【R18G】不死者の僕が、不死者狩りの手で終焉を迎えながら、また返り討っていたある日、ある街で告白されて気まぐれに付き合う。僕は肉体があればいいと誤解していた。でも、大切なのは中身だと気づいてしまう。※グロテスクな猟奇描写があります。
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不死者狩りは殺さなければならない。 第1話
他サイトではR15で置いてあるので、描写が温かったらご容赦ください……。
心が空っぽになる事は、よくある。空虚、というそうだ。けれど言語化する事に、僕は意味を見いだせない。
けれどいつしか、僕の心はもう記憶にないくらい昔から動かなくなっていて、ずっと空っぽだと、最近自覚するに至った。
今僕は、日本という国に来て、ある程度栄えた地方都市の高級ホテルの最上階にいる。年単位で宿泊しているこの部屋が、現在の僕の家だ。僕は一所にとどまる事を由とはしない。僕が老化しないと露見すれば、奇異の目で見られ、時には追い立てられ、悪くすれば他害されると知っているからだ。
僕のように黄金の林檎を食べた者は、不死者となる。不死者は基本的に不老だ。
僕が黄金の林檎を食べたのは、1880年代のこと。ヴィクトリア朝の末期だ。
英国にいた僕は、連日シャーロック・ホームズが華々しい活躍をしているという報道が載る新聞を目にしていた。アイロンをかけてくれていたのは、当時の僕の執事である。彼はとうに鬼籍に入った。一度だけ、僕はホームズとワトソンに会ったことがある。偶然僕は、モリアーティ教授と話をしたことがあり、二人がその会話の内容を聞きにきたのである。だがもう今となっては、僕はなんと答えたのだったか覚えていない。
その後僕は様々な国を渡り歩き、多くの言語を取得した。この国に来るのも四度目であるから、僕は流暢に日本語を操れる自信がある。元々ダークブラウンの髪も染めたといえば不審には思われないし、髪よりも濃い茶の瞳に関しても、特に指摘はされない。
日本人は、都会になればなるほど、他者に無関心になり、よそよそしくなる。
そして地方に行けば行くほど、内の概念が強まり、他人を注視するようになる。
だから僕はその中間の、地方都市にて、普通の人間に紛れている。
日本に来た目的? そんなものは特にない。
次に何処に行くのか? まだ考えていない。いつも気まぐれに、僕は移動している。
だが、ただ一つだけ気をつけなければならないことがある。
不死者狩りには、注意をしなければならない。
彼らは、容赦なく不死者を殺す。当然、不死者は死なない。不死者狩りに捕まれば最後、殺されては、往き帰り、また殺されては生き返るという、無限に繰り返される死と再生が待ち受けている。よって、それを回避するには、不死者狩りを見つけたら、先にこちらが殺めてしまうのが安全だ。なにせ彼らには死がある。
さて、ケータリングでも頼もうか。
不死者であっても、元は人間であるから、身体機能は変わらないし、空腹感は覚える。
僕が比較的この国が好きな理由は、食事が美味しいからだ。
フロントに電話をかけ、外の店からシェフを招くことにした。この部屋には、簡易なキッチンも備え付けられている。ソファに座って、三十分ほど待っていると、インターフォンの音がした。立ち上がり、僕はドアへと向かう。すると背の高い青年が立っていた。目元が優しげで、唇の両端では弧を描いている。僕はその顔を見ていたものだから、彼が右手に持っているスタンガンには気づいていなかった。直後、衝撃が走り、僕の意識は暗転した。
「……っ」
目を覚ますと、僕は湿っぽいくらい部屋にいた。
どこにいるのか分からないでいると、俯けば自分の体が白いベルトで拘束されているのが分かった。自由になる首で見渡せば、上方に鉄格子の嵌まる小さな四角窓があり、ここが地下室なのだと理解した。僕は椅子に座っている状態だが、足には鉄の輪が嵌められているし、手首もそれは同じだ。
「起きたか」
