彼女の季節を戻したい
編集者:ことり
――真冬。君とすれ違った瞬間、夏を感じた。
僕は寒がり、妹は自称暑がり、友達は半袖男子。
そして、道ですれ違った女の子は真冬に袖なしの服を着ていた。
そして、僕はそんな彼女に夏を見た。
明かされる彼女の事情、知られる僕の事情。
お互いに似たものと、正反対のものを抱える僕たち。
やがて互いが互いに惹かれ合う――
純愛の果てに、暗い闇を抱えた彼女が取り戻したものとは何か。
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目次
第九話 少し吹っ切れる彼女
涙だった。
葵が、涙を流している。
「ひっく……お父さん……」
お父さん?
「あらあら。葵ちゃん、ようやく気を抜けたんだねえ。
……冬青くん、ちょっとそっとしてやってくれないかい?」
「いいですけど……」
理由が、気になる。
「時間があるなら、おばちゃんと少し話さないかい?」
すると、おばちゃんが誘ってくれた。
理由、教えてくれるのかな。
そう思って、話すことにした。
おばちゃんは葵の背をさすりながら話し始める。
「葵ちゃん、冬青くんに教えてもいいかい?」
葵は、弱々しく頷いた。
「ありがとうねえ。……葵ちゃんはね、シングルファザーの家庭で過ごしていたんだ。冬青もそれが大変なのは分かるだろう?」
「はい」
シングルファザーか……
もしかして、だから「お父さん」と呟いたのだろうか?
「さっきのもきっとお父さんを思い出したんだろうねぇ」
やっぱり……
「まあそこはいいんだけど。葵ちゃんは横浜に住んでいたから、こんな田舎と違っていろいろかかるお金が高くてねえ、男ではあったとはいえ、かなりカツカツの生活だったらしい」
「そうなんですね」
……。
考えさせられるなぁ。
「ただ、お父さんはその生活が無理になってしまったみたいでね、自殺してしまったんだよ」
「そうさ。葵ちゃんはとうとう親なき子になってしまって、だからあたしが引き取ったんだ」
「そうなんですね」
葵も、あんなに明るくてもこんなにつらい生活をしていたんだな……
「実を言うと葵ちゃんを引き取ったのも、不憫に思ったからだよ。不憫、なんて言ったら怒られるかもしれないけどねえ。」
「ううん……千春おばさんならいいよ……」
「ありがとう、葵ちゃん。だけど、実際はね、会ってみたら普通に気に入ったさ。けれどねぇ……」
と、そこでおばちゃんは言葉を切った。
「強がっているように見えたのさ。なんだか気丈に振る舞っているように見えた……そう感じてね……そこが少し心配だった。」
気丈に振る舞っている、か。
確かに、今までこんな暗い事情があったなんて分からないくらいには気丈`に振る舞っていたのかもしれないな。
違和感を今まで持たなかったのは、葵の演技が上手かったということだろうけど……
騙されたしまったことに、少し、悔しさを抱いた。
「だけど、葵はようやく泣けた。気を抜くことが出来た。だから、きっと大丈夫さ。だから……ありがとうね、冬青くん」
――いえいえ
そう言おうとした言葉は、
「ありがとう……」
葵の感謝の声を前に、僕の口から出ることはなかった。
第十話 言葉を紡ぐ彼女
「葵ちゃん、もう大丈夫かい?」
「うん。おばさんもありがとう」
「いえいえ、それじゃああたしはテントを片付けて荷物を積んでたトラックで変えることのするよ。幸い、あとテントだけだしね」
「あ、手伝います!」
あわてておばちゃんに言う。
「大丈夫さ。でもトラックは二人しか乗れないから……悪いけど二人は歩いてもらってもいいかい?」
「いいですよ」
「大丈夫」
「ありがとねえ。助かるよ」
そんなわけで、僕たちは歩いて帰ることになった。
「さっきはごめんね。急に泣いたりして」
「ううん。事情も知れたし」
「千春おばさんが言った通り、お父さんを思い出しちゃったんだよね。
撫でられたのなんて……小学校低学年くらいのときが最後かな。背伸びしたくなる年頃だから、嫌がって……。それから、されなくなった」
「うん」
とりあえず相槌を打つ。
「やっぱり、大事なものって無くならないと気が付かないんだね……」
ぽつりと告げられた言葉は、経験の分重みがあるような感じがした。
だけど、僕にはまだ理解できても実感できない。
そんなにも大事なものをまだ無くしたことがないから。
だから、ここには相槌は打てない。
「……」
「……」
しばらく、無言になった。
「お母さんはどうして?」
話を変えるためにした僕の質問は、あまりにも普通のものすぎた。
「もともと体が弱い人で、私を産んで、その次の子を産もうとしたとき、子供と一緒に……ね……」
「そうなんだ……」
「……」
「……」
また、無言になる。
「生活はね、決して裕福じゃなかった」
「うん」
しばらくすると、葵の方から話してくれた。
「だけど、ちゃんとお父さんが私のことを考えてくれていたのも分かった。だから、私もお父さんにあまり迷惑をかけないようにしよう、って思った。物は、出来るだけ無くさないように、最後まで使うように。文字は小さくなって、だからノートも節約できたりした」
「うん」
「だからかな。今もまだその考えが残っていて……おばさんに心配されちゃう」
おばちゃんも優しいからね。
それにしても……
僕は、彼女の通学カバンを思い出した。それに上下の席で、プリントを回すときに見える机の上も。
なんか違和感があるなとは思っていたけれど……そんな事情があったなんて。
「気にしなくていいと思うよ」
「え?」
「葵は、今までそれで過ごしてきたんだから。いきなり変えられるわけはない。それに……」
「ん?」
「節約なんて、して損になることなんてないでしょ」
「うん、それもそうだね」
葵の声が、心なしか明るく聞こえた気がした。
二人で無言のままに進み、ようやくおばちゃんちに戻ってきた。
「じゃあね、葵。また明日」
「うん、また明日」
僕たちはそう言って別れた。
第十一話 長袖の知らせに喜ぶ彼女
寒いなぁ、と思って目が覚めた。
しばらく布団の中であったまって、頑張って布団から這い出て、リビングに行く。
「おはよ、お兄ちゃん」
そして、柊里に声をかけられて、眼の前を見て思わず足が止まった。
「長袖?」
「おはよう、お兄ちゃん」
「え? あ、うん、おはよう」
眼の前には、長袖を着た柊里がいた。
いや、柊里もさすがに今までずっと半袖でいたわけではない。
半袖の上に、カーディガンとしか呼べないような薄い布の長袖をまとっていることはあった。
だけど、今の柊里が着ているのはボタンがない長そでだ。
とうとう柊里が長そでのTシャツを……
というか……
「お前、長袖の服、上着以外にも持っていたんだな」
「そこから!?」
「うん」
「ひどいなぁ……」
そんなわけで。
「葵、聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん?」
「実は柊里が今日、上着以外の長袖を着ていた」
僕は、さっそく立役者だと思われる葵のもとへと行って、柊里のことを報告した。
「えー!?」
「驚くよね」
「うん」
「けれど……」
「何?」
「その上には何も着ていなかったけどね」
「けれどいい兆候なんじゃない? 一日中長袖だっていうことでしょ?」
「うん、まあそういうことになるね」
「じゃあ進歩だよ」
「そうだといいな」
そのあと、二言ほど言葉を交わしてお互いの朝の準備に取り掛かることにした。
「ただいま〜」
「お帰り、お兄ちゃん」
学校は無事に終わり、家に帰る。
ちなみに、僕は帰宅部だ。
趣味は読書だし、田舎の各学年一クラスしかないような学校に文学部があるわけないから、部活には入る価値がないと思ってる。
別に入っている人を悪く言うわけではないけれど。
それに、もし文学部があっても多分入らないと思う。
家での環境は嫌いじゃないから。
家で、ゆっくりと本を読むのは好きだから。
「今日、ママが帰ってくるの遅いでしょ?」
「うん」
「そこでね、少し贅沢をして、今日の夕飯は……」
「餃子?」
「違う違う。鍋だよ」
「鍋!?」
それは嬉しい。
「お兄ちゃん、鍋好きでしょ? この前餃子はやったからね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
柊里は料理が上手くて、好きだから、母さんが帰ってくるのが遅い時にはこんなふうに作ってくれる。
「ただ、ちょっとは手伝ってね」
「もちろん」
それくらい、鍋を食べられるならなんてこともない手間だ。
そして、次の日の朝。
「おはよ、お兄ちゃん」
「おはよう……え?」
「何?」
「半袖に戻った?」
「うん、昨日思ったけど、半袖プラスカーディガンって長袖よりもいいし、教室は暑いから調節できるし、いいことづくめだと気づいた」
「さいですか……」
第十二話 夏服の理由を語る彼女
そんなわけで、柊里がまた半袖の格好に戻ってしまった。
だが、その実態はそっちのほうが温かいからという理由だ。
納得がいかない。
まあこっちのほうが温かい、というのは寒さを自覚してるから言えることだろうから。ましにはなったのかな。
だけど、寒さを自覚するのなら、長袖に上着を着ればいいんじゃないのか?
