ナツが来た

編集者:るるる
「おーい!元気してたかー!」 夏の時期によく遊んだ少年、ナツ。 名前も知らないし、どこに住んでるとか、どうしてるとかはわからない。 そんな不思議な少年、ナツと遊んだ2人、トウヤとアキの 少し異常なお話。
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目次

    夏休みの初夏の頃

    短冊も書き終えて、学校の宿題も配られ始めるころ、 ぼくはシュワシュワジリジリやかましくなくセミの声に悩まされていた。 「だめだー…暑すぎて集中できん…。」 授業中、ぼくはあまりの暑さに、イスの背もたれ以上に体をたおして、後ろの席のアキと目を合わせた。 ちょっと長くなった後ろかみがアキの机に擦れる音がする。 「ははっ、トウヤが死んでるー。」 えいえいとほをえんぴつでつつかれ、先生がもっとうるさくしてくる前に起き上がった。 「皆さん、これから待ちに待った夏休みですね。」 先生がそういうと、クラスのみんながイェーイと、小さくガッツポーズをしたりして、 セミのアカペラにくわわってきた。 「ですが、夏休みだからと言って、なんでもしていいわけじゃありませんよ〜?」 だけど、先生のそんな声を無視してみんなはもりあがっていた。 バーベキューに行こうだの、プール行こうだの、そんなことを話していた。 しだいにちょっと静かになったと思えば、ペラペラとプリントが配られた。 去年に配られたやつより、ちょっと漢字が多くなっていてつくづく感心する。 「ここに書いてある注意のところは、絶対に守ってくださいね。」 かみは染めちゃダメだとか、子どもだけでゲーセンに行っちゃダメだとか、いろいろ書いてあった。 中にはゲームのこととか、いろいろあった。 「質問がある人は手をあげてくださいねー。」 今の日付は7月23日。あと2日で夏休み。 思い返すと、たくさんの楽しみがある。 だけどぼくは…いや、ぼくたちは何よりも、''アイツ''に会うことがずっと楽しみだった。 手をとんとんとされて、アキの方に振り返った。 「なぁ、また''アイツ''くるかなぁ!?」 よくようがついた元気な声で聞かれて、ぼくはこう言った。 「ぜっっったいくるよ、だって来るって言ってたじゃん。」 ''アイツ''は去年の初めての夏休みに初めて会ってこう言ったんだ。 『また夏になったら来るから!』 名前は知らないので、ぼくたちで『ナツ』とよんだんだっけ。 そしたらひどくよろこんで…。 思い出話に花をさかせ、ぼくらは『ナツ』を待った。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------- 登場人物 トウヤ…ちょっと達観したような少しドライな少年 アキ…トウヤの友達の、あったかくて元気な少年 ナツ…名前もわからない不思議な元気っ子
    _____少し進んで、帰り道。 「あーーー!おーもーいー!」 アジサイにパンパンなランドセル、手さげにかりた図書の本。 アキはガッツリオーバーキルを入れられていた。 「少しずつ持って帰らなかったからだろ。」 アキの顔は、ひどく汗だくで、しんどそうにアジサイをかかえていた。 「あーもー、持ってやるからよこせ。」 「持ってくれるの…?トウヤやっさしー…。」 アキからアジサイと図書の本を受け取り、ぼくらはゆっくり歩いた。 「す…、少し休もう!」 ぼくらはこかげに入って、すいとうの水を浴びるように飲んだ。 「ぷはー!生き返るー…。」 そう言って、にもつを一旦全部置いて、休むことにした。 「アイツ、今年も遊べるかなぁ。」 あの朝のアジの事件から、どこか行ってしまったナツのすがたがうかんだ。 「たしかに見えたんだけどなぁ…。」 アキはそう言って、まっすぐ目の前の雑木林を見つめた。 「ま、会えるだろ。」 そーだな、とたがいに笑って、にもつをまたかかえて、歩き出した。 後ろの木のかげも笑っていた。

