ギルティキラーズ
編集者:甘味
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謎の化け物「ギルティ」に立ち向かう特別保安局の局員たちの物語です!
多少グロ描写があります。暗くなります。流血は設定上ほぼありません。苦手な方はご注意ください。描写があるところは冒頭に書こうとは思っています。
番外編を後々作るかもしれません。
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目次
メモ:基本用語解説書
ひとことで情報を記録した本です。
これさえ見ればあなたも特別保安局の職員に!
……と、最初の一ページに記載されている。
ギルティ→謎の化け物。危険。一般人は知らない・見えない。喰われると存在が抹消されてしまう。
特別保安局→ギルティから街を守る秘密組織。東京都にある。
リバース→死んだ人間が生まれ変わった存在。身体能力、学習能力が大幅に上がっている。元になった人間の存在はなかったことになる。
首が飛んでも胴体に穴が出来ても、コアさえあれば復活可能。
コア→リバースの心臓。壊されると死ぬ。壊されなければ復活可能。
リバシステム→リバースを誕生させるための機械、システムの名前。
ギルト→ギルティを倒したときに落ちる欠片。利用方法がたくさんある。
罪悪結界→ギルトを使用した一般人を入れない結界。
ウォリアー→ギルティの殲滅、街のパトロールをする仕事。リバースのみ可能。サポーターを庇いながら戦う。
サポーター→ウォリアーのサポート、罪悪結界張り、情報収集、雑用などが仕事。人間の医師も所属。現場に赴くこともある。人間・リバース問わず。
クリエイター→ウォリアー用の武器防具ボディ製造、開発、義体製造を行う仕事。現場には赴かない。人間・リバース問わず。
コマンダー→特別保安局のトップ。偉い。「ミナ」という少女。
アシスタント→コマンダーの護衛兼秘書。
メモ:ギルティに関する研究書(9/12、NEW!)
簡単にぱぱっとまとめたやつです。
そのうち追加します。雑で申し訳ない……。
ギルティの姿→変なものから人間みたいなものまで。
黒のギルティ→好戦的。亜里沙の足を喰ったのはこいつ。
青のギルティ→人間に擬態。賢い。
赤のギルティ→一番数が多い。弱いけど早く倒さないと凶悪になる。
黄のギルティ→物を壊す。弱め。
紫のギルティ→1個体が一番強い。
緑のギルティ→偉い人やアイドルを狙う。
白のギルティ→弱いが群れると厄介。身体能力を下げる咆哮をする。
混色種→滅多に現れることがない。各色の特性を合わせ持っている個体がいるらしい。
局員紹介
名前:高木 亜里沙
フリガナ:タカギ アリサ
年齢:18
性別:女
役職:サポーター
容姿:黒髪、セミロング。緑色の瞳。
局員用スーツ。
身長:164cm
性格:真面目、情に厚い、悲観。ソレイユのストッパー。
好きなもの:わらび餅、フィナンシェ、無糖炭酸水、食事、布団、孤児院の先生や友達、局員
嫌いなもの:ブラックコーヒー、カップラーメン、ギルティ
一人称:私
二人称:あんた、○○、○○さん、○○先輩
三人称:あいつ、あの人(先輩や偉い人に対して)
サンプルセリフ:
「私は高木亜里沙。行くあてもないから入局したの。」
「あんたも、私も同じような経緯で来たのね。」
「わらび餅、美味しい。この味が落ち着くわ。」
「母さんも父さんも、どんな人なのかは知らない。優しい人だったのかな。」
「先輩!結界、貼り終わりました。はい、待機スペースで怪我人の対処ですね。」
希望:なし。
その他:この物語の主人公的存在。父と母についてはよく知らない。
18際になったので児童養護施設を出て、ビジネスホテルをふらついていた。
ある日、ギルティに襲われて左足を負傷。クリエイター作成の義足で生活している。
ソレイユのパートナー的存在。
女子力より女子力(物理)の方が高い。
名前:ソレイユ
性別:男
役職:ウォリアー
容姿:オレンジ色の髪に水色の瞳。髪は普通の長さ。少しハネている。太陽のピンを頭につけている。局員用の戦闘スーツ(ウォリアー仕様、硬質化。)
身長:171cm
性格:明るく、フレンドリー。ポジティブ。
好きなもの:チョコクッキー、ソフトクリーム、犬、恋愛ドラマ、お花の手入れ
嫌いなもの:お団子、束縛が激しい人
使用武器:剣。ファクトリーで作られた。新しく、性能も良い。
一人称:僕
二人称:○○ちゃん、○○、○○さん、君
三人称:あの子、あの人
サンプルセリフ:
「アリサ、おはよう。朝ごはんはあの子特製の目玉焼きだよ!」
「コマンダー様!この女の子が、ギルティに襲われていて!ここで看病させてください。」
「僕はウォリアーだからね。街の人を、この剣で絶対守るんだ!」
「ソフトクリーム食べながら恋愛ドラマとか、最高すぎるよ!」
「ごめん、アリサ。しくじっちゃった。待機スペースまで運んでほしい。……お願い。」
「アリサ、無茶するかもしれない。……いつも通り?ははっ、そうかもね。」
その他:亜里沙のパートナー的存在。亜里沙を救出した。無茶することが多い。
名前:堂本 渉(本編未登場)
フリガナ:ドウモト ワタル
年齢:28
性別:男
役職:サポーター。人間の医者。
容姿:濃い紫色の髪(ヘソあたりまで)に明るい紫の瞳。ポニテ。白衣。中の服は黒や青が多い。
身長:181cm
性格:冷静、温和な好青年。(たまにヒステリック)
好きなもの:ドーナツ、ラーメン、バターコーン、夕暮れ時、同僚、早朝、雨の日
嫌いなもの:ほうれんそう、馴れ馴れしい人
主な担当:人間の治療
一人称:自分
二人称:あなた、○○さん
三人称:あの人
セリフ:
「自分は堂本です。よろしくね。」
「亜里沙さんは、結局入局することにしたんですね。しかも自分と同じサポーター。じゃあこれからは同僚ってわけですか。」
「自分です。堂本です。服薬の時間ですよ。……あからさまに嫌な顔しないでください。自分だって、出来るなら苦くない薬にしたいですよ。」
「タメ口、苦手なんですよね。あなたは気にしなくていいですよ、敬語とか。自分が気になるだけなので。」
「どうも、堂本です。……あまり言いたくないんですよ、『どうも』って。ダジャレみたいじゃないですか。」
その他:亜里沙より女子力が高い。
亜里沙の治療を行った医師。顔は中性的。背で大体性別はバレてしまうが。
つまり可愛い顔した野郎です。
実は人の好き嫌いが激しい。
名前:ミナ
性別:女
役職:コマンダー
容姿:ふわふわとしている、綿飴のような白髪。どろりと濁った黒い瞳。局員用のスーツに、エンブレムが縫い付けられているコマンダー専用ジャケット。
身長:153cm
性格:穏やか。何を考えているのか分からない。
好きなもの:綿飴、紅茶、ハーブのど飴、うさぎ、局員たち、研究、薔薇
嫌いなもの:ブラックコーヒー、アボカド、ジャンクフード、キツい香水
一人称:わたし
二人称:あなた、○○くん、○○ちゃん
三人称:あの子
セリフ:
「わたしはミナよ。特別保安局で、コマンダー……司令官をやっているの。」
「怖い人だなんて。ひどいわね、そんなに言い方がきついかしら?」
「わたしが目指しているのは、誰もギルティに傷つけられない世界。一緒に頑張ってくれる?」
「そうね、今回の案件は彼らにやってもらいましょうか。いいコンビネーションだもの。」
「亜里沙ちゃん、いつもお疲れ様。そろそろ休日を取っても良いのよ?無理して倒れたらどうするのかしら。」
その他:特別保安局の設立当初からコマンダーとして働いている。彼女の同期はもういないらしい。
【とても軽い紹介】
☆|霧谷《キリタニ》|和偉《カズイ》
メガネがアイデンティティ。
ミナのアシスタントとして、日々胃を痛めながら働いている。
☆???
次話登場予定。二丁の拳銃を扱うリバースの少女。
無口でミステリアス。
#1:喪失と出会い
初っ端から主人公、〈規制済み〉になる。
結構グロテスクな意味でえげつない(※個人的には)ので、苦手な方はブラウザバックをおすすめします。
|高木《たかぎ》|亜里沙《ありさ》。18歳、家族なし。それが私。
毎日、適当な仕事をこなして、適当なビジネスホテルで眠る。はしゃぐ女子大生を尻目に。
「帰りたいなぁ、施設に。」
あそこはいいところだった。学校に行くだけでご飯はもらえるし、子供たちも先生も優しい。
毎日怒鳴られながら、たまにいやらしい目で見られながら、せっせと働いて。稼いだ金は大体ホテル代に消えてく。
私も環境が違えば、夢とか得られたかもしれないね。花の女子大生にもなれたかもしれない。
こんなこと考えても、どうしようもないのに。考え続けてしまう私がいる。
みっともない。
早くホテルにチェックインしよう。明日も早い。
新たな寝床は綺麗だろうか。朝食メニューは美味しいといいな。|わらび餅《好物》は……あるわけないか。
……思考を中断せざるを得なかった。
左足に、鈍い痛みが走ったからだった。
重い。声が出ない。
ただの痛みじゃない。これは、この感覚は何だ?
家族がいなくて、寂しくて。泣きじゃくって、先生を困らせたあの時。
ああ、あの時感じたもの。名前は、罪悪感。
罪悪感を私は感じている。押しつぶされそうだ。でも、どうして?
何とか視線を後ろに向けた。
見えたのは、変わり果てた私の足だった。
ふくらはぎから下が、ない。
ないのだ。突然途切れていた。何もなかった。お菓子の袋の端っこみたいにカットされている。街灯に照らされた夜道だけが見える。どういうことだ?
血が出ていないのが、かえって不気味だった。
「……嘘だろ。」
もう1つ、見えていた。私の足を奪った奴だと思われた。
黒い狼のようなもの。しかし狼ではないもの。だって、私の足を噛み切ったであろう鋭い歯まで真っ黒だったから。
ハア、ハアと。獰猛な輪郭を揺らしているソレは、私の顔を見た。
にやりと笑った気がした。
住む場所もない。定職もない。家族もいない。美貌もない。五体満足で生まれてきたが、もう左足は……ないのだろう。幻覚でもないでもない。あーあ、そこそこ速くて自慢だったのにな。
この後、命もなくなる。私は悟ってしまった。
目を瞑った。
痛くないといいな。
……覚悟していたものは、襲って来なかった。
「早く来て!この子、足が!」
「結界、張るのが遅れたか……。意識はあるみたいですね。附属病院に搬送しましょう。まだ助かります。|ギルティ《・・・・》の方を、お願いできますか?」
「はい!」
目の前にいたのは、私とそう変わらない年齢に見える青年。姿は見えないが、もう1人いるようだ。声から予測するに20代ぐらいの男だろうか。
黒い狼じゃなかった。
小さな痛みが腕を穿ち、私の頭は霞む。麻酔だろうか。
「1、2、3。よし、車に運んで!」
分かる。私を助けようとしてくれている。
安堵が頭の中を埋め尽くされて、私は意識をゆっくりと手放した。
#2:謎の青年
今回はグロ要素なし。
「ふんふふふん♪ふんふふふん♪」
誰かの、鼻歌。
正直に言って、下手くそだった。音程がズレている。これはきっとチューリップ。童謡の、チューリップ。
……うん?意識がある。生きてる。
「はっ!?イ、イッテー!」
「あ、起きたんですね!おはようございます!」
こんなところで寝てる場合じゃない。早く支度しないと、仕事に遅れる。つまり、毎日の生活費でカツカツな私の懐事情がかなり厳しくなる。
飛び起き、なかった。正確に言えば、飛び起きることは出来なかった。猛烈な痛み。私の左足を貫く、痛み。
「そうだ、左足!え、治ってる!?」
布団をひっぺがす。
私の左足の傷口はない。つま先までキチンとある。良かった。夢だったのか。しかし、夢ならなぜ病室のような場所にいるのだろうか。
「治ってませんよ、君の足。」
「治ってるだろ、どう見ても。……あれ、いたの!?」
私は先程まで、誰かの鼻歌を聞いていたではないか。顔が熱くなるのが分かった。
「ごめんなさい。私、ちょっと乱暴な言い方でした。」
「大丈夫ですよ!平気です。僕のことは気にしないでください。」
彼は無邪気な笑顔を見せながら、植木鉢の花に水をやっている。植えられている花はチューリップではなかった。
というか誰だ、この人。
サラサラ、ツヤツヤ。照明を反射する水色の髪に、輝く太陽を思わせる橙色の瞳。そんな容姿を持った青年が、そこに立っていた。
「やっぱり、治ってますよね。私の左足。」
「よく見てください。線があるでしょう?」
「線?」
青年が私のふくらはぎを指さす。そこに、うっすらと灰色の線が引いてあった。
指でなぞると、窪んでいるのが分かった。
「義足なんです。」
「義足?これが?」
左足の指を動かしてみる。まだズキズキするが、動く。触り心地も人間の肌だ。灰色の線以外は。
「まあ、君が眠っている間に『先生』に頼んで神経とその義足を繋げましたからね。」
「神経と義足を繋げた、って。現代の義足って、こんなに進化していたんですか?」
また足の指を動かす。線をなぞる。詳しく見てみると、少しだけ肌の色が違うように思えた。あったはずのほくろもない。やはり、青年が言う通り義足なのだろうか。
「まあ、うちのファクトリーだけですけどね。こんなに良い義足を作れるの。」
「ファクトリー?あと、あの化け物は何なんですか!私、足喰われたんですよ!?ああ、あと仕事も行かなきゃだし、ホテル代もパーですよ!」
どうしよう。ここはおそらく病院。医療費やらこの質のいい義足代やらでお金が飛んでいってしまう。借金生活、義足生活、ぼっち生活。水商売だけはやりたくない。
私の人生、終わりだ。生きていける気がしない。
「お仕事は連絡を入れましたよ。たぶんクビだと思いますけど。あ、ホテルもキャンセルしておきました。ちなみにあなたが襲われた時の記憶、1週間前ですよ。」
1週間も昏睡していたのか。
「ああ、あの仕事給料も良くてやる気も出る方だったのに。どうしてくれるんですか!」
一週間前なら、もう挽回は無理だろう。リハビリやら何やら、いろいろあることもある。社会復帰するのはまだ後だ。その間の生活費はもちろんない。
「僕と、うちで働きましょう。」
「……は?」
病院で、働く?いや、看護師とか医者の免許を持っているわけでもないし。雑用係か?
