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目次
『ウソツキ』×『【終の防衛戦】』第一査定「虚飾の硝煙2」
コンクリートが爆砕され、硝煙と鉄錆の臭いが立ち込める「未開の戦場」の中心に、二人の学生が立たされていた。
『——警告。未知の領域に侵入しました。これより当エリアを「第一査定戦区」と定義。生存スコアの再算出を開始します』
脳内に直接響く無機質な学園AIのアナウンス。神代 玲奈は不快そうに、煤で汚れた制服のスカートを払った。
「はっ……何よこれ。電子のゴミ溜めかと思ったら、随分と悪趣味なステージじゃない。何が目的なの…?有象無象ども……!」
その真っ赤な瞳には恐怖が宿っていたが、かつての女王としての圧倒的なプライドが、それを傲慢な怒りという「嘘」で覆い隠させていた。
「静かに、玲奈。——“客”が来ました」
御堂 綾のライトブルーの瞳が、冷徹に前方の物陰を捉える。ガサリ、と重々しい軍靴の音が響き、現れたのは尋常ならざる殺気を放つ帝国の敗残兵たちだった。手には、鈍く光る実弾銃が握られている。
「おいおい、なんだあ? ガキが二人……」
兵士の一人が、醜い笑みを浮かべて銃口を綾の眉間に向けた。だが、綾の心拍数は1ミリも跳ね上がらない。彼の瞳は怪しくバイオレットの電子色に明滅し、目の前の兵士の「深層心理」を一瞬でスキャンしていく。
右指のトリガーにかかる微細なトルク、15ヘルツのわずかな震え。横隔膜の歪な痙攣。……なるほど
「面白いですね」綾は、氷点下の笑みを浮かべた。
「あなた、本当は引き金を引くのが死ぬほど怖いんでしょう? 口では威勢のいい嘘を吐いて、強者を気取っている。ですが、あなたの3ミリ開いた左足のスタンスが告げていますよ。『自分たちの部隊はもう全滅寸前で、一刻も早くここから逃げ出したい』という真実の醜い恐怖を」
「なっ……! お前、なんでそれを……!?」
兵士の顔が、恐怖でクシャクシャに歪む。完璧に見透かされていた。
嘘の仮面を剥ぎ取られた人間の顔は、いつ見ても最高だ。綾がそう確信した、その時だった。逃げ出そうとする敗残兵たちの足音が遠ざかり、戦区に異様な静寂が戻る。
その静寂を破って、コンクリートの影から静かに歩み出てきたのは、女性——
フェイ曹長だった。
その制服は戦場の泥や煤に汚れているものの、彼女の物腰は驚くほど穏やかで、言葉遣いにもトゲが一切ない。その背後には、ただ静かに剣を構えた青年、アースが心配そうに付き従っている。
「ふぅ……。大丈夫? 怪我はない?」
フェイ曹長は、本当に心配そうな、優しい目で綾と玲奈を見つめた。その声には、相手を怯えさせるような威圧感は全くない。
「こんな危ない場所に学生さんが二人だなんて、迷い込んでしまったのかしら。ここはもうすぐ、本当の戦場になってしまうの。だからね、大人しく私の一歩後ろについてきなさい。安全な場所まで連れて行ってあげるからね」
フェイ曹長は優しく微笑みながら、二人を守るように、そっとアースと共に前に出ようとする。戦場で理不尽に命が散っていくのを嫌というほど見てきた彼女にとって、怯える学生の虚勢など、ただ痛々しく愛おしい、守るべき対象でしかなかった。だが、綾の心理演算が導き出す答えは、エラーの赤色を吐き出し続けた。
な、んだ……? この動揺の無さは。僕たちを警戒してすらおらず、ただ純粋に、子供を気遣うような……。他者を騙すための『嘘』も、強がるための『虚栄』も、この人には何一つ存在しない……!
全員が嘘を吐き、足を引っ張り合う箱庭で生きてきた綾にとって、フェイ曹長の「無条件の優しさ」こそが、最も理解不能で、最も恐ろしい『バグ』だった。
あり得ない。戦場で、初対面の僕たちを無償で守る? どんな欺瞞だ? どんな罠が隠されている……!?
