さなかったかもしれませんが、人間嫌いの幽霊なので。
これは、こんな幽霊の物語。
第一章 人間の霊術師
僕は、いつも通り、いろんな場所をうろうろしていた。
散歩していたって言うのが正しいと思うけど、僕は歩いていないからこっちが正解だとも思う。
まぁ、とにかく、人間たちがとことこ歩いているのを眺めながら空を飛んでいた。
そしたら、急にどこかに引っ張られて、変な檻に閉じ込められた。しかも、どんな壁でもすり抜けられる僕でも出られない!
おまけに、檻に貼られたお札のせいで、檻の外が見えない…………。
「ねぇ、僕を捕まえて何するつもり?」
「………」
「ね~え~!何するつもりなの!?」
「うるっさいな!!お前の声は俺くらいにしか聞こえないだろうから、アジトに着くまで待ってろ」
男の人みたい。でも、僕は今まで人間に『認識』されたことなんて、殆どない。でも、あじとって何だろう?
「ほら、着いたぞ」
お札を剥がされて、檻から出された。
「僕を連れ出してどうするつもりなの!?」
僕を捕まえたみたいな長い髪の男の人をバシッと叩く。でも、するっとすり抜けた。ぐぬぬぅ。
……もう怒った!『憑依』してやる!
僕の体からほんわりとした青い光が溢れる。
前に、僕と同じ幽霊に教えてもらった。幽霊は、人間の肉体に入り込んで、少しずつ人間の中の魂を追い出していって、完全に魂を追い出したら、人間に『憑依』できるらしい。
「……っおい!落ち着け!」
男の人の魂を追い出していく。初めてだけど、僕、『憑依』、なかなか上手いんじゃない?
そう思っていたら、男の人が、さっきのお札を自分の体に貼った。
「っ、なんで……!?」
とたんに、僕の『憑依』が効かなくなった。男の人は僕を体から追い出した。
「落ち着けって。俺はお前を利用しようとなんて、これっぽっちも考えてない。むしろ、協力して欲しい」
「……何をさ。何を協力して欲しいのさ」
「俺、お前みたいな幽霊を使って怪奇現象を解決するのが本業なんだよ。ただ、幽霊がなかなか集まらないから困ってたんだ。だから、俺と協力して、怪奇現象を解決してくれないか?」
「やだ。僕、かいきげんしょうが分からない。それにそれ、僕にいいことないよね?」
僕は人間をあまり良く思っていない。よく知らない人間にこき使われるだけで僕に利がないなんて、人間たちの言う『ぶらっく』だと思う。
「……本当に無理ってんなら、これを使ってでも協力して貰う」
男の人はそう言って、何かの紙を差し出した。
「なにこれ?」
「……束縛の、魔術契約書。これに二番目に触れた者は、最初に触れた者に永遠に付き従うことになる。天国まででも地獄まででも、来世もその来世まででも。仕事が出来ない代わりにこの手の物を作る技術は上がったからな」
ぞくっとした。もしかしたら、僕があの紙に触ったら、この男の人に永遠に付き従うことに……?
「分かった。束縛しないなら、協力はする。その代わり、僕無しでも大丈夫になったら、僕を成仏させてほしい」
「成仏だと?幽霊は成仏することを厭うはずだが……」
「僕は人間が嫌いなんだよ。なのに、人間だらけの世界をず~っとうろつくしか出来ない僕の気持ちわかる?」
「……分かった。俺が一人前になって、霊を多く集められるようになったら、成仏させてやる」
「ありがと。それと、僕をこき使うようなことをしたら、隙を突いて『憑依』するからね」
「……分かった」
ある幽霊の物語、第一章が始動しました。
今回の物語、長くなる予感が……。
一応、ファンタジーのつもりです。
第二章 人間の肉体
「……取り敢えず、自己紹介しないか?俺はディアド・グードセル。さっき言った通り、霊術師だ」
男の人──ディアドさんが僕に言った。僕も自己紹介した方が良いかな?