「あ、さっきの質問答えてませんよね?もう一度聞きます。」
息を一度吸う。そしてまくし立てる。
「あの化け物、だから何なんですか!この義足の技術は?病院代とかどうすればいいんですか?ここで働くってどういうこと!?あと、あんた誰!ここどこ!」
「パニックにならないでくださいよ!おっと、最後の2つの質問は、さっと答えられるので答えちゃいますね。」
青年は私の目をしっかりと見て、ぺこりとお辞儀をした。
「ここは特別保安局。あの化け物を討伐する組織です。詳しく言えば、保安局内の病院ですね。」
「とくべつほあんきょく、ねぇ。聞いたことないわ。」
「僕はソレイユです。一応、あなたを助けた人ですよ。あ、人じゃなかった。」
彼、もといソレイユはサラリと言った。とても重要で、信じられないことを。
「何が何だか分からなくて怖すぎる……。」
「詳しくはコマンダー、僕たちの上司が説明してくれますよ!はい、つかまってください。」
「やめろ、恥ずかしいから!」
これは俗に言う、お姫様抱っこの姿勢だろう。嫌だ。この状態で病室の外に出るなどできない。恥ずかしすぎる。
「でも、君は歩けませんよね?おんぶの方が良いですか?」
「はぁ。別に良いです、この方が楽なら。」
「じゃあ、行きましょうか。司令室に。」
全て説明してもらわないと気が済まない。コマンダーとやらに、根掘り葉掘り訊くのだ。生活費も工面しなくては。
頬を軽く叩いて、私は病室のドアを睨みつけた。
#3:入局
今回もグロ要素はありません。
まだまだ局員さん、募集してますよ。
ソレイユの腕の中で揺られること、数分だろうか。
「着きましたよ、ここです。」
目の前にあったのは、焦茶色の重厚な扉。金色の何かで縁取られている。取っ手も金色。
……まさか、本当の金だったりするのだろうか。この特別保安局なる組織の財力が伺える。
「入りましょう。あ、一旦下ろしますね。さっき、連絡はしてあるので、いらっしゃると思うんですけどね……。」
そう呟いて、彼はインターフォンのボタンを軽く叩く。
「コマンダー様、いらっしゃいますか?……はい、はい。ありがとうございます。」
ガチャリ、と何かが開くような音がした。
どうやら扉の電子ロックが解除された音のようだ。
「入れますよ!ドア開けますね。」
私はなんとか壁につかまって立っていた。ゆっくりと金色の手すりを掴んで、体重を移動させる。鈍い痛みを放つ足で、そこに踏み込んだ。
「いらっしゃい。あなたが高木亜里沙さんね。」
そこに堂々と座っていたのは、この部屋のあるじであろう少女だった。
白く、輝く綿飴のような不思議な髪。その髪とは対照的に、墨のように黒い瞳。顔立ちは幼いのに雰囲気は大人の女性のそれだった。そのアンバランスさが美しい、そう思ってしまう。
「わたしはここの局長……コマンダーをやっている、ミナと言います。よろしくお願いします。」
ソレイユの体を掴んで、ふかふかしているソファに座る。
柔らかく、優雅な香りが鼻腔をついた。少女、もといミナさんが紅茶を運んでいた。
「コマンダー様!?」
「良いのよ、わたしがやりたかっただけだもの。実はこっそり練習していたのよ、紅茶の入れ方。まあ、付き合ってちょうだいな。」
しばらく紅茶とミナさんを、ソレイユの視線が行ったり来たりする。
「……分かり、ました。そういえば、アシスタントの方々はどこへ?」
頬に手を添えて彼女は発言する。この仕草がとても自然で、良く似合っていた。
「今、サポーター情報課の子たちと擦り合わせを行っているわ。いつもそばにいるわけじゃないし、わたしにだって1人の時間が欲しい時くらいあるの。それにわたし、弱いわけじゃない。自分の身くらい守れるわ。」
「でも、あなたがいなくなると、この組織は回らなくなるんですよ。」
「いいから!」
手を叩いて、ソレイユを静止する。一応ソレイユは黙った。まだ言いたいことがありそうな表情だった。
「本題に入らないと、ね?」
「そうですね。」
一息ついて、紅茶を飲むソレイユ。私も一口、口にその液体を含む。
「色々訊きたいことがあるんでしょう、亜里沙ちゃん。」
……さて、もちろんたくさんあるわけだが。何から訊こう?
「じゃあ、あの怪物について。あんなの見たことないし聞いたことないし、本当に何なんですか。危険すぎますよ、あんなの。」
「そう。あれは『|ギルティ《・・・・》』よ。危険すぎるから、わたしたちが排除しているの。」
「やっぱり、狼じゃないんですよね。狼型なんですか?」
「その個体はね。」
微笑んで、ミナさんは自分の紅茶に角砂糖を落とした。また、ふわりと紅茶の香りが部屋に広がる。
「その個体は?」
「そう。姿は個体によってまちまちなの。人間には普通は見えないから、あまり関係ないかもしれないけどね。……よいしょ。」
立ち上がって、何やら重そうな本を持ってくる。私にも見えるように、向きを調整して彼女は本を開いた。
「何が原因で生まれたのか、どうすれば絶滅させることができるのか。まだ未知の怪物なの。人間には見えないし、対抗することができないほど強い。それに喰われたら……。」
「喰われたら?」
恐る恐る、続きを促してみる。
「喰われたという事実しか残らない。あなたも体を丸ごと飲み込まれていたら、『あなた』という存在ごとなくなっていたところだったわ。」
「ええ……。」
そんな生物が現代にいたなんて。背筋にぞわりと、冷たいものが走る。
「それに対抗するために生まれたのが、ここ『特別保安局』よ。特殊な武器を精製して、特殊な生命体を精製して、奴らに対抗する。一般市民には内緒でね。」
また別の質問を投げかけてみることにした。
「そこにいる彼は、特殊な生命体とやらなんですね。人じゃないって言ってたし。」
「そうです。僕、人間じゃないんですよ。信じてくださいってば。」
「信じるも何も、説明されてないんだけど。」
文句ありげな顔に戻ってしまったソレイユを横目に、ミナさんは私に語りかける。
「彼、そしてわたしは元々人間だったの。とある手術を施して、こうして元気に生活できるようになったわけね。」
「病気だったんですか?元々。」
「分からないの。」
「記憶喪失ってことですか?」
「ある意味、そうとも言えるかもしれないわ。」
どういうことなのだろうか。歯切れが悪い返答だった。
「わたしたち、死んだことがあるのよ。」
言葉が出ない。
「さっき言ったでしょう。『ギルティに喰われたら、その人間の存在がなくなってしまう』の。ギルティ由来の素材を使ってその手術をしているからかしら。手術を受けた人間も、同じようにいなくなっちゃうのよね。」
義足の技術も、ギルティ由来よ。そう、ミナさんは付け足した。
「だから僕も、どういう理由があって死んで、今の僕『リバース』になったのか知らないんです。病死かもしれないし、事故死かもしれないし、奴らに殺されたかもしれないし。」
彼らはリバース、と呼ばれる存在。私は今、それを知った。
「そうなんですか。なんか、ごめんなさい。」
「気にしなくていいですよ!僕は僕だからね。」
ソレイユの瞳に曇りはなかった。
その様子を目を細めて見つめると、ミナさんは私の方へ顔を向ける。
「……さて、勧誘させてもらうわ。ここで働かないかしら、亜里沙ちゃん。わたしは、ギルティに危害を加えられる人がいない世界を目指しているの。亜里沙ちゃんみたいな人が、いなくなることを願っているわ。」
その声には、瞳には、彼女の強い決意がみなぎっていた。
「それに、あなたの生活が苦しいのは知っているわ。」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「うちはお給料も悪くないつもりだし、そうね。特別保安局に入局してくれたら、あなたの義足のケアも無料。うちの局員だからね。衣食住も保証す」
「入ります!」
つい立ち上がってしまったので、大きな音を立ててしまった。左足の怪我も主張を強め、紅茶が溢れそうになる。
「……ついでに、あなたが望むなら『リバース』になるための手術も出来るけど?」
「い、いいですいいです!遠慮しておきます!」
少し残念そうに彼女は笑った。
「そう。悪くないわよ、この体も。足が飛んでも、首が飛んでも蘇ることが出来るし。ああ、お紅茶を飲んで待っていてね。あなた用のお部屋を手配しなくっちゃ。」
足が飛んでも、首が飛んでも蘇ることができる。彼らは想像以上に強靭なようだ。
……私はやめておこう。文字通り自分が自分でなくなってしまうから。
スマートフォンを取って、彼女は少し操作した。
「もしもし?あの子、入局するそうよ。……ええ、寮に住まわせるつもりでいるわ。空き部屋はあるわよね……。」
紅茶を飲みながら、ミナさんが話し込む様子を私は見つめた。
しばらく話し込んだ後、彼女は両手で大きな丸を作る。
「あったわ、空き部屋。病室の方にあなたのスーツケースはあるから、それを持って向かってちょうだい。それから、あなたの手術を担当した医者がもう少しで出張から戻ってくるはずよ。挨拶したいようね。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「気にしなくていいのよ。あなたが怪我をしてしまった原因は、|わたしたち《特別保安局》にもあるわけだし。」
「失礼しました。」
またソレイユの腕を掴む。扉が、重々しい音を奏でて閉まった。
「さて、まずは君の病室に戻らないとですね。」
「私の荷物をまとめなきゃ、ですよね。」
「あ、そうだ。タメ口で話そうと思うんだけど。これから君は僕の後輩になるんだし、いいかなって。」
「別に、良いですけど。」
「ありがとう!あ、亜里沙もタメ口でいいよ!」
彼と話しながら、先ほどミナさんが言ったことを思い出した。
『わたしたち、死んだことがあるのよ。』
楽しそうに、目を細めて私の話に相槌を打つソレイユ。彼にも暗い過去があったのだろうか。
それ以上考えるとと気分が落ち込みそうだったので、私はそこでやめておいた。
#4:中間に位置、担当医師
「ここなのよね。」
「そう、ここだよ。」
到着したのは、入り組んだあの特別保安局本部を抜けた先にあった建物。
ソレイユいわく、局員の住処らしい。
「殺し屋とかそういう人って、いかにも!な廃墟とかビルとかに住んでるけどさ、僕らのところは綺麗だよ!電気ガス水道、働いてる限りタダ。」
「タダ!?」
「あとこれ僕の給料明細!」
「他人に見せるものじゃないから、それ!」
顔を背けても、彼は私の目の前にその紙切れを持ってくる。
「だから、見せびらかすものじゃない……って。」
その額に、目が釘付けになってしまう。
「すごいでしょー、新米の僕でもコレだよ!?死んだ後は局に返還されるんだけどね。だから使わないと損だよ。」
「だからこんなに高額なのね。危険手当ってやつ?」
「そうなのかも。」
ソレイユはポケットに紙切れをしまう。
私はまたソレイユの腕に掴まって歩き出した。
高級感のあるエレベーターに乗り込む。滑らかに上へと箱が動いていき、また滑らかに扉が開く。
さほどエレベーターから遠くない部屋だった。
「えっとね、君の部屋はここ。」
他の部屋にあった金色のプレートには、住人の名前だと思われるものが貼られてあった。この部屋にはプレートはついていない。後々、私の名前が彫られたものが設置されるのだろう。
「合鍵はねー、さっき渡されたはず。あった。これだよ。」
薄いカードを手渡された。
「かざしてみて。」
電子音。それが聞こえたすぐ後に、ガチャリと鍵が開いた音がした。
ドアノブを引く。
清潔感のある室内が見えた。
「キッチンに、リビングに、トイレに、お風呂場。まあ、大体の設備はあるよ。」
2人で室内を歩き回る。
どれもピカピカだった。
これなら日々の暮らしには困らないだろう。
「これが、タダ。」
タダより怖いものはない。恐るべし、特別保安局。
「さて、もう夕方だね。君が起きたのがお昼過ぎだから。どうする?ちなみに亜里沙はまだ病院に泊まるよ。今必要じゃない荷物を置きにきただけだからね。」
ソレイユは大量の荷物を机の上に置きながら言った。
「あ、先生に会いに行こう。」
「先生って?」
「亜里沙の手術をした人。この時間なら食堂にいるはず。自炊は……してるかな?」
靴を履き直した。
どうやらオートロックのようで、緑色に点灯していたランプが勝手に赤色に変わった。
引っ張ってもドアは開かない。
「鍵、無くさないようにしてね。僕は局員証ケースに入れてるよ。亜里沙も、明日受け取りに行こうね!」
表札を眺めながら、ぼうっとエレベーターに乗り込んで、先ほどコマンダーから説明を受けた建物の一階に戻ってきた。
遠くから話し声が聞こえる。
歩くほどにその声たちは近づいてくる。
窓ガラスからうっすら見える椅子、椅子、椅子。そして人。
扉の前まで来たソレイユは私に渡したカードキーと似たものを取り出す。近くのリーダーに当てた。
「カードキーか局員証で開くようになってるんだ。肌身離さず持ってないと。僕らの身分証明書代わりだし。……あっ、いた!ちょうど良かった。せんせー!」
ソレイユが駆け寄って行ったその先にいたのは。
「あ、ソレイユさん。……ダメじゃないですか、彼女を置き去りにしたら。」
「あ。」
棒立ちになっていた私を見て、口を半開きにしたソレイユ。頭をかきながらこちらに戻ってきた。
座っていたその人が、箸を置いた。一つにまとめられている、濃い紫色の髪が揺れた。
「|堂本《どうもと》です。一応、亜里沙さん……あなたの担当医師です。」
女性にしては少し低い、穏やかな声。
アメジスト色の瞳が、こちらに向けられる。
「た、高木亜里沙です。よろしくお願いします。」
「今、資料持ってましたっけ……ああ、ありました。これが明日から亜里沙さんが飲むお薬の一覧です。」
ホチキスで止められたその資料には、錠剤の写真がプリントされていた。
「これ、全部飲むんですか。」
「義足手術、|うち《特別保安局》でしか行っていないものですからね。特殊な薬での後処理も必要なんですよ。もちろん、今日の夜も飲みます。」
「……が、頑張れー。先生の出す薬、苦いらしいけど。」
「嫌になるようなこと言わないでよ。」
「大丈夫ですよ。慣れますって、そのうち。」
「否定しないんですね、苦いってこと。」
微笑んだその顔は、ありえないほど整っていた。
「事実ですからね。じゃあ、失礼します。もうすぐミーティングの時間なので。」
お盆を持って、その人は返却口であろう場所へと去っていった。
「やけに背が高いのね、先生って。モデルか何かみたい。」
座っていたから分からなかったが、私よりずっと高かった。10cmは確実に高い。……私の身長だって低いわけではないのだが。
「でしょ。モデルになれそうだよね。美人だよねぇ。女の人によく間違えられるらしいよ。」
「え?」
女性にしては、低い声と高い身長。
「ま、まさか……。」
「先生は男の人だよ。|堂本《どうもと》|渉《わたる》、28歳。うちで研修を受けて早々に病院内で信頼を置かれるようになったんだってね。カッコいいよね!」
脳が処理出来ない。
「そんなに衝撃だった?ほら、病室に帰るよ。ご飯食べて、早く寝ないと。明日からはリハビリも始まるんだからね。」
まだ先ほどの事実をよく理解できないまま、私は病室に戻った。
#5:メンテナンス
お試しで書き方を変えてみました。今までの書き方と今やってみた書き方、どちらが見やすいのでしょうか。
よければ教えてください。
時系列ガタガタだったので修正しました。
すっきりとした目覚めだった。
昨日酷い目にあった舌は、既にすっきりとしている。
出された病院食を食べて、先生からお薬の説明を受けて、噂通り薬がとてつもなく苦いのを確認した。
人間が飲むものの味じゃない、あのシロップ。想像を絶するほど苦かった。食欲が消え失せる。食後に飲まないとダメだ、アレは。
今日の夜も飲むと思うと舌がヒリヒリとしてくる。
よし、このことを考えるのはやめにしよう。
別を考えて頭を落ち着かせる。
……ちなみに、先生はやはり男の人らしい。看護師さんたちが私の方を微笑ましい目で見てくるので、居心地が非常に悪かった。
考え事をしていた私の視界の端で、静かに扉が開く。
「おはよう、亜里沙。」
「局員って、暇なのね。」
「そこは平和って言ってよ。まあ、新人の僕に任される仕事が少ないからなのかな?」
ソレイユの足取りは軽い。
「さて、今日はリハビリをするついでにクリエイターさんたちに会いに行こう。」
「いつか言ってた、『ファクトリー』ってところに関係ありそうね。クリエイターって名前なんでしょう?」
「うん。クリエイターは技師みたいなもの。みんな優しくて面白い人だから、安心してね!そうそう……君の義足を作った人もいるから、彼から色々教えてもらおう。」
左足の痛みはだいぶ収まった。
あの薬の性能は味を犠牲にしたせいか、かなり高くなっている。
いつまでも入院しているわけにはいかない。働かざるもの食うべからず。薬を飲んで体調が良くなったのだから、リハビリに励むべきだ。
動けるようになったら、失った悲しみも少しは癒えるだろう。
手すりに体を預けて、前に進む。
こっちの棟「ファクトリー」にも手すりがあって本当に良かった。既にここまでの移動でヘトヘトである。
「いいよー!その調子だよー!」
「何よそのかけ声。」
子供の運動会を見にきた親のようではないか。
「あの亜里沙が、ここまで歩けるようになるなんて……。」
「まだ私が起きてから2日しか経ってないけど。そんな『ずっと見てきました』みたいなテイで言われても困るんだけ」
しょうもないやりとりをしていた私の視界は、突然真っ暗になった。
「え?亜里沙?これ、落とし穴!?」
少しの衝撃。柔らかく、軽いものが私の体に当たっている。体を仰向けにすると、心配そうにこちらを覗き込むソレイユの顔が見えた。
発泡スチロールのような、白く丸い物体。それが一面に敷き詰められた床に私は横たわっていた。
数秒遅れて理解した。ここは、落とし穴の中なのだと。
漫画でよく見る、アレである。こんなコテコテのドッキリ、現実世界にあるわけないとたかを括っていたのだが、どうやら存在していたようだ。ずいぶんと大掛かりな仕掛けである。
ここが別棟だとしても、その一階で落とし穴が作れるとしても、いくらなんでも落とし穴を作ることはまずしないし出来ないだろう。誰がやったんだこんなこと!
