「おーい!元気してたかー!」
夏の時期によく遊んだ少年、ナツ。
名前も知らないし、どこに住んでるとか、どうしてるとかはわからない。
そんな不思議な少年、ナツと遊んだ2人、トウヤとアキの
少し異常なお話。
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目次
夏休みの初夏の頃
短冊も書き終えて、学校の宿題も配られ始めるころ、
ぼくはシュワシュワジリジリやかましくなくセミの声に悩まされていた。
「だめだー…暑すぎて集中できん…。」
授業中、ぼくはあまりの暑さに、イスの背もたれ以上に体をたおして、後ろの席のアキと目を合わせた。
ちょっと長くなった後ろかみがアキの机に擦れる音がする。
「ははっ、トウヤが死んでるー。」
えいえいとほをえんぴつでつつかれ、先生がもっとうるさくしてくる前に起き上がった。
「皆さん、これから待ちに待った夏休みですね。」
先生がそういうと、クラスのみんながイェーイと、小さくガッツポーズをしたりして、
セミのアカペラにくわわってきた。
「ですが、夏休みだからと言って、なんでもしていいわけじゃありませんよ〜?」
だけど、先生のそんな声を無視してみんなはもりあがっていた。
バーベキューに行こうだの、プール行こうだの、そんなことを話していた。
しだいにちょっと静かになったと思えば、ペラペラとプリントが配られた。
去年に配られたやつより、ちょっと漢字が多くなっていてつくづく感心する。
「ここに書いてある注意のところは、絶対に守ってくださいね。」
かみは染めちゃダメだとか、子どもだけでゲーセンに行っちゃダメだとか、いろいろ書いてあった。
中にはゲームのこととか、いろいろあった。
「質問がある人は手をあげてくださいねー。」
今の日付は7月23日。あと2日で夏休み。
思い返すと、たくさんの楽しみがある。
だけどぼくは…いや、ぼくたちは何よりも、''アイツ''に会うことがずっと楽しみだった。
手をとんとんとされて、アキの方に振り返った。
「なぁ、また''アイツ''くるかなぁ!?」
よくようがついた元気な声で聞かれて、ぼくはこう言った。
「ぜっっったいくるよ、だって来るって言ってたじゃん。」
''アイツ''は去年の初めての夏休みに初めて会ってこう言ったんだ。
『また夏になったら来るから!』
名前は知らないので、ぼくたちで『ナツ』とよんだんだっけ。
そしたらひどくよろこんで…。
思い出話に花をさかせ、ぼくらは『ナツ』を待った。
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登場人物
トウヤ…ちょっと達観したような少しドライな少年
アキ…トウヤの友達の、あったかくて元気な少年
ナツ…名前もわからない不思議な元気っ子
「おーい!元気してたかー!」
次の日の朝、起きると、台所にぼくより背の高いハルにぃちゃんがいた。
思わずびっくりして、ぼくはじっとハルにぃちゃんを見た。
「あははっ、驚くよなー!だってなんも伝えてないからな!」
ニカっとした笑顔で笑って、おかしそうにぼくをみて、
背が高くなったなーとか、もう2年生だなとか、おじさんくさいことを言ってきた。
「ハルにぃなんでいるのさ。」
「トウヤは相変わらずつめてぇなぁ…もう少し歓迎してくれてもいいじゃんか。」
「だって、朝起きたらいきなりいるんだもの。かんげいするすきもないよ。」
うへへぇとキモい笑いをうすらうかべて、ぼくの頭をわしゃしゃとなでてから、
ハルにぃは紙袋をさしだしてきた。
「ワイロなら受け取るよ」
「賄賂じゃねぇし受け取るのかよ、ただの土産だよ。」
ハルにぃが片手で差し出してきたお土産を、ぼくは両手でしっかり受け取った。
「おまんじゅう?」
「そー!おばさんたちが帰ってから食おうぜ〜。」
ぼくはふくろから箱を取り出して、冷蔵庫の中に入れておいた。
「そーいや今日からだっけか、夏休み。」
ハルにぃが聞いてきたので、ぼくは答えた。
「いーや?明日からだけど。」
「えっまじ?てっきり今日かと思ってたんだけどー…。」
ハルにぃはとたんに悲しそうな顔をしてきた。
「なんでそんな落ちこむのさ。」
「だってぇ、とっちゃんと遊びたかったんだもぉ〜ん。」
ハルにぃがせおってたリュックの中から、メンコとか、ゲームとかがいっぱい出てきた。
「うわぁ、ガキっぽ…。」
「ひどいやとっちゃん!せっかく遊んでやろうと思ってたのに!
「とっちゃんやめろ。てか、そういや父さんと母さんは?」
「みんなデパート行っちゃったよ。あーあ、留守してとっちゃんと遊ぼうと思ってたんだけどなぁ。」
「いい年した大人が何言ってんだよ。あととっちゃんよぶな。」
「大人じゃないもんまだ中3だもん…別にいいだろとっちゃん。」
「じゅけんせーじゃねえか。勉強しろ。あととっちゃんやめろ。」
「ぐわぁっ…。」
小さめなだんまつまと共に、ハルにぃはゆっくり下にたおれていった。
ぼくは机にあった朝食を食べ、ランドセルをせおい、げんかんへと向かった。
「あ、そうそうとっちゃん。」
思い出したかのようにハルにぃが言ってきた。
「俺ら夏の間しばらくここにいるからさ、よろしく。」
「うん。あととっちゃんやめろ。」
---
大きめの石がコロコロしている砂利の道を歩き、石のへいのかげにかくれながら歩く。
にっくいことに学校までのきょりはそこそこあるのだ。
ミーンミーンと、昨日より少ない数のセミが歌っている。
ぼくよりヘタクソな声で自慢げに歌って、さらに夏らしくしてくる。
だけどそんなセミがいいって言った、ヒナってやつをふと思い出した。
あいつ、女子のくせに男っぽいシュミして、男っぽい話し方してたっけか。
もう転校してるから覚えてないけど、そのくせマホウ少女だとか、変に女っぽいのを好んでたりしてたっけか。
「おーい!トウヤー!」
向こうから声がした。アキだった。
「今行く。」
アキの方につくために、ぼくはランドセルをゆらしながら走った。
「いつ会えるかな!アイツと!」
黒いランドセルがならび、こかげのやみにまじりながら坂を登って行った。
「夏って言ってたしなぁー、アバウトだからわかんねぇ。」
「だよなー。」
ミーンミーンと、セミがまだうるさくなく…。
「アイツって親いるのかなぁ。」
「わかんねぇ。」
「だよなー。」
学校の校門がしだいにうかんでくる。
「会った時に聞こうぜ。」
ぼくはアキにひかえめにつたえた。
「だなっ!」
アキはまた、明るくなった。
校門をくぐると、なぜだか人だかりがあった。
みんな何かを見ている。ぼくらも気になってスキマをのぞいてみた。
人だかりの真ん中には、なぜかいっぴきのアジがいた。
まだ活がいいらしく、ぴちぴちはねていた。
「すっげーっ…生きてる…。」
感心したようにアキが言った。
飼おうだの食べようだの色んな話がした中、
1人の少年がいきなりアジをつかみこう言った。
「ごめん!これおれの!」
真ん中にいたけど、人だかりのせいで足しか見えなかった。
だけどズカズカと、ぼくたちのほうにくる感じがする。
だんだんときりが明けるようにハッキリしてきて、ぼくたちはハッとした。
ナツだった。
「あっ、ひさし…。」
アキがそう言いかけたとたん、ナツはいなくなっていた。
人だかりの真ん中のアジは、タカがとっていったとみんなは言っていて、
あの時のナツがいないことになっていたのがフシギに思えた。
「なぁ…トウヤ、いたよな?ナツ。」
「あぁ…いた。しかもガッツリアジ持ってた。」
「だよな…。幻覚…?」
なんともつめものが歯にはさまったような感じがして、思いが浮かばなかった。
その日の朝は、アジのことで話が持ちきりだった。
_____少し進んで、帰り道。
「あーーー!おーもーいー!」
アジサイにパンパンなランドセル、手さげにかりた図書の本。
アキはガッツリオーバーキルを入れられていた。
「少しずつ持って帰らなかったからだろ。」
アキの顔は、ひどく汗だくで、しんどそうにアジサイをかかえていた。
「あーもー、持ってやるからよこせ。」
「持ってくれるの…?トウヤやっさしー…。」
アキからアジサイと図書の本を受け取り、ぼくらはゆっくり歩いた。
「す…、少し休もう!」
ぼくらはこかげに入って、すいとうの水を浴びるように飲んだ。
「ぷはー!生き返るー…。」
そう言って、にもつを一旦全部置いて、休むことにした。
「アイツ、今年も遊べるかなぁ。」
あの朝のアジの事件から、どこか行ってしまったナツのすがたがうかんだ。
「たしかに見えたんだけどなぁ…。」
アキはそう言って、まっすぐ目の前の雑木林を見つめた。
「ま、会えるだろ。」
そーだな、とたがいに笑って、にもつをまたかかえて、歩き出した。
後ろの木のかげも笑っていた。
風鈴が飛ぶ
「いやー、トウヤがいなかったらいまごろどうなってたか!」
大量の夏休みの宿題を持ち帰ることになったオレは、トウヤに手伝ってもらって
なんとか家の前まで全部運び切ることができた。まじトウヤにカンシャ。
「そもそもちゃんと持って帰れよ。」
トウヤのつめた〜いドクゼツが飛んでくる。
「…ごもっともです…。」
さすがになにも言い返せなかった。今度からちゃんとしよ…。
すると家のとびらいきなり開いて、見てみるとそこにはかーちゃんがいた。
「あ、かーちゃんただいま。」
「あら、お友達?」
かーちゃんはトウヤを見るなり、ささっ、上がってとトウヤを家に入れた。
「おじゃまします。」
トウヤはオレのかーちゃんとボンサイをかんしょうするほど変に仲がいい。
ていうかどうしてボンサイなんだろう。
「スイカ切ったから2人で食べんさい。」
とかーちゃんはオレとトウヤにスイカを出してくれた。
しかもカルピスまで。
「かーちゃん、カルピスなんて。ケイキいいなぁ。」
しかもちょっとこいめだ。なんてぜいたくな。
「そんなこと言うんだったらおかーちゃんが飲むぞ?」
「なんでもないっす。」
オレはスイカを持って、トウヤと横ならびになりながら、じゃくっと果肉をかんだ。
「「うんめぇ〜。」」
ふいにカブって、あってなって、たがいに大きく笑った。
少し強い風がふく。
チリーンと、ふうりんの音が鳴った。
スイカは2人で3切れずつあったけど、あっという間になくなっていて、