だって柊里は昔は普通に厚着もする妹だったから。
「葵はどう思う?」
と、そんな話をまた学校で葵に話した。
「私? 私は別にいいんじゃないかな、って思うよ」
「半袖にカーディガンっていう薄着でも?」
「うん。本人がそっちのほうが温かいって言ったんでしょ? じゃあ事実でしょ」
「強がっているだけかもしれないじゃん」
「違うと思うけどなぁ……」
そうポツリと呟かれた言葉が、不意に印象深く感じられた。
何か、闇のようなものを感じたからかもしれない。
「どうして?」
「だって、私も昔は普通に寒いって思っていた記憶があるもん」
「……ほんとに?」
信じられないんだけど。
「ほんとだよ」
「じゃあなんでこんなふうになったの?」
「うーん、慣れ、かなぁ」
「慣れ? 慣れでなんとかなるの?」
「……ほら、私、片親育ちでしょ?」
「うん」
葵は声を少し潜めて、喋りだした。
「千晴さんも言っていた気がするけど、生活、そこまで良くはなかったからね。お父さんが大変なのも見ていたし、私がわがままを言うと困るのも知っていた。
だから、夏に、暑いって言って扇風機を付けてもらうのも申し訳なかったし、冬に寒いって言ってストーブを付けてもらうのも申し訳なかった。
だんだん少しくらいなた我慢しようって思って、それが積み重なって、こうなったんだ。いつの間にか大した暑さも寒さも感じなくなった。手や足は冷えるんだけどね」
そんな事情があったんだ……
僕にも、少し、その気持は分かる。
分かるけど、僕には絶対に出来ないことだ。
そして、葵は今までの少し暗い声から一転して、明るい声になって言った。
「だから、柊里ちゃんが慣れたっていうのもおかしくないと思うよ、私は」
「そっか……ありがとう」
「ん?」
「わざわざそんな事情を話してくれて」
「あ、そういう? それならどういたしまして。柊里ちゃんの理解の役に立ったなら私も嬉しいよ」
「うん。役に立った。家に帰ったら柊里に詳しく聞いてみるよ」
「うん。そうして」
そんな感じで、柊里が寒さを自覚し始めたという話は、葵の事情を知って、僕が少し驚いただけで完結した。
第一話 夏を連れた彼女
正月が過ぎ、もうすぐ新学期だという頃の、おつかいの帰り道。
僕……│時雨《しぐれ》│冬青《とうせい》は、一台の自転車を見かけた。
その自転車には、一人の少女が乗っていた。
麦わら帽子を被って、白い袖なしのワンピースを着た少女。……残念ながら、足にはサンダルではなくて靴が履かれていたけれど。
そして、腰までの長い黒い髪が、自転車の上で、│靡《なび》いていた。
季節は冬。
何も植えられていない土が露出した田んぼの中にある道路。
その自転車は、僕がいる方と逆の方からやってきて、すれ違った。
——夏を感じた。
コートを着てなおも寒かったのに、すれ違った一瞬、暖かさを感じた。
さらには、田んぼに青い穂が揺れているのも見えた。
それは一瞬で消えてしまったけれど。
それでも何か、引力に引かれるかのようにすれ違った彼女の方を見た。
——ビュウン
「あっ」
——カタン
麦わら帽子が、自転車から落ちてきたのが見えた。
思わず、声を出してしまう。
彼女も気がついたようで、自転車を止めた。
彼女が降りてくる前に、僕は麦わら帽子を拾い、渡した。
「ありがとう」
その笑顔は、とても可愛かった。
初めて見る顔だなぁ。
もしかして、最近引っ越して来たのかな?
まさかここに旅行で来るなんてことは滅多になさそうだし、きっとそうなんだろうな。
いや、そうだと思いたいだけかもしれない。
なんでこんな寒い日に袖なしの服を着ているのか。
それで寒いと思わないのか。
いろいろ、聞いてみたいことがある。
——また、会いたいな。
そんなことを思った。
「ただいまー」
ようやく家についた。
「おかえりなさい。ちゃんと買ってきてくれた?」
「うん」
「ありがとう。じゃあ夕食まで好きに過ごしていて」
「うん。……あ!」
そうだ、母さんなら彼女について何かを知っているかもしれない。
そう思い当たったから聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「さっき、知らない女の子を見かけたんだけど、何か聞いたことない?」
「なあに、興味があるの?」
「うん、だってこんなときに半袖……いや、袖なしの服で自転車に乗っていたんだよ? 考えられる?」
「それは人それぞれだからね。けれど……確かに興味を引くわね」
「でしょ? それで、情報はないの?」
「そうねえ……あ、早乙女のおじいさんおばあさんが、親戚を引き取る、みたいな話を聞いたことがあったかも知れないわね。もしかしたらその子がその親戚なのかも知れないわ。│柊里《しゅり》から聞いたのよ」
「そうなんだ」
ちなみに、柊里は自称暑がりの妹だ。
「ええ。参考になった?」
「うん」
やっぱり母さんは情報を持っていた。
親戚経由でやってきたのがあの子なのかなぁ?
│おばちゃん《早乙女さん》のところだったら、たまには喋る仲だから彼女ともまた出会えるかもしれない。
そんな希望が見えた。
……そんな予想に反し、あっさりと再開することになるのは、まだ冬青の知らないこと。
第二話 真冬に夏服の彼女
とうとう、冬休みも明け、始業式の日になった。
夏の出で立ちの彼女には、まだ会えていない。その前に、あまり家を出ることがなかった。
「よお、冬青」
教室で、親友の│御堂《みどう》│武《たける》に出会った。
「久しぶり、武。実家に帰って楽しかった?」
「ああ、雪で遊んで来たからな。まあ雪かきもさせられたんだが」
「そこは行く前から覚悟していたことでしょ。楽しかったからいいじゃん」
「まあな。お前はどうだった?」
「どうも何も……家からあまり出かけていないよ」
家から出たのは……年末の外掃除に、初詣に、ときどきおつかいとお手伝いかぁ。
本当にあまり出かけていないなぁ。
「そうなのか? 天気も良かったのにもったいないなあ」
「僕は武ほど運動は得意じゃないし好きでもないから。知ってるでしょ?」
「当たり前だ。だけど、それでも親友なんだから運動させてやらねえと、と思うわけだよ」
「僕にとっては迷惑だけどね」
「まあ俺も本は勧められたくねえから気持ちは分からんでもないが……まあお前はお手伝いが忙しそうだからな」
「そう、だから問題なし」
少し話がそれたとはいえ、なんだか話が堂々巡りになってきたのを武も感じ取ったのか、話を変えてくれた。
「ところでだ、転校生の話を聞いたか?」
「うーん……それっぽい話なら母さんから聞いたよ?」
「そうなのか? 俺は中二の同級生がやってくるとしか知らねえもんで……」
へえ、転校生って同級生なんだ。
「僕はおつかいに行っていたときに偶然それっぽい人に出会った、というだけかな。そして母さんに聞いたって感じ」
「マジで!?」
「うん。冬なのに袖なしのワンピースで自転車に乗っていた」
「冬に? ヒカルみたいにか?」
ヒカルとは、同じクラスの佐々木ヒカル。
一年間、卒業式や入学式を除いてずっと夏服で押し通している人だ。
「まあそんな感じ。だけど、ヒカルは寒さに耐えているでしょ?」
「うん、そうだな」
「自転車に乗っていたのに寒さを感じているふうには見えなかった」
……それどころか、すれ違ったときに暖かさを……夏を感じた。
「へえ、すごいな。本当にその子が来るのかな?」
「寒さを本当に感じていないのか気になるし、来てほしくはあるよね」
「ほうほう」
突然、武の声が野次馬のようになった。
……これ、絶対恋愛に絡めたいやつじゃん。
「冗談も大概にして。もうすぐ先生が来るよ」
「ほいほーい」
そして、先生がやってきて、転校生が教室に入ってきた。
「あっ」
思わず、声がこぼれてしまった。
早乙女さんにも声が聞こえてしまったらしく、こちらを見て少し驚いた表情になる。
予想はしていたし、期待はしていたことだったけれど、転校生は彼女だったのだ。
そして……夏服だった。
思わずヒカルを見る。
ヒカルは、自分と同じ夏服の少女を見て、目を見開いてい
「始めまして、│早乙女《さおとめ》│葵《あおい》です。家庭の事情で引っ越してきました。音楽を聞くのが好きです。この町に来たのは初めてで分からないと思うことも多いかもしれませんが、よろしくお願いします」
早乙女葵……これまた夏だ。初夏の爽やかな名前。
早乙女……田植えをする女の人。
葵……初夏から夏に向けて咲く花。
なんとも彼女らしい名字に名前なんだろう。
思わずそこに感心してしまった。
「そういうわけだ。席はあそこの空いている席に座ってくれ。気になることがあったら、何でも聞いてみなさい」
「はい」
「みんなも、ちゃんと答えるように」
「「「「「はい」」」」」
第三話 夏服で目立つ彼女
「ねえねえ、どんな音楽が好きなの?」
「そうだなぁ、基本的に聞くのは日本のだよ。例えば『NIGHT PLAY』とか?」
「あっ、分かる! あたしもそれ、好きだわ!」
「本当? 何の曲が一番?」
「うーん……やっぱり最初のやつじゃない? いきなり最後が暗めだったけどなんか聞いちゃうんだよね〜」
「そうなんだ。私は好きなアニメの主題歌になったやつだな、あんまり人気にはならなかったけど……」
僕の真後ろで、そんな会話が繰り広げられる。
そしてその周りには多くの人。
いろんな人が、早乙女さんに話しかけようと、彼女の席の周りに集まってきていた。
「あのー」
「ん? あ、君、夏服仲間の子じゃん!」
その中のひとりに勇者がいたようで……ってヒカルだ……会話に割り込んで早乙女さんに何か聞きたいらしい。
「夏服で寒くないの?」
……うん、ヒカルなら聞きそうなことだな。
妙に納得できた。
「別に? というかあなたも夏服でしょ? 寒くないから着ているんじゃないの?」
「確かに俺も夏服だけど……。けれどこれは俺のエゴであって、寒さを感じていないわけではないから」
「寒さを感じているのに夏服? それ、何の意味があるの? ……仲間だと思ったのに、彼もあっちの人種か……」
「え? なんか言った?」
「ううん、何も」
早乙女さんは、本当に理解ができていないっぽい返答をする。
うん、僕も、今でもひかるのことは理解できたとは思えない。だから、そういうものだって思っているけれど……
本当に早乙女さんは寒くないのかな?