「僕は……ん?僕は僕だよ。“ディアド・グードセル”って何?」
「はぁ?名前……あぁ、まだ無いのか。まぁ、先に肉体を渡そう」
……名前?名前…………。僕、名前無いよね?
ディアドさんは、部屋の奥にある扉を開けて、奥へ進んで行った。
「ね~、ディアドさん、肉体ってさ、僕が選んでも良いものなの?」
「肉体にも精神……死後、お前みたいな幽霊になる部分にも、それぞれ性質があるんだ。例えば、お前の魂……幽霊になってる部分の性質は、青色だ。青色の性質は、同じ色同士なら肉体から魂を出しやすく、入れやすい。ただ、別の色の性質の肉体に入ったり魂に入られたりすると、その性質の色に染まる。だから、青色の性質を持つ幽霊はとにかく少ない。同じ理由で、肉体もだ」
「へ~……つまり、僕の魂と同じ色の肉体を選ばないと、僕の魂の性質が変わるってこと?」
「まぁ、そういうことだ」
部屋の奥には、凄く太い柱みたいなものがたくさんあって、その中に一人ずつ人間が浮かんでいた。しかも、置かれているいくつもの箱の中には、それぞれ人間が入っている。
「え~っと、青色の肉体は……っと」
ディアドさんが箱を開けていって、中を確認していく。ディアドさんは、見ただけで魂や肉体の性質っていうものが分かるのかな?
「……う~ん、青色の性質の肉体がひとつもないな」
「えぇ……じゃあどうするの?」
「……しょうがない。お前の魂の大きさに合うものにするか。それなら、一番近いものはこれだろうしな」
ディアドさんがそう言って掲げたのは、小さな女の子の肉体だった。
「肉体から魂が抜けてしばらく経つのか、この肉体の性質は無色だし。じゃあ、これに入ってみてくれないか?」
「分かった」
小さな女の子の肉体に『憑依』する感じで入っていく。さっきディアドさんに憑依したときに比べると、すいっと入っていける。
……もう憑依できたかな?
「ディアドさん、こんな感じ?」
『口』から『声』を出したことが、『耳』で分かった。
『目』を開けて周りを見渡すと、『髪』が『肌』に触れたり、『腕』や『足』が床に触れていることが分かった。
「おぉ、それでいいんじゃないか?んで、名前は──」
「──ぅわっ!?」
急に、『記憶』が『脳』に流れ込んで来た。僕じゃない、『私』の記憶。
「……『ミリュニカ』?」
誰かの、名前?
「ミリュニカ?……あぁ、肉体の脳に残った記憶か。ミリュニカ……割と良いかもな」
『僕』と『私』が混乱する中で、口から零れた何かの名前。僕はやや違和感があるけど、ディアドさんの中ではしっくりくるらしい。
「おし、お前の名前は、『ミリュニカ』だ。まぁ、取り敢えず……これからよろしくな、ミリュニカ」
「……よ、よろしく」
第三章 初任務のお知らせ
僕がディアドさんと出会って、ん~……三日くらい経った。
僕が身体としているこれ……ミリュニカの肉体に入ってからは、僕の中の語彙?が増えたみたいで、ディアドさんに敬語を使わないとまずいかなぁと思うようになった。『敬語』なんて知らなかったし、そう考える自分にも驚いた。
僕の今の格好は、服はディアドさんが買ってくれたものだけど、それ以外はミリュニカの元の格好のまま。髪型も、僕もディアドさんも詳しくないから、ずっと三つ編みのままだ。
「お邪魔しま~す。……お~い、師匠?」
玄関の方から、誰かの声が聞こえて来た。このアジトには僕とディアドさん以外住んでないから、ディアドさんに用があるんだろう。僕は師匠なんて呼ばれる柄じゃないし。
「師匠、また居留守ですか?そんなだから依頼も来ないんで──」
誰かさんが僕がいる場所……リビングまで来て、僕と目が合った。男性っぽい?