計測できない……この女の『本音』が、僕のシステムでは弾き出せない……!
「——玲奈、下がるんだ!!」
フェイ曹長の差し伸べた「本物の善意」を、自分の脳内演算の限界ゆえに「最悪の罠」だと誤認した綾は、パニックに近い衝動のままに玲奈の腕を引っ張り、その場から全速力で逃走しようと走り出した。
「あ、待ちなさい! 怖がらせるつもりはなかったのよ!」
背後から、フェイ曹長の本当に申し訳なさそうな、優しい制止の声が響くが、それが今の綾には、獲物を追い詰める怪物の呼び声にしか聞こえなかった。
「はぁ、はぁ……っ! 嘘よ、あんなの絶対に罠に決まってるわ……!」
神代玲奈はプラチナブロンドの髪を振り乱し、御堂綾の手を引かれながら、崩壊したコンクリートの迷路を必死に駆け抜けていた。
だが、曲がり角を抜けた瞬間、二人の足がピタリと止まる。
「——危ないから、もう走っちゃダメよ」
行く手を塞ぐようにして佇んでいたのは、先ほど引き離したはずのフェイ曹長だった。
回り込まれたのだ。その息は1ミリも乱れておらず、制服の泥を払うような仕草のまま、困ったように眉を下げて二人を見つめている。
背後には、アースが静かに剣を携えて控えていた。
剣を構えているアースを見た綾は過剰防衛の衝動のまま、超人的な踏み込みで地面を爆裂させ、フェイ曹長の懐へと一瞬で肉薄した。
「え……っ!?」
フェイ曹長が驚愕に目を見開く。迷い子だと思っていた男子学生が、軍人の反射神経すら置き去りにするほどの圧倒的な身体能力で、寸分の無駄もない凄まじい一撃を叩き込んできたのだ。
ガンッ!!!
「くっ……ああっ!?」
フェイ曹長は咄嗟に腕をクロスさせてガードしたものの、綾の放った規格外の物理の質量に耐えきれず、コンクリートの地面を数メートルも滑るように後退させられた。
ガードした腕の骨がきしみを上げ、冷や汗が頬を伝う。
「嘘を吐かないのなら、力ずくでその綺麗なメッキを剥ぎ取るまでです」
綾のライトブルーの瞳が、バイオレットの電子色に冷酷に明滅する。圧倒的な身体能力の優位を確信した綾は、フェイ曹長に息を整える隙すら与えず、追撃の連撃を繰り出している。
動きの最適化、関節の可動域、重心の移動——すべてスキャン通りだ。能力を介さない生身の戦闘なら、僕が確実に勝てる……!
「アース、手を出さないで……! この子、ただの学生じゃないわ……っ!」
フェイ曹長は泥まみれになりながらも、アースを制止し、軍刀を抜いて綾の強烈な体術を必死に受け止める。だが、言葉遣いは優しくとも、肉体はすでに限界を迎えつつあった。綾の圧倒的な身体スペックの前に、じりじりと防戦一方に追い詰められていく。
「これで、チェックメイトだ」
綾の冷徹な一撃が、フェイ曹長の軍刀を弾き飛ばし、その喉元へ確実に突き刺さろうとした——
その瞬間。フェイ曹長の瞳の奥に、覚悟の光が宿る。
——これ以上は、アースを守るために、使うしかない……!
「クロック・ゼロ——!!」
フェイ曹長が小さく詠唱した瞬間、戦区のすべての空間、そして圧倒的な速度で迫っていた綾の肉体の『時間』が、数秒間だけ完全に停止した。
その静止した世界の中で、フェイ曹長は重い体を動かし、綾の絶対的な一撃の射線から辛うじて身をかわす。数秒の後、世界が再び動き出した瞬間、綾の拳は空を切り、フェイ曹長はその場に激しく膝をついた。
「はっ、はぁっ、く、ぅ……っ」
フェイ曹長は激しく息を荒らげ、全身の神経が一時的に麻痺する「能力の代償」によって、その場から動けなくなってしまう。
「な……っ!? 今、何が起きた……!?」
自分の完璧な一撃が、認知すらできない一瞬で回避された事実に、綾の心理演算(システム)が初めて激しいバグを起こして硬直する——。