    風鈴が飛ぶ

    「いやー、トウヤがいなかったらいまごろどうなってたか!」 大量の夏休みの宿題を持ち帰ることになったオレは、トウヤに手伝ってもらって なんとか家の前まで全部運び切ることができた。まじトウヤにカンシャ。 「そもそもちゃんと持って帰れよ。」 トウヤのつめた〜いドクゼツが飛んでくる。 「…ごもっともです…。」 さすがになにも言い返せなかった。今度からちゃんとしよ…。 すると家のとびらいきなり開いて、見てみるとそこにはかーちゃんがいた。 「あ、かーちゃんただいま。」 「あら、お友達?」 かーちゃんはトウヤを見るなり、ささっ、上がってとトウヤを家に入れた。 「おじゃまします。」 トウヤはオレのかーちゃんとボンサイをかんしょうするほど変に仲がいい。 ていうかどうしてボンサイなんだろう。 「スイカ切ったから2人で食べんさい。」 とかーちゃんはオレとトウヤにスイカを出してくれた。 しかもカルピスまで。 「かーちゃん、カルピスなんて。ケイキいいなぁ。」 しかもちょっとこいめだ。なんてぜいたくな。 「そんなこと言うんだったらおかーちゃんが飲むぞ?」 「なんでもないっす。」 オレはスイカを持って、トウヤと横ならびになりながら、じゃくっと果肉をかんだ。 「「うんめぇ〜。」」 ふいにカブって、あってなって、たがいに大きく笑った。 少し強い風がふく。 チリーンと、ふうりんの音が鳴った。 スイカは2人で3切れずつあったけど、あっという間になくなっていて、 コップにあったカルピスも、いつのまにか飲みほしていた。 「そういやさ、アキ。」 トウヤがふいに話しかけてきた。 オレは何?とトウヤに問いかけた。 「明日、あそこの川行かね?」
    「ナツ、これ。」 「わっ!まんじゅうか?」 トウヤが持ってきたまんじゅうを3人で分けることになった。 夏の時期に似合わない、雪みたいにまっしろなまんじゅうが3つちょこんとならんでいる。 「うまそ〜!」 ナツはキラキラと目をかがやかせ、まんじゅうを手にのせた。 オレもトウヤからまんじゅうをもらい、橋の下で、川を見ながらオレらは食った。 まにまにとした食感がくちびるとか口の中に当たって、思わずほっぺが落ちた。 ざぁぁぁと流れる川の音は、ふうりんよりもすずしくて、ぼーっとしてしまいそうだった。 ナツは食べながらもうめぇうめぇと言って、 オレは思わず笑ってしまった。 「どうしたんだよ、アキ。」 「いーや、何でもねぇ。」 夏休みの初日、オレらはナツと遊んだ。 夕方になって、オレらは明日も遊ぼうと言う話になった。 だけど次の日は、オレのとーちゃんが帰ってくるから遊べないとオレが伝えると、 2人はそうかぁと、悲しそうに笑ってくれた。 ふと、ラジオのじいさんの質問を思い出した。 『私は今も、悔やんでいることがあります________。」 ラジオのあの質問は、一文一句間違えることなく、オレの頭が読んだ。

    割れたガラスは戻らない

    「はー!うまかったぁ!」 夏休みの初日、オレはトウヤたちと約束通り再開した。 今思えば、場所とか時間とか、ちゃんと決めておけばと思ったが、 いつあいつらと出会えなくなるのかが怖くて、なかなか考えられなかった。 「明日も、3人でこうして遊ぼう。」 トウヤが微笑んだ口で言った。 「だな。」 だけど、アキの表情がどこが浮かばない感じがする。 「ごめん、オレ、明日親父が帰ってくるから、遊べない…。」 申し訳なさそうに、下を向いてアキは話した。 「おう…そうか、じゃ、お土産頼むぜ。」 トウヤのちょっとした冗談が、アキを少し笑顔にさせたのが見えた。 オレもトウヤに乗っかって 「オレからも頼むぜ!」 って言ってやった。するとアキは明るくなって、 うん!と元気よく返事した。 『それじゃ、バイバーイ』 2人は帰って行った。気づけば夕焼け小焼けで、カラスがグァーと鳴いている。 「おう、バイバーイ」 手を高く上げ大きく振ると、トウヤたちも高く振ってくれた。 気がつくと2人は見えなくなっていた。 あぁ。 ちゃんと会えてよかった。
    「なぁヒナ、お前っていつもこんなことしてんの…?」 「?、そうだけど。」 オレとヒナは山に入り、虫とりををしていた。 だけどオレは虫とりがしたいわけでもなく…ただ無理矢理ヒナに連れられたのだ。 ヒナのカゴは虫が5匹ほど入っていて、それぞれがなんか争っている。 えいっと虫をつかまえるかけ声がする。 「じゃじゃーん、クマゼミつかまえちゃった!」 ヒナは思いっきり裏面を見せてきて、思わずうわぁと声を出してしまった。 「何?虫苦手なの?」 「はっ…?いや、苦手じゃねぇし…。」 「あっそ、じゃぞっこうだな!」 まずい、このまま地獄のような時間が過ぎるのか…? 正直に言うべきか?いや、女子にそんなこと言うってダセェだろ…? あぁっ!くそっ!こんなことになるなら断っておきゃよかった! 足元にクソでっかいムカデが出てきた…! 「っ…!ひぃっ…!」 「何よ、やっぱ苦手そうじゃん。強がんなくてもいいのに。」 「ちっ、ちげぇし!たまたま火の幻覚が見えただけだし…!」 「いいわけならいいから。それじゃあやめよっか。」 何とか地獄の虫とりを切り上げさせることができた。 でもなんか…すっごい悔しい…。 「ところでさ、魚いける?次魚つりしようよ。」 ヒナが山道を下っている時にそう言った。 「えっ、魚釣り!?オレ超得意だよ!」 「さっきとはうってかわってクソ元気ね…。」 オレとヒナは、そう言って、山道を抜けた。