見れば先程訪れた青年が立っていた。既にその表情には、優しさの欠片もない。無表情と言うに相応しい。
「黄金の林檎は何処にある?」
「……」
ああ、と、理解した。不死者狩りの第一声の多くは、これだ。
「話すまで、死んでもらう」
こうして、僕は殺される事になった。
まずは鼻だった。彼が手にした鋭利なナイフは銀色だったが、僕の鼻を削ぎ落としたとき、赤く濡れた。血が飛び散る感覚がする。不死者にも痛覚はある。痛みに僕の目からは、透明な雫が零れ落ちていく。それが流れ出る血と混じり合い、顔を伝って僕の白い服を汚しはじめた。恐らく僕は悲鳴を上げたが、それがどのような声なのかを三半規管は受け止めきれず、自分でも分からない。次は、右手の指だった。小指から始まり、まずは肉をえぐり取られる。それから骨を折られた。次は薬指、中指、人差し指、そうして親指が切断され、無機質なコンクリートの床に落ちる。指の無くなった手の甲をもたれ、次は手首を切り裂かれた。縦に真っ直ぐ、ナイフが走る。最初は黄色い脂肪が見え、それをさらに深く切ると、肉が露出し、最終的に血管が傷つけられると、二本の骨の間をナイフが抉った。
飛び散る血液は、僕に死を齎した。
よく、手首を切っても死なないと言うが、ここまで深く切られれば、普通に致命傷になる。次に僕が目を覚ました時、まだ手はそのまま指が無い状態だった。僕が俯いていると、次は左手に同じ事をされた。
「黄金の林檎はどこだ?」
足の肉をバラバラに削ぎ落とされながら、僕は再度問われた。
僕は何も答えない。痛みに由来する悲鳴で喉を震わせることしか出来ない。
最初は足の親指を切断された。それから足首が床へと放り投げられる。
次に彼は、僕の鎖骨の間から、へその辺りまで、正面から開腹した。そしてナイフを左手に持ち替え、ぐっと彼の右手を僕の中へ入れ、胃を掴んで無理矢理取り出した。僕は紅く染まっている胃が、血液が落下するにつれ、てらてらした桃色の状態で、ピクピク動いているのを見た。肺や腎臓、肝臓、大腸、小腸――最後に心臓を握られ、放り投げられる。
その後腕から切り落とされて、足は太股の付け根から切断され、右の眼球を引っ張り出され放り投げられる。そして首を切られた。
彼は僕の髪を掴んで、生首を持ち上げる。
両耳と、左目、そして脳は無事だ。
「答えるまで、容赦はしない」
そう言いながら歩き、彼は僕の首から上を連れて地下室から外に出た。
階段を上がっていくと、庭があった。
土があり、周囲には花が咲いている。小鳥の囀りが聞こえ、蝶が舞っている。現在は春だが、それを主張するかのような美しい庭だった。
「暫く、よく考えることだな。言うか、言わないか」
彼はそう言うと、土の上に、僕の首を置いた。
そのまま――僕の体は野ざらしにされた。まだ脳は無事であるが、右目が潰れているため、左目だけでは、自分の身体状況を正確には判断できなかった。だが、庭にいるのだけは、髪を掴まれ揺れていた時に、嫌というほど理解していた。幸いなのは、不死の効果で、次第に痛みが治まってきたことだろうか。
僕は自分意思で動かせる箇所が今では左の眼球だけだと理解した。もう今は鼻も唇も無いのだから。
内心で僕は考える。
まだ耳があるから、僕の聴覚は生きている。三半規管は無事だった。
ざわりざわりと、最初に音がしたのは、その耳においてだ。
――何だ……?
残った左目を動かそうと試みて、僕は気づいた。何かがその左目の上に止まったことに。それは、蟻だった。気づいた瞬間怖気が走った。僕の目に大映しになった蟻の腹と足を嫌でも凝視するしかない。続いて、耳部分の穴から進んでくる『ナニカ』の正体も、同一だと気が付いた。蟻が僕の耳の中へと入ってこようとしている。
僕の朽ちた体の中の残っている脳という生体部分を目指して、餌を求めた蟻が進んでいく。その後、露出した鼻の穴とそこから覗く肉へと、蟻は集まり始めた。絶望から震えそうになったが、無論震えるような体はない。ただ意識的に、本能的な恐怖を覚えているに過ぎない。
――嫌だ、止めろ……嫌だ!