そのことがあの返答が聞こえてきても信じられない。
「よっ」
武が話しかけてきた。
「お前が朝話していたやつと同一人物か?」
「うん」
「…‥本当に半袖なんだな」
「だね……」
二人して、なぜか無言になる。
後ろからはだんだん人が減っていき、一時間目が始まった。
一時間目が終わった休み時間。
——トントン
「ねえねえ」
後ろから肩を叩かれた。
「え? 僕?」
「そうそう、君」
彼女と目があった。
「この前、会ったでしょ?」
「まあそうだけど‥‥それだけでしょ?」
「名前、教えて」
「名前? 時雨冬青だけど……」
「……え? 時雨? あなたが?」
なぜか、驚かれてしまった。
「そうだけど、それがどうかした?」
「……いや、何でもないや」
「ふうん」
何だったんだろう? 驚かれた理由も知りたいなぁ……って、どんどん知りたいことばっかり増えている気がする。どこかで今度話す時間もらえないかな?
「冬青ね。知っているとは思うけど私は早乙女葵。葵って呼んでね」
「うん……分かった。これからよろしく」
「うん、こちらこそ」
そして、早乙女さん……葵は、また話しかけられたために、そっちの話の方に参加していった。
一体何だったんだろうか?
そして、この休み時間は過ぎていくのだった。
第四話 僕と話す彼女
早乙女さん……葵と話す時間が出来たのは昼食のときだった。
他の人達はおおかた葵とはもう話したみたいだし、昼食の時間は席を移動することが出来ないから、ようやくそれで席が近い僕にも喋るタイミングがやってきたというわけだ。
「ねえ、葵はさ、今までどういうときになら寒さを感じたことがあるの?」
いきなりさっきの僕の名字に対する反応が何だったのかは聞けなくて、他の話から入ることにした。
「そうだなぁ、小さいときは多分感じていたと思う」
「そうなの?」
「うん」
「それなのに、今こうなっているの?」
「うん。麻痺していったんだろうねぇ」
このときの僕は、この発言に隠れた彼女の闇には、全くと言っていいほど気づいていなかった。
「凄いね。僕は寒がりだから真逆だ」
信じられない。
そんな思いを込めて、発言した。
実際、朝、布団から出ることだけでも一苦労だ。
「そうなの?」
「うん。……葵はさ、夏はどうしているの?」
「夏? 夏も普通に半袖だよ?」
「違う違う。そんなに暑がりだと、夏、かなり暑いんじゃないの? そこはどうなっているの、っていうこと」
「ああ、そういう。
うーん、まあ夏は夏でね、少しずつ夏の気温に慣れていって、そこまで暑さは感じないよ。扇げばなんとかなるくらい」
「本当に?」
「うん」
つまり、暑がり、じゃなくて寒がりでもあるということ?
不思議だなぁ。
「……あのさ、うちの妹に会ってみてくれない?」
「妹さん? どうして?」
「実はうちの妹、自称暑がりでさ。冬休み前まではずっと半袖だし、小六なんだけど学校でも昼間は上着を脱いで半袖らしいんだよ。
小一までは普通だったから、強がっているだけだと思うんだけど……
だから、本当の暑がりを見せてやって欲しいなって思って」
「そんな妹さんがいるんだ。あの夏服の子みたいだね」
ヒカルかぁ。
「ヒカルはまだいいんだ。寒いって認めているから。だけど妹は寒いと思っているはずなのにそれさえ言わずに半袖だから心配で……」
「うん、いいよ。いつにする?」
「今度の週末とかでいい? どっちが空いている?」
「うーん、冬青がどっちでもいいなら日曜日がいいかな。土曜日は片付けに追われそうだし」
「分かった。昼過ぎに葵の家の方に迎えに行くね」
「え? 何で知っているの?」
「葵の家って、早乙女のおじいさんおばあさんのところでしょ?」
「あ、そっか。そりゃそうだよね。分かった、お願いするね」
「うん」
話のキリがつき、葵が昼食を食べ終えたのを境に、僕と葵の会話は消えた。
「さっそく遊びに行く約束か?」
合掌をし終えたとたん、武がこちらにやって来て話しかけてきた。
「いや、妹の目を覚ますための約束」
「ほうほう。これは相当に手が早いようで」
「なんで僕が手練れみたいになっているんだよ……」
「ノリ悪いなぁ」
「内容が内容だし」
「はいはい。だけど、結構みんな羨ましげだったよ?」
「……」
気づいてはいたことだったし、面倒くさかったから、無視することにした。
大体、こんなの偶然だ。
早く葵と遊びたいなら、明日の金曜日にでも約束を取り付ければいい話なんだから。
自分から頼んだこととはいえ、思わずそういうことから逃避してしまうのだった。
第五話 警戒される彼女
木曜日の始業式の日の昼食の時間に約束したことを果たす日がやってきた。
あれから、ときどき葵と喋るようになった。
葵にも、妹のことを教えてもらったりしている。
……だけど、葵の事情に関しては、一度も教えてもらえていない。
何で引っ越してきたのか。
何人かがそれとなく聞くのに挑戦してみたりもしていたみたいだけど、失敗しているらしい。
武が「不思議だよなぁ」と言って教えてくれた。
まあ今までのことはいい。
昼食を食べ終わった僕は、さっそく妹……│柊里《しゅり》を連れて早乙女さんの家に向かう。
「ねえねえお兄ちゃん、どうして理由を教えてくれないの?」
ただ、柊里には本当の暑がりというものを先入観なく見て欲しいから、その理由は言っていない。
「お前と似たところを感じたから気が合うんじゃないかなって思っただけだよ」
嘘だ。
葵に関しては問題ないけど、きっと柊里はそこまで葵に対して好感を抱かないんじゃないかな、と思っている。
実際は分からないけれど。
「だからその似たところって何なの?」
もちろん、半袖でいるところ。
ちなみに、今も柊里は半袖だ。……一応腰に長袖を巻いているから、我慢できなくなったらたぶん着るんだろうな。ま、葵の前で長袖を着ようと柊里が思えるかどうかは知らないけど。
「まあ話しているうちに分かるよ」
「ずっとそればっかだよね、お兄ちゃんって」
「だって事実だから」
「むぅー……」
そう言って拗ねたようになる柊里。
「よし、そろそろだな……って、もう外で待っているし……」
「やっほー!」
早乙女さんの家の方を見ると、そこにはもう準備万全で相変わらず半袖……うん、今日は半袖……の葵がいた。
「え?」
柊里が驚きの声をもらす。
僕はそれに気づかなかったことにして、葵に近づいていく。
「やっほ。何で外で?」
「んー、……思っていたよりも早く準備が終わってしまったから、かな」
葵は少し考え、そう答えた。
「ふうん。まあ、それじゃあ公園にでも行こうか」
「うん。……確かおすすめの場所なんでしょ?」
「そう。な、柊里?」
「そうです……」
普段とは違いしおらしい柊里の口から出てきたのは、元気のない敬語。
そして、その目は……少なくとも、好意的には見えない。偏見があるかもしれないけれど。
「あなたが冬青の妹の柊里ちゃんね? 始めまして、千春さんと大誠さんにお世話になってます、早乙女葵です」
ちなみに、千春さんが早乙女のおばあさんで、大誠さんは早乙女のおじいさんだ。
「時雨柊里です。よろしくお願いします……」
なんとも締まらない、二人の初対面だった。
第六話 本物を見せる彼女
公園に向かいがてら、葵が爆弾をぶっこんでくれた。
「それにしても柊里ちゃん半袖なんだ。そうだよね、全然寒くないよね」
「え、いえ、そういうわけでは……涼しい、と思います」
涼しい、ねえ。
柊里、お前絶対寒さ感じているだろう?