コップにあったカルピスも、いつのまにか飲みほしていた。
「そういやさ、アキ。」
トウヤがふいに話しかけてきた。
オレは何?とトウヤに問いかけた。
「明日、あそこの川行かね?」
いきなりだったので、オレは思わず首をかしげてしまった。
「あそこの川って?」
オレが問いかけると、トウヤは言った。
「ほら、あそこだよ。ナツと会った川。」
「あ〜!あそこか!」
あれはオレとトウヤが小学1年生のころだった。
オレがムリやりトウヤをさそって川に連れてったとき、
そこに1人の少年がいた。
オレたちよりも背はちょっと高く、ボウズで、麦わらぼうをかぶっていた。
名前を聞いても教えてくれないし、だけど、夏の間だけしかいれないって言うから
オレら2人がかってに''ナツ''ってよんだ。そしたらなぜか気に入って、
ソイツは自分のことをナツって名のるようになった。
「でもなんであそこの川なんだよ。」
初めて会ったからと言って必ずいるとは限らない。
そうギモンを持ってトウヤに聞いてみた。
「なんか、そこにいそうな感じがしてさ。」
「またカンかよ。」
だけど、トウヤのカンはフシギと当たりやすい。
ケイバの結果も当てちゃうし、ガムが当たりつきかも当ててくる。
ゆーいつ当たらないのはおみくじぐらい。
「それじゃ、決まりだな。」
そう言ってトウヤはいつもより元気な声で言った。
「明日の朝、あそこの川でな!」
オレも負けじと
「うん!」
大きな声で返事をした。
---
ふうりんがまったく鳴らなくなってきたころ、トウヤは帰って行った。
オレも夏休みの宿題を部屋のすみにかためて、えんがわで横たわった。
「アキ、腹出してると冷えるぞ?」
夜のつめたさに心配してか、かーちゃんがそう言ってきた。
「暑いからしゃーないやん。」
「風邪ひいても困らんってこと?」
「やっぱしまうー。」
明日はトウヤとの約束がある。やぶったらナツとも会えんくなるかもしれんから…。
Tシャツを少しのばし、はらをかくし、またねそべった。
時々ゆかのたたみのスジに指をなぞらせて、せいいっぱいごろごろした。
しだいにカエルがやかましくなっていった。
「あー、カエルー、昼間に鳴いてくれたらなぁ。」
「あんたが持ち帰るからかーちゃんは夜がええわ。」
えぇー、と言ったりして、するといきなり、げんかん前の
黒電話がヂリリと鳴った。かーちゃんがもしもしと電話に出る。
「とーちゃん、明後日帰ってくるって。お土産に何欲しい言うてる。」
「えっ、ほんと?」
とーちゃんは今はうんと遠いところにえんせーに行かされていて、なかなか帰ってこれない。
久しぶりにとーちゃんが帰ってくる。
「あんた何が欲しいん?」
「何個でもいいん?」
「3つまでやって。言ってみ?」
「えっと…ひまわりのピンと赤いスカーフがほしい。」
「あらまぁ、あんたらしくないわぁ。」
ふふっとかーちゃんが小さく笑って、とーちゃんと電話をし続けた。
---
「あー、いいなぁ。」
オレはふろもハミガキもすませ、特等席でラジオを聞いていた。
オレの家にはテレビがない。だからゆーいつ、ラジオが1番の楽しみになっている。
「やっぱケンケン最高やわー。」
ケンケンは、オレが毎日欠かさず聞いてるラジオ番組「カイジンのディナー」のMC。
とにかく声がいいしギャグセンもある。オレが1番好きなMCだ。
コミミにはさんだていどだけど、ケンケンがもう一つ持ってる「ワルの溜まり場」で酒を飲みながら質問に答えるコーナーがあるらしい。しんやだから見れないのがザンネンだが。
「あんた、そんな声だけのどこがいいん。」
「声だけちゃうし。オレちゃんとケンケンの写真も見たもん。」
「どんな顔なん?」
「ソース顔イケメンってとこかな。」
「ふーん。」
ケンケンの声を聞き、質問を聞いていると、ある一つの質問がきた。
『ペンネーム、チャウネンさんからのお便りです。
ケンケンこんにちは。私は今年で70にもなろうかというジジイです。』
おどろいた。「カイジンのディナー」は、こういう年のいったじいさんはあまりいないのだ。
オレは気になって、ケンケンの声より、質問の方を集中して聞いてみることにした。
『私は今も、悔やんでいることがあります。それは友人に会えなかったことです。
私が学童の頃、とても親しい友がおり、よく遊んでいました。しかし、父上の仕事の関係で地元を離れることとなり、友人と別れを告げたんです。ですがその時私は、盆には帰ると伝えました。』
スラスラとした声がつづられる。
『友人はわかったと返してくれました。ですが、約束通り盆に帰ると、友人の姿はどこにもありませんでした。友人の家族でさえも、ずっと行方が知らずとのことで、ただこのまま帰ってくるのを待っていると言うのでした。私は待つのではなく、友人を探しに、よく行きそうな場所を探しました。しかし友人はどこにもおらず、そして今日に至りました。どこにいるのか、生きているのかは今もわかりません。ケンケンもこんな経験はしたことありますか?』
質問はここで終わり、ケンケンは質問に答えていた。
なんだかじいさんがかわいそうに思ったオレは、ねることにした。
「もうねるん?」
「うん、用事もあるし。」
「そうか。」
そう言ってしんしつへ行き、しきぶとんをしいてねた。
だけど明日、ナツに会えると思うとシンゾウがバクバクなる。
最初なに話そうとか、トウヤどんな顔するんだろとか、色々楽しみになってきた。
だけどその反面、あのじいさんの質問がのうりに出てくる。
『どこにいるのか、生きているのかは今もわかりません____。』
どんな顔して書いたんだろーなとか、色々思うようになった。
だけどいつのまにかねむたくなって、ねむってしまった。
---
ピュピュッ、チュンチュン…
元気な鳥の鳴き声が聞こえる…。
ハッと目を覚まし、時計に目をやった。
時計は8時をさしている。
「あーっ、やばいやばい!」
朝からうるさい声を出して、顔を洗って、急いで着替えた。
オレはきのうの約束をぜったい守るって決めてたのに、まさかねぼうしてしまうとは…。
「あんた、何急いどるん?」
「だってきのうさ、朝に川に行こうってトウヤにさそわれたからさ!」
「まだ5時やで。」
「えっ…?」
よくよく見てみると、オレがタンシンだと思ってたところはチョウシンで、
どうやらねぼけて間違えたらしい。
「あんた、まだ時計の読み方もわからへんの?」
「わかるしっ…たまたま間違えたんだよ。」
そう、とかーちゃんはこのまま朝食を作りにいった。
ジョワジョワと何かを焼く音がする…。
「朝メシ食ったら遊び行くから。」
「いつ帰ってくるん?」
「夕方までには。」
コト、と置かれた音とともに、いかにもおいしそうな朝メシが並んだ。
ヤキジャケにひややっこ、みそ汁、ご飯。
うちはぐりるっていうものがないので、かーちゃんがいつもシャケを焼いている。
口の中に入れると、どれも下におしつけてくるほどおいしい。
みそ汁をのみ、ご飯をかきこみ、シャケをかじり、ひややっこを食べる。
いわゆる''三角食べ''ってやつ。これができるとけんこうになるらしい。
「ごちそうさまでしたー!」
大きい声でそう伝えると、かーちゃんはぱっと明るくなって、
「そうかい」と返してくれた。
---
げんかんから出てすぐ、ちょっとはなれたところにトウヤがいた。
「あっ、トウヤ!おはよう!」
「おはよ〜。」
トウヤのとなりにならび、オレたちは歩き始めた。
トウヤの持ってた紙ぶくろがゆれている。
「トウヤ、そのふくろは?」
見た感じ、どこかの店のイイモノっぽかった。
トウヤは答える。
「ハルにぃからもらったまんじゅうのふくろ。ナツといっしょに食べたくって。」
ハルにぃとは、トウヤのお母さんの妹の息子…いわゆるいとこってヤツだ。
トウヤになぜかベタベタして、だけど変にケチだって、トウヤがグチをはいていた。
このまんじゅうは、きのう食べる分を3つかくしていたやつらしい。
「オレも食っていい?」
「何のために3つ持ってきたと思ってんだ。」
クスっと小さく笑って、オレらはあそこの川を目指した。
目新しい橋がかかって、川をまたいでつないでいる。
セミが鳴いて、川が早く流れる音がする。
すると、橋の下の方に、誰かがいた。
「なぁ、あれって…。」
「…間違いねぇ、行くぞ。」
オレらは橋の下の人物の方へと向かった。
とたんに、それがナツだとわかった。
「あっ、おーい!ナツ!」
オレがナツに話しかけると、ナツはくるっとこっちを見てきた。
麦わらぼうに、ボウズ。せたけも去年と変わっていない。
ナツはあの時のままだった。
すると、ナツはニカっと笑った。
「おーい!元気してたかー!」
ナツのでかい声がオレらをぶちやぶってくる。
負けじとオレらもでっかい声で返事した。
---
「オレさ、ナツにあったらいろいろ聞こうと思っててさ、いいかな?」
オレはコウフンをおさえられないまま、ナツに聞いた。
ナツは気前よく
「おう!どんどん聞け!」
と返してくれた。
オレはトウヤと何を聞こうか少し話し合って、ナツに聞いた。
「ナツって、本当はなんて言うの?」
「…名前か?ナツだよ。」
どうやらナツはナツだったらしい。
おどろいてしまって、つい、えーっと声を上げてしまった。
「いやさー、名乗る前にお前らに当てられたからさ、このままでいいやってなっちゃって…。」
「えーっ、それってアリかよ。」
「アリだよ。ほら、他にもあるか?」
何ともはぎれがわるい感じがして、オレらはもっとナツにいろいろ聞くことにした。
「そんじゃ…。」
するとトウヤが何かを聞いた。
「好きな食べ物は?」
あまりにベタな質問だったのか、ナツはふふっと笑った。
「ガキっぽいなー!」
ナツは大きな声でトウヤをからかい、トウヤも恥ずかしそうにやめろと言っていた。
「好きな食べ物はカニだよ。たまにしか食えないけど、すんげーうまいの。」
とくいげに語るナツは、オレたちにも、食ったことある?って聞いてきた。
「カニかぁ、オレ食ったことないなぁ。」
「ぼくはある。じーちゃんからもらったの。」
へー、と感心したようにナツはうなずいた。
他にも、オレらはいろいろナツに聞いた。
生まれはどこだの、どこ住みだの、好きな季節はなんだの…。
あまりにもたくさん聞きすぎてしまったが、ナツはイヤな顔一切せず、全てに答えてくれた。