「ドッキリ」
バッ、と。ソレイユの横に、男の顔がいつの間にかあった。
「だーいせーいこーう!……あれ、見慣れない顔やな。あっ、あの子か!義足作った子やん!」
「ま、まさかこれ、|晴《はる》さんがやったんですか?」
どうやらこの男、晴という名前らしい。ぽりぽりと頭を掻いて弁明した。
「そう。悪いことしてもうたな。ハルさんがそっち行くってことになってたはずやから、ここに落とし穴作っても大丈夫かなって思ってたんやけど。」
うん?その言い方だと、つまりは。
「ソレイユ。もしかしてあんた、間違えた?」
あからさまに視線を逸らして、観念したかのようにがくりとソレイユは項垂れた。
「ごっ、ごめんなさーい!いや、確かにそういうことにはなってたけどさ!亜里沙のリハビリになると思って。あと、大抵のドッキリは見破れる自信あったから。」
「ハルさん、クリエイターやからな。どのドッキリも手を抜かず本気で作っとるから。なめてもらっちゃ困るで。」
穴の上部、片方の顔がドヤ顔に変わる。
「間違いだって分かってて連れてきたのね。呆れた。」
「あは、あははは。」
笑って何とか誤魔化そうとしている。悪化していたら洒落にならないのだが……発泡スチロールのようなもののおかげで、大した怪我はなかった。しっかり緩衝材を置いてくれた晴さんに感謝だ。
いや、その晴さんが落とし穴を作っていたのか……。
「まあとりあえず、ここから引っ張り上げてほしいんだけど。」
私が万歳のポーズで静止したのを見て、ゆっくりとソレイユは腕を穴の中に入れる。
「はーい。」
「おっと。ここはハルさんに任しとき。」
ソレイユよりも長い腕がこちらに伸ばされた。しっかりと私が腕を掴んだのを確認すると、腕の持ち主は一気に私を引っ張り上げる。
先生に負けないくらい、長身だった。先生以上かも知れなかった。
「ほんまにごめんな。」
「あ、大丈夫です。特に怪我もしてませんし。」
「元々上手く接続できてるか確認するつもりやったけど……念入りに確認しとくわ。」
そのまま、そう遠くない清潔感のある小部屋に連行された。謎の電極たちを左足にこれでもか、というほどペタペタと貼られる。
学のない私にはよく分からないグラフに、軽快な電子音。カタカタとキーボードをいじる音。微細な振動が加わる左足。
体感、数十分。会ってからあまり時間が経っていない人間と2人きりだったので、少し長く感じていたのかもしれないが。
「もしもし。ちょっと手伝おてくれへん?流石に1人だと不安なんやけど。人間の義体作るの久しぶりすぎて、いろいろ忘れてるかもしれへん。」
電話を晴さんは、誰かにかけた。
「やだ。だって武器じゃないでしょ。それに、あたしの方が晴よりそういう経験値少ないし。」
「そこをなんとか。」
「……しょうがないわね、今日も晩酌付き合ってよ!」
「もちのろんや!」
晴さんの声しか聞こえなかったが、電話の相手が同僚であることをなんとなく知るのには十分だった。
「もう1人。あと10分くらいで来るはずや。この後は麻酔かけなきゃいけない作業だから、きたらかけるわ。」
無言で頷いた。頷く以外の選択肢はなかった。
また作業する音だけが聞こえるようになり、心を無にしてそれを聞く。
また数十分経ったような気がした。作業音以外の音が、乱入してくる。もう1人入ってきたのだろう。
「はいはーい。じゃあ、かけるで。」
何が、とは。言われなくても分かった。
意識が宙に浮いて、遠のいていくような感覚を私は覚えた。
「お、おはようさん。といっても、もう夜やけど。」
窓はないが、晴さんの発言からもう半日程度経っていることがわかった。もう半日経ったのか。ほとんど眠っていたので不思議な気分だ。
「おはようございます……隣の方は?」
金髪に、コーラルピンクの瞳をした人がそこに座っていた。片目は隠されていた。これまた現実ではあまりお目にかかれない、眼帯というやつだろう。
「メルよ。こいつと同じくクリエイター。よろしく。ま、専門は武器なんだけどね。しょうがないから来たのよ。」
「ほんま、ありがとうな!」
「疲れたわよ。半日も拘束されたし。」
お礼を言われたメルさんはまんざらでもなさそうだった。
「無事に終わったで。この調子なら、もうじき退院や。」
肩の力が抜けた。
「ありがとうございます、作ってくれて。」
あの時助けてもらえなかったら。あの時晴さんが義足を手配してくれなかったら。こうして、笑うことすら出来なかったのかもしれないのだから。
「……さっ、これで解散や。お疲れさん!」
「いつものところ。行くわよ。」
「財布持っとる?」
「持ってる。」
彼ら2人は飲みに行くようだった。
扉を開けた先で待っていた、ソレイユに向けて私も宣言することにした。
「行くわ。コンビニ。」
「病院の売店でいいでしょ。」
「散歩したい気分なの。今ならどこだって行ける気がする。」
「やめておいた方がいいよ、その、ここの近く……出るから。」
「何が?」
幽霊でも出るのだろうか。
「ねぇ、いいでしょ?たったの数十分よ、数十分。」
「……分かったよ、ちょっとだけだからね。」
きれいに掃除されている別棟を出る。よかぜが心地よかった。それに、メンテナンスが終わってすぐだからだろうか、飛んでいけると錯覚してしまうぐらいに体が軽かった。
「行くわよ、夜の散歩!」
「流石に、大丈夫だとは思うんだけど。」
クリエイター二人組と絶妙に距離をとって歩く。近くの私御用達コンビニブランドでちょっとだけお菓子を買った。ソレイユには睨まれたが、もう一つ余分に購入したことがわかるレシートと現品を見せたら黙った。
バリバリとお菓子を噛み砕く音が夜道に響く。
「私たち、共犯だからね。」
「美味しいからいいや。」
「あ、そうだ!ソレイユはどっち派なの……」
振り返って、ソレイユに某人気チョコレート菓子、どちらが好きなのか聞こうとした。
ふいに、心臓が縮み上がった。
つられてソレイユも振り返る。前の2人も、異変を察知したのか気づいたら私のすぐ後ろにいた。
「あら?あたしの可愛い可愛い試作品ちゃんのサビにしようかしら?」
「やめーや!死んだらどないすんねん!」
「あたしは人じゃないの!クリエイターだからって、そう簡単にやられはしないわ。」
と、満面の笑みでメルさんは謎の機械音がする小型ナイフを取り出す。
「そんな物騒なもの携帯しないでくださいよ!?」
「あーあー、亜里沙もツッコんでる場合じゃないよ!」
メルさんとは反対に、緊張した面持ちでソレイユはベルトにつけていた何かからそれを取り出した。
月光を反射する、剣といえそうなものだった。
「だからさっき言ったでしょ。」
同じく月光を反射する、黄色い何か。何かとしか形容できないような形の、蠢くもの。それが数匹。
私の足の仇、といっていいのだろうか。
「このあたり『出る』って。」
ソレイユはきのこ派です。そして亜里沙はたけのこ派です。
戦争するでしょう。ちなみに私はたけのこ派です!
さて、今回登場したのは乾 晴くんとメルちゃん。ありがとうー!
質問(だと思う)に回答します。聞きたいことあったらどうぞー!
Q1:どうやったら特別保安局に就職できるの?
→就職ルートは大きく分けて二つ。生きて入るか、人間辞めてから入るか。
生きて入るルート。堂本パイセンみたいなタイプですね。ミナちゃんやアシスタントさんに引き抜かれてます。ギルティとか見える人が多いです。
あとは……どこかのクリエイターさんみたいに「武器オタクで武器の研究のために法を破りたい」とか、そういう特殊な事情がある人をサポーターさんたちが見つけています。政府の協力も得ているので結構簡単ですね。こっちの場合は奴らが見えないこともあります。
人間辞めるルート。政府と癒着しているので、ある程度のベース……体は手に入ります。
そこから幼すぎたり歳をとりすぎたり、体の損傷が激しすぎない人を見つける。そしてリバースに転換します。記憶はないし行くところもないので目をつけられたら就職するしかないですね。
Q2:堂本パイセンって声まで中性的なの?