叫び出したくなったが、既に唇も無い。口腔の歯こそ無事だが、声帯は既に無いのだから、声など出ない。
蟻から始まり、虫が代わる代わる群がり始める。
数日もした頃には、それらは鳥に変化した。
コツンコツンと嘴で、鴉が僕の頭部を破壊しようとしている。虫により既に蝕まれており一部の腐敗が始まっている脳の臭いに、引き寄せられて訪れたらしい。耳から侵入した蟻により、左目の視神経も破壊されたため、既に外部を見ることができなくなっていた僕は、逆に幸いだと思った。生きながらに脳を啄まれる恐怖など、視覚で感じ取ったら耐えられるはずもない。時折砂嵐が混じるようにして視力が復活すると、それに逆に恐怖してしまう。早く視力が完全に無くなってほしいという思いの方が圧倒的に大きかった。
痛みが無い分、音と振動による刺激からの知覚は露骨で、その後、鴉の嘴で破壊されて脳が外界に露出した時には、僕は発狂しそうになった。
淡い桃色の脳に、鴉が嘴を突き立てた。
生きながらに脳漿を啜られたのが、僕の最後に認識した出来事である。
その後、絶命した僕の脳には蛆がわき、蛾が巣立っていく。
これが、一つの地獄の終焉でもあった。
――だが、それから少しして、僕の体の再生が始まることとなる。
恐らく今回の不死者狩りの青年は、不死者狩りに慣れていない。不死者の体を解体すれば、そのそれぞれの肉片や血液までもが、再生のために、脳のある頭部の元へと移動をはじめる。僕は地下にそのまま放置されている右目と、頭部にある左目で、視覚的に世界を見る事が出来るようになり、知肉では、独特の感覚で世界を識ることができるようになった。地下室は、実に無防備なことに、鍵さえかけられて折らず、落下している手で、自分の胴体の拘束を外すのは、非常に易いことだった。僕の知肉や内臓は、胴体にきちんと戻っていく。こうして僕は、左目以外全て元の人体とし、頭部のある庭までそれが自動的に引き寄せられるように歩いてくるのを確認した。ただ左目だけは、相手の情報を探るべく、地下室の上の家屋へと忍ばせた。
――不死者狩りは、殺しておかないとまたやってくるのだから。
視神経を引きずりながら左の眼球は、青年の姿をひっそりと探した。
するとキッチンで、柔和に笑った青年が、少女の頭を撫でていた。
「お前は自慢の娘だよ」
どうやら子供がいるようだ。幸せな家庭生活を営んでいる場所で、猟奇的な殺害を行う神経を僕は疑いつつ、左目を庭へと呼び寄せ、完全に元通りの体とした。さて、どうやって殺害しようか。子供には罪もない。青年だけを殺害したい。僕は比較的善良だと自負している。
――まぁ、いいか。
だが、僕は面倒事はさらに嫌いだった。だからその家に火を放ち、その場を後にした。あるいは逃げ出されるかもしれないと思ったが、時間は稼げるだろうから、別の国へと逃げてしまおう。
その後僕は、パリへと向かった。
不死者狩りは殺さなければならない。 第2話
次に日本に来た時、僕は最後にこの国に来た時に、なにをしていたのか、特に記憶していなかった。
季節は冬。空には白と灰色を混ぜ込んだ雲しかなくて、綿雪がゆっくりと舞い落ちてくる。
雪はいい。
汚い街を全て覆い隠してくれるから、僕の嫌いな存在を全て覆い隠してくれる。
だがそうして刺激が無くなった心は、ある種の平穏でもあるが、やはり空っぽとするのが相応しい。僕は心の変化を望まないから、空っぽのままで困る事はない。
そんな事を考えながら、黒いコートを纏って、僕は街を歩いていた。今回きた街は、都心に近く洗練されている。あまり日本らしい街並みではなかった。記憶をたぐり寄せれば、前回過ごしたのも、この地方都市だったように思う。だが何があったかは曖昧だ。
少し歩いて行くと、フラワーショップがあり、何気なく顔を向けると、青い薔薇の花束を手にした女性が出てきたところだった。
僕は、その女性を知っていた。