「う、うわあぁぁぁ!!だ、誰だよ!?不法侵入者か!?」
「だ、誰って……貴方こそ誰ですか!僕はディアドさんの許可をもらってここにいるんです!このぉ、不法侵入者!」
僕がそう言い返すと、その人は驚いたように僕を見た。僕が言い返すとは思ってなかったらしい。
「……取り敢えず、ディアドさんに会ってみてはどうですか?僕はミリュニカです」
「……お、おう。俺はルーヴィッド・シャルバンクだ」
そう言って、ルーヴィッドさんはディアドさんを探しに廊下に出て行った。
それにしても、ディアドさんに弟子がいたなんてね。霊術師だっけ?あの仕事って、割と人気なのかな?
---
ドタドタ、廊下を走る音が聞こえる。うるさいなぁ。
「お、おい、ミリュニカ!依頼が来たぞ!」
バアンとドアが開けられて、ディアドさんが叫んだ。うぅ。うるさい。
人間の肉体を使うようになって少し人間に親近感が湧いたけど、こういうところはまだ嫌いだ。
「電話で依頼されたんだ。今までは依頼されても断るしかなかったが、これからは依頼を受けられるぞ!ルーヴィッドも、見習いとしての仕事が出来るぞ!」
「やりましたね師匠!師匠、俺に師匠の実力を見せてくださいよ!」
ディアドさんとルーヴィッドさんが興奮して話している。聞く方の僕の身にもなって欲しい。
「いや、今回は、ルーヴィッドとミリュニカに行ってもらおうと思う」
「な、師匠!?俺、まだまだ未熟ですよ!」
「なんでですか!ディアドさんは行かないんですか?」
「……ルーヴィッドは、まだ高校生だが、才能で言ったら俺を上回ってる。ミリュニカは、協力関係さえどうにかすれば、ルーヴィッドとうまくやれるはずだ」
ディアドさんは、そう言うと、ルーヴィッドさんと何かを話し始めた。専門的な話みたいで、僕には全く分からない。
「……初任務かぁ」
こんなに早く、しかもほぼ初対面のルーヴィッドさんと。嫌ではあるけど、でも、……少し、楽しみだ。
第四章 初任務
アジトを出て、ルーヴィッドさんの後を着いていく。
ルーヴィッドさんが持っている紙に、依頼してきた人がいる場所への案内が書かれているらしい。僕は字が読めないから分からないけど。
「……ミリュニカ、だっけ?お前の名前」
「はい、そうですけど?」
歩いていると、ルーヴィッドさんから不意に声を掛けられた。
「ふ~ん。苗字は?」
「苗字……?分かりません」
苗字。ディアドさんでいう「グードセル」、ルーヴィッドさんでいう「シャルバンク」のこと。ミリュニカの記憶を探っても、「苗字」は出てこない。
……僕の名前だって、借り物だからなぁ。
「あとさ、敬語じゃなくて良いよ?俺のことだって呼び捨てで構わないし」
「え……良い、の?」
「ああ。師匠は敬語で良いけど、俺は一応パートナー的なものだからな。敬語だとお互い面倒だろ」
「……分かった。これからよろしく、ルーヴィッド」
「よろしくな、ミリュニカ」
---
依頼の内容は、『霊感の強い人間だけに、公園に変な何かが見える』というものだった。
ルーヴィッドの話によると、霊感がとても強い人間だけが『霊術師』や『霊媒師』になれるらしい。ディアドさんやルーヴィッドがその例だって。
そして、昔ディアドさんが作った『霊感検知機』の効果で、誰がどのくらい霊感があるのかが分かるようになっていたらしい。そのおかげで、ルーヴィッドはディアドさんに弟子入りしたんだとか。
「……何だ、あれ。本当に変だな」
「……わぁお。これは、依頼したくもなるね」