→イエス。男性にしては高め、女性にしては低め。男って言われたら男の声ですが。
カラオケに行っても普通に女性キーのところ歌います。
#6:月下臨戦
「そういう意味だったのか!」
「遅いんだよ、今から意味が分かっても!とりあえず亜里沙と晴さんは退避して!」
手に持っていた剣でソレイユは飛びかかってきたギルティをいなす。無防備なこちらに標的を向けたギルティもいた。
咄嗟にしゃがむ。頭の上を生暖かい風が撫でていって、その気持ち悪さに小さく声をあげてしまう。
「えっと……はい!スマホスマホ!とりあえず連絡して、誰でもいいから!関係者の連絡先しか入ってないから!」
「え?」
突然スマートフォンが投げ渡された。運悪く私の手が投げ渡されたものを弾き飛ばして、運良く晴さんがキャッチする。
「あ、もしもし!本拠地近くのイレブンセブン前。|黄色《・・》!戦闘員はソレイユのみ!応援求む!」
奴らに見えないよう、後退しつつ適当な物陰を探す。やけにガラス部分が曇った公衆電話の影に、晴さんの後ろにて息を潜める。
「黄色って……なんですか?」
「うーん、詳しく説明することは出来へんねんけど、言うなれば種類みたいなもんやな。『黄色』っちゅうのは一番多く現れるやつ。弱いし人に危害を積極的に加えるわけやないけど、物とか壊したりするからやっかいねんな。」
「種類、ですか。」
一度逸らした視線を、もう一度奴らに向ける。
こうして観察してみると、うさぎのような形に見えなくもない。黄色で兎。連想したものは私の真上で呑気に輝いていた。
黒い犬、私の足を噛み切ったやつとは別種らしい。正直、こんなに危険な怪物がホイホイ現れるとは思ってもみなかった。
少し遠くの方からまだ、剣(もしくは魔改造ナイフ)をぶつける音が聞こえてきた。一筋縄ではいかないようだった。
何か、手伝えることはないか。少しずつ、頭を公衆電話ボックスから覗かせてみる。
数は確かに減っている。べちゃりとアスファルトに黄色の体液が付着していた。黄色いインクを思いっきりぶちまけたような光景だった。
やがて、それは地面に吸い込まれていく。水が花壇の土に染み込むように。
ただ、次から次へとインクは飛んでくるので、「綺麗になった」という感じはしない。
「うおっ。」
公衆電話の側面にも飛んできた。インクだけではなく、本体もセットだった。
形容しがたい鳴き声を残して、少しずつ公衆電話の側面から滑り落ちる。
「数、多いですね。」
「こいつら、群れで行動するからな。基本的に2桁は超えてるんや。」
質より量、ということなのだろうか。
新米隊員(本人談)であるソレイユ、それから本職がクリエイターであるメルさんでも撃退できるレベルだった。
しかし、量が量なのだ。
減らしても減らしても、一向に楽になっているような気がしない。
「……やっぱり外出なきゃ良かった。だから僕言ったのにさ。」
人間もそれに近しい生命体も通れないような細い隙間。そこからにゅるにゅると、黄色のギルティが路上に飛び出してくる。
「ちょっと、まだなの増援!?」
「さして離れてへんし、もうじき来ると思うんやけどな……?おっと、頭引っ込めて!」
「は、はい!」
また奴らが飛んできた。
「わっ、そっちに飛ばしちゃった!?」
どうやらソレイユが飛ばしたらしい。やってしまった、と言いたげな顔をこちらに向けるも、胸にダイブしてきたギルティを対処し始めたのですぐに顔は見えなくなった。
先ほどの個体とは違って、公衆電話ボックスに叩きつけられても無事だったらしい。
ネズミのような甲高い声をあげると、早速こちらに突進してきた。
「あらら。ここももう安全地帯とちゃうみたいや。」
ヘイトを向けられた晴さんはひらりと奴を避ける。動きが完全に慣れている人間のものだった。
「次はこっちかよ!」
何とか右斜め前に離脱することができた。ギルティと衝突したガードレールの塗装が一部剥がれる。
あれとまともにぶつかったら……考えたくもない。
とりあえず逃げろ。もうすぐ増援が来るはずだから、それまで逃げろ。撃退は考えなくてもいい。
大きさもうさぎ大なギルティは、まだまだ遊び足りないとばかりにもう一度飛びかかってくる。
足は調整してもらったので、ある程度は動ける。今度は左斜め前に移動して事なきを得た。
逃げ回りながら、盾になりそうな大きいものを探す。私が今持っているのは某チョコレート菓子のゴミ、財布、スマートフォン。うん、何一つ役に立たなさそうだ。
気づけば2人が刃物をぶん回す戦場近くにいた。
路上は真っ黄色に染まっている。フィールドをインクで塗りつぶす人気ゲームが今目の前で行われているようだった。
「えっと、盾盾盾……。」
ポツンと放置されていた茶色いカバン。一部がやはり黄色くなっている。
「お借りします!」
命の危機なのだ。無断で借りるくらいは許してほしい。
めげずにタックルを仕掛けてくる奴と対峙する。
数秒、震えた後。ガードが甘かった足元に突っ込んできた。
すかさずカバンを足元に持ってくる。ナイスパリィ、私。
これぐらいの衝撃ならなんとか耐えられそうだった。カバンよ、あそこに落ちていてくれてありがとう。持ち主さん、ごめんなさい。
物にぶつかった後、しばらく動きを止める習性があることは命懸けの鬼ごっこをしたおかげで分かっていた。
カバンを路上に叩きつける。私の身体能力で撃退は出来ない。動きを止められるだけで良かった。
ぐちゃり、べちゃり。ドロドロの体液がカバンから滴り落ちてくるぐらいにはダメージを与えられたようだ。
……命の危機だったのだ。カバンを壊してしまったぐらいは許してほしい。弁償するから。
「してやったり!」
ぷるぷると痙攣するギルティから距離をとる。
無我夢中でしばらく疾走していたところで、誰かとぶつかった。
晴さんではなかった。見知らぬ誰かだった。
「おー、まだやってるな。遅れてごめんっス。」
私にぺこりと頭を下げた後、その人はにかりと笑った。
「オレがぜーんぶ、蹴散らしてくる。」
ようやく、その人が武器を担いでいることに気がついた。
鈍く光るバットである。
「よろしく、お願いします。」
私の返事を聞く前にその人は2人の方へ走って行った。
自然と力が抜けた。カバンにべっとりとついた奴ら体液が私の服に染み込んで、熱を奪って行く。
「ホームランッス!」
「あ、また乱暴に使ってる!|オレンジ《・・・・》、ぶっ壊したら承知しないからね!」
「善処するッスー!」
威勢のいい声がこちらまで聞こえてきた。ついでに、何かが潰れる音も。
「ホームラン、なのか……?」
「ホームラン、なんじゃないですかね。」
気づいたらすぐそばに、先生が立っていた。
「何騒動起こしてるんですか。群れが巨大化する前に対処はできましたけど……今のあなたは足を失ったばかり。そういう状態だと奴らが寄って来やすいっていうデータもあります。」
「初耳です。」
いつのまにか人間が少し多くなった夜の路上。
「罪悪結界張っとけー!ったく、あいつら派手にやったな。揉み消し大変だからやめてもらいたいんだけど。」
「サポーターいなかったから……しょうがないですよ。」
「物的被害どうだ!」
「黄色の割には少ないよ!そういえば、アシスタント来てるんだね。コマンダー様がわざわざ派遣したってこと?過剰戦力でしょ。」
「あ、いた。まだ奴ら増えるのか。ウォリアー!こっち、こっち!」
私の先輩たちが、忙しそうに動き回っている。何やら宝石のようなものを持って祈っている人もいた。何かの儀式だろうか。
「帰りますよ。勝手に外出はもうダメですからね。もうとかじゃなくて、前からなんですけどね。」
「……はい。」
「あとカバン、おそらくメルさんのです。あとで謝っておいた方がいいですよ。」
「…………はい。」
今回ちょろっと登場したのはオレンジちゃん。ありがとうー!
#5.5:参謀たちの一幕
今回は早めに投稿。モチベーションが高いうちに書いちゃおう、ということです。
コマンダーミナちゃんとアシスタントさんたちの回です。
#5.5です。そのうち時系列順に直すつもりでしたが、#6を読んでからの方がわかりやすいと思います。
「オレが、普通の任務に?」
「ええ。これからは、ちょっとそういう機会が増えるかもしれないわね。」
重厚な扉の内側で、2人の女が話していた。
1人は活発そうな、程よく日焼けした女だった。書類が山積しているテーブルの向こうにいる女に視線を注いでいる。
その凝視されているもう1人は、どことなく幼く儚い雰囲気を持っている女だった。綿飴のようにふわふわとした白髪だった。それでいて、怪しい魔女のような、年老いた仙人のような雰囲気も持ち合わせている。不思議な女だった。
「そ、それは……ミナ様の警護が、薄くなるということですし。」
ミナ、とその白髪の女は呼ばれた。
「そうじゃ。ミナっちはここの長で、トップで、他の誰にも変えられない存在なのじゃ。わっちがミナっちを独占できるとはいえ、受け入れ難い。」
小柄な、和服とメイド服を合体させたような女衣装を着た女が活発そうな女とミナを交互に見る。
「本音漏れてるぞ、和装メイド。」
「う、うるさい!この、この眼鏡!」
「眼鏡しか言うことがないのかお前は!」
先程まで資料を整理していた眼鏡の男も話に割り込んできた。和装メイドと言い合いになる。
「はいはい、落ち着いて。わたしが話したいこと、まだあるんだから。ねえ?」
ミナになだめられて、2人は深呼吸をした。
「ミナっちの言う通りにする。今日のところは見逃してやろう。」
「上から目線ですねえ、シノさんは!」
「お前らいつも仲良いよな。そうやってオレとミナ様の前で口喧嘩してさ。」
「は?」
眼鏡の男は無言で手に持っていた資料をくしゃりと折り、和装メイドは可憐な容姿からは想像できないほどの低い声を出し、一気に眼光鋭く活発な女を射すくめた。
「ダメでしょ、|和偉《かずい》。もう一度印刷し直さなきゃいけなくなるでしょう?」
「……申し訳ありませんでした。」
今は開け放たれている、応接室とアシスタントの仕事部屋を繋ぐ扉の向こうに眼鏡の男、もとい和偉は消えていった。
アシスタント。それは、この特別保安局の要であるコマンダーを守り、補佐する役職の名である。
「話がずれたわね。ごめんなさい、オレンジ。」
「いえ!ミナ様のせいではありませんので。」
「わっちに突っかかってきたあの人が悪いな。」
「は?」
今度は戻ってきたら和偉が低い声をあげる番だった。
オレンジという名である活発な女は、一瞬身を固くする。
「それで、なぜなのでしょうか?」
オレンジが先ほどの理由を問うと、ミナは美しい微笑みをたたえたまま返答した。
「そうね。わたしたちにとって、守らなくてはならない貴重な存在が現れたから、とでも表現するべきなのかしら。」
「守らなくてはならない」
「貴重な存在?」
和偉が前半を、シノが後半をそれぞれ呟いた。2人とも苦虫を噛み潰したような顔になる。
「貴重な、研究対象よ。」
「そういえばこの前、珍しくギルティに襲われたのに生還した少女が入院しましたね。」
和偉は思い出した。日々、事務仕事をオレンジとシノに押し付けられているからだろうか。和偉の記憶力は入局する前より強化されていた。
確かその少女の名字は平凡で、容姿もあまり目立たないもので……。
「む、これか。」
アシスタント用の部屋にあるパソコンで、患者の情報を調べていたシノ。どうやら件の少女をデータの海から見つけたようだ。
「高木亜里沙。18歳。女。出身は隣のS県、S市。身長は……」
ここ、特別保安局は建前上、病院兼人間の生命についての研究施設となっていた。
難病を患った人間が、特別な手術を受けるために入院する。すごいところなのだろうが、詳しくは分からない。それが、近隣住民からの評価だった。
その実、ギルティの襲撃を受けた人間の保護や治療専門になっているのだ。
記憶操作、特殊義体装着、リハビリ。現在世間に知られていない技術を安心して使うための措置である。政府公認なので、国に隠す必要はなかった。
「あ!左足が喰われてる!」
オレンジが指差した部分には、こう書かれていた。
『左足を損傷しているため、義足装着。記憶処理はせずに局員として従事させる。分類はサポーター。』
「なるほど。そういうことなんですね。」
和偉1人を除いて、アシスタントはいまいち理解していないようだった。
「『ギルティに襲われたのに、左足を喰われるだけで済んだ』。これは相当なレアケースよ。」
「そういうことですか、ミナ様!大抵は死んじゃいますもんね。人間って、オレたちに比べて脆いから。」
「逆じゃないのか?わっちらが、人間より強靭なのじゃ。」
シノの言うことも一理あった。まだリバースという存在は世間に浸透していないのだから。知らない人間の方が、圧倒的に多かった。
「救出が間に合わずに死亡するか、庇うことに成功し、記憶処理を施して退院させるか。あとは、そうだな。体一部を失ったので義体を装着させたが、術後に傷口が悪化してそのまま……かだ。」
和偉の説明にミナは大きく頷く。
「だから、レアケースなの。局員になることが決まったから、定期的に研究できるのよ。」
「研究が進めば!ミナ様が、オレたちが目指す『誰もギルティに傷つけられない世界』にも近づきますよね!」
満足そうにミナは微笑んだ。今日も良い香りがする紅茶を一口飲んでから、ミナはオレンジに向き直る。
「だから、頑張ってその子を守ってちょうだいね。頑張れ、オレンジ!あなたなら出来るわ!」
「は、はい!」
敬愛する美しい女性から激励の言葉をもらったので、オレンジの頬は赤らんだ。こくこく、と何度も頭を縦に振る。
「シノもいつも通り、警護をよろしくね。」
「ミナっちをお守りするのじゃー!」
「1人でも過剰戦力ですよ。」
和偉の頭では、彼女たちとウォリアーを戦わせたシミュレーション映像が流れる。難なく彼女はウォリアーを蹴散らして、それからついでに現れたギルティたちも一掃していく。
自分を除いたアシスタントは1人で戦車に匹敵するのではないか、という考えがより確かなものになったところでミナの声が耳に届いた。姿勢を正す。
「和偉も、いつも事務仕事全部任せちゃって申し訳ないわ。頼りにしてる。」
「光栄です。」
2人は応接室から和偉のデスクに移動した。
「そうそう。|例の計画《・・・・》の準備は進んでる?」
「はい。現在サンプルの抽出が完了したところです……。」
和偉は淡々と、現在の進捗を報告する。
「そこまで進んでいるのなら、上出来ね。もう少し時間がかかると思っていたわ。嬉しい誤算よ。」
「抽出の段階ですが、実は」
「あら、ちょっと待ってね。」
そこまで言葉を交わしたところで、ミナは手を挙げて会話を中断した。ミナに、誰かが連絡したようだった。届いた文書を確認する。
「オレンジ、オレンジ!」
「はい、ミナ様!何かご用でしょうか!」
「見てちょうだい。情報課のサポーターから送られてきたのだけど……。」
ミナのパソコンに表示されていたのは「貴重な研究対象」である少女がまた襲撃にあったという知らせ。
「早速仕事ですね!それじゃあ、行って参ります!」
バットを担いで、オレンジはバタバタとその場を立ち去った。
「わっちは事務仕事より体を使う方が得意なのじゃ。」
その様子を羨ましそうにシノは眺めた。
「まあ、わっちはミナっちの近くにいられるからいいか!」
パソコンに向かい、キーボードを指で叩くが、すぐに集中力は切れた。
それでも頑張っていた方ではあった。
「……今日もおれがやるんだな。9割方。」
シノは部屋の隅にある、紅茶の茶葉が並べられたテーブルを見つめていた。どれを飲もうか、真剣に悩んでいる。和偉はそんなシノをこっそり睨みつけると、またパソコンと夜をともにする覚悟をした。
和偉のパソコンに映し出されている、計画書。
そのタイトルは「|A計画《・・・》」であった。
今回はシノちゃんが登場です。ありがとうございます!
それから、うちの子和偉くんもですね。真面目ガネくんとは和偉くんのことですよ。
#7:黄金兎
縦書きで見た時に綺麗になるよう、字下げをしました。横書きならあまり気にならないんですけどね。縦書きだと気になる。
治療を受け、主に先生からお叱りを受け、そしてメルさんから睨まれ、ハルさんに慰められたあの日々からしばらく経つ。
リハビリとカウンセリングが日課として染みついて少し経った頃。ようやく私は退院した。
つまりは、ようやく局員として働けるようになったということ。生活費はもちろん、壊したメルさんのカバン代も必要だ。電気、ガス、水道、食費、その他雑費。人間は生きるだけでお金がかかる。
大体は特別保安局が払ってくれるらしいが、お金はやはり用意しておかないと心許ない。
……こんなことを考えても、扉は開かないのだけれど。
そう、今私は扉の前に立っているのである。新しい職場の扉の前に。
さっさと入って仕事しろ!と呆れた顔をする私。いやいや、こんなに綺麗で給料も高いところに勤めたこともないし、緊張するに決まってる!と反論する私。2人ともいるのである。
首から提げているパスカード。これをリーダーにかざすだけで部屋に入れるのに、かざすことが出来ずにここで立ち尽くしている。体感だと1時間。
もう誰か来て欲しい。誰でもいいから私を迎えに来てください。
うんうんと考えているうちに、扉の前ではなく曲がり角の方に向かってしまう私の体。
何かにぶつかった。
「あらぁ、誰かしらこのかわい子ちゃん?」
あまりに大きかったので、私は反応できずに固まってしまった。今まで見たこともないくらい背の高い人だった。いや「人」なのかどうかは、見た目だけでは判断できない。
ハルさんよりも、先生よりも。職業柄、体格に恵まれている人が多いのだろう。
「ナグモちゃん、知ってる?」
それにしても初対面に向かって「かわい子ちゃん」とは。たった今、会ったばかりのこの人との心の距離が遠のいていく。
曲がり角でぶつかった時の0mから、1、2、3。つい足が先ほどまで進んでいた方向とは逆方向へと動く。
「確かに見たことがない顔だな。アンタ、新入りか?」
その大きな人の影から、もう1人。
すぐに人ならざるものだと分かる見た目だった。なぜなら。
腕が壊れていたからだった。
文字通り、壊れているのだった。肩から下の、ほとんどの人間が当たり前に持っている部位が欠損していた。荒く、喰い千切られていた。それでも、地に二本足で人型の存在は立っている。
「……はい。」
かなり間を空けて、ようやく捻り出した陳腐な一言。
「てっきり誰かのカノジョちゃんなのかと思ったわ。こんなに可愛いものね!」
「そんなわけないだろ、フェイバ。本部に彼女でも連れてきたらお咎め食らうぞ。下手したらリバース化。もしくはコアを取り出されて……死ぬ。」
物騒だ。最近周りが物騒だ。確かに私は誰でもいいから迎えに来て欲しいって願った。訂正しよう。誰でもよくない。
「君たち、何の用だ?サポーターのところよりクリエイターのところ向かったほうがいいんじゃない?早く腕直してもらいなよ。」
「いや、それはそうなんだけど。アタシたち、ちょっと伝えときたいことがあってね。」
きっと、周りが物騒なのでなくて、私がまだここに染まりきっていないということなのでもある。
だからといって、私はそれに染まっていいのか?
