――真冬。君とすれ違った瞬間、夏を感じた。
僕は寒がり、妹は自称暑がり、友達は半袖男子。
そして、道ですれ違った女の子は真冬に袖なしの服を着ていた。
そして、僕はそんな彼女に夏を見た。
明かされる彼女の事情、知られる僕の事情。
お互いに似たものと、正反対のものを抱える僕たち。
やがて互いが互いに惹かれ合う――
純愛の果てに、暗い闇を抱えた彼女が取り戻したものとは何か。
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目次
第一話 夏を連れた彼女
正月が過ぎ、もうすぐ新学期だという頃の、おつかいの帰り道。
僕……│時雨《しぐれ》│冬青《とうせい》は、一台の自転車を見かけた。
その自転車には、一人の少女が乗っていた。
麦わら帽子を被って、白い袖なしのワンピースを着た少女。……残念ながら、足にはサンダルではなくて靴が履かれていたけれど。
そして、腰までの長い黒い髪が、自転車の上で、│靡《なび》いていた。
季節は冬。
何も植えられていない土が露出した田んぼの中にある道路。
その自転車は、僕がいる方と逆の方からやってきて、すれ違った。
——夏を感じた。
コートを着てなおも寒かったのに、すれ違った一瞬、暖かさを感じた。
さらには、田んぼに青い穂が揺れているのも見えた。
それは一瞬で消えてしまったけれど。
それでも何か、引力に引かれるかのようにすれ違った彼女の方を見た。
——ビュウン
「あっ」
——カタン
麦わら帽子が、自転車から落ちてきたのが見えた。
思わず、声を出してしまう。
彼女も気がついたようで、自転車を止めた。
彼女が降りてくる前に、僕は麦わら帽子を拾い、渡した。
「ありがとう」
その笑顔は、とても可愛かった。
初めて見る顔だなぁ。
もしかして、最近引っ越して来たのかな?
まさかここに旅行で来るなんてことは滅多になさそうだし、きっとそうなんだろうな。
いや、そうだと思いたいだけかもしれない。
なんでこんな寒い日に袖なしの服を着ているのか。
それで寒いと思わないのか。
いろいろ、聞いてみたいことがある。
——また、会いたいな。
そんなことを思った。
「ただいまー」
ようやく家についた。
「おかえりなさい。ちゃんと買ってきてくれた?」
「うん」
「ありがとう。じゃあ夕食まで好きに過ごしていて」
「うん。……あ!」
そうだ、母さんなら彼女について何かを知っているかもしれない。
そう思い当たったから聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「さっき、知らない女の子を見かけたんだけど、何か聞いたことない?」
「なあに、興味があるの?」
「うん、だってこんなときに半袖……いや、袖なしの服で自転車に乗っていたんだよ? 考えられる?」
「それは人それぞれだからね。けれど……確かに興味を引くわね」
「でしょ? それで、情報はないの?」
「そうねえ……あ、早乙女のおじいさんおばあさんが、親戚を引き取る、みたいな話を聞いたことがあったかも知れないわね。もしかしたらその子がその親戚なのかも知れないわ。│柊里《しゅり》から聞いたのよ」
「そうなんだ」
ちなみに、柊里は自称暑がりの妹だ。
「ええ。参考になった?」
「うん」
やっぱり母さんは情報を持っていた。
親戚経由でやってきたのがあの子なのかなぁ?
│おばちゃん《早乙女さん》のところだったら、たまには喋る仲だから彼女ともまた出会えるかもしれない。
そんな希望が見えた。
……そんな予想に反し、あっさりと再開することになるのは、まだ冬青の知らないこと。
第二話 真冬に夏服の彼女
とうとう、冬休みも明け、始業式の日になった。
夏の出で立ちの彼女には、まだ会えていない。その前に、あまり家を出ることがなかった。
「よお、冬青」
教室で、親友の│御堂《みどう》│武《たける》に出会った。
「久しぶり、武。実家に帰って楽しかった?」
「ああ、雪で遊んで来たからな。まあ雪かきもさせられたんだが」
「そこは行く前から覚悟していたことでしょ。楽しかったからいいじゃん」
「まあな。お前はどうだった?」
「どうも何も……家からあまり出かけていないよ」
家から出たのは……年末の外掃除に、初詣に、ときどきおつかいとお手伝いかぁ。
本当にあまり出かけていないなぁ。
「そうなのか? 天気も良かったのにもったいないなあ」
「僕は武ほど運動は得意じゃないし好きでもないから。知ってるでしょ?」
「当たり前だ。だけど、それでも親友なんだから運動させてやらねえと、と思うわけだよ」
「僕にとっては迷惑だけどね」
「まあ俺も本は勧められたくねえから気持ちは分からんでもないが……まあお前はお手伝いが忙しそうだからな」
「そう、だから問題なし」
少し話がそれたとはいえ、なんだか話が堂々巡りになってきたのを武も感じ取ったのか、話を変えてくれた。
「ところでだ、転校生の話を聞いたか?」
「うーん……それっぽい話なら母さんから聞いたよ?」