「涼しい? この気温が? 全然じゃない?」
「そうですか?」
「うん、もっと冷たくならなくちゃね」
「「……」」
今、俺と柊里の目は同じように驚き、呆れていただろう。
もっと寒くてようやく寒いじゃなくて、涼しい?
「本当に涼しい?」
「はい……」
「そうかぁ、なかなか仲間には出会えないなぁ」
葵の口からぽつりと出てきた言葉。
なんとなくだけど、これは柊里の説得もあるかもしれないけれど、彼女の本音かもしれない、と思えた。
「仲間、ですか?」
「そう、同じくらいの暑がり」
「……なかなかいないんじゃあ」
「あれ? 私に近い方の柊里ちゃんにまでそう言われるかぁ〜。冬青は?」
「いないと思う」
「こっちは断言か……。もう少しさ、私が望む答えを言ってくれる人がいたっていいと思うよ?」
「無理」
「難しいです」
「二人は似ているね。寒がりと暑がりなのに」
「イレギュラーのせい」
「そうです」
「私のことを言っているの? ……一応私にもそれなりの出来事はあるんだけどなぁ」
出来事、か。
聞きたい気もするけど……やっぱり聞きたくないや。
暑がりになったきっかけみたいなものかな?
しばらく無言が続き、公園についた。
山のふもと付近にある、周りには木が生えている公園。
遊具はブランコと滑り台と砂場。
いたって普通の公園だ。
……山の斜面に洞窟…‥みたいなものがあることを除けば、
三人で過ごすなら、ここが良さそうだと思った。
正直、人もあまり来ない。
そして、洞窟ではそこまで寒さを感じない。
何だか森…‥実際は林だろうけど……その中にぽっかりと空いた空間というのが何だかとても気持ちいい。
「何か不思議な場所だね」
「でしょ?」
葵もそこを感じ取ってくれたみたいだった。
僕たちは洞窟に入り、地面に座る。
「ほら、柊里ちゃんもおいで。こっち側、ひんやりしていて気持ちいいよ」
葵は柊里にひんやりとした場所をおすすめする。
「遠慮しておきます……」
「えぇ〜、じゃあ冬青、隣座ってよ。一人だけ反対側なんて、嫌なんだけど」
「はいはい。けれど今度は柊里が一人になるけどね」
「それだったら柊里ちゃんがこっちに来ればいいだけ。私は自分一人が一人でいるのが嫌だただけだから問題なし」
僕は、荷物の中から外で使うようのブランケット取り出し、それを敷いて座る。
「なるほど。冷たいのに座りにきたのはそういうわけね」
「そう」
納得されてしまった。
家から持ってきたトランプで遊んだり、趣味のこと、この町のことについて話したりしながらも、そんなふうに、葵は柊里に本当の暑がりを見せてくれた。
正直、柊里は葵にいい思いを抱かないんじゃないか、なんて思ったりもしたけれど、別に普通に喋っているような気もする。
今後、柊里は自分の体感温度に素直になるのか、それとも頑なになるのか。
まだ、分からない。
第七話 ネタバレを食らう彼女
昨日のあの後、家に帰るなり、
「冬青、あんた明日空いてる?」
そんなことを母さんから聞かれた。
「空いているけど?」
「それだったら急で悪いんだけど、早乙女さんのところに行ってくれない?」
「何の手伝い?」
「じゃがいも。来てくれる予定だったおばちゃんたちが三人くらいインフルにかかっちゃってね。本当は頼らないつもりだったけど頼ることにしたんですって」
「分かった」
「じゃあお母さんの方から了解って伝えておくわね」
「よろしく」
そんなわけで、今日の成人の日、僕は朝から早乙女さんの家に向かうことになった。
「冬青くん、よく来たねぇ。本当に助かるよおばあちゃん。頑張ろうね、美味しい昼食も用意しているし、今引き取っている親戚の葵にも手伝ってもらうことになったんだよ」
……うん、予想していた。なんとなく。
「確か、葵とは同じクラスなんだよね?」
おばあさんは、いつも通りの年寄りにありがちな間延びした口調でそんなことを聞いてきた。
「そうです」
「それはいい。仲良くしてやってね」
「はい」
そこからは、一旦早乙女さんのお宅に入って物を運ぶ準備をする。
そこでようやく、葵を見かけた。
「おはよう、葵」
「おはよう、冬青。……本当に来ているんだ」
「そうだけど……本当にってどういうこと?」
しかも、「来たんだ」じゃなくて「来ているんだ」?
まるで、僕が過去にも来ていることを知っているかのような。
「えーっとね……」
そして、葵が話し始めたところでおばあさんがやってきた。
「葵ちゃんに冬青くんも。もうすぐ畑に向かうから玄関の方においで」
「分かりました」
「分かった」
そして、葵との話は一旦途切れた。
僕たちが畑に行く途中、おばちゃんは僕たちに話しかけてきた。
「葵ちゃん、どうだい冬青くんは? 言っていた通りの優しい子だろう?」
「うん、そうだね。……教えるつもりはなかったのに」
隣を歩いていたからか、葵が小さく呟いた言葉まで聞こえてしまった。
教えるつもりはなかった?
それに……言っていた通り?
つまり、おばちゃんが葵に僕が来ていることを教えたということか!
「おばちゃん一体何を教えたの?」
「ん? そうだねぇ。冬青くんという優しい男の子がいて、わたしらを手伝ってくれるからとても助かっているよ、くらいだよ」
……聞かなければよかった。
「そう……」
僕は、そう言うことくらいしか出来なかった。
葵とおばちゃんが話しているのを聞きながら。
そういえば、と僕は思い出す。
葵に名前を教えたとき、変な反応をされたよなぁ。
もしかしたら、おばちゃんのこのセリフの中身のような内容を聞いていたからかもしれない。
そして、僕の見た目のあまりの想定外さ……貧弱さ……に驚いたんだろうな。
腑に落ちた。
第八話 作業に疲れる彼女
「それじゃあ始めようか」
この畑はおばちゃんの畑だから、おばちゃんがみんなを仕切る。ちなみに、おじさんはいつも通り料理担当だ。
僕と葵を含めて、七人くらいが参加していた。
「種芋を切り口を下にして10cmほどの穴に入れて……」
おばちゃんの説明を聞いて作業を始める。
「冬青はいつから手伝っているの?」
「結構小さいときからだよ」
「どうして?」
「始めは偶然でね。母さんが人手が今日みたいに足りないときに手伝いに行ったんだ。そしたらお礼ということで野菜をもらったんだ。規格外で売れないやつだけど新鮮なやつ。だからおいしいし、言っちゃ悪いけれど母さんがそれに味をしめちゃって、僕を巻き込むようになった。で、今は僕だけになってる」
「そうなんだ……」
そう言って、葵は少ししんみりとした雰囲気を出した。
「どうかした?」
「……」
気になって聞いてみたものの返ってきたのは無言。
考え事でもしているのかな?
それならそっとしておこう。
そう切り変えて、僕は作業に没頭した。
「それじゃあ昼食を食べようかね」
「「はい」」
「今日はお好み焼きだよ」
「本当!?」
「もちろんさ」
「ありがとう」
おばちゃんの声で作業を一旦止める。
ちなみに、おばちゃんは手伝ってくれた人に昼食も振る舞ってくれている。
それが美味しいのも母さんが味をしめた理由だ。まあ、母さんは忙しくて今は参加できていないけど。
「「「いただきます」」」
みんなで昼食を食べ始める。
今日のメニューはおばちゃん特製お好み焼き。
広島風か京都風なのかは知らないけれど、とても美味しい。
結構な人が気に入っているからか、おばちゃんは結構これを出してくれることが多い。
「大誠さん、今日のも相変わらず美味しいわ」
「そうかいそうかい、それはよかった」
「ふふふ」
他のおばあさんがお礼を言い、それを受けたおじさんを見て、おばちゃんが笑う。
いつもの、なんでもない農作業。
「どうだった?」
僕は、今日初めて参加した葵に現時点での感想を聞いてみることにした。
「疲れた」
「まだ午前中なのに?」
「うん」
「まあおじさんのご飯美味しいし、今のうちに休憩しておきな」
「うん」
といってもその美味しいご飯を葵はいつも食べられているんだよなぁ……。
羨ましい。
そこからも、なんでもない会話をやって、
「じゃあ続きをしようかね」
おばちゃんの声でまた作業を始める。
ちなみに午後まで続いていることから想像はついているかもしれないけれど、この畑、意外と大きい。
まあそれでも、人の手を使って1日もかからないくらいだけど。
三時半ほどになった。
「それじゃあお疲れ様。冬青くんも葵ちゃんも助かったよ。ありがとね。これが今日のお礼だよ。家族みんなで食べてね」
「はい。ありがとうございます」
作業は無事に終わった。
「あぁ〜、づがれた〜」
そんなふうな声を出しているのは葵。
「お疲れ様」
「ん、冬青もね。大変だった〜」
なんかそんな葵を見ていると、柊里を見ているような気分になって……
「へ?」
僕は、思わずしゃがんでいた葵の頭を撫でてしまった。
――ポトリ
そして、透明な液体が、葵のいる地面の下に落ちた。
第十三話 いつもの彼女
「よお、冬青」
「何?」
武に声をかけられた。
「ずいぶん仲良くなったみたいだなぁ、おまえ」
葵のことだと気づいた。
きっと、朝に挨拶を交わしていたからだろう。
あとは‥…柊里の話も少ししたっけな。
「柊里に関して協力してくれたしね。それに……」
「ん?」
「言ったと思うけど、この前手伝いでもでも一緒だったから」
「ああ、農作業か。そういえば言っていたなぁ」
「そう」
どうやら納得してもらえたみたいだ。
「けれど知っているか? 彼女、結構人気らしいぞ」
「そうなの?」
「ああ、目立つもんな」
「そうかもね」
武は一体何が言いたいのか。
「それにしてもさ」
「ん?」
「最近、ヒカルが彼女とよく喋っているのを見かけるよな」
「そうだね。席も隣だし」
金曜日に、席替えがあって、斜めだった僕と武は隣に。
その三つ前でヒカルと葵が隣になっていた。
「それだけじゃないよな……」
「そう?」
別に普通だと思うけどなぁ。
「まあいっか」
武はそう呟いて、前を向いた。
葵は、まだヒカルと話している。
「『NIGHT PLAY』が……」
と、そんなことが聞こえてくるから、好きなアーティストの話でもしているのだろう。
それにしてもヒカルがアーティストを知っているなんて驚きだ。
ヒカルは……武と同じで動き回っているイメージしかない。
授業が始まった。
「それじゃあ早乙女さん、答えて」
「二番です」
「そうですね。これは……」
実は彼女、成績は普通にいい。
お父さんを亡くして勉強に害は……あったみたいだけど、予習を進めていたから、授業に追いつかれたくらいなんだそう。
そして習ったところはちゃんと理解している。
だから、成績は良いみたいだった。
昼休みになった。
僕は、外に遊びに向かっている葵をちらりと見て、図書室に向かう。
昨日、また一冊読み終わったからね。
「サッカーたまにはしたくない?」
「サッカー? いいね!」
周りの人がそんなことを大声で言っているのが聞こえるからきっとサッカーでもやるつもりなんだろう。
葵は……運動は得意でも苦手でもない、という感じだが、するのは好きみたいだ。
「真面目なところも、受けが良いんだぞ」
などと、武が言っていた。
それから、僕は本を返して、面白そうな本を探していたら、最近映画化したという恋愛小説を見つけた。
……そういえば、柊里が読みたい、なんて言っていたっけ。おせっかいかも知れないけれど借りてあげようかな。
そんなことを思って、それを借りることにした。
午後の授業は相変わらずで、帰りの会も終わった。
僕は、武と話しながら、帰りの準備をする。
葵は、とっくに帰っていた。
相変わらず早いなぁ。
そんなことをいつも思う。
なぜだろう?
まだまだ、彼女に聞きたいことは無くならない。
第十四話 海が見えるところにいる彼女
一週間ほどが経って、柊里が会いたがったこともあり、葵と僕と柊里は、土曜日に会うことになった。
「こんにちは〜」
今日は、葵が僕たちの家の方に迎えに来てくれることになっていた。
「柊里、準備はいいか?」
「うん」
「じゃあ行こうか」
そうして、僕たちは家から出発した。
「今日はどこ行くの?」
葵が聞いてきて、柊里が答えた。
「絶景が見れるところ」
「絶景?」
「うん。少し山を登ることになるけど……」
「体力ならあるよ。大丈夫」
「良かった……」
柊里は安心したようだ。
なんと言ったって、今日どこに行くのかを考えたのは柊里だ。
そして、それを聞いて僕も良いと感じた。
だから、今日の僕は正直おまけだ。
「ふふ、ありがとう」
……葵は目ざとい。
きっと柊里が行くところを考えたと気づいたのだろう。
そして感謝も言える。
人として好ましいな、と不意に思った。
「この山を登るんだ」
「この山? 意外と大きいね」
「ゆっくりいったら2時間くらいかかるよ」
僕も、ずっと黙っているのはあれなので、少しだけ口を出す。
「2時間も?」
「うん。……いい?」
「大丈夫だよ」
葵は相変わらず柊里を安心させる言葉を言ってくれる。
助かるなぁ。
「この山はね、みんな『星降り山』って呼んでいるんだ。何でか分かる?」
「えー……。星が降る、でしょ? ……かつて隕石が落ちてきたとか?」
「残念! 実際は夜になると星が降ってくるみたいに感じるほど綺麗に見えるからだよ」
「なるほど……。いいところだね」
「でしょ? 今度は夜の星も見せたいな」
「じゃあ連れいってよ。また今度」
「いいの?」
「もちろん!」
二人は楽しげに話している。
今日の葵はもちろん半袖に膝までのスカート。そして柊里は半袖に薄い上着を軽く羽織っている。
対して僕は、ヒートテックに長袖に上着だ。
僕だけが場違いに感じる服装だった。
……普通に考えたらおかしいのはあの二人なのに。
「もうそろそろだよ」
「おー……」
そして、僕たちは多少の休憩も含みつつ、そろそろ山頂というところまでやってきた。
ただ……少し、葵の様子が変な気がする。
気のせいかも知れないけれど、葵の後ろを歩いている僕からすれば、何だか葵の足取りが重いようにも見えている。
……どうしたんだろう?
だけど、もうすぐでつく。
僕は、首を振って頭から疑問を振り払った。
「この木は山頂手前の目印でね。みんな神木ってよんでいるんだ。ふざけているだけだけど。けれど、無事に山頂にもうすぐ着くという導き。
なんだか不思議でしょ?」
「そうだね……」
やはり、そういう葵の声が、心無しかくらくきこえるのだった。
「着いたー!」
「着いたね……」
「着いたな」
三人でついたことを共有し合う。
「あの岩からの景色が絶景なんだよ。反対側にも岩があってね。だけど私はこっちのほうがおすすめかな」
「そうなんだ。じゃあまずは始めに勧められた方に行こうかな」
「うん」
そして岩に向かい……
突然彼女はしゃがみこんだ。
「ごめん、ここまででいい……?」
そう、弱々しい声で僕に向かって言ったのだった。
第十五話 過去に囚われている彼女
絶景を見る前で突然しゃがみこんで、弱々しい声を出す葵には、庇護欲をそそるものがあった。
だけど、どうして良いか、分からない。
葵は何に対してこんな弱々しくなっているのかも、分からない。
「……どうしたの?」
「ごめんね、そっち側の景色は見れないかも……」
そっち側の景色――海。
この場所からは、海と、反対側に自分たちの住む町が見える。
……葵は、海を見たくないのだろうか?
どうやら、僕と同じようなことを疑問に思った柊里が、
「海、嫌いだった?」
と、葵に聞いてくれた。
「やっぱりあれは海なんだ……。ごめんね、せっかく連れてきてもらったのに」
「ううん、勝手につれてきた私が悪いよ」
「……」
葵は黙ってしまった。
それと同時に、沈黙がこの場を支配する。
葵は、海を見ないようにしたいのか、背中を海に向けて、しゃがんでいる。
「……じゃあ、反対側を見に行こう! 町が見えるんだよ!」
「そうだね……」
葵は相変わらず弱々しく、だけどちゃんと頷いた。
「綺麗……」
「でしょう?」
反対側の景色を見て葵が呟いた言葉に、柊里が自慢げに答える。
こちらの景色を見るのは何の問題もないようだ。
やはり、海に何かあるのだろうな。
そう、確信できるものがあった。
帰り道。
「海、どうして無理なの?」
柊里が、突然葵に聞いた。
「無理っていうか……苦手、かな。嫌な記憶を思い出しちゃうから」
「嫌な記憶?」
「うん」
「どんな?」
「ごめんね、これ以上は言いたくない」
「そっか。ごめん」
海が、嫌な記憶を思い出させる?
なんだろう、すごく気になる。
これまでも、彼女の暗い過去を聞いたことがあるけど、それと同じくらいの感じ。
そこからは、当たり障りのない会話をして、下山した。
「柊里ちゃん、先に帰っててくれる? 冬青に話したいことがあるの」
「いいけど……」
「今日はありがとう、また夜に一緒に行こうね」
「……うん!」
いろいろあったが、あの場所が嫌いなわけではないみたいなのでいいのだろう。
それにしても話とは一体何なのだろうか?