「あと、そこの君。突っ立ってるそこの君。」
振り返れば、先ほどの2人が不思議そうな顔で立っている。そして、またも見たことのない人間と思しき人の姿があった。
「高木亜里沙さん?」
「はい!そうです!遅れてすみません。部屋の中、連れてってください。今すぐ!」
「え?あ、どうぞ。」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を一瞬して固まるも、すぐに扉を開けてくれた。
「あ、アタシたちも失礼するわね!」
この人たちも来るのか。それなら中に入った意味があまりないような気もしてくる。
「だから、クリエイターの方に」
「それはそれであとで行く。ちょっと見てくれ、コイツを。」
顎を怪我した人が、大柄な人がいつのまにか持っていたケージを見つめた。
「元気がいいわねぇ。」
かん、かんと、内側からケージを叩く音。
「生け捕りか。研究が進むな。ありがとう。」
兎がいた。
兎は兎でも、黄金色に輝く兎だった。少し前に命を脅かされた、あまりいい印象ではない兎が入っていた。
「じゃ、アタシたちは失礼するわね!またね、ナロちゃん、亜里沙ちゃん♪」
「お疲れ様です。……腕、お大事になさってください。」
「ありがとう。アンタに次会う時は、腕も直ってるはず。」
私が小さく会釈すると「フェイバ」と呼ばれたその人は、大型犬を連想させる人懐っこい笑みを見せた。
腕を怪我していた青年も、表情を緩める。
「特別保安局では、背が高いやつも腕とか足とか壊してやってくるやつもざらにいるんだけどね。まあ、そのうち慣れるよ。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
そのまま、オフィスらしきところに入った。机とコンピュータが並び、忙しそうに人々が行き交っている。
「僕はナロ。これからよろしく。」
「よろしくお願いします。」
「万年人手不足だからね。入局早々、主にこいつのせいで忙しくなると思うけど、頑張れ。」
私にしてきたように、ケージにも体当たりしている。ガタガタとケージが震えて、嫌な音が鳴る。
「ちょっと静かにしてくれないかな。解析、進めたいんだけど。」
「……僕、解析進めましょうか?」
「任せてもいい?」
「はい。僕に出来ることといったら、これくらいしかないので……。」
「そんなことないと思うけどな。」
同僚らしき人にケージを任せて、ナロさんは大きく伸びをした。
「君、この前あいつに襲われたんだっけ?」
「近くにウォリアーの知り合いがいたので良かったんですけどね。いなかったら私、今ごろどうなっていたか。」
「最近目撃情報が増えている、っていうのは本当だったのか。」
ナロさんは、彼のものと思われるコンピュータを起動した。
「通称、黄金兎。もっと短くして、兎とか呼ばれることもあるね。ちょっと可愛いかもしれないけど、十分人を死に至らしめる、危険な存在だ。」
電源ボタンからキーボードになめらかに指が移動する。ディスプレイに映し出された写真の中で、金色の兎が輝いた。
「こいつへの対策、そろそろ本格的にしなきゃいけないかな。」
机に置いてあったメロンパンに手を伸ばしかけて、引っ込めたナロさん。
「その前に君の机とか、オフィスについてとかも説明するよ。」
その後、ナロさんにオフィスについてや、やってはいけないことについて叩き込まれた。部屋に戻ったころにはヘトヘトだった。
私は特別保安局で、やっていくことができるのだろうか。
一抹の不安が心によぎる。ナロさんから帰りにもらったメロンパンを頬張ることで、少しだけそれは解消された。
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CASE1:金色に輝く満ちた月
今回登場したのはフェイバくんとナグモくんとナロくん。お名前は出てきていませんがあの子もですね。ありがとうございます!
〈書き忘れていた設定を書くコーナー〉
一応設定があります。
Q.なんでギルティに喰われると存在が消し飛ぶの?
A.ギルティが人を喰らう時に出る特殊ホルモンの影響でこうなります。周りの人間の脳(リバースのコア)に直接作用します。
流石に舞台である東京都、関東圏から出るとホルモンの効果はありません。旅行から帰ってきたら友人の存在なくなってるんだけど?という事態もありえます。
その場合は特別保安局が速やかに記憶処理を行います。もちろん上層部がデータを回収してから。
Q2.なんでリバースになると記憶と存在が消し飛ぶの?
A2.転換は人間の脳への負担がとても大きく、廃人にならないようにするために記憶領域全消去を行っています。そうでもしないと生きる屍になります。リバースにした意味がなくなるんですね。
また、人間の脳がコアになる際にどうやらギルティが捕食時に放出するホルモンが分泌されるようです。
#8:イレギュラー
真夜中の路上。あくびを噛み殺しながら、私たちは行進を続けていた。
「それで、何で私についてきて欲しいんですか?」
まだ書類仕事にも慣れていないのにもう現場か、と付け加えようとした。その前にアシスタントさんが口を開いた。
「現場と書類仕事と研究、どれに適正があるのか分からないからっスね。」
「なぜここにいるんだ。君たちアシスタントも別に暇じゃないだろう。」
「うん?ああ、『兎』はまだ分かっていることが少ないギルティだから、オレがついて行った方がいいってミナ様が。」
「それはそうだが……。」
|アシスタント《上層部》がいるからか、ナロさんは少し緊張しているようだ。
いや、私以外の全員がナロさんと同じ考えのように思われた。そのうち、アシスタントの権威がピンとくるようになるのだろうか。
「まあいいじゃないっスか。任務をこなすにあたって、戦力は多い方がいい!」
速度を一度落として、背負っている金属バットを撫でると、またオレンジさんは歩き出す。
今日は分厚い雲がときどき月を覆い隠している。私たちが特別保安局を出る前に雨が降ったようで、道路は薄暗く湿っていた。きらめいたり曇ったりする水たまりを靴で叩き、スーツに嫌な感触とシミをもたらす。
「……!」
「ルレットさん、奴らがいたんですか?」
上品に首を傾げて、どこぞの令嬢じみたウォリアー、ルイセイさんが問う。
「……。」
ルレットさんはこくりと頷き、表情筋を動かすことなく銃を構えた。宵闇に溶け込む、墨のような黒色のピストルを二丁。
「ルレット」さん。今日の昼、現場に行くと知らされて、初めて会ったウォリアーの少女。顔合わせの時も、彼女は一言も発しなかった。無言でお辞儀し、すぐに明後日の方向を向くだけだった。
「結界をお願いできますか?」
貴族令嬢を彷彿とさせるようなその声にあわせて、ウォリアーたちが武器を抜いた。私たちも仕事道具を用意する。
サポーターのオフィスにルイセイさんは訪れたことがあったので、私もぼんやりと顔は分かっていた。間近で洗練されたオーラに晒され、自分の品のなさが否応なしに分かってしまった。少し悲しくなったのは、彼女には秘密。
「了解です。」
先輩からレクチャーされたことを、ついに実践する時だった。
半透明の綺麗な結晶を、手のひらに乗る程度の器具に重ねた。鈍い駆動音が静けさを破っていく。音の広がりに伴って、緑色の結界も広がっていった。
ぐわんぐわんと頭を揺さぶられるような感覚に襲われる。辛い。胃がじくじくと痛み出す。出来ることなら、今すぐにでも逃げ出したい。
結界を張った代償だった。人間にだけ訪れる、精神的苦痛。ちっぽけな私は耐えるしかない。
「う、気持ち悪い……。」
「高木サンもそのうち慣れる。しばらくの辛抱だ。」
サポーター、という人間でもつける職業でも、やはり人間の比率は低かった。周りがリバースだらけで少し引け目を感じていたところで知り合ったのがこの人、酒匂さん。
しばらく特別保安局に勤めているからか、この結界が与える精神的ダメージも平気そうだった。
「今日はチョット少なそうだなァ。何でだ?」
「〈回収〉が済めば分かるかもしれませんね。……行きますよ。」
酒匂さんの問いかけに答え、一呼吸おいて飛び出していったルイセイさん。
曲がり角の向こう側、そこに兎がいるのだろう。重い銃声、鈍器を振り回す音、刃物が空を切る音。全てが空気を揺らす。音が収まったところで、邪魔にならない程度に覗いてみた。
「……。」
ルレットさんは確かにギルティを撃ち抜いていた。銃声もしていた。黒光りするそれは、薄く煙を吐き出している。
ただ、彼女が撃ち抜いたものの色は金色ではなかった。それだけだった。
「ハズレだな。給料にはなるからいいけど。」
同行していたウォリアーの1人、コンゴウさんが液体になったギルティに触れる。
給料になるからいい、という意見にこっそり同意する。
「これ、よろしくな。」
手渡された赤色の欠片には、まだ温かい同じ色の液体が付着していた。
「ほとんど赤だなァ。」
「黒もいますね。奥に残っているので、まだ近づかないでください。」
黒。ついその単語に肩を震わせた私を気遣うように、局員たちは手早く黒い結晶の収集作業を進めていく。
……この個体は足を盗ったやつじゃないし、もううずくまって助けを待つ一般人じゃない。私はもう守る側だ。だから、動かなくては。
足を動かし、屈み、手を伸ばす。窓ガラスを思いっきり割ったかのように、散らばっている結晶たちを背負っているカバンに収納する。
この結晶、ギルト結晶を運搬するのは私の役目だ。使い道は多岐にわたる。
先ほどの結界の展開、維持、ウォリアーの武器の製造。さらには協力施設で燃料の原材料として利用されてもいるらしい。エネルギーを抽出し、医療や滋養強壮食品としても使われているとか。
国から渡される予算だけに頼らないための知恵だった。
「……!」
ふと顔を上げたその時、顔の左側を風が撫でた。空を切る音がして、目の前に黄色いインクの塊となってギルティが砕け散る。
「!」
ルレットさんがこちらに駆け寄る。私の周りをゆっくり一周した。どうやら怪我がないか確認したようだ。
「流石ですね、ルレットさんの探知能力は。」
「ようやくメインディッシュだな!」
「メインディッシュ、って何だ?今度ミナ様に聞いてみるか。ま、今はぶっ倒せばいいんだろ!」
三者三様の反応をする戦闘員。次から次へと現れる兎を屠っていくその姿を見届けて、ギルト結晶を回収しようとした。
「あれ?」
住宅の塀、そして道路には蛍光色の液体がべっとりと付着しているのみで、煌めく結晶はどこにもない。
「これが兎のやべェところだな。」
「生体だけじゃなくてできれば液も欲しいってアイツが言ってたからな。」
瓶をいつのまにかナロさんは持っていた。匙で掬って液体を詰めながら続ける。
「|ギルト結晶が体内にない《・・・・・・・・・・・》。これがおかしいところだ。」
そうだ。コンビニ前で兎に襲われた時も、兎はギルト結晶を残すことなく溶けていた。
「前に私に言ってましたよね。ギルト結晶はギルティにとっての核であり、倒すと必ず手に入るって。」
「ああ。イレギュラーってことだ。倒しづらいとか、そういうことはないんだがな。」
ナロさんがあらかた詰め終わったので、私たちは別の体液だまりに移動する。いくつか瓶を用意してきているようだ。
「でも困るよなァ。ゲームで言えば、戦闘に勝ったのにご褒美が貰えないってところだからなァ。」
「ギルト結晶による恩恵が得られないのに、兎に対応する時間は増えている。結界を作るのに結晶を使う必要もあるしな。なぜ突然兎が増え始めたのかを早急に突き止めなくちゃいけない。」
瓶が満杯になったところで、ナロさんは掬うのをやめた。
「しかし、何もヒントがないからな。」
「……。……?」
「ギルティ!?」
すっと現れたルレットさんをギルティ呼ばわりしてしまい、彼女はむっとしたようだ。
「……!」
ルレットさんは私に冷たい視線を浴びせると、すぐにウォリアーたちが戦っている方を向いた。
「ごめんなさい。その、兎について何か分かったってことですか?」
こくりと頷いたルレットさんは、スマートフォンの画面を突き出した。近すぎてよく見えないので後ずさる。
「これは?」
ナロさんと酒匂さんも瓶を片付けて、スマートフォンを覗き込んでいた。
「合体?」
「子供の粘土遊びって感じがするなァ。」
球体に、兎をたくさんくっつけたようなギルティ。ピントは綺麗に合っていて、それの歪さを鮮明にしている。
ルレットさんが今戦場と化している場所を指差した。どうやら、もうじき戦闘が終わるようだ。
化け物としか形容できない叫び声をそいつは上げた。そして、自らと融合していた兎を引っ剥がして投げるところだった。月の光は分厚い雲に遮られ、その兎の金色は濁る。
金色の液体がぼとぼととこぼれ落ちている。あまり体力は残っていないのだろう、最後の抵抗という言葉がしっくりと来た。
俊敏に飛んでくる兎をオレンジさんが叩き割り、ルイセイさんが本体を深く突く。ゲームセットだった。
大量にインクを吐き出す亡骸を尻目に、結晶を探す。虚しく水音が鳴るだけだった。
「もう他にギルティもいないんじゃないか?」
あたりをしばらく観察して、ルレットさんが首を横に震わせた。コンゴウさんに加えて、ルレットさんも索敵したのだから、危険はないと見て大丈夫だろう。
「帰ろうか。お疲れ様。」
ナロさんの一言で、張り詰めていた空気が弛緩する。特別保安局からそう離れていないので徒歩だ。元々ギルティだった液体は地面に染み込むし、建物なども壊していないので、後処理をする必要もない。
「ナロさんもお疲れ様です。」
「メロンパンがより一層美味しくなるな。」
「ふわふわメロンパンですね?」
先頭で穏やかな瞳をして、ルイセイさんと会話するナロさんを私は眺める。今日のナロさんはルイセイさんを見つめていることが多かった気がする。
もしかしたら「今日の」ナロさんという表現は間違っているのかもしれない。
「あの目はまるで、恋をしているみたい。」
「俺は恋をしたことがあるかどうか分からないけど、多分そうなんだろ。」
「……。」
私の意見にウォリアーの2人は同意した。片方は無言で。
やはりそういうことなのだろうか。私の気のせいではないということなのか。
「初々しいなァ。ちょっと羨ましくなる。」
「三角関係ってことか!?」
「オレンジ、多分違う。」
オレンジさんとコンゴウさんが三角関係について議論を交わし始めたところで、酒匂さんはぽつりと漏らした。
「そういうことじゃねぇんだよ。懐かしくなる、っていうか。今はもう、分からないけどな。」
寂しげに目を伏せた姿に釘付けになる。どう彼に声をかけてあげればいいのか分からなくて、結局私はその後ずっと黙って歩くのだった。
今回初登場したのはルイセイちゃん、酒匂くん、コンゴウくん。参加ありがとうございます!
