楠木山小学校では、6年生が『悩み委員会』という、悩みを聞く委員会がある。今年、その委員会になった男女二人・足立宙と大橋結花は悩みを聞くために悪戦苦闘する。
足立宙 https://picrew.me/en/image_maker/1904634/complete?cd=7nwSgcv8Uc#google_vignette
大橋結花https://picrew.me/en/image_maker/1904634/complete?cd=jLwh5v4ljg
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目次
#1 じゃんけん最弱王
楠木山小学校、6年2組、3番、大橋結花。
「楠木山小学校」と「大橋結花」以外、ガラリと変わったプロフィールに、少しだけ戸惑う。
「また、あんた?」
1年、いや、くすのきやまこども幼稚園のきりん組(年長さんのことね)からクラスが一緒の幼馴染・足立宙。神様が「あなたと宙は宿命の相手です」っていうぐらい、ずうっと同じなのだ。
「いやぁ、2番なんて何時ぶりだろ」
足立のあ、だから、彼はほぼ1番だ。なのに、今回は|阿崎心和《あさきここな》ちゃんがいるせいで、久しぶりの2番となった。
ちなみに、わたしも宙と並びになるのは久しぶりだ。だいたい、|井村紗良《いむらさら》ちゃんとか、|宇野《うの》のぞみちゃんとかが入る。
「さっそく、委員会を決めたいと思います」
みんなの自己紹介と、いろいろ雑多なものが終わった後、さっそく委員会を決めることになった。
図書委員会、体育委員会…と、さまざまな委員会が白チョークで書かれる。その下に(2)とか、(3)とか、人数が書かれる。
えーと………。
「|村木《むらき》先生、2人あまってます」
「ああ…」
あ、ちなみに、先生の名前は|村木彩芽《むらきあやめ》ね。
「えーと…とにかく、希望する委員会を決めて、マグネットをはりにきてください」
さらっとスルーされた。
『大橋結花』と書かれたマグネットを、『環境委員(2)』のところにはる。
そして、じゃんけんをする。|佐野隆介《さのりゅうすけ》と、|日村隆弘《ひむらたかひろ》とだ。
…結果、負けた。グー対チョキ。うぅ、また宙に『じゃんけん最弱王』って馬鹿にされる。
図書委員、保健委員のじゃんけんでも負け、とうとう2人たりないの2人に入ってしまう。
「あ、宙も?」
「くそぉ。っつーか、お前だって2連続負け負けだろ?じゃんけん最弱王」
「うるっさいなぁ!どこぞの星みたいに弱くないから」
わたしと、宙。あーあ、なんでこの2人。神様、やっぱり宿命ですか?
「足立さんと、えっと、大橋さん。20分休み、来てください、『悩み室』に」
「?」
---
20分休み。2階の突き当りにある空き教室、『悩み室』にわたしと宙は来た。
確か、悩み室の前にあるポストに、悩みを投函したら解決してくれる…だっけ?利用したことないな。
「2人には、『悩み委員』になってもらいます。正式には、『悩み解決擁護委員』」
「悩み…委員?」
「はい。このポストに投函された悩みを、解決してもらう委員会です。この仕事には、さまざまな条件があります。男女1人ずつ2人だけ、習い事をしていない、性格や特技がまるっきり反対、という条件です。本来は教師が指名するんですが、わたしはまだわからなくて。じゃんけんに負けたあなたたちが、ぴったりだと思ったんです」
「は、はぁ…」
ああ、あの悩みって、この委員会が解決してたのか。
「放課後、少し残ってもらって解決するんです」
「うぇええ!?」
「うるさいな、宙」
「すみません。それで、解決してもらうんです。ここが部室ですので、よろしくお願いします。それでは」
「はーい」
元気な返事をしたものの、わたしは「はぁ」とため息をこぼした。
「ったく、なんであんな『うぇええ!?』みたいな声出したのよ」