「お前らやっぱガキだなぁ!」
笑いながらナツは、精いっぱいの息をはいて、少しきゅうけいとあおむけになった。
「ナツもガキだろ。」
トウヤがナツにそういうと、ナツは、
「オレはお前らとはちげーんだ。」
とどこが悲しそうに言った。
いきなりそうなるもんだから、トウヤとオレはナツを心配して、少し目を合わせた。
だけどいきなりナツは起き上がって、オレらの方にがしっとうでをのせ、
ケラケラと笑った。おかしくてオレらもつられてわらった。
「ナツ、これ。」
「わっ!まんじゅうか?」
トウヤが持ってきたまんじゅうを3人で分けることになった。
夏の時期に似合わない、雪みたいにまっしろなまんじゅうが3つちょこんとならんでいる。
「うまそ〜!」
ナツはキラキラと目をかがやかせ、まんじゅうを手にのせた。
オレもトウヤからまんじゅうをもらい、橋の下で、川を見ながらオレらは食った。
まにまにとした食感がくちびるとか口の中に当たって、思わずほっぺが落ちた。
ざぁぁぁと流れる川の音は、ふうりんよりもすずしくて、ぼーっとしてしまいそうだった。
ナツは食べながらもうめぇうめぇと言って、
オレは思わず笑ってしまった。
「どうしたんだよ、アキ。」
「いーや、何でもねぇ。」
夏休みの初日、オレらはナツと遊んだ。
夕方になって、オレらは明日も遊ぼうと言う話になった。
だけど次の日は、オレのとーちゃんが帰ってくるから遊べないとオレが伝えると、
2人はそうかぁと、悲しそうに笑ってくれた。
ふと、ラジオのじいさんの質問を思い出した。
『私は今も、悔やんでいることがあります________。」
ラジオのあの質問は、一文一句間違えることなく、オレの頭が読んだ。
割れたガラスは戻らない
「はー!うまかったぁ!」
夏休みの初日、オレはトウヤたちと約束通り再開した。
今思えば、場所とか時間とか、ちゃんと決めておけばと思ったが、
いつあいつらと出会えなくなるのかが怖くて、なかなか考えられなかった。
「明日も、3人でこうして遊ぼう。」
トウヤが微笑んだ口で言った。
「だな。」
だけど、アキの表情がどこが浮かばない感じがする。
「ごめん、オレ、明日親父が帰ってくるから、遊べない…。」
申し訳なさそうに、下を向いてアキは話した。
「おう…そうか、じゃ、お土産頼むぜ。」
トウヤのちょっとした冗談が、アキを少し笑顔にさせたのが見えた。
オレもトウヤに乗っかって
「オレからも頼むぜ!」
って言ってやった。するとアキは明るくなって、
うん!と元気よく返事した。
『それじゃ、バイバーイ』
2人は帰って行った。気づけば夕焼け小焼けで、カラスがグァーと鳴いている。
「おう、バイバーイ」
手を高く上げ大きく振ると、トウヤたちも高く振ってくれた。
気がつくと2人は見えなくなっていた。
あぁ。
ちゃんと会えてよかった。
「お父さん、あとどのくらい?」
電車の大きい窓を覗きながら、わたしはお父さんに聞いた。
「まだちょっと早いな。あと3時間ってところだろう。」
「えーっ!まだそんなにかかるの?」
「仕方ないだろ、あと1つ県を超えるんだ、むしろ早い方だろ?」
わたしは窓を見ながら、ざぁぁっと流れる景色を見て、とてもこうふんしていた。
なぜなら、今日からおばあちゃんちでおとまりだからだ。
おとまりも楽しみだけど、わたしには、ほかのもっと楽しみなことがある。
それは…お父さんにも、お母さんにもヒミツな、オトナの楽しみ…。
「あー、早くおばあちゃんに会いたい!」
「ははっ、ばーちゃんもきっと喜ぶさ。」
---
「えいっ、このっ、って何これ!?あっ!」
かちゃかちゃとらんぼうな音とともに、あせる変な声。
ぼくはいま、ハルにぃが持ってきた''ファミコン''ってやつをやっていた。
レーザーをうって、てきをたおして、だけどてきもこうげきしてきてでめちゃくちゃで…
画面からそうさしていた飛行機がきえ、ゲームオーバーの文字が出ていた。
「あははっ、とっちゃんまだまだだなー!」
「とっちゃんやめろ。てかハルにぃこそどうなのさ。」
「何を言う。このゲームを持ってきたのは俺だぞぅ?こんなんちょちょいのちょいよ。」
とくいげにフンっとコントローラーを手に取り、スタートをおした。
うおーっ、とりゃーって声がしたけど、ぼくはそんなの気にせず、宿題をした。
「ほらー!倒せたぞ!このぐらい余裕ー…。」
「?どしたのさハルにぃ。」
「いやさぁ、とっちゃん…もうちょっと見てくれてもいいじゃん。」
ぼくの目の前に広がる宿題から無視されていると思ってしまったのかわからないが、
ぼくはちゃんと答えてあげることにした。
「見てたよ、ちゃんと。声だけだけど。」
「それが無視だっての!ひどいやとっちゃん!」
ハルにぃはなくふりをしだした。こんなのが中3って信じられないぐらい。
「あ、そういやさ。」
いきなりハルにぃが聞いてきた。変にメリハリがあるのがちょっとこわい。
「お前が昨日言ってたさ、ナツくんってどんな子なのよ。」
ぼくはきのうの出来事がうれしすぎたあまり、その日の夜、ナツについて話した。
意外にも親身に聞いてくれたハルにぃがインショウにのこっている。
「ナツのこと?」
「そう。どんな見た目だとか、好きなものだとか。」
「それならきのう言ったはずだけど…。」
「忘れたからさ、もっかい頼むよ〜。」
なんだ、そんなことか。
ハルにぃらしくて安心した。
と思ったぼくは、ナツの好きなものとか、聞いたことを全部伝えた。
ハルにぃは、いつ聞いても変だなーとか言って、笑っていた。
---
ガタンゴトン…ガタンゴトン…シューーー………。
「ヒナ、ついたよ。」
電車がゆりかごがわりになったのか、わたしはいつのまにかねむっていた。
目を覚ますと、そこにはなつかしい駅のホームだった。
駅の看板には、【イーハトーヴ】と書かれている。
「さぁ、行こうか。」
わたしはお父さんに連れられて、道なりに進んだ。
歩いていると、左にまがったところにおばあちゃんちが見えた。
「おばあちゃん!」
おばあちゃんを見るなり、ついうれしくなって、走ってかけよった。
おばあちゃんも、おやおやとわたしをだきしめてくれた。
わたしはおばあちゃんにあずけられることになった。
お母さんは仕事でいそがしく、お父さんもいそがしいから、
都会の方でこどもを1人にさせるのは心配だからと、わざわざたくさんのきがえと
お菓子、そしてお小遣いをくれて、おばあちゃんちに送ってくれたのだ。
「ヒナ、夏休みが明けたらこっちの学校でまたお勉強頑張るんだよ。」
「お父さんたちはいつくるの?」
「ヒナが6年生になったらまた迎えにくるよ。随分長くて申し訳ないが…。」
「ううん、大丈夫。わたし強いもん!」
「そうか、ヒナは強いなぁ。」
そう言って、わたしのあたまをやさしくなでてくれた。
駅までお父さんを見送り、バイバーイと手をふった。
見えなくなっても、ずぅっっっっとふっていた。
---
ジリジリ…シュワシュワ……ミーンミーン………。
街の方でも随分セミが鳴いていて、すごくうるさい。
だけど、オレの目的は一味違うのだ…。
「!、あった!」
そう、自販機の下の小銭をこせぎ集めていたのだ。
「やっぱオレ、一味違うよなー!」
もうけたものをがまにしまって、オレはその金を大事にもった。
合計でなんと250円。トウヤたちもきっと驚くだろう。
だけど…だけど、アキが心配だ。
あいつは、どこに行くのかさえも言ってくれなかった。
唯一わかるのは、お土産が買える都会の方だろうか。
「ちょっとあんた、さっきから何してるの?」
女子の声がした。
「えっ?オレ?」
オレは驚いて、女子の方を見た。
トウヤたちと同じくらいの年だろうか。
「そーだよ、他にだれがいるのさ。」
「何って、ただ落ちてた小銭を拾っていたんだ。」
「こぜにひろい?面白そうじゃねぇの!わたしもまぜてよ!」
意外と乗り気だ。
普通…こういうのって引かれやしないだろうか?
みすぼらしいとか、みっともないとか。
ところで、なぜかとても男勝りなやつだ。
「お前、名前は?」
「わたし、ヒナ!あんたは?」
「オレはナツ。」
ヒナはなぜかオレの名前を気に入ったとか言ってきた。
もちろん、オレも気に入っている。
なんせ…初めての''あだ名''だったから。
ヒナとオレは、小銭集めだの、いろいろしていた。
---
宿題も終わってひとだんらくしたころ、ハルにぃがラムネを両手で持ってきた。
「えっ、とっちゃんもう宿題終わったの!?」
おどろいたかのようにハルにぃは目を丸くさせてきて、すごーいと言いながら
ぼくの頭をわしゃわしゃとなでてきた。
「このぐらいよゆーだよ。あとは絵日記だけ。一番むずいんだよなぁ。あととっちゃんやめろ。」
絵に関してはかなり苦手だ。なんせ、昔かいた時に
さんっざん言われたことがあるからだ。空は青だの、
丸はこんなにかくばってないだの、人じゃなくてバケモノだの…。
ふとしたしゅんかんに思い出してしまって、少し気分が悪くなる…。
とにかく、何か言われることがこわくて、何かをするのは苦手だ。
「お、おいトウヤ…大丈夫か?具合悪そうだぞ、少し休め。」
ハルにぃにうながされて、うんと答え、風当たりのいいところで休んだ。
せんぷうきだけじゃ足りないので、ハルにぃがうちわでパタパタあおいでくれた。
「ごめん、ハルにぃ…。」
「何で謝るんだよ。お前は病人なんだから休め。」
「…絵日記、苦手か?」
「文章は大丈夫だけど…絵が…。」
「絵かぁ…。俺も絵苦手だったなぁ…。」
「ちがう…。」
ぼくはせいいっぱい、苦しさをおさえて、絞り出したかのように、
ハルにぃに伝えた。
「絵が…かけない。」
「描けないって…?」
「かこうかこうって思うほどさ…つらいこと、思い出して……
______動けなくなって、気持ち悪くなるんだっ…。」
心のおくそこにしまったはずのきおくなのに、一気にこみあげてくる。
なぜか涙があふれてきた。
ハルにぃはただ、そうか、とだけ言って、ぼくのせなかをさすることしかしなかった。
『トウヤくん、なんでそらをあかでかいてるの?へんだよ。』
『へんじゃないよ。これはゆうやけだもん。』
『ゆうやけはオレンジいろだろ。』
『トウヤ、いろわかんねえんじゃねぇの?』
いろわからないの?バカトウヤだ!バカトーヤ!
バカだ!いろがわからねぇオオバカだ!