公園には、う~ん……なんて表現すればいいのか分からないようなものがいた。すごい数の頭に付いた金色の目の全てがぎょろりとこっちを見ていて、全身は真っ黒。しかも、ものすごく大きくて、脚がたくさんある。はっきり言って、気持ち悪い。
「とりあえず、こいつをなんとかするぞ!」
「りょーかい!」
ルーヴィッドが、前にディアドさんから貼られたあのお札に似たお札を取り出す。
「──|封霊…召喚…《リット…ヴェード…》《ミリエル》!」
お札が変なのに向かって飛ばされる。変なのに貼り付いた瞬間、お札が光った。
お札の文字か何かから、白い何かが出てきた。その何かが完全に出てきたら、僕よりももっと小さな羽根の生えた女の子が、変なのに攻撃する。
「……俺の霊術、|霊札召喚《リット・ディーン》だ。御札に霊力を込めれば、自分が召喚したい使い魔の霊を召喚させることが出来る」
《ミリエル》が変なのと戦っていたら、急に《ミリエル》が消えた。
「ちっ……ミリュニカ!俺が合図したら、肉体から離れた状態であいつに突っ込め!」
「わわぁ……分かった!」
「行くぞ!3…2……1!今だ!」
僕は、ミリュニカの身体から離れた状態で変なのに近づいた。
変なのの金色の目がミリュニカの肉体に集中する。ルーヴィッドは、またお札を出した。
「……|霊散《イルディア》!」
ルーヴィッドがそう言ってお札を変なのに向かって投げたら、変なのに当たった瞬間に変なのの黒かった部分が飛び散った。
その場には、すごく小さな幽霊が残っていた。
「……どうしたの?」
ミリュニカの肉体に戻った僕が声を掛けると、その子は小さな声で喋り出した。
「……ここにね、昔、古い家があったの。私は、その家の座敷わらしだった。でも、家は壊されて──私は新しく建てられたマンションの管理人室で暮らしていたの。毎日、あの家が恋しくてたまらなかった。そしたら、私にたくさんの霊力が集まって……私では制御できなくて、マンションは……」
座敷わらし……もしかしたら、『怨霊』になって、同じ思いの怨霊たちからの霊力を集めたのかも……?
「……んで、そのマンションは呪怨により崩壊。その跡に建てられたのが、この公園って訳か」
「……そう」
僕にはよく分からない話だけど、この座敷わらしの子の話は、なんだろう?すごくかわいそうだなって思った。
「……ねぇ、もしよかったら、僕たちのところに来ない?」
「……いいの?」
「うん!ね、ルーヴィッド。ディアドさんも分かってくれるでしょ?」
「ん~……まぁ、師匠はこういう状態の相手を無視する人間じゃないしな。お前、名前は?」
「名前……アミリス。昔、あの家の人が付けてくれたの」
アミリスは、そう言って哀しそうに笑った。名前をもらえて、うれしかったことを思い出しているのかもしれない。
「……帰ろう。アミリスも一緒に」
僕はそう言って、アミリスに微笑んだ。
第五章 新しい仲間
ディアドさんをアミリスが見上げる。アミリスをディアドさんが見下ろす。
「……この子、連れて帰って来たのか?」
ディアドさんがアミリスを指差して言った。
「そうです!アミリスっていう座敷わらしの子なんです!」
「……この子が、今回の依頼の原因なんだな?」
「はわわ……そ、そうです。す、すいません……」
アミリスが……って言っても身体がないから分からないけど、頭を下げた。
「……ルーヴィッド、ミリュニカ、……よくやった!!」
「え、えっと……?」
「俺が見つけた依頼をこなした上に、霊を連れて来てくれたなんて!」
……ディ、ディアドさん……?