今、僕はあるカフェを目指して歩いている。彼女はそこの店員で、数瀬という名前だ。黒い髪に形のよいアーモンド型の目をしていて、女性にしては長身だ。整った顔立ちは、ちょっと目を惹く。彼女は俯いた様子で店から出てきたのだが、顔を上げてすぐ、僕に気づいたようだった。
すると頬が持ち上がり、満面の笑みが彼女の顔に浮かぶ。
「悠斗さん!」
悠斗というのは、僕の偽名だ。僕は国を移動する度に、適当な名前を名乗っている。戸籍自体は、様々な国に偽装して登録してある。不死者の存在を受け入れている国は少なくなく、手続きも容易だ。
「じ、実はこれ、渡そうと思って買ったの」
数瀬はそう言うと、薔薇の花束を持ち上げて、声をうわずらせた。僕は、彼女が僕を好いていると、とっくに気がついていた。
「よ、よかったら……! そ、その! 私は貴方が好きです! 付き合って下さい!」
目を伏せお辞儀をしながら、両手で数瀬が僕に花束を差し出した。ピンと伸びた両腕を見ながら、僕は久しぶりに表情筋が動くのを感じた。誰かに好かれるのは、とても久しぶりだ。
「うん。構わないよ」
「!!」
「これから、よろしくね」
僕はそう述べ、青い薔薇の花束を受け取った。
――こうして、カフェの店員と客という関係性が変化し、僕は彼女と付き合い始めた。
すぐに彼女に求められて、僕は同棲する事に承諾した。
僕は短期間で別れるつもりだった。理由は、僕が不死者だと露見するのを避けるためだ。老化しないという事には、数年も一緒にいれば気づかれるだろう。
本日は、その引っ越しの日だった。
僕には荷物などないから、ホテルもそのまま借りた状態にし、体一つで数瀬の家へと向かうことにした。駅前で待ち合わせて、彼女とゆっくりと歩いた。
そしてたどり着いた一軒家を見て、僕は瞠目した。
その時初めて、前回この国にきたときのことを思いだした。庭を一瞥する。そこには柿のなった木がある。鴉が貴重な食料をつついている。いつか、僕の脳に集ったのも鴉だ。
そう――ここは、僕が火を放った家だ。
一階部分が修繕されているが、二階と三階の部分が昔と同じままだ。僕の背筋が寒くなった。チラリと数瀬を見る。
「ここが君の家なの? ご家族は?」
「母は病気で亡くなったの。父は、ずっと母に『黄金の林檎』を食べさせれば助かるなんて空想の話をしていたんだけど、その母より、早く亡くなってしまったわ……。今はもう焼けた部分は直してあるけど、この家で昔火事があったの。父は私を逃がして、自分は死んでしまったのよ。ちょっと曰く付きの家でごめんね」
苦笑した数瀬を見て、僕は以前この国で僕が殺そうとした不死者狩りの青年について思い出し、あの青年が死んでいてよかったと思うと同時に、数瀬が何も知らないことに安堵した。
安堵した時初めて、僕は僕の心が空っぽではなくなっている事に気がついた。
なにせ、安堵したのは、数瀬に嫌われたくないからだ。
僕は当初、僕を好きな相手の存在が好ましくて、たまには恋人を作るのもよいかと考えていただけなのだが、どうやらきちんと好きになっていたらしい。
「さ、入って」
「うん」
促されて中へと行く。いつか左目で見たリビングとは、火災で燃えたからなのか、雰囲気が異なっていた。きょろきょろと、今度は顔についている両目で周囲を見ていた時、僕は後ろから抱きつかれた。
「あのね……その……私は、ずっとシたかったの」
それが性行為の事だと僕はすぐに理解した。
付き合って三ヶ月になるが、まだ僕達は体を重ねていない。
僕は体の向きを反転させ、正面から数瀬を見た。情欲の滲んだ瞳は美しい。ぺろりと僕は唇を舐めた。好きだと自覚した今、僕もまた彼女が欲しかった。
「いいよ」
こうして僕達は、その足で寝室へと移動した。
困惑と羞恥が綯い交ぜのような顔をしている数瀬は、本当に艶っぽい。彼女の色気が僕は大好きみたいだ。二本の指先で、僕は数瀬の顎を持ち上げてみる。すると目に見えて体を硬くしたのが分かった。