    夏のフキノトウを探して

    (いまごろトウヤたち、どうしてるかなー。) 多くの人でにぎわっているデパートの中で、オレはふとそう思った。 おととい、オレはトウヤとナツといっしょに遊んだ。 明日も遊ぼうという話になったが、オレは親父が帰ってくることになったので、遊べなかったのだ。 つりとかしてんのかなぁ。いいなぁ、楽しそうだなぁ。 「アキー!こっちにウルトラマンの人形売ってるぞー!」 おもちゃ屋のテナントの前で、親父が手をふっている。 「それは親父のシュミだろー?」 「はははっ、まぁなー。」 親父は大人のくせして、ウルトラマンのグッズを集めている。 家の中の親父の部屋も、ウルトラマンだらけだ。 かーちゃんは、掃除が大変だから、少しへらしてほしいとぐちをはいてたが、 親父は軍人のえらい人で、たくさんお金をもらっているから、 仕方なくゆるしているらしい。 「そうだ、テレビを買わないか?」 いきなりの言葉に、かーちゃんが言った。 「テレビって…あんた、そんなお金あるの?」 「あるとも。今回は長い遠征だったからな。それなりにはもらってるさ。」 そういい、かーちゃんもそれならいいけどと、テレビ売り場にむかった。 だけどオレは、ふとしたひょうしにかーちゃんから手をはなしてしまい、人ごみに まぎれてしまった。 オレよりうんとせのたかい人たちの足が、あっちこっち行くもんだから、 オレはあわててしまって、デパートのげんかん口まで走ってしまった。 「やっ…やばいっ…ここどこや…。」 ひっしになって走っていたら、町の中に出てしまっていた。 そこそこある人通りは、デパートよりはマシだった。 「とにかくもどらなきゃ…!」 覚えているかぎりの道をたどって、オレはデパートへとむかった。 だけど、建物が大きすぎて、デパートがどこかわからない。 ああ…もう少しひくけりゃいいのに…! (どんっ) いきなり、だれかとぶつかってしまった。 「いってぇー…おい!よそみすんじゃねーぞ!」 オレより年上ぐらいの男の子が、オレとぶつかったようだった。 男の子は地べたにすわったまま、オレの方をまっすぐみている。 気づけば、オレもしりもちをついていた。 すかさず、オレはあやまった。 「ごっ…ごめんなさい…!」 男の子はそう聞くと、よろしいと言って、立ち上がり オレに手を差し出してきた。 オレは手をとり、立ち上がった。 「けがないか?」 「うん…ごめんなさい。」 「もうあやまらなくていーよ。」 へらっと男の子は笑い、立ちさろうとした。 が、なぜかふりかえって、オレの方に来た。 「てかおめぇ、よく見たら違うとこから来たガキじゃねぇか。なんか目もあけぇし、大丈夫か?」 「へぇっ…?」 マヌケな返事をしたオレはたしかに言われて気づいた。 目頭がいたい。かるくパニクって、自分でも泣いたかわからなかった。 男の子の目は、さっきと違って、優しく、やわらかい目に変わっていた。 だけどそれがこわくって、またあわててしまった。 「あっ、えと、大丈夫だけど、あの、あの、あの…。」 「おい、落ち着けって、こっちは急かしてねぇから。ゆっくり言え。」 「…オレ、まいごになっちゃって…デパート、わからなくなっちゃって…。」 ふるえた情けない声で、オレはその男の子に言った。 すると、男の子は言った。 「迷子か。デパートっつったら…あそこしかねぇし、連れてってやるよ。」 とくいげな声でオレの手をまたつかみ、男の子はズイズイ進んでゆく。 人ごみを、たきのげきりゅうにさかのぼるコイのようにすすんでゆく…。 「ほら、ここか?」 ついたさきは、オレが飛び出したデパートだった。 「…!ここです!ありがとうございます!」 「いいってことよぉ。また迷子になったら送ってってやるよ。」 男の子はうれしそうになって、後ろをむいて、歩き出そうとした。 だけど、オレは、 「ちょっと待って。」 少し気になったことがあって、よびとめた。 男の子はくるっとこっちをむいた。 「ん?」 「あの、名前ってなんですか?」 男の子は答えた。 「お前が言ってくれたら教えてやんよ。」
    「それじゃあな、アキ。」 朝、親父はそう言って家から出て行った。 オレは親父を止めもせず、ただかーちゃんといっしょに見送った。 だけどそれじゃあさびしい気がしたので、ビシッと敬礼を親父にした。 すると親父はそれよりも力強く、ズバッと敬礼を返してくれた。 目の中はうるんでいた。 また、会えるかな。