「……し、師匠、とりあえずアミリスに俺たちの説明をした方が良いんじゃないですか?アミリスもミリュニカも混乱してますよ」
「そうだな。……ようこそ!俺たちのアジトへ!俺はディアド・グードセルだ。俺は霊術師なんだが、少し前まで依頼を受けられなかったんだ。でも、このミリュニカが来てから、依頼を受けられるようになったんだ!こっちは俺の弟子のルーヴィッド・シャルバンク。これからよろしくな!」
アミリスはぽかーんとしている。ルーヴィッドもぽかーんとしている。多分、僕もぽかーんとしている。
「……こ、こちらこそ……」
小さな声でアミリスが言った。
こうして、僕たちに新しい仲間が出来た。
---
「あ、あの……これ、どうですか?」
アミリスが貰った肉体は、僕よりも背が高い女の子の肉体だった。
アミリスも肉体の無い存在だから、僕みたいに肉体が無いと不便だろうって肉体を貰った。
「可愛いよ!すごく!」
「あ……ありがとうございます!」
アミリスは金色の髪を少しだけ結んでいた。ディアドさんは、アミリスの髪もこのままにするつもりらしい。僕も文句は言えないけど、髪がずっとぼさぼさなのは嫌だからなぁ。そのうち、なんとかしないといけないのかもしれない。
「……アミリスってさ、僕みたいに霊術師の仕事を手伝うつもりはある?」
「霊術師……?仕事……?」
「僕たちがアミリスのところに来たのは、あの公園での怪奇現象が気になった人がいたから。ルーヴィッドは霊術師で、僕がお手伝いする立場の霊だった。霊が少ないから、アミリスも霊術師を助ける立場で、誰かを助けられるよ」
「……私は、」
アミリスがそう言って、一息つく。
「……私は、あなたのように、誰かを助けられる存在になりたいです。私が誰かを困らせてしまった分、誰かを助けてあげたいんです」
「……分かった。改めて、僕はミリュニカ。これからよろしくね、アミリス」
第六章 幽霊と人間
アミリスと一緒に人間の勉強についてディアドさんに教えてもらっているときに、僕が来てから2件目の依頼が来た。ルーヴィッドは『平日』で『学校』があるだとかでいなくて、ディアドさんと一緒に任務に行くことになった。アミリスはお留守番だけど、アミリスならなんとかなると思う。
---
今回の依頼は、「自分の家のお墓から、何か声が聞こえる」なんてものだった。
ディアドさんのあとを着いていって、問題のお墓の前に来た。
「この墓か。今はなにも聞こえないが……」
「ん~……手を合わせてみましょうか?」
僕が手をパチッと合わせると、耳元で囁くような声が聞こえた。
『──に…げ……、……ま……ゆ……い』
「何……?」
「どうした?ミリュニカ」
ディアドさんには聞こえなかったみたいだ。もしかしたら、手を合わせた人にだけ聞こえる声なのかな?
「……何か聞こえたんです。手を合わせた人にだけ聞こえると思います」
「ふん……」
ディアドさんはそう言って、お墓の前にしゃがんで手を合わせた。
「……確かに何か聞こえるな。『に……ん……お……え………さない』?」
「僕は『に…げ……、……ま……ゆ……い』って聞こえました」
『……人間…、お前を……許さない……』
お墓から声が聞こえたかと思うと、僕の目の前に煙みたいな何かが現れた。
ソレは僕の魂を、身体から追い出した。そして、ソレがミリュニカの体内に入り込む。
「……クソッ、ミリュニカ!ソレはお前を消すつもりだ!肉体は、死に物狂いで奪い返せ!」
「ふぁっ!?は、はい!」
僕は消える?消えるって、どんなもの?