「そんな変な声じゃねえよ」
「はいはい、変な声で悪かったですねー」
「俺はゲー…勉強で忙しいんだよ」
今明らかにゲームって言ってましたよね。というか、宙、超平凡なやつでしょ。出席番号以外、ほとんど中位。まんなか。
「黙れ」
「お前もだろが。全国の習い事していない人に謝れよ」
「わたしは勉強してるし。習い事ナシで、自主学習だけで東大行くのが夢だから」
ああ、そうだった、宙のプロフィールね。
運動もふつう、偏差値もふつう、顔もふつう、性格も流されやすくてふつうと来た。
ちなみに、わたしは勉強もできて運動もでき、性格もよしという三拍子(顔は?って質問はナシね)。
「ふぅ…。あーあ、暇だなぁ。ほら、何か悩みでも出してよ」
「勉強ができない」
「ゲームなんてしないで、わたしみたいに努力して自主学習しろ。次!」
「そんなあっさり解決するやつ、見たことねえよ。それが簡単にできたら、困らないんだってば。そんなんでつとまるわけないだろ」
なんなの、解決してやったのに。
「取り敢えず、ポスト、見てみる」
「んー」
何が「んー」だ、何が。
段ボールで作った、かなーり年季の入ったポストを降る。カサカサカサ、という音がする(Gではないからね)。
なんとか取り出すと、ノートの切れ端が入っていた。
「あった」
「新年度早々?」
「取り敢えず、さっさと解決するわよ」
開いてみると、いびつな字でこう書かれていた。
『2年3くみ16ばんごとうちく2年生のべんきょうふあんです なんとかしてほしいです』
「ったく、学校じゃなくて学年でしょ」
「2年だろ」
ごとうちく…?
『ごとう』は『後藤』だろうが、ちくはなんだろう。
「これ、『さく』の鏡文字じゃないのか?」
「鏡…ああ、なら『さく』で当たりね」
佐久、が一般的だろう。ていねいに番号まで…
「明日、行ってみるわ」
「おっけ」
「20分休みね」
「あーい」
取り敢えず、今日は帰ろう。
これにて、悩み委員会1日目、終了っと。
#2 さっそく、お悩み相談
20分休み、わたしは悩み室に行った。
悩み室。以前はパソコン室だったが、最近、一人ひとりにタブレットが支給されてから使われなくなった。けっこう広いが、パーテーションで仕切られていて、わたしたちの部屋はパソコン室の4分の1ぐらいだ。ちなみに、その4分の3は児童会室。通りでせっまい。
パソコンはなくなっていて、長いデスクと3つ、4つのくるくる回転する椅子があるだけ。黒いカーテンと灰色のマット、灰色のデスクに紺色の椅子のせいで、殺風景になっている。
さて、宙は来るだろうか。
「おいっ」
「あぁ、やっと来た、副部長」
「副部長!?」
「そうだけど。わたしが部長で、宙が副部長。当たり前じゃない?」
「だいたい、部員が2人だろ」
ちなみに、あとで先生から聞いたことだけど、悩み委員会は1年中その委員会で、他の委員会には入れないらしい。ちなみに、児童会との掛け持ちはOKだ。
「あら、じゃあ書記でもヒラでもなんとでも」
「はー。なんで結花が部長って決まってんだろ」
「とにかく、2年3組に行ってみるわよ」
昨日、悩み相談のポストに悩みが投函されていた。
『2年3くみ16ばんごとうちく2年生のべんきょうふあんです なんとかしてほしいです』
まあ、予習復習したら完璧!って思えるのが理想よね…
「まあ、ふつうに予習復習したらいいだけじゃないの?」
「お前、ほんと人の心ないな」
「うるさいな。道徳の成績、一応二重丸だったから」
…一応、はいらないか。
---
2年3組。わたしたちは2年4組だったから、懐かしい…とは思えない。でも、新入生が減ったから、4組がなくなってしまったのは悲しい。
「2年って、何やってたっけ?まだ理科、社会、家庭はないんでしょ?あ、書写の墨もないし、リコーダーもないや。なぁんにもないね」