「嫌なら無理にはしないけど」
「嫌じゃない」
僕の言葉に、小声で答えた数瀬の顔が朱くなった。僕は数瀬のシャツの首元に手をかける。そして服を乱すしつつ、抵抗しない数瀬を見る。彼女は真っ赤なままで僕を見つめていた。
「な、なんだか恥ずかしいね……」
どうやらこういった事柄には、あまり耐性が無いらしい。そんな彼女が愛らしく思えて、僕は思わずニヤリと口角を持ち上げる。そのまま服を開けて、僕は数瀬を寝台へと押し倒した。数瀬は抵抗せずに、真っ赤なままで僕を見上げている。その首の筋をぺろりと舐めてから、僕は鎖骨の少し上に口づけた。
――とても気持ちの良いSEXだった。
不死者狩りは殺さなければならない。 第3話
こうして僕は、数瀬と共に暮らしはじめた。
それは幸福で、かけがえのない毎日のはじまりだった。僕はこの恋を終わらせたくなくなった。ずっと数瀬のそばにいたい。けれど僕は不死だ。彼女は、年老い、いつか死ぬ。それを苦しく思いながら、僕はこの日、アイランドキッチンの向こうに立つ数瀬に背を向け、リビングの窓グラスに手を添えて、小雨が降る庭を見ていた。僕にとっては咲き誇る花々は、綺麗なものではなく、忌々しい記憶を想起させるものだ。
「ねぇ、悠斗」
「なに?」
「私達……恋人だよね?」
「うん」
「だ、だからさ? 私は、悠斗のことが全部知りたい。私も私の事を伝えたい。隠し事とかは、しないことにしない?」
「――どうしたの? 急に」
「なんだか貴方さ、時々考え込んでるみたいだから。私でよかったら聞くし」
なにやら、僕の憂いを彼女は悟っていたようだ。だが。
「話したら絶対に嫌われてしまうようなことは、僕は話したくはないね」
「私の愛情の深さを疑ってるの? 私、何を聞いても貴方を嫌いになったりしない。なんでも許せる自信しかない!」
強く断言されて、僕は数瀬に振り返った。本当に、彼女はそう思っているのだろうか?
見ればそこには、口元には笑みがあったが、真摯な、本当に真剣な瞳の数瀬の姿があった。
僕は正直、少し迷った。確かに、心情を吐露してしまいたいという考えも、僕の内側にあったからだ。
「……本当に、嫌いにならない?」
「ならない!」
「僕が……この家に放火した犯人で、君の父親を殺したとしても?」
僕が告げると、目を見開いた数瀬が息を呑んだ。
「そ、そういう冗談は……ちょっと不謹慎すぎる」
「冗談? 本当のことだよ」
口に出すと、僕の言葉は止まらなくなった。告げてはならないと思うのに、心の奥深い場所にあった数瀬に受け入れてもらいたいという衝動が、それが僕の口を動かした。
「黄金の林檎を君の父親は探していたんだろう? 僕は、それを食べた。不死者だ。だから、僕にその在処を聞きにきみの父親はやってきたんだ。そして僕を痛めつけた。それはもう酷い目に遭わせられた」
「父さんがそんな事をするわけがッ――」
「数瀬にとっては良い父親だったようだね。だが違う顔を持っていたのは事実だ。あるいは病気だったという君の母親を助けようとしていたのかもしれないな。理由は定かでは無いけれど、僕は襲ってきた君の父親を殺すべく、この家に火をつけたんだ」
呆然とした様子で、暫しの間数瀬は僕を見ていた。
トマトを切っていた包丁の動きが止まっている。
「本当に……貴方が私の父さんを殺したの……?」
「僕は嘘が嫌いだ」
そう返答すると、数瀬が包丁を持ったまま、唖然としたような顔で、僕へと歩みよってきた。そして僕の正面に立つと――僕の心臓に包丁を突き立てた。僕の白いシャツが鮮血で染まりはじめる。数瀬がそれを引き抜くと、血が飛び散り、返り血が彼女の顔を濡らした。
「なんで、どうして!?」
それから、何度も何度も数瀬は僕の胴体を包丁でめった刺しにした。
床に頽れた僕に馬乗りになり、何度も何度も包丁を振り下ろす。
そうしながら、放火の後、どんなに人生が悲惨な物になったかという呪詛を語り続けた。優しかった父の死がもたらした喪失感だけではない。母の入院費を払えなくなったこと、生活が困窮したこと、両親の不在で苦しんだ記憶。人生自体が狂ってしまった恨み辛み。僕はそれを聞きながら――何でも許してくれるなんて、あるはずがなかったのだと理解した。復讐心と憤怒は、恋心などかき消してしまったらしい。
僕はそこで一度、また終焉を迎えた。
気づいた時、僕は庭の土を掘っている数瀬に気がついた。どうやら僕を埋めるつもりのようだ。不死者だと告げたが、その部分は理解していないのかもしれない。
――不死者狩りは殺さなければならない。
意図せずだとしても、数瀬の行いは、不死者狩りのそれだった。
僕は数瀬が好きだ。
だから――数瀬を殺すことを、意外といいではないかと思案して、横たわったまま瞬きをしてから、気配なく立ち上がった。そして穴を掘るのに夢中で僕に気づいた様子のない数瀬の後ろに立ち、首に手刀をたたき込んで、彼女を気絶させた。
その後僕は、彼女を地下室へと運んだ。そこの上部の窓を封鎖してから、僕は練炭を置き、外へと出る。それから半日ほどは、記憶してあるプラスティネーション処理についての過程を想起しつつガラスケースを届けさせて受け取るなどしながら過ごしていた。その後地下室へと戻ると、数瀬はきちんと一酸化炭素中毒で絶命していた。苦しんだかどうかは定かではないが、表情は少なくとも穏やかだった。微笑を向けた僕は、その唇に触れてから、彼女にプラスティネーション処理を施した。
不死者のみに伝わる樹脂でコーティングし、無事にエンバーミングを終える。
全裸の数瀬をガラスケースに入れる。僕にとってそれは、硝子の柩と同じだ。
特に数瀬の全身、特に性器には、特殊な処理を施してある。
「これで、永遠に一緒にいられるのか」
僕は嬉しくなった。物言わない物体に代わったが、数瀬は数瀬であり、それは代わらない。この日から僕は、魂の抜けた数瀬の体を貪るように犯すようになった。数瀬に触れる度に、僕は満足感を得る。冷ややかな体に口づける度に、永遠に彼女を抱けるのだと、僕は歓喜した。
――そのはずなのに。
なのに、数瀬を見ていると、僕の眼窩からは、透明な温水が流れ落ちる。
許してくれなかった彼女を思うと、空っぽだったはずの心が、締め付けられるように痛む。
温もりの消えた彼女の胸に手で触れる時、僕は優しく僕に抱きついてきた腕を想起しては、息が苦しくなる。
ああ、僕は。
誤った選択をしたのかもしれない。あるいは僕は、生きている数瀬が好きだったのかもしれない。それが、恋だったのだろうか。恋など長くしていなかったから、肉体があればいいと誤解していたのだろう。数瀬はそこに確かに横たわっているのに、もうどこにもいない。数瀬を見て、瞬きをしながら、僕は漸くその事実に気がついた。
そして両手で顔を覆い、号泣する。
ひとしきり泣いてから、僕はフラフラと外へと出た。そして庭園に立ち、小鳥の囀りを聞く。ああ、もうダメだ。そう考えて、僕はいつかと同じように、この家に火を放つ。
燃えさかり、崩れ落ちていく家を見ながら、黒煙を見上げていた。
きっと、既に魂は天に召されているのだろうけれど、きちんと体もまた、送ってあげるべきだ。僕はそれが、恋人に出来る最後の事だと考える。
その後僕は踵を返して、その場所を立ち去り、この国を旅だった。
今度は、ロンドンへと向かった。
僕が黄金の林檎を食べた場所でもある。喪失感と空虚が、似て異なるものだと思いながら歩いていると、僕の前に立つ者がいた。
「不死者だな? 黄金の林檎の場所は何処だ?」
――不死者狩りだ。
――不死者狩りは殺さなければならない。
以後も、僕は不死者狩りに追われ、返り討ちにする刻を過ごしたが、一度も数瀬の事を忘れる事は無かった。
(終)