分からない。消えたくない。僕は、消えるんじゃなくて、成仏したい。
ミリュニカの肉体に無理やり入り込む。中のソレを追い出して、僕はミリュニカの肉体に落ち着いた。
「行くぞ!|霊力弾幕《ディラ・スクラウ》!」
そう言ったディアドさんの周りから、薄い黄色の弾が現れて、ソレを攻撃する。
ソレは、攻撃されて少し怯んだ。
「……|霊散《イルディア》!」
---
お墓の周りにお供え物の花やお線香が散乱している。
煙みたいだったソレは、『人間……お前、を……』と呟いていた。
「……前世で何かがあったんだろう。人間が嫌いになるような、何かが」
頭を掻きながら、ディアドさんはそう言った。
ディアドさんの表情は、温かいようで冷たいように見えた。
「どうする?お前が良いなら、俺たちのアジトに歓迎する。でも、それが嫌なくらい人間が嫌いだったら、成仏させてやる」
ソレは、ずっと『………人間、許さ……な、い……』と呟いている。
「……分かった」
ディアドさんはそう言って、一枚のお札を取り出した。
「……|成仏《ダイング》」
お札に触れた煙は、すぐに空気に溶けるように無くなった。
それを無表情で見る『人間』に、僕は少し怖くなった。
第七章 鏡と妖精
僕がひとりで文字の勉強をしていると、でんわ?が鳴った。
僕はじゅわき?を取って、「もしもし~?」と言ってみた。ディアドさんが、いつもそうしているから。
『……も、もしもし?……あ、あの!霊術師さんが……依頼を募集している、って聞いたんですけど……』
「……依頼ですか?えっと、募集?は、して、ます、けど……」
『本当ですか!?じゃ、じゃあ、依頼、したいんです、けど……良いです、か?』
……どうしよう?今、ここには僕しかいない。ルーヴィッドは学校、ディアドさんはアミリスと別の任務に行っている。
……僕は、人間のことが分からなくなっていた。表と裏、その二つが見えるようで、怖かった。
ディアドさん無しでも、僕だけでも、任務は……出来るんじゃないかな?だって、依頼は断れない。断ることが出来ない。
「……分かりました。どんな依頼ですか?」
---
机の上にあった紙に鉛筆で『いらいをうけました、いつかえるかはわかりません』って書いて、アジトを出た。
僕は、ひとりで依頼を受けるつもりだ。
依頼は、『古い鏡の奥に、何かが見える。不気味だから、なんとかしてほしい』っていうものだった。
さっそく例の鏡を見せてもらった。所々にひび割れがあって、隅の方が大きく欠けている以外は、まあまあ普通の鏡。
鏡に触ってみた、
……つもりだった。
鏡の奥に手が引き込まれていく。抜こうとしても抜けない。
あっという間に、僕は鏡の中に入ってしまった。
---
鏡の中。……の割には、けっこう広いなぁ。
鏡に引き込まれて入ったけど、物も人も建物もない。ただただ、灰色の世界が広がっている。
チャリン。チャリン。
鈴みたいな音が響いた。
ふふっ……。
笑うような声が聞こえた。
「……誰!?誰かいるの!?」
誰、って、言われたら……
「答えてあげなきゃ、ね!私は聖なる|妖精《フェアリー》、リィアよ!」
目の前に、小さな羽が生えた人が……えっと、妖精がいた。
「こんなところに入れるなんて、あなた、ただ者じゃないわね!何の用よ?」
「わ、えっと……い、依頼があって……それで、鏡の奥に何かが見えるって依頼で、僕は、その依頼を解決しに来たんです」
「依頼ぃ?まさか私のことかしら?アッハハ!!無駄よ、無駄。私を外に出せるもんなら出して見なさい!」
そ、外?外……。簡単じゃない?
僕はリィアを掴んで、入って来たところに引っ張っていった。
「な……何、して、くれてんのよ……」
「外に出すんでしょ?つまり、|ここ《鏡》の外に出せばよくない?」
「や……やめて!!外に出たくないのぉ……!」
「???ほんとに何言ってるの?外に出してみろって言ったのはリィアだよ?」
「だから……出たくないんだって!!」
手の中の感触が溶けるように無くなった。
僕の手から抜け出したリィアの身体は、金色だったものがみるみるうちに真っ黒に染まる。半透明の羽が黒を纏った。
「私を外に出すなら……あなたを、消す」
赤くなったリィアの瞳が、僕を映した。
まさかの前後編になりました。
続きが気になる方はファンレターか応援メッセージください。蒼葉が喜びます。
第八章 闇妖精
リィアと目が合った瞬間、僕の身体が吹っ飛ばされた。
身体が地面に叩きつけられる。痛みは感じない。──というより、身体が離れてる?