「でも、国語も習うだろ。『風のゆうびん屋さん』とか、算数は…表とグラフとか、じゃない?俺、2年生初めてのテストで、グラフぼろっぼろだった記憶ある」
「なんでグラフでぼろっぼろなの」
一応、入口で立ち止まる。
「ごとう…さくさん、いますか」
小さい子が、てててっと駆け寄ってくる。はぁ、可愛い。
「ぼくです」
「悩み相談、してくれたんですよね。どんなところが不安なの?」
しゃがみこんで、目線を合わせて言ってみる。
「えっと…そのぉ、あたらしいべんきょう、ふあん。むずかしそうだし。さんすうとか、よくわかんないし」
「そうなんだ。でも、いままでやったことを覚えて、授業をきちんと聞いたらわかるよ!」
「ほんとぉ?」
「そうよ」
「やったぁ!」
良かった良かった、やっぱ小さい子は純粋無垢で信じやすくて助かるわ。
「ちなみに、授業を聞いてないとこのお兄ちゃんみたいになるから、気をつけてね」
「さらっとディスるな」
「もうだいじょうぶ!」
「良かったね、また悩みとか、勉強でわからないことがあったら、悩み相談ポストに入れてね」
「うん!」
そう言って、わたしたちは悩み室に引き返した。
---
ふぅ、1つ目解決、っと。
「なあ、結花」
「んー?」
「悩み委員会、どうなんだよ」
「まだわかんないじゃん」
宙、時々変なこと言うよなあ。
「あ、じゃあね、また昼休み」
「あぁ、うん…」
---
10分休み、わたしは友達の|佐々木美玖《ささきみく》と話していた。彼女はいわゆる「おしゃれで可愛い1軍」で、わたしとは程遠い存在。
「ね、結花。ちょっとテストしていい?」
「あぁ、いいけど」
問題!と自慢げに言う美玖。
「この中で、1番一般的に言われて嬉しい言葉はどれ?1,月が綺麗ですね。2,月も綺麗ですね。3、月は綺麗ですね」
「1、月が綺麗ですね」
夏目漱石か誰かが、「I love you」を日本語に訳す時、「わたしはあなたを愛しています」ではなく、遠回しに「月が綺麗ですね」といった、的なやつだ。
2と3は、間違って覚えている。個人的に、1だったら教養があるなあと思って嬉しい。
「うわー、ないわー」
「えぇ?」
理由をちゃんと説明すると、
「ほんと、結花って真面目だよね。超とかがつくほど。勉強のことしか考えてないの?」
と呆れられた。
「そう?」
「だいたい、2が嬉しいんだよ。月も綺麗だけど、それ以上にあなたが綺麗ですっていうの」
「ふぅん。まあ、人は外見だけじゃないから」
「あーあーあーあー、ほんっと真面目すぎるね。にっぶ!こんなにぶい人、初めてみた。結花さぁ、学力だって身体能力だってあんのに、唯一の0点は恋愛理解度だよ」
「ふぅん」
レンアイ、という言葉が一瞬、気の毒に思うことの「憐愛」に変換される。こういうところがまじめすぎるのだろうか。
「だからさあ、宙が呆れるんだよ」
「えぇ?ああ、まじめすぎて、人の心がないってこと?」
「そうじゃないんだよ、全く。呆れた!もう好きにすりゃいいよ」
「えぇ?」
こんなまじめすぎるから、悩み委員会がつとまらないんでしょ。そう宙は呆れてるんだ。
そう思って、窓から青いそらを仰いだ。
#3 恋愛の悩み
|明日葉《あしたば》ひろむ、という名前を凝視する。
先日、またポストに悩みが投函されていた。6年4組の明日葉ひろむからの相談だ。
『|星河《ほしかわ》サラが気になっていますが、どうやって告白すればいいですか?』
正直、恋愛相談は考えていなかった。
「宙ぁ〜。これ、解決してよ」
「あ?……恋愛相談、か。星河ってあいつだろ?地味女子の」
「そんなこと言ったらダメでしょ」
星河サラ。物静かでおとなしい、と言えば聞こえは良いが、地味な子だ。名字はかっこいいのだが、本を読んでいない休み時間はないぐらい、本好きな子だ。逆に言えば、休み時間本を読んでいなければ、雪か霙か霰か降るぐらいだ。