『せんせぇ…ぼくのえ、へんかなぁ…?』
『うーん…ちょっと変わってるかな?みんなより違ってるね。』
『トウヤくんは不思議なものを描くね!これはなぁに?クワガタ?』
『…さん。』
『うん?』
『おかーさんだよ…。』
『お母さんだったんだ!ごめんね!クワガタにしか見えなかった!でもこんな角ばってちゃなぁ、丸はまぁるく描かないとダメでしょう?もっとお母さんに見えるようにしなくちゃ。周りのみんなもそうしてるでしょう?ちゃんと…ちゃんと描かきゃダメよ?これ、授業参観に見られちゃうからね。やりなおしかな!』
_____、さい、うるさい…。
ハッと目を覚ますと、いつのまにか夕方になっていた。
カラスはがぁがぁとこもりうたを歌っているようだった。
「目、覚めたか。」
「うん…ありがと、ハルにぃ。」
「大丈夫か?すげーうなされてたけど。」
「ごめん、いやなゆめ見ちゃってさ…。」
「そう…。寝て欲しかったらいつでも隣いくからな。」
「ヨケイなお世話だっつーの。」
ハルにぃは、いつもよりやさしく笑ってくれた。
冷蔵庫の中に、買ってきてくれたラムネを入れてくれたらしい。
「おい、トウヤ、こっち。」
ハルにぃに呼ばれて、ぼくは近くに行った。
「手、出せ。」
手を出すと、そこにハルにぃはきれいなラムネのビー玉をのせてくれた。
「もう一個欲しくなったら言えよ。」
ハルにぃはいつもよりやさしく、ぼくに言ってくれた。
ぼくもちゃんと答えた。
「ありがとう。」
「なぁヒナ、お前っていつもこんなことしてんの…?」
「?、そうだけど。」
オレとヒナは山に入り、虫とりををしていた。
だけどオレは虫とりがしたいわけでもなく…ただ無理矢理ヒナに連れられたのだ。
ヒナのカゴは虫が5匹ほど入っていて、それぞれがなんか争っている。
えいっと虫をつかまえるかけ声がする。
「じゃじゃーん、クマゼミつかまえちゃった!」
ヒナは思いっきり裏面を見せてきて、思わずうわぁと声を出してしまった。
「何?虫苦手なの?」
「はっ…?いや、苦手じゃねぇし…。」
「あっそ、じゃぞっこうだな!」
まずい、このまま地獄のような時間が過ぎるのか…?
正直に言うべきか?いや、女子にそんなこと言うってダセェだろ…?
あぁっ!くそっ!こんなことになるなら断っておきゃよかった!
足元にクソでっかいムカデが出てきた…!
「っ…!ひぃっ…!」
「何よ、やっぱ苦手そうじゃん。強がんなくてもいいのに。」
「ちっ、ちげぇし!たまたま火の幻覚が見えただけだし…!」
「いいわけならいいから。それじゃあやめよっか。」
何とか地獄の虫とりを切り上げさせることができた。
でもなんか…すっごい悔しい…。
「ところでさ、魚いける?次魚つりしようよ。」
ヒナが山道を下っている時にそう言った。
「えっ、魚釣り!?オレ超得意だよ!」
「さっきとはうってかわってクソ元気ね…。」
オレとヒナは、そう言って、山道を抜けた。
夏のフキノトウを探して
(いまごろトウヤたち、どうしてるかなー。)
多くの人でにぎわっているデパートの中で、オレはふとそう思った。
おととい、オレはトウヤとナツといっしょに遊んだ。
明日も遊ぼうという話になったが、オレは親父が帰ってくることになったので、遊べなかったのだ。
つりとかしてんのかなぁ。いいなぁ、楽しそうだなぁ。
「アキー!こっちにウルトラマンの人形売ってるぞー!」
おもちゃ屋のテナントの前で、親父が手をふっている。
「それは親父のシュミだろー?」
「はははっ、まぁなー。」
親父は大人のくせして、ウルトラマンのグッズを集めている。
家の中の親父の部屋も、ウルトラマンだらけだ。
かーちゃんは、掃除が大変だから、少しへらしてほしいとぐちをはいてたが、
親父は軍人のえらい人で、たくさんお金をもらっているから、
仕方なくゆるしているらしい。
「そうだ、テレビを買わないか?」
いきなりの言葉に、かーちゃんが言った。
「テレビって…あんた、そんなお金あるの?」
「あるとも。今回は長い遠征だったからな。それなりにはもらってるさ。」
そういい、かーちゃんもそれならいいけどと、テレビ売り場にむかった。
だけどオレは、ふとしたひょうしにかーちゃんから手をはなしてしまい、人ごみに
まぎれてしまった。
オレよりうんとせのたかい人たちの足が、あっちこっち行くもんだから、
オレはあわててしまって、デパートのげんかん口まで走ってしまった。
「やっ…やばいっ…ここどこや…。」
ひっしになって走っていたら、町の中に出てしまっていた。
そこそこある人通りは、デパートよりはマシだった。
「とにかくもどらなきゃ…!」
覚えているかぎりの道をたどって、オレはデパートへとむかった。
だけど、建物が大きすぎて、デパートがどこかわからない。
ああ…もう少しひくけりゃいいのに…!
(どんっ)
いきなり、だれかとぶつかってしまった。
「いってぇー…おい!よそみすんじゃねーぞ!」
オレより年上ぐらいの男の子が、オレとぶつかったようだった。
男の子は地べたにすわったまま、オレの方をまっすぐみている。
気づけば、オレもしりもちをついていた。
すかさず、オレはあやまった。
「ごっ…ごめんなさい…!」
男の子はそう聞くと、よろしいと言って、立ち上がり
オレに手を差し出してきた。
オレは手をとり、立ち上がった。
「けがないか?」
「うん…ごめんなさい。」
「もうあやまらなくていーよ。」
へらっと男の子は笑い、立ちさろうとした。
が、なぜかふりかえって、オレの方に来た。
「てかおめぇ、よく見たら違うとこから来たガキじゃねぇか。なんか目もあけぇし、大丈夫か?」
「へぇっ…?」
マヌケな返事をしたオレはたしかに言われて気づいた。
目頭がいたい。かるくパニクって、自分でも泣いたかわからなかった。
男の子の目は、さっきと違って、優しく、やわらかい目に変わっていた。
だけどそれがこわくって、またあわててしまった。
「あっ、えと、大丈夫だけど、あの、あの、あの…。」
「おい、落ち着けって、こっちは急かしてねぇから。ゆっくり言え。」
「…オレ、まいごになっちゃって…デパート、わからなくなっちゃって…。」
ふるえた情けない声で、オレはその男の子に言った。
すると、男の子は言った。
「迷子か。デパートっつったら…あそこしかねぇし、連れてってやるよ。」
とくいげな声でオレの手をまたつかみ、男の子はズイズイ進んでゆく。
人ごみを、たきのげきりゅうにさかのぼるコイのようにすすんでゆく…。
「ほら、ここか?」
ついたさきは、オレが飛び出したデパートだった。
「…!ここです!ありがとうございます!」
「いいってことよぉ。また迷子になったら送ってってやるよ。」
男の子はうれしそうになって、後ろをむいて、歩き出そうとした。
だけど、オレは、
「ちょっと待って。」
少し気になったことがあって、よびとめた。
男の子はくるっとこっちをむいた。
「ん?」
「あの、名前ってなんですか?」
男の子は答えた。
「お前が言ってくれたら教えてやんよ。」
「オレ、アキっていいます。」
「アキかぁ…僕はゲンシ。ゲシって呼べ。」
ゲシははなしたきょりをつめるように、またオレに近づいて来た。
「そうだなぁ…アキ、お前デパート来たんだろ?」
「うん、家族といっしょに…。」
「僕もまじっていいか?」
ゲシはそう言って、ちょっと良さげなサイフを出してきた。
開ける音がバリバリとなった。
「ほらっ!金はあるからさっ!いいだろ?」
笑った口で語ったゲシは、オレの方を見た。
「いいけど、親父がゆるしてくれるかどーかだな…。」
「っしゃっ!きーまりー!」
ゲシは、オレといっしょにデパートへと入った。
「てかお前の親父ってどこだよ。」
「多分テレビ売り場。かーちゃんもそこにいると思うけど…。」
「じゃ、まずはそこだな。」
「でもオレ、場所わかんないよ…?」
「大丈夫。僕が知ってるからさ。」
そう言い、かるい足取りで、人ごみをものともせずにゲシはゆく…。
あっという間に、テレビ売り場についた。
そこには、親父とかーちゃんがテレビを見ているところを見つけた。
「これがお前んとこの家族?いい顔してんなぁ。」
「そーだよ!ありがとなゲシ!」
「いいってことよ〜。」
そう言いながら、親父とかーちゃんの近くへよった。
2人はくるっとふりかえって、オレたちの方を見た。
「…!アキぃーーー!!」
親父が必死にかけ寄り、オレにだきつく。
「やめろよ親父…!はずかしいだろ!」
ぎゅーっと強い力でだきしめられたものだから、つい、苦しいと息がもれてしまった。
はっと親父は手をはなし、すまないと言った。
「アキ、大丈夫だったの?しばらくどこいってたの?」
「ごめんかーちゃん、オレはぐれて、あわてて外に出ちゃってたんだ。」
まぁっ、と、半ばおどろいたように、かーちゃんが言った。
「そして僕が見つけて、ここまで送ってきたんです。」
すかさずゲシがそういうと、親父とかーちゃんがありがとうと言った。
「そうだ、そういや僕、アキくんとお友達なんです。」
ゲシはまたそう言い、またこう言った。
「僕もいっしょにいていいですか?」
「アキの友達なら、構わん。しかもアキを連れて来てくれたというなら、断る理由がないな。」
親父はそれにすかさずリョウショーして、ゲシはついてくることになった。
---
「なぁゲシ、お前ってここら辺に住んでるの?」
オレはゲシに聞いた。
「そうだよ。お前はどこらへん住んでんの?」
「イーハトーヴだよ。」
「イーハトーヴか…。聞いたことねぇけど、田舎か?」
「うん。たくさん田んぼとかあるしさ、時々ラジオが止まるし、学校はボロボロなんだよ。」
「へー、でも面白そうだな!僕もいつか行ってみたいなぁ。」
すると、そんなオレたちの会話を聞いていたのか、親父がこう言った。
「もし君がくることになったら、うちに泊まるといいよ。」
うっしゃあ!とゲシはガッツポーズをしてよろこんだ。
「そういや、君はなんていうんだい?」
「ゲンシです!」
「そうかあ、ゲンシ君かあ。いい名だ。」
親父がそういうと、ゲシははずかしそうに笑っていた。
---
「親父、またえんせいなのか!?」
テレビを買い終えて、運んでいる時だった。
力持ちな親父がいきなり、明日からまた仕事と言って来たのだ。
「実はな、今日は無理言って休みを貰っていたんだ。だから、仕事に戻るって言えばいいのかな。」
親父はへらっとしていたけど、どこかさびしそうだった。
「お父さんは、何をされているんですか?」
ゲシは親父に聞いた。
「軍人だよ。一兵卒あがりだけどね。」
「すげーっ!僕も将来の夢が軍人なんです!」