「ごめんね、残ってもらって。なんとなく誰かに伝えたくなったの」
そして、僕は悟った。
ああ、きっと海に関することについてだと。
「私のお父さん、自殺したって言ったでしょ?」
「うん」
「海に、身を投げたの」
だからか……
「……どうして?」
「分からない。残っていたのは石の下に置かれてあった遺書だけだった」
「そっか……」
「遺体もね、見つかっていないの」
そう言って、彼女はこらえきれないといったふうに涙をこぼした。
「ねえ、私ってお父さんの邪魔だったかな? 私がいなければもっと楽に生活できて、自殺することもなかったんじゃないかと思うと、怖い……」
想像以上の闇が、彼女の中にあった。
「大事にされていたよ」
「……」
「だってお父さんは死ぬまでずっと葵を養ってくれたでしょう?」
「うん……」
「海なら、いろんなところで葵の目に触れるから、思い出してもらえるって思ったんじゃないのかな」
今、不意に思いついた考え。
だけど、ちゃんと葵は愛されているんだ。
そこだけは何故か自信があったからこの思いつきは腑に落ちるものだった。
「うん……だといいな……」
何か少しでも、この言葉が彼女を前向きにさせるきっかけになれば良い。
その思いがあった。
「送るよ」
「うん。ありがとう……」
なんだか葵を一人で帰らせるのが心配で、ついていくことにした。
第十六話 思いに気付く彼女
「今日はありがとう。また、冬青に救ってもらったね」
送る途中、そんなことを言われた。
「そうだったら僕も嬉しいよ」
なんと言ったって、葵と僕の境遇には、似たものがある。
「……ありがとう」
僕は今も幸せだけど、葵は今までは幸せじゃなかった。
「顔を見ているようだけど、何かついている?」
だけど、似た境遇の人が、幸せじゃないのは辛い。
「ううん、ついていない。ただなんとなく見たくなっただけ。私の救世主の顔だから」
僕ももしかしたら葵のようになっていたかもしれなうと思うと……
「救世主って、大げさだね」
葵には救われてほしいのだ。
「ううん、大げさじゃない。私……ううん、今はいいや」
そして、それで僕も救われたように感じることが出来るから。
「何?」
結局僕がやっていることは自己満なのだ。
「えっとね、今に見てろ! って言うこと。つまり感謝しているってこと」
だから、お礼は言わなくていい。
「ええ……? どこが繋がっているの?」
そう思っているはずなのに、感謝を伝えられるのはくすぐったい。
「いろいろ」
これは自己満なんだ。
「どういうことなんだよ……」
感謝なんて受け取ったら、自分のためにした行動じゃなくなっちゃいそうで……
「ちゃんと、分からせてあげるよ?」
それも少し、怖い。
「分からせてあげるって……怖い言い方をするね……」
お父さん……
「あ、冬青、ここまでありがとう、ばいばい」
その言葉で思考が途切れた。
いつの間にか、葵の家の前にいたみたいだ。
「あ、うん、ばいばい」
そして、葵と目が合った。
葵の目は、とてもキラキラしてて、見てて眩しくなるくらいだった。
今日、弱々しい声を出していた人物と同じ人物だとは思えないくらい。
もう、吹っ切れたのかな。
もう、いつも通りになったのかな。
そんなことを思って、あることに気がついた。
そういえば、さっきの会話の間、目を合わせていなかったかも。
なんだかそのことがいたたまれなくなり、ふと、葵の目をじっとみつめる。
そう、さっき葵が僕を見ていたように。
「……!?」
寒いわけではないのだろうに、顔を赤らめた彼女がそこに、いた。
「……え?」
葵、どうかしたのかな?
「なんでもない!」
そして、焦ったような葵の声が聞こえた。
そうなんだ、なんでもないんだ。
……なんでもなさそうには見えないんだけど。
「今度こそまたね! ばいばい!」
「あ、うん。またね」
相変わらず焦ったような声を出して、また別れの挨拶を言う葵は、どう見てもいつも通りのようには思えなかった。
……さっき、いつも通りになったと思って安心したけど、勘違いだったようだ。
だけど……
別れ際に見た葵の頬を赤らめた顔は、なかなか忘れることが出来なかった。
第十七話 積極的な彼女
「冬青、おはよう」
「おはよう、葵」
月曜日の朝、学校に行くと、靴箱で葵に会った。
僕は学校に行くのはそこまで早くない方で、葵はいつも早い。なのにこんな時間にいるなんてどうしたんだろうか?
「珍しく遅いね」
「う、うん。ちょっと用事があったから……」
「そうなんだ」
そのまま葵と会話しながら、教室に向かう。
「じゃあね」
「うん、また準備が終わったら」
それぞれの席で別れる。
それにしても……準備が終わったら? また、喋りに来るのかな?
何か用事でもあるのだろうか?
そう思ったけど……
特段何もなく、ただ普通に喋っただけだった。
「なあ、お前、彼女と何かあったのか?」
「え?」
授業中のペア活動のとき、隣の席である武にそう聞かれた。
「いや、特に何もないよ。柊里の付き添いで土曜日一緒に行動したけれど……」
まあ、強いて言うならまた暗い過去を知っちゃったってくらいかな。
だけどそれなら前にもあったくらいだし、特に変わったことではないと思う。
「またかよ」
「だって柊里が……」
仕方ないじゃないか。
「はいはい、そういうことにしておくよ。だけど、本当に何もないのか?」
「うん。……なにか気になることでもある?」
「う、まああるっちゃあるけど……」
「何?」
「言わないことにするわ」
「なにそれ、逆に気になるじゃん」
僕がそう言ったところで話しは終わった。
武、なにか変だ。
こんな曖昧にはぐらかすようなこと、少なかったのに。
……そういえば、葵も今日は変だよな。
もしかしたら武はそのことを言いたかったかもしれない。
だけど……だったら、言わないのはどうしてだろう?
これくらいのこと、さっさと言えばいいのに。
昼休みになった。
相変わらず元気な葵は運動場に遊びに向かっている。
それに対して僕もいつも通り図書室に向かう。
あ、そういえばこの前借りた恋愛小説、まだ柊里が持ってたっけ。読み終わったかな。
後で聞いてみよう。
そんなことを考え、今日は週明けということもあり2冊読み終わっていたから2冊借りた。
放課後。
「「「さようならー!」」」
葵はいつも通りさっさと帰るのだろう、と思いきや、まだ教室に残っている。
「冬青、途中まで一緒に帰らない?」
「いいけど……大丈夫なの?」
「なんで?」
「いっつも早く帰ってたでしょ? 何か用事でもあるんじゃないの?」
「ああ、そういうわけじゃないから大丈夫」
「そうなんだ」
そういうわけで、途中まで一緒に帰ることになった。
「ふふふっ」
帰っている途中、急に葵が笑い出した。
「どうかした?」
「ううん、楽しいなって不意に思って」
「どうして?」
「だってこんな安定した生活をさせてもらって、冬青も、柊里ちゃんも、他のクラスメイトもいる。幸せじゃない?」
「かもね……」
その葵の発言は、重く、輝いているように感じた。
前回の投稿の後、リクエストを送ってくれた〇〇さん(一応今は隠しておきます)
リクエストありがとうございます! とっても嬉しい内容でした!
もちろん、ネッ友も関係者もOKです!
そこでというか……リクエスト箱か日記投稿か小説投稿かをお願いしてもいいですか?
こっちからは連絡できないので。
(もししてたらごめんなさい。それを教えてくれると嬉しいです)
第十八話 事情に感づく彼女
それは、あの山登りの日からしばらくが経った頃の雨の日だった。
葵が柊里に会いたいらしく、柊里もこの前のことがあるのか逆に乗り気で、僕の家で遊ぶことになった。
「お邪魔します……ここが冬青の家……」
「いらっしゃい」
「どうぞ!」
「ありがとう、柊里ちゃん。今日は許可してくれて」
「そんな‥‥この前は完全に私が悪かったから。それなのに会いたいって言ってくれたなら断る理由はないよ」
「もう気にしていないことだよ」
「……そうなの?」
「うん」
「良かった……。けれど、│家《うち》で良かったの?」
「うん。そのほう私は嬉しいな」
そんな葵を見て柊里は何かに気がついたのだろう。
「そっか、お兄ちゃんが原因なんだね」
「うん」
二人でなにやら納得している。
いつの間にか、僕のせいになっていた。
それから、二人の話は盛り上がり、二人だけの世界へと入って行った。
「それで、何をしたい?」
しばらく放置され、気まずくなった僕は、二人の会話を遮ってそう聞いた。
「せっかく話が盛り上がってたのに……」
「僕は盛り上がってない」
「はいはい。仕方ないなぁ」
なぜ柊里に仕方なくされなければならないのか。
「あ、これ、写真じゃん。いつの時の?」
葵がふと、棚においてあった写真に興味を持った。
「あ、それ? それは私が小学校に入学したときのだよ。5年前かな」
「そうなんだ。二人とも小さくて可愛いね」
「でしょ、この冬青なんて特に。あ、アルバム見せようか?」
「いいの!?」
「いいよ! とくとご覧あれ!」
何故かそういう話になった。
「勝手に進めないでよ。恥ずかしいんだけど」
「大丈夫、お兄ちゃんのだけじゃないから」
「いや、その僕のやつが嫌なんだって……」
「ええ〜。見たいよね?」
「うん!」
「ちょっと、葵までどうして……」
否定するも葵にも期待を裏切られ、アルバムがさらされることになった。
「これがお兄ちゃんが産まれたときでしょで、これが寝ているとき」
「可愛いねえ」
「ちょっ、せめて幼稚園生の時くらいからにしてよ!」
「はいはい。……これが入園時のお兄ちゃん。悪ガキだね」
「違うから!」
「いや、そう見えるよ?」
「で、これが……あ、私の入園時の写真じゃん。懐かしい〜」
「ここからは柊里ちゃんも出てくるんだね」
「なはず」
盛り上がっている二人と、いまいち盛り上がりに欠ける僕。
なんだかこの前山を登ったときも薄着と厚着で、わけられているなぁ、って思った気がする。
あの二人はきっと相性が良いのだろう。
「で、これが中学の体育祭の時だね」
「結構最近になってきたね」
「だね。ママもこの体育祭は来てくれたんだ」
「……そうなんだ。良かったね」
「うん!」
どうやら、そろそり見終わるらしい。
長かったなぁ。
「これで終わり!」
「おおー。見せてくれてありがとうね、柊里ちゃん」
「どういたしまして」
「ところで、お父さんは?」
葵のその言葉を聞いて、僕たちは言葉に詰まった。
第十九話 事情を知る彼女
事情を知る彼女
僕たち――時雨冬青と時雨柊里のお父さんは、この家にいない。
出張とかではなく、単なる離婚。
それも原因は父。
浮気したことによる離婚というよくあることだ……と思う。
だけど、そのせいで母さんは一人で僕たち二人を育てなくてはならない。
もちろん、父に非があるため、毎月お金は振り込まれている。
だから、まだ良いほうだ。
それに、この町の人は優しい。
事情を知ってくれているから、おすそ分けなども母さんはよくもらってくる。
葵に事情を聞いたからこその、恵まれた環境だ。
「離婚した」
だから、僕は明るく答えた。
別に悲観する必要はないから。
父は、母から聞くに今も独り身らしい。
たまには、どうしているかな、とは思わなくもないけど、父の自業自得だから、その後に行動することはない。
元気でいてくれたらいいな、とは思うこともある。
だけど、それ以上に、どうして浮気をしたのか、そのことのほうが気になる。
母さんが好きだから結婚したんじゃないの?