※ルレットちゃんは私考案です。これからもちょこちょこ出ます、おそらく。
EX:ゆらめく心とクリスマス
一人称と三人称が一つの小説に入っていて紛らわしいですが……亜里沙ちゃんメインの話は一人称で、それ以外の子がメインの時は三人称で進めます。
ちょっとゆるい、誰も死なないハッピー世界線でのお話です。謎時系列。
穏やかな日光でじんわりと温まって、氷が溶けるように、緩やかに瞼が開く。
ぴりりり、ぴりりり、と。喚く電子音を宥めて体を起こす。ほんの少しのだるさを振り切る。
意識が覚醒してきたようだ。ぼやけなくなった視界で枕元のスマートフォンを確認すると、そこには日付と時刻が映し出されている。
12/25。7:05。
一回目のアラームでは起きなかったようで、元々設定していた時刻より5分遅れて目覚めたようだ。
「おはよう。」
誰もいなくても欠かさずするようにしている朝の挨拶をすると同時に、スリッパを履き損ねてフローリングの床に熱を吸われた。思わず唇を歪めてしまう。随分と寒くなったものだ。
私が幼かった頃は、こんなに寒かっただろうか?
いや、私が幼かった頃は、今より寒さに強かったのだろう。送られてくるプレゼントがあったから。
児童養護施設の子供達にどこかの誰かから送られてくるクリスマスプレゼント。
朝、いつも寝坊しそうになる私も飛び起きて、ちょっと年上の子とこっそりプレゼントを見に行ったのだっけ。そして、クリスマスツリーの下に艶々とした、確かに何かを包んでいる箱を見つけて大喜びしたのだっけ。
流石に高校生になってからはクリスマスプレゼントに一喜一憂することもなく、バイトに勤しんでいたのだけれど。
昔を懐かしみながら、冷水でさらに意識をはっきりさせる。支給されたお金で買ったお気に入りの菓子パンを頬張り、歯を磨き、いつものスーツに着替える。
クリスマスだからといって変わったことはなく、ただ粛々と朝のルーティンをこなすだけだった。そして、世の社会人と同じように粛々と業務をこなすだけなのだろう。
ドアを開けるまでは。
「……何だ、これ。」
ドアがいつもより重いような、引っかかるような気がした。
ずりずりと何かと地面が擦れる音。顔をドアから外に覗かせて、それとご対面することになった。
赤い袋に緑のリボン。補色、というのだっけ、この組み合わせは。お互いの色が目立つとかなんとか。遠い中学校の美術の記憶を数秒間手繰り寄せようとして、諦めた。
補色とかはもうどうでも良かった。赤と緑。そう、クリスマスカラーだ。
今度は目を擦った。頬を叩いた。それでも目線の先に袋はあった。確かに質量を持った袋があった。
完全に部屋の外に出て、冷たい早朝の空気に触れる。かじかんだ指でそれに触れる。昨日の夜に雪が降ったようで、半分溶けている氷がくっついていた。
箱が入っているのか、袋の一部が不自然に尖っていた。サンタクロースのイラストがプリントされている。ご丁寧に「Merry Xmas」という金のシールまで表面に貼ってあった。油性ペンで「ARISA」とも刻まれているので、正真正銘私へのプレゼントである。
「まさか、私に?」
誰が送るんだ、こんなもの。私に。
私個人宛に。私だけに。届いたことのないプレゼント。
果たして、本当に、受け取ってしまってもいいのか。
「……大丈夫、大丈夫、後から文句を言われたとしても、私は悪くない。」
右、左。泥棒が周りを警戒するような動きで部屋に戻る。
拾い上げた。あまり業務開始まで時間があるわけではないので、玄関に放置することにした。
「ごめんなさい、帰ってきたら開けるから。しばらくここで待ってて。」
今すぐにでも開けたい衝動を抑え込み、また凍えてしまいそうなほどに寒い屋外へと向かった。
「いってきます。」
今日はその言葉を聞いてくれるものがいた。少しだけこそばゆかった。
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「本当にいいんだよね、喜んでくれるよね!?」
「大丈夫ですって。誰がもらっても嬉しいんじゃないですか、それ。」
「そうだよね!?」
「自分以外にも聞いたんでしょう、プレゼントについて。なら大丈夫ですって。」
缶コーヒー片手に、堂本は話に相槌を打つ。
「でも、心配なものは心配なんだもん!」
プレゼントを抱えるソレイユの手には汗が滲んでいた。
「サンタクロースからの贈り物に、自分は文句を言ったことはありませんよ。」
「いや、あの歳でサンタクロースを信じてるかどうかは……。」
口ごもるソレイユを、堂本は一刀両断する。
「夢がないこと言わないでください。プレゼントに愛を込めてこっそり贈れば、誰だってサンタクロースですよ。」
目を一瞬瞬かせてから、ソレイユはにかりと快活な笑顔を見せる。
「かっこいいこと言うじゃん、先生。」
「言ってはいけませんでしたか?」
口元を緩める堂本は、突然左手に持っていた何かをソレイユの頬に当てた。
「わあっ!」
堂本の右側に座っていたソレイユには、それが見えなかったようである。素っ頓狂な声をあげて、体を大きく震わせた。
「ココアです。外は寒いので、しっかり体を温めてから向かいましょう。」
しばらくガサガサとポケットを弄っていたソレイユは、ココアを両手で受け取った。
「現金、持ってないから今度でいい?」
「別にいいですよ、100円くらい。自分の目標は死ぬまでに貯金を残しすぎないようにすることですし。」
「変な目標。」
ココアの缶を開ける音が、深夜の特別保安局内に響く。熱すぎる容器の外側に反して、ココア自体は飲むのにちょうどいい温度だ。
「だって、死んだら自分たちのお金って特別保安局の資金になるわけでしょう?癪じゃないですか。」
「そうかな。」
隅々まで熱と甘さが行き渡る。緊張がほぐれていって、今なら秘密のミッションもこなせそうな気になってくる。
しばらく2人は何も言葉を交わすことがなかった。片方はぼうっと正面を見つめており、片方は穏やかな表情で甘い飲料を啜っていた。共通点は缶を握りしめていることだった。
ふいにソレイユが立ち上がる。
「残りは終わってからにしようかなって。ダメかな?」
「いいですよ。行きましょうか。そういえば、なんで直接渡さないんですか?」
「サンタクロースからの方が面白いでしょ?」
遅れてもう1人のサンタクロースも立ち上がった。ただいまの時刻は23時ちょうど。
まだ、クリスマスイブである。
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和偉はぼうっと窓の外を眺めていた。室内は異様に静かだ。普段賑やかな2人は外出中だし、キーボードを叩く手も今は止まっているからだった。
「雪、降ってほしかった?」
音もなくミナがやってきたので、和偉は話しかけられるまで気づかなかった。振り向いた和偉を満足げに見つめる上司とソーサーが目に入る。
都合よくクリスマスに雪は降らなかった。そのくせ寒いので、和偉のテンションはいつもより低かった。
「……はぁ、急に話しかけないでください。心臓に悪いです。別に、雪なんて降ってほしくないですよ。歩きづらくなります。」
「顔に出てるわよ。」
「違います!本当に違いますから!」
「さあ、どうだか。」
和偉の隣の椅子に腰掛けて、ミナは優雅な所作で紅茶を啜る。
「雪、ねえ。降った時に、遊べるほど積もったら嬉しいんだけどね。」
「降る日なんて一年に数えるほどしかないのに、積もる日なんて一年にあるかないかですよ。積もったとしてもうっすら。期待しないほうがいいです、そういうの。」
期待はするだけ無駄だ。
和偉はもうこりごりだった。誰かに期待して、何度も裏切られて、いつしかそれを抱きたくなくなっていた。
「期待をしたからといって、お金が減るわけではないのよ?」
「期待すると心が減ります。」
「雨乞いならぬ、雪乞いでもしてみる?」
お茶会をするためのスペースがアシスタントのオフィスには設置されている。そこへゆっくりとミナは歩み寄り、テーブルを端に寄せ、謎の踊りを始める。
「どこで知ったんですか、そんな変な踊り。いいですいいです。見てるこっちが恥ずかしくなる!」
そう言ってはみたものの、ミナを止めることはできないと踏んだのか、和偉は自らの業務に戻った。
ミナの鼻歌が左耳から右耳を通り抜ける。タイピングをする速度も速まる。
「あ」
突然鼻歌が止んだので、和偉はミナの方を向いた。
「ほら、見て。雪が降ってる。」
白い粉のようなものが、T都のビルに、高い高いタワーにまぶされていた。
「今日は降らないって予報だったんだけどな。」
「あら?わたしがアプリの天気予報を見た時は降水確率は90%だって出てたのよ。」
「ちょっと見せてください。」
確かにスマートフォンの画面には、90という数字が映し出されている。雪だるまも添えられている。
「見てない間に変わってたのか。」
「わたし、分の悪い賭けはしないわ。」
「そうですか。」
またコンピューターに齧り付きそうになった和偉の視界を手で遮るミナ。
「何するんですか、もう。」
「あなた、休憩取ってないでしょう。」
「……取ってますよ、適度に。」
「歯切れが悪いわね。嘘でしょう。」
図星だった。
区切りがいいところまで終わらせてから、と決めていたのだが、和偉はズルズルと作業を続けてしまったのだった。
「雪も降ったことだし、外に出ましょうよ。一瞬だけでも。」
「ええ……。嫌ですよ。寒いですよ、絶対。」
「積もってたら雪遊びしましょう。たまには童心に戻って。」
「降り始めたばかりですよ!」
雪遊び。その単語が、和偉の奥底に眠る童心を呼び覚ました。
「あら、付き合ってくれるの?」
「まあ、たまにはこういうことも悪くはないでしょうから。」
幼い頃に出来なかった雪遊びを。今。
小さな小さな期待を抱いてしまっていることに、和偉は気づかなかった。
和偉くんのトラウマには「期待」という単語が関係してきます。
ミナちゃんは分の悪い賭けはしません。ですから、アレも必ず成功させる気でいます。
……もう少しゆるくするはずだったのに、どうしてこうなった!
それではみなさま、メリークリスマス!