「ふふっ……、なあんだ、肉体から簡単に離れたじゃないの。死霊なのね」
リィアの顔がすごく嬉しそうに微笑んだ。
「なら、まずは肉体から消す。死体なんて、霊が入っていなければ簡単に潰せるわ。安心して?あなたは最後に消すから」
安心できない。怖い。
リィアが肉体に近づく。いつの間にか、手に|刃物《ナイフ》を持っている。
どうしよう。リィアをこのままにしたら、肉体が消される。でも、リィアを止めたら、先に僕が消されるかもしれない。
どうしよう。どうしよう。
リィアは、さっき、なんて言ってた?
……一か八か。やってみよう。
---
目を開けると、リィアがすぐそこに迫っていた。リィアの顔が驚いたような表情を見せる。
さっき、リィアは『死体なんて、霊が入っていなければ簡単に潰せる』と言っていた。なら、霊が入っていれば別ということだと思う。
───それに。
リィアは、黒くなる前よりかは大きいけど、まだまだ僕より小さい。
ぺしってリィアを叩く。軽く吹っ飛ばされたリィアは、だんだんと黒が抜けてもとの色に戻っていた。
「……嘘でしょ……?私が……、私が、|闇妖精《ダーク・フェアリー》に堕ちるなんて……」
リィアは、……泣いてる?
「……どうしたの?闇妖精になるのが、そんなに嫌だったの?」
「……私はね、昔は外の世界で、|天界《フェア・ワールド》で、|妖精《フェアリー》として生きていたの。……でもね、私を育ててくれた天使様が死んだとき、一緒に育った妖精達が、私がその天使様を殺したことにしたの。それで、私は追放。……本当は、その妖精が天使様を殺したのに」
「……どう関係があるの?」
「……裏切ったり、嫌な記憶を思い出して……闇堕ちってやつね、そうなった妖精は、闇妖精になるの。……その妖精は、闇妖精に堕ちて、結局追放されたわ」
「……だから、外に出たくないの?」
「……うん。怖いんだよ、皆はっ……!」
僕を見たリィアは、翠の瞳に涙を溜めていた。
「誰も……誰も、私に味方しなかった!私を悪者扱いして、その妖精が犯人を見つけたって、英雄扱いされて……!真犯人はその妖精だって分かった時も、私に同情も謝罪もなかった!外の、皆、は……怖い、んだよ!!だから、こんな鏡の中に閉じこもってんだよ!!」
リィアの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「……ねぇ、外の人たちは、怖い人たちだけじゃないよ?」
「……あんたには、何も、分からない癖に……!」
「……僕が入っている、この身体……ミリュニカの記憶から分かるんだ。僕は会ったことない人たちだけど、皆、ミリュニカのことが好きだったし、ミリュニカも皆が好きだったって分かるんだよ」
ミリュニカの記憶には、大好きな友達がいた。面倒を見てくれるお姉ちゃんがいた。あんまり話さないけど、大好きだった両親がいた。
ミリュニカは、皆のことを、死んでもずっと覚えていたのかもしれない。ミリュニカの記憶は、僕が最初に肉体に入った時から皆のことであふれていた。僕が貰った語彙は、全部誰かから教えられたものだった。記憶を見て一番に思ったことは、『皆、元気なのかな』ってことだった。
だから、この世界の人間は、悪い人間ばかりじゃないと思う。
正直、僕だって、まだ人間は少し怖いと思っている。でも、嫌な人間ばかりじゃないってことは、今、リィアに言うことが出来る。
「──世界は、誰一人見捨てない。僕だって、リィアだって、誰かがいたから、今を感じられてるんだよ」
「……なら、私は、外の世界に出ないと、見捨てられたまま、な、の……?」
「外の世界に出るかは、リィアの自由だよ。でも、出たいなら、僕たちが住んでる……アジトに来なよ」
「……アジト?」
「うん。ディアドさんやルーヴィッドって人たちや、座敷わらしのアミリスがいてね、依頼を受けてるの。リィアが来てくれたら、皆喜ぶよ!」
「……分かった。私……アジトに行くわ」
「ふふっ……、よろしくね、リィア」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ」