1話完結の短編をいっぺんに置いときます。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
夏の終わりの記憶の底
じーわじわじわじわじわじわじわじわじわじわ
うだるような暑さだった。八月末。夏。日差しは、肌を熱で突き刺しつづけるようだった。痛いと思った。これは火傷になる。君は長時間日差しを浴びると火傷のようになるよ、と皮膚科で言われていた。痛いから嫌なのだ。
じーわじわじわじわじわじわじわじわじわじわ
鉄板のようなアスファルトの上を進む。新しく舗装された白い線と文字がひたすらに眩しくて、目が痛かった。汗が背中をつうと伝って、気持ち悪さを覚える。はるか向こうに見えるアスファルトと、その周りがじわりじわりと歪んで見えて、陽炎だと思った。暑い。
蝉の鳴き声がひたすら暑苦しい。昨日も一昨日もその前も。いつから聞こえているかなんて、もうわからなかった。いつのまにか鳴き出したそれらは、夏が終わるまでは止むことはない。
じーわじわじわじわじわじわじわじわじわじわ
あっ、と思った。蝉が落ちていた。ぼとりと落ちている姿は、生き物らしさを感じない。夏の暑さにやられたのかなと思った。蝉がどういう経緯で死ぬのかなんて知らない。暑さにやられるほどじゃないのかもしれない。なんで死んだかなんて、考えてもしょうがない。
じーわじわじわじわじわじわじわじわじわじわ
蝉の声は、響き続ける。
一匹が死んでもなお、世の中が変わることなんてないのね。ふと思った。
じーわじわじわじわじわじわじわじわじわじわ
じじじじじじじじっっ
うわっ。咄嗟に身をひいた。急にその蝉がこえを上げたのだった。
セミファイナル。そんなくだらない言葉が口をついた。ひとり笑ってしまった。
案外しぶとい。わからないけど、なんとなく、私はうれしくなった。
耳にこだまする。じわじわじわじわ。
夏の終わりになると思い出す、そんな記憶。
漫画を描いた。
まじでまとまりが無さすぎて何が書きたかったのかわからなくなってる。
小学五年生だった。私は、漫画を描いた。漫画とは名ばかりの、紙を六等分のマスに分けただけのもの。セリフは横向きの文字で、キャラクターの顔の向きはほぼ全部同じ。それが五ページ。自分のオリジナルキャラの、内輪ノリの漫画だった。
自信満々だったから、同級生に見せた。「めっちゃ面白いよ」という言葉を私はそのまま信じた。お世辞だったのかなんて、今になってはわからない。朧げな記憶を、脳は勝手に補正しているのかもしれない。
「小学生図工コンクール」と文字が印刷されたクリアファイルを、かつての教科書類の中から見つけた。小学五年のときに、図工で描いた絵でなんらかの賞をとったときの景品のクリアファイル。中身は、漫画とはいえないあの五枚だった。
散乱した部屋で、ひとりそれを眺めていた。描いたときに何度も見返したそれは、すこし黄ばんで埃っぽい。紙に震える指をそわせる。これが、私の原点だったのだ。きっと。
卓上に、それをそっと置き並べた。原稿の入った茶色の紙封筒と、書店で買った漫画家セットと、折れたペンと。
漫画家を志すことなんてもうやめだ。そう思って握ったGペンは、いともたやすく真っ二つになったのだった。こんなに簡単だったのかと、そのあっさりさに呆然とした。
私が筆を下ろしたとしても、世界はなにも変わらない。何度も読み切りを送って、一度だけ漫画賞を取って。それから編集がついて、でも芳しい結果はそれまでだった。
それでも、少年マンガ誌は毎号買っていた。好きだったから。
買わなくなったのは、半年くらい前だっただろうか。あのときの漫画賞で私よりも下の賞にあった名前を、その表紙に見つけてから。新連載と冠して表紙を飾るその名前に、きらきらした目をこちらに向けるキャラクターに、嫌気がさした。破り捨てたい衝動に襲われて、吐き気がして、ぜんぶ耐えて、それでコンビニを飛び出した。
気づけば夜になっている。八時半。母がそろそろ仕事から帰ってくる。
料理は私がすることになっていた。冷蔵庫を見て、カレーを作ろうと思った。カレールウに、人参、玉葱、豚肉、ごく普通のカレーだ。
カレールウを確認する。それから人参を切った。玉葱を切った。とん、とん、小気味良いリズムが生まれた。
ふっとカレーの匂いが鼻をくすぐった。その匂いで、思い出してしまった。
カレーは、一番最初に描いた読み切りの、あの子の大好物。疲れた時はカレーが食べたくなって。あの子がカレーをかきこんで、「おいしい」と笑う顔の描き方を、私は知っている。私しか知らないまま。
やるせない気持ちに襲われた。
ごめん。ごめんね。
瞬きを繰り返した。視界が滲んだのは、たぶん玉葱のせい。
まとめるのが難しい😓 急にカレーの話になってよくわかんなくなったな
世の中、漫画が多すぎる。漫画家も同じだけいる。その中で有名になれるのなんて一握りなんだよなぁと思ってた。
花火行きませんか
リクエストより「花火を見る二人の恋愛もの」
遅れてすみません!!!