明日葉ひろむ。彼も同様に地味で、ドッジボールには参加していない。休み時間はぼーっとしいていて、他の男子と変わっているが、讀書嫌いというのは変わっていない。
ベン図で『地味』しか積集合にならない2人。ひろむは恋愛に興味なさそうだったのだが、驚きだ。ちなみにサラは恋愛小説ではなく、ミステリーやホラー、グロ系しか読まない。
「どうすんのよ。わたし、人の心ないってどこかの誰かさんに言われたから、わかんないんだけど」
「道徳◎の人間がそんなこと言うな。俺は体育以外◯か△だ」
「それは努力していないからでしょ。努力したら、実るかもしれないし実らないかもしれない。でも、努力しなかったら確率0%」
「うるさいなぁ」
でも、本当にわかんないや。
---
--- 宙目線 ---
結花が困っているのは目に見える。恋愛に疎いことも、すでに幼馴染として知っている。
だからこそ、結花はどんな行動を取るのかを知りたい。どうやって成就させるのか。好きなもので気を引くのか、はたまたデートか何かに誘うのか。
でも、どうせ俺に丸投げするんだろう。
「確率0%」
「うるさいなぁ」
そう思わず口走ったけど、その通りだと思った。
俺だって、努力すれば、《《結花と結ばれるのかも》》しれない。でも、できないから今の『親友であり、幼馴染っていうだけ』のポジショニングなんだ。
鈍感なところだって、一生懸命なところだって好きなんだ。俺が、言えないだけだからなんだ。本当は結花のことが好きだって言えない。だから、彼女は気づいていない。
言えたとして、それを彼女が「|like《友達として好き》」ととるか、「|love《愛する》」ととるかはわからない。でも、やってみなければ確率は0%。
__「俺だって、相談したいよ…」__
そうつぶやく。結花に届くかどうかは、当然届かないだろう。でも、これで0.01%でも可能性ができた。
でも、当然というように、その声は「え、今なんて?」という、純粋な結花の声にかき消された。
---
--- 結花目線 ---
「さっき、なんて言ったの?いいアイディア?」
「いや、別に」
変なごまかし方。まあ、聞こえなかったのは事実だし。
「取り敢えず、ひろむに読書好きになってもらわなくちゃ。好きなものが同じなら、接近できるでしょ」
「接近って…」
「それか、サラがマンガ好きだったりしないかなぁ?そしたら、なんとかマンガ好きっていう積集合が持てるんだけど」
そう言って、6年4組の教室に来る。
「星河さん、いますか」
「…あぁ」
きれいな声の主・星河サラは、本を決して手放さなかった。
「マンガって好き?」
「…小説の方が。でも、『リアル人狼』はトリックがすごいから、マンガの方が好き」
リアル人狼…。あぁ、ちょっと前に村作紫央先生が連載していたマンガね。トリックがすごいとか、ちょっと言われてたみたいだけど。
「ただストーリーが早すぎる。テンポが良すぎる」
「へ、え…」
ひろむ、人狼ゲームは好きなんだろうか。
---
昼休み、また6年4組をたずねる。今度はひろむを呼ぶ。
「あ、こんにちは。えっとぉ…」
「大橋結花と足立宙。突然だけど、『リアル人狼』ってマンガ、好きですか?」
「あぁ、ちょっと話題になってましたよね…。ちょっと読んでみました。割と面白かったです」
「星河さんも、それ、好きよ。悩み委員会として、取材したから。話してみたらどう?」
「そ、うなんですか」
「あと、敬語はやめてね。ちょっと距離を感じる」
いっつも、男子らったらわたしと敬語で話すからね。もっと馴れ馴れしくした方がわたしは嬉しいし。
「わ、わかりまし…ありがとう」
「うん」
そう言って、6年4組を後にする。
「結花、」
「ん、何?」
「……いや、今日、俺全然活躍してなくね?って」
「ほんとそうよ。いやぁ、『リアル人狼』好きで良かったわ。今度読んでみよ」
確か、図書室にあったはずだ。今度、借りて読んでみよう。
#4 GW旅行のお悩み相談?