「そうなのか? 俺は中二の同級生がやってくるとしか知らねえもんで……」
へえ、転校生って同級生なんだ。
「僕はおつかいに行っていたときに偶然それっぽい人に出会った、というだけかな。そして母さんに聞いたって感じ」
「マジで!?」
「うん。冬なのに袖なしのワンピースで自転車に乗っていた」
「冬に? ヒカルみたいにか?」
ヒカルとは、同じクラスの佐々木ヒカル。
一年間、卒業式や入学式を除いてずっと夏服で押し通している人だ。
「まあそんな感じ。だけど、ヒカルは寒さに耐えているでしょ?」
「うん、そうだな」
「自転車に乗っていたのに寒さを感じているふうには見えなかった」
……それどころか、すれ違ったときに暖かさを……夏を感じた。
「へえ、すごいな。本当にその子が来るのかな?」
「寒さを本当に感じていないのか気になるし、来てほしくはあるよね」
「ほうほう」
突然、武の声が野次馬のようになった。
……これ、絶対恋愛に絡めたいやつじゃん。
「冗談も大概にして。もうすぐ先生が来るよ」
「ほいほーい」
そして、先生がやってきて、転校生が教室に入ってきた。
「あっ」
思わず、声がこぼれてしまった。
早乙女さんにも声が聞こえてしまったらしく、こちらを見て少し驚いた表情になる。
予想はしていたし、期待はしていたことだったけれど、転校生は彼女だったのだ。
そして……夏服だった。
思わずヒカルを見る。
ヒカルは、自分と同じ夏服の少女を見て、目を見開いてい
「始めまして、│早乙女《さおとめ》│葵《あおい》です。家庭の事情で引っ越してきました。音楽を聞くのが好きです。この町に来たのは初めてで分からないと思うことも多いかもしれませんが、よろしくお願いします」
早乙女葵……これまた夏だ。初夏の爽やかな名前。
早乙女……田植えをする女の人。
葵……初夏から夏に向けて咲く花。
なんとも彼女らしい名字に名前なんだろう。
思わずそこに感心してしまった。
「そういうわけだ。席はあそこの空いている席に座ってくれ。気になることがあったら、何でも聞いてみなさい」
「はい」
「みんなも、ちゃんと答えるように」
「「「「「はい」」」」」
第三話 夏服で目立つ彼女
「ねえねえ、どんな音楽が好きなの?」
「そうだなぁ、基本的に聞くのは日本のだよ。例えば『NIGHT PLAY』とか?」
「あっ、分かる! あたしもそれ、好きだわ!」
「本当? 何の曲が一番?」
「うーん……やっぱり最初のやつじゃない? いきなり最後が暗めだったけどなんか聞いちゃうんだよね〜」
「そうなんだ。私は好きなアニメの主題歌になったやつだな、あんまり人気にはならなかったけど……」
僕の真後ろで、そんな会話が繰り広げられる。
そしてその周りには多くの人。
いろんな人が、早乙女さんに話しかけようと、彼女の席の周りに集まってきていた。
「あのー」
「ん? あ、君、夏服仲間の子じゃん!」
その中のひとりに勇者がいたようで……ってヒカルだ……会話に割り込んで早乙女さんに何か聞きたいらしい。
「夏服で寒くないの?」
……うん、ヒカルなら聞きそうなことだな。
妙に納得できた。
「別に? というかあなたも夏服でしょ? 寒くないから着ているんじゃないの?」
「確かに俺も夏服だけど……。けれどこれは俺のエゴであって、寒さを感じていないわけではないから」
「寒さを感じているのに夏服? それ、何の意味があるの? ……仲間だと思ったのに、彼もあっちの人種か……」
「え? なんか言った?」
「ううん、何も」
早乙女さんは、本当に理解ができていないっぽい返答をする。
うん、僕も、今でもひかるのことは理解できたとは思えない。だから、そういうものだって思っているけれど……
本当に早乙女さんは寒くないのかな?
そのことがあの返答が聞こえてきても信じられない。
「よっ」
武が話しかけてきた。
「お前が朝話していたやつと同一人物か?」
「うん」
「…‥本当に半袖なんだな」
「だね……」
二人して、なぜか無言になる。
後ろからはだんだん人が減っていき、一時間目が始まった。
一時間目が終わった休み時間。
——トントン
「ねえねえ」
後ろから肩を叩かれた。
「え? 僕?」
「そうそう、君」
彼女と目があった。
「この前、会ったでしょ?」
「まあそうだけど‥‥それだけでしょ?」
「名前、教えて」
「名前? 時雨冬青だけど……」
「……え? 時雨? あなたが?」
なぜか、驚かれてしまった。
「そうだけど、それがどうかした?」
「……いや、何でもないや」
「ふうん」
何だったんだろう? 驚かれた理由も知りたいなぁ……って、どんどん知りたいことばっかり増えている気がする。どこかで今度話す時間もらえないかな?
「冬青ね。知っているとは思うけど私は早乙女葵。葵って呼んでね」
「うん……分かった。これからよろしく」
「うん、こちらこそ」
そして、早乙女さん……葵は、また話しかけられたために、そっちの話の方に参加していった。
一体何だったんだろうか?
そして、この休み時間は過ぎていくのだった。