内容がちょっとリクエストとずれててごめんです…まだ推敲とかなんもしてないので文章ぜってぇおかしいかもです。
目が合った。すっとそらして、廊下を進む。
すれ違ったのは森島空良だった。知らない人のようだった。久しぶりに見たからなあ、と思う。なんせこの中学は、少子化時代にして750人あまりの生徒を抱えるマンモス高だ。知り合いと廊下でばったりなんてことは、ごくたまにしかないから。
森島空良の、私の知らない切れ長の瞳は、まだこっちを見ていた。ような気がした。
森島空良。もりしまそら。中学2年生。幼馴染。会っても会話すらしなくなったのは、小学校中学年くらいのときからだろうか。私が小学4年生、森島空良が小学3年生。そのくらいのときは、彼は元気な子供だった。突き放したのは多分私で、一個下の男子と仲良くしているとなんだか嫌だと思って、できるだけ会わないようにしたのだった。それからそんな気持ちが過ぎ去っても、喋ることはなかった。そのころには、性格も関係も環境も変わっていたから。
今の彼にあのころの面影はほとんどない。記憶の中の『そらくん』ではない、知らない顔をしている。幼馴染という関係なんて、そんなものだった。
その日は委員会の仕事があって、それで放課後まで居残って作業をしていた。最終下校時刻を過ぎて、あまった仕事も残り少なかったから、手伝ってもらっていた友達には帰ってもらった。私は委員長だから先生に許可を得て、残ることにした。
がらり。教室の引き戸が開いた音が、した。
下校時刻は過ぎているから、先生だろうと思った。
森島空良が立っていた。
無表情な瞳と目が合った。ふたりきり、今度は逸さなかった。
しばらく無言。私は椅子の背もたれに腕をかけて振り向いていて、森島空良は引き戸に手を添えたままで。
委員会で使っていた部屋は2年6組の教室だから、きっと彼はこのクラスなのだろうと勝手に合点しておく。
無言を打ち破ったのは、森島空良のほうだった。
「花火、行きませんか」
花火、行きませんか。
まず、敬語きもちわるっ、と思って、それから話の内容を理解した。花火行きませんか。花火。そりゃあ、八月の花火大会はあるけども。
「は、はなび?」
「あっ、や、べつにその」
森島空良の目が、間違えた、というように泳いだ。つねに動かぬと見えた表情は、焦ったようにひきつった。それはぜんぶ、知ってる人のはずなのに、知らない顔ばかりに見えてしまった。
「え、花火大会のこと?」
「いや、ええまあ、そうです」
知っているけどほぼ知らない人。どう喋ったらいいのかわからなかった。
「ええと…なんで」
「なんで、ってまあ、その……すみません」
しどろもどろというように謝られても、私は何を言えばいいのか。
「で、あの、花火行きませんかっていうのは」
「それやっぱなしで」
言い出しっぺから断られ、話は終わったかに思われた。だが森島空良は煮え切らない表情をする。それを眺めていると、かつての、幼稚園のころの面影が、すこし見えたような気がしてしまった。
それから、私は口をひらいた。
「花火、いこっか」
母親に花火に行くと伝えて、誰と行くのと聞かれて言い籠った。彼氏かと問い詰められ、結局は森島空良だと真実を口にした。彼とは母親同士が仲がいいから、彼のことはもちろん知っていた。それから、これを見ろと母親に渡されたのはビデオカメラで。一緒に見るのはなんだかためらわれて、自室に持ち込んだ。
一本の動画。10年前の日付。子供の勢いの会話を見返すのはなかなか勇気が必要だった。
『おれ、みーちゃんと明日もいっしょに花火みたい!!!』
『そらくんバカなにいってんの! 明日も花火大会なわけないじゃん!』
『ちがう、あー、らいねんって言いたかったの!』