ようやく、世間は落ち着いたようにみえる。少なくとも、わたしは、新しいクラスにクラスメート、先生の顔も覚えた。もうすでに、名前と顔、好きなものは結びつけることができる。
さて、5月に入った。もうすぐ|GW《ゴールデンウィーク》で、その後は典型的な五月病が待っている。パッパと悩み相談を終わらせ、無事にGWを満喫したいものだ。
「ったく、人間は悩みが多すぎるのよねぇ」
そうつぶやきながら、ポストをガシャガシャとふる。
「あんまり強くふったら、壊れんじゃねえの」
「ふーん。壊れたら、児童会室ん中の材料借りて、もっと丈夫なの作ればいいだけ。先代が悪いから」
「あっそ」
案の定、カサリと紙が入っていた。
『4年1組の、|野々木麗亜《ののぎれいあ》です。ゴールデンウィークに、家族旅行でハワイへ行くのですが、勉強があんまわかんないです。どうすりゃいいですか』
麗亜からの手紙を読み上げたあと、ふーっと大げさにため息をついた。
「もぉぉ、なんなのよ、この麗亜ってやつ!」
野々木という名字は見たことがある。けっこう珍しいな、と気に留めていた名字だ。近所にある、豪邸のような家の名字。
しれーっと「わたしはハワイに行きますが、あなたたちはせいぜい国内でしょうね。オホホホ」という感じが否めなくて、心底腹が立つ。
「ま、こういうやつは決まってるからな、だいたい」
「ビリッビリのこっなごなに破いてやりたいわ」
あーあー、本当にヘド祭りよ。
「パッパと解決して、しれっと腹いせして、休むわよっ」
「腹いせはすんなよ…」
---
4年1組に行くと、案の定、違うオーラをまとう人が1人。プリン髪はごってごてに蛍光のゴムがまかれていて、色白さがすぎて逆に怖く、蛍光のルーズソックスがきつすぎる。スカートは短すぎてちょっと怖く、シャツはかろうじてふつうのだが、もはや蛍光ペンを擬人化したみたいになっている。名札には『野々木麗亜』の丸っこい文字が、かすかにみえる。
これが、あの豪華な豪邸の娘?想像とは程遠い。
「野々木さん、いますか」
「んー?誰ぇ?」
「GWのやつ。お前じゃねぇの?」
いつもだったら、宙の口ぶりを注意するだろう。でも、相手が相手なので、そっとしておく。
「あぁ、あれね。悪いけど、召使がやってくれるからいいわ。忙しいから、じゃ」
そっけなく返事されて、また悪口(と思われる)の話題になった。
あー、ほんっとうに腹が立つ!
---
「あーゆーやつが、将来嫌われるか、愚痴られるやつなのよっ!」
「あいあい…ったく、女子んとこの喧嘩とか、こわいって聞いたことあるけどマジなんだな」
「そこらへんのやつとはちがうのよっ!」
宙の発言が、余計に火に油、いやガソリンを注ぐ。
おかしいのだ。休み時間を削ってまで、わたしたちはなやみを解決しようとした。なのに、そっけなく、しかも「わたしにも召使が…あ、みんないなかったんだぁ(笑)」みたいに言われて。あーあー、本当に腹が立つっ!
---
数日後___
「転校生が来ます」
重い重い腰を上げて、わたしは登校した。偉いよね、うん、偉い。今から五月病ゾーンだから、覚悟しないと。
でも、びっくりした。5月なのに、転校生だって。どっかの私立小学校におちて、引きこもってたのかな。いや、そんな妄想は良くないよね…
「|鈴原心葉《すずはらここは》です、よろしくお願いします」
重ための前髪に、黒いメガネ。典型的な読書家!って感じだ。
男子らからは、「うわぁ、マジかよ、地味じゃん」と恋愛の標的にしないオーラ。女子からは、「ダッサ、絶対グループいれないわ」という、仲間外しのオーラ。
ちなみに、わたしからは「仲良くなれそうなタイプじゃん!!」という、興味津々のオーラだ。
彼女は黙々と本を読んでいた。今のセレクトは…何々、『雪女との物語』?あ、読んだことあるやつだ。設定は面白いよねー。
と思いつつ、わたしはぼーっとした。そうだ、20分休みなら悩み室にでも行こうか。宙はめずらしく、ドッジボールをしている。
すると、彼女はなにか思い出したように、ノートを破り、なにかを書いた。そのなにかを、小さくていねいに折りたたみ、ポッケに入れた。
#5 入部希望の転校生
ふぅ、心葉ちゃんとは喋れなかったや。
そう思いつつ、わたしは20分休み、悩み室に来た。昨日転校してきたばかりの彼女は、わたしだけが合いそうなタイプだ。
いつも通り、ポストをガシャガシャやる。最近、来てないからいいんだよね…
『入部希望。面接は木曜日の昼休み、ここでどうでしょうか。 6年鈴原心葉』
…前言撤回っと。
明日か、木曜日って。
「宙〜。なんか、入部希望がいるんだけど」
「えぇ?まあ、俺は……いいっちゃ……いいけど」
「はっきりしなよ」
でも、悩み委員会以外のとこ行くと思うんだけどな、ふつう。というか、なんで悩み委員会、知ってるんだろ?