「そうかい、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。」
「僕、あなたみたいな軍人になれるように頑張りますね!」
ゲシはていねいな日本語で、親父と話していた。
それをみていた母も、クスッと笑っていたのが見えた。
そのあと、ゲシと別れをつげ、電車に乗った。
イーハトーヴまでの道のりは、なぜかあっという間に感じた。
「それじゃあな、アキ。」
朝、親父はそう言って家から出て行った。
オレは親父を止めもせず、ただかーちゃんといっしょに見送った。
だけどそれじゃあさびしい気がしたので、ビシッと敬礼を親父にした。
すると親父はそれよりも力強く、ズバッと敬礼を返してくれた。
目の中はうるんでいた。
また、会えるかな。
ひまわりの向こう側
いまごろ親父、電車乗ってんのかなー…。
今日の朝イチ、かーちゃんがオレを起こしてくれた時、
オレはまっすぐげんかんへと向かった。
いつもの家なのに、その時はうんとひろく思えて、しずかだった。
鳥のさえずりがチリチリなって、空はきれいな白色だった。
「じゃあ、元気でいろよ、アキ。」
そう言って親父はでっかい手を、オレの頭におしあて、わしゃわしゃとかいた。
「うん。オレ、チョー元気でいるから。」
そうか、と親父は笑って、体をゆっくり後ろに引きずっていた。
じゃあね、というと、おう、と親父は答えたけれど、
いつもより足はゆっくりで、なかなかすすんでいるようには見えなかった。
だけどオレは背中をおすように、ビシッと敬礼をした。
すると親父は、それよりも力強く、ズバッと敬礼を返してくれた。
親父の目の中はうるんでいた。
親父はそれから、ふり返ることもなくすすんでいった。
走るようにしてオレももどり、朝メシをかきこんだ。
その時はたしか、まだ5時をさしていた。
「かーちゃん、行ってくる。」
朝メシを食べ終え、虫とりあみとバケツ、そして水筒を持ち、ぼうしをかぶって、
いわばわんぱくこぞうのすがたのオレは、ふと何かをしようと出向こうとしていた。
「どこ行くん?いつ帰ってくる?」
「あっこの川。夕方までには帰ってくるわ。」
あの川____。それは、夏休みが始まってからすぐ、トウヤとナツと遊んだ場所だ。
もしかしたら、と思って、オレは行くことにしたのだ。
「わかった。いってらっしゃい。」
「うーす。」
げんかんからオレはとび出すように向かい、しゃりしゃり鳴いてるセミの暑さも気にしないほどだった。
---
着いた先には、トウヤたちはいなかった。
まぁべつに、いなくてもしょーがないけど。
とりあえず、持って来たバケツの中に水を入れたりして、ひまをつぶした。イミはないけど。
それでも、トウヤたちは来なかった。まぁ、知ってたけど。
だけど、オレの中でなにかをハッと思い出す。
「はーっ!まんじゅう美味かったー!」
夏休みの初日、オレたちはトウヤのくれたまんじゅうを食べていた。
「トウヤー!マジでありがとな!」
ナツはそういい、トウヤにだきつき、頭をなでていた。
トウヤはてれくさそうにやめろと言っていたが、
オレも面白がって、
「トウヤ!オレからもありがとー!」
と言いながら、トウヤにかたをよせた。
するととつぜんナツは言ったのだ。
「そうだ、今度魚獲らね?オレいい場所知ってるし。」
あまりにいきなりだったので、トウヤも思わず、いきなりだなと言っていた。
「てか魚とるってもさ、どこでとるんだよ。」
トウヤはナツにそう聞いた。するとナツは、
「この川の上流。…つまりあの山だな。」
そう言ってナツは、あの川がのびている先の、近くの山を指さした。
見るかぎり、なだらかな坂を持っていた。
「あそこかー、じゃあ次はそこだな。」
「だな。」
そう言って、いつのまにか遊ぶ場所が決まっていた。
オレは思わず、目の中から光が出てくるのを感じた。
どんな大物がとれるのかなぁ…?
そう思っていると、ナツとアキが言って来た。
「「アキ、目がかがやいてんぞ。」」
たがいにクスッと笑い合った。
---
「きっとトウヤたちは、あの山にいるんだ…!」
バケツの中の水をバシャっともどし、にもつを持ち、オレは山を目指すことにした。
白い空の下。にあわないセミの鳴き声がいつもよりひびいている。
あの山につながる道をたどって、オレはただ1人、歩き出した。
コンクリートでほそうされた道は歩きやすくて、コツコツと音を鳴らせた。
たまに道のわきにより、草をサクサクふみつけたりして、オレは向かった。
きっとトウヤたちに会える。そう思いこんで歩き続けた。
山に近づくほど、しだいにほそうはなくなって、土の道になっていた。
ジャクジャクと石ころをけとばし、木々の葉っぱにはだがすこしこすれる。
とても歩きづらくて、つかれたけど、オレは坂を登った。
そんなに道のりは長くなかったのに、ついたころには息が切れていた。
ふと見た空は、白くにごっていて、きたなくなっていた。
水の中に虫とりあみを入れ、ぎょえいをすくう。
なかなかの大きさの魚。これはトウヤおどろくだろうな。
真っ先にオレは、大物をとろうとフントウしていた。
ぜったい、でけぇ魚をとって、トウヤとナツをぎゃふんと言わすんだ。
たくさんとれば、きっとオレはほめられるはず……!
たまジャリの上で、オレは手のひらサイズの魚をとりつづけた。
バケツの中には、4、5匹ほど入っていた。
「ふぅーっ、これは大漁だー…。」
ふとひと息をついた時、なんだかしけったような、じめっとした空気を感じた。
「まだまだとるぞー!」
でもそんなことは気にしてられないから、オレは魚をとり続けようとした。
だけどふとしたひょうしにバケツをけってしまい、バケツはひっくり返り、流されてしまった。
「あーっ!」
バケツはどんどん流れてゆく…
「まずいっ…!」
オレはバケツを追いかけて、手をのばした。
「あっ…!」
だけど足場が悪かったのか、オレは川にバシャンと落ちてしまった。
だけど、思ったより浅く、流れはゆるやかだった。
立ち上がった時には、服はびしょびしょで、かみもぬれてしまった。
だけどオレには関係なかった。魚が心配だ。
「あっ…、魚が…。」
やっぱり、さっきのショウゲキで魚を全てにがしてしまった。
「またイチからかぁー…。」
そう思い、オレはまた虫とりあみを川の中に入れた。
さっきよりも流れが早く感じた。
すると突然、雨がふって来た。
「あーっ、サイアク…。」
雨はシトシトからザァーっと音を立てて、だんだん強くなっていった。
服はいっそうぬれて、重くなっていた。
「でも、オレもぬれてるし…関係ないねー!」
いきようようとあみを川に入れたその時…。
オレは完全に体を持っていかれ、川の中にひきずりこまれてしまった。
息ができない。
上がろうとしても、ただ逆にしぶきが上がり、しずんでしまう。
なみだが出ているはずなのに、くるしくてそれどころじゃなかった。
ゴポゴポ…そんな音がただ聞こえるだけだった。
---
「ごめんください、アキくんいますか?」
あそこの川に行った時、ぼくとナツは、アキをさがした。
だけどそこにはいなくて、今、アキの家の前にいる。
「アキなら、出かけましたよ。たしかあそこの川に。」
「えぇっ?あそこにはアキいなかったよな?」
「あら?そうなの?」
「まーどうせアキのことだし、だかしやでもいったんじゃねーの?」
ぼくがそういうと、ナツはいきなり形相を変えて、こう言った。
「いや、今すぐ探すぞ。」
せっぱつまったような声でいきなり言われ、ぼくは少しこわくなった。
「天気も悪いし…怖いわね…。アキ、大丈夫かしら…?」
アキのお母さんは、心配そうに空模様をうかがっていた。
だけどそんなことも気にせず、ナツはぼくのうでをひっぱって、なぜかあの山に向かっていた。
「おいナツ、なんであの山に向かってんだよ。」
「忘れたのか?前話したじゃねーか。次はあそこで遊ぼうってさ。」
はっと思い出した。
「もしかして…。」
「先にいるかもってことだ。今は雨も降って来てる。そんな中で川にいたらどうだ?」
「増水して…危ないな…。」
「だろ!?だから早くいかねぇと、アキが死んじまうかも知れねぇんだ…。」
山のでこぼこ道をものともせず、ナツはかけあがってゆく。
だけど…、だけど、あまりにも大げさな気がする。
そんな気持ちもあったが、それはイッシュンで消えた。
ナツの顔は、いつにも増して力強く、雨の中でもわかるほどあせをかいていた。
「うぁっ!?」
いきなり、坂道を登るとちゅうの石ころに足が引っかかり、転んでしまった。
すねの皮がはげて、あかくなって、ひざも血がこくにじんでいた。
「あっ…ナツっ…!まって…!」
そんなぼくの声も気にせず、ナツは消えてしまった。
「いってぇ…。」
受け身をとった手のひらも、地面とこすれたせいで皮がはげて、真っ赤に染まっていた。
ぼくは、どうすることもできず、ただ待っていた。
---
「アキっ…!アキ…!」
バケツの中の水をひっくり返したような雨の中、オレはアキを探していた。
いつもは静かな川…。だけど今は、灰色の空の中で、ただげきりゅうに似た勢いを持った川になっていた。
そんな川の河川敷に、誰かのバケツが引っかかっていた。
中には何も入っていなかったが、かろうじて水をせきとめていた。
すると、どこかで虫とりあみが引っかかっているのを見つけた。
「もしかして…。」
オレは川に飛び込み、虫とりあみの下をさわった。
げきりゅうのせいで目は開けられなかったが、すぐに人だとわかった。
力づくで持ち上げ、なんとか川から引きずり出した。
アキだった。
赤毛をびたりと玉じゃりにつけ、ぜぇーぜぇーと息を上げていた。
「おぃ…アキ…!」
呼びかけると、アキはこちらを見た。
「この…このクソバカッ…!!」
思いっきり悪口をいった。するとアキはこう言った。
「ナツ…ありがとう…。」
無性に腹が立って、オレは思いっきり言いたいことをぶつけた。
「テメェ…なんだよありがとうって!?ふざけんなよ!?死ぬとこだったんだぞっ…!?この大馬鹿野郎が…!こんな天気の中川に行くなよ…!!もぅっ…まじでさ…。」
ドカドカと降る雨の中で、オレはウッてなって、アキをぎゅっと抱きしめた。
アキはずっとごめんとつぶやいていた。
川があふれる前に、オレはアキを引きずって、家に送ることにした。
途中、トウヤが、何かハッとした顔をしたが、何も言っては来なかった。
アキはちゃんと温かかった。
---
「こんっの大馬鹿ッ!!雨の中で川で遊ぶやつがどこにいるものですか!」
ぼくは、ナツといっしょにアキを家まで送って、アキを受け渡した。