#9:向かう者と送る者と
新年一発目のギルティです。今年もどうぞよろしくお願いします。
「ただいま戻りました。」
「あ、おかえりなさい。」
ところどころで会話が漏れ聞こえるサポーターのオフィス。向き合っていたコンピュータから顔を上げ、朗らかに笑った青年が1人。
「持って帰ってきましたよ、ランフェさん。ギルト結晶と体液。」
「お疲れ様です。すみません。ホントは僕ももう少し何かするべきですよね、いつも渡してもらう側で……。」
「適材適所って言いますし。その、私はそういうのが苦手なので。」
ランフェさんの机に山積された書類、そして膨大なデータが内蔵されたコンピュータ。私の視線の先にあるものと私を交互に見て、その人は曖昧に笑った。
「慣れです、こういうのは。慣れれば、得意とか苦手とか関係なくある程度はできるようになりますから。だから、次第に僕は相対的に役立たずに……」
「はい!やめましょうこの話!」
「そ、そうですね。」
ランフェさんは立ち上がる。片手にビン、もう片手に資料の束を持って。
解析を始めようと、ランフェさんは精密機器が集まるクリエイターたちと共通の部屋に向かう。
「結果が出たら、お知らせします。今日はもう遅いので、明日でもいいですか?」
ランフェさんがちらりと時計を確認した。深夜、といえる時間帯だ。体力的にも、このまま分析結果を聞くのは難しそうだ。そもそも昼間に聞いても理解できるか怪しいのである。
「はい、よろしくお願いします。」
「では。……また明日、亜里沙さんに会えることを願っています。」
私の席の方をちらりと見てから、ゆっくりと去っていった。
どうにも、その言葉が引っかかった。
まだ人がいるオフィスを後にする。LEDライトで白く照らされている廊下に、私1人の足音が響く。
途中で何人か、局員とすれ違う。面識のある人には挨拶を先にしたり返したりして、同僚からかけられた今日の仕事に関する問いに答える。ふいに訪れた賑わいから抜け出して、長い長い沈黙を突き進んでいく。
仕事前に腹ごしらえは済ませていたので、今日はそのまま自室に戻ることにした。明日の朝食べる菓子パンだけで大丈夫だ、と言い聞かせながら、迷路のように入り組んだ長い長い廊下を進んだ。
夏はまだ秋に季節を譲り切っていないようで、外は少し蒸し暑い。冷房をかける必要はないが、何かまだ対策をした方が良さそうだ。
そんなことをぼうっと考えながら歩いていると、いつのまにか局員の居住棟に着いた。エレベーターが軽やかに上昇し、慣れた景色に切り替わる。
ただ、どこの階も同じようなつくりのようである。慣れていると錯覚していたそこは、1つ下の階の廊下だった。面倒臭いが、階段で上がるしかないか。
階段の方向に目を向ける。見覚えのある背中を見つける。人工の光を跳ね返す白衣だ。
「こんばんは、先生。」
声をかけても、微動だにしなかった。気づいていないのか、反応する元気がないのか。どちらなのだろう。
「先生?こんばん、は」
私は屈んで、彼が何をしているのか知ろうとして。
それを後悔した。
「……亜里沙さん、こんばんは。」
不幸な交通事故があった場所のように。もしくは誰かの墓のように。
花やお菓子が手向けられていた。
先生の緩く開かれた手にも、綺麗な桃色の花が握られていた。完全にその手が開かれて、握られていたものは花々の群れに加わる。
お互いに何を話せばいいのか、どう動けばいいのか、分からないようだった。思考はぐるぐると動いているのに、体を思うように動かせない。
体感、一時間。いや、それ以上かもしれない。長い長い沈黙の後、自主的な金縛りから先に解放されたのは、向こうだった。
「彼はサポーターでした。あなたと同じ、サポーター。ようやく弔う暇ができました。」
「お墓は、ないんですか?」
「ありますよ。骨とかは、髪とか、そういうのは残ってないんですけどね。丸ごと、いかれちゃったので。」
「丸ごと……。」
左足を噛みちぎられる感覚。それが数回、全身に広がっていくということである。あの恐ろしい苦痛が、精神を苛む苦痛が、もっと強くなるということである。
緩やかに壁際ににじり寄って、寄りかかることにした。胃はキリキリと悲鳴をあげているが、まだ耐えられるだろう。
「……どうして、丸ごと食べられたのに、忘れられてないんですか?」
「彼はリバースだったので。人間を既に卒業しているからか、ギルティに食べられても我々の記憶は飛ばないようです。ああ、リバースには骨の模造品が入っているだけなので、納骨とか出来ませんでした。失礼しました。」
声も朗らかで口角が上がっているものの、目は明らかに笑っていない。
「だから、心置きなく逝けるって人も多いみたいですね。彼もそのうちの1人でした。」
先生は落とした花を拾い直した。そして、白くなめらかな指でそれをなぞった。何度も。何度も。手に持っているものが、まるで戦友そのものであるように。
「戦線に積極的に立って、結界の管理をしたり、傷ついた仲間を自分のところに運んだり……たまに、誰かを看取ったり。」
涼しい風が私の頬に触れてから、先生の髪をなびかせる。髪の隙間から寂しげに細められた切長の瞳が見えて、心臓が跳ねる。
「あっけないものです。帰ってきたらもういないみたいなんですから。自分も彼も何も渡せないし残せないし、残ったとしてもあなた方サポーターが処理すべき面倒な書類ぐらいですよ。」
先ほどオフィスで見た光景がフラッシュバックする。あの書類の山の中に、もしかしたら先生の言うそれがあったのかもしれない。
もしかしたら、いつかは私も薄っぺらい紙になって処理されるのかもしれない。逆に処理をしたり、するのかも……。
そこまで思考したところで、ようやく目の前の景色が動いた。先生が立ち上がって、話しかけてきたのだ。なぜか、私と向き合おうとしていない。
「思い出したことがありました。」
「思い出したこと?」
「はい。あなたに、頼みたかったことです。なるべく多くの人に頼んでおいた方が、絶対叶えてもらいやすいので。」
一呼吸置いてから、先生は告げた。
「自分が、もし死ぬか、それに状態になった時……自分を、リバースにしてください。」
その声には驚くほど抑揚がなかった。感情などはなから持ち合わせていない、機械のような声。
私の返答を待たずに続ける。
「このまま葬られたくないんです。絶対。」
否が応でも引き受けてもらう、という強い意志を感じる。
表情は見えない。見せないつもりなのだろう。ずっと私に背を向けたままで、推測することも難しい。
「分かり、ました。私がどうにかできるかは分かりませんけど。」
「ありがとう、ございます。」
平坦だった声が少しだけ震えた。強張っていた肩が緩んで、息を吐き出す音がそれに続く。
なんで頼みたいんですか、と付け足そうとして、私はやめた。
「お願いしますね。」
ふわりと紫紺の髪と白衣をはためかせて。くしゃりと、まるで花が綻ぶように、幼い子供のように笑った。
……大人なのか、幼いのか。もちろん、普段は頼れて、仕事のことも義体のことも相談できるのだが、ときどきあどけなさを感じる時がある。まさしく今はそうなのだ。
うまく掴めない。信頼できる人だとは思っているものの、どうにもこの人のことがよく分からないのだ。
話すこともなくなって、また私たちは金縛りを始める。
「……じゃあ、また。明日から新しい薬を出しますので、医局に来ること、忘れないでくださいよ。」
「また明日。あなたに会えることを、願っています。」
かけられた言葉を、また誰かに返す。人と人とのつながりが強まったような気がする。
「自分も、です。」
軽やかな足音を鳴らして、去っていく後ろ姿が、ふいに今まで出会った局員たちと重なる。だからなのだろうか、私は肌寒い廊下に自分の身と誰かへのお供物しかなくなってもしばらくそこにいた。
足が動き出すと同時に、腹の虫が静寂を壊す。私は胃の満腹感が薄れたので、ようやく生存本能が仕事をし始めたので、菓子パンを朝よりも前に食べようと思い立った。ついでに、1つ多く持ってきて、名もなき誰かに届けようとも。
供えたとて、届くかどうかは分からない。それでも、きっとそうした方が、私の心の整理がつくから。
私の中に広がっていく、えも言われぬ不安がなくなっていくから。
明日にはどうか、これがなくなっていますように。そう祈りながら、ほてった体を冷ますために、エレベーターではなく階段を使うことにした。
登場が非常に遅れてしまったランフェくんです。お名前なしでは登場が一応していました……。参加ありがとうございました。
迷走しかけているので、展開メモを整理しなくては。時間かけたわりに謎展開が続いている。
もう少し参加キャラさんの出番を増やしたくはあります。もうじき(次回?)あたりから増やせるといい……。
#10:胎動
「おはようございます。」
私が出勤したのを見つけ、歩み寄ってくる影が1つ。
「おはようございます、亜里沙さん。昨日の分析の結果が出たので、お伝えしようかと。」
「おはようございます、ランフェさん。」
口角は上がっていたものの、瞳は笑っているとは言い難かった。不安げに揺れているようだ。
「既に他の方々には連絡しているんですけど、その……やっぱり、兎はどこかおかしいんですよね。」
デスクワークを始めていたり、電話に対応していたり、とにかく仕事をこなしている先輩たちの姿が目に入る。明日からはもう少し早く来た方がいいだろう。
「……起動できました。上と下のグラフを見比べてみてください。2匹のギルティの分析結果です。」
私には到底理解できなさそうなアプリケーションに、意味の分からない呪文のようなコードをランフェさんはなんてことないように入力する。にょきりと左側から伸びてきた棒グラフは、どちらもほとんどが黄色く、申し訳程度に右端に赤色が添えられている。極めてシンプルなグラフだった。
「同じグラフ、ですよね?」
「同じグラフですけど、同じグラフじゃないんです。」
なぞなぞのようなことを言い出した。同じグラフなのに、同じグラフではない。どういうことなのか、さっぱり分からない。
グラフを指差しながら、ランフェさんが付け足した。
「この2つ、別個体の兎のグラフなんですよね。それぞれの『色』の特徴がどのくらい入っているか、というか。」
「赤色とか黄色とか、黒色とか、たくさんの色のギルティがいますよね。何が違うのか、よく分からないんですけど。」
「一応、襲うものの傾向、群れで行動するかしないか、のような違いがあります。資料室に紙の本があるので、詳しくはそちらを見てみるといいと思います。」
「ありがとうございます。……つまり、この二つは別個体の性質グラフのはずなのに、全く同じ値を示している。それがおかしい、ってことで合ってますか?」
「はい、そうです!すみません、言葉足らずで……。」
「全然そんなことないですよ、そもそも私には分析とか、そういうことが出来ないので。」
私は機械音痴気味だ。スマートフォンの操作ならまだ出来るものの、パソコンとなると少し怪しくなる。ギルティの分析を行う機械となると壊しそうで触れない。外回りばかりやっているので、触る機会もそうそうないだろう。
「ああ、他のギルティのグラフも見ます?これは同じく昨日に戦った赤色ギルティの分析結果でして……。」
「本当だ。ちょっとずつ比率が違う。」
赤色、黒色、緑色、白色、青色。
カラフルな棒たちを眺めていると、扉が開く音がした。サポーターと見知らぬ誰かが会話している。服装からして、戦闘員ではなさそうだ。
「そっちも大規模作戦の招集がかかってる。うちの課がまとめた計画書があるから、全体共有をよろしく。」
大規模作戦。知らない単語だ。
少なくとも、今までの私はあまり理解していないまま先輩ウォリアーやサポーターたちについていって言われるがままに仕事をこなしている。10人を超えたことはない。
大規模作戦。飴玉を舌の上で転がすように、それの意味について味わっていたら、見知らぬサポーターさんはいつのまにかいなくなっていた。
「兎についての作戦でしょうか?」
「おそらくは。」
そう返したランフェさんの唇は、強張っていた。何かに怯えているようだった。
手渡された少し厚い紙の束、その文をなぞっていく。兎の出現範囲から推測して、際限なく現れる「兎の秘密」が隠されているであろう場所に突撃する。もちろん、準備を念入りにした上で。そういうことで、おそらく合っているのだろう。
近くの区民ホールを救護所、待機場所として借り、数十人のウォリアーとサポーターを動員する。それが、大規模作戦。
「……私も、準備するか。」
そう遠くない大規模作戦。それまでに、義足を確かめておかなければいけない。
文字通り、足を引っ張ることになったら大変なのだから。
「こんばんは、晴さんっていますか?」
「お、アリサちゃんいらっしゃーい!足におかしいところでもあったん?」
「特にないんですけど……もうじき、あるらしいじゃないですか。大規模作戦。」
「そういえばそうやったか。最近、変な兎のせいで難儀やって聞くさかいに。」
手を振って歓迎してくれた。クリエイターでもやはり大規模作戦のことは知っているらしく、晴さんは頷き、私に椅子に座るよう勧めてくれる。
「ハルさんも出なあかんからな。」
「あれ、クリエイターも作戦に?」
「外で武器とか足とか壊したらどないする。区民ホールの中で待機するだけやけど、一応作戦には参加するわ。」
「そうなんですね。」
「大丈夫やって!いつもとけったいなことは特にせぇへんし、お前さんみたくギルティに会うわけやないから。区民ホールに不意打ちしてこない限り。」
少し顔が曇っていたようだ。私の様子を見て、晴さんは快活に笑う。
私が彼らのことを心配するのも変な話だろう。まだ私は、この職に就いてからそう日が経っていないのだから。逆に私が心配される立場だ。
「気張るんはええけど、体は大切にせなあかんよ?アリサちゃんは人一倍、体に気ぃつけて過ごさんならんねやから。」
「……ありがとうございます。そうですね、無理はしないようにしないと。」
独り立ちしてからあまり触れられていなかった、人間の暖かさ。肉体的な意味ではなくて、精神的な暖かさ。自分が心配されていることへの喜び。心配されないと気が済まないとか、そういうわけではないのだ。ここに来るまでは、気にかけられることがあまりなかったので、実はコミュニケーションに飢えていたのかもしれない。
ゆっくりと、その言葉を噛み締める。
「そうやそうや。あ、アメちゃんいる?ハルさんのお気に入りのやつ。」
「いただきます!」
「はい、どうぞ。」
「あ、美味しそうです……ね?」
手首が、ない。
私が小袋を掴んでから、すとんと向こう側の手首が落ちた。
視界の端に肌色が映る。本来ならば映らないところに肌色、それから赤色がある。
まるまる切り落とされて血がついた、生々しい手、首……手首!?