『来年ならいーよ。じゃあ来年と、その来年も』
『じゃあみーちゃん毎年いっしょね! 10年後も20年後もひゃく年後もいっしょね!!』
瞬間、懐かしい記憶が蘇った。幼稚園の時の私と森島空良。恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
このときは、私は森島空良のことをそらくんと呼んでいて、森島空良は私のことをみーちゃんと呼んでいて。
来年も再来年も、とはいったものの、次の年以降はふたりで行くことなんてなかった。
八月の夜の生暖かい空気が、一面を覆っていた。森島空良は上下白黒とショルダーバッグといういでたちで待っていた。てらてらと光るスマホの液晶が、彼の顔を白くつつんでいる。
近づいて、声をかけた。
「待った?」
「いや、今来たとこです」
まるで恋人のような会話だった。しかし付き合ってはいない。関係性がまるでわからない。
あの放課後から、喋ったりはしていなかった。連絡先の交換だけをあの日して、待ち合わせ場所はメールで決めた。開催地の近所のコンビニから、歩くことになっていた。
会話は続いた。横並びで歩くのは、気まずくはなかった。
あの放課後に一瞬見た、過去の面影はいまはない。『花火行こっか』と言葉をかけてしまったのは、きっとあの時、かつての顔が重なったからだ。元気な男の子の、拗ねた顔だった。
「先輩は何食べますか」
それから屋台に並んで、かけられた言葉。いまの彼は、私のことをみーちゃんではなく先輩と呼ぶらしい。
あの映像の中の『そらくん』と、目の前の『森島空良』は、私の脳内でうまく一致しない。
「うーん、焼きそば食べるかな」
「400円…」
森島空良は焼きそばの値段をつぶやいて、財布の中を確認しだした。
私は彼に訊き返した。
「何食べるの」
「僕も焼きそばを…あ、あった、1000円」
「あれ、100円玉は?」
「100円玉、800円分はないので……」
どういうことだと考えて、それから彼は私の分を払おうとしているのだとわかった。
「私の払おうとしてる?」
「まあ、はい」
「いいよそんな、付き合ってもないし」
苦笑してみせた。
森島空良の表情が変わった。もとから無表情な顔面が、こちらを見つめた。
「じゃあ」
どぉん。後ろではじめの花火が鳴った。
「付き合いませんか」
連続してどどぉんと、また鳴って、わぁと歓声が上がった。
振り返ることはできなかった。
森島空良の左手には財布、右手には出しかかった千円札。私の手には同じく財布が握られている。屋台の列の途中、花火のスタート時間。
花火の音は耳に入らない。
森島空良。目が合っている。
心なしか、彼の耳から頬が赤い気がした。
私のこと好きだったの? いつから? なんで? てかなんで今言うの。タイミングいまじゃないよね。
脳内でうまれる疑問は、全部言葉にならずに駆け巡る。
こんな場所で、こんな雰囲気もない会話の途中で。もうやけくそだ。
「そらくん」
彼を呼ぶ声は、口からするりと出た。
言ってはじめて、再会してから彼の名前を呼んだのはこれが最初だと気がつく。
きっと、森島空良の、幼稚園のときの面影と、今の赤い顔が重なったから。
「……はい」
弾かれたように、彼は返事をした。
あんなにさらっとした告白とはうって変わり、耳も顔も赤い。彼の緊張が伝わってくる。
ああ、愛おしいな、と思った。
腕を伸ばしたい衝動に駆られる。
『じゃあみーちゃん毎年いっしょね! 10年後も20年後もひゃく年後もいっしょね!!』
あの動画の台詞が思い起こされる。それから今の彼を見て。
「花火、来年も来ようか」と私は笑った。
ひゅぅぅ、どん。花火がまた鳴った。
花火はこれからだ。
リクありがとうございました!