ぬれたままでは風邪をひくと、アキのお母さんに言われ、風呂を貸してもらった。
そして風呂から上がった時、アキはケガを治されながらこっぴどくしかられていた。
アキはぼたぼたないて、ただ下を見ていた。
「ほんまありがとねぇ、アキを助けてくれて…。」
「いえ…。ただオレ…いや、オレたちの友だちなので、当たり前ですよ。」
「まぁっ、アキ、あんたいい友だち持ったね。」
ナツはちょっと照れくさそうに、かぁっとほを赤くそめた。
「ささっ、雨が止むまでゆっくりするといいよ。」
ぼくたちは、アキの家でしばらくゆっくりすることにした。
「あ、そうだ、トウヤくん。今日うち泊まるか?」
アキのお母さんさんは、いきなりそう言って来た。
アキのとっぱつ的なところは、お母さんゆずりなのかも知れないとふと思った。
「うーん、泊まろうかな。」
「それやったら、親御さんに連絡するわ。そうだ、ナツくんも泊まるかい?」
ナツはこう言った。
「はい、てか是非、泊まりたいっす。」
「わかった。じゃあ電話番号教えて…。」
「…あ、ごめんなさい、うち電話なくて…。」
「…あぁそうなん?てか大丈夫か?心配かけるんちゃうん?」
「大丈夫っす、うちの親、共働きなので…。」
「そう、それならええけど…。」
何気に、ナツと泊まることは初めてかも知れない。
だけど、今のご時世電話もないとなると、やっぱりナツは不思議だと思うようになった。
とりあえず、ソファーのうえでブランケットにくるまっているアキのとなりにいった。
ところどころ、ばんそうこうがはってあった。
「…ぅうぅ…トウヤぁ…。」
弱々しい声で、アキはぼくに言った。
「アキが弱ってる。めずらしいなぁ。」
「面白がるな…!」
青白い顔だったが、今もアキはケンザイだった。
しばらくして、ナツもアキのとなりにすわってきた。
アキはだんだん暖かくなっていった。
「わっ、スゲーッ!中に人がいる!」
ナツはコウフンしたようにカラーテレビを見つめ、指をさしていた。
「ほらほらっ、スゲー動いてる!」
そんなナツがおかしくて、オレとトウヤは思わず笑ってしまった。
ナツは、きょとんとしていた。
「お前らはすごいとおもわねーの?」
「すごいけど。見なれたってゆーか…。」
トウヤがそういうと、ナツはこう言った。
「やっぱ、慣れが一番こえーんだなー。」
そう言い、ナツはまた変わらず、コウフンした様子でテレビを見た。
いたってオレもレイセイをギリギリ保っている。
だって…
オレもオレんちのテレビを初めて見るから……。
風を飛び越して
夏休みが始まってすぐのことだった。
あの時、久しぶりに両親が帰ってきた。
…手元に、見慣れない赤ん坊を添えて。
「ゲンシ。元気してたかい。」
お父さんの気力のない声。
「うん。まぁ。」
僕は渋々ながらも答えた。
「そうそう、これ、お前の弟だ。」
お父さんはそういうと、お母さんは赤ん坊を僕の近くにやってきた。
黒い大きな目玉が、不思議そうにこちらを見ている。
「挨拶ついでに寄ってきただけだ。それじゃあ。」
そういうと、お父さんとお母さんは出て行こうとした。
「…まってよ。それだけ?」
僕がそういうと、
「それだけってなんだ?せっかく会いにきたんじゃないか。それとも、弟の面倒を見てくれるのか?お前じゃ無理だろ。」
「いや、えと…うん、頑張ってきてね。」
僕がそういうと、お父さんとお母さんは出ていってしまった。
新しい家族を添えて。
だけど、お父さんは振り返ってこう言った。
「これもお前のためなんだから。」
それっきり、何かを言うことはなかった。
がちゃん。
閉められた鉄の扉は、音を立てなくなった。
玄関にある、2足ずつある二つだけの靴。
手が届かなくて埃を少しかぶった棚。
天井もやや黒くなっている。
財布の中には2万円。これが唯一の愛情だ。
…僕は、本当に子供なのだろうか。
だけど考えることも嫌になって、もう寝ることにした。
昔のことを思い出した。
風呂に入らないと駄々をこねた時、お母さんは入れってうるさかったっけ。
今はもう…ぼんやりになってしまったけど…。
時計はまだ5時。
僕は今、布団の中にいる。
暖かい日の光に包まれて、目を覚ました。
いつも通りのルーティンをして、僕はただじっと居座る。
休みとは言っても、何もない僕にはこうするしかない気がして…。
だけどなぜかいきなり、外へ行こうと思い立った。
鍵を持ち、ドアを開き、マンションの外へゆく。
いきなり立てられたマンションは、やや錆びていた。
階段を下り、道の方へ出る。
そこそこ多い人通り。嗅ぎたくない匂いも、うるさい車もたくさんあった。
タバコを吸ってるじいさんを横切り、あてもないまま進む。
しばらく進んで見えた公園も、クラスメイトがゲームで遊んでいた。
たくさんの子供がいた。
…。
混ぜてなんて到底言えなくて、ブランコに座り、揺れることなくそこにいた。
ワーワー、ハハハと甲高い音が響く。
ぼーっとした時間は、いつのまにか、公園から人を消してしまっていた。
もう、いいや。
ただ僕はまた、どこかへ歩くことにした。
公園から出た先には、たくさんの住宅があった。
---
「合計300円です。」
「はい。」
ちゃりん。
「ありがとうございました。」
うぃーん。
コンビニから出てきた先。
袋には、ずっしりとした感じが伝わる。
温めてもらった弁当、水、そしてお菓子。
僕のいつものご飯だ。
そこらへんのベンチに座り、弁当を開け、食べ始めた。
食べ終わると、近くのゴミ箱に空き箱を捨てた。
周りには行き倒れたタバコの燃えかすが散らかっている。
また、あてもなく歩き出そうとした。その時だった。
(どんっ)
「いってー…」
いきなりのことだったので、咄嗟に僕はこう言ってしまった。
よく見ると、僕より背丈が低かった。どうやらガキのようだった。
「おい!よそみすんじゃねーぞ!」
そういうとガキは、
「ごっ…ごめんなさい…!」
すぐ、そう言ってきた。
あまりにも素直だ。なんだか申し訳なくなる。
よっこらしょと立ち上がり、ガキを見る。
「けがないか?」
そういうと、ガキはうんと答えた。
「ごめんなさい…。」
「もうあやまらなくていーよ。」
そう言って僕は、反対に向かって、歩こうとした。
だけどガキの異様な感じをほったらかすことがなんとなく不安だった。
ガキの方を見る…。
ガキは立ち尽くし、目を伏せながら、震えていた。
僕は駆け寄った。
「てかおめぇ、よく見たら違うとこから来たガキじゃねぇか。なんか目もあけぇし、大丈夫か?」
僕がそう聞くと、ガキはハッとしたように、ぼたぼた泣き出した。
「ゃ…えっと、だぃ…あの…。」
ぼろぼろなガキはいろいろ言ってきたけど、ほとんど聞き取れやしない。
あーもう…。
「おい、落ち着けって、こっちは急かしてねぇから。ゆっくり言え。」
ガキは落ち着いたようで、ゆっくり話した。
どうやら迷子になって、デパートから飛び出してしまったらしい。
そして、デパートの場所がわからない…。と言うことらしかった。
「迷子か。デパートっつたら…あそこしかねぇし、連れてってやるよ。」
僕はガキの手を掴み、デパートへと走った。
空が青い。
なぜだか久しぶりに、色がわかる気がする。
後ろをふと見ると、ガキの髪の毛は赤かった。
やわっこい肌は、少し抵抗を受けている。
なぜだか、とても楽しい。いつぶりだろうか。
だけどあっという間に、デパートへと着いた。
「ほら、ここか?」
僕がそういうと、赤髪のガキは答えた。
「ここです!」
嬉しそうなガキは、さっきとは打って変わってキラキラしていた。
家族との時間を邪魔しちゃいけないと思って、僕は去ろうとした。
「ちょっと待って。」
いきなり呼び止められて、少しびっくりした。
ガキはこう言った。
「あの、名前ってなんですか?」
僕は少し意地悪したくて、こう答えた。
「お前が言ってくれたら教えてやんよ。」
---
「アキって言います。」
アキ…。そう、これがアキとの出会いだった。
背は僕より10センチぐらい低くて、赤毛で、茶色い目をしたイーハトーヴっていう田舎のヤツ。
この後はアキの家族と一緒に、買い物をしたりした。
確かお父さんは軍人だと言っていた。
だけど今は、軍事的に南アメリカの方へいるはずだ。
多分、軍人は嘘か、はたまた、''家族のために休みを取った''のか、どちらかだろうか。
駅のホーム。
「ゲシ!また会おう!」
アキはそう言って、手をブンブン振っていた。改札の奥で。
「おう!またな!」
僕がそういうと、またいっぱい手を振って、ささっと走り去っていった。
帰ろう。
だけど今日は、とてもとても楽しかった。
アキ…。
へんな話になるけど、ぶつかってくれてありがとう。
---
「あれっ…?ないぞ?」
券売機の前、僕はふと、とある場所行きの切符を探した。
そこの名前は『イーハトーヴ』といって、アキが住んでいる場所らしい。
やっぱ、田舎だから、直接行く切符はないのかもしれない。
だけど僕は、思い切って駅員さんに聞いた。
「あの…。イーハトーヴって、どこですか?」
「イーハトーヴ?」
駅員さんも知らなさそうな反応をした。
「わからないねぇ…。地図を見てもそんな地名はないし…あっ、でも、一つ心当たりがある。」
「えっ!どこですか!」
「『雨ニモ負ケズ』って知ってるかい?」
「はい、知ってます。」
「その、宮沢賢治っていう人の地元らしくてね。…まぁ、それ以外はわからないんだけど。」
駅員さんはごめんねと言うと、業務に戻っていった。
イーハトーヴ、宮沢賢治…。
ますますわからなくなっていった。
でも確か、宮沢賢治の地元はイワテ県…。そこに行けばいいのだろうか。
ホームで立ち尽くす。時間だけが過ぎていく。
…。
だめだ、早く見つけなきゃ。
僕は思い切って、イワテの方にいく切符を買い、電車に乗り込んだ。
『イーハトーヴ』…。
座った途端、ギュッと眠気が襲ってきて、気づいた頃には、眠ってしまっていた。
ゴロゴロ鳴る電車の走行音。
---
ふと目を覚ますと、外には白い霧がかかっていた。
電車はまだ続いているようだった。
【次は〜、『イーハトーヴ』、『イーハトーヴ』〜】
アナウンスが流れると、パァッと霧は晴れて、夜空が銀河のように広がっていた。
チリチリとした光は、程よく目を覚ましてくれた。
すると、目の前には車掌が立っていた。
僕は思い出したかのように、急いで切符を取り出した。
切符の行き先は、イーハトーヴに変わっていた。
電車は止まった。
車掌さんに切符を渡して、僕は地に足をつけた。
綺麗な星空。
あそこじゃ絶対に見ることはなかった。