「ぎ」
「ぎゃあああああー!」
「うわあああああ!?」
気づいた時には目の前に灰色の壁。
横には顔を真っ白にした人間。
「ひゃあああ!だれ、誰ですかあなた!」
「そっちこそ、突然飛び出してきて大声出して……って、生首!?」
「生手首よ、ただのジョークグッズ。」
ようやく相手を認識できた。ここに来てから初めて聞いた声、そう、ソレイユだった。ソレイユの剣を手にしたメルさんも一緒だった。
「いやー、綺麗に引っかかるな、お前さんら。用意しておいてよかったわ。」
「もう来ない!ぜーったい来ないから!」
「クリエイターに頼らず仕事するとか無理やで?」
「違う人に頼む!」
剣を引ったくってから風のように走り去っていくソレイユの姿を、私は呆然と眺めることしかできなかった。
「よく見れば分かるじゃないの、血のつき方とか。」
「突然出されたら分かりませんって!」
「みんながみんなメルちゃんみたいに見破りの天才ってわけやないから。ほんまに不意打ちには気ぃつけるんやで。」
「よく身に沁みました……。」
もうじき訪れるであろう大きな戦いへの緊張感は、既に薄くなりきっていた。
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もうじき訪れるであろう大きな戦いへの痺れを強く感じる。
ようやく、ようやくやってきた。待ち望んでいた、機会。
あたしはあと少しで貴方に。
締め方に迷った結果こうなりました。ノープラン執筆はこれだから良くないんですよねー、それでもノープランになりがち……。
#11:嵐の前の静けさ
真っ白い光が眩しい。
柔らかな自然光、ではなく人工の光で目を覚ました私は右腕の腕時計を眺める。18:54分。それがなめらかに55に変わり、たった今、スマートフォンのタイマーが鳴った。仮眠は終わり、これより本格的な仕事に入る。
大きく伸びをして、意味がないかもしれないけれど腕を十字にクロスさせて軽くストレッチ。それから、腰の辺りを確かめた。確かな重さを持つ、革製のホルダー。一応、訓練はした。それでも、未だ不安が残っていた。弾丸を打ち尽くしたらそれっきりだけれど、護身用としてはちょうどいい小型銃。
今のうちに祈っておく。
どうか、どうか、こいつを使いませんように。
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事前に各自で確認しておいたルート、事前に確認しておいた路地。指定された地点、ポジションでの結界管理。同行するのは私が所属する課のサポーターたち、なんとなく顔を知っているウォリアー十数人だ。かなりの大所帯だ。それに、黒いスーツの人間が複数人、それから目立たないようにはしているが武器を携えた人々がどやどやと乗り込む。コスプレ集団で済ましていいものではなかった。ありえないと分かっていても、部外者に見られていないか、少し不安になる。
……そろそろ、出発だ。もし対処できない危険なことがあったら、予想以上に戦況が悪化したら、ここに戻ってくる。情報を得て帰ってくるだけでも、次の機会に繋がるからだ。
上層階、小さな窓から漏れだす光に背を向けて、一歩、また一歩と街へと踏み出していく。
静かだ。恐ろしいくらいに静かだった。ここは店がちらほらと見られる、そう小さくはない通りなのに、人っこ1人いない。「結界」の効果は絶大だった。代わりに、私の頭がくらくらしてたまらないけれど。
ピピッ、と耳元で電子音が鳴る。
『こちら情報通信課です。指定ポイントCの入り口まで100m。』
風に吹かれ、私たちを拒むような仕草をする木々。ちこり、ちこりと不規則に点滅する街灯。昼間は住民の憩いの場となっているものの、今は全てが不気味でしょうがなかった。それでも、ここから逃げることはできない。向かうしかない。
『サポーターはポジションを守って、決してギルティに1人で立ち向かわないこと、ウォリアーの対処を待つこと。生命を最優先にして、任務に当たってください。治療が必要な場合は医療課へ、機器に異常がある場合やギルト結晶などの資材がない場合は物資課へ、特異個体が見られた場合はすぐに情報通信課へ、通信終了。』
私が兎に襲われた時はきちんとした任務ではなかったので、こういった機器は持ち合わせていなかった。しかし現在は、本部と繋がっているので、いざとなったら救援を呼べる。
あまりやりたくはないが、最後に情報を残すことだってもちろんできる。支援は手厚い。
だからきっと大丈夫。大変なことにはならず、特に長引きもせず、仕事に関係ないくだらない話でもしながら帰れるはずだ。何も起こらないし、起こり得ないはず。
はずなのに、安心しきれないのはなぜなのだろう。びりびりと私の脳に静電気が走り続けているような、喉の奥に異物がつかえて出てこないような、どうにもできない痺れはいったい何なのだろう。
落ち着かないまま、私は公園の入り口、硬いアスファルトに立って、彼らを見送った。
「無理はするなよ!」
外に残るのは、まだ経験が浅い私のような局員だ。内側へと進むサポーターが、
「ありがとうございます!」
内側での戦闘サポート、および一般人を発見した場合の救助を担当するサポーターがだんだん見えなくなる。本格的に建物の明かりが届かない、暗い暗い森の中へと、足を踏み入れた。
さて、私も自分に割り当てられた仕事をこなさなくては。何度目かになる、1人きりでの起動。結晶ホルダーから適当な塊を掴んで、装置の蓋を開いてそれを放り込んだ。
金色の光が辺りを満たしていく。少し遠いところでも、ぼんやりと紅の光が蝋燭の炎のように揺らいでいた。
……やっぱり、静かだ。サポーターとの距離はある程度離れている。たまに外側のサポーターに異常はないか、ウォリアーが見回りにやってくるけれど、一言も言葉を交わすことはない。知り合いでもないので、話しかけることも憚られた。
じゅわっ、と物が燃えるような、焦げるような音がした。黄色の光が、か細く漏れ出す程度になっている。またホルダーから、ひとかけらつまんでセットした。黄色と紫色が混じって、完全な紫の光へと変貌する。
前より消費ペースが速い。兎をはじめとするギルティをより活性化させる。もしかするといるかもしれない、兎に関連する個体をおびき寄せるために。普段、人払いをする程度の濃度よりも高めているらしい。
果たして、兎関連の発見をするか単なる掃除が終わるまで持つだろうか。ホルダーを軽く振ってみれば、からからと乾いた音がする。まだ十分に中身はあるようだ。少し音が鈍いので、普段よりも多く持たせてもらっているのかもしれない。
光が弱まる。欠片を入れる。それの繰り返しだ。たまに兎(もちろん金色だ)が顔を出すことはあれど、すぐに槍やら刀やらハルバードやら、すぐに物騒なものに切り捨てられていくので、私に危害が及ぶことはなかった。
私には。
滑らかに、救急車がやってくる。サイレンの鳴らない救急車は、私たち特別保安局の救護にしか使われない。担架に誰かが乗せられたことは、遠目でも分かった。
誰かが、傷つけられた証拠だった。
プチ解説コーナー
現在登場しているサポーターさんの部署について
情報通信課→ギルティに関する情報を整理したり、一般人にギルティの存在を知られないように影で頑張っている。事務仕事はここ。作戦の際にオペレーターとして参加することが多い。たまに上層部から情報の揉み消しを命令される。
物資課→回収したギルト結晶の管理・流通を任されている。普通に戦線に出ることもあるが、クリエイターと一緒に後方に待機することも多い。元々はクリエイターに組み込まれていた。
(ちょうどいい名前が思いつかない)課
一番多い。亜里沙がいるのはここ。
「外回り」をよくする。一番危険な仕事であり、他の課に移る人も人生ごとやめる人も多いので入れ替わりが最も激しい。その分、揉みに揉まれて経験豊富なベテランが生まれる。
名前どうしよう……。
医局→附属病院で諸々の仕事をする。仕事の内容が離れすぎているので、他のサポーターとの繋がりは薄い。
部より課の方が語呂が良さそうだったのでこうしました。
#12:苦さを抱えては
お知らせです。
2√様考案:ナグモくんについて
私がキャラクターシートのコピーを取っておらず、詳しい内容が分からない状態になっております。かつ、2√様と現在連絡が取れないので、私の記憶で進めさせていただきます。キャラクターの設定を変わっていることもあるかもしれませんが、ご了承くださいませ。
※欠損描写がございます。そういうことです。
やはり、と言うべきだろうか。
今日もわんさか仲間と連れ立って、僕たちに立ち塞がってきた。
片手に携えたそれに一瞥をくれて、僕は構える。本当はちょこまか動くから狙いにくくてしょうがない。これはだいたいの遠距離ウォリアーが思っていることだろう。それでも、働き始めてからこれしか使っていないので今更他の武器に変える気は起きないし、こいつらのために変えるのはなんだか癪だった。
引き絞る。直線的な軌道に合わせて、放す。
「カバーありがとね、ナグモちゃん!」
フェイバの後ろに迫ってきていた兎を撃ち落とした。弾んだした話し方はそのままで、相変わらず引くほど大きい剣を軽々と振るっている。振るって、さらに兎を薙ぎ払った。というよりは潰した、のかもしれない。
豪快な戦い方は変わっていない。得物が得物なので、サポートは遠距離からするのがお互い楽だった。
「それにしても、よくこんなに出てくるもんだな。結界の濃度を上げてるとはいえ、出てきすぎだ。モグラ叩きでもやらされてるのか?」
「実際、モグラ叩きみたいなものなんじゃないの?」
叩いても叩いても、変わらない。終わりはあるんだろうけれど、終わらせる気がないモグラ叩き。このままだと終わる前に体力が尽きるやつもいるだろう。
……やっぱりだ。
新入り組はふらつき始めていた。かなり消耗している。刃がふらついて、うまく目標を切れなくなってきている。
「おっと、危ないじゃないの。アタシのソレイユちゃんに傷がつくところだったわー。」
「……ありがと。」
「アタシの」と言われた時には顔をこわばらせたものの、拒否する元気もなく、素直に礼を言う新米。
既に傷を負っている者が数名。それでもしっかり攻撃を捌けているので、支障があるというほどではなさそうだった。終わり次第手当を受ければ十分そうだ。
そんな姿を横目に、回避しては射って、回避しては射ってを繰り返す。感覚がより研ぎ澄まされて、もともと分かりやすい突進の軌道もよく見えるようになっていく。共有されるほどよい疲労、ほどよい緊張。このぐらいが、最もパフォーマンスが良くなる。
角度を調整する。2頭が被るその瞬間、僕は一気に矢で貫こうとした。
「あっ」
奥の兎を仕留めようと追いかけていたのか、ほんの少し前には見えなかった先ほどの新米……ソレイユ。既に離れてしまった指。ひゅるひゅると風を切りながら飛んでいく鋭い矢。
彼が声にならない悲鳴を上げるのが、僕には見えた。ご丁寧に総司令官の意向により人間より少し薄いものの、残っている彼の痛覚が叫んだ。もともと傷ついていたふくらはぎ、それがさらによじれた。これではもう、まっすぐ立つことは難しい。剣を振るうなどもってのほか。
誤射。またの名を|FF《フレンドリー・ファイア》。ゲームでまれに起こり得ること。それが現実に起こったら、絶対に良しとはされない。震える視界を宥めるように深呼吸をする。それでも、揺らぎは止んでくれない。
「……ごめんなさい。射線に出た僕の責任、だから。」
「とりあえず、帰還して応急手当を受けろ。もう少し確認してなかったこっちも悪かった。」
何らかの理由でウォリアーの体の一部が欠損したら、どうすればいいか。
大人しく帰還するのがいい。変に戦おうとして殺されるか味方を消耗させるくらいなら、戻らせた方が双方にとって良い。つまり機動力を中途半端に取られた近接戦闘を主とする戦士。これは間違いなく、戻るべきだ。
僕たちは人間とは違って、体が欠損したとしても接着することができる。「そういう」準備さえしてあれば、別に難しいことではない。素早く接合すれば、作戦中に戻ってくることだって可能だし、そのために医局が待機場所に出張っているのだった。
……左腕に鈍い痛みが走る。
目を向ければ、いつのまにか手乗りサイズの兎が噛み付いている。右手で剥がして投げ捨てて、それにフェイバが気づいて対処した。
「それなりに少なくなってきたんじゃない!?いやー、ようやく落ち着けるわね。ナグモちゃんも、無理はしないのよ。」
まだじくじくと痛むそこに目を向けた。凹んでいる。血液代わりの液体が染み出している。
「ああ。でも気は抜かず、だな。」
少し離れたところに、サポーターに連れられて戦線から離脱するソレイユの姿がある。それに手元の弓が重なった気がして、僕は目を逸らす。
まだ鈍い後味がしがみついている。運が悪かったら、体の中央をまっすぐ貫いていたかもしれない。中心にある、コアが壊れたら本当に終わりで。もしかすると自分だって。
考えるとキリがなくて、もう直視したくはなかった。少しでも数を早く減らして、消耗戦を終わらせなくては。建前を胸に、僕はまた構え直す。
構え直したところで、通信が届いた。
「緊急連絡、緊急連絡。全体に通信しています。ポイントAにて、黄色の特殊個体が確認されました。戦闘が終わりましたら、速やかにポイントAまで移動をよろしくお願いします。」
肩の力が、緩やかに抜けていった。
いろいろな意味でナグモくんに申し訳ない……書き始めは別にこんなのじゃなかったのに……ごめんなさい……
返信コーナー
Q.キャラクター応募したサポーターは亜里沙さんの同僚ということですか?
A.そうです。応募キャラクターではなく自キャラで設定を組んだ方が物語が円滑に進むと予測されたので、応募は亜里沙と同じ部署のみとさせていただきました。あくまでも「その種の仕事をたいてい受け持つ」なので、諸事情により局員さんによっては結構別種のお仕事をしている場合もあります。
#13:それらは美しくある
とにかく、その日は忙しかったんです。
「またオペですか?」
まあ、大規模な作戦が行われていましたし……自分たち医局が平和ボケしていた、っていうのもあるでしょうね。
大きな手術も、ここ最近はそんなにありませんでした。
だからこそ、印象に残っていたんでしょうね。ここ最近のこと、全部全部。
「堂本先生、何ぼーっとしてるんですか!猫の手も借りたいくらいなんですよ!?」
「あ、すみません。ちょっと最近、寝不足で……。」
「何かあったんですか?悩み事があったら聞きますよ?」
聞きますよ、と言ったくせにすぐに離れていってしまいました。言葉を投げつけただけでした。忙しいから、と分かっていてもどうにも嫌な気持ちが沸き立つのを感じてしまいます。
簡単に聞くとか言ってくれとか、そういうことをポンと出されるのはなんだか違うと思ってしまいます。少なくとも、自分はそうだったんですから。
「あーはい、次は接合ですね。」
先んじて製造された、人間の四肢にそっくりである透明な物体。パッキングされていたそれを取り出して、それに自分は鋭い刃先を入れました。
腹の中の曖昧さとは反対に、滑らかに切り裂かれていきました。
これが終わったら、何か飲み物でも貰いに行きましょうか。そう思いながら、でした。
---
「緊急連絡、ねえ。」
私は放り込んでしまった欠片を拾い上げようと機械に指を思いっきり突っ込む。がさごそといじっているうちに、思わず破壊してしまいそうな気がしてくる。うん、壊してしまうのは怖い。こんな貧乏人には確実に弁償できない。いったい、いくらかけて作っているんだ、こんな代物……そう思いながら、私は手を引っ込めた。
ぞろぞろとウォリアーが列になって戻ってくる。心なしか、疲れているように見える。なんというか、表情筋が強張っているというか。目に光が宿っていないというか。
「おーい、高木サーン。」
「あ、酒匂先輩。」
ぼけっと隊列を眺めていたら、私は先輩に後ろから声をかけられる。
「結構ギルト結晶も無くなッてきたみたいだから、そろそろ補給物資がほしい頃合いなんだよなァ。取りに行ってきてくれないか?補給に割かれてる分だけだと、人手がたぶん足りないだろうし。」
「ああ……。」
別行動していた戦力が一つに集中するというわけであって。それはより、戦いが、兎の殲滅作戦が激化するというわけであって。
まだペーペーである私が「特殊個体」のいるところに向かったとしても、まごついて邪魔になるばかりだろうから、少しでもそれがサポートになるのだとしたら、私は喜んでそうしよう。
「……たぶんジュースとかエナドリとかたくさんあるだろうし、何個かパクってきたらどうだ?あ、ついでにコーヒーももらってきてくれ。」
ぼそっと酒匂さんは付け足した。それから、いつものへらっとした笑みを貼り付けた。
ああ、こういうところなんだろうな。私はバレないように彼の薬指を見た。
丁寧に丁寧に磨かれた、銀色に光る指輪が馴染んでいた。
「……あー、やっぱり、やめておいた方がいいかもなァ。」
「どうしてですか?」
「いや、ポイントCの方と通信が取れてないらしくてなァ。ポイントCの方は、行かねェ方が良さそうだ。」
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『繰り返します。緊急連絡です。ポイントAにて、黄色の特殊個体が確認されました。戦闘が終わりましたら、速やかにポイントAまで移動をよろしくお願いします。』
アナウンスが、道路に反響している。
『ポイントC、応答してください。繰り返します…………』
それを聞く者は誰もいなかった。
『ポイントC?応答モードに入っていないのですか?応答モードの入れ方は』
いや。
アナウンスを遮る者なら、いたようだ。
「……何ですの、これ。」
機器つまんで、耳元にあてた。
元々この通信機器は耳にかけることを想定されているようだった。より明瞭な音声になる。
『ポイントCに不測の事態が起こったものと認識します。』
「まあいいですわ。」
途方もなく、強い圧力が加わった。紙屑を丸めて小さくするように、機械があっという間に不自然に縮められる。
華奢で艶やかな指からは想像できないくらいの怪力、だった。
「向かいましょうか。」
たぶん、わたくしの近くにいるでしょうから。
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無事に買えてよかったです。
レジ袋をそっと撫でました。中にはお気に入りのエナジードリンクが入っています。これじゃないと自分にはなかなか効きません、長丁場になりそうだったので今のうちに買えて良かったです。今回も局員用補給の中にはないと思っていましたが、案の定そうでした。
少し大きめに腕を振ると、かいんかいんと瓶同士が触れる音が聞こえます。耳に心地いい音です。
おや、前に人影が見えましたね。ちょっと迷惑になるから、変に大きく腕を振るのはやめましょう。
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わたくしの前に、人影が見えてきた。
目的地はすぐそこだった。
---
「どうして」
狭まっていく喉を、どうにか、どうにかして開いて、問いました。
「どうして、ここに?」
それは上品だけれど、それは獰猛な笑みを浮かべました。
「こんばんは。」
追加
「あの子」は一応ですね、参加キャラじゃないです……口調被りしちゃってましたが、元々の構想がお嬢様モチーフだったのでしょうがなかったんです。ごめんなさい。