    ひまわりの向こう側

    いまごろ親父、電車乗ってんのかなー…。 今日の朝イチ、かーちゃんがオレを起こしてくれた時、 オレはまっすぐげんかんへと向かった。 いつもの家なのに、その時はうんとひろく思えて、しずかだった。 鳥のさえずりがチリチリなって、空はきれいな白色だった。 「じゃあ、元気でいろよ、アキ。」 そう言って親父はでっかい手を、オレの頭におしあて、わしゃわしゃとかいた。 「うん。オレ、チョー元気でいるから。」 そうか、と親父は笑って、体をゆっくり後ろに引きずっていた。 じゃあね、というと、おう、と親父は答えたけれど、 いつもより足はゆっくりで、なかなかすすんでいるようには見えなかった。 だけどオレは背中をおすように、ビシッと敬礼をした。 すると親父は、それよりも力強く、ズバッと敬礼を返してくれた。 親父の目の中はうるんでいた。 親父はそれから、ふり返ることもなくすすんでいった。 走るようにしてオレももどり、朝メシをかきこんだ。 その時はたしか、まだ5時をさしていた。
    「わっ、スゲーッ!中に人がいる!」 ナツはコウフンしたようにカラーテレビを見つめ、指をさしていた。 「ほらほらっ、スゲー動いてる!」 そんなナツがおかしくて、オレとトウヤは思わず笑ってしまった。 ナツは、きょとんとしていた。 「お前らはすごいとおもわねーの?」 「すごいけど。見なれたってゆーか…。」 トウヤがそういうと、ナツはこう言った。 「やっぱ、慣れが一番こえーんだなー。」 そう言い、ナツはまた変わらず、コウフンした様子でテレビを見た。 いたってオレもレイセイをギリギリ保っている。 だって… オレもオレんちのテレビを初めて見るから……。

    風を飛び越して

    夏休みが始まってすぐのことだった。 あの時、久しぶりに両親が帰ってきた。 …手元に、見慣れない赤ん坊を添えて。 「ゲンシ。元気してたかい。」 お父さんの気力のない声。 「うん。まぁ。」 僕は渋々ながらも答えた。 「そうそう、これ、お前の弟だ。」 お父さんはそういうと、お母さんは赤ん坊を僕の近くにやってきた。 黒い大きな目玉が、不思議そうにこちらを見ている。 「挨拶ついでに寄ってきただけだ。それじゃあ。」 そういうと、お父さんとお母さんは出て行こうとした。 「…まってよ。それだけ?」 僕がそういうと、 「それだけってなんだ?せっかく会いにきたんじゃないか。それとも、弟の面倒を見てくれるのか?お前じゃ無理だろ。」 「いや、えと…うん、頑張ってきてね。」 僕がそういうと、お父さんとお母さんは出ていってしまった。 新しい家族を添えて。 だけど、お父さんは振り返ってこう言った。 「これもお前のためなんだから。」 それっきり、何かを言うことはなかった。 がちゃん。 閉められた鉄の扉は、音を立てなくなった。 玄関にある、2足ずつある二つだけの靴。 手が届かなくて埃を少しかぶった棚。 天井もやや黒くなっている。 財布の中には2万円。これが唯一の愛情だ。 …僕は、本当に子供なのだろうか。 だけど考えることも嫌になって、もう寝ることにした。 昔のことを思い出した。 風呂に入らないと駄々をこねた時、お母さんは入れってうるさかったっけ。 今はもう…ぼんやりになってしまったけど…。 時計はまだ5時。 僕は今、布団の中にいる。
    綺麗な星空。 あそこじゃ絶対に見ることはなかった。 生まれて初めて、夜を綺麗と思えた気がした。 だけど、僕は思い出した。 どこにも行くあてがない。 なんだかおかしくって、いきなり笑い出した。 今日は、初めての野宿だ。 川が流れる河川敷、そのかかった橋の下、僕は眠った。