---
「そう、なんですか…」
村木先生も、さすがに戸惑う。あはは、と苦笑い。
一応、どこの委員会も入って良いのだ。なのに、なんで悩み委員会なんて…
「まあ、いいんじゃないですか?」
うーん、曖昧な返事。許可はしたから、あとはあなたたちに委ねます、って感じだ。
「というか、悩み委員会って担当の先生とかいないんですか」
「いや、いません」
「わかりました」
委員会に面接。どれだけまじめな子なのだろう。
---
木曜日の昼休み。わたしは一足先に悩み室に来ていた。
ちゃんと3つあるデスクの2つを奥に配置し、4つある椅子の1つも奥に配置。よくある面接のように、わたしはセットした。もちろん、宙もだ。
コンコン、とノック。
「どうぞ」
緊張する。
「失礼します。鈴原心葉です、よろしくお願いします」
「えーと…なぜ、この委員会に入ろうと思ったんですか?他に、図書委員とか、あったはずなんですが」
宙の敬語は、ちょっと違和感がある。
「はい。わたしはもともと、小説を書くのが趣味です。その小説を通して、悩みを解決できる。そんな存在になりたいんです。図書委員は、あんまり小説の良さを伝えることはできないじゃないですか」
この人は、本当に本が好きなんだな。
「えーと…」
宙とアイコンタクトをとる。
「合格、です」
あまりにもあっけない合格発表。
「本当ですか、ありがとうございます」
にっこり微笑んだ彼女。彼女のメガネの奥は、確かに笑っていた。
---
心葉はあっという間に馴染んだ。まあ、ふたりだから馴染むもなんもないが。彼女はメガネの奥を光らせて、まじまじとぶ厚めの文庫本を読んでいる。
わたしが毛先をクルクルさせて遊んだり、宙が課題をせっせと終わらせてたりするときもお構い無し。
「失礼しますっ」
柔らかそうな感じの先生が、悩み室に入ってきた。
「えと……」
「優月彩音です、今日から悩み委員会の担当をするわ、よろしくね」
そうにっこり微笑んだ優月先生。
「委員会のメンバーは…大橋結花ちゃん、足立宙くんと…あと、鈴原心葉ちゃんでいいわよね」
「ああ、そうです」
そう返事をした宙は、また鉛筆をカリカリ走らせた。心葉は何もなかったかのように、本を読み続ける。
「心葉って、読むのも書くのもするの?」
「そうだ。小説を読むことで、書くコツがわかる。書いてみて、どう表現したらいいかわからなかったら、小説を読む。そうすることで、二刀流になることができるんだ、大橋」
敬語じゃないあたり、もうすっかり慣れている。
あと、小学生で苗字だけで呼ぶのはなかなかレアだ、と思う。
「ちなみに、今は何読んでるの?」
と、優月先生。
「まあ、『そして、バトンは渡された』とか、『容疑者Xの献身』とか、そんなとこです」
___なんとなくだけど、悩み委員会が多様性を持った気がする。これで、いろんな悩みに対応できるのかな。
#6 悩み委員会のお悩み相談
超健康優良児である結花が、今日は休みだ。優月先生は、なんか用があるらしい。
今日は珍しく悩みがなく、暇な時間。心葉は相変わらず、本を読んでいる。
重たそうな前髪に、黒ぶちの丸メガネ。メガネのせいなのか、割と目はぱっちり、というか、そんな感じにみえる。いつも眉毛はまっすぐ平行で、口はいつもすこし不機嫌そうだった。髪飾りは見えにくい黒のヘアピンぐらい。
言うなら、結花が休みの今しかない。
「ここっ………涼原、さん」
「何」
ぶっきらぼうな態度が、余計に腹が立つ。このあいだまで、「何ですか」と敬語だったのに、だ。