生まれて初めて、夜を綺麗と思えた気がした。
だけど、僕は思い出した。
どこにも行くあてがない。
なんだかおかしくって、いきなり笑い出した。
今日は、初めての野宿だ。
川が流れる河川敷、そのかかった橋の下、僕は眠った。
病の名は恋という
「おーい。」
女の子の声____…。
僕はハッと目が覚めた。
コンクリートの物体の下…。
尻に敷かれた草がチクチク刺さっている。
目の前には幼い女の子。
「あんた、大丈夫?」
思い出した。
僕は昨日、家を出た。
それから、''イーハトーヴ''を目指して、電車に乗った。
だけど…着いた先もあてがなくて、ここで寝ることにしたんだ。
女の子は仁王立ちで、じっとこちらを睨んでいる。
「あ、大丈夫。平気。」
僕がそういうと、女の子は、
「こんなとこでねてるヤツが平気なわけねーだろ!」
ガシッと僕の腕を掴み、ぐいっとのばしてきた。
あわてて立ち上がると、女の子はまた僕の方に視線を合わせてきた。
「見慣れない顔だけど…あんた誰?」
なんとも失礼な言い方で、女の子は尋ねてくる。
だけど僕は、苦にせず答えることにした。
「僕はゲンシ。ゲシって呼んでよ。」
「ふ〜ん…。」
女の子はそういうと、また腕を引っ張って、河川敷の上へと上がる。
青い空が、黄色い光をサンサンと照らしていた。
思わずギュッと目を閉じた。
「わたしはヒナ。」
ヒナはそういうと、元気でやれよといきなり別れを切り出してきた。
山の方へ、タッタと走り去っていった。
にしても、ここがアキの住んでいるところか。
コンクリートの脇には草が生え散らかしていて、ところどころひび割れている。
ミーンミーンとなくセミの声。聞き慣れないけどなんだか居心地がいい。
すると、遠くから誰かが来た。
見慣れない二人と知ってる一人。
「あ、アキー!」
咄嗟に声が出て、僕は走り出した。
「ゲシ!」
アキは覚えていてくれていた。
アキと僕はぶつかって、互いに抱き合った。
「会いに来たよ。」
そういうとアキは、
「うれしいっ…!」
そう答えてくれた。
チュン…チュン…チチチチ…。
聞きなれた鳥の歌と共に、ぼくは目を覚ました。
見なれない天井。ふとおどろいたけど、ここはアキの家だったと思い出した。
「おっはよー!!」
アキのうるさい声が聞こえて、ナツもうるせぇとぼそっとつぶやいていた。
ごしごしめをこすりながら、布団の中からもそっとナツは出てきた。
「ふぁー…。」
ナツはあくびをして、立ち上がった。
「朝ごはん作ったから食べや。」
アキのお母さんはそう言って、ぼくらを招いてくれた。
ぺたぺたと歩く音を立てながら、しょくたくへと向かう。
いつもとちがうこんだて、そしてカラフルな皿。
「いただきます。」
そういっせいに行って、朝ごはんをかきこんだ。
かちゃかちゃ鳴る食器の音は、いつもよりにぎやかな感じがした。
ご飯を食べ終えると、アキは言った。
「川いこーぜ。」
昨日とは打って変わって、アキはいきようようと川に行こうとさそってきた。
…もう、できししかけたのを忘れたのか。
「おぼれたヤツが何言ってんだよ。」
ナツがじょうだんまじりに言って、アキのかたをたたいた。
それでもたんたんと準備をして、ぼくらは出かけることにした。
「ありがとうございました。」
出かける前、そういうと、アキのお母さんは答えた。
「いつでも来ていいからね。」
ぼくらはアキの家を後にした。
出たしゅんかん見なれなかった景色は、いつもの景色に変わっていた。
---
あの川に向かう道の半ば。
ミーンミーンとセミの音はうるさくなり、ますます夏を感じさせてくる。
たれるあせはうざい以外何もなく、ぼくにちょっかいをかけてくる。
いじらしいほどに暑い中、黒いコンクリートの上を歩き、溶けそうになる。
橋よりちょっと前の道…、そこにたたずむ見知らぬ人がいた。
「あっ!もしかして!」
アキはいきなり大きな声で言った。
「アキ、もしかして知り合いなのか?」
僕がそういうと、アキは答えた。
「まぁ、そんなとこ。あれだよ。町に行った時の…。」
夜、寝る前にぼくらは、アキの土産話を聞いたことを思い出した。
熱心に語るアキのすがたが思い浮かぶ。
その人は、アキの言っていた、『ゲシ』という男の子らしかった。
ずいずいと、その男の子の方へと向かう。
すると男の子はこちらに気がついたようで、大きい声で言った。
「あ、アキー!」
アキの名をいうと、男の子はどんどんこちらへかけよってくる。
それに触発されたのか、アキも、
「ゲシ!」
と声をあげて走っていった。
ぼくとナツは、ただ遠くからぼーっとながめることにした。
「なぁトウヤ、アイツら半日だけあっただけだよな…?」
ナツは不思議そうにたずねた。そりゃぼくも聞きたいよ。
「…そうだな。」
アキとゲシはたがいに抱き合っている。
ただでさえ暑いのに、また暑くなった感じがした。
---
「あーもー!なんなのー!」
おばあちゃんちにて…わたしは声をあらげてグチを言った。
おじいちゃんが、まあまあと言いながらなだめる。
「そういう時もあるさ。どこかしら人ってもんはいるもんよ。」
アサイチ。頑張ってわたしは起きて、まっすぐあそこの橋の下へと向かった。
なぜ、そこに向かったのか、それにはちゃんとした''理由''がある。
だけど、そんなわたしの計画をジャマして、一人へんな男がねていたのだ。
信じられなかった。まさか、先客がいるとは思わなかった。
そいつはゲシ。かみがボサボサで、はだが変に青白いヤツ…。
あーもう。せっかく『アキ』に会おうと思ってたのに…。
昨日は天気が悪かったから、今日が絶好のチャンスだったのに…。
えんがわでわたしは横たわる。
「そんな回りくどいことしなくて、直接会いに行けばええじゃろ。」
「ちがうー!そういうんじゃなくて…!」
赤毛でツンとした茶色い目、そしてりりしい顔つき…。
モウソウの中、アキはわたしの手をつなぐ…。
あーあ、いつか本物とデートしたい…。
…いーや、ダメだ、わたし…!
せっかくきたチャンスをここでのがすわけにはいかない…!
「いってきまーす!」
ダッとかけよって、わたしはまたあそこへと向かった。
ぜったい…後悔する前にこのキモチを伝えてみせるんだから…!
---
「すげーっ、こんなでかい川初めて見た。」
ゲシはそういうと、川に手を突っ込んだ。
アキがおぼれた川、昨日とは変わって、とても穏やかになっている。
キラキラと白い光が目に刺さる。
「ゲシって、ほんと都会っ子なんだな。」
「まぁね。こういうとこ来たことないし。」
ゲシはそういうと、アキは、
「なんか、かわいそうだな。」
ちょっぴり無神経なアキの言葉に、ゲシはちっとも心は折れていないようだった。
そもそも旅行ってなんなんだろうな。
川の中で魚影がチラチラ写っている。
それを見てゲシは、虫とりあみを手に取って構えた。
「よーし!捕まえてみせるっ!」
そういうとゲシは川に虫とりあみを突っ込み、魚影目掛けてあみをくぐらせた。
出てきたあみには魚はおらず、魚影も消えていた。
「あーっ!」
ゲシは悔しそうに言う。
「逃したな。」
くそーっ!とゲシは虫とりあみを持ち、玉じゃりの上で川を見渡す。
森の木々はゆらゆら、青みがかった色をしていた。
「まったくダメね。」
いきなり女の子の声がした。ヒナだった。
「「えっ、ヒナ!?」」
トウヤとアキはおどろいた声を出した。
ゲシは、さっきのヤツと、またおどろいた声を出した。
「ひさしぶり。」
トウヤとアキにヒナは言った。
それに対して、ゲシも言った。
「僕はさっきぶりだけどね。」
---
「おどろいたな、転校してまたこっちに戻ってくるとは…。」
静かでやかましい川の中、ぼくらは魚を取っていた。
するといきなり、ヒナという去年転校したはずの女子がいきなりやってきたのだ。
「アキ、夏休みの宿題は終わった?」
「いーや、まだ…。」
「だと思った!わたしはいつでも見せてやれるよ。」
「うー…、みんなが早すぎるんだよ…。」
アキの弱みをしっかりとヒナはにぎって、アキにどんどん話していた。
ゲシは、僕の時と違くない?と言う感じで、不服そうな顔をしていた。
ナツは、もっと男らしかったのにとつぶやいていた。
すると、そんな小さな声に気づいたのか、地獄耳のヒナが言ってきた。
「何ようるさいわね、そんなはずないと思うけど。」
ヒナはそういうと、またアキの方へとかけよった。
「なあ、アキってこんなモテモテなのか?」
ゲシはぼくに問いかけた。
「いや…アキは学校ではそんなモテてなかった気が…。」
ぼくがそう答えると、ナツが、
「裏でモテてるとかじゃねーか?」
「…そうかもしれない。」
アキとぼくらは何が違うのか。
緑色の背景の中で、赤毛の少年は、おさげの少女と近くで話していた。
やはり、この世に平等なんてものは存在しないのだ。ぼくは気づいた。
だけど、仮にアキがモテてなくても、
ヒナはアキを好いていることだけはわかる。
…ヒナとアキをジャマしようとは思わない。
そう思いぼくが反対側を向くと、ナツもゲシも同じ方に向いた。
ぼくらは心が通い合ったのだ。
だけど、魚は1匹も取れなかった。
「アキ、ヒナといっしょに帰ったらどうだ?」
僕がそう提案すると、アキは、
「うーん、オレはみんなで帰りたい!」
アキはそう元気に答えた。
隣にいるヒナは少し強張った表情をしている。
「だってみんなのほうが楽しいに決まってるでしょ!」
単純かつ純粋でキラキラした理由に、僕らは目をやられた。
それにつられたのか、ヒナも表情筋がひゅるっと緩んでいた。
ヒナは遠慮なくアキと話す。
いつの間にか僕たちの間に壁ができた気がした。
「帰って来たのはうれしいけど…、こんなだったらなぁ。」
トウヤは少し不服そうに言った。ナツも、
「なんか…、なんだろうな。」
と、やっぱ不満を抱えたような声を出していた。
ヒナはマシンガントークを繰り広げている。
すると突然、アキが言ったのだ。
「ごめん、話してるとこ悪いんだけどさ…。」
申し訳なさそうにアキは言う。
「オレ、たくさん言われるのは苦手でさ、もう少し、ゆっくりにしてほしいというか…。」
マイペースなアキに、ヒナはずっこけた様子だった。
「アキはこう言うとこあるからなぁ…。」
トウヤがそう言うと、ナツと目を合わせた。
ヒナは必死に話している。
…早く帰りたい。
馬が来るまで
「わたしこっちだから。じゃあね、アキくんたち!」
ヒナはそう言い、バイバイと家へと帰ってった。
はぁっと息をもらすと、アキが言ってきた。
「ねぇ、さっきこそこそ話してたけど、なんの話?」