    病の名は恋という

    「おーい。」 女の子の声____…。 僕はハッと目が覚めた。 コンクリートの物体の下…。 尻に敷かれた草がチクチク刺さっている。 目の前には幼い女の子。 「あんた、大丈夫?」 思い出した。 僕は昨日、家を出た。 それから、''イーハトーヴ''を目指して、電車に乗った。 だけど…着いた先もあてがなくて、ここで寝ることにしたんだ。 女の子は仁王立ちで、じっとこちらを睨んでいる。 「あ、大丈夫。平気。」 僕がそういうと、女の子は、 「こんなとこでねてるヤツが平気なわけねーだろ!」 ガシッと僕の腕を掴み、ぐいっとのばしてきた。 あわてて立ち上がると、女の子はまた僕の方に視線を合わせてきた。 「見慣れない顔だけど…あんた誰?」 なんとも失礼な言い方で、女の子は尋ねてくる。 だけど僕は、苦にせず答えることにした。 「僕はゲンシ。ゲシって呼んでよ。」 「ふ〜ん…。」 女の子はそういうと、また腕を引っ張って、河川敷の上へと上がる。 青い空が、黄色い光をサンサンと照らしていた。 思わずギュッと目を閉じた。 「わたしはヒナ。」 ヒナはそういうと、元気でやれよといきなり別れを切り出してきた。 山の方へ、タッタと走り去っていった。 にしても、ここがアキの住んでいるところか。 コンクリートの脇には草が生え散らかしていて、ところどころひび割れている。 ミーンミーンとなくセミの声。聞き慣れないけどなんだか居心地がいい。 すると、遠くから誰かが来た。 見慣れない二人と知ってる一人。 「あ、アキー!」 咄嗟に声が出て、僕は走り出した。 「ゲシ!」 アキは覚えていてくれていた。 アキと僕はぶつかって、互いに抱き合った。 「会いに来たよ。」 そういうとアキは、 「うれしいっ…!」 そう答えてくれた。
    「アキ、ヒナといっしょに帰ったらどうだ?」 僕がそう提案すると、アキは、 「うーん、オレはみんなで帰りたい!」 アキはそう元気に答えた。 隣にいるヒナは少し強張った表情をしている。 「だってみんなのほうが楽しいに決まってるでしょ!」 単純かつ純粋でキラキラした理由に、僕らは目をやられた。 それにつられたのか、ヒナも表情筋がひゅるっと緩んでいた。 ヒナは遠慮なくアキと話す。 いつの間にか僕たちの間に壁ができた気がした。 「帰って来たのはうれしいけど…、こんなだったらなぁ。」 トウヤは少し不服そうに言った。ナツも、 「なんか…、なんだろうな。」 と、やっぱ不満を抱えたような声を出していた。 ヒナはマシンガントークを繰り広げている。 すると突然、アキが言ったのだ。 「ごめん、話してるとこ悪いんだけどさ…。」 申し訳なさそうにアキは言う。 「オレ、たくさん言われるのは苦手でさ、もう少し、ゆっくりにしてほしいというか…。」 マイペースなアキに、ヒナはずっこけた様子だった。 「アキはこう言うとこあるからなぁ…。」 トウヤがそう言うと、ナツと目を合わせた。 ヒナは必死に話している。 …早く帰りたい。