その愛も、消えちゃった?
僕たちのことも、どうでもいい?
父さんは家からは出ていった。
だけど、家に、心に、その影響は残っているんだ。
「そっか」
「生きているから、気にすることはないよ」
「うん……」
僕は他に言うことが思いつかなくて、そう言った。
とりあえずは葵も頷いてくれたけれど、けれど優しい葵のことだし、きっと気にしてくれているのだろう。
「ねえ、じゃあUNOしようよ!」
僕たちは、柊里の切り替えに促され、UNOをすることにした。
「今日はありがとう。……事情も、立ち入っちゃってごめんね」
「みんな知っていることだから気にしていないよ」
「そう……」
そういえば……父さんにあったら……
「名前……」
について聞いてみたかったな。
「名前?」
「あ、うん。父さんに会ったら聞いてみたいこと。僕の名前、父さんがつけてくれたから」
「そうなんだ。確かに冬青って響き、不思議だよね」
「でしょ?」
「けれど確かに冬の青ってきれいだと思うよ? イメージだけど……冷たいからこそ深い青になってる感じがする」
「ありがとう。葵も、早乙女という名字にも季節感があったいい名前だと思う。知ってる? 葵の花言葉」
「ちょっとだけ。野心とかそういう感じの前に進めって感じでしょ?」
「うん、それもある。だけど紅葉葵とか薄紅葵は『穏和』│薄紅立葵《うすべにたちあおい》は『恩恵』や『慈善』って意味もあったはず。
いい意味だと思わない?」
「……かもね」
「ま、柊里からの受け売りだけど」
「柊里ちゃん、山でも詳しかったからね」
「うん」
「……」
「……」
「じゃあまた学校で!」
「うん、また明日!」
外での立ち話だったので、そこまでにして別れることにした。
第二十話 好意を持たれる彼女
「おはよー」
今日も、先週の途中からのように葵と校門付近で出会った。
「おはよう」
来るのが早い彼女が、なんでこんなふうに最近遅いのかは、全く分からない。
「よお、葵に冬青も。おはよう」
そして、今日な何故かヒカルまでやってきた。
その葵とヒカルは相変わらず夏服なわけで……
なぜか、僕が冬服にマフラーに手袋というのが変に思えてくるのだった。
絶対あっちがおかしいけれど。
だけど……僕の周り、暑がり多すぎじゃない?
なぜだか少しムカついた。
その後は、ヒカルが葵に話題を出し、葵が僕に話題を振り、僕が少しだけ答えるという続かなさそうで、何故か続いているサイクルが回っていた。実際は回るじゃなくて川のようにとめどなく話題が流れているだけだ。
「おはよー」
三人で教室に入ると、「おはよう」という返答は来たものの、奇妙な視線を受けてしまった。
こもあとも何故か葵はやってきて、ヒカルもやってきて、会話をすることになった。
疲れそうだったから、武も巻き込むことにした。
武は寒さを普通に感じる人だから、これで夏服と冬服が半々だ。
……いや、これでもやはりおかしい。
ようやく波があけた授業中。
「なあなあ、ヒカルがとうとう勝負するんだとさ」
「勝負?」
「そう、とうとうな、告白するんだって」
武は声を小さくしてそう言った。
告白?
「誰に?」
「お前……気がついていないのか?」
「え、うん、たぶん」
「そんなの葵に決まってんだろ!」
決まってるんだ。
うーん、けど今朝のヒカルを見てたら少しは納得できるかも……
ま、そこら辺はよく分からないから別にいいや。
それにしても、小さい声でとはいえ、席は三つしか離れていないんだから、聞こえそうなものだけど……大丈夫かな?
ただ、葵の様子を盗み見るも、特にいつも通りなので、大丈夫だと思っておこう。
「ま、前途多難なのは本人も分かってるだろうな」
武は不意にそう呟いた。
「なんで?」
「だって……ってこっちもわからないんだよな。うん。気にすんな」
「はぁ……」
まあいいや。
僕は授業に集中することにした。
昼休み。
さあ、図書室に行こう、と思ったところで、本を家に忘れてきたのを思い出した。
さらに、柊里に貸した本が、まだ返されていないことに気がついた。
やばい、あれ、期限超えていないか?
帰ったら言わなくちゃ。
となると、本を借りられるわけではないし、さて、どうしようかな、と考えて、教室を見回していると、いつもと違うことに気がついた。
葵はいつも通り外に出ている。
だけどそれ以外の人は少ししか外に出ていないみたいだ。
天気は晴れ。快晴。
遊び日和なはずなのにどうしたのだろうと思っていると、なにやらヒカルを中心として会議みたいなものが始まった。
「いいか、勝負は火曜日……明日の放課後に行う。最近は冬青と途中まで帰っているみたいだから、それについていけ。たしかお前の家のほうがあのおばちゃんたちの家に冬青より近いだろう?」
「うん」
「だからその間に実行、が一番現実的だ」
「そうだね。それでいいと思う」
まあ、何というか作戦会議だった。
けれどおかしいな。
告白の作戦を会議しているのだろうけど、空気が少し重いような気がする。
それに……なんだか、ざわざわする。
図書館はいかないでおこう。
そんな気分ではなくなってしまって、そんなことを考えた。
第二十一話 好意の存在を告げる彼女
今日も、朝からヒカルと葵と会話をすることになった。
ヒカルの事情は武からも、昼休みの会話からも知っていしまったから、ここはどくべきか、と思ったが、速足で歩くと葵も速足でやってきてしまったから、せめてゆっくりと歩くことにした。
そしたらなぜか二人ともゆっくりになるのだから不思議だ。
まあそれならヒカルの助けにもなるだろう。
かれこれ幼稚園からの付き合いだ。
普通くらいには思い入れもある。
それに、僕は人の恋路を邪魔したいわけではないから。
だけど、なぜか昨日よりも頻繁に葵は僕のもとを訪ねてくる。
いったいどうしたんだよ……
本当に不思議でならない。
そのまま昼休みになり……結局またあの恋愛小説は持ってくるのを忘れた……柊里め、早く返してくれ……
そして、放課後になった。
今日も葵は僕と途中まで帰るらしい。
そして、それにヒカルも便乗するみたいだ。昨日の昼休みに聞いた通りに。
「それでな、その後……」
ヒカルは頻繁に話題を振ってくる。
よく、そのネタが尽きないよな、とは思うけど、それは葵も一緒だ。
いつも僕に話しかけてきているけど、そのネタはすべて彼女が思いついたものだ。
……すごいな。
素直にそう思う。
もちろん、僕も喋るのは嫌いじゃない。
だけど、基本的には聞き手、だと思う。
時々、不意に思いついたことを言うだけ。
それでいいと思っていた。
だけど、武からするとそんな僕の相手は大変かもしれない。その分彼は思いつかなくちゃいけないから。
……これからは少しはネタを出すように努力しよう。
その方が、きっと武とももっといい関係が築けるだろう。
そんなことを考えている間に分かれ道だ。
このあと、きっとヒカルは葵に告白するんだろう。
どうなるのだろうか? なんだかもやもやする。
「じゃあね、二人とも」
「ああ、うん、またな」
「うん、また明日!」
「頑張ってね……」
「ありがとな」
最後にそっと励ましておいた。
だけど、どうしてかその声が、かすれてしまった。
二人と別れてから、声を出してみる。
「あー」
うん、問題ない。
なんの問題もなく声が出る。
じゃあ、どうして?
その理由は、分からないままだった。
「ただいまー」
柊里に出迎えられる。
「おかえりー。今日はシチューだよー」
「おぉー、冬らしくていいねぇ」
「土曜日にお兄ちゃんがじゃがいもを持って帰ってきてくれたからね。贅沢だ!」
土曜日は……葵のところじゃないところの手伝いにいっていたっけ?