「心葉でいいってば。大橋も言ってたよ?で、何。用件は」
いや、用件はって…堂々と恋愛相談です、って言えるはずないでしょ。
「恐らくだけど____恋愛だね?」
ぎく。なんで…
「佐々木にも思われてる。だいたい、この年頃の奴は大半がこの悩みだ。バレバレだ、こんな恋愛小説なら、誰も読まないだろうな。いや、新しい感じだから、意外と読むのか…?僕は書く方も好きなんだ、ネタにさせてもらう」
いや、美玖にも思われてたのかよ。というか、どんどん話がそれてる。
心葉は本をぱたり、ととじて、ちょっとにやりと笑っていった。
「大橋が好きだね」
一瞬、ちょっとだけ視界がゆらいで、意識が途切れそうになった。顔が赤くなるのが、自分でもわかる。今、俺、どんな表情なんだろう。
「ほら、図星。こんなにわかりやすいやつ、見たことない」
けらけらと、楽しそうに微笑む心葉が、とんでもなく憎く感じる。微笑む、というより、若干の冷やかしがこもってる小さな笑いだ。心葉は楽しそうに、また続ける。
「あんな鈍感な奴に、どうやってアプローチして、告白して、OKを貰えるかだろう?単純な奴だ」
首をかしげつつ、心葉は言う。
「というか、なんで足立は大橋が好きなんだ」
くるん、と回ったアホ毛が鬱陶しい。なんなんだ、こいつ。
「いや…別に…」
「まあ、言えないのが当たり前だ。せいぜい、悩め。それが青春だ」
ああ、本当にムカつく。
けらけらと笑う、いやみったらしい心葉。きっとあいつは、あいつの言う青春をしたことがないから、こんなことが言えるのだ。
「青春、青春。青春を謳歌しな、今のうちに。まあ、僕の質問に答えたら、僕なりのアドバイスはあげるけど。減るもんでもないだろう?」
__「……だって、性格いいし、勉強もできるし、ゃ、やゃさしい、ん……」__
**「はーい、よく言えました」**
心葉の声で、俺の声がかき消される。萌え袖と思われる、ぶかぶかの上着の袖をぶんぶんふって、心葉は言う。
「まずは自分の長所をアピールしましょう。話はそれから。さ、いいとこは?」
「えー、と…」
…あれ、俺の良いとこ、とは…?
「まぁさ」
「自分でわからないこと、結構あるからな。仕方がない。大橋が一番知っている、なんてこともありうるんだから。んで、いつ?」
「何が」
「告白」
こくはく。
……は?告白ぅ?!
さらりと言う心葉に、俺は戸惑う。いや、よくそんなさらっと言えるな。いやでも、他人のだから当たり前なのか?だけどさ、仲間の恋愛だぜ?
ぐるぐる思考がまわる間に、心葉は淡々と言った。
「僕は言っていいと思うよ?風邪が治った日に。まあ、足立次第だが」
「………」
「さて、これで悩み委員会としての仕事もこなした。僕は帰らせてもらう。放課後に言うといい。僕は早めに帰るから、ゆっくり告白すればいいだろう」
つんと鼻につく喋り方で、心葉は言った。丸メガネをクイッとわざとらしくあげて、くすっと嫌な感じに口角をあげる。
「頑張れ。僕にはそれぐらいしか言うことができないんだ、わかるだろう?」
「……もうちょっと、考えてもいいんじゃねえのか」
「あいにくだけど、僕は恋したことがない。恋愛小説なんて読む気になれないんだ。だから、恋愛は全然わからない。これぐらいが精一杯なんだ。鍵、よろしく」
「……わあったよ」
ぶっきらぼうに言って、心葉は閉じていた本を持ち、ランドセルを背負った。紺色のランドセルはよれよれで、6年間連れ添ってきた相棒、という感じだ。
「健闘を祈る」
そう吐き捨てて、心葉は帰った。
悩み室の戸締りをしっかりして、俺は帰った。