    馬が来るまで

    「わたしこっちだから。じゃあね、アキくんたち!」 ヒナはそう言い、バイバイと家へと帰ってった。 はぁっと息をもらすと、アキが言ってきた。 「ねぇ、さっきこそこそ話してたけど、なんの話?」 ギクっと表情をかためるナツとゲシ。もちろんぼくも例外ではない。 「いやー…、アキって女子に好かれるよなって…。」 正直にぼくが言うと、アキは言った。 「んー…、なんだろ、正直、オレはトウヤたちと遊べるほうがうれしいけど…。」 ヒナのあのもうれつなアタックは、アキには全くひびいていないようだった。 それどころか、ヒナのことを全く気にしていないようだった。 「…なんか、今日、つかれたなぁ…。」 アキはそう言って顔を下に向けた。 だけどまた、ばっと顔を上げてアキは言った。 「そういやゲシって、どうやってイーハトーヴに来たの?」 ぼくらが住んでいる、ここイーハトーヴは、ちょっと変わった所だ。 地図に名前もないし、電車を使うしかイーハトーヴの外に出ることはできない。 そして、外からイーハトーヴに行くことはおろか、存在を知っていてもたどり着けない場所なのだ。 「うーん、イワテの方に行きそうな切符買って、いつの間にかイーハトーヴに着いてたんだよな。」 「えぇ〜っ、なんかすごいや。」 アキはそう言い、ナツとゲシは不思議そうに首をかしげる。 「そういうアキはどうやって帰ってきたんだよ。」 ゲシがたずねるとアキはこう言う。 「そりゃあ、切符買って、電車乗って…あ、ゲシといっしょだ。」 うーん、と声がもれる二人。 確かに、アキはどうやって町からイーハトーヴに帰ってきたんだろう。 考えれば考えるほど、なぞが生まれる…。 すると突然、ナツが言った。 「明日、駄菓子屋行かね?」 ナツのいきなりの誘いに、アキとゲシは顔をポカンとさせて、 その後に行くと答えた。 「いきなりだな。」 ぼくがたずねるとナツは答えた。 「ちょーっと思い出したことがあってな…。」 なんだよー、とアキとゲシは問いかける。だけどまだヒミツとナツはもったいぶった。
    「ハル〜、さっさとええ加減に勉強しろ!」 おかあの怒った声が俺の耳を貫く。 「このままやったらバカ私立しか受からんよ!?あんた受験生でしょ!」 「ひぇ〜。わかった。わかったから。勉強するからファミコンぶっ壊さないで〜…。」 俺は屈して、勉強道具をある程度まとめる。 「全く…、トウヤくんを見習い。」 ややグサっと心に刺さったが、俺は勉強をすることにした。 …暑いし、集中できない。 初日からずっと書いていない日記も、そろそろ手をつけないとまずいレベルだ。 ひとまず日記を書こう。 ぺらっとページをめくると、まっさらな行が写る。 俺はそこに「7月25日」と書き綴った。 「あの日は、確か…。」 おばさんの家に着いたときだ。トウヤはまだ学校で、お土産を渡した時。 あーぁ、あの時のまんじゅう、マジで美味しかったなぁ…。 そこから、俺はまた次々と書く。 「7月26日」 二日目のこと。確か親に駆り出されて、じいちゃんの畑の手伝いをさせられた。 腰抜けとか浅いとかめっちゃ言われて、帰る時にはすごい腰が痛かったっけ…。 しかもその上、大量の野菜を持ち帰らされたり、じいちゃんの友達の墓参りまでした。 色々友達の話も聞かされたけど、疲れすぎていてそれどころじゃなく、全く覚えていない。 「7月27日」 トウヤとゲームして、しかもトウヤが爆速で宿題を終わらせていた。 だけど絵日記で詰まって、トウヤがしんどそうにしていた。 寝ている時、トウヤはうなされて、しかも泣いていた。 でもやっぱこいつはガキなんだと分かって嬉しかった。変な話だけど。 「7月28日」 特に何もなかった日だ。 近所のガキを集めて、メンコ大会開いたっけ。 多すぎて消費しきれなかった野菜を、そこで配ったりもした。 みんなトウヤよりメンコが強かったけど、トウヤほどかわいくはなかった。 「7月29日」 トウヤがアキくんの所に泊まることになった日。 駄菓子屋に行って、お菓子を買って、ただひたすら店主のばあちゃんと話してたっけ。 するとナツって子の話をしていたのを思い出した。 トウヤが言っていたことまんまで、ますますナツくんに会いたくなった。 そして今日は7月30日。あと一日で7月が終わる。 今はまだ昼。今日の夜、日記を書こう。 「ハル〜?ちょっと来て〜!」 おかあの声。 「今行く。」 タタタと俺は向かった。

    【お知らせ】

    ※「ナツが来た」シリーズについて今後の予定
    るるるでした。