そういえばじゃがいもなんてもらっていたなぁ。
「手伝うね」
「うん、ありがとう。じゃあこれよろしく」
「はいはい。……あ、」
「何?」
「本返して? 昨日も言ったでしょ?」
「ああ、まだ見つかってない! ごめん」
「期限が切れているんだよ……」
「明日には必ず!」
「はいはい」
そんな風に今日は過ぎていった。
ヒカル、どうなったかな?
上手くいっていたらいいなぁ。
だけど、そう思ったところで、胸が苦しくなった気がした。
第二十二話 新たな好意を告げる彼女
次の日の朝。
いつも通り学校に向かうと、またいつも通りに葵に会った。
あれ? いつも通り?
昨日はヒカルに告白されたんじゃなかったっけ? もしかして、しなかったのかな?
だけど、ヒカルを見かけたのは、教室についてからだった。
ヒカルはいつも通りではないみたいだし、やっぱり実行したんだ。
だけど葵は僕としゃべっている。
……え?
それ、どうなっているの?
理解が追い付かない。
こういうときは、授業中の合間に武が教えてくるのを待つのみだ。
果たして思惑通り、授業中のペアワークの合間に、武は話してくれた。
「やっぱ失敗したんだとさ」
「ふうん」
少しだけ、ほっとする。
どうして、と考えて、もしかしたら彼女が遠くに行ってしまうように感じていたのかもしれないと思い当たる。
付き合うっていうのは……僕にとっては分からなさ過ぎて、本当に遠い世界の話だから。
「他に好きな人がいるんだってさ」
その一言に、僕は驚いた。
そして、彼女を少し、遠くに感じてしまった。
……そういえば、ヒカルは葵を好きだと聞いても特に遠いとは感じなかったけど、なんで葵だけ遠くに行ったように感じるんだろう?
もう、いろんなことが不思議だ。
「今日も一緒に途中まで帰ろう?」
そう言われて、何故か少し楽しみになりながら、今日も一緒に帰る。
「噂、聞いたよ」
そう言ってから、後悔した。
少し前までの自分だったら、絶対に聞かなかったこと。
だけど、ほとんどのネタを葵に頼るのは申し訳けなくて、つい、知っているこの話題を入れてしまった。
「そうなんだ」
「告白されたんだね」
「うん、あの後に」
「どうして? ヒカルはいいやつじゃない?」
「……」
葵が口をつぐんだことを不思議に思い葵のほうを見ると、すねたような葵がいた。
「何?」
「んー、何でもないよー」
そして、軽そうな言葉が葵の口から出てきた。
きっとでまかせだろう。
だけど、僕はそこに踏み込めなかった。
「みんなが知っている通りだよ」
そして、葵は僕が聞きたかったことを教えてくれた。
やはり、本人がそれを認めるというのは……葵が遠くに行ってしまったように感じた。
この距離は、どうなったらなくなるのだろう?
分からない。
分からない。
「そうなんだ……」
暗い気持ちになりながら、僕は呟いた。
「……」
「……」
互いに、無言になる。
この無言を破ったのは、やはり葵だった。
「あ、そうだ。ねえねえ、今度は柊里ちゃんと一緒にうちに来ない?」
「葵の家?」
「うん」
「どっちで?」
「私はどっちも空いているよ」
「分かった。柊里にも聞いて、明日答える」
「うん、よろしくね。楽しみにしているから」
「分かった」
そんなところで分かれ道になって、僕たちは別れた。
第二十三話 彼女には関係ない話
「ただいまー」
「おかえりー」
「おかえりなさい」
「あれ、母さん? 今日は休みだっけ?」
「うん、ここしばらく頑張ってたからって言われたらね」
「やった!」
うれしいなあ、久しぶりじゃない? 平日のこんな時間から母さんがいるの。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、これ、本。ありがとね、面白かったよ」
「あ、ありがとう」
へえ、面白いんだ。
ま、そりゃ映画化するくらいらしいし面白いはずだけど……
恋愛小説。
正直、今までに恋愛小説を読んだことはない。
興味もなかった。
だけど、ヒカルに好きな人がいるという葵。
なんだかぐっと恋愛が身近になってしまった。
後で、読んでみようかな。これぐらいだったら一時間と少しで読み終わるだろうし。
そう思った。
「じゃ、部屋行ってくる。夜ご飯、楽しみにしているね」
「はあい」
「片づけは手伝えよー」
会話にきりが付き、二階の自分の部屋へと上がる。
「さてと……」
本を開く。
表紙も題名も、今どきの恋愛小説という感じの本だ。
僕は、さっそくその話を読み始めた。
「冬青、夜ご飯、できたわよ」
「うん、今行く」
夜ご飯ができるころに、ちょうど読み終わった。
この本の最後では、ヒロインと主人公は思い通ずるが、そのあとに死別するという、まあ泣かせたいのかな、と思うようなストーリーだった。
だけど、正直、ストーリーはどうでもいい。
驚いたのは、主人公の心の動き、そしてサイドストーリーでのヒロインの心の動き、そして二人の行動だ。
「いただきます」
夕食を食べ、時々は会話に乗りながらも、考え続ける。
主人公は、ヒロインが「好きな人がいる」と言ったのを聞いて、心を痛めていた。
それは、なんだかさっきまでの自分と酷似しているように感じる。
いや、今もそれを思い出して心が……落ち着かない。
それに、なぜか葵をヒロインと重ね合わせて読んでしまったけど……
葵が死ぬのは、いやだ。
一カ月くらいの付き合いしかない葵がそこまで深く僕の心に入ってきているなんて……
そのことにも驚いた。
さらに、主人公は実際の名前とは別の名前を使っている。
それをもとに変更しよう、という話が途中で出るのだけど……
名前の由来、と聞いて、葵に言われた冬の青は冷たさが深みを出していい、と言ってくれた。
なんだか、葵のことばかり考えている。
これは、疲れているのかもしれない。
そう思ったから、思考をいったん休憩させ、冷静にさせるためにも、さっさと風呂に入って寝ることにした。
次の日の朝、目を覚まして昨夜考えたことを思い返してみる。
不思議と、身体が受け入れていた。
そうだ。
恋愛は遠い世界の話じゃない。
葵も決して遠くなっていない。
僕は——葵が好きなんだ。
第二十四話 決して遠くない彼女
気持ちに気づき、だけどそれはそのままに学校に登校する。
朝、いつも通りに葵に声をかけられた。
それだけで、幸せになれた。
しかも、昨日までなら困っていた話のネタも、スラスラ出てくる。
自分がネタを振れば振るだけ、葵のことも知れると気づいたから。
自分のことをもっと知ってほしいから。
たぶん、そんな感じなんだと思う。
教室についてからも、会話をした。
……今日も、ヒカルは来なかった。
ヒカルは、葵に気持ちを告げたんだ。
僕はどうだろう?
葵に気持ちを告げられるだろうか?
……今はまだ、到底できることのようには思えない。
……葵は、僕のことをどう思っているのだろう?
友達としては、少なくとも好かれていると思う。
だけど、恋愛としては?
葵には好きな人がいるという話だし、そこまで期待はできないだろう。
授業は身が入らないままに進んでいき、昼休みになった。
今日は、ちゃんと本を持ってこれたので、さっそく返しに行く。
そうだ、せっかくだし他の恋愛小説も借りてみようかな。
そしたら、もっと恋愛について分かるかもしれない。
誰を、葵が好きなのかも。
だから……今は、まだこの距離感でいい。
この距離感で、僕は十分に幸せだ。
放課後になった。
僕は、ひとつ葵に対する用事を思い出していた。
「あ、葵」
「何、冬青?」
「遊びに行くときのことだけど、日曜日でいい?」
「いいよ! 楽しみに待っているね!」
「うん、僕も楽しみにしている」
本当に楽しみだ。
土曜日もまた葵と一緒にいられるなんて。
幸せだった。
葵には誰か好きな人がいる。
少し前の僕は、そのことを彼女が遠くにいるように感じた。
だけど、今は僕も恋をしている。
葵は、決して遠くにいるわけではないのだ。
だけど……いや、だからこそ、虚しい。
葵は手が届かない人ではあるのだから。
僕の手は、きっと葵に取ってもらえないから。
あぁ……
会話をしながらも、気分が落ち込んでしまった僕は、葵に変なことを聞いてしまった。
「葵には、その……好きな人がいるんだよね?」
「うん」
「どんな人?」
「そうだね、優しい人」
「優しい人……」
誰だろう?
けれど、優しくない人と言っても同じクラスの人には思い当たりがいない。
この学校は基本的には民度のいい田舎の中学校だから。
「そういう冬青は? もしかしているの?」
葵に、直球で聞かれてしまった。
ここは……
いや、素直に言おう。
葵は教えてくれたんだから、フェアでなくちゃ。
「多分、いる」
「……そうなの?」
「多分。だけど、一緒にいると楽しくなれる」
「……そうなんだ」
なんだか葵の声が暗かったような気がして。
葵の顔を見ることが出来なかった。
葵は今、どんな顔をしていたのだろう?
なんだか気まずくなり、そのまま別れた。