ギクっと表情をかためるナツとゲシ。もちろんぼくも例外ではない。
「いやー…、アキって女子に好かれるよなって…。」
正直にぼくが言うと、アキは言った。
「んー…、なんだろ、正直、オレはトウヤたちと遊べるほうがうれしいけど…。」
ヒナのあのもうれつなアタックは、アキには全くひびいていないようだった。
それどころか、ヒナのことを全く気にしていないようだった。
「…なんか、今日、つかれたなぁ…。」
アキはそう言って顔を下に向けた。
だけどまた、ばっと顔を上げてアキは言った。
「そういやゲシって、どうやってイーハトーヴに来たの?」
ぼくらが住んでいる、ここイーハトーヴは、ちょっと変わった所だ。
地図に名前もないし、電車を使うしかイーハトーヴの外に出ることはできない。
そして、外からイーハトーヴに行くことはおろか、存在を知っていてもたどり着けない場所なのだ。
「うーん、イワテの方に行きそうな切符買って、いつの間にかイーハトーヴに着いてたんだよな。」
「えぇ〜っ、なんかすごいや。」
アキはそう言い、ナツとゲシは不思議そうに首をかしげる。
「そういうアキはどうやって帰ってきたんだよ。」
ゲシがたずねるとアキはこう言う。
「そりゃあ、切符買って、電車乗って…あ、ゲシといっしょだ。」
うーん、と声がもれる二人。
確かに、アキはどうやって町からイーハトーヴに帰ってきたんだろう。
考えれば考えるほど、なぞが生まれる…。
すると突然、ナツが言った。
「明日、駄菓子屋行かね?」
ナツのいきなりの誘いに、アキとゲシは顔をポカンとさせて、
その後に行くと答えた。
「いきなりだな。」
ぼくがたずねるとナツは答えた。
「ちょーっと思い出したことがあってな…。」
なんだよー、とアキとゲシは問いかける。だけどまだヒミツとナツはもったいぶった。
「夏休みの間、オレんち泊まれよ!」
アキは僕に誘って、僕を家へと招いてくれた。
広い木造の古い平屋。風通しがよく、壁面は明るい白で覆われていた。
「ただいまー。」
「失礼します。」
アキは家の中にスタスタと入り、何かを話していた。
僕はじっと玄関で待つ。
玄関の棚は埃一つなく、写真たての中にはアキの家族が写っていた。
僕の靴よりまだ少し小さいアキの靴と、隣には華麗な赤い紐の下駄があった。
アキはだっとまた僕の方へ来る。
「いいって!」
今日から夏休みの間だけ、僕はアキの家に泊まることになった。
若干の申し訳なさと、嬉しい気持ちがこみ上げる。
「あらゲンシくん。久しぶりだね。」
アキのお母さんはそう言うと、家の中をざっと教えてくれた。
風呂と歯磨きはすること、夜更かしはしすぎないこと。
簡単なルールも教えてくれて、アキのお母さんは夕食の準備に取り掛かった。
アキはすぐに風呂に入り、小さめのラジオに耳を傾ける。
アキの横には、あの時買ったカラーテレビがあった。
「せっかくテレビがあるのに、ラジオ聞くんだな。」
僕がそう言うと、
「だって、ケンケンは絶対聞き逃せないからさ。」
アキはそう言った。
ケンケン…、確か何かのラジオ番組のMCだったはず。
アキは続けて言う。
「なぁ、ゲシってケンケン知っとる?」
僕は答える。
「一応、名前だけ。」
するとアキは、一緒に聞こうと僕を誘ってくれた。
凛々しい声が聞こえる。
次々と質問を読み、彼は質問に答えていた。
するとある質問に対して、アキはあっと言った。
「どうしたんだよ?」
「いや…、この質問の人、最近よく出てきてさ。」
耳を傾けると、その人は『チャウネン』というおじいさんらしい。
「意味深でさ、聞いてて面白いって人気なんだよ。」
アキはそう言い、だんまりとしてしまった。
僕も聞くことにした。
ラジオの声が流れる。
『ペンネーム…チャウネンさんからのお便りです。おっと、チャウネンさん。こんにちは。みなさん、チャウネンさんですよ。』
MCも需要を理解しているようで、声の感じがさっきとは違っていた。
質問が読まれる。
『ケンケンへ。再度また失礼致します。向日葵を見ると、ある出来事を思い出すんです。ある日、友人と喧嘩して、口を聞かなくなったことがありまして。その時、どうして喧嘩したのか、今はもう思い出せませんが、くだらないことだったと言うのは分かっていまして。だけど帰る時、振り返ると、なかった筈の向日葵があって、うわぁっと驚きまして。すると友人の方にも生えていたようで、互いに腰を抜かし、頭をぶつけたんです。そこからは大笑いでしてね。そして仲直りもできました。ですがその日以降、向日葵を見ると振り返るのが怖くなりまして…。トラウマって言うんでしょうかね。ケンケンはそんなトラウマはありますか?」
質問の後、ケンケンは答えていた。
「ねっ、まじで意味深でしょ?」
アキはそう言うと、またラジオにかじりつく。
意味深というか、僕は不思議だと感じた。
向日葵が振り返ると突然生えている。
現実で本当に起こったのか、もちろん疑いたくなった。
時計が9時ピッタリになった時、ラジオは終わった。
僕は何故か、鮮明に質問内容が頭に刻まれていた。
---
「アキたち遅いなー。」
かれこれ待ち続けて、町の時計は12時になった。
ぼくはナツと一緒に、かれこれ9時から待っている。
「来るって言ったのにな。」
「んー…、もう行くか、トウヤ。」
「だな。」
そう言ってぼくらは駄菓子屋へと向かった。
「そういやナツって金あるの?」
ぼくが聞くと、ナツは自慢げに答える。
「ふっふっふ…これを見ろ!」
ナツがこぶしを開くと、そこには250円が。
ところどころ、少しだけ土をかぶっている。
「頑張って拾ったんだよ。」
ナツはまたうれしそうに歩き出し、駄菓子屋へとどんどん進んだ。
真っ青な昼の空、下にたまった入道雲、そしてうるさいセミの声。
夏の暑さでも忘れたのか、ナツはぼくよりどんどん進んでいった。
「まってくれー。」
ぼくもがんばって追っていた。
追った先には、駄菓子屋の前でナツが待っていた。
「おせーぞ。」
ナツはそう言い、ぼくはナツといっしょに駄菓子屋へと入った。
すると突然、ナツが言ったのだ。
「そういやオレ、お盆からはここにいれなくてさ…。」
「えっ…?」
突然の告白にぼくは驚きをかくせなかった。
「じゃあ…、いっしょに遊べなくなるってこと…?」
「いや…、まぁ、うん、そうだ。…あとさ、お盆が来るまで、オレのわがままに付き合ってくれないか?」
「もちろんだよ。いいよ。」
「ありがとう。…オレさ、実は結構前から人を探しててさ。」
ナツはそう言うと、とたんに申し訳なさそうな顔をし出した。
ぼくは黙ってナツの話を聞く。
「お盆の時、オレ、事故にあってさ。事故っていっても、水難だけど。川に遊んでいた時にだ。」
ナツはじっと、また話す。
「気づいたら、オレは家の前にいたんだ。入ろうとしても、鍵がかかってて入れなくて。何度も呼んださ。でも、オレがバカなことしたから、家族もみんなオレのことは無視でさ。だけどもオレはずっと呼び続けたんだ。」
ナツの声がだんだん小さくなっていく。
「もしあの時、オレが溺れてなかったら、あいつと約束を守れて、こんなことにはならなかったと思うと、すごい申し訳なくてさ…、またあって、謝りたいんだ。だからさ、トウヤ。手伝ってくれないか。」
ナツはやや力強くぼくに言う。
ぼくも答えた。
「あぁ、もちろんだよ。絶対ナツの友達が見つかるまで協力する。」
ナツはありがとうとぼくに言った。
だけど、どうしてお盆にはここに入れないのだろうか。
その答えを知るときは、ぼくには一生訪れなかった。
「ハル〜、さっさとええ加減に勉強しろ!」
おかあの怒った声が俺の耳を貫く。
「このままやったらバカ私立しか受からんよ!?あんた受験生でしょ!」
「ひぇ〜。わかった。わかったから。勉強するからファミコンぶっ壊さないで〜…。」
俺は屈して、勉強道具をある程度まとめる。
「全く…、トウヤくんを見習い。」
ややグサっと心に刺さったが、俺は勉強をすることにした。
…暑いし、集中できない。
初日からずっと書いていない日記も、そろそろ手をつけないとまずいレベルだ。
ひとまず日記を書こう。
ぺらっとページをめくると、まっさらな行が写る。
俺はそこに「7月25日」と書き綴った。
「あの日は、確か…。」
おばさんの家に着いたときだ。トウヤはまだ学校で、お土産を渡した時。
あーぁ、あの時のまんじゅう、マジで美味しかったなぁ…。
そこから、俺はまた次々と書く。
「7月26日」
二日目のこと。確か親に駆り出されて、じいちゃんの畑の手伝いをさせられた。
腰抜けとか浅いとかめっちゃ言われて、帰る時にはすごい腰が痛かったっけ…。
しかもその上、大量の野菜を持ち帰らされたり、じいちゃんの友達の墓参りまでした。
色々友達の話も聞かされたけど、疲れすぎていてそれどころじゃなく、全く覚えていない。
「7月27日」
トウヤとゲームして、しかもトウヤが爆速で宿題を終わらせていた。
だけど絵日記で詰まって、トウヤがしんどそうにしていた。
寝ている時、トウヤはうなされて、しかも泣いていた。
でもやっぱこいつはガキなんだと分かって嬉しかった。変な話だけど。
「7月28日」
特に何もなかった日だ。
近所のガキを集めて、メンコ大会開いたっけ。
多すぎて消費しきれなかった野菜を、そこで配ったりもした。
みんなトウヤよりメンコが強かったけど、トウヤほどかわいくはなかった。
「7月29日」
トウヤがアキくんの所に泊まることになった日。
駄菓子屋に行って、お菓子を買って、ただひたすら店主のばあちゃんと話してたっけ。
するとナツって子の話をしていたのを思い出した。
トウヤが言っていたことまんまで、ますますナツくんに会いたくなった。
そして今日は7月30日。あと一日で7月が終わる。
今はまだ昼。今日の夜、日記を書こう。
「ハル〜?ちょっと来て〜!」
おかあの声。
「今行く。」
タタタと俺は向かった。
【お知らせ】
※「ナツが来た」シリーズについて今後の予定
いつも閲覧・ファンレターありがとうございます。
「ナツが来た」は「馬が来るまで」にて、一旦おしまいとさせていただきます。
理由といたしましては、
・区切りが良いから
・一度終わらせて別のシリーズも開始したいから
・長くなりすぎると読む方も大変だと思うから
…と言う感じです。
一旦終わらせるだけであって、**完結はしません。**
次、「ナツが来た」の続きは、「ナツと帰路」というシリーズで書こうと思います。
ここからは今までの設定もきちんと守りつつ、
トウヤくんたちの夏休みを最後まで見守っていただければと思います。
るるるでした。